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metonymy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-07-13 08:07

2023-10-12 Thu

#5281. 近似複数 [plural][number][numeral][personal_pronoun][personal_name][plural_of_approximation][metonymy][t/v_distinction]

 近似複数 (plural_of_approximation) なるものがあるが,ご存じだろうか.以下『新英語学辞典』に依拠して説明する.
 英語の名詞の複数形は,一般的に -s 語尾を付すが,通常,同じもの,同種のものが2つ以上ある場合に現われる形式である.これを正常複数 (normal plural) と呼んでおこう.一方,同種ではなく,あくまで近似・類似しているものが2つ以上あるという場合にも,-s のつく複数形が用いられることがある.厳密には同じではないが,そこそこ似ているので同じものととらえ,それが2つ以上あるときには -s をつけようという発想である.これは近似複数 (plural_of_approximation) と呼ばれており,英語にはいくつかの事例がある.
 例えば,年代や年齢でいう sixties を取り上げよう.1960年代 (in the sixties) あるいは60歳代 (in one's sixties) のような表現は,sixty に複数語尾の -(e)s が付いている形式だが「60年(歳)」そのものが2つ以上集まったものではない.60,61,62年(歳)のような連番が69年(歳)まで続くように,60そのものと60に近い数とが集まって,sixties とひっくるめられるのである.いわばメトニミー (metonymy) によって,本当は近似・類似しているにすぎないものを,同じ(種類の)ものと強引にまとめあげることによって,sixties という一言で便利な表現を作り上げているのである.少々厳密性を犠牲にすることで得られる経済的な効果は大きい.
 他には人名などに付く複数形の例がある.例えば the Henry Spinkers といえば,Mr. and Mrs. Spinker 「スピンカー夫妻」の省略形として用いられる.この表現は事情によっては「スピンカー兄弟(姉妹)」にもなり得るし「スピンカー一家」にもなり得る.家族として「近似」したメンバーを束ねることで,近似複数として表現しているのである.
 さらに本質的な近似複数の例として,I の複数形としての we がある.1人称代名詞の I は話し手である「自己」を指示するが,複数形といわれる we は,決して I 「自己」を2つ以上束ねたものではない.「自己」と「あなた」と「あなた」と「あなた」と・・・を合わせたのが we である.同一の I がクローン人間のように複数体コピーされているわけではなく,あくまで I とその側にいる仲間たちのことを慣習上,近似的な同一人物とみなして,合わせて we と呼んでいるのである.本来であれば「1人称の複数」という表現は論理的に矛盾をはらんでいるものの,上記の応用的な解釈を採用することで言葉を便利に使っているのである.
 もともと複数の「あなた」を意味する you を,1人の相手に対して用いるという慣行も,もしかすると近似複数の発想に基づいた応用的な用法といってしかるべきものなのかもしれない.
 「同じとは何か」という哲学的問題が脳裏にちらついてくるが,言語における近似複数はおもしろい事象である.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

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2023-04-06 Thu

#5092. 商標言語学と英語史・歴史言語学の接点 [trademark][goshosan][youtube][voicy][heldio][link][semantics][semantic_change][metaphor][metonymy][synecdoche][rhetoric][onomastics][personal_name][toponymy][eponym][sound_symbolism][phonaesthesia][capitalisation][linguistic_right][language_planning][semiotics][punctuation]

 昨日までに,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」や YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を通じて,複数回にわたり五所万実さん(目白大学)と商標言語学 (trademark linguistics) について対談してきました.

