01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
昨日の記事[2010-04-29-1]では敢えてコーパスの負の側面を見たが,それは近年のコーパスが大いに英語学に貢献してきた状況へのリアクションからであり,コーパス英語学の正の側面を指摘しない限り,評価は完成しない.そこで,特に英語史研究の視点から,コーパス英語学の発展がいかに多大な好影響を与えてきたかを,家入先生による指摘ポイントを含めつつ,何点か列挙したい.
・ 散文と韻文などテキストの形式やジャンルをまたいでの比較が可能になった
・ コーパスの巨大化により,低頻度事項でも例数を集められるようになり,研究可能なテーマが広がった
・ 現代英語の研究者に通時的研究の契機を与えることとなり,英語史研究の裾野が広がった
・ コーパスでは校訂やその他の annotation がタグにより明示されるので,研究者間で共通の前提に立った議論が成り立ちやすい
・ 研究テーマについて,コーパス研究で結論の見当をつけ,次に詳細研究に進むという研究手法が可能になった
・ 定説を含めた従来の仮説をコーパスによって検証するという基盤的な研究ジャンルが開かれた
英語史研究の視点からと述べたが,他分野でも似たようなポイントは挙げられるだろう.
・ 家入 葉子 「<特集:コーパス言語学の現在>英語史研究とコーパス」 『英語青年』 2004年2月号,15-17頁.
[2010-02-28-1]の第二弾.重複することもあるが,改めてコーパス利用研究の注意点や弱点を備忘録として書き留めておきたい.いずれもコーパスやコーパス研究それ自身が悪いわけではなく,コーパス(研究)に依存しすぎると問題が生じると考えられるポイントである.
・ コーパスで研究できないことは研究しなくなる
・ コーパスで都合のよい結果が出ればそれを採用し,都合の悪い結果が出れば見て見ぬふりをする,というアドホックな態度に陥りがちになる
・ コーパスの扱いそのものが目的となってしまう傾向がある
・ コーパス研究はとりあえず数値として明確な結果が出るのでそれで満足してしまい,次の段階へ進まなくなる可能性がある
・ user-friendly なコーパス解析ツールの登場により分析の過程が black box 化されることが多く,行っている作業に無自覚・無責任になる傾向がある
最初の点について付言すると,コーパス研究が可能あるいはふさわしいテーマについては,当然,一つの方法論としてコーパス利用が検討されるべきである.頻度を数え上げるタイプの研究課題がコーパス研究に向いているというのは言わずもがなだが,それ以外にどのようなタイプの研究がコーパスに向いているのか,きちんと考えてみる必要があるだろう.例えば,文献学ではほんの一例の存在が意味をもつことが少なくないので,頻度検索ならぬ有無検索にもコーパスは力を発揮しそうだ.
[2010-03-14-1] ( controversy ) , [2010-04-04-1] ( harass ) の記事に引き続き発音の揺れの話題.世界英語 ( World Englishes ) や creole を話題にするときに外せない地域としてカリブ海地域 ( the Caribbean ) がある.ところが,私はどういうわけかこの単語の綴字と発音をいつまでたっても覚えられない.今回の記事は,自らそれについて書くことで記憶をしっかり定着させようという狙いがある.
まずは,綴字から.基体の Carib /ˈkærɪb/ 自身は難しくない.この語はアメリカ・インディアン諸語の一つ Arawak 語からスペイン語を経由して16世紀に英語に入ってきた.かの Christopher Columbus が Haiti と Cuba で最初に記録した語だという.原義は "brave people".
この語に接尾辞 -ean をつけると Caribbean となる.接尾辞 -ean は固有名詞について「?の(人),?に属する(もの)」を意味する形容詞・名詞を作る.16世紀後半辺りから使用され始め,Epicurean, European, Promethean などを生み出した.同語源,同義の -ian と混乱しないようにするのがポイント.ここまではよいのだが,<b> の重なるところで引っかかる.強勢の位置とも関連する綴字規則と理解したいところだが,そもそも強勢の位置に揺れがあるというのだから心許ない.次に発音を見てみよう.
LPD によると,この語には二通りの発音が認められる.一つは /ˌkærəˈbi:ən/,もう一つは /kəˈrɪbiən/ である.LPD のイギリス英語での Preference poll では,下図の通り前者が91%,後者が9%である.数値上は差が歴然としているようだが,留学中に英語母語話者のフラットメイトとどっちの発音が正しいのだろうねと議論になった記憶があるから,揺れに伴う不確かさの感覚は数値が示す以上にあるのかもしれない.
個人的には多数派の /ˌkærəˈbi:ən/ を採用することにしよう.<b> も二つ,強勢も二つ ( primary and secondary stresses ) と覚えておけばいいかもしれない.しかし,ここまで書いても数日後に聞かれたら忘れていそう.
・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.
昨日の記事[2010-04-26-1]で Eskimo の言語について触れた.Eskimo という語は,アルゴンキン族 ( The Algonquian ) が自分たちの北隣に分布する民族を指して呼んだ名前で,「生肉を食う者」の意である.現在ではこの呼称は offensive とみなされることがあるので,代わりに Inuit と呼ばれることが多い.その言語は Inuktitut と呼ばれる.
アメリカ・インディアンの言語の分類は論争の的である.かつてアメリカ・インディアンの間では300以上の言語が話されていたというが,1970年代までにその数は半減した.このうち千人以上の話者を擁するものは50言語ほどに過ぎないという.(言語の死については,[2010-01-26-1]や language_death を参照.)このアメリカ・インディアン諸言語は50を越える語族へと分類されるが,語族間および語族内の系統関係については異論が多い.かれらは民族的にはアジア系とされ,数回にわたるベーリング海峡 ( the Bering Strait ) 越えでアメリカへやってきたが,言語的にアジア系諸言語とのつながりが確認されているのは Eskimo-Aleut 語族に属する諸言語のみである.Eskimo-Aleut 語族とは,現在では Alaska, Canada, Greenland, Aleutian Islands, Siberia で話されている諸言語をまとめた呼称で,Eskimo 語はそのなかで特に主要な言語である.Eskimo 語それ自身は Inuit と Yupik の二変種へと分類される.この辺りの詳細は Ethnologue の記述や Crystal ( Language 322 ) を参照されたい.
現在カナダでは,先住民族を指す一般的な呼称としては Native people を用いることが多い.もう一つの広く認められた呼称として First Nation というものがあるが,前者ほど包括的ではないとされる.また,先住民は政府に登録済み ( Status Indians ) か否か ( Non-status Indians ) で呼称が区別される ( Svartvik and Leech 94 ).米国と同様,カナダでも民族名や言語名には sensitive な問題がつきまとうようだ.
