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dictionary - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-04-12 22:24

2021-04-04 Sun

#4360. 英単語の語源を調べたい/学びたいときには [etymology][hel_education][hellog_entry_set][link][dictionary][asacul][note][hellog_entry_set]

 4月1日より連日「#4357. 新年度の英語史導入キャンペーンを開始します」 ([2021-04-01-1]) として,英語史の学びを応援するキャンペーンを張っています.
 多くの人にとって,英語の歴史への入口は英単語の語源ではないでしょうか.各単語には生まれ育ってきた歴史があります.言語学には "Every word has its own history." という金言があるとおり,単語一つひとつに「人生」があるのです.単語のなかには,生み出された背景に歴史的な事件が関与しているものもあれば,現在までに意味を大きく変化させてきたものもありますし,また死語となったものも多数あります.こういった各単語の歴史は「語誌」とも呼ばれますが,一人ひとりの生涯と同じように独特の魅力を放っています.
 というわけで,本ブログでも語源に関する話題は非常に多く取り上げてきました.etymology で検索すると,どれを読めばよいのか目移りするはずです.そこで,とりわけ英単語の語源に関心のある読者の皆さんに向けて,hellog 内の情報を少し整理したいと思います.

 (1) まず,道具立てとして語源辞書が必要ですね.オンラインで最も手軽にアクセスできる英語語源辞書は Online Etymology Dictionary です.私の作った「#952. Etymology Search」 ([2011-12-05-1]) もご利用ください.

 (2) あわせて American Heritage Dictionary of the English Language (4th ed.) の語源ノートも検索できる,自作の「#1819. AHD Word History Note Search」 ([2014-04-20-1]) もご活用ください.

 (3) その他,「#485. 語源を知るためのオンライン辞書」 ([2010-08-25-1]) のリンク先も適宜参照するとよいと思います.

 (4) しかし,本格的な語源情報を求めるならば,まだまだ紙媒体の語源辞書や一般辞書が基本です.「#600. 英語語源辞書の書誌」 ([2010-12-18-1]) で一覧した各種辞書を引く習慣をつけていただければと思います(ただし,これらの辞書にも電子化・オンライン化されているものはあります).『英語語源辞典』(研究社)と OED は基本中の基本という文典です.

 (5) 2018年7月21日に朝日カルチャーセンター新宿教室で「歴史から学ぶ英単語の語源」という講座を開きました.このときの資料を「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]) にて公開していますので,ご自由にどうぞ.

 (6) これは宣伝ともなりますが,目下,朝日カルチャーセンター新宿教室で,全12回の講座「英語の歴史と語源」を開いています.第9回まで終わっており,次の第10回は5月29日(土)の15:30〜18:45に予定されています.「英語の歴史と語源・10 大航海時代と活版印刷術」です.ご関心のある方は,こちらからどうぞ.第9回までのバックナンバーについては,hellog でも取り上げてきました.こちらの記事セットをご覧ください.

 (7) 語源による英単語学習法に関心がある方は,「#3546. 英語史や語源から英単語を学びたいなら,これが基本知識」 ([2019-01-11-1]),「#3698. 語源学習法のすゝめ」 ([2019-06-12-1]) や「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) などの記事をどうぞ.

 (8) 「語源学」そのものに関心をもった方は,上級編となりますが##466,1791,727,598,599,636,1765の記事セットをご覧ください.

 なお,英語史という分野は,単語や語彙の歴史という側面には大いに関心を寄せていますが,もちろんそれだけに限定されるわけではありません.英語の発音や文法の歴史も扱いますし,談話,方言,他言語との関わりなどを含む,語用論や社会言語学的な分野も重要な関心事です.

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2021-03-12 Fri

#4337. Horne Tooke の語源奇書 [etymology][dictionary][lexicography][webster][comparative_linguistics][jones]

 昨日の記事「#4336. Richardson の辞書の長所と短所」 ([2021-03-11-1]) で触れたように,Richardson はその独特な言語観と語源記述を Horne Tooke なる人物に負っている.Tooke は,その独善的な語源観により Richardson のみならず Webster をも迷妄に導いた,19世紀後半のイギリスの生んだ個性である.
 John Horne Tooke (1736--1812) は,1758年にケンブリッジ大学を卒業後,法律家志望ではあったが,父の希望により聖職に就いた.しかし,1773年に聖職を辞すと,アメリカ独立戦争に際して植民地側に立ち,急進的な政治運動を開始した.後のフランス革命にも同情的な立場を取り,国事犯として検挙されるなどの憂き目にあっている.
 そのような政治運動を展開する間,言語哲学への関心から語学的な著述も行なってきた.1778年には接続詞 that に関する著述 A Letter to John Dunning, Esq. を出している.そして,次著が問題の2巻ものの Epea Pteroenta or, the Diversions of Purley (1786, 1805) である.合計1000頁に及ぶ言語哲学と語源論に関する大著だ.これが,今となっては奇書といってしかるべき語源本なのである.
 Dixon によるこの奇人・奇書の解説文を引用しよう (150) .

   He [Tooke] maintained that originally language consisted just of nouns and verbs with everything else (adjectives, prepositions, pronouns, articles, and so on) being abbreviations of underlying noun and verb sequences. He also believed that each word had a definite meaning which had remained constant from its origin. What makes the modern reader squirm most is the way in which Horne Took applied these principles, absolutely off the top of his head. For example, conjunction through was believed to be related to noun door, and conjunction if was said to have come from the imperative form of verb give. If did have the form gif in Old English and verb give was giefan, but these are not cognate, the similarity of form being coincidental.)
   Sometimes there was vague similarity of form, other times not. 'I believe that up means the same as top or head, and is originally derived from a noun of the latter signification'. 'From means merely beginning, and nothing else', so that in 'Lamp hangs from cieling (sic)'), it is the case that 'Cieling (is) the place of beginning to hang.'
   There are dozens more of such mental meanderings, lacking any basis in fact. From actually goes back to preposition *per in PIE and up to PIE preposition *upo. It is true that some prepositions have developed from lexical words, but none in the way Horne Tooke imagined. Through relates to the PIE verb *tere- 'to cross over, pass through, overcome'. . . . Door is a development from *dhwer, which meant 'door, doorway' in PIE.
   Horne Tooke's book was simply a raft of wild ideas. There may have been other books of this nature, but the scarcely believable fact is that The Diversions of Purley was accepted by the British public as an example of brilliant insight. Philosopher James Mill found Horne Tooke's work 'profound and satisfactory', 'to be ranked with the very highest discoveries which illustrate the names of speculative men'. The account of conjunctions 'instantly appeared to the learned so perfectly satisfactory as to entitle the author to some of the highest honours of literature'.


