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phonotactics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-08-12 08:43

2020-05-12 Tue

#4033. 3重字 <tch> の分布と歴史 [spelling][orthography][consonant][phonotactics][digraph][norman_french][digraph][trigraph][romaji]

 中学1年生の英語教科書に,英語綴字の世界に徐々に誘うためにヘボン式ローマ字を経由するという試みがあるようだ.そこで「抹茶」は matcha と綴られるとの記述がある.案の定それ以上の詳しい説明はなく,ヘボン式ローマ字(そして含意として英語の正書法の一部)では,そのように綴られるのだとさらっと提示されているだけである.今回は,この無声後部歯茎破擦音 [ʧ] に対応する <tch> という3重字 (trigraph) が,英語の正書法において,そしてその歴史において,どのように位置づけられてきたかを考えてみたい.
 現代英語の正書法では,[ʧ] の発音に対しては <ch> という2重字 (digraph) の対応が最も普通である (ex. chance, child, choose, crunchy, duchess, luncheon, bench, such, which) .しかし,主に語末において問題の <tch> への対応例も少なくない.例えば,「#49. /k/ の口蓋化で生じたペア」 ([2009-06-16-1]) でみたように古英語の口蓋化 (palatalisation) で生じた語形に由来する batch, ditch, match (相手), watch, wretch などがすぐに挙げられるし,「#95. まだある! Norman French と Central French の二重語」 ([2009-07-31-1]) でみたように catch といった Norman French 由来の借用語や,その他フランス語からの借用語の例として crotch, match (マッチ棒),butcher, hatchet, hutch などもある.
 Upward and Davidson (159) によれば,<tch> の事例の7割ほどは,ゲルマン系の語の語末において起こっているという.語中に現われる例は,上にいくつか示したもののほか,重要な語として古英語から文証される kitchen を挙げておこう.
 また,相対的に目立たないが,上述の通りフランス借用語の例も確かにある.それらの語は,中英語期の借用時にこそ boucher, hachet, huche などと <ch> で綴られたが,後に <tch> をもつ本来語に引きつけられたのか,butcher, hatchet, hutch という綴字へ鞍替えした.鞍替えといえば逆のパターンもあり,初期近代英語では atchieve, batcheler, dutchess, toutch などと綴られていた語が,後に <ch> で綴られるようになっている (Upward and Davidson 159) .
 語の内部での位置についていえば,「#3882. 綴字と発音の「対応規則」とは別に存在する「正書法規則」」 ([2019-12-13-1]) で触れたように,<tch> が語頭に立つことは原則としてない.
 音素配列論の観点からは,<tch> に先行する母音は原則として短母音であるという特徴がある.しかし,aitch (= H) だけは例外で2重母音が先行している.これは,オリジナルの ache の綴字が「痛み」を意味する語と同綴りになってしまうことを嫌った19世紀の刷新とされる (Upward and Davidson 159) .
 改めて中英語にまで話しを戻すと,当時の綴字の多様性はよく知られている通りだが,問題の無声後部歯茎破擦音についても <cc>, <cch>, <chch>, <hch>, <tch> などの異綴りがあった.現代英語の <tch> をもつ語群が,その安定的な綴字を示すようになるのは1600年頃だという (Upward and Davidson 38) .
 最後に世界の諸言語からの借用語にみられる,多少なりともエキゾチックな <tch> を挙げておこう.apparatchik, datcha, etch, ketchup, kvetch, litchi, patchouli, potlatch, sketch. そして興味深い固有名の例も.Aitchison, Batchelor, Bletchley, Cesarewitch, Craitchit, Dutch, Hitchin, Hutchinson, Kitchener, Mitchell, Redditch, Ritchie, Saskatchewan, Thatcher.
 このような複雑な歴史を経てどうにかこうにか定着した英語正書法の <tch> が,ヘボン式ローマ字による matcha (抹茶)の綴字に引き継がれていることになる.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2020-04-17 Fri

#4008. <x> ≡ /z/ の対応について (3) [x][grapheme][verners_law][phonotactics][consonant][metathesis]

 この2日間の記事 ([2020-04-15-1], [2020-04-16-1]) で標題について少し調べてきたが,いまだ解決していない.そこで,1つ仮説を立ててみた.
 英語の音節の頭 (onset) に現われる子音連鎖には制約があり,原則として昔から今まで /ks/ も /gz/ も onset に立つことはできない.とはいえ借用語などでは例外的に可能な場合があり,まさに今回の一連の問題で扱ってきた xenon, Xerses などもすべて借用語であるため,/ks/ や /gz/ の発音はあり得るといえばあり得る.しかし,多くの場合,借用語が英語に同化する過程で,外来の不規則な発音も英語の音素配列規則に順応していくものだ.その際,どのように順応していくかにはいくつかのパターンがある.
 1つは,子音連鎖を解消するために第1子音を落とす,語頭音消失 (apheresis) による解決法である.実際,すでに2日間の記事で見てきたように,<x> ≡ /z/ は <x> ≡ /gz/ から apheresis を経た結果として説明されてきた.「#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史」 ([2018-11-08-1]),「#3938. 語頭における母音の前の h ばかりが問題視され,子音の前の h は問題にもされなかった」 ([2020-02-07-1]) でみたように,[kn-], [gn-], [wr-], [wl-], [hr-], [hl-], [hn-], [hw-] 等からの第1子音消失は英語史でもありふれた現象であり,[gz-] も同様に考えることができる.
 もう1つは,子音連鎖の間に母音を挿入すること (anaptyxis) で子音連鎖を解消するという方法だ.Minkova (132--33) によれば,たとえば著名なアメリカ人スタントマン Evel Knievel の姓はドイツ語名として語頭の [k] も発音されるが,/kn-/ は現代英語の音素配列規則に反するので,[kəˈniːvəl] のように曖昧母音を間に挿入することで違反を回避している.同様に,中英語でも knight が <kinicht>, <cinth>,knife が <kinf>,kneeled が <keneleden> と綴られた anaptyxis を示唆する事例がある.xenon, Xerses などの [ks-], [gz-] に(曖昧)母音が挿入されて [kəs-], [gəz-] となった事例があったかどうかは確認できていないが,少なくとも理論上はあり得たと思われる.(ちなみに上記の knight を表わす <cinth> については,anaptyxis というよりは音位転換 (metathesis) の事例とみるべきかもしれない.音位転換も子音連鎖に対するもう1つの解決法である.)
 3つめに,問題の子音連鎖の前に母音を挿入する (prosthesis) ことで,onset の制約を回避するという方法がある.「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) で取り上げたように,フランス借用語では子音連鎖の前に挿入された非語源的な語頭の e の例がよく見られる (ex. especial, escalade) .子音連鎖の例から離れるが,子音音素 /ŋ/ は原則として onset に立つことができないので,ザンビアの貨幣単位である ngwee は語頭に曖昧母音を挿入して [əŋ ˈwiː] と発音されるのが普通である.これによって /ŋ/ は音節頭ではなく音節末に立つことになり,音素配列論的に適格となる.
 やや長い前置きとなったが,私の仮説は第3の解決法に基づくものである.<x> ≡ /ks/ をデフォルトとすると,借用語の語頭の <x> は直前に母音が挿入された [əks-] として実現される機会があったのではないか.これは ngwee の場合のように,綴字にはなかなか現われないと思われ,実証もしにくいだろうが,少なくとも発音の variant としてはあり得たと想定される.そうなると,子音連鎖に続く(新たな第2音節の)母音は相対的に強い強勢をもつことになるので,従来の「英語史における Verner's Law」にしたがって,件の子音連鎖は有声化し,[əgz-] となるだろう.この有声化した発音がもととなり,その上に第1の解決法である語頭音消失の効果も重なったのではないか.これについて非常に示唆的な指摘として,Minkova (139fn) の Xavier の発音に関するコメントを引用しておこう.

