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toponymy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2023-06-09 09:14

2023-04-06 Thu

#5092. 商標言語学と英語史・歴史言語学の接点 [trademark][goshosan][youtube][voicy][heldio][link][semantics][semantic_change][metaphor][metonymy][synecdoche][rhetoric][onomastics][personal_name][toponymy][eponym][sound_symbolism][phonaesthesia][capitalisation][linguistic_right][language_planning][semiotics][punctuation]

 昨日までに,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」や YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を通じて,複数回にわたり五所万実さん(目白大学)と商標言語学 (trademark linguistics) について対談してきました.

[ Voicy ]

 ・ 「#667. 五所万実さんとの対談 --- 商標言語学とは何か?」(3月29日公開)
 ・ 「#671. 五所万実さんとの対談 --- 商標の記号論的考察」(4月2日公開)
 ・ 「#674. 五所万実さんとの対談 --- 商標の比喩的用法」(4月5日公開)

[ YouTube ]

 ・ 「#112. 商標の言語学 --- 五所万実さん登場」(3月22日公開)
 ・ 「#114. マスクしていること・していないこと・してきたことは何を意味するか --- マスクの社会的意味 --- 五所万実さんの授業」(3月29日公開)
 ・ 「#116. 一筋縄ではいかない商標の問題を五所万実さんが言語学の切り口でアプローチ」(4月5日公開)
 ・ 次回 #118 (4月12日公開予定)に続く・・・(後記 2023/04/12(Wed):「#118. 五所万実さんが深掘りする法言語学・商標言語学 --- コーパス法言語学へ」

 商標の言語学というのは私にとっても馴染みが薄かったのですが,実は日常的な話題を扱っていることもあり,関連分野も多く,隣接領域が広そうだということがよく分かりました.私自身の関心は英語史・歴史言語学ですが,その観点から考えても接点は多々あります.思いついたものを箇条書きで挙げてみます.

 ・ 語の意味変化とそのメカニズム.特に , metonymy, synecdoche など.すると rhetoric とも相性が良い?
 ・ 固有名詞学 (onomastics) 全般.人名 (personal_name),地名,eponym など.これらがいかにして一般名称化するのかという問題.
 ・ 言語の意味作用・進化論・獲得に関する仮説としての "Onymic Reference Default Principle" (ORDP) .これについては「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]) を参照.
 ・ 記号論 (semiotics) 一般の諸問題.
 ・ 音象徴 (sound_symbolism) と音感覚性 (phonaesthesia)
 ・ 書き言葉における大文字化/小文字化,ローマン体/イタリック体の問題 (cf. capitalisation)
 ・ 言語は誰がコントロールするのかという言語と支配と権利の社会言語学的諸問題.言語権 (linguistic_right) や言語計画 (language_planning) のテーマ.

 細かく挙げていくとキリがなさそうですが,これを機に商標の言語学の存在を念頭に置いていきたいと思います.

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2023-04-04 Tue

#5090. 人名ベースの造語は eponym だが,では地名ベースの造語は何と呼ぶ? [eponym][toponymy][onomastics][personal_name][etymology][metonymy][semantic_change][word_formation][lexicology][terminology]

 昨日の記事「#5089. eponym」 ([2023-04-03-1]) で,etymon が人名 (personal_name) であるような語について考察した(etymon という用語については「#3847. etymon」 ([2019-11-08-1]) を参照).ところで,人名とともに固有名詞学 (onomastics) の重要な考察対象となるのが地名 (place-name, toponym) である.とすれば,当然予想されるのは,etymon が地名であるような語の存在である.実際,国名というレベルで考えるだけでも japan (漆器),china (磁器),turkey (七面鳥)などがすぐに思い浮かぶ(cf. heldio 「#626. 陶磁器の china と漆器の japan --- 産地で製品を表わす単語たち」「#625. Turkey --- トルコと七面鳥の関係」).
 このような地名に基づいて作られた語も多くあるわけだが,これを何と呼ぶべきか.eponym はあくまで人名ベースの造語に与えられた名前である.toponymplace-name に対応する術語であり,やはり「地名」に限定して用いておくほうが混乱が少ないだろう.Crystal (165) は,このように少々厄介な事情を受けて,"eponymous places" と呼ぶことにしているようだ(これでも少々分かりくいところはあることは認めざるを得ない).Crystal が列挙している "eponymous places" の例を再掲しよう.

