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2024-03-19 Tue
■ #5440. 川添愛(著)『世にもあいまいなことばの秘密』(筑摩書房〈ちくまプリマー新書〉,2023年) [review][toc][syntax][semantics][pragmatics][youtube][inohota][notice]
昨年12月に出版された,川添愛さんによる言葉をおもしろがる新著.表紙と帯を一目見るだけで,読んでみたくなる本です.くすっと笑ってしまう日本語の用例を豊富に挙げながら,ことばの曖昧性に焦点を当てています.読みやすい口調ながらも,実は言語学的な観点から言語学上の諸問題を論じており,(物書きの目線からみても)書けそうで書けないタイプの希有の本となっています.
どのような事例が話題とされているのか,章レベルの見出しを掲げてみましょう.
1. 「シャーク関口ギターソロ教室」 --- 表記の曖昧さ
2. 「OKです」「結構です」 --- 辞書に載っている曖昧さ
3. 「冷房を上げてください」 --- 普通名詞の曖昧さ
4. 「私には双子の妹がいます」 --- 修飾語と名詞の関係
5. 「政府の女性を応援する政策」 --- 構造的な曖昧さ
6. 「二日,五日,八日の午後が空いています」 --- やっかいな並列
7. 「二〇歳未満ではありませんか」 --- 否定文・疑問文の曖昧さ
8. 「自分はそれですね」 --- 代名詞の曖昧さ
9. 「なるはやでお願いします」 --- 言外の意味と不明確性
10. 「曖昧さとうまく付き合うために」
言語学的な観点からは,とりわけ統語構造への注目が際立っています.等位接続詞がつなげている要素は何と何か,否定のスコープはどこまでか,形容詞が何にかかるのか,助詞「の」の多義性,統語的解釈における句読点の役割等々.ほかに語用論的前提や意味論的曖昧性の話題も取り上げられています.
本書は日本語を読み書きする際に注意すべき点をまとめた本としては,実用的な日本語の書き方・話し方マニュアルとして読むこともできると思います.むしろ実用的な関心から本書を手に取ってみたら,言語学的見方のおもしろさがジワジワと分かってきた,というような読まれ方が想定されているのかもしれません.曖昧性の各事例については「問題」と「解答」(巻末)が付されています.
本書のもう1つの読み方は,例に挙げられている日本語の事例を英語にしたらどうなるか,英語だったらどのように表現するだろうか,などと考えながら読み進めることによって,両言語の言語としての行き方の違いに気づくというような読み方です.両言語間の翻訳の練習にもなりそうです.
本書については YouTube 「いのほた言語学チャンネル」にて「#205. 川添愛さん『世にもあいまいなことばの秘密』のご紹介」の回で取り上げています.ぜひご覧ください.
言語の曖昧性については hellog より「#2278. 意味の曖昧性」 ([2015-07-23-1]),「#4913. 両義性にもいろいろある --- 統語的両義性から語彙的両義性まで」 ([2022-10-09-1]) の記事もご一読ください.
・ 川添 愛 『世にもあいまいなことばの秘密』 筑摩書房〈ちくまプリマー新書〉,2023年.
2024-03-18 Mon
■ #5439. 英語辞書から集めた tautology (類語反復,トートロジー)の事例 [tautology][voicy][heldio][rhetoric][logic][pragmatics][semantics][khelf][aokikun][word_play][periphrasis]
今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の配信回は「#1022. トートロジー --- khelf 会長,青木くんの研究テーマ」です.言語における tautology とは何か? "A is A" のような一見無意味な形式がなぜ存在し,なぜしばしば有意味となり得るのか? この問題については,khelf(慶應英語史フォーラム)会長の青木輝さんとともに今後ゆっくりと検討していく予定ですが,今回はその頭出しという趣旨での配信でした.ぜひお聴きいただければ.
トートロジーについては,hellog では「#4851. tautology」 ([2022-08-08-1]) としてすでに導入しています.今回は英語辞書から英語のトートロジーの事例をいくつか集めてみました.
