hellog 内検索・ジャンプ (検索キーワードは複数指定できます.カテゴリー検索は,[sound_change] などとしてください.記事番号(カンマ区切りで複数も)指定で直接ジャンプもできます.)

hellog_icon.ico hellog〜英語史ブログ     hellog ラジオ版 (Radio)     アーカイブ (Archives)     旧掲示板アーカイブ     画像集 (Images)     参考文献リスト (Bibliography)     ランダム表示 (Random display)     検索ページ (Search)     feed_icon.svg このブログを購読 (Subscribe)     授業のページ (Courses)     khelf     リンク (Links)     著書・訳書のページ (My books)     パスワードページ (Password)     Google     Slido    

hellog〜英語史ブログ

堀田隆一による,英語史に関する話題を広く長く提供し続けるブログです."History of the English Language Blog" ということで,略して "hellog".英語史と関連する英語学・言語学一般の話題も扱っています.まずは,

  1. 英語に関する素朴な疑問集
  2. アクセス・ランキング (access ranking) のトップ500記事
  3. 全記事の標題の一覧 (Archives)
  4. hellog ラジオ版コンテンツの一覧 (hellog-radio)
をご覧ください.ツイッターもやってます

お知らせ 「手軽に英語史を」というコンセプトで,地味に「hellog ラジオ版」 (hellog-radio) を始めています.1つ数分以内のコンテンツです.これまでのコンテンツ一覧よりどうぞ.2020/07/09(Thu)

お知らせ 英語史を学ぶ(教える)ための hellog の活用法について「#4019. ぜひ英語史学習・教育のために hellog の活用を!」の記事に情報をまとめました.特にオンライン授業期の学びにご利用ください.2020/04/28(Tue)

お知らせ 朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源」と題する全12回のシリーズ講座が始まっています.次回の第9回(2021年3月20日(土)の15:30〜18:45)は「英語の歴史と語源・9 百年戦争と黒死病」です.ご関心のある方は,こちらよりお申し込み下さい.2020/10/05(Mon)

お知らせ 学部の英語史ゼミの HP が立ち上がりました.こちらよりどうぞ.そのなかの,英語に関する小ネタを披露するちぐはぐチャンネルもよろしく.2020/11/09(Mon)

お知らせ ご愛読ありがとうございます,4刷が発行されています.本ブログの内容を多く取り込んだ拙著『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』が研究社より出版されました.本の趣旨や補足情報のために,コンパニオン・サイト (naze) を用意していますので,そちらも是非ご覧ください.また,本ブログ内の「#2764. 拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』が出版されました」にも紹介があります.2017/11/02(Thu)

naze_front_cover_small

お知らせ 本ブログベースの拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』の第4刷が出ています.本書のコンパニオン・ページ及び著者による紹介ページをご覧ください.また,本書の内容に沿ったブログ記事へのリンク (hogusu) はおすすめです.2018/09/02(Sun)hogusu_front_cover_small

その他のお知らせ

お知らせ 大修館『英語教育』の2020年3月号に,連載「英語指導の引出を増やす 英語史のツボ」の第12回(最終回)の記事が掲載されています.今回の話題は「なぜアメリカ英語はイギリス英語と異なっているのか」です.どうぞご一読ください.2020/02/14(Fri)eigokyouiku_rensai_12_20200214_front_cover_small.jpg

お知らせ 1月5日発売の英語学習誌『CNN English Express』2月号に「歴史を知れば納得! 英語の「あるある大疑問」」と題する拙論が掲載されています.英語史の観点から素朴な疑問を解くという趣向の特集記事で,英語史の記事としては珍しく8頁ほどの分量を割いています.どうぞご一読ください.hellog 内の紹介記事もどうぞ.2019/01/07(Mon)cnn_ee_201902_front_cover_small

お知らせ 私も一部執筆している服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.が2018年3月に出版されました.日本語史と比較対照しながら英語史や英語の歴史的変化について学べます.本ブログ内の#3283の記事にも簡単な紹介がありますのでご覧ください.2018/04/23(Mon)

naze_front_cover_small

お知らせ Simonn Horobin 著 Does Spelling Matter? の拙訳『スペリングの英語史』が早川書房よりより出版されました.紹介記事として,本ブログ内の「#3079. 拙訳『スペリングの英語史』が出版されました」「#3080. 『スペリングの英語史』の章ごとの概要」もご覧ください.2017/10/01(Sun)

does_spelling_matter_front_cover_small

お知らせ 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』に関連する研究社ベースの連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」が始まっています(そして12回で終わりました).2017/12/21(Thu)