The initial <x> in Xavier [ˈzeɪvɪə(r)] is sometimes taken to represent [ks-] as in X-ray, triggering prosthetic [ɛ-/ə]: [ɛgˈzeɪvɪə(r)] . . . .


 私の仮説は,端的にいえば [ks-] → [əks-] → [əgz-] → [gz-] → [z-] という過程である.実際にはこの過程は必ずしも時系列できれいに進んだわけではないだろうし,しばらくは異なる発音が variants として並存していたに違いない.また,語頭音添加 (prosthesis) と語頭音消失 (apheresis) という反対向きの解決法が同一過程に生じているという点についても,もっと説得力のある下支えが必要のように思われる.それでも,onset における特定の子音連鎖を回避するために,複数の解決法が同時に試みられ,その込み入った相互作用の結果,標準発音として /z-/ という1つの結論に終着した,ということは十分にありそうである.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-02-20 Thu

#3951. 現代英語において /h/ の分布はむしろ拡がっている? [h][consonant][phonotactics][spanish][link][ame]

 英語の歴史において /h/ という子音音素の位置づけが不安定だったことについて,最近では「#3936. h-dropping 批判とギリシア借用語」 ([2020-02-05-1]),「#3938. 語頭における母音の前の h ばかりが問題視され,子音の前の h は問題にもされなかった」 ([2020-02-07-1]),「#3945. "<h> second" の2重字の起源と発達」 ([2020-02-14-1]) で触れてきた.過去にも以下の記事をはじめとして h の記事で話題にしてきた.

 ・ 「#214. 不安定な子音 /h/」 ([2009-11-27-1])
 ・ 「#459. 不安定な子音 /h/ (2)」 ([2010-07-30-1])
 ・ 「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1])
 ・ 「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1])
 ・ 「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1])
 ・ 「#1899. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (3)」 ([2014-07-09-1])

 では,現代英語において問題の /h/ はどのくらい不安定なのか.標準英語から一歩離れれば Cockney を含む多くの変種で /h/ の存在が危ういという現実を知れば,不安定さは昔も今もさほど変わっていないだろうと想像されるが,そうでもないらしい.Minkova (115) は,むしろ /h/ が生起する音環境は拡がっているという事実があるという.歴史的には /h/ は原則として強勢のある語幹頭にしか現われなかったが,今やそれ以外の環境でも現われるようになっているという.しかも,この分布の拡大に貢献している要因の1つが,なんと /h/ をもたないはずのスペイン語だというのだから驚く.しかし,解説を読めば納得できる.

The overall picture is clear: in native words /h-/ remains stable only if it forms the single onset of a stressed syllable, which is tantamount to saying that in the native vocabulary this consonant is historically restricted to stem-initial position. The distribution of /h-/ is broadening, however. In the last century, Spanish-English bilingualism in the American Southwest has resulted in the formation of new varieties of Latino Englishes, which in their turn influence AmE. One such influence results in the acceptability of stem-internal /h-/, as in jojoba, mojo, fajita. Also ... /h-/ is retained in borrowings in the onset of unstressed syllables: rioha (1611), alóha (1825), mája (1832), fáham 'an orchid native to Mauritius' (1850), an it is formed natively as in Soho (1818), colloquial AmE doohickey [ˈduːhɪkɪ], yeehaw [ˈjiːhɑ], most recently the blend WeHo [ˈwiːhoʊ] 'West Hollywood' (2006).


 英語がスペイン語の <j> ≡ /x/ を取り込むときに,英語の音素として存在しない /x/ の代わりに,聴覚印象の近い /h/ で取り込む習慣があるから,というのが答えだ.英語は /h/ 音素をもたない(しかし綴字としては <h> をもつ)ラテン語やロマンス諸語から多大な影響を受けながら,やれ綴字発音 (spelling_pronunciation) だ,やれスペイン語の /x/ の代用だといいつつ,意外と /h/ の地位を補強してきたのかもしれない.
 引用中にある Latino English については「#2610. ラテンアメリカ系英語変種」 ([2016-06-19-1]) を参照.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-02-19 Wed

#3950. イディッシュ語話者のアメリカ移住が現代英語の音素体系に及ぼした影響 [yiddish][loan_word][phonology][phoneme][phonemicisation][phonotactics][consonant][phonotactics][contact][borrowing][phonaestheme]

 昨日の記事「#3949. 津波が現代英語の音素体系に及ぼした影響」 ([2020-02-18-1]) に引き続き,似たような話題を Minkova (148--149) より提供したい.昨日の記事で,現代的な現象として語頭に [ts-] という子音群が立つ借用語の例を紹介したが,さらに最近の注目すべき語頭の子音群として [ʃm-, ʃl-, ʃt-] を挙げる.これらも借用語に起源をもつという点で非英語的な子音連鎖ではあるが,様々な言語をソースとする [ts-] とは異なり,ソースがほぼ特定される.世界中のユダヤ系の人々が用いているイディッシュ語 (yiddish) である.イディッシュ語は,「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]) のゲルマン語派の系統図で示したように,歴とした西ゲルマン語群に属する言語である.
 第2次世界大戦後,アメリカ合衆国をはじめとする英語圏に広く移住したイディッシュ語話者が,自言語の語彙とともに,上記の特徴的な子音連鎖を英語に持ち込んだ.そして,その話者集団の文化的な影響力ゆえに,問題の子音連鎖が英語のなかで「市民権」を獲得してきたという次第である.しかし,その「市民権」たるや,何かさげすむような,おどけたような独特の含蓄をもちつつ,生産的な魅力を放っているのである.例として schmaltz (過度の感傷主義), schmooze (おしゃべり), schmuck (男性器), shtetl (小さなユダヤ人町), shtick (こっけいな場面), shtum (黙った), shtup (セックス)など.schm- [ʃm-] に至っては,独特の音感覚性 (phonaesthesia) を示す生産的な要素となっている.
 Minkova (148--149) の解説を引用しよう.

After World War II, Yiddish is spoken by more people in English-speaking countries --- US, Canada, Australia and Great Britain together --- than in Continental Europe or Israel. Large Yiddish communities in New York, Los Angeles, Melbourne and Montreal have contributed to the recognition and integration of new vocabulary and new consonant clusters: [ʃm-, ʃl-, ʃt-], which have become productive phonaesthemes in PDE. With at least a quarter of a million Yiddish speakers in North America, and a strong presence of Yiddish culture in film, TV and literature, familiarity with these clusters is to be expected and there is no attempt to assimilate them to some native sequence. What is more, the onset <schm-> [ʃm-], treated as a 'combining form' since 1929 by the OED, is clearly productive in playful reduplication, generating mildly disparaging or comic attention-getters: madam-shmadam, able-shmable, holy-shmoly, the Libros Shmibros lending library in Los Angeles.


