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phonotactics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-04-21 07:05

2019-02-10 Sun

#3576. 黒人英語 (= AAVE) の言語的特徴 --- 発音 [aave][variation][variety][rhotic][pronunciation][phonetics][phonotactics]

 日本語で「黒人英語」と言い習わされている英語変種は,社会言語学では AAVE (= African American Vernacular English) と呼ぶことが多い.他にも Black English Vernacular, African-American English, Afro-American (English), (American) Black English, black English など様々な呼び方が行なわれているが,以下は AAVE で通す.
 本ブログでは「#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題」 ([2014-06-25-1]) を含む aave の各記事で AAVE の言語的特徴や起源について紹介してきた.毎年のように AAVE に関心のある学生がゼミなどに現われることもあり,今日から向こう数回にわたり,もう少し体系的に AAVE の言語的特徴を紹介していきたい.McArthur の英語事典の BLACK ENGLISH VERNACULAR の項 (133--35) に依拠しながら,発音,文法,語彙,語用などの部門別に紹介していく予定である.
 今回はイントロとして AAVE そのものが一枚岩ではなく,変異 (variation) に特徴づけられる変種であることをまず強調した上で,発音の特徴へと進みたい.AAVE は,米国の黒人の大多数が母方言とする英語変種である.しかし,その内部には種々の下位変種があり,社会階層によっても異なるし,都市・田舎の別によっても異なる.比較的「標準的な」ものから,教育を受けておらず,生まれ育った環境から外に出ない貧しい黒人によって話される「訛りのきつい」ものまで幅広い.標準的な AAVE といっても,標準英語と同様に地域による差異は存在する.南部の AAVE は(白人の話す)南部英語の語法を取り込んでいるし,北部の AAVE も同様である.個人や状況によっても,訛の強い AAVE 変種と標準英語に近い変種との交替 (style-shifting) がしばしば見られ,(社会)言語学的に正確な記述は困難を極める.
 では,典型的な AAVE の発音特徴をいくつか挙げていこう.

 (1) 一般的なアメリカ南部方言と同様に,non-rhotic である.car は "ca" のように,party は "pahty" のように発音される.唇音を含む子音群に起こる /l/ は脱落し,help は "hep" に,self は "sef" になる.rl は,We're comingWe'll be here などにおいても脱落し,"We comin" や "We be here" のようになる.

 (2) -ing において,/ŋ/ は /n/ で置換される.coming, running は,したがって "comin", "runnin" となる.

 (3) 語末の子音群は縮減される.desk, test, cold はそれぞれ "des", "tes", "col" となる.

 (4) 過去形語尾 /d/ も子音群において脱落する.looked, talked は,"look", "talk" となってしまう.

 (5) 語頭の /ð/ はしばしば /d/ で発音され,that day, this house が "dat day", "dis house" となる.

 (6) 語末の /θ/ はしばしば /f/ で発音され,booth, south が "boof", "souf" となる.

 (7) 2音節語において,しばしば第1音節に強勢が落ちる.たとえば,標準英語と異なり "pólice", "défine" などと発音される.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2018-12-02 Sun

#3506. ラテン語系接尾辞と本来語接尾辞の音素配列論的対立 [suffix][latin][phonotactics]

 ラテン語系接尾辞には母音で始まるものが多く,本来語接尾辞には子音で始まるものが多い.輿石 (113--14) を読むまで,この事実には気づかなかった.この差異の背景には,各言語の形態論的な特徴と,それと関連する音素配列論上の事情があるようだ.

PE のラテン語系の接頭辞には母音で始まるものが圧倒的に多いが,これはラテン語系の形態素構造制約・音素配列論に従っていた借用語から,派生語の語幹を保つことを優先して,滲出により語幹に子音を残した分析をするためであると考えられる.たとえば,divinity の場合,形容詞 divine との派生関係が意識され,divin-ity というふうに母音の前で切ることで,-ity という接尾辞が生じたと考えられる.Lieber (2005: 384--388) のリストでは,ラテン語系の接尾辞として以下の26個があげられているが,-ment /mənt/ と -ure /jə/ の2個以外はすべて母音で始まっている(下つき数字は同音異義の接尾辞を便宜的に区別したもの).

 -able, -age, -al1, -al2, -an/-ian, -ance/-ence, -ant, -ate, -ation, -ee, -ery, -esque, -ess, -ette, -ic, -ify, -ism, -ist, -ite, -ity, -ive, -ize, -ment, -ory, -ous, -ure

 一方,本来語の接尾辞は子音で始まるものが多いが,それは元来独立性のある要素が膠着化して接尾辞になったためであると考えられる.上記の Lieber のリストで本来語の接尾辞としてあげられている14個のうち,かつて独立した語であったと考えられるものは以下の7個ある.それぞれ括弧で語源を示した.

 -dom (< dōm 'jurisdiction, state, statute'), -ed, -en1, -en2, -er, -ful (< full), -hood (< hād 'state, rank, order, condition, character'), -ish, -less (< lēas 'devoid of'), -ly (< līc 'body'), -ness, -ship (< -scipe 'shape'), -some (< -sum 'same, one'), -y


 本来語にも母音で始まる接尾辞は少ないわけではなく,上記の対立はあくまで傾向として理解する必要があるが,背景に各言語の形態音韻論上の特徴があるという指摘は意味深長である.
 上の解説で使われている「滲出」「膠着」という用語については,「#3480. 膠着と滲出」 ([2018-11-14-1]) を参照.

