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evolution - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-10-02 10:32

2022-08-07 Sun

#4850. アフリカの語族と遺伝子 [africa][language_family][anthropology][origin_of_language][genetics][evolution][speed_of_change][world_languages][map]

 アフリカの4つの語族について「#3811. アフリカの語族と諸言語の概要」 ([2019-10-03-1]) で紹介した.先日「#4846. 遺伝と言語の関係」 ([2022-08-03-1]) で参照した篠田に,言語と遺伝子の関係に触れつつアフリカの語族について論じられている節があった.そちらから引用する (87--88) .

 突然変異は世代を経るごとに蓄積しますから,同じ地域に長く暮らすほど個体間の遺伝的な違いは大きくなります.ホモ・サピエンスは他のどの地域よりも長くアフリカ大陸で生活していますから,アフリカ人同士は,他の大陸の人びとよりも大きな遺伝的変異を持っています.実際,人類の持つ遺伝的な多様性のうち,実に八五パーセントまではアフリカ人が持っていると推定されています.一方,言語もDNA同様,時間とともに変化していきます.そのスピードはDNAの変化よりもはるかに早く,一万年もさかのぼると言語間の系統関係を追えないほど変化するといわれていますが,同じような変化をすることから,言語の分布と集団の歴史のあいだには密接な関係があることが予想されます.
 アフリカには,世界中に存在する言語の三分の一に当たる,およそ二〇〇〇の言語が存在します.それは,アフリカ大陸に長期にわたって人びとが暮らしていることの証拠でもあります.アフリカで話されている言語は大きく四つのグループに分かれており,北から,アフロ・アジア言語,ナイル・サハラ言語,ニジェール・コンゴ言語,コイ・サン言語が分布します.ただし,コイ・サン言語はさらに五つのグループに分かれており,互いの共通性はほとんどないといわれています.遠い昔に分岐した一群の言語族の総称と捉えるべきものです.ともあれ,言語グループの分布の様子と集団の遺伝的な構成には密接な関係があることがわかっています〔後略〕.


 また,アフリカの人々の語族,遺伝子,地理的分布が互いに関係することに加え,彼らの生業も相関関係に組み込まれていくるという.アフロ・アジア語族は牧畜民や牧畜農耕民と関連づけられ,ナイル・サハラ語族は牧畜民と,ニジェール・コンゴ語族は農耕民と,コイ・サン語族は狩猟採集民とそれぞれ関連づけられる.  *
 篠田 (89) は「言語や生業,地理的分布の違いは,過去における集団の移動や融合の結果と考えられるので,化石やDNA,さらには考古学的な証拠や言語の系統を調べることで,現代のアフリカ集団の成立のシナリオを多角的に描くことができます」と同節を締めくくっている.
 関連して「#3807. アフリカにおける言語の多様性 (1)」 ([2019-09-29-1]),「#3808. アフリカにおける言語の多様性 (2)」 ([2019-09-30-1]),「#3814. アフリカの様々な超民族語」 ([2019-10-06-1]) ほか africa の各記事を参照.

 ・ 篠田 謙一 『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』 中公新書,2022年.

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2022-08-03 Wed

#4846. 遺伝と言語の関係 [anthropology][evolution][demography][genetics][language_family]

 篠田謙一氏による近刊書『人類の起源』(中公新書)を読んでいる.人類学 (anthropology) は言語学の隣接分野の1つでもあり関心を寄せているが,アフリカなどで化石人骨が発見されるたびに人類史が書き換わる様を目の当たりにして,なんとスピード感のある分野なのだろうと思っている.
 篠田 (174) では,アジア人の起源を探る章で,「言語とゲノム」の関係について議論が展開されている.その一部を引用する.

二〇〇九年には,東南アジアから北東アジアにかけての現代人集団のゲノムデータが解析され,アジアの集団の遺伝的な分化は基本的に言語集団に対応していることが示されています.〔中略〕同じ言語集団に属する人びとは似たような遺伝的な構成をしているということを表しています.婚姻は基本的には同じ言語グループの中で行われますから,当然の結果でしょう.分化のもっとも重要な要素は言語であり,それが集団の遺伝的な構成を規定しているのです.


 この引用にあるように,遺伝と言語に基づく集団の分布が一致しているという指摘は,おそらく多くの読者にとって直観と常識に見合うために,すんなりと受け入れられるものだろう.しかし,私にとって,このストレートな指摘は,なかなかショッキングだった.遺伝,人種,言語の関係について,単純に結びつけることに懐疑的であり抵抗があるからだ.
 社会言語学では,言語とその他の種々のパラメーターは,相関関係にあることは多いものの,絶対的な結びつきはないということが説かれ,しばしば強調される.社会言語学は,ある意味では,言語と他のパラメーターの関係は直観・常識とは完全にイコールではないので,盲目的にイコールで結びつける言説とは距離を置け,と主張する分野でもあると私は考えている.このような立場からすると,上記の結論はあまりにストレートで,オッと身構えてしまうわけだ.
 ただし,あいにく「遺伝」について門外漢である私が何か言えることがあるかと問われれば,残念ながらない.ここでは,関連する以下の記事を指摘するにとどめたい.

 ・ 「#2838. 新人の登場と出アフリカ」 ([2017-02-02-1])
 ・ 「#2841. 人類の起源と言語の起源の関係」 ([2017-02-05-1])
 ・ 「#2844. 人類の起源と言語の起源の関係 (2)」 ([2017-02-08-1])
 ・ 「#2872. 舌打ち音とホモ・サピエンス」 ([2017-03-08-1])
 ・ 「#3146. 言語における「遺伝的関係」とは何か? (1)」 ([2017-12-07-1])
 ・ 「#3593. アングロサクソンは本当にケルトを一掃したのか?」 ([2019-02-27-1])
 ・ 「#1871. 言語と人種」 ([2014-06-11-1])
 ・ 「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1])
 ・ 「#3810. 社会的な構築物としての「人種」」 ([2019-10-02-1])

 現時点での私のまとまらない考えを言語化すると次のようになる.遺伝と言語の相関関係は,直観・常識のみならず科学的にも濃密のようである,しかし絶対的なイコール関係ではない.

 ・ 篠田 謙一 『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』 中公新書,2022年.

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2021-12-26 Sun

#4626. 現代の手話研究の成果 [sign_language][evolution][history_of_linguistics][linguistics][history_of_linguistics]

 手話 (sign_language) がれっきとした言語の1形態であることについて「#1662. 手話は言語である (1)」 ([2013-11-14-1]),「#1663. 手話は言語である (2)」 ([2013-11-15-1]) などで取り上げてきた.

 Woll (96) によれば,手話の研究史は17世紀にさかのぼるが,現代の本格的な手話研究が始まったのは,つい最近ともいえる1950--60年代のことである.Tervoort (1953) と Stokoe (1960) の研究が画期的とされている.その後1970年代以降は,主流派言語学も手話研究から刺激を受け,この領域への関心を強めてきた.言語進化論の分野へのインパクトも大きかったようだ.Woll (104) 曰く,

. . . sign languages are the creation of humans with 'language-ready' brains. Thus it is inappropriate to view sign languages as comparable to the communication of pre-linguistic humans. Perhaps the most important contribution of sign linguistics to language evolution theory is the recognition that human communication is essentially multi-channel.


 現代の手話言語学は70年ほどの歴史をもつことになるが,この経験を通じて手話の3つの特徴が浮き彫りになってきたと Woll (92) は述べている.

 ・ Sign languages are complex natural human languages.
 ・ Sign languages are not related to the spoken languages of the surrounding hearing communities.
 ・ Sign languages can be compared and contrasted in terms of typology and modality with spoken language.


