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historical_linguistics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-03-02 07:35

2020-11-23 Mon

#4228. 歴史言語学は「なぜ変化したか」だけでなく「なぜ変化しなかったか」をも問う [historical_linguistics][language_change][suppletion]

 標題は,英語史を含め歴史言語学的研究を行なう際に常に気に留めておきたいポイントである.通常「歴史」とは変化の歴史のことを指すととらえられており,無変化や現状維持は考察するに値しないと目されている.無変化や現状維持は,いわば変化という絵が描かれる白いキャンバスにすぎない,という見方だ.
 しかし,近年では,変化こそが常態であり,無変化こそが説明されるべきだという主張も聞かれるようになってきている.私としては,両方の見方のバランスをとって,変化にせよ無変化にせよ何かしら原因があると解釈しておくのが妥当だと考えている.
 この問題と関連して,Fertig (9) による短いが説得力のある主張に耳を傾けよう.

Historical linguistics is commonly defined as 'the study of language change'. Some scholars do focus exclusively on changes and assume that if nothing changes, then there is nothing to account for. A large and growing number of scholars, however, recognize that lack of change can sometimes be just as remarkable and worthy of investigation as change (Milroy 1992; Nichols 2003). An obvious example from morphology is the apparent resistance of analogical change in certain highly irregular paradigms, such as English good--better--best; have--has--had; bring--brought; child--children, etc. . . . This all suggests that we should define historical linguistics as the study of language history rather than of (only) language change.


 「なぜ変化しなかったか」を真剣に問うた論者の1人が,引用中にも言及されている社会言語学者 Milroy である.この Milroy の洞察との関連で書いてきた記事として「#2115. 言語維持と言語変化への抵抗」 ([2015-02-10-1]),「#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか?」 ([2015-05-14-1]),「#2220. 中英語の中部・北部方言で語頭摩擦音有声化が起こらなかった理由」 ([2015-05-26-1]),「#2574. 「常に変異があり,常に変化が起こっている」」 ([2016-05-14-1]) を挙げておきたい.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.
 ・ Milroy, James. Linguistic Variation and Change: On the Historical Sociolinguistics of English. Oxford: Blackwell, 1992.
 ・ Nichols, Johanna. "Diversity and Stability in Language." Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Oxford: Blackwell, 283--310.

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2020-11-21 Sat

#4226. 言語変化と通時的対応関係 [language_change][diachrony][historical_linguistics][terminology][etymology][oe_dialect]

 Fertig (7) に "Change vs. diachronic correspondence" と題する節をみつけた.この2つは歴史言語学において区別すべき重要な概念である.この区別を意識していないと,思わぬ誤解に陥ることがある.

Linguists often use 'change' to refer to correspondences among forms that may be separated by centuries or millennia, e.g. Old English stān and Modern English stone or Middle English holp and Modern English helped. For purposes of comparative reconstruction, diachronic correspondences that relate forms separated by hundreds of years may be just what one needs, but such correspondences often mask a complex sequence of smaller developments that may have taken a very circuitous route. Linguists who are serious about understanding how change actually happens often point to the fallacies that arise from treating diachronic correspondences as if they directly reflected individual changes. Where plentiful data allows us to examine the course of a change in fine-grained detail, the picture that emerges is often very different from what we would posit if we only had evidence of the 'before' and 'after' states . . . .


 異なる2つの時点において(主として形式について)対応関係が認められる1組の言語項があるとき,その2つの言語項は何らかの通時的な線で結びつけられて然るべきである.この通時的な線こそが,その言語項が遂げた変化の実態である.しかし,時間に沿ってよほど細かな証拠が得られない限り,その線が直線なのか曲線なのか,曲線であればどんな形状の曲線なのか,分からないことが多い.その過程を慎重に推測し,せいぜい点線でつなげることができれば及第点であり,厳密に実線で描けるという幸運な状況は稀のように思われる.否,根本的な問いとして,最初に対応関係を認めた2つの言語項が,本当に対応関係があるものとみなしてよいのか,というところから議論しなければならないかもしれないのである.
 具体例を1つ挙げよう.現代標準英語には「古い」を意味する old という語がある.一方,古英語にも同義の eald という語が確認される.千年の時間の隔たりはあるものの,意味や用法はほぼ一致しており,形式的にも十分に近似しているため,この2つの言語項の間に通時的対応関係が認められるとは言えそうだ.しかし,通時的対応関係を認めたとしても,音変化を通じて直線的に ealdold へと発展したと結論づけるのは早計である.丁寧に音変化を考察すれば分かるが,eald は古英語ウェストサクソン方言における形態であり,現代標準英語の old という形態の直接の祖先ではないからだ.むしろ古英語アングリア方言の ald に遡るとみるべきである.だとすれば,ealdold の関係は,直接的でも直線的でもないことになる.aldold がなす直接的・直線的な関係に対して,eald が初期の部分で斜めに絡んできている,というのが正しい解釈となる.
 点と点を結ぶ線(直線か曲線か)に関して,「点と点」の部分が通時的対応関係を指し,「線」の部分が言語変化を指すと考えておけばよい.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2020-01-06 Mon

