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最終更新時間: 2020-01-17 20:56

2019-12-15 Sun

#3884. 文字解読の「2経路」の対比 [spelling][grammatology][alphabet][reading][writing][psycholinguistics][kanji][frequency]

 「#3881. 文字読解の「2経路モデル」」 ([2019-12-12-1]) の記事でみたように,文字解読には「音韻ルート」 (phonological route) と「語ルート」 (lexical route) の2経路があると想定されている.典型的には各々アルファベットと漢字(訓読み)に結びつけるのが分かりやすいが,アルファベットで綴られた単語が語ルートで読解されることもあれば,形声文字の漢字が音韻ルートで読解されることもあり得るので,そう単純ではない.Cook (25) は,2つのルートを以下のように対比している.

 Phonological routeLexical route
Converts written unitsTo phonemesTo meanings
Also known asAssembled phonologyAddressed phonology
NeedsMental rulesMental lexicon of items
Works byCorrespondence rulesMatching
Can handleAny novel combinationOnly familiar symbols
Used withAny wordsHigh frequency words


 最後の2行の指摘が興味深い.語ルートは,すでに知っている語,とりわけ頻度の高い語と相性がよいという点だ.逆にいえば,未知の語や低頻度の語とは相性が悪いということだ.確かに漢字は先に学んでいない限り読むことはできないし,低頻度の漢字はなかなか定着しないので読み書きも忘れがちである.一方,アルファベットで書かれた語は,たとえ未知で意味不明であっても,およそ読むことはできる.また,アルファベットで書かれているとはいえ,thevery などの高頻度語は,おそらく語ルートで読解されているだろう.
 算術に喩えれば,音韻ルートは筆算して答えを得ることに,語ルートは暗記しているかけ算九九で直接解答にアクセスすることに相当するといったらよいだろうか.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

Referrer (Inside): [2019-12-18-1]

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2019-12-12 Thu

#3881. 文字読解の「2経路モデル」 [orthography][spelling][grammatology][alphabet][reading][writing][psycholinguistics][kanji]

 日本語(特に漢字)を読んでいるのと英語を読んでいるのとでは,何かモードが異なるような感覚をずっともっていた.異なる言語だから異なるモードで読んでいるのだといえばそうなのだろうが,それとは別の何かがあるような気がする.さらされているのが表語文字か表音文字かという違いが関与しているに違いない.この違和感を理論的に説明してくれると思われるのが,文字読解の「2経路モデル」 ('dual-route' model) である.これ自体が心理学上の仮説(ときに「標準モデル」とも)とはいえ,しっくりくるところがある.
 表音文字であるローマン・アルファベットで表記される英語を読んでいるとき,目に飛び込んでくる文字上の1音1音に意識が向くことは確かに多いが,必ずしもそうではないことも多い.どうやら音を意識する「音韻ルート」 (phonological route) と語を意識する「語ルート」 (lexical route) が別々に存在しており,読者は場合によっていずれかのルートのみ,場合によって両方のルートを用いて読解を行なっているということらしい.以下に「2経路モデル」の図を示そう(Cook 17 より).

                                                     ┌────────────┐
                                                     │   Phonological route   │
                                                     │                        │
                                             ┌──→│Converting 'letters' to │───┐
                     ┌───────┐      │      │Phonemes with a small   │      │
    Reading          │   Working    │───┘      │      set of rules      │      └───→
    written ───→ │out 'letters' │              └────────────┘                  Saying words aloud
     words           │ and 'words'  │───┐      ┌────────────┐      ┌───→
                     └───────┘      │      │     Lexical route      │      │
                                             └──→│                        │───┘
                                                     │Looking up 'words' in a │
                                                     │ large mental lexicon   │
                                                     └────────────┘

