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scots_english - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-02-17 07:05

2019-01-23 Wed

#3558. 言語と言語名の記号論 [world_languages][sociolinguistics][dialect][variety][scots_english][celtic]

 ある言語を何と呼ぶか,あるいはある言語名で表わされている言語は何かという問題は,社会言語学的に深遠な話題である.言語名と,それがどの言語を指示するかという記号論的関係の問題である.
 日本の場合,アイヌ語や八重山語などの少数言語がいくつかあることは承知した上で,事実上「言語名=母語話者名=国家名=民族名」のように諸概念の名前が「日本」できれいに一致するので,言語を「日本語」と呼ぶことに何も問題がないように思われるかもしれない(cf. 「#3457. 日本の消滅危機言語・方言」 ([2018-10-14-1])).しかし,このように諸概念名がほぼ一致する言語は,世界では非常に珍しいということを知っておく必要がある.
 アジア,アフリカ,太平洋地域はもとより,意外に思われるかもしれないがヨーロッパ諸国でも言語,母語話者,国家,民族は一致せず,したがってそれらを何と呼称するかという問題は,ときに深刻な問題になり得るのだ(cf. 「#1374. ヨーロッパ各国は多言語使用国である」 ([2013-01-30-1])).たとえば,本ブログでは「#1659. マケドニア語の社会言語学」 ([2013-11-11-1]) や「#3429. マケドニアの新国名を巡る問題」 ([2018-09-16-1]) でマケドニア(語)について論じてきたし,「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1]) では旧ユーゴの諸言語の名前を巡る話題も取り上げてきた.
 本ブログの関心から最も身近なところでいえば,「英語」という呼称が指すものも時代とともに変化してきた.古英語期には,"English" はイングランドで話されていた西ゲルマン語群の諸方言を集合的に指していた.しかし,中英語期には,この言語の話者はイングランド以外でも,部分的にではあれスコットランド,ウェールズ,アイルランドでも用いられるようになり,"English" の指示対象は地理的も方言的にも広まった.さらに近代英語期にかけては,英語はブリテン諸島からも飛び出して,様々な変種も含めて "English" と呼ばれるようになり,現代ではアメリカ英語やインド英語はもとより世界各地で行なわれているピジン英語までもが "English" と呼ばれるようになっている.「英語」の記号論的関係は千年前と今とでは著しく異なっている.
 前段の話題は "English" という名前の指す範囲の変化についての semasiological な考察だが,逆に A と呼ばれていたある言語変種が,あるときから B と呼ばれるようになったという onomasiological な例も挙げておこう.「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) で紹介した通り,スコットランド低地地方に根付いた英語変種は,15世紀以前にはあくまで "Inglis" の1変種とみなされていたが,15世紀後半から "Scottis" と称されるようになったのである.この "Scottis" とは,本来,英語とは縁もゆかりもないケルト語派に属するゲール語を指していたにもかかわらずである.平田 (57) が指摘する通り,このような言語名の言い換えの背景には,必ずやその担い手のアイデンティティの変化がある.

古スコッツ語は,一一〇〇年から一七〇〇年まで初期スコッツ語,中期スコッツ語と変遷した歴史を持つが,もっとも大きな変化は,一五世紀末に呼び名が変わったこと,すなわちイングリスがスコティス(Scottis は Scottish の古スコッツ語異形.Scots は Scottis の中間音節省略形)と呼ばれるようになったことである.かつてスコティスという言葉はあきらかにハイランド(とアイルランド)のゲール語を指していた.スコットランド性はゲール語と結びつけられていた.ところが,ローランド人は,この言語変種の呼び名はスコティスであると主張した.これははっきりとした自己認識の転換であった.スコティスはこれ以後はゲール語以外の言語を指すようになった.これはスコットランドの言語的なアイデンティティが転換したことを示しているのである.


