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hellog〜英語史ブログ / 2013-10

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2013-10-31 Thu

#1648. adjacency pair [pragmatics][ethnography_of_speaking][cooperative_principle][adjacency_pair]

 2人の話者の会話において,互いにペアをなす発話が交わされる場合がある.質問に対して回答,申し出に対して受諾あるいは拒否,挨拶に対して挨拶,依頼に対して応諾,呼びかけに対して返事といった習慣的なペアである.通常,両発話の間に無関係の内容の発話がはさまることはなく,隣り合うものなので,これを adjacency pair と呼ぶ.英語からの例を示そう.

adjacency pair (A and B)AB
question-answerWhat time is it?Seven o'clock.
offer-acceptanceWould you like a baked potato?Yes, please.
greeting-greetingGood morning.Morning Mattie.
request-complianceCan I have a jam sandwich then please dad?Yes sunshine.
summons-acknowledgementMum, mum, mum, mum, mum?Yes?


 これらの adjacency pair は,「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]) (cooperative principle) の諸公理にかなった発話の例として説明される.会話の参加者は,暗黙の規則として,このペアワークを実践していると考えられる.
 しかし,adjacency pair のペアワークが成り立たない場合もある.adjacency pair で一般にAという発話に対してBという発話が対応するとき,何らかの理由でBの発話が欠けることがある.そのような場合に起こり得ることは,以下のいずれかだろう.(1) B が返されるまで A が繰り返し発せられる,(2) Bの欠如の理由が明示的に説明される (ex. I don't know.), (3) 別の adjacency pair が埋め込まれた上でBが補充され,問題解消に至る.(3) について,ペアの中にもう1つのペアが埋め込まれる例を示そう.

Q1 S: What color do you think you want?
Q2 C: Do they just come in one solid color?
A2 S: No. They're black, blue, red, orange, light blue, dark blue, gray, green, tan[pause], black.
A1 C: Well, gimme a dark blue one, I guess.


 Bの発話が欠ける場合がある理由については「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]) で見たような理由が挙げられるかもしれないが,それ以前に,言語文化によっては当該の adjacency pair が原理や規則として存在しないこともあるのではないか.つまり,上記のような adjacency pair は一見するとどの言語文化にも普遍的に存在しているものと思われがちだが,実際には各言語文化に依存する社会的に慣習化された規範 (norm or "normative requirement") にすぎないのではないか.
 「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1]) でも見たとおり,発話に関する慣習のなかには文化に依存するものがある.ある adjacency pair がその文化において有意味かどうかは個別に調べなければならないし,たとえ有意味であったとしても特にBの返答について文化ごとに好まれるパターンが異なるということがあり得るのではないか.例えば,前の記事で,日本語や中国語では申し出に対して一度はそれを断るという反応が好まれることがあるし,質問に対して答えをはぐらかす傾向を示す Madagascar の言語共同体の例もみた.adjacency pair のあり方が文化間で変異し得るという指摘は,「協調の原理」が示唆する語用論的普遍性に対する1つの挑戦となるだろう.記述的な ethnography of speaking の研究のもつ役割は,普遍性と傾向,言語的規則と社会的規範といった問題に対して具体的な事例を与えるということにあるのではないか.

 ・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2013-10-30 Wed

#1647. 言語における韻律的特徴の種類と機能 [prosody][stress][paralinguistics]

 言語学において韻律 (prosody) とは,超分節的 (suprasegmental) な種々の音声特徴のことを指す.以下に,6種類を列挙しよう (Crystal 73--74) .

 (1) pitch, tone, intonation などの音の高低は,以下に詳しく見るように,広く言語的な目的に利用されている.
 (2) stress, loudness, accent などの音の強弱は,英語では語の強勢などに現れる.accent はしばしば stress と同一視されるが,厳密には高低 (pitch) と強弱 (stress) とを組み合わせた韻律的特徴である.
 (3) tempo などの音の速度は,速くすれば緊急や苛立ち,遅くすれば思慮深さや強調などが含意される.
 (4) rhythm や beat は,pitch, stress, tempo を組み合わせた韻律的特徴で,言語間の変異が著しい.英語のように強勢が等間隔で現れる stress-timed rhythm,日本語のように音節が等間隔で現れる syllable-timed rhythm などの区別がある.
 (5) pause, silence などの休止もある種の意図や感情を表わすのに用いられる.
 (6) timbre(音色・声色)は感情表現には資するものの,言語を言語たらしめる慣習的な性質や対立的な性質が認められないので,言語的というよりはパラ言語的 (paralinguistic) な特徴というべきである.

 このうち,言語においてとりわけ差異的・関与的である (1)--(4) をまとめて,韻律的特徴 (prosodic features) と呼んでいる.では,これらの韻律的特徴の機能は何か.様々な機能があるが,8つを挙げよう (Crystal 76--78) .

 (i) 感情を表わす.興奮,退屈,驚き,友好,慎みなど多くの感情を伝える.
 (ii) 文法構造を標示する.音の高低や休止などにより,文法的な差異を作り出す.例えば,英語や日本語など,多くの言語で平叙文と疑問文とを区別するのに,それぞれ下がり調子と上がり調子の intonation をもってする.関連して,「#976. syntagma marking」 ([2011-12-29-1]) を参照.
 (iii) 語に形を与える.語の強勢位置に関する規則をもつ言語では,語の同定に関与する.そのような規則をもたない英語のような言語でも,「#926. 強勢の本来的機能」 ([2011-11-09-1]) でみたように,言語的な機能を果たす.
 (iv) 語の意味を区別する.世界の言語の半数以上を占める声調言語 (tone language) では,音調が語(の意味)を区別する役割を果たしている.日本語の「箸」「橋」「端」の差異を参照.また,日本語を含め多くの言語が声調を利用している.
 (v) 意味に注意を引く.文中のある語句に韻律的な卓越を与えることによって,情報の新旧を示す談話的な機能を果たす.
 (vi) 談話を特徴づける.ニュース報道,実況放送,説教,講義などはそれぞれ特有の韻律を示す.
 (vii) 学習を助ける.リズム感のよい語呂などを利用すると,暗記や学習が容易になる.したがって,韻律的特徴は,言語習得においても重要な役割を果たす.
 (viii) 個人を同定する.韻律は,話者の社会言語学的な所属や話者の用いる使用域 (register) を指示する (indexical) 機能をもつ.

 言語における韻律はしばしば旋律や音楽と比較されるが,両者は2つの点で決定的に異なる.第1に,音楽は繰り返されることを前提として作られるが,言語については通常そのような前提はない.第2に,音楽は固定周波(絶対的な音調)に基づいて演奏されるが,言語の韻律は相対的なものである.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2013-10-29 Tue

#1646. 発話行為の比較文化 [ethnography_of_speaking][speech_act][pragmatics][face][performative][adjacency_pair]

 「#1632. communicative competence」 ([2013-10-15-1]),「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1]),「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1]) の記事で,ethnography of speaking の分野がカバーする領域を垣間見た.今回は,発話の比較文化という観点から,もう1つの話題を取り上げる.発話行為 (speech act) の異文化比較である.
 発話行為の類型は,Austin の古典的なものやそこから発展させた Searle のものが知られている(Huang, pp. 106--08 を参照).そのような類型への関心は,種々の発話行為があらゆる言語とその話者に共有されていることを示唆しているようにも聞こえるが,実際には多くの発話行為は文化に依存する.結婚などの儀礼的,慣習的な場面での発話行為が文化によって異なることは容易に理解されるだろうが,それほど慣習化されていない場面における発話行為にも文化間の相違は見られる.以下,Huang (119--25) に従って,4種類を取り上げよう.

 (1) ある文化に存在する発話行為が,別の文化に存在しない場合.例えば,約束という発話行為は,日本語にも英語にもあるし,他の多く言語にも存在する.しかし,フィリピンのイロンゴト族 (Ilongot) にはそれがない.イロンゴト族の社会では誠実さや真実よりも社会的な関係のほうが重視され,結果として約束という発話行為がそもそも存在しないのだと考えられている.もう1つ例を挙げれば,オーストラリアのアボリジニー,ヨロンゴ族 (Yolngu) では,感謝という発話行為がないといわれる.
 また,他にみられない特殊な発話行為をもつ文化もある.オーストラリアのアボリジニー,Walmajarri において,「親戚関係に基づく権利あるいは義務として要求する」という特異な発話行為があり,遂行動詞 (performative verb) japirlyung によって表わされる.この遂行動詞は,"I ask/request you to do X for me, and I expect you to do it simply because of how you are related to me" ほどの意味を表わす.これらの例は,主として西洋文化の視点から組み立てられた発話行為の類型論の有効性に異を唱えるものとなる.

 (2) 同じ状況に対して,文化によって異なる発話行為がなされる場合.例えば,人の足を踏んでしまったとき,西洋でも東アジアでも,通常は謝罪という発話行為がおこなわれる.ところが,西アフリカのアカン族 (Akan) では,謝罪ではなく同情の発話行為がなされる.また,食事会に招待されて,最後においとまするとき,英語では食事への感謝と賛辞を述べるのが通常だが,日本語では「お邪魔いたしました」と侵入行為を認める発言をする.同様に,日本語では,贈り物をもらったときなどには,感謝よりも「すみません」の謝罪のほうを好む.

 (3) 同じ発話行為に対して,文化によって異なる反応が示される場合.褒め言葉を述べられると,英語では感謝しながら受け入れるのが普通だが,中国語,日本語,ポーランド語などでは受け入れを拒否する(例:「まあ,すてきなお庭をおもちですね」「いえいえ,まったく手入れをしていないもので」).ちなみに,依頼に対してノーといえない日本語話者が,自分に向けられた褒め言葉にはノーということを好むというのがおもしろい.
 また,申し出に対して1度は儀礼的な拒否がなされることが多いのも中国語や日本語の伝統的にして典型的な反応である.「申し出→儀礼的な拒否→申し出→儀礼的な拒否→受諾」という流れ (adjacency pair) そのものが,文化的に埋め込まれていると考えられる(cf. 三顧の礼).

 (4) 同じ発話行為であっても,直接的になされるか間接的になされるか,その度合いが文化によって異なる場合.依頼,謝罪,不平などの face-threatening act (FTA) について異なる言語間の比較研究が,1980年代以降,とりわけ Cross-Cultural Speech Act Realization Project (CCSARP) の名の下で推し進められてきた.依頼についていえば,8つの言語変種 (German, Hebrew, Danish, Canadian French, Argentinian Spanish, British English, American English, Australian English) を比較したところ,Argentinian Spanish が最も直接的で,Australian English が最も間接的だった.
 日本語の「善処します」は,文字通りには「じょうずに処理する」という意味を表わすが,政治家が用いれば間接的な拒否の発話行為となる.これは,相手の依頼に対して直接ノーと言いにくい日本語にとって,間接的,語用論的な方略なのである.実際に,これが日米の外交問題に発展した事例がある.1974年,ニクソン大統領が佐藤首相に対して日本の繊維市場の自由化を求めた.佐藤首相は否定的な意味合いで「善処します」と答え,それは I do my best. と通訳された.その後,何も動かない日本に対してアメリカがいらだちを募らせ,抗議をするに至った.当時までに,発話行為の ethnography of speaking がよく研究され,その成果が日米異文化理解に役立つ知恵として両首脳の耳に達していれば,このような誤解は生じなかったろう.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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2013-10-28 Mon

#1645. 現代日本語の語種分布 [japanese][lexicology][statistics][etymology][loan_word][lexical_stratification]

 英語語彙の語種別の割合について,これまで多くの記事で各種統計を示してきた.

 ・ [2012-09-03-1]: 「#1225. フランス借用語の分布の特異性」
 ・ [2012-08-11-1]: 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」
 ・ [2012-01-07-1]: 「#985. 中英語の語彙の起源と割合」
 ・ [2011-09-18-1]: 「#874. 現代英語の新語におけるソース言語の分布」
 ・ [2011-08-20-1]: 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」
 ・ [2010-12-31-1]: 「#613. Academic Word List に含まれる本来語の割合」
 ・ [2010-06-30-1]: 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」
 ・ [2010-05-16-1]: 「#384. 語彙数とゲルマン語彙比率で古英語と現代英語の語彙を比較する」
 ・ [2010-03-02-1]: 「#309. 現代英語の基本語彙100語の起源と割合」
 ・ [2009-11-15-1]: 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」
 ・ [2009-11-14-1]: 「#201. 現代英語の借用語の起源と割合 (2)」
 ・ [2009-08-19-1]: 「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」
 ・ [2009-08-15-1]: 「#110. 現代英語の借用語の起源と割合」

 「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]),「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) で見たように,英語と日本語の語彙は比較される歴史をたどってきており,結果として現代の共時的な語彙構成にも共通点が見られる.今回は,現代英語との比較のために,現代日本語の語種別の割合をみよう.一般的にこの種の語彙統計を得るのは難しいが,『日本語百科大事典』 (420--21) に拠りながら3種の調査結果の概観を示す.

 (1) 明治から昭和にかけての3種の国語辞典『言海』(明治22年;1889年),『例解国語辞典』(昭和31年;1956年),『例解国語辞典』(昭和44年;1969年)の収録語を語種別に数えた研究がある.総語数は,『言海』39,103,『例解国語辞典』40,393,『角川国語辞典』60,218 である.以下に割合を示す表と図を示そう.

明治から昭和にかけての国語辞典調査

和語漢語外来語混種語
『言海』55.8%34.71.48.1
『例解国語辞典』36.653.63.56.2
『角川国語辞典』37.152.97.82.2


 時代が進むにつれて,和語に対する漢語と外来語の割合が高まってきているのがわかる.昭和では,1/2強が漢語,1/3強が和語という割合だ.

 (2) 現代の書きことばについては,国立国語研究所の『現代雑誌九十種の用語用字』調査のデータがよく参照される.昭和31年(1956年)の雑誌から,助詞,助動詞,固有名詞を除いて語彙を収集したものである.得られた語彙は,異なり語数で30,331,延べ語数で411,972.21世紀の現在から見ると古いデータではあるが,質において比肩する新しい調査は行われていない.