 ・ 輿石 哲哉 「第6章 形態変化・語彙の変遷」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.106--30頁.

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2018-11-08 Thu

#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史 [sound_change][consonant][phonotactics][spelling_pronunciation_gap]

 気づいていそうで気づいていなかった英語史の音変化の1傾向について,Minkova and Stockwell (36) および服部 (56) より教わった (cf. 「#3386. 英語史上の主要な子音変化」 ([2018-08-04-1])) .それぞれ生じた時代は異なるが,語頭で [kn-], [ɡn-], [wr-] という子音連鎖が第1子音の脱落により単純化してきたのと平行的に,語末で [-mb], [-ŋɡ] という子音連鎖が第2子音の脱落により単純化してきたという事実だ(例として knight, gnaw, write; climb, sing を参照).結果として,語頭や語末の複雑な音素配列が解消され発音しやすくなったことになる.ただし,綴字は対応する消失を経なかったために,綴字と発音の乖離を招くことになりはした.
 上に挙げた5種類の単純化については,「#122. /kn/ で始まる単語」 ([2009-08-27-1]),「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1]), 「#724 thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1]),「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]) のほか,より一般的に「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]),「#2518. 子音字の黙字」 ([2016-03-19-1]) を参照されたい.
 語末で [-mb] > [-m], [-ŋɡ] > [-ŋ] と単純化されたことからの連想で,[-nd] > [-n] という単純化はなかったのだろうかかと疑問が湧いた.単発的な例は探せばあるのかもしれないが,むしろ多くの場合,[-n] > [-nd] という逆の方向の変化,つまり「添加」を示すようだ(「#1620. 英語方言における /t, d/ 語尾音添加」 ([2013-10-03-1]) を参照).しかし,調音音声学的には,同器官の子音が脱落したり添加したりするのは,方向こそ異なれ,自然な変化ではあるだろう.

 ・ Minkova, Donka and Robert Stockwell. "Phonology: Segmental Histories." A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Chichester: Wiley-Blackwell, 29--42.
 ・ 服部 義弘 「第3章 音変化」 服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.

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2017-01-09 Mon

#2814. 母音連続回避と声門閉鎖音 [glottal_stop][phonetics][phonotactics][euphony][vowel][consonant]

 英語は一般に母音連続 (hiatus) を嫌うといわれる.母音連続が起こりそうな場合,それを避けるべく何らかの(半)子音が挿入されることが多い.例えば,前舌高母音が関与するときには [j] が,後舌高母音が関与するときには [w] が渡り音 (glide) として挿入され,seeing [ˈsiːɪŋ] が [ˈsiːjɪŋ] として発音されたり,door [dɔə] が [ˈdɔwə] となったりする.the apple のような場合でも,[ði ˈæpl] に渡り音 [j] が挿入され [ðiˈjæpl] と発音されることが多い(「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1]),「#2236. 母音の前の the の発音について再考」 ([2015-06-11-1]) を参照).これらは,調音上自然に現われる渡り音の例である(「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照).
 これ以外にも,純粋に調音的な理由によるものとは考えられず,多少なりとも形態音韻論的な要因も関与しているものとして,an apple のような母音の前位置の不定冠詞にみられる n の挿入(歴史的には n の保持というべき)の例や,the idea(r) is . . . のような r の挿入の例も,英語の母音連続回避策の一環とみることができる(「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]) を参照).
 もう1つおもしろい例は,声門閉鎖音 (glottal_stop) [ʔ] の挿入である.声門閉鎖音はともすれば無音と片付けられてしまいそうだが,歴とした子音である.しかし,無音として聞き取られやすいということは,母音間に挿入されて,音の切れ目を標示するのに役立ち得るということでもある.渡り音が流ちょうな発音において母音連続を回避すべく挿入されるのに対して,声門閉鎖音はむしろ丁寧な発音において2つの母音を明確に響かせたい場合に挿入されることが多い.以下の語句は,丁寧な発音における声門閉鎖音の挿入の例である(藤原,p. 35).

 ・ co-operate [cəʊˈʔɒpəreɪt]
 ・ geometry [ðɪˈʔɒmətrɪ]
 ・ reaction [rɪˈʔækʃn]
 ・ day after day [ˈdeɪ ʔɑːftə ˈdeɪ]
 ・ law and order [ˈlɔː ʔənd ˈɔːdə]
 ・ better off [ˌbetə ˈʔɒf]

 一見,母音のあいだに「間」を置く戦略のように思えるが,これも [j], [w], [n], [r] の挿入と同じ,立派な「子音」の挿入である.
 母音連続回避の問題と関連して,「#830. sandhi」 ([2011-08-05-1]) も参照.

 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

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2017-01-04 Wed

#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる [metathesis][phonetics][phonotactics][rhotic]

 音位転換 (metathesis) について,「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) を始めとしていくつかの記事で取り上げてきた.音位転換は,調音の都合によるある種の言い間違いといってもよいものであり,諸言語に普通にみられる現象である.しかし,音位転換は,各言語の音素配列 (phonotactics) とも密接な関係があるようであり,その型は言語間で一様ではない.例えば,英語の場合,古英語以来生じた音位転換の例をみる限り,標記の原則が貫かれている.
 藤原 (8--9) は,古英語に観察される例を以下の通りに挙げている.