 言語と言語名の記号論ほど,すぐれて社会言語学的な話題はない.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

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2017-11-25 Sat

#3134. James VI 作の「主の祈り」 [monarch][scots_english][emode][bible]

 「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]) で古英語から現代英語にかけての「主の祈り」のヴァージョンを比べたが,ここに初期近代のスコットランド方言のヴァージョンを加えよう.
 学者肌のスコットランド王 James VI (1566--1625) が,1580年代に韻文版「主の祈り」を自らの Scots 方言で作成していた.本人による手書きのものが London, British Library, MS Royal 18 B.xvi, f. 44 に確認される.James VI は English English ではなく Scots (English) で書くことにためらいを感じていた様子はなく,堂々たる出来映えだ.Crystal (125) より再現しよう.

THE LORDIS PRAYER

Ô michtie father that in heauin remainis
thy noble name be sanctifeit alwayes
thy kingdome come, in earth thy will & rainis
euen as in heauunis mot be obeyed with prayse
& giue us lorde oure dayly bread & foode
forgiuing us all oure trespassis aye
as we forgiue ilk other in lyke moode
lorde in temptation lead us not ue praye
but us from euill deliuer euer moire
for thyne is kingdome ue do all record
allmichtie pouer & euerlasting gloire
for nou & aye so mot it be ô lorde.


 このスコットランド王 James VI が,後の1603年にイングランドのスチュワート朝の開祖としてイングランド王 James I ともなるわけだが,そのときに臣下の者たちとともにこの Scots 方言をロンドンの宮廷に運ぶこととなった.はたしてイングランドの民衆は,この方言を権威ある変種として認めたのだろうか.新しい宮廷言語の発生に,少なくともある種のショックは感じたことだろう.逆にいえば,Scots のイングランド英語化が始まった瞬間ともいえるだろう.
 この君主に関係する話題として,「#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do」 ([2010-08-31-1]),「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]),「#1952. 「陛下」と Your Majesty にみられる敬意」 ([2014-08-31-1]),「#2128. "than" としての noror」 ([2015-02-23-1]),「#3095. Your Grace, Your Highness, Your Majesty」 ([2017-10-17-1]) も参照されたい.

 ・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.

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2015-11-10 Tue

#2388. 世界の主要な英語変種の音韻的分類 [world_englishes][model_of_englishes][ame_bre][ame][bre][irish_english][australian_english][new_zealand_english][scots_english][map]

 世界の主要な英語変種を分類する試みは,主として社会言語学的な視点から様々になされてきた.本ブログでも,model_of_englishes の記事で取り上げてきた通りである.言語学的な観点からの分類としては,Trudgill and Hannah による音韻に基づくものが知られている.概論的にいえば,大きく 'English' type と 'American' type に2分する方法であり,直感的で素人にも理解しやすい.この常識的に見える分類が,結論としては,専門的な見地からも支持されるということである.この 'American' type と 'English' type の2分法は,より積極的に歴史的な視点を取れば,大雑把にいってイングランド内の 'northern' type と 'southern' type の2分法に相当することに注意したい.
 Trudgill and Hannah (10) は,音韻論的に注目すべき鍵として以下の10点を挙げて,英語諸変種を図式化した.

Key
1. /ɑː/ rather than /æ/ in path etc.
2. absence of non-prevocalic /r/
3. close vowels for /æ/ and /ɛ/, monophthongization of /ai/ and /ɑu/
4. front [aː] for /ɑː/ in part etc.
5. absence of contrast of /ɒ/ and /ɔː/ as in cot and caught
6. /æ/ rather than /ɑː/ in can't etc.
7. absence of contrast of /ɒ/ and /ɑː/ as in bother and father
8. consistent voicing of intervocalic /t/
9. unrounded [ɑ] in pot
10. syllabic /r/ in bird
11. absence of contrast of /ʊ/ and /uː/ as in pull and pool