・ a beginner who has just started
・ free gift
・ He lives alone by himself.
・ hear with one's ears
・ helpful assistance
・ necessary essentials
・ new innovation
・ real truth
・ She is dumb and can not speak.
・ speak all at once together
・ the modern university of today
・ The money should be adequate enough.
・ They spoke in turn, one after the other.
・ This candidate will win or not win.
・ very excellent
・ widow woman
論理,意味,語用,形式などの観点から様々に分類できそうです.ものによっては periphrasis (迂言法),pleonasm (冗語法),redundancy (冗長),repetition (繰り返し)などと呼び変えるほうが適切な事例もありそうです.また,言葉遊び (word_play) とも関係してきそうです.
言語によってトートロジーの種類は異なるのか? 個別言語におけるトートロジーの起源と発達は? トートロジーの言語的機能は? 謎が謎を呼ぶ,深掘りしがいのあるテーマです.
2024-03-17 Sun
■ #5438. 紙の辞書の魅力 --- 昨秋出版の『ライトハウス英和辞典 第7版』より [lexicography][dictionary][notice][lighthous7]
昨年秋に研究社より『ライトハウス英和辞典 第7版』が出版されました.前身の『ユニオン英和辞典』が1972年に上梓されて以来,半世紀以上もの間,丁寧に改訂を重ねてきた老舗の学習者用英和辞典です.今回の第7版は紙媒体で出版されていますが,この春にはウェブ版も公開予定です.
第7版の「まえがき」では,編者の赤須薫先生(東洋大学)が「紙の辞書を使う意義」を解説しています (1--2) .ウェブ辞書が広く利用できる現在,紙の辞書を使う意義は何なのでしょうか.
それは,紙の辞書のアナログさには実にいろいろな付加価値が伴うからです.論より証拠,『ライトハウス英和辞典』を実際に手に取ってみてください.まずいろいろな意味で「見やすい」のです.全体を一気に見渡すこと,つまり俯瞰ができます.どの語がどれほどの情報を持っているのかが一瞬でわかります.色がついていて,どの情報に注目すべきか,すぐにわかるように設計されています.特に「基本語」です.誰でも知っている一見易しい語,例えば and, can, in, make, that など,実はいろいろな意味と用法があるため本当は一番難しいのです.そのため,記載されている情報の量が多いのですが,紙の辞書はその全体像を一気に捉えることができます.人間の目はよくできていて,必要に応じてズーム・イン,ズーム・アウトしてくれるのです.そして「読みやすい」活字を使って,解説をわかりやすくしてあります.また,楽しい「道草」もできます.ある単語を引こうとしていると,つい思いがけない情報に出会うことがあり,そこで思わぬ発見をしたりするのです.紙の辞書は手で引きますので,ページをめくる感覚,紙のにおい・インクのにおいといったものも伴います.また,自由に書き込んだり,マーカーを引いたり,色をつけたりすることもできます.この五感に訴えてくる感覚は紙の辞書ならではのもので,体で覚えることにつながります.これがのちのちの記憶の下支えにもなるのです.
上記の「紙の辞書を使う意義」には,私も賛同します.基本語の使い方の難しさについても同意します.
皆さんも,紙の辞書で基本語の記述を読み解く習慣をつけてみませんか?
・ 赤須 薫(編) 『ライトハウス英和辞典 第7版』 研究社,2023年.
2024-03-16 Sat
■ #5437. phonotacitcs 「音素配列論」 [phonotactics][graphotactics][terminology][linguistics][phonology][morphology][linearity]
一昨日の heldio で「#1018. sch- よもやま話」をお届けした.英語では sch- の綴字が比較的珍しいことなどを話題にしたが,これは文字素配列論 (graphotactics) の問題である.
