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greek - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-10-25 11:06

2020-04-15 Wed

#4006. <x> ≡ /z/ の対応について (1) [x][eme][grapheme][greek][latin][french][verners_law]

 標題の対応は,稀ではあるがギリシア語等からの借用語の語頭においてみられる.例えば xenon, xenophobia, xerox, xylophone, Xanadu, Xanthippe, Xavier, Xenia, Xerxes は /z/ で始まる.以前の記事で「<x> ≡ /z/ の対応は,<x> ≡ /gz/ の第1子音の脱落によるものと考えられます」(「#3654. x で始まる英単語が少ないのはなぜですか?」 ([2019-04-29-1]))と述べた通り,デフォルトの対応 <x> ≡ /ks/ の有声版である <x> ≡ /gz/ という対応を想定すれば,このことは理解できる.語頭子音群 /gz/ から第1子音が落ちて /z/ となった,と考えればよい.
 しかし,そもそもなぜこれらの稀なケースではデフォルトの <x> ≡ /ks/ ではなく,<x> ≡ /gz/ が想定されなければならないのだろうか(←先日,名古屋大学の大名力氏よりいただいいた疑問です.ありがとうございます).この問題について深く考えてみたことがなかったので,少し調べてみた.初期近代英語の発音を徹底的に研究した Dobson を参照すると,次のような言及が見つかった (II §359) .

PresE initial [z] in Xerxes, &c. is usually (and rightly) regarded as a reduction of [gz], but as French also has this pronunciation the reduction presumably occurred in the medieval pronunciation of Latin rather than in English itself. Cooper says that x in Xenophon is pronounced z, gz (for [gz]), or ks.


 Dobson は意外なところに鍵を見出している.中世の英語話者やフランス語話者がこれらの語をラテン語として発音するときに,本来の無声の /ks/ ではなく,有声化した /gz/ として実現する傾向があったという.実際,現代フランス語でも Xerxès, xènon は /gzɛrsɛs/, /gzenɔ̃/ のように /gz/ が聞かれる.英語でも,17世紀の音声学者 Christopher Cooper が /z/, /gz/, /ks/ のいずれの発音にも言及している通り,揺れはあったものと思われるが,おそらく /ks/ よりも /gz/ が好まれ,さらに第1子音が脱落した /z/ が最終的に標準発音として落ち着くことになったと考えられる.
 もちろん上記では標題の「なぜ」の疑問に真正面から答えられたわけではない.特殊な借用語の語頭という環境で /gz/ が選ばれた理由や,英語とフランス語の間に想定されている類似の振る舞いが何によるものかも分からない.
 一般に英語で <x> ≡ /gz/ が成立する環境は,(1) x が母音に挟まれており,かつ (2) 先行する母音に強勢が落ちない(≒後続する母音に強勢が落ちる)場合である.これは「英語における Verner's Law」と言うべきもので,「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]),「#2280. <x> の話」 ([2015-07-25-1]) で触れた通りである.もちろん今回のような x で始まる語は,厳密には (1) と (2) の両条件に当てはまるわけではないのだが,後続する母音に強勢が落ちる(換言すれば x で始まるその語頭音節が強勢をもつ)という条件 (2) には当てはまるものが多い.Dobson もこの緩めた条件を念頭に置いて上の見解を述べたということだろうか.よくは分からない.
 今回の問題について調べるているうちに,英語の <x> ≡ /gz/ の対応の歴史的経緯について,Dobson が単純な「英語における Verner's Law」よりも込み入った説明を施していることにも気付いた.関連する話題なので明日の記事で取り上げたい.

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 1st ed. 2 vols. Oxford: Clarendon, 1957.

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2020-02-14 Fri

#3945. "<h> second" の2重字の起源と発達 [h][digraph][spelling][orthography][latin][greek][consonant][h][exaptation]

 英語の正書法には <ch>, <gh>, <ph>, <sh>, <th>, <wh> など,2文字で1つの音を表わす2重字 (digraph) が少なからず存在する.1文字と1音がきれいに対応するのがアルファベットの理想だとすれば,2重字が存在することは理想からの逸脱にほかならない.しかし現実には古英語の昔から現在に至るまで,多種類の2重字が用いられてきたし,それ自体が歴史の栄枯盛衰にさらされてきた.
 今回は,上に挙げた2文字目に <h> をもつ2重字を取り上げよう."verb second" の語順問題ならぬ "<h> second" の2重字問題である.これらの "<h> second" の2重字は,原則として単子音に対応する.<ch> ≡ /ʧ/, <ph> ≡ /f/, <sh> ≡ /ʃ/, <th> ≡ /θ, ð/, <wh> ≡ /w, ʍ/ などである.ただし,<gh> については,ときに /f/ などに対応するが,無音に対応することが圧倒的に多いことを付け加えておく(「#2590. <gh> を含む単語についての統計」 ([2016-05-30-1]),「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1])).
 現代英語にみられる "<h> second" の2重字が英語で使われ始めたのは,およそ中英語期から初期近代英語期のことである.それ以前の古英語や初期中英語では,<ch>, <gh>, <ph>, <th> に相当する子音は各々 <c>, <ȝ>, <f>, <þ, ð> の1文字で綴られていたし,<sh>, <wh> に相当する子音は各々 <sc>, <hw> という別の2重字で綴られるのが普通だった.
 <ch> と <th> については,ラテン語の正書法で採用されていたことから中英語の写字生も見慣れていたことだろう.彼らはこれを母語に取り込んだのである.また,<ph> についてはギリシア語(あるいはそれを先に借用していたラテン語)からの借用である.
 英語は,ラテン語やギリシア語から借用された上記のような2重字に触発される形で,さらにフランス語でも平行的な2重字の使用がみられたことも相俟って,2文字目に <h> をもつ新たな2重字を自ら発案するに至った.<gh>, <sh>, <wh> などである.
 このように,英語の "<h> second" の2重字は,ラテン語にあった2重字から直接・間接に影響を受けて成立したものである.だが,なぜそもそもラテン語では2文字目に <h> を用いる2重字が発展したのだろうか.それは,<h> の文字に対応すると想定される /h/ という子音が,後期ラテン語やロマンス諸語の時代に向けて消失していくことからも分かる通り,比較的不安定な音素だったからだろう.それと連動して <h> の文字も他の文字に比べて存在感が薄かったのだと思われる.<h> という文字は,宙ぶらりんに浮遊しているところを捕らえられ,語の区別や同定といった別の機能をあてがわれたと考えられる.一種の外適用 (exaptation) だ.
 実は,英語でも音素としての /h/ 存在は必ずしも安定的ではなく,ある意味ではラテン語と似たり寄ったりの状況だった.そのように考えれば,英語でも,中途半端な存在である <h> を2重字の構成要素として利用できる環境が整っていたと理解できる.(cf. 「#214. 不安定な子音 /h/」 ([2009-11-27-1]),「#459. 不安定な子音 /h/ (2)」 ([2010-07-30-1]),「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1]),「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]),「#1899. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (3)」 ([2014-07-09-1])).
 以上,主として Minkova (111) を参照した.今回の話題と関連して,以下の記事も参照.

