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impersonal_verb - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-01-27 09:22

2020-11-06 Fri

#4211. 印欧語は「出来事を描写する言語」から「行為者を確定する言語」へ [indo-european][person][verb][voice][impersonal_verb][middle_voice][passive][fetishism]

 連日の記事で,國分(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』の議論を紹介している(cf. 「#4205. 國分功一郎(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』」 ([2020-10-31-1]),「#4207. 「先に名詞ありき,遅れて動詞が生じた」説」 ([2020-11-02-1]),「#4208. It rains. は行為者不在で「降雨がある」ほどの意」 ([2020-11-03-1]),「#4210. 人称の出現は3人称に始まり,後に1,2人称へと展開した?」 ([2020-11-05-1])).最近,学生たちと動詞について広く議論しているところだったので,動詞の理解を深めるのにおおいに参考とさせてもらっている.
 國分 (175--76) は,動詞のあり方という観点から,印欧語の(前史を含んだ)長い歴史を,標記のように提示している.大きな仮説だが,これは認知言語学的な観点からみてもきわめて示唆に富む(以下では原文の太字あるいは圏点を太字で示している).

     出来事が主,行為者が従だった時代

 われわれは一万年以上に及ぶかもしれぬ長大な歴史を俯瞰した.
 では,「共通基語」の時代よりも前の状態から始まるインド=ヨーロッパ語の変化の歴史を,以上のように動詞および態の変化という観点から眺めたとき,そこに見出される方向性とは何か? この途方のない問いにあえて答えてみよう.
 この変化の歴史の一側面を,出来事を描写する言語から,行為者を確定する言語への以降の歴史として描き出せるように思われる.
 名詞的構文の時代,動作は単なる出来事として描かれた.そこから生まれた動詞も,当初は非人称形態にあり,動作の行為者ではなくて出来事そのものを記述していた.
 だが動詞は後に人称を獲得し,それによって,動詞が示す行為や状態を主語に結びつける発想の基礎がそこに生まれる.とはいえ,動詞がその後に態という形態を獲得した後も,動詞と行為者との関係については,動作プロセスの内側に行為者がいるのか,それともその外側にいるのかが問われるままに留まっていた.そこにあったのは能動と中動の区分だったからだ.
 だがその後,動詞はより強い意味で行為を行為者に結びつけるようになる.能動と受動の区別によって,行為者が自分でやったのかどうかが問われるようになるからだ.


 この仮説によると,印欧語は,動詞の表わす動作そのものに注目する言語から,動作の主は誰なのかに異常な関心を示す言語へと化けたことになる.國分 (178) は上の引用の後の節で,行き着いた先の言語を「出来事を私有化する言語」とも呼んでいる.
 現代英語に照らしていえば,主語と目的語,自動詞と他動詞,能動態と受動態など,種々の統語的差異に神経質な言語となっているが,それは「動作の行為者を確定させたいフェチ」の言語だからということになろうか.

 ・ 國分 功一郎 『中動態の世界 意志と責任の考古学』 医学書院,2017年.

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2020-11-05 Thu

#4210. 人称の出現は3人称に始まり,後に1,2人称へと展開した? [person][verb][voice][impersonal_verb][middle_voice][indo-european][category][latin][terminology]

 先日の「#4207. 「先に名詞ありき,遅れて動詞が生じた」説」 ([2020-11-02-1]) と「#4208. It rains. は行為者不在で「降雨がある」ほどの意」 ([2020-11-03-1]) の記事に引き続き,國分(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』に依拠しつつ,今回は動詞の態 (voice) の問題から人称 (person) の問題へと議論を展開させたい.
 先の記事でみたように,印欧祖語よりさらに遡った段階では,It rains. のような非人称構文(中動態的な構文)こそがオリジナルの動詞構文を反映していたという可能性がある.仮にこの説を受け入れるならば,人称構文はそこから派生した2次的な構文ということになろう.
 これは動詞の問題にとどまらず,印欧語における人称とは何かという問題にも新たな光を投げかける.非人称的・中動態的な構文こそが原初の動詞構文だとすると,そこに人称という発想が入り込む余地はない.人称という文法カテゴリー (category) を前提としている現代の私たちからすれば,もし「その原初構文の人称は何か」と問われるのであれば,とりあえず(断じて1人称でも2人称でもないという意味で)消極的に「3人称」と答えることになるかもしれない.しかし,人称という文法カテゴリーが未分化だったとおぼしき,印欧祖語より前のこの仮説的な言語体系の内部から,同じ問題に答えようとすると,何とも答えに窮するのである.
 しかし,やがてこのような未分化の状態から,主体としての「私」と,私の重要な話し相手である「あなた」が前景化される契機が訪れ,それぞれが人称という文法カテゴリーを構成する重要な成員(後の用語でいう「1人称」と「2人称」)となった.一方,先の時代には名状しがたいものであった何かが,多分に消極的な動機づけで「3人称」と名づけられることになった.かくして1,2,3人称という区分ができあがり,現在に至る.と,こんなストーリーが描けるかもしれない.
 國分 (171) は,この点について次のように解説している(以下では原文の太字あるいは圏点を太字で示している).

     私に悔いが生じる」から「私が悔いる」へ

 これはつまり,動詞の歴史のなかで人称の概念はずいぶんと後になって発生したものだということでもある.
 たとえば,「私が自らの過ちを悔いる」と述べたいとき,ラテン語には非人称の動詞を用いた "me paenitet culpae meae" という表現があるが,これは文字通りには「私の過ちに関して,私に悔いが生じる」と翻訳できる(私が悔いるのではなく,悔いが私に生ずるのだから,これは「悔い」なるものを表現するうえで実に的確な言い回しと言わねばならない).
 だが,このような言い回しは人称の発達とともに動詞の活用に取って代わられていく.同じ動詞を一人称に活用させた paeniteo (私が悔いる)という形態が代わりに用いられるようになっていくからである.
 このような人称の歴史はその名称がもたらすある誤解を解いてくれる.動詞の非人称形態が後に「三人称」と呼ばれることになる形態に対応することを考えると,一人称(私)や二人称(あなた)の概念は動詞の歴史において,後になってから現われてきたものだということになる.
 「私」に「人称」という名称が与えられているからといって,人称が「私」から始まったわけではない.「私」(一人称)が,「あなた」(二人称)へと向かい,さらにそこから,不在の者(三人称)へと広がっていくというイメージはこの名称がもたらした誤解である.