この文字素配列論の背後にあるのが音素配列論 (phonotactics) である.各言語における音素の並び順に注目する音韻論の1分野だ.2つの用語辞典より,phonotactics について関連する別の用語とともに紹介したい.まずは,Crystal より.
phonotactics (n.) A term used in PHONOLOGY to refer to the sequential ARRANGEMENTS (or tactic behaviour) of phonological UNITS which occur in a language --- what counts as a phonologically well-formed word. In English, for example, CONSONANT sequences such as /fs/ and /spm/ do not occur INITIALLY in a word, and there are many restrictions on the possible consonant+VOWEL combinations which may occur, e.g. /ŋ/ occurs only after some short vowels /ɪ, æ, ʌ, ɒ/. These 'sequential constraints' can be stated in terms of phonotactic rules. Generative phonotactics is the view that no phonological principles can refer to morphological structure; any phonological patterns which are sensitive to morphology (e.g. affixation) are represented only in the morphological component of the grammar, not in the phonology. See also TAXIS.
taxis (n.) A general term used in PHONETICS and LINGUISTICS to refer to the systematic arrangements of UNITS in LINEAR SEQUENCE at any linguistic LEVEL. The commonest terms based on this notion are: phonotactics, dealing with the sequential arrangements of sounds; morphotactics with MORPHEMES; and syntactics with higher grammatical units than the morpheme. Some linguistic theories give this dimension of analysis particular importance (e.g. STRATIFICATIONAL grammar, where several levels of tactic organization are recognized, corresponding to the strata set up by the theory, viz. 'hypophonotactics', 'phonotactics', 'morphotactics', 'lexicotactics', 'semotactics' and 'hypersemotactics'). See also HARMONIC PHONOLOGY.
次に Bussmann より.
phonotactics Study of the sound and phoneme combinations allowed in a given language. Every language has specific phonotactic rules that describe the way in which phonemes can be combined in different positions (initial, medial, and final). For example, in English the stop + fricative cluster /ɡz/ can only occur in medial (exhaust) or final (legs), but not in initial position, and /h/ can only occur before, never after, a vowel. The restrictions are partly language-specific and partly universal.
言語は,その線状性 (linearity) ゆえに要素の並び順,組み合わせ方を重視せざるを得ない.その点では,音素配列論に限らず -tactics は必然的に言語学的な意義をもつ領域だろう.また,--tactics が通時的に変化し得ることも歴史言語学では重要な点である.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.
2024-03-15 Fri
■ #5436. 私の『英語語源辞典』推し活履歴 --- 2024年3月15日版 [link][etymology][review][voicy][heldio][helwa][lexicography][kdee][hel_herald][notice][khelf][hellog][fujiwarakun][asacul][yurugengogakuradio]
寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』(研究社,1997年)の推し活を本格的に始めて8ヶ月ほどが経ちます.この期間に様々な媒体でこの辞典を推薦し,話題にしてきました.推し活に加わる方も周囲に増えてきており,喜ばしい限りです.この辺りで推し活履歴を振り返っておきたいと思います.以下,KDEE (= The Kenkyusha Dictionary of English Etymology) の略称も適宜用います (cf. kdee) .
・ 2023年7月18日 「ゆる言語学ラジオ」にお招きいただいて収録した YouTube 回「英単語帳の語源を全部知るために,研究者を呼びました【ターゲット1900 with 堀田先生】#247」が配信される.49分30秒辺りから堀田による KDEE の激推しがスタート.その後の数日間,KDEE がオンラインで入手しにくくなるという事態が発生したとか.
・ 2023年7月27日 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて「#787. 寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』(研究社,1997年)のスゴさをご紹介 --- 田辺春美先生との対談」を配信し,制作にも携わられた田辺春美先生(成蹊大学)とともに KDEE の実力を語る.ちなみに,この回は2023年の heldio 配信回のリスナー投票で第8位に入った.
・ 2023年8月1日 「研究社note」より「『英語語源辞典』と活版印刷裏話」と題する記事が公開される(研究社編集部の N. A. さんが元研究社印刷社長の小酒井英一郎さんにインタビューして執筆された記事).
・ 2023年8月2日 hellog にて「#5210. 世界最強の英語語源辞典 --- 寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』(研究社,1997年)」 ([2023-08-02-1]) が公開される.