(a) 隣接する r と母音の交替

 ・ bridd > bird "bird"
 ・ drit > dirt "dirt" (汚物)
 ・ frost > forst "frost"
 ・ þridda > þirda "third"

(b) その他の交替

 ・ æspe > æpse "aspen-tree"
 ・ ascian > axian "ask"
 ・ botle > bold "house"
 ・ cosp > cops "fetter"
 ・ frosc > frox "frog"
 ・ sedl > seld "seat"
 ・ spatl > spald "spittle" (唾液)
 ・ tusc > tux "tusk" (牙)
 ・ wlisp > wlips "lisping" (舌足らずで発音すること)

 これらのうち,現代標準英語で音位転換を経た発音が採用されているものは,(a) の bird, dirt, third のみである.このことから,大部分の音位転換が一過性のものだったことがわかる.標準的なイングランド南部の方言では,これらの non-prevocalic r は発音されなくなっているため,現在では(綴字からの影響を無視するならば)音位転換以前の状態に戻る音声的な動機づけはない.
 「英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」という限定をあえて掲げる必要があるのは,例えば日本語ではまったく異なる条件が適用されるからだ.日本語の音位転換の場合,むしろ直接隣り合う子音が交替する例はなく,母音を飛び越えて子音が入れ替わるのが普通である.「よもぎ餅」と「よごみ餅」,「舌づつみ」と「舌つづみ」,「ぶんぶくちゃがま」と「ぶんぶくちゃがま」,「あらた」と「あたら(しい)」,「あきば」と「あきは(ばら)」,「つごもり」と「つもごり」などにおいては,仮名で書くと少しわかりにくいが,最後の例でいえば tsugomori と tsumogori というように,直接隣り合っていない,母音を間に挟んだ gm の2子音が交替している.
 音位転換には,英日それぞれの言語の音素配列の傾向が反映されている可能性が高い.

 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

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2015-07-13 Mon

#2268. 「なまり」の異なり方に関する共時的な類型論 [pronunciation][phonetics][phonology][phoneme][variation][ame_bre][rhotic][phonotactics][rp][merger]

 変種間の発音の異なりは,日本語で「なまり」,英語で "accents" と呼ばれる.2つの変種の発音を比較すると,異なり方にも様々な種類があることがわかる.例えば,「#1343. 英語の英米差を整理(主として発音と語彙)」 ([2012-12-30-1]) でみたように,イギリス英語とアメリカ英語の発音を比べるとき,bathclass の母音が英米間で変異するというときの異なり方と,starfour において語末の <r> が発音されるか否かという異なり方とは互いに異質のもののように感じられる.変種間には様々なタイプの発音の差異がありうると考えられ,その異なり方に関する共時的な類型論というものを考えることができそうである.
 Trubetzkoy は1931年という早い段階で "différences dialectales phonologiques, phonétiques et étymologiques" という3つの異なり方を提案している.Wells (73--80) はこの Trubetzkoy の分類に立脚し,さらに1つを加えて,4タイプからなる類型論を示した.Wells の用語でいうと,"systemic differences", "realizational differences", "lexical-incidental differences", そして "phonotactic (structural) differences" の4つである.順序は変わるが,以下に例とともに説明を加えよう.

(1) realizational differences. 2変種間で,共有する音素の音声的実現が異なるという場合.goat, nose などの発音において,RP (Received Pronunciation) では [əʊ] のところが,イングランド南東方言では [ʌʊ] と実現されたり,スコットランド方言では [oː] と実現されるなどの違いが,これに相当する.子音の例としては,RP の強勢音節の最初に現われる /p, t, k/ が [ph, th, kh] と帯気音として実現されるのに対して,スコットランド方言では [p, t, k] と無気音で実現されるなどが挙げられる.また,/l/ が RP では環境によっては dark l となるのに対し,アイルランド方言では常に clear l であるなどの違いもある.[r] の実現形の変異もよく知られている.

(2) phonotactic (structural) differences. ある音素が生じたり生じなかったりする音環境が異なるという場合.non-prevocalic /r/ の実現の有無が,この典型例の1つである.GA (General American) ではこの環境で /r/ が実現されるが,対応する RP では無音となる (cf. rhotic) .音声的実現よりも一歩抽象的なレベルにおける音素配列に関わる異なり方といえる.

(3) systemic differences. 音素体系が異なっているがゆえに,個々の音素の対応が食い違うような場合.RP でも GA でも /u/ と /uː/ は異なる2つの音素であるが,スコットランド方言では両者はの区別はなく /u/ という音素1つに統合されている.母音に関するもう1つの例を挙げれば,stockstalk とは RP では音素レベルで区別されるが,アメリカ英語やカナダ英語の方言のなかには音素として融合しているものもある (cf. 「#484. 最新のアメリカ英語の母音融合を反映した MWALED の発音表記」 ([2010-08-24-1]),「#2242. カナダ英語の音韻的特徴」 ([2015-06-17-1])) .子音でいえば,loch の語末子音について,RP では [k] と発音するが,スコットランド方言では [x] と発音する.これは,後者の変種では /k/ とは区別される音素として /x/ が存在するからである.