 手話言語は音声言語からの派生物ではなく,れっきとした言語の1形態であり,音声言語と比較できる側面とそうでない側面をもつ,ということだ.
 ちなみに世界に手話言語はいくつあるのか.Ethnologue (2009年版)では170の手話言語が挙げられているそうだが,別のデータベースによると数千ものエントリーが確認できるという (Woll 93) .幾多の理由で,音声言語と同様に,否それ以上に,正確に数え上げるのは困難なようだ.

 ・ Woll, Bencie. "The History of Sign Language Linguistics." Chapter 4 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 91--104.
 ・ Tervoort, Bernard T. Structurele analyse van visueel taalgebruik binnen een groep dove kinderen. Amsterdam: Noord-Hollandsche Uitgevers Maatschappij, 1953.
 ・ Stokoe, William C. "Sign Language Structure: An Outline of the Visual Communication Systems of the American deaf." Studies in Linguistics Occasional Papers 8 (1060): 1--78. University of Buffalo.

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2021-12-14 Tue

#4614. 言語の起源と発達を巡る諸説の昔と今 [evolution][origin_of_language][history_of_linguistics][anthropology][biology][philosophy_of_language]

 「#4612. 言語の起源と発達を巡る諸問題」 ([2021-12-12-1]) で引用した Mufwene (51) は,言語の起源と発達を巡る諸説について,最近何か新しい提案が出てきているという事実はないと述べている.「諸説」は18世紀の哲学者の手により,すでに出そろっているという認識だ.

For instance, the claim that language is what distinguishes mankind the most clearly from the animal kingdom is already evident in Condillac. It is also hard to sharply distinguish eighteenth-century arguments for the emergence of human language out of instinctive cries and gestures from Bickerton's position that the predecessor of his 'protolanguage' consisted of holistic vocalizations and gestures. The idea of gradualism in the evolution of language is not new either; and Rousseau had already articulated the significance of social interactions as a prerequisite to the emergence of language. And one can keep on identifying a number of current hypotheses which are hardly different from earlier speculations on the subject.


 では,だからといってこの領域における研究が進んでいないかといえば,そういうわけでもない,と Mufwene (51--52) は議論を続ける.18世紀の哲学者や19世紀の言語学者と,現代の我々との間には重要な違いがいくつかあるという.
 1つ目は,我々が10--20万年前の化石人類と我々とが解剖学的にも生態学的にも異なった存在であることを認識していることだ.言語の起源と発達を論じる上で,この認識は重要である.
 2つ目は,我々が言語の起源と発達を巡る諸説が "speculative" な議論であるということを認識していることだ.別の言い方をすれば,我々のほうがこの話題を取り上げるに当たって科学的知識の限界に自覚的なのである.
 3つ目は,我々は言語の発達について概ねダーウィニズムを受け入れているということだ.言語が神によって付与された能力であるという立場を取る論者も,少数派であるとはいえ今も存在する.しかし,主流の見方では,言語能力は変異によって生じてきたものだとされている.
 4つ目は,我々は言語の構造がモジュール化されたものである (modular) と考えている.かつてのように言語の構成要素がすべてあるとき同時に発現したと考える必要はないということだ.現在は,言語が徐々に発達してきたことを前提としてよい空気がある.
 このように,現代になって何か新しい説が現われてきたわけではないものの,18--19世紀には前提とされていなかったことが今では前提とされているようになったということは,それこそが進歩なのだろう.

 ・ Mufwene, Salikoko S. "The Origins and the Evolution of Language." Chapter 1 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 13--52.

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2021-12-12 Sun

#4612. 言語の起源と発達を巡る諸問題 [evolution][origin_of_language][history_of_linguistics][anthropology][sign_language][biology][philosophy_of_language]

 言語の起源と発達について,本ブログでは origin_of_languageevolution の記事で取り上げてきた.古代から現代に至るまで問い続けられてきた古くて新しい問題だが,とりわけ昨今は学際的なアプローチが不可欠である.あまりに深く広く領域であり,研究の歴史と成果を一望するのも難しいほどだが,Mufwene (14--15) が "The Origins and the Evolution of Language" と題する論考で,関連する諸問題の一端をリストで示しているので,そちらを引用する.

1. Was language given to humans by God or did it emerge by Darwinian evolution?
2. From a phylogenetic perspective, did language emerge abruptly or gradually? If the emergence of language was protracted, what plausible intermediate stages can be posited and what would count as evidence for positing them? Assuming that the structure of modern languages is modular, would gradual evolution apply to any of the modules, only to some of them, or only to the overall architecture? What is the probable time of the emergence of the first real ancestor of modern language?
3. Does possessing Language, the non-individuated construct associated exclusively with humans, presuppose monogenesis or does it allow for polygenesis? How consistent is either position with paleontological evidence about the evolution of the Homo genus? How did linguistic diversity start? Assuming Darwinian (variational rather than transformational) evolution, can monogenesis account for typological variation as plausibly as polygenesis?
4. What is the chronological relationship between communication and language? What light does this distinction shed on the relation between sign(ed) and spoken language? Did some of our hominin ancestors communicated by means of ape-like vocalizations and gestures? If so, how can we account for the transition from them to phonetic and signed languages? And how can we account for the fact that modern humans have favoured speaking over signing? Assuming that language is a communication technology, to what extent are some of the structural properties of language consequences of the linearity imposed by the phonic and signing devices used in their architecture.
5. Is the evolution of language more biological than cultural? Or is it the other way around, or equally both? Are languages as cultural artifacts deliberate inventions or emergent phenomena? Who are the agents in the emergence of language: individuals or populations, or both?
6. What is the relationship between language and thought? Did these entities co-evolve or did one cause the other?
7. Is there such a thing as 'language organ' or 'biological endowment for language'? How can it be characterized relative to modern humans' anatomical and/or mental makeups? What are the anatomical, mental, and social factors that facilitated the emergence of language?
8. Can we learn something about the evolution of language from historical language change, especially from the emergence of creoles and pidgins? Can we learn something from child language and/or from home sign language? And what can be learned from 'linguistic apes'? Does it make sense to characterize these particular communicative 'systems' as fossils of the human protolanguage . . . ? In the same vein, what can modelling contribute to understanding the evolution of language. This is definitely the kind of thing that scholars could not do before the twentieth century; it is important to assess its heuristic significance.


 一覧を眺めるだけで膨大な問いだということがよく分かる.私の研究している英語史や言語変化 (language_change) は,この茫洋たる分野からみれば本当に微々たる存在にすぎず,しかもこの分野に直接的に資するかも分からない細事である.

 ・ Mufwene, Salikoko S. "The Origins and the Evolution of Language." Chapter 1 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 13--52.

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2021-06-01 Tue

#4418. 併合,Subassembly Strategy,自己家畜化 --- 進化言語学による統語的併合の起源説 [syntax][biology][evolution][exaptation]

 日本歴史言語学会の2019年のシンポジウム「進化言語学への招待」での基調講演に基づいた論文が,『歴史言語学』の最新号に掲載されている.進化言語学という分野について私自身は門外漢だが,藤田論文「階層的シンタクスと(自己)家畜化」を読み,このような議論がなされているのかと興味を覚えた.同論文の狙いは,冒頭 (p. 69) で次のように述べられている.

特に,人間言語の大きな特徴となっている回帰的・階層的シンタクスについて,これが物体の組み合わせ操作からの外適応的進化によるとする「運動制御起源仮説」 (Fujita 2009, 2017, 藤田 2012 他)を振り返り,そこで残されていた問題を「(自己)家畜化) ((self-)-domestication)」の観点から解決する可能性について考察してみたい.


