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passive - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-10-26 08:42

2021-04-27 Tue

#4383. be surprised at ではなく be surprised by も実は流行ってきている [hel_education][link][khelf][passive][preposition][corpus][clmet][lmode][oed][khelf_hel_intro_2021]

 この4月を通じて宣伝してきた「英語史導入企画2021」も,そろそろ折り返し地点にたどり着きます.大学院と学部の英語史ゼミのメンバーが日々「英語史コンテンツ」を提供するという,年度初め限定のキャンペーンを展開しています.
 4月6日に公表された初回コンテンツは,「#4362. 「英語史導入企画2021」がオープンしました」 ([2021-04-06-1]) で紹介した「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(1)」でした.英語学習者の誰もが習う be surprised at ですが,最近では be surprised by も多くなっているという衝撃の事実(?)を指摘した大学院生によるコンテンツでした.
 それを受けて昨日アップされたのは,同院生による第2弾「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(2)」です.前回は現代英語の諸変種に焦点を当てた「共時的」な内容でしたが,今回はいよいよ英語史的の醍醐味ともいえる「通時的」なアプローチでの分析です.おお,そうなのか!という驚きの事実が明らかになります.英語史導入企画としてナイスです,ぜひどうぞ.
 私もその洞察に刺激を受け,18--19世紀辺りの分布はどうだったのだろうと,後期近代英語のコーパス CLMET3.0 でちらっと検索してみました.70年刻みの3期に分け,(be 動詞はあえて指定せず)surprised atsurprised by でヒット数を単純に比較してみました.

Periodsurprised atsurprised by
1710--178015840
1780--185018955
1850--192015730


 この時代には surprised by はまだ全体の2,3割程度だったということになります.上記のコンテンツによれば,その後 surprised by が20世紀後半から伸張してきたということで,ますます目を離せない追い上げといってよいですね.なお,コンテンツ内でも触れられている通り,この問題に関する本格的な研究として以下のものがありますので,改めて明記しておきます.

 ・ Taketazu, Susumu. Psychological Passives and the Agentive Prepositions in English: A Historical Study. Tokyo: Kaibunsha, 2019.

 今回のコンテンツは,英語史学習への導入としてはややハイレベルだったかもしれませんが,英語史研究への導入としては,基本的ながらもたいへん重要な指摘を多く含んでいると思いました.5点ほど挙げれば次のようになるでしょうか.

 ・ 英語史研究にはコーパス利用がたいへん有効であること
 ・ 同じく OED (= Oxford English Dictionary) の利用が不可欠であること
 ・ ただし,これらから得られた情報は,単純に結論につなげるのではなく,慎重に分析し議論することが必要であること
 ・ 言語は常に変化しているということ
 ・ 新しいと思っていた表現が,実は古くから用いられたということ

 「英語史導入企画2021」はまだまだ続きます.引き続きよろしくお願い致します.

Referrer (Inside): [2021-08-09-1]

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2021-04-06 Tue

#4362. 「英語史導入企画2021」がオープンしました [hel_education][link][khelf][passive][preposition][khelf_hel_intro_2021][notice]

 4月1日に「#4357. 新年度の英語史導入キャンペーンを開始します」 ([2021-04-01-1]) と宣言して以来,英語史の学びを促す記事を書き続けていますが,一人で続けるのでは息切れしてしまいます.ということで,慶應義塾大学文学部および文学研究科に在籍している英語史を専攻するゼミの学部生・院生より力を借りることにしました.この趣旨で,実はすでに昨日から「英語史導入企画2021」なるものが立ち上がっています.
 私のゼミにて英語史を学ぶ学部生・院生,ゼミ卒業生,その他少数の関係者からなる緩いフォーラムが存在しており,非公式に khelf (= Keio History of the English Language Forum) と称しています.作成途中ながら,そのホームページもありますのでご覧ください.今回の企画の協力者は,ほかならぬこの khelf メンバーたちです.
 この企画について,「英語史導入企画2021」ページより説明を転載します.

2021年度がスタートしました.本年度も khelf としての活動に力を入れていきます.

年度初めの4月,5月は,学生も教員も一般人も新しい学びに積極的になる時期です.そこで,英語史を専攻する私たち khelf メンバー(大学院と学部のゼミ生たちが中心)が発信元となって,英語史という分野とその魅力を世の中に広く伝えるべく,何らかの「コンテンツ」を毎日1つずつウェブ上に公表していこうという「英語史導入企画2021」を立てました.

4月5日(月)から始めて5月下旬まで,日曜日を除く毎日更新していく予定です.「こんなに身近なトピックが英語史の入口になり得るのか」とか「こんな他愛のない問題について真剣に学問している集団があるのか」とか,様々に感じてもらい,英語史に関心をもってもらえればと思います.

コンテンツはリンクフリーですが,コンテンツ提供者(匿名)である khelf メンバー(大学院と学部のゼミ生たちが中心)の学習・研究・教育活動にご理解とご協力をお願い致します.


 昨日アップロードされた第1回コンテンツは,大学院生による「be surprised at―アッと驚くのはもう古い?(1)」です.英語学習者であれば必ず学習しているはずの熟語 be surprised at の前置詞 at に関して,意外な事実が明らかにされます.この意外な事実をコーパスを駆使して明らかにするという内容です.昨今の英語史研究のトレンドである World Englishes の視点も取り入れており,とても参考になります.受動態の動作主に用いられる前置詞の歴史については,本ブログより ##1333,1350,1351,2269 もご参照ください.
 本ブログも,「英語史導入企画2021」上に日々アップされてくるコンテンツと連動する形で英語史の魅力の発信に努めていきたいと思います.企画ともども,よろしくお願い致します.

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2021-02-18 Thu

#4315. 能格言語の発想から英語をみる [ergative][case][middle_voice][passive][voice][semantic_role]

 昨日の記事「#4314. 能格言語は言語の2割を占める」 ([2021-02-17-1]) にて,統語意味論的なカテゴリーとしての能格 (ergative) に触れた.英語は能格言語ではなく対格言語であり,直接には関係しない話題とも思われるかもしれないが,能格性 (ergativity) という観点から英語を見直してみると,新鮮な発見がある.動詞の自他の問題と密接に関わってくるし,受動態 (passive) や中動態 (middle_voice) の問題とも深く交わる.実際,動詞の自他の区別は英語の動詞や構文を考える際の伝統的で基本的な見方を提供してくれているが,これを能格性の視点から見直すと,景色がガランと変わってくるのだ.
 Malmkjær (532) の "Ergativity" の項の一部を引用する.

Complementary to the transitive model of the grammar is the ergative model, an additional property of the system of transivitity, which foregrounds the role of Agency in providing a 'generalised representational structure common to every English clause' (Halliday and Matthiessen 2004: 281). This system is simultaneous with those of process type and circumstance . . . . Here the key variable is not a model of extension, as in transitivity, but of causation: 'The question at issue is: is the process brought about from within, or from outside?' (Halliday and Matthiessen 2004: 287). Every process must have one participant central to the actualisation of the process; 'without which there would be no process at all' (Halliday and Matthiessen 2004: 288). This is the Medium and along with the process forms the nucleus of the clause. The Medium is obligatory and is the only necessary participant, if the process is represented as being self-engendering. If the process is engendered from outside, then there is an additional participant, the Agent. Options in the ergative model of transitivity define the voice, or agency, of the clause. A clause with no feature of 'agency' is neither active nor passive but middle (for example, Europeans arrives). One with agency is non-middle, or effective, in agency (for example, Europeans invaded Australia). An effective clause is then either operative or receptive in voice. In an operative clause, the Subject is the Agent and the process is realised by an active verbal group; in a receptive clause the Subject is the Medium and the process is realised by a passive verbal group (Australia was invaded by Europeans) (Halliday and Matthiessen 2004: 297).


