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hellog〜英語史ブログ / 2021-07

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2021-07-31 Sat

#4478. 頻度でみる be 完了の衰退の歴史 [perfect][be][verb][aspect][tense][auxiliary_verb][frequency]

 英語史では,早くも古英語期より,完了を表わすのに have 完了と be 完了の2種類が行なわれてきた.ただし,be 完了は自動詞,およそ移動動詞に限定され,have 完了に比べればもとより目立たない存在ではあった.近代英語期にかけて have 完了がますます勢いを増すにおよび,移動動詞も have 完了へと乗り換えていった.
 上記は,be 完了の衰退の歴史の教科書的な概観である.関連する記事として「#1653. be 完了の歴史」 ([2013-11-05-1]),「#1814. 18--19世紀の be 完了の衰退を CLMET で確認」 ([2014-04-15-1]),「#3031. have 完了か be 完了か --- Auxiliary Selection Hierarchy」 ([2017-08-14-1]) も参照されたい.
 最近 be 完了と have 完了の比率の通時的推移を明らかにした Smith (2012: 1537) の調査をみつけたので,紹介しておこう.時代ごとに type 頻度と token 頻度の比率(および括弧内に頻度)が示されている(基となっているのは Smith の別の2001年の "Role" 論文).

TypeToken
BehaveBehave
OE16% (11)84% (57)21% (18)79% (85)
EME11% (12)89% (92)24% (69)76% (214)
LME11% (9)89% (70)11% (12)89% (96)
EModE8% (10)92% (115)4% (13)96% (319)
19th C3% (8)97% (311)4% (38)96% (839)


 have 完了をとる動詞の種類も生起頻度も,もとより圧倒的多数派だったことが分かるが,時代が下るにつれて徐々に増えてきたこともよく分かる.あくまで徐々に増えてきたという点が重要である.逆からみれば,もともと be 完了をとっていた少数の動詞が,have 完了化にそれだけ頑強に抵抗していたということになるからだ.
 現代までに be 完了は be gone のような定型句として用いられるにとどまり,事実上ほぼ完全に衰退してしまったといってよい.ちなみに,He is gone.He has gone. の違いについてだが,前者の be 完了では,行ってしまった現在の結果,すなわち「今はもういない」という側面に焦点が当てられるとされる.一方,後者の have 完了は,時間的に先行する行くという動作そのもの,およびその現在への関与という側面に焦点が当てられられ,およそ「行ったことがある」に近い意味となる.完了相のもともとの意味は「結果」であり,その点では形式的に古い be gone が意味的に古い「結果」を担っており,形式的に新しい have gone が意味的に新しい「先行性」を担っているという平行性はおもしろい (Smith, "New" 1537--38) .関連して「#3631. なぜ「?に行ったことがある」は have gone to . . . ではなく have been to . . . なのか?」 ([2019-04-06-1]) も参照.

 ・ Smith, K. Aaron. "New Perspectives, Theories and Methods: Frequency and Language Change." Chapter 97 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1531--46.
 ・ Smith, K. Aaron. "The Role of Frequency in the Specialization of the English Anterior." Frequency and the Emergence of Linguistic Structure. Ed. by Joan Bybee and Paul Hopper. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2001. 361--82.

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2021-07-30 Fri

#4477. フランス語史における語彙借用の概観 [french][borrowing][loan_word][hfl]

 本ブログでは,英語史における語彙借用について数多くの記事で紹介してきた.英語史研究では,英語がどの言語からどのような/どれだけの語を何世紀頃に借りてきたのかという問題は,主に OED などを用いた調査を通じて詳しく取り扱われてきており,多くのことが明らかにされている.(具体的には borrowing statistics などの各記事を参照されたい.)
 では,英語史とも関連の深いフランス語について,同様の問いを発してみるとどうなるだろうか.フランス語はどの言語からどのような/どれだけの語を何世紀頃に借りてきたのか.私は英語史を専門とする者なので直接調べてみたことはなかったが,たまたま Jones and Singh (31) に簡便な数値表を見つけたので,それを再現したい(もともとは Guiraud (6) の調査結果を基にした表とのこと).

Century12th13th14th15th16th17th18th19th
Arabic2022362670302441
Italian27507932018810167
Spanish  511851034332
Portuguese   1192383
Dutch1623352232522410
Germanic51251123273345
English821161467134377
Slavic2  1461110
Turkish1  2139614
Persian2  21531
Hindu    1485
Malaysian    41065
Japanese/Chinese    3625217
Greek845312  
Hebrew91252211


 表を眺めるだけで,いろいろなことが分かってくる.フランス語では16--17世紀にイタリア語からの借用語が多かったようだが,これは英語でも同様である.当時イタリア語はヨーロッパにおいて洗練された文化的な言語として威信を誇っていたからである.18世紀以降,イタリア語の威信は衰退したが,今度はそれと入れ替わるかのように英語が語彙供給言語として台頭してきた.なお,スペイン語も,こじんまりとしているが,イタリア語と似たような分布を示す.この点でも,フランス語史と英語史はパラレルである.
 アラビア語やオランダ語からは歴史を通じて一定のペースで単語が流入してきたというのもおもしろい.特にアラビア語については,英語史ではさほど目立たないため,私には意外だった.日本語と中国語はひっくるめて数えられているものの,16世紀以降にある程度の語彙をフランス語に供給していることが分かる.これについては英語史でもおよそパラレルな状況が見られる.
 語彙借用の傾向についてフランス語史と英語史を比べてみると,当然ながら類似点と相違点があるだろうが,おもしろい比較となりそうだ.

 ・ Jones, Mari C. and Ishtla Singh. Exploring Language Change. Abingdon: Routledge, 2005.
 ・ Guiraud, P. Les Mots Etrangers. Paris: Presses Universitaires de France, 1965.

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2021-07-29 Thu

#4476. 形態論的透明度の観点からの語彙関係 --- consociation vs. dissociation [lexicology][morphology][etymology][loan_word][word_formation][compound][terminology][lexical_stratification][synonym]

 この概念と用語を知っていれば英語の語彙関係についてもっと効果的に説明したり議論したりできただろう,と思われるものに最近出会った.Görlach (110) が,consociationdissociation という語彙関係について紹介している(もともとは Leisi によるものとのこと)

Words can be said to be consociated if linked by transparent morphology; they are dissociated if morphologically isolated. Consociation is common in languages in which compounds and derivations are frequent (OE, Ge, Lat). Dissociation occurs when foreign words are borrowed, or when derivations become opaque . . . .


 例えば,heartheartyheartiness は形態的に透明に派生されており,典型的な consociation の関係にあるといえる.foulfilthfilthyfilthiness についても,最初の foulfilth こそ透明度は若干下がるが(ただし古英語では音韻形態規則により,ある程度の透明度があったといえる),全体としては consociation の関係といえるだろう.ただ,consociation といっても程度の差のありうる語彙関係であることが,ここから分かる.
 一方,いわゆる英語語彙の3層構造の例などは,典型的な dissociation の関係を示す.「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) からいくつか示せば,ask -- question -- interrogate, fair -- beautiful -- attractive, help -- aid -- assistance などだ.「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) も有名だが,cow -- beef, swine -- pork, sheep -- mutton などの語彙関係も dissociation といえる.
 
eye -- ocular などの名詞・形容詞の対応も,dissociation の関係ということになる.ここから日本語に話を広げれば,和語と漢語の関係,あるいは漢字の読みでいえば訓読みと音読みの関係も,典型的な dissociation といってよいだろう.「めがね」(眼鏡)と「眼鏡」(眼鏡)の関係は,上記の eye -- ocular の関係に似ている.関連して「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]) も参照されたい.

 ・ Görlach, Manfred.
The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.
 ・ Leisi, Ernst.
Das heutige Englische: Wesenszüge und Probleme.'' 5th ed. Heidelberg, 1969.

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2021-07-28 Wed

#4475. Love's Labour's Lost より語源的綴字の議論のくだり [shakespeare][mulcaster][etymological_respelling][popular_passage][inkhorn_term][latin][loan_word][spelling_pronunciation][silent_letter][orthography]

 なぜ doubt の綴字には発音しない <b> があるのか,というのは英語の綴字に関する素朴な疑問の定番である.これまでも多くの記事で取り上げてきたが,主要なものをいくつか挙げておこう.

 ・ 「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1])
 ・ 「#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか?」 ([2018-06-12-1])
 ・ 「#3227. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第4回「doubt の <b>--- 近代英語のスペリング」」 ([2018-02-26-1])
 ・ 「圧倒的腹落ち感!英語の発音と綴りが一致しない理由を専門家に聞きに行ったら,犯人は中世から近代にかけての「見栄」と「惰性」だった.」DMM英会話ブログさんによるインタビュー)

 doubt の <b> の問題については,16世紀末からの有名な言及がある.Shakespeare による初期の喜劇 Love's Labour's Lost のなかで,登場人物の1人,衒学者の Holofernes (一説には実在の Richard Mulcaster をモデルとしたとされる)が <b> を発音すべきだと主張するくだりがある.この喜劇は1593--94年に書かれたとされるが,当時まさに世の中で inkhorn_term を巡る論争が繰り広げられていたのだった(cf. 「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1])).この時代背景を念頭に Holofernes の台詞を読むと,味わいが変わってくる.その核心部分は「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1]) で引用したが,もう少し長めに,かつ1623年の第1フォリオから改めて引用したい(Smith 版の pp. 195--96 より).

Actus Quartus.
Enter the Pedant, Curate and Dull.

Ped. Satis quid sufficit.
Cur. I praise God for you sir, your reasons at dinner haue beene sharpe & sententious: pleasant without scurrillity, witty without affection, audacious without impudency, learned without opinion, and strange without heresie: I did conuerse this quondam day with a companion of the Kings, who is intituled, nominated, or called, Dom Adriano de Armatha.
Ped. Noui hominum tanquam te, His humour is lofty, his discourse peremptorie: his tongue filed, his eye ambitious, his gate maiesticall, and his generall behauiour vaine, ridiculous, and thrasonical. He is too picked, too spruce, to affected, too odde, as it were, too peregrinat, as I may call it.
Cur. A most singular and choise Epithat,
Draw out his Table-booke,
Ped. He draweth out the thred of his verbositie, finer than the staple of his argument. I abhor such phnaticall phantasims, such insociable and poynt deuise companions, such rackers of ortagriphie, as to speake dout fine, when he should say doubt; det, when he shold pronounce debt; d e b t, not det: he clepeth a Calf, Caufe: halfe, hawfe; neighbour vocatur nebour; neigh abreuiated ne: this is abhominable, which he would call abhominable: it insinuateth me of infamie: ne inteligis domine, to make franticke, lunaticke?
Cur. Laus deo, bene intelligo.
Ped. Bome boon for boon prescian, a little scratched, 'twill serue.