#3906. 系統学の歴史言語学への適用について (2) [evolution][methodology][biology][archaeology][historical_linguistics][comparative_linguistics][phylogenetics]

 昨日の記事 ([2020-01-05-1]) に引き続き,系統学の方法論を歴史言語学に応用する問題について.
 昨日も引用した三中は,「考古学は進化学から何を学んだか?」と題した別の論考で,生物の系統学を他の分野に適用しようとする際にあげられる批判に対して反論を展開しつつ,オブジェクトに応じた因果プロセスを探求することの重要性を説いている (207--08) .ここで念頭に置いているのは,考古学的な遺物の系統推定である.

文化的構築物としての考古学的遺物の「系統関係」とは何かを考察することは大きな意味がある.系統学的な考古学研究に対する頑強な反対意見の一つとして,生物学的な現象を前提とする系統発生の概念と系統推定法をこれらの遺物にそのまま適用することはそもそもまちがいではないかという反論である.
 たしかに,生物が生物を生殖によって生み出すという意味で,遺物が遺物を生むわけではない.考古学的な遺物には必ずそれを工作した原始人がいる.その工作者の知能や心象あるいは文化的伝承を通じて,遺物は遺物を生み出すといえる.〔中略〕
 しかし,研究対象であるオブジェクトがどのような因果的背景のもとに祖先から子孫への伝承で生じてきたかは,系統発生のパターンの問題ではなく,むしろそれぞれのオブジェクト固有の由来に関するプロセス仮定であると解釈すればいいのではないだろうか.古写本の伝承仮定はある一つの祖本を手本とする書写という因果プロセスが前提となる.一方,有性生殖をする生物集団ではそれぞれの個体だけでは遺伝は生じない.雌雄が存在する個体群を前提としてはじめて系統発生の素過程が進行しうる.また言語ならば複数の話者からなる集団(部族)を仮定してはじめて言語や方言の進化を論じることができるだろう.
 オブジェクトを問わず,系統推定はマーカー(標識)となる情報源にしたがってベストの系統仮説を選び出す.生物の場合であっても,たとえば形態形質にてらした系統推定の場合,表現型である個々の形質(たとえばカエルの前肢とかクワガタの角)にもとづく系統推定は「足が足を生む」とか「角が角を生む」というような仮定を置いているわけではけっしてない.足や角の形状は系統推定のためのマーカーにすぎないからである.
 それとまったく同様に,系統推定の情報源としての遺物を考古学的マーカーとみなすならば,最初に挙げたような反論は退けることができるだろう.


 では,言語というオブジェクトを想定した系統学において,その分岐の因果プロセスやマーカーは何になるだろうか.19世紀に興隆した比較言語学の場合でいえば,因果プロセスの仮定は,音変化の規則性 ("Ausnahmslose Lautgesetze") と,それを共有する/しない話者集団の離合集散ということになろう.また,マーカーは語の音韻形式ということになる.このような因果プロセスやマーカーの設定が必ずしもベストとはいえない云々は議論できるかもしれないが,系統学を応用した比較言語学のアーキテクチャそのものは十分に有効とみてよいだろう.

 ・ 三中 信宏 「考古学は進化学から何を学んだか?」『文化進化の考古学』中尾 央・松木 武彦・三中 信宏(編),勁草書房,2017年.125--65.