alsatian: Alsace, France.
balaclava: Balaclava, Crimea.
bikini: Bikini Atoll, Marshall Islands.
bourbon: Bourbon County, Kentucky.
Brussels sprouts: Brussels, Belgium.
champagne: Champagne, France.
conga: Congo, Africa.
copper: Cyprus.
currant: Corinth, Greece.
denim: Nîmes, France (originally, serge de Nîm).
dollar: St Joachimsthal, Bohemia (which minted silver coins called joachimstalers, shortened to thalers, hence dollars).
duffle coat: Duffel, Antwerp.
gauze: Gaza, Israel.
gypsy: Egypt.
hamburger: Hamburg, Germany.
jeans: Genoa, Italy.
jersey: Jersey, Channel Islands.
kaolin: Kao-ling, China.
labrador: Labrador, Canada.
lesbian: Lesbos, Aegean island.
marathon: Marathon, Greece.
mayonnaise: Mahó, Minorca.
mazurka: Mazowia, Poland.
muslin: Mosul, Iraq.
pheasant: Phasis, Georgia.
pistol: Pistoia, Italy.
rugby: Rugby (School), UK.
sardine: Sardinia.
sherry: Jerez, Spain.
suede: Sweden.
tangerine: Tangier.
turquoise: Turkey.
tuxedo: Tuxedo Park Country Club, New York.
Venetian blind: Venice, Italy.


 いくらでもリストを長くしていけそうだが,全体として飲食料,衣料,工芸品などのジャンルが多い印象である.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

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2022-05-17 Tue

#4768. 呼び名変更のビフォーとアフター,変更の経緯を記憶・記録しておきたい [toponymy][onomastics][political_correctness]

 5月15日の読売新聞朝刊7面に「「認知症」と「キーウ」…呼び名を変えた意味と重み」と題するコラムが載っていた.その議論にたいへん共感した.  *
 日本政府は3月末,ウクライナの首都の慣習的な呼び名だった「キエフ」を「キーウ」と呼び変えることを決定した.ロシア語の発音ではなく,ウクライナ語の発音に沿った方向での変更である.地名は現地語での読み方を採用するのが筋であるという議論は常にあったにせよ,なぜこのタイミングで変更したのかと問えば,答えは明らかだろう.日本政府がロシアのウクライナ侵攻に異を唱え,ウクライナを支援することを決定したからである.合わせて「オデッサ」は「オデーサ」へ,「チェルノブイリ」は「チョルノービリ」へと変わった.同様に,モルドヴァの首都もロシア語に基づく「キシニョフ」からルーマニア語に基づく「キシナウ」に呼び変える方向で調整が進んでいるという.要するに,今回の一連の地名の呼び名変更は,きわめて政治的な性格をもつのだ.
 先のコラムは,「痴呆」や「ぼけ」から「認知症」への呼び名変更を引き合いに出しながら,次のように議論している.

新たな呼び名が定着して当たり前になってくると,「なぜわざわざ変えたのか?」は注目されなくなる可能性がある.
 実際,認知症という言葉が生まれた事情を知る人は,今はもう多くないと思われる.では,言葉を切り替えた意味(負のイメージを払拭する)は,社会に引き継がれているだろうか.
 「残念ながら,そこは十分ではない」と,相模原市認知症疾患医療センター長を務める大石智医師(47)は指摘する.たとえば,認知症の症状がある人のことを「ニンチ」と表現する向きがある.そこには,その人を軽んじる雰囲気も読み取れる.負のイメージを払拭するために言葉を変えたのに,今は認知症という新たな言葉に負のレッテルを貼ってしまう危険がある.