 第1フォリオそのものからの引用なので,読むのは難しいかもしれないが,全体として Holofernes (= Ped.) の衒学振りが,ラテン語使用(というよりも乱用)からもよく伝わるだろう.当時実際になされていた論争をデフォルメして描いたものと思われるが,それから400年以上たった現在もなお「なぜ doubt の綴字には発音しない <b> があるのか?」という素朴な疑問の形で議論され続けているというのは,なんとも息の長い話題である.

 ・ Smith, Jeremy J. Essentials of Early English. 2nd ed. London: Routledge, 2005.

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2021-07-27 Tue

#4474. 世界の ESL 地域の概観 [esl][new_englishes][world_englishes][variety]

 世界のいくつかの国・地域には,英語非母語話者であるが,国内の公用語,教育の言語,共通語などとして広く英語を用いている人々がいる.このような国・地域は ESL (English as a Second Language) 地域と呼ばれている.実は ESL 地域は,おそらく多くの読者が思っている以上に,世界中に広く分布している.ここで Trudgill and Hannah (127--28) に依拠して世界中の ESL 地域を概観してみたい.

   In the Americas, English is an important second language in Puerto Rico, and also has some second-language presence in Panama. In Europe, in addition to the United Kingdom and the Republic of Ireland where English is spoken natively, English has official status in Gibraltar and Malta and is also widely spoken as a second language in Cyprus. In Africa, there are large communities of native speakers of English in Liberia, South Africa, Zimbabwe and Kenya, but there are even larger communities in these countries of second-language speakers. Elsewhere in Africa, English has official status, and is therefore widely used as a second language lingua franca in Gambia, Sierra Leone, Ghana, Nigeria, Cameroon, Namibia, Botswana, Lesotho, Swaziland, Zambia, Malawi and Uganda. It is also extremely widely used in education and for governmental purposes in Tanzania and Kenya.
   In the Indian Ocean, Asian, and Pacific Ocean areas, English is an official language in Mauritius, the Seychelles, Pakistan, India, Singapore, Brunei, Hong Kong, the Philippines, Papua New Guinea, the Solomon Islands, Vanuatu, Fiji, Tonga, Western Samoa, American Samoa, the Cook Islands, Tuvalu, Kiribati, Guam and elsewhere in American-administered Micronesia. It is also very widely used as a second language in Malaysia, Bangladesh, Sri Lanka, the Maldives, Nepal and Nauru. (In India and Sri Lanka, there are also Eurasian native speakers of English.)


 これらの地域の多くでは,英米標準英語ではなく,土着化した独自の英語 (indigenised English) が発展してきたし,現在も発展し続けている.これらは "New Englishes" とも称され,世界で話されている英語の多様化に貢献している.
 これらの個別の ESL 地域や変種について,本ブログで取り上げてきたものも多いので,esl の記事群,とりわけ以下の記事もご参照を.

 ・ 「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1])
 ・ 「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1])
 ・ 「#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代」 ([2009-11-28-1])
 ・ 「#1589. フィリピンの英語事情」 ([2013-09-02-1])
 ・ 「#2469. アジアの英語圏」 ([2016-01-30-1])
 ・ 「#2472. アフリカの英語圏」 ([2016-02-02-1])
 ・ 「#1591. Crystal による英語話者の人口」 ([2013-09-04-1])

 ・ Trudgill, Peter and Jean Hannah. International English: A Guide to the Varieties of Standard English. 5th ed. London: Hodder Education, 2008.

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2021-07-26 Mon

#4473. 存在文における形式上の主語と意味上の主語 [syntax][word_order][be][generative_grammar][impersonal_verb][existential_sentence]

 英語の存在文 (existential_sentence) といえば,There is/are . . . . の構文が思い浮かぶ.一般に be 動詞の前に来る There は形式上のダミーの主語ととらえられ,意味上の真の主語は be 動詞の後ろに来る名詞句と理解される.真の主語が動詞の後ろに来るというのは,英語の通常の語順に照らせば例外的というほかない.一方,動詞の前に形式上主語らしきものが来なければならないという英語の一般的な統語規則は,ダミーの there によって遵守されている.いずれにせよ,普通でないタイプの構文であることは明らかだ.
 Moro (149--50) によると,Jespersen (155) は英語を含めた多くの言語を調査し,いわゆる「存在文」における主語(存在者)が,広く動詞の後ろに来ること,そして典型的な主語らしい振る舞いをしないことを指摘した.

Whether or not a word like there is used to introduce [existential sentences], the verb precedes the subject, and the latter is hardly treated grammatically like a real subject.


 例えば,ドイツ語では Es gibt viele Kartoffeln "(lit.) it gives many potatoes; There are many potatoes" のように,真主語は形式的には目的語として表わされる.フランス語でも Il y a beaucoup de livres. "(lit.) it there has lots of books; There are many books" のように表現し,やはり真主語は目的語として表現される.ルーマニア語では Sunt probleme "(lit.) are problems; There are problems" となり,there に相当するものはないが,やはり真主語は動詞の後ろに置かれる.中国語では You gui "(lit.) you have ghosts; There are ghosts" となる.
 Moro は英語の there is/are 存在文にみられる主語後置は,むしろ be 動詞のデフォルトの統語的特徴を保持した結果であるという説を唱えている.一般の be 動詞の文の主語,例えば John is in the garden なり John is a studentJohn は,当然ながら動詞に前置されるわけだが,これは本来的に動詞に後置されていたものが統語操作によって繰り上げ (raising) られた結果であるという立場をとっていることになる.非人称動詞 (impersonal_verb) としての be 動詞という見方に基づく説だ.関心のある向きは,詳しくは Moro の第3章を参照されたい.
 存在文のは「#1565. existential there の起源 (1)」 ([2013-08-09-1]) と「#1566. existential there の起源 (2)」 ([2013-08-10-1]) も参照されたい.

 ・ Moro, Andrea. A Brief History of the Verb To Be. Trans. by Bonnie McClellan-Broussard. Cambridge, Mass.: MIT. P, 2017.
 ・ Jespersen, O. The Philosophy of Grammar. London: Allen and Unwin, 1924.

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2021-07-25 Sun

#4472. ENL, ESL, EFL という区分の問題点 [model_of_englishes][world_englishes][new_englishes][variety]

 現代世界に多種多様に存在する英語変種をどのようにモデル化してとらえるか,世界英語 (World Englishes) をいかに区分するかという問題は,多くの考察と論争を引き起こしてきた.本ブログでも model_of_englishes の各記事で取り上げてきたが,モデルそれ自体も多種多様である.
 最も広く知られているのは「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) による Kachru の同心円モデルである.ENL (English as a Native Language) の円を核として,その周囲に ESL (English as a Second Language) が,さらに周縁部に EFL (English as a Foreign Language) が配置されているモデルだ.それぞれ Inner Circle, Outer Circle, Expanding Circle とも称される.
 このモデルはとても分かりやすく,一般にも広く受け入れられているが,専門家からは異論も多い.Schreier (2117--19) の議論に依拠し,要点をまとめておきたい.

 (1) 例えば南アフリカ共和国は典型的な ESL 地域といわれるが,同国の人口の全体が ESL 的な英語使用を実践しているわけではない.少数派ではあるが英語母語話者もいるし,教育を受ける機会のない少なからぬ人々は英語を話さない.ESL や EFL といった区分は,英語使用に対する現実には存在しない一様な遵守を前提としてしまっている.

 (2) 人口のうちどれくらいの割合の人々が英語を話していれば,ESL 地域であると呼べるのか.単純な数の問題ではないように思われる.むしろ英語使用がその社会にどのくらい統合されているか,という社会言語学的な点が重要なのではないか.社会のどの層が英語をよく使用し,どの層があまり使用しないのか等の考慮も必要だろう.

 (3) Kachru モデルは,ENL, ESL, EFL といった区分がカテゴリカルかつ不変であるとの前提に立っているが,これは現実を反映していない.例えばアイルランド英語は,現在でこそ ENL 地域としてみなされているが,歴史的にはアイルランド語からの言語交替を経てきたのであり,その過渡期にあっては ESL 地域と呼ぶのがふさわしかったろう.また,タンザニアはイギリスからの独立後スワヒリ語を公的な言語として採用し,結果として英語の存在感は独立前よりも小さくなっているが,これはタンザニアが ESL 地域から EFL 地域へと位置づけを変えているということではないか.

 要するに,Kachru モデルは地域の社会言語学的状況の一様性やカテゴリカルで不変の区分を前提としているが,実際には状況は一様ではないし,区分もそれほど明確ではなく,時とともに変わりもする,という批判だ.もっとダイナミックで柔軟性に富むモデルが必要だろう.
 ダイナミックな代替モデルとしては,例えば「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1]) や「#1096. Modiano の同心円モデル」 ([2012-04-27-1]) が提案されている.また,関連して「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1]) も参照.

 ・ Schreier, Daniel. "Second-Language Varieties: Second-Language Varieties of English." Chapter 134 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2106--20.

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2021-07-24 Sat

#4471. photogenic --- 無声映画とインスタにより新たな生命を吹き込まれた語 [oed][semantic_change]

 日本語で用いられる「フォトジェニック」という語は,昨今「インスタ映え」の類義語であるかのように一般にも用いられるようになってきた.英単語としての photogenic はすでに存在した語だが,SNS という新メディアの登場によって新たな生命を吹き込まれ,日本語でも広まったということだろう.「フォトジェニック」と photogenic の現在の用法については,今年5月6日にアップされた学部ゼミ生によるコンテンツ「フォトジェニックなスイーツと photogenic なモデル」で取り上げられており,それを受けて私も「#4393. いまや false friends? --- photogenic と「フォトジェニック」」 ([2021-05-07-1]) を公表した.
 OED によると,英単語としての photogenicphotographic (写真(術)の)の同義語として1835年に初出している.しかし,現代の主要な語義である「写真写りのよい」としての初例は,遅れて1922年のことである.OED の定義としては "Originally U.S. Of a person or thing: that is a good subject for photography; that shows to advantage in a photograph or film." とある.アメリカで1922年のこと,しかも "film" ともあるので,これはハリウッドの無声映画の絶頂期に当たるし,新語義の発展と無関係なはずはない.現実には「写真写りのよい」というよりも「映画写りのよい」のほうに近かったのではないかと疑いたくなる.実際,Room の意味変化辞典によると photogenic の項の最後に次のコメントをみつけた.

The modern popular meaning, 'photographing attractively', evolved in the United States in the 1920s, especially in connection with the cinema. In recent use, the word is often little more than a synonym for 'good-looking', or at most as a synonym for 'handsome'(of a male) or 'pretty as a picture' (of a female).


 photogenic という単語と新語義は,英語でも日本語でも,とりわけ視覚に訴える新しいメディアの登場とともに誕生し繁栄してきたといえる.100年ほどの時差はあるものの,この共通点はとても興味深い.

 ・ Room, Adrian, ed. NTC's Dictionary of Changes in Meanings. Lincolnwood: NTC, 1991.

