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etymological_respelling - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-12-03 09:56

2020-09-17 Thu

#4161. アメリカ式 color はラテン語的,イギリス式 colour はフランス語的 [etymological_respelling][webster][spelling_reform][spelling][renaissance][french][ame_bre][johnson]

 color (AmE) vs colour (BrE) に代表される,アメリカ式 -or に対してイギリス式 -our の綴字上の対立は広く知られている.本ブログでも「#240. 綴字の英米差は大きいか小さいか?」 ([2009-12-23-1]),「#244. 綴字の英米差のリスト」 ([2009-12-27-1]),「#3182. ARCHER で colourcolor の通時的英米差を調査」 ([2018-01-12-1]),「#3247. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第5回「color か colour か? --- アメリカのスペリング」」 ([2018-03-18-1]),「#4152. アメリカ英語の -our から -or へのシフト --- Webster の影響は限定的?」 ([2020-09-08-1]) などで取り上げてきた.
 Anson もよく知られたこの問題に迫っているのだが,アメリカの綴字改革者 Noah Webster (1758--1843) が現われる以前の時代にも注意を払い,広い英語史の視点から問題を眺めている点が素晴らしい.主としてラテン語に由来し,フランス語を経由してきた語群が初出する中英語期から話しを説き起こしているのだ.このズームアウトした視点から得られる洞察は,非常に深い (Anson 36--38) .
 ラテン語に由来する語の場合,同言語の綴字としては,厳格な正書法に則って -or- が原則だった.colorem, ardorem, dolorem, favorem, flavorem, honorem, (h)umorem, laborem, rumorem, vigorem のごとくである.古フランス語では,これらのラテン語の -or- が受け継がれるとともに,異綴字として -our- も現われ,両者併用状況が生じた.そして,この併用状況が中英語期にもそのまま持ち込まれることになった.実際,中英語では両綴字が確認される.
 とはいえ,中英語では,これらフランス借用語についてはフランス語にならって問題の語尾を担う部分にアクセントが落ちるのが普通であり,アクセントをもつ長母音であることを示すのに,-or よりも視覚的に大きさの感じられる -our のほうが好まれる傾向があった.以降(イギリス)英語では,フランス語的な -our が主たる綴字として優勢となっていく.
 しかし,ラテン語的な -or も存続はしていた.16世紀になると,ルネサンスの古典語への回帰の風潮,いわゆる語源的綴字 (etymological_respelling) の慣習が知識人の間にみられるようになり,-or が勢力を盛り返した.こうして -or と -our の競合が再び生じたが,いずれかを規範的な綴字として採用しようとする標準化の動きは鈍く,時間が過ぎ去った.
 17世紀後半の王政復古期には,2音節語においては -our が,それよりも長い語においては -or が好まれる傾向が生じた.そして,理性の世紀である18世紀には,合理的な綴字として再び -or に焦点が当てられるようになった.一方,1755年に辞書を世に出した Johnson は,直前の語源の綴字を重視する姿勢から,フランス語的な -our を支持することになり,後のイギリス式綴字の方向性を決定づけた.その後のアメリカ英語での -or の再度の復活については,「#4152. アメリカ英語の -our から -or へのシフト --- Webster の影響は限定的?」 ([2020-09-08-1]) で述べた通りである.
 つまり,中英語期にこれらの語が借用されてきた当初より,-or vs -our の競合はシーソーのように上下を繰り返してきたのだ.アメリカ式 -or を支持する原理としては,ルネサンス期のラテン語回帰もあったし,18世紀の合理性重視の思想もあったし,Webster の愛国心もあった.イギリス式 -our を支持する原理としては,中英語期のフランス語式への恭順もあったし,18世紀半ばの Johnson の語源観もあった.
 ルネサンスと Webster を結びつけるなど考えたこともなかったが,Anson の優れたズームアウトによって,それが可能となった.

 ・ Anson, Chris M. "Errours and Endeavors: A Case Study in American Orthography." International Journal of Lexicography 3 (1990): 35--63.

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2020-07-16 Thu

#4098. 短母音に対応する <ou> について --- country, double, touch [spelling][spelling_pronunciation_gap][digraph][french][loan_word][etymological_respelling]

 <ou> ≡ /ʌ/ の例は,挙げてみななさいと言われてもなかなか挙がらないのだが,調べてみると標題のように案外と日常的な語が出てくる.country, couple, courage, cousin, double, flourish, nourish, touch, trouble 等,けっこうある.
 これらの共通点は,いずれもフランス借用語であることだ.古フランス語から現代フランス語に至るまで,かの言語では <ou> ≡ /uː/ という対応関係が確立していた.英語では中英語期以降にフランス単語が大量に借用されるとともに,この綴字と発音の対応関係も輸入されることになった.中英語の /uː/ は,その後,順当に発展すれば大母音推移 (gvs) により /aʊ/ となるはずであり,実際に現代英語ではたいてい <ou> ≡ /aʊ/ となっている (ex. about, house, noun, round, south) .しかし,中英語の /uː/ が何らかのきっかけで短母音化して /u/ となれば,大母音推移には突入せず,むしろ中舌化 (centralisation) して /ʌ/ となる.その際に綴字が連動して変化しなかった場合に,今回話題となっている <ou> ≡ /ʌ/ の関係が生まれることになった(母音の中舌化については,「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]) と「#1866. putbut の母音」 ([2014-06-06-1]),「#2076. us の発音の歴史」 ([2015-01-02-1]) の記事を参照).
 ただし <ou> ≡ /ʌ/ を示す上記の単語群は,中英語では <o> や <u> で綴られることが多く,現代風の <ou> の綴字は少し遅れてから導入されたようだ (Upward and Davidson 146) .このタイミングの背景は定かではないが,もし意識的なフランス語風綴字への回帰だとすれば,一種の語源的綴字 (etymological_respelling) の例ともなり得る.
 なお,本来語でも <ou> ≡ /ʌ/ の事例として southern がある.固有名詞の Blount も付け加えておこう.変わり種としては,アメリカ英語綴字 mustache に対してイギリス英語綴字の moustache の例がおもしろい.Carney (147--48) も参照.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

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2020-06-30 Tue

#4082. chief, piece, believe などにみられる <ie> ≡ /i:/ [spelling][digraph][orthography][vowel][gvs][french][loan_word][etymological_respelling]