 印欧語において,また言語一般において,人称とは何かという問題の再考を促す指摘である.この問題については「#3463. 人称とは何か?」 ([2018-10-20-1]),「#3468. 人称とは何か? (2)」 ([2018-10-25-1]),「#3480. 人称とは何か? (3)」 ([2018-11-06-1]),「#2309. 動詞の人称語尾の起源」 ([2015-08-23-1]) をはじめ person の各記事を参照.

 ・ 國分 功一郎 『中動態の世界 意志と責任の考古学』 医学書院,2017年.

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2020-11-03 Tue

#4208. It rains. は行為者不在で「降雨がある」ほどの意 [impersonal_verb][verb][noun][3sp][person][middle_voice][indeo-european]

 素朴な疑問のなかでもとびきりの難問の1つが It rains.It とは何かという問いである.昨日の記事「#4207. 「先に名詞ありき,遅れて動詞が生じた」説」 ([2020-11-02-1]) で少し触れたが,いまだに解決には至らない.軽々に扱えない深い問題である.しかし,考えるヒントはある.
 すでに本ブログでも何度か触れてきた國分功一郎(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』では,It rains. のような非人称構文で用いられる動詞,いわゆる非人称動詞 (impersonal_verb) は動詞の原初の形であると論じられている.昨日の記事 ([2020-11-02-1]) で紹介したように,國分は動詞は名詞から派生したものと考えているので,その点ではここの rains のような動詞は,名詞から一歩だけ動詞の領域に踏み込んだ動詞の赤ちゃんのような性質をおおいに保持しているということになる.関係する部分 (169--171) を少々長く引用しよう(以下では原文の太字あるいは圏点を太字で示している).

     It rains は「例外」ではなく「起源」である

 動詞が文法体系において新しいものであり,もともとは,動作名詞によって行為を表現する名詞的構文が利用されていたのだとすれば,現在のわれわれの動詞の捉え方そのものが変更を迫られよう.問題になるのは,いわゆる非人称構文である.
 英語の "It rains" という例文でよく知られる動詞の非人称的使用は,われわれには一種の例外,あるいは破格のように見える.主語として置かれた it が何ものをも指示していないからである.ラテン語の "tonat" (雷が鳴る)やギリシア語の "ὕει" (雨が降る)も同様の表現だが,これら三人称に活用した動詞はいずれもいかなる主語にも対応していない.
 だが,これらの文が例外的に思えるのは,「動詞の諸形態は行為や状態を主語に結びつけるものだ」という考えにわれわれが慣れきってしまっているからに過ぎない.非人称構文は,実際のところ,動詞の最古の形態を伝えるものだからである.
 〔中略〕
 とすると,動作名詞がその後たどった歴史がおおよそ次のように憶測できる.動作を示すことを担っていた語群(動作名詞)が,ある特殊な地位を獲得し,それによって名詞から区別されるようになる.動詞の原始的形態の発生である.しかし,それらはまだ名詞と完全に切り離されてはいない.名詞であった頃の特徴を完全に放棄してはいない.つまり,動作を表すことはできても,自在に人称を表す目印のようなものを直ちに獲得したわけではない.
 こうしてまずは単に動作あるいは出来事だけを表示する動詞が生まれる.コラールの言うところの「単人称 unipersonal」の動詞の創造である.

これはまさに〈単人称〉動詞の創造というべきものであって,ここで〈動詞〉は行為をある程度生命のあるものにしたけれども,しかしなおそれを,個体化された行為者と関連づけることなしに,つまり,非人称的に表現したのである.


 〔中略〕
 動詞を「個体化された行為者」と結びつけたがる今日のわれわれの意識では,こうした文は例外のように思われるが,〈名詞的構文〉から発展した動詞の最初期にあったのは,このような言い回しであったということである.動詞はもともと,行為者を指示することなく動作や出来事だけを指し示していた


 この洞察から,It rains. の謎にも迫ることができそうだ.It rains. は,行為者不在のままに「降雨がある」という事実を言い表わしているにすぎないということだ.It が何を指すのかという問いは私たちにとって自然な問いのようにみるが,その問い方自体を疑ってみる必要がある.

 ・ 國分 功一郎 『中動態の世界 意志と責任の考古学』 医学書院,2017年.

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2020-11-02 Mon

#4207. 「先に名詞ありき,遅れて動詞が生じた」説 [indo-european][verb][voice][impersonal_verb][syntax][sobokunagimon][middle_voice]

 「#4205. 國分功一郎(著)『中動態の世界 意志と責任の考古学』」 ([2020-10-31-1]) で紹介した著書に,印欧祖語以前の段階では,まず名詞的構文があり,後から動詞的構文が生じたという仮説を紹介している部分がある (165--66) .

 中動態や能動態といった態の概念は,言うまでもなく動詞に結びついている.動詞は今日われわれの知るインド=ヨーロッパ諸語において,文の中枢を担うものに見える.つまり,動詞がない言語を想像することは難しい.
 しかし,実は動詞は言語のなかにずいぶんと遅れて生じてきた要素であることが分かっている.フランスの古典学者ジャン・コラールは,その著書『ラテン文法』のなかで次のように述べている.
「動詞はわれわれには文の中枢的要素であるようにみえるが,今日われわれが知っているような形でのそれは,実は文法範疇のなかで遅れて生じてきたものなのである.〈動詞的〉構文以前においては〈名詞的〉構文があったのであり,そのかなめは動詞ではなくて動作名詞であった」.
 では,動詞が遅れて生じた要素であったとしたら,それはいつ頃生じたものなのだろうか?
 もちろん正確な年代を確定することはできないが,同書の訳者,有田潤が指摘するように,インド=ヨーロッパ諸語の共通の起源として想定されている「共通基語」はすでに動詞をもっていたと考えられるので,ここでコラールが言及しているのはそれ以前の時代の言語ということになる.


