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expletive - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-02-21 07:10

2016-01-03 Sun

#2442. 強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ [syntax][agreement][pragmatics][construction_grammar][discourse_marker][relative_pronoun][expletive][cleft_sentence]

 先日,掲示板にて "It is . . . that . . . ." の型をもつ分裂文 (cleft sentence),いわゆる強調構文の歴史について質問が寄せられた.これについて,以下のように粗々に回答した.

分裂文(いわゆる強調構文)の発展や,要素間の統語的一致の推移については,複雑な経緯と種々の説があり,一言では説明できません.相当するものは古英語からあり,主語には it のみならず that やゼロ形が用いられていました.現代英語における分裂文という現象を,共時的な観点にこだわらず,あえて通時的な観点から分析するのであれば,that は関係詞であり,it はその先行詞であると述べておきたいと思います.つまり,"It is father that did it." という例文でいえば,「それを為したところのもの,それは父です.」ということになります.人でありながら中性の it を用いるのも妙な感じはしますが,"Who is it?" の it などからも理解できると思います(古英語でも同じでした).ところが,後に "It is I that am wrong." にみられるように,that の先行詞は文頭の It ではなく直前の I であるかのような一致を示すに至りました.以上,取り急ぎ,かつ粗々の回答です.


 この問題について,細江 (245--46) が次のように論じている.

注意を引くために用いられた It is... の次に来る関係代名詞が主格であるとき,その従文における動詞は It is I that am wrong. おようにこれに対する補語と人称数で一致する。たとえば,

   It is you who make dress pretty, and not dress that makes you pretty.---Eliot
   But it's backwaters that make the main stream. ---Galsworthy.
   It is not I that bleed---Binyon.

 これは今日どんな文法家でも,おそらく反対するものはないでえあろう。しかも that の先行詞は明らかに It である。それではなぜこの一致法が行なわれるかといえば,〔中略〕It は文法の形式上 that の先行詞ではあるけれども,一度言者の脳裏にはいってみれば,それは決して次に来る叙述中に含まれる動作もしくは状態などの主たり得る性質のものではない。すなわち,換言すれば It is I that am wrong. と言うとき,言者の脳裏にある事実は I am wrong. にほかならないからである。


 細江は p. 246 の注で,フランス語の "Nous, nous n'avons pas dit cela." と "Ce n'est pas nous qui avons dit cela." の2つの強調の型においても,上記と同じことが言えるとしている.関連して,「#1252. Bailey and Maroldt による「フランス語の影響があり得る言語項目」」 ([2012-09-30-1]) を参照.
 私の回答の最後に述べたことは,歴史の過程で統語的一致の様式が変化してきたということである.これを別の観点からみれば,元来,統語的な型として出発したものが,強調や対比という語用的・談話的な役割を担う手段として発達し,その結果として,統語的一致の様式も変化にさらされたのだ,と解釈できるかもしれない.細江の主張を,回答内の例文において繰り返せば,話者の頭の中には did it (それを為した)のは明らかに father (父)という観念があるし,wrong (間違っている)のは明らかに I という観念があるはずである.それゆえに,この観念に即した統語的一致が求められるようになったのだろう.そして,現代英語までに,この一致の様式をもつ統語的な型そのものが,語用的な機能を果たす構造として確立してきたのである.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2015-09-02 Wed

#2319. 中英語の関係詞 the which [relative_pronoun][expletive][article][french][contact]

 現代英語で普通にみられる wh- 形の関係詞は,初期中英語に which として初出する.関係詞 which は,より一般的だった that と競合しながらも,14世紀辺りから分布を拡げ,15世紀には普通となった.「#2314. 従属接続詞を作る虚辞としての that」 ([2015-08-28-1]) で示唆したように,expletive that を伴う which that も現われ,Chaucer などでは普通にみられたし,expletive as を伴う which as も知られている (Mustanoja 197--98) .
 注目すべきは,同じく中英語に生じた the which (that) である.この定冠詞 the を伴う関係詞は,初期中英語の北部方言で書かれた Cursor Mundi で初出する(Cursor Mundi では,実に70回ほど現われる).OED の which, pron. and adj. より,語義13からの例を引こう.

a1400 (a1325) Cursor Mundi (Gött.) l. 9434 þe first law was cald 'of kinde,' .. þe toþer has 'possitiue' to name, þe whilk lawe was for-bed Adam, Forto ete þat fruit.


 その後,14世紀にかけて南部方言でも見られるようになり,普通頻度も増してきた.ただし,著者やテキストによっても頻度はまちまちであり,Chaucer では which に比べて1:9と格段に少ないが,Gower では非常によく現われる.15世紀の散文になると一般に the whichwhich よりもずっと頻度が高くなるが,Capgrave, Pecock, Fortescue は例外で,むしろ the which が一切現われない (Mustanoja 199) .
 分布がまちまちであるという謎もさることながら,さらに謎めいているのは,その起源である.議論百出で,定説はない.一説によると,古仏語の liquels (現代仏語 lequel)と関係するという(この説は,「#1252. Bailey and Maroldt による「フランス語の影響があり得る言語項目」」 ([2012-09-30-1]) のリストでも挙げた).古仏語からの翻訳テキストにおいてこの対応が見られることから,両者が無関係とは言えないが,初出が上記のように北部方言の非翻訳テキストであることから,フランス語が the which の直接の引き金となったとは考えにくい.フランス語は,英語で本来的に発達した表現の使用を後押しするほどの役割だったろう.
 本来的に発達したとすると,古英語の seþe swa hwelc が起源の1候補に挙がる.この複合関係詞は,後期古英語の北部方言テキスト Lindisfarne Gospels に現われており,候補としてはふさわしいように思われる.一方,何人かの学者が支持しているのが,古英語あるいは初期近代英語の se þe のタイプの関係詞に起源をみる説で,この不変化詞 þewhich に置き換えられたのだという (Mustanoja 198) .
 宇賀治 (253) によれば18世紀前半でほぼ消滅し,現在は事実上の廃用となっているが,OED での最も遅い例は,"1884 Tennyson Becket Prol. 20 He holp the King to break down our castles, for the which I hate him." となっている.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
 ・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.