 英語圏の英語教育でよく知られたスペリングのルールがある."i before e except after c" というものだ.長母音 /iː/ に対応するスペリングについては,「#2205. proceed vs recede」 ([2015-05-11-1]) や「#2515. 母音音素と母音文字素の対応表」 ([2016-03-16-1]) でみたように多種類が確認されるが,そのうちの2つに <ie> と <ei> がある.標題の語のように <ie> のものが多いが,receive, deceive, perceive のように <ei> を示す語もあり,学習上混乱を招きやすい.そこで,上記のルールが唱えられるわけである.実用的なルールではある.
 今回は,なぜ標題のような語群で <ie> ≡ /iː/ の対応関係がみられるのか,英語史の観点から追ってみたい.まず,この対応関係を示す語を Carney (331) よりいくつか挙げておこう.リストの後半には固有名詞も含む.

achieve, achievement, belief, believe, besiege, brief, chief, diesel, fief, field, fiend, grief, grieve, hygiene, lief, liege, lien, mien, niece, piece, priest, reprieve, shield, shriek, siege, thief, thieves, wield, yield; Brie,, Fielden, Gielgud, Kiel, Piedmont, Rievaulx, Siegfried, Siemens, Wiesbaden


 リストを語源の観点から眺めてみると,believe, field, fiend, shield などの英語本来語も含まれているとはいえ,フランス語やラテン語からの借用語が目立つ.実際,この事実がヒントになる.
 brief /briːf/ という語を例に取ろう.これはラテン語で「短い」を意味する語 brevis, brevem に由来する.このラテン単語は後の古フランス語にも継承されたが,比較的初期の中英語に影響を及ぼした Anglo-French では bref という語形が用いられた.中英語はこのスペリングで同単語を受け入れた.中英語当時,この <e> で表わされた音は長母音 /eː/ であり,初期近代英語にかけて生じた大母音推移 (gvs) を経て現代英語の /iː/ に連なる.つまり,発音に関しては,中英語以降,予測される道程をたどったことになる.
 しかし,スペリングに関しては,少し込み入った事情があった.古フランス語といっても方言がある.Anglo-French でこそ bref という語形を取っていたが,フランス語の中央方言では brief という語形も取り得た.英語は中英語期にはほぼ Anglo-French 形の bref に従っていたが,16世紀にかけて,フランス語の権威ある中央方言において異形として用いられていた brief という語形に触発されて,スペリングに関して bref から brief へと乗り換えたのである.
 一般に初期近代英語期には権威あるスペリングへの憧憬が生じており,その憧れの対象は主としてラテン語やギリシア語だったのだが,場合によってはこのようにフランス語(中央方言)のスペリングへの傾斜という方向性もあった (Upward and Davidson (105)) .
 こうして,英語において,長母音に対応する <e> が16世紀にかけて <ie> へと綴り直される気運が生じた.この気運の発端こそフランス語からの借用語だったが,やがて英語本来語を含む上記の語群にも一般的に綴りなおしが適用され,現代に至る.
 細かくみれば,上述の経緯にも妙な点はある.Jespersen (77) によれば,フランス語の中央方言では achievechief に対応する語形は <ie> ではなく <e> で綴られており,初期近代英語が憧れのモデルと据えるべき <ie> がそこにはなかったはずだからだ(cf. 現代フランス語 achever, chef).
 それでも,多くの単語がおよそ同じタイミングで <e> から <ie> へ乗り換えたという事実は重要である.正確にいえば語源的綴字 (etymological_respelling) の例とは呼びにくい性質を含むが,その変種ととらえることはできるだろう.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. London: Allen and Unwin, 1909.

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2020-06-26 Fri

#4078. LEME = Lexicons of Early Modern English [leme][lexicography][dictionary][emode][lexicology][website][link][cawdrey][mulcaster][etymological_respelling]

 一昨日,昨日の記事 ([2020-06-24-1], [2020-06-25-1]) で,古英語には DOE という辞書が,中英語には MED という辞書が揃っていることをみたが,(初期)近代英語期の辞書はないのだろうか.
 初期近代英語辞書は古くより望まれていたが,現状としてはない.Shakespeare の辞書や The King James Bible のコンコーダンスはあるが,同時代を広く扱う辞書は存在していないのである.
 しかし,そのような辞書の代わりとなるようなデータベースは存在する.標題の LEME (= Lexicons of Early Modern English) である.これは初期近代英語期に文証される語を辞書編纂用に収集したリストというよりも,当時書かれた1400冊ほどの辞書や語彙集をそのままデータベース化したものである.現代英語の語彙に対応させると6万を超える語彙項目を数えるという.先行の Early Modern English Dictionaries Database (EMEDD) を受けて発展してきたプロジェクトで,およそ1480--1755年の間に書かれた辞書類の印刷本や写本が収集されてきた.公式サイトの案内によると「辞書類」とは "monolingual, bilingual, and polyglot dictionaries, lexical encyclopedias, hard-word glossaries, spelling lists, and lexically-valuable treatises" とのことである.このデータベース全体を一種の複合辞書とみなすことはできるが,現代人が現代の辞書編纂技術をもって当時の語を記述したという意味での「辞書」ではなく,あくまで同時代の人々の語感が込められた(ある意味で新歴史主義的な)「辞書」ということになろう.
 私自身は LEME をまったく使いこなせていないが,様々な検索が可能なようで,一度じっくりと勉強したいと思っている.辞書編纂はいくぶんなりとも意識的な語彙の選択・使用を前提としているという点で,そうではない一般のコーパスにみられる語彙の選択・使用と比較してみるとおもしろいかもしれない.例えば,初期近代英語期に特徴的な語源的綴字 (etymological_respelling) の使用を調査するとき,辞書に示される綴字は LEME で,一般の綴字は EEBO Online corpus などで調べて比較してみるという研究が考えられる.
 初期近代英語期の辞書事情は,それ自体が英語史上の1つの研究テーマとなりうる懐の深さがある.本ブログでも,以下を始めとして多くの記事で取り上げてきた.そこで触れてきた辞書も,およそ LEME に含まれているようだ.