 昨日も触れたように,世界の諸言語には対格言語 (accusative language) と能格言語 (ergative language) という2大タイプがある.各々 transitivity 重視の言語と ergativity 重視の言語と言い換えてもよい.文法観の大きく異なるタイプではあるが,一方に属する言語を他方の発想で眺めてみると,新たな洞察が得られる.結局のところ,人間が言語で表現したいことを表現する方法には少数のパターンしかなく,表面的には異なっているようにみえても,それはコード化の方法を少しく違えているにすぎない,と評することもできそうだ.

 ・ Malmkjær, Kirsten, ed. The Routledge Linguistics Encyclopedia. 3rd ed. London and New York: Routledge, 2010.
 ・ Halliday, M. A. K. and Matthiessen, C. M. I.M. An Introduction to Functional Grammar. 3rd ed. London: Edward Arnold, 2004.

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2020-12-28 Mon

#4263. XXX Made Easy というタイトル (1) [syntax][adjective][construction][flat_adverb][passive][participle]

 数週間前にゼミ生の間で盛り上がった話題を紹介したい.Time 誌The Best Inventions of 2020 に,圧力釜調理器 Chef iQ Smart Cooker という商品が取り上げられていたという.こちらのページでフィーチャーされているが,問題はそのタイトル "Meals Made Easy" である.これはどのような構文であり,どのような意味なのだろうか.
 数日間,学生のあいだで様々に議論がなされ,大変おもしろかった.小さなことではあれ,日々の生活のなかで抱いた疑問を披露し,皆で議論するというのは,とても贅沢で大事な体験.素晴らしい!
 では,改めて本題に.話し合いの結果,出された意見は様々だった.「簡単に作られた食事」という意味で easy は実は単純副詞 (flat_adverb) なのでないかという見解が出された一方,使役の make の受け身構文であり easy はあくまで形容詞として用いられており「簡単にされた食事」ほどであるという見方もあった.全体として「楽ちんご飯」ほどのニュアンスだろうということは皆わかっているけれども,文法的に納得のいく説明は難しい,といったところで議論が打ち止めとなった.
 結論からいえば,これは使役の make の受け身構文である.伝統文法でいえば第5文型 SVOC がベースとなっている.(This cooker) makes meals easy. ほどを念頭におくとよい.これを受け身にすると "Meals are made easy (by this cooker)." となる.タイトルとして全体を名詞句にすべく,meals を主要部として "Meals Made Easy" というわけだ.
 しかし,これではちょっと意味が分からないといえば確かにそうだ.make は「〜を作る」の語義ではなく,あくまで使役の「〜を…にさせる」の語義で用いられていることになるからだ.make meals 「食事を作る」ならば話しは分かりやすい(ただし,この collocation もあまりないようだ).だが,そうではなく make meals easy = cause meals to be easy という関係,つまり「食事を簡単にさせる」ということなのである.別の言い方をすれば meals = easy という関係になる.「食事」=「簡単」というのはどういうことだろうか.「食事の用意」=「簡単」というのであれば,とてもよく分かる.この点は引っかからないだろうか.
 実は XXX Made Easy という表現は,入門書や宣伝・広告などのタイトルに常用される一種の定型句である.日本語でいえば『○○入門』『誰でもわかる○○』『単純明快○○』といったところだ.XXX や○○には,スキル,趣味,科目,注目の話題など様々な語句が入る.BNCweb にて "made easy" を単純検索するだけでも,冗談めいたものから不穏なものまで,いろいろと挙がってくる.

 ・ Harvesting and storing made easy
 ・ MIDDLE EAST DISTRIBUTION MADE EASY
 ・ Suicide made easy
 ・ FLOOR TILING MADE EASY
 ・ COSMETICS MADE EASY
 ・ Sheep counting made easy
 ・ Financial Analysis Made Easy
 ・ Mechanics Made Easy

 実際に出版されている本のタイトルでいえば,ボキャビルのための Word Power Made Easy もあれば,Math Made Easy などの学科ものも定番だし,Japanese cookbook for beginners: 100 Classic and Modern Recipes Made Easy のような料理ものも多い.AUSTRALIAN COOKBOOK: BOOK1, FOR BEGINNERS MADE EASY STEP BY STEP 辺りは構文が取りやすいのではないか.XXX Made SimpleXXX Simplified も探せば見つかる.
 上記より XXX や○○は「作る」 (make) 対象である必要はまったくない.むしろ何らかの意味で習得・克服すべき対象であれば何でもよい.ということで,"Meals Made Easy" も「お食事入門」≒「楽ちんご飯」ほどとなるわけである.

Referrer (Inside): [2020-12-29-1]

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2020-11-06 Fri

#4211. 印欧語は「出来事を描写する言語」から「行為者を確定する言語」へ [indo-european][person][verb][voice][impersonal_verb][middle_voice][passive][fetishism]

 連日の記事で,國分(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』の議論を紹介している(cf. 「#4205. 國分功一郎(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』」 ([2020-10-31-1]),「#4207. 「先に名詞ありき,遅れて動詞が生じた」説」 ([2020-11-02-1]),「#4208. It rains. は行為者不在で「降雨がある」ほどの意」 ([2020-11-03-1]),「#4210. 人称の出現は3人称に始まり,後に1,2人称へと展開した?」 ([2020-11-05-1])).最近,学生たちと動詞について広く議論しているところだったので,動詞の理解を深めるのにおおいに参考とさせてもらっている.
 國分 (175--76) は,動詞のあり方という観点から,印欧語の(前史を含んだ)長い歴史を,標記のように提示している.大きな仮説だが,これは認知言語学的な観点からみてもきわめて示唆に富む(以下では原文の太字あるいは圏点を太字で示している).

     出来事が主,行為者が従だった時代

 われわれは一万年以上に及ぶかもしれぬ長大な歴史を俯瞰した.
 では,「共通基語」の時代よりも前の状態から始まるインド=ヨーロッパ語の変化の歴史を,以上のように動詞および態の変化という観点から眺めたとき,そこに見出される方向性とは何か? この途方のない問いにあえて答えてみよう.
 この変化の歴史の一側面を,出来事を描写する言語から,行為者を確定する言語への以降の歴史として描き出せるように思われる.
 名詞的構文の時代,動作は単なる出来事として描かれた.そこから生まれた動詞も,当初は非人称形態にあり,動作の行為者ではなくて出来事そのものを記述していた.
 だが動詞は後に人称を獲得し,それによって,動詞が示す行為や状態を主語に結びつける発想の基礎がそこに生まれる.とはいえ,動詞がその後に態という形態を獲得した後も,動詞と行為者との関係については,動作プロセスの内側に行為者がいるのか,それともその外側にいるのかが問われるままに留まっていた.そこにあったのは能動と中動の区分だったからだ.
 だがその後,動詞はより強い意味で行為を行為者に結びつけるようになる.能動と受動の区別によって,行為者が自分でやったのかどうかが問われるようになるからだ.