10  9   8   7   6   5        6   7   8   9   11         10         11  5   1   2

|   |   |   |   |   |        |   |   |   |   |          |          |   |   |   |
|   |   |   |   |   |        |   |   |   |   | Northern |          |   |   |   |
|   |   |   |   |   | Canada |   |   |   |   | Ireland  | Scotland |   |   |   |
|   |   |   |   |   |        |   |   |   |   `----------+----------'   |   |   |
|   |   |   |   |   |        |   |   |   |              |              |   |   |
|   |   |   |   |   `--------+---+---+---+--------------+--------------'   |   |
|   |   |   |   |            |   |   |   |              |                  |   |
|   |   |   |   |            |   |   |   `----------,   |                  |   |
|   |   |   |   |            |   |   |              |   |                  |   |
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|   |   |   |   |   USA      |   |   |   ,----------+---+------------------'   |
|   |   |   |   |            |   |   |   | Republic |   |                      |
|   |   |   |   `------------'   |   |   |   of     |   |   ,------------------'
|   |   |   |                    |   |   | Ireland  |   |   |
|   |   |   `--------------------'   |   |          |   |   |  England  ,--------------------------------- 3
|   |   |                            |   |          |   |   |           | 
|   |   |                            |   |          |   |   |  Wales    |         ,----------------------- 4
|   |   |                            |   |          |   |   |           | South   | Australia   New
|   |   `----------------------------'   |          |   |   |           | Africa  |             Zealand
|   |                                    |          |   |   |           |         `----------------------- 4
|   |                                    |          |   |   |           |
|   `------------------------------------+----------'   |   |           `--------------------------------- 3
|                                        |              |   |
`----------------------------------------+--------------'   `--------------------------------------------- 2
                                         |
                                         `---------------------------------------------------------------- 1

 この図の説明として,Trudgill and Hannah (10) を引こう.

We have attempted to portray the relationships between the pronunciations of the major non-Caribbean varieties in [this] Figure 1.1. This diagram is somewhat arbitrary and slightly misleading (there are, for example, accents of USEng which are close to RP than to mid-western US English), but it does show the two main types of pronunciation: an 'English' type (EngEng, WEng, SAfEng, AusEng, NZEng) and an 'American' type (USEng, CanEng), with IrEng falling somewhere between the two and ScotEng being somewhat by itself.


 最後に触れられているように,Irish English が2大区分にまたがること,古い歴史をもつ Scots English が独自路線を行っていることは興味深い.

 ・ Trudgill, Peter and Jean Hannah. International English: A Guide to the Varieties of Standard English. 5th ed. London: Hodder Education, 2008.

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2014-06-06 Fri

#1866. putbut の母音 [vowel][pronunciation][scots_english][centralisation]

 中尾 (299--301) によれば,[ʊ] > [ʌ] の過程は,早くは15世紀初めから始まり,17世紀半ばには確立した.地域的には Wash の南側に限られ,以北では生じていない(「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]) の方言地図を参照).この過程が阻止されたのは,(1) [uː] > [ʊ] の過程が遅れた語彙項目 (ex. stood, foot, good) ,または (2) 唇音 [w, p, b, f] が先行している語彙項目 (ex. wolf, put, bush, full) においてである.しかし,(2) については,17世紀においてもなお [ʊ] 〜 [ʌ] の揺れが激しく,いずれか一方へと固定しなかった語彙項目も多い.したがって,長引く揺れと遅れた固定化により,音声環境としてはほぼ同一である putbut が異なる母音を示す結果となったと考えられる.put vs but のように非中舌母音と中舌母音の食い違いペアを以下に挙げよう(中尾,p. 301).

 ・ [wʊ]: wool, wolf, wood, woman, worsted, Worcester, Woolwich, Wolseley, Wolsey, Wolstan, Wolverley
 ・ [wʌ]: won, wonder, worry

 ・ [pʊ]: pull, push, put, pulpit, pullet, pudding, puss, pulley, Pulborough, Pulman
 ・ [pʌ]: puttee, pulse Puck pug, pun, puff, pulp, punish, impulse, pulmonary

 ・ [bʊ]: bull, bush, bullet, bushel, bullock, bullion, butcher, ambush, bully, bulwark, bulrush, bullace, bulletin, Bulwer, Boleyn, Bolingbroke
 ・ [bʌ]: bulb, but, bus, butter, bulk, buffet, bud, budget

