Heine and Kuteva (92) によると,諸言語において不定冠詞 (indefinite article) が発達してきた経路をたどってみると,しばしばそこには意味論的・語用論的な観点から一連の段階が確認されるという.
1 An item serves as a nominal modifier denoting the numerical value 'one' (numeral).
2 The item introduces a new participant presumed to be unknown to the hearer and this participant is then taken up as definite in subsequent discourse (presentative marker).
3 The item presents a participant known to the speaker but presumed to be unknown to the hearer, irrespective of whether or not the participant is expected to come up as a major discourse participant (specific indefinite marker).
4 The item presents a participant whose referential identity neither the hearer nor the speaker knows (nonspecific indefinite marker).
5 The item can be expected to occur in all contexts and on all types of nouns except for a few contexts involving, for instance, definiteness marking, proper nouns, predicative clauses, etc. (generalized indefinite article).
英語の不定冠詞の発達においても,この一連の段階が見られたのかどうかは,詳細に調査してみなければ分からない.しかし,少なくとも発達の開始に相当する第1段階は的確である.つまり,数詞 one (古英語 ān) から始まったことは疑い得ない.2--5の各段階が実証されれば,文法化 (grammaticalisation) の一方向性 (unidirectionality) を支持する事例として取り上げられることにもなろう.注目すべき時代は,おそらく中英語期から近代英語期にかけてとなるに違いない.
関連して「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) も参照.
・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
今朝の Voicy で「早起きは三文の得」を推しつつ,その英語版のことわざ The early bird catches the worm を紹介しているのですが,なんと現代では発想を転換させた新しい諺もどき It's the second mouse that gets the cheese. が台頭しつつあるという情報を得ました.たまげつつも,なるほどと納得した次第です.
まずは話しの前提として,古典的な(時間術ならぬ)健康術としての The early bird . . . . について私が語っている今朝の Voicy 放送「#513. 古典的な時間術 --- The early bird catches the worm. 「早起きは三文の得」」をお聴きください.
The Oxford Dictionary of Proverbs より17世紀の初出から現代までの異形や用例を挙げてみましょう.
The EARLY bird catches the worm
The corollary in quot. 2001, it's the second mouse that gets the cheese, is attributed to US comedian Steven Wright (born 1955); it is found particularly in the context of entrepreneurial or technological innovation, where the advantages of being the first (the early bird) may be outweighed by the lower degree of risk faced by a follower or imitator (the second mouse).
□ 1636 W. CAMDEN Remains concerning Britain (ed. 5) 307 The early bird catcheth the worme. 1859 H. KINGSLEY Geoffrey Hamlyn II. xiv. Having worked . . . all the week . . . a man comes into your room at half-past seven . . . and informs you that the 'early bird gets the worm'. 1892 I. ZANGWILL. Big Bow Mystery i. Grodman was not an early bird, now that he had no worms to catch. He could afford to despise proverbs now. 1996 R. POE Return to House of Usher ix. 167 'I got home at midnight last night and I'm here at seven. Where are they? . . . Well, it's the early bird that catches the worm, and no mistake.' 2001 Washington Post 4 Sept. C13 The early bird may catch the worm, but it's the second mouse that gets the cheese. Don't be in a hurry to take a winner. . . .
この英語ことわざ辞典は,英語史を学ぶにも人生訓を学ぶにも最適の読み物です.英語の本で何を読もうかと迷ったら,本当にお勧めです.hellog より proverb の各記事もご一読ください.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
「#1904. 形容詞の no と副詞の no は異なる語源」 ([2014-07-14-1]) でみたように,副詞の no の起源をたどると原義は "never" に近い.副詞の no といえば yes/no の no を挙げれば通りがよさそうだが,先の記事の例文で示したとおり,別の使い方もある.
例えば Their way of life is no different from ours. や I am no good at tennis. のような,特定の形容詞が叙述的に用いられる場合に,それを否定する副詞 no が用いられることがある.しかし,これはきわめて慣用的な例であり,どんな叙述形容詞を否定する際にも no が用いられるわけではない.
典型的な副詞としての no の用例は,形容詞の比較級と絡むものが多い.no better, no longer, no more などの例から,すぐに理解できるだろう.これらは実質的な意味としては as good, as short, as little と同等となる点が重要である.
no といえば no one, no problem, no way のように形容詞として用いられる場合があり,むしろ形容詞の比較級と結びつく副詞としての no の兼任については,言われてハッとする向きもあるかもしれない.しかし,この点でさらなる驚きをもって気づかされるのは,the というすぐれて形容詞(冠詞)的な語が,やはり形容詞の比較級とタッグを組んで「その分だけ」の意味で副詞的に用いられることとの平行関係である.詳しくは「#811. the + 比較級 + for/because」 ([2011-07-17-1]),「#812. The sooner the better」 ([2011-07-18-1]) を参照されたい.
このことに気づかせてくれたのは,Quirk et al. (§10.58) のきわめて短いコメントである.
Except for a few fixed phrases (no good, no different), the adverb no modifies adjectives only when they are comparatives (by inflection or by periphrasis): no worse, no tastier, no better behaved, no more awkward, no less intelligent. (Compare the positive with the: He is the worse for it.)
no と the は平行的なのか! この視点はありそうでなかった.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
英語の動詞 (verb) に関するカテゴリーの1つに定性 (finiteness) というものがある.動詞の定形 (finite form) とは,I go to school. She goes to school. He went to school. のような動詞 go の「定まった」現われを指す.一方,動詞の非定形 (nonfinite form) とは,I'm going to school. Going to school is fun. She wants to go to school. He made me go to school. のような動詞 go の「定まっていない」現われを指す.
