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calligraphy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-22 09:31

2020-05-23 Sat

#4044. なぜ活字体とブロック体の小文字 <a> の字形は違うのですか? [sobokunagimon][alphabet][writing][calligraphy][a][g]

 本年度より英語の教員となったゼミの卒業生から,標記の素朴な疑問をもらっていました.中学1年生にアルファベットの書き方を教えるに当たって,第1文字から早速ハテナが飛ぶ敏感な生徒もいるのではないか,という問題意識からだと思います.私も深く考えたことはありませんでしたが,以下のような書き方練習のドリルを見てみると,確かに,とうなずける問いです.上段が(印刷用の)活字体,下段が(手書き用の)ブロック体です.

How to Write <a> and <g>

 小文字 <a> の字形について,活字体では上部に左向きの閉じていない半ループがみえる <<a>> ("open a") が,ブロック体では円の形に近い <<ɑ>> ("closed a") がそれぞれ用いられます.
 ついでにいえば,右端にみえる小文字 <g> についても2つの異なる字形が確認されます.活字体では下のループが閉じた <<g>> ("closed g") となり,ブロック体では下のループの開いている <<ɡ>> ("open g") となります.
 他の24文字の小文字については活字体とブロック体の字形にさほど大きな違いはありませんが,この <a> と <g> に関しては看過できない差がみられます.なぜこの2文字には妙な差異が観察されるのでしょうか.
 端的に答えれば,それはもととなった書体が異なるからです.活字体の <<a>> は,Roman uncial と呼ばれる書体に端を発し,8世紀のシャルルマーニュの教育改革に際して生み出された Carolingian minuscule と呼ばれる書体を経由して現代に受け継がれた字体です.一方,ブロック体の <<ɑ>> は italic と呼ばれる,中世から近代にかけて生じた別の書体における字形に由来します.
 では,活字体はすべて Carolingian minuscule の流れを,ブロック体はすべて italic の流れを汲んでいるかといえば,そうでもありません.<g> についていえば,今度は活字体の <<g>> のほうがむしろ italic の系列に連なり,ブロック体の <<ɡ>> のほうが Carolingian minuscule の字形に近いのです.
 活字体,ブロック体,筆記体やコンピュータ上のフォントなど,現代のアルファベットには様々な書体があります.それぞれの書体のたどってきた歴史は非常に複雑で,複数の書体が混じったものや,複数の書体の中間的なものなど,その系譜をまとめようとするとなかなか家系図のように綺麗にはいきません.本格的に作図しようとすれば,ある文字の字形はこっちから,別の文字の字形はあっちから,というような複雑なネットワーク図になるでしょう.活字体やブロック体についても,全体としておおまかな系統はたどれるにせよ,英語アルファベットを構成する26文字の個々の字形については,ときに個別に系統を探る必要が生じるのです.
 上記は「#3668. なぜ大文字と小文字の字形で異なるものがあるのですか?」 ([2019-05-13-1]) で展開した議論とほとんど同じです.大文字と小文字で字形の異なる文字がいくつかありますが,これももととなった書体の差異に由来します.歴史的にみれば <<A>>, <<a>> , <<ɑ>> は3つの異なる書体に由来し,<<G>>, <<g>>, <<ɡ>> も同様に3つの異なる書体に由来するということになります(特に <g> のたどった歴史は複雑です.g の記事を参照).
 漢字に喩えると分かりやすいでしょうか.「令和」の最初の文字「令」は,楷書体などの主として活字用の書体では最終画が真下に伸びますが,国語の授業で習う手書き用の書体では最終画は斜めとなり,片仮名の「マ」のようになります.属する書体が異なり,辿ってきた歴史が異なるからこそ,字形が多少なりとも異なっているということです.
 だとすれば,当初の発問を逆転させて,「なぜ他の24文字については活字体とブロック体の字形が似ているのか」と問い直すほうが,もしかしたらベターなのかもしれません.漢字などに比べればローマ字は単純な幾何学的な字形を示すため,歴史上数々の書体が生み出されてきた過程において字形に何らかの「ひねり」や「変形」が加えられたとしても,認識できないほど異なる字形に変化してしまうことは少なかったのでしょう.異なる書体でも結果としておよそ似ている文字が多いのは,このような事情があったためではないでしょうか.
 関連して次の記事もご参照ください.