 ・ 「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1])
 ・ 「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1])
 ・ 「#1609. Cawdrey の辞書をデータベース化」 ([2013-09-22-1])
 ・ 「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1])
 ・ 「#610. 脱難語辞書の18世紀」 ([2010-12-28-1])
 ・ 「#1995. Mulcaster の語彙リスト "generall table" における語源的綴字」 ([2014-10-13-1])
 ・ 「#3224. Thomas Harman, A Caveat or Warening for Common Cursetors (1567)」 ([2018-02-23-1])
 ・ 「#3544. 英語辞書史の略年表」 ([2019-01-09-1])

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2020-05-07 Thu

#4028. -ant か -ent か (1) [spelling][suffix][latin][french][participle][etymological_respelling][sobokunagimon]

 英語には語尾に -ant, -ent をもつ語が多く存在します.abundant, constant, important, attendant, descendant, servant; apparent, convenient, diligent, correspondent, president, solvent 等々.典型的には行為・性質・状態などを表わす形容詞として用いられますが,そこから派生して,関係する人・物を表わす名詞として用いられることもしばしばです.形容詞や名詞として用いられるのは,これらの接尾辞がラテン語の現在分詞語尾に由来するからです.attendant とは,いわば "(a/the) attending (one)" に等しいわけです.
 -ant と -ent はラテン語の現在分詞語尾に由来すると述べましたが,正確にはそれぞれ -ans と -ens という形態でした.これらはラテン語で主格単数の屈折形なのですが,それ以外の屈折形では子音に s の代わりに t が現われ,たとえば単数対格男・女性形では -antem, -entem となります.この t が現代英語における -ant と -entt の祖先ということになります.
 さて,問題は母音字です.ae は何が違うのかということです.端的にいえば,ラテン語の動詞にはいくつかの活用パターンがあり,基体となっている動詞の活用パターンに応じて現在分詞形が -ans となるか -ens となるかが決まっていました.具体的には第1活用として分類されている動詞が -ans で,第2,3,4活用として分類されているものが -ens でした.英語に借用されてきた語では,もとのラテン語の現在分詞形に由来する母音字が継承されているというわけです.
 しかし,そう単純な話しでもありません.というのは,ラテン語で区別されていた2種の現在分詞接尾辞は,フランス語では早期に -ant へと集約されてしまっていたからです.もしそのフランス単語が英語へ借用されてきたとすれば,究極のラテン語の語源形に照らせば -ent となるはずのところが,代わりにフランス語化した -ant として英語に取り込まれたことになるからです.例えばラテン語の crescent はそのまま英語に crescent として入ってきましたが,一方でフランス語化した croissant という形でも入ってきています.ラテン語形とフランス語形の混乱は,persistentresistantsuperintendentattendant 等にもみられます.実にややこしい状況になってしまいました (Upward and Davidson 88--89) .
 結論としては,建前上ラテン語の基体の動詞の活用パターンに応じて -ant か -ent かが決まっているといえますが,実際のところは -ant へ集約させたフランス語形の干渉により,両接尾辞の間に混同と混乱が生じ,必ずしもきれいに説明できない分布となってしまったということです.
 英単語の発音としては,これらの接尾辞には強勢が置かれることはないので,発音上はともに /-ənt/ となり,区別できません.それなのに綴字上は区別しなければならないわけですから学習者泣かせです.この困難は,先に発音を習得する英語母語話者の綴字学習者にとってむしろ深刻です.例えば,ネイティブが relevant (正)ではなく relevent (誤)と綴り間違えることなど日常茶飯です(cf. 「#3889. ネイティブがよく間違えるスペリング」 ([2019-12-20-1])).ただし,さらに語尾がつくなどして長くなった派生語で,問題の接尾辞に強勢が置かれる場合には,本来の母音の音色が明確に現われます(cf. confident /ˈkɑnfɪdənt/ と confidential /ˌkɑnfɪˈdɛnʃl/ を参照).

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2020-02-16 Sun

#3947. 子音群における l の脱落 [l][phonetics][sound_change][etymological_respelling][anglo-norman][french]

 「#2027. イングランドで拡がる miuk の発音」 ([2014-11-14-1]) でみたように,目下イングランドで母音が後続しない l の母音化という音変化が進行中である.歴史的にみれば,l がある音環境において軟口蓋化を経た後に脱落していくという変化は繰り返し生じてきており,昨今の変化も l の弱化という一般的な傾向のもう1つの例とみなすことができる.
 l の脱落に関する早い例は,初期中英語期より確認される.古英語の hwylc (= "which"), ælc (= "each"), wencel (= "wench"), mycel (= "much") のように破擦音 c が隣り合う環境で l が脱落し,中英語には hwich, ech, wenche, muche として現われている.ほかに古英語 ealswa (= "as") → 中英語 als(o)/assceolde (= "should") → shudwolde (= "would") → wud なども観察され,中英語期中に主に高頻度語において l の脱落が生じていたことがわかる.近代英語期に近づくと,folkhalfpenny など,軟口蓋音や唇音の隣りの位置においても l の脱落が起こった.
 このように l の弱化は英語史における一般的な傾向と解釈してよいが,似たような変化が隣のフランス語で早くから生じていた事実には注意しておきたい.Minkova (131) が鋭く指摘している通り,英語史上の l の脱落傾向は,一応は独立した現象とみてよいが,フランス語の同変化から推進力を得ていたという可能性がある.

An important, though often ignored contributing factor in the history of /l/-loss in English is the fact that Old French and Anglo-Norman had undergone an independent vocalisation of /l/. Vocalisation of [ɫC] clusters, similar to [rC] clusters, started in OFr in the ninth century, and although the change in AN seems to have been somewhat delayed ... , the absence of /lC/ in bilingual speakers would undermine the stability of the cluster in ME. Thus we find Pamer (personal name, 1207) < AN palmer, paumer 'palmer, pilgrim', OE palm 'palm' < Lat. palma 〜 OFr paume, ME sauder, sawder < OFr soud(i)er, saudier 'soldier', sauf 'safe' < Lat. salvus. The retention of the /l/ in some modern forms, as in fault, vault is an Early ModE reversal to the original Latin form, and in some cases we find interesting alternations such as Wat, Watson, Walter.


 引用の後半にあるように,フランス語で l が脱落した効果は英語が借用した多くのフランス借用語にも反映されており,それが初期近代英語期の綴字に l を復活させる語源的綴字 (etymological_respelling) の前提を用意した,という英語史上の流れにも注意したい.一連の流れは,l の子音としての不安定さを実証しているように思われる.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-02-05 Wed

#3936. h-dropping 批判とギリシア借用語 [greek][loan_word][renaissance][inkhorn_term][emode][lexicology][h][etymological_respelling][spelling][orthography][standardisation][prescriptivism][sociolinguistics][cockney]

