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abduction - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-11-19 17:34

2011-06-20 Mon

#784. 歴史言語学は abductive discipline [abduction][language_change]

 [2011-04-24-1]の記事「語源学の自律性」で触れた abduction(仮説形成)という推論は,語源学ばかりでなく歴史言語学全体に当てはまる.言語変化の「なぜ」の問題に対する歴史言語学者の態度は,とりわけ abductive にならざるをえない.多くの場合,その解はおそらく複合的である.すべての要因を網羅することはできないし,要因間の関係や各要因の重みを明らかにすることもしばしば困難である.それでも,あえて最重要と思われるいくつかの要因を取り出し,それに焦点を当て,合理的な説明を試みるのが歴史言語学の役目である.
 以下の一節を書いたことがある.

It is to be admitted that any answers to the "how" and "why" will only be plausible or provisional because historical linguistics is an abductive discipline (Andersen; Anttila 196--98, 285--86). This means that the suggested description and explanation of the language change is a reasoned inference made with reference to universals such as human experience, human nature, and culture, and to observed facts. The number of possible inferences made in this way is theoretically infinite, and therefore the best that historical linguists can offer is a subset of the theoretically possible descriptions and explanations. Being methodologically abductive, historical linguistics is different from natural science; it is no less tempting, however, to make such inferences in historical linguistics since it allows for different interpretations for a phenomenon. (Hotta 3)


 そもそもすべての言語変化に原因・理由があるのか,あるとすればその原因・理由のレベルは生理的か,社会的か,その他か.歴史言語学として,どこまで明らかにできるのか.この問い自体が茫洋としており,心許ない.しかし,ある言語変化の原因・理由を巡って様々な論が提出されること,abductive に議論が進められることこそが,歴史に関わる分野の魅力である.歴史言語学の発展は,演繹 (deduction) でも帰納 (induction) でもなく,かつ恣意的でもない推論としての abduction にかかっている.改めて,abduction の推論の形式は以下の通り(米森, p. 54).

驚くべき事実Cが観察される、
しかしもしHが真であれば,Cは当然の事柄であろう、
よって,Hが真であると考えるべき理由がある。


 ・ Andersen, Henning. "Abductive and deductive change." Language 49 (1873): 765-93.
 ・ Anttila, Raimo. Historical and Comparative Linguistics. Rev. ed. Amsterdam: Benjamins, 1989.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
 ・ 米森 裕二 『アブダクション 仮説と発見の論理』 勁草書房,2009年.

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2011-04-24 Sun

#727. 語源学の自律性 [etymology][abduction]

 語源学という分野の自律性については,[2010-08-06-1]の記事「語源学は技芸か科学か」で取り上げ,語源学の[2011-04-17-1]の記事「レトリック的トポスとしての語源」で再度言及した.言語学における語源学の位置づけは不安定で,評価が定まらない.語源学の使命は語の語源や語史を明らかにすることだが,そこで得られる知見は単発的で散発的になりがちである.語源の知見は,その語にまつわる基本的な情報を言語学の他の分野に提供する点で有益である.しかし,有益ではあってもそれだけでは補助的な役割に終始してしまい,分野としての自律性は確保されない.語源は多くの人々の関心を惹くし,言語に最も深い関心を寄せている言語学者にとって魅力の宝庫なのだが,それだけに語源学が必ずしも自立的な分野とみなされていないことは残念である.
 一般に,語源学を言語学の諸分野の中に位置づければ,語彙論の下位部門に入れられることになろう.しかし,「通時的語彙論」とでも呼びうるこの語源学には,一般の語彙論には見られないいくつかの特徴がある.Malkiel (200--01) は4特徴を挙げ,これこそが語源学の autonomy の根拠であると主張する.以下にその4点を私の言葉で要約してみる(原文の引用はこのページのHTMLソースを参照).

 (1) 語源探求には古代より尊ぶべき長い伝統があり,言語や語彙の関心に限定されず,広く人間の営みと関連づけられてきた.
 (2) 語源探求は,文法など他の構造的な言語研究に従事する場合とはまったく異なる発想を要する abductive discipline である.
 (3) 語源探求は,語彙論の1分野として形態と意味の両方,さらに意味を介して語と実世界との関係に注意を払うが,特に形態的な側面(音韻論や派生)に関心を集中させてきた経緯があり,その点で一日の長がある.
 (4) 語源探求では,他分野以上に断片的な証拠と向かい合うことを強要されるが,この慢性的証拠不足という事情こそが,研究者の情熱をかき立て,同時に研究者を離反させる要因なのである.

 この4点は,いずれも語源学の魅力こそ語っているが,独立した分野としての地位を与えるにはパンチが弱いというのが,私の印象である.それでも語源学のポジティヴな可能性を見いだそうとするのであれば,(2) の abductive な性質に期待したい.Malkiel が "creative etymology" (201) と呼んでいるように,語源探求の方法論は演繹 (deduction) でも帰納 (induction) でもなく,仮説形成 (abduction) である.Charles S. Peirce (1839--1914) の主張する科学の発見はおよそ abductive であり,同じことは言語学にも語源学にもあてはまるはずだ.ただし,abduction の原理が科学で広く受け入れられない限り,abduction に立脚した語源学が自律性を獲得することも難しいのかもしれない.
 abduction とは,次のように定式化される推論の形式のことである(米森, p. 54).

驚くべき事実Cが観察される、
しかしもしHが真であれば,Cは当然の事柄であろう、
よって,Hが真であると考えるべき理由がある。



 ・ Malkiel, Yakov. "Etymology and General Linguistics." Word 18 (1962): 198--219.
 ・ 米森 裕二 『アブダクション 仮説と発見の論理』 勁草書房,2009年.

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