 ・ 「#1309. 大文字と小文字」 ([2012-11-26-1])
 ・ 「#3714. 活字体(ブロック体)と筆記体」 ([2019-06-28-1])
 ・ 「#3674. Harris のカリグラフィ本の目次」 ([2019-05-19-1])
 ・ 「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1])
 ・ 「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1])
 ・ 「#2498. yogh の文字」 ([2016-02-28-1])

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2019-05-19 Sun

#3674. Harris のカリグラフィ本の目次 [toc][review][calligraphy][alphabet][writing][history]

 Harris 著,ローマン・アルファベットの書体に関するイラスト本 The Art of Calligraphy は眺めていて飽きない.歴史上の様々な書体が,豊富な写本写真や筆による実例をもって紹介される.文字や筆記用具に関する蘊蓄も満載.
 本書の目次がそのままローマン・アルファベットの書体の歴史となっているので,以下に再現しておこう.

Introduction
   The Development of Western Script
   Script Timeline
   Getting Started
Roman & Late Roman Scripts
   Rustic Capitals
   Square Capitals
   Uncial & Artificial Uncial
Insular & National Scripts
   Insular Majuscule
   Insular Minuscule
Caroline & Early Gothic Scripts
   Caroline Minuscule
   Foundational Hand
   Early Gothic
Gothic Scripts
   Textura Quadrata
   Textura Prescisus
   Gothic Capitals & Versals
   Lombardic Capitals
   Bastard Secretary
   Bâtarde
   Fraktur & Schwabacher
   Bastard Capitals
   Cadels
Italian & Humanist Scripts
   Rotunda
   Rotunda Capitals
   Humanist Minuscule
   Italic
   Humanist & Italic Capitals
   Italic Swash Capitals
Post-Renaissance Scripts
   Copperplate
   Copperplate Capitals
Roman & Late Roman Scripts
   Imperial Capitals
Script Reference Chart
Glossary
Bibliography
Index & Acknowledgments


 ・ Harris, David. The Art of Calligraphy. London: Dorling Kindersley, 1995.

Referrer (Inside): [2020-05-23-1] [2019-06-28-1]

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2019-05-13 Mon

#3668. なぜ大文字と小文字の字形で異なるものがあるのですか? [sobokunagimon][alphabet][writing][calligraphy][capitalisation]

