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metonymy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-10-01 05:19

2020-09-11 Fri

#4155. シネクドキー(提喩)とメトニミー(換喩) [synecdoche][metonymy][rhetoric][semantics][semantic_change][cognitive_linguistics][terminology]

 標題の2つの「言葉のあや」あるいは意味論上の過程は,古来さまざまに定義され,論じられてきたが,しばしば混同されてきた.
 『新編 認知言語学キーワード事典』によると,「提喩」と訳されるシネクドキー (synecdoche) は,「包含関係(類と種の関係)に基づいて転義(意味のズレ)が起こる比喩で,上位概念で下位概念を指したり,下位概念で上位概念を指すものを言う」 (238) とある.典型例として,以下のようなものがある.

 ・ 花見に行った.
 ・ 空から白いものが降ってきた.
 ・ 頭に白いものが目立ってきた.
 ・ John would have a drink with his wife.

 ・ 今晩のご飯は何ですか.
 ・ 喫茶店でお茶でも飲もう.
 ・ One has to earn one's bread.

 シネクドキーとは何か,これで分かったような気がするものの,それと「換喩」と訳されるメトニミー (metonymy) との区別が厄介な問題である.実際,両者はしばしば混同されてきた.同事典 (239) より,この区別について解説している箇所を引用しよう.

提喩と換喩は,〈全体と部分の関係〉と〈類と種の関係〉に関して,研究史上,しばしば混乱が見られ,グループμ (Le groupe μ 1970) などは,〈全体と部分の関係 (a part of whole)〉と〈類と種の関係 (a kind of class)〉を正しく区別したにもかかわらず,両者を提喩として一括してしまった.こうした先行研究への批判をふまえて,佐藤信夫 (1978[1992]) は,一連の研究で,〈全体と部分の関係〉を提喩から切り離して換喩とし,〈類と種の関係〉に基づく比喩だけを提喩と扱う考え方を示した.実際,換喩は,全体 A と部分 a の関係において,部分 a は A の一部であって,a だけで A にはならない.例えば,「恩師のところに顔を見せに行く」と言うとき,部分としての「顔」が全体としての「人間」を指すが,「顔」は,それ自体では「人間」ではない.これに対し,提喩は,上位概念 B と下位概念 b の関係において,b は,すでに1つの B にあたる.例えば,「喫茶店でお茶を飲む」において「お茶」が「飲み物」を指すとき,「お茶」も,それ自体「飲み物」であって,この点で,全体と部分の関係と,類と種の関係は,本質的に異なる.こうした観点から見ても,〈全体と部分の関係〉に基づく比喩を換喩とし,〈類と種の関係〉に基づく比喩を提喩として両者を区別することは,妥当なものと言ってよい.


 次に,瀬戸を参照した「#2191. レトリックのまとめ」 ([2015-04-27-1]) で紹介したシネクドキーとメトニミーの定義と事例を挙げよう.

名称別名説明
提喩シネクドキ (synecdoche)「天気」で「いい天気」を意味する場合があるように、類と種の間の関係にもとづいて意味範囲を伸縮させる表現法。熱がある。焼き鳥。花見に行く。
換喩メトニミー (metonymy)「赤ずきん」が「赤ずきんちゃん」を指すように、世界の中でのものとものの隣接関係にもとづいて指示を横すべりさせる表現法。鍋が煮える。春雨やものがたりゆく蓑と傘。


 以上より,シネクドキーは類と種の関係,メトニミーは全体と部分の関係を含む広い隣接関係を表わすと理解することができる.
 しかし,『新英語学辞典』 (1221) より synecdoche の項目をみてみると,様子が異なる.

synecdoche (← Gk sunekdokhḗ receiving together) 〔修〕(提喩) 換喩 (METONYMY) の一種.部分または特殊なものを示す語句によって全体または一般的なものを表わすこと.部分で全体を表わすことを特に part for whole, L pars prō tōtō ということがある.blade (= sword), hand (= workman), rhyme (= poetry), roof (= house), sail (= ship), seven summers (= seven years) .


 ここではシネクドキーはメトニミーの一種ということになっており,しかも前者は全体と部分の関係を表わすという.『新英語学辞典』 (1221) からの引用をさらに続けよう.

現在は主に上記の意味に用いられているが,本来はもっと広い概念を有していた用語で,M. Joseph (1947a) はエリザベス朝の概念として上述のもの以外に次のようなものをあげている.(a) 全体で部分を指す (whole for part, L tōtum prō parte): creature (= man). (b) 種が属を表わす (species for genus): our daily bread (= food); gold (= wealth). (c) 全体を部分に分けて表現する分割表現 (L merismus, partītiō): They first undermined the ground-sills, they beat down the walls, they unfloored the lofts---Puttenham (= A house was outrageously plucked down). (d) 材料で製品を表わす: the marble (= the statue of marble). (e) 職業名で個人を指す換称 (antonomasia): the Bard (= Shakespeare). (f) その他,具象物で抽象物を,抽象物で具象物を表わす表現も提喩とみなすことができよう〔中略〕.


 うーむ,ここまでシネクドキーを拡大して解釈すると,メトニミーそのものになってしまうではないか.
 最後に McArthur (1014) より synecdoche の定義をみておこう.

In rhetoric, a figure of speech concerned with parts and wholes: (1) Where the part represents the whole: 'a hundred head of cattle' (each animal identified by head alone); 'All hands on deck' (the members of a ship's crew represented by their hands alone). (2) Where the whole represents the part: 'England lost to Australia in the last Test Match' (the countries standing for the teams representing them and taking a plural verb).


 『新英語学辞典』と同様,全体と部分の関係を基本とする定義が与えられている.混迷は深い.

 ・ 辻 幸夫(編) 『新編 認知言語学キーワード事典』 研究社.2013年.
 ・ 佐藤 信夫,佐々木 健一,松尾 大 『レトリック事典』 大修館,2006年.
 ・ 瀬戸 賢一 『日本語のレトリック』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2002年.
 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
 ・ Joseph, Sister Miriam, C. S. C. Shakespeare's Use of the Arts of Language. New York: Columbia UP, 1947.
 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: Oxford University Press, 1992.

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2020-07-17 Fri

#4099. sore の意味変化 [cognitive_linguistics][semantic_change][metaphor][metonymy][loan_word][french][prototype][polysemy]

 Geeraerts による,英語史と認知言語学 (cognitive_linguistics) のコラボを説く論考より.本来語 sore の歴史的な意味変化 (semantic_change) を題材にして,metaphor, metonymy, prototype などの認知言語学的な用語・概念と具体例が簡潔に導入されている.
 現代英語 sore の古英語形である sār は,当時よりすでに多義だった.しかし,古英語における同語の prototypical な語義は,頻度の上からも明らかに "bodily suffering" (肉体的苦しみ)だった.この語義を中心として,それをもたらす原因としての外科的な "bodily injury, wound" (傷)や内科的な "illness" (病気)の語義が,メトニミーにより発達していた.一方,"emotional suffering" (精神的苦しみ)の語義も,肉体から精神へのメタファーを通じて発達していた.このメタファーの背景には,語源的には無関係であるが形態的に類似する sorrow (古英語 sorg)との連想も作用していただろう.
 古英語 sār が示す上記の多義性は,以下の各々の語義での例文により示される (Geeraerts 622) .