・ 2023年9月6日 heldio にて「#828. 『英語語源辞典』(研究社,1997年)ってスゴい --- 研究社会議室での対談 (1)」が配信され,画期的なインタビューシリーズ3部作の開始となる.ちなみに,この回は2023年の heldio 配信回のリスナー投票で第5位に入った.
・ 2023年9月12日 heldio にて「#834. 『英語語源辞典』(研究社,1997年)ってスゴい --- 研究社会議室での対談 (2)」が配信される.
・ 2023年9月20日 heldio にて「#842. 『英語語源辞典』(研究社,1997年)ってスゴい --- 研究社会議室での対談 (3)」が配信される.
・ 2023年9月22日 hellog にて「#5261. 研究社会議室での3回にわたる『英語語源辞典』をめぐるインタビューが完結」 ([2023-09-22-1]) が公開される.
・ 2023年10月23日 heldio にて「#875. 『英語語源辞典』を読むシリーズ (1) --- 藤原くんと foot を語る」が配信され,藤原郁弥さんとの画期的なシリーズの幕開きとなる.ちなみに,この回は2023年の heldio 配信回のリスナー投票で第2位に入った.
・ 2023年10月26日 heldio にて「#878. 『英語語源辞典』を読むシリーズ (2) --- 藤原くんと foot を語る」が配信される.
・ 2023年11月8日 heldio にて「#891. 『英語語源辞典』を読むシリーズ (3) --- khelf 藤原くんと marble を語る第1弾」が配信される.ちなみに,この回は2023年の heldio 配信回のリスナー投票で第9位に入った.
・ 2023年11月11日 heldio にて「#894. 『英語語源辞典』を読むシリーズ (4) --- khelf 藤原くんと marble を語る第2弾」が配信される.
・ 2023年11月14日 heldio にて「#897. 『英語語源辞典』を読むシリーズ (5) --- khelf 藤原くんと marble を語る第3弾」が配信される.
・ 2023年12月15日 heldio にて「#928. 『英語語源辞典』を読むシリーズ (6) --- khelf 藤原くんと2重語 compute/count を語る」が配信される.
・ 2024年1月6日 Voicy プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) にて「【英語史の輪 #77】umisio さんと『英語語源辞典』で England と English を精読する」が配信される.heidio/helwa リスナーの umisio さんとの差しでの KDEE 熟読会.
・ 2024年1月9日 umisio さんにより上記熟読会の手書きノートが note 上に公開される.
・ 2024年1月19日 heldio/helwa リスナーの lacolaco さんが note にて「英語語源辞典通読ノート」と題するマガジンを公開し始める.前代未聞の企画.これまでに11本の記事があり,すでに animal にまで到達している.
・ 2024年1月25日 helwa にて「【英語史の輪 #85】「『英語語源辞典』を読む(飲む)会」を画策しています」として,KDEE オンライン読書会の企画案が堀田により初めて提案される.その後,初回が2月20日に実施されることになった.
・ 2024年1月31日 heldio にて「#975. 『英語語源辞典』の収録語彙」が公開される.
・ 2024年2月2日 heldio にて「#977. 『英語語源辞典』を読むシリーズ (7) --- khelf 藤原くんと同音異義語 bank の項を精読する」が配信される.
・ 2024年2月3日 heldio にて「#978. 『英語語源辞典』の語義・初出年代 --- khelf 藤原くんと凡例を読もう」が配信される.凡例を熟読するという稀代な企画がスタート.
・ 2024年2月20日 helwa のオンラインオフ会にて「『英語語源辞典』を漫然と読む/飲む」企画が初めて実現する.
・ 2024年2月22日 helwa にて「【英語史の輪 #97】「置換」か「駆逐」か」が配信される.この配信回では,上記オンラインオフ会で話題となった KDEE 中の「駆逐」という用語が議論された.
・ 2024年3月4日 khelf による『英語史新聞』第8号が発行され,その第1面にて「『英語語源辞典』を使ってみよう」という記事(藤原郁弥さん執筆)が公開される.
