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double_negative - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-04-16 16:30

2021-01-09 Sat

#4275. 2重否定を非論理的と断罪した最初の規範文法家 Greenwood [prescriptivism][prescriptive_grammar][negative][double_negative]

 2重否定 (double_negative) ,あるいはより一般的に多重否定 (multiple negative) は,規範文法において断罪されてきた最たる項目である(cf. 「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1])).歴史的にいえば,形式としては古英語から知られており,意味・機能としては否定辞が偶数個あろうが奇数個あろうが,常に通常の(あるいは強調された)「否定」だった.否定辞が偶数個ある場合に,打ち消しあって「肯定」という論理学的な発想など,もともとなかったのである.しかし,「理性の時代」である18世紀にブームとなった規範主義 (prescriptivism) とそれを体現した規範文法書 (prescriptive_grammar) により,2重否定は突如として英語世界のスターダムにのし上がったとされる.
 その最初の仕掛け人は,An Essay Towards a Practical English Grammar (1711) を著わした James Greenwood である.かの Benjamin Franklin も独習したという,規範文法時代初期の文法書である (cf. 「#2904. 英語史における Benjamin Franklin の役割」 ([2017-04-09-1])).こちらの1753年版 でいうところの p. 182 にて "Two Negatives, or two Adverbs of Denying, do in English affirm." と述べられている.
 その後,この Greenwood の「屁理屈」は他の規範文法家にもコピーされ,現代の学校文法にまで消しがたい痕跡を残すことになった.しかし,改めて強調しておくが,Greenwood の時代はもちろん,その前後の時代においても,2重否定は純然たる否定を意味するのに常用されてきた表現である.非難される表現でもなければ,逆に推奨される表現でもなく,ニュートラル,かつ話題に取り上げられることもないほどに平凡な表現にすぎなかった.それが,Greenwood (とその追随者)による屁理屈な一言で,ネガティヴな価値を付されたというのも,理性の時代の出来事とはいえ不思議である.Horobin (64) も同じ趣旨で,この問題の屁理屈さを訴えている.

As is usual in such works, no support for the claim is offered; it is certainly not based on practice, since double negatives had been common since Old English. A famous instance appears in Geoffrey Chaucer's description of the knight in the Canterbury Tales, who 'nevere yet no vileynye [evi] ne sayde . . . unto no maner wight [person].' Since there are four negatives here (nevere, no, ne, no) a prescriptivist might be inclined to claim that Chaucer is signalling the knight's rudeness, but this is self-evidently not the implication; the incremental build-up of negatives is intended to underline the knight's purity of speech and good manners.
   This is not just a quirk of the English language; multiple negation as a form of reinforcement is found in other languages, like French, where 'je ne veux rien' uses both the negative ne and rien 'nothing'---'I don't want nothing'.


 ただし,上で「Greenwood (とその追随者)による屁理屈な一言で」断罪されたと述べたものの,これとは異なる見解 --- 当時までに2重否定の使用は下火になっていたのではないか --- も提出されていることを付言しておきたい.これについては「#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由」 ([2017-07-13-1]) を参照.

 ・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.

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2020-09-07 Mon

#4151. 標準化と規範化の関係 [standardisation][prescriptivism][prescriptive_grammar][double_negative]

 標題は「#1245. 複合的な選択の過程としての書きことば標準英語の発展」 ([2012-09-23-1]),「#1246. 英語の標準化と規範主義の関係」 ([2012-09-24-1]) でも論じてきた問題である.近代英語期の状況に関する近年の論考を読んでいると,言語の規範化というものは,先に標準化がある程度進んでいない限り始まり得ないのではないかという見方が多くなってきている.つまり,規範主義の効果は既存の標準化の傾向に一押しを加えるほどのものであり,過大評価してはいけないという見解だ.最近読んだ Percy (449) も同趣旨の議論を展開している.

With increasing precision, scholars have independently established that mid-eighteenth-century prescription more often "reinforced" than "triggered" the stigmatization of specific grammatical variants. Studies of spelling have revealed similar trends. In general, such popular lexicographers as Samuel Johnson . . . and Noah Webster followed rather than established norms: in Anson's words, though "usage and authority work mutually ... no authority---even Webster---can hope to change a firmly entrenched spelling habit" (1990: 48)
   In the case of double negation, it seems clear that "natural" standardization preceded explicit prescription. Sociohistorical corpus studies of late medieval English documented that double negation receded from educated usage long before eighteenth-century grammarians condemned it. Key contexts seem to be writing generally and professional language specifically . . . .