 Cockney 発音として知られる h-dropping を巡る問題には,深い歴史的背景がある.音変化,発音と綴字の関係,語彙借用,社会的評価など様々な観点から考察する必要があり,英語史研究において最も込み入った問題の1つといってよい.本ブログでも h の各記事で扱ってきたが,とりわけ「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]),「#1899. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (3)」 ([2014-07-09-1]),「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1]) を参照されたい.
 h-dropping への非難 (stigmatisation) が高まったのは17世紀以降,特に規範主義時代である18世紀のことである.綴字の標準化によって語源的な <h> が固定化し,発音においても対応する /h/ が実現されるべきであるという規範が広められた.h は,標準的な綴字や語源の知識(=教養)の有無を測る,社会言語学的なリトマス試験紙としての機能を獲得したのである.
 Minkova によれば,この時代に先立つルネサンス期に,明確に発音される h を含むギリシア語からの借用語が大量に流入してきたことも,h-dropping と無教養の連結を強めることに貢献しただろうという.「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]) でみたように,確かに15--17世紀にはギリシア語の学術用語が多く英語に流入した.これらの語彙は高い教養と強く結びついており,その綴字や発音に h が含まれているかどうかを知っていることは,その人の教養を示すバロメーターともなり得ただろう.ギリシア借用語の存在は,17世紀以降の h-dropping 批判のお膳立てをしたというわけだ.広い英語史的視野に裏付けられた,洞察に富む指摘だと思う.Minkova (107) を引用する.

Orthographic standardisation, especially through printing after the end of the 1470s, was an important factor shaping the later fate of ME /h-/. Until the beginning of the sixteenth century there was no evidence of association between h-dropping and social and educational status, but the attitudes began to shift in the seventeenth century, and by the eighteenth century [h-]-lessness was stigmatised in both native and borrowed words. . . . In spelling, most of the borrowed words kept initial <h->; the expanding community of literate speakers must have considered spelling authoritative enough for the reinstatement of an initial [h-] in words with an etymological and orthographic <h->. New Greek loanwords in <h->, unassimilated when passing through Renaissance Latin, flooded the language; learned words in hept(a)-, hemato-, hemi-, hex(a)-, hagio-, hypo-, hydro-, hyper-, hetero-, hysto- and words like helix, harmony, halo kept the initial aspirate in pronunciation, increasing the pool of lexical items for which h-dropping would be associated with lack of education. The combined and mutually reinforcing pressure from orthography and negative social attitudes towards h-dropping worked against the codification of h-less forms. By the end of the eighteenth century, only a set of frequently used Romance loans in which the <h-> spelling was preserved were considered legitimate without initial [h-].


 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-01-13 Mon

#3913. (偽の)語源的綴字を肯定的に評価する (2) [etymological_respelling][renaissance]

 昨日の記事 ([2020-01-12-1]) に引き続き,(偽の)語源的綴字を肯定的に評価する視点について.一昨日の記事「#3911. 言語体系は,本来非同期的な複数の時のかたちが一瞬出会った断面である」 ([2020-01-11-1]) で引用している中谷は,そもそもの論考では,明治初期に流行して20年程度で衰退した西洋様式風の建築,一般に「擬洋風」と称される建築(「築地ホテル」がその嚆矢)について,クブラーを援用しながら評価していたのだった.その視点を,英語史上の(偽の)語源的綴字の問題に対して応用してみたらおもしろそうだと思い,昨日の記事で試してみた次第である.
 そこで改めて中谷 (91) に戻ると,「擬洋風」を日本建築史のなかに肯定的に位置づけようと力説している箇所があり,はっとさせられた.そのまま(偽の)語源的綴字の評価にもつながるではないか.

 むしろ擬洋風という言葉には,何か魅惑的な野蛮さがある.様式は忠実に典型を模倣するのみならず,さまざまな意匠様式を主体的に選択しこれまでになかったような雰囲気を作り出すことが可能である.少なくとも優れた折衷主義建築を輩出した一九世紀ヨーロッパにおいては,そのような信念が存在していた.むしろ擬洋風の「擬」とは,じつはこの様式の模倣に潜在する可能性をこそ的確に表現していた,とさえいえる.
 当時の擬洋風建築をかたちづくった大工棟梁達に要請されていたのは,何か,時代が「開いた」ことを建築として示そうとする感覚である.開化のかたちは,まだいずこに行くとも知れない流動する当時の世界のなかで,利用できそうなさまざまな様式的断片をつなぎあわせ,手探りで組みたてられはじめた.以上のような意味で擬洋風建築は様式的な可能性・自由の領域,クブラーのいう開かれたシークエンスに接続しているのである.


 (偽の)語源的綴字が表わしているものは,ラテン語かぶれの俗物根性などではなく,可能性の追求であり自由の謳歌なのだ.この発想は,それこそルネサンスらしく前向きで,底抜けに明るい.

 ・ 中谷 礼仁 「一九世紀擬洋風建築とG・クブラーの系統年代について」『文化系統学への招待』中尾 央・三中 信宏(編),勁草書房,2012年.85--117頁.

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2020-01-12 Sun

#3912. (偽の)語源的綴字を肯定的に評価する (1) [etymological_respelling][silent_letter][hypercorrection][renaissance]

 doubt の <b> のような語源的綴字 (etymological_respelling) は,一般的には現代英語の抱えている「発音と綴字の乖離」問題の元凶として否定的にみられることが多い.古典を重視する16世紀の英国ルネサンスの潮流のなかで,ラテン語の語源形に存在した <b> の子音字を,崩れた英語の綴字のなかに戻してやることによって,英(単)語にラテン語風味と威信を付加したいという俗物的な時代精神の産物として説明されることが多い.そのような俗物根性ゆえに,後代の英語学習者は理不尽な黙字 (silent_letter) に付き合わされることになったしまったのだと.
 さらに,island における <s> の挿入のように,ラテン語の語源形が正しく参照されず,俗物根性だけが発揮されてしまった,偽の語源的綴字 (pseudo-etymological spelling) ,あるいは「非語源的綴字」 (unetymological spelling) の例も少なくない (cf. 「#580. island --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-28-1])).これなど,ミーハー精神丸出しの恥ずかしい過剰修正 (hypercorrection) の事例とみる向きが多い.
 しかし,昨日の記事「#3911. 言語体系は,本来非同期的な複数の時のかたちが一瞬出会った断面である」 ([2020-01-11-1]) で取り上げたクブラーの思想にしたがえば,(偽の)語源的綴字という現象は,初期近代当時の「文化形成の重要なモーメント」として肯定的に評価することもできる.結果として発音と綴字の乖離が生じたことは否定できないが,それ以上にこの現象は当時の生き生きとした言語活動の証として,「開かれたクラスすなわちシークエンス」を推し進める営みとしてみることができる.当時の英語が抱えていた威信の欠如という「問題」に対して,ラテン語にあやかるという「解答」が出されることによって,新たなシークエンスが生み出されたのだと.
 そのシークエンスを始めたプライム・オブジェクトの1つが,たとえば doubt の <b> のような著名な例だった可能性がある.この辺りから開始された一連の流れは,やがて偽の語源的綴字を生み出すまでに至ったが,これも現象の劣化とみる必要はなく,自律的な突然変異として,自然なシークエンスの一部として解釈することができる.改めて中谷 (89) より引用すれば,「プライム・オブジェクトからはじまる模倣は,完全なコピーではなく,むしろ時がたつにつれて,完全を期そうとも,伝言ゲームのように不可避的に変形し,時の流れ自体が自律的に突然変異 (mutant) をも生み出すのだ」.
 island の <s> などを指して「偽の語源的綴字」というときのネガティブな修飾語「偽の」は,クブラーの見方によれば,むしろ模倣に潜在する開かれた可能性や,自由で主体的な創造性としてポジティブに評価され得るものなのだ.発想の転換を促すすぐれた視点だと思う.