 この仮説によると,印欧語は,動詞の表わす動作そのものに注目する言語から,動作の主は誰なのかに異常な関心を示す言語へと化けたことになる.國分 (178) は上の引用の後の節で,行き着いた先の言語を「出来事を私有化する言語」とも呼んでいる.
 現代英語に照らしていえば,主語と目的語,自動詞と他動詞,能動態と受動態など,種々の統語的差異に神経質な言語となっているが,それは「動作の行為者を確定させたいフェチ」の言語だからということになろうか.

 ・ 國分 功一郎 『中動態の世界 意志と責任の考古学』 医学書院,2017年.

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2020-10-31 Sat

#4205. 國分功一郎(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』 [philosophy_of_language][voice][middle_voice][passive][review]

 國分功一郎(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』を読了した.「中動態」 (middle_voice) あるいは「中間態」とも呼ばれる,古くは印欧語族に広くみられた態 (voice) に関する哲学的考察である.
 現代人の多くには馴染みの薄い態であるが,古代ギリシア語では一般的によくみられ,現代の印欧諸語にも何らかの形で残滓が残っている.また,日本語の「自発」を表わす動詞の表現なども,中動態の一種といえる.本ブログでは「#232. 英語史の時代区分の歴史 (1)」 ([2009-12-15-1]),「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]),「#3331. 印欧祖語からゲルマン祖語への動詞の文法範疇の再編成」 ([2018-06-10-1]) 等でその名称には触れたものの,まともに取り上げたことはなかった話題である.
 本書を分かりやすく要約することは至難の業だが,著者の最大の主張は,私たちが当たり前のようにみなしている能動態と受動態の対立を疑ってみようという呼びかけである.能動態と受動態の対立に慣れきっていると,中動態は,文字通り中間的な,立ち位置のよく分からないどっちつかずの存在であるようにみえる.しかし,それは対立の軸がずれているからではないか.対立させるべきは,能動態と受動態を合わせた1つの態と,中動態というもう1つの態なのではないか.中動態は何かの中間なのではなく,むしろ能動態と鋭く対立する態なのではないか.本書では,前半からこのような目から鱗の落ちるような議論が展開される.pp. 82--83 より著者の主張を引用しよう(以下では原文の圏点は太字で示している).

中動態を定義するためには,われわれがそのなかに浸かってしまって能動対受動というパースペクティヴを一度括弧に入れたうえで,かつて中動態が置かれていたパースペクティヴを復元しなければならないのだった.より具体的に言えば,その作業は,中動態をそれ単独としてではなくて,能動態との対立において定義することを意味する.
 するとここにもう一つ別の課題が現れる.
 中動態が能動態との対立においてその意味を確定していたのならば,まったく同じように,能動態もまた中動態との対立においてその意味を確定していたはずである.だとしたら,中動態と対立していたときの能動態を,現在のパースペクティヴにおける能動態と同一視してはならないことになる.中動態を定義するためには,中動態と対立していた能動態も定義し直さなければならないはずだ.
 われわれがそのなかに浸っているパースペクティヴを括弧に入れるとは,そのようなことを意味する.中動態を問うためには,われわれが無意識に採用している枠組みわれわれ自身を規定している諸条件を問わねばならないのだ.


 このように従来の態の見方を転倒させるような洞察が本書の最後まで続く.そのなかには,印欧語では動詞構文より前に名詞構文があったのではないかという仮説もあれば,中動態こそが原初の態だったのではないかという仮説もある.あらためて言語における態とは何なのかを問わずにはいられなくなる論考である.

 ・ 國分 功一郎 『中動態の世界 意志と責任の考古学』 医学書院,2017年.

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2020-08-04 Tue

#4117. It's very kind of you to come.of の用法は歴史的には「行為者」 [preposition][syntax][infinitive][construction][adjective][semantics][passive]

 昨日の記事「#4116. It's very kind of you to come.of の用法は?」 ([2020-08-03-1]) の続編.共時的にはすっきりしない of の用法だが,歴史的にみるとおよそ解決する.今回は,この構文と of の用法について歴史的にひもといて行こう.
 OED の of, prep. によると,この用法の of は,"V. Indicating the agent or doer." という大区分の下で語義16に挙げられている.

16. Indicating the doer of something characterized by an adjective: following an adjective alone, as foolish, good, rude, stupid, unkind, wise, wrong (or any other adjective with which conduct can be described); †following an adjective qualifying a noun, as a cruel act, a cunning trick, a kind deed, an odd thing; †following a past participle qualified by an adverb, as cleverly managed, ill conceived, well done.
   Usually followed by to do (something), as in it was kind of you (i.e. a kind act or thing done by you) to help him etc., and less frequently by †that, both constructions introducing the logical subject or object of the statement, e.g. It was kind of him to tell me = His telling me was a thing kindly done by him.


 「行為者」の of といわれても,にわかには納得しがたいかもしれない.標題の文でいえば,確かに youcome の意味上の主語であり,したがって行為者ともいえる.しかし,それであれば for 句を用いた It is important for him to get the job. (彼が職を得ることは重要なことだ.)にしても,himget の意味上の主語であり行為者でもあるから,offor の用法の違いが出ない.2つの前置詞が同一の用法をもつこと自体はあり得るにせよ,なぜそうなるのかの説明が欲しい.
 OED からの引用に記述されている歴史的背景を丁寧に読み解けば,なぜ「行為者の of」なのかが分かってくる.この用法の of の最初期の例は,どうやら形容詞の直後に続くというよりも,形容詞を含む名詞句の直後に続いたようなのである.つまり,It's a very kind thing of you to come. のような構文が原型だったと考えられる.だが,この原型の構文も初出は意外と遅く,初期近代英語期に遡るにすぎない.以下,OED より最初期の数例を挙げておこう.

1532 W. Tyndale Expos. & Notes 73 Is it not a blind thing of the world that either they will do no good works,..or will..have the glory themselves?
a1593 C. Marlowe Jew of Malta (1633) iv. v 'Tis a strange thing of that Iew, he lives upon pickled grasshoppers.
1603 W. Shakespeare Hamlet iii. ii. 101 It was a brute parte of him, To kill so capitall a calfe.
1668 H. More Divine Dialogues ii. 383 That's a very odd thing of the men of Arcladam.
1733 J. Tull Horse-hoing Husbandry 266 Is it not very unfair of Equivocus to represent [etc.]?
1766 H. Brooke Fool of Quality I. iv. 145 Indeed, it was very naughty of him.


 最初の4例は「形容詞を含む名詞句 + of」となっている.of を "(done) by" ほどの「行為者の of」として読み替えれば理解しやすいだろう.ここで思い出したいのは,受け身の動作主を表わす前置詞は,現代でこそ by が一般的だが,中英語から初期近代英語にかけては,むしろ of が幅を利かせていた事実だ.当時は現代以上に of = "done by",すなわち「行為者の of」の感覚が濃厚だったのである(cf. 「#1350. 受動態の動作主に用いられる of」 ([2013-01-06-1]),「#1333. 中英語で受動態の動作主に用いられた前置詞」 ([2012-12-20-1]),「#2269. 受動態の動作主に用いられた byof の競合」 ([2015-07-14-1])).
 しかし,上に挙げた最後の2例については,すでに統語的省略が生じて「形容詞 + of」の構文へと移行しており,本来の「行為者の of」の感覚も薄れてきているように見受けられる.標題の構文は,原型の構文がこのように省略され形骸化しながらも,現代まで継承されてきたものにほかならないのである.