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2021-07-23 Fri

#4470. アジア・アフリカ系の英語にみられるリズムと強勢の傾向 [prosody][phonology][stress][syllable][rhythm][world_englishes][new_englishes][variety][esl][diatone]

 現代世界には様々な英語変種があり,ひっくるめて World Englishes や New Englishes と呼ばれることが多い.アジアやアフリカには歴史的な経緯から ESL (English as a Second Language) 変種が多いが,多くのアジア・アフリカ系変種に共通して見られる韻律上の特徴がいくつか指摘されている.ここでは2点を挙げよう.1つは "syllable-timing" と呼ばれるリズム (rhythm) の性質,もう1つは語の強勢 (stress) の位置に関する傾向である.以下 Mesthrie and Bhatt (129) を参照して解説する.
 syllable-timing とは,リズムの観点からの言語類型の1つで,英米標準英語がもつ stress-timing に対置されるものである.前者は音節(モーラ)が等間隔で繰り返されるリズムで,日本語やフランス語がこれを示す.後者は強勢が等間隔で繰り返されるリズムで,標準英語やドイツ語がこれを示す(cf. 「#1647. 言語における韻律的特徴の種類と機能」 ([2013-10-30-1]),「#3644. 現代英語は stress-timed な言語だが,古英語は syllable-timed な言語?」 ([2019-04-19-1])).
 アジア・アフリカ系の諸言語には syllable-timing をもつものが多く,それらの基層の上に乗っている ESL 変種にも syllable-timing のリズムが持ち越されるということだろう.例えば,インド系南アフリカ英語,黒人系南アフリカ英語,東アフリカ英語,ナイジェリア英語,ガーナ英語,インド英語,パキスタン英語,シンガポール英語,マレーシア英語,フィリピン英語などが syllable-timing を示す.このリズム特徴から派生する別の特徴として,これらの変種には,母音縮約が生じにくく,母音音価が比較的明瞭に保たれるという共通点もある.世界英語の文脈では,syllable-timing のリズムはある意味では優勢といってよい.
 これらの変種には,語の強勢に関しても共通してみられる傾向がある.しばしば標準英語とは異なる位置に強勢が置かれることだ.realíse のように強勢位置が右側に寄るものがとりわけ多いが,カメルーン英語などでは adólescence のように左側に寄るものもみられる.また,これらの変種では標準英語の ábsent (adj.) 対 absént (v.) のような,品詞によって強勢位置が移動する現象 (diatone) はみられないという.
 全体的にいえば,基層言語の影響の下で韻律上の規則が簡略化したものといってよいだろう.これらは日本語母語話者にとって「優しい」韻律上の特徴であり,今後の展開にも注目していきたい.

 ・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.

Referrer (Inside): [2022-08-11-1]

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2021-07-22 Thu

#4469. God に対する数々の歴史的婉曲表現 [taboo][euphemism][swearing][slang][metonymy][htoed]

 英語の歴史において,God (神)はタブー性 (taboo) の強い語であり概念である.「#4457. 英語の罵り言葉の潮流」 ([2021-07-10-1]) でみたように,現代のタブー性の中心は宗教的というよりもむしろ性的あるいは人種的なものとなっているが,「神」周りのタブーは常に存在してきた.これほど根深く強烈なタブーであるから,その分だけ対応する婉曲表現 (euphemism) も豊富に開発されてきた.Hughes (13) が時系列に多数の婉曲表現を並べているので,再現してみよう.

TermDateEuphemism
God1350sgog
 1386cokk
 1569cod
 1570Jove
 1598'sblood
 1598'slid (God's eyelid)
 1598'slight
 1599'snails (God's nails)
 1600zounds (God's wounds)
 1601'sbody
 1602sfoot (God's foot)
 1602gods bodykins
 1611gad
 1621odsbobs
 1650sgadzooks (God's hooks)
 1672godsookers
 1673egad
 1695od
 1695odso
 1706ounds
 1709odsbodikins (God's little body)
 1728agad
 1733ecod
 1734goles
 1743gosh
 1743golly
 1749odrabbit it
 1760sgracious
 1820sye gods!
 1842by George
 1842s'elpe me Bob
 1844Drat! (God rot!)
 1851Doggone (God-damn)
 1884Great Scott
 1900Good grief
 1909by Godfrey!


 「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) でみたように,様々な方法で God の婉曲表現が作られてきたことが分かる.中世から初期近代に至るまでは,「神」それ自身ではなく,体の部位を指して間接的に指示するメトニミー (metonymy) によるものが目立つ.一方,近現代には音韻的変形に訴えかけるものが多い. rhyming slang による1884年の Great Scott もある(cf. 「#1459. Cockney rhyming slang」 ([2013-04-25-1])).HTOED などを探れば,まだまだ例が挙がってくるものと思われる.
 「#1338. タブーの逆説」 ([2012-12-25-1]) でも述べたように「タブーは,毒々しければ毒々しいほど,むしろ長く生き続けるのである」.最近の関連記事としては「#4399. 間投詞 My word!」 ([2021-05-13-1]) もどうぞ.

 ・ Hughes, Geoffrey. Swearing: A Social History of Foul Language, Oaths and Profanity in English. London: Penguin, 1998.

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2021-07-21 Wed

#4468. 現代英語で主語が省略されるケース [syntax][personal_pronoun]

 昨日の「英語の語源が身につくラジオ」にて,「昔の英語では主語が必須じゃなかった!」を放送しました.古英語や中英語では主語が現われない文があり得たという衝撃の話題を取り上げましたが,実は現代英語でも口語や定型文句においては,文法や文脈から補うことのできる自明な主語が省略されることは,少なくありません.Quirk (§12.47)より,人称別に主語が省略されるパターンを示しておきます.

[1人称主語の省略]

 ・ (I) Beg your pardon.
 ・ (I) Told you so.
 ・ (I) Wonder what they're doing.
 ・ (I) Hope he's there.
 ・ (I) Don't know what to say.
 ・ (I) Think I'll go now.

[2人称主語の省略]

 ・ (You) Got back all right?
 ・ (You) Had a good time, did you?
 ・ (You) Want a drink?
 ・ (You) Want a drink, do you?

[3人称主語の省略]

 ・ (He/She) Doesn't look too well.
 ・ (He/She/They) Can't play at all.
 ・ (It) Serves you right.
 ・ (It) Looks like rain.
 ・ (It) Doesn't matter.
 ・ (It) Must be hot in Panama.
 ・ (It) Seems full.
 ・ (It) Makes too much noise.
 ・ (It) Sounds fine to me.
 ・ (It) Won't be any use.
 ・ (There) Ought to be some coffee in the pot.
 ・ (There) Must be somebody waiting for you.
 ・ (There) May be some children outside.
 ・ (There) Appears to be a big crowd in the hall.
 ・ (There) Won't be anything left for supper.

 思ったより多種多様な主語省略があるなあ,という印象ではないでしょうか.2人称では疑問文が基本であり,3人称では itthere の例が多いなど,一定の傾向も確認されます.
 現代英語では原則として主語が必須である,ということは英語学習・教育でも金科玉条とされています.それでも,このように主語省略の事例は確かにありますし,英語史的にも主語省略は決して稀ではなかったということは,改めてここで述べておきたいと思います.

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2021-07-20 Tue

#4467. インド英語は「崩れた英語」か「土着化した英語」か? [variety][esl][indian_english][linguistic_ideology][sociolinguistics]

 「#4463. 「印製英語」」 ([2021-07-16-1]) と「#4464. インド英語の歴史の時代区分」 ([2021-07-17-1]) でインド英語 (Indian English) の話題を取り上げた.インド英語に限らないのだが,ESL (English as a Second Language) や EFL (English as a Foreign Language) などの非母語変種を観察すると,当然ながら英米標準英語と異なる言語特徴が多く浮かび上がってくる.このような特徴をどうみるかに関して2つの対立する立場がある.
 1つは,非母語話者がモデルとして想定していた英米標準英語を不完全にしか習得できなかったがゆえの言語的逸脱と見る立場である.「崩れた英語」観と呼んでおこう.もう1つは,その特徴を方言的革新ととらえ,それを含めて自立した英語変種であると見る立場だ.「土着化した英語」観と呼んでおきたい.1990--91年,「崩れた英語」観を唱えた Randolph Quirk と「土着化した英語」観を唱えた Braj Kachru の間で論争が起こった,世界英語の研究史における有名な論争である.
 いずれの立場が真実を体現しているのだろうか.言語学的な観点からは,各々の言語特徴についてその起源と発達を調査したり,第2言語習得の知見を参照するなどして判断するという方法はあるだろう.しかし,それだけでは問題は解決しそうにない.というのは,これは純粋に言語学的な問題というよりは,言語変種に対する態度,もっといえば言語イデオロギーの問題だからだ.
 インド英語研究に関していえば,先の記事で参照してきた Sharma (2089--90) によると,初期の研究はおよそ「崩れた英語」観に立つものが多かったが,最近では「土着化した英語」観に立つものが増えてきているという.英語規範を英米変種など外に仰ぐ "exo-normative" な見方から,規範を自身で内に築き上げる "endo-normative" な見方へ移行してきているようだ.ただし,Sharma (2090) が締めくくりの言葉として "Indian English . . . undergoing a shift from exonormative to endonormative stablization but not as fully nativezed and diversified as native varieties" と述べているように,現在のインド英語は,両極の中間,過渡期的な位置づけにあるというのが事実のように思われる.

 ・ Sharma, Devyani. "Second-Language Varieties: English in India." Chapter 132 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2077--91.

Referrer (Inside): [2023-02-14-1]

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2021-07-19 Mon

#4466. World Englishes への6つのアプローチ [world_englishes][variety][sociolinguistics][lingua_franca][contact][linguistic_ideology][linguistic_imperialism]

 現代世界に展開する様々な英語変種,いわゆる "World Englishes" の研究は,この40年ほどの間,主に社会言語学の立場から注目されてきた.世紀をまたぐこの数十年間,リングア・フランカとしての英語は存在感を著しく増し,世界を席巻する社会現象というべきものになった.英語研究においても明らかにその衝撃が感じられ,例えば World Englishes に関する学術雑誌が続々と発刊されてきた.English World Wide (1979),English Today (1984) ,World Englishes (1985) などである.
 World Englishes は(応用)言語学の様々な角度から迫ることができる.英語史も様々な角度の1つであり,本ブログでも種々に取り上げてきた次第である.Mesthrie and Bhatt の序説 (1) によると,World Englishes へのアプローチとして6点が挙げられている.

 ・ as a topic in Historical Linguistics, highlighting the history of one language within the Germanic family and its continual fission into regional and social dialects;
 ・ as a macro-sociolinguistic topic 'language spread' detailing the ways in which English and other languages associated with colonisation have changed the linguistic ecology of the world;
 ・ as a topic in the filed of Language Contact, examining the structural similarities and differences amongst the new varieties of English that are stabilising or have stabilised;
 ・ as a topic in political and ideological studies --- 'linguistic imperialism' --- that focuses on how relations of dominance are entrenched by, and in, language and how such dominance often comes to be viewed as part of the natural order;
 ・ as a topic in Applied Linguistics concerned with the role of English in modernisation, government and --- above all --- education; and
 ・ as a topic in cultural and literary studies concerned with the impact of English upon different cultures and literatures, and the constructions of new identities via bilingualism.