 このような観点に立つと,名詞的構文から派生したとおぼしき動詞(的構文)の残滓は,印欧諸語のなかに至るところに見つかる(←ここで能動態的に「見つけられる」としようかと思ったが,中動態的に「見つかる」としておいた).非人称動詞 (impersonal_verb) を用いた非人称構文がその代表格だろう.たとえば現代英語で It seems to me . . .It rains. というとき,そこには動詞的な意味合いを多分に含みつつもあくまで名詞的構文であった時代の匂いが残っていると見ることができる.形式主語と呼ばれるダミーの It は,体裁を整えるために添えられたの文字通りのお飾りであり,この構文の要諦は seemsrains が内包する名詞的な「外観」や「降雨」にほかならない.
 現代統語理論の句構造分析においては,動詞の存在が前提とされている.そして,その動詞を取り巻くように他の要素(項)が配置されるという洞察が一般的である.しかし,上記に照らせば,これは言語の統語論的前提として普遍的に受け入れられるものではないのかもしれない.

 ・ 國分 功一郎 『中動態の世界 意志と責任の考古学』 医学書院,2017年.

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2020-04-11 Sat

#4002. want の英語史 --- かつては非人称構文もあった [impersonal_verb][syntax][old_norse][inflection][syncretism]

 連日,きわめて日常的な動詞 want を取り上げ,何らかの角度から英語史している (cf. [2020-04-08-1], [2020-04-09-1], [2020-04-10-1]) .今回は want が非人称動詞として用いられていた過去について触れたい.(非人称動詞・構文のおさらいには「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) を参照.)
 現在では欲する人が主語に,欲しいものが目的語に立ち,I want refreshment. のように用いる.しかし,want が主として「欠いている」を意味した古い英語では,いわば Want (to) me of refreshment. のように,欠乏を感じている人が与格(あるいは to 句)に,欠けているものが属格(あるいは of 句)に典型的におかれるという非人称構文が併用されていた.非人称構文の起源は,want という語自体の起源と同様に古ノルド語にある.OED の want, v. の語源欄の記述をみてみよう.

The early Scandinavian verb was originally impersonal (personal uses in the individual Scandinavian languages reflect later developments); in English this is reflected by sense 2. Levelling of cases in Middle English made it possible for the object of the impersonal construction (often in initial position) to take over the function of the subject of a new personal construction, allowing further sense developments. For a detailed discussion see M. Bertschinger To Want: an Essay in Semantics (1941).


 この記述によれば,古ノルド語ではむしろ非人称構文としての用法がオリジナルであり,人称構文は後に発達したということになる.英語での動詞 want の初出は1175年頃の Ormulum で,そこでの用法こそ人称構文だが,そこから間もない1200年頃の Sawles Warde に非人称構文としての使用がみられる.この事実から,英語に受容された当初より,オリジナルの非人称構文と,そこから人称化した新たな構文とが併用されていたと考えるのが妥当だろう.
 上の語源欄の引用に解説されている want の人称化の過程は,他の非人称動詞の人称化にも当てはまり,標準的な説明として広く受け入れられているものである.もともと与格形で表わされていた「人」が,しばしば動詞の前位置に立ったこと,また屈折の衰退と格の融合を経たこと等により,主格形に置き換えられ,動詞が意味的・統語的に人称化したという流れだ.一方,「もの」は典型的に属格(あるいは of 句)で表現されたが,こちらも屈折の衰退と格の融合の結果,意味的・統語的に動詞の直接目的語として再解釈されるに至った.
 OED より「欠いている」の語義での非人称構文の初例群を挙げよう.

c1225 (?c1200) Sawles Warde (Bodl.) (1938) 16 (MED) Of al þet eauer wa is ne schal ham neauer wontin.
?c1225 (?a1200) Ancrene Riwle (Cleo. C.vi) (1972) 298 Ne þunche hire neauer wunder ȝef hire wonti þe haligastes froure.
?c1225 (?a1200) Ancrene Riwle (Cleo. C.vi) (1972) 145 Hwenne ow ne wonteð nan þing þefaȝeneð wið ow.
a1325 (c1250) Gen. & Exod. (1968) l. 2155 Ðan coren wantede in oðer lond, Ðo ynug [was] vnder his hond.
a1400 (a1325) Cursor Mundi (Vesp.) l. 3053 þam wanted brede, þeir water es gan, Hope o lijf ne had þai nan.


 OED によると,want の非人称構文の最終例は "1830 T. P. Thompson in Westm. Rev. Jan. 262 There wants a collection of dying speeches of nefarious governments." とあり,現代では廃用となっている.

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2020-04-10 Fri

#4001. want の英語史 --- 語末の t [old_norse][loan_word][borrowing][inflection][adjective][gender][impersonal_verb]

 連日 want という語を英語史的に掘り下げる記事を書いている(過去記事は [2020-04-08-1][2020-04-09-1]).今回は語末の t について考えてみたい.
 英語史の教科書などでは,want のような日常的な単語が古ノルド語からの借用語であるというのは驚くべきこととしてしばしば言及される.また,語末の t が古ノルド語の形容詞の中性語尾であることも指摘される(cf. 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1])).しかし,この t を巡っては意外と込み入った事情がある.
 「#3999. want の英語史 --- 語源と意味変化」 ([2020-04-08-1]) で触れたように,英語の名詞 want と動詞 want とは語幹こそ確かに同一だが,入ってきた経路は異なる.名詞 want は,古ノルド語の形容詞 vanr (欠いた)が中性に屈折した vant という形態が名詞的に用いられるようになったものである.一方,動詞 want は古ノルド語の動詞 vanta (欠く,欠いている)に由来する.つまり,語根に対応する wan の部分こそ共通とみてよいが,語末の t に関しては,名詞の場合には形容詞の中性語尾に由来するといわなければならず,動詞の場合には(未調査だが)また別に由来があるということになる.したがって,wantt は形容詞の中性語尾であるという教科書的な指摘は,名詞としての want にのみ当てはまるということだ.
 動詞の t については別途調べることにし,ここでは教科書で言及される,名詞の t が形容詞の中性語尾に由来する件について掘り下げたい.すでに述べたように,古ノルド語 vanr は形容詞で「〜を欠いている」 (lacking) を意味した(古英語の形容詞 wana と同根語).古ノルド語では,これが be 動詞と組み合わさって非人称構文を構成した.OED の want, adj. and n.2 の語源欄に,次のように記述がある.