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2015-08-28 Fri

#2314. 従属接続詞を作る虚辞としての that [conjunction][syntax][relative_pronoun][interrogative_pronoun][expletive]

 中英語で著しく発達した統語法の1つに,標題の機能をもった "expletive that" (or "pleonastic that") がある.いわば汎用の従属節マーカーとして機能した that の用法であり,単体で従属接続詞として機能しうる語にも付加したし,単体ではそのように機能できなかった副詞や前置詞などに付加してそれを従属接続詞化する働きももっていた.具体的には,after that, as that, because that, by that, ere that, for that, forto that, if that, lest that, now that, only that, though that, till that, until that, when that, where that, whether that, while that 等々である.
 古英語でも小辞 þe が対応する機能を示していたが,上記のように多くの語に付加して爆発的な生産性を示したのは,中英語におけるその後継ともいうべき that である.MED では,他用法の that と区別されて that (particle) として見出しに立てられており,様々な種類の語と結合した用例がおびただしく挙げられている.ここでは例を挙げることはせず,The Canterbury TalesThe General Prologue の冒頭の1行 "Whan that Aprill with his shoures soote" に触れておくにとどめたい.
 さて,虚辞の that と呼んだが,それは多分に現代の視点からの呼称である.ifwhen など本来的な従属接続詞に関しては,付加された that は中英語でも確かに虚辞とみなすことができただろう.しかし,歴史的には従属節マーカーとしての that が付加してはじめて従属節として機能するようになった ere thatwhile that などにおいては,当初 that は虚辞などではなく本来の統語的な機能を完全に果たしていたことになる.その後,erewhile が単独で従属接続詞として用いられるようになるに及んで,that が虚辞として再解釈されたと考えるべきだろう.現在,前置詞との結合で15世紀に生じた in that が,この that の本来の価値を残している.
 上で取り上げたのはいずれも副詞節の例だが (Mustanoja 423--24) ,13--15世紀には that が疑問詞や関係詞と組み合わさった例も頻繁に見られる."what man þat þe wedde schal . . . Loke þu him bowe and love" (Good Wife 23, cited from Mustanoja 193) や "Euery wyght wheche þat to rome wente." (Chaucer Troilus & Criseyde ii. Prol. 36, cited from OED) の類いである.
 中英語におけるこの虚辞の that については,Mustanoja (192--93, 423--24) 及び OED より that, conj. の語義6--7を参照されたい.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2011-12-03 Sat

#950. Be it never so humble, there's no place like home. (3) [negative][syntax][subjunctive][assertion][expletive]

 [2011-12-01-1], [2011-12-02-1]の記事で議論してきた,譲歩表現 never so (= ever so) の問題を続ける.
 never soever so がほぼ同義であるということは一見すると理解しがたいが,nonassertion の統語意味的環境では,対立が中和することがある( nonassertion については[2011-03-07-1][2011-03-08-1]の記事を参照).例えば,Quirk et al. (Section 8.112 [p. 601]) は次のように言及し,例文を挙げている.

In nonassertive clauses ever (with some retention of temporal meaning) can replace never as minimizer; this is common, for instance, in rhetorical questions:

  Will they (n)ever stop talking? Won't they ever learn? (*Won't they never learn?)
  I wondered if the train would (n)ever arrive.


 最後の例文にあるように,動詞 wonder に続く if 節内では,肯定と否定の対立が中和されることが多い.節内が統語的に肯定であれば文全体に否定の含意が生じ,統語的に否定であれば肯定の含意が生じるともされるが,意味上の混同は免れない.wonder は「よくわからない」を含意するのであるから,結局のところ,続く if 節,whether 節は nonassertion の性質を帯びるということだろう.

 ・ He was beginning to wonder whether Gertrud was (not) there at all.
 ・ He's starting to wonder whether he did (not) the right thing in accepting this job.
 ・ I wonder if he is (not) over fifty.
 ・ I wonder if I'll (not) recognize him after all these years.
 ・ I wonder whether it was (not) wise to let her travel alone.


 ここで,be it never so humblebe it ever so humble の問題に戻ろう.条件節としての用法であるから,nonassertion の性質を帯びていることは間違いない.論理的には「どんなにみすぼらしくとも」という譲歩の意味に対応するのは be it ever so humble という統語表現だが,日本語でも「どんなにみすぼらしかろうが,なかろうが」と否定表現を付加することができるように,英語でも or never の気持ちが付加されたとしても不思議はない.英語では,or により選言的に否定が付加されるというよりは,否定によって肯定が完全に置換された結果として be it never so humble が生じたのではないか.
 言い換えれば,never の否定接頭辞 n(e)- は,統語意味論で 虚辞 (expletive) と呼ばれているものに近い.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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