「定性」という用語がややこしい.例えば,(to) go という不定詞は変わることのない一定の形なのだから,こちらこそ「定」ではないかと思われるかもしれないが,名実ともに「不定」と言われるのだ.一方,goes や went は動詞 go が変化(へんげ)したものとして,いかにも「非定」らしくみえるが,むしろこれらこそが「定」なのである.
この分かりにくさは finiteness を「定性」と訳したところにある.finite の原義は「定的」というよりも「明確に限定された」であり,nonfinite は「非定的」というよりも「明確に限定されていない」である.例えば He ( ) to school yesterday. という文において括弧に go の適切な形を入れる場合,文法と意味の観点から went の形にするのがふさわしい.ふさわしいというよりは,文脈によってそれ以外の形は許されないという点で「明確に限定された」現われなのである.
別の考え方としては,動詞にはまず GO や GOING のような抽象的,イデア的な形があり,それが実際の文脈においては go, goes, went などの具体的な形として顕現するのだ,ととらえてもよい.端的にいえば finite は「具体的」で,infinite は「抽象的」ということだ.
言語学的にもう少し丁寧にいえば,動詞の定性とは,動詞が数・時制・人称・法に応じて1つの特定の形に絞り込まれているか否かという基準のことである.Crystal (224) の説明を引用しよう.
The forms of the verb . . . , and the phrases they are part of, are usually classified into two broad types, based on the kind of contrast in meaning they express. The notion of finiteness is the traditional way of classifying the differences. This term suggests that verbs can be 'limited' in some way, and this is in fact what happens when different kinds of endings are used.
・ The finite forms are those which limit the verb to a particular number, tense, person, or mood. For example, when the -s form is used, the verb is limited to the third person singular of the present tense, as in goes and runs. If there is a series of verbs in the verb phrase, the finite verb is always the first, as in I was being asked.
・ The nonfinite forms do not limit the verb in this way. For example, when the -ing form is used, the verb can be referring to any number, tense, person, or mood:
I'm leaving (first person, singular, present)
They're leaving (third person, plural, present)
He was leaving (third person, singular, past)
We might be leaving tomorrow (first person, plural, future, tentative)
As these examples show, a nonfinite form of the verb stays the same in a clause, regardless of the grammatical variation taking place alongside it.
なお,英語には冠詞にも定・不定という区別があるし,古英語には形容詞にも定・不定の区別があった.これらのカテゴリーに付けられたラベルは "finiteness" ではなく "definiteness" である.この界隈の用語は誤解を招きやすいので要注意である.
・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.
言語には,他の多くの自然・社会現象にもみられる「塊現象」というものが観察される.田中 (98) の説明を引用する.
その傾向は一言で言えば「塊現象」,つまり単語が固まって現れること,ある単語が一旦現れるとしばらくの間は頻繁に出現する一方で,それを過ぎるとほとんど出現しなくなる傾向があることとして直感的に捉えることができる.塊現象が見られる系列では,短い間隔が続いた後には短い間隔が現れ,また逆に長い間隔が続いた後には長い間隔が現れる可能性が高い.このような言語の塊現象の要因の一つは,当然のことながら文脈の変化にある.
塊現象は,自然,金融など,さまざまな複雑系においてはよく知られる〔中略〕.たとえば,大雨や地震が固まって現れることは経験を通して誰しも知っているだろう.社会的な対象においても,たとえば,株取引には,ある取引が引き金となって,関連する取引が行われるため,やはり塊現象が生じることが知られる.同様に,単語もある単語が引き金となり,その単語ならびに関連する単語の塊が出現する.
説明されてみれば,もっともという現象ではある.この塊現象の一般的な研究には歴史があるが,言語に応用した研究は少ないようだ.解析法としては,大きく分けて「長相関」と「ゆらぎ」に着目する2種類があるという.ここでは前者を見ていこう.
「長相関」による解析は,「ある系列中の,二つの部分列の相関が,その部分列の距離 s に依存してどのように変化するかを調べる解析」である(田中,p. 99).互いに離れた2つの部分列の内部構造が類似していれば長相関があるということになる(cf. 「#4675. 言語と複雑系」 ([2022-02-13-1]) で言及した「長期記憶」).
英語における最頻語である定冠詞 the について,長い文章で長相関解析を試みると,どうやら弱い長相関があるようだ(田中,p. 105).しかし,あくまで弱い長相関があるにとどまり,細かくみれば the にすらある程度の塊現象がみられることが判明する.驚くことに,the も現われるときは固まって現われ,現われないときにはしばらく現われない,ということがある程度観察されるのである.田中 (109)は,先行研究に従い,この事実を次のように解釈している.
k 個の短い間隔があると,続く k + 1番目の間隔も短く,k 個の長い間隔があると,それに続く k + 1番目の間隔も長い傾向にある.短い間隔が続くことは,対象となる単語が固まって現れることを示している.〔中略〕このような塊現象の背景には文脈の変化がある.the については,まず不定冠詞を中心として一般的な概念を導入し,その後,導入された概念について議論が行われ,その際は the が多用される.
これは,談話における情報構造 (information_structure) に着目した,the についての塊現象の読み解きといってよいだろう.
・ 田中 久美子 『言語とフラクタル --- 使用の集積の中にある偶然と必然』 東京大学出版会,2021年.