 このような概説は,実に視野を広げてくれる.私など World Englishes を主として英語史の立場から見るにすぎなかったが,とたんに多次元の話題に見えてくるようになった.各分野の概説書の第1ページというものは,しばしば啓発的である.

 ・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.

Referrer (Inside): [2021-10-19-1] [2021-09-27-1]

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2021-07-18 Sun

#4465. 講座「英語の歴史と語源」の第11回「ルネサンスと宗教改革」のご案内 [asacul][notice][history][link][renaissance][reformation]

 全12回ということで2年前に開始した「英語の歴史と語源」シリーズですが,ゆっくりと進めているうちに,気づいてみれば,残すところ2回となりました.本日は第11回のお知らせです.
 2週間後の7月31日(土)15:30?18:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・11 「ルネサンスと宗教改革」」と題してお話しします.英語が世界的な地位を築いた現在からは予想すらできない,当時の英語が抱えていた様々な「悩み」に注目します.関心をお持ちの方は是非こちらよりお申し込みください.趣旨は以下の通りです.

16世紀イングランドでは,ルネサンスと宗教改革は奇妙な形で共存していました.ルネサンスに伴う知識の爆発はラテン語やギリシア語への憧れを生み出し,英語はそこから大量の単語を借用することで語彙を格段に豊かにしました.一方,宗教改革に伴う自国語意識の高まりから,英語そのものの評価も高まりました.このような相矛盾する言語文化の中で英訳聖書が誕生することになりました.英語がいよいよ輝きを増してきた時代に焦点を当てます.


 今から4--5世紀も前の話しであり,ずいぶんと昔のことに聞こえるかもしれませんが,英語全盛の現代に直接つながる時代の話題です.歴史的に弱小言語だった英語が,いかにして現代にかけて威信と覇権を獲得することになったのか.これを真に理解するには,今回注目する16世紀,英語にとっての苦しみの時期を振り返っておくことが必要になります.現代における英語の覇権の起源について,皆さんと一緒に考えていきたいと思います.

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2021-07-17 Sat

#4464. インド英語の歴史の時代区分 [indian_english][periodisation][esl][sociolinguistics][hindi]

 近年,インドは国際的に存在感を高めているが,それに伴ってインドで用いられる英語,いわゆるインド英語 (Indian English) への注目も高まってきている.このインド英語には意外と長い歴史がある.少なくみても400年ほどはある.
 Sharma (2077--85) は,インド英語の歴史を社会言語学的な観点から緩く4つの時代に区分している.簡単に説明を補いながら以下に示そう.

 (1) The early presence of English in India (17th--18th century)

 エリザベス1世の統治下の1600年,東インド会社が設立され,イギリスとインドの交易が本格的に始まった.この東インド会社は,1858年のイギリスによる直接統治まで拡大を続けることになる.当初は英語とインドの土着言語との接触は実用的なもので,互いの言語を不完全に習得する程度にとどまった.18世紀からはキリスト教学校が設立され,次第に英語使用がインドの人々の間に広がっていった.

 (2) Colonial language ideologies (18th--19th century)

 1757年,東インド会社軍がプラッシーの戦いでベンガル軍に勝利し,インドに対するイギリスの支配権が確立した.インドの不満は100年後の1857年にインド大反乱として爆発したが,鎮圧された後,翌1858年からはイギリスによる直接統治が始まった.イギリスには,植民地インドに対して2つの対立するイデオロギーがあった.インド土着の言語や文化を黙認する "Orientalist" と,イギリスの言語や文化によってインドを啓蒙しようとする "Anglicist" とである.Orientalist の立場としては,近代英語学の祖と呼ばれる William Jones などがいた.この立場は18世紀中には優勢だったが,19世紀に入ると Anglicist のイデオロギーが強まってきた.そのピークが1835年の Thomas Macaulay の "Minute on Indian Education" に結実しており,そこでは英語の優越性が明確に宣言された.インド人の知識人のなかにも Rammohun Roy のように Anglicist の立場をとるものがいた(cf. 「#3315. 「ラモハン・ロイ症候群」」 ([2018-05-25-1])).この結果,19世紀中,教育,出版,政治における英語使用が着実に増加した.

 (3) English and the Independence movement (19th--20th century)

 第1次大戦後,イギリス支配からの独立を目指す民族運動が起こった.英語ではなく土着言語の使用を訴えた Mahatma Gandhi の運動に象徴されるように,反英語のイデオロギーが台頭してきた.国民会議派の指導者で後にインドの初代首相となった Nehru も英語への抵抗を呼びかけた.しかし,1947年に独立が成し遂げられると,現実的な観点からは英語を保持せざるを得ないとの論調が復活してきた.以降,インドでの英語使用は継続してきたが,かつてのようなイギリス標準英語への憧憬をもつインド人は減ってきた.

 (4) English in independent India: planning and use (20th century)

 少なく見積もって415の言語が用いられているインドでは,複雑な多言語使用の様相がみられる.そのなかで22の言語が地域公用語として認められている.中央政府の言語としてはヒンディー語が公用語として,英語が準公用語として指定されている.独立直後には教育言語としてインドの土着言語が厚遇され,英語も当面は必要悪として保持するものの,いずれは使用されなくなっていくべきものと予期されていた.しかし,現実には土着言語間の政治的軋轢という問題があり,非土着言語として中立的な立場にある英語の使用が止まることはなかった.現在ではヒンディー語が優勢ではあるが,若い世代で英語のバイリンガルも普通となってきており,「インドの土着英語」というとらえ方が広がってきている.

 ・ Sharma, Devyani. "Second-Language Varieties: English in India." Chapter 132 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2077--91.

Referrer (Inside): [2021-07-20-1]

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2021-07-16 Fri

#4463. 「印製英語」 [waseieigo][loan_translation][indian_english][prefix][esl]

 本ブログでは和製英語 (waseieigo) について様々な角度から論じてきた.世界中で英語が第2言語として用いられ,英語要素が各言語に取り込まれている状況下で,和製英語のほかに「○製英語」なるものが観察されたとしても不思議はない.実際,ざっと4世紀にわたって英語と付きあってきたインドで用いられるインド英語 (Indian English) をのぞいてみると「印製英語」というべき表現を多く見つけることができる.Sharma (2087) より,いくつか挙げてみよう.
 まず,インドの土着言語の表現を英語要素に移し替えた,翻訳借用 (loan_translation) やなぞり (calquing) による印製英語がある.結っていない髪の毛を指して open hair と呼んだり,「じっと監視・監督する」の意味で to stand on someone's hand という句を用いたりするケースだ.
 もととなる表現が土着言語になく,純粋に英語要素を用いて造語したものもある.eve-teasing (セクハラ),prepone (早める,繰り上げる),revert back (メッセージに返信する)などは,いかにも英語らしくみえるが,少なくとも英米標準英語では用いられない.prepone などは傑作というべきで,標準英語の postpone (延期する,繰り下げる)をモデルとして反意の接頭辞で置き換えた語である.標準英語ではなぜ用いられないのだろうかと逆に不思議に思ってしまうほど,形態的にも意味的にも分かりやすい.
 インド英語に限らず ESL (English as a Second Language) においては,多かれ少なかれこの種の「○製英語」というべき表現はありふれているに違いない.また,本ブログで繰り返し取り上げてきたように,英語史においても「英製羅語」「英製希語」「英製仏語」の表現が普通に生み出され,使用されてきた(cf. 「#4101. 「和製英語を含む○製△語」の記事セット」 ([2020-07-19-1])).古今東西,言語接触があるところでは「○製△語」の現象は日常茶飯だったのではないか.
 なお,「○製英語」を表わす英語の用語は特に存在しない.試しに作ってみると "indigenised English expressions" といったところだろうか.和製英語なら "indigenised English expressions in Japan(ese)",印製英語なら "indiginised English expressions in India(n English)" 辺りはいかがだろう.

 ・ Sharma, Devyani. "Second-Language Varieties: English in India." Chapter 132 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2077--91.

Referrer (Inside): [2021-07-20-1]

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2021-07-15 Thu

#4462. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第5回「なぜ未来には will を使うの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][tense][future][subjunctive][auxiliary_verb]

 NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」の8月号のテキストが発刊されました.「英語のソボクな疑問」を連載していますが,今回は第5回となります.話題は「なぜ未来には will を使うの?」です.いつものように中高生の読書向けに,なるべく易しく解説しました.

『中高生の基礎英語 in English』2021年8月号



 最も重要なポイントは,英語をはじめとするゲルマン語には,もともと未来時制という時制 (tense) はなかったということです.過去時制と非過去時制の2つしかなく,後者が現在と未来を一手に引き受けていました.一方,古くから希望・意志・義務などを含意する willshall のような法助動詞 (auxiliary_verb) は存在していました.これらの法助動詞は,使用されているうちに本来の含意が弱まり,単なる未来を表わす用法へと発展していきました.これが近代英語以降に一般的に未来表現のために用いられるようになり,現在に至ります.一見するとこの過程を通じて,過去・非過去の2区分だった英語の時制が過去・現在・未来の3区分に移行したようにみえます.しかし,未来の will/shall は歴史的には新参者にすぎませんので,いまだに英語の時制体系のなかに完全にフィットしているわけではなく,所々にすわりの悪いケースが見受けられるのです.
 未来の will が歴史的に出現し定着してきた背景は,英語史では様々に研究されてきています.本ブログでも関連する記事を書いてきましたので,より詳しく専門的に知りたい方は,以下の記事群をお読みください.

 ・ 「#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか?」 ([2015-05-14-1])
 ・ 「#2317. 英語における未来時制の発達」 ([2015-08-31-1])
 ・ 「#2189. 時・条件の副詞節における will の不使用」 ([2015-04-25-1])
 ・ 「#3692. 英語には過去時制と非過去時制の2つしかない!?」 ([2019-06-06-1])
 ・ 「#4408. 未来のことなのに現在形で表わすケース」 ([2021-05-22-1])
 ・ 「#2209. 印欧祖語における動詞の未来屈折」 ([2015-05-15-1])

 また,去る7月4日付けの「英語の語源が身につくラジオ」にて,関連する「時・条件の副詞節では未来でも現在形を用いる?」を放送しましたので,そちらの音声解説もお聴きください.