最近 7 日分を以下に表示中 / 今月の一覧

2021-01-27 Wed

#4393. Trier の「意味の場」の言語学史上の意義 (1) [history_of_linguistics][semantics][semantic_field][terminology]

 ソシュール (Ferdinand de Saussure; 1857--1913) に発する構造言語学の流れのなかで,語彙意味論の領域で「場」 (Feld, or field) の概念を確立したのはドイツの文献学者 Jost Trier (1894--1970) である.1931年の Der deutsche Wortschatz im Sinnbezirk des Verstandes: Die Geschichte eines sprachlichen Feldes (Heidelberg: Carl Winter) により「場」,特に「語場」の理論 (Wortfeldtheorie) を創唱した.
 Trier は「意味の場」 (Bedeutungsfeld, or semantic_field) の理論の確立者として言及されることもあるが,正確にいえば,この用語は先立つ Ipsen のものである.Ipsen, Porzig, Weisgerber と Trier とが,時代の趨勢の中で協働して「場」の概念を言語学に広めていったと言えばよいだろうか.
 「言語の場」 (sprachliche Felder) とは一般的な用語であり,その下位区分に Wordfelder (さらにその下に morphologische Felder と syntagmatische Felder)と Gedankenfelder (さらにその下に Begriffsfelder と Kontextfelder)がある.これらは「特定の相互関係によって結びつき,一定のまとまりをなすような語の集合を指し,ある言語の語彙はこのような集合の階層組織として成立していると見なされる」と解説される(山中ほか,p. 24).
 「意味の場」をはじめとした「場」の概念を持ち込むことによって Trier らが生み出した功績は,語の意味や意味変化の分析において,個々の語に注目するのではなく,語集合である「場」を単位とする分析の基盤を提供したことにある.今となっては珍しくもない,何らかの分類による「語群」単位によって意味を研究するという方法論が初めて体系化されたのだった.この発想に依拠して,ある単語の意味変化というものが,その単語だけの問題としてではなく,関連する語群が構成する「場」の編成替え (Umgliederung der Wortfelder) の問題として扱えるようになったのだ.新たに考察すべき「単位」が設定されたという点で,学史上の意義を有する.
 語彙のなかの閉じたサブセットとしての「意味の場」は,範囲が限定されているだけに研究しやすいともいえる.一方,それがいかなる一般性を示し得るのか,という問題もあることは指摘しておきたい.

 ・ 山中 桂一,原口 庄輔,今西 典子 (編) 『意味論』 研究社英語学文献解題 第7巻.研究社.2005年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-01-26 Tue

#4392. 貨幣と言語 (4) [linguistics][semiotics][sign][metaphor]

 「#2743. 貨幣と言語」 ([2016-10-30-1]),「#2746. 貨幣と言語 (2)」 ([2016-11-02-1]),「#2755. 貨幣と言語 (3)」 ([2016-11-11-1]) に続き,5年振りに取り上げる話題.立川・山田の『現代言語論』より,フランスの哲学者 Jean-Joseph Goux の「言語と貨幣の生成プロセス」に関する解説 (68--73) を再読した.
 貨幣は経済において「交換のシステム」の主役となる.交換が成立するためには何らかの「等価性」「同一性」が必要であり,貨幣がそのための「一般等価物」の役割を果たしていると考えられる.Goux は「一般等価物」創出のメカニズムは,貨幣経済のみならず人間が作り出す象徴秩序を構成するすべての交換システムにみられるものとみなす.これを人間側の能力に引きつけて言い換えれば,人間には「象徴化能力」という特異な能力がある,ということになる.それは「現実に存在するありとあらゆる差異・変化のなかから『不変のもの』,『同一のもの』を取り出す能力」 (71) のことである.経済的にはそれは貨幣として現われるが,性的には男根中心主義として,政治的には君主制として,宗教的には一神教として現われるという.いずれも抑圧的なシステムであるという共通点がある.
 ここまでくれば,同じことが言語にも当てはまるだろうと予想することは難しくない.Goux は,言語をもう1つの人間の「交換のシステム」の主役とみなしている.具体的にいえば,ロゴス中心主義のシステムを媒介していると考えている.Goux にとって,言語記号とは現実を代行=再現するためのシステムを構成する抑圧的な要素なのである.
 確かに,貨幣も言語も,社会生活において実用的には便利だが,同時に何かしら抑圧をも感じさせる厄介な代物である.本質として,差異と多様性を押しつぶす方向性をもっているからだろう.一方で,差異と多様性だけを追い求めていったら共用具としては役に立たなくなることも,すぐに分かる.貨幣と言語は,この二面性においても類似している.
 上の議論は,言語に相矛盾する2つの方向性があることを思い出させてくれる.話者集団間での mutual intelligibility を目指す方向性と,個々の話者の identity marker として機能する方向性である.

