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intensifier - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-01-19 05:57

2018-04-08 Sun

#3268. 談話標識のライフサイクルは短い [discourse_marker][pragmatics][historical_pragmatics][language_change][intensifier][euphemism][sociolinguistics][speed_of_change]

 言語には変化の回転が速い領域というものがある.「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) や「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1]) で述べたように,強意語 (intensifier) や,タブー表現 (taboo) の響きをやわらげる婉曲表現 (euphemism) が次々と生まれては消えることは,よく知られている.視点を変えれば,これらの表現はライフサイクルが短いということになろう.
 同様に,昨日の記事「#3267. 談話標識とその形成経路」 ([2018-04-07-1]) で取り上げた談話標識も,比較的ライフサイクルが短いとされている.実際,談話標識は歴史的に新しい表現が生まれては消える過程を繰り返してきた.昨日の記事でも示したように,談話標識は特に話し言葉において頻度が高いこと,そして種々の源から形成されうることが,背景にあるのだろう.この点について Lewis (909) が次のように述べている.

Discourse markers are known for their frequent renewal. Particularly subject to sociolinguistic factors and fashion, they tend to be "caught" easily, spreading quickly among social networks. Choice of markers therefore can reflect age, social position, and so on. Discourse markers date quickly: many of the most frequent discourse markers and connectives of the 20th century arose only in the 18th or 19th century, including of course, after all, still, I say.


 ライフサイクルが速いといっても数世代以上の時間がかかるようであり,強意語や婉曲語法に見られるライフサイクルほど速いわけではなさそうだ.しかし,そのうちにきっと変わるにちがいないと言わしめるほどには「規則的な」言語変化の一種とみなせそうだ.また,引用の最初にあるように,談話標識に話者の世代を特徴づける性質があるというのも興味深い.歴史社会言語学的な観察対象になり得ることを意味するからだ.談話標識の流行としての側面は,もっと注目してもよいだろう.

 ・ Lewis, Diana M. "Late Modern English: Pragmatics and Discourse" Chapter 56 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 901--15.

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2017-05-27 Sat

#2952. Shakespeare も使った超強調の副詞 too too [reduplication][intensifier][adverb][preposition][iconicity][shakespeare]

 「あまりに」を意味する強調の副詞 too を重複 (reduplication) させ,強調の度合いをさらに強めた too too なる副詞がある.too 自身が前置詞・副詞 to の音韻形態的・意味的な強形というべき語であり,それを重ねた too too においては,強調まさに極まれり,といったところだろうか.Shakespeare でも O that this too too sallied flesh would melt. (Hamlet 1. 2. 129) として用いられており,現在でも口語で She is too-too kind. などと用いられる.
 OED によると,かつては1語で toto, totoo, tootoo などと綴られたこともあったというが,形容詞や副詞の程度を強める副詞としての初出はそれほど古くなく,初期近代の1542年からの例が挙げられている(ただし,動詞を強める副詞としては a1529 に初出あり).

1542 N. Udall tr. Erasmus Apophthegmes f. 271, It was toto ferre oddes yt a Syrian born should in Roome ouer come a Romain.


 この表現の発生の動機づけは,長々と説明する必要もないだろう.重複とは繰り返しであり,繰り返しは意味的強調に通じる.重複と強調は,iconicity (図像性)の点で,きわめて自然で密接な関係を示す.とりわけ感情のこもりやすい口語においては,言語現象として日常茶飯事といえる(関連して「#65. 英語における reduplication」 ([2009-07-02-1]) を参照).
 なお,上にも述べたように強調の副詞 too 自体が,前置詞・副詞 の強形である.古英語では to は単独で「その上,さらに」の意の副詞として用いることもでき,形容詞などと共起すると「あまりに〜」の副詞の意味を表わすことができた.主として,母音部を弱く短く発音すれば前置詞に,強く長く発音すれば強調の副詞として機能したのである.役割の分化にもかかわらず,綴字上は同じ to で綴られ続けたが,16世紀頃から強調の副詞のほうは too と綴られるようになり,独立した.
 起源を一にする語の強形と弱形が独立して別の語と認識されるようになる過程は,英語史でも少なからず生じている.「#55. through の語源」 ([2009-06-22-1]),「#86. one の発音」 ([2009-07-22-1]),「#693. as, so, also」 ([2011-03-21-1]),「#2077. you の発音の歴史」 ([2015-01-03-1]) を参照.

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2015-04-26 Sun

#2190. 原義の弱まった強意語 [intensifier][semantic_change]

 本ブログでは,強意語について intensifier の各記事で取り上げてきた.とりわけ,「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) や「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1]) では,強意語が歴史的に次々と現われては累積してきた過程について論じた.英語史における強意語の発達の具体例は先の記事でも列挙したが,今回は,歴史的に累積してきた,現代英語でもある程度よく用いられる強意副詞の例を挙げたい.この種の語彙一覧を簡便かつ丁寧に与えてくれるのは,Williams (191--92) である.以下のそれぞれについて,本来の語義からいかにして強調の意味が発達したのか,その本来の語義は今ではどの程度感じられるかについて問うてみてほしい.

 IntensifierExample PhraseEarlier Meaning
1.abominablyabominably tired(excite disgust)
2.amazinglyamazingly dull(cause to lose wits)
3.astonishinglyastonishingly minor(stun with a blow)
4.awfullyawfully unimpressive(cause dread or awe)
5.confoundedconfounded happy(bring to perdition)
6.damneddamned pleased(doomed)
7.dreadfullydreadfully small(excite dread or awe)
8.enormouslyenormously good(abnormally evil)
9.excessivelyexcessively happy(go beyond just limits)
10.extraordinarilyextraordinarily normal(beyond the ordinary)
11.extravagantlyextravagantly unambitious(wander beyond bounds)
12.extremelyextremely limited(uttermost)
13.fabulouslyfabulously cheap(fabled)
14.fantasticallyfantastically real(exist in imagination)
15.fullfull weary(complete)
16.frightfullyfrightfully boring(full of horror)
17.grandlygrandly expensive(great)
18.greatlygreatly exhausted(great)
19.hideouslyhideously expensive(excite terror)
20.horriblyhorribly expensive(excite horror)
21.horridlyhorridly embarrassed(excite horror)
22.hugelyhugely amused(immense)
23.immenselyimmensely unimportant(large beyond measure)
24.immoderatelyimmoderately hungry(beyond limits)
25.incrediblyincredibly real(not to be believed)
26.intenselyintensely tired(stretched)
27.magnificentlymagnificently pleased(greatness of achievement)
28.marvelouslymarvelously stupid(miraculous)
29.might(il)ymighty weak(power)
30.monstrouslymonstrously excited(deviating from natural)
31.outrageouslyoutrageously ordinary(exceeding limits)
32.perfectlyperfectly stupid(complete in all senses)
33.prettypretty ugly(firm, nice, proper)
34.powerfulpowerful tired(force,influence)
35.reallyreally imaginative(objective existence)
36.rightright foolish(what is good)
37.simplysimply confusing(without complication)
38.sore(ly)sore(ly) afraid(cause pain)
39.stupendouslystupendously alert(struck senseless)
40.tremendouslytremendously calm(excite trembling)
41.terriblyterribly pleased(excite terror)
42.terrificallyterrifically happy(excite terror)
43.vastlyvastly insignificant(of great dimensions)
44.veryvery false(true, real)
45.violentlyviolently opposed(producing injury)
46.wonderfullywonderfully boring(causing astonishment)
47.wondrouslywondrously tedious(causing astonishment)