『現代雑誌九十種の用語用字』調査

和語漢語外来語混種語
異なり語数36.7%47.59.86.0
延べ語数53.941.32.91.9


 異なり語数と延べ語数では数値がかなり異なっており,特に和語と漢語の順位が入れ替わっているのが注目に値する.

 (3) 現代の話しことばの調査としては,知識層を対象としたものがある.日本語教育および語学関係の研究者7人とその話し相手の会話を延べ42時間分録音し,分析したものである.異なり語数は4,617で,延べ語数は64,023.

現代話しことば調査

和語漢語外来語混種語
異なり語数46.9%40.010.13.0
延べ語数71.823.63.21.4


 話しことばでは,書きことばと異なり,異なり語数と延べ語数の間で和漢語の順位入れ替えはない.いずれの数え方でも和語の割合が最も多いが,とりわけ延べ語数では和語が圧倒している.
 この話しことばの調査では,公的な場面や私的な場面など場面別に分析がなされたが,全体的な傾向として,和語は (1) 私的な場面でのほうが多い,(2) 延べ語数でのほうが多い,(3) 使用頻度の高い語ほど多い,(4) 話し言葉でのほうが多い,という結果が出た.私的な話しことばで高頻度に用いられる語は,和語である確率が最も高いということになる.この結果は直感と一致するだろう.
 英語においても本来語は「私的な場面の話しことばで高頻度に用いられる」確率が高いと想像されるが,これについては統計は見たことはなく,今後,実証してゆく必要があるかもしれない.

 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.

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2013-10-27 Sun

#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2) [sociolinguistics][function_of_language][ethnography_of_speaking]

 「#1632. communicative competence」 ([2013-10-15-1]) と「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1]) で,ethnography of speaking という分野に触れた.言語学,社会学,文化人類学の接点にある学問領域で,研究者が様々な言語文化に入り込んでおこなうフィールドワークからの報告と記述が主たる成果となっている.先の記事で,異なる ethnography of speaking をもつ言語社会の例をいくつか紹介したが,今回はこの分野に携わるフィールドワーカーや研究者からの生の報告を聞いてみよう.先の記事で触れたものも多い.いずれも,Hudson より孫引きする.まずは,南インドの Puliya の寡黙について.

Peter Gardener (1966) did some fieldwork . . . in southern India, among a tribal people called the Puliya, describing their socialization patterns. There is no agriculture and no industry, and the society is neither particularly cooperative nor particularly competitive; so children are led neither to be particularly interdependent nor to be aggressively competitive with each other, but simply to busy themselves with their own concerns in reasonable spatial proximity. He observed that, by the time a man was forty, he practically stopped speaking altogether. He had no reason to speak. People there, in fact, just didn't talk much and seldom seemed to find anything much to talk about, and he saw this as a consequence of the particular kind of socialization pattern. (116)


 次に,インドネシア東部の Roti のおしゃべり好きな言語社会について.

For a Rotinese the pleasure of life is talk --- not simply an idle chatter that passes time, but the more formal taking of sides in endless dispute, argument and repartee or the rivalling of one another in eloquent and balanced phrases on ceremonial occasions . . . Lack of talk is an indication of distress. Rotinese repeatedly explain that if their 'hearts' are confused or dejected, they keep silent. Contrarily, to be involved with someone requires active verbal encounter. (117)


 饒舌なアメリカ人と寡黙なデンマーク人が出会ったときの,行き違いについて.

An . . . enthnographer (sic) describes staying with in-laws in Denmark and being joined by an American friend who, despite warnings, insisted on talking with American intensity until 'at 9 o'clock my in-laws retired to bed; they just couldn't stand it any more'. (117)


 一時にしゃべるのは1人が当然であるという常識をもっている者にとって,Antigua の言語行動は異様に映るだろう.

Antiguan conventions appear, on the surface, almost anarchic. Fundamentally, there is no regular requirement for two or more voices not to be going at the same time. The start of a new voice is not in itself a signal for the voice speaking either to stop or to institute a process which will decide who is to have the floor. When someone enters a casual group, for example, no opening is necessarily made for him; nor is there any pause or other formal signal that he is being included. No one appears to pay any attention. When he feels ready he will simply begin speaking. He may be heard, he may not. That is, the other voices may eventually stop and listen, or some of them may; eyes may or may not turn to him. If he is not heard the first time he will try again, and yet again (often with the same remark). Eventually he will be heard or give up. (117)


 同じく Antigua では,会話の中断の回数に関する慣習も他の多くの言語社会とは異なっている.

In a brief conversation with me, about three minutes, a girl called to someone on the street, made a remark to a small boy, sang a little, told a child to go to school, sang some more, told a child to go buy bread, etc., all the while continuing the thread of her conversation about her sister. (118)


 新情報をもっている者が優位に立つのは世の常だが,その情報を小出しにすることが普通となっている言語社会が,Tuvalu にある.

[G]ossips on Nukulaelae Atoll frequently withhold important pieces of information, such as the identity of a person, from their gossip narratives, thus manipulating their audiences into asking for the missing information, sometimes over the space of several turns, as information is revealed in small doses, requiring further questioning . . . .


 Madagascar では,話す内容を曖昧にして,情報を明確に伝えないという傾向がある.

[I]f A asks B 'Where is your mother?' and B responds 'She is either in the house or at the market', B's utterance is not usually taken to imply that B is unable to provide more specific information needed by the hearer. The implicature is not made, because the expectation that speakers will satisfy informational needs is not a basic norm.


 最後の2例では,言語の基本的な機能と一般に考えられている「情報を交換する媒体」としての役割が果たされてない.その機能よりも,社会的な慣習のほうが強いということだろう.
 上で見てきたように各言語社会には発話を司る独自の規則がある.この規則 (rule) は,破ったとしても特に罰を科されるわけではないが,慣習的に守るべき行動として広く認識されているという意味で,規範 (norm) と呼ぶのが適切だろう.この発話の諸規範を知っていることこそ,その言語(社会)の communicative competence を有していることにほかならない.上記の世界からの例は,言語社会によって様々な発話の規範があるということ,その規範が相対的なものであるということを教えてくれる.

 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.

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2013-10-26 Sat

#1643. 喉頭音理論 [reconstruction][indo-european][laryngeal_theory][etymology][phonetics][saussure][hittite]

 「#1640. 英語 name とギリシア語 onoma (2)」 ([2013-10-23-1]) で話題にした喉頭音理論 (laryngeal theory) について,もう少し解説する.
 理論の提唱者は,Ferdinand de Saussure (1857--1913) である.Saussure は,1879年の印欧祖語の動詞の母音交替に関する研究 (Mémoire sur le système primitif des voyelles dans les langues indo-européennes. Leipzig: 1879) で,内的再建の手法により,印欧祖語 (IE) の長母音は,基本母音 e/o とある種の鳴音 ("coéfficients sonantiques") との結合によって生じたものであると仮定した.この鳴音はデンマークのゲルマン語学者 H. Mó により,セム語で ə と表記される喉頭音 (laryngeal) と比較された.この仮説はしばらくの間は注目されなかったが,20世紀初頭の Hittite の発見と解読にともない(「#101. 比較言語学のロマン --- Tocharian と Anatolian」 ([2009-08-06-1]) を参照),そこに現れる ḫ が問題の喉頭音ではないかと議論されるようになった.
 喉頭音理論によれば,IE の長母音 ē, ā, ō は,schwa indogermanicum と称されるこの ə が,後続する短母音と結びつくことによって生じたものだという.この喉頭音は,Hittite を含む少数の Anatolia 語派の言語に痕跡が見られるのみで他の印欧諸語では失われたが,諸言語において母音の音価を変化 (coloring) させた原因であるとされており,その限りにおいて間接的に観察することができるといわれる.
 喉頭音理論で仮定されている喉頭音の数と音価については様々な議論があるが,有力な説によると,h1 (neutral, e-coloring), h2 (a-coloring), h3 (o-coloring) がの3種類が設定されている.それぞれの音価は,無声声門閉鎖音,無声喉頭摩擦音,有声喉頭摩擦音であるとする説がある (Fortson 58) .
 喉頭音理論は印欧諸語の母音の解明に貢献してきた.しかし,Hittite の研究が進むにつれ,そのすべてが古形ではないこと,問題の ḫ が子音的性質 (schwa consonanticum) をもつことが分かってきて,喉頭音理論を疑問視する声があがってきた.現在に至るまで,同理論は印欧語比較言語学における最重要の問題の1つとなっている.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.
 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.

Referrer (Inside): [2015-02-15-1]

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2013-10-25 Fri

#1642. lexical diffusion の3つのS字曲線 [lexical_diffusion][variation][wave_theory][schedule_of_language_change]

 「#1550. 波状理論語彙拡散含意尺度 (3)」 ([2013-07-25-1]) と「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) でも話題にしたが,言語変化の拡大に関する語彙拡散モデル (lexical_diffusion) の問題として,語彙拡散のS字曲線のグラフにおいてY軸は何を指すのかという疑問がある.X軸は時間を表わすということで異論ないだろうが,Y軸を表わす変数には様々なものが考えられる.
 いま,ある言語項目について旧形が新形を置き換えるという過程を考えよう.この揺れを示す言語項目を変項と呼び,(ITEM) と表記する.また,旧形を /O/, 新形を /N/ で表わすとしよう.この言語変化は,歴史的に "(ITEM): /O/ → /N/" と表現できることになる.
 さて,この言語変化が描くと想定されるS字曲線のグラフにおいて,Y軸の可能性を考えてみよう.語彙拡散という名前からまず思い浮かぶのは,このグラフは,ある1人の話者について当該の変化が語彙を縫うように進行してゆくことを表現している,ということである.この場合,Y軸は変化が及びうる語彙の全体を100%とする軸であり,時間とともに多くの語において /N/ が /O/ を置き換えてゆくにつれ,Y値が増えてゆくというグラフの読みとなる.S字曲線は,当該の変化の "lexical gradualness" を表わしている.
 別のY軸も考えられる.ある話者のある語を取り上げ,その語において /N/ が /O/ を置き換えていくというとき,実際にはその語のすべての生起例について,昨日まで /O/ だったものが今日になって突然 /N/ へと変化するわけではない.むしろ,/O/ と /N/ の比率が以下のように段階的に変化してゆき,結果として振り返ってみると /O/ → /N/ が起こっていた,というのが現実だろう.

Timet1t2t3t4t5
/O/0%15%50%85%100%
/N/100%85%50%15%0%


 この場合に新形 /N/ が用いられる割合をY軸に取ると,これもS字曲線となることが予想される.このグラフが表わしているものは,"variable gradualness" とでも呼べるかもしれない.音韻変化であれば,"phonetic gradualness" (Lass 331) と呼んでもよい.
 さらに別のY軸も考えられる.上述の2つケースはある1人の話者を念頭に置いたグラフだが,/O/ → /N/ の変化を被った話者の数,あるいは言語共同体内の割合をY軸におくようなグラフも想像することができるだろう.このグラフでは,ある言語変化が,言語共同体の中で伝播してゆく様子を表わしている.これは,"populational gradualness" と呼べるかもしれない.また,話者が属しているのは地理的な空間であるから,さらに一般化して,言語変化の地理的拡大を表わすグラフともとらえられる.ここまで進むと,波状理論 (wave_theory) にも近くなってくる.
 ほかにもY軸の取り得る変数の可能性はあるだろうが,少なくとも lexical gradualness, variable gradualness, populational gradualness の3つは比較的容易に想定することができる.今一度まとめると,それぞれのグラフは,1人の話者の語彙全体における変化の進行を考えるとき,1人の話者の1つの語における変化の進行を考えるとき,言語共同体の話者集団における変化の伝播を考えるときに対応する.
 もしいずれのグラフにおいても語彙拡散の主張するようなS字曲線が描かれるとするならば,3種類のS字曲線を数学的に総合した結果も,やはりS字曲線となるだろう.一般的に言語変化の拡大について語られたり図示されたりするS字曲線は,この抽象化された意味でのS字曲線ととらえておく必要がある.Lass (331) は,lexical gradualness と variable gradualness の2つのみを念頭において議論してはいるものの,S字曲線が抽象化されたものであるとの指摘は的確である.

[T]he overall smooth S-curve for a change is an abstraction from (a) individual lexical curves, and (b) variable and phonetically gradual phonetic implementation along these curves. But the final historical effect is a levelling-out, so that the single-curve abstraction in fact BECOMES TRUE of the change as a whole. Thus we distinguish, in the broader historical perspective, between the change-as-a-whole and the piecemeal mechanism of its implementation.


 /O/ → /N/ という言語変化の表記は,変化の始まりと終わりのみを示した略記である.実際には,矢印のなかに,様々なレベルにおける無数の途中経過が含まれている.矢印のなかをじっくり観察して言語変化を理解しようとする立場が diffusionist,事後に結果としてその変化をとらえようとする立場が Neogrammarian .両者は立場の違いにすぎず,言語変化として起こっていることは1つなのである.このように考えれば,昨日の記事「#1641. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和」 ([2013-10-24-1]) という課題にも対処できるだろう.

 ・ Lass, Roger. Phonology. Cambridge: CUP, 1983.

Referrer (Inside): [2015-08-13-1]

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2013-10-24 Thu

#1641. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和 [neogrammarian][lexical_diffusion]

 青年文法学派 (neogrammarian) は「音韻変化に例外なし」と唱え,その過程は "phonetically gradual and lexically abrupt" であると主張した.一方,対する語彙拡散 (lexical_diffusion) の論者は,類推に基づく形態変化との類似性を念頭に,音韻変化の過程は "phonetically abrupt and lexically gradual" であると唱えた.この真っ向から対立する2つの立場を融合しようとする試みは,これまでもなされてきた.例えば,「#1532. 波状理論語彙拡散含意尺度 (1)」 ([2013-07-07-1]), 「#1533. 波状理論語彙拡散含意尺度 (2)」 ([2013-07-08-1]), 「#1154. 言語変化のゴミ箱としての analogy」 ([2012-06-24-1]) などの記事で,上記の対立の解消を示唆するような調査や議論を紹介した.
 Lass は,この対立を結果と過程,出来事と期間,点と線の対立にとらえなおし,1つの言語変化の2つの異なる側面と考えた.