Old Icelandic vant (neuter singular adjective) is used predicatively in expressions of the type vera vant to be lacking, typically with the person lacking something in the dative and the thing that is lacking in the genitive and with vant thus behaving similarly to a noun (compare e.g. var þeim vettugis vant they were lacking nothing, they had want of nothing, or var vant kýr a cow was missing, there was want of a cow).


 形容詞としての vanr (中性形 vant)は,つまり "was VANT to them of nothing" (彼らにとって何も欠けていなかった)のように主語のない非人称構文において用いられていたということである.この用法がよほど高頻度だったのだろうか,古ノルド語話者と接触した英語話者は,中性に屈折した vant それ自体があたかも語幹であるかのように解釈し,語頭子音を英語化しつつ t 語尾込みの want を「欠乏,不足」を意味する名詞として受容したと考えられる.
 語の借用においては,受け入れ側の話者が相手言語の文法に精通していないかぎり,屈折語尾を含めて語幹と勘違いして,「原形」として取り込んでしまう例はいくらでもあったろう.実際,形容詞の中性語尾に由来する t をもつ他の例として,scant (乏しい), thwart (横切って), wight (勇敢な),†quart (健康な)などが挙げられる.
 関連して,フランス語の不定詞語尾 -er を含んだまま英語に取り込まれた cesser, detainer, dinner, merger, misnomer, remainder, surrender なども,ある意味で類例といえるだろう.これにつていは「#220. supper は不定詞」 ([2009-12-03-1]),「#221. dinner も不定詞」 ([2009-12-04-1]) を参照.

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2019-01-26 Sat

#3561. 丁寧さを示す語用標識 please の発達 (3) [pragmatic_marker][pragmatics][historical_pragmatics][politeness][syntax][impersonal_verb][reanalysis][adverb][comment_clause]

 [2019-01-24-1], [2019-01-25-1] に引き続いての話題.丁寧な依頼・命令を表わす語用標識 (pragmatic_marker) としての please の発達の諸説についてみてきたが,発達に関する2つの仮説を整理すると (1) Please (it) you that . . . などが元にあり,主節動詞である please が以下から切り離されて語用標識化したという説と,(2) if you please, . . . などが元にあり,条件を表わす従属節の please が独立して語用標識化したという説があることになる.(1) は主節からの発達,(2) は従属節からの発達ということになり,対照的な仮説のようにみえる.
 Brinton (21) も,どちらかを支持するわけでもなく,Allen の研究に基づいて両説を対比的に紹介している.

An early study looking at an adverbial comment clause is Allen's argument that the politeness marker please originated in the adverbial clause if you please (1995; see also Chen 1998: 25--27). Traditionally, please has been assumed to originate in the impersonal construction please it you 'may it please you' > please you > please (OED: s.v. please, adv. and int.; cf. please, v., def. 3b). Such a structure would suggest the existence of a subordinate that-clause (subject) and argue for a version of the matrix clause hypothesis. However, the OED allows that please may also be seen as a shortened form of if you please (s.v. please, adv. and int.; cf. please, v., def. 6c). Allen notes that the personal construction if/when you please does not arise through reanalysis of the impersonal if it please you; rather, the two constructions exist independently and are already clearly differentiated in Shakespeare's time. The impersonal becomes recessive and is lost, while the personal form is routinized as a polite formula and ultimately (at the beginning of the twentieth century) shortened to please.


 語用標識 please の原型はどちらなのだろうか,あるいは両方と考えることもできるのだろうか.この問題に迫るには,初期近代英語期における両者の具体例や頻度を詳しく調査する必要がありそうだ.

 ・ Brinton, Laurel J. The Evolution of Pragmatic Markers in English: Pathways of Change. Cambridge: CUP, 2017.
 ・ Allen, Cynthia L. "On Doing as You Please." Historical Pragmatics: Pragmatic Developments in the History of English. Ed. Andreas H. Jucker. Amsterdam: John Benjamins, 1995. 275--309.
 ・ Chen, Guohua. "The Degrammaticalization of Addressee-Satisfaction Conditionals in Early Modern English." Advances in English Historical Linguistics. Ed. Jacek Fisiak and Marcin Krygier. Berlin: Mouton de Gruyter, 1998. 23--32.

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2019-01-25 Fri

#3560. 丁寧さを示す語用標識 please の発達 (2) [pragmatic_marker][pragmatics][historical_pragmatics][politeness][syntax][impersonal_verb][reanalysis][adverb]

 昨日の記事 ([2019-01-24-1]) に引き続いての話題.現代の語用標識 (pragmatic_marker) としての please は,次に動詞の原形が続いて丁寧な依頼・命令を表わすが,歴史的には please に後続するのは動詞の原形にかぎらず,様々なパターンがありえた.OED の please, v. の 6d に,人称的な用法として,様々な統語パターンの記述がある.

d. orig. Sc. In imperative or optative use: 'may it (or let it) please you', used chiefly to introduce a respectful request. Formerly with bare infinitive, that-clause, or and followed by imperative. Now only with to-infinitive (chiefly regional).

Examples with bare infinitive complement are now usually analysed as please adv. followed by an imperative. This change probably dates from the development of the adverb, which may stand at the beginning of a clause modifying a main verb in the imperative.