 当時,近代言語学の走りとして William Jones により比較言語学 (comparative_linguistics) の端緒が開かれつつあったものの,イギリスへの本格的な導入はなされておらず,Tooke の俗耳に入りやすい前科学的な語源論は好評を博した(かの哲学者 James Mill も絶賛したほど).いや,むしろ Tooke の書により,イギリスへの比較言語学の導入が遅れたとすらいえるかもしれない(佐々木・木原,p. 353).
 しかし,1840年頃までには,イギリスは Tooke の迷妄から抜け出していた.Tooke の書は,"gratuitous", "incorrect", "fallacious", "frivolous" などの形容詞で評される時代となっていたのである (Dixon 151)

 ・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

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2021-03-11 Thu

#4336. Richardson の辞書の長所と短所 [etymology][dictionary][lexicography][johnson][oed][webster]

 「#3155. Charles Richardson の A New Dictionary of the English Language (1836--37)」 ([2017-12-16-1]) で紹介したように,Richardson (1775--1865) の英語辞書は,Johnson, Webster, OED という辞書史の流れのなかに埋没しており,今ではあまり顧みられることもないが,19世紀半ばにおいては重要な役割を果たしていた.
 長所としては,英語辞書史上初めて本格的に「歴史」を意識した辞書だったということがある.引用文による定義のサポートは Johnson に始まるが,Johnson とて典拠にした文献は王政復古以後のものであり,中英語にまで遡ることはしなかった.しかし,Richardson は中英語をも視野に入れ,真の「歴史的原則」の地平を開いたのである.しかも,引用数は Johnson を遥かに上回っている.結果として,小さい文字で印刷されながら2000頁を超すという(はっきりいって使いづらい)大著となった (Dixon 146) .
 もう1つ長所を指摘すると,近代期の辞書編纂は善かれ悪しかれ既存の辞書の定義からの剽窃が当然とされていたが,Richardson はオリジナルを目指したことである.手のかかるオリジナルの辞書編纂を選んだのは,前には Johnson,後には OED を挙げれば尽きてしまうほどの少数派であり,この点において Richardson の覇気は評価せざるを得ない.
 短所としては,先の記事でも触れたとおり,"a word has one meaning, and one only" という極端な原理を信奉し,主に語源記述において独善に陥ってしまったことだ.この原理は Horne Tooke (1736--1812) という,やはり独善的な政治家・語源論者によるもので,この人物は今では奇書というべき2巻ものの英語語源に関する著 The Diversions of Purley (1786, 1805) をものしている.Richardson の辞書を批判した Webster も,この Tooke の罠にはまった1人であり,この時代,語源学方面で Tooke の負の影響がはびこっていたことが分かる.
 いずれにせよ Richardson は,英語辞書史において主要な辞書編纂家のはざまで活躍した19世紀半ばの重要キャラだった.

 ・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

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2021-03-08 Mon

#4333. Johnson は難語辞書への回帰路線? [johnson][dictionary][lexicography]

 英語辞書の黎明期から初期にかけての流れについて,「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1]) と「#610. 脱難語辞書の18世紀」 ([2010-12-28-1]) で概説した.18世紀になってようやく難語ではなく普通語を収録した一般的な英語辞書が誕生したということだった.
 John Kersey が A New English Dictionary (1702) を編纂し,続いて Nathaniel Bailey が An Universal Etymological English Dictionary (1721) と Dictionarium Britannicum: Or a more Compleat Universal Etymological English Dictionary than any Extant (1730) を出版し,最後に Samuel Johnson が A Dictionary of the English Language (1755) で締めくくったという流れだ.
 難語や専門語には注目せず日常的な語を多く収録するという点では,Kersey の見出し語は約28,000語,Bailey の Dictionary は約40,000語であるから,確かに2人は脱難語辞書の路線をたどったといってよい.
 ところが,Johnson は一般的な辞書を編纂したという点で一見2人の流れを汲んでいるようにみえるものの,少し違った路線をとっている.収録語数は約39,000語と Bailey よりもやや少ないくらいで,収録語彙を選んでいる風がある.実際,Johnson は物事よりも概念を表わす語を好んで収録した.また,よく知られているように定義を引用で補強した最初の辞書編纂者として名を残しているが,その引用元は常にハイソな文人墨客だったのである.明らかに上流意識が強い.
 Dixon (96) は,この点を指摘して,Johnson の路線がある意味での難語辞書回帰に当たると鋭い洞察を加えている.

Johnson's choice of words, and the senses exemplified, reflected his preoccupation with high-class literary style, rather than with general use of the language. His selectivity was, in a rather different sense, continuing the philosophy of the 'hard words' lexicographers.


 この点については当時の時代背景も考慮に入れる必要がある.関連して「#2650. 17世紀末の質素好みから18世紀半ばの華美好みへ」 ([2016-07-29-1]) も参照.

 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

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2021-03-06 Sat

#4331. Johnson の辞書の名詞を示す略号 n.s. [johnson][dictionary][lexicography][noun][adjective][verb][latin][terminology]

 Samuel Johnson の辞書 A Dictionary of the English Language (1755) には,名詞を示す略号として,現在見慣れている n. ではなく n.s. が用いられている.名詞 stone の項目の冒頭をみてみよう.



 見出し語に続いて,イタリック体で n. ʃ. が見える.(当時の小文字 <s> はいわゆる long <s> と呼ばれるもので,現在のものと異なるので注意.long <s> については,「#584. long <s> と graphemics」 ([2010-12-02-1]),「#2997. 1800年を境に印刷から消えた long <s>」 ([2017-07-11-1]),「#3869. ヨーロッパ諸言語が初期近代英語の書き言葉に及ぼした影響」 ([2019-11-30-1]),「#3875. 手書きでは19世紀末までかろうじて生き残っていた long <s>」 ([2019-12-06-1]) などを参照.)
 n.s. は,伝統的に名詞を指した noun substantive の省略である.現在の感覚からはむしろ冗長な名前のように思われるかもしれないが,ラテン語文法の用語遣いからすると正当だ.ラテン語文法の伝統では,格により屈折する語類,すなわち名詞と形容詞をひっくるめて "noun" とみなしていた.後になって名詞と形容詞を別物とする見方が生まれ,前者は "noun substantive",後者は "noun adjective" と呼ばれることになったが,いずれもまだ "noun" が含まれている点では,以前からの伝統を引き継いでいるともいえる.Dixon (97) から関連する説明を引用しよう.

Early Latin grammars used the term 'noun' for all words which inflect for case. At a later stage, this class was divided into two: 'noun substantive' (for words referring to substance) and 'noun adjective' (for those relating to quality). Johnson had shortened the latter to just 'adjective' but retained 'noun substantive', hence his abbreviation n.s.


 引用にもある通り,形容詞のほうは n.a. ではなく現代風に adj. としているので,一貫していないといえばその通りだ.形容詞 stone の項目をみてみよう.



 ちなみに,ここには動詞 to stone の見出しも見えるが,品詞の略号 v.a. は,verb active を表わす.今でいう他動詞 (transitive verb) をそう呼んでいたのである.一方,自動詞 (intransitive verb) は,v.n. (= verb neuter) だった.
 文法用語を巡る歴史的な問題については,「#1257. なぜ「対格」が "accusative case" なのか」 ([2012-10-05-1]),「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]),「#1520. なぜ受動態の「態」が voice なのか」 ([2013-06-25-1]),「#3307. 文法用語としての participle 「分詞」」 ([2018-05-17-1]),「#3983. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (1)」 ([2020-03-23-1]),「#3984. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (2)」 ([2020-03-24-1]),「#3985. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (3)」 ([2020-03-25-1]),「#4317. なぜ「格」が "case" なのか」 ([2021-02-20-1]) などを参照.

 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

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2021-03-03 Wed

#4328. 16世紀の専門分野の用語集たち [lexicography][lexicology][dictionary][mulcaster]

 連日の記事で,16世紀後半に史上初の英英辞書が生み出されるに至った歴史的背景について考えてきた (cf. 「#4324. 最初の英英辞書は Coote の The English Schoole-maister?」 ([2021-02-27-1]),「#4325. 最初の英英辞書へとつなげた Coote の意義」 ([2021-02-28-1]),「#4326. 最初期の英英辞書のラインは Coote -- Cawdrey -- Bullokar」 ([2021-03-01-1]),「#4327. 羅英辞書から英英辞書への流れ」 ([2021-03-02-1]) .
 これまで論じてきた流れと平行的に,もう1つ触れておくべき重要な系譜があった.それは,辞書というほど体系的なものではないのだが,定義・説明が付された専門分野の用語集というべき存在である.ここには,単語リストかそれに毛が生えた程度のものも含まれる.ちょっとしたものから,そこそこの規模のものまで,16世紀には70以上の専門用語集が出版されていたというから驚きだ.Dixon (45--46) から,いくつか箇条書きしてみよう.