先日「#4649. 可算名詞と不可算名詞の区別はいつ生まれたのか?」 ([2022-01-18-1]) の記事を投稿したところ,読者の方より関連する論文がある,ということで教えていただきました.私の寡聞にして存じあげなかった Toyota 論文です.たいへんありがたいことです.早速読んでみました.
論文の主旨は非常に明快です.Toyota (118) の冒頭より,論文を要約している文章を引用します.
Our main question is about how the distinction between mass and count nouns evolved. Earlier English surprisingly has a relatively poor counting system, the distinction between count and mass nouns not being clear. This poor distinction in earlier English has developed into a new systems of considering certain referents as mass nouns, and these referents came to be counted differently from those considered as count nouns. There are various changes involved in this development, and it is possible that factors like language contact caused the change. This view is challenged, asking whether other possibilities, such as a change in human cognition and the world-view of speakers, also affected this development.
同論文によれば,古英語から初期中英語までは,可算性 (countability) に関する区別は明確にはなかったということです(その種のようなものはあったのですが).これは,可算性の区別をつけていなかったと考えられる印欧祖語の特徴の継承・残存と考えてよさそうです.
ところが,後期中英語から,とりわけ初期近代英語期にかけて,突如として現代に通じる可算性の区別がつけられるようになってきました.背景には,すでに可算性の区別を獲得していたラテン語やフランス語からの影響が考えられますが,それだけでは比較的短い期間内に明確な区別が生じた事実を十分には説明できません.そこで,言語接触により触発された可能性は認めつつも,内発的に英語における「世界観」(弱めにいえば「名詞の分節基準」ほどでしょうか)が変化したのではないか,と Toyota は提言しています.
Helsinki Corpus による経験的な調査として注目に値します.仮説として立てられた「世界観」の変化を実証するにはクリアしなければならない問題がまだ多くあるように思いましたが,それでも,たいへん理解しやすい野心的な試みとして読むことができました.私も,俄然この問題に関心が湧いてきました.
・ Toyota, Junichi. "When the Mass Was Counted: English as Classifier and Non-Classifier Language." SKASE Journal of Theoretical Linguistics 6.1 (2009): 118--30. Available online at http://www.skase.sk/Volumes/JTL13/pdf_doc/07.pdf .
昨日の記事「#4649. 可算名詞と不可算名詞の区別はいつ生まれたのか?」 ([2022-01-18-1]) と関連して,ゼミ大学院生が興味深い疑問を振ってくれたので,ここで考えてみたい.
通常,抽象名詞は不可算名詞として不定冠詞 a(n) を取らないが,形容詞で修飾される場合には具体性を帯び,不定冠詞を伴うことがあるといわれる.例を挙げれば,"Ours was a very happy marriage." "The book was a great success." のようなケースである.
一方,形容詞を伴っても原則として不定冠詞を取らない「頑固な抽象名詞」もある.院生が言及してくれた『ロイヤル英文法』 (93) を参照していみると,次の語が列挙されていた.確かに good advice, remarkable progress, bitter weather などと不定冠詞は取らない.
advice, applause, behavior, conduct, damage, fun, harm, homework, information, luck, music, news, nonsense, progress, weather, wisdom, work
この辺りの問題には合理的な説明を施すことは難しいようだ.Quirk et al. (§5.59)によると,不定冠詞が付き得る例文が3つ挙げられている.
Mavis had a good education.
My son suffers from a strange dislike of mathematics. <ironic>
She played the oboe with (a) remarkable sensitivity.
このようなケースで不定冠詞が付き得る条件ははっきりしておらず,あくまで次のような場合には付きやすいという緩い傾向が指摘できるにとどまる.
(i) the noun refers to a quality or other abstraction which is attributed to a person;
(ii) the noun is premodified and/or postmodified; and, generally speaking, the greater the amount of modification, the greater the acceptability of a/an.
標題が相当に難しそうな問題であることが分かってきた.
・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
名詞の可算性 (countability) は現代英語における重要な問題だが,本ブログでまともに扱ったことがなかったことに気づいた.「#4335. 名詞の下位分類」 ([2021-03-10-1]),「#4214. 強意複数 (1)」 ([2020-11-09-1]),「#4215. 強意複数 (2)」 ([2020-11-10-1]),「#2808. Jackendoff の概念意味論」 ([2017-01-03-1]) 辺りで間接的に触れてきた程度である.私自身,この問題について歴史的に向き合ったことがなかったということもある.
日本語母語話者として英語を学んできて,なぜこの単語は不可算名詞なのか,と疑問を抱いたことは一度や二度ではない.次に挙げる単語は,そのまま数えられそうでいて英語では数えられということになっており,強引に数えたい場合にはいちいち単位を表わす可算名詞を用いた表現にパラフレーズしなければならない.例えば Quirk et al. (§5.9)によると次の通り.
NONCOUNT NOUN | COUNT EQUIVALENT |
This is important information | a piece/bit/word of information |
Have you any news? | a piece/a bit/an item of good news |
a lot of abuse | a term/word of abuse |
some good advice | a piece/word of good advice |
warm applause | a round of applause |
How's business? | a piece/bit of business |
There is evidence that . . . | a piece of evidence |
expensive furniture | a piece/an article/a suite of furniture |
The interest is only 5 percent. | a (low) rate of interest |
What (bad/good) luck! | a piece of (bad/good) luck |
不定冠詞にせよ定冠詞にせよ,母音の前位置にあっては,通常の [ə], [ðə] ではなく [ən], [ði] と発音されるのが規範的とされる.実際には「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) で触れた通り,必ずしも規範通りの発音が行なわれているわけではないのだが,一般的な傾向として認められることは事実である.関連する歴史的経緯や理論的側面は,以下の記事で取り上げてきた.