 tip という単語を読むときに経由する「音韻ルート」を考えてみよう.読者は <t>, <i>, <p> の文字を認識すると,各々を /t/, /ɪ/, /p/ という音素に変換し,その順番で並んだ /tɪp/ という音韻出力を得る.この場合の対応規則はきわめて単純だが,<th> であれば /θ/ に,<dge> であれば /ʤ/ に変換する必要があるなど,しばしば込み入った対応規則の適用も要求される.
 一方,% という記号を読むときに経由する「語ルート」を考えてみよう.% に直接に音を表わす要素は含まれていないので,読者はこの記号が percent /pəsent/ という語に対応していることをあらかじめ知っていなければならない.熟練した読者は脳内に膨大な記憶辞書 (mental lexicon) をもっており,そこには語彙の情報(発音,意味,形態変化,共起語など)がぎっしり詰まっているとされる.このような読者は % の記号を目にすると,それを記憶辞書に格納されている percent というエントリーに直接結びつけ,読解していると想定される.% などの記号や漢字のような文字は,原則として「音韻ルート」は経由せず「語ルート」経由のみで理解されているものと思われる.
 先の tip の場合はどうだろうか.確かに「音韻ルート」を経由していると思われるが,「先端」という意味やその他の発音以外の情報を取り出すには,やはりどこかの段階で記憶辞書へアクセスしていなければならない.つまり「語ルート」も経由しているに違いないのである.
 ここから,漢字を読むときには主として「語ルート」のみを通り,英語を読むときには「音韻ルート」と「語ルート」の両方を通っていることが想定される.各々を読むときにモードが異なるように感じるのは,経由するルートの種類と数の違いに起因する可能性が高いということだ.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

Referrer (Inside): [2019-12-15-1]

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2018-07-20 Fri

#3371. 初期近代英語の社会変化は英語の語彙と文法にどのような影響を及ぼしたか? [emode][renaissance][printing][speed_of_change][lexicology][grammar][reading][historiography]

 近代英語期の始まる16世紀には,その後の英語の歴史に影響を与える数々の社会変化が生じた.「#1407. 初期近代英語期の3つの問題」 ([2013-03-04-1]) で紹介したとおり,Baugh and Cable (§156)は以下の5点を挙げている.

 1. the printing press
 2. the rapid spread of popular education
 3. the increased communication and means of communication
 4. the growth of specialized knowledge
 5. the emergence of various forms of self-consciousness about language

 これらの要因は,しばしば相重なって,英語の文法と語彙に間接的ながらも遠大な影響を及ぼすことになった.Baugh and Cable (§157, pp. 200--01) によれば,この影響力は急進的でもあり,同時に保守的でもあったという.どういうことかといえば,語彙については急進的であり,文法については保守的であったということだ.

A radical force is defined as anything that promotes change in language; conservative forces tend to preserve the existing status. Now it is obvious that the printing press, the reading habit, the advances of learning and science, and all forms of communication are favorable to the spread of ideas and stimulating to the growth of the vocabulary, while these same agencies, together with social consciousness . . . work actively toward the promotion and maintenance of a standard, especially in grammar and usage. . . . We shall accordingly be prepared to find that in modern times, changes in grammar have been relatively slight and changes in vocabulary extensive. This is just the reverse of what was true in the Middle English period. Then the changes in grammar were revolutionary, but, apart from the special effects of the Norman Conquest, those in vocabulary were not so great.


 なるほど,近代的な社会条件は,開かれた部門である語彙に対しては,むしろ増加を促すものだろうし,閉じた部門である文法に対しては規範的な圧力を加える方向に作用するだろう(「近代的な」を「現代的な」と読み替えてもそのまま当てはまりそうなので,私たちには分かりやすい).
 この引用でおもしろいのは,最後に近代英語期を中英語期と対比しているところだ.中英語では,上記のような諸条件がなかったために,むしろ語彙に関して保守的であり,文法に関して急進的だったと述べられている.「ノルマン征服によるフランス語の特別な影響を除いては」というところが鋭い.中英語の語彙事情としては,すぐにフランス語からの大量の借用語が思い浮かび,決して「保守的」とはいえないはずだが,それはあまりに特殊な事情であるとして脇に置いておけば,確かに上記の観察はおよそ当たっているように思われる.Baugh and Cable は,具体的・個別的な歴史記述・分析に定評があるが,ところどろこに今回のように説明の一般化を試みるケースもあり,何度読んでも発見がある.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2013-11-07 Thu

#1655. 耳で読むのか目で読むのか [reading][writing][grammatology]