 ・ 馬の病気とケガに関する The Boke of Husbandry 中の38語のリスト (1523)
 ・ 病気,薬(草),医学用語を含む426語のリスト (1543)
 ・ 古典古代の129語と解説を含む The first Syxe Bokes of the Mooste christian Poet Marcellus Palingenius, Called the Zodiake of Life (1561)
 ・ 聖書に関連する95語を含む A Postill [gloss] or Exposition of the Gospels (1569)
 ・ 幾何学の49語と定義を含む The Elements of Geometrie (1570)
 ・ 薬の重さの単位を扱った10語ほどのリスト (1583)

 このような専門分野の用語集が広く出版されるようになると,専門分野を問わない一般的な語彙集もあると便利だろうという発想が自然と湧き出てくる.その必要性を訴えたのが「#441. Richard Mulcaster」 ([2010-07-12-1]) であり,彼こそが The First Part of the Elementarie (1582) の中での8000語ほどの語彙集 "Generall Table" を提示した人物だったのである.

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2021-03-02 Tue

#4327. 羅英辞書から英英辞書への流れ [latin][loan_word][coote][cawdrey][bullokar][lexicography][dictionary]

 連日の記事で,英語史上の最初の英英辞書の誕生とその周辺について Dixon に拠りながら考察している (cf. 「#4324. 最初の英英辞書は Coote の The English Schoole-maister?」 ([2021-02-27-1]),「#4325. 最初の英英辞書へとつなげた Coote の意義」 ([2021-02-28-1]),「#4326. 最初期の英英辞書のラインは Coote -- Cawdrey -- Bullokar」 ([2021-03-01-1])) .英英辞書の草創期を形成するラインとして Mulcaster -- Coote -- Cawdrey -- Bullokar という系統をたどることができると示唆してきたが,Mulcaster 以前の前史にも注意を払う必要がある.Mulcaster 以前と以後も,辞書史的には連続体を構成しているからだ.
 概略的に述べれば,確かに Mulcaster より前は bilingual な羅英辞書の時代であり,以後は monolingual な英英辞書の時代であるので,一見すると Mulcaster を境に辞書史的な飛躍があるように見えるかもしれない.しかし,後者を monolingual な英英辞書とは称しているものの,実態としては「難語辞書」であり,見出し語はラテン語からの借用語が圧倒的に多かったという点が肝心である.つまり,ラテン語の形態そのものではなくとも少々英語化した程度の「なんちゃってラテン単語」が見出しに立てられているわけであり,Coote -- Cawdrey -- Bullokar ラインの monolingual 辞書は,いずれも実態としては "1.5-lingual" 辞書とでもいうべきものだったのだ.つまり,Mulcaster 以後の英英辞書の流れも,それ以前からの羅英辞書の系統に連なるということである.
 Dixon (42) に従い,15--16世紀の羅英辞書の系統を簡単に示そう.よく知られているのは,1430年辺りの部分的な写本版が残っている Hortus Vocabulorum である.1500年に出版され,27,000語ものラテン単語が意味別に掲載されている.英羅辞書については,1440年の写本版が知られている Promptorium Parvalorum sive Clericum が,1499年に出版され,以後1528年まで改訂されることとなった.
 16世紀前半に存在感を示した羅英辞書は,The Dictionary of Sir Thomas Elyot knight (1538) である(タイトルが英語であるこに注意).これは先行する Hortus Vocabulorum の影響をほとんど受けておらず,むしろ Ambrogio Calepino の羅羅辞書をベースにしている (Dixon 43) .世紀の半ばの1565年に Bishop Thomas Cooper による羅英辞書 Thesaurus Linguae Romanae & Britannicae が出版され一世を風靡したが,世紀後半の1587年に Thomas Thomas により出版された羅英辞書 Dictionarium Linguae Latinae et Anglicanae にその地位を奪われていくことになった.そして,この Thomas Thomas の羅英辞書こそが,Mulcaster より後の Coote -- Cawdrey -- Bullokar ラインの英英辞書 --- すなわち英語史上初の英英辞書群 --- の源泉だったという事実を指摘しておきたい (Dixon 48) .
 関連して,「#3544. 英語辞書史の略年表」 ([2019-01-09-1]),「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1]),「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1]) を参照.

 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

Referrer (Inside): [2021-03-03-1]

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2021-03-01 Mon

#4326. 最初期の英英辞書のラインは Coote -- Cawdrey -- Bullokar [mulcaster][coote][cawdrey][bullokar][lexicography][dictionary]

 英語史上初の英英辞書を巡って「#4324. 最初の英英辞書は Coote の The English Schoole-maister?」 ([2021-02-27-1]) と「#4325. 最初の英英辞書へとつなげた Coote の意義」 ([2021-02-28-1]) の記事で議論してきた.前者の記事で「英語辞書の草創期として Mulcaster -- Coote -- Cawdrey のラインを認めておくことには異論がないだろう」と述べたが,辞書編纂のように様々な影響関係があるのが当然とされる分野では「ライン」は1つに定まらないし,とどまりもしない.
 英英辞書の嚆矢は一般に Robert Cawdrey の A Table Alphabeticall (1604) とされるが,Dixon (47) によればこれは間違いで,Edmund Coote の The English Schoole-maister (1596) こそが真の嚆矢であるという.一方,その後をみると,John Bullokar の An English Expositor (1616) が2人の後継という位置づけだ.Coote -- Cawdrey -- Bullokar という新たなラインを,ここに見出すことができる.Dixon (47) の要約が簡潔である.

・ 1596. Edmund Coote [a shool-teacher]. The English Schoole-maister, teaching all his scholers, of what age soeuer, the most easie, short and perfect order of distinct reading and true writing our English tongue. Includes texts, catechism, psalms and, on pages 74--93, a vocabulary of about 1,680 items with definitions (mostly of a single word) provided for about 90 per cent of them.
・ 1604. Robert Cawdrey [a clergyman and school-teacher]. A Table Alphabeticall, conteyning and teaching the true writing, and vnderstanding of hard vsual English wordes, borrowed from the Hebrew, Greeke, Latine, or French, etc. ... Consists just of a vocabulary of about 2,540 items, all with definitions.
・ 1616. John Bullokar [a physician]. An English Expositor: teaching the interpretation of the hardest words used in our language. With sundry explications, descriptions, and discourses ... Consists just of a vocabulary of about 4,250 items, all with definitions.


 段階的に収録語数が増えているということが分かるが,互いの影響関係がおもしろい.Dixon (47) の上の引用に続く1節によると,Cawdrey は Coote の見出し語の87%をコピーしており,定義も半分ほどは同じものだという.そして,Bullokar はどうかといえば,今度は Cawdrey におおいに依拠しているという.
 これらの最初期の英英辞書編纂者に対する評価の歴史を振り返ってみると,またおもしろい.1865年の Henry B. Wheatley という辞書史家は,Bullokar を英英辞書の嚆矢としている.先の2人の存在に気づいていなかったらしい.また,1933年の Mitford M. Matthews は "Robert Cawdrey was the first to supply his countrymen with an English dictionary." (qtd. in Dixon (47--48)) と述べており,これが後の英語辞書史の分野で定説として持ち上げられ,現在に至る.確かに英語辞書史の本のタイトルを見渡すと,The English Dictionary from Cawdrey to Johnson (1946) や The English Dictionary before Cawdrey (1985) や The First English Dictionary, 1604 (2007) などが目につく.

 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.
 ・ Wheatley, Henry B. "Chronological Notes on the Dictionaries of the English Language." Transactions of the Philological Society for 1865. 218--93.
 ・ Matthews, Mitford M. A Survey of English Dictionaries. London: OUP, 1933.