 上掲語の多くは,強意に用いられるときには,原義が失われているか,少なくとも弱まってはいるだろう.リストにはないが,例えば f--king chaste という強意表現は f--king の原義を考えると意味的に矛盾しているが,実際に俗語で用いられ得るのは,その語がすでに原義をほとんど失っているからである.そこに宿っているのは,ショックを引き起こす力のみである.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

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2014-12-17 Wed

#2060. 意味論の用語集にみる意味変化の分類 [semantic_change][metaphor][metonymy][bleaching][intensifier]

 様々な種類の意味変化を分類する試みは数多くなされてきた.本ブログでもすでに「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]),「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) などで整理してきたが,今回は意味論のグロッサリーの semantic change という項目に挙げられている分類を要約しながら紹介する.具体的には Cruse の用語集からである.

 (1) 語義の獲得と消失 (gain and loss of meaning) .コンピュータの出現により,mouse は従来の動物のネズミの意に加えて,コンピュータ・マウスの意を加えた.また,Jane Austen の時代には direction は宛名 (address) の意味で用いられていたが,現在はその意味は失われている.語義の獲得と消失には metaphor や metonymy が作用していることが多い.
 (2) デフォルト語義の変化 (change of default meaning) .主たる語義が副次的な語義となったり,副次的な語義が主たる語義になるケース.100年前の expire の主たる意味は「死ぬ」だったが,現在は「死ぬ」は副次的な語義へと降格し,代わりに「満期になる」が主たる意味へと昇格した.intercourse の「交流」の意味も同様に主たる語義の地位から降格し,「性交」に取って代わられている.
 (3) 意味的漂流 (semantic drift) .カテゴリーのプロトタイプ的な成員が時代とともに変わっていくのに連動し,プロトタイプ的な語義が変わっていくこと.weaponvehicle は,時代によってその典型的な指示対象となるものを変えてきた.Stern の意味変化の分類でいう代用 (substitution) に相当する.
 (4) 特殊化と一般化 (specialisation and generalisation) .かつては doctor は広く「教師;学者」を意味したが,現在では主として特殊化した「医者」の語義で用いられる.actor は従来は「男優」のみを意味したが,「(性別にかかわらず)俳優」として用いられるようになってきている.特殊化と一般化は,[2010-08-13-1]の分類でも取り上げた.
 (5) 悪化と良化 (pejoration and amelioration) .interfere は古くは「介在する」 (intervene) の意味で評価については中立的に用いられていたが,現在では負の評価を帯びた「邪魔する」の意味で用いられている.typical も負の評価を帯びた「よくあるように悪い」の意味で用いられるようになっている.女性を表わす語が悪化を経やすいことについては,「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]) と「#1909. 女性を表わす語の意味の悪化 (2)」 ([2014-07-19-1]) で取り上げたので参照されたい.良化の例は比較的少ないが,「ぶっきらぼうな,乱暴な」の意味だったものが「たくましい,屈強な」の意味へと変化した例などがある.悪化と良化は,[2010-08-13-1]の分類でも取り上げた.
 (6) 漂白 (bleaching) .to make a phone call において,make は本来の「作る」の意味を漂白させ,「する,おこなう」というほどの一般的な意味へと薄まっている.awful, terrible, fantastic などの強意語が強意を失っていく過程も漂白の例である (cf. 「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]),「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1])) .

 これは意味変化の要因,過程,方向,結果など複数の基準にもとづいた分類であり,分類というよりは箇条書きに近い.意味変化のタイポロジーというのは,つくづく難しい.

 ・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2014-09-28 Sun

#1980. 主観化 [subjectification][grammaticalisation][semantic_change][unidirectionality][adjective][intensifier][terminology][discourse_marker]

 語用論 (pragmatics) や文法化 (grammaticalisation) や意味変化 (semantic_change) の研究では,主観化 (subjectification) ということがしばしば話題にされる.一言でいえば,「指示的,命題的意味からテキスト的,感情表出的,あるいは,対人的 (interpersonal) への意味変化」(秋元,p. 11)である.命題の意味が話者の主観的態度に重きをおく意味へと変化する過程であり,文法化において典型的にみられる方向性であるといわれる.図式的にいえば,"propositional > textual > expressive/interpersonal" という方向だ.
 秋元 (11--13) に従って英語史からの例を挙げると,運動から未来の意志・推論を表わす be going to の発達,法助動詞 must, may などの義務的用法 (deontic) から認識的用法 (epistemic) への発達,談話標識の発達,強調副詞の発達などがある.より具体的に,動詞 promise の経た主観化をみてみよう.中英語にフランス語から借用された 動詞 promise は,本来は有生の主語をとり,約束という発話内行為を行うことを意味した.16世紀には名詞目的語を従えて「予告する,予言する」の意味を獲得し,無声の主語をも許容するようになる.18世紀には,非定形補文をとって統語的繰り上げの用法を発達させ,非意志的・認識的な意味を獲得するに至る.結果,The conflict may promise to escalate into war. のような文が可能になった.動詞 promise が経てきた主観化のプロセスは,"full thematic predicates > raising predicates > quasi-modals > modal operator" と図式化できるだろう.
 もう1つ,形容詞 lovely の主観化についても触れておこう.本来この形容詞は人間の属性を意味したが,18世紀頃から身体の特性を表わすようになり,次いで価値を表わすようになった.19世紀中頃からは強意語 (intensifier) としても用いられるようになり,ついにはさらに「素晴らしい!」ほどを意味する反応詞 (response particle) としての用法も発達させた.過程を図式化すれば "descriptive adjective > affective adjective > intensifier/pragmatic particle" といったところか.関連して,形容詞が評価的な意味を獲得する事例については「#1099. 記述の形容詞と評価の形容詞」 ([2012-04-30-1]),「#1100. Farsi の形容詞区分の通時的な意味合い」 ([2012-05-01-1]),「#1400. relational adjective から qualitative adjective への意味変化の原動力」 ([2013-02-25-1]) で取り上げたので,参照されたい.強意語の発達については,「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]),「#1220. 初期近代英語における強意副詞の拡大」 ([2012-08-29-1]) を参照.
 ほかにも,Traugott (126--27) によれば,after all, in fact, however などの談話標識としての発達,even の尺度詞としての発達,only の焦点詞としての発達などが挙げられるし,日本語からの例として,文頭の「でも」の談話標識としての発達や,文末の「わけ」の主観的な態度を含んだ理由説明の用法の発達なども指摘される.
 この種の意味変化の方向性という話題になると,必ず反例らしきものが指摘される.実際に,反主観化 (de-subjectification) と目される例もある.例えば,criminal lawcriminal は客観的で記述的な意味をもっているが,歴史的にはこの形容詞では a criminal tyrant におけるような主観的で評価的な意味が先行していたという.また,英語では歴史的に受動態が発達してきたが,受動態は典型的に動作主を明示しない点で反主観的な表現といえる.