 ・ 「#2423. digraph の問題 (1)」 ([2015-12-15-1])
 ・ 「#2424. digraph の問題 (2)」 ([2015-12-16-1])
 ・ 「#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か?」 ([2018-03-22-1])
 ・ 「#3337. Mulcaster の語彙リスト "generall table" における語源的綴字 (2)」 ([2018-06-16-1])
 ・ 「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1])
 ・ 「#1795. 方言に生き残る wh の発音」 ([2014-03-27-1])

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-02-05 Wed

#3936. h-dropping 批判とギリシア借用語 [greek][loan_word][renaissance][inkhorn_term][emode][lexicology][h][etymological_respelling][spelling][orthography][standardisation][prescriptivism][sociolinguistics][cockney]

 Cockney 発音として知られる h-dropping を巡る問題には,深い歴史的背景がある.音変化,発音と綴字の関係,語彙借用,社会的評価など様々な観点から考察する必要があり,英語史研究において最も込み入った問題の1つといってよい.本ブログでも h の各記事で扱ってきたが,とりわけ「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]),「#1899. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (3)」 ([2014-07-09-1]),「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1]) を参照されたい.
 h-dropping への非難 (stigmatisation) が高まったのは17世紀以降,特に規範主義時代である18世紀のことである.綴字の標準化によって語源的な <h> が固定化し,発音においても対応する /h/ が実現されるべきであるという規範が広められた.h は,標準的な綴字や語源の知識(=教養)の有無を測る,社会言語学的なリトマス試験紙としての機能を獲得したのである.
 Minkova によれば,この時代に先立つルネサンス期に,明確に発音される h を含むギリシア語からの借用語が大量に流入してきたことも,h-dropping と無教養の連結を強めることに貢献しただろうという.「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]) でみたように,確かに15--17世紀にはギリシア語の学術用語が多く英語に流入した.これらの語彙は高い教養と強く結びついており,その綴字や発音に h が含まれているかどうかを知っていることは,その人の教養を示すバロメーターともなり得ただろう.ギリシア借用語の存在は,17世紀以降の h-dropping 批判のお膳立てをしたというわけだ.広い英語史的視野に裏付けられた,洞察に富む指摘だと思う.Minkova (107) を引用する.

Orthographic standardisation, especially through printing after the end of the 1470s, was an important factor shaping the later fate of ME /h-/. Until the beginning of the sixteenth century there was no evidence of association between h-dropping and social and educational status, but the attitudes began to shift in the seventeenth century, and by the eighteenth century [h-]-lessness was stigmatised in both native and borrowed words. . . . In spelling, most of the borrowed words kept initial <h->; the expanding community of literate speakers must have considered spelling authoritative enough for the reinstatement of an initial [h-] in words with an etymological and orthographic <h->. New Greek loanwords in <h->, unassimilated when passing through Renaissance Latin, flooded the language; learned words in hept(a)-, hemato-, hemi-, hex(a)-, hagio-, hypo-, hydro-, hyper-, hetero-, hysto- and words like helix, harmony, halo kept the initial aspirate in pronunciation, increasing the pool of lexical items for which h-dropping would be associated with lack of education. The combined and mutually reinforcing pressure from orthography and negative social attitudes towards h-dropping worked against the codification of h-less forms. By the end of the eighteenth century, only a set of frequently used Romance loans in which the <h-> spelling was preserved were considered legitimate without initial [h-].


 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-01-30 Thu

#3930. なぜギリシアとローマは続け書きを採用したか? (2) [alphabet][distinctiones][punctuation][reading][writing][latin][greek][literacy][word]

 昨日の記事 ([2020-01-29-1]) に引き続き,なぜギリシアとローマが,それ以前の地中海世界で普通に行なわれていた分かち書き (distinctiones) を捨て,代わりに続け書き (scriptura continua) を作用したかという問題について.
 Saenger によれば,この問題に迫るには,読むという行為に対する現代的な発想を脇に置き,古代の読書習慣とその社会的文脈を理解する必要があるという.端的にいえば,現代人はみな黙読や速読に慣れており,何よりも「読みやすさ」を重視するが,古代ギリシアやローマの限られた人口の読み手にとって,読む行為とは口頭の音読のことであり,現代的な「読みやすさ」を追求する姿勢はなかったのだという.以下,Saenger の解説を聞いてみよう (11--12) .

. . . the ancient world did not possess the desire, characteristic of the modern age, to make reading easier and swifter because the advantages that modern readers perceive as accruing from ease of reading were seldom viewed as advantages by the ancients. These include the effective retrieval of information in reference consultation, the ability to read with minimum difficulty a great many technical logical, and scientific texts, and the greater diffusion of literacy throughout all social strata of the population. We know that the reading habits of the ancient world, which were profoundly oral and rhetorical by physiological necessity as well as by taste, were focused on a limited and intensely scrutinized canon of literature. Because those who read relished the mellifluous metrical and accentual patterns of pronounced text and were not interested in the swift intrusive consultation of books, the absence of interword space in Greek and Latin was not perceived to be an impediment to effective reading, as it would be to the modern reader, who strives to read swiftly. Moreover, oralization, which the ancients savored aesthetically, provided mnemonic compensation (through enhanced short-term aural recall) for the difficulty in gaining access to the meaning of unseparated text. Long-term memory of texts frequently read aloud also compensated for the inherent graphic and grammatical ambiguities of the languages of late antiquity.
   Finally, the notion that the greater portion of the population should be autonomous and self-motivated readers was entirely foreign to the elitist literate mentality of the ancient world. For the literate, the reaction to the difficulties of lexical access arising from scriptura continua did not spark the desire to make script easier to decipher, but resulted instead in the delegation of much of the labor of reading and writing to skilled slaves, who acted as professional readers and scribes. It is in the context of a society with an abundant supply of cheap, intellectually skilled labor that ancient attitudes toward reading must be comprehended and the ready and pervasive acceptance of the suppression of word separation throughout the Roman Empire understood.


 引用の最後に示唆されているように,古代人は続け書きにシフトすることで,読みにくさをあえて高めようとした,という言い方さえできるのかもしれない.この観点は,中世後期に再び分かち書きへと回帰していく過程を理解する上でも示唆的である.関連して「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1]) も参照.

 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP.

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2020-01-29 Wed

#3929. なぜギリシアとローマは続け書きを採用したか? (1) [alphabet][distinctiones][punctuation][reading][writing][latin][greek][indo-european][word]

 アルファベットの分かち書き (distinctiones) と続け書き (scriptura continua) の問題については,最近では「#3926. 分かち書き,表語性,黙読習慣」 ([2020-01-26-1]) で,それ以前にも distinctiones の各記事で取り上げてきた.
 Saenger (9) によると,アルファベットに母音表記の慣習が持ち込まれる以前の地中海世界では,スペースによるか点によるかの違いこそあれ,分かち書きが普通に行なわれていた.ところが,ギリシア語において母音表記が可能となるに及び,続け書きが生まれたという.これを時系列で整理すると次のようになる.
 まず,アルファベット使用の初期から分かち書きは普通にあった.ところが,ギリシア・ローマ時代にそれが廃用となり,代わって続け書きが一般化した.ローマ帝国が崩壊し,中世後期の8世紀頃になると分かち書きが改めて導入され,その後徐々に一般化して現代に至る.
 分かち書きは現在では当然視されているが,母音表記を享受し始めた古典時代の間に,その慣習が一度廃れた経緯があるということだ.では,なぜ母音表記の導入により,私たちにとって明らかに便利に思われる分かち書きが廃用となり,むしろ読みにくいと思われる続け書きが発達したのだろうか.Saenger (9--10) によれば,母音表記と続け書きの間には密接な関係があるという.