 いかなる影響力のある個人や集団でも,言語の使用者の総体である社会が生み出した言語の流れを本質的に変えることはできない,あるいは少なくとも非常に難しい.この洞察には,私も同意する.
 上の引用で触れられている,"double negation" が実は規範主義時代以前から衰退していたという具体的な指摘については,「#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由」 ([2017-07-13-1]) を参照.

 ・ Percy, Carol. "Attitudes, Prescriptivism, and Standardization." Chapter 34 of The Oxford Handbook of the History of English. Ed. Terttu Nevalainen and Elizabeth Closs Traugott. Oxford: OUP, 2012. 446--56.
 ・ Anson, Chris M. "Errours and Endeavors: A Case Study in American Orthography." International Journal of Lexicography 3 (1990): 35--63.

Referrer (Inside): [2020-09-08-1]

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2017-07-13 Thu

#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由 [prescriptive_grammar][negative][double_comparative][syntax][emode][double_negative]

 標準英語の規範文法 (prescriptive_grammar) では,二重否定 (double negative) が忌避される.「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1]) のランキングにも入り込んでいる項目であり,誤用の悪玉のようにみなされている.古い英語では二重否定ばかりか多重否定がごく普通に用いられてきた事実があり,それはこの語法に言語学的な効用が確かにあることを物語っているように思われるが,規範主義の立場からはダメの一点張りである(「#549. 多重否定の効用」 ([2010-10-28-1]) を参照).
 標準英語における二重否定は,このように18世紀の規範文法の強力な影響下で忌避されるに至り,現在まで敵視されているというのが通常の見方だが,この見方は必ずしも正確ではないようだ.先行研究を参照しつつ Tieken-Boon van Ostade (81) が,次のように指摘している.

Many scholars believe that the disappearance of double negation from standard English was due to the influence of the normative grammarians, but Nevalainen and Raumolin-Brunberg . . . have shown that double negation was already on the way out during the EModE period. The same is true for another 'double' construction, the use of double comparatives and superlatives, no longer in general use either when first condemned by the grammarians (González-Díaz 2008)


 言及されている先行研究に戻って確かめていないが,もしこの見方がより正確なものだとすれば,先に自然の言語使用において二重否定(や二重比較級・最上級)が廃れ出し,その事実を受けて18世紀の文法家がすでに劣勢だった件の構造に駄目を出した,という順序だったことになる.
 二重否定については,double negative の外部記事を,また二重比較級については「#195. Shakespeare に関する Web resources」 ([2009-11-08-1]) の hellog 記事を参照.

 ・ Tieken-Boon van Ostade, Ingrid. An Introduction to Late Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2009.

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2013-07-04 Thu

#1529. なぜ女性は言語的に保守的なのか (3) [gender_difference][sociolinguistics][age_grading][covert_prestige][slang][double_negative]

 「#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説」 ([2013-01-19-1]),「#1364. なぜ女性は言語的に保守的なのか」 ([2013-01-20-1]),「#1496. なぜ女性は言語的に保守的なのか (2)」 ([2013-06-01-1]) に引き続き,女性のほうが男性よりも標準形を好む傾向 (The Sex/Prestige Pattern) を示す原因について.
 過去の記事で言及した原因のほかに,Romain (87) は家庭における子供の存在が効いているのではないかと述べている.

Another factor seldom considered is the effect of children, with respect both to employment patterns as well as to language use in families. The Dutch study found that when a couple had children, both parents used more standard language. One of the reasons why women may adopt a more prestigious variety of language is to increase their children's social and educational prospects.


 つまり,育児世代の親は,子供に規範的な言葉遣いを教えようとするために,自らも標準的な語法を多用するようになる,という仮説である.これは母親に限らないことだが,多くの社会で伝統的に父親よりも母親のほうが育児に関わる機会が圧倒的に多いことは事実であり,この差が母親(成人女性)の標準化志向と関連しているのではないかという.
 父親と母親の間の育児機会や子供への期待の差についてはおいておくとして,育児世代の親の年齢層,つまり成人層が若年層よりも標準的な言葉遣いを示すことは広く観察されている.逆の言い方をすれば,若者は社会的に低い変種を好むということだ.これは,大人が標準的な変種に overt prestige (顕在的権威)を認める傾向があるのに対して,思春期やそれ以前の若者は非標準的な変種に covert prestige (潜在的権威)を認める傾向があるとして一般化できる.話者個人の成長という観点からみると,年齢が上がるにしたがって,より標準的な言葉遣いへとシフトしてゆく (age grading) ということだ.
 英語からの例としては,大人になると俗語 (slang) の使用が減る,多重否定 (multiple negation) の使用が減るなどの調査結果が報告されている.例えば,以下はおよそ同じ内容の発言の若者版と大人版である.ともに俗語的表現は含まれているが,その程度の差に注目されたい(東,pp. 94--95).