(1) "bodily suffering"
   þisse sylfan wyrte syde to þa sar geliðigað (ca. 1000: Sax.Leechd. I.280)
   'With this same herb, the sore [of the teeth] calms widely'

(2) "bodily injury, wound"
   Wið wunda & wið cancor genim þas ilcan wyrte, lege to þam sare. Ne geþafað heo þæt sar furður wexe (ca. 1000: Sax.Leechd. I.134)
   'For wounds and cancer take the same herb, put it on to the sore. Do not allow the sore to increaase'

(3) "illness"
   þa þe on sare seoce lagun (ca. 900: Cynewulf Crist 1356)
   'Those who lay sick in sore'

(4) "emotional suffering"
   Mið ðæm mæstam sare his modes (ca. 888: K. Ælfred Boeth. vii. §2)
   'With the greatest sore of his spirit

 このように,古英語
sār'' は,あくまで (1) "bodily suffering" の語義を prototype としつつ,メトニミーやメタファーによって派生した (2) -- (4) の語義も周辺的に用いられていたという状況だった.ところが,続く初期中英語期の1297年に,まさに "bodily suffering" を意味する pain というフランス単語が借用されてくる.長らく同語義を担当していた本来語の sore は,この新参の pain によって守備範囲を奪われることになった.しかし,死語に追いやられたわけではない.prototypical な語義を (1) "bodily suffering" から (2) "bodily injury, would" へとシフトさせることにより延命したのである.そして,後者の語義こそが,現代英語 sore の prototype となった(他の語義が衰退し,この現代的な状況が明確に確立したのは近代英語期).

 ・ Geeraerts, Dirk. "Cognitive Linguistics." Chapter 59 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 618--29.

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2020-07-07 Tue

#4089. 老年は winter,若年は summer [analogy][semantic_change][metonymy][metaphor][conceptual_metaphor][antonymy]

 昨日の記事「#4088. 古英語で「年」を意味した winter」 ([2020-07-06-1]) のために周辺を調べていたら,現代英語のおもしろい表現に行き当たった.a girl of eighteen summers (芳紀18歳の娘),a child of ten summers (10歳の子供),a youth of twenty summers (20歳の青年)などである.
 古英語の winter は複数形で長い年月を表わすのに用いられるのが通常だった.そこから,an old man of eighty winters (八十路の老人)のような「老年」を表わす表現が生まれてきたわけである.昨日の記事では「年のなかの1季節である冬=年」という部分と全体のメトニミーが作用していることに触れたが,一方で「人生の winter =老年」というメタファーが存在することも間違いなさそうだ.すると,対比的に「人生の summer =若年」というメタファーが類推により生まれてくることも,さほど不可解ではない.summer は,部分と全体のメトニミーはそのままに,とりわけ若年を喚起する年・歳のメタファーとして新たに生じたのである.
 実際,OED の summer, n.1 and adj. の語義4によると「年,歳」を意味する用例の初出は,古英語ではなく,ずっと後の後期中英語である.初期の例とともに引用する.

4. In plural. With a numeral or other quantifier, as two summers, five summers, etc.: used to measure a duration or lapse of time containing the specified number of summers or years; esp. used to denote a person's age. Now chiefly literary and rhetorical.
   Frequently applied particularly to younger people, perhaps with intended contrast with WINTER n.1 2, although cf. e.g. quots. 1821, 2002 for application to older people.

c1400 (?c1380) Cleanness (1920) l. 1686 Þus he countes hym a kow þat watz a kyng ryche, Quyle seven syþez were overseyed someres, I trawe.
1573 T. Bedingfield tr. G. Cardano Comforte ii. sig. E.ii Wee maruaile at flees for theyr long life, if they liue two Sommers.
. . . .
a1616 W. Shakespeare Comedy of Errors (1623) i. i. 132 Fiue Sommers haue I spent in farthest Greece.


 若年を喚起する summer の用法は,したがって古英語以来の winter の用法を参照しつつ,メタファーとメトニミーと相関的類推作用 (correlative analogy) を通じて中英語期に作り出された刷新用法ということになる(相関的類推作用については「#1918. sharpflat」 ([2014-07-28-1]) を参照).多層的な概念メタファー (conceptual metaphor) の例でもある.
 ところで,この summerwinter との対比であるとすれば,季節としては「夏」と解釈してよいのだろうか.そのようにみえるが,実は「春」ではないかと考えている.というのは,「若年=人生の春」のほうが解釈しやすいし,何よりも「#1221. 季節語の歴史」 ([2012-08-30-1]),「#1438. Sumer is icumen in」 ([2013-04-04-1]) で見たように,歴史的には summer は夏ばかりでなく春をも指し得たからだ.冬の反意 (antonymy) は夏なのか,春なのか.そんなことも考えさせる話題である.

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2020-07-06 Mon

#4088. 古英語で「年」を意味した winter [oe][anglo-saxon_chronicle][popular_passage][metonymy][semantic_change]

 古英語の授業で,当時は winter が「冬」に加えて「年」を意味することがしばしばあったことに触れた.具体的には「#3317. The Anglo-Saxon Chronicle にみる Hengest と Horsa」 ([2018-05-27-1]) で引用した,件の年代記の449年の記述の第1文について解説していたときである.

Martiānus and Valentīnus . . . rīcsodon seofon winter. (= Martianus and Valentinus ruled seven years.)


 年代記ではこのように統治者の統治年数などがよく言及されるが,そのような場合,年を数えるのに winter という中性名詞がしばしば使われる.中性名詞の一部は複数主格・対格形が対応する単数の形態と同形となるため,この箇所でも「7年間」の意にもかかわらず形態は winter となっている(ここでは期間を表わす「副詞的対格」の用法で用いられている.cf. 「#783. 副詞 home は名詞の副詞的対格から」 ([2011-06-19-1])).現代英語の year の古英語形である ġēar (これも中性名詞で単複同形)が用いられることも多いが,winter も同様によく用いられるのである.
 「冬」をもって「年」を表わすという上記の事情を授業で説明したら,多くの学生から「詩的」「風情ありすぎ」など多くの反響があった.ということで,以下にもう少し詳しく解説しておきたい.
 確かに本来 winter は1年 (year) を構成する季節の1つにすぎない.しかし,寒冷な彼の地では,冬を越すことこそが1年を無事に過ごすことであり,越冬した回数をもって年や歳を数えるという慣習が発達したものと想像される.古ノルド語や古アイスランド語でも,案の定,事情は平行的である.気候と文化に基づいたメトニミーの好例といえる.
 「年」を意味する winter を用いた表現は,古英語から中英語を経て,近現代英語でも詩的あるいは古風な表現として健在である.いくつか挙げてみると,many winters ago (何年も前に),an old man of eighty winters (八十路の老人),pass two winters abroad (外国で2年過ごす)などとなる.
 中英語からの例は,MED winter (n.) より確認できるが,the age of fifti winter, fif-tene winter of age, o fif-tene winter elde, of eighte-tene winter age, the wei of five hundred winter, fourti winter, yeres and winteres など枚挙にいとまがない.
 なお,動詞 winter は中英語での発達だが「越冬する」を意味する.また,今では廃用となっている過去分詞形容詞 wintered は1600年頃まで「年老いた」の意味で用いられていた.さらに,イングランド北部やスコットランド方言に限られるようだが,現在でも2歳の牛・馬・羊を指して twinter (n., adj.) という言い方が残っている.
 日本語でも「幾星霜」と霜の降りる冬に引っかけた歳月の数え方がある.一方で「幾春秋を経る」という表現もある.言語によってどの季節を代表に取るかは異なり得るとしても,この種のメトニミーは通言語的に普通にみられるのだろう.
 関連して,季節を表わす語については「#1221. 季節語の歴史」 ([2012-08-30-1]) を参照.