(4) lexical-incidental differences. 音素体系や音声的実現の方法それ自体は変異しないが,特定の語や形態素において,異なる音素・音形が選ばれる場合がある.変種間で異なる傾向があるという場合もあれば,話者個人によって異なるという場合もある.例えば,either の第1音節の母音音素は,変種によって,あるいは個人によって /iː/ か /aɪ/ として発音される.その変種や個人は,両方の母音音素を体系としてもっているが,either という語に対してそのいずれがを適用するかという選択が異なっているの.つまり,音韻レベル,音声レベルの違いではなく,語彙レベルの違いといってよいだろう.
 一般に,発音の規範にかかわる世間の言説で問題となるのは,このレベルでの違いである.例えば,accomplish という語の第2音節の強勢母音は strut の母音であるべきか,lot の母音であるべきか,Nazi の第2子音は /z/ か /ʦ/ 等々.

 ・ Wells, J. C. Accents of English. Vol. 1. An Introduction. Cambridge: CUP, 1982.

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2014-11-13 Thu

#2026. intrusive r (2) [rhotic][rp][phonetics][phonotactics][euphony][analogy]

 「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]) で見た "The idea(r) is . . . ." などに現われる r について.この現象は,RP を含む現代英語の諸方言で分布を広げている,現在進行中の言語変化である.単体であるいは子音が後続するときには /aɪˈdɪə/,母音が後続する環境では /aɪˈdɪər/ と変異する共時的現象だが,時間とともに分布を広げているという点では通時的現象でもある.
 先の記事で述べたように,intrusive r が挿入されるのは,典型的に /ɔː/, /ɑː/, /ɜː/, /ə/ のいずれかの母音で終わる語末においてである.この変異を示す話者にとっては,これらの語の基底音形の末尾には /r/ が含まれており,母音が後続する環境では /r/ がそのまま実現されるが,それ以外の環境では /r/ が脱落した形で,すなわちゼロとして実現されるという規則が内在していると考えられる.
 この変異あるいは変化の背景で作用しているカラクリを考えてみよう.伝統的な標準イギリス英語変種では,例えば ear の基底音形は /ɪər/,idea の基底音形は /aɪˈdɪə/ であり,/r/ の有無に関して明確に区別されていた.しかし,いずれの単語も母音が後続する環境以外では /ɪə/ という語尾で実現されるために,それぞれの基底音形における /r/ の有無について,表面的なヒントを得る機会が少ない.語彙全体を見渡せば,基底音形が /ə/ で終わる語よりも /ər/ で終わる語のほうが圧倒的に多いという事情もあり,類推作用 (analogy) の効果で idea などの基底音形の末尾に /r/ が挿入されることとなった.これにより,earidea が表面的には同じ語末音で実現される機会が多いにもかかわらず異なる基底音形をもたなければならないという,記憶の負担となる事態が解消されたことになる.
 このカラクリの要点は「表面的なヒント」の欠如である.母音が後続する環境以外,とりわけ単体で実現される際に,earidea とで語末音の区別がないことにより,互いの基底音形のあいだにも区別がないはずだという推論が可能となる.逆に言えば,実現される音形が常に区別される場合,すなわちそれぞれを /ɪər/, /aɪˈdɪər/ と発音する変種においては,このカラクリが作動するきっかけがないために,intrusive r は生じないだろうと予測される.そして,実際にこの予測は正しいことがわかっている.non-prevocalic /r/ を示す諸変種では intrusive r が生じておらず,そのような変種の話者は,他の変種での intrusive r を妙な現象ととらえているようだ.Trudgill (58) のコメントが興味深い.

. . . of course it [intrusive r] is a process which occurs only in the r-less accents. R-ful accents (as they are sometimes called), in places like the southwest, USA and Scotland, do not have this feature, because they have not undergone the loss of 'r' which started the whole process off in the first place. Speakers of r-ful accents therefore often comment on the intrusive-'r' phenomenon as a peculiar aspect of the accents of England. One can, for example, hear Scots ask 'Why do English people say "Canadarr"?'. English people of course do not say 'Canadarr', but those of them who have r-less accents do mostly say 'Canadarr and England' /kænədər ən ɪŋglənd/.


 r の発音の有無については,「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1]),「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1]),「#453. アメリカ英語の諸方言における r」 ([2010-07-24-1]),「#1050. postvocalic r のイングランド方言地図について補足」 ([2012-03-12-1]),「#1371. New York City における non-prevocalic /r/ の文体的変異の調査」 ([2013-01-27-1]),「#1535. non-prevocalic /r/ の社会的な価値」 ([2013-07-10-1]) ほか,rhotic を参照.

 ・ Trudgill, Peter. The Dialects of England. 2nd ed. Oxford: Blackwell, 2000.

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2014-05-28 Wed

#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力 [verb][conjugation][emode][language_change][causation][suffix][inflection][phonotactics][3sp]

 「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]) と続けて3単現の -th → -s の変化について取り上げてきた.この変化をもたらした要因については諸説が唱えられている.また,「#1413. 初期近代英語の3複現の -s」 ([2013-03-10-1]) で触れた通り,3複現においても平行的に -th → -s の変化が起こっていたらしい証拠があり,2つの問題は絡み合っているといえる.
 北部方言では,古英語より直説法現在の人称語尾として -es が用いられており,中部・南部の - とは一線を画していた.したがって,中英語以降,とりわけ初期近代英語での -th → -s の変化は北部方言からの影響だとする説が古くからある.一方で,いずれに方言においても確認された2単現の -es(t) の /s/ が3単現の語尾にも及んだのではないかとする,パラダイム内での類推説もある.その他,be 動詞の is の影響とする説,音韻変化説などもあるが,いずれも決定力を欠く.
 諸説紛々とするなかで,Jespersen (17--18) は音韻論の観点から「効率」説を展開する.音素配列における「最小努力の法則」 ('law of least effort') の説と言い換えてもよいだろう.