 進化言語学や生成文法において,併合 (merger) は「2つの統語体(語彙項目および語彙項目からなる集合)を組み合わせて1つの無順序集合 (unordered set) を形成する回帰的演算操作」(藤田,p. 71)を指す.定式化すると,Merge(α, β) → {α, β} ということだ.2つの統語体であれば組み合わせ方は単純に1種類しかない(これは "Pairing Strategy" と呼ばれる).しかし,3つの統語体となると「戦略」はもっと複雑になる.
 A (小), B (中), C (大)の3つのカップを想定しよう.3つのカップをすっぽりはめるやり方は2通りある.B を C にはめ,最後に最小の A を合わせてはめるというやり方が1つ ("Pot Strategy") .もう1つは,先に A を B にはめておき,その一体化したものを最大の C にはめるというやり方だ ("Subassembly Strategy") .
 藤田の仮説によれば,戦略の進化は,"Pairing Strategy" → "Pot Strategy" → "Subassembly Strategy" の順で起こってきたのではないかという.このような「行動文法」の進化と連動する形で,言語上の統語体の併合も進化してきたのではないかと.そして,この仮説のことを「運動制御起源仮説」と呼んでいる.
 "Subassembly Strategy" の最大の特徴は「先に形成した集合を記憶に蓄えておき,それ全体を部分部品として再利用する点」(藤田,p. 76)にある.反応を遅延させる能力,将来に備えた準備,平たくいえば今したいことを我慢する力ととらえてもよいかもしれない.これは人間が自らを制御する能力に関わるので,「自己家畜化」という見方が出てくるという理屈だ.
 門外漢として狐につままれた感があるが,進化言語学の議論の雰囲気を知ることができた.

 ・ 藤田 耕司 「階層的シンタクスと(自己)家畜化」『歴史言語学』第9号(日本歴史言語学会編),2020年.69--85頁.

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2020-01-09 Thu

#3909. 相同 (homology) と相似 (analogy) [biology][evolution][terminology][onomatopoeia][arbitrariness][borrowing]

 「#3905. 系統学の歴史言語学への適用について (1)」 ([2020-01-05-1]) と「#3906. 系統学の歴史言語学への適用について (2)」 ([2020-01-06-1]) で,生物学と言語学の連携可能性に触れた.以前から生物進化の分野で気になっている用語・概念に,相同 (homology) と相似 (analogy) がある.2つのものが互いに「似ている」とき,似ている理由には2種類があるという洞察だ.中尾 (11) による解説が簡潔で要を得ている.

祖先種 A が形質 α を持っていたという理由で子孫種 B と C も形質 α を保持しているのであれば,この形質 α は相同であるといわれる.他方,祖先種 A が形質 α を持っておらず,子孫種 B と C がそれぞれ別個に類似した環境に適応して形質 α を獲得していた場合,この形質は相似であるといわれる.


 Encyclopaedia Britannica からの解説も挙げておこう.

Homologous structures develop from similar embryonic substances and thus have similar basic structural and developmental patterns, reflecting common genetic endowments and evolutionary relationships. In marked contrast, analogous structures are superficially similar and serve similar functions but have quite different structural and developmental patterns. The arm of a man, the wing of a bird, and the pectoral fins of a whale are homologous structures in that all have similar patterns of bones, muscles, nerves, blood vessels, and similar embryonic origins; each, however, has a different function. The wings of birds and those of butterflies, in contrast, are analogous structures---i.e., both allow flight but have no developmental processes in common.


 この2種類の「似ている」を言語に当てはめるとどうなるだろうか.2つの言語において形式・機能ともに似ている言語項(たとえば単語)がみられる場合,やはり相同と相似の2種類が区別される.同一語源にさかのぼるがゆえに似ている場合,たとえば英語の one とフランス語の un は,相同である.一方,英語の bow-wow とフランス語の ouah-ouah は犬の鳴き声 (cf. onomatopoeia) を独立して模した結果,似ているケースと考えられるので,相似といえる.
 しかし,生物にはほとんどみられず,言語には普通にみられる第3の「似ている」がある.借用 (borrowing) だ(ただし,生物にも「交雑」の事例はあるにはある).英語の people とフランス語の peuple は似ているが,これは前者が後者を借用したからである.借用を言語における「遺伝」の1パターンととらえるのであれば一種の相同関係ともいえなくはないが,これには異論もあるだろう.借用は相似ではないし,相同ともいいにくい.言語の世界に特有の「似ている」だ.
 関連して「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」 ([2012-06-06-1]) も参照.

 ・ 中尾 央 「文化の過去を復元すること 文化進化のパターンとプロセス」『文化系統学への招待』中尾 央・三中 信宏(編),勁草書房,2012年.1--16頁.

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2020-01-06 Mon

#3906. 系統学の歴史言語学への適用について (2) [evolution][methodology][biology][archaeology][historical_linguistics][comparative_linguistics][phylogenetics]

 昨日の記事 ([2020-01-05-1]) に引き続き,系統学の方法論を歴史言語学に応用する問題について.
 昨日も引用した三中は,「考古学は進化学から何を学んだか?」と題した別の論考で,生物の系統学を他の分野に適用しようとする際にあげられる批判に対して反論を展開しつつ,オブジェクトに応じた因果プロセスを探求することの重要性を説いている (207--08) .ここで念頭に置いているのは,考古学的な遺物の系統推定である.

文化的構築物としての考古学的遺物の「系統関係」とは何かを考察することは大きな意味がある.系統学的な考古学研究に対する頑強な反対意見の一つとして,生物学的な現象を前提とする系統発生の概念と系統推定法をこれらの遺物にそのまま適用することはそもそもまちがいではないかという反論である.
 たしかに,生物が生物を生殖によって生み出すという意味で,遺物が遺物を生むわけではない.考古学的な遺物には必ずそれを工作した原始人がいる.その工作者の知能や心象あるいは文化的伝承を通じて,遺物は遺物を生み出すといえる.〔中略〕
 しかし,研究対象であるオブジェクトがどのような因果的背景のもとに祖先から子孫への伝承で生じてきたかは,系統発生のパターンの問題ではなく,むしろそれぞれのオブジェクト固有の由来に関するプロセス仮定であると解釈すればいいのではないだろうか.古写本の伝承仮定はある一つの祖本を手本とする書写という因果プロセスが前提となる.一方,有性生殖をする生物集団ではそれぞれの個体だけでは遺伝は生じない.雌雄が存在する個体群を前提としてはじめて系統発生の素過程が進行しうる.また言語ならば複数の話者からなる集団(部族)を仮定してはじめて言語や方言の進化を論じることができるだろう.
 オブジェクトを問わず,系統推定はマーカー(標識)となる情報源にしたがってベストの系統仮説を選び出す.生物の場合であっても,たとえば形態形質にてらした系統推定の場合,表現型である個々の形質(たとえばカエルの前肢とかクワガタの角)にもとづく系統推定は「足が足を生む」とか「角が角を生む」というような仮定を置いているわけではけっしてない.足や角の形状は系統推定のためのマーカーにすぎないからである.
 それとまったく同様に,系統推定の情報源としての遺物を考古学的マーカーとみなすならば,最初に挙げたような反論は退けることができるだろう.


 では,言語というオブジェクトを想定した系統学において,その分岐の因果プロセスやマーカーは何になるだろうか.19世紀に興隆した比較言語学の場合でいえば,因果プロセスの仮定は,音変化の規則性 ("Ausnahmslose Lautgesetze") と,それを共有する/しない話者集団の離合集散ということになろう.また,マーカーは語の音韻形式ということになる.このような因果プロセスやマーカーの設定が必ずしもベストとはいえない云々は議論できるかもしれないが,系統学を応用した比較言語学のアーキテクチャそのものは十分に有効とみてよいだろう.

 ・ 三中 信宏 「考古学は進化学から何を学んだか?」『文化進化の考古学』中尾 央・松木 武彦・三中 信宏(編),勁草書房,2017年.125--65.