[ Voicy ]

 ・ 「#667. 五所万実さんとの対談 --- 商標言語学とは何か?」(3月29日公開)
 ・ 「#671. 五所万実さんとの対談 --- 商標の記号論的考察」(4月2日公開)
 ・ 「#674. 五所万実さんとの対談 --- 商標の比喩的用法」(4月5日公開)

[ YouTube ]

 ・ 「#112. 商標の言語学 --- 五所万実さん登場」(3月22日公開)
 ・ 「#114. マスクしていること・していないこと・してきたことは何を意味するか --- マスクの社会的意味 --- 五所万実さんの授業」(3月29日公開)
 ・ 「#116. 一筋縄ではいかない商標の問題を五所万実さんが言語学の切り口でアプローチ」(4月5日公開)
 ・ 次回 #118 (4月12日公開予定)に続く・・・(後記 2023/04/12(Wed):「#118. 五所万実さんが深掘りする法言語学・商標言語学 --- コーパス法言語学へ」

 商標の言語学というのは私にとっても馴染みが薄かったのですが,実は日常的な話題を扱っていることもあり,関連分野も多く,隣接領域が広そうだということがよく分かりました.私自身の関心は英語史・歴史言語学ですが,その観点から考えても接点は多々あります.思いついたものを箇条書きで挙げてみます.

 ・ 語の意味変化とそのメカニズム.特に , metonymy, synecdoche など.すると rhetoric とも相性が良い?
 ・ 固有名詞学 (onomastics) 全般.人名 (personal_name),地名,eponym など.これらがいかにして一般名称化するのかという問題.
 ・ 言語の意味作用・進化論・獲得に関する仮説としての "Onymic Reference Default Principle" (ORDP) .これについては「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]) を参照.
 ・ 記号論 (semiotics) 一般の諸問題.
 ・ 音象徴 (sound_symbolism) と音感覚性 (phonaesthesia)
 ・ 書き言葉における大文字化/小文字化,ローマン体/イタリック体の問題 (cf. capitalisation)
 ・ 言語は誰がコントロールするのかという言語と支配と権利の社会言語学的諸問題.言語権 (linguistic_right) や言語計画 (language_planning) のテーマ.

 細かく挙げていくとキリがなさそうですが,これを機に商標の言語学の存在を念頭に置いていきたいと思います.

Referrer (Inside): [2024-01-09-1]

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2023-04-04 Tue

#5090. 人名ベースの造語は eponym だが,では地名ベースの造語は何と呼ぶ? [eponym][toponymy][onomastics][personal_name][etymology][metonymy][semantic_change][word_formation][lexicology][terminology]

 昨日の記事「#5089. eponym」 ([2023-04-03-1]) で,etymon が人名 (personal_name) であるような語について考察した(etymon という用語については「#3847. etymon」 ([2019-11-08-1]) を参照).ところで,人名とともに固有名詞学 (onomastics) の重要な考察対象となるのが地名 (place-name, toponym) である.とすれば,当然予想されるのは,etymon が地名であるような語の存在である.実際,国名というレベルで考えるだけでも japan (漆器),china (磁器),turkey (七面鳥)などがすぐに思い浮かぶ(cf. heldio 「#626. 陶磁器の china と漆器の japan --- 産地で製品を表わす単語たち」「#625. Turkey --- トルコと七面鳥の関係」).
 このような地名に基づいて作られた語も多くあるわけだが,これを何と呼ぶべきか.eponym はあくまで人名ベースの造語に与えられた名前である.toponymplace-name に対応する術語であり,やはり「地名」に限定して用いておくほうが混乱が少ないだろう.Crystal (165) は,このように少々厄介な事情を受けて,"eponymous places" と呼ぶことにしているようだ(これでも少々分かりくいところはあることは認めざるを得ない).Crystal が列挙している "eponymous places" の例を再掲しよう.

alsatian: Alsace, France.
balaclava: Balaclava, Crimea.
bikini: Bikini Atoll, Marshall Islands.
bourbon: Bourbon County, Kentucky.
Brussels sprouts: Brussels, Belgium.
champagne: Champagne, France.
conga: Congo, Africa.
copper: Cyprus.
currant: Corinth, Greece.
denim: Nîmes, France (originally, serge de Nîm).
dollar: St Joachimsthal, Bohemia (which minted silver coins called joachimstalers, shortened to thalers, hence dollars).
duffle coat: Duffel, Antwerp.
gauze: Gaza, Israel.
gypsy: Egypt.
hamburger: Hamburg, Germany.
jeans: Genoa, Italy.
jersey: Jersey, Channel Islands.
kaolin: Kao-ling, China.
labrador: Labrador, Canada.
lesbian: Lesbos, Aegean island.
marathon: Marathon, Greece.
mayonnaise: Mahó, Minorca.
mazurka: Mazowia, Poland.
muslin: Mosul, Iraq.
pheasant: Phasis, Georgia.
pistol: Pistoia, Italy.
rugby: Rugby (School), UK.
sardine: Sardinia.
sherry: Jerez, Spain.
suede: Sweden.
tangerine: Tangier.
turquoise: Turkey.
tuxedo: Tuxedo Park Country Club, New York.
Venetian blind: Venice, Italy.