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2021-07-14 Wed

#4461. なぜ <th> は1子音に対応するのに2文字なの? [sobokunagimon][th][consonant][digraph][thorn][grapheme][runic]

 学生から寄せられた,素晴らしい素朴な疑問.なぜ <th> は2文字なのに1つの子音に対応しているのか,なぜ専用の新しい1文字を用意しなかったのか,という問いです.
 英語の <th> という綴字,およびそれに対応する発音 /θ, ð/ は,きわめて高頻度で現われます.英語で最高頻度の語である定冠詞 the をはじめ,they, their, that, then, though など,"th-sound" はなかなか厄介な発音ながらも英語のコアを構成する単語によく現われます.英語学習者にとって,攻略しないわけにはいかない綴字であり発音なわけです.("th-sound" については,th の各記事で取り上げてきたので,そちらをご覧ください.)
 <th> が表わす無声の /θ/ にせよ有声の /ð/ にせよ,発音としてはあくまで1子音に対応しているわけなので,綴字としても1文字が割り当てられて然るべきだという考え方は,確かに頷けます.1つの子音 /t/ に対して1つの子音字 <t> が対応し,1つの子音 /f/ に対して1つの子音字 <f> が対応するのと同じように,1つの "th-sound" である /θ/ あるいは /ð/ に対して,何らかの1つの子音字が対応していても不思議はないはずです.ところが,この場合にはなぜか <th> と2文字を費やしているわけです.綴り手としては,高頻度語に現われるだけに,<th> を2文字ではなく1文字で書ければずいぶん楽なのに,と思うのも無理からぬことです.
 標題の問いがおもしろいのは,英語史上の重要な謎に迫っているからです.実は,古英語・中英語の時代には,ずばり "th-sound" に対応する1つの文字があったのです! 2種類用意されており,1つは "thorn" という名前の文字で <þ> という字形,もう1つは "edh" という名前の文字で <ð> という字形でした.前者は古代のゲルマン諸語が書き記されていたルーン文字 (runic) から流用したものであり,後者はアイルランド草書体 <d> に横棒を付けたものが基になっています.いずれも古英語期には普通に用いられていましたが,中英語期になって <ð> が廃れ,<þ> が優勢となりました.しかし,同じ中英語期にラテン語やフランス語の正書法の影響により,英語の同子音に対して2文字を費やす <th> の綴字も台頭してきました.そして,中英語期の末期には,印刷術の発明と普及に際して <th> が優先的に選ばれたこともあり,1文字の <þ> はついに衰退するに至ったのです.この辺りの経緯については,「#1329. 英語史における eth, thorn, <th> の盛衰」 ([2012-12-16-1]),「#1330. 初期中英語における eth, thorn, <th> の盛衰」 ([2012-12-17-1]) をご参照ください.
 標題の素朴な疑問の根底にある問題意識は「なぜ <th> は2文字なのに1つの子音に対応しているのか,なぜ専用の新しい1文字を用意しなかったのか」ということでした.英語史的にみると,実はひっくり返して問う価値のある重要な問題なのです.つまり「"th-sound" に対して古英語・中英語では1文字の <þ>, <ð> がせっかく用意されていたのに,なぜ近代英語期にかけて2文字からなる <th> にわざわざ置き換えられたのか」という疑問となります.

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2021-07-13 Tue

#4460. 古英語の母音字の上につける長音記号は写本にはないので要注意 [manuscript][oe][punctuation][vowel][spelling][palatalisation][alphabet]

 昨日の記事「#4459. なぜ drive の過去分詞 driven はドライヴンではなくドリヴンなの?」 ([2021-07-12-1]) をはじめとして,本ブログでは古英語の語句を引用することが多いが,その際に長母音を示すのに母音字の上に macron と呼ばれる横棒(長音記号)を付すことが多い.ā, ē, ī, ō, ū, ȳ 如くである.昨日の例であれば,現代英語の drove に対応する古英語の形態が drāf だったことに触れたが,ここでは長母音であることを示すのに ā の表記を用いている.
 注意すべきは,この macron 付き表記は,あくまで現代の古英語学習者の便宜のために現代の編者が付した教育用の符号にすぎず,実際の古英語の写本にはまったくなかったということである.macron に限らず,現代の古英語読本などに印刷されている種々の句読点 (punctuation) は,古英語初学者のために編者が現代英語ぽく補ってくれているものであることが多く,実際の写本に立ち戻ってみると,そのような符号はない,ということが少なくない.つまり,ありたがいような,おせっかいのような話しなのである.このことは明示的に述べておかないと,多くの古英語学習者が誤解してしまう.
 一般的にいえば,古英語は現代英語に比べて,綴字と発音の関係がストレートである.現代英語の knight, through, climb を /naɪt/, /θruː/, /claɪm/ を読むことは学習しない限り難しいが,対応する古英語の cniht, þurh, climban を /kniçt/, /θurx/, /clɪmban/ と読むことは比較的たやすいだろう.古英語は,現代英語における発音と綴字の乖離 (spelling_pronunciation_gap) の問題からおよそ免れていたと一般的に言われる.
 しかし,古英語における「発音と綴字の一致」を過大評価してはいけない.確かに「ローマ字通りに読めばよい」という原則でおよそうまくいくものの,「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1]) で述べたように,発音と綴字が必ずしも1対1にならないものもある.<f, s, þ, ð> は,音声的にはそれぞれ無声と有声 (/f, v, s, z, θ, ð/) があり得るし,<c> と <g> にも軟音(口蓋化音)と硬音があり得る.後者については,現代の入門書では軟音の /ʧ/, /j/ は各々 <ċ>, <ġ> と表記することが多い.古英語でも,発音と綴字がきれいに1対1になっていないケースは,そこそこあるのである.
 その最たるものが母音の長短である.英語史においては,古英語から現代英語に至るまで,母音の長短は常に重要な区別であり続けてきた.例えば昨日取り上げた drive (OE drīfan) でいえば,短い母音をもつ drifen であれば過去分詞であり,長い母音をもつ drīfen であれば接続法複数現在として "we/you/they may drive" ほどを表わしたので,母音の長短が意味・機能を大きく違えたのである.しかし,現存する写本においては macron などなく,いずれも <drifen> と綴られていたことに気をつけたい.
 この限りにおいて,古英語も現代英語と同様に綴字と発音はさして一致していなかったともいえるのである.程度の問題として論じるならば,確かに古英語は現代英語よりはマシだったろう.しかし,古英語期にも発音と綴字の問題は,とりわけ母音の長短に関していえば,相当のものだったのである.この点は,英語史においてしばしば見逃されてきた非常に重要な事実だと考えている.
 関連して「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1]),「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1]),「#2887. 連載第3回「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」」 ([2017-03-23-1]),「#3954. 母音の長短を書き分けようとした中英語の新機軸」 ([2020-02-23-1]) を参照.

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2021-07-12 Mon

#4459. なぜ drive の過去分詞 driven はドライヴンではなくドリヴンなの? [sobokunagimon][participle][spelling_pronunciation_gap][verb][conjugation][v][vowel]

 学生から標記の素朴な疑問が寄せられました.確かに2重母音をもつ原形 drive /draɪv/ を念頭に置けば,過去分詞 driven も */ˈdraɪv(ə)n/ となりそうなものですが,正しくは単母音をもつ /ˈdrɪv(ə)n/ となります.ちなみに過去形 drove /droʊv/ も母音の音質こそ交替しますが原形と同じように2重母音をもっています.過去分詞だけが単母音を示すのはなぜなのでしょうか.
 英語史の観点からみていきます.古英語では,動詞は屈折(いわゆる活用のこと)の仕方によって様々に分類されていたのですが,この動詞に関していえば強変化第1類というグループに属していました.現代英語では drive(原形)-- drove(過去形)-- driven(過去分詞)と3つの主要形が認められますが,古英語では4つの主要形があり,問題の動詞でいえば drīfan(不定形)-- drāf(第1過去形)-- drifon (第2過去形)-- drifen (過去分詞)のように変化しました(当時 <v> の文字はなく <f> を用いていました),.ここで「第1過去形」と「第2過去形」のような区別があったことに驚くかもしれませんが,この区別は実は be 動詞の waswere に残っています(cf. 「#3812. waswere の関係」 ([2019-10-04-1])).
 さて,不定形 drīfan と第1過去形 drāf には母音字の上に横棒(長音記号)が見えますが,この長母音が現代英語における原形 drive の2重母音,および過去形 drove の2重母音に連なります.古英語でも現代英語でも,2モーラの長い音であることに変わりはありません.そして,古英語の過去分詞 drifen の単母音のほうは,そのまま現代まで同じ単母音が保たれて driven となっています.英語の歴史を通じて,1モーラの短い音だったわけです.
 強変化第1類に属する drīfan の仲間たちも,基本的には同じような歩みを経て現代に至っています.例えば現代英語の ride -- rode -- ridden, write -- wrote -- written は,古英語では各々 rīdan -- rād -- ridon -- riden, wrītan -- wrāt -- writon -- writen となり,いずれも過去分詞には単母音が現われます.
 したがって,標題の素朴な疑問には,次のように答えられるでしょう.古英語の時代から現代に至るまで,drive (および仲間の動詞)については,原形に相当する形態は常に2モーラの長い母音をもっていたが,過去分詞は常に1モーラの短い母音をもっていた,ということです.
 ただ,ちょっと気になる問題は残ります.ridden, written については各々 <d>, <t> の子音字が重なっており,それによって前の母音が短い /ɪ/ であることが効果的に示されています.子音字の重なっていない原形の ride, write とは,綴字上あきらかに異なっています.ところが,問題の driven については *drivven とは綴られておらず,あくまで原形 drive に似た driven という綴字です.子音字が重なっていないのです.
 これは,英語の正書法には子音字 <v> を重ねることができないという特殊な規則があるからです.本当は重ねて *drivven としたいところですが,この規則ゆえにやむを得ず driven に甘んじている,ということです.では,なぜ <v> は重ねてはいけないのでしょうか.これはなかなか複雑な経緯があり,ここで解説することはできないのですが,もともと <v> は <u> の変異字体として遅れて発達してきたことが関与しています.関連して,ぜひ「#1827. magic <e> とは無関係の <-ve>」 ([2014-04-28-1]),「#4069. なぜ live の発音は動詞では「リヴ」,形容詞だと「ライヴ」なのですか?」 ([2020-06-17-1]) をお読みください.