・ 「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1])
・ 「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1])
・ 「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1])
・ 「#2236. 母音の前の the の発音について再考」 ([2015-06-11-1])
・ 「#2814. 母音連続回避と声門閉鎖音」 ([2017-01-09-1])
とりわけ最後の記事「#2814. 母音連続回避と声門閉鎖音」 ([2017-01-09-1]) に注目してもらいたい.昨日の記事「#4430. cockney の現在」 ([2021-06-13-1]) で引用・参照した Fox が,cockney の発音の特徴の1つとして「冠詞 + 声門閉鎖音 + 母音で始まる語」を取り上げている.母音連続を回避するために声門閉鎖音を挿入するという実例が,cockney にあったことになる.しかも,比較的最近の革新だというので,ますますおもしろい.
cockney の若者の多くは,そもそも上記の冠詞の発音に関する規範的な区別を実践しておらず,母音の前でも [ə], [ðə] を用いるという.しかし,母音の前では母音連続 (hiatus) を避けるように,声門閉鎖音 [ʔ] を挟み込む傾向がみられるという.Fox (2025) の説明を引用する.
In an investigation of young speakers of Bangladeshi and white British origin, Fox . . . found high frequency of the use of a [ə] and the [ðə] before vowel-initial words among Bangladeshi male adolescents in Tower Hamlets, London, and to a lesser extent in the speech of their white Anglo male peers. All speakers used glottal stop to resolve hiatus in the V#V context. Multi-ethnic friendship networks were shown to play a key role in the diffusion of these features.
音韻理論的に十分おもしろい問題だが,さらに社会言語学的にも考察できる問題ということでエキサイティングだ.
・ Fox, Sue. "Varieties of English: Cockney." Chapter 128 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2013--31.
「V字型の刻み目,切込み」を意味する notch が,不定冠詞に関わる異分析 (metanalysis) の結果の形態であるという記事を読んだ.9 Words Formed by Mistakes: When false division gives us real words の記事によると,notch が異分析という勘違いによって生じた語の1つとして紹介されている(その他の例として apron, ingot, nickname, umpire, orange, aught, newt, adder が挙げられている).
この記事では,本来の (an) ickname が (a) nickname として誤って分析され,新しく nickname という語幹が取り出されたのと同様に,古フランス語から借用された oche についても,(an) oche から (a) noche が取り出されたものとして説明されている.
なるほどと思い OED の notch, n. で確認してみたが,上の記事の説明とは少々様子が異なる.確かに古フランス語やアングロノルマン語に oche なる形態はあったようだが,すでに14世紀初頭にアングロノルマン語において noche なる異形態が確認されているというのだ.英語での notch の初出は1555年であり,英語において不定冠詞の関わる異分析が生じたとするよりは,アングロノルマン語においてすでに n が語頭添加された形態が,そのまま英語に借用されたとするほうが素直ではないか,というのが OED のスタンスと読み取れる.語源欄には次のようにある.
Apparently < Anglo-Norman noche (early 14th cent.), variant of Anglo-Norman and Middle French osche notch, hole in an object (1170 in Old French), oche incised mark used to keep a record (13th cent.; French hoche nick, small notch; further etymology uncertain and disputed: see below), with attraction of n from the indefinite article in French (compare NOMBRIL n.).
これによると,n の語頭添加は確かに不定冠詞の関わる異分析の結果ではあるが,英語での異分析ではなくフランス語での異分析だということになる.しかし,英語の an/a という異形態ペアに相当するものが,アングロノルマン語にあるとは聞いたことがなかったので少々頭をひねった.そこで Anglo-Norman Dictionary の NOTCH1 に当たってみると,次の解説があった.
The nasal at the beginning of the word is believed to be the result of a lexicalized contraction of the n from the indefinite article: une oche became une noche. This nasalized form is not found in Continental French and, according to the OED, only appears in English from the second half of the sixteenth century (as notche).
どうやら英語の an/a と厳密な意味で平行的な異分析というわけではないようだ.不定冠詞の n が長化して後続の語幹の頭に持ち越された,と表現するほうが適切かもしれない.しかも,この解説自体が OED を参照していることもあり,これは1つの仮説としてとらえておくのがよいかもしれない.
参考までに,OED からの引用の末尾にある通り,nombril という語の n も,英語ではなくフランス語における不定冠詞の関わる異分析の結果として説明されている.
正式な I wish you a merry Christmas! という挨拶を省略すると Merry Christmas! となり,I wish you a good morning. を省略すると Good morning! となる.身近すぎて気に留めることもないかもしれないが,挨拶のような決り文句 (formula) を名詞句へ省略する場合には,冠詞を切り落とすことが多い.前置詞句などを伴うケースで A merry Christmas to you! のように冠詞が残ることもあり,水を漏らさぬルールではないものの,決り文句性が高ければ高いほど冠詞まで含めて省略されるようだ.感嘆句的な Charming couple!, Dirty place!, Excellent meal!, Poor thing!, Good idea!, Lovely evening! とも通じ合うし,その他 Cigarette?, Good flight?, Next slide? などの疑問句にも通じる冠詞の省略といえる.代表的な決り文句を,Quirk et al (§11.54) より一覧しよう.