The uninterrupted writing of ancient scriptura continua was possible only in the context of a writing system that had a complete set of signs for the unambiguous transcription of pronounced speech. This occurred for the first time in Indo-European languages when the Greeks adapted the Phoenician alphabet by adding symbols for vowels. The Greco-Latin alphabetical scripts, which employed vowels with varying degrees of modification, were used for the transcription of the old forms of the Romance, Germanic, Slavic, and Hindu tongues, all members of the Indo-European language group, in which words were polysyllabic and inflected. For an oral reading of these Indo-European languages, the reader's immediate identification of words was not essential, but a reasonably swift identification and parsing of syllables was fundamental. Vowels as necessary and sufficient codes for sounds permitted the reader to identify syllables swiftly within rows of uninterrupted letters. Before the introduction of vowels to the Phoenician alphabet, all the ancient languages of the Mediterranean world---syllabic or alphabetical, Semitic or Indo-European---were written with word separation by either space, points, or both in conjunction. After the introduction of vowels, word separation was no longer necessary to eliminate an unacceptable level of ambiguity.
     Throughout the antique Mediterranean world, the adoption of vowels and of scriptura continua went hand in hand. The ancient writings of Mesopotamia, Phoenicia, and Israel did not employ vowels, so separation between words was retained. Had the space between words been deleted and the signs been written in scriptura continua, the resulting visual presentation of the text would have been analogous to a modern lexogrammatic puzzle. Such written languages might have been decipherable, given their clearly defined conventions for word order and contextual clues, but only after protracted cognitive activity that would have made fluent reading as we know it impractical. While the very earliest Greek inscriptions were written with separation by interpuncts, points placed at midlevel between words, Greece soon thereafter became the first ancient civilization to employ scriptura continua. The Romans, who borrowed their letter forms and vowels from the Greeks, maintained the earlier Mediterranean tradition of separating words by points far longer than the Greeks, but they, too, after a scantily documented period of six centuries, discarded word separation as superfluous and substituted scriptura continua for interpunct-separated script in the second century A.D.


 ここで展開されている議論について,私はよく理解できていない.母音表記の導入の結果,音節が同定しやすくなったという理屈がよくわからない.また,仮にそれが本当だったとして,文字の読み手が従来の分かち書きではなく続け書きにシフトしたとしても何とか解読できる,という点までは理解できるが,なぜ続け書きに積極的にシフトしたのかは不明である.上の議論は,消極的な説明づけにすぎないように思われる.
 母音文字を発明してアルファベットを便利にしたギリシア人が,読みにくい続け書きにシフトしたというのは,何か矛盾しているように感じられる.実際,この問題は多くの論者を悩ませ続けてきたようだ (Saenger 10)
 ギリシア人による母音文字の導入という文字史上の画期的な出来事については,「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1]) や「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1]) を参照.

 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP.

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2019-11-23 Sat

#3862. 「アレクサンドロスの大征服」の意義の再評価 [history][writing][greek][koine][lingua_franca]

 昨日の記事「#3861. 「モンゴルの大征服」と「アラブの大征服」の文字史上の意義の違い」 ([2019-11-22-1]) に引き続き,文字史の観点から世界史を描いた鈴木 (73--75) より,今回は「アレクサンドロスの大征服」の意義について触れられている箇所を引用する.

 アレクサンドロスの遠征はしばしば「空前の大遠征」といわれ,その帝国も「空前の世界帝国」といわれる.
 確かにマケドニア,ギリシア側からみれば「空前の世界帝国」かもしれないが,ペルシア側からみれば,アケメネス朝ペルシア帝国の版図にわずかにマケドニアとギリシアが加わったに過ぎない.この「大征服」の眼目は,まさに「小が大を呑んだ」ことになるのである
....
〔中略〕
....
 さて,アレクサンドロスの東征の「成果」についても,この大遠征がヘレニズムの文明を生み出し,征服地でギリシア文明が普及し,その影響はさらに遥か東方まで及んだとされている.
 確かにアレクサンドロスの帝国内では,いくつものアレクサンドリアをはじめ,多くのギリシア風都市が建設され,ギリシア的要素をもつ文化が生まれ,少なくとも一時期はギリシア語も痕跡を残した.また東西が融合した文化が生まれ,とりわけ西方で一時代をなしたのも事実である.
 ここで我々の「文化」と「文明」の概念に照らしてみれば,「文化」のうえでは東方に確かに刻印を残した.しかしその影響が持続し,定着したとはいいがたいのではないか.
 「文明」についてみれば,後代のギリシア・ローマ世界の人間の目,また「ヘレニズム」の概念を創案した一九世紀西欧人の目をもってすると,ギリシアの「文明」が東方に大きな影響を与え,大きな発展に役立ったとみえたかもしれない.
 だがそれは,ギリシアの「文明」が東方の「文明」に対し遥かに高いものであるとの固定観念によるところが大であったように思える.実際には,希臘文明の「東漸」もさることながら,東方文明の「西漸」こそ,問題とされるべきではなかろうか.


 「アレクサンドロスの大征服」により東方でも一時的にギリシア語のコイネーがリンガ・フランカとして機能したことは事実だが,その後代への影響がどれだけ持続したかという観点からみると,その意義は言われているほど著しいものではない,という評価である.
 昨日の記事で取り上げた2つの征服と合わせて考えると,文字・言語史上の意義という点に関しては,「アラブの大征服」>「アレクサンドロスの大征服」>「モンゴルの大征服」ということになろうか.

 ・ 鈴木 董 『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』 山川出版社,2018年.

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2019-06-24 Mon

#3710. 印欧祖語の帯気有声閉鎖音はラテン語ではおよそ f となる [indo-european][latin][sound_change][consonant][grimms_law][labiovelar][italic][greek][phonetics]

 英語のボキャビルのために「グリムの法則」 (grimms_law) を学んでおくことが役に立つということを,「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」などで論じてきたが,それと関連して時折質問される事項について解説しておきたい.印欧祖語の帯気有声閉鎖音は,英語とラテン語・フランス語では各々どのような音へ発展したかという問題である.
 印欧祖語の帯気有声閉鎖音 *bh, *dh, *gh, *gwh は,ゲルマン語派に属する英語においては,「グリムの法則」の効果により,各々原則として b, d, g, g/w に対応する.
 一方,イタリック語派に属するラテン語は,問題の帯気有声閉鎖音は,各々 f, f, h, f に対応する(cf. 「#1147. 印欧諸語の音韻対応表」 ([2012-06-17-1])).一見すると妙な対応だが,要するにイタリック語派では原則として帯気有声閉鎖音は調音点にかかわらず f に近い子音へと収斂してしまったと考えればよい.
 実はイタリック語派のなかでもラテン語は,共時的にややイレギュラーな対応を示す.語頭以外の位置では上の対応を示さず,むしろ「グリムの法則」の音変化をくぐったような *bh > b, *dh > d, *gh > g を示すのである.ちなみにギリシア語派のギリシア語では,各々無声化した ph, th, kh となることに注意.
 結果として,印欧祖語,ギリシア語,(ゲルマン祖語),英語における帯気有声閉鎖音3音の音対応は次のようになる(寺澤,p. 1660--61).

IEGkLGmcE
bhphāgósfāgusƀ, bbook
dhthúrāforēs (pl.)ð, ddoor
ghkhḗnanser (< *hanser)ʒ, ggoose


 この点に関してイタリック語派のなかでラテン語が特異なことは,Fortson でも触れられているので,2点を引用しておこう.

The characteristic look of the Italic languages is due partly to the widespread presence of the voiceless fricative f, which developed from the voiced aspirate[ stops]. Broadly speaking, f is the outcome of all the voiced aspirated except in Latin; there, f is just the word-initial outcome, and several other reflexes are found word-internally. (248)


The main hallmark of Latin consonantism that sets it apart from its sister Italic languages, including the closely related Faliscan, is the outcome of the PIE voiced aspirated in word-internal position. In the other Italic dialects, these simply show up written as f. In Latin, that is the usually outcome word-initially, but word-internally the outcome is typically a voiced stop, as in nebula 'cloud' < *nebh-oleh2, medius 'middle' < *medh(i)i̯o-, angustus 'narrow' < *anĝhos, and ninguit < *sni-n-gwh-eti)


 ・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.