 ・ 中谷 礼仁 「一九世紀擬洋風建築とG・クブラーの系統年代について」『文化系統学への招待』中尾 央・三中 信宏(編),勁草書房,2012年.85--117頁.

Referrer (Inside): [2020-01-13-1]

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2019-11-18 Mon

#3857. 『英語教育』の連載第9回「なぜ英語のスペリングには黙字が多いのか」 [rensai][notice][silent_letter][consonant][spelling][spelling_pronunciation_gap][sound_change][phonetics][etymological_respelling][latin][standardisation][sobokunagimon][link]

 11月14日に,『英語教育』(大修館書店)の12月号が発売されました.英語史連載「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第9回となる今回の話題は「なぜ英語のスペリングには黙字が多いのか」です.

『英語教育』2019年12月号


 黙字 (silent_letter) というのは,climb, night, doubt, listen, psychology, autumn などのように,スペリング上は書かれているのに,対応する発音がないものをいいます.英単語のスペリングをくまなく探すと,実に a から z までのすべての文字について黙字として用いられている例が挙げられるともいわれ,英語学習者にとっては実に身近な問題なのです.
 今回の記事では,黙字というものが最初から存在したわけではなく,あくまで歴史のなかで生じてきた現象であること,しかも個々の黙字の事例は異なる時代に異なる要因で生じてきたものであることを易しく紹介しました.
 連載記事を読んで黙字の歴史的背景の概観をつかんでおくと,本ブログで書いてきた次のような話題を,英語史のなかに正確に位置づけながら理解することができるはずです.

 ・ 「#2518. 子音字の黙字」 ([2016-03-19-1])
 ・ 「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1])
 ・ 「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1])
 ・ 「#724. thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1])
 ・ 「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1])
 ・ 「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1])
 ・ 「#2590. <gh> を含む単語についての統計」 ([2016-05-30-1])
 ・ 「#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか?」 ([2018-06-12-1])
 ・ 「#116. 語源かぶれの綴り字 --- etymological respelling」 ([2009-08-21-1])
 ・ 「#1187. etymological respelling の具体例」 ([2012-07-27-1])
 ・ 「#579. aisle --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-27-1])
 ・ 「#580. island --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-28-1])
 ・ 「#1156. admiral の <d>」 ([2012-06-26-1])
 ・ 「#3492. address の <dd> について (1)」 ([2018-11-18-1])
 ・ 「#3493. address の <dd> について (2)」 ([2018-11-19-1])

 ・ 堀田 隆一 「なぜ英語のスペリングには黙字が多いのか」『英語教育』2019年12月号,大修館書店,2019年11月14日.62--63頁.

Referrer (Inside): [2019-12-10-1]

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2018-11-19 Mon

#3493. address の <dd> について (2) [etymological_respelling][latin][prefix][spelling]

 昨日の記事 ([2018-11-18-1]) に引き続いての話題.ラテン語の接頭辞 ad- は,続く語根の頭音に応じて ac-, af-, ag-, al-, ap-, as-, at- などと姿を変える.対応する音声の同化 (assimilation) ゆえの異形態 (allomorph) である.例として,accuse, affirm, aggression, allude, appeal, assemble, attend などが挙げられる.逆にいえば,語根の頭音との関係で音便が生じない場合に,基底形の ad- が用いられるということだ.address にせよ,上記の単語群にせよ,接頭辞の子音字が重なって綴られている.おそらくこれらのほとんどが語源的綴字 (etymological_respelling) なのではないかと睨んでいる.つまり,古フランス語や中英語では問題の子音字はおよそ1つだけで綴られていたが,初期近代英語期にかけて,語源であるラテン語形を参照して子音字をダブらせたのではないかと.
 この点について,Barnhart が断言的な記述を与えている.まずは,ズバリ address について.

The present spelling with -dd- is a refashioning of the prefix a- into ad- in English, after the Latin form, and occasionally occurs in Middle French.


 そして,より一般的な解説が ad- の見出しのもとに与えられている.

Words formed with ad- found in modern English do not always reflect a direct passage from Latin into English. The prefix ad- was transformed to a- in Old French, and so appeared in words that entered Middle English through Old French. In the 15th century many of these words were respelled with the ad- to restore the connection with Latin. . . . When the process went too far, as in advance, English acquired a d that had no historical justification.


 ・ Barnhart, Robert K. and Sol Steimetz, eds. The Barnhart Dictionary of Etymology. Bronxville, NY: The H. W. Wilson, 1988.

Referrer (Inside): [2019-11-18-1]

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2018-11-18 Sun

#3492. address の <dd> について (1) [etymological_respelling][latin][prefix][spelling][sobokunagimon]

 なぜ address では <dd> と重子音字が用いられているのかというナゾについての回答が,数日前のYahoo!知恵袋でバズっていた(住所という英単語adressとaddressどちらが正しいスペルでしょうか?).真の答えは,大名氏のツイートに端的に示されている通りだろう.初期近代英語期にバズった語源的綴字 (etymological_respelling) である.
 この発問の問題意識はわかる.フランス語や中英語では adresser, adressen などと <d> は1つであり,それでも良さそうなのに,現代英語ではなぜ <d> を重ねるのか.さらに語源的には同じラテン語の接頭辞 ad- を付したものでも,adapt, admire, adnominal, adopt, adverb などでは <d> が重なっていないという事情もある.
 Upward and Davidson (101) に,ラテン語の接頭辞 ad- の付加と関連して次の記述がみられる.