さて,英語との関連でいえば,Inuit から英語に借用された語がいくつかあるので紹介したい.まずは,Alaska は "great land" の意.anorak, igloo, kayak もよく知られている.借用語とは異なるが,Inuit の話す英語から white-out "weather conditions in which there is so much snow or cloud that it is impossible to see anything" が標準英語に入ったというのも興味深い ( Crystal, English Language 343 ).
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003. 126.
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.
Eskimo ( Inuit ) 語における雪を表す語彙の話しは,聞いたことがある人も多いだろう.サピア・ウォーフの仮説 ( Sapir-Whorf hypothesis ) あるいは言語的相対論 ( linguistic relativism ) の議論で決まって出される例である.私も学生の頃に,言語学の授業や本でよく出会った.雪深いカナダ北極圏やグリーンランドに住む Inuit の言語には雪を表す語が他言語よりも多く存在するという.この事実は文化の言語への反映にほかならない.雪のように当該文化において顕点とされる概念は,細かく語彙化されるものである,という主張だ.
しかし,今ではこれがまったくのインチキ説であることが判明している.現在でも有名なこの「エスキモーの雪」の逸話は,人類言語学というアカデミックの世界で疑われることなく長々と受け継がれてきたし,一般の人々の間にも広く知れ渡ってきた.ところが,Boas や Whorf にさかのぼって情報源の信憑性を確かめ,Inuit の言語特徴に照らして再考したところ,まるでデタラメの説だということがわかったのである.学者によっては「エスキモーの雪」は400語あるとも200語あるとも言われ,48語であるとか9語であるとか,仕舞いには2語に過ぎないという説まで出てきて,そもそも何か胡散臭い議論だということは感じられる.また,この議論で Inuit 語との比較対象として持ち出されてきた英語ですら,皮肉なことに結構な種類の雪語彙があるのである.例えば,Pinker (54) は11語を挙げている.
snow, sleet, slush, blizzard, avalanche, hail, hardpack, powder, flurry, dusting, snizzling
Inuit 語は,形態類型論的には複総合語 ( polysynthetic language ) というタイプに属する.私自身は Inuit 語を知らないので詳しく語る資格はないが,この問題は,Inuit 語の文法特徴に照らして,雪を表す語の複数の異形態をどう数えるかという問題に帰着するようだ.情報源のチェックが甘かったこと,Inuit 語の精密な文法記述を無視して数ばかり数えていたことにより,誤った伝統が生き長らえてきたのだろう.いやはや,自戒しなければ.
人類言語学史上の大イカサマともいえるこの逸話は今では The Great Eskimo Vocabulary Hoax と呼ばれているが,いまだに非常に根強く語り継がれている.この Hoax がどのように受け継がれ,生き長らえてきたかについては,Martin の論文がおもしろい.
ちなみに,日本語の雪語彙についての決定版はやはり新沼謙治『津軽恋女』の歌詞に尽きるだろう.大好きな曲の一つ.歌唱力あります.しびれる.
降りつもる雪 雪 雪 また雪よ
津軽には七つの 雪が降るとか
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪 春待つ氷雪
・ Pinker, Steven. The Language Instinct: How the Mind Creates Language. New York: W. Morrow, 1994. New York : HarperPerennial, 1995.
・ Martin, Laura. "Eskimo Words for Snow: A Case Study in the Genesis and Decay of an Anthropological Sample." American Anthropologist. New Series. 88 (1986): 418--23.
『英語コーパスの初歩』によると,英語コーパスの発展は (1) 大規模化,(2) 種類の拡大,(3) 品詞標識の付与,という3軸で進んできたという.以下はその詳細.
(1) 大規模化.近代英語コーパスの祖である Brown Corpus ( The Standard Corpus of Present-Day Edited American English ) の公開されたのが1964年.約100万語からなるコーパスで,後の多くの英語コーパスがそのコーパスデザインにならった.しかし,1990年代以降は約1億語の BNC ( The British National Corpus ) や5億語を越える巨大規模の The Bank of English などが現れている.
(2) 種類の拡大.コーパスの種類の拡大は,コーパスを用いて研究できる領域や切り口の選択肢が増えてきたことを意味する.Brown Corpus の正式名称が示唆するとおり,最初期のコーパスは「現代の」「書き言葉の」「英米変種の」「標準的な」英語を対象としていた.しかし,その後「歴史的な」「話し言葉も含めた」「英米変種以外の」「非母語話者や学習者の変種も含めた」英語を視野に入れたコーパスが続々と現れた.今後も,英語学・英文学の様々な領域と切り口を反映した種々のコーパスが編纂されてゆくことだろう.
(3) 品詞標識の付与.より一般的には,annotation の種類や方法が増えてきたといえる.初期の平テキストのコーパスから,まずは品詞標識付け ( POS-Tagging ) が試みられ,続いて統語形態標識,構文解析,意味標識,音調標識なども付与されるようになってきている.これも,コーパス利用が英語学の種々の領域や理論に開かれてきたことと関連する.標識をテキストに埋め込むか,別ファイルとして提供するかという問題や,林立する annotation scheme の存在など,annotation をめぐる混乱はあるが,裏を返せば発展がそれほど著しいということだろう.
上記のコーパス発展の3軸すべての前提として,コンピュータ技術の進歩,とりわけテキスト処理技術の進展があることは間違いない.コーパス分析・開発ソフトウェアの開発,そのマニュアルや教材の出版,研究者によるコーパス使用の試行錯誤もコーパス英語学の発展を後押ししている.テキスト処理技術が今後も発展を続けるのと平行して,コーパス英語学もますます勢いを増してゆくものと思われる.このように技術の進歩にともなってコーパス英語学自体が発展してゆくことは,それ自体としてよいことである.しかし,それだけでは物足りない.やはり研究の切り口を新しく開発することで,コーパス研究を発展させてゆくのが理想なのだろうと思う.
昨日英語コーパス学会の第35回大会に参加しての所感.
・ 大門 正幸,柳 朋宏 著 『英語コーパスの初歩』 英潮社,2006年.5--6頁.
今日は軽くウェブ上のコンコーダンサーを紹介.英語例文検索 EReK は「英語で書かれたウェブページのテキストを巨大な例文集(コーパス)とみなし,それを検索するサイト」.Yohoo! の Web API が利用されている.出力は KWIC ( Key Word in Context ) で,百数十の例文が表示される.各コンコーダンス・ラインから,ワンクリックでソースに飛ぶことができるのも便利.また,キーワード前後の語での並べ替え機能や,検索対象を .edu ドメインや ニュースサイトに限定するオプションも装備されている.「ウェブ上の文書なので正確な表現である保証はありません」と但し書きがあるが,Web上の手軽なコンコーダンサーとして利用価値はありそうだ.