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2019-06-11 Tue

#3697. 印欧語根 *spek- に由来する英単語を探る [etymology][indo-european][latin][greek][metathesis][word_family][lexicology]

 昨日の記事「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) で取り上げたなかでも最上位に挙げられている spec(t) という連結形 (combining_form) について,今回はさらに詳しくみてみよう.
 この連結形は印欧語根 *spek- にさかのぼる.『英語語源辞典』の巻末にある「印欧語根表」より,この項を引用しよう.

spek- to observe. 《Gmc》[その他] espionage, spy. 《L》 aspect, auspice, conspicuous, despicable, despise, especial, expect, frontispiece, haruspex, inspect, perspective, prospect, respect, respite, species, specimen, specious, spectacle, speculate, suspect. 《Gk》 bishop, episcopal, horoscope, sceptic, scope, -scope, -scopy, telescope.


 また,語源の取り扱いの詳しい The American Heritage Dictionary of the English Language の巻末には,"Indo-European Roots" なる小辞典が付随している.この小辞典から spek- の項目を再現すると,次のようになる.

spek- To observe. Oldest form *spek̂-, becoming *spek- in centum languages.
▲ Derivatives include espionage, spectrum, despise, suspect, despicable, bishop, and telescope.
   I. Basic form *spek-. 1a. ESPY, SPY, from Old French espier, to watch; b. ESPIONAGE, from Old Italian spione, spy, from Germanic derivative *speh-ōn-, watcher. Both a and b from Germanic *spehōn. 2. Suffixed form *spek-yo-, SPECIMEN, SPECTACLE, SPECTRUM, SPECULATE, SPECULUM, SPICE; ASPECT, CIRCUMSPECT, CONSPICUOUS, DESPISE, EXPECT, FRONTISPIECE, INSPECT, INTROSPECT, PERSPECTIVE, PERSPICACIOUS, PROSPECT, RESPECT, RESPITE, RETROSPECT, SPIEGELEISEN, SUSPECT, TRANSPICUOUS, from Latin specere, to look at. 3. SPECIES, SPECIOUS; ESPECIAL, from Latin speciēs, a seeing, sight, form. 4. Suffixed form *spek-s, "he who sees," in Latin compounds. a. Latin haruspex . . . ; b. Latin auspex . . . . 5. Suffixed form *spek-ā-. DESPICABLE, from Latin (denominative) dēspicārī, to despise, look down on (dē-), down . . .). 6. Suffixed metathetical form *skep-yo-. SKEPTIC, from Greek skeptesthai, to examine, consider.
   II. Extended o-grade form *spoko-. SCOPE, -SCOPE, -SCOPY; BISHOP, EPISCOPAL, HOROSCOPE, TELESCOPE, from metathesized Greek skopos, on who watches, also object of attention, goal, and its denominative skopein (< *skop-eyo-), to see. . . .


 2つの辞典を紹介したが,語源を活用した(超)上級者向け英語ボキャビルのためのレファレンスとしてどうぞ.

 ・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ The American Heritage Dictionary of the English Language. 4th ed. Boston: Houghton Mifflin, 2006.

Referrer (Inside): [2019-06-12-1]

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2019-06-10 Mon

#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」 [elt][latin][greek][etymology][prefix][combining_form][lexicology]

 中田(著)『英単語学習の科学』に,先行研究に基づいた「最も役に立つ25の語のパーツ」が提示されている (76--77) .これは,3000〜1万語レベルの英単語を分析した結果,とりわけ多くの語に含まれるパーツを取り出したものである.パーツのほとんどが,ラテン語やギリシア語の接頭字 (prefix) や連結形 (combining_form) である.

語のパーツとその意味具体例
spec(t) = 見るspectacle(見せ物),spectator(観客),inspect(検査する),perspective(視点),retrospect(回顧)
posit, pos = 置くimpose(負わせる,課す),opposite(反対の),dispose(配置する,処分する),compose(校正する,作る),expose(さらす)
vers, vert = 回すversus(対),adverse(反対の,不利な),diverse(多様な),divert(転換する),extrovert(外交的な)
ven(t) = 来るconvention(大会,しきたり,慣習),prevent(妨げる,予防する),avenue(通り),revenue(歳入),venue(場所)
ceive/ceipt, cept = とる(こと)accept(受け入れる,容認する),exception(例外),concept(概念),perceive(知覚する),receipt(レシート,受け取ること)
super- = 越えてsuperb(すばらしい),supervise(感得する),superior(上級の),superintendent(監督者),supernatural(超自然の,神秘的な)
nam, nom, nym = 名前surname(苗字),nominate(指名する),denomination(命名,単位),anonymous(匿名の),synonym(同義語)
sens, sent = 感じるsensible(分別のある),sensitive(敏感な),sensor(センサー),sensation(感覚),consent(同意,同意する)
sta(n), stat = 立つstable(安定した),status(地位),distant(離れた),circumstance(状況),obstacle(障害)
mis, mit = 送るpermit(許可する),transmit(送る),submit(提出する),emit(放射する),missile(ミサイル)
med(i), mid(i) = 真ん中intermediate(中級の),Mediterranean(地中海),mediocre(並みの),mediate(仲裁する),middle(中央,中間の)
pre, pris = つかむprison(刑務所),enterprise(事業),comprise(構成する),apprehend(捕らえる,理解する),predatory(捕食性の,食い物にする)
dictate, dict = 言うdictate(書き取らせる,命じる),dedicate(捧げる),predict(予言する),contradict(否定する,矛盾する),verdict(評決)
ces(s) = 行くaccess(アクセス,接近),excess(超過),recess(休憩),ancestor(先祖),predecessor(前任者)
form = 形formal(形式的な),transform(変形する),uniform(同形の,制服),format(形式),conform(一致する)
tract = 引くextract(抜粋,抜粋する),distract(気をそらす),abstract(要約,抽象的な),subtract(引く),tractor(トラクター,牽引車)
graph = 書くtelegraph(電報),biography(伝記),autograph(サイン),graph(グラフ),geography(地理)
gen = 生むgenuine(本物の),gene(遺伝子),genius(天才),indigenous(土着の,固有の),ingenuity(工夫)
duce, duct = 導くconduct(導く),produce(生み出す),reduce(減らす),induce(引き起こす,誘発する),seduce(誘惑する)
voca, vok = 声advocate(主張する,唱道者),vocabulary(語彙),vocal(声の,ボーカル),invoke(祈る),equivocal(あいまいな)
cis, cid = 切るprecise(正確な),excise(削除する),scissors(はさみ),suicide(自殺),pesticide(殺虫剤)
pla = 平らなplain(明白な,平原),plane(平面,平らな),plate(皿),plateau(高原,高原状態)
sec, sequ = 後に続くconsequence(結果),sequence(連続),subsequent(その次の),consecutive(連続した),sequel(続編)
for(t) = 強いfortress(要塞),effort(努力),enforce(実施する,強いる),reinforce(強化する),forte(長所)
vis = 見るvisible(目に見える),envisage(心に描く),revise(改訂する),visual(視覚の,映像),vision(視力,ビジョン)


 本ブログでも,必ずしもボキャビルを目的とした記事ではないが,接頭辞,接尾辞,連結形について多々取り上げてきた.prefix, suffix, combining_form などの記事をご覧ください.

 ・ 中田 達也 『英単語学習の科学』 研究社,2019年.

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2019-02-20 Wed

#3586. 外来複数形 [plural][latin][greek][french][italian]

 英語の不規則複数形をとる名詞には,外来複数形と呼ばれる一群がある.主として近代英語以降にラテン語,ギリシア語,フランス語,イタリア語などから借用された学術・専門語で,原語における複数形を保っているものだ.現代にかけて,英語の規則的な語尾 -(e)s を取るようになったものも少なくないが,それらも含めて代表的な単語を,『徹底例解ロイヤル英文法』に依拠して以下に示そう.
 特にラテン系 -us 名詞に見られる20世紀中の規則複数化の流れについては,Hotta の拙論を参照(関連して,「#121. octopus の複数形」 ([2009-08-26-1]),「#161. rhinoceros の複数形」 ([2009-10-05-1]) も).