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2020-01-05 Sun

#3905. 系統学の歴史言語学への適用について (1) [evolution][methodology][family_tree][biology][comparative_linguistics][manuscript][abduction][phylogenetics][historical_linguistics]

 生物進化や生物分類の研究で発展してきた系統学 (phylogenetics) の方法論が言語変化や写本伝達などの文化進化にも適用することができるのではないか,という気付き自体はさほど新しいものではないが,その重要性が注目されるようになったのは最近のことである.系統学の諸分野への一般的な適用に関して精力的に啓蒙活動を行なっている論者の1人に,三中がいる.本ブログでも,歴史言語学の観点から「#3162. 古因学」 ([2017-12-23-1]),「#3172. シュライヒャーの系統図的発想はダーウィンからではなく比較文献学から」 ([2018-01-02-1]),「#3175. group thinking と tree thinking」 ([2018-01-05-1]) の記事で紹介してきた.
 今回読んだのは,三中による「考古学は進化学から何を学んだか?」と題する論考である.生物系統学と歴史言語学の関連を述べた箇所 (129--30) をみつけたので,引用しよう(引証文献への言及は中略する).

「一般化オブジェクト系統学」は,この分野の歴史を振り返るならば,異なる諸分野で繰り返し“再発見”されてきたロジックである.たとえば,写本系図学や歴史言語学において最節約法(分岐学)に基づく系統推定法が,生物系統学と並行して独立に“再発見”されてきた事例をまず挙げるべきだろう.写本の転写過誤や言語の音韻変化が伝承される過程でさらなる変異を遂げるという因果プロセスが仮定できるとき,現存する子孫写本や子孫言語の情報に基づいて祖本や祖語を推定することが原理的に可能である.そして,それらの形質状態変化の総数を最小化するという最節約基準を置けば,生物のみならず言語や写本の系統関係を共通の最節約法によって推定できる.私が想定している一般化オブジェクト系統学は,この「アブダクション」による推論様式を一般的な歴史復元のロジックとみなしている.
 なかでも,生物系統学との関わりを近年強めてきた歴史言語学では,生物分子系統学のさまざまな統計モデルを言語系統推定に利用しつつある.当然予想されるように,生物と言語ではその時空的変化を担う因果過程に違いがあるのだから,共通の系統推定法をそのまま適用するのはまちがっているのではないかという批判も実際に提起されている.しかし,共通のロジックを適用することと個別の条件設定を調整することは別の問題である.たとえ同じ生物であっても,有性生殖をするかしないかどうか,交雑が起こりやすいかどうか,共生進化があるかどうかは場合によって大きく異なり,それに応じて系統推定を実行するときの前提条件やモデル設定は大きく変わる可能性がある.それを考えるならば,オブジェクト間の違いは歴史の推定や探求にとっては実は深刻ではないと結論しても問題ないだろう.むしろ,オブジェクトのもつ性質の違いを考慮した系統樹の推定や進化の考察を適切に行っているかどうかのほうがはるかに重要である.考古学や先史学においても,まったく同様に,遺物など文化構築物の系統や変遷を研究する際には,共通の総論としてのロジックと個別の各論としてのオブジェクト特性とは分けて議論する必要があるだろう.


 生物学で発展してきた方法論をそのまま言語変化の研究に当てはめるという姿勢には,批判もあるだろう.生物と言語はまったく異なるオブジェクト(進化子)であり,その変化や変異のあり方も大いに異なっているにもかかわらず,同じ方法論を並行的に適用するのは危険であると.しかし,三中は系統学の手法を「そのまま」適用するなどとは一言も述べていない.むしろ,オブジェクトが異なるという点には,最大限の注意を払うべきだと主張している.オブジェクトに応じて細かいチューニングは必要だが,機械(ロジック)そのものは共通して使える,と力説しているのだ.
 日常的にも学術的にも,生物と言語はしばしば互いに喩えられてきた.しかし,2つはあくまで異なるオブジェクトであり,短絡的な比較は慎まなければならない.私も,これまでこの点には注意してきたつもりである(cf. 「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]),「#2529. evolution の evolution (3)」 ([2016-03-30-1]),「#3146. 言語における「遺伝的関係」とは何か? (1)」 ([2017-12-07-1]),「#3147. 言語における「遺伝的関係」とは何か? (2)」 ([2017-12-08-1]),「#3148. 言語における「遺伝的関係」の基本単位は個体か種か?」 ([2017-12-09-1]),「#3149. なぜ言語を遺伝的に分類するのか?」 ([2017-12-10-1])).しかし,短絡的でない熟慮された比較ならば,多くの場合,有益なはずにちがいない.系統学の歴史言語学への適用について,もう少し真剣に考えてもよさそうだ.

 ・ 三中 信宏 「考古学は進化学から何を学んだか?」『文化進化の考古学』中尾 央・松木 武彦・三中 信宏(編),勁草書房,2017年.125--65.

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2019-02-25 Mon

#3591. ネアンデルタール人は言葉を話したか? [anthropology][homo_sapiens][origin_of_language][evolution]

 標題と関連する話題を「#2980. 30万年前の最古のホモサピエンス」 ([2017-06-24-1]),「#1544. 言語の起源と進化の年表」 ([2013-07-19-1]) で取り上げてきた.ホモ・サピエンスに最も近い兄弟であるネアンデルタール人は,はたして言語をもっていたのかどうか.
 言語を使いこなすためには,(1) 言語を処理できる脳内機構をもっていること,(2) 言語音を発するための運動機構をもっていること,の2つの条件が満たされなければならない.この2点に関して,人骨化石や考古学的な証拠をもとに様々な検討が加えられているが,なかなか推測の域を出ないようだ.[2013-07-19-1]では次のように述べたが,これとて1つの見解にすぎない.

ネアンデルタール人は喉頭がいまだ高い位置にとどまっており,舌の動きが制限されていたため,発することのできる音域が限られていたと考えられている.しかし,老人や虚弱者の世話,死者の埋葬などの複雑な社会行動を示す考古学的な証拠があることから,そのような社会を成立させる必須要素として初歩的な言語形式が存在したことが示唆される.


 更科 (204--05) も,上記とある点で類似した結論に達しているが,言語の進化についても新たな示唆を加えている.ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の両方の母体となったホモ・ハイデルベルゲンシス,及びその母体だった可能性のあるさらに古いホモ・エレクトゥスと比較しながら,ネアンデルタール人の言語能力についてコメントしている.

 ホモ・エレクトゥスでは脳の形から,ブローカ野が識別できるようになった.ホモ・ハイデルベルゲンシスでは舌骨が,声を出せる形になった.ネアンデルタール人では脊椎骨の穴が広がり,FOXP2 遺伝子も言語に適したタイプになった.言葉はいきなり現われたのではなく,段階的に少しずつ発展してきたのだろう.
 したがって,ネアンデルタール人がまったく話せなかったとは考えにくい.石器と枝を組み合わせて槍を作ったり,仲間と協力して狩りをしたりするためには,ある程度は言葉を話せることが必要だ.これはホモ・ハイデルベルゲンシスにも言えることだが,舌骨の形から,かなり自由に声は出せたと考えられる.
 しかし,どの程度の文法を使った言葉を話していたのかは,わからない.おそらく目の前で起きている現在のことについては話せただろうが,過去のことについてはどうだったのだろうか.仮定法を使って,現実には起きていないことまで話せたのだろうか.さらに,言語は象徴化行動の最たるものである.ヒトとネアンデルタール人のあいだで象徴化行動に大きな差があったとすれば,言葉についても同様に,大きな差があったと考えるのが自然である.抽象的なこと,たとえば「平和」を,言葉を使わずに考えることはかなり難しい.ネアンデルタール人の辞書には,「私」や「肉」はあっても,「平和」はなかったのではないだろうか.


 ・ 更科 功 『絶滅の人類史』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2018年.