Referrer (Inside): [2021-07-13-1]

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2021-07-11 Sun

#4458. 固定的な強勢アクセント --- ゲルマン語の最大の特徴 [stress][germanic][indo-european]

 英語は,印欧語族 (indo-european) のなかの1派閥であるゲルマン語派 (germanic) に属する.ドイツ語,オランダ語,アイスランド語,フリジア語などと同派閥の言語である.この派閥の言語には,他の派閥には必ずしも観察されない共通の特徴がある.概論は「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]) に述べたとおりだが,その中でもとりわけ重要なのは,ゲルマン語においては,語に固定的な強勢アクセントが落ちるという事実である.
  では,「固定的な強勢アクセント」とは何か,まず強勢アクセント (stress accent) について考えてみよう.強勢アクセントとは,ある音節に注目したときに,それが強く発音されるか弱く発音されるかというエネルギーの強弱の観点からみたアクセントのことである.言語には,もう1つ別に高低アクセント (pitch accent) というものがある.日本語が高低アクセントの言語なので,強勢アクセントとの違いは理解しやすいと思われるが,要するに強さそのものよりも発音の高低(ピッチ)によって区別されるアクセントである.ピアノの演奏にたとえれば,同一のドの鍵盤をたたく力強さの強弱(フォルテかピアノか)によって変わるのが強勢アクセントであり,同じドといっても1オクターブ低いドと高いドとで交代するのが高低アクセントといったらよいだろうか.より詳しくは「#2627. アクセントの分類」 ([2016-07-06-1]) を参照されたい.
  次に,固定的なアクセントというのは,いかなる文脈においても,語の強勢は原則としてその語の決まった場所に落ちるということだ.例えば,visit, visits, visited, visiting などは,異なる屈折語尾がついているけれど,アクセントは変わりなく第1音節に落ちている.
  英語を学んでいると「語に固定的な強勢アクセントが落ちる」は当たり前のように思われるのだが,これは実は英語というよりもゲルマン語全体に共通する一大特徴なのである.そして,この音韻的な特徴は,歴史的にもゲルマン語の音韻論のみならず形態論や統語論にも甚大な影響を与えてきた.ゲルマン語的な特徴の多くが,実はこのアクセントに関する特徴の派生物といってもよいくらいなのである.
  これは,英語史研究者がつとに強調してきたことである.最近パラパラとめくっていた英語音韻論の古典書 Prins (33) にも,この趣旨の記述があったので紹介しておこう.
 

One of the chief characteristics of the Germanic languages was and still is their strong dynamic accent. Indo-European was characterised by a musical accent which was not fixed, and though in later time this was often replaced by a dynamic accent which was combined with the musical accent, this accent was still free at the time when the Germanic group of dialects began to differentiate from the other Indo-European dialects. The strong dynamic accent of Germanic was, however, fixed and generally fell on the stem or first syllable. This had important results for the vowels in the weaker-stressed syllables . . . .

 
  Prins の "dynamic accent" と "musical accent" という用語は,各々上記の「強勢アクセント」と「高低アクセント」と読み替えて差し支えない.英語 --- そしてゲルマン諸語 --- の歴史は,およそこの「固定的な強勢アクセント」に運命づけられていたといってもよい.それほど重要な特徴である.

 ・ Prins, A. A. A History of English Phonemes. 2nd ed. Leiden: Leiden UP, 1974.

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2021-07-10 Sat

#4457. 英語の罵り言葉の潮流 [swearing][slang][asseveration][lexicology][semantic_change][taboo][euphemism][pc][sociolinguistics][pragmatics]

 英語史における罵り言葉 (swearing) を取り上げた著名な研究に Hughes がある.英語の罵り言葉も,他の言葉遣いと異ならず,各時代の社会や思想を反映しつつ変化してきたこと,つまり流行の一種であることが鮮やかに描かれている.終章の冒頭に,Swift からの印象的な2つの引用が挙げられている (236) .

   For, now-a-days, Men change their Oaths,
   As often as they change their Cloaths.
                                                               Swift

Oaths are the Children of Fashion.
                                                               Swift


 英語の罵り言葉の歴史には,いくつかの大きな潮流が観察される.Hughes (237--40) に依拠して,何点か指摘しておきたい.およそ中世から近現代にかけての変化ととらえてよい.

 (1) 「神(の○○)にかけて」のような byto などの前置詞を用いた誓言 (asseveration) は減少してきた.
 (2) 罵り言葉のタイプについて,宗教的なものから性的・身体的なものへの交代がみられる.
 (3) C. S. Lewis が "the moralisation of status word" と指摘したように,階級を表わす語が道徳的な意味合いを帯びる過程が観察される.例えば churl, knave, cad, blackguard, guttersnipe, varlet などはもともと階級や身分の名前だったが,道徳的な「悪さ」を含意するようになり,罵り言葉化してきた.
 (4) 「労働倫理」と関連して,vagabond, beggar, tramp, bum, skiver などが罵り言葉化した.この傾向は,浮浪者問題を抱えていたエリザベス朝に特徴的にみられた.
 (5) 罵り言葉と密接な関係をもつタブー (taboo) について,近年,性的なタイプから人種的なタイプへの交代がみられる.

 英語の罵り言葉の潮流を追いかける研究は「英語歴史社会語彙論」の領域というべきだが,そこには実に様々な論題が含まれている.例えば,上記にある通り,タブーやそれと関連する婉曲語法 (euphemism) の発展との関連が知りたくなってくる.また,典型的な語義変化のタイプといわれる良化 (amelioration) や悪化 (pejoration) の問題にも密接に関係するだろう.さらに,近年の political correctness (= pc) 語法との関連も気になるところだ.slang の歴史とも重なり,社会言語学的および語用論的な考察の対象にもなる.改めて懐の深い領域だと思う.

 ・ Hughes, Geoffrey. Swearing: A Social History of Foul Language, Oaths and Profanity in English. London: Penguin, 1998.

Referrer (Inside): [2021-07-22-1]

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2021-07-09 Fri

#4456. 黒人英語 (= AAVE) を巡る6つの立場 [aave][creole][ame][sociolinguistics][variety][historiography]

 African American Vernacular English (= AAVE),いわゆる黒人英語の話題について aave の各記事で取り上げてきた.AAVE の起源と発達を巡っては激しい論争が繰り広げられてきたし,現在も続いている.つまり決定的な解答は与えられていないといってよい.
 よく知られているのは,クレオール語起源説 (creolist hypothesis) かイギリス変種起源説 (Anglicist hypothesis) かを巡る対立である.これについては「#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題」 ([2014-06-25-1]),「#2739. AAVE の Creolist Hypothesis と Anglicist Hypothesis 再訪」 ([2016-10-26-1]) などで紹介した.
 しかし,AAVE を巡る学史は,この2つの派閥の間の論争の歴史として単純にくくることはできない.ほかにもいくつかの立場があるのだ.Lanehart (1826--27) が,ハンドブックにて6つの立場を端的に解説してくれている.箇条書きで引用しよう(なお,Lanehart は African American Language (= AAL) という呼称を用いている).

(1) Anglicist (aka Dialectologist), which purports that Africans in American (sic) learned regional varieties of British English dialects from British overseers with little to no influence from their own native African languages and cultures;

(2) Creolist, which purports that AAL developed from a prior US creole developed by slaves that was widespread across the colonies and slave-holding areas (though Neo-Creolists acknowledge there likely was not a widespread creole but one that emerged in conditions favorable to creole development);

(3) Substratist, which purports that distinctive patterns of AAL are those that occur in Niger-Congo languages such as Kikongo, Mande, and Kwa;

(4) Ecological and Restructuralist, which is a perspective within the Anglicist position that acknowledges the difficulty of knowing the origins of AAL but proposes that we can say something useful about Earlier AAL (not nascent AAL) given settlement and migration patterns as well as socio-ecological issues;

(5) Divergence/Convergence, which purports that AAL diverges and converges to white varieties over the course of its history with respect to changes in and degrees of racism, segregation, inequalities, and inequities that fluctuate across time and differs (sic) regionally; and

(6) Deficit, which purports that AAL is based on the assumption that Africans in America and their culture are inferior to whites and their language learning as a result was imperfect and bastardized.


 各々の仮説には,純粋に言語学的な知見が反映されている部分もあれば,提唱者や支持者のイデオロギーや認識論的な立場が色濃く反映されている部分もある.後者が入り込むからこそ議論がややこしくなる,というのがこの問題の抱える深い悩みである.

 ・ Lanehart, Sonja L. "Varieties of English: Re-viewing the Origins and History of African American Language." Chapter 117 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1826--39.

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2021-07-08 Thu

#4455. 英語史では書き言葉が同時代の話し言葉をどれだけ反映してきたか [literacy][medium][writing][standardisation][methodology]

 書き言葉は話し言葉を写すものであるという理解が広く行き渡っている.確かにこれは書き言葉の1つの重要な機能であり,それ自体は間違いではない.しかし私は,話し言葉と書き言葉は,言語を表わす2つの独立した媒体と認識している.確かに両者の関係は深いが,原則として互いに独立している.訴えかける感覚も話し言葉は聴覚,書き言葉は視覚と異なっているし,機能においても完全に一致することはあり得ないと考えている.
 話し言葉と書き言葉は原則として互いに独立した媒体であり,ピタッと一致することはあり得ないことを前提としつつ,では英語史では両者はどのくらいかけ離れていたのか,あるいは歩み寄っていたのか,ということを問題としたい.日本語史でいうところの「言文(不)一致」の問題である.
 日本語史と比べればという条件つきの意見だが,英語史においては,英語が書き言葉に付されたとき,それが同時代の話し言葉をどのくらいよく反映していたかと問われれば,「比較的よく」と答えられるように思われる.日本語では変体漢文,漢文訓読文,和漢混淆文など,話し言葉から大きく逸脱した書き言葉が広く用いられてきたが,英語ではそれほどの大きな逸脱はみられなかった.
 英語史の時代でいえば,書き言葉が話し言葉に最も接近していたのは中英語期だったかもしれない.発音がそのまま綴字に乗ったという点でも,書き言葉に威信を与える標準語が存在しなかったという点でも,両媒体は接近していたといえそうだ.
 一方,先立つ古英語期や,後続する近代英語期にかけては,両媒体の距離は相対的に大きかったように思われる.古英語の韻文は「口承文学」とはいえ,同時代の話し言葉を表わしたものとは考えられないし,後期にかけては「ウェストサクソン標準語」も現われ,中英語最初期まである程度の影響力を保った.後期中英語から近代英語期にかけてはラテン語やフランス語などの威信をもった語彙が大量に流入し,書き言葉では同時代の話し言葉よりも水準の高い語彙選択がなされた.このような点について,Schaefer (1285--86) は次のように述べている.

[M]ost of what has come down to us in writing should be considered as influenced by the very medium that allows us to look into these historical linguistic data. However, if we compare the poetic evidence from the early 8th century to the prose evidence from the 12th, it is probably the latter that brings us closest to what may be considered to mirror the spoken language of the respective period. Albeit that the former must have been heavily informed by the pre-Christian oral culture, its form most certainly does not reflect conceptually 'spoken' language. Moreover, English was only firmly reestablished in writing in the 14th and 15th centuries. In that period English in writing obviously profited very much from the literate languages Latin and French . . . . The influence of Latin continued well into the Modern period and hence made the disparity between prose writing in the then establishing standard and the actual spoken language even wider.


 英語史では,むしろ現代にかけて話し言葉と書き言葉の距離が狭まってきているとも考えられる.ラジオ,テレビ,インターネットなどの技術に支えられて,各媒体によるコミュニケーションが劇的に増え,両媒体間の境目も従来ほど明確ではなくなってきていることも関係しているだろう.
 同じ問題意識からの記事として「#3210. 時代が下るにつれ,書き言葉の記録から当時の日常的な話し言葉を取り出すことは難しくなるか否か」 ([2018-02-09-1]) も参照.