 いくらでもリストを長くしていけそうだが,全体として飲食料,衣料,工芸品などのジャンルが多い印象である.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

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2023-04-03 Mon

#5089. eponym [eponym][personal_name][onomastics][etymology][metonymy][semantic_change][word_formation][lexicology]

 eponym とは人名に基づいて造られた語のことである.英語の具体例については「#2842. 固有名詞から生まれた語」 ([2017-02-06-1]),「#2849. macadamia nut」 ([2017-02-13-1]),「#3460. 紅茶ブランド Earl Grey」 ([2018-10-17-1]),「#3461. 警官 bobby」 ([2018-10-18-1]) で挙げてきた.また,eponym は「#5079. 商標 (trademark) の言語学的な扱いは難しい」 ([2023-03-24-1]) とも関係の深い話題である.McArthur の英語学用語辞典によれば,次の通り.

EPONYM [19c: from Greek epṓonumos named on]. (1) A personal name from which a word has been derived: John B. Stetson, the 19c US hatter after whom the stetson hat was named. (2) The person whose name is so used: The Roman emperor Constantine, who gave his name to Constantinople. (3) The word so derived: stetson, Constantinople. The process of eponymy results in many forms: (1) Such simple eponyms as atlas, which became popular after the 16c Flemish cartographer Gerardus Mercator put the figure of the titan Atlas on the cover of a book of maps. (2) Compounds and attributive constructions such as loganberry after the 19c US lawyer James H. Logan, and Turing machine after the 20c British mathematician Alan Turing. (3) Possessives such as Parkinson's Law after the 20c British economist C. Northcote Parkinson, and the Islets of Langerhans after the 19c German pathologist Paul Langerhans. (4) Derivatives such as Bowdlerize and gardenia, after the 18c English expurgator of Shakespeare, Thomas Bowdler, and the 19c Scottish-American physician Alexander Garden. (5) Clippings, such as dunce from the middle name and the first element of the last name of the learned 13c Scottish friar and theologian John Duns Scotus, whose rivals called him a fool. (6) Blends such as gerrymander, after the US politician Elbridge Gerry (b. 1744), whose redrawn map of the voting districts of Massachusetts in 1812 was said to look like a salamander, and was then declared a gerrymander. The word became a verb soon after. Works on eponymy include: Rosie Boycott's Batty, Bloomers and Boycott: A Little Etymology of Eponymous Words (Hutchinson, 1982) and Cyril L. Beeching's A Dictionary of Eponyms (Oxford University Press, 1988).


 ここで eponym は語源的に(一部であれ)人名に基づいている語,etymon が人名であるような語として,あくまで語源的な観点から定義されていることに注意したい.つまり後にさらに別の語形成を経たり,意味変化を経たりした語も含まれ,今となっては形態や意味においてオリジナルの人(名)からは想像できないほど遠く離れてしまっているケースもあるということだ.語源的に定義づけられているという特殊性を除けば,eponym はその他の一般の語とさほど変わらない振る舞いをしているといえるのではないか.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

Referrer (Inside): [2023-04-04-1]

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2023-04-01 Sat

#5087. 「英語史クイズ with まさにゃん」 in Voicy heldio とクイズ問題の関連記事 [masanyan][helquiz][link][silent_letter][etymological_respelling][kenning][oe][metonymy][metaphor][gender][german][capitalisation][punctuation][trademark][alliteration][sound_symbolism][goshosan][voicy][heldio]

 新年度の始まりの日です.学びの意欲が沸き立つこの時期,皆さんもますます英語史の学びに力を入れていただければと思います.私も「hel活」に力を入れていきます.
 実はすでに新年度の「hel活」は始まっています.昨日と今日とで年度をまたいではいますが,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「英語史クイズ」 (helquiz) の様子を配信中です.出題者は khelf(慶應英語史フォーラム)会長のまさにゃん (masanyan),そして回答者はリスナー代表(?)の五所万実さん(目白大学; goshosan)と私です.ワイワイガヤガヤと賑やかにやっています.