 ・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.
 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "From Subjectification to Intersubjectification." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 124--39.

Referrer (Inside): [2015-01-21-1] [2014-09-29-1]

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2012-08-29 Wed

#1220. 初期近代英語における強意副詞の拡大 [emode][intensifier][adverb][synonym][flat_adverb][loan_word]

 昨日の記事「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1]) で参照した Peters は,初期近代英語の強意副詞の異常な拡大について調査している.この時代は,強意副詞の拡大が英語史上もっとも激しかった時期である.しかも,その供給源が従来は典型的だった locality, dimension, quantity を表わす語よりも,quality を表わす語へと移っていったというのが特徴的であるという (Peters 271) .
 OED での調査によると,強意副詞拡大の第1のピークは,1590--1610年にあり,次のような語が含まれる (Peters 272) .

ample, capitally, damnable, damnably, detestable, exquisitely, extreme, grievous, grossly, horribly, intolerable, pocky, rarely, spaciously, strenuously, superpassing, surpassing, terribly, tyrannically, uncountably, unutterably, vehemently, villainous, violently


 第2のピークは1650--60年にあり,ほぼすべて借用語がソースとなっているのが特徴的だという.これにつていは,簡便な一覧が与えられていなかった.
 では,なぜ初期近代英語で強意副詞が拡大したのだろうか.Peters は,供給源である語彙の多様性(借用語も含め)と口語的な文体の文章が増えてきたという事実を指摘している (273) .昨日指摘したように,強意語には常に自己刷新ともいうべき諸作用が働いている.そのような内圧がかかっているところへ,初期近代英語期に,借用語の流入と口語的な文体の出現という外圧が加わった.言語内外の要因が組み合わさり,とりわけこの時期に強意副詞が拡大したのではないか.
 同時期の借用とその副詞への影響については,特に以下の記事を参照.
 
 ・ [2009-08-19-1]: 「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」
 ・ [2010-08-18-1]: 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」
 ・ [2012-01-06-1]: 「#984. flat adverb はラテン系の形容詞が道を開いたか?」
 ・ [2012-07-12-1]: 「#1172. 初期近代英語期のラテン系単純副詞」

・ Peters, Hans. "Degree Adverbs in Early Modern English." Studies in Early Modern English. Ed. Dieter Kastovsky. Mouton de Gruyter, 1994. 269--88.

Referrer (Inside): [2014-09-28-1]

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2012-08-28 Tue

#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か [intensifier][adverb][synonym][thesaurus][sociolinguistics]

 強意語に作用する「限界効用逓減の法則」については,[2012-01-14-1]の記事その他で触れてきた.強意表現は使われてゆくうちに徐々に強意が失せてくるため,話者は新たな強意表現を求める.そして,その新表現も強度が薄まり,次の表現が欲しくなる.この永遠のサイクルに潜む原理が「限界効用逓減の法則」である.新表現の欲求の背後には,真の強意を伝えたいという意図が働いていることは間違いないが,それだけではない.話者の独創的でありたいという希望,巧みな話術を見せたいという希望,聞き手の関心を惹きたいという希望が,その根底にある.このような欲求や希望が原動力となって,次々と新しい強意語が生まれてくる.
 しかし,古い強意語がいつでも新しい強意語にとって代わられるわけではない.古い語が新しい語と併存する場合も少なくない.その場合,強意語群は累々と積み重ねられてゆき,共時的にみれば,非常に種類の豊富な類義語カテゴリーとなる.別の場合には,強意語は,ある話者集団にのみ好んで用いられる shibboleth としての役割を果たす."group identification" (Peters 271) に関与しやすい語類として,社会言語学的にも重要な語類である.
 標題の質問に対しては,もう1つの回答があるように思われる.ここで取り上げている強意語とは,厳密にいえば maximizer と booster を指すが,とりわけ booster は種類が豊富である.それは,maximizer が程度の最高点を表わすという意味で点的だが (ex. absolutely, completely) ,booster は漠然と程度の高さを表わすという点で線的であり,覆う範囲がそれだけ広いからだ (ex. greatly, highly, uncommonly) .booster の供給源に感情を表わす語が少なくないが (ex. desperately, terribly, violently) ,これは感情もまた線的であり,覆う幅が広いことと関係しているだろう (Peters 271) .そして,感情を表わす語は,言うまでもなく,種類の豊富な語群である.
 限界効用逓減の法則,コミュニケーション上の欲求,group identification のための手段,漠然とした程度の広がり,感情語に代表される無尽蔵の供給源.これらの要因によって,強意語は,通時的なサイクルを経験し続けるだけでなく,共時的なヴァリエーションを広げてゆくのである.
 日本語の強意語については,[2012-01-19-1]の記事「#997. real bad と「すごいヤバい」」を参照.

・ Peters, Hans. "Degree Adverbs in Early Modern English." Studies in Early Modern English. Ed. Dieter Kastovsky. Mouton de Gruyter, 1994. 269--88.

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2012-08-05 Sun

#1196. 初期近代英語における -ly 副詞の規則化の背景 (2) [adverb][suffix][flat_adverb][standardisation][prescriptive_grammar][emode][intensifier]

 [2012-07-29-1]の記事の続編.初期近代英語では,##1172,992,984 の記事で話題にしたような強意の単純副詞が続々と現われた.しかし,口語的な響きを伝えるこのような強意の単純副詞が,英語の標準化や規範主義の潮流のなかで非難され,消えていったのも,同じ時代のことだった.ここには,副詞的に機能する語は副詞の形態(典型的に -ly)をもっているべきであり,形容詞と同形のものが副詞として機能するのは正しくないとする "correctness" の発想が濃厚である.Strang (138--39) は次のように述べている.

Secondary modifiers or intensifiers differed considerably. The old forms, full, right, were still in general use; newer very was known, but not used by everybody even in the 17c. For a more forceful degree of modification, wonderous and mighty were inherited, but such terms wear out quickly, and changes have been considerable. During II [1770--1570], pretty, extraordinary, pure, terrible, dreadful, cruel, plaguy, devillish, take on this role, and most of them have lost it again since. We must distinguish here the built-in obsolescence affecting such items at any time, from the particular factors operating between II and I [1970--1770]. These arose from a sense of correctness which prescribed that forms with the appearance of adjectives should not be used in secondary modification. Very was all right because it did not have this form; but instead of extraordinary, terrible, dreadful, etc., the corresponding -ly forms came to be required.