Referrer (Inside): [2021-03-03-1] [2021-03-02-1]

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2021-02-28 Sun

#4325. 最初の英英辞書へとつなげた Coote の意義 [coote][cawdrey][mulcaster][lexicography][dictionary]

 昨日の記事「#4324. 最初の英英辞書は Coote の The English Schoole-maister?」 ([2021-02-27-1]) に引き続き,英語辞書の草創期の一角を担った Edmund Coote とその著書 The English Schoole-maister (1596) の語彙一覧表の評価について.
 豊田 (377) は,同書が発音と綴字の教科書として果たした歴史的な意義を評価するに飽き足りず,英語辞書史上の価値を積極的に認めようとしている.

本書が,最初の英語辞書と評される Cawdrey の A Table Alphabeticall に直接的な影響を与えたことは,上掲の対照表から容易に看取することができる.Coote が語彙表であげている語,および語義の説明はすべてそのまま Cawdrey の辞典に収録されている.当時は借用と改作と盗作の時代 ('It was an era of borrowing, adapting and downright plagiarism') といわれるが,英国で最初の辞典編集者という栄に輝く Cawdrey が Coote に負うところは,決して少なくない.そしてまた,Cawdrey の辞書の表題 A Table Alphabeticall も,Coote の一覧表の前置きとして付された 'Directions for the vnskilfull' 中の "If thou hast not been acquainted with such a table as this following, and desirest to make vse of it, thou must get the Alphabet, that is, the order of the letters as they stand,..." における a table...Alphabet に示唆を得たという推定もなされている.A Table Alphabeticall は,'hard vsuall English wordes' を 'plaine English wordes' で説明するもので,いわゆる難解語辞典の草分とされるが,Coote にはすでに 'hard words' ('The Schoole-maister his profession'), および 'hardest' という語 ('Directions') が見える。英語辞書の歴史の記述には 'From Cawdrey to Johnson' なる章を設けて Cawdrey の貢献の跡をたどるのが普通であるが,最初の英語辞典の重要な典拠として,本書の価値は積極的に認めなければならないであろう.


 改めて「辞書」というのは何なのだろうか,別の単語による言い換え程度の定義らしきもののついた語彙一覧表との差異は何なのだろうか,と考えさせられた.

 ・ Coote, Edmund. The English Schoole-Maister. 1596.
 ・ 豊田 昌倫 「Edmund Coote: The English Schoole-maister の解説」『William Bullokar: Book at large, Bref Grammar and Pamphlet for Grammar. P. Gr.: Grammatica Anglicana. Edmund Coote: The English Schoole-maister』英語文献翻刻シリーズ第1巻.南雲堂,1971年.365--80頁.

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2021-02-27 Sat

#4324. 最初の英英辞書は Coote の The English Schoole-maister? [coote][cawdrey][mulcaster][lexicography][dictionary]

 英語辞書史上,最初の英英辞書は一般に Robert Cawdrey の A Table Alphabeticall (1604) とされている.これについて,「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1]),「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1]),「#726. 現代でも使えるかもしれない教育的な Cawdrey の辞書」 ([2011-04-23-1]),「#1609. Cawdrey の辞書をデータベース化」 ([2013-09-22-1]) などの記事で取り上げてきた.
 ただし Cawdrey も徒手空拳で史上初の英英辞書を作ったわけではない.例えば,すでに1582年に Richard Mulcaster が The First Part of the Elementarie のなかで8000語ほどの語彙集 "Generall Table" を掲げており,実際その多くが Cawdrey の辞書に反映されている (cf. 「#441. Richard Mulcaster」 ([2010-07-12-1])) .
 同じように,Edmund Coote が1596年に上梓した発音と綴字の教科書 The English Schoole-maister の第3部では約1500語の難解語の一覧表が挙げられており,Cawdrey はこちらも明らかに参照している.Coote の語彙一覧表には別の単語による言い換え程度のものではあるが「定義」も付されており,この部分を独立してみるならば,これこそ史上初の英英辞書とみなしてもよいのではないかと思われる.実際,Dixon (ix) は,そのようにとらえているようだ.

The first monolingual English dictionaries --- commencing in 1596 --- dealt just with 'hard words' (those of foreign origin) and explained them in terms of Germanic forms. The second such dictionary, by Robert Cawdrey in 1604, included:
   lassitude, wearines


 豊田 (375) も「Edmund Coote: The English Schoole-maister の解説」にて,これとやや近いことを述べている.

従来の類書では正しい綴字法を呈示することが目的とされたのに対し,難解な語に英語による説明を並置する Coote の語彙表は,英語辞典の雛形というべきものであり,同じく 'Schoole-maister' であった Robert Cawdrey の A Table Alphabeticall, conteyning and teaching the true vvriting, and vnderstanding of hard vsuall English wordes, borrowed from the Hebrew, Greeke, Latine, or French. Etc. (1604) に大きな影響を及ぼすことになる.


 いずれをもって最初の英語辞書とするかは「辞書」の定義の問題であり,ここでは踏み込まないが,英語辞書の草創期として Mulcaster -- Coote -- Cawdrey のラインを認めておくことには異論がないだろう.

 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.
 ・ Coote, Edmund. The English Schoole-Maister. 1596.
 ・ 豊田 昌倫 「Edmund Coote: The English Schoole-maister の解説」『William Bullokar: Book at large, Bref Grammar and Pamphlet for Grammar. P. Gr.: Grammatica Anglicana. Edmund Coote: The English Schoole-maister』英語文献翻刻シリーズ第1巻.南雲堂,1971年.365--80頁.

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2021-01-08 Fri

#4274. 英語の学習・教育にも英語史・英語学の研究にもコーパスやオンラインツールを [corpus][coca][dictionary][methodology][elt]

 先月出版された今井著『英語独習法』が広く読まれているようだ.認知科学に基づく効果的な英語学習の指南書である.私も読了したところだが,目を引いたのは「第5章 コーパスによる英語スキーマ探索法 基本篇」と「第6章 コーパスによる英語スキーマ探索法 上級篇」である.そこでは,学習者に求められるのは受け身の学習ではなくコーパスを利用した能動的な学習であると説かれ,具体的なオンラインコーパスの利用法が伝授される.ターゲットとなる単語についてコーパスが与えてくれる頻度,共起,例文,関連語などの情報をもとに,その単語に関するスキーマを自ら習得していくことが大事である,という趣旨だ.そこで挙げられているコーパスを含めたオンラインツールのうち,無料で利用できるものを挙げておきたい(今井,259--60).

 ・ Weblio 英和・和英辞典
 ・ Cambridge English Dictionary
 ・ SkELL (= Sketch Engine for Language Learning)
 ・ COCA (= Corpus of Contemporary American English)
 ・ WordNet: A Lexical Database for English

 本書の5,6章のほか「探究実践篇」と題する50ページを超える部分では,英語学習のみならず英語学の研究テーマとなり得る種類の話題がいくつか取り上げられており,英語学・英語史を専攻する大学生にとっても有用である.コーパスを利用した研究のヒントとなるだろう.
 本書を貫くキーワード「スキーマ」は「氷山の水面下の知識」とも言い換えられている.英語の単語や表現を真に習得するためには,それを取り巻く百科辞典的な知識たる「スキーマ」を習得することが必要である.英語の単語や表現の習得のためには,確かに必要である.
 (ここからは我田引水にて失礼.)一方,英語という言語を理解するためには,英語のスキーマを理解しておく必要がある.英語を取り巻く社会言語学的な環境であるとか,英語を英語たらしめてきた歴史(=英語史)に関する知識である.これは氷山の水面下にある百科辞典的な知識であり,自然には身につけることができない.やはり能動的に学んでいく必要がある.
 本書を読み,英語史は「英語のスキーマ」「英語という氷山の表面化の知識」の一部を構成するものだったのだな,と気づいた次第.