 昨日取り上げた [ts-] にしても,今回の [ʃm-, ʃl-, ʃt-] にしても,英語が様々な言語と接触し,語彙を取り込むと同時に,そこに付随する独特な音素配列をも取り込んできた経緯がよく分かる.言語接触 (contact) の機会が多ければ,間接的な形で音素体系にもその影響が及ぶことを示す好例といえるだろう.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-02-19 Wed

#3950. イディッシュ語話者のアメリカ移住が現代英語の音素体系に及ぼした影響 [yiddish][loan_word][phonology][phoneme][phonemicisation][phonotactics][consonant][phonotactics][contact][borrowing][phonaestheme]

 昨日の記事「#3949. 津波が現代英語の音素体系に及ぼした影響」 ([2020-02-18-1]) に引き続き,似たような話題を Minkova (148--149) より提供したい.昨日の記事で,現代的な現象として語頭に [ts-] という子音群が立つ借用語の例を紹介したが,さらに最近の注目すべき語頭の子音群として [ʃm-, ʃl-, ʃt-] を挙げる.これらも借用語に起源をもつという点で非英語的な子音連鎖ではあるが,様々な言語をソースとする [ts-] とは異なり,ソースがほぼ特定される.世界中のユダヤ系の人々が用いているイディッシュ語 (yiddish) である.イディッシュ語は,「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]) のゲルマン語派の系統図で示したように,歴とした西ゲルマン語群に属する言語である.
 第2次世界大戦後,アメリカ合衆国をはじめとする英語圏に広く移住したイディッシュ語話者が,自言語の語彙とともに,上記の特徴的な子音連鎖を英語に持ち込んだ.そして,その話者集団の文化的な影響力ゆえに,問題の子音連鎖が英語のなかで「市民権」を獲得してきたという次第である.しかし,その「市民権」たるや,何かさげすむような,おどけたような独特の含蓄をもちつつ,生産的な魅力を放っているのである.例として schmaltz (過度の感傷主義), schmooze (おしゃべり), schmuck (男性器), shtetl (小さなユダヤ人町), shtick (こっけいな場面), shtum (黙った), shtup (セックス)など.schm- [ʃm-] に至っては,独特の音感覚性 (phonaesthesia) を示す生産的な要素となっている.
 Minkova (148--149) の解説を引用しよう.

After World War II, Yiddish is spoken by more people in English-speaking countries --- US, Canada, Australia and Great Britain together --- than in Continental Europe or Israel. Large Yiddish communities in New York, Los Angeles, Melbourne and Montreal have contributed to the recognition and integration of new vocabulary and new consonant clusters: [ʃm-, ʃl-, ʃt-], which have become productive phonaesthemes in PDE. With at least a quarter of a million Yiddish speakers in North America, and a strong presence of Yiddish culture in film, TV and literature, familiarity with these clusters is to be expected and there is no attempt to assimilate them to some native sequence. What is more, the onset <schm-> [ʃm-], treated as a 'combining form' since 1929 by the OED, is clearly productive in playful reduplication, generating mildly disparaging or comic attention-getters: madam-shmadam, able-shmable, holy-shmoly, the Libros Shmibros lending library in Los Angeles.


 昨日取り上げた [ts-] にしても,今回の [ʃm-, ʃl-, ʃt-] にしても,英語が様々な言語と接触し,語彙を取り込むと同時に,そこに付随する独特な音素配列をも取り込んできた経緯がよく分かる.言語接触 (contact) の機会が多ければ,間接的な形で音素体系にもその影響が及ぶことを示す好例といえるだろう.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-02-18 Tue

#3949. 津波が現代英語の音素体系に及ぼした影響 [phonology][phoneme][phonemicisation][phonotactics][consonant][japanese][loan_word]

 現代英語では [ts] の発音は珍しくも何ともない.cats, hits, let's, nights, watts など,t で終わる基体に複数や3単現の -s が付加すれば,すぐに現われる音連鎖だ.しかし,この破擦音は2つの形態素をまたぐ位置に生じるため,音韻論的にはあくまで音素 /t/ と音素 /s/ が各々独立した立場で,この順に並んだものと解釈される.つまり,[ts] の音素表記はあくまで /ts/ であり,/t͡s/ ではない.
 しかし,借用語まで視野に入れると,形態素境界をまたぐわけではない [ts] も現に存在する.ロシア語からの借用語 tsar/czar (皇帝)は [zɑː] とも発音されるが,[tsɑː] とも発音される.日本語からの借用語 tsunami も [ts] で発音される.数は多くないが語末以外に [ts] が現われる借用語は近代以降増えてきており,/ts/ ではなく /t͡s/ の意識が芽生えてきているともいえるかもしれない.もしそうであれば最新の音素化 (phonemicisation) の事例となり,英語音韻史上の意義をもつ.この点で Minkova (148) の議論が参考になる.

. . . /ts/ is phonotactically non-native but not universally unattested. The earliest <ts->-initial borrowing in English is from Slavic: tsar (1555); the voiceless alveolar affricate onset [t͡s-] in this word and its many derived forms is most commonly assimilated to a singly articulated [z-], though the affricate [t͡s-] pronunciation is also recorded. Only three more [t͡s-] words were added in the sixteenth to seventeenth century, nine in the eighteenth century, and twenty-three between 1901 and 1975, with sources from languages from all over the world: Burmese, Chinese, German, Greek and Japanese. All of the most recent borrowing preserve the [t͡s-]; apparently the phonotactic constraint which generated the [z-] in tsar is no longer part of the system: no one would say [t͡s-] or [zuːˈnɑmi]. In other words, [t͡s-], although of more recent lineage, is likely to join [ʒ] ... as an addition to the consonantal inventory. The still marginal acceptability of a [t͡s-] onset can be related to its relative complexity and lower frequency of occurrence, though tsunami is hardly a rare item in English after 2011.


 [t͡s-] で始まる単語がまだ少なく,たいてい頻度も低いので,/t͡s/ の音素化が起こっているとはいえ,あくまで緩やかなものだという議論だが,引用の最後にあるように tsunami は決してレアな単語ではない.自然災害や気象など地球環境の変化に懸念を抱いている現代世界の多くの人々が注目するキーワードの1つである.この単語が高頻度化するというのは私たちにとって望ましくないことだが,英語の音素体系の側からみれば /t͡s/ の着実な音素化に貢献しているともいえる.
 過去の最新の音素化といえば,引用にも触れられているように /ʒ/ が挙げられるし,/ŋ/ もある.前者については「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]) の (2) を,後者については「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]) を参照.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

Referrer (Inside): [2020-02-19-1]

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2020-02-07 Fri

#3938. 語頭における母音の前の h ばかりが問題視され,子音の前の h は問題にもされなかった [h][sound_change][consonant][aphaeresis][phonotactics]

 昨日の記事「#3937. hospitalhumbleh も200年前には発音されていなかった?」 ([2020-02-06-1]) で,語頭が <h> で綴られていながら /h/ で発音されない小さな語群があること,またその語群のメンバーも通時的に変化してきたことをみた.そのような例外的な振る舞いを示す語群が,なぜ,どのようにして選ばれてきたのかは不明であり,今のところ恣意的(社会言語学的恣意性とでもいおうか)というよりほかないように思われる.
 選択の恣意性ということでいえば,もう1つ関連する現象がある.上記の例外の対象や h-dropping の非難が差し向けられる対象は,主にラテン語,フランス語,ギリシア語からの借用語の語頭における母音の前の h であることだ.換言すれば,h の消失や復活が社会的威信の問題となるかどうかは語源や音環境に依存しているということだ(語源との関連については「#3936. h-dropping 批判とギリシア借用語」 ([2020-02-05-1]) を参照).語源や音環境が異なるケースでは,そもそも h は問題にすらなっていないという事実がある.
 具体的にいえば,本来語の語頭において子音の前に現われる h である.古英語では hring (= "ring"), hnappian (= "to nap"), hlot (= "lot"; cf. 「#2333. a lot of」 ([2015-09-16-1])),hwīt (= "white") などの語頭の子音連鎖が音素配列上あり得たが,初期中英語期の11--12世紀に h が弱化・脱落し始めた (Minkova 108--09) .この音変化については「#3386. 英語史上の主要な子音変化」 ([2018-08-04-1]) で少し触れた程度だが,英語史上の母音の前位置での h の消失(あるいは不安定さ)とも無関係ではない.子音連鎖における h の消失は,現代の発音にも綴字にも痕跡を残さないくらいに完遂したが,hw- (後に <wh-> と綴られることになる)のみは例外といえるだろう.これについては「#1795. 方言に生き残る wh の発音」 ([2014-03-27-1]),「#3630. なぜ who はこの綴字でこの発音なのか?」 ([2019-04-05-1]),「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1]) を参照されたい.
 いずれにせよ,古英語に存在した語頭の「h + 子音」は,近代英語までに完全に消失し,音素配列的にも社会言語学的にも問題とすらなり得なかった.近代英語までに問題となり得るべく残ったのは,それ自身が長い歴史をもつ「h + 母音」における h だった.そこに音素上の問題,そしていかにも近代英語的な懸案事項である語種の問題,および社会言語学的威信の問題が絡まって,現在にまで続く「h を巡る難問」が立ち現われてきたのである.
 h を巡る問題は,このように英語史上の原因があるといえばあるのだが,究極的には恣意的と言わざるを得ない.音韻史上の必然的なインプットが,社会言語学的に恣意的なアウトプットに利用された,という風に見えるのである.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2019-12-13 Fri