1543 in A. I. Cameron Sc. Corr. Mary of Lorraine (1927) 8 Mademe..pleis wit I have spokin with my lord governour.
1568 D. Lindsay Satyre (Bannatyne) 3615 in Wks. (1931) II. 331 Schir pleis ȝe that we twa invaid thame And ȝe sell se vs sone degraid thame.
1617 in L. B. Taylor Aberdeen Council Lett. (1942) I. 144 Pleis ressave the contract.
1667 Milton Paradise Lost v. 397 Heav'nly stranger, please to taste These bounties which our Nourisher,..To us for food and for delight hath caus'd The Earth to yeild.
1688 J. Bloome Let. 7 Mar. in R. Law Eng. in W. Afr. (2001) II. 149 Please to procure mee weights, scales, blow panns and sifters.
1716 J. Steuart Let.-bk. (1915) 36 Please and forward the inclosed for Hamburg.
1757 W. Provoost Let. 25 Aug. in Beekman Mercantile Papers (1956) II. 659 Please to send me the following things Vizt. 1 Dozen of Black mitts. 1 piece of Black Durant fine.
1798 T. Holcroft Inquisitor iv. viii. 49 Please, Sir, to read, and be convinced.
1805 E. Cavanagh Let. 20 Aug. in M. Wilmot & C. Wilmot Russ. Jrnls. (1934) ii. 183 Will you plaise to tell them down below that I never makes free with any Body.
1871 B. Jowett tr. Plato Dialogues I. 88 Please then to take my place.
1926 N.E.D. at Way sb.1 There lies your way, please to go away.
1973 Punch 3 Oct. Please to shut up!
1997 P. Melville Ventriloquist's Tale (1998) ii. 140 Please to keep quiet and mime the songs, chile.


 例文からもわかるように,that 節, to 不定詞,原形不定詞,and do などのパターンが認められる.このうち原形不定詞が続くものが,現代の一般的な丁寧な依頼・命令を表わす語法として広まっていったのである.

Referrer (Inside): [2019-01-26-1]

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2019-01-24 Thu

#3559. 丁寧さを示す語用標識 please の発達 (1) [pragmatic_marker][pragmatics][historical_pragmatics][politeness][syntax][comment_clause][impersonal_verb][reanalysis][adverb]

 丁寧な依頼・命令を表わす副詞・間投詞としての please は,機能的にはポライトネス (politeness) を果たす語用標識 (pragmatic_marker) といってよい.もともとは「〜を喜ばせる,〜に気に入る」の意の動詞であり,動詞としての用法は現在も健在だが,それがいかにして語用標識化していったのか.OED の please, adv. and int. の語源解説によれば,道筋としては2通りが考えられるという.

As a request for the attention or indulgence of the hearer, probably originally short for please you (your honour, etc.) (see please v. 3b(b)), but subsequently understood as short for if you please (see please v. 6c). As a request for action, in immediate proximity to a verb in the imperative, probably shortened from the imperative or optative please followed by the to-infinitive (see please v. 6d).


 考えられる道筋の1つは,非人称動詞として用いられている please (it) you などが約まったというものであり,もう1つは,人称動詞として用いられている if you please が約まったというものである.起源としては前者が早く,後者は前者に基づいたもので,1530年に初出している.人称動詞としての please の用法は,15世紀にスコットランドの作家たちによって用いられ出したものである.これらのいずれかの表現が約まったのだろう,現代的な語用標識の副詞として初めて現われるのは,OED によれば1771年である.

1771 P. Davies Let. 26 Sept. in F. Mason John Norton & Sons (1968) 192 Please send the inclosed to the Port office.


 現代的な用法の please が,いずれの表現から発達したのかを決定するのは難しい.原型となりえた表現は上記の2種のほかにも,そこから派生した様々な表現があったからである.例えば,ほぼ同じ使い方で if it please you (cf. F s'il vous plaît), may it please you, so please you, please to, please it you, please you などがあった.現代の用法は,これらのいずれ(あるいはすべて)に起源をもつという言い方もできるかもしれない.

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2016-07-02 Sat

#2623. 非人称構文の人称化 [impersonal_verb][reanalysis][verb][syntax][word_order][case][synthesis_to_analysis]

 非人称動詞 (impersonal_verb) を用いた非人称構文 (impersonal construction) については,「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) その他の記事で取り上げてきた.後期中英語以降,非人称構文はおおむね人称構文へと推移し,近代以降にはほとんど現われなくなった.この「非人称構文の人称化」は,英語の統語論の歴史において大きな問題とされてきた.その原因については,通常,次のように説明されている.
 中英語の非人称動詞 like(n) を例に取ろう.この動詞は現代では「好む」という人称的な用法・意味をもっており,I like thee. のように,好む主体が主格 I で,好む対象が対格(目的格) you で表わされる.しかし,中英語以前には(一部は初期近代英語でも),この動詞は非人称的な用法・意味をもっており Me liketh thee. のように,好む主体が与格 Me で,好む対象が対格 thee で表わされた.和訳するならば「私にとって,あなたを好む気持ちがある」「私にとっては,あなたは好ましい」ほどだろうか.好む主体が代名詞であれば格が屈折により明示されたが,名詞句であれば主格と与格の区別はすでにつけられなくなっていたので,解釈に曖昧性が生じる.例えば,God liketh thy requeste, (Chaucer, Second Nun's Tale 239) では,God は歴史的には与格を取っていると考えられるが,聞き手には主格として解されるかもしれない.その場合,聞き手は liketh を人称動詞として再分析 (reanalysis) して理解していることになる.非人称動詞のなかには,もとより古英語期から人称動詞としても用いられるものが多かったので,人称化のプロセス自体は著しい飛躍とは感じられなかったのかもしれない.Shakespeare では,動詞 like はいまだ両様に用いられており,Whether it like me or no, I am a courtier. (The Winters Tale 4.4.730) とあるかと思えば,I like your work, (Timon of Athens 1.1.160) もみられる(以上,安藤,p. 106--08 より).
 以上が非人称構文の人称化に関する教科書的な説明だが,より一般的に,中英語以降すべての構文において人称構文が拡大した原因も考える必要がある.中尾・児馬 (155--56) は3つの要因を指摘している.