Referrer (Inside): [2020-07-07-1]

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2020-04-08 Wed

#3999. want の英語史 --- 語源と意味変化 [semantics][semantic_change][etymology][old_norse][metonymy][loan_word]

 もしかすると英会話で最も頻出する表現は I want to . . . かもしれない.少なくともトラベル英会話では,少し丁寧な I'd like to . . . と並んで最重要表現の1つであることは間違いない.これさえ使いこなせれば最低限の用を足せるのではないかと思われるほどの基本表現である.実際「#2096. SUBTLEX-US Word Frequency List」 ([2015-01-22-1]) による語彙の頻度リストによれば,want はなんと62位である.超高頻度の単語といってよい.
 実はこの want という頻出語に注目するだけで,かなり多くのことを論じることができる.少々おおげさではあるが「want の英語史」を展開することが可能なのである.というわけで,今日から何回かにわたって「want の英語史」のシリーズをお届けする.初回となる今回は,want の語源と意味変化 (semantic_change) に注目する.
 want は語源的にいえばそもそも純粋な英単語ではない.これほど高頻度の単語が英語本来語でないというのは驚きだが,事実である.この動詞は古ノルド語 (old_norse) からの借用語だ(「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1]) を参照).古ノルド語の動詞 vanta (〜を欠いている)に由来するが,これ自体はゲルマン祖語の *wan-,さらには印欧祖語の * にさかのぼる.月の満ち欠けの「欠け」を意味する wane や,ラテン語 vānus (empty) に由来する vain もこの印欧語根を共有している.原義は「欠けている」である.
 古ノルド語の動詞 vanta が英語では wante(n) として受容されたが,その時期は1200年頃のことである.そこでの語義はやはり「欠いている」であり,ほぼ同時期に名詞として受け入れた際の語義も「欠乏」だった.つまり,当初は「欲する」の語義はなく,中英語期には専ら「欠いている」を意味するにとどまった.
 中英語期も終わりに近づいた15世紀後半に「必要である」の語義が生じた.欠けている大事なものがあれば,当然人はそれを必要とするからだ.この意味変化は,フランス語の il me faut (原義は「私には〜が欠けている」だが,「私には〜が必要だ」の意味で用いられる)にも類例がみられる.近代英語期に入ると,連動して名詞にも「必要」の語義が加わった.さらに続けて,あるものが必要となれば,人はそれを欲するのが道理だ.そこで「欲する」の語義がさらに付け加わわることになった.欠けていれば,それを必要とし,さらにそれを欲するようになるという連鎖は,きわめて自然な因果関係である.メトニミー (metonymy) による意味変化の例といってよい.
 ところで,この「欲する」という新しい語義での初出は OED によると1621年のことである.want to do に至っては初例が1698年である.さらに確かな例の出現ということでいえば,18世紀を待たなければならなかったといってよい.現在では超がつくほど頻度の高い語句となっているが,その歴史はおそらく300年ほどしかないということになる.何とも驚きの事実だ.

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2018-04-12 Thu

#3272. 文法化の2つのメカニズム [metaphor][metonymy][analogy][reanalysis][syntax][grammaticalisation][language_change][auxiliary_verb]

 文法化 (grammaticalisation) の典型例として,未来を表わす助動詞 be going to の発達がある (cf. 「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]),「#2106.「狭い」文法化と「広い」文法化」 ([2015-02-01-1]),「#2575. 言語変化の一方向性」 ([2016-05-15-1]) ) .この事例を用いて,文法化を含む統語意味論的な変化が,2つの軸に沿って,つまり2つのメカニズムによって発生し,進行することを示したのが,Hopper and Traugott (93) である.2つのメカニズムとは,syntagm, reanalysis, metonymy がタッグを組んで構成するメカニズムと,paradigm, analogy, metaphor からなるメカニズムである.以下の図を参照.

          --------------------------------------------------------------------------- Syntagmatic axis
                                                                                 Mechanism: reanalysis
                                                                                                 |
          Stage I          be                  going            [to visit Bill]                  |
                           PROG                Vdir             [Purp. clause]                   |
                                                                                                 |
          Stage II         [be going to]       visit Bill                                        |
                           TNS                 Vact                                              |
             (by syntactic reanalysis/metonymy)                                                  |
                                                                                                 |
          Stage III        [be going to]       like Bill                                         |
                           TNS                 V                                                 |
             (by analogy/metaphor)                                                               |
                                                                                     Paradigmatic axis
                                                                                    Mechanism: analogy

 Stage I は文法化する前の状態で,be going はあくまで「行っている」という字義通りの意味をなし,それに目的用法の不定詞 to visit Bill が付加していると解釈される段階である.
 Stage II にかけて,この表現が統合関係の軸 (syntagm) に沿って再分析 (reanalysis) される.隣接する語どうしの間での再分析なので,この過程にメトニミー (metonymy) の原理が働いていると考えられる.こうして,be going to は,今やこのまとまりによって未来という時制を標示する文法的要素と解釈されるに至る.
 Stage II にかけては,それまで visit のような行為の意味特性をもった動詞群しか受け付けなかった be going to 構文が,その他の動詞群をも受け入れるように拡大・発展していく.言い換えれば,適用範囲が,動詞語彙という連合関係の軸 (paradigm) に沿った類推 (analogy) によって拡がっていく.この過程にメタファー (metaphor) が関与していることは理解しやすいだろう.文法化は,このように第1メカニズムにより開始され,第2メカニズムにより拡大しつつ進行するということがわかる.
 文法化において2つのメカニズムが相補的に作用しているという上記の説明を,Hopper and Traugott (93) の記述により復習しておこう.

In summary, metonymic and metaphorical inferencing are comlementary, not mutually exclusive, processes at the pragmatic level that result from the dual mechanisms of reanalysis linked with the cognitive process of metonymy, and analogy linked with the cognitive process of metaphor. Being a widespread process, broad cross-domain metaphorical analogizing is one of the contexts within which grammaticalization operates, but many actual instances of grammaticalization show that conventionalizing of the conceptual metonymies that arise in the syntagmatic flow of speech is the prime motivation for reanalysis in the early stages.


 ・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2018-01-05 Fri

#3175. group thinking と tree thinking [history_of_linguistics][family_tree][methodology][metaphor][metonymy][diachrony][causation][language_change][comparative_linguistics][linguistic_area][contact][borrowing][variation][terminology][how_and_why][abduction]

 「#3162. 古因学」 ([2017-12-23-1]) や「#3172. シュライヒャーの系統図的発想はダーウィンからではなく比較文献学から」 ([2018-01-02-1]) で参照してきた三中によれば,人間の行なう物事の分類法は「分類思考」 (group thinking) と「系統樹思考」 (tree thinking) に大別されるという.横軸の類似性をもとに分類するやり方と縦軸の系統関係をもとに分類するものだ.三中 (107) はそれぞれに基づく科学を「分類科学」と「古因科学」と呼び,両者を次のように比較対照している.

分類科学分類思考メタファー集合/要素認知カテゴリー化
古因科学系統樹思考メトニミー全体/部分比較法(アブダクション)


 上の表の最後に触れられているアブダクションについては「#784. 歴史言語学は abductive discipline」 ([2011-06-20-1]) を参照.
 三中は生物分類学の専門家だが,その分野では,たとえモデル化された図像が同じようなツリーだったとしても,観念論的に解釈された場合と系統学的に解釈された場合とではメッセージが異なりうるという.前者が分類思考に,後者が系統樹思考に対応すると思われるが,これについても上記と似たような比較対照表「観念論的な体系学とその系統学的解釈の対応関係」が著書の p. 172 に挙げられているので示そう(ただし,この表のもとになっているのは別の研究者のもの).

観念論的解釈 系統学的解釈
体系学 (Systematik)系統学 (Phylogenetik)
形態類縁性 (Formverwandtschaft)血縁関係 (Blutsverwandtschaft)
変容 (Metamorphose)系統発生 (Stammesentwicklung)
体系学的段階系列 (systematischen Stufenreihen)祖先系列 (Ahnenreihen)
型 (Typus)幹形 (Stammform)
型状態 (typischen Zuständen)原始的状態 (ursprüngliche Zuständen)
非型的状態 (atypischen Zuständen)派生的状態 (abgeänderte Zuständen)


 このような group thinking と tree thinking の対照関係を言語学にも当てはめてみれば,多くの対立する用語が並ぶことになるだろう.思いつく限り自由に挙げてみた.