 ・ 今井 むつみ 『英語独習法』 岩波書店〈岩波新書〉,2020年.

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2020-12-08 Tue

#4243. 英単語の意味変化の辞典 --- NTC's Dictionary of Changes in Meanings [dictionary][lexicology][semantic_change][oed][bibliography][bleaching]

 あまり知られていないと思われる NTC's Dictionary of Changes in Meanings を紹介します.英単語の意味変化に特化した辞典です.これを手元に置いておくと便利なことが多いです.単語ごとにその意味変化を調べようと思えば,まずは OED に当たるのが普通です.しかし,OED はあまりに情報量が多すぎて,ちょっと調べたい場合には適さないことも多いですね.鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん,ということになりかねません.そんなときに手近に置いておくと便利な辞典の1つが,この Room (編)の辞書です.意味変化に焦点を絞って編まれています.ありがたや.
 先日,院生からのインプットで passion という語の起源について関心をもちました.その意味は,「情熱」はもちろん「(キリスト教徒の)受難」もありますし「受動」 (cf. passive) もあります.互いにどう関係するのでしょうか.もともとの語源はラテン語 patī (to suffer) です.堪え忍ぶからこそ「受難」なのであり,受難を堪え忍ばせるだけの「情熱」ともなるわけです.「受動,受け身」の語義も納得できるでしょう.宗教的な強い感情を表わすのに相応しい語源ですね.
 しかし,その強い情熱的感情を表わした語が,常用されるうちに「強意逓減の法則」により,単なる「あこがれ」へと弱まっていきます.現在では He has a passion for golf. のように薄められた意味で用いられるようになっています.
 では,上記の意味変化の辞書で passion (200--01) に当たってみましょう.以下のようにありました.

passion (strong feeling, especially of sexual love; outbreak of anger)
The earliest 'passion' was recorded in English in the twelfth century, and was the suffering of pain, and in particular the sufferings of Christ (as which today it is usually spelt with a capital letter). This is therefore the meaning in the Bible in Acts 1:3, where the word was retained from Wyclif's translation of 1382 down to later versions of the sixteenth and seventeenth centuries (in the Authorized Version of 1611: 'To whom also he shewed himself alive after his passion'). In the fourteenth century, the sense expanded from physical suffering to mental, and entered the emotional fields of strongly experienced hope, fear, love, hate, joy, ambition, desire, grief and much else that can be keenly felt. In the sixteenth century, there was a kind of polarization of meaning into 'angry outburst' on the one hand, and 'amorous feeling' on the other, with the latter sense of 'passion' acquiring a more specifically sexual connotation in the seventeenth century Finally, and also in the seventeenth century, 'passion' gained its inevitably weakened sense (after so much strength) as merely 'great liking for' (as a 'passion' for riding or growing azaleas).


 「強意逓減の法則」を体現している好例といってよさそうです.

 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

Referrer (Inside): [2021-01-23-1]

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2020-07-09 Thu

#4091. DOST と SND --- スコットランド英語版の OED [scots_english][oed][dictionary][lexicography][lexicology][world_englishes][laos]

 世界の諸英語 (world_englishes) の種類は数あれど,スコットランド英語 (scots_english) は英語史において特別な位置づけにある.というのは,イングランド英語を除けば,スコットランド英語は,直接的に古英語に由来する唯一の英語変種だからである.一般的にはイギリスで話される英語の(訛った)1変種にすぎないという見方が普通だろうが,歴史的にみればイングランド英語と並んで最長の連続性を誇る由緒正しい変種なのである.その略史については「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) を参照されたい.
 この由緒正しい Scots English については,OED に匹敵する堂々たる歴史的な辞書が編纂されている.2つ紹介しよう.1つめは,DOST こと Craigie et al. 編の A Dictionary of the Older Scottish Tongue である.カバーする時代は,スコットランド英語がイングランド英語とは異なる独立した変種として発展した中世後期から,独立性を失っていった1700年頃までである.ただし,情報収集方針は時代によって異なっており,1600年までは包括的に収録されているといってよいが,17世紀分についてはスコットランドに特化した地域変種の辞書となっている.
 また,編纂方針について変遷が重ねられてきたという事情もある.編纂の前半期には,同一の語源に遡るものでも語形が異なる場合には,異なる見出しを立てるという方針が採られていたが,R の項に差し掛かってからは新編集長の Dareau のもとで totill を同じ見出しのなかで扱うなど異なる方針が採られることになった.背景には,編纂作業に関わる時間やリソースの逼迫があったようだ.
 一方,1700年以降のスコットランド英語を担当しているのが,もう1つの辞書,SND こと Scottish National Dictionary である.こちらも歴史的原則に立って編纂されているが,スコットランド英語がすでに独立性をほぼ失っていた時代を対象としていることもあり,1地域変種辞書というべき位置づけとなっている.
 この DOST と SND を合わせて,スコットランド英語版の OED とみなしてよいだろう.実際,両者は Dictionary of the Scots Language の名のもとに統合され,オンラインでアクセスできるようになっている.
 ちなみに,LALME や LAEME に対応する,古いスコットランド英語についての方言地図も作成されており A Linguistic Atlas of Older Scots (LAOS) としてこちらからアクセスできる.
 以上,Durkin (1152--53) を参照して執筆した.

 ・ Craigie, William A., Adam Jack Aitken, James A. C. Stevenson, and Marace Dareau, eds. A Dictionary of the Older Scottish Tongue. Oxford: OUP, 1931--2002. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
 ・ Grant, William and David D. Murison, eds. The Scottish national Dictionary: Designed Partly on Regional lines and Partly on Historical Principles, and Containing All the Scottish Words Known to be in Use or to have been in Use Since c. 1700. Edinburgh: Scottish National Dictionary Association, 1931--76. Supplement 2005. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
 ・ Williamson, Keith. A Linguistic Atlas of Older Scots, Phase 1: 1380--1500 (LAOS). 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laos1/laos1.html .
 ・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.

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2020-06-26 Fri

#4078. LEME = Lexicons of Early Modern English [leme][lexicography][dictionary][emode][lexicology][website][link][cawdrey][mulcaster][etymological_respelling]

 一昨日,昨日の記事 ([2020-06-24-1], [2020-06-25-1]) で,古英語には DOE という辞書が,中英語には MED という辞書が揃っていることをみたが,(初期)近代英語期の辞書はないのだろうか.
 初期近代英語辞書は古くより望まれていたが,現状としてはない.Shakespeare の辞書や The King James Bible のコンコーダンスはあるが,同時代を広く扱う辞書は存在していないのである.
 しかし,そのような辞書の代わりとなるようなデータベースは存在する.標題の LEME (= Lexicons of Early Modern English) である.これは初期近代英語期に文証される語を辞書編纂用に収集したリストというよりも,当時書かれた1400冊ほどの辞書や語彙集をそのままデータベース化したものである.現代英語の語彙に対応させると6万を超える語彙項目を数えるという.先行の Early Modern English Dictionaries Database (EMEDD) を受けて発展してきたプロジェクトで,およそ1480--1755年の間に書かれた辞書類の印刷本や写本が収集されてきた.公式サイトの案内によると「辞書類」とは "monolingual, bilingual, and polyglot dictionaries, lexical encyclopedias, hard-word glossaries, spelling lists, and lexically-valuable treatises" とのことである.このデータベース全体を一種の複合辞書とみなすことはできるが,現代人が現代の辞書編纂技術をもって当時の語を記述したという意味での「辞書」ではなく,あくまで同時代の人々の語感が込められた(ある意味で新歴史主義的な)「辞書」ということになろう.
 私自身は LEME をまったく使いこなせていないが,様々な検索が可能なようで,一度じっくりと勉強したいと思っている.辞書編纂はいくぶんなりとも意識的な語彙の選択・使用を前提としているという点で,そうではない一般のコーパスにみられる語彙の選択・使用と比較してみるとおもしろいかもしれない.例えば,初期近代英語期に特徴的な語源的綴字 (etymological_respelling) の使用を調査するとき,辞書に示される綴字は LEME で,一般の綴字は EEBO Online corpus などで調べて比較してみるという研究が考えられる.
 初期近代英語期の辞書事情は,それ自体が英語史上の1つの研究テーマとなりうる懐の深さがある.本ブログでも,以下を始めとして多くの記事で取り上げてきた.そこで触れてきた辞書も,およそ LEME に含まれているようだ.