 ・ Schaefer, Ursula. "Interdisciplinarity and Historiography: Spoken and Written English --- Orality and Literacy." Chapter 81 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1274--88.

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2021-07-07 Wed

#4454. 英語とイングランドはヴァイキングに2度襲われた [old_norse][norman_conquest][terminology]

 英語史概説の講義などの経験から,英語史上,混同や誤解が生じやすい事項というものがいくつかある.ヴァイキングとノルマン人の関係も,そのうちの1つである.今回は,この分かりにくさを解消したい.まず,英語史上重要な2つの事件について基本事項を整理する.

 (1) 英語史では,8世紀後半から11世紀にかけて北欧出身のヴァイキング (Vikings) あるいはノルド人 (the Norse) がイングランド(とりわけ北部)に侵攻・定住したという出来事について,必須の話題として取り上げられる.このときヴァイキングの母語である古ノルド語 (Old Norse) が英語に多大な影響を及ぼしたからだ.

 (2) 一方,その直後の時期に当たる1066年に,有名なノルマン征服 (Norman Conquest) が起こった.イギリス海峡の南側,フランス北部のノルマンディ (Normandy) に居住していたノルマン人 (Normans) が,アングロサクソン王朝を征服し滅亡させたという大事件である.そのノルマン人のリーダーがノルマンディ公ギヨーム (Guillaume) であり,英語風にいうとウィリアム (William) である.この人物が同年クリスマスにイングランド王として戴冠して,後にウィリアム1世 (William I) と呼ばれるようになった.英語史上重要なのは,ウィリアムを含めたノルマン人がフランス語(正確にはノルマン方言のフランス語)を母語としており,その後の3世紀にわたってイングランドをフランス語支配の下に置いた点にある.この期間に,英語はフランス語からの影響を大きく被ることになった.

 この英語史上重要な2つの事件は,一般には別々の事件としてとらえられているが,それは誤解である.時期的に隣り合わせであることからも示唆される通り,実際にはおおいに関係しているのであり,関連づけて理解しておくことが重要である.各々の事件で「ノルド」と「ノルマン」という似た名前が出てくるが,これも混同されやすい.それも当然で,語源はいずれも "north" に関係するのだ (cf. 「#1568. Norman, Normandy, Norse」 ([2013-08-12-1])).やはり2つの事件を関連づけて理解しておかないと混乱が増す.
 まず重要なポイントは,2つの事件の両方において,イングランドを侵攻・征服したのは北欧出身のヴァイキングだったということだ.つまり,イングランドは歴史上ヴァイキングに2度襲われたと理解しておいてよい.ただし,1度目と2度目のヴァイキングのタイプは,かなり異なっている.1度目のヴァイキングは,北欧から直接やってきたヴァイキング,つまり正真正銘のヴァイキングである.彼らの母語は,英語と同じゲルマン語派に属する古ノルド語だ.英語は西ゲルマン語群,古ノルド語は北ゲルマン語群に属し,少し派閥が異なるが,緩くいえば兄弟のような関係である.
 ところが,2度目のヴァイキングは様子が異なっていた.彼らは,ヴァイキングの末裔ではあったが,長らくフランス北部に住み着き,1066年の征服の頃までにはすっかり古ノルド語を忘れてしまっていたのだ.彼らの母語はすでにフランス語となっており,生活習慣もフランス化していた(フランス語はイタリック語派の言語なので,英語とは大きく異なる).この歴史的背景を略述すると以下の通りである.
 数世代遡った彼らの祖先は確かに正真正銘のヴァイキングだった.この祖先たちは正真正銘のヴァイキングとして,イングランドを襲ったのと同じタイミングでフランス北部も襲っていたのである.フランス北部を攻略したヴァイキングは,その地を獲得し,その代わりにフランス王に臣従を誓った.新しい土地の名は北欧由来であることを示す「ノル」マンディ (Normandy) となり,そこに住み着くことになった人々も北欧由来なので「ノル」マン人 (Normans) と呼ばれるようになった.しかし,その後数世代でノルマン人はすっかり言語も習慣もフランス化してしまった.ウィリアムは血統としてはヴァイキングであるが,事実上フランス人と化していたのである.
 以上をまとめると次のようになる.

事件ファイル事件名時期侵攻者侵攻者の居住地侵攻者の母語
事件 (1)「ヴァイキングの侵攻・定住」8世紀後半から11世紀にかけて正真正銘のヴァイキング北欧(主にデンマーク)古ノルド語
事件 (2)「ノルマン征服」1066年ノルマン人というフランス化したヴァイキングの末裔(リーダーはウィリアム)フランス北部(ノルマンディ)フランス語(ノルマン方言)

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2021-07-06 Tue

#4453. フランス語から借用した単語なのかフランス語の単語なのか? [code-switching][borrowing][loan_word][french][anglo-norman][bilingualism][lexicology][etymology][med]

 主に中英語期に入ってきたフランス借用語について,ラテン借用語と見分けがつかないという語源学上の頭の痛い問題がある.これについては以下の記事で取り上げてきた.

 ・ 「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1])
 ・ 「#848. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別 (2)」 ([2011-08-23-1])
 ・ 「#3581. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (1)」 ([2019-02-15-1])
 ・ 「#3582. 中英語期のフランス借用語,ラテン借用語,"mots savants" (2)」 ([2019-02-16-1])

 では,フランス語か英語かの見分けがつかない語というものはあるだろうか.フランス語と英語は属している語派も異なり,語形は明確に区別されるはずなので,そのような例は考えられないと思われるかもしれない.
 しかし,先のフランス借用語とラテン借用語の場合とは異なる意味合いではあるが,しかと判断できないことが少なくない.語形が似ている云々という問題ではない.語形からすれば明らかにフランス単語なのだ.ただ,その語が現われているテキストが英語テキストなのかフランス語テキストなのか見分けがつかない場合に,異なる種類の問題が生じてくる.もし完全なる英語テキストであればその語はフランス語から入ってきた借用語と認定されるだろうし,完全なるフランス語テキストであればその語は純然たるフランス語の単語であり,英語とは無関係と判断されるだろう.これは難しいことではない.
 ところが,現実には英仏要素が混じり合い,いずれの言語がベースとなっているのかが判然としない "macaronic" な2言語テキストなるものがある.いわば,書かれた code-switching の例だ.そのなかに出てくる,語形としては明らかにフランス語に属する単語は,すでに英語に借用されて英語語彙の一部を構成しているものなのか,あるいは純然たるフランス単語として用いられているにすぎないのか.明確な基準がない限り,判断は恣意的になるだろう.英仏語のほかラテン語も関わってきて,事情がさらにややこしくなる場合もある.この問題について,Trotter (1790) の解説を聞こう.

Quantities of medieval documents survive in (often heavily abbreviated) medieval British Latin, into which have been inserted substantial numbers of Anglo-French or Middle English terms, usually of course substantives; analysis of this material is complicated by the abbreviation system, which may even have been designed to ensure that the language of the documents was flexible, and that words could have been read in more than one language . . ., but also by the fact that in the later period (that is, after around 1350) the distinction between Middle English and Anglo-French is increasingly hard to draw. As is apparent from even a cursory perusal of the Middle English Dictionary (MED, Kurath et al. 1952--2001) it is by no means always clear whether a given word, listed as Middle English but first attested in an Anglo-French context, actually is Middle English, or is perceived as an Anglo-French borrowing.


 2言語テキストに現われる単語がいずれの言語に属するのかを決定することは,必ずしも簡単ではない.ある言語の語彙とは何なのか,改めて考えさせられる.関連して以下の話題も参照されたい.

 ・ 「#2426. York Memorandum Book にみられる英仏羅語の多種多様な混合」 ([2015-12-18-1])
 ・ 「#1470. macaronic lyric」 ([2013-05-06-1])
 ・ 「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1])
 ・ 「#1941. macaronic code-switching としての語源的綴字?」 ([2014-08-20-1])
 ・ 「#2271. 後期中英語の macaronic な会計文書」 ([2015-07-16-1])
 ・ 「#2348. 英語史における code-switching 研究」 ([2015-10-01-1])

 ・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1]

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2021-07-05 Mon

#4452. Olivia, Emma, Ava --- 昨今アメリカで人気の女の子の命名ベスト3 [personal_name][onomastics][etymology]

 Top 1,000 Baby Girl Names in the U.S. 2021 によると,新しく生まれた女児につける名前として人気のベスト3は,標題の通り Olivia, Emma, Ava だったという.-a 語尾は伝統的に女性名と関連づけられており納得できるのだが,人名としては4音節となかなか長い Olivia が1位とは驚いた.
 ベスト3の名前について,The Wordsworth Dictionary of First Names より記述を引用する.

Olivia (f)
Originally the Italian form of Olive but long considered as a name in its own right with romantic and aristocratic associations. Olivia is one of the heroines in Shakespeare's Twelfth Night and in Goldsmith's The Vicar of Wakefield (1766). Olivia Newton-John is an Australian actress-singer.
Familiar form: Livy.


Emma (f)
From Germanic meaning 'whole' or 'universal'. Popular throughout the ages from the 11th century, when Ethelred's Queen bore it, to today when it is often twinned with other names, as in: Emma Jane. Famous bearers include Nelson's mistress, Lady Emma Hamilton and the heroine of Jane Austen's novel Emma (1815).
Familiar forms: Em, Emmie.


Ava (f) [ay-va, ah-va]
In addition to being a familiar form of Gustava, this can be another form of Eva, reflecting the way Eva is pronounced in many European countries. Ava Gardner, film star in the 1940s, popularized the name, though her name tended to be pronounced to rhyme with Java.


 語源としては,たまたまだろうが各々ラテン・イタリア語,ゲルマン語,ヘブライ語とバラバラなのが英語(人名)の一般的な雑種性を物語っているようでおもしろい.宗教絡みのものも,そうでないものもあり,その点でも多様である.
 いつの時代にも,子の名づけには親の希望が込められている.だからこそ,どの言語においても人名 (personal_name),とりわけ first name の話題は普遍的に関心をもたれるのだろう.参考までに,英語の人名については以下の記事などが導入となるはずである.

 ・ 「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1])
 ・ 「#2557. 英語のキラキラネーム,あるいはキラキラスペリング」 ([2016-04-27-1])
 ・ 「#4367. 「英語の人名」の記事セット」 ([2021-04-11-1])

 ・ The Wordsworth Dictionary of First Names. Ware: Wordsworth Editions, 1995.

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2021-07-04 Sun

#4451. フランス借用語のピークは本当に14世紀か? [french][loan_word][borrowing][statistics][lexicology][hybrid][personal_name][onomastics][link]

 中英語期にフランス語からの借用語が大量に流入したことは,英語史ではよく知られている.とりわけ中期から後期にかけて,およそ1250--1400年の時期に,数としてピークに達したことも,英語史概説書では広く記述されてきた.本ブログでも以下の記事などで,幾度となく取り上げてきた話題である.