 ・ 「#669. 英語史クイズ with まさにゃん」
 ・ 「#670. 英語史クイズ with まさにゃん(続編)」



 実際,コメント欄を覗いてみると分かる通り,昨日中より反響をたくさんいただいています.お聴きの方々には,おおいに楽しんでいただいているようです.出演者のお二人にもコメントに参戦していただいており,場外でもおしゃべりが続いている状況です.こんなふうに英語史を楽しく学べる機会はあまりないと思いますので,ぜひ hellog 読者の皆さんにも聴いて参加いただければと思います.
 以下,出題されたクイズに関連する話題を扱った hellog 記事へのリンクを張っておきます.クイズから始めて,ぜひ深い学びへ!

 [ 黙字 (silent_letter) と語源的綴字 (etymological_respelling) ]

 ・ 「#116. 語源かぶれの綴り字 --- etymological respelling」 ([2009-08-21-1])
 ・ 「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1])
 ・ 「#1187. etymological respelling の具体例」 ([2012-07-27-1])
 ・ 「#580. island --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-28-1])
 ・ 「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1])

 [ 古英語のケニング (kenning) ]

 ・ 「#472. kenning」 ([2010-08-12-1])
 ・ 「#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語」 ([2016-08-25-1])
 ・ 「#2678. Beowulf から kenning の例を追加」 ([2016-08-26-1])
 ・ 「#1148. 古英語の豊かな語形成力」 ([2012-06-18-1])
 ・ 「#3818. 古英語における「自明の複合語」」 ([2019-10-10-1])

 [ 文法性 (grammatical gender) ]

 ・ 「#4039. 言語における性とはフェチである」 ([2020-05-18-1])
 ・ 「#3647. 船や国名を受ける she は古英語にあった文法性の名残ですか?」 ([2019-04-22-1])
 ・ 「#4182. 「言語と性」のテーマの広さ」 ([2020-10-08-1])

 [ 大文字化 (capitalisation) ]

 ・ 「#583. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった」 ([2010-12-01-1])
 ・ 「#1844. ドイツ語式の名詞語頭の大文字使用は英語にもあった (2)」 ([2014-05-15-1])
 ・ 「#1310. 現代英語の大文字使用の慣例」 ([2012-11-27-1])
 ・ 「#2540. 視覚の大文字化と意味の大文字化」 ([2016-04-10-1])

 [ 頭韻 (alliteration) ]

 ・ 「#943. 頭韻の歴史と役割」 ([2011-11-26-1])
 ・ 「#953. 頭韻を踏む2項イディオム」 ([2011-12-06-1])
 ・ 「#970. Money makes the mare to go.」 ([2011-12-23-1])
 ・ 「#2676. 古英詩の頭韻」 ([2016-08-24-1])

Referrer (Inside): [2024-03-04-1]

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2023-02-01 Wed

#5028. 英語の季節語の歴史のおさらい [youtube][notice][semantic_change][lexicology][metonymy][calendar][french]

 日曜日に公開された YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は,(タイトルが長くてすみません)「かつて英語には「夏」と「冬」しかなかった.「春」や「秋」はどうやってうまれた?」です.20分ほどの動画となっています.どうぞご覧ください.



 今回の英語の季節語の話題は,本ブログを含め別のメディアで何度も繰り返し取り上げてきたもので,特に新しいトピックではありません.補足的な情報や関連する話題も含めて,様々な角度から注目してきましたので,ここでリンクを整理しておきたいと思います.