 ・ 「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1])
 ・ 「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1])
 ・ 「#1609. Cawdrey の辞書をデータベース化」 ([2013-09-22-1])
 ・ 「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1])
 ・ 「#610. 脱難語辞書の18世紀」 ([2010-12-28-1])
 ・ 「#1995. Mulcaster の語彙リスト "generall table" における語源的綴字」 ([2014-10-13-1])
 ・ 「#3224. Thomas Harman, A Caveat or Warening for Common Cursetors (1567)」 ([2018-02-23-1])
 ・ 「#3544. 英語辞書史の略年表」 ([2019-01-09-1])

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2020-06-25 Thu

#4077. MED の辞書としての特徴 [lexicography][dictionary][med][me][corpus][website][link][bibliography][onomastics]

 昨日の記事「#4076. Dictionary of Old EnglishDictionary of Old English Corpus」 ([2020-06-24-1]) に引き続き,英語史研究にはなくてはならないツールについて.中英語研究といえば,何をおいても MED を挙げなければならない (Kurath, Hans, Sherman M. Kuhn, John Reidy, and Robert E. Lewis. Middle English Dictionary. Ann Arbor: U of Michigan P, 1952--2001. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/med/) .昨日の DOE と DOEC の関係と同様に,MED にも関連する MEC というコーパスがあり,こちらもたいへん有用である (MEC = McSparran, Frances, ed. Middle English Compendium. Ann Arbor: U of Michigan P, 2006. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/mec/) .
 MED は1952年に最初の小冊が出版され,1991年に最後の小冊が出版されて完成した.その後,2000年にオンライン版の Middle English Compendium に組み込まれ,使い勝手が大幅に向上した.細かな検索ができることはもちろん,hyperbibliography の充実振りが嬉しい.56,000件ほどの見出し語を誇る中英語最大の辞書であることはいうにおよばず,中英語研究史上の最大の成果物といえる.2018年にはほぼ20年振りの改訂版が公開され,現在も中英語研究の第一線を走っている.
 MED には,使用に当たって知っておくべきいくつかの特徴がある.Durkin (1150--52) に拠って指摘しておこう.まず,MED は,語義に多くの注意を払う辞書だということだ.OED ではある語の語形を大きな基準として記述を仕分けているが,MED のエントリーの最大の構成原理は語義である.ある意味では語形の違いなどは方言差と割り切って,LALME や LAEME に委ねているといった風である.しかし,この語義優先という特徴により,語学的な研究のみならず,文化的,歴史的な研究にも資するツールとなっているという側面がある.
 語義の重視と関連して,MED は該当語の固有名詞としての使用にも意を払っている.たいてい最後の語義として言及されるが,これは固有名詞研究や歴史研究に有用である.多言語テキストに記されている英語の地名なども拾い上げられており,他言語文献や言語接触の研究にも資する情報である.
 MED で惜しむらく点は,語源記述が少ないことだ.直前の古英語形や借用語であればソース言語での形態などを挙げているにとどまり,深みがない.
 最後に指摘しておくべきは,例文に付されている年代について,(1) 写本(証拠)そのものの年代と,(2) テキストが作成されたとおぼしき年代とが,分けて記されている点である(後者はカッコでくくられている).両年代を念頭におけば,例えば異写本間での語形の比較に際して貴重な判断材料となるだろう.この重要な情報は,diplomatic な読みを追求する文献学的な関心に答えてくれる可能性を秘めている.
 関連して「#4016. 中英語研究のための基本的なオンライン・リソース」 ([2020-04-25-1]) も参照.

 ・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.

Referrer (Inside): [2020-06-26-1]

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2020-06-24 Wed

#4076. Dictionary of Old EnglishDictionary of Old English Corpus [lexicography][dictionary][doe][corpus][oe][website][link][bibliography]

 標題の辞書は,目下進行中の古英語辞書編纂プロジェクトの所産である(cf. 「#3006. 古英語の辞書」 ([2017-07-20-1])).進行中なので未完成ということになるが,現在 The Dictionary of Old English (DOE) のサイト より,Dictionary of Old English: A to I online, ed. Angus Cameron, Ashley Crandell Amos, Antonette diPaolo Healey et al. (Toronto: Dictionary of Old English Project, 2018). の項目をオンラインで閲覧・参照できる(限定利用できる無料版あり).
 この DOE と連動する形で古英語コーパス (DOEC) の編纂も同時に進行しており,Dictionary of Old English Web Corpus よりオンラインでアクセスできるようになっている(限定利用できる無料版あり).現存する古英語の文献資料は語数にして約300万語とされ,網羅的な目録を編纂し,網羅的な検索ツールを作ることは可能な範囲である.DOEC は,そのような目的の下,DOE 編纂プロジェクトの一環として,まず高頻度語を収録したマイクロフィッシュ版が1980年と1985年に公開された.その後,1997年にオンライン版が公開される一方,2005年には A--F までの項目を収録した CD-ROM 版も世に出た.その後も現在に至るまで,編纂者たちの地道な努力によって公開項目が増してきている.
 DOE の各語のエントリーでは,文証されるスペリング,語義や用例,(翻訳テキストの場合)対応するラテン単語などの情報が得られ,OED への参照を含めた参考資料へのアクセスも提供されている.
 この世に完璧なツールはないように,DOE(C) にも使用に際して注意すべき点はある.古英語テキストに複数のバージョンがある場合,文献学的には各々の単語の variants の情報が得られることが望ましいが,DOE(C) ではテキストによってその収録幅に揺れがある.また,語としての variants はおよそ拾い上げられているとしても,統語的,形態的,音韻的な意義をもつ variants にはさほど意が払われていない.さらに,書記上の省略が暗黙のうちに展開されているという点にも注意が必要である.語源情報が与えられていない点も,辞書として残念ではある.
 それでも,古英語研究における DOE の重要性と期待の大きさは計りしれない.OED にも古英語単語は収録されているが,あくまで部分的であり,1150年を超えて生き延びた古英語単語に限定されている.編纂プロジェクトのインスピレーション自体は,OED の初版が完成されつつあった100年ほど前の Craigie のアイディアに由来するというから,実に息の長いプロジェクトなのである.応援していきましょう.
 DOEC については,CoRD (Corpus Resource Database) よりこちらの情報もどうぞ.

 ・ Lowe, Kathryn A. "Resources: Early Textual Resources." Chapter 71 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1119--31.
 ・ Traxel, Oliver M. "Resources: Electronic/Online Resources." Chapter 72 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1131--48.
 ・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.

Referrer (Inside): [2020-06-26-1] [2020-06-25-1]

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2020-04-25 Sat

#4016. 中英語研究のための基本的なオンライン・リソース [bibliography][website][link][corpus][dictionary][hel_education][auchinleck][oed][htoed][laeme][lalme][med][ceec][me]

 標記について,Smith (47--48) の参考文献表よりいくつか抜き出し,整理し,リンクを張ってみた(現時点で生きたリンクであることを確認済み).本ブログでは,その他各種のオンライン・リソースも紹介してきたが,まとめきれないので link を参照.とりわけ Chaucer 関連のリンクは「#290. Chaucer に関する Web resources」 ([2010-02-11-1]) をどうぞ.