 標題は非常によく出される素朴な疑問です.ローマン・アルファベットの大文字・小文字の字形には,<C, c>, <K, k>, <O, o>, <P, p>, <S, s>, <U, u>, <V, v>, <W, w>, <X, x>, <Z, z> のようにほぼ相似形のものがあります.これらは分かりやすく学習も容易です.しかし,一方で <A, a>, <B, b>, <D, d>, <E, e>, <F, f>, <G, g>, <H, h>, <I, i>, <J, j>, <L, l>, <M, m>, <N, n>, <Q, q>, <R, r>, <T, t>, <Y, y> のように相似形でないものもあります.相似形でないばかりか,相当かけ離れているペアもあります.たとえば <D, d> などはループの向きが左右逆です.なぜこのような似ていない大文字・小文字のペアがあるのでしょうか.
 「#1309. 大文字と小文字」 ([2012-11-26-1]) で大文字と小文字の略史を記しましたが,ざっくりまとめれば次のようになります.まず,ローマ時代には大文字のみが存在しました.碑文として彫られた格調高い Imperial capitals が,その代表的な書体です.その後,ローマ帝国が崩壊し,時代が中世に移り変わると,各国で様々な草書体が生み出されました.早書きに耐える実用的な書体が求められたためです.実用的な書体の字は,いきおい小型化します.これが小文字の起源です.
 漢字の楷書体,行書体,草書体を思い浮かべてみればわかると思いますが,草書体化が進むと,元の字形から著しくかけ離れていくのが普通であり,相似していることはむしろ稀です.ローマン・アルファベットでもそれは同じことで,各国・各時代において草書体化や書体の派生が重なり,結果としてしばしば元の大文字とは見映えが異なる小文字が成立することになりました.中世の代表的な小文字の書体は,781--90年のシャルルマーニュの教育改革に際して生み出された Carolingian minuscule という書体です.
 さて,時代がルネサンスに入ると,イタリアで新時代にふさわしい書体を採用しようという動きが起こります.古典にあこがれていたルネサンス期の人々は,大文字には古代ローマの威厳を体現する Imperial capitals を採用しました.しかし,小文字については,ローマ時代には前述のとおりそれが存在しなかったため,中世の代表的な小文字書体である Carolingian minuscule を採用することにしました.Carolingian minuscule も,いってみれば Imperial capitals からの派生書体の1つといえますが,数世紀にわたる草書体化を繰り返した果ての姿ですから,当然ながら Imperial capitals の字形とはそれなりに異なったものになってしまっていました.この Imperial capitals (大文字)と Carolingian minuscule (小文字)のペアが,初期近代期にイタリア以外にも広がり,現代のローマン・アルファベットの標準的な書体となったのです.
 標題の素朴な疑問に立ち戻りましょう.上記のような経緯で現在の大文字と小文字のセットが定まってきたことを考えれば,両者の字形がきれいな相似形となることは,むしろ稀なことだとわかります(冒頭に挙げたように,実際に相似字形のペアは少数派です).ただし,漢字に比べればローマン・アルファベットは単純な幾何学的字形なので,形が崩れたとしても,そこそこ相似的にとどまる傾向もあるのだろうとは思います.
 標題の疑問は,「なぜ大文字と小文字の字体で同じものがあるのですか?」と問い直すほうが妥当かもしれません.

Referrer (Inside): [2020-05-23-1] [2019-05-22-1]

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2012-11-26 Mon

#1309. 大文字と小文字 [punctuation][alphabet][writing][hiragana][calligraphy][capitalisation]

 なぜアルファベットには大文字 (capital letters, uppercase letters) と小文字 (small letters, lowercase letters) があるのか.
 まず,アルファベットは大文字書体 (majuscule) として発達してきたという歴史がある.これは2本の平行線の間に納まる書体で,古代ローマでは,石に彫るのに用いられた荘重な square capital や,本に用いるより滑らかな rustic capital などが行なわれた.しかし,これらの書体は7世紀後半には廃れる.一方,4世紀より現われていた,より書きやすい各種の筆記体 (cursive) 版の大文字書体が隆盛してきた.このなかで最もよく用いられたのが円みのある手写体であるアンシャル書体 (uncial) だ.ここから,イギリス諸島でよく用いられることになる half-uncial が発達した.上記はいずれも大文字書体ではあるが,特に最後に挙げたアンシャル書体の変種から,中世の小文字書体 (minuscule) が発達することになった.
 小文字書体は,2本の平行線の上下にはみだす文字があるのが特徴である.アンシャル書体から生まれたカロリング書体は,781--90年のシャルルマーニュの教育改革に際してヨーク出身の Alcuin (c732--804) が聖書の書写のために発達させたものであり,その美しさと読みやすさは好評を博した.その後継として10--15世紀に広く用いられた小文字書体が,北欧で起こったゴシック書体 (Gothic) である.
 小文字書体が発達してからは,大文字書体は文頭に用いるなどの句読法的な機能や装飾的な機能へと特化してゆく.しかし,現代のような大文字使用の慣用が一般的になるのは中世後半になってからであり,規範として確立するのは1800年くらいである.
 小文字発生の歴史は,文字の書きやすさと読みやすさの追究の歴史だったといえる.真仮名(漢字)を草書化して草仮名を発展させ,さらに仮名を生み出した日本語書体の歴史とも比較されよう.
 関連して,「#583. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった」 ([2010-12-01-1]) を参照.

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