 公的な呼び名の変更は,その時々の社会的・政治的な思惑の産物であることが多い.基本的にはその時々で PC (= political_correctness) の観点から「より良い」呼び名が選ばれ,古い呼び名はたいてい廃用となっていく.この点だけみれば概ね「改善」といってよいかもしれないが,古い表現が消えてしまえば,なぜ呼び名の変更が必要だったのかという理由も,どのように呼び名が変更されたのかという過程も,ともに忘れ去られてしまうだろう.何がどう「改善」したのかが,人々の記憶から消えていってしまうのである.すると,ある程度の時間を経た後に,それらの新表現に関して同じような呼び名の問題が再び生じた場合に,かつての経験や反省を活かすことはできないだろう.
 今後「キーウ」を使っていくことは重要だと考える.しかし,それと同じくらい重要なのは,「キエフ」をやめて「キーウ」に変更したのだという過程の記憶である.ただし,人間の記憶は当てにならないので,やはり記録しておき,折に触れて記録を取り出し,示していくことが大事だろう.
 同じ趣旨の記事として「#4105. 銅像破壊・撤去,新PC,博物館」 ([2020-07-23-1]) も参照されたい.

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2022-03-22 Tue

#4712. 英語地名研究の意義 [onomastics][geography][toponymy][anglo-saxon][oe][old_norse][history][personal_name]

 地名に関する言語研究は toponymy (地名学)の各記事で取り上げてきた.地名は人名と合わせて固有名詞の双璧をなすが,これらは言語学的には特異な振る舞いを示す(cf. 「#4249. 固有名詞(学)とその特徴」 ([2020-12-14-1]),「#4538. 固有名の地位」 ([2021-09-29-1])).
 英語地名はそれだけで独自の研究領域を構成するが,その研究上の意義は思いのほか広く,予想される通り英語史にも大きなインパクトを与え得る.もちろん英語史の領域にとどまるわけでもない.Ekwall (xxix-xxxiv) より,地名研究の意義6点を指摘しよう.

 1. Place-names embody important material for the history of England. (例えば,イングランドのスカンディナヴィア系の地名は,スカンディナヴィア系植民地に関する重要な情報を与えてくれる.)
 2. Place names have something to tell us about Anglo-Saxon religion and belief before the conversion to Christianity. (例えば,Wedenesbury という地名は Wōden 信仰についてなにがしかを物語っている.)
 3. Some place-names indicate familiarity with old heroic sagas in various parts of England. (例えば,『ベオウルフ』にちなむ Grendels mere 参照.)
 4. Place-names give important information on antiquities. (例えば,Stratford という地名はローマン・ブリテン時代の道 stræt を表わす.)
 5. Place-names give information on early institutions, social conditions, and the like. (例えば,Kingston という地名は,王領地であったことを示唆する.)
 6. Place-names are of great value for linguistic study.
   (a) They frequently contain personal names, and are therefore a source of first-rate importance for our knowledge of the Anglo-Saxon personal nomenclature. (例えば,Godalming という地名の背後には Godhelm という人名が想定される.)
   (b) Place-names contain many old words not otherwise recorded. They show that Old Englsih preserved several words found in other Germanic languages, but not found in Old English literature. (例えば,Doiley という地名は,古英語では一般的に文証されていない diger "thick" の存在を示唆する.)
   (c) Place-names often afford far earlier references for words than those found in literature. (例えば,dimple という語は OED によると1400年頃に初出するとされるが「くぼ地」を意味する地名要素としては1205年頃に現われる.)
   (d) the value of place-names for the history of English sounds. (例えば,StratfordStretford の母音の違いにより,サクソン系かアングル系かが区別される.)

 英語地名は独立した研究領域を構成しており,なかなか入り込みにくいところがあるが,以上のように英語史にとっても重要な分野であることが分かるだろう.

・ Ekwall, Bror Oscar Eilert. The Concise Oxford Dictionary of English Place-Names. 4th ed. Oxford: Clarendon, 1960. 1st ed. 1936.