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2020-01-05 Sun

#3905. 系統学の歴史言語学への適用について (1) [evolution][methodology][family_tree][biology][comparative_linguistics][manuscript][abduction][phylogenetics][historical_linguistics]

 生物進化や生物分類の研究で発展してきた系統学 (phylogenetics) の方法論が言語変化や写本伝達などの文化進化にも適用することができるのではないか,という気付き自体はさほど新しいものではないが,その重要性が注目されるようになったのは最近のことである.系統学の諸分野への一般的な適用に関して精力的に啓蒙活動を行なっている論者の1人に,三中がいる.本ブログでも,歴史言語学の観点から「#3162. 古因学」 ([2017-12-23-1]),「#3172. シュライヒャーの系統図的発想はダーウィンからではなく比較文献学から」 ([2018-01-02-1]),「#3175. group thinking と tree thinking」 ([2018-01-05-1]) の記事で紹介してきた.
 今回読んだのは,三中による「考古学は進化学から何を学んだか?」と題する論考である.生物系統学と歴史言語学の関連を述べた箇所 (129--30) をみつけたので,引用しよう(引証文献への言及は中略する).

「一般化オブジェクト系統学」は,この分野の歴史を振り返るならば,異なる諸分野で繰り返し“再発見”されてきたロジックである.たとえば,写本系図学や歴史言語学において最節約法(分岐学)に基づく系統推定法が,生物系統学と並行して独立に“再発見”されてきた事例をまず挙げるべきだろう.写本の転写過誤や言語の音韻変化が伝承される過程でさらなる変異を遂げるという因果プロセスが仮定できるとき,現存する子孫写本や子孫言語の情報に基づいて祖本や祖語を推定することが原理的に可能である.そして,それらの形質状態変化の総数を最小化するという最節約基準を置けば,生物のみならず言語や写本の系統関係を共通の最節約法によって推定できる.私が想定している一般化オブジェクト系統学は,この「アブダクション」による推論様式を一般的な歴史復元のロジックとみなしている.
 なかでも,生物系統学との関わりを近年強めてきた歴史言語学では,生物分子系統学のさまざまな統計モデルを言語系統推定に利用しつつある.当然予想されるように,生物と言語ではその時空的変化を担う因果過程に違いがあるのだから,共通の系統推定法をそのまま適用するのはまちがっているのではないかという批判も実際に提起されている.しかし,共通のロジックを適用することと個別の条件設定を調整することは別の問題である.たとえ同じ生物であっても,有性生殖をするかしないかどうか,交雑が起こりやすいかどうか,共生進化があるかどうかは場合によって大きく異なり,それに応じて系統推定を実行するときの前提条件やモデル設定は大きく変わる可能性がある.それを考えるならば,オブジェクト間の違いは歴史の推定や探求にとっては実は深刻ではないと結論しても問題ないだろう.むしろ,オブジェクトのもつ性質の違いを考慮した系統樹の推定や進化の考察を適切に行っているかどうかのほうがはるかに重要である.考古学や先史学においても,まったく同様に,遺物など文化構築物の系統や変遷を研究する際には,共通の総論としてのロジックと個別の各論としてのオブジェクト特性とは分けて議論する必要があるだろう.


 生物学で発展してきた方法論をそのまま言語変化の研究に当てはめるという姿勢には,批判もあるだろう.生物と言語はまったく異なるオブジェクト(進化子)であり,その変化や変異のあり方も大いに異なっているにもかかわらず,同じ方法論を並行的に適用するのは危険であると.しかし,三中は系統学の手法を「そのまま」適用するなどとは一言も述べていない.むしろ,オブジェクトが異なるという点には,最大限の注意を払うべきだと主張している.オブジェクトに応じて細かいチューニングは必要だが,機械(ロジック)そのものは共通して使える,と力説しているのだ.
 日常的にも学術的にも,生物と言語はしばしば互いに喩えられてきた.しかし,2つはあくまで異なるオブジェクトであり,短絡的な比較は慎まなければならない.私も,これまでこの点には注意してきたつもりである(cf. 「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]),「#2529. evolution の evolution (3)」 ([2016-03-30-1]),「#3146. 言語における「遺伝的関係」とは何か? (1)」 ([2017-12-07-1]),「#3147. 言語における「遺伝的関係」とは何か? (2)」 ([2017-12-08-1]),「#3148. 言語における「遺伝的関係」の基本単位は個体か種か?」 ([2017-12-09-1]),「#3149. なぜ言語を遺伝的に分類するのか?」 ([2017-12-10-1])).しかし,短絡的でない熟慮された比較ならば,多くの場合,有益なはずにちがいない.系統学の歴史言語学への適用について,もう少し真剣に考えてもよさそうだ.