 ・ 立川 健二・山田 広昭 『現代言語論』 新曜社,1990年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-01-25 Mon

#4391. 実は not so ... as より not as ... as が多い [comparison][presupposition][negative][antonymy]

 as ... as の同等比較の否定が not so ... as となることは,学校文法でよく知られている.副詞としての最初の as が,否定の文脈では so になるということだ.このこと自体は,歴史的には不思議はない.「#693. as, so, also」 ([2011-03-21-1]) でみたように,as は語源的に so の強調の形態ともいえ,so ... as は歴史的には破格でも何でもないからだ.
 しかし,厳密にいえば現代英語においても not as ... as は普通に見られる.つまり,正確を期していえば not as ... as は,not so ... as と言い換えることが可能というにすぎない.単純に頻度だけでいえば,実は not as ... as のほうが使用例としては多いのである.荒削りながらも,試しに BNCweb で"not as (_{ADJ} | _{ADV}) as" と "not so (_{ADJ} | _{ADV}) as" で検索してみると,それぞれ1,355件,313件と前者が圧倒的となる(81.24%) .
 Quirk et al (§15.71) に詳しいが,not so ... が特に好まれるのは,最後の as 以下が省略されるときだという(つまり not so ... as とならないとき!).以下を参照.

 He's not as naughty as he was.
 He's not so naughty as he was.
 He's not so naughty (now).


 また,同節によれば,話者によって解釈は異なるようだが,not so ... as は前提 (presupposition) の点で特殊な振る舞いを示すという.

Some prefer to use so . . . as with negative clauses. But for some people so tends to carry the absurd implication of a possibility that is then negated, and they therefore find it odd to say:

   (?)Her baby is not so old as I thought.

The reason is that for them the sentence implies that a baby can be old. In other words, an unmarked term old . . . cannot be used in this context to cover the whole scale.


 反意語と有標性と前提の問題については「#1804. gradable antonym の意味論」 ([2014-04-05-1]) を参照されたい.
 同等比較の構文の問題に関しては,関連して「#3346. A is as . . . as B. は「A ≧ B」」 ([2018-06-25-1]) も参照.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-01-24 Sun

#4390. なぜ island の綴字には s が入っているのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][etymological_respelling][etymology][spelling_pronunciation_gap][reanalysis][silent_letter][renaissance]

 英語には,文字としては書かれるのに発音されない黙字 (silent_letter) の例が多数みられます.doubt の <b> や receipt の <p> など,枚挙にいとまがありません.そのなかには初級英語で現われる非常に重要な単語も入っています.例えば island です.<s> の文字が見えますが,発音としては実現されませんね.これは多くの英語学習者にとって不思議中の不思議なのではないでしょうか.
 しかし,これも英語史の観点からみると,きれいに解決します.驚くべき事情があったのです.音声解説をどうぞ.



 「島」を意味する古英語の単語は,もともと複合語 īegland でした.「水の(上の)陸地」ほどの意味です.中英語では,この複合語の第1要素の母音が少々変化して iland などとなりました.
 一方,同じ中英語期に古フランス語で「島」を意味する ile が借用されてきました(cf. 現代フランス語 île).これは,ラテン語の insula を語源とする語です.古フランス語の ile と中英語 iland は形は似ていますが,まったくの別語源であることに注意してください.
 しかし,確かに似ているので混同が生じました.中英語 iland が,古フランス語 ileland を継ぎ足したものとして解釈されてしまったのです.
 さて,16世紀の英国ルネサンス期になると,知識人の間にラテン語綴字への憧れが生じます.フランス語 ile を生み出したラテン語形は insulas を含んでいましたので,英語の iland にもラテン語風味を加味するために s を挿入しようという動きが起こったのです.
 現代の英語学習者にとっては迷惑なことに,当時の s を挿入しようという動きが勢力を得て,結局 island という綴字として定着してしまったのです.ルネサンス期の知識人も余計なことをしてくれました.しかし,それまで数百年の間,英語では s なしで実現されてきた発音の習慣自体は,変わるまでに至りませんでした.ということで,発音は古英語以来のオリジナルである s なしの発音で,今の今まで継続しているのですね.
 このようなルネサンス期の知識人による余計な文字の挿入は,非常に多くの英単語に確認されます.語源的綴字 (etymological_respelling) と呼ばれる現象ですが,これについては##580,579,116,192,1187の記事セットもお読みください.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-01-23 Sat

#4389. 英単語の意味変化と意味論を研究しようと思った際の取っ掛かり書誌 [semantics][semantic_change][bibliography]