 ・ [fʊ]: full, Fulham, Fulton, fulsome
 ・ [fʌ]: fulminate, fulgent, fulvous, fun, vulture


 put の中舌化については,こぼれ話がある.後期古英語に初出する put の原義は「押す,突く,刺す,打つ」であり,そこから意味が派生して「置く」となったが,ずっと遅れて18世紀になるとスコットランド方言でゴルフ用語としての「パット(軽打)」がまず名詞として現われ,続く19世紀に動詞が現われた.put からの変形とされるが,綴字は <putt> (異綴りで <put> もあり)となり,発音は中舌化した /pʌt/ を示すというのがおもしろい.スコットランドでは上述の中舌化の過程は生じていないので,/pʌt/ の中舌母音は自然発達ではなく,意識的ななにがしかの変形だろう.
 関連して,「#547. <oo> の綴字に対応する3種類の発音」 ([2010-10-26-1]),「#1353. 後舌高母音の長短」 ([2013-01-09-1]) も参照.なお,「#1022. 英語の各音素の生起頻度」 ([2012-02-13-1]) で確認されるように,/ʊ/ は現代標準英語では,最も生起頻度の低い短母音音素である.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2014-01-10 Fri

#1719. Scotland における英語の歴史 [history][scots_english][ogham]

 「#1715. Ireland における英語の歴史」 ([2014-01-06-1]) と「#1718. Wales における英語の歴史」 ([2014-01-09-1]) に続き,スコットランドの英語の歴史を概観しよう (Fennell 191--95) .
 スコットランド北西部にはピクト人 (the Picts) と呼ばれる民族が住んでいた.ピクト人がいったい何ものなのか,ケルト系の言語を話していたのか,あるいは非印欧語を話していたのか,不明な点は多いが,オガム文字 (ogham) を使って碑文を書いていたことが知られている.
 一方,アイルランド人がブリテン北部を侵略し,ゲール語を持ち込んだことは確かである.彼らはローマ人に Scoti と呼ばれた.ピクト人と Scoti は融合し,ゲール語を話す Alba 王国を建国した.この王国を,アングロサクソン人は Scotia と呼んだ.これが Scotland という国名の起源である.Alba 王国は,9世紀後半には南西部へ勢力を拡げ,Dun Eideann (Edinburgh) を含み Tweed 川にまでいたる Lothian 一帯を支配下においた.ここにおいて,ゲール語は Northumbria 方言の英語と隣接することになった.11世紀前半,ゲール語話者であった Malcolm II (953?--1034) と Macbeth (?--1057) はアングロサクソン人との戦いに勝利し,これ以降,長い間,Northumbria は Scotland と結びつけられるようになった.
 Macbeth を殺害した Malcolm III (1031?--93) は,王権をイングランド風に近代化しようとした.その結果として,スコットランド王国内で英語が威信を得ることとなった.したがって,スコットランドでは当初から英語が近代化の象徴とみなされていたのである.折しも William 征服王による圧政の最中で,多くのイングランド人がスコットランドへ逃げてきたために,領土内の英語話者数も増えた.
 14世紀以降,スコットランドの Balliol, Bruce, Stewart 王家はいずれも Lowland に基盤を置いていたために,王国の中心地はそれまでのゲール語を話す Highland から英語の伝統の濃い Lowland へと移動した.14世紀後半には,Lowland の英語は文学語として花咲き,その地位は確実なものとなっていた.15世紀後半には,この英語は イングランドにおける Inglis とは異なる言語変種として Scottis と呼ばれるようになった.ややこしいことに,それ以前には Lowland の英語話者は,Highland のゲール語を指して "Scottish" と呼んでいたのである.ここでも,スコットランドのアイデンティティが英語を話す Lowland に移ったことが示されている.
 しかし,この Scottis,すなわち現在は Older Scots と呼ばれるこの変種は,この国の書き言葉標準変種とはならなかった.15世紀から16世紀初期にかけて,Older Scots による文学は,Robert Henryson, William Dunbar, Gavin Douglas, Sir David Lyndsay などにより黄金期を迎えたが,書き言葉標準の地位はイングランド発の Chancery English に基づく変種に占められた.その理由としてはいくつかあるが,(1) Henryson や Dunbar などの書き表した英語が Chaucer の英語をモデルとしており,イングランドへの接近を示していたこと,(2) Older Scots は教育の言語となるほどまでには威信を得られなかったこと,(3) 印刷本などによりイングランドの英語がすでにスコットランド内で出回っていたこと,(4) 聖書が Older Scots へ翻訳されなかったことなどが関与しているだろう.
 だが,最大の理由は,1531年にスコットランドが Flodden の戦いでイングランド軍に負け,続いて宗教改革の波に洗われたことだろう.宗教改革者はイングランドの英語で信仰告白し,聖書を読んだのである.また,1603年に James VI がイングランド王 James I として即位し,the Union of Crowns が成ると,スコットランド王家による Scots の支援は途絶えることとなった.1707年の the Union of Parliaments もその傾向に拍車をかけた.18世紀からは,Scots の使用は非難されるまでになった.
 しかし,スコットランド人の間の親密な会話においては,Scots は生き残った.詩の言語としても命脈を保ち続け,18世紀後半に Robert Fergusson (1750--74), Robert Burns (1759--96), Sir Walter Scott (1771--1832) などの文人が輩出した.しかし,Scots の著しい復権にはつながらなかった.
 20世紀には,Scottish National DictionaryA Dictionary of the Older Scottish TongueLinguistic Atlas of Scotland など,Scots の辞書やその他の参考書も出版されるようになり,Scots の3度目の復権の試みに貢献しているように見えるが,今後どうなるかはわからない.1999年にスコットランドで約3世紀ぶりに議会が復活して以来,政治的意味合いも付されて Scots の役割が熱い議論の的となっている.