[T]he problem with the Neogrammarian model is that it is non-historical: it neglects TIME. That is, our 'punctual' model of the implementation of a change is wrong. Changes, apparently, need time to BECOME exceptionless; they don't start out that way. / What are we suggesting? A model in which a change is not be be looked at as an EVENT, but as a PERIOD in the history of a language. (326--27)

Neogrammarian 'regularity' is not a mechanism of change proper, but a result. The Neogrammarian Hypothesis might better be called the 'Neogrammarian Effect': Sound change TENDS TO BECOME REGULAR, given enough time, and if curves go to completion. (329)


 数年間語彙拡散を研究してきたが,音韻変化について,基本的に Lass の考え方に賛成である.過去に起こった変化を現在から振り返ってみると,結果として「例外なし」と見える例があり,このような例が Neogrammarian 的な模範例としてしばしば紹介されるにすぎない.模範例とならなかった事例については,関与する音韻法則を細分化したり,類推や借用などの別の原理を持ち出して解釈しようとするが,これはむしろ問題の変化が一気呵成にではなく何段かの途中段階を経て進行したことを示唆し,語彙拡散の見解に近づく.

 ・ Lass, Roger. Phonology. Cambridge: CUP, 1983.

Referrer (Inside): [2015-04-04-1] [2013-10-25-1]

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2013-10-23 Wed

#1640. 英語 name とギリシア語 onoma (2) [reconstruction][indo-european][laryngeal_theory][etymology][phonetics][saussure][hittite]

 昨日の記事「#1639. 英語 name とギリシア語 onoma (1)」 ([2013-10-22-1]) に引き続き,ギリシア語 onoma の語頭母音 o- の謎に迫る.
 参考資料にもよるが,name の再建された印欧祖語形は *nomn-, *nomen- などとして挙げられていることが多い.しかし,印欧語比較言語学のより専門的な立場からは,さらに早い段階の形態として,ある別の音が語頭に存在したはずだと主張されている.昨日の記事でも参照した Watkins の印欧語根辞書より,該当箇所を掲げよう.

IE Root of

 問題となるのは,1行目のかっこ内にある "Oldest form" である.n の前に,ə1 という記号が見える.この記号は参考書によっては H1h1 とも書かれる.これは,印欧語比較言語学で長らく議論されている一種の喉頭音 (laryngeals) で,具体的にどのような調音特性をもっているのかについては議論があるが,印欧諸語の多くの形態を説明するのに理論的にぜひとも想定しなければならないと考えられている音である.
 1879年,かの Saussure が印欧祖語におけるこれらの喉頭音の存在を予見したことはよく知られている.ただし,この「喉頭音理論」 (laryngeal theory) が注目を集めるまでには,1915年の Hittite 文献の解読に伴い,対応する喉頭音の実在が明らかにされるのを待たなければならなかった.Saussure 以来,Meillet, Kuryłovicz, Benveniste, Szemerényi などの碩学が喉頭音の分布の問題に挑んできたが,いまだに解決には至っていない.同理論を疑問視する立場もあり,このような学問的な立場の違いにより,祖語の異なった解釈や再建がなされる事態となっている(『英語語源辞典』, p. 1655).
 喉頭音理論によれば,語頭で子音の前位置の喉頭音は,Greek, Armenian, Phrygian では母音化したが,他の多くの言語では母音化せずに消失した (Fortson 57) .したがって,問題の再建された語頭の ə1 は,英語を含む多くの言語では消失し,痕跡を残していないが,ギリシア語など少数の言語では母音化して残っていることになる.例えば,Laconian Greek では人名としての énuma が残っており,予想されるとおり,語頭に e が見られる.一方,Greek ónoma は語頭に e ではなく o を示すが,これは後続音節の後舌母音に影響されて,本来の e が後舌化したものと考えられる (Pokorny 321) .Fortson (111) の解説を引用しよう.

Fortson's Explication of Reconstruction of IE

 このように,英語 name に対するギリシア語 ónoma の語頭母音を説明するには,喉頭音理論という大装置を持ち出す必要がある.しかし,喉頭音理論そのものがいまだに議論されているのであり,上記とて,あくまで1つの可能な説明としてとらえておくべきかもしれない.

 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd Rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000.
 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.
 ・ Pokorny, Julius. Indogermanisches etymologisches Wörterbuch. 2 vols. Tübingen and Basel: A. Francke Verlag, 2005.

Referrer (Inside): [2013-10-26-1]

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2013-10-22 Tue

#1639. 英語 name とギリシア語 onoma (1) [etymology][indo-european][loan_word][cognate][word_family]

 10月5日付けで「素朴な疑問」に寄せられた疑問より.

Online Etymology Dictionaryでnameを調べますと、"PIE *nomn-"とあり、ほとんどの言語において"n"で始まっていますが、Greekなど一部で"n"の前に母音があるのを不思議に思いました。何か訳があるのだろうと思います。ご教示いただけるとうれしいです。


 英語 name は基礎語として,多くの印欧諸語に同族語 (cognate) がみられる.以下は,OED より同族語の例一覧である.

Cognate with Old Frisian nama, noma (West Frisian namme), Middle Dutch name, naem (Dutch naam), Old Saxon namo (Middle Low German nāme, nām), Old High German namo, nammo (Middle High German name, nam, German Name), Old Icelandic nafn, namn, Norn (Shetland) namn, Old Swedish nampn, namn (Swedish namn), Danish navn, Gothic namo, and further with Sanskrit nāman, Avestan nāman-, ancient Greek ὄνομα, classical Latin nōmen, Early Irish ainm (Irish ainm), Old Welsh anu (Welsh enw, henw), Old Church Slavonic imw (genitive imene), Russian imja (genitive imeni), Old Prussian emmens, etc.


 ゲルマン諸語,ラテン語を始めとして多くの言語で語頭の n を示す.これ以外にも Tocharian A ñom, Tocharian B ñem, Hittite lāman (先行する nāman からの語頭子音の異化により)なども,語頭 n をもつ仲間とみてよい.しかし,ギリシア語 ὄνομα を筆頭に,上記引用の後半に挙がっている数例では n の前に母音が示されている.この母音は何なのだろうか.
 この問題を考察するに先だって,name の語根ネットワークで英語語彙を広げておこう (以下,Watkins 59 より).まずは,ゲルマン祖語の namōn- から古英語の nama を経て,現代英語の基礎語 name がある.次に,ラテン語 nōmen (name, reputation) から,nominal, nominate, noun; agnomen, binomial, cognomen, denominate, ignominy, misnomer, nomenclator, nuncupative, praenomen, pronoun, renown など多くの語が英語に借用されている.そして,ギリシア語 onoma, onuma からは,onomastic, -onym, -onymy; allonym, anonymous, antonomasia, eponym, eponymous, euonymus, heteronymous, homonymous, matronymic, metonymy, onomatopoeia, paronomasia, paronymous, patronymic, pseudonym, synonymous が入っている.最後に,古アイルランド語 ainm から moniker (name (humorously)) が英語に取り込まれた.
 上記のように英単語にもギリシア語系の onoma が多く反映されているので,この最初の o が何であるのかは確かに気になるところである.『英語語源辞典』では,Gk ónomao- は語頭添加音 (prosthesis) ではないかとしているが,印欧語比較言語学ではまた別の議論が展開されている.それについては,明日の記事で.

 ・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd Rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000.
 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.

Referrer (Inside): [2017-01-25-1] [2013-10-23-1]

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2013-10-21 Mon

#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点 [french][latin][renaissance][lexicology][loan_word][borrowing][reestablishment_of_english][language_shift]

 フランス語借用の爆発期は「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) で見たように14世紀である.このタイミングについては,「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1]) や「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]) の記事で話題にしたように,イングランドにおいて英語が復権してきた時期と重なる.それまでフランス語が担ってきた社会的な機能を英語が肩代わりすることになり,突如として大量の語彙が必要となったからとされる.フランス語を話していたイングランドの王侯貴族にとっては,英語への言語交替 (language shift) が起こっていた時期ともいえる(「#1540. 中英語期における言語交替」 ([2013-07-15-1]) を参照).
 一方,ラテン語借用の爆発期は,「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) や「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) で見たように,16世紀後半を中心とする時期である.このタイミングは,それまでラテン語が担ってきた社会的な機能,とりわけ高尚な書き物の言語にふさわしいとされてきた地位を,英語が徐々に肩代わりし始めた時期と重なる.ルネサンスによる新知識の爆発のために突如として大量の語彙が必要になり,英語は追いつけ,追い越せの目標であるラテン語からそのまま語彙を借用したのだった.このようにラテン語熱がいやましに高まったが,裏を返せば,そのときまでに人々の一般的なラテン語使用が相当落ち込んでいたことを示唆する.イングランド知識人の間に,ある意味でラテン語から英語への言語交替が起こっていたとも考えられる.
 つまり,フランス語とラテン語からの大量語彙借用の最盛期は異なってはいるものの,共通項として「英語への言語交替」がくくりだせるように思える.ここでの「言語交替」は文字通りの母語の乗り換えではなく,それまで相手言語がもっていた社会言語学的な機能を,英語が肩代わりするようになったというほどの意味で用いている.この点を指摘した Fennell (148) の洞察の鋭さを評価したい.

As is often the case when use of a language ceases (as French did at the end of the Middle English period), the demise of Latin coincides with the borrowing of huge numbers of Latin words into English in order to fill perceived gaps in the language.


 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.

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2013-10-20 Sun

#1637. CLMET3.0 で betweenbetwixt の分布を調査 [corpus][lmode][preposition][clmet]

 今年3月に Leuven 大学の Hendrik De Smet により The Corpus of Late Modern English Texts, version 3.0 (CLMET3.0) が公開された.編者にメールで使用許可をもらえば無償でダウンロードし利用できる.1710--1920年のイギリス英語コーパスで,約3,400万語からなるジャンルを整理したバランスコーパスである(先行版 CLMETEV の1500万語から大幅に拡大).プレーンテキストとタグ付きテキストで配布されており,70年間で分けた3つの時代区分ごとにヒット数を数える Perl スクリプトが付属しており,とりあえず使うのに便利である.コーパスの構成は以下の通り.

Sub-periodNumber of authorsNumber of textsNumber of words
1710--1780518810,480,431
1780--1850709911,285,587
1850--19209114612,620,207
TOTAL21233334,386,225

Genre1710--17801780--18501850--1920
Narrative fiction4,642,670 words4,830,7186,311,301
Narrative non-fiction1,863,8551,940,245958,410
Drama407,885347,493607,401
Letters1,016,745714,343479,724
Treatise1,114,5211,692,9921,782,124
Other1,434,7551,759,7962,481,247


 現在関心をもっている betweenbetwixt の揺れについて,後期近代英語でそれぞれがどのような分布を示すか,CLMET3.0 で軽く調査してみた.付属の検索ツールで検索した結果は,以下の通り.

Sub-periodbetweenbetwixt
1710--17804,869 words (464.58 wpm)657 (62.69 wpm)
1780--18505,457 (483.54 wpm)109 (9.66 wpm)
1850--19207,672 (607.91 wpm)51 (4.04 wpm)


 18世紀中は,between (88.11%) と並んで betwixt (11.89%) が,まだある程度の比率で使われていた.しかし,19世紀以降に激減し,現代英語における影の薄い変異形となったことがわかる.
 なお,De Smet は同じサイトで The Corpus of English Novels (CEN) も公開している.こちらは1882--1922年という1世代の間に書かれた英米の小説を集めたもので,短期間の言語変化調査や作家間の語法比較を念頭に置いたコーパスだという.全体で2,600万語からなる(内訳はソースHTMLを参照).こちらで調べると,between が9,905例 (98.86%),betwixt が114例 (1.14%) であり,確かに後者はすでに影が薄い.

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2013-10-19 Sat

#1636. Serbian, Croatian, Bosnian [sociolinguistics][map][dialect][language_or_dialect][dialect_continuum]

 3年前の夏に,ボスニア・ヘルツェゴビナ (Bosnia and Herzegovina) とクロアチア (Croatia) を旅した.内戦の爪痕の残るサラエボ (Sarajevo) の市街を歩き,洗練された都ザグレブ (Zagreb) を散策し,「アドリア海の真珠」と呼ばれる世界遺産に指定された風光明媚な要塞都市ドゥブロブニク (Dubrovnik) で水浴した.しかし,観光客にとっては平和に見えるこの地域は,現在に至るまで歴史的に争いの絶えない,文字通り世界の火薬庫であり続けてきた.とりわけ1990年代初頭の内乱と続く旧ユーゴスラヴィア解体以来,皮肉にも,この地域は Language is a dialect with an army and a navy. の謂いを最もよく体現する,社会言語学において最も有名な地域の1つとなっている.
 1918年に建国した旧ユーゴは当初から多民族・多言語国家だった.北東部のハンガリー語や南西部のアルバニア語を含む少数言語が多く存在したが,主として話されていたのはいずれも南スラブ語群(「#1469. バルト=スラブ語派(印欧語族)」の記事[2013-05-05-1]を参照)の成員であり,互いに方言連続体 (dialect_continuum) を構成していた.マケドニア語方言とスロヴェニア語方言を除き,これら南スラヴ系の方言群は,主要な2民族の名前をとって公式には Serbo-Croatian とひとくくりに呼ばれた.
 南スラブ民族の団結を目指したこの国は,主として民族と宗教の観点から大きく3派に分れていた.西のクロアチア (Croatia) はカトリック教徒で,表記にラテン文字を用い,経済的にも比較的豊かである.東のセルビア (Serbia) はギリシャ聖教徒であり,キリル文字を用い,政治的には最も優位である(「#1546. 言語の分布と宗教の分布」 ([2013-07-21-1]) を参照).中部のボスニア・ヘルツェゴビナはイスラム教徒が多く,独自の文化をもっている(最新ではないが,この地域の宗教の分布を示す地図を以下に掲げる).このように社会的背景は異なるものの,3者はいずれも同じ Serbo-Croatian を話していた.文法と発音について大きく異なるところがなく,語彙の選択においてそれぞれに好みがあるが,完全に相互理解が可能である.外部から眺めれば,1つの言語とみて差し支えない.