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2019-01-30 Wed

#3565. 韻律論と分節音韻論の独立性について [gvs][vowel][prosody][phonology][ot][acquisition][evolution]

 英語には,歴史的な大母音推移 (Great Vowel Shift; gvs) とは別に,現代英語の共時的な現象としての "Modern English Vowel Shift Rule (alterations)" というものがある.後者は,現代英語の派生語ペアにみられる音韻形態論的な変異に関する共時的な規則である.Chomsky and Halle に端を発し,その後の語彙形態論でも扱われてきたトピックだ.たとえば,次のようなペアの母音に関して交替がみられる.various ? variety, comedy ? comedian, study ? studious, harmony ? harmonious; divine ? divinity, serene ? serenity, sane ? sanity, reduce ? reduction, fool ? folly, profound ? profundity (McMahon 342) .
 McMahon は,この共時的な規則を最適性理論 (Optimality Theory; ot) で分析した先行研究の不備を指摘しながら,同理論は韻律論 (prosody) の問題を扱うのには長けているが,母音交替のような分節音に関する問題には適用しにくいのではないかと論じている.両部門は,一般には同じ「音韻論」にくくられるとはいえ,実際には独立性が高いのではないかという.McMahon (357) は,独立性の根拠をあげながら次のように論じている.

. . . we must recognise prosodic and melodic phonology as two different systems, and in fact there are many different strands of evidence pointing in that direction. For instance, prosodic phonology shows clearer connections with emotion, with gesture, and with aspects of call systems in other primates. Prosodic and segmental phonology behave very differently in cases of language disorder and breakdown, with some children who are seriously language-impaired finding considerable compensatory strength in prosody, for instance. Prosodic phonology is also acquired early, and there is evidence that the brain lateralisation of prosody and melody is different too, with more involvement of the right hemisphere in prosody, and strong left hemisphere localisation for segmentals. If prosody phonology and segmental phonology are actually two very different systems, which have evolved differently, are processed differently, are acquired differently, and interact with different systems (as with the paralinguistic uses of prosody, for instance), then there is no need for us to expect a single theory to deal with both.


 この見解は,OT の理論的な扱いに関するにとどまらず,言語学における音韻論の位置づけについても再考を促すものとなるだろう.

 ・ Chomsky, Noam and Morris Halle. The Sound Pattern of English. New York: Harper & Row, 1968.
 ・ McMahon, April. "Who's Afraid of the Vowel Shift Rule?" Language Sciences (Issues in English Phonology) 29 (2007): 341--59.

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2018-12-31 Mon

#3535. 「ざんねんな言語」という見方もあってよい [language_change][evolution][biology]

 今泉 忠明 (監修)『「おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』(高橋書店,2016年)などの,ちょっと間抜けな生物を扱った本が受けているようだ.最近,宣伝が出ていて気になったのが,芝原 暁彦(監修)・土屋 健(著)『おしい!ざんねん!!会いたかった!!!あぁ,愛しき古生物たち --- 無念にも滅びてしまった彼ら ---』(笠倉出版社,2018年)である.
 うならせるほどの奇妙な形態のオパビニア,背中の帆の役割が今もってはっきりしないディメトロドン,宇宙人さながらのマルレラなど,どうしてこんな風に進化したのだろうと想像すると興味がつきない.120種類の古生物が,愛らしいイラストと笑えるコメントをもって紹介されている.
 サイエンスライターの著者が「おわりに」 (pp. 156--67) で次のように述べているのが目を引いた.

 そもそも「進化」とは,どのようなものなのでしょうか?
 簡単に言えば,それはこういうものです.
 「変化が世代を超えて受け継がれていくこと」
 もっと簡単に言えば,「進化とは変化」です.そこにはポジティブな意味も,ネガティブな意味もありません.ただ単純な「変化」なのです.
 さまざまな変化が受け継がれることで,生命は多様化していき,「ちょっ!なんで,こんな生き物になったの!」とも思える愛すべき生物をたくさん生み出してきたのです.


 この文章は,「生物」を「言語」に変えても,ほぼそのまま理解することができる.

 そもそも「(言語の)進化」とは,どのようなものなのでしょうか?
 簡単に言えば,それはこういうものです.
 「変化が世代を超えて受け継がれていくこと」
 もっと簡単に言えば,「進化とは変化」です.そこにはポジティブな意味も,ネガティブな意味もありません.ただ単純な「変化」なのです.
 さまざまな変化が受け継がれることで,言語は多様化していき,「ちょっ!なんで,こんな言葉になったの!」とも思える愛すべき言語をたくさん生み出してきたのです.


 「変化が世代を超えて受け継がれていく」という部分については,生成文法の子供基盤仮説の立場からは反論や修正意見が出されるかもしれないが,緩く解釈すれば,このまま理解できる.言語変化は価値観を伴わないただの変化であり,その結果として多種多様な,ときに驚異的な特徴をもつ愛すべき諸言語が生まれてきたのである.
 「ざんねんな言語」と名指ししたら,その話者に怒られそうだが,この「ざんねんな」は生物の場合と同じように相対主義を前提としての愛情と敬意のこもった修飾語であり,むしろ賛辞だと信じている.日本語も英語も,いろいろと「ざんねんな」部分はあるのだろうが,そこがまた愛しいのだろう.言語の「ざんねん」本もいろいろ出てくるとおもしろそうだなあと夢想する.
 言語変化の価値中立性については「#1382. 「言語変化はただ変化である」」 ([2013-02-07-1]),「#2525. 「言語は変化する,ただそれだけ」」 ([2016-03-26-1]),「#2544. 言語変化に対する三つの考え方 (3)」 ([2016-04-14-1]),「#3354. 「言語変化はオフィスの整理である」」 ([2018-07-03-1]),「#3529. 言語は進歩しているのか,堕落しているのか?」 ([2018-12-25-1]) を参照.

 ・ 芝原 暁彦(監修)・土屋 健(著)『おしい!ざんねん!!会いたかった!!!あぁ,愛しき古生物たち --- 無念にも滅びてしまった彼ら ---』(笠倉出版社,2018年)

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2018-02-16 Fri

#3217. ドーキンスと言語変化論 (3) [evolution][biology][language_change][semantic_change][bleaching][meme][lexicology]

 この2日間の記事 ([2018-02-14-1], [2018-02-15-1]) に続き,ドーキンスの『盲目の時計職人』より,生物進化と言語変化の類似点や相違点について考える.同著には,時間とともに強意語から強意が失われていき,それを埋め合わせる新たな強意語が生まれる現象,すなわち「強意逓減の法則」と呼ぶべき話題を取りあげている箇所がある (349--50) .「花形役者」を意味する英単語 star にまつわる強意逓減に触れている.

〔言語には〕純粋に抽象的で価値観に縛られない意味あいで前進的な,進化のような傾向を探り当てることができる.そして,意味のエスカレーションというかたちで(あるいは別の角度からそれを見れば,退化ということになる)正のフィードバックの証拠が見いだされさえするだろう.たとえば,「スター」という単語は,まったく類まれな名声を得た映画俳優を意味するものとして使われていた.それからその単語は,ある映画で主要登場人物の一人を演じるくいらいの普通の俳優を意味するように退化した.したがって,類まれな名声というもとの意味を取り戻すために,その単語は「スーパースター」にエスカレートしなければならなかった.そのうち映画スタジオの宣伝が「スーパースター」という単語をみんなの聞いたこともないような俳優にまで使いだしたので,「メガスター」へのさらなるエスカレーションがあった.さていまでは,多くの売出し中の「メガスター」がいるが,少なくとも私がこれまで聞いたこともない人物なので,たぶんそろそろ次のエスカレーションがあるだろう.われわれはもうじき「ハイパースター」の噂を聞くことになるのだろうか? それと似たような正のフィードバックは,「シェフ」という単語の価値をおとしめてしまった.むろん,この単語はフランス語のシェフ・ド・キュイジーヌから来ており,厨房のチーフあるいは長を意味している.これはオックスフォード辞典に載っている意味である.つまり定義上は厨房あたり一人のシェフしかいないはずだ.ところが,おそらく対面を保つためだろう,通常の(男の)コックが,いやかけだしのハンバーガー番でさえもが,自分たちのことを「シェフ」と呼び出した.その結果,いまでは「シェフ長」なる同義反復的な言いまわしがしばしば聞かれるようになっている.