 ・ Lat AD- attached to a stem beginning with D results in Lat and ModE -DD-: add (< Lat addere), addiction, address, adduce. (OFr and ME often wrote such words with single D.)
 ・ D has been doubled in developments from Fr where there has been a stress shift to the first syllable in ModE: boudin > podyng > pudding, sodein > sodayn > sudden.
 ・ Some words with single medial D (e.g. hideous, medal, model, study) were occasionally written with DD in EModE.


 2点目と3点目の記述からわかることは,強勢位置に応じて,現代的な「綴字規則」どおりに子音字を重ねたり重ねなかったりする例が近代英語期に見られたということだ.一方,目下の話題に直接触れている1点目では,中英語や古フランス語では強勢位置の考慮がなされていたようだが,近代英語以降にはなされておらず,むしろラテン語の綴字に引きずられた結果であることが示されている.結果として成立した address, addict, adduce などの綴字は,強勢位置や母音の長さなどを反映する表音的な綴字というよりは,ad- までが接頭辞であり,それ以降の部分が語根であることを示す表形態素的な綴字というべきだろう.そして,それは語源的な綴字でもあった.
 英語史の教科書などでは,接頭辞 ad- を参照して d を復元した語源的綴字の典型例として admonish, advance, advantage, adventure, advise などがしばしば挙げられる(最後の語については「#1153. 名詞 advice,動詞 advise」 ([2012-06-23-1]) を参照).しかし,語根がすでに d で始まる今回のような語において,接頭辞にまで d を復元し,結果として <dd> となる事例にはこれまで気づかなかった.むしろ,これこそラテン語の模倣欲が炸裂した語源的綴字の好例ということができるかもしれない.とまれ,一般的に ad- 語において語源的綴字として d が挿入された事例は,これまで私が思っていたよりもかなり多いようである.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2018-10-30 Tue

#3473. 慶友会講演 (2) --- 「英語のスペリングの不思議」 [keiyukai][spelling][spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][hel_education][slide]

 昨日の記事「#3472. 慶友会講演 (1) --- 「歴史上の大事件と英語」」 ([2018-10-29-1]) に続き,10月28日に大阪慶友会で行なった講演「英語のスペリングの不思議」のスライドをアップしておきます.

   1. 「英語のスペリングの不思議」
   2. はじめに
   3. 以下の単語のスペリングの何が「不規則」?
   4. 取り上げる話題
   5. I. 515通りの through --- 中英語のスペリング
   6. 「515通りの through」の要点
   7. 1. ノルマン征服と方言スペリング
   8. ノルマン征服から英語の復権までの略史
   9. 515通りの through
   10. through 異綴りワースト10
   11. ここで素朴な疑問
   12. 6単語でみる中英語の方言スペリング
   13. <i> か <u> か <e> か
   14. busy, bury, merry, etc.
   15. 14世紀後半以降のロンドンの言語事情
   16. ここで素朴な疑問
   17. 「ランダムに見える選択」の他の例
   18. Chaucer, The Canterbury Tales の冒頭より
   19. 第7行目の写本間比較
   20. 2. スペリングの様々な改変
   21. フランス語のスペリング習慣より
   22. 縦棒回避の傾向
   23. 2重字 <sh> の歴史
   24. その他の改変
   25. 3. スペリングの再標準化の兆し
   26. 「515通りの through」のまとめ
   27. II. doubt の <b> --- 近代英語のスペリング
   28. 「doubt の <b>」の要点
   29. 1. 語源的スペリング (etymological spelling)
   30. debt の場合
   31. 語源的スペリングの例
   32. island は「非語源的」スペリング?
   33. 2. 緩慢なスペリング標準化
   34. 印刷はスペリングの標準化を促したか?
   35. 3. 近代英語期の辞書にみるスペリング
   36. Robert Cawdrey's A Table Alphabeticall (1603)
   37. Samuel Johnson's Dictionary of the English Language (1755)
   38. 「doubt の <b>」のまとめ
   39. おわりに
   40. 参考文献

Referrer (Inside): [2018-10-31-1]

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2018-07-18 Wed

#3369. island ならぬ neilond [metanalysis][spelling][etymological_respelling]

 island (島)といえば,英語史では語源的綴字 (etymological_respelling) との関係でよく話題に挙がる.本ブログでも「#580. island --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-28-1]) および「#3227. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第4回「doubt の <b>--- 近代英語のスペリング」」 ([2018-02-26-1]) のスライドの6ページで取り上げてきた.<s> の挿入はある種の語源の勘違いに基づくものであり,むしろ「非語源的綴字」 (unetymological spelling) と呼ぶべき例である.
 island に関して,もう1つあまり知られていない歴史的な語形があったことを紹介したい.先行する冠詞などの語尾との間における異分析 (metanalysis) の結果生じた,neiland のような語形である.つまり,an eilonda neilond などと「誤って」切り分けられた結果として生じた語形である.中英語では,MEDīlōnd (n.) にも記述があるように,atten "at the" に後続するケースなどでも例があったようだ.私が実地で見つけたのは,The Bestiary からである.Cathegrande (鯨)があたかも1つの neilond (島)であるかのようだと述べられるシーンである.

a1300(a1250) Bestiary (Arun 292) 387: Cethegrande is a fis..ðat tu wuldest seien get, gef ðu it soge wan it flet, ðat it were a neilond.


 また,水上に浮かぶ島ではなくとも,低地を指して,地名のなかでこの語を用いる慣習があったようで,中英語期の地名として Neiland も見えることから,部分的には n を語頭にもつ異分析形も,ある程度は流通していたのかもしれない.このことは,第1音節の語源である īeg-ēa がもはや「水,川」の意味をもつ形態素であるという感覚が薄れていたことを示唆する.そして,それは数世紀後に非語源的な <s> が挿入されて <island> が成立するための前提条件でもあるのだ.

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2018-06-16 Sat

#3337. Mulcaster の語彙リスト "generall table" における語源的綴字 (2) [mulcaster][spelling][etymological_respelling][lexicography][dictionary][orthography]

 標題は「#1995. Mulcaster の語彙リスト "generall table" における語源的綴字」 ([2014-10-13-1]) で取り上げたが,Mulcaster の <ph> の扱いについて気づいたことがあるので補足する.
 Richard Mulcaster (1530?--1611) が1582年に出版した The first part of the elementarie vvhich entreateth chefelie of the right writing of our English tung, set furth by Richard Mulcaster の "Generall Table" には,彼の提案する単語の綴字が列挙されている.この語彙リストは,EEBO TCP, The first part of the elementarie のページTHE GENERAL TABLE CAP. XXV. より閲覧することができる.  *  *
 このリストから <ph> で始まる一群の単語が掲載されている箇所をみると,Phantasie, phantasticall, pheasant, phisician, pharisie, phisiognomie, philip, phrensie, philosophie, phenix の10語に対して一括してカッコがあり,"vvhy not all these vvith f" と注記がある.