Map of Religions in Former Yugoslavia

 しかし,1990年代初頭に,セルビア人の政治的優勢と専制を嫌って,他の民族が次々と独立ののろしを上げた.1991年に Slovenia と Croatia と Macedonia が,1992年に Bosnia and Herzegovina が独立を宣言した.セルビアとモンテネグロによる新ユーゴスラヴィアは2006年にモンテネグロ (Montenegro) の独立をもって終焉し,さらに2008年にセルビアからコソボ (Kosovo) が独立するという込み入った分裂過程を経ている.
 現在のこの地域の言語事情,とりわけ言語名を巡る状況も同様に複雑である.旧ユーゴが解体した以上,旧ユーゴの公式の言語名である Serbia-Croatian を用いることはできない.当然,セルビア人は Serbian と呼びたいだろうし,クロアチア人は Croatian と呼びたいだろう.一方,これらと事実上同じ言語を話すボスニア人にとっては,その言語を Serbia-Croatian, Serbian, Croatian のいずれの名称で指すこともためらわれる.そこで,Bosnian という呼称が新たに生まれることになる.つまり,旧ユーゴ分裂という政治的な過程により,言語学的には1つとみなされてよい(実際に1つとみなされていた)言語が,名称上3つの異なる言語 (Serbian, Croatian, Bosnian) へと分かれたのである.まさに,Language is a dialect with an army and a navy である.
 政治的に分離してからは,セルビアとクロアチアは「#1545. "lexical cleansing"」 ([2013-07-20-1]) の政策に従い,互いに相手の言語を想起させる語彙を新聞や教科書から排除するという言語計画を進めてきた.両者はまたトルコ系語彙の排除も進めているが,ボスニア・ヘルツェゴビナではむしろトルコ系語彙を好んで使うようになっている.
 以上,Trudgill (46--48) および Wardhaugh (27--28) を参照して執筆した.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.
 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2013-10-18 Fri

#1635. -sion と -tion [pronunciation][spelling]

 昨日の記事「#1634. 「エキシビジョン」と equation」 ([2013-10-17-1]) で取り上げた語尾の /-ʃən/ と /-ʒən/ の発音について,綴字との関連で分布を調べてみた.一般的に,昨日の equation を除き <-tion> は /-ʃən/ に対応し,<-sion> は /-ʃən/ あるいは /-ʒən/ に対応するように思われるが,実際のところはどうなのだろうか.
 揺れを詳しく調査するのは時間と労力を要すると思われるので,今回は揺れを示す可能性のある語については主たる発音のみを扱うこととし,ざっと分布を出すにとどめることにした.利用したデータベースは1191. Pronunciation Search」 ([2012-07-31-1]) である."SH AH0 N$" (/-ʃən/) と "ZH AH0 N$" (/-ʒən/) で発音検索し,ヒットした語の綴字別にタイプ数を数えた.まずは,/-ʃən/ 語から見てみよう.

-cean3
-chen6
-cian25
-cion4
-shane2
-chian1
-shion2
-shan7
-shen3
-shon5
-sian4
-sion24
-ssion46
-szen1
-tian16
-tion974
-xion2


 <-tion> と /-ʃən/ とがとりわけ強く結びついていることがわかる.続いて <-ssion>, <-cian>,<-sion>, <-tian> が多い.
 次に /-ʒən/ 語を見てみよう.

-sian10
-sion73
-ssion1
-tion1


 equationrescission の2語の例外を除き,ヒットした語のすべてが <-sian> か <-sion> で終わっていた.案の定,発音の分布が割れているのは <-sion> である.<-sion> に対応する /-ʃən/ が24語,/-ʒən/ が73語(うち -vision 複合語を含む)である.それぞれを列挙しておこう.

1. <-sion> = /-ʃən/ (24語)
 apprehension, ascension, comprehension, compulsion, condescension, convulsion, dimension, dissension, emulsion, expansion, expulsion, extension, hypertension, hypotension, l'expansion, mansion, misapprehension, overexpansion, pension, pretension, propulsion, revulsion, suspension, tension

2. <-sion> = /-ʒən/ (73語)
 abrasion, activision, allusion, aversion, cablevision, circumcision, cohesion, collision, collusion, computervision, conclusion, confusion, contusion, conversion, coopervision, corrosion, decision, delusion, derision, diffusion, disillusion, dispersion, diversion, division, envision, erosion, evasion, excision, exclusion, excursion, explosion, extrusion, fusion, illusion, immersion, implosion, incision, inclusion, incursion, indecision, infusion, intrusion, invasion, inversion, lesion, macrovision, misprision, multivision, occasion, occlusion, persuasion, perversion, precision, profusion, provision, recision, rediffusion, reperfusion, reversion, revision, seclusion, suasion, subdivision, submersion, subversion, supervision, television, transfusion, univision, version, vision, worldvision, xyvision


 <-sion> の直前の綴字・発音を調べてみると,/-ʃən/ では必ず nl が先行しているという特徴がある.一方,/-ʒən/ では母音(字)や r が先行している.この分布が具体的にいつ頃から定まったのかは詳しく調べてみなければ分からないが,おそらく中英語期の /s/ と /z/ の揺れを示す分布がもととなっていると思われる.

Referrer (Inside): [2017-10-20-1]

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2013-10-17 Thu

#1634. 「エキシビジョン」と equation [phonetics][spelling][pronunciation][spelling_pronunciation]

 『すっきりわかる!超訳「カタカナ語」事典』という文庫を買ってぱらぱら読んでいたら,「エキシビション」の項で「エキシビジョン」と発音する人が多いとのコメントにが目にとまった.英語では exhibition /ˌɛksɪˈbɪʃən/ なので「ション」の発音で借用されたはずだが,フィギュアスケートなどの公開演技は確かに視覚に訴えるものなので,vision /ˈvɪʒən/ からの類推で「ジョン」と発音されたり書かれたりすることが多くなったのだろう.中納言によれば,エキシビションが13件,エキシビジョンが7件ヒットした.
 モデルの英単語 <exhibition> を参照する規範的な論者であれば,英語の <-tion> は /-ʃən/ に厳密に対応し,/-ʒən/ に対応することはないので,/ション/ が正しいと議論するかもしれない.原則としてはその通りなのだが,英語にも <-tion> = /ʒən/ の対応例が1つある.equation /ɪˈkweɪʒən/ である.
 正確にいえば,equation には /ɪˈkweɪʒən/ と /ɪˈkweɪʃən/ の両方の発音があるのだが,綴字と発音の規則から逸脱する前者のほうが圧倒的によく使われる.LPD によると,アメリカ英語では90%が /ɪˈkweɪʒən/ の発音だという.

Pronunciation of

 両発音の揺れは理解できる.英語では,語尾において /-ʃən/ と /-ʒən/ との揺れが観察される語が少なくないからである.例えば,conversion, dispersion, version, Asian (「#919. Asia の発音」の記事[2011-11-02-1]を参照), Persian などで揺れが見られる.ただし注意すべきは,揺れを示すこれらの語の綴字は,<-sion> や <-sian> のように <s> をもつものがほとんどであり,equation の例のように <-tion> をもつものはないといってよい.<s> だからこそ /ʃ/ と /ʒ/ のあいだで揺れ得るのであって,<t> では原則として無声の /ʃ/ で固定のはずだ.この綴字と発音の規則を参照すれば,綴字発音 (spelling_pronunciation) の圧力により equation /ɪˈkweɪʒən/ が流行するということは考えにくいが,実際に現在優勢であるということは,綴字と発音の規則が関与する以上に,<-sion> に代表される語の /ʃ/ と /ʒ/ の揺れのほうに強く巻き込まれてしまったと想定するのが妥当だろう.この問題を掘り下げるには,equation を含む発音の揺れを示す語について,揺れの発生時期とその後の分布などを通時的に調査する必要がある.
 エキシビ「ジ」ョン派にとっては残念なことに,英語 exhibition にはまだ */ˌɛksɪˈbɪʒən/ の発音は現れていない.ただし,名前をもじったロックバンド ExhiVision は実在する.

 ・ 造事務所(編著) 『すっきりわかる!超訳「カタカナ語」事典』 PHP研究所〈PHP文庫〉,2012年.
 ・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.

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2013-10-16 Wed

#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学 [ethnography_of_speaking][sociolinguistics]

 昨日の記事「#1632. communicative competence」 ([2013-10-15-1]) の最後に ethnography of speaking という社会言語学の1分野に触れた.communicative competence を構成する要素に,いつ話してよいのか,どのように話しを始めればよいのか,いつ沈黙すべきか,どのくらい話しをしてもよいのかなどの知識が含まれるが,これらの規範は言語文化によって大きく異なる.様々な言語文化におけるそのような規範を記述し比較するのが,ethnography of speaking の目的である.
 Wardhaugh (254--59) より世界からの実例を挙げよう.南西アフリカのブッシュに住まう !Kung (クン族)は,生活を営む上で,おしゃべりに非常に高い価値を与えている.物語を作り上げることには関心がないが,あらゆる事柄を話題にし,特に贈り物の贈与や食べ物の話し好む.彼らは,集団の社会関係を平和に保つために,そして場に漂う不安要素を取り除くために,おしゃべりを最大限に利用する.
 ティモールの南西端に住む Roti も,おしゃべりを人生の最大の喜びとする民族である.無駄話はもちろん,討論から,口論,おしゃべり上手の披瀝,言葉遊びまで,ひたすら話しをする.そこでは沈黙は否定的に見られる.カナダ西部 British Columbia の Bella Coola の人々もおしゃべりに価値を置き,チリの Araucanian の男性も雄弁を尊ぶ.西インド諸島の Antigua でもおしゃべりが生活の一部であり,そこでは仲間のおしゃべりに参加するのに独特な規範がある.すでにおしゃべりをしている仲間に入って行くのに特別な挨拶は必要ない.そもそも,参加したことに対して,周囲から注意を払われることがない.やおら話しを始めると,聞いてもらえるかもしれないし,聞いてもらえないかもしれない.聞いてもらえなければ,もう一度声を上げるかもしれないし,聞き役に回るかもしれない.話し始めるときには,すでに起こっている会話の話題と関係があろうがなかろうが問題ない.会話に割って入ることは失礼ではなく,当然の権利としてみなが共有している.
 上記の話し好きな人々と対照的な例としてあげられるのが,米国 Arizona 州中東部の Western Apache である.彼らは,場に不安が感じられる場合,むしろ沈黙を選択する.同族の人であれ,外部の人であれ,見知らぬ人に会うと沈黙するのが規範である.彼らは,容易に新しい社会関係を作ることをしない.子供が寄宿学校から帰省した場合でも,家族の挨拶は沈黙でなされ,子供の存在が場になじんでくるまでは会話がなされない.叱り飛ばされても,反応は沈黙でなされなければならない.たとえ不当な叱りつけであっても,ことばで応答することは,事態を悪化させるという考え方があるからだ.求愛も沈黙でなされ,とりわけ女性は沈黙でいつづけることが期待される.弔意も言葉を使わずに沈黙で表現する.
 沈黙についていえばさらに極端な例が,南インドの Puliyanese に見られる.彼らは個人を尊ぶ文化をもっており,40歳を超える頃にはほとんど話をしない状態になるという.一方,コロンビアの Aritama は,寡黙であるばかりでなく,口を開く時にはあえてとらえどころのない表現を用いるという.また,一般的に言葉による自己主張が強いと思われている欧米文化のなかでも,デンマーク人は沈黙を好み,長いあいだ話をせずに人と同席していることができるという.そこには,話す必要がなければ話さないという規範が存在する.
 実際,多くの文化において,沈黙は何かを物語るものとされている.沈黙はゼロの情報ではなく,言語文化によって具体的な内容は異なるが,敬意,安らぎ,支援,意見への反対,不安などを伝える有効な手段である.平均的な欧米人に比べれば沈黙を尊ぶといわれる日本人は,日々その価値を認め,実際に利用している.だが,Western Apache や Aritama のような超沈黙文化の例をきくと,世界広しと思わざるを得ない.

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2013-10-15 Tue

#1632. communicative competence [sociolinguistics][function_of_language][ethnography_of_speaking]

 母語であれ第2言語であれ,話者が適切な言語活動をおこなうには,文法,音韻論,語彙を知っているだけでは不十分である.例えば,正確な文法知識をもっていたとしても,どのようなタイミングで話してよいのか,いつ沈黙すべきか,いつどのような挨拶をすべきか,どの程度形式張ったスタイルを用いるべきか,どの程度直接的に言ってよいのかなど,実践的な言語運用に関する知識をもっていないと,コミュニケーションを円滑に進めることはできない.この広い意味での言語運用にかかわる知識や能力は,アメリカの人類言語学者 Dell Hymes によって,"communicative competence" と名付けられている.これは,文法,音韻,語彙などの言語学的な知識や能力を指す Chomsky の用語 "linguistic competence" を意識した用語だろう.とりわけ第2言語を学ぶにあたっては linguistic competence に特別な注意を払いがちだが,communicative competence の重要性にも気づいておく必要がある.Gumperz、J. J. ("Sociolinguistics and Communication in Small Groups." Sociolinguistics: Selected Readings. J. B. Pride and J. Holmes. Harmondsworth, England: Penguin Books, 1972. p. 205.) は次のように言っている.

'Whereas linguistic competence covers the speaker's ability to produce grammatically correct sentences, communicative competence describes his ability to select, from the totality of grammatically correct expressions available to him, forms which appropriately reflect the social norms governing behavior in specific encounters.' (Wardhaugh 264)


 では,communicative competence は具体的にはどのような能力を含むのだろうか.Saville-Troike, M. ("The Ethnography of Communication." Sociolinguistics and language Teaching. Ed. S. L. McKay and N. H. Hornberger. Cambridge: CUP, 1996. p. 363) が何項目かを列挙している.

Communicative competence extends to both knowledge and expectation of who may or may not speak in certain settings, when to speak and when to remain silent, whom one may speak to, how one may talk to persons of different statuses and roles, what nonverbal behaviors are appropriate in various contexts, what the routines for turn-taking are in conversation, how to ask for and give information, how to request, how to offer or decline assistance or cooperation, how to give commands, how to enforce discipline, and the like --- in short, everything involving the use of language and other communicative dimensions in particular social settings. (Wardhaugh 264--65)


 結局のところ,communicative competence を構成する諸能力は何かという問題は,言語で何ができるのか,言語の機能は何かという問題とも関わってくる.言語の機能については,「#523. 言語の機能と言語の変化」 ([2010-10-02-1]) や「#1071. Jakobson による言語の6つの機能」 ([2012-04-02-1]) を参照.
 言語や文化により,話者に求められる communicative competence は大きく異なる.これらを民族誌学的に一つ一つ記述し比較すれば,世界の communicative competence の類型のようなものが得られるだろう.これを目指す分野が,社会言語学の1分野である ethnography of speaking である.