 ・ 「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1])
 ・ 「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1])
 ・ 「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1])
 ・ 「#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点」 ([2013-10-21-1])
 ・ 「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1])
 ・ 「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1])
 ・ 「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1])
 ・ 「#2385. OED による古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1])
 ・ 「#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強でかつ重要語」 ([2020-08-25-1]),

 フランス借用語の数についていえば,OED などを用いた客観的な調査に裏づけられた事実であり,上記の「定説」に異論はない.しかし,当然ながらすべて書き言葉に基づく調査結果であることに注意が必要である.もし話し言葉におけるフランス借用語のピークを推し量ろうとするならば,ピークはもっと早かった可能性が高い.Trotter (1789) が次のように論じている.

In charting the chronology of the process, we are again at the mercy of the documentary evidence. The key period of lexical transfer appears to be the 14th century; but that may be, as much as anything else, because of the explosion of available documentation in both Anglo-French and, more particularly, Middle English at that time. In other words, the real dates of the transfers may not be the dates at which they are documented. Some evidence that this is not so is available in the form of English surnames, of Anglo-French origin . . . , and indeed in the capacity of some early Middle English texts to generate hybrids from Anglo-French and Middle English (forpreiseð; propreliche; priveiliche from Ancrene Wisse . . .).


 1つは,一般的にピークとされてきた14世紀は,たまたま書き言葉の記録が多く残された時代であり,そのためにフランス借用語の規模も大きく見えがちになるということだ.
 もう1つは,書き言葉に初出した年代をもって,そのまま英語に初出した年代と理解することはできないということだ(cf. 「#2375. Anglo-French という補助線 (2)」 ([2015-10-28-1])).普通の語ではなく姓(人名)として借用されたフランス語要素を考え合わせるならば,より早い時期に入っていた証拠がある.また,初期中英語期に文証される混種語の存在は,通常のフランス借用語が当時までにそれだけ多く流通していたことを示唆する(cf. 「#96. 英語とフランス語の素材を活かした 混種語 ( hybrid )」 ([2009-08-01-1])).
 英語史におけるフランス借用語のピークは,書き言葉の証拠から量的に調査した限りにおいては,従来通りに14世紀といってよいが,話し言葉を含めた実態としては,それより早い時期にあったものと推測されるのである.

 ・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1]

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2021-07-03 Sat

#4450. 中英語期は,英語とフランス語が共存・接触した時代 [french][contact][anglo-norman][bilingualism][reestablishment_of_english][historiography][language_myth][linguistic_ideology]

 伝統的な英語史記述では,中英語期は英語が(アングロ)フランス語のくびきの下にあった時代として描かれる.1066年のノルマン征服の結果,英語はイングランド社会において自律性を失い,代わってフランス語が「公用語」となった.しかし,12世紀以降,英語の復権はゆっくりではあるが着実に進み,14世紀後半には自律性を回復するに至った.このように,中英語期に関しては,浮かんでいた英語がいったん沈み,再び浮かび上がる物語として叙述されるのが常である.
 しかし,Trotter (1782) は,このような中英語期の描き方は神話に近いものだと考えている.当時の英語と(アングロ)フランス語の関係は,浮き沈みの関係,あるいは時間軸に沿って交替した関係ではなく,むしろ共存・接触の関係とみるべきだと主張する.この時代にフランス語が英語に与えた言語的影響を考察する上でも,共存・接触関係を前提とすることが肝要だと説く.

In much which is still being written on the history of medieval English, the specialist scholarship from the Anglo-French perspective has not been taken into account. Even in quite recent publications, Middle English scholarship continues to recycle a history of Anglo-French to which Anglo-French specialists would no longer subscribe. A particular example in the persistence of the traditional "serial monolingualism" model . . ., according to which Anglo-Saxon gives way to Anglo-French, pending the revival of Middle English, with each language succeeding the other. Born out of the 19th-century nationalist ideology which accompanied and prompted the emergence of philology in England and elsewhere . . ., this model ignores the reality of the long-term coexistence of languages, and of language contact . . . . Prominent amongst the areas in which language contact, going far beyond the limited "cultural borrowing" model, is evident, are (a) wholesale lexical transfer, (b) language mixing, (c) morphosyntactic hybridization, and (d) syntactic/idiomatic influences.


 確かに中英語期にフランス語が英語に与えた言語的影響の話題を導入する場合,まずもって文化語の借用から話しを始めるのが定番だろう.典型的には「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]) や「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) などを提示するということだ.しかし,そこで止まってしまうと,両言語の接触に関して表面的な理解しか得られずに終わることになる.一歩進んで,引用の (a), (b), (c), (d) のような,より深い言語的影響があったことまで踏み込みたいし,さらに一歩進んで両言語の関係が長期にわたる共存・接触の関係だったことに言及したい.

 ・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.

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2021-07-02 Fri

#4449. ギリシア語の英語語形成へのインパクト [greek][loan_word][borrowing][compounding][compound][word_formation][register][combining_form]

 英語語彙史におけるギリシア語 (greek) の役割は,ラテン語,フランス語,古ノルド語のそれに比べると一般的には目立たないが,とりわけ医学や化学などの学術レジスターに限定すれば,著しく大きい.本ブログでも様々に取り上げてきたが,以下に挙げる記事などを参照されたい.

 ・ 「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1])
 ・ 「#552. combining form」 ([2010-10-31-1])
 ・ 「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1])
 ・ 「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1])
 ・ 「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1])
 ・ 「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1])
 ・ 「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1])
 ・ 「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1])
 ・ 「#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について」 ([2020-10-17-1])

 Joseph (1720) が,英語とギリシア語の歴史的な関係について次のように総論的にまとめている.

English and Greek share some affinity in that both are members of the Indo-European language family, but within Indo-European, they are not particularly closely related. Nor is it the case that at any point in their respective prehistories were speakers of Greek and speakers of English in close contact with one another, and such is the case throughout most of historical times as well. Thus the story of language contact involving English and Greek is actually a relatively brief one.
   However, the languages have not been inert over the centuries with respect to one another and some contact effects can be discerned. For the most part, these involve loanwords, as there are essentially no structural effects . . . and in many, if not most, instances, as the following discussion shows, the loans are either learned borrowings that do not even necessarily involve overt speaker-to-speaker contact, or ones that only indirectly involve Greek, being ultimately of Greek origin but entering English through a different source.


 近代英語期以降に,ギリシア語とその豊かな語形成が本格的に英語に入ってきたとき,確かにそれは専門的なレジスターにおける限定的な現象だったといえばそうではあるが,やはり英語の語形成に大きなインパクトを与えたといってよいだろう.極端な例として encephalograph (脳造影図)を取り上げると,これはギリシア語に由来する encephalon (脳) + graph (図)という2つの連結形 (combining_form) から構成される.これを基に encephalography, electroencephalography, electroencephalographologist などの関連語を「英語側で」簡単に生み出すことができたのである.
 化学用語においても然りで,1,3-dimethylamino-3,5-propylhexedrine といった(私の理解を超えるが)そのまま化学記号に相当する「複合語」を生み出すこともできる.ちなみに,完全にギリシア語要素のみからなる化学物質の名称として bromochloroiodomethane なる語がある (Joseph (1722)) .
 さらに,もう少し専門的な形態論の立場からいえば,ギリシア語要素による語形成は,本来の英語の語形成としては比較的まれだった並列複合語 (dvandva/copulative/appositional compound) の形成を広めたという点でも英語史的に意義がある.例えば otorhinolaryngologist (耳鼻咽喉科医)は,文字通り「鼻・耳・咽喉・科・医(者)」の意である.
 dvandva compound については,「#2652. 複合名詞の意味的分類」 ([2016-07-31-1]),「#2653. 形態論を構成する部門」 ([2016-08-01-1]) を参照.

 ・ Joseph, Brian D. "English in Contact: Greek." Chapter 109 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1719--24.

Referrer (Inside): [2023-02-28-1]

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2021-07-01 Thu

#4448. 中英語のイングランド海岸諸方言の人称代名詞 es はオランダ語からの借用か? [personal_pronoun][me_dialect][dutch][borrowing][clitic]

 標題は,「#3701. 中英語の3人称複数対格代名詞 es はオランダ語からの借用か? (1)」 ([2019-06-15-1]) および「#3702. 中英語の3人称複数対格代名詞 es はオランダ語からの借用か? (2)」 ([2019-06-16-1]) で取り上げてきた話題である.
 一般にオランダ語が英語に及ぼした文法的影響はほとんどないとされるが,その可能性が疑われる稀な言語項目として,中英語のイングランド海岸諸方言で行なわれていた人称代名詞の es が指摘されている(ほかに「#140. オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」 ([2009-09-14-1])も参照).
 このオランダ語影響説について,Thomason and Kaufman (323) が興奮気味の口調で紹介し解説しているので,引用しよう.

[T]here was a striking grammatical influence of Low Dutch on ME that is little known, because though introduced sometime before 1150, it is found in certain dialects only and disappeared by the end of the fourteenth century . . . .
   In the Lindsey (Grimsby?), Norfolk, Essex, Kent (Canterbury and Shoreham), East Wessex (Southampton?), and West Wessex (Bristol?) dialects of ME, attested from just before 1200 down to at least 1375, there occurs a pronoun form that serves as the enclitic/unstressed object form of SHE and THEY. Its normal written shape is <(h)is> or <(h)es>, presumably /əs/; one text occasionally spells <hise>. This pronoun has no origin in OE. It does have one in Low Dutch, where the unstressed object form for SHE and THEY is /sə/, spelled <se> (this is cognate with High German sie). If the ME <h> was ever pronounced it was no doubt on the analogy of all the other third person pronoun forms of English. We do not know whether Low Dutch speakers settled in sizable numbers in all of the dialect areas where this pronoun occurs, but there is one striking correlation: all these dialect areas abut on the sea . . ., and after 1070 the seas near Britain, along with their ports, were the stomping grounds of the Flemings, Hollanders, and Low German traders. These facts should remove all doubt as to whether this pronoun is foreign or indigenous (and just happened not to show up in any OE texts!).


 引用の最後で述べられている通り,「疑いがない」というかなり強い立場が表明されている.p. 325 では "this clear instance of structural borrowing from Low Dutch into Middle English" とも述べられている.仮説としてはとてもおもしろいが,先の私の記事でも触れたように,もう少し慎重に論じる必要があると思われる.West Midland の内陸部でも事例が見つかっており,同説を簡単に支持することはできないからだ.連日引用してきた Hendriks (1668) も,Thomason and Kaufman のこの説には懐疑的な立場を取っており,論題として取り上げていないことを付言しておきたい.

 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

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最終更新時間: 2024-12-16 08:44

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