 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.

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2013-03-02 Sat

#1405. 北と南の大母音推移 [gvs][scots_english][weakly_tied][social_network][sociolinguistics][phonetics][functionalism][hypercorrection]

 昨日の記事「#1404. Optimality Theory からみる大母音推移」 ([2013-03-01-1]) で久しぶりに Great Vowel Shift の話題を取り上げた.別の関心から GVS について再考しようと Smith (Chapter 6) を読み直したが,GVS を論じるに当たっては,それが様々な点において統一した一枚岩の変化ではないかもしれないという可能性を常に念頭に置いておくことが必要だと改めて認識した.この点については「#495. 一枚岩でない大母音推移」 ([2010-09-04-1]) で議論したが,改めて思い起こすべく,北と南の大母音推移について触れておきたい.
 英語史において「大母音推移」の名前で知られているのは,ロンドンを中心とするイングランド南部で起こった,後の標準英語にその結果が反映されている,一連の長母音の変化である.しかし,ブリテン島の各方言で,およそ比較される時代におよそ比較されるような長母音の変化が起こっている.この中でも比較的よく知られているのが,スコットランドの方言で起こった大母音推移である.そこでは前舌長母音系列のみに上げや2重母音化が見られ,対応する後舌母音では音変化が生じていない.したがって,out はスコットランド方言では [uːt] のままである.以降,イングランド南部方言の大母音推移を "Southern Shift",スコットランド方言の大母音推移を "Northern Shift" と呼んで区別する(下図参照).

The Southern Shift
The Northern Shift

 Southern Shift と Northern Shift は,変化前の母音体系が相違していたのであるから,当然,結果も異なっていた.だが,前舌母音だけに注目すれば,両推移とも結果に大差はないといえるのも事実である.では,過程と原因についてはどうか.両推移の間に,連鎖的変化が進行した順序や原因について,何らかの類似性を指摘することはできるのだろうか.類似性を想定したくなる理由はいくつもある.しかし,Smith (153) は,似ているのは "mechanical developments consequent on change elsewhere in the system" という構図のみであり,"no reference to southern 'influence' is needed to account for the development in the north, and the similarity between Northern and Southern Shifts seems essentially coincidental" と,両推移の関連を切り捨てる.