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2021-09-29 Wed

#4538. 固有名の地位 [onomastics][toponymy][personal_name][semantics][noun][category][linguistics][semiotics][sign]

 あまりにおもしろそうで,手を出してしまったら身を滅ぼすことになるかもしれないという分野がありますね.私にとって,それは固有名詞学 (onomastics) です.端的にいえば人名や地名の話題です.泥沼にはまり込むことが必至なので必死で避けているのですが,数年に一度,必ずゼミ生がテーマに選ぶのです.たいへん困ります.困ってしまうほど,私にとって磁力が強いのです.
 固有名詞の問題,要するに「名前」の問題ほど,言語学において周辺的な素振りをしていながら,実は本質的な問題はありません.言葉は名前に始まり名前に終わる可能性があるからです (cf. 「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) で触れた "Onymic Reference Default Principle" (ORDP)).
 そもそも固有名詞というのは,言語の一部なのかそうでないのか,というところからして問題になるのが悩ましいですね.タモリさんではありませんが,私が「パリ,リヨン,マルセーユ,ブルゴーニュ」と上手なフランス語の発音で言えたとしても,フランス語がよく話せるということになりません.そもそも地名はフランス語なのかどうなのかという問題があるからです (cf. 「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1])).
 英語史のハンドブックに,Coates による固有名詞学に関する章がありました.その冒頭の「固有名の地位」と題する1節より,最初の段落を引用します (312) .

The status of proper names
   Names is a technical term for a subset of the nominal expressions of a language which are used for referring ('identifying or selecting in context') and, in some cases, for addressing a partner in communication. Nominal expressions are in general headed by nouns. According to one of the most ancient distinctions in linguistics, nouns may be common or proper, which has something to do with whether they denote a class or an individual (e.g. queen vs Victoria), where individual means a single-member set of any sort, not just a person. Much discussion has taken place about how this distinction should be refined to be both accurate and useful, for instance by addressing the obvious difficulty that a typical proper noun denoting persons may denote many separate individuals who bear it, and that common nouns may refer to individuals by being constructed into phrases (the queen). I will leave the concept [賊proper], applied to nouns, for intuitive or educated recognition before returning to discussion of the inclusive concept of proper names directly. Proper nouns have no inherent semantic content, even when they are homonymous with lexical words (Daisy, Wells), and many, perhaps all, cultures recognise nouns whose sole function is to be proper (Sarah, Ipswich). Typically they have a unique intended referent in a context of utterance. Proper names are the class of such proper nouns included in the class of all expressions which have the properties of being devoid of sense and being used with the intention of achieving unique reference in context. Onomastics is the study of proper names, and concentrates on proper nouns; I shall confine the main subject-matter of this chapter to the institutionalised proper nouns associated with English and, in accordance with ordinary usage, I shall call them proper names or just names. Readers should note that strictly speaking these are a subset of proper names, and from time to time other members of the larger set will be discussed. There is some evidence from aphasiology and cognitive neuropsychology that institutionalised proper nouns --- especially personal names --- form a psychologically real class . . . .


 これだけでおもしろそうと感じた方は,仲間かもしれません.ぜひ章全体を読んでみてください.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

Referrer (Inside): [2022-03-22-1]

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2021-03-29 Mon

#4354. 擬人法の典型例 [personification][metaphor][rhetoric][stylistics][literature][toponymy]

 昨日の記事「#4353. 擬人法」 ([2021-03-28-1]) に引き続き,擬人法 (personification) について.昨日からもう少し調べてみているが,擬人法の言語学的な扱いはやはり少ないようだ.あくまで修辞学や詩学の領域にとどまっている.今回は『大修館英語学事典』 (844) より,詩語の1特徴としての擬人法の解説を引用する.伝統的で典型的な例が挙げられているので,参照用に便利.

擬人法
 擬人法 (personification) も好んで用いられた技法である.言うまでもなく人間でないものを人間(時に神)にたとえて表現するものである.
a) 自然現象を神話の神の名で表現する
 Zephyr (西風),Phoebus (太陽),Cynthia (月),Diana (月),Apollo (太陽),Neptune (海),Boreas (北風),Hesper (宵の明星),など.
b) 抽象名詞の擬人化
 たとえば 'ambitious people' という時 'Ambition' にように表現するもので,一種の寓意的表現である.
 Gladness danc'd along the sky---Thompson, Epithalanium (喜びは空を踊りながら進んで行った) / Let not Ambition mock their useful toils---Gray, Elegy Written in a Country Church-Yard (野心をして彼らの有益な労役を侮らせるなかれ) / O stretch thy reign, fair Peace---Pope, Windsor Forest (うるわしの平和よ,汝の領土を広げよ).
c) 地名または一般の事物の擬人化
 That Thame's glory to the stars shall rise!---Pope, Windsor Forest (テムズの栄光よ星まで届け) / Thy forest, Windsor!---Pope, ibid. (汝の森,ウインザーよ) / And weary waves, withdraw[n]ing from the Fight, die lull'd and panting on the silent Shore (疲れた波は戦いより退きて,物言わぬ岸の上でなだめられ,あえぎながらその身を横たえる).