 Strang は,強意副詞としての extraordinaryterrible の廃用は,強意語に作用する「限界効用逓減の法則」 ([2012-01-14-1]の記事「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」を参照)によるものというよりは,規範主義的な "correctness" に基づく非難によるものだと考えているようだが,この2つの要因を "distinguish" する必要はあるだろうか.概念として区別すべきだということであれば確かにその通りだが,現実には,両者は補完し合っていたのではないだろうか.強意語はとりわけ話し言葉,口語において発達しやすい.そこでは,入れ替わり立ち替わり新しい強意語が現われては去ってゆく.一方で,規範主義はもっぱら書き言葉,文語に基づいた言語観である.そこでは,言語を固定化しようという意図が濃厚である.両者の関係は水と油のような関係に見えるが,火(規範主義)に油(口語的な強意副詞の異常な発達)を注いだと表現するのが,より適切な比喩のように思われる.口語における単純副詞の使用が強意語の発達により目立ってくればくるほど,規範による非難の対象となるし,その非難の裏返しとして,「正しい」 -ly 副詞が奨励されるようになったのではないか.皮肉なことだが,言語変化が活発である時代にこそ,強い規制が生まれがちである,ということかもしれない.

 ・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.

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2012-07-30 Mon

#1190. 初期近代英語における副詞の発達 [adverb][suffix][flat_adverb][intensifier][emode]

 昨日の記事「#1189. 初期近代英語における -ly 副詞の規則化の背景」 ([2012-07-29-1]) で参照した Nevalainen の論文は,題名の示すとおり,初期近代英語における副詞の様々な話題を取り上げている.雑多な印象を受けるが,全体として次の2点を指摘しているように読める.(1) 初期近代英語には,昨日の引用に記述されているとおり,-ly 副詞の規則化の流れが確かに認められるが,細かくみれば単純副詞も残存(場合によっては拡大すら)しており,いまだ過渡期と考えるべきである.(2) この時期には,-ly 形にせよ単純形にせよ,副詞が多様化し,機能や意味も拡大した.
 (1) については,「#984. flat adverb はラテン系の形容詞が道を開いたか?」 ([2012-01-06-1]) や「#1172. 初期近代英語期のラテン系単純副詞」 ([2012-07-12-1]) で触れたとおり,強意語としての exceedingdreadful などが増加した事実を取り上げている([2012-01-14-1]の記事「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」も参照).また,大部分の単純副詞が中英語期以前から文証されるものの,近代英語で初めて確認されるものもあり,既存語からの類推による副詞創成の例と考えられる (ex. shallow, tight, rough, blunt, dark, quiet, weak, dirty, cheap, bad) .なお,[2012-07-16-1]の記事「#1176. 副詞接尾辞 -ly が確立した時期」で述べた,Donner による中英語での -ly 副詞と単純副詞の意味上の区別について,Nevalainen (251) は,初期近代英語ではこの区別は体系的に見られないとしており,興味深い.
 (2) については,この時代に文副詞 (sentence adverb) が増加したこと,特に法副詞 (modal adverb) が多様化したことに触れている (ex. probably, necessarily, undoubtedly, possibly, perhaps) .また,焦点化の副詞 (focusing adverb) として,even が16世紀末に「〜さえ」の意味を得たことにも触れ,英語史に通じて見られる adverbialization の流れのなかに位置づけている (254--55) .
 Nevalainen は,副詞発達の歴史のなかで,初期中英語という時期は "the transitional status" (256) を表わしており,"a drift towards a more subjective expression by adverbial means" (257) を示唆するものであると結論づけている.

 ・ Nevalainen, Terttu. "Aspects of Adverbial Change in Early Modern English." Studies in Early Modern English. Ed. Dieter Kastovsky. Mouton de Gruyter, 1994. 243--59.

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2012-04-22 Sun

#1091. 言語の余剰性,頻度,費用 [redundancy][information_theory][frequency][shortening][grammaticalisation][idiom][intensifier][language_change]

 本ブログでも度々取り上げている André Martinet (1908--99) は,情報理論の知見を言語学に応用し,独自の地平を開いた構造言語学者である.[2012-04-20-1], [2012-04-21-1]の記事で,言語の余剰性 (redundancy) の問題に触れてきたが,Martinet は余剰性と関連させて確率 (probability) ,情報 (information) ,頻度 (frequency) ,費用 (cost) といった概念をも導入し,これらの関係のなかに言語変化の原因を探ろうとした.以下は,これらの用語を導入した後の一節である(拙訳つきで).

Ce qu'il convient de retenir de tout ceci pour comprendre la dynamique linguistique se ramène aux constatations suivantes : il existe un rapport constant et inverse entre la fréquence d'une unité et l'information qu'elle apporte, c'est-à-dire, en un certain sens, son efficacité ; il tend à s'établir un rapport constant et inverse entre la fréquence d'une unité et son coût, c'est-à-dire que représente d'énergie consommée chaque utilisation de cette unité. Un corollaire de ces deux constatations est que toute modification de la fréquence d'une unité entraîne une variation de son efficacité et laisse prévoir une modification de sa forme. Cette dernière pourra ne se produire qu'à longe échéance, car les condition réelles du fonctionnement des langues tendent à freiner les évolutions. (189--90)

言語の力学を理解するために,このこと全体について理解すべきことは,次の確認事項である.ある単位の頻度とそれがもつ情報(すなわちある意味ではその効果)のあいだには一定にして反比例の関係がある;それは,ある単位の頻度とその費用(すなわちその単位を使用することで消費されるエネルギー)のあいだの一定にして反比例の関係となる傾向がある.この2つの確認事項の当然の帰結として,ある単位の頻度が変わればその効果も変化するし,その形態の変化も予想されることになる.この後者の変化はあくまで長期間をかけて生じるものである.というのは,言語作用の現実の状況は発達を抑制する傾向があるからだ.