時々刻々と変化するウェブ・リソースを検索対象とするので一種の monitor corpus とも考えられ,時事を反映した出力が期待できる.例えば,2010年4月24日現在,ニュースサイト限定検索 "volcano" とやれば Iceland や Icelandic と共起するコンコーダンス・ラインが大量に得られる.( see [2010-04-20-1]. )
姉妹版で日本語版の JReK もあり,こちらは日本語の文章書きに効果を発揮しそう.
[2010-04-03-1]の語源情報抜きだしCGIの改良版.情報源は同じ Online Etymology Dictionary.今回の「一括版」は複数の語の語源を一覧したいときに便利.1行1語で入力された単語リストを用意し,それを以下のテキストエリアに入れて Go するだけ.1語だけでも使えるので,事実上,前回の版の上位互換.語数が多いと時間がかかるし,サーバに負担がかかるので注意.
こうしてますます面倒くさがりになってゆく.
先日,今年9月にアデランスが「ユニヘアー」に社名変更するという新聞記事を読んだ.アデランスにお世話になっているわけではないが,社名としてなくなってしまうのには一抹の寂しさがあるくらいに名の知れた企業である.幸い (?!) ブランド名としてのアデランスは残るようだ.
さて,アデランスは日本におけるかつら関連商品の代名詞となっているが,上級英語学習者であっても英語としてこの語を知っている者は少ないのではないか.アデランスと発音しても英単語を思い浮かべられないかもしれないが,adherence とスペリングで書けば,ああ!と思い当たるだろう.
この語は,フランス語の adhérence を借用した語で,「付着するもの」が基本的な意味である.確かに,安々とはがれてしまっては困る代物である.英語での発音は /ədˈhɪərəns/ だが,フランス語ではずばり /aderɑ̃s/ である.強勢は,日本語では第1音節,英語では第2音節,フランス語では第3音節に落ちるのがおもしろい.
フランス語ではこのように綴字に現れる /h/ は発音されない.英語にとって厄介なのは,フランス借用語を多く取り入れているために,フランス語由来の <h> を発音するか否かで単語ごとに揺れがあることだ.これについては,[2009-11-27-1]で話題にしたのでそちらを参照.ちなみに,社名アデランスの英語名は Aderans らしい.
今回は,[2010-04-19-1]の英米差クイズの正解を公表する.こちらのPDFからどうぞ.
クイズは,英米差の目安である.英米差と一口にいっても,どちらかの変種でしか使われない表現というのは少ない.多くの場合,相対的な頻度として英米間に差があると考えるのが妥当だろう.近年のアメリカ語法 ( Americanism ) がイギリス英語(のみならず世界中の英語)に与えている影響の大きさを考えると,英米差は日々小さくなっているのであり,特に語彙対照リストなどは今後あまり意味をなさなくなってくるのかもしれない.この点について,"Americanism" ではなく "Americanization" を語るほうが適切だとする Svartvik and Leech の主張を引用しよう.
The notion of 'Americanism' itself is a moving target, and it is no longer practical to try to list Americanisms as in a glossary. Perhaps, indeed, the concept of 'Americanism' has had its day, and is giving way to the concept of 'Americanization' --- the ongoing and often unnoticed influence of the New World on the Old. (159)
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.
今月14日に噴火したアイスランド南部の Eyjafjallajoekull 火山がヨーロッパ中に灰を降らせ,大きな被害をもたらした.アイスランドは日本の国土面積の4分の1ほどの国だが,周辺に30以上の活火山をもつ,日本に負けず劣らずの火山国である.国際的に注目されることの少なかった最果ての島国だが,近年は,地球温暖化により北極海の新航路開発の可能性が開けてきたことで,その地勢上の重要性が注目されつつある.ヨーロッパにとっては苦々しいことだろうが,今回の噴火もアイスランドの知名度を上げることとなった.
アイスランドでは,25万人ほどの国民(末尾の後記を参照)がアイスランド語 ( Icelandic ) を話している( Ethnologue の記述を参照).話者人口としてはさして大きくない言語だが,英語史においてアイスランド語がもつ意義は深い.アイスランド語と英語の関係について,授業で使う英語史5分ネタとして Icelandic and English と題するPDFスライドを作成したので,アップしておく.スライドの目次と,関連する本ブログ内の記事へのポインタは以下の通り.
・ アイスランド語と英語の関係
・ ヨーロッパ地図
・ ゲルマン語派
・ ゲルマン語派の系統樹 [2009-10-26-1]
・ 古アイスランド文学
・ 北欧語の英語に与えた影響 [2010-04-02-1]
・ すべて北欧語単語で構成された英文
(後記 2010/04/22(Thu):本文内の25万人というアイスランド(語話者)の人口は1980年代の古いものを使っていました.[ご指摘ありがとうございます.] CIA の The World Factbook によると,2009年7月時点の推計で30万7千人ほどとのことです.)
英語の英米差についてのクイズを作ってみた.語彙,文法,語法,意味,発音の英米差を問う全65問の問題用紙はこちらのPDFでどうぞ.以下はその中からサンプルとして抜粋した13問.
各問に挙げられている表現のペアは,一方が AmE (American English) に,他方が BrE (British English) に結びつけられることの多い対応表現である.各ペアについて,典型的に AmE の表現として知られているものにチェックを入れなさい.
・ 秋 : □ autumn □ fall
・ ボンネット : □ bonnet □ hood
・ トラック : □ lorry □ truck
・ 店 : □ shop □ store
・ 歩道 : □ pavement □ sidewalk
・ □ I demanded that he not leave. □ I demanded that he should not leave.
・ □ They pay them pretty good. □ They pay them pretty well.
・ learn の過去・過去分詞形 : □ learned □ learnt
・ pants : □ 「ズボン」 □ 「下着」
・ ask : □ /ɑ:sk/ □ /æsk/
・ suggest : □ /səgˈdʒɛst/ □ /səˈdʒɛst/
・ what : □ /wɒt/ □ /ʍɑ:t/
・ □ <traveler> □ <traveller>
正解は近いうちに掲載の予定.
[2010-03-24-1], [2010-03-25-1]の記事で,動物とその肉を表す名詞の語種について話題にした.今回はそれと多少なりとも関連した,動物名詞とその形容詞の語種について取りあげる.