#3882. 綴字と発音の「対応規則」とは別に存在する「正書法規則」 [orthography][spelling][grammatology][phonotactics]

 英語の正書法を議論する場合には,文字と音素の間の対応規則 (correspondence rules) について考えることが多い.「#3879. アルファベット文字体系の「1対1の原理」」 ([2019-12-10-1]) でみたように,特定の文字が複数種類の発音に対応してしまったり,あるいはその逆の場合があったりする例が,原理からの逸脱として考察の対象となるからだ.
 しかし,英語の正書法には,文字と音素の対応関係に関する規則とは別に,文字の共起や位置に関する独特な規則が様々に存在する.「正書法規則」 (orthographic regularities) と呼ばれるものである (Cook 14) .たとえば,<q> の後にはほぼ必ず <u> が来るという特徴がみられるが,これは文字と音素との対応関係に関する規則というよりは,2つの文字の共起に関する規則といったほうがよい(cf. 「#3649. q の後には必ず u が来ますが,これはどういうわけですか?」 ([2019-04-24-1])).
 ほかにも,<th>, <rh> のような2重字 (digraph) について,共起や並び順に関する規則を指摘できるだろう.<th>, <rh> は英語の正書法としてあり得るが,文字の並びを逆転させた <ht> や <hr> は許容されない(ただし,中世英語では普通にあり得た).
 特定の文字(列)が,単語内のどの位置に現われ得るか,得ないかというレベルの規則もある.たとえば,一般的には <j>, <h>, <v> は語末には現われないことになっている(例外的に Raj, Pooh, spiv などはある).<k> は語頭には立つが,語末には現われにくい(例外的に amok など).逆に,<tch> は語頭に現われることはほとんどない.
 発音の世界に音素配列論 (phonotactics) の規則があるのと同様に,綴字の世界にも類似物があることが分かる.すると,上で述べてきた「正書法規則」 (orthographic regularities) は,"graphotactics" あるいは "graphotactic rules" と呼べそうだ.むしろ,そちらのほうが用語として分かりやすい.英語の綴字に関する規則には,大きく分類して correspondence rules と graphotactic rules の2種類がある,とすればすっきり理解できる.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-05-20 Mon

#3675. kn から k が脱落する音変化の過程 [pronunciation][phonetics][sound_change][consonant][phonotactics][assimilation][dissimilation]

 knead, knee, knell, knife, knight, knob, knock, knot, know などに見られる <kn> のスペリングは,発音としては [n] に対応する.これは,17世紀末から18世紀にかけて [kn] → [n] の音変化が生じたからである.この話題については,本ブログでも以下の記事で扱ってきた.

 ・ 「#122. /kn/ で始まる単語」 ([2009-08-27-1])
 ・ 「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1])
 ・ 「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1])
 ・ 「#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史」 ([2018-11-08-1])
 ・ 「#3386. 英語史上の主要な子音変化」 ([2018-08-04-1])

 この音変化は,数世代の時間をかけて [kn] → [xn] → [hn] → [n] という段階を経ながら進行したと考えられている.Dobson (Vol. 2, §417) より,解説箇所を引用する.

In OE and ME [k] in the initial group kn- in, for example, knife had the same pronunciation as before the other consonants (e.g. [l] in cliff), and is retained as [k] by all sixteenth- and most seventeenth-century orthoepists. The process of loss was that, in order to facilitate transition to the [n] (which is articulated with the point of the tongue, not the back as for [k]), the stop was imperfectly made, so that [k] became the fricative [χ], which in turn passed into [h]; the resulting group [hn] then, by assimilation, became voiceless [n̥], which was finally re-voiced under the influence of the following vowel.


 この音変化の時期については,Dobson は次のように考えている.

[T]he entry of this pronunciation into educated StE clearly belongs to the eighteenth century. The normal seventeenth-century pronunciation was still [kn], but the intermediate stages [hn] and/or [n̥] were also in (perhaps rare) use.


 この音変化のタイミングは,「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1]) で示唆したとおり方言によって早い遅いの差があったので,いずれにせよ幅をもって理解する必要がある.
 関連して,gnarr, gnash, gnat, gnaw, gnome における [gn] → [n] の音変化についてもみておこう.一見すると両変化はパラレルに生じたのではないかと疑われるところだが,実際には「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]) で記したように両者のタイミングは異なる.[gn] → [n] のほうが少し早いのである.
 しかし,Dobson (Vol. 2, §418) は精妙な音変化の過程を想定して,両変化はやはり部分的には関連していると考えているようだ.

Initial [gn] had two developments which affected educated speech in the sixteenth and seventeenth centuries. In the first the [g] was lost by a direct process of assimilation to [n]; too early opening of the nasal passage would tend to produce [ŋn], which would forthwith become [n]. In the second [gn] by dissimilation becomes [kn], the vibration of the vocal chords being delayed fractionally and coinciding, not with the making of the stop, but with the opening of the nasal passage; thereafter it develops with original kn- through [χn] and [hn] to [n̥] and [n].


 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 1st ed. 2 vols. Oxford: Clarendon, 1957.

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2019-04-29 Mon

#3654. x で始まる英単語が少ないのはなぜですか? [sobokunagimon][x][grapheme][phonotactics]

 これまでにも何度か寄せられたことのあった質問です.確かに英語辞書でみても <x> の文字で始まる見出し語は最も少なく,存在感が薄いといえます.
 <x> は,その呼び名 /eks/ が示す通り,典型的には /ks/ (あるいはその有声版 /gz/) の発音を表わします (ex. fox, anxious; exit, anxiety) .しかし,これらの子音連鎖は,原則として英単語の語頭には現われません.だから <x> という文字で始まる単語がほとんどないのです.
 なぜ語頭では /ks/, /gz/ がありえないのかという問い自体は,難しい問題です.英語でも語頭以外では頻繁に現われる子音連鎖なので,その調音が生理的に難しいということは言えません.また,他の言語に目を移せば,ギリシア語などで,/ks/ は語頭でも普通に現われます.したがって,音声学的な理由を探すことは難しそうです.
 しかし,音韻論,より正確には音素配列論 (phonotactics) では,これを単純に「規則」とみなします.つまり,英語では語頭にこの子音連鎖が起こることは許されないという規則があると考えるわけです.日本語でも「ん」は,音声学的には単語内のどの位置に現われても問題ないはずですが,語頭に起こることは原則として許されません.そこで,語頭に「ん」が現われることはできないという音素配列論上の規則があると考えるわけです.このように,各言語には独自の音素配列の規則が備わっています.音素配列論は,非常に多くの,かつ込み入った規則の集合体ですが,母語話者は,母語習得に際して無意識のうちにそれを完璧に学び取ってしまうのです.人間はたいしたものです.
 さて,<x> で始まる英単語は少ないですが,皆無ではありません.そのような単語は,Xmas (= Christmas) や X-ray のような特殊な例か,あるいは /z/ で発音されるギリシア借用語に限られます.<x> ≡ /z/ の対応は,<x> ≡ /gz/ の第1子音の脱落によるものと考えられます.Carney (238) いわく,"One or two words have a §Greek correspondence <x>≡/z/ initially (or for some speakers <x>≡/gz/) --- xenon, xenophobia, xerox, xylophone." ほかに固有名詞として Xanadu, Xanthippe, Xavier, Xenia, Xerxes なども類例です.
 <x> については,「#2280. <x> の話」 ([2015-07-25-1]),「#2918. 「未知のもの」を表わす x」 ([2017-04-23-1]) を始めとする x の記事もご覧ください.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