 ・ 松浪 有,池上 嘉彦,今井 邦彦(編) 『大修館英語学事典』 大修館書店,1983年.

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2020-12-14 Mon

#4249. 固有名詞(学)とその特徴 [onomastics][toponymy][toponym][personal_name][patronymy]

 固有名詞学 (onomastics) と関連して,本ブログでは地名 (toponym) や人名 (personal_name) の話題を様々に取り上げてきた.一般語と異なり,固有名詞には特有の性質があり,言語体系においても言語研究においてもその位置づけは特殊である.
 特徴のいくつかについて「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]) や「#2397. 固有名詞の性質と人名・地名」 ([2015-11-19-1]) で論じた.そこで指摘したとりわけ重要な特徴は,固有名詞は意味をもたないということだ.指示対象 (referent) はもつが,意味はもたない.シニフィエなきシニフィアンと述べた所以だ.言語の内部にありながら外部性を体現しているという特徴も,言語学で扱う際に注意を要する.
 ほかに固有名詞には,一般語にはみられない音変化や形態変化をしばしばたどるという性質がある.逆もまた然りで,一般語において生じた形式上の変化から免れていることも多い.この辺りの話題については,「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) を参照されたい.
 固有名詞学の分野をわかりやすく導入してくれているのが,Hough である.とりわけそのイントロが固有名詞(学)の諸特徴をみごとに要約していてすばらしい (213) .

Onomastics is the study of names, its two main branches being toponymy (the study of place-names) and anthroponymy (the study of people's names). Traditionally regarded as a sub-class of nouns having reference but no sense, names occupy a special position within language in that they can be used without understanding of semantic content. Partly for this reason, they tend to have a high survival rate, outlasting changes and developments in the lexicon, and easily being taken over by new groups of speakers in situations of language contact. Since most names originate as descriptive phrases, they preserve evidence for early lexis, often within areas of vocabulary sparsely represented in other sources. Many place-names, and some surnames, are still associated with their place of origin, so the data also contribute to the identification of dialectal isoglosses. Moreover, since names are generally coined in speech rather than in writing, they testify to a colloquial register of language as opposed to the more formal registers characteristic of documentary records and literary texts. Much research has been directed towards establishing the etymologies of names whose origins are no longer transparent, using a standard methodology whereby a comprehensive collection of early spellings is assembled for each name in order to trace its historical development. These spellings themselves can then be used to reveal morphological and phonological changes over the course of time, often illustrating trends in non-onomastic as well as onomastic language. The relationship between the two is not always straightforward, however, since the factors pertaining to the formation and transmission of names are in some respects unique.


 固有名詞は,書き言葉ではなく話し言葉(特に口語)の要素を多分に含んでいるという指摘は,なるほどと思った.一方,幾層もの言語接触や言語変化の歴史をくぐりぬけ,古形を残存させていることがあるというのも,固有名詞の一筋縄ではいかない性質を物語っている.方言区分に貢献することがあるとも述べられているが,これについては「#3453. ノルマン征服がイングランドの地名に与えた影響」 ([2018-10-10-1]) で取り上げたケースが具体例となろう.

 ・ Hough, Carole. "Linguistic Levels: Onomastics." Chapter 14 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 212--23.