Mulcaster's Proposal of <f> for <ph>

 概していえば Mulcaster は語源的綴字の受け入れに消極的であり,これらの <ph> 語も,注記から示唆されるように,本心としては <f> で綴りたかったのかもしれない.実際,<f> の項では,fantsie, fantasie, fantastik, fantasticall, feasant, frensie が挙げられている(しかし,これは先の10語のすべてではない).
 現代の私たちは歴史の後知恵で結果を知っているが,Mulcaster の <f> に関するこの提案が実を結んだのは,上の10語のうち fantasy, fantastical, frenzy の3語のみである.これは,語源的綴字の後世への影響力が概して大きかったことを物語っているといえよう.

Referrer (Inside): [2020-02-14-1]

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2018-06-12 Tue

#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか? [indo-european][etymological_respelling][latin][french][renaissance][spelling_pronunciation_gap][silent_letter][sobokunagimon]

 語源的綴字 (etymological_respelling) については,本ブログでも広く深く論じてきたが,その最たる代表例といってもよい b を含む doubt (うたがう)を取り上げよう.
 doubt の語源をひもとくと,ラテン語 dubitāre に遡る.このラテン単語は,印欧祖語で「2」を表わす *dwo- の語根(英語の two と同根)を含んでいる.「2つの選択肢の間で選ばなければならない」状態が,「ためらう」「おそれる」「うたがう」などの語義を派生させた.
 その後,このラテン単語は,古フランス語へ douter 「おそれる」「うたがう」として継承された.母音に挟まれたもともとの b が,古フランス語の段階までに音声上摩耗し,消失していることに注意されたい.したがって,古フランス語では発音においても綴字においても b は現われなくなっていた.
 この古フランス語形が,1200年頃にほぼそのまま中英語へ借用され,英単語としての doute(n) が生まれた(フランス語の不定詞語尾の -er を,対応する英語の語尾の -en に替えて取り込んだ).正確にいえば,13世紀の第2四半世紀に書かれた Ancrene Wisse に直接ラテン語綴字を参照したとおぼしき doubt の例がみつかるのだが,これは稀な例外と考えてよい.
 その後,15世紀になると,英語でも直接ラテン語綴字を参照して b を補う語源的綴字 (etymological_respelling) の使用例が現われる.16世紀に始まる英国ルネサンスは,ラテン語を中心とする古典語への傾倒が深まり,一般に語源的綴字も急増した時代だが,実際にはそれに先駆けて15世紀中,場合によっては14世紀以前からラテン語への傾斜は見られ,語源的綴字も散発的に現われてきていた.しかし,b を新たに挿入した doubt の綴字が本格的に展開してくるのは,確かに16世紀以降のことといってよい.
 このようにして初期近代にdoubt の綴字が一般化し,後に標準化するに至ったが,発音については従来の b なしの発音が現在にまで継続している.b の発音(の有無)に関する同時代の示唆的なコメントは,「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1]) で紹介した通りである.
 もう1つ触れておくべきは,実はフランス語側でも,13世紀末という早い段階で,すでに語源的綴字を入れた doubter が例証されていることだ.中英語期に英仏(語)の関係が密だったことを考えれば,英語については,直接ラテン語綴字を参照したルートのほかに,ラテン語綴字を参照したフランス語綴字に倣ったというルートも想定できることになる.これについては,「#2058. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (1)」 ([2014-12-15-1]) や Hotta (51ff) を参照されたい.

 ・ Hotta, Ryuichi. "Etymological Respellings on the Eve of Spelling Standardisation." Studies in Medieval English Language and Literature 30 (2015): 41--58.

Referrer (Inside): [2019-11-18-1] [2019-05-22-1]

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2018-06-04 Mon

#3325. 「ヴ」は日本語版の語源的綴字といえるかも? [etymological_respelling][japanese][silent_letter]

 英語史における語源的綴字について,本ブログでは etymological_respelling の各記事で取り上げてきた(ほかに,「圧倒的腹落ち感!英語の発音と綴りが一致しない理由を専門家に聞きに行ったら,犯人は中世から近代にかけての「見栄」と「惰性」だった。」もどうぞ).
 先日ふと思いついたのだが,日本語の「ヴァイオリン」「ヴィジュアル」「ヴードゥー」「ヴェテラン」「ヴォーカル」などに用いられようになってきた「ヴ」の表記は,1種の「語源的綴字」といえないだろうか.一昔前までは「バイオリン」「ビジュアル」「ブードゥー」「ボーカル」と表記するのが普通だったが,近年は「ヴ」も増えてきた.しかし,「ヴ」で表記されているのを音読する場合に,必ずしも [v] では発音しておらず [b] の場合も多いのではないか.この場合,表記上は外来語(英語)気取りで「ヴ」を用いているが,発音は従来通り [b] を続けていることになる.英単語の doubt, receipt, indict などにおいて,ラテン語の語源形を参照して,表記上は <b>, <p>, <c> を挿入したものの,その挿入は発音には反映されず,従来の発音がその後も続いたという状況に似ている.
 英語の例の場合には,doubt のように,ある文字が挿入された結果,黙字 (silent_letter) が生じるに至ったケースが多く,日本語においてバ行表記がヴァ行表記に書き換えられ,発音はバ行で据え置かれたケースとは事情は異なっているようにみえるかもしれない.しかし英語にも,黙字の発生する doubt のような典型的な例ばかりではなく,amatistamethyst, autoriteauthority, tronethrone のように <t> が <th> に書き換えられ,発音がそれに応じて変わったケースはもとより,timethyme のように発音が [t] に据え置かれたケースもある (cf. AntonieAnthony) .この thyme のケースなどは,「ヴァイオリン」と表記して「バイオリン」と発音するケースに事情が酷似している.
 「ヴァイオリン」の問題と関連して,[v] と [b] が関与する例は,なんと英語にもある.現代英語の describe は,中英語ではフランス語形 descrivre にならって descriven と <v> で綴られるのが普通だったが,中英語後期以降に,ラテン語の語源形 dēscrībere を参照した <b> を含む形が一般化してきた.これなども,<b> で綴られるようになってからも,しばらくは従来の /v/ で発音されていたのではないだろうか.