In my view we have here an instance of 'Efficiency': s was in these frequent forms substituted for þ because it was more easily articulated in all kinds of combinations. If we look through the consonants found as the most important elements of flexions in a great many languages we shall see that t, d, n, s, r occur much more frequently than any other consonant: they have been instinctively preferred for that use on account of the ease with which they are joined to other sounds; now, as a matter of fact, þ represents, even to those familiar with the sound from their childhood, greater difficulty in immediate close connexion with other consonants than s. In ON, too, þ was discarded in the personal endings of the verb. If this is the reason we understand how s came to be in these forms substituted for th more or less sporadically and spontaneously in various parts of England in the ME period; it must have originated in colloquial speech, whence it was used here and there by some poets, while other writers in their style stuck to the traditional th (-eth, -ith, -yth), thus Caxton and prose writers until the 16th century.


 言語の "Efficiency" とは言語の進歩 (progress) にも通じる.(妙な言い方だが)Jespersen だけに,実に Jespersen 的な説と言えるだろう.Jespersen 的とは何かについては,「#1728. Jespersen の言語進歩観」 ([2014-01-19-1]) を参照されたい.[s] と [θ] については,「#842. th-sound はまれな発音か」 ([2011-08-17-1]) と「#1248. sth の調音・音響の差」 ([2012-09-26-1]) もどうぞ.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

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2014-02-08 Sat

#1748. -er or -or [suffix][morphology][morpheme][phonotactics][spelling][word_formation]

 「#1740. interpretorinterpreter」 ([2014-01-31-1]) で話題にした -er と -or について.両者はともに行為者接尾辞 (agentive suffix, subject suffix) と呼ばれる拘束形態素だが,形態,意味,分布などに関して,互いにどのように異なるのだろうか.今回は,歴史的な視点というよりは現代英語の共時的な視点から,両者の異同を整理したい.
 Carney (426--27), Huddleston and Pullum (1698),西川 (170--73),太田など,いくつかの参考文献に当たってみたところを要約すると,以下の通りになる.

 -er-or
語例非常に多い比較的少ない
生産性生産的非生産的
接辞クラスClass IIClass I
接続する基体の語源Romance 系に限らないRomance 系に限る
接続する基体の自由度自由形に限る自由形に限らない
強勢移動しないしうる
接尾辞自体への強勢落ちない落ちうる
さらなる接尾辞付加ないClass I 接尾辞が付きうる


 それぞれの項目についてみてみよう.-er の語例の豊富さと生産性の高さについては述べる必要はないだろう.対する -or は,後に示すように数が限られており,一般的に付加することはできない.
 接辞クラスの別は,その後の項目にも関与してくる.-er は Class II 接辞とされ,自由な基体に接続し,強勢などに影響を与えない,つまり単純に語尾に付加されるのみである.自由な基体に接続するということでいえば,New Yorkerdouble-decker などのように複合語の基体にも接続しうる.自由な基体への接続の例外のように見えるものに,biographer, philosopher などがあるが,これらは biography, philosophy からの2次的な形成だろう.基体の語源も選ばず,本来語の fisher, runner もあれば,例えばロマンス系の dancer, recorder もある.一方,-or は Class I 接辞に近く,原則として基体に Romance 系を要求する(ただし,sailor などの例外はある).また,-or には,alternator, confessor, elevator, grantor, reactor, rotator のように自由基体につく例もあれば,author, aviator, curator, doctor, predecessor, spectator, sponsor, tutor のように拘束基体につく例もある.強勢移動については,-or も -er と同様に移動を伴わないのが通例だが,ˈexecute/exˈecutor のような例も存在する.
 接尾辞自体に強勢が落ちる可能性については,通常 -or は -er と同様に無強勢で /ə/ となるが,少数の語では /ɔː(r)/ を示す (ex. corridor, cuspidor, humidor, lessor, matador) .特に humidor, lessor の場合には,同音異義語との衝突を避ける方略とも考えられる.
 さらなる接尾辞付加の可能性については,ambassadorambassadorial, doctordoctoral など,-or の場合には,さらに Class I 接尾辞が接続しうる点が指摘される.
 上記の他にも,-or については,いくつかの特徴が指摘されている.例えば,法律に関する用語,あるいは専門的職業を表す語には,-or が付加されやすいといわれる (ex. adjustor, auditor, chancellor, editor, mortgagor, sailor, settlor, tailor) .一方で,ときに意味の区別なく -er, -or のいずれの接尾辞もとる adapter--adaptor, adviser--advisor, convener--convenor, vender--vendor のような例もみられる.
 また,西川 (170) は,基体の最後尾が [t] で終わるものに極めて多く付き,[s], [l] で終わるものにもよく付くと指摘している.さらに,-or に接続する基体語尾の音素配列の詳細については,太田 (129) が Walker の脚韻辞書を用いた数え上げを行なっている.辞書に掲載されている581の -or 語のうち,主要な基体語尾をもつものの内訳は以下の通りである.基体が -ate で終わる動詞について,対応する行為者名詞は -ator をとりやすいということは指摘されてきたが,実に過半数が -ator だということも判明した.