・ 2024年3月5日 hellog にて「#5426. 『英語史新聞』第8号が発行されました」 ([2024-03-05-1]) が公開され,改めて KDEE が言及される.
・ 2024年3月12日 helwa にて「【英語史の輪 #105】近代英語と中英語の anigh に直接の関連はない? --- lacolaco さんも二度見した『英語語源辞典』の記述」が配信される.
以上がこの8ヶ月間の KDEE 推し活履歴です.今後の主立った予定を2点挙げておきます.
・ 本日2024年3月15日の夕方,helwa のオンラインオフ会にて「『英語語源辞典』を漫然と読む/飲む」企画の第2回が開催される予定です.
・ 新年度4月より朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「語源辞典でたどる英語史」が開講される予定です.毎月1回のペースで指定土曜日に開催されます.KDEE 以外の英語語源辞典も参照しますが,メインはもちろん KDEE.なお,2018年にも『英語語源辞典』に注目しつつ朝カルで英語語源講座を開いたことがあります(cf. 「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1])).
皆さんも,ぜひ KDEE 推し活にご参加ください!
・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
2024-03-14 Thu
■ #5435. 仮名の濁点と英語摩擦音3対の関係 [syllable][phonology][grammatology][hiragana][japanese][writing][diacritical_mark][phonetics][consonant][fricative][th][mond][helwa]
現代日本語の慣習によれば,平仮名の「か」に対して「が」,「さ」にたいして「ざ」,「た」に対して「だ」のように濁音には濁点が付される.阻害音について,清音に対して濁音ヴァージョンを明示するための発音区別符(号) (diacritical_mark) だ.ハ行子音を例外として,原則として無声音に対して有声音を明示するための記号といえる.濁点のこの使用方針はほぼ一貫しており,体系的である.
一方,英語の摩擦音3対 [f]/[v], [s]/[z], [θ]/[ð] については,正書法上どのような書き分けがなされているだろうか.この問題については,1ヶ月ほど前に Mond に寄せられた目の覚めるような質問を受け,それへの回答のなかで部分的に議論した.
・ boss ってなんで s がふたつなの?と8歳娘に質問されました.なんでですか?
[f] と [v] については,それぞれ <f> と <v> で綴られるのが大原則であり,ほぼ一貫している.of [əv] のような語はあるが,きわめて例外的だ.
[s] と [z] の書き分けに関しては,上記の回答でも,かなり厄介な問題であることを指摘した.<s>, <ss>, <se>, <ce>; <z>, <zz>, <ze> などの綴字が複雑に絡み合ってくるのだ.なるべく書き分けたいという風味はあるが,そこに一貫性があるとは言いがたい.
[θ] と [ð] に至っては,いずれも <th> という1種類の綴字で書き表わされ,書き分ける術はない.歴史的にいえば,書き分けようという意図も努力も感じられなかったとすらいえる.
以上より序列をつければ,
・ 仮名の濁点を利用した書き分けは「トップ合格」
・ [f]/[v] の書き分けは「合格」
・ [s]/[z] の書き分けは「ギリギリ及第」
・ [θ]/[ð] の書き分けは「落第」
となる.この序列づけのインスピレーションを与えてくれたのは Daniels (64) の次の1文である,
Phonemic split sometimes brings new letters or spellings (e.g. Middle English <v> alongside <f> when French loans caused voicing to become significant; cf. also <vision> vs <mission>), sometimes not---English used <ð> and <þ> indifferently, even in a single manuscript, for both the voiced and voiceless interdentals, a situation persisting with Modern English <th> due to low functional load. Japanese, on the other hand, uses diacritics on certain kana for the same purpose.
なお,今回の話題については,先行して Voicy のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の配信回「【英語史の輪 #95】boss ってなんで s が2つなの?」(2月17日配信)で取り上げている.
・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.