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2019-10-15 Tue

#3823. show の元来の意味は「見せる」ではなく「見る」 [verb][semantic_change][causative][passive][voice]

 現在 show の中心的な語義は「見せる,示す」だが,古英語では基本的に「見る」 を意味した.Hall の古英語辞書で ±scēawian をみると,"look, gaze, see, behold, observe; inspect, examine, scrutinize; have respect to,look favourably on; look out, look for, choose; decree, grant" などの訳語が与えられている.最後の "decree, grant" には現代風の語義の気味も感じられるが,古英語の主たる意味は「見る」だった.
 それが,中英語にかけて「見える」や「見せる」など,受動的な語義 (passive) や使役的な語義 (causative) が発展してきた.「見せる人」「見る人」「見られる物」という,この動詞の意味に関わる参与者 (participants) 3者とその態 (voice) を取り巻く語義変化とみることができるが,なぜそのように発展することになったのかはよく分かっていない.語根は印欧祖語にさかのぼり,ゲルマン諸語でもすべて「見る」を意味してきたので,英語での発展は独自のものである.OEDshow, v. に,この件について解説がある.

In all the continental West Germanic languages the verb has the meaning 'to look at' (compare sense 1), and the complex sense development shown in English, in particular the development of the causative sense 'to cause to be seen' (which may be considered the core meaning of all the later sense branches), is unparalleled. Evidence for this development in Old English is comparatively late (none of the later sense branches is attested before the first half of the 12th cent.); however, similar uses are attested earlier (albeit rarely) for the Old English prefixed form gescēawian, especially in the phrase āre gescēawian to show respect or favour (compare quot. OE at sense 26a(a)), but also in senses 'to present, exhibit' (one isolated and disputed attestation; compare sense 3a) and 'to grant, award' (compare sense 18). The details of the semantic development are not entirely clear; perhaps from 'to look at' to 'to cause to be looked at or seen' (compare branch II.), 'to present, exhibit, display' (compare branches II. and IV.), 'to make known formally', 'to grant, award' (compare branch III.), although all of the latter senses could alternatively show a development via sense 2 ('to look for, seek out, to choose, select'). Compare also quot. OE at showing n. 2a, but it is uncertain whether this can be taken as implying earlier currency of sense 24.


 引用にもある通り,古英語にも「見せる;与える」の例は皆無ではない.OED からいくつか拾ってみると,次の如くである.

 ・ [OE Genesis A (1931) 1581 Þær he freondlice on his agenum fæder are ne wolde gesceawian.]
 ・ lOE Extracts from Gospels: John (Vesp. D.xiv) xiv. 9 in R. D.-N. Warner Early Eng. Homilies (1917) 77 Se mann þe me gesicð, he gesicð eac minne Fæder. Hwu segst þu, Sceawe us þone Fæder?
 ・ lOE Anglo-Saxon Chron. (Laud) anno 1048 Þa..sceawede him mann v nihta grið ut of lande to farenne.


 中英語になると,MEDsheuen v.(1) が示す通り,元来の「見る」の語義も残しつつ「見せる」の語義も広がってくる.初期中英語から例は挙がってくるようだ.
 非常に重要な動詞なだけに,意味変化の原因が知りたいところである.ちなみに,show は,意味だけでなくスペリング,発音,活用についても歴史的に興味深い変化を経てきた動詞だ.以下の記事を参照.

 ・ 「#1415. shewshow (1)」 ([2013-03-12-1])
 ・ 「#1416. shewshow (2)」 ([2013-03-13-1])
 ・ 「#1716. shewshow (3)」 ([2014-01-07-1])
 ・ 「#1806. ARCHER で shewshow」 ([2014-04-07-1])
 ・ 「#1727. /ju:/ の起源」 ([2014-01-18-1])
 ・ 「#3385. 中英語に弱強移行した動詞」 ([2018-08-03-1])

 ・ Hall, John R. C. A Concise Anglo-Saxon Dictionary. Rev. ed. by Herbert T. Merritt. Toronto: U of Toronto P, 1996. 1896.

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2019-03-17 Sun

#3611. なぜ He is to blame.He is to be blamed. とならないのか? [infinitive][syntax][passive][voice][construction][sobokunagimon]

 標題の He is to blame. は「彼は責められるべきだ;彼には責任がある」という意味のフレーズだが,厳密に態 (voice) を考慮すれば,「彼」は「責められる」立場であるから He is to be blamed. と不定詞も受け身になるべきだと思われるかもしれない.実際,後者でも意味は通じるし,もちろん文法的なのだが,慣習的なフレーズとしては前者が用いられる.なぜだろうか.
 これは,動名詞について解説した「#3604. なぜ The house is building. で「家は建築中である」という意味になるのか?」 ([2019-03-10-1]) と「#3605. This needs explaining. --- 「need +動名詞」の構文」 ([2019-03-11-1]) とも関係する.動名詞と同様に不定詞 (infinitive) も動詞の名詞化という機能をもっている.動名詞や不定詞により動詞が名詞化すると,もともとの動詞がもっていた態の対立は中和し,能動・受動の区別なく用いられるようになる.to blame は,したがってこの形で能動的に「非難すべき」ともなり得るし,受動的に「非難されるべき」ともなり得るのである.区別が中和されているということは,文脈によりいずれにも解釈し得るということでもある.He is to blame. の場合には,意味上,受け身として解釈されるというわけだ.There is a house to let.I have something to say. のような「形容詞的用法」の不定詞も,態の中和という発想に由来する(中島,p. 238).
 ただし,不定詞(や動名詞)の態の中和は,あくまでそれが強い名詞性を保っていた時代の特徴である.近代以降,不定詞(や動名詞)はむしろ動詞的な性格を強めてきており,中和されていた態の対立が復活してきている.その結果,慣習的ではないとはいえ He is to be blamed. も文法的に許容されるようになった.標題のような構文は,古い時代の特徴を伝える生きた化石のような存在なのである.

 ・ 中島 文雄 『英語発達史 改訂版』岩波書店,2005年.

Referrer (Inside): [2019-05-22-1]

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2019-03-11 Mon

#3605. This needs explaining. --- 「need +動名詞」の構文 [gerund][participle][passive][voice][construction]

 昨日の記事「#3604. なぜ The house is building. で「家は建築中である」という意味になるのか?」 ([2019-03-10-1]) と関連する構文の話題.標題のように,need が動名詞(能動態)を従える構文がある.論理的に考えれば Thisexplain されるべき対象であるから,動名詞の受動態 being explained が用いられてしかるべきところだが,一般には標題の通りでよい.これは,昨日も述べたように,(動)名詞にあっては,もとの動詞には備わっていた態 (voice) の対立が中和されているからである.つまり,動詞 explain から動名詞 explaining となったことにより,「説明する」と「説明される」の意味的対立が薄まり,純正の名詞 explanation (説明)と同じように,態について無関心となっていると考えればよい.
 need のほかに want, require, deserve, bear, escape などの動詞や,形容詞 worth も動名詞を従える構文をとる(中島,p. 232).例を挙げよう.