動物名詞からその派生形容詞を作るには,いくつかの方法がある.最も生産的なのは -like を接尾辞としてつける方法で,事実上,どの動物名詞にも適用できる ( ex. doglike, squirrel-like ).また,生産性の点では -like には及ばないが,接尾辞 -ish や -y を付加する例も比較的よく見られる ( ex. apish, sheepish; lousy, snaky ).しかし,今回取り上げたいのは -ine という接尾辞を含むラテン語に由来する動物形容詞である.動物名詞の多くは英語本来語であり,ラテン語由来の -ine 形容詞とのペアをみると,互いに形態的に関連づけることは当然ながら難しい.いくつか例を挙げる.
NOUN | ADJECTIVE |
bear | ursine |
bull | taurine |
cat | feline |
cow | bovine |
crow | corvine |
deer | cervine |
dog | canine |
fox | vulpine |
horse | equine |
pig | porcine |
wasp | vespine |
wolf | lupine |
NOUN | ADJECTIVE |
ass | asinine |
eagle | aquiline |
elephant | elephantine |
falcon | falconine |
giraffe | giraffine |
gorilla | gorilline |
hy(a)ena | hy(a)enine |
lion | leonine |
panther | pantherine |
serpent | serpentine |
viper | viperine |
vulture | vulturine |
zebra | zebrine |
昨日の記事[2010-04-16-1]で触れたように,COLT ベースの音節数分布調査をパイロット・スタディとして実施してみた.以下が結果.[2010-04-10-1], [2010-04-11-1]の BNC ベースの調査結果と比較するにはこちらのページへ.
BNC ベースの結果と比べて,100語,200語,500語,1000語(976語)のいずれのレベルでも,COLT のほうが平均音節数は少ない.1000語(976語)レベルで比べると,COLT は単音節語と二音節語だけで93%をカバーしているが,BNC はそのカバー率は約10%ほど少ない.口語コーパスに限定した COLT とそうでない BNC の差が関与していると考えられる.
少し変わり種のコーパスとして,COLT: The Bergen Corpus Of London Teenage Language を紹介する.1993年におけるロンドンの若者(13歳から17歳)の話し言葉を収集したコーパスで,約50万語からなる.31人のロンドン各地・各階層の男子女子の会話を,合計50時間だけ録音し,文字に起こしたものである.BNC ( The British National Corpus ) にも組み込まれているコーパスだ.語類情報や休止などの韻律情報がタグ付けされており,若者言葉によって先導される言語変化の調査や語用論的な研究において実績がある.
コーパス自体は有料だが,上記のHPから手に入る COLT による最頻1000語のリスト が目を引いた.COLT に現れる表記語 ( graphic word ) の最頻リストで,lemmatise されていない.要するに,do と did,laugh と laughing などは別々にカウントされている.
今回,このコーパスに目を付けたのは,先日[2010-04-10-1], [2010-04-11-1]でパイロット・スタディとしておこなった「BNC Word Frequency List による音節数の分布調査」の COLT 版を試してみようと思ったからである.BNC による音節数分布調査では,書き言葉と話し言葉の両方を対象とし,lemmatise された基底形 ( base form ) での頻度表を用いたが,COLT を用いれば,大きく異なった条件のもとで類似した調査をおこなうことができる( COLT が BNC の一部になっていることを考慮しても).具体的には,話し言葉に限定された,表記語に基づく頻度表をベースとして音節数の分布を調べられる.
注意を要するのは,COLT の頻度表には unclear, nv, singing など,地の文の語ではなくタグ名として使われている語もうっかり数えられてしまっていることだ.したがって,この種の語は手作業で除去し,最終的に有効最頻語976語のリストが得られた.これをもとにして,音節数の分布をいざ探ってみることにする.結果は,明日.
sand-blind 「かすみ目の,半盲の」という語がある.OED によると初出は15世紀とされる.この語の語源,特に sand- の部分についの由来については確かなことはわかっていないが,Johnson's Dictionary によると "Having a defect in the eyes, by which small particles appear to fly before them" という説明がつけられている.
有力な説として,古英語にあったと推測される *sāmblind に由来するのではないかという説がある.この形は古英語では例証されていないが,「盲目の」を意味する blind に「半分の」を意味する接頭辞 sām- が付加されたものと解釈できるのではないかという.古英語には sāmbærned "half-burnt", sām-cwic "half-dead", sāmgrēne "half-green", sāmhāl "unwell, weakly", sāmlǣred "half-taught, badly instructed", sāmlocen "half-closed", sāmmelt "half-digested", sāmsoden "half-cooked", sāmstorfen "half-dead", sāmswǣled "half-burnt", sāmweaxen "half-grown", sāmwīs "stupid, dull, foolish", sāmworht "unfinished" など多数の合成語が例証されており,*sāmblind もありえない話しではない.これが後に,上記の Johnson の説明にあるように「砂塵に視界がさえぎられるかのように半盲の」と解され,音声的にも sand と結びつけられて,sand-blind という形態が生じたのではないかという.このように,sam- 「半分の」という歴史的な語源で解釈されずに,半ば強引に新たな語源や来歴が付与されるようなケースを民間語源 ( folk etymology ) と呼ぶ.
さて,sam- 「半分の」で気づいたかもしれないが,これは昨日の記事[2010-04-14-1]で触れたラテン語 semi-,ギリシャ語 hemi- と同語根の接頭辞の英語版である.いずれも印欧祖語の *sēmi- にさかのぼる.現代標準英語では,(上記の説を受け入れるならば)sam- の僅かな痕跡は sand-blind に残るばかりとなってしまったが,イングランドの方言を考慮に入れると,現在でも sam-ripe, sam-sodden などが使われている.印欧語の歴史を感じさせるマイナー接頭辞である.
本ブログの読者から,L semi- と G hemi- の対応について質問を受けた(質問,ありがとうございます!)./h/ が /s/ に変わるのはなぜか,グリムの法則と関係しているのか,という問いである.
一昨日の記事[2010-04-12-1]では,この問を念頭に super- と hyper- ,sub- と hypo- の例を挙げて,ラテン語 /s/ がギリシャ語 /h/ に対応しうることを示した.ラテン語もギリシャ語も英語の語彙に多大な貢献をしてきており,結果として両言語の遺産が現代英語のなかに共存・混在しているという状況がある.今回は,印欧祖語からの音声変化に触れつつ,ラテン語 /s/ とギリシャ語 /h/ の対応について,英語に入った語彙を中心に挙げつつもう少し詳しく述べる.