分類科学古因科学
構造主義言語学 (structural linguistics)比較言語学 (comparative linguistics)
類型論 (typology)歴史言語学 (historical linguistics)
言語圏 (linguistic area)語族 (language family)
接触・借用 (contact, borrowing)系統 (inheritance)
空間 (space)時間 (time)
共時態 (synchrony)通時態 (diachrony)
範列関係 (paradigm) 連辞関係 (syntagm)
パターン (pattern)プロセス (process)
変異 (variation)変化 (change)
タイプ (type)トークン (token)
メタファー (metaphor)メトニミー (metonymy)
HowWhy


 最後に挙げた How と Why の対立については,三中 (238) が生物学に即して以下のように述べているところからのインスピレーションである.

進化思考をあえて看板として高く掲げるためには,私たちは分類思考に対抗する力をもつもう一つの思考枠としてアピールする必要がある.たとえば,目の前にいる生きものたちが「どのように」生きているのか(至近要因)に関する疑問は実際の生命プロセスを解明する分子生物学や生理学の問題とみなされる.これに対して,それらの生きものが「なぜ」そのような生き方をするにいたったのか(究極要因)に関する疑問は進化生物学が取り組むべき問題だろう.


 言語変化の「どのように」と「なぜ」の問題 (how_and_why) については,「#2123. 言語変化の切り口」 ([2015-02-18-1]),「#2255. 言語変化の原因を追究する価値について」 ([2015-06-30-1]),「#2642. 言語変化の種類と仕組みの峻別」 ([2016-07-21-1]),「#3133. 言語変化の "how" と "why"」 ([2017-11-24-1]) で扱ってきたが,生物学からの知見により新たな発想が得られた感がある.

 ・ 三中 信宏 『進化思考の世界 ヒトは森羅万象をどう体系化するか』 NHK出版,2010年.

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2017-12-24 Sun

#3163. metonymy と metaphor のどちらがより基本的か? [metonymy][metaphor][cognitive_linguistics][synaesthesia]

 構造言語学のタームとして,syntagm と paradigm の対立がある.この対立は,修辞学や認知言語学でいうところの metonymymetaphor の対立になぞらえることができる.Niemier (196) は,言語における metonymy と metaphor の役割を論じながら,次のように述べている.

. . . metaphors represent the paradigmatic pole because they replace an expression by another expression, and metonymies represent the syntagmatic pole which in a given syntagm, for example the regalia of a monarch, selects an outstanding element, such as the crown, which then evokes the whole syntagm.


 ところで,Niemeier は認知言語学の観点から,metonymy のほうが metaphor よりも基本的であると考えている.両者の関係を巡る問題には様々な議論があるが,1つの立場として傾聴に値する.Niemeier によれば,metaphor は metonymy の連続体として理解できるという.しかし,metaphor が metonymy の連鎖であるにせよ,連鎖の始点と終点が離れれば離れるほど,両端どうしの関係は metonymy 的というよりも metaphor 的に理解されるほうが自然となってくる.つまり,原理としては metonymy (の連鎖)の関係というべきなのだが,直接的にはむしろ一飛びに metaphor ととらえられることのほうが多いということである.このように metonymy でもありながら metaphor でもあるように見えるものは "metaphtonomy" と称される.
 具体例として,I am boiling with anger. を挙げよう.この表現は,一見すると水と人間という2つのドメイン間の metaphor のようにも思われるが,我々が怒っているときに内的に感じる煮え立つような熱い感覚は共起現象というべきものであり,その意味ではむしろ metonymy といえる.しかし,この表現がさらに metonymic に発展して I blew up my top. (怒り心頭に発す)という表現になれば,より metaphoric に感じられるだろう.発展の諸段階は metonymy の連鎖として説明できるかもしれないが,終点だけを示されると metaphor に見えるという例だ.Niemeier (210) 曰く,

. . . the broader and the more general the perspective gets, the less metonymies and the more metaphors seem to be involved (and vice versa), although the metonymic basis seems to be kept intact for the metaphors as well.


. . . I want to propose a functional view of metaphor and metonymy instead of regarding them as fixed concepts. The fact whether the metonymic basis of a metaphor is obvious to a language user or not determines this language user's notion of whether s/he is using or perceiving a metaphor or a metonymy. Scanning the different steps in the development of a metaphorical construction may reveal that all the single steps involve metonymy and that therefore the whole expression may be considered to be a metonymy, but summarizing the development of such an expression by focusing only on the starting-point and the output may lead us to conciser it to be a metaphor.


 Niemeyer (210) は,ここから metonymy と metaphor が程度の問題であること,そして metonymy のほうがより基本的な認知プロセスである可能性があることを示唆している.

. . . metaphors may indeed have a metonymic basis . . . .


 metaphor と metonymy は,認知意味論でもその他の様々な領域においても重要な概念であり,通常対置されるが,その関係をどうとらえるべきかは難しい問題である.

 ・ Niemeier, Susanne. "Straight from the Heart --- Metonymic and Metaphorical Explorations." Metaphor and Metonymy at the Crossroads: A Cognitive Perspective. Ed. Antonio Barcelona. Berlin: Mouton de Gruyter, 2000.

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2017-02-06 Mon

#2842. 固有名詞から生まれた語 [eponym][toponym][onomastics][etymology][metonymy][semantic_change][lexicology]

 シップリー (722--39) に「固有名詞から生まれた言葉」の一覧がある.以下では,その一覧を参照用に再現する.各表現の故事来歴について詳しくは直接シップリーに,あるいは各種の辞書に当たっていただきたい.とりあえず,このような表現がたくさんあるものだということを示しておきたい.

Adonis
agaric
agate
Alexandrine
Alice blue
America
ammonia
ampere
Ananias
Annie Oakley
aphrodisiac
areopagus
argosy
Argus-eyed
arras
artesian well
astrachan
Atlantic
atlas
babbitt
bacchanals
bakelite
barlett (pear)
battology
bayonet
begonia
bellarmine
bergamask
bison
blanket
bloomers
bobby
bohemian
bowdlerize
bowie
boycott
braille
brie
Brithg's disease
bronze
brougham
Brownian movement
brummagem
bunsen (burner)
Casarean
camembert
cantaloup
cardigan
caryatid
Cassandra
cereal
chalcedony
cherrystone clams
Chippendale
coach
Colombia, Columbia
cologne
colophony
colt
copper
coulomb
cravat
cupidity
currant
daguerreotype
dauphin
derby
diesel (engine)
diddle
doily
dollar
dumdum bullet
Duncan Phyfe
Dundreary (whiskers)
echo
epicurean
ermine
erotic
euhemerism
euphuism
Fabian
Fahrenheit
faience
Fallopian
farad
Ferris (wheel)
fez
forsythia
frankfurter
frieze
galvanize
gamboges
gardenia
gargantuan
gasconade
gauss
gavotte
gibus
Gilbertian
gladstone (bag)
Gobelin
gongorism
Gordian knot
gothite
greengage
Gregorian (calendar/chant)
guillotine
hamburger
havelock
Heaviside layer
hector
helot
henry
hermetically
hiddenite
Hitlerism
Hobson's choice
hyacinth
indigo
iridium
iris
jacinth
Jack Ketch
Jack Tar
jeremiad
jobation
Jonah
joule
jovial
Julian calendear
laconic
lambert
landau
Laputan, Laputian
lavalier
lazar
leather-stocking
Leninism
Leyden jar
lilliputian
limousine
loganberry
Lothario
lyceum
lynch
macadamize
machiavellian
machinaw
mackintosh
magnet
magnolia
malapropism
Malpighian tubes
manil(l)a
mansard roof
marcel
martinet
Marxist
maudlin
mausoleum
maxim (gun)
mayonnaise
mazurka
McIntosh (apple)
Melba toast
Mendelian
mentor
Mercator projection
mercerize
mercurial
meringue
mesmerism
mho
milliner
mnemonic
morphine
morris chair
morris dance
Morse code
negus
nicotine
Nestor
Occam's razor
odyssey
ogre
ohm
Olympian
panama (hat)
panic
parchment
Parthian glance, Parthian shot
pasteurize
peach
peeler
peony
percheron
philippic
pinchbeck
Platonic
Plimsoll line [mark]
poinsettia
polka
polonaise
pompadour
praline
Prince Albert
procrustean
protean
prussic (acid)
Ptolemaic system
Pullman
pyrrhic victory
pyrrhonism
quisling
quixotic
raglan
rhinestone
rodomontade
Roentgen ray
roquefort
Rosetta Stone
Rosicrucian
Salic (law)
Sally Lunn
Samaritan
sandwich
sardine
sardonic
sardonyx
satire
saxophone
scrooge
Seidlitz
sequoia
shanghai
Sheraton
shrapnel
silhouette
simony
sisyphean
socratic
solecism
spaniel
Spencer
spinach
spruce
Stalinism
stentorian
Steve Brodie
sybarite
tabasco
tangerine
tarantella
tarantula
thrasonical
timothy
titanic
tobacco
Trotskyte
trudgen
Vandyke
vaudeville
venery
Victoria
volcano
volt
vulcanize
watt
Wedgwood ware
Wellington (boot)
Winchester rifle
wulfenite
Xant(h)ippe
Zeppelin