1. ラテン語系の名詞
  1.1 -us で終わる語
    a) -us [əs] → -i [aɪ]
      alumnus (男子卒業生) → alumni
      bacillus (バチルス菌) → bacilli
      esophagus (食堂) → esophagi
      locus (軌跡) → loci, loca
      stimulus (刺激) → stimuli
    b) 規則複数語尾 -es をつけるもの
      apparatus (装置) → apparatuses
      bonus (ボーナス) → bonuses
      campus (校庭) → campuses
      caucus (幹部会議) → caucuses
      chorus (コーラス) → choruses
      circus (サーカス) → circuses
      impetus (起動力) → impetuses
      minus (負の数,マイナス符号) → minuses
      prospectus (学校などの案内) → prospectuses
      sinus (洞) → sinuses
      status (地位) → statuses
    c) -us → -i の変化と -es の両様のもの
      cactus (サボテン) → cacti, cactuses
      cirrus (巻雲) → cirri, cirruses
      cumulus (積雲) → cumuli, cumuluses
      focus (焦点) → foci, focuses
      fungus (きのこなどの菌類) → fungi, funguses
      genius (守護神;天才) → genii (守護神),geniuses (天才)
      nimbus (乱雲) → nimbi, nimbuses
      nucleus (原子核) → nuclei, nucleuses
      radius (半径) → radii, radiuses
      stratus (層雲) → strati, stratuses
      syllabus (教授細目) → syllabi, syllabuses
      terminus (末端,終着駅) → termini, terminuses
    d) その他
      corpus (集大成,言語資料) → corpora, corpuses
      genus (属) → genera, genuses
  1.2 -a で終わる語
    a) -a [ə] → -ae [iː]
      alga (藻) → algae
      alumna (女子卒業生) → alumnae
      larva (幼虫) → larvae
    b) 規則複数語尾 -s をつけるもの
      area (地域) → areas
      arena (闘技場) → arenas
      dilemma (ジレンマ) → delemmas
      diploma (学位免状) → diplomas [まれに diplomata もあり]
      drama (ドラマ) → dramas
      era (時代) → eras
    c) -a → -ae と -s の両様のもの
      antenna (触角;アンテナ) → antennae (触覚), antennas (アンテナ)
      formula (公式) → formulae, formulas
      nebula (星雲) → nebulae, nebulas
      vertebra (脊椎) → vertebrae, vertebras
  1.3 -um で終わる語
    a) -um [əm] → -a [ə]
      addendum (付録) → addenda
      bacterium (バクテリア) → bacteria
      corrigendum (ミスプリント) → corrigenda (正誤表)
      datum (データ) → data
      desideratum (切実な要求) → desiderata
      erratum (誤植) → errata (正誤表)
      ovum (卵子) → ova
    b) 規則複数語尾 -s をつけるもの
      album (アルバム) → albums
      chrysanthemum (菊) → chrysanthemums
      forum (討論会) → forums [まれに fora もあり]
      museum (博物館) → museums
      premium (割り増し金) → premiums
      stadium (スタジアム) → stadiums [まれに stadia もあり]
    c) -um → -a と -s の両様のもの
      aquarium (水族館) → aquaria, aquariums
      curriculum (教育課程) → curricula, curriculums
      maximum (最大限) → maxima, maximums
      medium (媒介物) → media, mediums [media が単数形,medias が複数形という用法もあり]
      memorandum (メモ) → memoranda, memorandums
      millennium (千年間) → millennia, millenniums
      minimum (最小限) → minima, minimums
      moratorium (支払い猶予期間) → moratoria, moratoriums
      podium (指揮台,葉柄) → podia, podiums
      referendum (国民投票) → referenda, referendums
      spectrum (スペクトル) → spectra, spectrums
      stratum (地層) → strata, stratums
      symposium (シンポジウム) → symposia, symposiums
      ultimatum (最後通告) → ultimata, ultimatums
  1.4 -ex, -ix で終わる語
    a) -ex [ɛks], -ix [ɪks] → -ices [ɪsiːz]
      codex (古写本) → codices
    b) -ex, -ix → -ices と -es の両様のもの
      apex (頂点) → apices, apexes
      appendix (付録,虫垂) → appendices, appendixes [「虫垂」の意味の複数形は appendixes]
      index (指標) → indices, indexes [「索引」の意味の複数形は indexes]
      matrix (母体,行列) → matrices, matrixes
      vortex (渦) → vortices, vortexes
2. ギリシャ語系の名詞の複数形
  2.1 -is [ɪs] で終わる語
    a) 語尾は -es [iːz] になる。
      analysis (分析) → analyses
      axis (軸) → axes [ax(e) 「斧」の複数 (発音は [ɪz])ともなることに注意]
      basis (理論的基礎) → bases [base 「基地」の複数 (発音は [ɪz])ともなることに注意]
      crisis (危機) → crises
      diagnosis (診断) → diagnoses
      ellipsis (省略) → ellipses [ellipse 「長円」の複数 (発音は [ɪz])ともなることに注意]
      hypothesis (仮説) → hypotheses
      oasis (オアシス) → oases
      paralysis (麻痺) → paralyses
      parenthesis (丸かっこ) → parentheses
      synopsis (概要) → synopses
      synthesis (総合,合成) → syntheses
      thesis (論文) → theses
    b) 規則複数語尾 -es をつけるもの
      metropolis (首都,大都会) → metropolises
  2.2 -on で終わる語
    a) -on [ən] → -a [ə]
      criterion (判断の基準) → criteria
      phenomenon (現象) → phenomena
    b) 規則複数語尾 -s をつけるもの
      electron (電子) → electrons
      neutron (中性子) → neutrons
      proton (陽子) → protons
    c) -on → -a と -s の両様のもの
      automaton (自動装置,ロボット) → automata, automatons
      ganglion (神経節) → ganglia, ganglions
3. フランス語系の名詞の複数形
  3.1 -eau, -eu → -eaux, -eux
    adieu [əˈdjuː] (別れ) → adieux [əˈdjuːz] または adieus
    bureau [ˈbjʊəroʊ] (事務局) → bureaux [ˈbjʊəroʊz] または bureaus
    plateau [ˈplætou] (高原) → plateaux [ˈplætoʊz] または plateaus
    tableau [ˈtæbloʊ] (絵) → tableaux [ˈtæbloʊz] または tableaus
  3.2 単複同 (ただし複数のときのみ -s [z] を発音する)
    corps (団) → corps
    chassis [ˈʃæsi(ː)] (自動車の車台,シャシー) → chassis
    faux pas [foʊ pɑː] (エチケットに反する失敗) → faux pas
    rendezvous [ˈrɑːndəˌvuː] (約束による会合) → rendezvous
4. イタリア語系の名詞の複数形
  4.1 -o → -i
    libretto (脚本) → libretti [-iː] または librettos
    tempo (テンポ) → tempi [-iː] または tempos
    virtuoso (巨匠) → virtuosi [-iː] または virtuosos
  4.2 規則複数語尾 -s をつけるもの
    solo (独奏[唱]) → solos
    soprano (ソプラノ) → sopranos

 ・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Thesauri or Thesauruses? A Diachronic Distribution of Plural Forms for Latin-Derived Nouns Ending in -us." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture. 106 (2010): 117--36.

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2018-11-02 Fri

#3476. 曜日名の語源 [etymology][greek][latin][mythology][calendar][mythology]

 英語の月名の語源について,「#2910. 月名の由来」 ([2017-04-15-1]),あるいはより詳しく「#3229. 2月,February,如月」 ([2018-02-28-1]) とそのリンク先で取り上げてきた.一方,曜日名については「#2595. 英語の曜日名にみられるローマ名の「借用」の仕方」 ([2016-06-04-1]) や「#1261. Wednesday の発音,綴字,語源」 ([2012-10-09-1]) で取り上げてきたが,今回は参照に便利なようにシップリーの語源辞典 (674) より一覧を掲げたい.