 Martinet は,引用した節よりも前の箇所で,余剰性が高いということは予測可能性が高いということであり,それは言語要素の出現確率あるいは頻度とも密接に関連するということを論じている.一般に,言語要素は頻度が高ければ余剰性も高く,情報価値は低い: "plus une unité (mot, monème, phonème) est fréquente, moins elle est informative" (188) .そして,ここに費用という要素を持ち込むことによって,新たな洞察が得られた.話者にとって,頻度が高ければ高いほど,その1回の発音に必要とされるエネルギーの量は少ないほうが都合がよい.多くのエネルギーを要する発音を何度も繰り返すのは不経済だからだ.逆に,頻度の低い表現は,たとえ発音に大きなエネルギーが必要だとしてもあまり困らない.いずれにせよ,発音する機会が稀だからだ.
 このように,「費用」を発音にかかるエネルギー量と解釈する場合,厳密には個々の音の発音がどのくらいの費用を要するかを知る必要があるが,その計測は難しい.しかし,仮にすべての単音の発音が同じ程度の費用を要すると仮定すれば,特定の表現に要する費用はその音形の長さに依存するはずである.費用を単純に音形の長さと同値とすれば,次の関係が想定できる:「言語要素は,頻度が高ければ音形が短い」.これを言語変化に当てはめれば「言語要素は,頻度が高くなれば音形が短くなる」となろう.
 頻度と費用の反比例の関係は,経験的によく理解できる.よく使われる語句は発音においても表記においても短縮・省略される傾向がある.場合によっては,短縮・省略の究極の結末として,無に帰すことすらある.文法的な慣用表現が短縮した上で固定化する例もよく見られ,これは文法化 (grammaticalisation) として扱われる話題にほかならない.また,[2012-01-14-1]の記事で取り上げた「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」も,頻度と費用の関係という観点からとらえなおすことができるだろう.
 ただし,上の引用の最後にある通り,頻度と費用の関係から言語変化を説明しようとする際には,時間差を考慮する必要がある.ある語の頻度が増してきてからその語形が短縮されるまでには,当然,ある程度の時間が必要だからだ.また,頻度と費用の負の相関関係は,あくまで緩やかなものであることにも注意しておく必要がある.上の一節に先行する標題が "Laxité du rapport entre fréquence et coût" (頻度と費用の関係の緩やかさ)であることを付け加えておこう.

 ・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.

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2012-01-19 Thu

#997. real bad と「すごいヤバい」 [semantic_change][bleaching][japanese][adverb][flat_adverb][intensifier]

 flat_adverb に関連して,強意副詞として用いられる real badmighty hungrypretty cold などの表現について調べながら,ずっと考えていたことだが,この real と日本語の「すごい」の強意副詞的な用法とがすごいよく似ている.類似点を列挙すると,以下の通り.

 (1) 程度のはなはだしいことを示す強意の副詞として用いられる
 (2) 形容詞が,語幹のままの形態(終止・連体形)で副詞(連用修飾)として用いられる
 (3) 口語,俗語として広く行なわれており,規範の立場からは非標準とされる

 日本語の口語において「すごい楽しい」がすでに市民権を獲得していることは改めて指摘するまでもない.書き言葉には使えないという規範意識はあるものの,話し言葉での使用について強く非難すべき時代は過ぎているように思う.
 上の3点は,近年の「すごい」のみに当てはまる特徴ではない.増井 (78) を引用しよう.

 このように「すごい」は「規則に反して新しく使われ始めた表現と考えられるわけであるが,「すごく」の代わりに「すごい」を用いるのは最近ではあっても,それによく似た例は近世や近代にも見られるものであった。
 この「形容詞終止連体形の副詞的用法」は,「程度のはなはだしさ」を表わす形容詞の中に見られる用法である。
 現代語において「程度のはなはだしさ」を表わし,連用形の形で形容詞・形容動詞などを修飾する形容詞として「えらい」,「おそろしい」,「すごい」,「すさまじい」,「すばらしい」,「ひどい」,「ものすごい」といった語が挙げられる。このうちほぼ無条件で形容し・形容動詞などを修飾可能なものとなると「えらい」,「おそろしい」,「すごい」,「ものすごい」に限られる。


 増井は,近世,近代における上方での「えらい」と「おそろしい」の連用修飾用法を実証的に調査した.それによると (82) ,寛政期に「ゑらう」に代わって用言を修飾する「ゑらい」が現われ,後者は幕末には前者と肩を並べるほどに成長した.特に「ゑらい美(うま)い」のように,形容詞終止連体形を修飾する場合には語調の都合でか,「ゑらい」のみが用いられた.しかし,昭和の初め頃には,「えろう」の勢力は完全に後退した.一方,「おそろしい」については,明治・大正期に「おそろしく」の代わりに用いられた例がみられるが,現代にはつながらずに終わった.「おそろしい」の衰退については,この形容詞には本来の「恐い」という語義が強く残っていたために,程度のはなはだしさを表わす用法は副次的にとどまらざるを得なかったのではないかと,増井は論じている.
 「ゑらい」と「おそろしい」の発達の差は,[2012-01-14-1]の記事「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」で取り上げた,意味の漂白化 (bleaching) と関連しているようにみえる.「ゑらい」では意味が漂白して純粋な強意語となったが,「おそろしい」では原義が色濃く残っており,強意語へと漂白しきれなかったということではないか.意味特性のほかには,漂白化に成功した「えらい」は「おそろしい」の5音節に比べて3音節と短いことが関与しているかもしれない.「すごい」も3音節である.語呂のよさや口語らしさということでいえば,短いほうが調子が出そうだ.
 「えらい」「おそろしい」の発達についての結論として,増井 (84--85) はこう述べている.

 言語変化は,より安易で単純な方向に進むとされるが,その言語変化の一環として形容詞の無活用化がみられ,その流れの中で右のような用法が出てきたとする考え方もあろう。しかし,右の終止連体形の副詞的用法は形容詞一般にみられるものではなく,「程度のはなはだしさ」を強調する場合にのみ現われることを考えると,単に,「安易で単純な方向に流れて無活用化したもの」ということで片付づけるにはためらいがある。むしろ,強調効果を高めるために意図的に終止連体形を用いたものと考えたい。「えらう」「おそろしく」と活用変化させた形より,原形である「えらい」「おそろしい」の形の方が強い印象が与えられるという意識が働いた結果ではないかと私は考える。


 副詞(連用形)に対して形容詞(終止・連体形)のもつ力強さについては,昨日の記事「#996. flat adverb のきびきびした性格」 ([2012-01-18-1]) をはじめ ##983,993,995 で議論済みである.上でみた (1), (2), (3) の特徴,すなわち強い意味,形態の単純さ,口語らしさは,いずれも「きびきびした性格」としてまとめられる.real bad と「すごいヤバい」における flat adverb の精神は,ここにありだ.
 最後に,「すごい」の語法問題に対する,井上ひさし氏の回答を参照しよう (238) .鋭い意見だと思う.

なぜ,「すごい楽しい」という言い方が流行しているのかを考えてみると,まず,「程度が並々でない」のを表わす形容詞であることが大きい。並々でないことを強調しようとして,つい,すこしばかり破格の表現をとってしまったと考えられます。また,わたしたちは,いつも新しい言い方を求めていますから,その好みにあっているのかもしれません。そして,なによりも,わたしたちは,「正しい言い方」の味気なさを知っています。これは,その味気ない正しさへの,ちょっとした悪戯なのかもしれない。


 ・ 増井 典夫 「形容詞終始連体形の副詞的用法 ---「えらい」「おそろしい」を中心に ---」 『国語学研究』第27号 東北大学「国語学研究」刊行会,1987年.77--86頁.
 ・ 井上 ひさし 『井上ひさしの日本語相談』 新潮社,2011年.