 ・ This machine wants repairing.
 ・ The fence requires painting.
 ・ A person who steals deserves punishing.
 ・ It doesn't bear thinking about.
 ・ Use every man after his desert, and who should 'scape whipping? --- Hamlet, II. ii. 555--6
 ・ What is worth doing at all is worth doing well.

 もちろん各々に動名詞の受動態を用いても,それはそれで意味論的にも統語的にも適格ではあるが,「構文としての響き」というべきものは失われるのかもしれない.いずれにせよニッチに生き残ってきた構文である.

 ・ 中島 文雄 『英語発達史 改訂版』岩波書店,2005年.

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2019-03-10 Sun

#3604. なぜ The house is building. で「家は建築中である」という意味になるのか? [syntax][gerund][participle][passive][voice][category][construction][sobokunagimon]

 標題の文は古風な表現ではあるが,現在でも使われることがある.「家が建てられているところだ」という受動的な意味に対応させるには,受動進行形を用いて The house is being built. となるべきではないのかと疑問に思われるかもしれない.この疑問はもっともであり,確かに後者の受動進行形の構文が標準的ではある.しかし,それでもなお,標題の The house is building. は可能だし,歴史的にはむしろ普通だった.能動態と受動態という態 (voice) の区別にうるさいはずの英語で,なぜ標題の文が許されるのだろうか.
 歴史的には,The house is building.building は現在分詞ではなく動名詞である.同じ -ing 形なので紛らわしいが,両者は機能がまったく異なる.The house is building. の前段階には The house is a-building. という構文があり,さらにその前段階には The house is on building. という構文があった.つまり,buildingbuild の動名詞であり,それが前置詞 on の目的語となっているという統語構造なのである.意味的にはまさに「建築中」ということになる.前置詞 on が弱化して接頭辞的な a- となり,それがさらに弱化し最終的には消失してしまったために,あたかも現在進行形構文のような見栄えになってしまったのである.
 動名詞は動詞由来であるから動詞的な性質を色濃く残しているとはいえ,統語上の役割としては名詞である.態とは本質的に動詞にかかわる文法範疇であり,名詞には関与しない.したがって,動「名詞」としての building では,「建てる」と「建てられる」の態の対立が中和されている.まさに日本語の「建築」がぴったりくるような意味をもっているのだ.前置詞 on を伴って「建築中」の意となるのは自然だろう.
 このような構文は,古風とはいえ現在でも用いられることがあるし,近代英語まで遡ればよくみられた.類例として,以下を挙げておこう(中島,pp. 229--30).

 ・ The whilst this play is playing --- Hamlet, III. ii. 93.
 ・ While grace is saying -- Merch. V., II. ii. 202
 ・ What's doing here?
 ・ The dinner is cooking.
 ・ The book is printing.
 ・ The tea is drawing.
 ・ The history which is making about us.

 標題の問いに戻ろう.主語の the house と,building のなかに収まっているもともとの動詞 build とは,歴史的にいえば直接的な統語関係にあるわけではない.言い方をかえれば,build the house という動詞句を前提とした構文ではないということだ.一方,現代の標準的な The house is being built. は,その動詞句を前提とした構文である.つまり,2つの構文は起源がまったく異なっており,比べて合ってもしかたない代物なのである.
 現在分詞と動名詞が,まったく異なる機能をもちながらも,同じ -ing 形となっている歴史的経緯については,「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1]) を参照されたい.

 ・ 中島 文雄 『英語発達史 改訂版』岩波書店,2005年.

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2018-02-18 Sun

#3219. 中英語に関する歴史語用論の話題 [me][pragmatics][historical_pragmatics][syntax][passive][grammaticalisation][invited_inference][implicature][subjunctive][auxiliary_verb][standardisation]

 古英語に関する歴史語用論の話題として,最近の2つの記事で触れた(cf. 「#3208. ポライトネスが稀薄だった古英語」 ([2018-02-07-1]),「#3211. 統語と談話構造」 ([2018-02-10-1])).およそ speech_act, politeness, discourse_analysis, information_structure に関する問題だった.今回は Traugott の概説にしたがって,中英語に関する歴史語用論の話題として,どのようなものがあるかを覗いてみたい.
 Traugott は,ハンドブックの冒頭で3つを指摘している (466) .

 (1) "the shift from information-structure-oriented word order in Old English to 'syntacticized' order in Middle English; this in tern led, at the end of the period, to new strategies for marking topic and focus in special ways."
 (2) "the development of auxiliary verbs in contexts where implied abstract temporal, modal, or aspectual meanings of certain concrete verbs became salient"
 (3) "the appearance of a large set of new discourse types, from romances to drama, scientific writings, and letters"

 (1) は語用論と統語論のインターフェースに関わる精緻な問題といってよい.古英語から中英語にかけて屈折が衰退し,語順が固定化していったことにより,以前は比較的自由な語順を利用して情報構造を整えるという方略をもっていたものが,今や語順に頼ることができなくなったために,別の手段に訴えかけなければならなくなったということである.例えば,後期中英語に,行為者を標示する by 句を伴う受動態の構文が発達してきたことは,このような情報構造上の要請に起因する部分があるかもしれない.もしこの仮説が受け入れられるのであれば,語用論的な要因こそがくだんの統語変化の引き金となったと言えることになろう.
 (2) も統語的な含みをもち,(1) と間接的に関連すると思われるが,主に本動詞から助動詞への発達(いわゆる典型的な文法化 (grammaticalisation) の事例)を説明するのに,文脈に助けられた含意 (implicature) や誘導推論 (invited_inference) などの道具立てをもってする研究を指す.中英語期には屈折の衰退による接続法・仮定法の衰退により,統語的な代替手段として法助動詞が発達するが,この発達にも語用論的なメカニズムが関与している可能性がある.
 (3) は新種の談話の出現である.時代が下るにつれ,以前の時代にはなかったジャンルやテキスト・タイプが現われてくることは中英語期に限った現象ではないが,中英語でも確かに新種が生み出された.Traugott はロマンス,演劇,科学的文章,手紙といったジャンルを指摘しているが,その他にもフランス語(およびラテン語)の影響を受けた,あるいは混合した多言語使用の散文や韻文なども挙げられるだろう.
 ほかに中英語後期には英語の書き言葉の標準化 (standardisation) も起こり始めており,誰がいつどこで標準変種を用いたのか,用いなかったのかといった社会語用論的な問題も議論の対象となるだろう.

 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "Middle English: Pragmatics and Discourse" Chapter 30 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 466--80.