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2018-03-05 Mon

#3234. 「言語と人間」研究会 (HLC) の春期セミナーで標準英語の発達について話しました [notice][academic_conference][standardisation][slide][ame_bre][etymological_respelling][3sp][sociolinguistics][history_of_linguistics][link]

 [2018-02-12-1]の記事で通知したように,昨日3月4日に桜美林大学四谷キャンパスにて「言語と人間」研究会 (HLC)春期セミナーの一環として,「『良い英語』としての標準英語の発達―語彙,綴字,文法を通時的・複線的に追う―」と題するお話しをさせていただきました.足を運んでくださった方々,主催者の方々に,御礼申し上げます.私にとっても英語の標準化について考え直すよい機会となりました.
 スライド資料を用いて話し,その資料は上記の研究会ホームページ上に置かせてもらいましたが,資料へのリンクをこちらからも張っておきます.スライド内からは本ブログ内外へ多数のリンクを張り巡らせていますので,リンク集としてもどうぞ.

   1. 「言語と人間」研究会 (HLC) 第43回春季セミナー 「ことばにとって『良さ』とは何か」「良い英語」としての標準英語の発達--- 語彙,綴字,文法を通時的・複線的に追う---
   2. 序論:標準英語を相対化する視点
   3.  標準英語 (Standard English) とは?
   4.   標準英語=「良い英語」
   5.   標準英語を相対化する視点の出現
   6.  言語学の様々な分野と方法論の発達
   7.   20世紀後半〜21世紀初頭の言語学の関心の推移
   8. 標準英語の形成の歴史
   9.   標準語に軸足をおいた Blake の英語史時代区分
   10.   英語の標準化サイクル
   11.  部門別の標準形成の概要
   12.  Milroy and Milroy による標準化の7段階
   13.   Haugen による標準化の4段階
   14. ケース・スタディ (1) 語彙 -- autumn vs fall
   15.  両語の歴史
   16. ケース・スタディ (2) 綴字 -- 語源的綴字 (etymological spelling)
   17.  debt の場合
   18.  語源的綴字の例
   19.  フランス語でも語源的スペリングが・・・
   20.  その後の発音の「追随」:fault の場合
   21.  語源的綴字が出現した歴史的背景
   22.  EEBO Corpus で目下調査中
   23. ケース・スタディ (3) 文法 -- 3単現の -s
   24.  古英語の動詞の屈折:lufian (to love) の場合
   25.  中英語の屈折
   26.  中英語から初期近代英語にかけての諸問題
   27. 諸問題の意義
   28.  標準化と3単現の -s
   29.  3つのケーススタディを振り返って
   30. 結論
   31. 主要参考文献

Referrer (Inside): [2019-09-02-1]

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2018-03-01 Thu

#3230. indict の語源的綴字 [etymological_respelling][spelling][pronunciation][silent_letter][spelling_pronunciation_gap][doublet]

 語源的綴字 (etymological_respelling) の代表例の1つとして名高いこの単語の発音は /ɪnˈdaɪt/ である.綴字としては <c> があるのに発音しない,いわゆる黙字 (silent_letter) を含む例である.最近,この話題が Merriam-Webster サイトの単語コーナーで Why Do We Skip The "C" in "Indict"? として取りあげられた.以下に,引用しておこう.

Why do we pronounce indict /in-DYTE/? Other legal terms in English that share the Latin root dicere ("to say") are pronounced as they are spelled: edict, interdict, verdict.

Indict means "to formally decide that someone should be put on trial for a crime." It comes from the Latin word that means "to proclaim."

We pronounce this word /in-DYTE/ because its original spelling in English was endite, a spelling that was used for 300 years before scholars decided to make it look more like its Latin root word, indictare. Our pronunciation still reflects the original English spelling.

The other words ending in -dict were either borrowed directly from Latin or the English pronunciation shifted when they were respelled to reflect a closer relationship to Latin.


 ラテン語形を模して <c> が挿入されたものの発音が追随しなかった indict に対し,綴字と発音が結果的に一致した -dict 語の例として edict, interdict, verdict が挙げられている.しかし,実際には -dict に限らず,より広く ct を示す語について語源的綴字としての <c> の挿入が確認され,その綴字にしたがって発音は /kt/ に対応する結果となっている.例として,conduct (ME conduit), distracted (ME distrait), perfect (ME parfit), subject (ME suget), victual (ME citaile) などを挙げておこう.<t> → <ct> は,語源的綴字の典型的なパターンの1つだったといえる(cf. 「#1944. 語源的綴字の類型」 ([2014-08-23-1])).
 ただ1つ注意しておきたいのは,《古風》ではあるが「(詩・文)を作る;書く」という意味で indite/endite という姉妹語も存在することである.indictindite は,したがって2重語 (doublet) ということになる.

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2018-02-26 Mon

#3227. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第4回「doubt の <b>--- 近代英語のスペリング」 [slide][spelling][spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][emode][renaissance][standardisation][orthography][lexicography][hel_education][link][asacul]

 朝日カルチャーセンター新宿教室の講座「スペリングでたどる英語の歴史」(全5回)の第4回が,2月24日(土)に開かれました.今回は「doubt の <b>--- 近代英語のスペリング」と題して,近代英語期(1500--1900年)のスペリング事情を概説しました.講座で用いたスライド資料をこちらにアップしておきます.
 今回の要点は以下の3つです.

 ・ ルネサンス期にラテン語かぶれしたスペリングが多く出現
 ・ スペリング標準化は14世紀末から18世紀半ばにかけての息の長い営みだった
 ・ 近代英語期の辞書においても,スペリング標準化は完全には達成されていない

 とりわけ語源的スペリングについては,本ブログでも数多くの記事で取り上げてきたので,etymological_respelling の話題をご覧ください.以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.各スライドは,ブログ記事へのリンク集としても使えます.

   1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第4回 doubt の <b>--- 近代英語のスペリング
   2. 要点
   3. (1) 語源的スペリング (etymological spelling)
   4. debt の場合
   5. 語源的スペリングの例
   6. island は「非語源的」スペリング?
   7. 語源的スペリングの礼賛者 Holofernes
   8. その後の発音の「追随」:fault の場合
   9. フランス語でも語源的スペリングが・・・
   10. スペリングの機能は表語
   11. (2) 緩慢なスペリング標準化
   12. 印刷はスペリングの標準化を促したか?
   13. (3) 近代英語期の辞書にみるスペリング
   14. Robert Cawdrey's A Table Alphabeticall (1603)
   15. Samuel Johnson's Dictionary of the English Language (1755)
   16. まとめ
   17. 参考文献

Referrer (Inside): [2018-07-18-1]

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