Szemerényi (51) によると,印欧祖語で確信をもって再建される摩擦音音素は */s/ のみである.ギリシャ語では,印欧祖語の */s/ は閉鎖音の前後と語末においては保たれたが,語頭を含めたそれ以外の環境では気音化して /h/ となった.一方,ラテン語を含めた他の語派では広く /s/ が保たれた.結果として,ラテン語 /s/ とギリシャ語 /h/ の対応例が存在することになる.以下に,現代英語の語彙にみられるラテン語 /s/ とギリシャ語 /h/ の対応例をいくつか示す(赤字部分が対応箇所).
from Latin | from Greek |
---|---|
semiconductor 「半導体」 | hemisphere 「半球」 |
September 「9月」 | heptarchy 「七王国」 |
sextet 「六重奏」 | hexagon 「六角形」 |
similar 「同様の」 | homosexual 「同性愛の」 |
solar 「太陽の」 | heliotrope 「(走日性の草本)ヘリオトロープ」 |
somnolent 「眠気を誘う」 | hypnosis 「催眠」 |
supermarket 「スーパーマーケット」 | hypermarket 「ハイパーマーケット」 |
supposition 「仮定」 | hypothesis 「仮説」 |
新年度の始まるこの時期,英語史関係の初回授業ではかなり荒っぽいイントロクイズを実施する.英語は長らく勉強してきたけれども,英語についてはあまり勉強したことがなかったですよね,という趣旨である.2009年度版のイントロクイズは一ヶ月ほど前に[2010-03-15-1](問題)と[2010-03-16-1](解答)で掲載したばかりだが,5問だけ出題数を増やした2010年度版を以下に掲載する(PDF形式).(中味はほとんど変化なしです.他にいい質問はないでしょうか・・・.)
・ 2010年度版イントロクイズ(問題用紙)
・ 2010年度版イントロクイズ(解答スライド)
昨年度版から追加した5問は以下のもので,以前にこのブログで取り上げたことのある話題がもとになっている.そちらもご参照を.
・ 世界の言語が失われてゆくペースは? → [2010-01-26-1] および language_death の諸記事へ.
・ 南アフリカ共和国の英語母語話者人口の割合は? → [2010-04-05-1]の記事へ.
・ 最も頻度の高い文字は? → [2010-03-01-1]の記事へ.
・ 最も忌まわしいとされる文法間違いは? → [2010-02-22-1]の記事へ.
・ 学校英文法ができたのは? → [2009-08-29-1], [2009-09-15-1]の記事へ.
以前に住んでいたところの近くにスーパーマーケット Olympic があった.食料品から生活品までが一カ所で揃うので,毎日といってもいいほどに常用していた.そのため,転居して Olympic を利用する機会がなくなったにもかかわらず,常に店内に流れていた Olympic のテーマ曲が今でも頭を回ることがある.おそらく今でも変わっていないだろう.
楽しく明るいお店です 品物豊富なお店です♪
嬉しい安さに微笑んで いつも賢いお買い物♪
あなたの欲しい物 何でも揃う
O L Y M P I C(オーエルワイエムピーアイシー)
ハイパーマーケット オリンピック♪
そう,Olympic は supermarket ならぬ hypermarket なのである.hypermarket の定義はこの辺りの辞書に任せて,ここでは語源を考えてみたい.supermarket は読んで字の如く super- + market の合成語で,英語には1933年が初出である.一方,hypermarket は hyper- + market の合成語で,1970年辺りにフランス語 hypermarché を翻訳借用 ( loan translation ) して英語に取り込んだものである.フランス語の hypermarché 自体は,supermarché "supermarket" にならった造語である.
フランス語でも英語でも,そして日本語(カタカナ)でも,hypermarket は supermarket の巨大進化版であると考えられている.hyper- のほうが super- よりも上位であるという感覚だ.この接頭辞はともに「上の,上位の,過度の」を表す点で共通するが,それもそのはず,印欧祖語の一つの語根 *(s)uper にさかのぼる.この印欧語根がラテン語では super- として伝わり,ギリシャ語では最初の子音が気音化し hyper- となった.above, over, up なども究極的にはこの語根と関連する.
さて,語源が共通であるとすると hyper- のほうが super- よりも上位であるという感覚には根拠がないことになるが,現実的にはそうした感覚が歴然としてある.言語において類義語どうしの意味の棲み分けは自然のことであり,この場合もたまたま hyper- と super- のあいだに程度の差が生まれたのだと論じることはできよう.しかし,hyper- が super- より上位であり,その逆ではないことには,偶然以上の根拠があるのではないか.[2010-03-27-1]の記事で見たように,英語語彙には,大雑把にいってラテン語,フランス語,英語本来語の三層構造が認められる.この最上位に位置するのがラテン語だが,実はその上に超最上位というべきギリシャ語が存在するのである.歴史的に,英語が文化的により上位のフランス語やラテン語から多くの語彙を借用してきたのと同じように,ラテン語は文化的により上位のギリシャ語から多くの語彙を借用してきた.ギリシャ語はラテン語にとって高みにある言語なのである.このような言語文化的な背景を背負ったままに,現在,英語でギリシャ語系 hypermarket とラテン語系 supermarket が区別されているのではないか.
ちなみに,「下位の」を表す接頭辞はラテン語 sub-,ギリシャ語 hypo- である.ここでも /s/ ( Latin ) と /h/ ( Greek ) の対応があることに注意.
今回は,昨日の記事[2010-04-10-1]で扱った音節数に関するデータを,角度を変えて見てみたい.100語レベルから6000語レベルまでの各頻度レベルの数値を標準化して,単音節語から7音節音語までの相対頻度を比べられるようにしたものである.(数値データはこのページのHTMLソースを参照.)
昨日のグラフだけでは読み取りにくかったいくつかのポイントが見えてきた.
・ 対象語彙が大きくなればなるほど単音節語の比率は減少するが,1000語レベル以上からの減り幅は比較的小さい
・ 2音節語の比率は,1000語レベル以上ではほとんど変化していない
・ 500語レベル以上からは3音節語と4音節語が存在感を増してくる
・ とはいえ,2000語レベル以上からは相対的な分布の変化は小さく,全体として安定しつつあるように見える
昨日の記事[2010-04-09-1]に続く話題.BNC Word Frequency List の6318語の見出し語化された ( lemmatised ) 最頻語リストを材料として,音節数の分布がどのようになっているかを調査してみた.