Referrer (Inside): [2022-03-22-1]

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2020-01-18 Sat

#3918. Chibanian (チバニアン,千葉時代)の接尾辞 -ian (1) [suffix][word_formation][toponymy][adjective][anthropology][homo_sapiens][productivity]

 昨日,ついに Chibanian (チバニアン,千葉時代)が初の日本の地名に基づく地質時代の名前として,国際地質科学連合により決定された.本ブログでこの話題を「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1]) で取り上げてから2年半が経過しているが,ようやくの決定である.当の千葉県では新聞の号外が配られたというから,ずいぶん盛り上がっているようだ.
 Chibanian は,約77万4千年?12万9千年前の地質時代を指す名称である.この時代は,ホモ・サピエンス (homo_sapiens) が登場した頃であり,さらには初期の言語能力が芽生えていた可能性もある点で興味が尽きない.先の記事では,Chibanian なる新語は,よく考えてみるとラテン語でも英語でも日本語でもない不思議な語だと述べた.今回は名称決定を記念して,この新語に引っかけて語源的な話題をもう少し提供してみたい.接尾辞 (suffix) の -ian についてである.
 この接尾辞は「?の,?に属する」を意味する形容詞を作るラテン語の接尾辞 -iānus にさかのぼる.さらに分解すれば,-i- は連結母音であり,実質的な機能をもっているのは -ānus の部分である.ラテン語で語幹に i をもつ固有名詞から,その形容詞を作るのに -ānus が付されたものだが,後に -iānus が全体として接尾辞と感じられるようになったものだろう (ex. Italia -- Italiānus, Fabius -- Fabiānus, Vergilius -- Vergiliānus) .
 英語はこのラテン語の語形成にならい,-ian 接尾辞により固有名詞の形容詞(およびその形容詞に対応する名詞)を次々と作り出してきた.例を挙げれば,Addisonian, Arminian, Arnoldian, Bodleian, Cameronian, Gladstonian, Hoadleian, Hugonian, Johnsonian, Morrisonian, Ruskinian, Salisburyian, Shavian, Sheldonian, Taylorian, Tennysonian, Wardian, Wellsian, Wordsworthian; Aberdonian, Bathonian, Bostonian, Bristolian, Cantabrigian, Cornubian, Devonian, Galwegian, Glasgowegian, Johnian, Oxonian, Parisian, Salopian, Sierra Leonian などである.固有名詞ベースのものばかりでなく,小文字書きする antediluvian, barbarian, historian, equestrian, patrician, phonetician, statistician など,例は多い.
 実は,ラテン語の接尾辞 -ānus にさかのぼる点では -ian も -an も -ean も同根である.したがって,African, American, European, Mediterranean なども,語形成的には兄弟関係にあるといえる (cf. 「#366. Caribbean の綴字と発音」 ([2010-04-28-1])) .ただし,現代の新語形成においては,固有名詞につく場合,-ian の付くのが一般的のようである.今回の Chibanian も,この接尾辞の近年の生産性 (productivity) を示す証拠といえようか.

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2019-08-14 Wed

#3761. ブリテンとブルターニュ [etymology][celtic][breton][geography][onomastics][toponymy]

 標記の2つの地名が同根であり,歴史的にも単に近いというにとどまらず,ほとんど同一であることについては「#734. panda と Britain」 ([2011-05-01-1]) で取り上げた.日本語でいうところのイギリスの「ブリテン(島)」とフランスの「ブルターニュ(半島)」は,英語でこそ Britain, Brittany と別々の語になっているが,フランス語では現在も Bretagne の1語でまかなっている.この2つの地域はケルト系のブルトン (Breton) を名乗る同一の民族がともに住みついた地域であり,あえて区別するならば(そして実際に歴史的に区別されてきたが)「大ブリテン」と「小ブリテン」と呼び分けるべき地域なのである.
 伝統的な見解によれば,5世紀のアングロサクソン人のブリテン島侵入に伴って,先住の島民であるブルトン人はブリテン島南西部のコーンウォールに追い詰められた.さらに彼らの一部は,海峡を南に渡って現在のブルターニュ半島へと移住したという.自らをブルトン人と疑わない移住者たちは,その新天地を故国と同じ「ブリテン」と呼び,自らのことも「ブルトン」人と呼び続けた.これにより,現代に至るまで海峡を挟んで北と南に同じ地名(2重地名現象)が認められるのである(北のブリテンと南のブルターニュ (Britain/Bretagne),北のコーンウォールと南のコルヌアイユ (Cornwall/Cornouaille),等々).
 では,ブリテンなりブルターニュなり,そもそもこれらの語形はどこから来たのだろうか.田辺 (82) は,後者を説明して次のように述べている.