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2012-01-15 Sun

#993. flat adverb についてあれこれ [flat_adverb][adverb][adjective][swearword][intensifier][metanalysis][hendiadys]

 年が明けて以来,flat_adverb についていくつか記事を書いてきた.調べているうちに諸々の話題が集まってきたので,雑記として書き残しておきたい.

 (1) 「主にくだけた口語で用いられ,本来の副詞より端的で力強い表現」(小西,p. 507);「単純形副詞がよく用いられるのは,文が比較的短く,幾分感情的色彩がある場合で,口語体ではより力強い表現として好まれる傾向がある: It hurts bad. / Take it easy. / Go slow.」(荒木, p. 522)
 (2) 米の口語・俗語で多用されることは既述だが,さらに例を挙げる(荒木,pp. 86, 91).ex. act brave, dance graceful, land safe, work regular, sit tight, mighty dangerous, reasonable busy, moderate good luck, everlasting cold, get ugly drunk, hustlingest busy; I see things different than I used to.; You are plain lucky.
 (3) 歌曲の題名などで臨時的に用いられる.ex. "Love Me Tender", "Treat me nice".
 (4) 副詞としての very の起源が示すとおり ([2012-01-12-1], [2012-01-13-1]) ,名詞を修飾する類義の形容詞の連続において,前の形容詞が後の形容詞を修飾する副詞として異分析される例がみられる (ex. an icy cold drink, a blazing hot fire) .さらに,名詞がなくとも独立して burning hot, soaking wet, dazzling white なども見られる(大塚,p. 589).
 (5) 形容詞と副詞が同形のペアには5種類あり,以下の iii, iv 辺りが典型的に flat adverb と呼ばれるものだろう (Huddleston and Pullum 568) .

i daily, hourly, weekly, deadly, kindly, likely
ii downright, freelance, full-time, non-stop, off-hand, outright, overall, part-time, three-fold, wholesale, worldwide
iii bleeding, bloody, damn(ed), fucking
iv clean, clear, dear, deep, direct, fine, first, flat, free, full, high, last, light, loud, low, mighty, plain, right, scarce, sharp, slow, sure, tight, wrong
v alike, alone, early, extra, fast, hard, how(ever), late, long, next, okay, solo

 (6) flat adverb と -ly adverb では,分裂文 (cleft sentence) で焦点化された場合の容認可能性が異なる.flat adverb は,動詞句と分断されることにより形態だけでは副詞とわかりにくくなるために,容認度が低くなるのではないか(荒木,p. 522).

 *It was slow that he drove the car into the garage. vs It was slowly that he drove the car into the garage.
 *It was loud that they argued. vs It was loudly that they argued.

 ただし,flat adverb が等位接続されたり別の語で修飾されると,副詞であることが明確になり,容認されやすい.ex. It was loud and clear that he spoke.; It was extremely loud that they argued.
 (7) A and B と形容詞を等位接続すると,A-ly B ほどの意となる二詞一意 (hendiadys) の例も,形容詞の副詞化という現象の一種としてとらえることができそうだ(大塚,pp. 531, 589).ex. nice and cool (= "nicely cool"), good and tired (="well tired"), rare and hungry (="quite hungry").

 ・ 小西 友七 編 『現代英語語法辞典』 三省堂,2006年.
 ・ 荒木 一雄,安井 稔 編 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.
 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ 石橋 幸太郎 編 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.

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2012-01-14 Sat

#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」 [intensifier][adverb][semantic_change][bleaching][euphemism][flat_adverb][thesaurus][synonym][swearword]

 [2012-01-12-1], [2012-01-13-1]の記事で,副詞としての very の起源と発達について見てきた.強意の副詞には,very の場合と同様に,本来は実質的な語義をもっていたが,それが徐々に失われ,単に程度の激しさを示すだけとなったものが少なくない.awfully, hugely, terribly などがそれである.意味変化の領域では,意味の漂白化 (bleaching) が起こっていると言われる.
 おもしろいのは,このような強意の副詞がいったん強意の意味を得ると,今度は使い続けれられるうちに,意味の弱化をきたすことが多いことである.ちょうど修辞的な慣用句が使い古されて陳腐になると,本来の修辞的効果が弱まるのと同じように,強意語もあまりに頻繁に用いられると本来の強意の効果が目減りしてしまうのである.
 効果の目減りということになれば,経済用語でいう「限界効用逓減の法則」 (the law of diminishing marginal utility) が関与してきそうだ.限界効用逓減の法則とは「ある財の消費量の増加につれて,その財を一単位追加することによる各個人の欲望満足(限界効用)の程度は徐々に減る」という法則である.卑近な例で言えば,ビールは1杯目はおいしいが,2杯目以降はおいしさが減るというのと原理は同じである(ただし,私個人としては2杯目だろうが3杯目だろうがビールは旨いと思う).強意語は,意味における限界効用逓減の法則を体現したものといえるだろう.
 さて,強意語から強意が失われると,意図する強意が確実に伝わるように,新たな強意語が必要となる.こうして,薄められた古い表現は死語となったり,場合によっては使用範囲を限定して,語彙に累々と積み重ねられてゆく一方で,強意のための語句が次から次へと新しく生まれることになる.この意味変化の永遠のサイクルは,婉曲表現 (euphemism) においても同様に見られるものである.
 では,新しい強意語はどこから湧いてくるのだろうか.婉曲表現の場合には,[2010-08-09-1]の記事「#469. euphemism の作り方」で見たように,そのソースは様々だが,強意語のソースとしては特に口語・俗語において flat adverb (##982,983,984) や swearword が目立つ.新しい強意語には誇張,奇抜,語勢が要求されるため,きびきびした flat adverb やショッキングな swearword が選ばれやすいのだろう.前者では awful, dead, exceeding, jolly, mighty, real, terrible, uncommon,後者では damn(ed), darn(ed), devilish, fucking, goddam, hellish などがある.
 HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) で強意副詞を調べてみると,この語群の移り変わりの激しさがよくわかる."the external world > relative properties > quantity or amount > greatness of quantity, amount, or degree > high or intense degree > greatly or very much [adverb]" とたどると,536語が登録されているというからものすごい.その下位区分で,very の synonym として分類されているものに限っても以下の47語がある.壮観.