(1)
An adolescent: Dude, yesterday I went to this store and, man, I couldn't find the shift I wanted anywhere, man, it sucked.
An adult: Yesterday, I went to the store. I couldn't find what I wanted. Gosh! I was frustrated.

(2)
An adolescent: What the fuck is up with you, dumb ass! I told you to take that shift out 3 times. Get your ass out there.
An adult: I told you to take the trash out 3 times now. What the hell are you doing? Get your ass in gear and get out there and empty the dumb thing.


 Romaine による Detroit における多重否定の調査では,その割合が12歳以下で73%,10代で63%に対して,大人では61%へ落ちたという(東,p. 92).
 一般に大人には子供に規範を示す必要という社会的な圧力がかかっており,それにより非標準的な変種の使用を控えるようになるという仮説は,実感にも合っており,説得力がある.

 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

Referrer (Inside): [2014-06-30-1]

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2013-01-19 Sat

#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説 [gender_difference][sociolinguistics][negative][rhotic][sobokunagimon][double_negative]

 「#1361. なぜ言語には男女差があるのか --- 征服説」 ([2013-01-17-1]) 及び「#1362. なぜ言語には男女差があるのか --- タブー説」 ([2013-01-18-1]) に引き続き,Trudgill の最も有望とみる仮説を紹介する.英語圏で行なわれた多くの社会言語学調査によれば,女性は男性に比べてより標準的な変種を好むという傾向がみられる.
 1例として,Detroit で行なわれた多重否定 (multiple negation) の調査を挙げる.一般に,現代英語において I don't wanna none のような多重否定は非標準的な語法とされる(「#549. 多重否定の効用」 ([2010-10-28-1]) ,「#988. Don't drink more pints of beer than you can help. (2)」 ([2012-01-10-1]) を参照).階級別では,上流階級ほど標準的な語法を選択するために多重否定が避けられるだろうと予想され,実際にその通りなのだが,同一階級内で比べると,女性のほうが男性よりも多重否定が避けられる傾向が明らかに見られた.Trudgill (70) より,多重否定の使用率を再現しよう.


Upper Middle ClassLower Middle ClassUpper Working ClassLower Working Class
Male6.332.440.090.1
Female0.01.435.658.9


 次に,Trudgill (71) に要約されている,Detroit の黒人の non-prevocalic /r/ に関する調査もみてみよう.「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1]) で話題にしたのと同様に,Detroit でも non-prevocalic /r/ は威信のある発音とみなされている.ここでも,女性はより威信のある,より標準的とされる rhotic な発音を選ぶ傾向があることがわかる.


Upper Middle ClassLower Middle ClassUpper Working ClassLower Working Class
Male66.752.520.025.0
Female90.070.044.231.7


 もう一つ,Norwich における -ing の発音に関する調査を見ておこう.そこでは,標準的な -ing と非標準的な -in' の対立が確認されるが,以下は非標準的な異形態の生起率である (Trudgill 71) .


Middle Middle ClassLower Middle ClassUpper Working ClassMiddle Working ClassLower Working Class
Male4278191100
Female03688197


 ほかにも,ロンドン英語で特徴的な,非標準的とされる声門閉鎖音 (butter などの [t] の代用として)の生起率は,女性では相対的に低いということが知られている.
 いずれの場合においても,概して女性のほうが男性よりもより標準的とされる言語項目を選ぶ傾向が確認される.昨日の記事「#1362. なぜ言語には男女差があるのか --- タブー説」 ([2013-01-18-1]) で取り上げたコアサティ語 (Koasati) の事例とあわせて,広く女性の言語行動には,標準や規範を遵守しようとする傾向,すなわち保守主義が観察されるといえよう.だが,それはなぜなのだろうか.その議論は,明日の記事で.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2012-01-10 Tue

#988. Don't drink more pints of beer than you can help. (2) [negative][comparison][idiom][syntax][prescriptive_grammar][double_negative]