 ドーキンスは,ここで「スター」や「シェフ」のもともとの意味をミーム (meme) としてとらえているのかもしれない(関連して,「#3188. ミームとしての言語 (1)」 ([2018-01-18-1]),「#3189. ミームとしての言語 (2)」 ([2018-01-19-1])).いずれにせよ,変化の方向性に価値観を含めないという点で,ドーキンスは徹頭徹尾ダーウィニストである.
 強意の逓減に関する話題としては,「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) や「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1]),「#2190. 原義の弱まった強意語」 ([2015-04-26-1]) などを参照されたい.

 ・ ドーキンス,リチャード(著),中嶋 康裕・遠藤 彰・遠藤 知二・疋田 努(訳),日高 敏隆(監修) 『盲目の時計職人 自然淘汰は偶然か?』 早川書房,2004年.

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2018-02-15 Thu

#3216. ドーキンスと言語変化論 (2) [glottochronology][evolution][biology][language_change][comparative_linguistics][history_of_linguistics][speed_of_change][statistics]

 昨日の記事 ([2018-02-14-1]) に引き続き,ドーキンスの『盲目の時計職人』で言語について言及している箇所に注目する.今回は,ドーキンスが,言語の分岐と分類について,生物の場合との異同を指摘しながら論じている部分を取りあげよう (348--49) .

言語は何らかの傾向を示し,分岐し,そして分岐してから何世紀か経つにつれて,だんだんと相互に理解できなくなってしまうので,あきらかに進化すると言える.太平洋に浮かぶ多くの島々は,言語進化の研究のための格好の材料を提供している.異なる島の言語はあきらかに似通っており,島のあいだで違っている単語の数によってそれらがどれだけ違っているかを正確に測ることができよう.この物差しは,〔中略〕分子分類学の物差しとたいへんよく似ている.分岐した単語の数で測られる言語間の違いは,マイル数で測られる島間の距離に対してグラフ上のプロットされうる.グラフ上にプロットされた点はある曲線を描き,その曲線が数学的にどんな形をしているかによって,島から島へ(単語)が拡散していく速度について何ごとかがわかるはずだ.単語はカヌーによって移動し,当の島と島とがどの程度離れているかによってそれに比例した間隔で島に跳び移っていくだろう.一つの島のなかでは,遺伝子がときおり突然変異を起こすのとほとんと同じようにして,単語は一定の速度で変化する.もしある島が完全に隔離されていれば,その島の言語は時間が経つにつれて何らかの進化的な変化を示し,したがって他の島の言語からなにがしか分岐していくだろう.近くにある島どうしは,遠くにある島どうしに比べて,カヌーによる単語の交流速度があきらかに速い.またそれらの島の言語は,遠く離れた島の言語よりも新しい共通の祖先をもっている.こうした現象は,あちこちの島のあいだで観察される類似性のパターンを説明するものであり,もとはと言えばチャールズ・ダーウィンにインスピレーションを与えた,ガラパゴス諸島の異なった島にいるフィンチに関する事実と密接なアナロジーが成り立つ.ちょうど単語がカヌーによって島から島へ跳び移っていくように,遺伝子は鳥の体によって島から島へ跳び移っていく.


 実際,太平洋の島々の諸言語間の関係を探るのに,統計的な手法を用いる研究は盛んである.太平洋から離れて印欧語族の研究を覗いても,ときに数学的な手法が適用されてきた(「#1129. 印欧祖語の分岐は紀元前5800--7800年?」 ([2012-05-30-1]) を参照).Swadesh による言語年代学も,おおいに批判を受けてきたものの,その洞察の魅力は完全には失われていないように見受けられる(「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) や glottochronology の各記事を参照).近年のコーパス言語学の発展やコンピュータの計算力の向上により,語彙統計学 (lexicostatistics) という分野も育ってきている.生物学の方法論を言語学にも応用するというドーキンスの発想は,素直でもあるし,実際にいくつかの方法で応用されてきてもいるのである.
 関連して,もう1箇所,ドーキンスが同著内で言語の分岐を生物の分岐になぞらえている箇所がある.しかしそこでは,言語は分岐するだけではなく混合することもあるという点で,生物と著しく相違すると指摘している (412) .

言語は分岐するだけではなく,混じり合ってしまうこともある.英語は,はるか以前に分岐したゲルマン語とロマンス語の雑種であり,したがってどのような階層的な入れ子の図式にもきっちり収まってくれない.英語を囲む輪はどこかで交差したり,部分的に重複したりすることがわかるだろう.生物学的分類の輪の方は,絶対にそのように交差したりしない.主のレベル以上の生物進化はつねに分岐する一方だからである.


 生物には混合はあり得ないという主張だが,生物進化において,もともと原核細胞だったミトコンドリアや葉緑体が共生化して真核細胞が生じたとする共生説が唱えられていることに注意しておきたい.これは諸言語の混合に比較される現象かもしれない.

 ・ ドーキンス,リチャード(著),中嶋 康裕・遠藤 彰・遠藤 知二・疋田 努(訳),日高 敏隆(監修) 『盲目の時計職人 自然淘汰は偶然か?』 早川書房,2004年.

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2018-02-14 Wed

#3215. ドーキンスと言語変化論 (1) [teleology][evolution][biology][language_change]

 ドーキンスの名著『盲目の時計職人』(原題 The Blind Watchmaker (1986))は,(ネオ)ダーウィニズムの最右翼の書である.言語変化論にとって生物の進化と言語の進化・変化の比喩がどこまで有効かという問題は決定的な重要性をもっており,私も興味津々なのだが,比喩の有用性と限界の境目を見定めるのは難しい.
 ドーキンスの上掲書を通読するかぎり,言語に直接・間接に応用可能な箇所を指摘すれば,3点あるように思われる.(1) 非目的論 (teleology) の原理,(2) 言語の分岐と分類,(3) 意味の漂白化と語彙的充填だ.今回は (1) の非目的論について考えてみたい.
 ドーキンス (24--25) は,生物進化の無目的性,すなわち「盲目の時計職人」性について次のように明言している.言語の進化・変化についても,そのまま当てはまると考える.

自然界の唯一の時計職人は,きわめて特別なはたらき方ではあるものの,盲目の物理的な諸力なのだ.本物の時計職人の方は先の見通しをもっている.心の内なる眼で将来の目的を見すえて歯車やバネをデザインし,それらを相互にどう組み合わせるかを思い描く.ところが,あらゆる生命がなぜ存在するか,それがなぜ見かけ上目的をもっているように見えるかを説明するものとして,ダーウィンが発見しいまや周知の自然淘汰は,盲目の,意識をもたない自動的過程であり,何の目的ももっていないのだ.自然淘汰には心もなければ心の内なる眼もありはしない.将来計画もなければ,視野も,見通しも,展望も何もない.もし自然淘汰が自然界の時計職人の役割を演じていると言ってよいなら,それは盲目の時計職人なのだ.