 ・ hellog 「#1221. 季節語の歴史」 ([2012-08-30-1])
 ・ hellog 「#1438. Sumer is icumen in」 ([2013-04-04-1])
 ・ hellog 「#2916. 連載第4回「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」」 ([2017-04-21-1])
 ・ 外部記事:「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」(=連載「現代英語を英語史の視点から考える」の第4回)
 ・ hellog 「#2925. autumn vs fall, zed vs zee」 ([2017-04-30-1])
 ・ hellog 「#3448. autumn vs fall --- Johnson と Pickering より」 ([2018-10-05-1])
 ・ Voicy heldio 「#69. winter は「冬」だけでなく「年」を表わす」
 ・ Voicy heldio 「#532. 『ジーニアス英和辞典』第6版の出版記念に「英語史Q&A」コラムより spring の話しをします」
 ・ Voicy heldio 「#533. 季節語の歴史」



 もう1つ関連してフランス語における季節語の歴史事情について,三省堂のことばのコラムのシリーズの「歴史で謎解き!フランス語文法(フランス語教育 歴史文法派)」より「第39回 フランス語の季節名の語源はなに?」がお薦めです.

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2022-12-05 Mon

#4970. splendid の語義 [semantics][metaphor][metonymy][adjective][oed][semantic_change][polysemy][synonym][genius6]

 「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]) および「#4969. splendid の同根類義語のタイムライン」 ([2022-12-04-1]) で splendid とその類義語の盛衰をみてきた.類義語間の語義については互いに重なるところも多いのだが,そもそもどのような語義があり得るのだろうか.現在最も普通の形容詞である splendid に注目して語義の拡がりを確認しておきたい.
 先月発売されたばかりの『ジーニアス英和辞典』第6版によると,次のように3つの語義が与えられている.

(1) 《やや古》すばらしい,申し分のない (excellent, great) || a splendid idea すばらしい考え / a splendid achievement 立派な業績 / We had a splendid time at the beach. ビーチですばらしい時を過ごした.
(2) 美しい,強い印象を与える (magnificent); 豪華な,華麗な || a splendid view 美しい眺め / a splendid jewel 豪華な宝石.
(3) 《やや古》[間投詞的に]すばらしい!,大賛成!.


 splendid は,昨日の記事 ([2022-12-04-1]) でも触れたように,語源としてはラテン語の動詞 splendēre "to be bright or shining" に由来する.その形容詞 splendidus が,17世紀に英語化した形態で取り込まれたということである.原義は「明るい,輝いている」ほどだが,英語での初出語義はむしろ比喩的な語義「豪華な,華麗な」である.原義での例は,その少し後になってから確認される.さらに,時を経ずして「偉大な」「有名な」「すぐれた,非常によい」の語義も次々と現われている.19世紀後半の外交政策である in splendid isolation 「光栄ある孤立」に表わされているような皮肉的な語義・用法も,早く17世紀に確認される.このような語義の通時的発展と共時的拡がりは,いずれもメタファー (metaphor),メトニミー (metonymy),良化 (amelioration),悪化 (pejoration) などの観点から理解できるだろう.参考までに OED の語義区分を挙げておく.

1.
   a. Marked by much grandeur or display; sumptuous, grand, gorgeous.
   b. Of persons: Maintaining, or living in, great style or grandeur.
2.
   a. Resplendent, brilliant, extremely bright, in respect of light or colour. rare.
   b. Magnificent in material respects; made or adorned in a grand or sumptuous manner.
   c. Having or embodying some element of material grandeur or beauty.
   d. In specific names of birds or insects.
3.
   a. Imposing or impressive by greatness, grandeur, or some similar excellence.
   b. Dignified, haughty, lordly.
4. Of persons: Illustrious, distinguished.
5. Excellent; very good or fine.
6. Used, by way of contrast, to qualify nouns having an opposite or different connotation. splendid isolation: used with reference to the political and commercial uniqueness or isolation of Great Britain; . . . .