 場所や人の名前をもとに,その来歴や何らかの特徴を反映した普通名詞が生まれるのは,主に metonymy の作用と考えられる.また,本来は固有の指示対象をもっていたものが,一般的に用いられるようになったという点で,意味の拡大の事例ともいえるだろう.
 シップリーの語源に関するリストとしては,ほかに「#1723. シップリーによる2重語一覧」 ([2014-01-14-1]) でも話題にしたので参照を.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

Referrer (Inside): [2017-02-13-1]

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2017-01-24 Tue

#2829. carnage (2) [metonymy][semantics]

 昨日の話題の続編.トランプ大統領が carnage という強烈な言葉を使ったことについて,やはりメディアは湧いているようである.
 20日の就任演説について,22日の朝日新聞朝刊で,原文と訳と解説が付されていた.問題の "This American carnage stops right here and stops right now." のくだりの解説に,こうあった.

「carnage」は「殺戮の後の惨状」といった意味で,「死屍累々」に近い。線状などの表現に使われる極めて強い言葉。トランプ氏は直前に都市部の貧困や,犯罪・麻薬の蔓延に触れ,「悲惨な状況にある米国」を描いた。今回の演説を象徴する言葉として,米メディアも注目している。


 この「死屍累々」という訳語と解釈は,優れていると思う.英和辞典にある並一通りの「殺戮」という訳語ではなく「死屍累々」に近いと解釈したセンスが素晴らしい.
 昨日の記事で引いた OED での語義 3a とは別の語義 2a に,次のような定義がある."Carcases collectively: a heap of dead bodies, esp. of men slain in battle. ? Obs.".「殺戮」というよりは,その結果としての「死屍累々」である.同じように,Johnson の辞書でもこの語義は "Heaps of flesh" として定義されている.carnage が,昨日の記事で指摘したようにラテン語で「肉」を意味する carn-, carō からの派生語であることを考えれば,直接的な意味発達としては,行為としての「殺戮」ではなく,「死体(の集合)」を指すとするのが妥当である.英語での初出年代こそ,「殺戮」の語義では1600年,「死体(の集合)」の語義では1667年 ("Milton Paradise Lost x. 268 Such a sent I [sc. Death] draw Of carnage, prey innumerable.") と,前者のほうが早いが,意味発達の自然の順序を考えると,因果関係を「果」→「因」とたどったメトニミー (metonymy) として「死体(の集合)」→「殺戮」のように変化したのではないかと想像される.喩えていうならば,トランプ大統領の carnage は,「殺す」という動詞が現在完了として用いられたかのような「完了・結果」の意味,すなわち「殺戮後の状態」=「死屍累々」を意味するものと捉えるのが適切となる.少なくとも,トランプ大統領(あるいは,その意を汲んだとされる31歳の若きスピーチライター Stephen Miller)は,過去の「殺戮」だけでなく,その結果としての「死屍累々」の現状を指示し,強調したかったはずである.
 なお,「戮」という漢字についていえば,これは「ころす.ばらばらに切ってころす.敵を残酷なやり方でころす.また,罪人を残酷なやり方で死刑にする.」を意味する.一方,この漢字は,同じ「リク」という読みの「勠」に当てて「力をあわせる」の意味ももっており,「一致団結」と同義の「戮力協心」なる四字熟語もある.こちらの「戮」であればよいのだが,と淡い期待を抱く.

Referrer (Inside): [2017-01-25-1]

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2016-09-25 Sun

#2708. morn, morning, morrow, tomorrow [etymology][phonetics][metonymy][semantic_change][japanese]

 「#2698. hyphen」 ([2016-09-15-1]) の記事で tomorrow の話題に触れたことを受け,9月16日付けの掲示板で,morrow という語についての質問が寄せられた.互いに関連する,morn, morning などとともに,これらの語源を追ってみたい.
 古英語で「朝」を表わす語は,morgen である.ゲルマン祖語の *murȝanaz に由来し,ドイツ語 Morgen, オランダ語 morgen と同根である.現代英語の morn は,この古英語 morgen の斜格形 mornemornes などの短縮形,あるいは中英語で発展した morwen, morun, moren などの短縮形に由来すると考えられる.morn は現在では《詩》で「朝,暁」を表わすほか,スコットランド方言で「明日」も表わす.
 一方,現代英語で最も普通の morning は,上の morn に -ing 語尾がついたもので,初期中英語に「朝」の意味で初出する.この -ing 語尾は,対になる evening からの類推により付加されたとされる.evening の場合には,単独で「晩」を表わす古英語名詞 ēfen, æfen から派生した動詞形 æfnian (晩になる)が,さらに -ing 語尾により名詞化したという複雑な経緯を辿っているが,morning はそのような途中の経緯をスキップして,とにかく表面的に -ing を付してみた,ということになる.
 さて,古英語 morgen のその後の音韻形態的発展も様々だったが,とりわけ第2音節の母音や子音 n が変化にさらされた.n の脱落した morwe などの形から,「#2031. follow, shadow, sorrow の <ow> 語尾」 ([2014-11-18-1]) に述べた変化を経て,morrow が生じた.現在,morrow も使用域は限定されているが,《詩》で「朝;翌日」を意味する.なお,語尾の n の脱落は,対語 even にも生じており,ここから eve (晩;前夜;前日)も初期中英語期に生じている.
 さて,本来「朝」を表わしたこれらの語は,同時に「明日」という意味を合わせもっていることが多い.前の晩の眠りに就いた頃の時間帯を基準として考えると,「朝」といえば通常「翌朝」を指す.そこから,指示対象がメトニミー (metonymy) の原理で「翌日の午前中」や「翌日全体」へと広がっていったと考えられる.tomorrow も,「前置詞 to +名詞 morrow」という語形成であり,「(翌)朝にかけて」ほどが原義だったが,これも同様に転じて「翌日に」を意味するようになった.なお,日本語でも,古くは「あした」(漢字表記としては <朝>)で「翌朝」を意味したが,英語の場合と同様の意味拡張を経て「翌日」を意味するようになったことはよく知られている.
 なお,上で触れた eve (晩)は,今度は朝起きた頃の時間帯を基準とすると,「昨晩」を指すことが多いだろう.そこから指示対象が「昨日全体」へと広がり,結局「前日」を意味するようにもなった.