 (a) SVOという語順が確立し,OE以来動詞の前位置に置かれることが多かった「経験者」を表わす目的語が主語と解されるようになった。これにはOEですでに名詞の主格と対格がかなりしばしば同形であったという事実,LOEから始まった屈折接辞の水平化により,与格,対格と主格が同形となった事実がかなり貢献している.非人称構文においては,「経験者」を表す目的語が代名詞であることもあるのでその場合には目的格(与格,対格)と主格は形が異なっているから,形態上のあいまいさが生じたとは考えにくいのでこれだけが人称化の原因ではないであろう。
 (b) 格接辞の水平化により,動詞の項に与えられる格が主格と目的格のみになったという格の体系の変化が起こったため。すなわち,元来意味の違いに基づいて主格,対格,属格,与格という格が与えられていたのが,今度は文の構造に基づいて主格か目的格が与えられるというかたちに変わった。そのため「経験者」を間接的,非自発的関与者として表すために格という手段を利用し,非人称構文を造るということは不可能になった。
 (c) OE以来多くの動詞は他動詞機能を発達させていった。しばしば与格,対格(代)名詞を伴う準他動詞の非人称動詞もこの他動詞化の定向変化によって純粋の他動詞へ変化した。その当然の結果として主語は非人称の it ではなく,人またはそれに準ずる行為者主語をとるようになった。


 (c) については「#2318. 英語史における他動詞の増加」 ([2015-09-01-1]) も参照.

 ・ 安藤 貞雄 『英語史入門 現代英文法のルーツを探る』 開拓社,2002年.106--08頁.
 ・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.

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2015-09-01 Tue

#2318. 英語史における他動詞の増加 [verb][syntax][case][reanalysis][impersonal_verb][passive][reflexive_pronoun]

 英語史には,大規模な他動詞化 (transitivization) の潮流が確認される.古英語では相対的に他動詞(として用いられる動詞)は自動詞よりも少なかったが,中英語にかけて,そしてとりわけ初期近代英語にかけて,その数が増加した.他動詞化という過程は,動詞の意味・用法にかかわることだが,むしろ形式的な要因が大きく関与している.中尾・児馬 (100) によれば,3種類の要因が想定される.
 1つは,中英語期に屈折語尾の衰退が進行し,名詞や代名詞において格の形態的な区別がつかなくなったことがある.これにより,古英語では与格目的語や属格目的語をとっていた自動詞が,それらの格と形態上融合した歴史的な対格をとることになった.つまり,目的語はすべて対格であると分析され,動詞そのものも他動詞であると認識されるようになったのである.1200年頃から与格を主語とする受動態構文が現われるようになることも,この再分析と密接な関係にあると考えられる.
 2点目として,古英語の動詞にしばしば付加された ġe- などの接頭辞が,中英語までに消失したことがある.古英語では,例えば自動詞 restan (休む),grōwan (生じる)に対して,接頭辞を付加した ġerestan (休ませる),ġegrōwan (生み出す)が他動詞として機能するなど,接辞によって自他を切り替える場合があった.接頭辞が消失し両語の形態的区別が失われると,元来の自動詞の形態に他動詞の機能が付け加わることになった.
 3点目に,古英語の動詞には語幹の母音変異によって自他用法を区別するものがあった.brinnan / bærnan (burn), springan / sprengan (spring), stincan / stencan (stink) などがその例である.しかし,その後の変化により両語が形態的に一致するに及んで,後に伝わった唯一の語形が自他の両用法を担うようになった.
 上記は,いずれも形式的な変化が原因で,2次的に動詞の意味・用法が変化したというシナリオだが,もちろん動詞自体が内的に意味・用法を変化させたという直接的なシナリオがあった可能性も否定できない.むしろ,形式と機能の両側からの圧力によって,動詞の他動性が強化してきたと考えるほうが無理はないように思われる.līcian のような非人称動詞 (impersonal_verb) の人称化なども,動詞の他動詞化という潮流のなかに位置づけることができそうだが,これは音韻,形態,統語,意味,語用のすべてに関わる現象であり,いずれの要因が変化の引き金となり,推進力となったのかを区別することは容易ではない.また,「#995. The rose smells sweet.The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]) で触れた英語史における linking verb の拡大という問題も,動詞をとりまく統語変化と意味変化とが融合したような様相を呈する.
 いずれにせよ,他動詞化の潮流は中英語期に諸要因が集中していたことは言えそうだ.
 動詞の自他の転換については,受動態 (passive) の発達や再帰動詞 (reflexive_pronoun) の振る舞いも関連してくるだろう.後者については,「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]),「#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2)」 ([2015-05-12-1]),「#2207. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (3)」 ([2015-05-13-1]) も参照.また,他動詞という用語については,「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]) を参照されたい.

 ・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.

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2014-01-03 Fri

#1712. as regards [preposition][conjunction][impersonal_verb][corpus][clmet]

 標題の熟語は,形式張った文体で「〜に関しては,〜について(いうと)」の意味で用いられる.典型的には "As regards the result, you need not worry so much." のように新しい主題を導くのに用いられる.機能的には前置詞といってよいだろう.
 この複合前置詞は,歴史的には「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1]) で示唆したように,近代英語で発達してきた.だが,細かくいえば as regards は初期近代英語ではなく後期近代英語での発達と考えられる.OED の regard, v. によると,語義 8b にこの用法が記述されており,初例としては1797年の "A distinction is made, as regards moral rectitude, in the minds of many individuals." という例文が挙げられている.

b. as regards, as regarded (now rare), †as regarding: with respect or reference to


 一方,同じ動詞の現在分詞から発展した regarding, prep. も同様に用いられるが,こちらの初例としては1779年から " The servant was called, and examined regarding the import of the answer he had brought from Madame la Comtesse." の例文が挙げられている.ただし,名詞句に後続する regarding については17世紀より例があり,これが現在分詞なのか前置詞なのかを決定することは難しい.
 初出年代の細かな問題はあるにせよ,as regardsregarding も後期近代英語期になって根付いた動詞由来の前置詞であると解釈することに大きな異論はないだろう.OED に記載のある †as regarding も含めて,動詞 regard から派生した前置詞の複数の異形が18世紀後半辺りに活躍しだしたと考えられる.
 それを確かめるべく,「#1637. CLMET3.0 で betweenbetwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した The Corpus of Late Modern English Texts, version 3.0 (CLMET3.0) により,as regards を検索してみた(as regarding は2例ほどヒット).70年間ごとに区切った頻度をまとめると以下のようになった.