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.
 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2013-10-14 Mon

#1631. 団結を表わす戦略としての code-switching [code-switching][bilingualism][sociolinguistics]

 「#1628. なぜ code-switching が生じるか?」 ([2013-10-11-1]) の (2) で,code-switching がメンバーシップ確立のために機能していることをみた.2つのコードの切り替え方や混ぜ合わせ方はランダムのようにみえるが,code-switching を実践している当事者の間ではおよそ暗黙のうちに了解しているバランスのようなものがあり,そのバランスは互いに似たような言語環境で育ってきていない限り共有されないものである.逆にいえば,自然な code-switching を互いに実践している当事者たちは,他人の共有しえない強い団結意識をもっているということになる.
 さらにいえば,はたからみれば同じ2言語で似たような code-switching をおこなっているとしても,ある集団と別の集団では,切り替えや混ぜ合わせのバランスが異なっているかもしれない.その場合には,自分たちの code-switching と他の集団の code-switching とが互いに異なっていることに気づくだろう.このように,code-switching は,強力なアイデンティティ標示の機能を有している.Wardhaugh (104) より孫引きだが,Gumperz, J. J. (Discourse Strategies. Cambridge: CUP, 1982. p. 69) に以下の文章がある.

Residents of such large Spanish-English-speaking communities as San Francisco or New York, which include immigrants from many Latin American regions, in fact claim that they can tell much about a person's family background and politics from the way that person code-switches and uses borrowings. What the outsider sees as almost unpredictable variation becomes a communicative resource for members. Since bilingual usage rules must be learned by living in a group, ability to speak appropriately is a strong indication of shared background assumptions. Bilinguals, in fact, ordinarily do not use code-switching styles in their contact with other bilinguals before they know something about the listener's background and attitudes. To do otherwise would be to risk serious misunderstanding.


 code-switching という行為それ自体が外に向けてアイデンティティ標示機能を有しているのみならず,code-switching の仕方が自らの属する code-switching 集団と他の code-switching 集団とを区別する機能を有しているということは興味深い.code-switching は多様なアイデンティティ標示機能をもっており,高度に社会言語学的な現象だということになる.
 再び Wardhaugh (98) からの孫引きだが,Gal, S. ("The Political Economy of Code Choice." Code Switching. Ed. M. Heller. Berlin: Mouton de Gruyter, 1988. p. 247) は,code-switching を社会言語学的な戦略として位置づけている.

[C]odeswitching is a conversational strategy used to establish, cross or destroy group boundaries; to create, evoke or change interpersonal relations with their rights and obligations.


 考えてみれば,この引用の "[C]odeswitching" を "Linguistic behaviour" と置き換えてみても,命題の真偽値は変わらない.code-switching も特別な言語現象ではないということだろう.

 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2013-10-13 Sun

#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語 [japanese][kanji][katakana][waseieigo][lexicology][emode]

 初期近代英語期,主としてラテン語に由来するインク壺語 (inkhorn_term) と呼ばれる学者語が大量に借用されたとき,外来語の氾濫に対する大議論が巻き起こったことは,「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]) や「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1]) などの記事で触れた.Bragg (116) の評価によれば,"This controversy was the first and probably the greatest formal dispute about the English language." ということだった.
 現代日本語において似たような問題が,カタカナ語の氾濫という形で生じている.インク壺語とカタカナ語の問題の類似点については,「#1615. インク壺語を統合する試み,2種」 ([2013-09-28-1]) と「#1616. カタカナ語を統合する試み,2種」 ([2013-09-29-1]) で取り上げたが,借用語彙の受容を巡る議論は,およそ似たような性質を帯びるものらしい.そこへもう1つ新語彙の受容を巡る問題を加えるとすれば,近代期の日本の新漢語問題が思い浮かぶ.昨日の記事「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1]) でも話題にした,和製漢語を種とする新漢語の大量生産である.
 幕末以降,特に明治初期以来,英語をはじめとする大量の西洋語を受け入れるのに,それを漢訳して受容した.当時の知識人に漢学の素養があったからである.漢訳に当たっては,古来の漢語を利用したり,W. Lobscheid の『英華字典』を参照したり(例えば,文学,教育,内閣,国会,階級,伝記など)して対処したものもあったが,和製漢語を作り出す場合が多かった.この大量の新漢語は「漢語の氾濫」問題を惹起し,一般庶民にまで影響を及ぼすことになった.
 例えば,『日本語百科大事典』 (453--54) によれば,『都鄙新聞』第1号(慶應4・明治1)に「此は頃鴨東ノの芸妓,少女ニ至ルマデ,専ラ漢語ヲツカフコトヲ好ミ,霖雨ニ盆地ノ金魚ガ脱走シ,火鉢ガ因循シテヰルナド,何ノワキマヘモナクイヒ合フコトコレナリ」という皮肉が聞かれたし,『漢語字類』(明治2)には「方今奎運盛ニ開ケ,文化日ニ新タナリ。上ミハ朝廷ノ政令,方伯ノ啓奏ヨリ,下モ市井閭閻ノ言談論議ニ至ルマデ,皆多ク雑ユルニ漢語ヲ以テス」とある.『我楽多珍報』(明治14. 9. 30)では「生意気な猫ハ漢語で無心いひ」とまである.このように新漢語が流行していたようだが,庶民がどの程度理解していたかは疑問で,「チンプン漢語」とまで呼ばれていたほどである."inkhorn terms" や「カタカナ語」という呼称と比較されよう.そして,漢語を統合する試みの1つとして,漢語字引が次々と出版されたことも,他の2例と驚くほどよく似ている.
 現代日本語のカタカナ語問題を議論するのに,16世紀後半のイングランドや19世紀後半の日本の言語事情を参照することは,意味のあることだろう.

 ・ Bragg, Melvyn. The Adventure of English. New York: Arcade, 2003.
 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.

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2013-10-12 Sat

#1629. 和製漢語 [japanese][kanji][waseieigo][lexicology]

 「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1]) で和製英語の一覧を掲げたが,今回は和製漢語の例を列挙したい.英単語の借用に慣れた日本語が大正期に和製英語を作り出し始めたように,それにもまして長らく日本語になじんできた漢語がモデルとなって,数々の和製漢語が生み出されてきたことは,まったく自然なことである.和製英語の場合と同様に,ある漢語が和製であるか否かを定めるには日本語および中国語の双方における文献学的な考証が必要となり,たやすい問題ではないが,現代中国の専門家によれば,次の漢語は和製漢語である可能性が高いという(以下の例はすべて『日本語百科大事典』 pp. 1029--30 より).

備品,参看,参照,成因,寵児,単純,等外,敵視,読本,番号,方針,風位,服務,復式,副食,公立,公判,公認,公営,国立,集中,集結,記号,尖兵,堅持,簡単,金額,巨匠,巨星,克服,労作,落選,明確,内勤,農作物,権限,権益,人選,肉弾,実績,実権,私立,訴権,台車,特長,外勤,校訓,興信所,学会,学歴,訓話,訓令,銀翼,印鑑,原動力,原意,原作,陣容,支部,重点,手動,組成,座談


 日本の文物を表す漢語も,和製と考えてよいだろう.例としては,和服,和文,人力車,浄瑠璃,能楽,三味線,茶道,弓道,柔道などがある.
 また,以下の漢語も和製漢語の可能性をもつが,近代日本と中国の間での移入・移出の関係は複雑であり,一応のリストとして理解しておきたい.これらの多くは,近代期に,英語などを取り入れる際に漢訳して取り入れたことに由来する.

暗示,白金,半径,飽和,保険,悲劇,背景,本質,比重,必要,標語,表決,波長,不動産,財閥,挿話,成分,乗客,抽象,出版,触媒,大気,代議士,単元,蛋白質,道具,登記,低調,抵抗,地質,電波,電車,電話,電流,電子,動産,独占,隊商,対象,対照,法人,反動,反感,反射,反応,範疇,方程式,方式,雰囲気,否定,附着,複製,改編,改訂,概括,概略,概念,感性,幹部,幹線,高潮,高炉,歌劇,工業,公報,公称,公民,公僕,公訴,共産主義,共鳴,関係,観測,観念,光年,光線,広告,広義,帰納,国際,国庫,国税,寒帯,寒流,航空母艦,号外,化膿,化石,化学,化粧品,画廊,幻灯,幻想曲,回収,会話,会社,会談,活躍,火成岩,積極,基調,基準,集団,計画,技師,仮定,尖端,間接,建築,鑑定,講壇,交際,交響楽,膠着語,脚本,教科書,教養,酵素,接吻,結核,解放,解剖,介入,金剛石,金婚式,金牌,金融,緊張,進度,進化,進化論,進展,経験,景気,警察,警官,浄化,静脈,競技,就任,巨頭,決算,絶対,看護婦,看守,抗議,科学,可決,客観,客体,肯定,空間,会計,拡散,類型,冷蔵,冷蔵庫,理論,理念,理想,理智,力学,立憲,例会,了解,領海,領空,領主,領土,論理学,漫画,盲従,媒質,美感,密度,免許,民法,敏感,命題,黙示,母体,母校,目標,目的,内容,内在,能動,能率,擬人法,年度,暖流,派遣,判決,陪審,配給,批評,平面,評価,企業,気分,気体,気質,汽船,汽笛,契機,前線,強制,軽工業,清教徒,清算,情報,権威,熱帯,人格,人権,任命,溶体,入場券,入超,商法,商業,社交,審判,昇華,生理学,生態学,失恋,施工,施行,時間,実感,実業,使徒,士官,世界観,市場,市長,事態,手工業,受難,水素,思潮,死角,素材,素描,速度,速記,随員,索引,談判,探険,特権,体育,鉄血,統計,投影,投資,図案,外在,温床,温度,文庫,文学,無産者,物質,喜劇,系列,係数,細胞,狭義,繊維,現実,現象,現役,憲兵,相対,想像,象徴,消防,消費,消極,小夜曲,効果,協定,協会,心理学,信号,信託,性能,序幕,序曲,宣戦,旋盤,学位,血栓,血吸虫,巡洋艦,圧延,亜鉛,演出,演奏,燕尾服,陽極,要素,業務,液体,議会,議員,議院,意訳,因子,陰極,銀行,銀婚式,栄養,影像,優生学,油槽車,遊離,予後,元素,園芸,原理,原則,原子,原罪,遠足,運動,運動場,雑誌,債権,債務,展覧会,戦線,哲学,証券,政策,政党,支線,直観,直接,直径,直流,止揚,指標,指導,指数,制裁,制限,制約,質量,終点,仲裁,重工業,主筆,主観,資料,紫外線,宗教,総合,総動員,総理,作品


 和製英語にせよ和製漢語にせよ,相手の言語からの直接の語彙借用に十分なじんでくると,今度はそれをモデルとして自家製の語彙を生み出そうとしてきた点が似ている.相手の言語に呑まれていると考えれば語彙借用反対論となるし,相手の言語を手なずけていると考えれば賛成論となる.私は,和製○語の存在は日本語が借用元言語の手なずけに成功し,高次に進んだ借用段階にあることを示すものとして解釈している.

 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.

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2013-10-11 Fri

#1628. なぜ code-switching が生じるか? [code-switching][sociolinguistics][diglossia][pragmatics]

 昨日の記事「#1627. code-switchingcode-mixing」 ([2013-10-10-1]) で,code-switching の背景には様々な要因が作用していると述べた.今回は,code-switching はなぜ生じるのか,どのようなときに生じるのかという問題について,主として東 (27--36) に拠りながら,社会言語学的な観点から迫りたい.
 まず,意思疎通を確実にするための code-switching というものがある.例えば,ある言語で対象を指示する語句が思い浮かばない場合に,別の言語の語句を使うということがある.これは典型的な語句借用の動機の1つだが,code-switching の場合にもそのまま当てはまる.referential function と呼ばれる機能だ.
 もう1つ意思疎通に関わる動機としては,単純に聞き手全体が理解する言語へ切り替えるという code-switching を想像することができる.国際的な食事会で,右隣に座っている日本人には日本語で話すが,左隣の英語話者を含めて3人で話しをする場合には英語に切り替えるといった場面を思い浮かべればよい.また,その左隣の人に聞かれたくないような話題を右隣の日本人にのみ持ちかけるときに,再び日本語に切り替えるということもありうる.このような code-switching の機能は,directive function と呼ばれる.
 しかし,上記の2つのように,意思疎通そのものが問題になる code-switching と異なる種類の code-switching も多く存在する.いずれの言語で話しても互いに通じるにもかかわらず,code-switching が起こることがある.そこには,4つの動機づけが提案されている.

 (1) 状況に応じての code-switching (situational code-switching)
  場面,状況,話題,話し相手など(複合的に domain と呼ばれる)に応じて使用言語を切り替えてゆくケースである.例えば,diglossia のある社会において,上位変種 (high variety) と下位変種 (low variety) とは domain によって使い分けられるが,話題が日常的なものから学問的なものへ移行するに応じて,使用する言語や方言も切り替わるといった例が挙げられる.具体的には,Paraguay の Spanish と Guaraní の diglossia において,酒場で飲んでいる男性どうしは最初は下位変種であり親しみのある Guaraní で会話をしていたが,アルコールが回ってくると上位変種で権威や権力と結びつけられる Spanish へ切り替えるといったことが起こりうる (Wardhaugh 96).
  日本語でも,友人2人で非敬語で話していたところに目上の人が加わることで,もとの友人2人の間でも敬語による会話が交わされ始めるといった例がある.これも,code-switching につらなる例と考えられる.