[I]s the Great Vowel Shift (singular) a unitary phenomenon? It would seem that the triggering and implementation of the Shift differed in different parts of the country. It was not some sudden, massive movement but rather a series of very small, individual choices which interacted diachronically, diatopically and sociolinguistically, resulting in at least two distinct sets of phonological realignments. The term Great Vowel Shift remains a useful label but, as has been pointed out by, among others, Roger Lass (1988: 396), only in the same way as 'Industrial Revolution' is a helpful shorthand method of referring to how a series of minor technological advances ultimately brought about a major cultural change. (153)


 Smith は,各推移の原因についても関連するところはないとし,個別に独自の論を展開している.phonological space の概念を用いた母音体系内の圧力に関する考察,ありうる母音体系の類型論的考察,ネットワーク理論に基づく「弱い絆で結ばれた」 ("weakly tied") 共同体が媒介となって生じる社会言語学的な accommodation や hyperadaptation の議論など,ユニークな視点から南北の推移を切ってゆく.
 Smith 説は,音韻体系をおおいに考慮している点などを評価すれば機能主義的な説明であることは確かだが,基本的にはバラバラ説の一種と考えてよいだろう.

 ・ Smith, Jeremy J. Sound Change and the History of English. Oxford: OUP, 2007.

Referrer (Inside): [2019-01-19-1] [2018-07-29-1]

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2010-08-31 Tue

#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do [emode][syntax][synthesis_to_analysis][inflection][sociolinguistics][scots_english][do-periphrasis]

 [2010-08-26-1]の記事で見たように,迂言的 do ( do-periphrasis ) は,初期近代英語期に疑問文や否定文を中心に発達してきた.英語史の大きな視点から見ると,この発展は総合的言語 ( synthetic language ) から分析的言語 ( analytic language ) へと進んできた英語の発展の流れに沿っている.
 do, does, did を助動詞として用いることによって,後続する本動詞はいかなる場合でも原形をとれば済むことになる.主語の人称・数と時制を示す役割は do, does, did が受けもってくれるので,本動詞が3単現形や過去形に屈折する必要がなくなるからである.この流れでいけば,疑問文や否定文に限らず肯定平叙文でも do-periphrasis が発達することも十分にあり得たろう.実際に,16世紀には,現代風に強調を含意する用法とは考えられない,純粋に迂言的な do の使用が肯定平叙文で例証されており,do はこの路線を歩んでいたかのようにみえる.
 ところが,[2010-08-26-1]のグラフに示されている通り,肯定平叙文での do の使用は17世紀以降,衰退の一途をたどる.英語史の流れに逆らうかのようなこの現象はどのように説明されるのだろうか.Nurmi ( p. 179 ) は社会言語学的な視点からこの問題に接近した.Nevalainen ( pp. 109--10, 145 ) に触れられている Nurmi の説を紹介しよう.
 ロンドン地域における肯定平叙文での do の使用は,17世紀の最初の10年で減少しているとされる( Nevalainen によれば Corpus of Early English Correspondence のデータから示唆される).17世紀初頭といえば,1603年にスコットランド王 James VI がイングランド王 James I として即位するという歴史的な出来事( Stuart 朝の開始)があった.当時のスコットランド英語 ( Scots-English ) では肯定文での迂言的 do の使用は稀だったとされ,その変種を引きさげてロンドンに都入りした James I と彼の周辺の者たちが,その権威ある立場からロンドンで話される変種に影響を与えたのではないかという.
 この仮説は慎重に検証する必要があるが,言語変化を社会言語学的な観点から説明しようとする最近の潮流に沿った興味深い仮説である.

 ・ Nurmi, Arja. A Social History of Periphrastic DO. Mémoires de la Société Néophilologique de Helsinki 56. Helsinki: Société Néophilologique, 1999.
 ・ Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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