full (c888), too (c888), well (c888), swith (971), right (?c1200), much (c1225), wella (c1275), wol(e (a1325), gainly (a1375), endly (c1410), very (1448), jolly (1549), veryvery (1649), good (a1655), strange (1667), bloody (1676), ever so (1690-2), real (1771), precious (1775), quarely (1805), trés (1819), freely (1820), powerful (a1822), heap (1832), almighty (1834), all-fired (1837), gradely (1850), hard (1850), heavens (1858), veddy (1859), some (1867), spanking (1886), socking (1896), hefty (1898), velly (1898), dirty (1920), oh-so (1922), snorting (1924), hellishing (1931), thumpingly (1948), mega (1968), mondo (1968), mucho (1978), seriously (1981), well (1986), way (1987), stonking (1990)

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2012-01-13 Fri

#991. 副詞としての very の起源と発達 (2) [etymology][semantic_change][conversion][adverb][adjective][flat_adverb][intensifier][metanalysis]

 昨日の記事[2012-01-12-1]に引き続き,強意の副詞 very の歴史について付言.昨日は,very が統語的に形容詞とも副詞ともとれる環境こそが,副詞用法の誕生につながったのではないかという Mustanoja の説を紹介した.MED も同様に考えているようで,"verrei (adj.)" の語源欄にて,解釈の難しいケースがあることに触れている.

When verrei adj. precedes another modifier, it is difficult if not impossible to distinguish (a) the situation in which both function as adjectives modifying the noun, from (b) that in which the modifier nearest the noun forms a syntactic compound with it (which compound is modified by verrei) and from (c) that in which verrei functions as an adverb modifying the adjective immediately following; some exx. of (a) and (b) now in this word may = (c) and belong to verrei adv.


 例えば,a verrai gentil man という句で考えれば,(a) の読みでは "a true gentle man",(b) では "a true gentleman",(c) では "a truly gentle man" という現代英語の表現に示される統語構造の解釈となる.この種の境目のあいまいな構造から,異分析 (metanalysis) の結果,副詞としての very が発達したと考えられる.
 しかし,ここで起こったのは形容詞から副詞への品詞転換 (conversion) にすぎず,「真実,本当」という原義はいまだ保持していた.とはいえ,「真実に,本当に」の原義から「とても,非常に」の強意の語義への道のりは,きわめて近い.語義間の差の僅少であることは,MED "verrei (adv.)" の 2 の (a) から (d) に与えられている語義のグラデーションからもうかがい知れる.各語義を表わす例と文脈を見比べても,互いに意味がどう異なるのか,にわかには判断できない.
 「真実に」か「とても」かの僅差を実感するには,今日でも用いられる手紙の "sign-off" の文句の例が適当だろう.very の副詞としての用法が発達した初期の例として,Paston Letters の締めの文句 Vere hartely your, Molyns がある.ここでは hartely は "sincerely, affectionately" ほどの意で,vere は「真実に」の原義と,単純に強意を示す「とても」の語義とが共存している例と解釈したい (Room 278) .
 以上のように,very は,フランス語形容詞の借用→形容詞「真実の」→副詞「真実に」→副詞「とても」へ,用法と語義を発展させてきた.しかし,現在,発展の最終段階ともいうべきもう1つの変化が進行中である.それは強意語の宿命ともいえる意味変化なのだが,肝心の強意がその勢いを弱めてきているというものである.以下は,シップリーの mere の項で触れられているコメント.

very (非常に)はほとんど力のない言葉になってしまった。I'm very glad to meet you. (お会いできてとてもうれしい)は,I'm glad to meet you. (お会いできてうれしい)よりも,しばしば誠意に欠ける表現となることがある。


 very の意味変化には,語の一生のドラマが埋め込まれている.いや,一生というには時期尚早だろう.なんといっても,very は,今,最盛期にあるのだから.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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2012-01-12 Thu

#990. 副詞としての very の起源と発達 (1) [etymology][semantic_change][conversion][adverb][adjective][flat_adverb][intensifier][metanalysis]

 [2012-01-04-1]の記事「#982. アメリカ英語の口語に頻出する flat adverb」で,本来,形容詞である goodreal が,主として米口語で副詞として用いられるようになってきていることに触れた.形容詞から副詞へ品詞転換 (conversion) した最も有名な例としては,強意語 very を挙げないわけにいかない.
 very は,現代英語で最頻の強意語といってよいだろう.Frequency Sorter によれば,BNC における very の総合頻度は86位である.しかし,この語が強意の副詞として本格的に用いられ出したのは15世紀以降であり,中英語へ遡れば主たる用法は「真の,まことの,本当の」を意味する形容詞だった.それもそのはずで,この語は古フランス語の同義の形容詞 ve(r)rai を借用したものだからである(現代フランス語では vrai).英語での初例は,c1275.この語義は,in very truth, Very God of very God などの慣用句中に残っている.14世紀末には,定冠詞や所有格代名詞を伴って「まさにその,全くの」を意味する強意語としても用いられ始め,この用法は現代英語の the very hat she wanted to get, at the very bottom of the lake, do one's very best などにみられる.
 一方,早くも14世紀前半には,上記の形容詞に対応する副詞として「真に,本当に」の語義で very の使用が確認されている.なぜ形容詞から副詞への転換が生じたかという問題を解く鍵は,that is a verrai gentil man (Gower CA iv 2275), he was a verray parfit gentil knyght (Ch. CT A Prol. 72), this benigne verray feithful mayde (Ch. CT E Cl. 343) などの例に見いだすことができる.ここでの very の用法は,続く形容詞と同格の形容詞である.しかし,意味的にも統語的にも,第2の形容詞を強調する副詞と解釈できないこともない.つまり,異分析 (metanalysis) が生じたと疑われる.このような句が慣習的に行なわれるようになると,修飾されるべき名詞がない統語環境ですら very が形容詞に先行し,完全な副詞として機能するに至ったのではないか.また,verray penitentverray repentaunt などのように,very が,名詞的に機能しているとも解釈しうる形容詞を修飾するような例も,この品詞転換の流れを後押ししたと考えられる.そして,15世紀には強意の副詞として普通になり,16世紀後半までにはそれまで典型的な強意の副詞であった full, right, much を追い落とすかのように頻度が高まった.
 以上,Mustanoja, pp. 326--27 を参考に記述した.1つの説得力のある議論といえるだろう.中英語で用いられた他の多くの強意副詞も,その前後のページで細かく記述されているので参考までに.
 考えてみれば,[2012-01-04-1]でみた現代米口語の副詞的 real もかつての ve(r)rai と同様,フランス借用語であり,かつ「真の,まことの,本当の」を意味する形容詞である.a real good soundtrack などの表現をみるとき,上述の Mustanoja の very に関する議論がそのまま当てはまるようにも思える.歴史が繰り返されているかのようだ.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2012-01-08 Sun

#986. COCA の "WORD AND PHRASE . INFO" [coca][corpus][dictionary][synonym][collocation][semantic_prosody][intensifier][web_service]