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2019-02-10 Sun

#3576. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 発音 [aave][variation][variety][rhotic][pronunciation][phonetics][phonotactics]

 日本語で「黒人英語」と言い習わされている英語変種は,社会言語学では AAVE (= African American Vernacular English) と呼ぶことが多い.他にも Black English Vernacular, African-American English, Afro-American (English), (American) Black English, black English など様々な呼び方が行なわれているが,以下は AAVE で通す.
 本ブログでは「#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題」 ([2014-06-25-1]) を含む aave の各記事で AAVE の言語的特徴や起源について紹介してきた.毎年のように AAVE に関心のある学生がゼミなどに現われることもあり,今日から向こう数回にわたり,もう少し体系的に AAVE の言語的特徴を紹介していきたい.McArthur の英語事典の BLACK ENGLISH VERNACULAR の項 (133--35) に依拠しながら,発音,文法,語彙,語用などの部門別に紹介していく予定である.
 今回はイントロとして AAVE そのものが一枚岩ではなく,変異 (variation) に特徴づけられる変種であることをまず強調した上で,発音の特徴へと進みたい.AAVE は,米国の黒人の大多数が母方言とする英語変種である.しかし,その内部には種々の下位変種があり,社会階層によっても異なるし,都市・田舎の別によっても異なる.比較的「標準的な」ものから,教育を受けておらず,生まれ育った環境から外に出ない貧しい黒人によって話される「訛りのきつい」ものまで幅広い.標準的な AAVE といっても,標準英語と同様に地域による差異は存在する.南部の AAVE は(白人の話す)南部英語の語法を取り込んでいるし,北部の AAVE も同様である.個人や状況によっても,訛の強い AAVE 変種と標準英語に近い変種との交替 (style-shifting) がしばしば見られ,(社会)言語学的に正確な記述は困難を極める.
 では,典型的な AAVE の発音特徴をいくつか挙げていこう.

 (1) 一般的なアメリカ南部方言と同様に,non-rhotic である.car は "ca" のように,party は "pahty" のように発音される.唇音を含む子音群に起こる /l/ は脱落し,help は "hep" に,self は "sef" になる.rl は,We're comingWe'll be here などにおいても脱落し,"We comin" や "We be here" のようになる.

 (2) -ing において,/ŋ/ は /n/ で置換される.coming, running は,したがって "comin", "runnin" となる.

 (3) 語末の子音群は縮減される.desk, test, cold はそれぞれ "des", "tes", "col" となる.

 (4) 過去形語尾 /d/ も子音群において脱落する.looked, talked は,"look", "talk" となってしまう.

 (5) 語頭の /ð/ はしばしば /d/ で発音され,that day, this house が "dat day", "dis house" となる.

 (6) 語末の /θ/ はしばしば /f/ で発音され,booth, south が "boof", "souf" となる.

 (7) 2音節語において,しばしば第1音節に強勢が落ちる.たとえば,標準英語と異なり "pólice", "défine" などと発音される.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2018-12-02 Sun

#3506. ラテン語系接尾辞と本来語接尾辞の音素配列論的対立 [suffix][latin][phonotactics]

 ラテン語系接尾辞には母音で始まるものが多く,本来語接尾辞には子音で始まるものが多い.輿石 (113--14) を読むまで,この事実には気づかなかった.この差異の背景には,各言語の形態論的な特徴と,それと関連する音素配列論上の事情があるようだ.

PE のラテン語系の接頭辞には母音で始まるものが圧倒的に多いが,これはラテン語系の形態素構造制約・音素配列論に従っていた借用語から,派生語の語幹を保つことを優先して,滲出により語幹に子音を残した分析をするためであると考えられる.たとえば,divinity の場合,形容詞 divine との派生関係が意識され,divin-ity というふうに母音の前で切ることで,-ity という接尾辞が生じたと考えられる.Lieber (2005: 384--388) のリストでは,ラテン語系の接尾辞として以下の26個があげられているが,-ment /mənt/ と -ure /jə/ の2個以外はすべて母音で始まっている(下つき数字は同音異義の接尾辞を便宜的に区別したもの).

 -able, -age, -al1, -al2, -an/-ian, -ance/-ence, -ant, -ate, -ation, -ee, -ery, -esque, -ess, -ette, -ic, -ify, -ism, -ist, -ite, -ity, -ive, -ize, -ment, -ory, -ous, -ure

 一方,本来語の接尾辞は子音で始まるものが多いが,それは元来独立性のある要素が膠着化して接尾辞になったためであると考えられる.上記の Lieber のリストで本来語の接尾辞としてあげられている14個のうち,かつて独立した語であったと考えられるものは以下の7個ある.それぞれ括弧で語源を示した.

 -dom (< dōm 'jurisdiction, state, statute'), -ed, -en1, -en2, -er, -ful (< full), -hood (< hād 'state, rank, order, condition, character'), -ish, -less (< lēas 'devoid of'), -ly (< līc 'body'), -ness, -ship (< -scipe 'shape'), -some (< -sum 'same, one'), -y


 本来語にも母音で始まる接尾辞は少ないわけではなく,上記の対立はあくまで傾向として理解する必要があるが,背景に各言語の形態音韻論上の特徴があるという指摘は意味深長である.
 上の解説で使われている「滲出」「膠着」という用語については,「#3480. 膠着と滲出」 ([2018-11-14-1]) を参照.

 ・ 輿石 哲哉 「第6章 形態変化・語彙の変遷」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.106--30頁.

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2018-11-08 Thu

#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史 [sound_change][consonant][phonotactics][spelling_pronunciation_gap]

 気づいていそうで気づいていなかった英語史の音変化の1傾向について,Minkova and Stockwell (36) および服部 (56) より教わった (cf. 「#3386. 英語史上の主要な子音変化」 ([2018-08-04-1])) .それぞれ生じた時代は異なるが,語頭で [kn-], [ɡn-], [wr-] という子音連鎖が第1子音の脱落により単純化してきたのと平行的に,語末で [-mb], [-ŋɡ] という子音連鎖が第2子音の脱落により単純化してきたという事実だ(例として knight, gnaw, write; climb, sing を参照).結果として,語頭や語末の複雑な音素配列が解消され発音しやすくなったことになる.ただし,綴字は対応する消失を経なかったために,綴字と発音の乖離を招くことになりはした.
 上に挙げた5種類の単純化については,「#122. /kn/ で始まる単語」 ([2009-08-27-1]),「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1]), 「#724. thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1]),「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]) のほか,より一般的に「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]),「#2518. 子音字の黙字」 ([2016-03-19-1]) を参照されたい.
 語末で [-mb] > [-m], [-ŋɡ] > [-ŋ] と単純化されたことからの連想で,[-nd] > [-n] という単純化はなかったのだろうかかと疑問が湧いた.単発的な例は探せばあるのかもしれないが,むしろ多くの場合,[-n] > [-nd] という逆の方向の変化,つまり「添加」を示すようだ(「#1620. 英語方言における /t, d/ 語尾音添加」 ([2013-10-03-1]) を参照).しかし,調音音声学的には,同器官の子音が脱落したり添加したりするのは,方向こそ異なれ,自然な変化ではあるだろう.

 ・ Minkova, Donka and Robert Stockwell. "Phonology: Segmental Histories." A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Chichester: Wiley-Blackwell, 2008. 29--42.
 ・ 服部 義弘 「第3章 音変化」 服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.

