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literacy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2018-12-18 04:58

2018-02-05 Mon

#3206. 宗教改革は識字率の向上にそれほど寄与しなかったか? [literacy][reformation]

 初期近代のイングランドにおいて,聖書を読むことを重んじる宗教改革 (reformation) の後押しにより,識字率が高まったという見方について,「#3066. 宗教改革と識字率」 ([2017-09-18-1]) で紹介した.もちろん宗教改革だけが識字率向上の要因となったわけではなく,それと二人三脚で進んだ印刷術 (printing) の普及も大きな要因だったろう(「#2927. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上」 ([2017-05-02-1]),「#2937. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上 (2)」 ([2017-05-12-1]) を参照).
 しばしば宗教改革の貢献が喧伝されるが,否,それは言われるほど大きな要因ではなかったとする説も出てきている.むしろ宗教改革以前からあった教育への需要こそが,初期近代の識字率を押し上げたのだという.素直といえば素直な見方だ.他の文献からの引用を通じてだが,Schaefer (1284) がその説を紹介している.

. . . counter to what may be expected from the new Christian denomination with its sola scriptura doctrine, the "Reformation, which laid so much emphasis upon the written word, did not provide for everyone to read it" (Orme 2006: 335). And in that respect there is yet another perception which has been recently corrected, namely that, in contrast to previous views, it was much less Protestantism that fostered literacy in England and elsewhere in (Northern) Europe. As Charlton and Spufford (2004: 19) state, "commercial needs for education overrode all others, both before and after the Protestant Reformation", an observation which also accounts for the yet increasing literacy in the following centuries.


 この説を受け入れるならば,識字率の向上の原動力は,宗教的・政治的な情熱というよりも商業的・実利的な需要だったということになろうか.上記の引用元の書誌も挙げておこう.

 ・ Charlton, Kenneth and Margaret Spufford. "Literacy, Society and Education." The Cambridge History of Early Modern English Literature. Ed. David Lowenstein and Janel Mueller. Cambridge: CUP, 2004.
 ・ Orme, Nicholas. Medieval Schools: From Roman Britain to Renaissance England. New Haven, CN: Yale UP, 2006.

 ・ Schaefer, Ursula. "Interdisciplinarity and Historiography: Spoken and Written English --- Orality and Literacy." Chapter 81 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1274--88.

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2017-12-02 Sat

#3141. 16世紀イングランドの識字率 [literacy][demography][spelling][standardisation]

 「#3101. 初期近代英語期の識字率」 ([2017-10-23-1]),「#3066. 宗教改革と識字率」 ([2017-09-18-1]) に引き続いての話題.16世紀ヨーロッパでは教育制度がおおいに拡充され,文字を読み書きできる人々が多くなってきたことは確かだが,識字率として具体的な数字を与えることは難しい.都市と地方の差,階級差,男女差などが大きく,一般化することが困難であるばかりでなく,そもそも多くの統計や研究が誤った前提に立っているという事情がある.その前提とは,法的書類に署名できる人は文字を読むこともできたとするものだ.近年の脳科学の知見によれば,書くことと読むことはまったく別の行為であり,両者が常に連動するものと考えることはできない.
 そこで,ペティグリー (317--19) は,様々な地域からの識字能力に関する断片的な情報を寄せ集めて,識字率を総合的に求めるという手法に訴えかけた.その結果として,以下の見解を導き出している.まず,都市と地方の識字率の差異については,言われるほど大きくなかったのではないかと述べている.人々は年と地方の間を頻繁に移動したし,彼らの集まる市場や酒場ではどこでも印刷物が貼り出されていたからだ.地方出身者であっても,文字を見慣れてはいただろう.
 識字率の男女差については,差があっただろうとは想像できても,それが具体的に確かめられるような資料は乏しい.女性は高い識字能力が要求される仕事につくことはなかったために,記録としても残りにくいのである.それでも本を読み,楽しむ女性は多くいたようではある.
 よく記録の残っている都市部の男性に限定すれば,高い識字率を誇る都市は印刷以前より存在した.16紀末のヴェネツィアでは33%ほどあったし,1530年のヨークでは20--25%ほどあった.このヨークの男性識字率は,同世紀末までには41%にまで跳ね上がっている.
 16世紀,そして続く17世紀にイングランドの識字率が大幅に上昇したことは間違いない.教育の拡充,印刷の普及,その他の社会的要因がこの上昇に貢献しているが,これらの諸要因はまた英語の綴字の標準化にも間接的に寄与しているのである.いよいよ大衆が本格的に文字に接し始めたときに,標準的な綴字が求められるようになったのだろう.

 ・ ペティグリー,アンドルー(著),桑木 幸司(訳) 『印刷という革命 ルネサンスの本と日常生活』 白水社,2015年.

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2017-10-23 Mon

#3101. 初期近代英語期の識字率 [literacy][demography][emode][standardisation]

 「#3043. 後期近代英語期の識字率」 ([2017-08-26-1]),「#3066. 宗教改革と識字率」 ([2017-09-18-1]) で,英語社会の識字率について話題にしたが,今回は水井 (116--17) より,テューダー朝期を中心とする16--17世紀のイングランドの識字率をみてみよう.