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2016-08-26 Fri

#2678. Beowulf から kenning の例を追加 [kenning][oe][compounding][metonymy][metaphor]

 昨日の記事「#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語」 ([2016-08-25-1]) で,古英詩の文体的技巧としての kenning に触れた.kenning の具体例は「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) で挙げたが,今回は Beowulf と少なくとももう1つの詩に現われる kenning の例をいくつか追加したい (Baker 136) .伏せ字をクリックすると意味が現われる.

kenningliteral sensemeaning
bāncofa, masc."bone-chamber"body
bānfæt, neut."bone-container"body
bānhūs, neut."bone-house"body
bānloca, neut."locked bone-enclosure"body
brēosthord, neut."breast-hoard"feeling, thought, character
frumgār, masc."first spear"chieftain
hronrād, fem."whale-road"sea
merestrǣt, fem."sea-street"the way over the sea
nihthelm, masc."night-helmet"cover of night
sāwoldrēor, masc. or neut."soul-blood"life-blood
sundwudu, masc."sea-wood"ship
wordhord, neut."word-hoard"capacity for speech


 これらの kenning は現代人にとって新鮮でロマンチックに響くが,古英語ではすでに慣用表現として定着していたものもある.しかし,詩人が独自の kenning を自由に作り出し,用いることができたことも事実であり,Beowulf 詩人も確かに独創的な表現を生み出してきたのである.
 なお,kenning には,メタファー (metaphor) が関与するものと,メトニミー (metonymy) が関与するものがある.例えば,bāncofa ほか bān- の複合語はメタファーであり,sundwudu はメトニミーの例である.また,hronrād ではメタファーとメトニミーの両方が関与しており,意味論的には複雑な kenning の例といえるだろう (cf. 「#472. kenning」 ([2010-08-12-1])) .

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

Referrer (Inside): [2017-09-30-1]

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2016-08-25 Thu

#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語 [synonym][oe][lexicology][compounding][kenning][beowulf][metonymy]

 古英語は複合 (compounding) による語形成が非常に得意な言語だった.これは「#1148. 古英語の豊かな語形成力」 ([2012-06-18-1]) でも確認済みだが,複合語はとりわけ韻文において最大限に活用された.実際 Beowulf に代表される古英詩においては「王」「勇士」「戦い」「海」などの頻出する概念に対して,様々な類義語 (synonym) が用いられた.これは,単調さを避けるためでもあったし,昨日の記事「#2676. 古英詩の頭韻」 ([2016-08-24-1]) で取り上げた頭韻の規則に沿うために種々の表現が必要だったからでもあった.
 以下,Baker (137) より,Beowulf (及びその他の詩)に現われる「王,主君」を表わす類義語を列挙しよう(複合語が多いが,単形態素の語も含まれている).

bēagġyfa, masc. ring-giver.
bealdor, masc. lord.
brego, masc. lord.
folcāgend, masc. possessor of the people.
folccyning, masc. king of the people.
folctoga, masc. leader of the people.
frēa, masc. lord.
frēadrihten, masc. lord-lord.
frumgār, masc. first spear.
godlgġyfa, masc. gold-giver.
goldwine, masc. gold-friend.
gūðcyning, masc. war-king.
herewīsa, masc. leader of an army.
hildfruma, masc. battle-first.
hlēo, masc. cover, shelter.
lēodfruma, masc. first of a people.
lēodġebyrġea, masc. protector of a people.
mondryhten, masc. lord of men.
rǣswa, masc. counsellor.
siġedryhten, masc. lord of victory.
sincġifa, masc. treasure giver.
sinfrēa, masc. great lord.
þenġel, masc. prince.
þēodcyning, masc. people-king.
þēoden, masc. chief, lord.
wilġeofa, masc. joy-giver.
wine, masc. friend.
winedryhten, masc. friend-lord.
wīsa, masc. guide.
woroldcyning, masc. worldly king.


 ここには詩にしか現われない複合語も多く含まれており,詩的複合語 (poetic compound) と呼ばれている.第1要素が第2要素を修飾する folccyning (people-king) のような例もあれば,両要素がほぼ同義で冗長な frēadrihten (lord-lord) のような例もある.さらに,メトニミーを用いた謎かけ・言葉遊び風の bēagġyfa (ring-giver) もある.最後に挙げた類いの比喩的複合語は kenning と呼ばれ,古英詩における大きな特徴となっている(「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) を参照).

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

Referrer (Inside): [2017-09-30-1] [2016-08-26-1]

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2016-07-31 Sun

#2652. 複合名詞の意味的分類 [compound][word_formation][morphology][terminology][semantics][hyponymy][metonymy][metaphor][linguistics]

 「#924. 複合語の分類」 ([2011-11-07-1]) で複合語 (compound) の分類を示したが,複合名詞に限り,かつ意味の観点から分類すると,(1) endocentric, (2) exocentric, (3) appositional, (4) dvandva の4種類に分けられる.Bauer (30--31) に依拠し,各々を概説しよう.

 (1) endocentric compound nouns: beehive, armchair のように,複合名詞がその文法的な主要部 (hive, chair) の下位語 (hyponym) となっている例.beehivehive の一種であり,armchairchair の一種である.
 (2) exocentric compound nouns: redskin, highbrow のような例.(1) ように複合名詞がその文法的な主要部の下位語になっているわけではない.redskinskin の一種ではないし,highbrowbrow の一種ではない.むしろ,表現されていない意味的な主要部(この例では "person" ほど)の下位語となっているのが特徴である.したがって,metaphormetonymy が関与するのが普通である.このタイプは,Sanskrit の文法用語をとって,bahuvrihi compound とも呼ばれる.
 (3) appositional compound nouns: maidservant の類い.複合名詞は,第1要素の下位語でもあり,第2要素の下位語でもある.maidservantmaid の一種であり,servant の一種でもある.
 (4) dvandva: Alsace-Lorraine, Rank-Hovis の類い.いずれが文法的な主要語が判然とせず,2つが合わさった全体を指示するもの.複合名詞は,いずれの要素の下位語であるともいえない.dvandva という名称は Sanskrit の文法用語から来ているが,英語では 'copulative compound と呼ばれることもある.

 ・Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983.

Referrer (Inside): [2016-08-01-1]

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2016-07-18 Mon

#2639. 「死神」のメタファーとメトニミー [metaphor][metonymy][mythology][cognitive_linguistics]

 「#2496. metaphor と metonymy」 ([2016-02-26-1]),「#2632. metaphor と metonymy (2)」 ([2016-07-11-1]) で2つの過程の異同について考えた.「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1]) では両手段が効果的に用いられている芸術作品を解釈したが,今回は同じく両手段が同居しているイメージの例として西洋の「死神」 (Grim Reaper) を挙げよう.いわずとしれた,マントを羽織り,大鎌を手にした骸骨のイメージである.

Grim Reaper

 Lakoff and Johnson (251) は,「死神」を,メタファーとメトニミーが複雑に埋め込まれた合成物 (composition) の例として挙げている.

In the classic figure of the Grim Reaper, there is such a composition. The term "reaper" is based on the metaphor of People as Plants: just as a reaper cuts down wheat with a scythe before it has gone through its life cycle, so the Grim Reaper comes with his scythe indicating a premature death. The metaphor of Death as Departure is also part of the myth of the Grim Reaper. In the myth, the Reaper comes to the door and the deceased departs with him.
   The figure of the Reaper is also based on two conceptual metonymies. The Reaper takes the form of a skeleton---the form of the body after it has decayed, a form which metonymically symbolizes death. The Reaper also wears a cowl, the clothing of monks who presided over funerals at the time the figure of the Reaper became popular. Further, in the myth the Reaper is in control, presiding over the departure of the deceased from this life. Thus, the myth of the Grim Reaper is the result of two metaphors and two metonymies having been put together with precision.