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2017-01-09 Mon

#2814. 母音連続回避と声門閉鎖音 [glottal_stop][phonetics][phonotactics][euphony][vowel][consonant]

 英語は一般に母音連続 (hiatus) を嫌うといわれる.母音連続が起こりそうな場合,それを避けるべく何らかの(半)子音が挿入されることが多い.例えば,前舌高母音が関与するときには [j] が,後舌高母音が関与するときには [w] が渡り音 (glide) として挿入され,seeing [ˈsiːɪŋ] が [ˈsiːjɪŋ] として発音されたり,door [dɔə] が [ˈdɔwə] となったりする.the apple のような場合でも,[ði ˈæpl] に渡り音 [j] が挿入され [ðiˈjæpl] と発音されることが多い(「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1]),「#2236. 母音の前の the の発音について再考」 ([2015-06-11-1]) を参照).これらは,調音上自然に現われる渡り音の例である(「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照).
 これ以外にも,純粋に調音的な理由によるものとは考えられず,多少なりとも形態音韻論的な要因も関与しているものとして,an apple のような母音の前位置の不定冠詞にみられる n の挿入(歴史的には n の保持というべき)の例や,the idea(r) is . . . のような r の挿入の例も,英語の母音連続回避策の一環とみることができる(「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]) を参照).
 もう1つおもしろい例は,声門閉鎖音 (glottal_stop) [ʔ] の挿入である.声門閉鎖音はともすれば無音と片付けられてしまいそうだが,歴とした子音である.しかし,無音として聞き取られやすいということは,母音間に挿入されて,音の切れ目を標示するのに役立ち得るということでもある.渡り音が流ちょうな発音において母音連続を回避すべく挿入されるのに対して,声門閉鎖音はむしろ丁寧な発音において2つの母音を明確に響かせたい場合に挿入されることが多い.以下の語句は,丁寧な発音における声門閉鎖音の挿入の例である(藤原,p. 35).

 ・ co-operate [cəʊˈʔɒpəreɪt]
 ・ geometry [ðɪˈʔɒmətrɪ]
 ・ reaction [rɪˈʔækʃn]
 ・ day after day [ˈdeɪ ʔɑːftə ˈdeɪ]
 ・ law and order [ˈlɔː ʔənd ˈɔːdə]
 ・ better off [ˌbetə ˈʔɒf]

 一見,母音のあいだに「間」を置く戦略のように思えるが,これも [j], [w], [n], [r] の挿入と同じ,立派な「子音」の挿入である.
 母音連続回避の問題と関連して,「#830. sandhi」 ([2011-08-05-1]) も参照.

 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

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2017-01-04 Wed

#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる [metathesis][phonetics][phonotactics][rhotic]

 音位転換 (metathesis) について,「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) を始めとしていくつかの記事で取り上げてきた.音位転換は,調音の都合によるある種の言い間違いといってもよいものであり,諸言語に普通にみられる現象である.しかし,音位転換は,各言語の音素配列 (phonotactics) とも密接な関係があるようであり,その型は言語間で一様ではない.例えば,英語の場合,古英語以来生じた音位転換の例をみる限り,標記の原則が貫かれている.
 藤原 (8--9) は,古英語に観察される例を以下の通りに挙げている.

(a) 隣接する r と母音の交替

 ・ bridd > bird "bird"
 ・ drit > dirt "dirt" (汚物)
 ・ frost > forst "frost"
 ・ þridda > þirda "third"

(b) その他の交替

 ・ æspe > æpse "aspen-tree"
 ・ ascian > axian "ask"
 ・ botle > bold "house"
 ・ cosp > cops "fetter"
 ・ frosc > frox "frog"
 ・ sedl > seld "seat"
 ・ spatl > spald "spittle" (唾液)
 ・ tusc > tux "tusk" (牙)
 ・ wlisp > wlips "lisping" (舌足らずで発音すること)

 これらのうち,現代標準英語で音位転換を経た発音が採用されているものは,(a) の bird, dirt, third のみである.このことから,大部分の音位転換が一過性のものだったことがわかる.標準的なイングランド南部の方言では,これらの non-prevocalic r は発音されなくなっているため,現在では(綴字からの影響を無視するならば)音位転換以前の状態に戻る音声的な動機づけはない.
 「英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」という限定をあえて掲げる必要があるのは,例えば日本語ではまったく異なる条件が適用されるからだ.日本語の音位転換の場合,むしろ直接隣り合う子音が交替する例はなく,母音を飛び越えて子音が入れ替わるのが普通である.「よもぎ餅」と「よごみ餅」,「舌づつみ」と「舌つづみ」,「ぶんぶくちゃがま」と「ぶんぶくちゃがま」,「あらた」と「あたら(しい)」,「あきば」と「あきは(ばら)」,「つごもり」と「つもごり」などにおいては,仮名で書くと少しわかりにくいが,最後の例でいえば tsugomori と tsumogori というように,直接隣り合っていない,母音を間に挟んだ gm の2子音が交替している.
 音位転換には,英日それぞれの言語の音素配列の傾向が反映されている可能性が高い.

 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

Referrer (Inside): [2017-01-05-1]

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2015-07-13 Mon

#2268. 「なまり」の異なり方に関する共時的な類型論 [pronunciation][phonetics][phonology][phoneme][variation][ame_bre][rhotic][phonotactics][rp][merger]

 変種間の発音の異なりは,日本語で「なまり」,英語で "accents" と呼ばれる.2つの変種の発音を比較すると,異なり方にも様々な種類があることがわかる.例えば,「#1343. 英語の英米差を整理(主として発音と語彙)」 ([2012-12-30-1]) でみたように,イギリス英語とアメリカ英語の発音を比べるとき,bathclass の母音が英米間で変異するというときの異なり方と,starfour において語末の <r> が発音されるか否かという異なり方とは互いに異質のもののように感じられる.変種間には様々なタイプの発音の差異がありうると考えられ,その異なり方に関する共時的な類型論というものを考えることができそうである.
 Trubetzkoy は1931年という早い段階で "différences dialectales phonologiques, phonétiques et étymologiques" という3つの異なり方を提案している.Wells (73--80) はこの Trubetzkoy の分類に立脚し,さらに1つを加えて,4タイプからなる類型論を示した.Wells の用語でいうと,"systemic differences", "realizational differences", "lexical-incidental differences", そして "phonotactic (structural) differences" の4つである.順序は変わるが,以下に例とともに説明を加えよう.

(1) realizational differences. 2変種間で,共有する音素の音声的実現が異なるという場合.goat, nose などの発音において,RP (Received Pronunciation) では [əʊ] のところが,イングランド南東方言では [ʌʊ] と実現されたり,スコットランド方言では [oː] と実現されるなどの違いが,これに相当する.子音の例としては,RP の強勢音節の最初に現われる /p, t, k/ が [ph, th, kh] と帯気音として実現されるのに対して,スコットランド方言では [p, t, k] と無気音で実現されるなどが挙げられる.また,/l/ が RP では環境によっては dark l となるのに対し,アイルランド方言では常に clear l であるなどの違いもある.[r] の実現形の変異もよく知られている.

(2) phonotactic (structural) differences. ある音素が生じたり生じなかったりする音環境が異なるという場合.non-prevocalic /r/ の実現の有無が,この典型例の1つである.GA (General American) ではこの環境で /r/ が実現されるが,対応する RP では無音となる (cf. rhotic) .音声的実現よりも一歩抽象的なレベルにおける音素配列に関わる異なり方といえる.

(3) systemic differences. 音素体系が異なっているがゆえに,個々の音素の対応が食い違うような場合.RP でも GA でも /u/ と /uː/ は異なる2つの音素であるが,スコットランド方言では両者はの区別はなく /u/ という音素1つに統合されている.母音に関するもう1つの例を挙げれば,stockstalk とは RP では音素レベルで区別されるが,アメリカ英語やカナダ英語の方言のなかには音素として融合しているものもある (cf. 「#484. 最新のアメリカ英語の母音融合を反映した MWALED の発音表記」 ([2010-08-24-1]),「#2242. カナダ英語の音韻的特徴」 ([2015-06-17-1])) .子音でいえば,loch の語末子音について,RP では [k] と発音するが,スコットランド方言では [x] と発音する.これは,後者の変種では /k/ とは区別される音素として /x/ が存在するからである.