EndingWord typesExamples
-ator291indicator, navigator
-ctor63contractor, predictor
-itor29inheritor, depositor
-utor16contributor, prosecutor
-essor15successor, professor
-ntor14grantor, inventor
-stor12investor, assistor


 最後に,-er, -or とは別に,行為者接尾辞 -ar, -ier, -yer, -erer の例を挙げておこう.beggar, bursar, liar; clothier, grazier; lawyer, sawyer; fruiterer.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ 西川 盛雄 『英語接辞研究』 開拓者,2006年.
 ・ 太田 聡  「「〜する人[もの]」を表す接尾辞 -or について」『近代英語研究』 第25号,2009年,127--33頁.

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2013-06-18 Tue

#1513. 聞こえ度 [phonetics][phoneme][sonority][syllable][terminology][phonotactics]

 音節 (syllable) には様々な定義が与えられうるが,広く受け入れられているものとして,分節音の音声的な聞こえ度 (sonority) に依存する定義がある.聞こえ度そのものは,"the overall loudness of a sound relative to others of the same pitch, stress and duration" (Crystal 442) のように定義される.各分節音が本来的にもつ聞こえやすさの程度と解釈できる.
 分節音の聞こえ度の測定は様々になされており,その値については実験ごとに詳細は異なるかもしれないが,おおまかな分類や順位については研究者のあいだで一致をみている.その1例として,Hogg and McCully (33) に挙げられている英語の分節音の sonority scale を示そう.

SoundsSonority valuesExamples
low vowels10/a, ɑ/
mid vowels9/e, o/
high vowels8/i, u/
flaps7/r/
laterals6/l/
nasals5/n, m, ŋ/
voiced fricatives4/v, ð, z/
voiceless fricatives3/f, θ, s/
voiced stops2/b, d, g/
voiceless stops1/p, t, k/


 一般に,子音よりも母音のほうが,無声よりも有声のほうが,口の開きが小さいよりも大きいほうが聞こえ度は高い.子音についていえば,子音の強度と聞こえ度は反比例の関係であり,強度の低い(=弱い=聞こえ度の高い)子音は,音声的な摩耗や消失を被りやすい.
 さて,聞こえ度が音節を定義するのに有効なのは,分節音の連続において聞こえ度が頂点 (peak) に達するところが音節の核 (syllabic nucleus) と一致するからである.語を分節音の連続に分け,各分節音に聞こえ度を割り振ると,1つ以上の聞こえ度の頂点が得られる.この頂点の数が,その語の音節数ということになる.ある音節と隣あう音節との境目がどこに落ちるかは理論的な問題を含んでいるが,少なくとも音節の核(頂点)は,このように聞こえ度を分析することで機械的に定まるので都合が良い.
 以下に,いくつかの語の聞こえ度分析を示そう.

WordPronunciationSonority valuesPeaks = Syllables
modest/modest/5-9-2-9-3-12
complain/compleːn/1-9-5-1-6-9-52
petty/peti/1-9-1-82
elastic/əlæstik/8-6-10-3-1-8-13
elasticity/iːlæstisiti/9-6-10-3-1-8-3-8-1-85
petrol/petrəl/1-9-1-7-9-62
button/bʌtn/2-9-1-52
bottle/botl/2-9-1-62


 最後の buttonbottle では最終音が子音だが,聞こえ度として頂点をなすので,音節の核として機能している.いわゆる音節主音的子音である.
 さらに興味深いのは,音節を構成する一連の分節音が聞こえ度に関するある法則を示すことである.これは "Sonority Sequencing Generalisation" (SSG) と呼ばれる原則で,次のように定式化される.

[I]n any syllable, there is a segment constituting a sonority peak that is preceded and/or followed by a sequence of segments with progressively decreasing sonority values. (Crystal 442)


 音節によって山の頂点の高さはまちまちだが,典型的に「谷山谷」のきれいな分布になるということを,SSG は示している.onset が s で始まる子音群 (ex. sp-, st-, sk-) の場合などではこの原則は規則的に破られることが知られているが,これを除けば SSG は英語において非常に安定した原則である.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Hogg, Richard and C. B. McCully. Metrical Phonology: A Coursebook. Cambridge: CUP, 1987.

Referrer (Inside): [2013-06-19-1]

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2011-02-18 Fri

#662. sp-, st-, sk- が無気音になる理由 [phonetics][consonant][grimms_law][sgcs][germanic][aspiration][phonotactics]