 複数の概念メタファーと概念メトニミーが精密に合致して,1つの複雑な要素からなる合成物としての「死神」が成立しているという.ことば以前の認識というレベルにおいて,あの典型的なイメージの根底には,精巧に絡み合ったレトリックが存在していたのである.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

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2016-07-11 Mon

#2632. metaphor と metonymy (2) [metaphor][metonymy][rhetoric][cognitive_linguistics]

 metaphormetonymy について,「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]),「#2406. metonymy」 ([2015-11-28-1]),「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1]),「#2496. metaphor と metonymy」 ([2016-02-26-1]) で話題にしてきた.今回も,両者の関係について考えてみたい.
 次の2つの文を考えよう.

 (1) Metonymy: San Francisco is a half hour from Berkeley.
 (2) Metaphor: Chanukah is close to Christmas.


 (1) の a half hour は,時間的な隔たりを意味していながら,同時にその時間に相当する空間上の距離を表わしている.30分間の旅で進むことのできる距離を表わしているという点で,因果関係の隣接性を利用したメトニミーといえるだろう.一見すると時間と空間の2つのドメインが関わっているようにみえるが,旅という1つのドメインのなかに包摂されると考えられる.この文の主題は,時間と空間の関係そのものである.
 一方,(2) の close to は,時間的に間近であることが,空間的な近さに喩えられている.ここでは時間と空間という異なる2つのドメインが関与しており,メタファーが利用されている.この文の主題は,あくまで時間である.空間は,主題である時間について語る手段にすぎない.
 Lakoff and Johnson (266--67) は,この2つの文について考察し,メタファーとメトニミーの特徴の差を的確に説明している.

When distinguishing metaphor and metonymy, one must not look only at the meanings of a single linguistic expression and whether there are two domains involved. Instead, one must determine how the expression is used. Do the two domains from a single, complex subject matter in use with a single mapping? If so, you have metonymy. Or, can the domains be separate in use, with a number of mappings and with one of the domains forming the subject matter (the target domain), while the other domain (the source) is the basis of significant inference and a number of linguistic expressions? If this is the case, then you have metaphor.


 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

Referrer (Inside): [2016-07-18-1]

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2016-04-23 Sat

#2553. 構造的メタファーと方向的メタファーの違い (2) [conceptual_metaphor][metaphor][metonymy][synaesthesia][cognitive_linguistics][terminology]

 昨日の記事 ([2016-04-22-1]) の続き.構造的メタファーはあるドメインの構造を類似的に別のドメインに移すものと理解してよいが,方向的メタファーは単純に類似性 (similarity) に基づいたドメインからドメインへの移転として捉えてよいだろうか.例えば,

 ・ MORE IS UP
 ・ HEALTH IS UP
 ・ CONTROL or POWER IS UP


という一連の方向的メタファーは,互いに「上(下)」に関する類似性に基づいて成り立っているというよりは,「多いこと」「健康であること」「支配・権力をもっていること」が物理的・身体的な「上」と共起することにより成り立っていると考えることもできないだろうか.共起性とは隣接性 (contiguity) とも言い換えられるから,結局のところ方向的メタファーは「メタファー」 (metaphor) といいながらも,実は「メトニミー」 (metonymy) なのではないかという疑問がわく.この2つの修辞法は,「#2496. metaphor と metonymy」 ([2016-02-26-1]) や 「#2406. metonymy」 ([2015-11-28-1]) で解説した通り,しばしば対置されてきたが,「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1]) でも見たように,対立ではなく融和することがある.この観点から概念「メタファー」 (conceptual_metaphor) を,谷口 (79) を参照して改めて定義づけると,以下のようになる.

 ・ 概念メタファーは,2つの異なる概念 A, B の間を,「類似性」または「共起性」によって "A is B" と結びつけ,
 ・ 具体的な概念で抽象的な概念を特徴づけ理解するはたらきをもつ


 概念メタファーとは,共起性や隣接性に基づくメトニミーをも含み込んでいるものとも解釈できるのだ.概念「メタファー」の議論として始まったにもかかわらず「メトニミー」が関与してくるあたり,両者の関係は一般に言われるほど相対するものではなく,相補うものととらえたほうがよいのかもしれない.
 なお,このように2つの概念を類似性や共起性によって結びつけることをメタファー写像 (metaphorical mapping) と呼ぶ.共感覚表現 (synaesthesia) などは,共起性を利用したメタファー写像の適用である.

 ・ 谷口 一美 『学びのエクササイズ 認知言語学』 ひつじ書房,2006年.

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2016-04-10 Sun

#2540. 視覚の大文字化と意味の大文字化 [punctuation][capitalisation][noun][writing][spelling][semantics][metonymy][onomastics][minim]

 英語における大文字使用については,いくつかの観点から以下の記事で扱ってきた.

 ・ 「#583. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった」 ([2010-12-01-1])
 ・ 「#1309. 大文字と小文字」 ([2012-11-26-1])
 ・ 「#1310. 現代英語の大文字使用の慣例」 ([2012-11-27-1])
 ・ 「#1844. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった (2)」 ([2014-05-15-1])

 語頭の大文字使用の問題について,塩田の論文を読んだ.現代英語の語頭の大文字使用には,「視覚の大文字化」と「意味の大文字化」とがあるという.視覚の大文字化とは,文頭や引用符の行頭に置かれる語の最初の文字を大文字にするものであり,該当する単語の品詞や語類は問わない.「大文字と大文字化される単語の機能の間に直接的なつながりがな」く,「文頭とか,行頭を示す座標としての意味しかもたない」 (47) .外的視覚映像の強調という役割である.
 もう1つの意味の大文字化とは,語の内的意味構造に関わるものである.典型例は固有名詞の語頭大文字化であり,塩田はその特徴を「名詞の通念性」と表現している.意味論的には,この「通念性」をどうみるかが重要である.塩田 (48--49) の解釈と説明がすぐれているので,関係する箇所を引こう.

 大文字化された名詞は自己の意味構造の一つである通念性を触発されて通念化する。名詞の意味構造の一つである通念性が大文字という形式を選んで具視化したと考えられる。ここが視覚の大文字化とは違う点である。名詞以外の品詞には大文字化を要求する内部からの意味的及び心理的要求が欠けている。
 名詞は潜在的に様々な可能性を持っている。様々ある可能性の内,特に「通念」という可能性を現実化し,これをひき立てて,読者の眼前に強調してみせるのが大文字化の役割である。
 しからばこの通念とはいかなる概念であるのであろうか。
 通念は知的操作が加わる以前の名詞像である。耳からある言葉を聴いてすぐに心に浮ぶイメージが通念である。聴覚映像とも言えよう。したがって,知的,論理的に定義や規定を行う以前の原初的,前概念が通念である。
 通念には二つの派生的性質がある。
 第一に通念は名詞に何の操作も加えない極めて普遍的なイメージである。ラングとしての名詞の聴覚映像と呼ぶことが出来る。名詞の聴覚映像のうち万人に共通した部分を通念と呼ぶわけである。したがって名詞は,この通念の領域に属する限り,一言で,背景や状況を以心伝心の如く伝達することが出来る。名詞のうちによく人口に膾炙し,大衆伝達のゆきとどいているものほど一言で背景や状況を伝達する力は大きい。そこで,特に名詞の内広い通念性を獲得したものを Mass Communicated Sign MCS と呼ぶことにする。
 MCS は一言で全てを伝達する。一言でわかるのだから,その「すべて」は必ずしも細やかで概念的に正確な内容ではなく,単純で直線的なインフォメーションに違いない。
 第二に通念は MCS のように共通で同一のイメージを背景とした面を持っている。巾広い共通の含みが通念の命である。したがって通念の持つ含みは,個人的個別的であってはならない。個人にしかないなにかを伝達するには色々の説明や断わりが必要である。個人差や地方差が少なくなればなる程,通念としての適用範囲を増すし,純度も高くなる。したがって通念は常に個別差をなくす方向に動く。類と個の区別を意識的に排除し,類で個を表わしたり,部分で全体を代表させたりする。通念は個をこえて 類へ一般化する傾向がある。
 通念の一般化や普遍化がすすむと,個有化絶対化にいたる。この傾向は人間心理に強い影響を及ぼす通念であるほど,強い。万人に影響を与えられたイメージは一本化され,集団の固有物となる。
 以上をまとめると,通念には,大衆伝達性と,固有性という二つの幅があることになる。