GREETINGS: Good morning, Good afternoon, Good evening <all formal>; Hello; Hi <familiar>
FAREWELLS: Goodbye, Good night, All the best <informal>, Cheers, Cheerio <BrE, familiar>, See you <familiar>, Bye(-bye) <familiar>, So long <familiar>
INTRODUCTIONS: How do you do? <formal>, How are you?, Glad to meet you, Hi <familiar>
REACTION SIGNALS:
(a) assent, agreement: Yes, Yeah /je/; All right, OK <informal>, Certainly, Absolutely, Right, Exactly, Quite <BrE>, Sure <esp AmE>
(b) denial, disagreement: No, Certainly not, Definitely not, Not at all, Not likely
THANKS: Thank you (very much), Thanks (very much), Many thanks, Ta <BrE slang>, Thanks a lot, Cheers <familiar BrE>
TOASTS: Good health <formal>, Your good health <formal>, Cheers <familiar>, Here's to you, Here's to the future, Here's to your new job
SEASONAL GREETINGS: Merry Christmas, Happy New Year, Happy Birthday, Many happy returns (of your birthday), Happy Anniversary
ALARM CALLS: Help! Fire!
WARNINGS: Mind, (Be) careful!, Watch out!, Watch it! <familiar>
APOLOGIES: (I'm) sorry, (I beg your) pardon <formal>, My mistake
RESPONSES TO APOLOGIES: That's OK <informal>, Don't mention it, Not matter <formal>, Never mind, No hard feelings <informal>
CONGRATULATIONS: Congratulations, Well done, Right on <AmE slang>
EXPRESSIONS OF ANGER OR DISMISSAL (familiar; graded in order from expressions of dismissal to taboo curses): Beat it <esp AmE>, Get lost, Blast you <BrE>, Damn you, Go to hell, Bugger off <BrE>, Fuck off, Fuck you
EXPLETIVES (familiar; likewise graded in order of increasing strength): My Gosh, (By) Golly, (Good) Heavens, Doggone (it) <AmE>, Darn (it), Heck, Blast (it) <BrE>, Good Lord, (Good) God, Christ Almighty, Oh hell, Damn (it), Bugger (it) <esp BrE>, Shit, Fuck (it)
MISCELLANEOUS EXCLAMATIONS: Shame <familiar>, Encore, Hear, hear, Over my dead body <familiar>, Nothing doing <informal>, Big deal <familiar, ironic>, Oh dear, Goal, Checkmate
決り文句の多くは何らかの統語的省略を経たものであり,それだけでも不規則と言い得るが,加えて様々な統語的制約が課されるという特徴もある.例えば,過去形にすることはできない,主語を別の人称に変えることはできない,間接疑問に埋め込むことができない等々の性質をもつものが多い.ただし,決り文句性というのも程度問題で,(A) happy new year! のように,不定冠詞の有無などに関して variation を残すものもあるだろうと考えている.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
英語で最も頻度の高い語は,定冠詞 the である.「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) のどの頻度表をみても,圧倒的な1位である.ところが,これほど重要な語でありながら「語彙的な意味」はない.あるのは「文法的な機能」のみである.the は,一般には特定のものや既知のものを指示する役割を担っているとされ,文法的であると同時に談話的・語用的な語でもある.
一般に定冠詞に対置されるのは不定冠詞 a(n) や無冠詞の用法だが,これらの間の使い分けが難しいことはつとに知られている.規則でくくることができず,常に例外が存在する.また,同じ英語でも変種間で使い分けが異なる.「ギターを弾く」は play the guitar なのか play guitar なのか.「入院して」は in hospital なのか in the hospital なのか.
変種間(そして話者個人間)で異なるのは,使い方にとどまらない.発音も [ðə], [ði], [ðiː] などと変異する.このような語がダントツの超高頻度語であるというのも,考えてみればたいへん困った話しである.
歴史についてはどうか.古英語や,その祖先であるゲルマン祖語,そして究極の先祖に当たる印欧祖語でも,冠詞に相当するものはなかった.英語の歴史をみても,(定・不定)冠詞という語類は,古英語期には存在せず,中英語期以降に発達してきた新参者である.古英語には this や that に相当する指示詞は存在しており,後に後者から派生する形で冠詞が生まれてきたという経緯がある.それが,近代英語以降には,なくてはならない中核的な語類へと登り詰めてきたわけだから,不思議な話だ.
the について注目した30分弱のラジオ番組を紹介しよう.BBC Radio 4's Word of Mouth: The Most Powerful Word である.英語史の専門家たちが,the の不思議と魅力を余すところなく語っている.番組の内容をまとめた記事も一読をお勧めしたい.英語史の観点からは,とりわけ後半の "Origins" の節が有用.
なお,本ブログでも the について様々に扱ってきた.是非##3831,154,156,2144,2855,2856,906,907,2236,4132の記事セットをどうぞ.
hellog ラジオ版の第18回は,なぜ <w> の綴りのない one が /wʌn/ と発音されるのですか,という素朴な疑問です.英語の綴字と発音の関係はメチャクチャと言われますが,one ほどの基本語でそれが観察されるということは,やはりただ事ではありません.しかも,古今東西 <w> の文字なくして /w/ で発音される単語など他に思いつきません.ちょっとひどすぎる単語ということになります.では,その歴史的背景を覗いてみましょう.
<one> = /wʌn/ は,いくら現代的な観点から共時的に迫っても解決しません.中英語の方言発音とその後のスペリングの標準化の過程に由来する,すぐれて歴史的な問題だからです.言語はこのように,まずもって歴史的な存在なのです.