 [2011-01-28-1]の記事で,現代英語で強勢のある音節の最初にくる「 s+ 無声破裂音」の子音連鎖が気息 ( aspiration ) を伴わないことを取り上げた.この特徴は現代のゲルマン諸語に共通して見られることからゲルマン祖語にさかのぼる特徴と考えられ,印欧語祖語から分化した後に生じたとされる Grimm's Law ( see [2009-08-08-1], grimms_law ) や,後に高地ゲルマン語で生じたとされる Second Germanic Consonant Shift ( see [2010-06-06-1] ) などの子音推移に関与しているのではないかという議論だった.
 そもそも,英語(と他のゲルマン諸語)において s が先行すると p, t, k が無気音となるのがなぜなのか.これについて[2011-01-28-1]で生理学的な説明を加えたが,同僚の音声学者の先生に確認を取ってみたところ,説明に少々修正が必要となったので記しておく.先の説明では「気息は,破裂の開放後に遅れて呼気が漏れるという現象だが,/s/ はもともと呼気の漏れを伴っているために,その直後で呼気をいったん止め,あらためて遅らせて漏らすということがしにくい」としたが,英語の /s/ が(気息とみなされるほど強い)呼気の漏れを伴っているというのは正確な記述ではなかった./s/ 自体は aspirated ではない.ただし,同僚の先生の生理学的な説明は完全には理解できなかったものの,「 s を調音した直後の口腔内の気圧の状態が,後続する破裂音の aspiration に不利に作用する」ということは議論されているという.
 一方で,この問題は必ずしも生理学的な問題ではないという議論もあるという.s に先行された無声破裂音を気息とともに調音することは決して不可能ではないし,単純に言語ごとの異音の分布の問題,音素配列論 ( phonotactics ) の問題であるという議論もあるという.生理学的な説明がどのくらい妥当であるかを判断するには広く通言語的に音素配列の分布をみる必要があるのだろう.
 問題の子音連鎖がなぜ無気音となるのかはこのように未解決のままだが,グリムの法則との関連では,この問いに今すぐ究極の答えを出す必要はない.理由は分からないかもしれないが,ゲルマン祖語が他の印欧語派から分かれ,s に先行される破裂音系列は保持したものの,そうでない破裂音系列は独自の形で体系的に推移させたということは間違いないのである.

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2011-01-26 Wed

#639. ゲルマン語の子音性 (1) [phonetics][phonotactics][consonant][germanic][german][sgcs]

 ドイツ語は子音の多い言語だと言われる.[2011-01-13-1]の記事で言語に対するステレオタイプを話題にしたときに触れたが,ドイツ語の発音については偏見のこもった guttural 「耳障りな,喉音の,しわがれた声の」という形容がしばしば聞かれる( gutturalOALD8 の定義によると "(of a sound) made or seeming to be made at the back of the throat" ) .
 しかし,より客観的に音声学的な観点からは,ある言語が子音的な言語というときには何を意味するのだろうか.あくまで他の言語との相対的な意味ではあるが,例えば,音韻体系において子音の種類が多く,音素配列 ( phonotactics ) において子音の組み合わせが豊富で,現実の発話に際して子音の頻度が高い,などの条件が考えられるだろうか.このような観点で複数の言語を比較すれば,より子音的な言語やより母音的な言語という区分けは一応できそうである.
 例えば英語と比べての話しだが,ドイツ語は Second Germanic Consonant Shift ( see [2010-06-06-1] ) により /pf/, /ts/, /x/ のような破擦音 ( affricate ) や摩擦音 ( fricative ) の系列が発達しており,/s/, /z/, /ʃ/, /tʃ/ のような歯擦音 ( sibilant ) も豊富である.子音の組み合わせ方も schlecht 「悪い」, Tschechoslovakisch 「チェコスロバキアの」, Zweck 「目的」などに垣間見られる通り顕著である.
 しかし,英語もドイツ語に比べて子音性が著しく劣っているわけではない.ghosts /gəʊsts/, sphinx /sfɪnks/, streets /striːts/ などはなかなかに guttural だし,最も多くの単音からなる1音節語といわれる strengths /streŋkθs/ に至っては「3子音1母音4子音」という guttural な配列である.
 ドイツ語や英語に限らず一体にゲルマン語は子音的である.と,少なくともフランスの言語学者たちは評している.例えば,クレパンは,次のような点(主に英語について)を指摘しながら,ゲルマン諸語は「子音の優勢がはっきりと現われている」 (p. 70) と述べている.

 (1) 語頭の母音に先行する声門破裂音が際立っていたために,古英語頭韻詩の頭韻に参加していた.
 (2) ゲルマン語の強さアクセント ( stress accent ) は子音連結や強勢音節を閉じる子音をはっきりと浮かび上がらせる.
 (3) 重複子音 ( ex. OE mann, wīfmann, bringann ) が豊富である.
 (4) PDE thunder, sound などに見られるように /n/ の後に /d/ が挿入される例 ( insertion ) が見られる.
 (5) 単音節化に向かう英語の傾向そのものが子音を際立たせている.例えば,切り株 ( clipping ) による bus, popかばん語 ( blend ) による smog など.

 ○○語(派)の特徴というのは,非○○語(派)との比較からしか浮かび上がってこない.その意味では,ロマンス語を母語とする言語学者によるゲルマン語評,英語評というのはしばしば傾聴に値する.

 ・ アンドレ・クレパン 著,西崎 愛子 訳 『英語史』 白水社〈文庫クセジュ〉,1980年.