 標記の分野に関心をもつ学生が身近に増えてきたので,本記事で取っ掛かりの書誌を提供したい.英単語の意味変化や意味論について卒論・修論研究を行なおうと思うのであれば,まず語の意味変化の具体例と,そのパターンを知る必要がある.つまり「通時的な意味変化」を押さえる必要がある.その上で,そもそも意味とは何か,意味とは言語学的にどう扱えばいいのか,という一般的な問いへ進むとよいだろう.後者は「共時的な意味論」の学習である.
 通常は英単語の意味に関して「共時的な関心から通時的な関心へ」と進むのが(もし進むのであれば)オーソドックスな順路かと思われるが,身近なゼミ学生には通時的・歴史的な関心が先行している人もいるので,むしろ「通時的な関心からな共時的関心へ」と書誌を並べておきたい.

[ 通時的な関心のために --- 英単語の意味変化についてのお薦め書誌 ]

 ・ 寺澤 盾 『英単語の世界 --- 多義語と意味変化から見る』 中央公論新社〈中公新書〉,2016年.
 ・ 堀田 隆一 「第8章 意味変化・語用論の変化」『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 服部 義弘・児馬 修(編).151--69頁.(手前味噌ですが.cf. 「#3283. 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]が出版されました」 ([2018-04-23-1]))
 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.(これを手元においておくと便利.cf. 「#4243. 英単語の意味変化の辞典 --- NTC's Dictionary of Changes in Meanings」 ([2020-12-08-1]))
 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.
 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975. (本書の p. 191以降がよく書けた意味変化論となっている)

[ 共時的な関心のために --- 意味とは何かを学ぶためのお薦め書誌 ]

 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.
 ・ 中野 弘三(編)『意味論』 朝倉書店,2012年.
 ・ ピエール・ギロー 著,佐藤 信夫 訳 『意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,1990年.
 ・ Hofmann, Th. R. Realms of Meaning. Harlow: Longman, 1993.
 ・ Ogden, C. K. and I. A. Richards. The Meaning of Meaning. 1923. San Diego, New York, and London: Harcourt Brace Jovanovich, 1989.
 ・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.
 ・ Ullmann, Stephen. The Principles of Semantics. 2nd ed. Glasgow: Jackson, 1957.

 私自身の関心の偏りから,上記は認知言語学的な意味論というよりも主として伝統的な意味論に関する書誌となっている(あしからず).意味論について広く体系的に学びたい方は,ぜひ山中他(編)の研究社英語学文献解題第7巻『意味論』を参照されたい.

 ・ 山中 桂一,原口 庄輔,今西 典子 (編) 『意味論』 研究社英語学文献解題 第7巻.研究社.2005年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-01-22 Fri

#4388. グラゴール文字とキリル文字 [alphabet][writing][greek][old_slavic][slavic]

 昨日の記事「#4387. 古代スラヴ語の運命」 ([2021-01-21-1]) で触れたように,古代スラヴ語は最初にグラゴール文字 (Glagolitic) で,後にキリル文字 (Cyrillic) でも書き記された.後者は現代でもロシア語を中心に東方および南方のスラヴ語圏で用いられており,世界に少なからぬ影響力をもつ文字である.グラゴール文字とキリル文字の成り立ちや相互関係について,またそれらとギリシア文字の関係について,服部 (82--87) に詳しい.以下に要約しよう.
 グラゴール文字は,昨日の記事でも述べたように,9世紀後半,ギリシア人のコンスタンティノスとその兄メトディオスが,モラヴィア国へのキリスト教布教を目的にスラヴ文章語(=古代スラヴ語)を作り出したときに同時に生み出された新しい文字である.コンスタンティノスの考案だったとされる.各々の字形は独特だが,9世紀のミヌスクラ体のギリシア文字が基盤となっている旨,指摘されている.ギリシア語にはなくスラヴ語には存在する音素に対応する文字が加えられ,スラヴ語表記に特化した文字体系といえる.  *
 885年のメトディオスの死後,古代スラヴ語の伝統は弟子たちによってブルガリアへ持ち越され,発展することになった.その際,既存のグラゴール文字に飽き足りず,スラヴ語表記に便利な機能性は保持しつつも,字形としては使い慣れたギリシア文字に似せた新たな文字体系を考案した.これがキリル文字である.具体的には,9世紀のウンキリアス書体のギリシア文字がほぼそのまま採用されており,そこへスラヴ語音を表わすためにグラゴール文字から数文字を取って加えたという文字体系である.  *
 なお,「キリル」の名は,コンスタンティノスの修道士名キュリロスに由来する.ただし,キリル文字はメトディオスの弟子たちが考案したものであり,コンスタンティノス(=キュリロス)が考案したのは先のグラゴール文字である,という分かりにくい事情があるので注意.
 その後,キリル文字は広く展開していったが,一方でグラゴール文字は衰退していった.しかし,後者も一部の地域ではずっと後にまで受け継がれた.アドリア海沿岸部ダルマチア地方(現在のクロアチア領)では,実に20世紀に至るまで,一部の教会においてグラゴール文字で書かれた典礼書が細々と用いられていたという.