 ・ AM = Burnley, David and Alison Wiggins, eds. Auchinleck Manuscript. National Library of Scotland, 2003. Available online at http://www.nls.uk/auchinleck/ .
 ・ CEEC = Nevalainen, Terttu, Helena Raumolin-Brunberg, Jukka Keränen, Minna Nevala, Arja Nurmi, and Minna Palander-Collin. Corpus of Early English Correspondence (CEEC). Department of English, U of Helsinki. Available online at http://www.helsinki.fi/varieng/CoRD/corpora/CEEC/index.html .
 ・ CSC = Meurman-Solin, Anneli. Corpus of Scottish Correspondence. U of Helsinki, 2007. Available online at http://www.helsinki.fi/varieng/CoRD/corpora/CSC/ .
 ・ CTP = Robinson, Peter and Barbara Bordalejo. The Canterbury Tales Project. Institute of Textual Scholarship and Electronic Editing, U of Birmingham, 1996--. Available online at http://server30087.uk2net.com/canterburytalesproject.com/index.html .
 ・ HTOED = Kay, Christian, Jane Roberts, Michael Samuels, and Irené Wotherspoon, eds. Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary. Oxford: OUP, 2009. Available online via http://www.oed.com/ .
 ・ LAEME = Laing, Margaret and Roger Lass. LAEME: A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. U of Edinburgh, 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme2/laeme2.html .
 ・ LALME = McIntosh, Angus, Michael Samuels, and Michael Benskin, with Margaret Laing and Keith Williamson. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English (LALME). Aberdeen: Aberdeen UP, 1986. Available online as eLALME at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/elalme/elalme_frames.html .
 ・ LAOS = Williamson, Keith. A Linguistic Atlas of Older Scots, Phase 1: 1380--1500 (LAOS). 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laos1/laos1.html .
 ・ MEC = McSparran, Frances, ed. Middle English Compendium. Ann Arbor: U of Michigan P, 2006. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/mec/ .
 ・ MED = Kurath, Hans, Sherman M. Kuhn, John Reidy, and Robert E. Lewis. Middle English Dictionary. Ann Arbor: U of Michigan P, 1952--2001. Available online at http://quod.lib.umich.edu/m/med/ .
 ・ MEG-C = Stenroos, Merja, Martti Mákinen, Simon Horobin, and Jeremy Smith. The Middle English Grammar Corpus (MEG-C). Version 2011.2. Available online at https://www.uis.no/research/history-languages-and-literature/the-mest-programme/the-middle-english-grammar-corpus-meg-c/ .
 ・ OED = Simpson, John, ed. The Oxford English Dictionary. 3rd ed. Oxford UP, 2000--. Available online at http://www.oed.com/.
 ・ TOE = Edmonds, Flora, Christian Kay, Jane Roberts, and Irené Wotherspoon. Thesaurus of Old English. U of Glasgow, 2005. Available online at https://oldenglishthesaurus.arts.gla.ac.uk/ .
 ・ VARIENG = Nevalainen, Terttu, Irma Taavitsainen, and Sirpa Leppänen. The Research Unit for Variation, Contacts and Change in English (VARIENG). Department of English, U of Helsinki. Available online at http://www.helsinki.fi/varieng/index.html .



 ・ Smith, Jeremy J. "Periods: Middle English." Chapter 3 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 32--48.

Referrer (Inside): [2020-06-25-1]

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2020-02-01 Sat

#3932. 分かち書きがなかったら検索も不便だし,辞書の見出しという発想も出てこない [distinctiones][lexicography][word][dictionary][alphabet]

 私たちは,非表音文字を含む日本語の書記において続け書き (scriptura continua) がなされるのに慣れており,特に問題を感じていない.しかし,最たる表音文字であるアルファベットを用いる言語圏で,もし続け書きがなされていたらと想像すると,頭が痛くなる.実際には,連日の記事で取り上げてきたように,それが古典ギリシア語や古典ラテン語では常態だったのではあるが (cf. 「#3929. なぜギリシアとローマは続け書きを採用したか? (1)」 ([2020-01-29-1]),「#3930. なぜギリシアとローマは続け書きを採用したか? (2)」 ([2020-01-30-1]),「#3931. 語順の固定化と分かち書き」 ([2020-01-31-1])) .
 現代人の感覚からすると,アルファベットの分かち書き (distinctiones) という発明は当たり前すぎて,疑ったこともない.分かち書きがなかったらどうなるのだろうかと想像することすらしない.しかし,よくよく考えてみると,分かち書きにより語の区切りが明確に分かるというのは実にありがたいことである.続け書きでは,読み手がいちいち語の区切りを判断しなければならない.字面が連綿と続くページのなかで,ある語を検索しようとするとき,分かち書きと続け書きでは,検索スピードが天と地ほど異なるだろう.分かち書きは,語の検索という作業に革命的な能率をもたらすのだ.
 さらに,語の検索を主たるサービスとして提供する辞書 (dictionary) や語彙集 (glossary) や各種の索引を考えてみよう.現代の辞書では,語彙項目がアルファベット順などの決められた順序で,行頭に見出しとして立てられているからこそ検索しやすいのであって,もし延々と連なる続け書きされた文字列のなかから目的の語彙項目の見出しを探さなければならないとしたら,そもそも検索サービスの用を足していないとみなされるだろう.辞書や索引は分かち書きが前提とされているのである.このことは当たり前すぎて気づきすらしなかったことだ.
 このような点に注意を向けさせてくれたのは,Saenger (90) の指摘である.古代的な続け書きが解消され,中世的な分かち書きが発達してきて初めて,用が足りる辞書的なものが現われたのだという.同様に,アルファベット順に並べるという実践も,本質的には中世以降に出現した発想といっていいだろう.

It is difficult to imagine an alphabetical dictionary functioning as a reference tool when written in scriptura continua, even after the codex had supplanted the scroll. For the Greeks and Romans, alphabetical order was chiefly an aid to grammarians in assembling collections of grammatical definitions, such as that of Pompeius Festus, and as a mnemonic tool for relatively short lists of names. The alphabetical principle was never used to facilitate rapid consultation, as in modern indexes.


 分かち書き,アルファベット順,辞書編纂というのは,すべて関わりがあるということだ.関連して,「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1]),「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1]),「#1451. 英語史上初のコンコーダンスと完全アルファベット主義」 ([2013-04-17-1]),「#2930. 以呂波引きの元祖『色葉字類抄』」 ([2017-05-05-1]),「#3365. 以呂波引きの元祖『色葉字類抄』 (2)」 ([2018-07-14-1]) も参照.

 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP.

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2019-03-24 Sun

#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則 [johnson][dictionary][prescriptive_grammar][comparison][superlative][adjective][suffix][lexical_diffusion]

 1755年の Johnson の辞書の序文に "Grammar of the English Tongue" と題する英文法記述の章がある.そこで形容詞の比較についてもスペースが割かれているが,-er/-est 比較か more/most 比較かという使い分けの問題は,当時も規則に落とし込むのが難しい問題だったようだ.Johnson なりの整理の仕方を見てみよう.
 

          The Comparison of Adjectives.