言語は確かに体系としての側面があります.だからこそ,現代の理論言語学が成り立っているのです.しかし,それがすべてではありません.言語特徴のなかには,前世代から受け継がれ,必ずしも現代的に再編された体系には適応せず,旧来のまま残っているものもあります.一方,現代の言語には,次の世代を見据えて先取りした新しい言語特徴も部分的に反映されています.言語は,世代ごとにゆっくりとバトンリレーを繰り返していく通時的な存在なのです.
本来の /aːn/ が,one とその関連語において歴史の過程で環境に応じて /oʊn/, /wʌn/, /ən/, /ə/ などに発展し,それらが現在も姉妹形として共存しているのです.
そこには半分音声学的な理屈がありますが,もう半分は歴史の戯れです.理屈で説明できるところはしっかり説明し,そうでないところは歴史の戯れとして受け入れる.言語はそれくらいの緩さを示すものなのだと思います.
この問題と関連して,##86,89,3573,831,2723,3551の記事セットをご覧ください
hellog ラジオ版の第17回は,定冠詞 the の発音に関する話題です.一般に the の後に母音が続く場合には [ði ˈæpl] のように発音され,[ðə ˈæpl] とは発音されない,と習います.これは発音のしやすさということで説明されることが多いのですが,若干の疑問が生じます.後者は本当に発音しにくいのでしょうか.私としては特に問題ないように思われるのですが・・・.実際,調べてみると現代の英語母語話者でも [ðə ˈæpl] と発音するケースが珍しくないのです.
では,なぜ [ði ˈæpl] が規範的な発音とされているのでしょうか.以下,私の仮説も含めた解説をお聴きください.
自然の流れに任せていれば,初期近代英語期にごく普通だった th'apple, th'orange などの elision 発音が受け継がれていただろうと想像されますが,後に規範主義的な言語観のもとで the apple (しかもその発音は単語の境目がことさら明確になるように [ði ˈæpl])が「正式な形」として「人為的に復元された」のではないかと疑っています.発音にせよ何にせよ,一度自然の発達で簡略化・省略化されたものが,再びもとの複雑かつ長い形に戻るというのは,常識では考えにくいからです.そこには規範的,教育的,人為的等々と呼びうる非自然的な力が働いたと思われます.ただし,上記はあくまで仮説です.参考までに.
この問題と関連して,##906,907,2236の記事セットを是非お読みください.
hellog ラジオ版の第12回は,1つの公式として学習することの多い標題の構文について.
・ The longer you work, the more you will earn. (長く働けば働くほど,多くのお金を稼げます.)
・ The older we grow, the weaker our memory becomes. (年をとればとるほど,記憶力は衰えます.)
・ The sooner, the better. (早ければ早いほどよい.)
この構文では,比較級を用いた節が2つ並列されるので「?すればするほど?」という意味になることは何となく分かる気がするのですが,なぜ定冠詞 the が出てくるのかしょうか.この the の役割はいったい何なのでしょうか.今回は,その謎解きをしていきます.
実は驚くほど歴史の古い構文なのですね.しかも,the が副詞 (adverb) として機能しているとは! 考え方としては,when . . . then, if . . . then, although . . . yet, as . . . so のような相関構文と同列に扱えばよいということになります.
この問題について詳しく理解したい方は,##812,811の記事セットをご覧ください.
英語史の授業にて尋ねられた質問.まさに直球.答えるのが難しい.
まず英語史的にいえることは,古英語や中英語では,現代的な使い方での「冠詞」 (article) は未発達だったということです.the や a(n) という素材そのものは古英語からあったのですが,それぞれ現代風の定冠詞や不定冠詞としては用いられていませんでした.つまり,古英語にも the や a(n) という単語のご先祖様は確かにいたけれども,当時はまだ名詞に添えるべき必須の項目というステータスは獲得していなかったということです.
ということは,日々私たちが使い分けに苦労している現代英語の「冠詞」という項目は,英語の歴史の歩みのなかで,徐々に獲得されてきたものということになります.冠詞は英語の歴史の最初からあったわけではない.まず,この事実を押さえておく必要があります.
冠詞なるものが歴史のなかで獲得されてきたというのは,なにも英語に限りません.そもそも英語を含めたヨーロッパからインドに及ぶ多くの言語のルーツである印欧祖語には冠詞はありませんでした.しかし,印欧語族に属する古典ギリシア語,アルメニア語,アイルランド語という個別の言語をはじめ,ロマンス語派,ゲルマン語派,ケルト語派の諸言語やバルカン言語連合でも冠詞がみられることから,いずれも歴史の過程で冠詞を発達させてきたことがわかります(「#2855. 世界の諸言語における冠詞の分布 (1)」 ([2017-02-19-1]) を参照).
また,印欧語族から離れて世界の諸言語に目を向けてみても,冠詞という言語項目は世界各地に確認されます(全体としては少数派ではありますが).ただし,地理的にはヨーロッパ,アフリカ,南西太平洋などにある程度偏在しているようで,類型論や地理言語学の立場からは興味深い話題となっています.
さて,英語に話しを戻しましょう.古英語にも冠詞の種となるものはあったにせよ,なぜその後それが現代風の冠詞的な機能を発達させることになったのでしょうか.1つには,英語が中英語以降に語順を固定化させてきたという事実が関係しているように思われます.「#2856. 世界の諸言語における冠詞の分布 (2)」 ([2017-02-20-1]) でも述べたように「語順が厳しく定まっている言語では一般的に名詞的要素の置き場所を利用して定・不定を標示するのが難しいために,冠詞という手段が採用されやすいという事情がある」のではないかと考えられます.