 言語変化も,その言語の話者が担っているには違いないが,その話者の演じるところはあくまで無目的の「盲目の時計職人」であると考えられる.確かに,話者はその時々の最善のコミュニケーションのために思考し,言葉を選び,それを実際に発しているかもしれない.それはその通りなのだが,後にそれが帰結するかもしれない言語変化について,すでにその段階で話者が何かを目論んでいるとは思えない.言語変化はそのように予定されているものではなく,その意味において無目的であり,盲目なのである.本当は,個々の話者は「盲目の時計職人」すら演じているわけではなく,結果的に「時計職人」ぽく,しかも「盲目の時計職人」ぽく見えるにすぎないのだろう.
 言語変化における目的論に関わる諸問題については,teleology の各記事を参照されたい.

 ・ ドーキンス,リチャード(著),中嶋 康裕・遠藤 彰・遠藤 知二・疋田 努(訳),日高 敏隆(監修) 『盲目の時計職人 自然淘汰は偶然か?』 早川書房,2004年.

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2018-02-09 Fri

#3210. 時代が下るにつれ,書き言葉の記録から当時の日常的な話し言葉を取り出すことは難しくなるか否か [standardisation][evolution][writing][methodology][genbunicchi]

 標題はふと抱いた疑問なのだが,歴史言語学の evidence を巡る問題として考えてみるとおもしろいのではないか.念頭に置いているのは英語であり,すべての言語に当てはまるわけではないだろうが,似たようなことは少なからぬ言語の研究において当てはまるのではないか.
 通常,現存する最初期の文献の多くは韻文であることが多い.たいてい韻文とは,書き記されたその時代においてすら古風とされる文学語であり,当時の話し言葉をそのまま反映しているものと解釈することはできない.しかし,時代が下るにつれ,とりわけ近代にかけて西洋のように言文一致風の散文が発達した場合には,つまり書き言葉と話し言葉の差が比較的縮まってくるような文化にあっては,書き記された記録から話し言葉の実体を取り出すことが,もっと容易になってくる.全体として,時間とともに,話し言葉の evidence へのアクセスが保証されるようになってきたようにみえる.
 しかし,一方で近代にかけて,標準語というものが発達してきた事実がある.書き手は,発達してきた散文において,自らの母語や母方言とは言語的に隔たりのある標準語で書くことを余儀なくされる.すると,現代の研究者が目にしている彼らのものした散文は,確かに韻文と比べれば日常の話し言葉を反映している可能性が高いとはいえ,彼らの自然の母語が反映されているわけではなく,教育によって矯正された言語変種,ある種の不自然な話し言葉変種が反映されているにすぎないともいえる.その意味では,そのような証拠から彼らの「素の」日常的な話し言葉を取り出すことは難しくなっていると言えるのでないか.全体として,時間とともに,素の話し言葉の evidence へのアクセスが妨げられるようになってきたと考えられる.
 さらに議論を続ければ,散文の文体としても,時代が下るにつれ pragmatic mode あるいは informal discourse から syntactic mode あるいは formal discourse へと推移する "syntacticization" の傾向を指摘する Givón のような論者もある (Schaefer 1277) .話し言葉の気取らない pragmatic/informal な性質は,syntactic/formal を指向する近現代の書き言葉とは相容れないという見方も説得力がある.
 上記のプラスとマイナスを印象的に総合すると,日常的な話し言葉へのアクセシビリティは,たとえば3歩進んで2歩下がるというくらいのペースで進んできたとは言えないだろうか.通言語的にこのような一般論が語れるかどうかは怪しいかもしれないが,歴史言語学の evidence を巡る問題として一般的に論じるに値するテーマではないだろうか.

 ・ Schaefer, Ursula. "Interdisciplinarity and Historiography: Spoken and Written English --- Orality and Literacy." Chapter 81 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1274--88.

Referrer (Inside): [2021-07-08-1]

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2017-03-10 Fri

#2874. 淘汰圧 [evolution][language_change][speed_of_change][functional_load][schedule_of_language_change][entropy]

 進化生物学では,自然淘汰 (natural selection) と関連して淘汰圧 (selective pressure or evolutionary pressure) という概念がある.伊勢 (23) の説明を見てみよう.

 自然淘汰の強さの度合いを表わすときに,淘汰圧 (selective pressure または evolutionary pressure) という言葉を使います.形質による適応度の違いが大きいとき,淘汰圧は高くなります.たとえば,環境が悪化して多くの個体が子孫を残さずに死に絶え,適応度の高いごく一部の個体だけが子孫を残して繁栄するような状況では,淘汰圧は高くなります.
 淘汰圧が高いとき,進化は猛スピードで進みます.適応度は形質によって大きく異なるので,高い適応度を生む形質が自然淘汰で選ばれていき,適応度を下げる形質は急速に失われていきます.逆に,淘汰圧が低い状況では,形質が違ってもそれほど適応度に差が見られません.よって,世代を経ても形質の変化はあまり見られません.


 伊勢は,例としてアルビノ化を挙げている.アルビノ化した個体はカモフラージュが苦手なので,一般に生存確率が下がる.つまり適応度を下げる形質なので,通常の淘汰圧の高い状況下では,失われていくことがほとんどである.ところが,真っ暗な洞窟など,カモフラージュすることが意味をもたない環境においては,淘汰圧は低いため,アルビノ化した個体が適応度の点で特に劣ることにはならない.洞窟においては,アルビノ化(の有無)は重要性をもたないのである.
 さて,ここで言語の話題に移ろう.言語変化を,広い意味で言語をとりまく環境の変化に適応するための自然淘汰であると捉えるのであれば,言語における淘汰圧というものを考えることは有用だろう.淘汰圧が高い状況では,ちょっとした言語項の変異でも重要性を帯び,より適応度の高い変異体が選択される可能性が高い.一方,淘汰圧が低い状況では,それなりに目立つ変異であってもさほど重要性をもたないため,特定の変異体が勝ったり負けたりというような淘汰のプロセスへ進んでいかない.
 では,言語において淘汰圧の高い状態や低い環境とは何だろうか.言語体系内での圧力と言語体系外の圧力に分けて考えることができる.前者については,構造言語学的な観点から機能負担量 (functional_load),対立の効率性,体系の対称性など,様々な考え方がある.後者については,社会言語学や語用論で取り上げられる話者間の相互作用や言語接触などが,特定の言語環境を用意する要素となる.
 生物における淘汰圧が進化の速度にも関係するということは,言語についても当てはまりそうである.淘汰圧が高ければ,おそらく言語変化はスピーディに進むだろう.この点に関しては,エントロピー (entropy) という,もう1つの興味深い話題も想起される.「#1810. 変異のエントロピー」 ([2014-04-11-1]),「#1811. "The later a change begins, the sharper its slope becomes."」 ([2014-04-12-1]) の議論を参照されたい.

 ・ 伊勢 武史 『生物進化とはなにか?』 ベレ出版,2016年.

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2017-03-09 Thu

#2873. 生物進化に関する誤解と,その解消法の言語への応用 [evolution][language_myth][family_tree][indo-european]

 「#2863. 種分化における「断続平衡説」と「系統漸進説」」 ([2017-02-27-1]) でも触れたが,近年の言語学では,進化生物学における進化 (evolution) の概念がしばしば参照される.生物の進化と言語を進化を比較すると,興味深い洞察が得られることが多い.今回は,生物進化に関して人々が典型的に抱いている誤解を紹介しながら,対応する言語進化の誤解について考えてみたい.
 伊勢 (52--53) によると,生物進化について次のような誤解が蔓延しているという.進化のなかでヒトが最も上位であり,その次がサル,そしてその下にもろもろの生き物(獣や虫など)が位置づけられ,全体として序列がある,という見解である.しかし,進化生物学では,それぞれの生き物が各々の環境に適応してきたのであり,ヒトにしても,サルにしても,アリにしても,みな共通の祖先から枝分かれして,同じ時間だけ自然淘汰にさらされ,常に進化の最前線で生きてきたのだと考える.つまり,様々な種の間には,系統関係の遠近はあるにせよ,上下・優劣の差といった序列はない.
 ヒトが生物界の序列の頂点に鎮座しているという誤解を解きほぐすには,系統図の描き方を少々工夫すればよい.例えば,伊勢 (54) は以下の左図よりも右図の見方のほうが啓蒙的であるとしている.