 昨日の記事 ([2012-01-09-1]) で取り上げた構文について,議論の続きを.
 論理的には誤っている同構文が現代英語で許容されている背景として,昨日は,語用論的,統語意味論的な要因を挙げた.だが,この構文を許すもう1つの重要な要因として,規範上の要因があるのではないか,という細江 (148--49) の議論を紹介したい.それは,多重否定 (multiple negation; [2010-10-28-1]) を悪とする規範文法観である.
 18世紀に下地ができ,現在にまで強い影響力を及ぼし続けている規範英文法の諸項目のなかでも,多重否定の禁止という項目は,とかくよく知られている.典型的には2重否定がよく問題となり,1度の否定で足りるところに2つの否定辞を含めてしまうという構文である (ex. I didn't say nothing.) .多重否定を禁止する規範文法が勢力をもった結果,現代英語では否定辞は1つで十分という「信仰」が現われた.しかし,2つの否定辞が,異なる節に現われるなど,互いに意味的に連絡していない場合には,打ち消し合うこともなく,それぞれが独立して否定の意味に貢献しているはずなのだが,そのような場合ですら「信仰」は否定辞1つの原則を強要する.ここに,*Don't drink more pints of beer than you cannot help. が忌避された原因があるのではないか.細江 (148) は「この打ち消しを一度しか用いないとのことがあまりに過度に勢力を加えた結果,場合によってはぜひなくてはならない打ち消しがなくなって,不合理な文さえ生ずるに至った」と述べている.
 歴史的にみれば,cannot help doing のイディオムは近代に入ってからのもので,OED の "help", v. 11. b. によれば,動名詞を従える例は1711年が最初のものである.興味深いことに,11. c. では,問題の構文が次のように取り上げられている.

c. Idiomatically with negative omitted (can for cannot), after a negative expressed or implied.

1862 WHATELY in Gd. Words Aug. 496 In colloquial language it is common to hear persons say, 'I won't do so-and-so more than I can help', meaning, more than I can not help. 1864 J. H. NEWMAN Apol. 25 Your name shall occur again as little as I can help, in the course of these pages. 1879 SPURGEON Serm. XXV. 250, I did not trouble myself more than I could help. 1885 EDNA LYALL In Golden Days III. xv. 316, I do not believe we shall be at the court more than can be helped.


 OED は,同構文は論理的に難ありとしながらも,19世紀半ば以降,慣用となってきたことを示唆している.規範文法の普及のタイミングとの関連で,意味深長だ.
 現代規範英文法はしばしば合理主義を標榜しながらも,このように不合理な横顔をたまにのぞかせるのがおもしろい.統語意味論的,論理的な観点から議論するのもおもしろいが,やはり語用論的,歴史的な観点のほうに,私は興味をそそられる.
 規範文法における多重否定の扱いについては,[2009-08-29-1]の記事「#124. 受験英語の文法問題の起源」や[2010-02-22-1]の記事「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」を参照.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2010-02-22 Mon

#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10 [prescriptive_grammar][double_negative]

 1986年,BBC Radio 4 シリーズの English Now で視聴者アンケートが行われた.もっとも嫌いな文法間違いを三点挙げてくださいというものだ.集計の結果,以下のトップ10ランキングが得られた ( Crystal 194 ).

 (1) between you and I : 前置詞の後なので I でなく me とすべし.
 (2) split infinitives : 「分離不定詞」.to suddenly go など,to と動詞の間に副詞を介在させるべからず.
 (3) placement of only : I saw only Jane の意味で I only saw Jane というべからず.
 (4) none + plural verb : None of the booksare でなく is で受けるべし.
 (5) different to : different from とすべし.
 (6) preposition stranding : 「前置詞残置」.That was the clerk I gave the money to のように前置詞を最後に残すべからず.
 (7) first person shall / will : 未来を表す場合には,I shall, you will, he will のように人称によって助動詞を使い分けるべし.
 (8) hopefully : 文副詞としての用法「望むらくは」は避けるべし.
 (9) who / whom : 目的格を正しく用い,That is the man whom you saw とすべし.
 (10) double negation : They haven't done nothing のように否定辞を二つ用いるべからず.

 20年以上前のアンケートだが,現在でもほぼこのまま当てはまると考えてよい.なぜならば,上記の項目の多くが19世紀,場合によっては18世紀から連綿と続いている,息の長い stigmatisation だからである.(8) などは比較的新しいようだが,他の掟は長らく規範文法で「誤り」とのレッテルを貼られてきたものばかりである.たとえ順位の入れ替えなどはあったとしても,20年やそこいらで,この10項目がトップクラスから消えることはないだろう.規範文法が現代標準英語の語法に大きな影響を与えてきたことは事実だが,一方でいくら矯正しようとしても数世紀にわたって同じ誤りが常に現れ続けてきた現実をみると,言語の規範というのはなかなかうまくいかないものだなと改めて考えさせられる.

Though the grammarians indisputably had an effect on the language, their influence has been overrated, since many complaints today about incorrect usage refer to the same features as those that were criticised in eighteenth-century grammars. This evident lack of effect is only now beginning to draw the attention of scholars. (Tieken-Boon van Ostade 6)


 関連する話題としては,[2009-08-29-1], [2009-09-15-1]も参照.

 ・Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.
 ・Tieken-Boon van Ostade, Ingrid. An Introduction to Late Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2009.

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