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2017-08-11 Fri

#3028. She is believed to have done it. の構文と古英語モーダル sceolde の関係 [syntax][auxiliary_verb][passive][ecm][passive][information_structure][grammaticalisation]

 I believe that she has done it. という文は that 節を用いずに I believe her to have done it. とパラフレーズすることができる.前者の文で「それをなした」主体は she であり,当然ながら主格の形を取っているが,後者の文では動作の主体は同じ人物を指しながら her と目的格の形を取っている.これは,不定詞の意味上の主語ではあり続けるものの,統語上1段上にある believe の支配下に入るがゆえに,主格ではなく目的格が付与されるのだと説明される.統語論では,後者のような格付与のことを Exceptional Case-Marking (= ECM) と呼んでいる.また,believe の取るこのような構文は,対格付き不定詞の構文とも称される.
 上の believe の例にみられるようなパラフレーズは,thinkdeclare に代表される「思考」や「宣言」を表わす動詞で多く可能だが,興味深いのは,ECM 構文は受動態で用いられるのが普通だということである.上記の例はあえて能動態の文を取り上げたが,She is believed to have done it. のように受動態で現われることのほうが圧倒的に多い.実際 say などでは,能動態での ECM 構文は許容されず,The disease is said to be spreading. のようにもっぱら受動態で現われる.
 この受動態への偏りは,なぜなのだろうか.
 1つには,「思考」や「宣言」において重要なのは,その内容の主題である.上の例文でいえば,shethe disease が主題であり,それが文頭で主語として現われるというのは,情報構造上も自然で素直である.
 もう1つの興味深い観察は,is believed to なり is said to の部分が,全体として evidentiality を表わすモーダルな機能を帯びているというものだ.つまり,reportedly ほどの副詞に置き換えることができそうな機能であり,古い英語でいえば sceolde "should" という法助動詞で表わされていた機能である.Los (151) によれば,

Another interesting aspect of passive ECMs is that they renew a modal meaning of sceolde 'should' that had been lost. Old English sceolde could be used to indicate 'that the reporter does not believe the statement or does not vouch for its truth' . . . :

Þa wæs ðær eac swiðe egeslic geatweard, ðæs nama sceolde bion Caron <Bo 35.102.16>
'Then there was also a very terrible doorkeeper whose name is said to be Caron'


The most felicitous PDE translation has a passive ECM.


 ある意味では,be believed tobe said to が,be going to などと同じように法助動詞へと文法化 (grammaticalisation) している例とみることもできるだろう.

 ・ Los, Bettelou. A Historical Syntax of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

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2017-08-11 Fri

#3028. She is believed to have done it. の構文と古英語モーダル sceolde の関係 [syntax][auxiliary_verb][passive][ecm][passive][information_structure][grammaticalisation]

 I believe that she has done it. という文は that 節を用いずに I believe her to have done it. とパラフレーズすることができる.前者の文で「それをなした」主体は she であり,当然ながら主格の形を取っているが,後者の文では動作の主体は同じ人物を指しながら her と目的格の形を取っている.これは,不定詞の意味上の主語ではあり続けるものの,統語上1段上にある believe の支配下に入るがゆえに,主格ではなく目的格が付与されるのだと説明される.統語論では,後者のような格付与のことを Exceptional Case-Marking (= ECM) と呼んでいる.また,believe の取るこのような構文は,対格付き不定詞の構文とも称される.
 上の believe の例にみられるようなパラフレーズは,thinkdeclare に代表される「思考」や「宣言」を表わす動詞で多く可能だが,興味深いのは,ECM 構文は受動態で用いられるのが普通だということである.上記の例はあえて能動態の文を取り上げたが,She is believed to have done it. のように受動態で現われることのほうが圧倒的に多い.実際 say などでは,能動態での ECM 構文は許容されず,The disease is said to be spreading. のようにもっぱら受動態で現われる.
 この受動態への偏りは,なぜなのだろうか.
 1つには,「思考」や「宣言」において重要なのは,その内容の主題である.上の例文でいえば,shethe disease が主題であり,それが文頭で主語として現われるというのは,情報構造上も自然で素直である.
 もう1つの興味深い観察は,is believed to なり is said to の部分が,全体として evidentiality を表わすモーダルな機能を帯びているというものだ.つまり,reportedly ほどの副詞に置き換えることができそうな機能であり,古い英語でいえば sceolde "should" という法助動詞で表わされていた機能である.Los (151) によれば,

Another interesting aspect of passive ECMs is that they renew a modal meaning of sceolde 'should' that had been lost. Old English sceolde could be used to indicate 'that the reporter does not believe the statement or does not vouch for its truth' . . . :

Þa wæs ðær eac swiðe egeslic geatweard, ðæs nama sceolde bion Caron <Bo 35.102.16>
'Then there was also a very terrible doorkeeper whose name is said to be Caron'


The most felicitous PDE translation has a passive ECM.


 ある意味では,be believed tobe said to が,be going to などと同じように法助動詞へと文法化 (grammaticalisation) している例とみることもできるだろう.

 ・ Los, Bettelou. A Historical Syntax of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

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2017-07-06 Thu

#2992. 中英語における不定詞補文の発達 [me][infinitive][syntax][tense][passive]

 中英語期では,不定詞補文が著しく発達した.Los (Los, Bettelou. The Rise of the to-Infinitive. Oxford: OUP, 2005.) を参照した Sawada (28) に簡潔にまとめられているように,その発達には,(1) 原形不定詞の生起する環境が狭まる一方で to 不定詞の頻度が顕著に増したという側面と,(2) 古英語では見られなかった種々の新しい不定詞構造が現われたという側面がある.(2) については,5種類の新構造が指摘される.以下に,現代英語からの例文とともに示そう.

 (a) 受動態の to 不定詞: The clothes need to be washed.
 (b) 完了の have を伴う to 不定詞: He expected to have finished last Wednesday.
 (c) 独立して否定される to 不定詞: They motioned to her not to come any further.
 (d) いわゆる不定詞付き対格構文における to 不定詞: They believed John to be a liar.
 (e) 分離不定詞 (split infinitive): to boldly go where no one has gone before.

 このような近現代的な to 不定詞構造が生まれた背景には,対応する that 節による補語の衰退も関与している.というよりは,結果的には that 節の果たした節として種々の機能が,複雑な構造をもつ to 不定詞に取って代わられた過程と理解すべきだろう.しかし,この置換は一気に生じたわけではなく,受動態などの複雑な意味・構造が関わる場合には that 節の補文がしばらく保たれたことに注意すべきである.

 ・ Sawada, Mayumi. "The Development of a New Infinitival Construction in Late Middle English: The Passive Infinitive after Suffer." Studies in Middle and Modern English: Historical Variation. Ed. Akinobu Tani and Jennifer Smith. Tokyo: Kaitakusha, 2017. 27--47.