(4) lexical-incidental differences. 音素体系や音声的実現の方法それ自体は変異しないが,特定の語や形態素において,異なる音素・音形が選ばれる場合がある.変種間で異なる傾向があるという場合もあれば,話者個人によって異なるという場合もある.例えば,either の第1音節の母音音素は,変種によって,あるいは個人によって /iː/ か /aɪ/ として発音される.その変種や個人は,両方の母音音素を体系としてもっているが,either という語に対してそのいずれがを適用するかという選択が異なっているの.つまり,音韻レベル,音声レベルの違いではなく,語彙レベルの違いといってよいだろう.
 一般に,発音の規範にかかわる世間の言説で問題となるのは,このレベルでの違いである.例えば,accomplish という語の第2音節の強勢母音は strut の母音であるべきか,lot の母音であるべきか,Nazi の第2子音は /z/ か /ʦ/ 等々.

 ・ Wells, J. C. Accents of English. Vol. 1. An Introduction. Cambridge: CUP, 1982.

Referrer (Inside): [2019-02-07-1] [2015-07-26-1]

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2014-11-13 Thu

#2026. intrusive r (2) [rhotic][rp][phonetics][phonotactics][euphony][analogy]

 「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]) で見た "The idea(r) is . . . ." などに現われる r について.この現象は,RP を含む現代英語の諸方言で分布を広げている,現在進行中の言語変化である.単体であるいは子音が後続するときには /aɪˈdɪə/,母音が後続する環境では /aɪˈdɪər/ と変異する共時的現象だが,時間とともに分布を広げているという点では通時的現象でもある.
 先の記事で述べたように,intrusive r が挿入されるのは,典型的に /ɔː/, /ɑː/, /ɜː/, /ə/ のいずれかの母音で終わる語末においてである.この変異を示す話者にとっては,これらの語の基底音形の末尾には /r/ が含まれており,母音が後続する環境では /r/ がそのまま実現されるが,それ以外の環境では /r/ が脱落した形で,すなわちゼロとして実現されるという規則が内在していると考えられる.
 この変異あるいは変化の背景で作用しているカラクリを考えてみよう.伝統的な標準イギリス英語変種では,例えば ear の基底音形は /ɪər/,idea の基底音形は /aɪˈdɪə/ であり,/r/ の有無に関して明確に区別されていた.しかし,いずれの単語も母音が後続する環境以外では /ɪə/ という語尾で実現されるために,それぞれの基底音形における /r/ の有無について,表面的なヒントを得る機会が少ない.語彙全体を見渡せば,基底音形が /ə/ で終わる語よりも /ər/ で終わる語のほうが圧倒的に多いという事情もあり,類推作用 (analogy) の効果で idea などの基底音形の末尾に /r/ が挿入されることとなった.これにより,earidea が表面的には同じ語末音で実現される機会が多いにもかかわらず異なる基底音形をもたなければならないという,記憶の負担となる事態が解消されたことになる.
 このカラクリの要点は「表面的なヒント」の欠如である.母音が後続する環境以外,とりわけ単体で実現される際に,earidea とで語末音の区別がないことにより,互いの基底音形のあいだにも区別がないはずだという推論が可能となる.逆に言えば,実現される音形が常に区別される場合,すなわちそれぞれを常に /ɪər/, /aɪˈdɪə/ と発音する変種においては,このカラクリが作動するきっかけがないために,intrusive r は生じないだろうと予測される.そして,実際にこの予測は正しいことがわかっている.non-prevocalic /r/ を示す諸変種では intrusive r が生じておらず,そのような変種の話者は,他の変種での intrusive r を妙な現象ととらえているようだ.Trudgill (58) のコメントが興味深い.

. . . of course it [intrusive r] is a process which occurs only in the r-less accents. R-ful accents (as they are sometimes called), in places like the southwest, USA and Scotland, do not have this feature, because they have not undergone the loss of 'r' which started the whole process off in the first place. Speakers of r-ful accents therefore often comment on the intrusive-'r' phenomenon as a peculiar aspect of the accents of England. One can, for example, hear Scots ask 'Why do English people say "Canadarr"?'. English people of course do not say 'Canadarr', but those of them who have r-less accents do mostly say 'Canadarr and England' /kænədər ən ɪŋglənd/.


 r の発音の有無については,「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1]),「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1]),「#453. アメリカ英語の諸方言における r」 ([2010-07-24-1]),「#1050. postvocalic r のイングランド方言地図について補足」 ([2012-03-12-1]),「#1371. New York City における non-prevocalic /r/ の文体的変異の調査」 ([2013-01-27-1]),「#1535. non-prevocalic /r/ の社会的な価値」 ([2013-07-10-1]) ほか,rhotic を参照.

 ・ Trudgill, Peter. The Dialects of England. 2nd ed. Oxford: Blackwell, 2000.

Referrer (Inside): [2016-10-20-1] [2014-11-14-1]

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2014-05-28 Wed

#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力 [verb][conjugation][emode][language_change][causation][suffix][inflection][phonotactics][3sp]

 「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]) と続けて3単現の -th → -s の変化について取り上げてきた.この変化をもたらした要因については諸説が唱えられている.また,「#1413. 初期近代英語の3複現の -s」 ([2013-03-10-1]) で触れた通り,3複現においても平行的に -th → -s の変化が起こっていたらしい証拠があり,2つの問題は絡み合っているといえる.
 北部方言では,古英語より直説法現在の人称語尾として -es が用いられており,中部・南部の - とは一線を画していた.したがって,中英語以降,とりわけ初期近代英語での -th → -s の変化は北部方言からの影響だとする説が古くからある.一方で,いずれに方言においても確認された2単現の -es(t) の /s/ が3単現の語尾にも及んだのではないかとする,パラダイム内での類推説もある.その他,be 動詞の is の影響とする説,音韻変化説などもあるが,いずれも決定力を欠く.
 諸説紛々とするなかで,Jespersen (17--18) は音韻論の観点から「効率」説を展開する.音素配列における「最小努力の法則」 ('law of least effort') の説と言い換えてもよいだろう.

In my view we have here an instance of 'Efficiency': s was in these frequent forms substituted for þ because it was more easily articulated in all kinds of combinations. If we look through the consonants found as the most important elements of flexions in a great many languages we shall see that t, d, n, s, r occur much more frequently than any other consonant: they have been instinctively preferred for that use on account of the ease with which they are joined to other sounds; now, as a matter of fact, þ represents, even to those familiar with the sound from their childhood, greater difficulty in immediate close connexion with other consonants than s. In ON, too, þ was discarded in the personal endings of the verb. If this is the reason we understand how s came to be in these forms substituted for th more or less sporadically and spontaneously in various parts of England in the ME period; it must have originated in colloquial speech, whence it was used here and there by some poets, while other writers in their style stuck to the traditional th (-eth, -ith, -yth), thus Caxton and prose writers until the 16th century.


 言語の "Efficiency" とは言語の進歩 (progress) にも通じる.(妙な言い方だが)Jespersen だけに,実に Jespersen 的な説と言えるだろう.Jespersen 的とは何かについては,「#1728. Jespersen の言語進歩観」 ([2014-01-19-1]) を参照されたい.[s] と [θ] については,「#842. th-sound はまれな発音か」 ([2011-08-17-1]) と「#1248. sth の調音・音響の差」 ([2012-09-26-1]) もどうぞ.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

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2014-02-08 Sat

#1748. -er or -or [suffix][morphology][morpheme][phonotactics][spelling][word_formation][-ate]

 「#1740. interpretorinterpreter」 ([2014-01-31-1]) で話題にした -er と -or について.両者はともに行為者接尾辞 (agentive suffix, subject suffix) と呼ばれる拘束形態素だが,形態,意味,分布などに関して,互いにどのように異なるのだろうか.今回は,歴史的な視点というよりは現代英語の共時的な視点から,両者の異同を整理したい.
 Carney (426--27), Huddleston and Pullum (1698),西川 (170--73),太田など,いくつかの参考文献に当たってみたところを要約すると,以下の通りになる.