 (2) メンバーシップを確立するための code-switching
  多言語・多民族社会において,地域の共通語と自らの母語とを織り交ぜることによって,dual identity を示そうとする例がある.例えば,日系アメリカ人は,英語を話すことでアメリカ社会の一員であるということを示すと同時に,日本語を話すことで日系人であるという民族的所属を示そうとする.両方のアイデンティティを維持するために,会話の中に両言語の要素を紛れ込ませていると考えられる.act of identity の1例といだろう.
  同じような code-switching を実践する話者の間では,同じ dual identity で結ばれた団結感が生じるだろう.自分と同種の code-switching 能力を有する者は,自分と同種の言語環境で育ってきたにちがいないからである.彼らの code-switching は,互いの仲間意識を育て,保つ積極的な役割がある.とはいえ,多くの場合,この code-switching は無意識に行われているということにも注意する必要がある.
  短い語尾や,特に日本語の場合には終助詞を加えることにより,dual identity を表明するタイプの code-switching がある."You don't have to do that よ." とか,"He's so nice ねぇ." など.これは,emblematic switching (象徴的切替)と呼ばれる.

 (3) 利害関係の交渉の手段としての code-switching
  いずれかの言語の役割を積極的に利用して,話者が自らにとって望ましい状況を作り出そうとするケースがある.以下は,ケニアの田舎町のバーで,農夫が知り合いの会社員にお金を無心する場面である.地元の言語であるルイカード語,および媒介言語であるスワヒリ語と英語が切り替わる.

農夫:
 Inzala ya mapesa, kambuli (ルイカード語)
 (お金がなくて困っているんだ)
会社員:
 You have got land. (英語)
 Una shamba. (スワヒリ語)
 Uli nu mulimi. (ルイカード語)
 (畑を持っているだろう。)
農夫:
 Mwana mweru . . . (ルイカード語)
 (親しい仲じゃないか)
会社員:
 Mbula tsiendi. (ルイカード語)
 (お金なんか、ないよ。)
 Can't you see how I am heavily loaded? (英語)
 (手が一杯なんだよ、わかるだろう?)


 会社員は農夫の無心をかわすのに英語を用い始めている.これは,仲間うちの言語であるルイカード語を使うと,目線が農夫と同じになり,団結を含意するので,無心に屈しやすくなってしまうからである.高い教養や権威を象徴する上位言語である英語を用いることによって,農夫との間に心理的な距離を作り出し,無心を拒否する姿勢が鮮明になる.
 類例として,ナイロビの職探しをしている若者と雇用者の言語選択に関わる神経戦を見てみよう (Graddol 13) .

Young man: Mr Muchuki has sent me to you about the job you put in the paper.
Manager: Ulituma barua ya application? [DID YOU SEND A LETTER OF APPLICATION?]
Young man: Yes, I did. But he asked me to come to see you today.
Manager: Ikiwa ulituma barua, nenda ungojee majibu. Tukakuita ufika kwa interview siku itakapafika. Leo sina la suma kuliko hayo. [IF YOU'VE WRITTEN A LETTER, THEN GO AND WAIT FOR A RESPONSE, WE WILL CALL YOU FOR AN INTERVIEW WHEN THE LETTER ARRIVES. TODAY I HAVEN'T ANYTHING ELSE TO SAY.]
Young man: Asante. Nitangoja majibu. [THANK YOU. I WILL WAIT FOR THE RESPONSE.]


 ここでは,若者は教養と能力を象徴する英語で面談に臨むが,雇用者はそれに応じず下位言語であるスワヒリ語での会話を求めている.交渉に応じないことを言語選択により示していることになる.最後に,失意の若者は雇用者の圧力に屈して,スワヒリ語へ切り替えている.それぞれが自分の有利な状況を作り出すために,言語選択という戦略を利用しているのである.
 日本語でも,それまで仲良くくだけた口調で会話していた母娘が,娘の無心の場面になって,母が「お金は一切あげません」と改まった表現で返事をする状況を想像することができる.改まった表現を用いることによって,相手との間に距離感を作り出し,拒否の姿勢を示していると考えられる.相手との心理的距離を小さくする変種を "we-code",大きくする変種を "they-code" と呼ぶことがあるが (cf. Wardhaugh 102) ,この母は娘に対して we-code から they-code へ切り替えたことになる.

 (4) どちらの言語にするかを探るための code-switching
 自分も相手も多言語使用者である場合,どの言語を用いて会話を進めればよいかを確定するために,いくつかの言語を試して探りを入れるという状況がある.互いに最もしっくりくる言語を選ぶべく,相手の反応を見ながら交渉するのだ.日本語でも,相手に対して敬語で対するべきか否か迷っているときに,敬語と非敬語を適当な比率で織り交ぜて話す場合がある.それによって,相手の出方を探り,今後どのような話し方で会話を進めてゆけばよいかを見極めようとしている.

 上記のいずれの動機づけについても,社会言語学的な意味があることがわかる.code-switching は,人間関係の構築・維持という,高度に社会言語学的な役割を担っている.

 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.
 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

Referrer (Inside): [2013-10-14-1]

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2013-10-10 Thu

#1627. code-switchingcode-mixing [code-switching][sociolinguistics][bilingualism][borrowing]

 「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]) 等の記事で code-switching の話題を取り上げたが,今回はより一般的に,多言語状況における会話での code-switching を取り上げる.
 code-switching とは,複数言語話者あるいは複数方言話者が会話の中で言語や方言を切り替える行為である.多言語状況では非常によくみられる現象であり,種々の言語学的および社会言語学的な要因が提案されている.
 code-switching の程度が激しく,複数の言語や方言が1つの文のなかで素早く頻繁に切り替えられる場合,それを code-mixing と呼んで区別する場合がある.混合の度合いが高く,いずれの言語を話しているかが判然としないケースもある.そのような話者にとって,code-mixing はあたかも1つの言語を話しているのと同じくらいに自然なことであり,切り替えているということを意識していないことも非常に多いという.英語を含む code-mixing の例は,Malta, Nigeria, Hong Kong, the Philippines ([2013-09-06-1]の記事「#1593. フィリピンの英語事情 (2)」を参照)などの多言語地域から,多く報告されている(以上,Trudgill 23 より).
 複数の言語体系が関わり合う言語接触に起因する現象としては,ほかに干渉 (interference),借用 (borrowing),媒介言語の発達などがある.これらはその効果が集団的に現れるのに対して,code-switching は個人の言語に属する現象であるといわれる.別の言い方をすれば,前者は competence に近いところにある話題だが,後者は performance に近いということになる.一方で,これらの間の厳密な線引きは困難であり,code-switching を程度の激しい借用とみることすらできるかもしれない.
 東 (25) が引用している日英語の code-switching の例を挙げておこう.日系二世女性 (VY) が運転中の出来事をもう1人の女性 (MN) に話しているという場面で,北米の日系人社会に典型的な code-switching の例である.

VY: やすと私が今度 drive 代えたのよね。I was in the fast lane. Of course, speed 出さなくちゃいけないから。
MN: Yeah.
VY: 縺昴@縺溘i縲》here was a car in the left, right lane.
MN: うん。
VY: Two ならんで行ったのよね。side.
MN: Uh-huh.
VY: So, I was in the こっちの left lane. それでこう来たの。
MN: Violet, drive してたの?
VY: Half-way からまた代わったけどね。After lunch 食べてからね。そしたら、このうしろにいた car がね、いきなり he came out right. No signal or anything. 見ないでっから . . . 怖かったよ。Gee. こんなんなって brake かけちゃったから、こんななっちゃって。(ジェスチャーをまじえながら)Oh, gee.
MN: 縺ゅ≠縲√b縺?縲》hose 縺ゅ⊇縺?縺後>繧九°繧峨?(t's not your fault, eh? when you have an accident.


 日本語と英語の切り替えがスムーズであることが見て取れる.「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]) の Wright からの2番目の引用でも述べられていたとおり,従来,code-switching は不完全な言語習得に基づく現象として否定的に,時に軽蔑的にとらえられてきた.しかし,それは明らかに誤解である.code-switching の背景には複雑な(社会)言語学的要因が作用している.その要因については,明日の記事で.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

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2013-10-09 Wed

#1626. 現代日本語書き言葉均衡コーパス BCCWJ の各種インターフェース [web_service][corpus][link][japanese]

「#1567. 英語と日本語のオンラインコーパスをいくつか紹介」 ([2013-08-11-1]) で,現代日本語のコーパスとしてKOTONOHA 「現代日本語書き言葉均衡コーパス」に言及した.この『現代日本語書き言葉均衡コーパス』 (BCCWJ: Balanced Corpus of Contemporary Written Japanese) は,大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所と文部科学省科学研究費特定領域研究「日本語コーパス」プロジェクトが共同で開発した本格的なコーパスである.
 コーパスの内容については,同サイトに「2012年3月現在、検索対象となっているのは、以下の11種のデータ、合計約1億500万語です」とある.サンプルは,1976--2008年にかけての文書で,その11のジャンルは書籍,雑誌,新聞,白書,教科書,広報紙,Yahoo!知恵袋,Yahoo!ブログ,韻文,法律,国会会議録にわたる.各テキストからは2種類のサンプルが取られており,「ひとつは長さを1000字に固定したサンプル (固定長サンプル)、もうひとつは、節や章など文章の意味上のまとまりに対応した単位の全体です (可変長サンプル)。これまでの調査によれば、可変長サンプルの平均長は新聞で約1000字、書籍で4000字弱です。」とある.
 BCCWJ を利用する方法やインターフェースはいくつかあるが,もっとも簡便なものが,上にもリンクを張った少納言である.登録不要で,表層の文字列によるコーパスの全文検索ができる.出力は無作為の500件と制限があるが,お手軽に試すことができる.
 一方,利用申請が必要な中納言では,同コーパスに対して,短単位・長単位・文字列の3つの方法により,形態論的な複雑な検索をかけることができる.
 また別のインターフェーとして,NINJAL-LWP for BCCWJ (NLB) がある.現行の1.20版では,BBCWJ のほとんどのデータを対象として,検索をかけることができる.検索ページはこちら
 関連して,NLB と同じインターフェースで利用できるもう1つの日本語コーパスを紹介する.筑波大学がウェブサイトからテキストを収集して編纂した11億語からなる筑波ウェブコーパス (Tsukuba Web Corpus: TWC) へのインターフェース,NINJAL-LWP for TWC (NLT)である.検索ページはこちら

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2013-10-08 Tue

#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching [code-switching][me][bilingualism]

 「#1470. macaronic lyric」 ([2013-05-06-1]) で紹介したとおり,中英語期には,複数の言語が切り替わる詩作がみられた.一見するところ,第1言語と第2言語との稚拙な混合のように思えるが,その文体的効果を吟味すれば意図的な code-switching であったことがわかる.中英語期における体系的ともいえるこのような code-switching は,叙情詩のみならず,散文を含めたほとんどのジャンルに観察される.例えば,Wright は,"medical writings, other scientific texts, legal texts, administrative texts, sermons, other religious prose texts, literary prose, poems, drama, accounts, inventories, rule-books and letters" (148) を挙げている.Wright (148--49) は散文からの具体例として以下の2つを挙げている.

1. Religious prose text in English and Latin: sermon (early fifteenth century)

Domini gouernouris most eciam be merciful in punchyng. Oportet ipsos attendere quod of stakis and stodis qui deberent stare in ista vinea quedam sunt smoþe and lightlich wul boo, quedam sunt so stif and so ful of warris quod homo schal to-cleue hom cicium quam planare.

(The lord's governors must also be merciful in punishing. They should take notice of the stakes and supports that should stand in this vineyard, some are smooth and will easily bend, others are so stiff and so full of obstinacy that a man will split them sooner than straighten them out.)

2. Letter in English and Anglo-Norman: from R. Kingston to King Henry IV (1403)

Tresexcellent, trespuissant, et tresredoute Seignour, autrement say a present nieez. Jeo prie a la benoit trinite que vous ottroie bone vie ove tresentier sauntee a treslonge durre, and sende yowe sone to ows in helþ and prosperitee; for in god fey, I hope to almighty god that, yef ye come youre owne persone, ye schulle haue the victorie of alle youre enemyes.

(Most excellent, mighty and revered Sir, otherwise I know nothing at present. I pray to the blessed trinity to grant you a good life with the fullest health of the longest duration, and send you soon to us in health and prosperity; for in good faith, I hope to almighty God that, if you come yourself, you shall have a victory over all your enemies.)


 code-switching 研究では,話し手(書き手)は言語を切り替えることにより,社会言語学的あるいは語用論的な効果を意図しているということが話題にされる.Wright (149) 曰く,
 

It has often been assumed that texts which show code-switching are indicative of an ill-educated scribe, who did not know the other languages fully. However, studies on present-day code-switching show that, on the contrary, the speakers usually have a full grasp of both languages, but choose to switch for social and discourse-pragmatic reasons. Similarly, it can frequently be demonstrated that the scribe of a code-switched text did in fact command the grammar and vocabulary of all the languages used, but that he chose to combine them. At present, we are not fully sensitive to the discourse-pragmatic reasons for medieval code-switching, and it is one of the things to which the present-day reader of a medieval text is deaf. (149)


 上記のように古い時代の書き言葉に現れる code-switching の意図を読み取ることは困難を極めるが,これらの場合において "social and discourse-pragmatic reasons" がはたして何だったのか,現代語の code-switching 研究により,何かヒントが見いだせるかもしれない.

 ・ Wright, Laura. "The Languages of Medieval Britain." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 143--58.

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2013-10-07 Mon

#1624. 和製英語の一覧 [waseieigo][japanese][katakana][borrowing][semantic_change][word_formation][lexicology][false_friend]

 9月21--22日に,大連大学日本言語文化学院で開かれた第五回『中・日・韓日本言語文化研究国際フォーラム』に参加し,中央大学の同僚とチームを組んで「言語使用の前景と背景---言語研究と文学研究について」と題するパネルディスカッションを行った.私は「和製英語の自然さ・不自然さ」という題目で少し話しをした.専門外ではあるが,日本語学において和製英語や外来語の研究は,英語の研究者によるものが少なくないということなので,私もその立場からわずかばかり参与させていただいた,という次第である.
 この発表のために,記事末に挙げたような参考図書等から和製英語といわれている表現を収集した.結果として231個が集まった.各々が本当に和製英語か否かという問題については,「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) で触れたように,本来,詳細な文献学的調査が必要だが,今回はそこまでは掘り下げていない.また,和製英語の厳密な定義が難しいという事情もある.したがって,以下の個々の例については疑問が呈されるかもしれないが,上記のような但し書きをつけたうえで,集めたものを一覧として公開しておくことは役に立つだろう.
 和製英語の分類については,まだ仮のものにすぎないが,以下のように (1) 記号的和製英語,(2) 意味的和製英語,(3) 形態的和製英語に3分類してみた.分類の精緻化は今後の課題としたい.