 Sunday (日曜日) ---the day of the sun (太陽の日)
 Monday (月曜日) ---the day of the moon (月の日)
 Tuesday (火曜日) ---the day of Tiw (ティウの日).Tiw はゲルマン人の戦争の神であり,ローマの Martis dies (マルスの日)の代わりとして使われるようになった.ちなみにフランス語では mardi である.Tiw はラテン語 deus (神)やギリシア語 Zeus と同族語である.
 Wednesday (水曜日) ---Woden's day (ウォーディンの日).Woden は北欧の神々の王である.
 Thursday (木曜日) ---Thor's day (トールの日).Thor は雷神 (thunderer) である.かつては同義語として Thunderday があった.
 Friday (金曜日) ---the day of Friya or Frigga (フリヤもしくはフリッガの日).フリヤは北欧の愛の女神であり,フリッガはウォーディンの妻である.
 Saturday (土曜日) ---the day of Saturn (サターンの日).サターンはローマの農業の神である.


 week 自体は古英語 wicu, wucu (週)に遡り,これは wīce (奉仕、義務)から派生している.さらに遡れば,ゲルマン祖語の *wikōn "turning, succession" に由来する.時間を司る7曜の神々の「奉仕・義務の交替順序」ということらしい.OED によると,

It has been argued that the Germanic base underlying the attested words had an earlier sense referring to changes of duty, which was then applied to the sequence of deities governing the weekly cycle, and finally transferred to the week itself. Such an earlier sense may be reflected by Old Icelandic vika unit of distance travelled at sea (perhaps with reference to the periodical change of rowing teams, although this cannot be independently substantiated), Gothic wiko order in which something happens (in an isolated example in Luke 1:8 with reference to the allocation of religious duties, translating ancient Greek τάξις order, arrangement . . .), and also Old English wīce office, duty, function . . . .


 「週」という単位や概念の起源は印欧語族にはなく東洋のものだが,ユダヤ人を介してギリシア人,ローマ人に伝わり,そこからキリスト教の伝播とともにヨーロッパに広がった.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

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2018-10-26 Fri

#3469. cosmos, cosmopolitan, cosmetics [etymology][greek][indo-european][ormulum]

 cosmos は,秩序整然とした体系としての「宇宙」を意味する語である.ギリシア語で秩序を表わす kósmos に由来し,これ自体は印欧祖語の語根 *kes- (秩序づける)に遡るのではないかとされる.「宇宙」の語義は,Pythagoras 派の哲学者が宇宙を完全な秩序体とみなしていたことによる.
 英語では以下のように12世紀後半の Ormulum に最も早い単発の例がみられる.Orm の綴字から判断すると,cosmōs のように第2音節の母音は長母音だったと思われる.

?c1200 Orm.(Jun 1) 17559: Werelld iss nemmnedd Cossmos, Swa summ þe Grickess kiþenn.
?c1200 Orm.(Jun 1) 17592: Tohh is þeȝȝre baþre shrud þurrh Cossmos wel bitacnedd.


 Ormulum 以降,この単語はしばらく用いられず,17世紀半ばになってようやく現われてくる.これは近代英語期の再借用とみなしてよいだろう.植物の「コスモス」の語義は,その秩序だった優美さから名付けられたもので,1813年に初出している.
 関連語として,cosmopolitan, cosmopolite (世界主義者)がある.ギリシア語の cosmo- (宇宙,秩序)+ politēs (市民)に由来し,初出は17世紀前半,本格的な使用は19世紀半ばからである.語感については「#3308. Cosmopolitan Vocabulary という表現について」 ([2018-05-18-1]) で取り上げたので参照されたい.
 そして,cosmetic (化粧,美容)も関連語である.ギリシア語の形容詞形 kosmēticós (秩序だった)がフランス語 cosmétique を経由して17世紀に英語に入ったものである.初例は1605年の Bacon からで「美容術」の語義で用いられた.「化粧」の語義としては1650年のものが最初である.
 cosmetic は,現在の英単語としては「化粧の;美容の」に加え「うわべだけの」というネガティヴな含意で用いられることもあり「虚飾」感がつきまとう.しかし,原義を考えれば本来の化粧とは秩序だった端正な美しさを目指すものだったのだろう.化粧もやりすぎると,やはりギリシア起源の対義語である chaos (混沌,無秩序)(< Gk kháos "gulf, abyss, chaos") となってしまうので要注意です.

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2018-09-16 Sun

#3429. マケドニアの新国名を巡る問題 [sociolinguistics][macedonia][greek][map]

 ギリシアは北の隣国「マケドニア共和国」の国名使用に反対してきたが,両国政府の話し合いにより,「マケドニア共和国」の新国名を「北マケドニア共和国」 (Republic of North Macedonia) とする案が,6月12日に合意されたという.マケドニアでは9月末に国名変更の是非を問う国民投票を実施し,賛成多数となれば正式な決定への重要な一歩となる(その後,ギリシア議会による批准も必要とされる).マケドニアにとってEUへの加盟の足かせとなってきた問題であり,今回の提案により前進する可能性が出てきた.ただし,マケドニアで主として使用されている言語については,従来通り「マケドニア語」と呼び続けるようだ.

Map of Macedonia

 もっとも,上記の合意は政府レベルの合意であり,ギリシア国民の多くが納得しているわけではない.9月8日の BBC News の報道 Greek riot police fire tear gas at Macedonia name protesters では,ギリシア北部のマケドニア地方の都市テッサロニキにて暴動が起こったことが伝えられた.ギリシアの「マケドニア」地方と,その北の隣国「マケドニア」共和国の名称が重なっているのが,そもそも大問題だったのだ
 ギリシアは,アレクサンダー大王で有名な古代ギリシアのマケドニア王国を,ギリシアの歴史の一部として認識してきた.背景には歴史,民族,国家,言語を巡る非常に複雑な経緯がある.「#1659. マケドニア語の社会言語学」 ([2013-11-11-1]) ほか,以下の BBC News の記事を参照されたい.

 ・ Macedonia country profile (2018/07/10): 国の輪郭
 ・ Macedonia and Greece: Deal after 27-year row over a name (2018/07/12): 問題の由来が歴史の観点から説明されている
 ・ Macedonia and Greece: Backlash over name deal (2018/07/13): 7月の政治的合意について

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2018-07-17 Tue

#3368. 「ラテン語系」語彙借用の時代と経路 [contact][latin][greek][french][borrowing][lexicology][loan_word]

 「ラテン語系」 (Latinate) 借用語とは,主としてラテン語とフランス語をソースとする借用語を指す.緩く解釈して,他のロマンス諸語からの借用語を含むこともあれば,ギリシア語もラテン語を経由して英語に取り込まれることが多かったことから,ギリシア借用語(直接借用されたものも)を含んで言われることもある.英語史上,ラテン語系の語彙借用が見られた時代と経路は,以下のように図示できる(輿石,p. 113 の図を参照した).

┌───────────────────────────────────┐
│                               Greek                                  │
└──────┬──────────────────────────┬─┘
              │                                                    │
              ↓                                                    │
        ┌─────┬────────────┬────────┐  │
        │  Latin   │ Old and Middle French  │ Modern French  │  │
        └──┬──┴─────┬──────┴────┬───┘  │
              │                │                      │          │
              │                └─────┐          └──┐    │
              │                            │                │    │
      ┌───┴─┬──────┬───────┬─────┐│    │
      │          │            │          │  │          ││    │
      │          │            │          │  │          ││    │
      ↓          ↓            ↓          ↓  ↓          ↓↓    ↓
┌────┬───────┬──────┬───────┬───────┐
│Germanic│Prehistoric OE│Old English │Middle English│Modern English│
└────┴───────┴──────┴───────┴───────┘

 図を見ると,借用元言語のレパートリーは変わっていないものの,時代によって経路を含めた英語との関わり方がそれぞれ特徴的であることが,改めてよく分かる.英語の語彙にとりわけ強い影響を及ぼしてきた言語といえば,上記の "Latinate" languages を除けば古ノルド語の名前が挙がるくらいであり,「ラテン語系」の存在感の著しさが再確認できるだろう.
 ラテン語系に限らない語彙借用の経路図としては,「#1930. 系統と影響を考慮に入れた西インドヨーロッパ語族の関係図」 ([2014-08-09-1]) も参照.