 -er-or
語例非常に多い比較的少ない
生産性生産的非生産的
接辞クラスClass IIClass I
接続する基体の語源Romance 系に限らないRomance 系に限る
接続する基体の自由度自由形に限る自由形に限らない
強勢移動しないしうる
接尾辞自体への強勢落ちない落ちうる
さらなる接尾辞付加ないClass I 接尾辞が付きうる


 それぞれの項目についてみてみよう.-er の語例の豊富さと生産性の高さについては述べる必要はないだろう.対する -or は,後に示すように数が限られており,一般的に付加することはできない.
 接辞クラスの別は,その後の項目にも関与してくる.-er は Class II 接辞とされ,自由な基体に接続し,強勢などに影響を与えない,つまり単純に語尾に付加されるのみである.自由な基体に接続するということでいえば,New Yorkerdouble-decker などのように複合語の基体にも接続しうる.自由な基体への接続の例外のように見えるものに,biographer, philosopher などがあるが,これらは biography, philosophy からの2次的な形成だろう.基体の語源も選ばず,本来語の fisher, runner もあれば,例えばロマンス系の dancer, recorder もある.一方,-or は Class I 接辞に近く,原則として基体に Romance 系を要求する(ただし,sailor などの例外はある).また,-or には,alternator, confessor, elevator, grantor, reactor, rotator のように自由基体につく例もあれば,author, aviator, curator, doctor, predecessor, spectator, sponsor, tutor のように拘束基体につく例もある.強勢移動については,-or も -er と同様に移動を伴わないのが通例だが,ˈexecute/exˈecutor のような例も存在する.
 接尾辞自体に強勢が落ちる可能性については,通常 -or は -er と同様に無強勢で /ə/ となるが,少数の語では /ɔː(r)/ を示す (ex. corridor, cuspidor, humidor, lessor, matador) .特に humidor, lessor の場合には,同音異義語との衝突を避ける方略とも考えられる.
 さらなる接尾辞付加の可能性については,ambassadorambassadorial, doctordoctoral など,-or の場合には,さらに Class I 接尾辞が接続しうる点が指摘される.
 上記の他にも,-or については,いくつかの特徴が指摘されている.例えば,法律に関する用語,あるいは専門的職業を表す語には,-or が付加されやすいといわれる (ex. adjustor, auditor, chancellor, editor, mortgagor, sailor, settlor, tailor) .一方で,ときに意味の区別なく -er, -or のいずれの接尾辞もとる adapter--adaptor, adviser--advisor, convener--convenor, vender--vendor のような例もみられる.
 また,西川 (170) は,基体の最後尾が [t] で終わるものに極めて多く付き,[s], [l] で終わるものにもよく付くと指摘している.さらに,-or に接続する基体語尾の音素配列の詳細については,太田 (129) が Walker の脚韻辞書を用いた数え上げを行なっている.辞書に掲載されている581の -or 語のうち,主要な基体語尾をもつものの内訳は以下の通りである.基体が -ate で終わる動詞について,対応する行為者名詞は -ator をとりやすいということは指摘されてきたが,実に過半数が -ator だということも判明した.

EndingWord typesExamples
-ator291indicator, navigator
-ctor63contractor, predictor
-itor29inheritor, depositor
-utor16contributor, prosecutor
-essor15successor, professor
-ntor14grantor, inventor
-stor12investor, assistor


 最後に,-er, -or とは別に,行為者接尾辞 -ar, -ier, -yer, -erer の例を挙げておこう.beggar, bursar, liar; clothier, grazier; lawyer, sawyer; fruiterer.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ 西川 盛雄 『英語接辞研究』 開拓者,2006年.
 ・ 太田 聡  「「〜する人[もの]」を表す接尾辞 -or について」『近代英語研究』 第25号,2009年,127--33頁.

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2013-06-18 Tue

#1513. 聞こえ度 [phonetics][phoneme][sonority][syllable][terminology][phonotactics]

 音節 (syllable) には様々な定義が与えられうるが,広く受け入れられているものとして,分節音の音声的な聞こえ度 (sonority) に依存する定義がある.聞こえ度そのものは,"the overall loudness of a sound relative to others of the same pitch, stress and duration" (Crystal 442) のように定義される.各分節音が本来的にもつ聞こえやすさの程度と解釈できる.
 分節音の聞こえ度の測定は様々になされており,その値については実験ごとに詳細は異なるかもしれないが,おおまかな分類や順位については研究者のあいだで一致をみている.その1例として,Hogg and McCully (33) に挙げられている英語の分節音の sonority scale を示そう.

SoundsSonority valuesExamples
low vowels10/a, ɑ/
mid vowels9/e, o/
high vowels8/i, u/
flaps7/r/
laterals6/l/
nasals5/n, m, ŋ/
voiced fricatives4/v, ð, z/
voiceless fricatives3/f, θ, s/
voiced stops2/b, d, g/
voiceless stops1/p, t, k/


 一般に,子音よりも母音のほうが,無声よりも有声のほうが,口の開きが小さいよりも大きいほうが聞こえ度は高い.子音についていえば,子音の強度と聞こえ度は反比例の関係であり,強度の低い(=弱い=聞こえ度の高い)子音は,音声的な摩耗や消失を被りやすい.
 さて,聞こえ度が音節を定義するのに有効なのは,分節音の連続において聞こえ度が頂点 (peak) に達するところが音節の核 (syllabic nucleus) と一致するからである.語を分節音の連続に分け,各分節音に聞こえ度を割り振ると,1つ以上の聞こえ度の頂点が得られる.この頂点の数が,その語の音節数ということになる.ある音節と隣あう音節との境目がどこに落ちるかは理論的な問題を含んでいるが,少なくとも音節の核(頂点)は,このように聞こえ度を分析することで機械的に定まるので都合が良い.
 以下に,いくつかの語の聞こえ度分析を示そう.

WordPronunciationSonority valuesPeaks = Syllables
modest/modest/5-9-2-9-3-12
complain/compleːn/1-9-5-1-6-9-52
petty/peti/1-9-1-82
elastic/əlæstik/8-6-10-3-1-8-13
elasticity/iːlæstisiti/9-6-10-3-1-8-3-8-1-85
petrol/petrəl/1-9-1-7-9-62
button/bʌtn/2-9-1-52
bottle/botl/2-9-1-62


 最後の buttonbottle では最終音が子音だが,聞こえ度として頂点をなすので,音節の核として機能している.いわゆる音節主音的子音である.
 さらに興味深いのは,音節を構成する一連の分節音が聞こえ度に関するある法則を示すことである.これは "Sonority Sequencing Generalisation" (SSG) と呼ばれる原則で,次のように定式化される.

[I]n any syllable, there is a segment constituting a sonority peak that is preceded and/or followed by a sequence of segments with progressively decreasing sonority values. (Crystal 442)


 音節によって山の頂点の高さはまちまちだが,典型的に「谷山谷」のきれいな分布になるということを,SSG は示している.onset が s で始まる子音群 (ex. sp-, st-, sk-) の場合などではこの原則は規則的に破られることが知られているが,これを除けば SSG は英語において非常に安定した原則である.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Hogg, Richard and C. B. McCully. Metrical Phonology: A Coursebook. Cambridge: CUP, 1987.

Referrer (Inside): [2013-06-19-1]

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