和製英語の分類

(1) 記号的和製英語
 アイスキャンディー (popsicle),アイドリングストップ (shutting off the engines),アウトコース (outside),アパート (apartment, apartmenthouse),アフターケア/アフターサービス (after-sales service, after-the-sale service),アフレコ (post recording),アメリカン(コーヒー) ((regular) coffee),イメージアップ (improve one's image),イメージチェンジ (change one's image),ウェストバッグ (fanny bag, bum bag),エステ (beauty salon, beauty spa, beauty-treatment clinic),エッチ (dirty-minded, sex-mad, have a one-track mind, indecent, salacious, pervert, abnormal),オーエル(オフィスレディ) (office worker),オーダーメード (custom-made, made-to-order),オートバイ (motorbike, motorcycle),オービー (alumnus, alumna, graduate),オーブントースター (toaster oven),オープンカー (convertible),オールバック (combed (straight) back, combed towards the back),カフスボタン (cuff links),ガード (overpass),ガードマン ((security) guard, watchman),ガソリンスタンド (gas station),ガッツポーズ (victory pose),キッチンペーパー (paper towel),キャッチコピー (slogan),キャッチホン (call-waiting),キャッチボール (play catch),クーラー (air conditioner),グラビア (glamour photos, cheesecake, Page Threes),グレードアップ (upgrade),ゲームセンター (amusement arcade),コインランドリー (launderette),コストダウン (lower costs, reduce costs),コンセント (outlet, outlet box, receptacle, wall outlet, wall socket),コンビニ (drugstore, grocery),ゴールデンアワー (prime time),ゴールデンウィーク (holidays in May),サイドビジネス (side job),サラリーマン (company employee),シーズンオフ (off-season),シーチキン (canned tuna),シェイプアップ (become thin, lose weight),システムキッチン (organized kitchen),シティホテル (big hotel),シャーペン (mechanical pencil, automatic pencil),シャッターチャンス (the right moment on film),シルバーウィーク (holidays in November),シルバーシート (priority seat),ジージャン (denim jacket, jeans jacket),ジーパン (jeans),ジェットコースター (roller coaster),ジューサー (blender),スーパー (supermarket),スキンシップ (touching, bonding, physical contact),スクールカラー (the traditional feature of a school),スケールメリット (economies of scale),スタメン (starting lineup),スタンドプレー (grandstand play),スピードダウン (slow down),スリーサイズ ((bust-waist-hip) measurement),ゼネコン (big construction company, large construction company),ソーラーシステム (solar power),ソフト (software),ソフトクリーム (soft-serve ice cream, ice cream cone, swirl ice-cream cone),ターミナルホテル (station hotel),タイムサービス (blue-light special, limited time offer (special)),タイムリーヒット (RBI hit),タッチアウト (tagged and out),ダイニングキッチン (kitchenette),ダンプカー (dump truck),チアガール (cheerleader a),チャンスメーカー (table setters),テーブルスピーチ (speech at a party),テレビゲーム (video game),テンキー (numeric keypad),デコレーションケーキ (birthday cake, decorated cake),デッドボール (hit by (a) pitch),デリバリーヘルス (massage parlor),トレーニングパンツ(トレパン) (sweat pants),ドクターストップ (doctor's orders),ドライブイン (rest area, rest stop),ナイター (night game),ニューハーフ (drag queen, transvestite),ネイティヴチェッカー (proof reader, native-speaking proof reader),ネットショッピング (on-line shopping),ノーカット (uncut (movie)),ノースリーブ (sleeveless dress),ノータイ(ノーネクタイ) (without a tie),ノートパソコン (laptop),ノンステップバス (bus without steps),ノンセクション (trivia),ハートフル (heartwarming),ハーフ (someone of mixed race),ハイソックス (knee socks),ハイティーン (late teens),ハイテンション (excitable, overexcited, carried away),ハローワーク (Job Centre),バックミラー (rearview mirror),バトンガール (baton twirler),バトンタッチ (baton pass, hand over),パタンナー (pattern maker),パトカー (police car),パネラー (panelist),パンチパーマ (tight-perm, short-perm),ビーチパラソル (beach umbrella),ビジネスホテル (economy hotel, budget hotel),フィールドアスレチック (obstacle course),フォアボール (base on balls, walk),フライドポテト (French fries, chips),フライング (false start),フリーサイズ (one-size-fits-all),フリーダイヤル (toll-free number),フロントガラス (windshield),ブックカバー (book jacket, dust jacket),プレーガイド (booking office),ヘアヌード (full-frontal nudity (photo)),ヘディングシュート (header),ヘルスメーター (bathroom scale),ベースアップ (raise of the wage base),ベッドタウン (bedroom suburb),ベビーサークル (playpen),ペーパーカンパニー (shell company),ペーパードライバー (person with a driving licence but no practice, driver in name only),ペアルック (dressed in matching outfits),ペットボトル (plastic bottle),ホーム (platform),ホットカーペット (electric carpet),ホットケーキ (pancake),ボディチェック (frisk, security check, body search),マイカー (one's own car),マイナスイメージ (negative image),マイペース (go one's own way),マカロニウェスタン (spaghetti Western),マグカップ (mug),マザコン (mummy's boy),マンツーマン (one-on-one (one-to-one) lesson, private lesson),ミシン (sewing machine),ミニコミ (free paper),ミルクティー (tea with milk),メタボ (big, overweight, fat),モーニングコール (wake-up call),モーニングサービス (breakfast special),ライブハウス (club with live music, live music club),ラブホテル (hot-pillow hotel, no-tell motel),ランニングシャツ (undershirt),ランニングホームラン (inside-the-park home run),リクルートスーツ (suit for an interview),リサイルクルショップ (secondhand shop, recycled-goods shop),リップクリーム (lip balm, chapstick),リフティング (keepy-uppy),ルーズソックス (loose-fitting socks),ローティーン (early teens),ロスタイム (additional time, injury time, stoppage time),ワイシャツ (business shirt),ワイドショー (talk and variety (TV) show, tabloid show, TV magazine show),ワンパターン (predictable, routine)

(2) 意味的和製英語
 アイドル (pop idol),アットホーム (cozy, homey),アバウト (irresponsible),(イベント)コンパニオン (booth girl, promotional model, trade show model),カンニング (cheating),クラクション (car horn),クレーム (complaint),サイン (autograph, signature),シール (sticker),スタンド (grandstand),スナック (bar, pub),スマート (slender, slim),センス(服装) (good dress sense, well-dressed, stylish),ソープ(風俗) (bordello, house of ill repute, whorehouse, knocking shop),タレント (celebrity, entertainer, TV personality),ダッチワイフ (blow-up doll),チャック (zipper, zip-fastener),トランプ ((playing) cards),ドライ (businesslike),ドライバー(工具) (screwdriver),ナイーブ (uncorrupted, unspoiled),ネック (weak link, dead wood, disadvantage, burden),ハンドル ((steering) wheel),バーコード(髪型) (Bobby Charlton),バイキング (buffet),パワーアップ (build),ファイト (Go for it, Do your best),フロント (front desk, reception),ブーム (fad),プリント (handout, printout),プロデューサー (coordinator),マジック (felt tip pen, marker pen),マンション (condominium, apartment),メリット/デメリット (pros and cons, advantages and disadvantages),モニター (test user, product tester),ヤンキー (good-for-nothings, layabouts, hooligans, thugs),リフォーム (alteration, refurbish, renovate),リベンジ (rematch),ルーズ (lax, careless, negligent, irresponsible)

(3) 形態的和製英語
 アイロン (flat iron),アクセル (accelerator),アプリ (application),アポ/アポイント (appointment),ウイルス (virus),エンスト (engine stall),オンザロック (on the rocks),カレーライス (curry and rice, curry with rice),コーンビーフ (corned beef),コネ (connection),サンオイル (suntan oil),スモークハム (smoked ham),セクハラ (sexual harassment),セットローション (setting lotion),デパート (department store),トイレ (bathroom, restroom),ドンマイ (Don't worry about it, Never mind),ニス (varnish),ネーブル (navel orange),ノート (notebook),ノンプロ (nonprofessional),パーマ (permanent),パソコン (personal computer),パンク (flat tyre, puncture),ビタミン (vitamin),ビル (building),ファンタジック (fantastic),プリン (pudding, custard pudding),プロレスラー (professional wrestler),マイク (microphone),マスコミ (mass communication, mass media, the media),マニア (maniac, fan),リストアップ (list),リストラ (restructuring, corporate downsizing),レジ (cash register)

 ・ スティーブン・ウォルシュ 『恥ずかしい和製英語』 草思社,2005年.
 ・ 桐生 りか 『カタカナ語・外来語事典』 汐文社,2006年.
 ・ 『新版日本語教育事典』 日本語教育学会 編,大修館書店,2005年.
 ・ デイビッド・セイン 『日本人がつい間違えるNGカタカナ英語』 主婦と生活社,2012年.
 ・ 『日本語学研究事典』 飛田 良文ほか 編,明治書院,2007年.
 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.
 ・ 村石 利夫 『カタカナ語おもしろ辞典』 さ・え・ら書房,1990年.
 ・ 山口 理 『国語おもしろ発見クラブ 外来語・和製英語』 2012年.

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2013-10-06 Sun

#1623. セネガルの多言語市場 --- マクロとミクロの社会言語学 [map][sociolinguistics][bilingualism]

 アフリカの北西部,大西洋に面する Senegal は,周囲の国々の例にもれず多言語国家である.公用語はフランス語だが,この国は「#401. 言語多様性の最も高い地域」 ([2010-06-02-1]) で取り上げた多様性指数 (diversity index) でいえば0.775という高い値を示し,土着の言語に限っても37の言語が,約1千万人の人口によって話されている.諸言語の詳細については,EthnologueSenegal を参照されたい.

Map of Senegal

 この国の南西部に Ziguinchor という町がある.この「寄港市場」の多言語状況について,社会言語学のミクロとマクロな視点から迫った興味深い調査がある(カルヴェ,pp. 142--46).この町の市場の商人の間では10以上の言語が話されている.主立った母語の内訳は,Jola (35%), Wolof (26%), Mandinka (16%), Fula (11%), Serer (4%), Balanta (5%), その他 (5%) という分布だった.しかし,これらの言語は社会言語学的に対等な地位にあるわけではない.Fula と Mandinka はこの地方の土着の言語だが,都市部における土着の言語としては Jola のほうが支配的である.また,Wolof 語は,経済的に成功した Wolof 商人がこの地にもたらした媒介言語であり,国内で最大の権威をもっている.
 諸言語に関するこのようなマクロ社会言語学的状況は,個々の商人のもつ言語レパートリーにも反映されており,彼らの日々の商売にも影響を及ぼしている.この市場において各商人は1?7つの言語を操るが,1つのみ話す商人が最も多く,次に2つ,3つとおよそ予想通りに漸減してゆく.ところが,話者の母語別にいくつの言語を話すかを整理すると,非対称な分布が明らかになる.

(1) Native Jora speakers
----------------------------------------------------------------------
1 language  (23): ***********************
2 languages (17): *****************
3 languages (15): ***************
4 languages  (2): ***
5 languages  (5): *****
6 languages  (0): 
7 languages  (0): 
----------------------------------------------------------------------

(2) Native Wolof speakers
----------------------------------------------------------------------
1 language  (25): *************************
2 languages  (7): *******
3 languages  (5): *****
4 languages  (5): *****
5 languages  (5): *****
6 languages  (0): 
7 languages  (0): 
----------------------------------------------------------------------

(3) Native Mandinka speakers
----------------------------------------------------------------------
1 language   (1): *
2 languages  (6): ******
3 languages  (4): ****
4 languages  (8): ********
5 languages  (5): *****
6 languages  (3): ***
7 languages  (1): *
----------------------------------------------------------------------

(4) Native Fula speakers
----------------------------------------------------------------------
1 language   (0): 
2 languages  (7): *******
3 languages  (5): *****
4 languages  (5): *****
5 languages  (5): *****
6 languages  (1): *
7 languages  (2): **
----------------------------------------------------------------------

 (2) Wolof 商人の半数以上が Wolof のみを話す単一言語話者であるのに対し,(4) Fula 商人は全員が多言語話者である.(3) Mandinka 商人の約3割が4言語話者であり,(1) Jora 商人の約4割が Jora のみを話して商売している.国内で Wolof の言語圏が日増しに拡大しているマクロな状況と,市場の商売において Wolof が勢力を誇っているミクロな現状とが一致しているのがわかるだろう.一方,Fula は立場の弱い言語であり,外部の者によって話されることが事実上なく,その母語話者は媒介言語を習得せざるを得ない状況が見て取れる.
 「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1]) で触れた通り,社会言語学のマクロな視点とミクロな視点とは分けてとらえずに,補完的に考える方が有益だろう.

 ・ ルイ=ジャン・カルヴェ(著),萩尾 生(訳) 『社会言語学』 白水社,2002年.

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2013-10-05 Sat

#1622. eLALME [me_dialect][lalme][preposition][map][web_service]

 昨日の記事「#1621. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C)」 ([2013-10-04-1]) で触れたが,後期中英語の方言地図 LALME の改訂・電子版 eLALME が,今年,Edinburgh 大学よりオンラインで公開された.書籍版 LALME にあった誤りが訂正されるなど,改訂版といってよく,機能の豊富さや検索の便などで,今後は電子版が主として利用されてゆくことになると思われる.
 書籍版に対して種々の拡張がなされているが,Item Number などの対応番号が異なっているものもあるので注意を要する.例えば,between の異形の分布について,書籍版では Dot Maps 703--06, 1118--19 に6種類の分布図が掲載されているが,電子版では Item Number 89 のもとに16種類の分布図が掲載されている.実際,Dot Map の数は電子版になって1/3以上増えた.
 また,ユーザー定義の方言地図が描けるというのが目を見張る.「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) や昨日の記事 ([2013-10-04-1]) でも話題にした between の歴史的異形に関して,語末の子音群に x を含むタイプが後期中英語でどのように分布していたかを知りたい場合を想定しよう."User-defined Maps" の機能から,"Select one or more items" で "89 BETWEEN pr [North & Ireland]" を選んだ上で,"Select one or more forms" で x を含む形態のすべてにチェックを入れる.それから "Make map" をクリックすれば,以下のような Dot Map が得られるという仕組みである.既製の Dot Map よりも,条件を細かくチューニングできる.