DecadeFrequencyCorpus size
1710--17805 (5)10,480,431 words
1780--185070 (18)11,285,587
1850--1920347 (6)12,620,207


 OED が示唆するよりも少し早く,18世紀半ばからの例が確認される.しかし,例文を眺めてみると,おもしろいことに第1期からの例はいずれも so [as] far as regards . . . という形で現れている(上の表でかっこ内に示した頻度は,(in) so [as] far as regards . . . の形で現れる内数)."so far as regards the present subject", "as far as regards your knowledge", "so far as regards our present purpose" の如くである.第2期にも同種の例が多いことを考えると,as regardsas far as regards の省略形として発展・定着してきたとも考えられるかもしれない.
 なお,現在 as regards は複合前置詞としてとらえられており,統語的に分析する意味はないだろうが,歴史的な関心からあえて統語的に分析すれば,as は従属接続詞であり,主語を取らない非人称構文を導いているということになる.regards に後続する名詞句はあくまで動詞の目的語と分析される.

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2013-12-29 Sun

#1707. Woe worth the day! [verb][impersonal_verb]

 標記の文は「今日は何という厄日か;この日に呪いあれ」を意味する.ここで,worth は古英語 weorþan (to become, be, be done, be made; to happen) に遡る動詞であり,「価値(のある)」を意味する worth とは別ものである.印欧祖語まで遡れば,両語は究極的に同根である可能性はあるが,互いに異なる語としておいてよい.この動詞は,ドイツ語 werden (to become) ,ラテン語 verto (to turn) などと同根である.
 古英語 weorþan は高頻度の基礎動詞だったが,現代英語では標記のような成句,あるいは Woe worth you! のように人称代名詞を伴う形でしか用いられない.関連表現として,Woe betide (to) me!Woe is me. (「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) に挙げた1例として)が見られる.
 動詞 worth に関わるこれらの表現は,いずれも非人称構文を取っている.標記の文でいえば,woeworth の補語,the day は与格に相当し,主語が欠けている.換言すれば,worth は非人称動詞であり,接続法3人称単数現在の屈折形を表わしている.祈願や呪いを表わす接続法の用法ということになろう.古くは,woe のほかに well も可能で,その場合には「〜に幸あれ」を意味した.
 この種の表現は,古英語末期からの歴史があり,OED では worth, v. 1 の語義 1c のもとに,あるいは woe, int., and adv., n., and adj. の語義 4a のもとに,多くの表現が見つけられる.MED では,worthen (v.) の語義 2c(b) に記述がある.中英語からの例をいくつかランダムに示そう.

 ・ a1150(OE) Vsp.D.Hom.(Vsp D.14) 5/15: Ne wurðe þe næfre swa wa þæt þu þe ne wene betere, for þan þe se wene þe ne lætt næfre forwurðen.
 ・ c1275 (?a1200) Laȝamon Brut (Calig.) (1963) l. 1678 Wa worðe þan monne. þe lond haueðe mid menske.
 ・ (c1300) Havelok (LdMisc 108) 2221: Euere wurþe him yuel and wo!
 ・ c1400(?c1390) Gawain (Nero A.10) 2127: Wel worth þe, wyȝe, þat woldez my gode.
 ・ a1425(c1385) Chaucer TC (Benson-Robinson) 2.344-6: Wo worth the faire gemme vertulees! Wo worth that herbe also that dooth no boote! Wo worth that beaute that is routheles!


 OED によると,中英語より後の時代では,16--17世紀に woe-worth のようにハイフンでつながれた形式が見られた.また,18--19世紀にはスコットランド方言などの諸方言で聞かれた.
 古英語で動詞として大活躍していた weorþan が後世にはほぼ廃用となってしまった理由については,学者間で諸説紛々としている.Mustanoja (616--18) によれば,諸言語からの影響説や機能主義的な説明が紹介されているが,いまだ決着はついていない.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

Referrer (Inside): [2013-12-30-1]

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2012-07-04 Wed

#1164. as far as in me lies [idiom][preposition][chaucer][impersonal_verb]

 Chaucer の The Canterbury Tales より,The Parson's Tale を読んでいて,次の箇所で立ち止まった(Riverside版より).語り手である教区主任司祭が,呪いの悪徳について説いている箇所である.

And over alle thyng men oghten eschewe to cursen hire children, and yeven to the devel hire engendrure, as ferforth as in hem is. Certes, it is greet peril and greet synne. (l. 621)


 引用の赤で強調した as ferforth as in hem is という副詞節の意味がわからない.参照した翻訳はいずれも「できる限り」と訳出しているが,なぜそのような意味が出るのかが不明だった.そこで,一緒に読んでいた仲間と考えたり調べたりしていたが,一人が,これは現代英語の as far as in me lies なる慣用表現に相当することを突き止めた.これは,"as far as lies in my power" とも言い換えられ,つまるところ "as far as I can", "to the best of my ability" ほどの意味であるということだ.大英和辞典には載っているし,『NEW斎藤和英大辞典』にも「及ぶ限り力を尽そう」に対応する I will do all that in me lies. というような類例が見つかる.ただし,Chaucer の例文に見られるような中英語の構文は,人称主語が立っておらず,非人称構文とみなすべきだろう.
 OED では,lie, v.1 で語義 12c. のもとに次のようにある.初例はc1350.

to lie in (a person): to rest or centre in him; to depend upon him, be in his power (to do). Now chiefly in phr. as far as in (me, etc.) lies. Also, to lie in one's power, to lie in (or †on) one's hands.