 COCA ( Corpus of Contemporary American English ) を運営する Mark Davies 氏が,年末に,COCAベースで語に関する諸情報を一覧できるサービス WORD AND PHRASE . INFO を公開した.語(lemma 頻度で上位60,000語以内に限る)を入力すると,ジャンルごとの生起頻度やそのコンコーダンス・ラインはもとより,WordNet に基づいた定義や類義語群までが画面上に現われる.ほとんどの項目がクリック可能で,さらなる機能へとアクセスできる.インターフェースが直感的で使いやすい.
 類義語研究や collocation 研究には相当に役立つ仕様になったのではないか.例えば,semantic_prosody を扱った[2011-03-12-1]の記事「#684. semantic prosody と文法カテゴリー」で,強意語 utterly, absolutely, perfectly, totally, completely, entirely, thoroughly についての研究を紹介したが,WORD AND PHRASE . INFO で utterly を入力すれば,これらの類義語群が左下ウィンドウに一覧される.あとは,各語をクリックしてゆくだけで,頻度や collocation の詳細が得られる.このような当たりをつけるのに効果を発揮しそうだ.

utterly by WORD AND PHRASE . INFO

Referrer (Inside): [2012-03-03-1]

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2011-03-12 Sat

#684. semantic prosody と文法カテゴリー [semantic_prosody][grammar][corpus][intensifier]

 昨日起こった東北地方太平洋沖地震につきまして,被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます.
 [2011-03-03-1]の記事で,semantic prosody と文法カテゴリーとの間に関連があるという可能性に言及した.これは,happen の類義語,utterly を含む強意語の semantic prosody をコーパスによって調査した Partington の論文で指摘されていることである.
 Partington は happen, set in, occur, come about, take place を調査し,この語群には程度の差はあれ,確かに unfavourable な semantic prosody が付随しているという証拠を挙げた(最も unfavourable なのは set in だという)(144) .同様に,utterly, absolutely, perfectly, totally, completely, entirely, thoroughly を調査し,それぞれの semantic prosody あるいは semantic preference を抽出した (148) .そして,いくつかの語句に付随している音色には,favourable vs. unfavourable という単純な価値基準の対立ではなく,一般には文法カテゴリーとして言及されるような特徴の対立が関与しているということがわかった.
 具体的に言えば,happen は non-factuality を示す傾向が強い.法,疑問,条件といった文法カテゴリーとの関与が認められ,it is unclear whyto see what などの表現とともに用いられることが多い (140--41) .一方で,take place はむしろ factuality を示す傾向が強く,生じると予定されていることが実際に生じるという含意で用いられることが多い (143) .
 強意語では,utterly は unfavourable semantic prosody を示すだけでなく,特徴の不在や状態変化を表わす語を修飾する傾向がある ( ex. utterly helpless / unable /forgotten / changed / different / destroyed ) .同じ傾向は,totally, completely, entirely にも見られる.entirely には (in)dependency というカテゴリーも関与しており,entirely dependent / self-sufficient / isolated などと用いられることが多い.absolutely は superlative を含意する語を修飾する ( ex. absolutely delighted / splendid / appalling ) .
 factuality, absence, change, dependence, superlative というキーワードは,通常,文法カテゴリーに関連して言及されるラベルだが,語の意味,特に semantic prosody や semantic preference として言及される意味と深く関わっていることがわかる.
 考えてみれば,語彙と文法の結びつきという視点は,新しくもなければ珍しくもない.例えば,ある動詞は受け身でしか用いられないとか,否定で用いられることが多いなどという事実は当たり前のように指摘されてきたし,学習者用辞書に広く反映されている.ある種の意味領域を表わす語が,後続する that 節内の動詞に subjunctive を要求するという文法項目も長い間論じられてきた ([2010-04-07-1]) .語彙と文法の関係は英語学ではよく知られていた事実だが,コーパス言語学という新しい角度からも同じ事実にたどり着いたということだろう.ただし,コーパス言語学の貢献は,factuality や absence などのカテゴリーを 0 か 1 かの binary な問題としてではなく,probabilistic な問題として取り扱うことができる点にあるように思われる.
 英語史あるいは通時言語学の観点からは,ある語が文法カテゴリーと結びつきが認められる場合に,いつ,どのようにその結びつきが生じたのかに興味がある.例えば happen は英語史のいつ頃から unfavourable で non-factual な含蓄を得たのか.もしある時期にそのような含蓄を帯び始めたのであれば,その意味の場 ( semantic field ) を構成する他の類義語との関係も合わせて考える必要がある.そして,類義語との関係ということになれば,occur など借用語の圧力も考慮に入れなければならない.借用語による意味の場の再編成 → semantic prosody の滲出 → 文法カテゴリーへの結びつき,という流れがあるとすれば,おもしろい.speculation にすぎないが,例えば[2009-08-17-1]の記事で触れた語種と仮定法現在との関係にこの流れが見られないだろうか.

 ・ Partington, A. "'Utterly content in each other's company': Semantic Prosody and Semantic Preference." International Journal of Corpus Linguistics 9.1 (2004): 131--56.

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2009-07-20 Mon

#84. once, twice, thrice [numeral][adverbial_genitive][shakespeare][intensifier]

 [2009-07-18-1]で倍数・度数表現の oncetwice について述べたが,この延長として thrice 「三倍,三度」 ( = three times ) なる語があるのを知っているだろうか.古風な語なので現代英語ではあまりお目にかからないかもしれないが,-ce 語尾が付加されている背景は once, twice と同じである.さすがに,*fource や *fifce はないようだ.
 この thrice は文字通りには「三倍」の意だが,強調の副詞として「大いに」の意で,数多くの合成語を作り出してきた.特に Shakespeare がよく使ったというので,どんなものがあったのかを Bartleby.com より Oxford Shakespeare で検索してみた.そこから,thrice- を含む句を取り出したのが以下の例である.

My thrice-driven bed of down, my thrice-puissant liege, my thrice-renowned liege, The thrice-victorious Lord of Falconbridge, this thrice-famed duke, this thrice-worthy and right valiant lord, thrice-crowned queen of night, thrice-fair lady, thrice-gentle Cassio, thrice-gorgeous ceremony, thrice-gracious queen, Thrice-noble Titus, thrice-repured nectar, thrice-valiant countrymen, Thrice-worthy gentleman, thrice-worthy signieur of England, Thy thrice-noble cousin, thy thrice-valiant son, What a thrice-double ass

 全体として良い意味の形容詞を強める働きをしていることがわかる.ただ,最後に挙げた例 What a thrice-double ass ( The Tempest, V, i, 320 ) は悪い意味を強めている.三回二重にするということだから,最終的には「六重に輪をかけた馬鹿」ということになり,相当な馬鹿者である.
 thrice- 表現を現代英語でもリバイバルさせたくなった.

Referrer (Inside): [2012-12-06-1] [2009-07-21-1]

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