Map of x-Type of BETWEEN by eLALME

 書籍版の Item Map に相当するものは,ウェブ上での地図製作技術の限界から,電子版では得られない.しかし,代替手段として,ユーザー定義地図のドットをクリックすることにより,その地点における言語項目の異綴字をポップアップさせることができる.これは既製の Dot Map では不可能なので,ユーザー定義地図の利用価値は高い.
 昨日紹介した LALME 系コーパス The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) と合わせて,中英語方言研究もついに本格的にデジタル時代へ突入したといえるのではないか.
 なお,方言地図作成といえば自作の「#846. HelMapperUK --- hellog 仕様の英国地図作成 CGI」 ([2011-08-21-1]) もどうぞ.

 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.

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2013-10-04 Fri

#1621. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) [corpus][preposition][me_dialect]

 ノルウェーの Stavanger 大学で,Merja Stenroos 氏が中心となって The Middle English Scribal Texts Programme (MEST) が進行中である.Glasgow 大学と Helsinki 大学の協力のもとに,中英語のテキストのコーパス化が進んでいる.このプログラムは具体的には2つのプロジェクトからなり,1つは1998年に Glasgow 大学が立ち上げた Middle English Grammar Project の延長線上にある The Middle English Grammar Corpus (MEG-C) の編纂で,もう1つは2012年に開始された Language and Geography in Middle English Local Documents (MELD) である.
 今回は,前者のプロジェクト MEG-C について紹介したい.このコーパスは,後期中英語の方言地図 LALME のソースとなったテキストを電子化するという目的で編纂されている.姉妹版である初期中英語の方言地図 LAEME が最初からコーパス付きでオンライン公開されたのと対照的に,LALME では,編纂された時代が時代だけに,方言地図が紙媒体で公表されたにすぎなかった.2013年に LALME が改訂・電子化され eLALME としてアクセスできるようになったが,方言地図作成のもととなった資料自体は電子化されていなかった.現在,そのコーパスファイル群がMEG-C files から自由にダウンロードできるようになっている.
 MEG-C は,実際には LALME の参照した1350--1500年のソーステキストのみならず,より早い時期のテキストをも含むコーパスとして成長している.長いテキストについては3000語のサンプルを取って収容しているが,現行の2011.1版では,目標とするテキストの半分ほどがカバーされているという.写本やファクシミリから転写しているというから,LAEME のコーパスに勝るとも劣らぬ大変な労力である.ありがたく利用させていただきたい.
 早速,MEG-C にちょっとした検索をかけてみた.「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]) で見た between の歴史的異形の分布のなかで,とりわけ語尾において x をもつ betwix(t) タイプが,後期中英語でどれくらい使用されていたかに関心があった.そこで検索してみると,104例が -x で終わるタイプ,14例が -xe で終わるタイプ,2例が -xt で終わるタイプという結果が出た.この頻度の傾向は,Helsinki Corpus による M3--M4期からの証拠とほぼ符合する.互いのコーパスの信頼度を測ることができたといえるだろう.
 中英語の方言研究も,ますますツールが充実してきた感がある.

 ・ Stenroos, Merja, Martti Mäkinen, Simon Horobin, and Jeremy Smith. The Middle English Grammar Corpus, version 2011. 1. U of Stavanger, 2011. Online at http://www.uis.no/research/culture/the_middle_english_grammar_project/. Accessed : 4 October 2013.

Referrer (Inside): [2013-10-05-1]

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2013-10-03 Thu

#1620. 英語方言における /t, d/ 語尾音添加 [phonetics][dialect][dialectology][consonant]

 「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) で,語尾音添加 (paragoge) の例として,語末の /n/ や /s/ の後に /t/ や /d/ が挿入されるものが多いとして,ancient, tyrant, parchment; sound; against, amidst, amongst, betwixt, whilst などを挙げた(とりわけ -st 語群については ##508,509,510,739,1389,1393,1394,1399,1554,1555,1573,1574,1575 の記事を参照).
 s の後に t が添加されやすい調音音声学的な根拠は,「#1575. -st の語尾音添加に関する Dobson の考察」 ([2013-08-19-1]) で Dobson (§437) が述べているように,"at the end of the articulation of [s] the tip of the tongue is raised slightly so as to close the narrow passage left for [s], and the stop [t] is thus produced" ということだが,この語尾音添加がどの単語において生じるかは予測できない.n の後の t, d の添加も,調音点が同じであるという同器性の観点から一応の説明は可能だが,どの単語において語尾音添加が実現するのかは,やはり予測不能である.
 同じ #1575 の記事では,Wright が近代英語方言からの例をいくつか挙げていると言及した.実際に Wright (§295) に当たってみると,そこでは語末の t の挿入だけでなくその脱落も一緒に議論されていた.予想されるとおり,脱落のほうが頻繁に観察されるようだ.イギリス諸島の諸方言で,語末の st から t が脱落している例が見られる (ex. beas(t), betwix(t), fas(t), jois(t), las(t), nex(t)) .そして,k, p の後でもスコットランドの諸方言で t の脱落が見られる (ex. fak(t), strik(t), korek(t), temp(t), bankrup(t)) .さらに,f の後の脱落もマン島方言などで drif(t), lif(t), wef(t) などに見られる.最後に,n の後の脱落は,諸方言で sergean(t), serpen(t), servan(t), warran(t) などの語において頻繁に生じている.
 一方,問題の語末の t の挿入のほうだが,脱落ほど広範ではないものの,少数の方言で次のような語に観察される.以下,標準化した綴字で,sermon(t), sudden(t), vermin(t), scuf(t) (scruff), telegraph(t), ice(t), nice(t), hoarse(t), once(t), twice(t).脱落の場合と同様に n, f, s の後位置が多いことから,挿入と脱落は互いに揺れ合う関係と見てよいだろう.なお,標準語に入っているものとしては,ancient (< Fr. ancien), pheasant (O.Fr. faisan) がある.
 d の語尾音添加についても,Wright (§306) から例を拾っておこう.この音韻過程は,l, n, r の後位置で,主として Yorkshire より南の方言において時折見られるとされる.feel(d), idle(d), mile(d), school(d), soul(d), born(d), drown(d), gown(d), soon(d), swoon(d), wine(d), yon(d), scholar(d)
 上記の語尾音添加の例をみる限り,調音音声学的な根拠および傾向は認められるが,どの語において実現されるかを予測することは,やはり不可能のようだ.個々のケースにおいて,他の諸要因が関与し,結果として語尾音が添加されたということだろう.

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. Vol. 2. Oxford: OUP, 1968.
 ・ Wright, Joseph. The English Dialect Grammar. Oxford: OUP, 1905. Repr. 1968.

Referrer (Inside): [2018-11-08-1] [2015-02-16-1]

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2013-10-02 Wed

#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか [christianity][latin][loan_word][oe][lexicology][borrowing][semantic_borrowing]

 6世紀にキリスト教がブリテン島にもたらされた.その後,古英語期には数百語のラテン単語が英語に流入したが,多くはキリスト教関係の用語である.これは,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) で話題にした通りである.
 しかし,キリスト教関係ラテン単語の流入という外見だけをみていては,この時期のキリスト教化の言語的側面を十分に理解することはできない.Baugh and Cable (90) を引用しよう.

The words that Old English borrowed in this period are only a partial indication of the extent to which the introduction of Christianity affected the lives and thoughts of the English people. The English did not always adopt a foreign word to express a new concept. Often an old word was applied to a new thing and by a slight adaptation made to express a new meaning. The Anglo-Saxons, for example, did not borrow the Latin word deus, because their own word God was a satisfactory equivalent. Likewise heaven and hell express conceptions not unknown to Anglo-Saxon paganism and are consequently English words.


 「#865. 借用語を受容しにくい語彙領域は何か」 ([2011-09-09-1]) で話題にした通り,なぜ deus を筆頭に,ある意味で最もキリスト教的といえるいくつかの語が借用されなかったのか.主要な参考図書2点から,この問題についての言及を見よう.まずは,Kastovsky (310) は次のように述べている.

Substitutive semantic borrowing is particularly frequent in the religious vocabulary, since in using a native ('heathen') word for a Christian concept, the pagan interpretation had to be replaced by the Christian concept and all its theological associations. A good example is the word God as used for Deus (cf. Strang 1970: 368). Originally it seemed to have meant 'that which is invoked', 'that to which libation is poured', was a neuter noun and could form a plural, since the Germanic peoples had a polytheistic religion. The missionaries, however, had to convey the notion of a single Deity, a Person or One of the persons of the Trinity. Instead of adopting the lexical item Deus, its meaning was substituted for the old meaning of god, which, in this case, even produced a grammatical change: God as a singular noun became masculine; if it occurred in the plural, it only referred to pagan gods and remained neuter.


 次に,上の引用文で言及されている Strang (368) を当たってみる.Strang は,古英語の翻訳借用 (loan_translation) や意味借用 (semantic loan) について触れている箇所で,god の意味変化を以下のように論じている.

The best term to start with is the word god. This is an old neuter noun, the meaning of whose stem has been disputed. It may mean 'that which is invoked' or 'that to which libation is poured' (in which case, it represents the same stem as we find in the name of the Goths and the Geats . . .); OE shares the form with other Germanic languages, which have formations from the same stem with the same meaning. In its inherited form the noun has a plural, since the monotheistic idea was unfamiliar to the Germanic peoples. The missionaries need to convey to the English the conception of a single Deity, a Person, One of the Persons of the Trinity, the Father, the Creator of the Universe, etc. They have a choice of explaining all this, and adding that the word for it is Deus; or of saying that the English have hitherto misunderstood the nature of god --- not it, but He, not many but One, etc. They choose the latter course, and their usage, as well as their belief, prevails. The noun acquires a new meaning, or rather, the whole complex of Christian meanings, though it is still the term for the old gods. From this development follows a curious grammatical change, akin to the modern use of the capital letter. When singular the word becomes masculine; when plural (therefore pagan in reference) it remains neuter. Thus, even syntax enters into the pattern of adaptation.


 標題は,互いに関連する2つの点で興味を引く.1つは,語を直接借用するよりも意味を取り入れるやり方のほうがじわじわ型であり,キリスト教の布教にあたって,ときに有効だった可能性があること.もう1つは,一般に,他言語からの語彙への影響を考える際には,外見(形態)だけでなく中味(意味)も重視しなければならないということだ.再度 Baugh and Cable (91) に戻って,次を引用しておこう.

It is important to recognize that the significance of a foreign influence is not to be measured simply by the foreign words introduced but is revealed also by the extent to which it stimulates the language to independent creative effort and causes it to make full use of its native resources.


 関連して,借用の importation と substitution の区別について,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) を参照.

 ・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.

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2013-10-01 Tue

#1618. 英語の /l/ と /r/ [phonetics][consonant][spectrogram][l][r]

 「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1]),「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]),「#1614. 英語 title に対してフランス語 titre であるのはなぜか?」 ([2013-09-27-1]) の記事で,/l/ と /r/ の交替する事例を見てきた.日本語母語話者は,英語学習上,両音の識別が大事であることをよく知っているので,この種の話題に関心をもちやすい.だが,両音が似ていることは知っているが,具体的にはどのように似ているのだろうか.今回は,英語の /l/ と /r/, およびその異音に関する音声学的な事実を紹介したい.以下,『大修館英語学事典』 (325--28) の両音についての記述を要約する.
 英語の側音 /l/ は舌先を歯茎につけて調音するが,音節内での位置に応じて2つの異音が区別される.母音および /j/ の前では前舌部が硬口蓋に向かって上げられ,前母音に似た響きをもつ clear l が発せられる.休止と子音の前では,後舌部が軟口蓋に向かって上げられ,後母音に似た響きをもつ dark l が発せられる./l/ は原則として有声音だが,気息を伴う /ph, kh/ に後続する場合には無声化する.音響学的にいえば,/l/ は非常に母音的であり,一般的なな子音とは異なり明白なフォルマントを示す.第1フォルマント (F1) と第2フォルマント (F2) が,clear l では前母音に特徴的な領域に現われ,dark l では後母音に特徴的な領域に現われる.
 一方,/r/ は,音声環境や応じて,また話者や使用域に応じて,いくつかある異音のいずれかとして実現される.語頭で母音が続く位置,/d/ 以外の有声音に続く位置では,接近音として発音される./d/ に後続する場合には有声摩擦音となる.気息を伴う /ph, th, kh/ に後続する場合には無声摩擦音となる.母音間,あるいは /θ, ð/ や /b, g/ の後位置で,ときに弾音が用いられる.また,格調高い詩の朗読などに顫動音が用いられることもある.音響学的には,/r/ は側音 /l/ と同様,非常に母音的である./r/ と /l/ の音響学的な差は,主として F3 が引き起こすフォルマント推移に見られる.Fry, D. B. (The Physics of Speech. Cambridge: CUP, 1979) による「l と r のスペクトログラム」を,『大修館英語学事典』 (327) より再掲しよう.

Formants of l and r

 それぞれ mallowmarrow の発音をスペクトログラフにかけた結果である./l/ では F3 は前後の母音の F3 とほぼ同じ領域に現れるのに対し,/r/ では F3 が深い谷を形成する.この F3 の振る舞いの差異は,前後の母音から独立して保持される.英語の /l/ と /r/ を聞き分けるのに困難を感じる日本語母語話者は,なかんずく両音における F3 の変動に対して感度が低いということになろうか.

 ・ 松浪 有,池上 嘉彦,今井 邦彦(編) 『大修館英語学事典』 大修館書店,1983年.

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