 ジェントリの子どもたちにとっては高等教育が社会的に必要であったし,聖職者や法律家になるにはこの方法しかなかった.また,都市の商人の子どもたちにとっては読み書きと計算が将来のために必要であった.しかし,教育費は高額で,富裕層の家庭でも子どもに高等教育を受けさせるためには,家計の中でも相当の割合を占めるような出費を覚悟せねばならなかったのである.より貧しい層では子どもの労働力を家計の足しにする必要があったので,子どもが読み書きを習うために村や町の初等学校に行ったとしても,仕事に就くために通学が短期間で終わることが多かった.読み書きは生きていくために不可欠というわけではなく,農業や手工業の経験的な技術・知識の取得のほうが重要だと考えられることも多かった.
 この時期のイングランドではジェントリ層,商人,富裕な農民層を中心に識字率が向上した.一七世紀中にジェントルマン層の識字率はほぼ一〇〇%に近付いていき,商人層,浮遊農民層でも過半数を上回るようになる.しかし,職人層や貧しい農民,女性の識字率は低く一七世紀末でも一〇%から二〇%に達する程度であったと推定されている.


 あくまで推計であるし,階層によって数値が異なるという事情も当然あったわけなので,当時の識字率の全体像をつかむことは容易ではない.しかし,この時期の印刷術の普及,出版物の大量の発行,宗教改革に後押しされた読書習慣,教育の向上などにより,着実に人々の識字率が向上していたという趨勢は間違いないだろう.標準綴字の模索と定着も,まさにこの時期の出来事だったことを合わせて確認しておきたい.

 ・ 水井 万里子 『図説 テューダー朝の歴史』 河出書房,2011年.

Referrer (Inside): [2017-12-02-1]

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2017-09-18 Mon

#3066. 宗教改革と識字率 [reformation][literacy]

 宗教改革は,識字率に影響を与えたといわれる.「#2927. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上」 ([2017-05-02-1]),「#2937. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上 (2)」 ([2017-05-12-1]) でみたように,宗教改革と印刷術の活用が二人三脚で進展したからである.実際,宗教改革の前夜である16世紀初頭と同世紀末とを比べると,識字率が大幅に増加したようだ.歴史的な識字率を正しく得ることは難しいが,様々な推計が増加を指摘している.
 永田 (40--42) は,ドイツや西ヨーロッパ全体に関する各種の推計を紹介している.ある推計によれば,16世紀初めのドイツでは3--4%,都市部でも5%ほどだったが,1600年頃のハンブルクでは10%からその数倍の人々が文字を知っていたという.また,西ヨーロッパ全体についても,16世紀末には都市部で識字率が50%近くになっていたという見解もある.様々な推計を受けて,永田 (42) は,作業仮説として「十六世紀初頭に読み書きができるひとは五パーセント以下だったが,その世紀の終わりになると,都市部では三〇から五〇パーセント近くまで上昇した」という見解を採用している.
 ただし,識字率が増加したとはいえ,みなが読めるというにはほど遠い状態である.そのような不完全な識字を補うために,宗教改革の推進派は,紙芝居の音読のような「集団読書」を行なったり,絵入りの冊子や木版画で人々を啓蒙しようとした.これらのメディア戦略が功を奏して,ドイツほかの地域で宗教改革が展開していったのである.
 なお,時代は下って1900年頃のヨーロッパの識字率についても,次のような推計が引き合いに出されているので紹介しておこう.「一九〇〇年頃,プロイセン・ドイツの識字率は八八パーセント,オーストリアは七七パーセント,フランスは八二パーセント,イタリアは五二パーセントである」(永田,p. 42).ただし,一般にヨーロッパの識字の基準は甘く,自分の名前が読み書きできる程度でも文字を知っているとみなされたので,いくらか割り引いて評価する必要はありそうだ.

 ・ 永田 諒一 『宗教改革の真実 カトリックとプロテスタントの社会史』 講談社〈講談社現代新書〉,2004年.

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2017-08-26 Sat

#3043. 後期近代英語期の識字率 [literacy][demography][spelling][lexicology]

 過去の社会の識字率を得ることは一般に難しいが,後期近代英語期の英語社会について,ある程度分かっていることがある.以下にメモしておこう.
 まず,Fairman (265) は,19世紀初期の状況として次の事実を指摘している.

1) In some parts of England 70% of the population could not write . . . . For them English was only sound, and not also marks on paper.
2) Of the one-third to 40% who could write, less than 5% could produce texts near enough to schooled English --- that is, to the type of English taught formally --- to have a chance of being printed.


 Simon (160) は,19世紀中の識字率の激増,特に女性の値の増加について触れている.

The nineteenth century witnessed a huge increase in literacy, especially in the second half of the century. In 1850 30 per cent of men and 45 per cent of women were unable to sign their own names; by 1900 that figure had shrunk to just 1 per cent for both sexes.


 上のような識字率と関連させて,Tieken-Boon van Ostade (45--46) がこの時代の綴字教育について論じている.貧しさゆえに就学期間が短く,中途半端な綴字教育しか受けられなかった子供たちは,せいぜい単音節語を綴れるにすぎなかっただろう.このことは,本来語はおよそ綴れるが,ほぼ多音節語からなるラテン語やフランス語からの借用語は綴れないことを意味する.文体レベルの高い借用語を自由に扱えないようでは社会的には無教養とみなされるのだから,彼らは書き言葉における「制限コード」 (restricted code) に甘んじざるをえなかったと表現してもよいだろう.
 識字率,綴字教育,音節数,本来語と借用語,制限コード.これらは言語と社会の接点を示すキーワードである.

 ・ Fairman, Tony. "Letters of the English Labouring Classes and the English Language, 1800--34." Insights into Late Modern English. 2nd ed. Ed. Marina Dossena and Charles Jones. Bern: Peter Lang, 2007. 265--82.
 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
 ・ Tieken-Boon van Ostade, Ingrid. An Introduction to Late Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2009.

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