まずはリストを頻度順に眺めてみるだけで,ある程度の検討はついた.[2010-03-02-1]の記事「現代英語の基本語彙100語の起源と割合」からも明らかなとおり,最頻基本語にはゲルマン系の本来語が多い.このことは,単音節語が多いということにもつながる.しかし,リストを下って頻度のより低い語に目をやると,徐々に2音節語,3音節語が目につくようになってくる.したがって,頻度で上位どのくらいまでを対象にするかによって,音節数の相対的な分布は変わってくることが予想される.そこで,まず6318語すべての音節数を出した上で,最頻100語,200語,500語,1000語,2000語,3000語,4000語,5000語,6000語というレベルで音節数の分布を調査した.レベル間の比較が可能となるようにグラフ化したのが下図である.(数値データはこのページのHTMLソースを参照.)
このグラフからいくつかの興味深い事実を読み取ることができる.
・ どのレベルでも単音節語が最も多い
・ 対象語彙が大きくなればなるほど,2音節語数が単音節語数に肉薄する
・ 英語語彙の圧倒的多数が単音節語か2音節語である
・ 対象語彙が大きくなればなるほど,平均音節数が漸増する
・ いずれにせよ英単語の平均音節数はせいぜい2音節ほどである
今回は最頻約6000語レベルの語彙で調査したが,対象語彙をどんどん大きくしてゆくとどのような結果が出るのか,おおいに気になった.やがては2音節語が単音節語を追い抜き,平均音節数も漸増を続けるのだろうか? あるいは平均音節数がこれ以上は変わらないという限界点が存在するのだろうか? non-lemmatised な語彙リストを材料にすると平均音節数はどのくらい変化するのだろうか? 次々に疑問が生じた.
ちなみに,最頻5000語レベルで初めて現れる7音節語が一つある.英語の平均音節数からすると異常に長い超多音節語だが,比較的よくお目にかかる単語ということになる.何であるか,想像できるだろうか? 答えは,4657番目に現れる
telecommunication
(←クリック)である.なるほど?.
ここ数ヶ月のあいだに取り組んでいる研究課題と関連して,標題の問いについて調査する必要が生じている.この問いの背後にある問題意識としては,単語の語源別の平均音節数を比較して,たとえば「ゲルマン系の単語はロマンス系の単語よりも○音節だけ短い」などという統計的な数値を得たいと思っているのだが,この問題は何段階かに分けてアプローチしてゆくのがよさそうである.標題の問いのままでは適切な問題設定とはいえないいくつかの理由がある.
一つは,言語学で最も悪名高い問題の一つである「単語とは何か」という問いに関係する.わかりやすい例として,合成語 ( compound ) を考えるとよい.school boy は1語なのだろうか,2語なのだろうか? さらに,固有名詞の New York City はどうだろうか? いずれも綴字上の慣習により複数の語とみなすこともできるが,一方で意味のまとまりとしては一つであるから1語だという理屈も成り立ちうる.kick the bucket のようなイディオムはどうだろうか? [2010-02-07-1], [2010-02-08-1]で触れた crane のような多義語 ( polysemy ) は,語義ごとに別の語と考えることもできるのではないか? 英単語の平均音節を考えるにあたっても,こうした基本的な問題は避けて通れない.
二つ目の理由は,英語語彙というときの範囲の問題である.OED には50万語ほどがエントリーされているが,辞書の保守性を考慮すると,実際にはその倍の語彙があるのではないかともいわれている.平均値を出すからには,理想的にはありったけの単語を考慮に入れることが必要である.となると,[2009-06-30-1]の記事でみた pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis のような極端な語(19音節)も含めることになる.だが,そもそも現代英語語彙の総覧が存在しない以上,どこまで含めてどこから含めないかの判断は恣意的にならざるをえない.実際的な研究に際しては,どこかで強引に切る必要がある.
三つ目は,同一の語でも,変種によって1音節程度の増減が起こりうるという問題である.[2010-03-08-1]で触れたように,secretary は典型的な英米発音のあいだで音節数の揺れがある.もっとも,この問題は対象とする変種を定めてしまえば,上記の二つの問題ほど大きな問題にはならないかもしれない.
一つ目,二つ目の問題については当面の根本的な解決策はないが,そんなに難しいことを言っていては仕方がないというのも確かである.具体的に調査を進めてみようと思うと,[2010-03-01-1]で紹介した最頻英単語リスト辺りからスタートするのがよさそうである.ひとまずは,BNC Word Frequency List の6318語のリストから始めてみようと思う.
・ 齊藤 俊雄,中村 純作,赤野 一郎 編 『英語コーパス言語学?基礎と実践?』 研究社,1998年.110--13頁.
英語には finish, punish など,接尾辞 -ish で終わるフランス語由来の動詞がいくつかある.いずれも現代フランス語文法で第2群規則動詞,いわゆる -ir 動詞と呼ばれる動詞が英語に入ったものである.代表として punir ( PDE punish ) の現在形活用を挙げよう.
sg. | pl. | |
---|---|---|
1st person | je punis | nous punissons |
2nd person | tu punis | vous punissez |
3rd person | il punit | ils punissent |
English | French |
---|---|
abolish | abolir |
accomplish | accomplir |
banish | bannir |
brandish | brandir |
burnish | brunir |
cherish | chérir |
demolish | démolir |
embellish | embellir |
establish | établir |
finish | finir |
flourish | fleurir |
furbish | fourbir |
furnish | fournir |
garnish | garnir |
impoverish | appauvrir |
languish | languir |
nourish | nourrir |
perish | périr |
polish | polir |
punish | punir |
ravish | ravir |
tarnish | ternir |
vanish | evanouir |
varnish | vernir |
"mandative subjunctive" の話題については本ブログでも[2010-03-19-1], [2010-03-18-1], [2009-08-17-1]などで何度か扱った.今後もこの問題に迫るかもしれないので,今回は,現代英語において後続する that 節の動詞に「仮定法現在」を要求しうる語をできる限り多くリストしたい.基本的には浦田先生の論文 (126--27) にある,Quirk et al. の諸例から整理された単語リストがベースになっているが,他の文献で触れられているものも追加した.いずれも仮定法を必ず要求する語ではなく,要求しうる語のリストとして理解されたい.
(1) verbs: advise, agree, allow, arrange, ask, beg, command, concede, decide, decree, demand, desire, determine, enjoin, entreat, insist, instruct, intend, move, ordain, order, pledge, pray, prefer, pronounce, propose, recommend, request, require, resolve, rule, stipulate, stress, suggest, urge, vote
(2) adjectives: advisable, appropriate, anxious, compulsory, crucial, desirable, eager, essential, expedient, fitting, imperative, important, impossible, improper, insistent, keen, necessary, obligatory, preferable, proper, urgent, vital, willing
(3) nouns: advice, agreement, arrangement, command, decision, decree, demand, desire, determination, entreaty, insistence, instruction, intention, motion, order, pledge, preference, proposal, recommendation, regulation, request, requirement, resolution, resolve, rule, ruling, stipulation, suggestion, urging, vote, wish
(3) にはここに挙げているもののほかにも,一般に(1)(2)の語に対応する名詞形を加えてもよいかもしれない.