Referrer (Inside): [2011-01-28-1] [2011-01-27-1]

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2010-09-09 Thu

#500. intrusive r [rhotic][rp][phonetics][phonotactics][euphony]

 [2010-07-23-1]の記事で触れたとおり典型的なイギリス英語,とりわけ RP ( Received Pronunciation ) では通常 postvocalic r は発音されない.しかし,語末に non-rhotic r が現れ,直後の語が母音で始まる場合には r が「復活」するリエゾン ( liaison ) が観察される.例えば "My car is very old." や "Necessity is the mother of invention." などでは r が発音されるのが普通である.
 「復活」するためには本来的に r がなければならないはずだ.carmother が語として単独に発音される場合には r は実現されないが,上記の例をみると本来的に語末に r があると想定するのが妥当である.ところが,本来的に r が欠けているにもかかわらず,次の語が母音で始まる場合に r が挿入される場合がある.この場合には,「復活」とは呼べないので「挿入」や「割り込み」 ( intrusion ) と呼ぶことになる.intrusive r は話し言葉では非常に頻繁に生じる.
 最もよく知られた例は,law(r) and orderthe idea(r) of this だろう.これらの頻度の高い共起表現では,本来的にあるはずのない r が幽霊のように現れる.他には Shah(r) of Persia, Africa(r) and Asia, an area(r) of disagreement, drama(r) and music などがある.また,1語内でも音節の切れ目で r が挿入される awe(r)-inspiring, draw(r)ing などの例がある.類似現象として,India(n) and Pakistan など intrusive n なるものも見られる.
 intrusive r は母音連続を避けようとする一種の音便 ( euphony ) と考えることができる.しかし,この解釈だけでは,なぜ挿入されるのが r でなければならないのか,なぜ *"I(r) am a student" など intrusive r が生じ得ない場合があるのかをうまく説明できない.発音のしやすさに基づく euphony だとしても,(1) 頻度の高い共起表現に起こりやすいこと,(2) 特定の母音が関わるときに起こりやすいことの2点を指摘する必要がある.
 (2) について考えてみよう.r が「復活」するタイプの語の語末母音は,実は4種類しかない.four, car, fur, mother にそれぞれ含まれる /ɔː/, /ɑː/, /ɜː/, /ə/ である.一方,これらの母音で終わるが「復活」し得ないタイプ,つまり本来的に r が含まれないタイプの語は,数が非常に少ない.例えば law, Shah, sofa などがあるが,/ɜː/ に対応するものはない.したがって,この4種類の母音で終わる語は十中八九,本来的に r をもっている語であり,intrusive r を伴うのが通常である.そこで,本来的な r をもつこれら多数派からの圧力によって,例外に属する lawShah も intrusive r を伴うようになったと考えられる.ここでは,音素配列 ( phonotactics ) のありやすさ ( likelihood ) が鍵になっているのである.
 intrusive r は発音の規範を意識する人々によって非難されることがあるが,当の本人が "the idea(r) of an intrusive r is obnoxious" と r を挿入したりして,規範とは難しきものなるかな ( Crystal, p. 61 ) .

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002. 60--61.

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2009-08-27 Thu

#122. /kn/ で始まる単語 [phonotactics][phonetics]

 現代英語では,<kn> の綴り字で始まる単語の最初の /k/ 音は発音されないことになっている.

knack, knag, knap, knave, knead, knee, knell, knife, knight, knit, knob, knock, knoll, knot, know


 発音されないのにわざわざ綴り字に <k> が入っているのは,かつては発音されたからである.英語史のある段階から /kn/ という連鎖における /k/ は発音されなくなったが,綴り字は変化しなかったがゆえにこのような状況になった.(綴り字の保守性については[2009-05-13-1]を参照.)
 いつ /k/ が失われたかというと,17世紀末から18世紀にかけてである./kn/ -> /xn/ -> /hn/ -> /n/ という段階を経て消えていった.ただ,この /k/ の削除は, /kn/ のつながりが語頭に来たときにのみ,もっと正確にいうと形態素の頭に来たときにのみ,起こった.したがって,acknowledge ( ac- + knowledge ) では形態素をまたぐために /kn/ が保持されているし,spokentaken などでは語中であるためにやはり /kn/ が残っている.
 では,それ以外に例外はないのかというと,先日たまたま gastrocnemius 「腓腹筋」という語に出くわした.ここでは /kn/ が発音されるという.関連語を拾い出すと以下のような語があった.

cnemial, eucnemic, eucnemidal, gastrocnemial, gastrocnemian, gastrocnemius, metacneme , metacnemic , platycnemia , platycnemic , procnemial, protocneme


 cneme の部分はギリシャ語で「脛骨」を意味し,上記の語はいずれもその複合語である.例えば cnemial は /ˈkni:mɪəl/ という発音で,しっかりと /kn/ が残っている.これらの語で /k/ の削除がおこらなかったのは,借用されたのが19世紀,すなわち削除の過程が終了したずっと後だったからと考えてよさそうだが,たまたま出くわしたという gastrocnemius の初出を OED で調べてみたら,例外的に早く1676年とあった./k/ の削除が17世紀末からとすると,なんとも微妙なタイミングである.
 高度に専門的な借用語ということで例外的に扱われたという可能性も考えられるが,いったんは /k/ が脱落しかけたものの,後から入ってきた cneme の複合語のすべてにおいて /kn/ が発音されるならば,gastrocnemius でのみ /k/ が脱落するというのも妙なので,類推 ( analogy ) が働いたと考えるのも一案である.
 いずれにしても,形態素の始まりで /kn/ という音素配列 ( phontactics ) の存在が確認されるのは,英語語彙広しといえど,他にないのではないか.

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