定・不定とは,その表現の指しているものが文脈上話し手や聞き手にとって既知か未知か,特定されるかされないかといった区別のことです.談話の典型的なパターンは,定の要素をアンカーとし,それに不定の要素を引っかけながら新情報を導入していくというものですが,このような情報の流れは情報構造 (information_structure) と呼ばれます.言語は情報構造を標示するための手段をもっていると考えられますが,語順や冠詞もそのような手段の候補となります.語順が自由であれば,定の要素を先頭にもってきたり,不定の要素を後置するなどの方法を利用できるでしょう(cf. 「#3211. 統語と談話構造」 ([2018-02-10-1])).しかし,語順の自由度が低くなると別の手段に訴える必要が生じてきます.英語は中英語期にかけて語順の自由度を失っていった結果,情報構造を標示するための新たな道具として,素材として手近にあった the や a(n) などを利用したのではないかと考えられます.
ただし,これも1つの仮説にすぎません.標題の質問にズバリ答えているわけではなく,我ながらもどかしいところです.
冠詞の発生に関する統語理論上の扱いは,「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) を参照してください.関連して,英語史における語順の固定化について「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]),「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]),「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1]) をご覧ください.
近代英語期にはゆっくりと英語の標準化 (standardisation) が目指されたが,標準化とは Haugen によれば "maximum variation in function" かつ "minimum variation in form" のことである(「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1])).後者は端的にいえば,1つの単語につき1つの形式(発音・綴字)が対応しているべきであり,複数の異形態 (allomorphs) が対応していることは望ましくないという立場である.
標題の機能語のペアは,n をもつ形態が語源的ではあるが,中英語では n を脱落させた異形態も普通に用いられており,特に韻文などでは音韻や韻律の都合で便利に使い分けされる「役に立つ変異」だった.形態的に一本化するよりも,音韻的な都合のために多様な選択肢を残しておくのをよしとする言語設計だったとでも言おうか.
ところが,初期近代英語期に英語の標準化が進んでくると,それ以前とは逆に,音韻的自由を犠牲にして形態的統一を重視する言語設計が頭をもたげてくる.標題の各語は,n の有無の間で自由に揺れることを許されなくなり,いずれかの形態が標準として採用されなければならなくなったのである.n のある形態かない形態か,いずれが選ばれるかは語によって異なっていたが,不定冠詞や1人称所有代名詞のように,用いられる分布が音韻的,文法的に明確に規定されさえすれば両形態が共存することもありえた.このような個々の語の振る舞いの違いこそあれ,基本的な思想としては,自由変異としての異形態の存在を許さず,それぞれの形態に1つの決まった役割を与えるということとなった.
a や my では n のない形態が選ばれ,in や on では n のある形態が選ばれたという違いは,音韻的には説明をつけるのが難しいが,標準化による異形態の整理というより大きな言語設計の観点からは,表面的な違いにすぎないということになるだろう.この鋭い観点を提示した Schlüter (29) より,関連箇所を引用しよう.
Possibly as part of this standardization process, the phonological makeup of many high-frequency words stabilized in one way or the other. While Middle English had been an era characterized by an unprecedented flexibility in terms of the presence or absence of variable segments, Early Modern English had lost these options. A word-final <e> was no longer pronounceable as [ə]; vowel-final and consonant-final forms of the possessives my/mine, thy/thine, and of the negative no/none were increasingly limited to determiner vs. pronoun function, respectively; formerly omissible final consonants of the prepositions of, on, and in became obligatory, and the distribution of final /n/ in verbs was eventually settled (e.g. infinitive see vs. past participle seen). In ME times, this kind of variability had been exploited to optimize syllable contact at word boundaries by avoiding hiatuses and consonant clusters (e.g. my leg but min arm, i þe hous but in an hous, to see me but to seen it). The increasing fixation of word forms in Early Modern English came at the expense of phonotactic adaptability, but reduced the amount of allomorphy; in other words, phonological constraints were increasingly outweighed by morphological ones . . . .
標題の語の n の脱落した異形態については「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1]),「#3030. on foot から afoot への文法化と重層化」 ([2017-08-13-1]) などを参照.定冠詞の話題だが,「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) の問題とも関連しそうな気がする.
・ Schlüter, Julia. "Phonology." Chapter 3 of The History of English. 4th vol. Early Modern English. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 27--46.
「#3480. 膠着と滲出」 ([2018-11-14-1]) で,burger の「滲出」の例をみた.「滲出」を形態論上の問題として論じた Jespersen (384) は,次のように定義している.
By secretion I understand the phenomenon that one integral portion of a word comes to acquire a grammatical signification which it had not at first, and is then felt as something added to the word itself. Secretion thus is a consequence of a 'metanalysis' . . .; it shows its full force when the element thus secreted comes to be added to other words not originally possessing this element.
Jespersen は「滲出」の例として文法的なケースを念頭においていたようで,理解するのは意外と難しい.「滲出」の "a clear instance" として,所有代名詞 mine から n が滲出したケースを挙げているので,それを以下に解説する.