 ・ 服部 文昭 『古代スラヴ語の世界史』 白水社,2020年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-01-21 Thu

#4387. 古代スラヴ語の運命 [slavic][old_slavic][balto-slavic][review][alphabet][history]

 昨年出版された服部著『古代スラヴ語の世界史』を読んだ.学生時代にロシア語を少しかじった程度でスラヴ系の言語(史)には疎いので,本ブログでもスラヴ語派 (slavic) に関してはあまり記事を書いてきていない.そのような者にとって,たいへん読みやすく学ぶことの多い著書だった.
 そもそも古代スラヴ語 (Old Slavic [Slavonic]) とは何か.服部 (114--16) を参照しつつ要約しよう.時代は9世紀半ばに遡る.当時のスラヴ世界には,多少の方言差はあったにせよ共通スラヴ語と呼べる口語が行なわれていたと考えられる.しかし,それは書き言葉に付されることはなかった.862年,ギリシア出身のコンスタンティノスとその兄メドティオスが,モラヴィア国(現在のチェコ東部)にスラヴ語でキリスト教を布教すべく,経典類のためのスラヴ文章語と,それを書き記すためのグラゴール文字を考案した(後者について「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1]) を参照).この新生スラヴ文章語こそが「古代スラヴ語」の正体である.
 この文章語による布教は当初は順調に進んだが,国内外の政治情勢ゆえに,885年のメトディオスの死後,無に帰した.しかし,弟子たちがブルガリアへ避難し,そこで首長ボリスの庇護を受けるに及んで,古代スラヴ語の伝統は新天地にて延命,いな発展を遂げる.先のグラゴール文字の機能的な長所を保ちつつ,人々が使い慣れていたギリシア文字の字形を導入し,あらたにキリル文字が作られた.ところがブルガリアもやがて滅亡し,古代スラヴ語は再び衰退の危機にさらされた.危機に陥った古代スラヴ語は,しかし,3度目の滞在地を見つけた.キエフ・ルーシである.989年にキエフ公ウラジーミルがキリスト教を国教化すると,この地にて古代スラヴ語が受け継がれることになった.
 しかし,10世紀末のこの段階までに,話し言葉としてのスラヴ語は相当の方言化を経ていた.キエフ・ルーシでも,人々の母方言と,共通文章語としての役割を果たしてきた古代スラヴ語との差が目立ってきていたのである.古代スラヴ語の経典類は,書写されていくにつれて母方言的な要素が多く混入し,いつしか純粋な古代スラヴ語と呼び得ないほどまでになった.この段階をもって,古代スラヴ語は「ロシア教会スラヴ語」や「古代ロシア文語」と呼ぶべきものに変化したと考えられている.古代スラヴ語は消滅したにはちがいないが,より正確には「ロシア教会スラヴ語」へ同化・吸収されていったといえる.
 古代スラヴ語は,このように9世紀後半から1100年ほどまでスラヴ人が用いた文章語であった.言語史の1コマといえばそうだが,歴史的な意義として服部 (5) は2点を挙げている.

このような歴史の中で見ると,古代スラヴ語とはどのような重要性を持つのであろうか.まず古代スラヴ語によってスラヴ人は初めて文字を手に入れ,文章を書き記すことを始めた.つまり,スラヴ人自身の言葉によって文献を書き残せるようになった歴史的意味は無視し難いであろう.次に,スラヴ人は,自分たちの言葉を通してキリスト教世界と関わりを持つことにより,その存在感を徐々に高めてゆくことになる.とりわけ,東方教会の圏内において,今日に繋がるような大きな存在となってゆくことは重要である.


 たいへん勉強になった.スラヴ語派,あるいはより広くバルト=スラヴ語派については,「#1469. バルト=スラブ語派(印欧語族)」 ([2013-05-05-1]) を参照.

 ・ 服部 文昭 『古代スラヴ語の世界史』 白水社,2020年.

Referrer (Inside): [2021-01-22-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]


このページへのアクセス数
最終更新時間2021-01-27 05:18

Copyright (c) Ryuichi Hotta, 2009--