 ・ 輿石 哲哉 「第6章 形態変化・語彙の変遷」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.106--30頁.

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2018-01-09 Tue

#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か [neo-latin][latin][greek][word_formation][lexicology][loan_word][compounding][derivation][lmode][scientific_english][scientific_name][neologism][waseieigo][terminology][register]

 新古典主義的複合語 (neoclassical compounds) とは,aerobiosis, biomorphism, cryogen, nematocide, ophthalmopathy, plasmocyte, proctoscope, rheophyte, technocracy のような語(しばしば科学用語)を指す.Durkin (346--37) によれば,この類いの語彙は早くは1600年前後から確認され,例えば polycracy (1581), pantometer (1597), multinomial (1608) がみられる.しかし,爆発的に量産されるようになったのは,科学が急速に発展した後期近代英語期,とりわけ19世紀になってからのことである(「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]),「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) を参照).
 新古典主義的複合語について強調しておくべきは,それが借用語ではなく,あくまで英語(を始めとするヨーロッパの諸言語)において形成された語であるという点だ.確かにラテン語やギリシア語などの古典語をモデルとしてはいるが,決してそこから借用されたわけではない.その意味では英単語ぽい体裁をしていながらも英単語ではない「和製英語」と比較することができる.新古典主義的複合語の舞台は英語であるから,つまり「英製羅語」といってよい.しかし,英製羅語と和製英語とのきわだった相違点は,前者が主として国際的で科学的な文脈で用いられるが,後者はそうではないという事実にある.すなわち,両者のあいだには使用域において著しい偏向がみられる.Durkin は,新古典主義的複合語について次のように述べている.

. . . these formations typically belong to the international language of science and move freely, often with little or no morphological adaptation, between English, French, German, and other languages of scientific discourse. They are often treated in very different ways in different traditions of lexicography and lexicology; however, those terms that are coined in modern vernacular languages are certainly not loanwords from Latin or Greek, even though they may be formed from elements that originated in such loanwords. (347)


. . . Latin words and word elements have become ubiquitous in modern technical discourse, but frequently in new compound or derivative formations or with new meanings that have seldom if ever been employed in contextual use in actual Latin sentences. (349)


 これらの造語を指して「新古典主義的複合語」と呼ぶか「英製羅語」と呼ぶかは,たいした問題ではない.しかし,和製英語の場合には「英語主義的複合語」と呼ばないのはなぜだろうか.この違いは何に起因するのだろうか.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2019-11-24-1] [2019-09-09-1]

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2017-12-27 Wed

#3166. 英製希羅語としての科学用語 [waseieigo][latin][greek][scientific_name][compounding][compound][lmode][neo-latin][combining_form][neologism][lexicology][word_formation]

 昨日の記事「#3165. 英製羅語としての conspicuousexternal」 ([2017-12-26-1]) と関連して,再び「英製羅語」の周辺の話題.後期近代英語期には,科学の発展に伴いおびただしい科学用語が生まれたが,そのほとんどがギリシア語やラテン語に由来する要素 (combining_form) を利用した合成 (compounding) による造語である(「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]),「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) を参照).
 Kay and Allan (20--21) が,次のようにコメントしている.

While borrowing continues to reflect contact with other cultures, many scientific words are not strictly speaking loanwords. Rather, they are constructed from roots adopted from the classical languages. This has the advantage of a degree of semantic transparency: if you know that tele, graph and phone come from Greek roots meaning respectively 'afar', 'writing' and 'sound', and vision from a Latin root meaning 'see, look', you can begin to understand telegraph, telephone and television. You can also coin other words using similar patterns, and possibly elements from other sources, as in telebanking.


 "neo-Hellenic compounds" や "neo-Latin compounds" とも呼ばれる上記のような語彙は,ある意味ではラテン語やギリシア語からの借用語ともみなしうるかもしれないが,より適切に「英製希語」あるいは「英製羅語」とみなすのがよいのではないか.ただし,いくつかの単語が単発で造語されたわけではなく,造語に体系的に利用された方法であるから「パターン化された英製希羅語」と呼ぶのがさらに適切かもしれない.

 ・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

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2017-09-16 Sat

#3064. Sir John Cheke のギリシア語の発音論争 [greek][bible][orthography][spelling_reform][reformation][webster][pronunciation]

 昨日の記事「#3063. Sir John Cheke の英語贔屓」 ([2017-09-15-1]) で Cheke の言語的純粋主義に焦点を当てた.英語史上,Cheke はこのほか正書法と綴字問題にも関わっていることで知られている(cf. 「#1940. 16世紀の綴字論者の系譜」 ([2014-08-19-1]),「#1939. 16世紀の正書法をめぐる議論」 ([2014-08-18-1])).そしてもう1つ,Cheke はギリシア語の発音について,社会的な意義をもつ論争を引き起こしたことで有名である.
 ギリシア語の発音を巡っては,オランダの人文主義者 Desiderius Erasmus (1466?--1536) が先駆けて議論を提示していた.従来のギリシア語の音読では,異なる母音字で綴られていても同じように発音するという慣習があった.しかし,Erasmus はそれがかつては異なる母音を表わしていたに違いないと推測し,本来の発音がいかなるものだったかを Dialogus de recta latini graecique sermonis pronuntiatione (1528) で提示した.
 Cheke も徹底的に古典ギリシア語の発音を研究していた.Cheke は,1540年にケンブリッジ大学のギリシア語教授となってから,慣習的なギリシア語の発音は誤りであるとして改革の必要性を説いたが,ケンブリッジ大学総長の Stephen Gardiner がそれを遮った.1542年に改革発音を禁じたのである.パリでも Erasmus の改革発音が「文法上の異端」として禁止された.従来の発音を維持することで権威を守りたい体制側のカトリックが,原語に忠実な発音へ改革しようとする反体制的なプロテスタントを押さえつけるという構図である.
 Gardiner は何を恐れていたのだろうか.Knowles (68) より引用する.

   It is difficult to believe that Gardiner was threatened by sounds and the study of pronunciation. What did present a threat, and a serious one, was the precise study of texts. This point had been understood by the Lollard translators. The Bible was at this time increasingly proclaimed by reformers as the ultimate authority, and, the more scholarly and accurate the written text, the more effectively it could be used to challenge the traditional oral authority of the church.
   Gardiner was extremely conservative not only in language but also in politics and religion. When, after 1553, Queen Mary sought to return the English church to Rome, Gardiner was her lord chancellor; and in this capacity he played a role in the burning of heretics, and one of his potential victims --- had he not recanted --- was Sir John Cheke. After Gardiner's death in 1555, Cheke published the correspondence between himself and Gardiner under the title Disputationes de pronuntiatione graecae linguae. What is important and perhaps surprising in this story is that the study of pronunciation could be regarded as a political issue.


 引用の最後で指摘されているとおり,この事件でおもしろいのは,外国語の発音の仕方という些細な問題が政治と宗教の論争にまで発展したことだ.言語においては,1音あるいは1字のうえに命が懸かっているという状況が,実際にありうる.非常におもしろいが,非常におそろしい.
 colour から1文字だけ削除して color とすることを訴えて綴字改革に邁進した Noah Webster も,独立したアメリカへの愛国心に駆られて,ある意味で命を懸けていたのではなかったか.