 人が書き言葉を読んで理解するとき,そこでは何が起こっているのか.1つの説として,発音を再現する過程を経て,音韻を仲立ち (phonic mediation) として読んでいるとする「耳で読む」説 (reading by ear; bottom-up theory; Phoenician theory) がある.一方,音韻の仲立ちはなく,文字が直接に意味に連結しているとする「目で読む」説 (reading by eye; top-down theory, Chinese theory) がある.後者によると,読者は言語の知識と経験を頼りに,言語内外に関する情報を補いながら文字列を読み解くのだという.数々の実験がなされているが,どちらの説がより有効かを決定づける結果は出ていない.各説にとって有利な結果も不利な結果もあり,決め手がないようである.Crystal (124--26) を参照しつつ,以下にそれぞれの論拠をまとめよう.

[ reading by ear を支持する論拠 ]

 (1) 読者は1分間に約250語を,10--20ミリ秒で1文字を認識する.この速度は自然な発話とおよそ合致し,音韻の仲立ちを示唆する.
 (2) 書き言葉には,読者にとって未知の,非常に低頻度の語が現れやすく,読者はそれらの語の各々について音韻的な解読を強いられることになる.長く難しい単語を音節に区切って発音してみる経験は,誰しも持っているだろう.
 (3) 難しい文章を読むとき,読者はしばしば唇を動かす.たとえ発音に至らないとしても,これは音韻の関与があることを示唆するのではないか.
 (4) 手書きや活字の字体や書体には相当な変異があるが,読者はそれに対応することができる.これを説明するのに,目ですべての変異を識別していると想定するのは難がある.むしろ,読者は文字の変異を音韻レベルで統一させることによってこの問題に対応しているのではないか.
 (5) 「目で読む」説では,各語がその正書法的表現と結びつけられた状態で脳に格納されていると考えなければならないが,それは脳にとって相当な負担となるのではないか.

[ reading by eye を支持する論拠 ]

 (5) 読者は twotoo のような同音異綴語に惑わされないし,tear /tɪə/ と tear /tɛə/ のような同綴異音語にも惑わされない.音韻を介する説では,このことは説明しえない.
 (6) 音韻的失語症患者のなかには,文字を音韻へは変換できないが,語を読んで理解できる者がいる.これは,目から意味へ直接につながる経路が存在していることを意味する.
 (7) 上記 (1) に反して,1分間に500語以上を読む速読家がいる.「目で読む」説では,目で500語以上をとらえていると解釈すれば事足りる.
 (8) 読者は文字単位ではなく語単位でのほうが速く認識でき,実際にそのように読んでいる.これは,the word superiority effect と呼ばれている.
 (9) 綴字と発音の乖離,すなわち正書法と音韻論が関連していない例が多数ある.認識においても,両者は関係していないのではないか.
 (10) でっちあげた無意味語よりも実際に存在する語のほうが認識が容易であることから示唆されるように,音韻過程より高次元の過程があると考えられる.

 両説の組み合わせに真実がありそうである.読者は,書き言葉を解読する際に,耳も使っているし,目も使っている.その割合は,読解作業の種類によっても,読者の読む能力によっても異なるだろう.しかし,何よりも文字体系の種類によって大きく異なるのではないか.上記の論拠は,主としてアルファベットで書かれた文章を読むことに関する論拠だが,漢字などの非表音文字の場合には状況はかなり異なるだろう.
 表語文字 (logographic) である漢字を日常的に読む日本語の読み手としては,音読できないが意味は分かる漢熟語に遭遇することは日常茶飯事だし,「日本」が /にほん/ か /にっぽん/ か,「明日」が /あした/ か /あす/ かなど,発音はどうであれ読み飛ばすことはしばしばである.直感的にっても,このような場合には音韻を介しているとは思えない.鈴木 (195) が,書き言葉の観点から世界の多くの言語が「ラジオ型」言語であるのに対して日本語は「テレビ型」言語であると述べたが,書き言葉の「型」によって,読者の耳と目の戦略的バランスは相当に変わるのではないだろうか.
 関連して「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]) を参照.英語史的には,「#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差」 ([2012-12-19-1]) も関わってくるだろう.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
 ・ 鈴木 孝夫 『日本語と外国語』 岩波書店,1990年.

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