・ 浦田 和幸 「現代イギリス英語に於ける Mandative Subjunctive の用法」 『帝京大学文学部紀要 英語英文学・外国語外国文学』18号,1987年,123--36頁.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002. 999.
・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.458--59, 557--58頁.
東京は桜が満開である.散り始めているものもあり,花見の興は増すばかりである.言うまでもなく桜は散るからよいわけだが,スコットランド留学中,フラットのそばにあった桜は,あの寒々しい冬のうちから季節感もなく咲き,風の吹きすさぶなか,散らずに屹立していた.はかなさも何もなく,かわいげがないなと思ったものである.桜の種類が異なるのだろう.
「さくら」はイギリスでも古くから知られている.合成語の一部としては cirisbēam 「桜の木」として古英語から存在していたし,現在の cherry につながる形態も早く1300年くらいにはフランス語から借用されていた.われわれも何かと親しみ深いこの単語,実は英語史では数の異分析 ( numerical metanalysis ) の例として話題にのぼることが多い.借用元の Old Norman French の形態は cherise であり,<s> はもともと語幹の中に含まれている.ところが,借り入れた英語の側がこの <s> を複数語尾の <s> と誤って分析してしまい,<s> を取り除いた形を基底形として定着させてしまった.これが,cherry のメイキングである.ちなみに,フランス語 cerise が「さくらんぼ色(の)」の意味で19世紀に英語に入ったので,cherry と cerise は二重語 ( doublet ) の関係にあることになる.
語幹末尾の <s> を複数形の <s> と取り違えて新しい単数形を作り出す例は他にもある.pea 「エンドウマメ」の歴史的な単数形は本来 pease ( < OE pise < LL pīsa ) だが,<s> が複数語尾と間違えられた結果,pea が新しい単数形として生み出された.同様に,sherry 「シェリー酒」はスペイン語の Xeres に由来し,英語へは16世紀に sherris として入ったが,17世紀には異分析されて生じた sherry が使われ出した.(シェリー酒はお酒を覚えたての頃に大飲みしてひどい目にあったので,いまだにあの匂いにはトラウマ的抵抗がある.)
上の述べた類の numerical metanalysis は,元の語幹の一部を切り取る語形成であるから,逆成 ( back-formation ) の一種ともいえる.逆成については back_formation の各記事を参照.
・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.111--12頁.
母語としての英語 ( ENL ) を代表する地域として挙げられるのは普通,以下の国々ではないだろうか.アメリカ合衆国,イギリス,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,アイルランド.いわば英語語学留学に行ける国と考えるとイメージしやすい.( see [2009-10-17-1], [2009-10-21-1], [2009-11-28-1] )
では,南アフリカ共和国 ( Republic of South Africa ) はどうだろう.南アは英語国として言及されることがあり,世界英語 ( World Englishes ) の話題でよく取り上げられる国である.しかし,上の5カ国と同グループに入れるのには違和感があるのではないか.世界の英語使用について ENL と ESL という区分を認めるとすると,南アフリカ共和国は,確かに両者の性質を合わせもった微妙な位置取りをしているのである.
典型的な ENL 国では,国民の大多数が「アングロサクソン系」 の白人であり,イギリス英語の伝統を多かれ少なかれ受け継ぎつつ,公私の場で英語を母語として使用している.一方,典型的な ESL 国では,母語として英語を話す人口は存在するとしてもごく僅かであり,英語はあくまで第2言語として習得され,歴史的・政治的・文化的な機能を担う言語として存在している.
上の典型の記述からわかるとおり,ENL と ESL が水を漏らさぬ相補的な関係であるわけではない.その隙間をつくような地域が存在するのも無理からぬことである.南アには「アングロサクソン系」の白人で英語を母語としている人口が存在する.しかし,典型的な ENL 国とは異なり,かれらが国民の大多数を構成しているわけではない.英語母語話者は10%ほどである.この10%という ENL 人口は多くもないが少なくもない.この中途半端な人口比こそが,南アの微妙な位置取りの主たる原因である.国内での英語使用をみてみると,政治的・文化的な機能が強く,この点では明らかに ESL 的である.
ENS と ESL という伝統的な区分のもとで,南アはいずれの側からも周辺的な存在とみなされる不遇(?)をかこってきたように思う.近年の議論では伝統的な英語話者の区分の妥当性が問われるようになってきており,南アはそのような議論に独自の例を提供できる立場にあるのではないか.
[2010-03-14-1]の記事で controversy のアクセントの位置を問題にした.アクセントの位置を話し始めると種は尽きないが,今回は harass ( harassment も同様)に注目してみる.
この語はフランス語 harasser "to tire out" に由来し,現在では /həˈræs/ と /ˈhærəs/ の二つの発音が聞かれる.LPD で英米の分布をみてみると以下の通りである.
アメリカでは /həˈræs/ が圧倒的である.イギリスでは伝統的なRP発音は /ˈhærəs/ だが,1970年代からイギリスでも /həˈræs/ が聞かれるようになってきたという.イギリスでも若年層でアメリカ型の /həˈræs/ が増えてきていることを考えると,RP型発音が駆逐されるのも時間の問題ということだろう.
先日,京都大学で開かれた英語史研究会の懇親会の場で Glasgow から来られた Jennifer Smith 先生と Jonathan Hope 先生と話していて harass(ment) がどうのこうのという話題になった(すでに半分酔っていたのでどんな文脈だったか失念した).しかし,お二方ともRP型の /ˈhærəs/ で発音していたことを覚えている.実際に後で確認してみたら,やはり /ˈhærəs/ だった.確かに研究者とRPとは結びつきやすいのかもしれないが,RPとそれ以外というのはかなり大雑把な分け方であるし,両先生はそれぞれスコットランドと北部イングランドのご出身ということなので地域差も関与しているかもしれない.また,年齢がパラメータの一つであることも上のグラフから明らかである.最終的には個人レベルの選択ということになるのだろう.