 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

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2017-07-28 Fri

#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から [greek][compound][compounding][combining_form][lexicology][scientific_name][word_formation][lmode][neologism]

 昨日の記事「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) でも触れたように,19世紀は専門用語の造語のために,古典語に由来する要素が連結形 (combining_form) としておおいに利用された時代である.古典語とはラテン語とギリシア語を指す.前者は英語史を通じて多大な影響を及ぼしてきたものの,後者の存在感は中英語まではほとんど感じられない.ようやく初期近代英語期に入って,直接の語彙借用がなされるようになってきたにすぎず,その後もしばらく特に目立つところもなかった (cf. 「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]),「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1])) .
 しかし,「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1]) のグラフや「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1]) の要約からわかるとおり,19世紀にギリシア語要素が著しく存在感を増した.通時的にみると,ギリシア語由来の英単語の圧倒的過半数が,19世紀以降の導入である.Beal (26) のコメントを参照しよう.

Whilst Greek had been recognized as a language of learning for centuries, it was not until the nineteenth century that large numbers of neologisms were formed from etymologically Greek words and elements. Indeed, Bailey (1996: 144 [= Bailey, R. W. Nineteenth-Century English. Ann Arbor: U of Michigan P, 1996]) points out that 70 per cent of the Greek words in the 80,000-word core vocabulary of English appeared after 1800.


 具体例としては当時の専門用語が多いが,現在までに一般化したものも含まれている.cyclosis (細胞質環流), creosote (防腐用・医療用クレオソート), eclecticism (折衷技法), ideograph (表意文字), phonograph (蓄音機), telephone (電話機)などだ.
 なお,これらの単語の多くは,厳密にいえばギリシア語からの借用語というよりもギリシア語に由来する要素による造語とみなすのが適切だろう.「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]) も参照されたい.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

Referrer (Inside): [2018-01-09-1]

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2017-07-27 Thu

#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語 [compounding][greek][latin][neo-latin][inkhorn_term][lexicology][combining_form][scientific_name][lmode][word_formation][neologism]

 英語の豊かな語彙史について「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1]), 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) などで取り上げてきた.しかし,豊かであるがゆえに,歴史上,むやみに借りすぎだ,作りすぎだという批判が繰り返されてきた.
 最も有名なのは16世紀後半の「インク壺語」 (inkhorn_term) 論争であり,「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1]) などで紹介してきた.しかし,ほかにも「#2147. 中英語期のフランス借用語批判」 ([2015-03-14-1]),「#2813. Bokenham の純粋主義」 ([2017-01-08-1]),「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1]) のように,あまり目立たないところで語彙批判は繰り返されてきた.
 もう1つ付け加えるべきは,後期近代英語期の造語法の特徴ともいえる新古典主義的複合語 (neo-classical compounds) に向けられた批判である.主にラテン語やギリシア語の連結形 (combining_form) を用いて造語するもので,neo-Latin compounds や neo-Hellenic compounds とも呼ばれる.この造語法は,19世紀に科学用語などの専門用語が大量に必要となった際に利用された方法である (cf. 「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1])) .
 Beal (22--23) は19世紀の新古典主義的複合語への批判と,かつての「インク壺語」の論争がよく似ている点を指摘している.

   If we look at comments on language in the nineteenth century, we find a range of opinions remarkably similar to those expressed during the 'inkhorn' controversy of the late sixteenth/early seventeenth centuries. On the one hand, there were complaints about the number of new words coined from Latin and Greek. Richard Grant White writes:
   
   
In no way is our language more wronged than by a weak readiness with which many of those who, having neither a hearty love nor a ready mastery of it, or lacking both, fly readily to the Latin tongue or to the Greek for help in naming a new thought or thing, or the partial concealment of an old one . . . By doing so they help to deface the characteristic traits of our mother tongue, and to mar and stunt its kindly growth (1872; 22, cited in Bailey, 1996: 141--2 [= Bailey, R. W. Nineteenth-Century English. Ann Arbor: U of Michigan P, 1996]).

   
   Others objected to the profusion of technical and scientific vocabulary, again mainly from Greek and Latin sources. R. Chenevix Trench wrote (1860: 57--8) that these were 'not, for the most part, except by an abuse of language, words at all, but signs: having been deliberately invented as the nomenclature and, so to speak, the algebraic notation of some special art or science'.


 新古典主義的複合語は,数と質の両方の点において(少なくとも一部の論者にとって)批判の対象となっていたことがわかる.
 ついでながら,日本語の明治期における「チンプン漢語」批判や現在の「カタカナ語」の氾濫問題も,英語史からの上記のケースとよく似ている.これについては,「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1]),「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) で解説・論評しているので是非ご参照を.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

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2017-07-09 Sun

#2995. Augustan Age の語彙的保守性 [lexicology][emode][inkhorn_term][purism][loan_word][latin][greek]

 17世紀後半から18世紀にかけて語彙の増加が比較的低迷した時期がある.この事実は「#203. 1500--1900年における英語語彙の増加」 ([2009-11-16-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) のグラフより,一目瞭然だろう.英国史では,一般に1700年に前後する時代は保守的で渋好みの新古典主義時代(Augustan Age) と称されており,その傾向が言語上に新語彙導入の低迷というかたちで反映していると解釈することができる(関連して,「#2650. 17世紀末の質素好みから18世紀半ばの華美好みへ」 ([2016-07-29-1]),「#2782. 18世紀のフランス借用語への「反感」」 ([2016-12-08-1]) を参照).
 この時代の語彙的保守性には歴史的背景がある.1つは,先立つ時代,特に16世紀後半から17世紀前半に,ラテン語やギリシア語といった古典語から大量の語彙が流入したという事実がある.「インク壺用語」 (inkhorn_term) と揶揄されるほどの,鼻につくような外国語の洪水に特徴づけられた時代である.このような大量借用は,確かに部分的には必要だった.科学,宗教,医学,哲学などの媒介言語がラテン語から英語へと急激に切り替わる時代にあって,英語は多くの語彙を確かに必要とした.しかし,短期集中で語彙を借用した結果,早々と英語の「語彙の必要」は満たされ,続く時代にはそれ以上借用するものがなくなってきた.Augustan Age で相対的に語彙借用が減ったのは,先立つ時代の「借用しすぎ」によるところも大きかったと思われる.語彙史も,ピークばかりでは疲れてしまうということか.
 もう1つの歴史的背景としては,Augustan Age は,前時代の「借用しすぎ」を差し引いても,やはり保守的な言語観に支配されていた時代だったという事実がある.例えば,Jonathan Swift (1667--1745) や Joseph Addison (1672--1719) は当時を代表する保守派の論客であり,英語の堕落を嘆き,その改善・洗練・固定化を目指すために活発な執筆活動を行なっていた.「#1947. Swift の clipping 批判」([2014-08-26-1]) や「#1948. Addison の clipping 批判」 ([2014-08-27-1]),「#2741. ascertaining, refining, fixing」 ([2016-10-28-1]) に見られるように,時代の雰囲気は,華美を避け,質実剛健を求める保守主義だったのである.
 Augustan Age の全体的な言語的傾向としては上記の通りだが,個々の年でいえば,例外的に新語彙導入の目立つ年もあった.例えば,1740年代から50年代にかけては,全体として語彙増加が最も低調な時代ではあるが,1753年には Chambers' Cyclopaedia が出版されており,そこに多くの科学用語が含まれていたために,例外的に語彙の生産力が高まった年として記録されている (Beal 21) .具体例を挙げれば,ラテン語およびギリシア語から adarticulation, aeronautics, azalea, ballistics, hydrangea, primula, sphagnum, trifoliate; anthropomorphism, eczema, mnemonic, urology 等が,この年に記録されている.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

Referrer (Inside): [2020-08-17-1] [2020-06-18-1]

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