アリ    ネコ   ゴリラ  チンパンジー  ヒト  │  アリ    ネコ  チンパンジー  ヒト    ゴリラ
 \     \     \     \    /   │   \     \     \    /     /
  \     \     \     \  /    │    \     \     \  /     /
   \     \     \     \/     │     \     \     \/     /
    \     \     \    /      │      \     \     \    /
     \     \     \  /       │       \     \     \  /
      \     \     \/        │        \     \     \/
       \     \    /         │         \     \    /
        \     \  /          │          \     \  /
         \     \/           │           \     \/
          \    /            │            \    /
           \  /             │             \  /
            \/              │              \/
            /               │              /
           /                │             /
          /                 │            /

 右図では,ヒトが「序列の頂点」の想起されやすい右端のポジションには置かれておらず,特別な存在ではないことが示される.さらに,チンパンジーが実はゴリラよりもヒトのほうに近い親戚であることが読み取りやすくなる.ヒトとそれ以外のサル(チンパンジーとゴリラ)という対立ではなく,ヒトとチンパンジーから成るグループと,ゴリラのグループとの対立である,という点が浮き彫りになるのだ.あるいは,チンパンジーにとって最も近縁の動物は何かという問い方をすれば,ゴリラではなくヒトである,というのが正しい答えであることも読み取りやすい.
 一般には,ヒトの立場から見れば,チンパンジーもゴリラも同じ「サル」として下等に見える.しかし,ゴリラの目線から見れば,ヒトとチンパンジーは「自分たちから外れていった変なサル」として同類に映るだろう.チンパンジーの目線からは,ヒトもゴリラも風変わりの度合いこそ異なるが,いずれにせよ風変わりな「どうしちゃったのチンパンジー」などと見えているかもしれないのだ.
 上の例は,言語に関する誤解と,その誤解の解消についても当てはめることができるのではないか.現代世界で最も国際的に有用で,広く使用されている英語という言語は,上等で偉い言語であると見なされがちである.言語系統図にしても,英語が最も重要と見なされやすい位置に描かれ,その他の言語とそれに至る進化の枝は二次的で周辺的な扱いを受けるように描かれることがある.しかし,相対化してみれば,英語も他の言語も各々に環境適応してきたという点では同格であり,いずれが上等ということはない.以下,粗っぽい図ではあるが,英語を含む諸言語の系統図,2種類を比べてみよう.

印欧祖語  独語    蘭語   フリジア語  英語  │  印欧祖語  独語   フリジア語  英語    蘭語
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 英語を含む印欧語族の系統図については,cat:indo-european family_tree の各記事を参照.

 ・ 伊勢 武史 『生物進化とはなにか?』 ベレ出版,2016年.

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2017-02-28 Tue

#2864. 分類学における系統段階 [family_tree][anthropology][homo_sapiens][diachrony][terminology][linguistic_area][typology][methodology][world_languages][evolution]

 世界の言語を分類する際の2つの基準である「系統」と「影響」は,言語どうしの関係の仕方を決定づける基準でもある.この話題については,本ブログでも以下の記事を始めとして,あちらこちらで論じてきた (see 「#369. 言語における系統影響」 ([2010-05-01-1]),「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]),「#371. 系統影響は必ずしも峻別できない」 ([2010-05-03-1]),「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」 ([2012-06-06-1]),「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]),「#1930. 系統と影響を考慮に入れた西インドヨーロッパ語族の関係図」 ([2014-08-09-1])) .
 系統と影響は,それぞれ通時態と共時態の関係にも通じるところがある.系統とは時間軸に沿った歴史の縦軸を指し,影響とは主に地理的な隣接関係にある横軸を指す.言語における「系統」と「影響」という視点の対立は,生物分類学でいうところの「系統」と「段階」の対立に相似する.
 分岐分類学 (cladistics) では,時間軸に沿った種分化の歴史を基盤とする「系統」の視点から,種どうしの関係づけがなされる.系統としての関係が互いに近ければ,形態特徴もそれだけ似ているのは自然だろう.だが,形態特徴が似ていれば即ち系統関係が近いかといえば,必ずしもそうならない.系統としては異なるが,環境の類似性などに応じて似たような形態が発達すること(収斂進化)があり得る.このような系統とは無関係の類似を,成因的相同 (homoplasy) という.系統的な近さではなく,成因的相同に基づいて集団をくくる分類の仕方は,「段階」 (grade) による区分と呼ばれる.
 ウッド (70) を参考にして,現生高等霊長類を分類する方法を取り上げよう.「系統」の視点によれば,以下のように分類される.

ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族
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 一方,「段階」の視点によれば,以下のように「ヒト科」と「オランウータン科」の2つに分類される.

                           
ヒト科          オランウータン科
                │
      ┌─────────┼───────┐
      │                │              │
ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族

 「段階」の区分法は,言語学でいえば,類型論 (typology) や言語圏 (linguistic_area) に基づく分類と似ているといえる.ただし,生物においても言語においても「段階」という用語とその含意には十分に気をつけておく必要がありそうだ.というのは,それは現時点における歴史的発達の「段階」によって区分するという考え方を喚起しやすいからだ.つまり,「段階」の上下や優劣という概念を生み出しやすい.「段階」の区分法は,あくまで共時的類似性あるいは成因的相同に基づく分類である,という点に留意しておきたい.

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

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2017-02-27 Mon

#2863. 種分化における「断続平衡説」と「系統漸進説」 [evolution][punctuated_equilibrium][origin_of_language][language_change][speed_of_change]

 言語進化論や言語起源論は,しばしば進化生物学の仮説を参照する.言語の分化を説明するモデルとして生物の種分化に関するモデルが参考とされるが,後者では2種類の対立する仮説が立てられている.断続平衡説 (punctuated_equilibrium) と系統漸進説 (phyletic gradualism) である.バーナード・ウッドの人類進化の概説書より,種分化に関する解説を引用する (60--61).

ある研究者は,新しい種の誕生は集団全体がゆっくり変化することと考える.この解釈は「系統漸進説 (phyletic gradualism)」とよばれ,種分化は「アナゲネシス,漸進進化 (anagenesis)」によって起こると見なされる.ほかの研究者は,新しい種の誕生は地理的に隔離された一部の集団が急速に変化することと考える.この解釈は「断続平衡説 (punctuated equilibrium)」とよばれ,急速な変化と変化の間の期間には,特定の方向への変化は起こらず,無方向的な散歩(ふらつき (random walk))しか起こらないと見なされる.断続平衡説における種形成は「分岐進化 (cladogenesis)」とよばれ,種形成と種形成との間の形態的に安定した期間は停滞期 (stasis) と考える.ほぼすべての研究者は,進化における形態変化は種分化のときに起こると認識している.


 これを図示すると,以下のようになる(ウッド,p. 61 を参考に).

Phyletic Gradualism and Punctuated Equilibrium

 いずれのモデルにおいても,種の誕生や分化がとりわけ盛んな時期があると想定されている.これは適応放散 (adaptative radiation) と呼ばれ,新環境が生じたときに起こることが多いとされる.
 生物進化の比喩がどこまで言語進化に通用するものなのか,議論の余地はあるが,比較対照すると興味深い.関連して,「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]) も参照.とりわけ,言語の起源,進化,変化速度に関する断続平衡説の応用については,「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]),「#2641. 言語変化の速度について再考」 ([2016-07-20-1]) を参照されたい.

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

Referrer (Inside): [2017-03-09-1]

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