 MED では,lien (v. (1)) の語義 11(c) のもとに,"~ in, to be within the bounds of possibility for (sb., his power, his knowledge, etc.);" とある.MED から集めた関連する例文を挙げよう.lie の代わりに be が使われているものも少なくない.

 ・ (1433) RParl. 4.423a: My Lorde of Bedford..be his grete wisdome and manhede..hath nobly doon his devoir to ye kepyng yerof..as ferforth as in hym hath bee.
 ・ (1447) Reg.Spofford in Cant.Yk.S.23 290: Ye shall..trewlie serve all the kynges writtes als ferforth as hit shall be in your konnyng.
 ・ (?a1450) Proc.Privy C. 6.319: Ye shall swere þat, as ferforth as in you shall be, ye aswell in visityng and overseeing as in writing and subscribing of billes, the articles abovesaide and eueriche of þeim that touche ye shall trewely justely and faithfully observe.
 ・ a1450(?c1421) Lydg. ST (Arun 119) 2366: As ferforth as it lith in me, Trusteth right wel 3e shul no faute fynde.
 ・ a1500(a1450) Gener.(2) (Trin-C O.5.2) 3109: It lithe in me The Sowdon to distroye.


 この前置詞 in の用法は内在・性格・素質・資格とでも呼ぶべき用法で,現代英語では次のような例文で確認される.

 ・ in the capacity of interpreter = in my capacity as interpreter (通訳の資格で)
 ・ He had something of the hero in his nature. (彼には多少豪傑肌のところがあった.)
 ・ He doesn't have it in him to cheat. (彼は不正をするような人ではない.)
 ・ I didn't think he had it in him (to succeed). (彼にそんな事ができるとは思わなかった.)
 ・ He has no malice in him. = It is not in him to be malicious. (彼には意地悪なところがない.)
 ・ I have found a friend in him. (私は彼という友を見出した.)
 ・ Our country has lost a great scholar in Dr. Fletcher. (我が国はフレッチャー博士という大学者を失った.)
 ・ I have tried every means in my power. (力に及ぶ限りの手段を尽した.)

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2010-11-01 Mon

#553. Chaucer の 非人称動詞 [chaucer][impersonal_verb]

 [2009-11-17-1]で非人称動詞について簡単に説明したが,今回は中英語の Chaucer に現われる非人称動詞を挙げよう.Burnley (36) のリストを再掲するが,Chaucer に用いられている非人称動詞のすべてを網羅しているわけではないので注意.中英語で初めて現われたものについては,* を付してある.

(1) used exclusively in impersonal constructions

ben lief, ben looth, *betyden, bifallen, bihoven, *happen, *lakken, listen, neden, *tyden


(2) used frequently in impersonal constructions (and also in personal constructions)

*availlen, ben, *deignen, *dremen, *fallen, forthinken, *gaynen, longen, lyken, metten, *rekken, *remembren, rewen, *seemen, *sitten, *smerten, thinken, *thurfen, thursten, *wonderen


 Chaucer 以降,これらの非人称構文は形式主語 it をとる構文や人称主語をとる構文へと推移し,現代英語ではほぼ完全に衰退した.
 非人称動詞は印欧語族に共通して見られるが,形式主語 it を立てる構文は比較的新しく,例えば Sanskrit 語には見られないという ( Mustanoja, p. 433 ) .it rains に対応するいくつかの言語の表現を示すと,rigneiþ (Gothic), rignir (Old Norse), pluit (Latin), llueve (Spanish) .

 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.

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2009-11-17 Tue

#204. 非人称構文 [impersonal_verb][french]

 非人称構文 ( impersonal construction ) とは一言でいえば,論理的主語のない構文である.主語があるはずなのに省略されている構文ではなく,最初から主語をとらない構文のことである.非人称構文の柱となる,論理的主語を要求しない動詞のことを非人称動詞 ( impersonal verb ) と呼ぶ.
 非人称動詞は,形態上は三人称単数語尾をとった.論理上の主語はないが,意味上の主語を明示する場合には,与格や対格が用いられた.また,一部の非人称動詞では,古くから形式主語 it を伴うことがあった.
 非人称動詞は,古英語では約40個あり,中英語ではフランス語からの借用語が加えられて倍増した.非人称構文は,近代英語以降に衰退し,形式主語 it を用いる構文や人称構文に置換され,現代に至っている.
 古英語や中英語からの例をいくつか挙げよう.(参考のため,各例文の下に対応する現代語の gloss をつけたが,多くの場合,そのままでは現代英語として非文法的である.)

 (1) 天候動詞

・ þa rinde hit, and þær comon flod (OE)
  "then rained it, and there came the floods"

・ norþan sniwde (OE)
  "from the north snowed" ( = "it snowed from the north" )


 (2) 心理動詞

・ siððen him hingrode (OE)
  "afterward hungered to-him" ( = "afterward he became hungry" )

・ me ðyncð betre (OE)
  "to-me thinks better" ( = "it seems better to me" )

・ me lyst rædan (OE)
  "to-me pleases to-read" ( = "it pleases me to read" )

・ Hir thoughte that a lady sholde hire spare (ME)
  "to-her thought that a lady should spare herself" ( = "it seemed to her that a lady should spare herself" )


 (3) その他

・ me wære betra gan (OE)
  "to-me were better to-go" ( = "it would be better for me to go" )

・ Hym boes serve himselve that has na swayn (ME)
  "to-him behooves to-serve himself that has no servant" ( = "it behooves one that has no servant to serve himself" )


 なお,現代英語にも,形式上の主語を欠いた非人称構文として化石的に残っている表現がいくつかある.

・ The opening hours are as follows: . . . .
・ As regards the point you've just made, . . . .
・ I will act as seems best.
・ Methinks you're changed so much.


 ・安藤 貞雄 『英語史入門 現代英文法のルーツを探る』 開拓社,2002年.106--08頁.
 ・橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年. 171--73頁.

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