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2015-09-01 Tue

#2318. 英語史における他動詞の増加 [verb][syntax][case][reanalysis][impersonal_verb][passive][reflexive_pronoun]

 英語史には,大規模な他動詞化 (transitivization) の潮流が確認される.古英語では相対的に他動詞(として用いられる動詞)は自動詞よりも少なかったが,中英語にかけて,そしてとりわけ初期近代英語にかけて,その数が増加した.他動詞化という過程は,動詞の意味・用法にかかわることだが,むしろ形式的な要因が大きく関与している.中尾・児馬 (100) によれば,3種類の要因が想定される.
 1つは,中英語期に屈折語尾の衰退が進行し,名詞や代名詞において格の形態的な区別がつかなくなったことがある.これにより,古英語では与格目的語や属格目的語をとっていた自動詞が,それらの格と形態上融合した歴史的な対格をとることになった.つまり,目的語はすべて対格であると分析され,動詞そのものも他動詞であると認識されるようになったのである.1200年頃から与格を主語とする受動態構文が現われるようになることも,この再分析と密接な関係にあると考えられる.
 2点目として,古英語の動詞にしばしば付加された ġe- などの接頭辞が,中英語までに消失したことがある.古英語では,例えば自動詞 restan (休む),grōwan (生じる)に対して,接頭辞を付加した ġerestan (休ませる),ġegrōwan (生み出す)が他動詞として機能するなど,接辞によって自他を切り替える場合があった.接頭辞が消失し両語の形態的区別が失われると,元来の自動詞の形態に他動詞の機能が付け加わることになった.
 3点目に,古英語の動詞には語幹の母音変異によって自他用法を区別するものがあった.brinnan / bærnan (burn), springan / sprengan (spring), stincan / stencan (stink) などがその例である.しかし,その後の変化により両語が形態的に一致するに及んで,後に伝わった唯一の語形が自他の両用法を担うようになった.
 上記は,いずれも形式的な変化が原因で,2次的に動詞の意味・用法が変化したというシナリオだが,もちろん動詞自体が内的に意味・用法を変化させたという直接的なシナリオがあった可能性も否定できない.むしろ,形式と機能の両側からの圧力によって,動詞の他動性が強化してきたと考えるほうが無理はないように思われる.līcian のような非人称動詞 (impersonal_verb) の人称化なども,動詞の他動詞化という潮流のなかに位置づけることができそうだが,これは音韻,形態,統語,意味,語用のすべてに関わる現象であり,いずれの要因が変化の引き金となり,推進力となったのかを区別することは容易ではない.また,「#995. The rose smells sweet.The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]) で触れた英語史における linking verb の拡大という問題も,動詞をとりまく統語変化と意味変化とが融合したような様相を呈する.
 いずれにせよ,他動詞化の潮流は中英語期に諸要因が集中していたことは言えそうだ.
 動詞の自他の転換については,受動態 (passive) の発達や再帰動詞 (reflexive_pronoun) の振る舞いも関連してくるだろう.後者については,「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]),「#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2)」 ([2015-05-12-1]),「#2207. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (3)」 ([2015-05-13-1]) も参照.また,他動詞という用語については,「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]) を参照されたい.

 ・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.

Referrer (Inside): [2016-07-02-1]

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2015-07-14 Tue

#2269. 受動態の動作主に用いられた byof の競合 [preposition][passive][grammaticalisation][hc]

 標記の問題について直接,間接に「#1333. 中英語で受動態の動作主に用いられた前置詞」 ([2012-12-20-1]),「#1350. 受動態の動作主に用いられる of」 ([2013-01-06-1]),「#1351. 受動態の動作主に用いられた throughat」 ([2013-01-07-1]) で取り上げてきた.後期中英語から初期近代英語にかけての時期の byof の競合について,Peitsara の論文を読んだので,その結論部 (398) を引用しておきたい.

   I hope to have shown, firstly, that the by-agent prevailed in English in the 15th century, i.e. two centuries earlier than suggested so far. . . . The necessary consequence of the first conclusion is that agentive by can hardly have been rare before 1400.
   Secondly, it appears that there has not been a development from a general agentive of into a general agentive by in Middle English, but the two variants have existed side by side (possibly together with some others excluded from this study) fro some time. They were, however, not in free variation in the 15th and 16th centuries but had become specialized, partly according to the type of text and partly according to the semantic fields of the participles in the passive clause. This specialization was more complicated than, and partly different from, that described by some scholars, and it apparently involved foreign influence.
   Thirdly, the Middle English period was particularly favourable for the gradual grammaticalization of by in agentive function because of the heavier functional load of the preposition of and the lack of special grammaticalization for by.


 この論文は1992年のものであり,2015年の現在からすると最新というわけではないのだが,当時のハイテクツールといってよい Helsinki Corpus を利用した事例研究として,注目すべきものではある.先行研究を批判的に評価し,新しいツールに依拠しながら,by が15世紀までに受動態の動作主を表わす前置詞として一般化しつつあった(そして含意としては後に文法化した)こと,一方で of は同じ頃,同様の用法を有しながらも複数の要因によって使い分けられるマイナーな代替物として機能していたことを明らかにした.
 引用の第2段落の最後の文にあるように,Peitsara は英語での前置詞の選択がラテン語やフランス語の語法に影響を受けた可能性にも言い及んでいる.ラテン語 deof に,フランス語 parby に相当し,それぞれの関与が考えられそうだが,実際には Peitsara はこの方向での突っ込んだ調査はしていないし,特別な意見を述べているわけではない.今後の研究が期待されるところだ.同様に,前置詞の選択が,動詞(過去分詞)の意味にも依存しているらしいと述べているが,これについても今後の調査が待たれる.

 ・ Peitsara, Kirsti. "On the Development of the by-Agent in English." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 379--99.

Referrer (Inside): [2021-08-09-1] [2020-08-04-1]

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2015-05-13 Wed

#2207. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (3) [reflexive_pronoun][verb][personal_pronoun][passive][voice]

 「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]) と「#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2)」 ([2015-05-12-1]) に引き続いての話題.近代英語期以降,再帰代名詞を伴う動詞の表現が衰退してきている.この現象を関連表現との競合という観点から調査した研究に,秋元 (118--48) がある.秋元は,content oneself with などの「動詞+再帰代名詞+前置詞」というパターンとその関連表現に的を絞って,OED から1700年以降の用例を収集し,それぞれの分布を取った.
 content oneself with でいえば,このパターンは現代英語では減少してきており,代わって各種の競合形,とりわけ be content to V や be content with NP が増えてきているという.be contented with NP や be contented to V という競合形も低頻度ながら用いられており,全体として再帰代名詞を用いた表現は各種の競合形に抑えこまれる形で目立たなくなってきているという.content oneself with のほかにもいくつかの表現が扱われており,例えば apply oneself to もやはり着実に減少してきており,代わって自動詞用法の apply to NP や受動態の be applied to NP が増えてきているようだ.8種類の動詞について用例数を数え挙げた結果は,以下の通りである(秋元,p. 134) .時代別ではなくひっくるめた数値だが,再帰表現ではない競合形が相対的に優勢であることがよくわかる.

  reflexivepassiveintransitiveother rival forms
(1)content oneself with10830 136
(2)avail oneself of144  
(3)devote oneself to70191  
(4)apply oneself to42653548 
(5)attach oneself to93100171 
(6)address oneself to6220711 
(7)confine oneself to69592  
(8)concern oneself with/about/in69822  


 概して再帰代名詞を用いた表現は確かに頻度が低くなってきているが,その背後には受動態その他の競合形の躍進というもう一つの言語変化が関与しているということだろう.

 ・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.

Referrer (Inside): [2015-09-01-1]

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2013-11-05 Tue

#1653. be 完了の歴史 [syntax][be][auxiliary_verb][grammaticalisation][tense][aspect][passive][perfect][participle]

 現代英語で「be + 動詞の過去分詞」は典型的に受動態を作る構造だが,一部の変移動詞 (mutative verb) では完了を表わす.

 ・ The cookies are all gone.
 ・ All my lectures are finished.
 ・ The sun is set.
 ・ How he is grown up!
 ・ Babylon is fallen.
 ・ Everything is changed.