 通念の固有性という側面は,典型的には唯一無二の固有名詞がもつ特徴だが,個と類の混同により固有性が獲得される場合がある.例えば,Bible, Fortune, Heaven, Sea, World の類いである.これらは,英語文化圏の内部において,あたかも唯一無二の固有名詞そのものであるかのようにとらえられてきた語である.特定の文化や文脈において疑似固有名詞化した例といってもいい.曜日,月,季節,方位の名前なども,個と類の混同に基づき大文字化されるのである.同じく,th River, th Far East, the City などの地名や First Lady, President などの人を表す語句も同様である.ここには metonymy が作用している.
 通念の大衆伝達性という側面を体現するのは,マスコミが流布する政治や社会現象に関する語句である.Communism, Parliament, the Constitution, Remember Pearl Harbor, Sex without Babies 等々.その時代を生きる者にとっては,これらの一言(そして大文字化を認識すること)だけで,その背景や文脈がただちに直接的に理解されるのである.
 なお,一人称段数代名詞 I を常に大書する慣習は,「#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」 ([2009-07-27-1]) で明らかにしたように,意味の大文字化というよりは,むしろ視覚の大文字化の問題と考えるべきだろう.I の意味云々ではなく,単に視覚的に際立たせるための大文字化と考えるのが妥当だからだ.一般には縦棒 (minim) 1本では周囲の縦棒群に埋没して見分けが付きにくいということがいわれるが,縦棒1本で書かれるという側面よりも,ただ1文字で書かれる語であるという側面のほうが重要かもしれない.というのは,塩田の言うように「15世紀のマヌスクリプトを見るとやはり一文字しかない不定冠詞の a を大書している例があるからである」 (49) .
 大文字化の話題と関連して,固有名詞化について「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]),「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]),「#2397. 固有名詞の性質と人名・地名」 ([2015-11-19-1]) を参照されたい.

 ・ 塩田 勉 「Capitalization について」『時事英語学研究』第6巻第1号,1967年.47--53頁.

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2016-02-26 Fri

#2496. metaphor と metonymy [metaphor][metonymy][cognitive_linguistics][rhetoric]

 標題の2つの修辞的技巧は,近年の認知言語学の進展とともに,2つの認知の方法として扱われるようになってきた.2つはしばしば対比されるが,metaphor は2項の類似性 (similarity) に基づき,metonymy は2項の隣接性 (contiguity) に基づくというのが一般的になされる説明である.しかし,Lakoff and Johnson (36) は,両者の機能的な差異にも注目している.

Metaphor and metonymy are different kinds of processes. Metaphor is principally a way of conceiving of one thing in terms of another, and its primary function is understanding. Metonymy, on the other hand, has primarily a referential function, that is, it allows us to use one entity to stand for another.


 なるほど,metaphor にも metonymy にも,理解の仕方にひねりを加えるという機能と,指示対象の仕方を一風変わったものにするという機能の両方があるには違いないが,それぞれのレトリックの主たる機能といえば,metaphor は理解に関係するほうで,metonymy は指示に関係するほうだろう.
 metonymy の指示機能について顕著な点は,metonymy を用いない通常の表現による指示と異なり,指示対象のどの側面にとりわけ注目しつつ指示するかという「焦点」の情報が含まれていることである.Lakoff and Johnson (36) が挙げている例を引けば,"The Times hasn't arrived at the press conference yet." において,"The Times" の指示対象は,同名の新聞のことでもなければ,新聞社そのもののことでもなく,新聞社を代表する報道記者である.主語にその報道記者の名前を挙げても,指示対象は変わらず,この文の知的意味は変わらない.しかし,あえて metonymy を用いて "The Times" と表現することによって,指示対象たる報道記者が同新聞社の代表者であり責任者であるということを焦点化しているのである.直接名前を用いてしまえば,この焦点化は得られない.Lakoff and Johnson (37) 曰く,

[Metonymy] allows us to focus more specifically on certain aspects of what is being referred to.


 metaphor と metonymy については,「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]),「#2406. metonymy」 ([2015-11-28-1]),「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1]) も参照されたい.

 ・ Lakoff, George, and Mark Johnson. Metaphors We Live By. Chicago and London: U of Chicago P, 1980.

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2015-11-28 Sat

#2406. metonymy [metonymy][metaphor][terminology][semantics][semantic_change][rhetoric][cognitive_linguistics]

 「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]) でメタファー (metaphor) について解説した.対するメトニミー (metonymy) については,各所で触れながらも,解説する機会がなかったので,Luján (291--92) などに拠りながらここで紹介したい.
 伝統的な修辞学の世界では「換喩」として知られてきたが,近年の認知言語学や意味論では横文字のまま「メトニミー」と呼ばれることが多い.この用語は,ギリシア語の metōnimía (change of name) に遡る.教科書的な説明を施せば,メタファーが2項の類似性 (similarity) に基づくのに対して,メトニミーは2項の隣接性 (contiguity) に基づくとされる.メタファーでは,2項はそれぞれ異なるドメイン (domain) に属しているが,何らかの類似性によって両者が結ばれる.メトニミーでは,2項は同一のドメインに属しており,その内部で何らかの隣接性によって両者が結ばれる.類似性と隣接性が厳密に区別できるものかという根本的な疑問もあるものの,当面はこの理解でよい (cf. 「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1])) .
 メトニミーの本質をなす隣接性には,様々な種類がある.部分と全体(特に 提喩 (synecdoche) と呼ばれる),容器と内容,材料と物品,時間と出来事,場所とそこにある事物,原因と結果など,何らかの有機的な関係があれば,すべてメトニミーの種となる.したがって,意味の変異や変化において,きわめて卑近な過程である.「やかんが沸いている」というときの「やかん」は本来は容器だが,その容器の中に含まれる「水」を意味する.glass は本来「ガラス」という材料を指すが,その材料でできた製品である「グラス」をも意味する.ラテン語 sexta (sixth (hour)) はある時間を表わしていたが,そのスペイン語の発展形 siesta はその時間にとる午睡を意味するようになった.「永田町」や Capitol Hill は本来は場所の名前だが,それぞれ「首相官邸」と「米国議会」を意味する.「袖を濡らす」という事態は泣くという行為の結果であることから,「泣く」を意味するようになった.count one's beads という句において,元来 beads は「祈り」を意味したが,祈りの回数を数えるのにロザリオの数珠玉をもってしたことから,beads が「数珠玉」そのものを意味するようになった.隣接性は,物理法則に基づく因果関係から文化・歴史に強く依存する故事来歴に至るまで,何らかの有機的な関係があれば成立しうるという点で,応用範囲が広い.
 Saeed (365--66) より,英語からの典型的な例を種類別に挙げよう.

 ・ PART FOR WHOLE (synecdoche): All hands on deck.
 ・ WHOLE FOR PART (synecdoche): Brazil won the world cup.
 ・ CONTAINER FOR CONTENT: I don't drink more than two bottles.
 ・ MATERIAL FOR OBJECT: She needs a glass.
 ・ PRODUCER FOR PRODUCT: I'll buy you that Rembrandt.
 ・ PLACE FOR INSTITUTION: Downing Street has made no comment.
 ・ INSTITUTION FOR PEOPLE: The Senate isn't happy with this bill.
 ・ PLACE FOR EVENT: Hiroshima changed our view of war.
 ・ CONTROLLED FOR CONTROLLER: All the hospitals are on strike.
 ・ CAUSE FOR EFFECT: His native tongue is Hausa.

 ・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.
 ・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.

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