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2022-10-08 Sat

#4912. 意味調整における前景化と背景化 [semantics][modulation][collocation][metonymy]

 昨日の記事「#4911. 意味調整における昇格と降格」 ([2022-10-07-1]) に引き続き,文脈が語に与える意味調整 (semantic modulation) について.
 意味調整には,昇格 (promotion) や降格 (demotion) と似てはいるが別種のタイプがある."highlighting" と "backgrounding" と言われるものだ.当面,それぞれを「前景化」「背景化」と和訳しておく.Cruse (53) の説明と例が分かりやすい.

Another effect of contextual modulation on the sense of a lexical unit involves the relative highlighting or backgrounding of semantic traits. Different sorts of trait can be affected in this way. Two examples will suffice. First, some part of an object (or process, etc.) may be thrown into relief relative to other parts. For instance, The car needs servicing and The car needs washing highlight different parts of the car. (This is not to say that car refers to something different in each of these sentences --- in both cases is is the whole car which is referred to.) Second, it is commonly the case that what is highlighted or backgrounded is an attribute, or range of attributes, of the entity referred to. For instance, We can't afford that car highlights the price of the car, Our car crushed Arthur's foot its weight. It is in respect of 'contextually modulated sense' that a lexical unit may be justifiably said to have a different meaning in every distinct context in which it occurs.


 文脈に応じて同じ car という語に意味調整が働き,注目点が精妙に操作されているわけだ.前景化(および背景化)は,指示対象の特定の「部分」や「属性」に注目する点で,メトニミー (metonymy) と関係が深い.

 ・ Cruse, D. A. Lexical Semantics. Cambridge: CUP, 1986.

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2022-09-30 Fri

#4904. mouth よもやま話 [etymology][th][fricative_voicing][conversion][metaphor][metonymy][bible][idiom]

 「口;口状のもの」を意味する mouth /maʊθ/ の周辺の話題をあれこれと.
 語源は古英語 mūþ (口)である.さらに遡れば印欧語根 *men- (to project) に遡り,口のことを突き出した体の部位ととらえたことに由来する.印欧語根にみられる *n は,古英語にかけて摩擦音の前で脱落したために残っていないが,対応するドイツ語 Mund (口)には残っている.同じ印欧語根からはフランス語を経由して mount (登る),mountain/Mt. 「山」なども派生している.
 mouth には動詞として「もぐもぐ言う;口先だけで言う」の意味もある.14世紀に名詞から品詞転換 (conversion) してできたもので,当初は「しゃべる」ほどの語義だった.
 なお,動詞としての発音は語末の摩擦音が有声化して /maʊð/ となることに注意.mouth 以外にも,th が名詞では無声音,動詞では有声音となる語は少なくない (ex. bath -- bathe, breath -- breathe, cloth -- clothe, sooth -- soothe, tooth -- teethe) .実はこの現象は th に限らず fs など他の摩擦音にも見られる.「#2223. 派生語対における子音の無声と有声」 ([2015-05-29-1]) を参照.
 mouthth が有声化するのは動詞用法の場合だけではない.名詞として複数形となる場合にも mouths /maʊðz/ のように有声化するので要注意である(ただし無声で発音される /maʊθs/ がまったくないわけではない).同様に baths, oaths, paths, truths, youths などでも /-ðz/ と発音されることが多い.詳しくは「#702. -ths の発音」 ([2011-03-30-1]) を参照.
 mouth について注目したい聖書由来のイディオムとして out of the mouths of babes (and sucklings) がある."Out of the mouth of babes and sucklings hast thou ordained strength because of thine enemies, that thou mightest still the enemy and the avenger" (The Book of Psalms 8:2) に由来する表現だが,現在では子供から思いがけず発せられる鋭い言葉をユーモラスに指す表現となっている.
 英語の mouth も日本語の「口」も,体の部位を表す身近な単語として両言語で意味拡張の様子がよく似ている.例えば,日本語の「河口」「噴火口」「洞穴の口」といった「口」のメタファーは,英語でも the mouth of a river/volcano/cave というようにそのまま対応する.一方,「口が悪い」「口を閉じる」は a foul mouth, shut one's mouth にそのまま対応するメトニミーである.

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