 共時的にはこれらの例文の gonefinished などは形容詞と考えられており,完了を表わす統語構造の一部とはとらえられていない.be の代わりに have を用いることができることからもわかるとおり,be 完了は絶滅したとはいわずとも,相当に周辺的な構造といわざるを得ない.だが,behave が対立する場合には,be 完了は状態を表わし,have 完了は行為を表わすといわれる.be 完了はこのように瀕死の状態ではあるが,「#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞」 ([2011-05-19-1]),「#1347. a lawyer turned teacher」 ([2013-01-03-1]) で見たように,過去分詞形容詞の用法のなかにも一定の命脈を保っている.以下,be 完了の歴史を,『英語史IIIA』 (432--33) に拠って概説しよう.
 英語における be 完了の例は古英語期から広く見られる.古英語では,自動詞,とりわけ変移動詞について wē sindon ȝecumene のような構造は一般的だった.後期古英語になると,よくいわれるように「have + 目的語 + 過去分詞」→「have + 過去分詞 + 目的語」の語順変化を経て have 完了が文法化 (grammaticalisation) し,他動詞一般に広がった.すでに早いこの時期に have 完了はまれに自動詞にも拡張していたので,be 完了が圧迫されてゆく歴史はすでに始まっていたともいえる.しかし,変移動詞の be 完了は,その後も18世紀後半に至るまで優勢を保っていた.18世紀末になってようやく,behave に優位を明け渡すこととなった.現代における be 完了が状態を表わしているように,歴史的にも状態を表わす用法が主だったが,一方で行為を表わす用法も少なくなかった.現代的な状態の用法は,初期近代英語にかけて確立したものである.
 中英語から近代英語にかけての時期のスナップショットを見てみよう.以下は,Fridén による,Spenser の全作品,Marlowe の5作品,Shakespeare の全戯曲を対象にし,7個の主要自動詞 (come, go, arrive, fall, flee; become, grow) について,be 完了と have 完了の分布を調査したものである.なお,表下段の 's は,has あるいは is のいずれかの操作詞の前接形 (enclitic) を指す.(表は,G. Fridén. Studies on the tenses of the English Verb from Chaucer to Shakespeare: With Special Reference to the Late Sixteenth Century. Uppsala: Almqvist & Wiksells Boktryckeri Ab., 1948. Rpr. Nendeln/Liechtenstein: Kraus, 1973. に基づいた『英語史IIIA』,p. 432 より.)

動詞comegoarrivefallfleebecomegrow
作家SpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShak
be9288789195799289836767656567828650901008990
have86139098111133332735077030113
's0690512006008033117507007


 この段階では,まだ be 完了は完全に健在であり,have 完了は fall を例外とすれば,10%ほどのシェアを占めるにすぎない.とりわけ「生成」を意味する become, grow では have 完了の割合が少ない.
 18世紀末に have 完了が be 完了を凌駕していった歴史については,Visser (2043) や Rissanen (215) を参照.

 ・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
 ・ Rissanen, Matti. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 187--331.

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2013-06-25 Tue

#1520. なぜ受動態の「態」が voice なのか [terminology][verb][passive][category][sobokunagimon]

 英語で受動態を "passive voice",能動態を "active voice" と呼ぶが,なぜ「態」が "voice" と対応するのだろうか.この文法範疇は主語や目的語などの文の要素が動詞の表わす動作とどのように関わるかを表わすものであり,いわば動作の姿や有様(=態)を標示する機能をもっている.このように日本語の「態」という用語はかろうじて理解されるかもしれないが,なぜ英語では "voice" と表現されるのかは謎である.そこで,調べてみることにした.
 まずは,OED から.voice, n. の語義13によると,文法用語としての "voice" の初例は15世紀前半である(大陸の文献では初出が16世紀なので,英語での使用のほうが早いことになる).最初期の用例を2つ挙げよう.

c1425 in C. R. Bland Teaching Gram. in Late Medieval Eng. (1991) 160 (MED), Þo secund coniugaciun..of passyf wowus, þat as -e- long befor þo -ris indecatyf, as doceris.

a1450 (a1397) Prol. Old Test. in Bible (Wycliffite, L.V.) (Cambr. Mm. II. 15) (1850) xv. 57 A participle of a present tens, either preterit, of actif vois, eithir passif.


 次に MED voice (n.) 6(a) によれば,15世紀の文法用語として,用例が続々と挙がる.興味深いことに,名詞の「格」 (case) を表わすのに voice が用いられている例がある.また,先の OED の voice, n. の語義14には,廃用ではあるが「人称」 (person) との定義もある.つまるところ,voice は,中世後期から近代初期にかけて,しばしば動詞の「態」を表わすほか,ときには名詞や動詞の屈折範疇をも広く表わすことができたらしい.
 関連して,ラテン文法で「態」は "genus" と呼ばれるが,これは名詞の範疇である "gender" とも同根である.ある用語が,品詞にかかわらず,ある種の分類に貼り付けられるラベルとして共用されることがある,もう1つの例として解釈できる.これらの文法用語の使い方は文法家の属する流派にも依存するため,近代期の一般的な用語と語義を同定するには文法史の知識が必要となるだろうが,私にはその知識はないので,詳細に立ち入ることができない.
 この問題について,ほかに手がかりはないかと言語学辞典その他に当たってみた.そして行き当たったのが,意外なところで Lyons (371--72) だ.

8.3.1 The term 'voice'
The term 'voice' (Latin vox) was originally used by Roman grammarians in two distinguishable, but related, senses: (i) In the sense of 'sound' (as used in the 'pronunciation' of human language: translating the Greek term phōnē, especially of the 'sounds' produced by the vibration of the 'vocal cords': hence the term 'vowel' (from Latin sonus vocalis, 'a sound produced with voice', via Old French vowel). (ii) Of the 'form' of a word (that is, what it 'sounded' like) as opposed to its 'meaning' . . . . the first of these two senses is still current in linguistics in the distinction between voiced and voiceless 'sounds' (whether as phonetic or phonological units . . .). In the second sense, 'voice' has disappeared from modern linguistic theory. Instead, the term has developed a third sense, derived ultimately from (ii) above, in which it refers to the active and passive 'forms' of the verb. (the traditional Latin term for this third sense was species or genus. In the course of time, genus was restricted to the nominal category of 'gender'; and the somewhat artificial classification of the 'forms' of the different parts of speech in terms of genera and species was abandoned.) The traditional Greek term for 'voice' as a category of the verb was diathesis, 'state', 'disposition', 'function', etc.; and some linguists prefer to use 'diathesis', rather than 'voice', in this sense of the term. However, the risk of confusion between the phonetic or phonological sense of 'voice' and its grammatical sense is very small.


 voice にせよ,case にせよ,gender にせよ,文法範疇の用語の語源や意味を探ってもあまり納得がゆかないのは,結局のところ,それぞれの文法範疇の機能が一言では記述できない代物であり,それならば「種類」や「形」を表わす類義語で代えてしまえ,という名付けに対する緩い態度があるからかもしれない.
 なお,上の引用にもある通り,「態」という文法範疇を表わすのに,voice のほかにギリシア語由来の diathesis という用語が使われることもある.これは dia- (between) + thesis (position) という語形成で「配置」ほどの原義である.

 ・ Lyons, John. Introduction to Theoretical Linguistics. Cambridge: CUP, 1968.

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