   The comparative degree of adjectives is formed by adding er, the superlative by adding est, to the positive; as, fair, fairer, fairest; lovely, lovelier, loveliest; sweet, sweeter, sweetest; low, lower, lowest; high, higher, highest.
   Some words are irregularly compared; as good, better, best; bad, worse, worst; little, less,, least; near, nearer, next; much, more, most; many (or moe), more for moer), most (for moest); late, latter, latest or last.
   Some comparatives form a superlative by adding most, as nether, nethermost; outer, outmost; under, undermost; up, upper, uppermost; fore, former, foremost.
   Many adjectives do not admit of comparison by terminations, and are only compared by more and most, as benevolent, more benevolent, most benevolent.
   All adjectives may be compared by more and most, even when they have comparatives and superlatives regularly formed; as fair; fairer, or more fair; fairest, or most fair.
   In adjectives that admit a regular comparison, the comparative more is oftener used than the superlative most, as more fair is oftener written for fairer, than most fair for fairest.
   The comparison of adjectives is very uncertain; and being much regulated by commodiousness of utterance, or agreeableness of sound, is not easily reduced to rules.
   Monosyllables are commonly compared.
   Polysyllables, or words of more than two syllables, are seldom compared otherwise than by more and most, as deplorable, more deplorable, most deplorable.
   Disyllables are seldom compared if they terminate in some, as fulsome, toilsome; in ful, as careful, spleenful, dreadful; in ing, as trifling, charming; in ous, as porous; in less, as careless, harmless; in ed, as wretched; in id, as candid; in al, as mortal; in ent, as recent, fervent; in ain, as certain; in ive, as missive; in dy, as woody; in fy, as puffy; in ky, as rocky, except lucky; in my, as roomy; in ny, as skinny; in py, as ropy, except happy; in ry, as hoary.


 Johnson はこのように整理した上で,なおこれらの規則に沿わない例も散見されるとして,Milton や Ben Jonson からの実例を挙げている.
 それでも上に引用した記述には,興味深い点が多々含まれている.たとえば,位置・方角を表わす語では most が接尾辞として付加されるというのは語源的におもしろい (ex. nethermost, outmost, undermost, uppermost, foremost) .outer については「#3616. 語幹母音短化タイプの比較級に由来する latter, last, utter」 ([2019-03-22-1]) を参照.また,foremost については「#1307. mostmest」 ([2012-11-24-1]) を参照.
 加えて,句比較を許す形容詞について most を用いる最上級よりも more を用いる比較級のほうが高頻度だというのも興味深い指摘だ.比較級と最上級ではそもそも傾向が異なるかもしれないという視点は,示唆に富む.
 Milton の時代には許された virtuousest, famousest, pow'rfullest などが Johnson (の時代)では許容されなくなっているという点も見逃せない.Johnson がすでに現代的な感覚をもっていたことになるからだ.使い分けの細部を除けば,Johnson の時代までに現代の分布の大枠はできあがっていたと考えてよさそうだ.
 一方,そのような「細部」の1点について,Lass が指摘していることも示唆的である.Lass (157) は,Johnson では許容されていない woody, puffy, rocky, roomy などの屈折比較が現在では許容されている事実を考えると,当時から現代までに屈折比較の適用範囲が拡大してきた可能性があると述べている.もしそうならば,一種の語彙拡散 (lexical_diffusion) の例としてみることもできるだろう.
 18世紀の規範文法の読み直しは,後期近代英語から現代英語にかけての言語変化の「発見」を促してくれる.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.

Referrer (Inside): [2019-06-17-1]

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2019-01-09 Wed

#3544. 英語辞書史の略年表 [dictionary][lexicography][timeline][cawdrey][webster][johnson][mulcaster][oed]

 Dixon (242--44) より,英語に関する辞書史の略年表を掲げる.あくまで主要な辞書 (dictionary) や用語集 (glossary) に絞ってあるので注意.とりわけ18世紀以降には,ここで挙げられていない多数の辞書が出版されたことに留意されたい.それぞれのエントリーは特に記載のないかぎり単言語辞書を指しており,出版年は初版の年を表わす.

c725Corpus Glossary. Latin to Latin, Old English, and Old French.
c1000Aelfric's glossary. Latin to Old English.
1499Anonymous. Promptorium Parvalorum [ms version in 1430]. English to Latin.
1500Anonymous. Hortus Vocabularum [ms version in 1440]. Latin to English.
1535Ambrogio Calepino. Dictionarium Latinae Linguae. Monolingual Latin.
1538Thomas Elyot. Dictionary. Latin to English.
1552Richard Huloet. Abecedarium Anglo-Latinum. English to Latin.
1565Thomas Cooper. Thesaurus Linguae Romanae & Britannicae. Latin to English.
1573John Baret. An Alvearie or Triple Dictionarie. English, Latin, and French.
1582Richard Mulcaster. Elementarie. [List of English words with no definitions.]
1587Thomas Thomas. Dictionarium. Latin to English.
1596Edmund Coote. The English Schoole-maister.
1604Robert Cawdrey. A Table Alphabeticall.
1613Academia della Crusca. Vocabulario. Monolingual Italian.
1616John Bullokar. An English Expositor.
1623Henry Cockeram. The English Dictionarie.
1656Thomas Blount. Glossographia.
1658Edward Phillips. The New World of English Words.
1676Elisha Coles. An English Dictionary.
1694Académie française. Dictionnaire. Monolingual French.
1702John Kersey. A New English Dictionary.
1721Nathan Bailey. A Universal Etymological English Dictionary.
1730Nathan Bailey. Dictionarium Britannicum.
1749Benjamin Martin. Lingua Britannica Reformata.
1753John Wesley. The Complete English Dictionary.
1755Samuel Johnson. Dictionary.
1765John Baskerville. A Vocabulary, or Pocket Dictionary.
1773William Kenrick. A New Dictionary of English.
1775John Ash. The New and Complete Dictionary.
1798Samuel Johnson, Junr. A School Dictionary.
1828Noah Webster. American Dictionary.
1830Joseph Emerson Worcester. Comprehensive Dictionary.
1835--7Charles Richardson. A New Dictionary of the English Language.
1847--50John Ogilvie. The Imperial Dictionary.
1872Chambers's English Dictionary. Robert Chambers and William Chambers.
1888--1928Oxford English Dictionary. James A. H. Murray et al.
1889--91The Century Dictionary and Cyclopedia. William Dwight Whitney.
1893--5A Standard Dictionary. Isaac K. Funk. [Later known as Funk and Wagnalls.]
1898Webster's Collegiate Dictionary. [No editor stated.]
1898Austral English. Edward E. Morris.
1909Webster's New International Dictionary. William Torey Harris and F. Sturgis Allen.
1911The Concise Oxford English Dictionary of Current English. H. W. Fowler and F. G. Fowler.
1927The New Century Dictionary. H. G. Emery and K. G. Brewster.
1933The Shorter Oxford English Dictionary. C. T. Onions.
1935The New Method English Dictionary. Michael West and James Endicott.
1938--44A Dictionary of American English. William A. Craigie and James R. Hulbert.
1947The American College Dictionary. Clarence Barnhart.
1948The Oxford Advanced Learner's Dictionary. As. S. Hornby.
1951A Dictionary of Americanisms. Mitford M. Mathews.
1965The Penguin English Dictionary. George N. Garmonsway.
1966The Random House Dictionary Unabridged. Jess Stein.
1969The American Heritage Dictionary. Anne H. Soukhanov.
1971Encyclopedic World Dictionary. Patrick Hanks.
1978Longman Dictionary of Contemporary English. Paul Proctor.
1979Collins English Dictionary. Patrick Hanks.
1981The Macquarie Dictionary. Arthur Delbridge
1987COBUILD English Dictionary. John Sinclair.
1988The Australian National Dictionary. W. S. Ramson.
1995The Oxford English Reference Dictionary. Judy Pearsall and Bill Trumble.
1999The Australian Oxford Dictionary. Bruce Moore.


 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

Referrer (Inside): [2021-03-02-1] [2020-06-26-1]

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