日本語では「ハラスメント」と「ラ」にアクセントを置くので,この英単語の発音を覚えるときに学習者はアメリカ型に第2音節にアクセントを置くことが多いのだろうか.それとも,RP型に「ゲルマンぽく」第1音節にアクセントを置くことが多いのだろうか.第二言語習得論の話題としても興味深そうだ.
私個人としてはアメリカ型の /həˈræs/ で覚えていた.controversy もアメリカ型に /ˈkɑːntrəvɜːsi/ として覚えていたので,なんだかアメリカづいてるらしいぞ・・・.
・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.
電子辞書はもちろんのこと,今ではWeb上で利用できる英語辞書も数え切れないほど出ており,紙の辞書を引く時代に育ったものとしては驚きの世の中になった.あまたあるWeb辞書のなかでも,個人的に使う機会の多い英英辞書が Dictionary.com である.複数の辞書を横断しての「串刺し検索」が可能である.また,簡便な語源情報が "Word Origin & History" という項で得られるので,これだけのために参照することもある.語源と例文が特に有用なので,私は毎日ランダムに単語情報を自動配信してくれるサービス "Word of the Day" にも登録している.
もっとも,語源情報だけを参照したいのであれば,"Word Origin & History" の提供元である Online Etymology Dictionary を直接検索するのがはやい.(c) 2001-2010 Douglas Harper による英語語源のサイトで,簡単便利.これだけでも十分に簡単便利なのだが「辞書の雑多な情報はいらない,とりあえず語源情報だけを今すぐ欲しい,早く早く!」という(私だけの?)喫緊のニーズに対応し,一発スクリプトを作って使っている.特に初出年やどの言語から来ているかを即座に知りたいときに重宝している.
そのスクリプトのCGI版を以下に作ってみた.単に Online Etymology Dictionary の検索結果から語源記述の部分をぬきだすだけのもの.電子検索が可能になると,どんどん面倒くさがりになってゆく・・・.
古ノルド語の英語への影響については,いくつか過去の記事で話題にした ( see old_norse ).今回は,日本の英語学にも多大な影響を与えたデンマークの学者 Otto Jespersen (1860--1943) の評を紹介する.北欧語の英語への影響が端的かつ印象的に表現されている.
Just as it is impossible to speak or write in English about higher intellectual or emotional subjects or about fashionable mundane matters without drawing largely upon the French (and Latin) elements, in the same manner Scandinavian words will crop up together with the Anglo-Saxon ones in any conversation on the thousand nothings of daily life or on the five or six things of paramount importance to high and low alike. An Englishman cannot thrive or be ill or die without Scandinavian words; they are to the language what bread and eggs are to the daily fare. (74)
"popular passage" かどうかは微妙だが,複数の文献で引用されている記憶がある.実際,私も説明の際によく引き合いに出す.
Jespersen 自身が北欧人ということもあって,出典の Growth and Structure of the English Language では北欧語の扱いが手厚い.しかし,本書では北欧語だけでなく諸外国語が英語に与えた影響の全般について,説明が丁寧で詳しい.外面史と英語語彙という点に関心がある人には,まずはこの一冊と推薦できるほどにたいへん良質な英語史の古典である.
イギリス留学中は安くあがるトースト・エッグで朝食をすませていたこともあった.bread にせよ egg にせよ,語源は英語でなく古ノルド語にあったわけである.対応する本来語は,それぞれ古英語の形で hlāf ( > PDE loaf ) と ǣg だったが,ヴァイキングの襲来に伴う言語接触とそれ以降の長い歴史の果てに,現代標準語では古ノルド語の対応語 bread と egg が使われるようになっている.(だが,正確にいうと bread につらなる古英語の単語 brēad が「小片」の意で存在していた.「パン」の意味は対応する北欧語の brauð に由来するとされ,少なくとも意味の上での影響があったことは確からしい.)
bread については[2009-05-21-1]を,egg については[2010-03-30-1]を参照.
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
[2010-03-12-1]の記事で英語話者人口の「銀杏の葉モデル」を提起したときにも示唆したが,中英語期から近代英語期に移り変わる1500年頃をもって,一見したところ英語史の主要な部分が終焉したかのような印象がある.もっとも,私の関心は特に初期中英語辺りの時代であり,この印象はその視野の偏狭さからくる不当な印象だろうとも疑っている.実際,近年の英語史研究では電子テキストが入手可能になってきた関係で,近代英語期以降の研究もますます盛り上がってきている.その勢いと将来性という点で,私も魅せられるところがある.
しかし,上述の印象は必ずしも理由なきものではない.思いついた理由をいくつか掲げてみたい.
(1) 言語としての型を変えるほどの大変化(総合から分析へのシフト)が中英語期以前に起こっており,それと比較すると近代英語期以降の言語変化は小さいものに見えてしまうのも仕方がない.(←しかし,英語史上のもう一つの大変化である大母音推移は,十分に近代英語期にまで食い込んでいるという指摘はありうる.)
(2) 英語にとりわけ深く影響を与えた古ノルド語とフランス語の影響が,やはり中英語期以前に起こっており,その他の言語接触は本質的でないように見える.(←近代英語期のラテン借用や世界の言語からの影響をどう評価するかにより,異論はありうる.)
(3) 近代英語期以降の研究は,change ( diachronic ) よりも variation ( synchronic, geographic, sociolinguistic ) に焦点を当てる傾向がある.より正確には,各テキストの背景状況が記録されていることが多いこともあり,variation に焦点を当てやすいという事情がある.それゆえに,diachronic な研究であったとしても,diachronic な観点が他の観点によって相対的に薄められるということがあるのかもしれない.
(4) 現代英語そのものが歴史的な存在というよりも地理的な広がりとして存在するという,近年の World Englishes 的な考え方に後押しされて,その地理的な拡大の契機を作った近代英語期あたりから現在までが一つの epoch であるという捉え方が存在する.
Svartvik and Leech を読んでいて,この印象が私だけのものではないということもはっきりした.上記と主旨が重複するものもあるが,三点を引用によって示したい.いずれも,"The 'End of History'?" ( 65--67 ) なる節からの引用である.
. . . the essential ingredients of present-day English had already been determined by 1800. Unlike previous centuries, the nineteenth and twentieth centuries brought no new influences to compare with the profound impact of Old Norse, Norman French, Latin and Greek. (65)
. . . English has moved from being a language mainly under the influence of others to a language which influences others. All around the world, as we will see in Chapter 12, English is impacting on other languages. In the worldwide commerce of vocabulary, English is now primarily a creditor language, not a debtor one. (66)
. . . the last 250 years have seen less dramatic changes in the standard language than occurred in earlier times. . . . The language has not been 'fixed', but it has been codified. (67)
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.
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