古英語では min, þin の n は語の一部であり,それ自体は特に有意味な単位ではなかった.しかし,中英語になると,後続音との関係で n の脱落する例が現われてきた.つまり,子音の前位置では n が保たれたものの,母音の前位置で n が消失する事例が増えてきた.一方,単独で「?のもの」を意味する所有代名詞として用いられる場合には,語源的な n は消えずに mine, thine などとして存続した.この段階になって,純粋に音韻的だった対立が機能的な対立へと転化され,現代的な my と mine, thy と thine の使い分けが発達することになった(関連して,不定冠詞 a と an の分化を扱った「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]) も参照).
さて,my, thy は上記の通り,歴史的には mine, thine の語の一部である n が脱落した結果の形ではあるが,my, thy がデフォルトの所有格と理解されるに及び,むしろそれに n を付加したものが mine, thine であるととらえられるようになった.つまり,n がどこからともなく,ある種の機能を帯びた音韻・形態として切り取られることになったのである.いったんこのような「有意味な」 n が切り取られて独立すると,これが他の数・人称・性の代名詞の所有格にも付加され,新たな所有代名詞 hisn, hern, ourn, yourn, theirn (ただし現代では非標準的)が生み出されることになった.これらは,明らかに n が「滲出」した証拠と理解することができる.
これらの -n を語尾にもつ所有代名詞については,「#2734. 所有代名詞 hers, his, ours, yours, theirs の -s」 ([2016-10-21-1]),「#2737. 現代イギリス英語における所有代名詞 hern の方言分布」 ([2016-10-24-1]) を参照.
・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.
ゲルマン祖語が紀元前3世紀頃に西,北,東のグループへ分裂していく際に,それぞれ独自の言語変化が生じた.結果として,起源を同じくする言語項の間に,ある種の対応関係が見いだされることになった.Algeo and Pyles (82--83) にしたがって,主要な変化と対応関係を6点挙げよう.
(1) ゲルマン祖語ではいくつかの名詞の主格単数形は *-az で終わっていた (ex. *wulfaz 「狼」) .この語尾は西ゲルマン語群では失われ (Old English wulf),北ゲルマン語群では -r となり (Old Icelandic ulfr),東ゲルマン語群では -s となった (Gothic wolfs) .
(2) ゲルマン祖語では動詞の2・3単現形がそれぞれ区別されていた.西・東ゲルマン語群では区別され続け,OE では bindest (you bind), bindeþ (he/she/it binds) となり,Go では bindis, bindiþ のごどくだったが,北ゲルマン語群では2単現形の -r が3単現形をも呑み込み,ともに bindr となった.
(3) 北ゲルマン語群では定冠詞が名詞に後続するようになった (ex. ulfrinn (the wolf)) が,西・東ゲルマン語ではそのような変化は起こらなかった.
(4) Verner's Law の出力としての *z は,西・北ゲルマン語群では r となった (= rhotacism) が,東ゲルマン語群では s となった.例として,OE ēare (ear), OIc eyra, Go auso.
(5) 西・北ゲルマン語群では i-mutation が生じて,例えば OE mann (man) に対してその複数形 menn (men) となったが,Go では単数形 mannan に対して複数形 mannans となり母音変化を反映していない.
(6) 西ゲルマン語群では Verner's Law の出力としての *ð は d となったが,北・東ゲルマン語群では摩擦音にとどまった.例として,OE fæder (father) に対して,OIc faðir, Go faðar (ただし綴字は fadar).
・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.
Bennett and Smithers 版で Ancrene Wisse の一部を読んでいたときに,この表現に出会った.A. 147--48 に,次のようにある.
Lokið nu ȝeorne, for his deorewurðe luue, hwuch a mearke he leide upon his icorene þa he steah to heouene
hwuch a mearke 以下の部分はいわゆる間接疑問節を導く which だが,直後に不定冠詞が現われるということは,感嘆の含意もいくらか含んでいるということだろうか.もしそうだとすると,現代英語では感嘆は what a ? となるのが普通なので,かつては which a ? なる形式もあったということになる.
そこで調べてみると,古英語と中英語には "exclamatory which" なる用法があったとのことだ.Mustanoja (186) の解説を引こう.
EXCLAMATORY 'WHICH.' --- The original meaning of the pronoun, 'of what kind,' is also reflected in its dependent exclamatory use found in OE and ME (it is often separated from the governing noun by a)] --- ah loke wulche wæstres . . . Whulche wurþliche wude, Whulche wilde deores (Lawman A 11770--73); --- whiche lordes beth þis shrewes! (PPl. B x 27); --- lo which a wyf was Alceste (Ch. CT F Fkl. 1442); --- and whiche eyen my lady hadde! (Ch. BD 859); --- he seide, 'O whiche sorwes glade, O which wofull prosperite Belongeth to the proprete Of love!' (Gower CA iv 1212--13). In late ME which is superseded in this function by what.
MED の which (adj.) の語義7にも,この用法について次のように記述がある.
7. In exclamations, with emphatic force, indicating the striking or extraordinary character of the noun modified: what a remarkable, an excellent, or an impressive; what remarkable or fine:
さらに OED で which, pron. and adj. を調べてみると,この用法が語義5に,現代では廃用として挙げられている.例文は,古英語は Ælfred 訳の Boethius De Consol. Philos. からの例に始まり,中英語末期からの例に終わっている.
・ c888 Ælfred tr. Boethius De Consol. Philos. xvi. §2 Gif ge nu gesawan hwelce mus þæt wære hlaford ofer oðre mys,..mid hwelce hleahtre ge woldon bion astered.
. . . .
・ c1450 Jacob's Well (1900) 102 Lo, whiche a worschip sche hadde, & whiche a ioye.
感嘆節 which a ? は,古い英語で普通に見られたことが分かる.
・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
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