 ・ 三中 信宏 「考古学は進化学から何を学んだか?」『文化進化の考古学』中尾 央・松木 武彦・三中 信宏(編),勁草書房,2017年.125--65.

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2018-04-23 Mon

#3283. 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]が出版されました [notice][hel_education][historical_linguistics]

 この3月に,私も寄稿させていただいた 服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.が出版されました.朝倉書店の紹介ページをどうぞ.
 この本は,日英対照言語学をテーマとしたシリーズ中の一冊として,歴史言語学・言語史を専門とする8名の執筆者によって書かれたものです.日英語を比較対照し,かつ歴史言語学の視点を取った解説書というのは,これまでに意外となかったジャンルです.大学などで英語史を講義していても,関連する日本語の話題に引きつけながら論じられるかどうかで学生の反応が変わるのを日々経験しているので,日英比較対照の視点をもった歴史言語学は必要だと思っていました.

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服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.200頁.ISBN: 9784254516333.定価3400円(税別).



 本書の目次は,以下の通りとなっています.



第1章 日本語史概観 [清水 史]

 1.1 日本語という言語
 1.2 日本語史の資料
 1.3 日本語史の時期区分
 1.4 文字史・表記史概観

第2章 英語史概観 [児馬 修]

 2.1 言語(英語)の歴史とは
 2.2 英語の系統(449年以前の歴史概観)
 2.3 英語史の時代区分とその根拠
 2.4 古英語の資料(7世紀から11世紀の初めまで):その特徴と留意点
 2.5 中英語の資料(11世紀から15世紀まで):その特徴と留意点
 2.6 英語と社会(標準語と呼べるものが出現する前の不安定期)
 2.7 16世紀〜17世紀概観
 2.8 18世紀〜21世紀概観(近代後期〜現代)

第3章 音変化 [服部義弘]

 3.1 音変化総説
 3.2 英語における音変化
 3.3 日本語の音韻体系と音変化
 3.4 音変化の日英対照

第4章 韻律論の歴史 [岡崎正男]

 4.1 英詩の形式の変遷
 4.2 古英語頭韻詩と中英語頭韻詩の形式
 4.3 中英語期のさまざまな脚韻詩の形式
 4.4 近代英語期以降の脚韻詩
 4.5 無韻詩と自由詩における句またがり
 4.6 英詩の押韻に関する問題
 4.7 日本語定型詩の詩形の変遷概観
 4.8 『万葉集』の詩形
 4.9 『万葉集』以後の詩形
 4.10 音数律の本質と詩形の内なる変化  
 4.11 その他の論点

第5章 書記体系の変遷 [堀田隆一]

 5.1 書記言語と音声言語
 5.2 書記体系の歴史
 5.3 書記体系の変化

第6章 形態変化・語彙の変遷 [輿石哲哉]

 6.1 本章の構成
 6.2 形態・語彙に関する基本的な概念
 6.3 形態論・語彙の変化
 6.4 英語の形態変化・語彙の変遷
 6.5 日本語の形態変化・語彙の変遷
 6.6 英語と日本語の比較

第7章 統語変化 [柳田優子]

 7.1 語順の変化
 7.2 英語における語順の変化
 7.3 日本語における語順の変化

第8章 意味変化・語用論の変化 [堀田隆一]

 8.1 意味と意味変化
 8.2 意味変化の類型
 8.3 意味変化の要因
 8.4 意味変化の仕組み
 8.5 語用論の変化

第9章 言語変化のメカニズム [保坂道雄]

 9.1 言語変化の要因と理論的説明
 9.2 文法化現象
 9.3 言語変化と言語進化



 私は「第5章 書記体系の変遷」 (pp. 89--105) と「第8章 意味変化・語用論の変化」 (pp. 151--69) を執筆しました.特に5章の日英語の書記体系に関する歴史対照言語学的視点は珍しいと思いますので,関心のある方はぜひご一読ください.

 ・ 服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.

Referrer (Inside): [2021-01-23-1]

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