2024-03-13 Wed
■ #5434. 「変なアルファベット表」完成 [khelf][spelling_pronunciation_gap][hel_herald][notice][hel_education][link][voicy][heldio][helwa][inohota][orthography]
昨秋より khelf(慶應英語史フォーラム)の企画として,一般の方々にも参加していただきつつ展開してきた「変なアルファベット表」がついに完成しました.先週の3月4日,khelf より『英語史新聞』第8号が発行されましたが,その第4面に「変なアルファベット表」が掲載されています.
英語の綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) の問題を逆手にとって,それをダシにして遊んでしまおうという企画でした.イラスト付きアルファベット表に A から Z の各文字で始まる単語が掲げられていますが,いずれの単語も発音との関係で何かしら「変な」語頭綴字を示しています.英語初学者にとっては「意地悪な」,したがって「大人の」アルファベット表ということになります.
昨秋の本企画発足以来,khelf では担当班を組織し,主に Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で進捗状況をお伝えするなど発信に努めてきました.まず,一般の方々に呼びかけて,各文字で始まる「変な」単語の候補をお寄せいただきました.その後,khelf で取りまとめた後に,各文字で始まる単語の候補のなかから,最も「変な」単語を決めていただくための投票を呼びかけました.N の単語については決選投票にまでもつれ込むことになりました.企画を進める過程で,そもそも綴字の(不)規則とは何なのかという本質的な問題にぶつかるなどしましたが,最終的には上記の通り「変なアルファベット表」が仕上がりました.各単語のイラストも khelf オリジナルの制作ですので,ぜひご注目ください.一般公募と一般投票という形で皆さんにご協力いただいた企画として,ここに完成の旨を報告し,改めて感謝申し上げます.
『英語史新聞』第8号の第4面には,「変なアルファベット表」のほか,投票結果なども掲載されています.次点候補の単語なども挙げられていますので,そちらも眺めながら綴字と発音の乖離という問題に思いを巡らせていただければと思います.
これまで「変なアルファベット表」企画に関するコンテンツを,heldio, helwa, hellog, YouTube などで様々に公開してきました.以下に一覧しておきます.特に heldio では,「変なアルファベット表」の公開後も,表に掲載されている各単語と関連する話題をお届けしています.向こう数日の配信回にもご期待ください.
・ heldio 「#872. 変なアルファベット表を作ろうと思っています --- khelf 企画」
・ heldio 「#873. スペリングの規則と反則 --- 「変なアルファベット表」企画に寄せて」
・ heldio 「#887. khelf 寺澤志帆さんと「変なアルファベット表」企画の中間報告」
・ heldio 「#924. 今週は「変なアルファベット表」のための投票週間です」
・ heldio 「#933. 「変なアルファベット表」の投票は済ませましたか? --- khelf 寺澤さんと投票の呼びかけ」
・ heldio 「#966. 「変なアルファベット表」の n- の単語のための決選投票 --- khelf 寺澤志帆さんからの呼びかけ」
・ heldio 「#1011. 「変なアルファベット表」の完成と公開 with 寺澤志帆さん」
・ heldio 「#1015. cello --- 「変なアルファベット表」からの話題」
・ heldio 「#1016. schedule の発音は「スケジュール」か「シェデュール」か? --- 「変なアルファベット表」の S の項目より」
・ helwa (有料配信) 「【英語史の輪 #42】変なアルファベット表を作る企画」
・ helwa (有料配信) 「【英語史の輪 #43】変なアルファベット表企画への反響」
・ hellog 「#5303. 『英語史新聞』第7号が発行されました」 ([2023-11-03-1])
・ hellog 「#5341. 今週は「変なアルファベット表」企画の投票週間です」 ([2023-12-11-1])
・ hellog 「#5426. 『英語史新聞』第8号が発行されました」 ([2024-03-05-1])
・ YouTube 「いのほた言語学チャンネル」 「#185. eye はもっとへんなつづりだった!!三文字規則が生み出した現象たち?---へんなアルファベット表向け単語大募集!」
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最終更新時間 | 2024-03-19 08:07 |
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