ブルターニュ (Bretagne) は,ラテン語「ブリタニア (Britannia)」からきた名である.ブリタニアとは,もとグランド・ブルターニュ(グレイト・ブリテン)の名であって,そこの住民のことを古ローマ人(とくにユリウス・カエサル)が,ブリタニア人 (Britanni) と呼んだことに由来する.ギリシア語の「プレタノイ」が変形したとされるが,この先住民たちは,現英国,アイルランドなど大西洋沿岸の諸島に新石器時代から住んでいたといわれる.ブルターニュは英語では「ブリタニー (Brittany)」と呼び,ブリテンとは区別しているが,フランス語では同一語を用いているので注意しておこう.紀元前十世紀頃には,このあたりにもケルト民族が移り住むようになり,次第に広がった.


 鶴岡 (85) には次のようにある.

「ブリタニア」という島名の元は,前四世紀のギリシア人ピュテアスに基づくもので,今日のイングランドと,ケルト文化圏(スコットランド,ウェールズ,コンウォール,マン島)の人々を「ブレタノイ」と呼んだことから,ラテン語で「ブリタニア」となった.


 事情は込み入っているが,ブリテンにせよブルターニュにせよ,ケルト系の1民族の呼称がそのまま用いられて現在にいたるということである.この名前に関する限り,アングロサクソン的(英語的)な風味は微塵もないということが重要である.

 ・ 田辺 保 『ブルターニュへの旅 --- フランス文化の基層を求めて』 朝日新聞社〈朝日選書〉,1992年.
 ・ 鶴岡 真弓 『ケルト 再生の思想 ---ハロウィンからの生命循環』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.

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2019-08-04 Sun

#3751. 人名・地名のケルト語要素 [onomastics][toponymy][personal_name][celtic][etymology][caedmon]

 「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1]),「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]),「#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ」 ([2019-08-02-1]),「#3750. ケルト諸語からの借用語 (2)」 ([2019-08-03-1]) などで英語における一般的なケルト借用語に焦点を当ててきたが,人名・地名などの固有名詞におけるケルト語要素についても,Durkin (81--82) にしたがって状況を覗いてみよう.
 まず,人名について.古英語詩で有名な Cædmon の名前が真っ先に挙がる(「#2898. Caedmon's Hymn」 ([2017-04-03-1]) を参照).続いて,ウェストサクソン王国の諸王や貴族の名前で Ċerdiċ, Ċeawlin, Ċeadda, Ċeadwalla, Ċedd, Cumbra が見つかる.残念ながら,これらの意味については定説がない.
 地名については人名よりも豊富な証拠があり,ケルト語要素を同定しやすいが,だからといって問題は簡単ではないようだ.その地理的な分布は,「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1]) でみたように北部や西部に偏っている.Thames, Severn, Trent などの河川名は(前)ケルト語要素として同定しやすいものが多い (see 「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」 ([2012-07-28-1])) .
 Kent がケルト語要素を保っているのは,その位置(ブリテン島の南東部)を考えるとやや奇異に思えるが,これはアングロサクソン人のブリテン島渡来以前から知られていた地名だったからだろう.Chevening, Chattenden, Chatham, Dover, Reculver, Richborough, Sarr, Thanet などもケルト語(あるいは前ケルト語)要素を保持している.
 他の関連する話題として,「#1736. イギリス州名の由来」 ([2014-01-27-1]) と「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) も参照.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2019-08-03 Sat

#3750. ケルト諸語からの借用語 (2) [celtic][loan_word][borrowing][lexicology][etymology][toponymy][onomastics][irish]

 昨日の記事「#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ」 ([2019-08-02-1]) で論じたように,英語におけるケルト借用語の特定は様々な理由で難しいとされる.今回は,「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]) のリストと部分的に重なるものの,改めて専門家による批評を経た上で,確かなケルト借用語とみなされるものを挙げていきたい.その専門家とは,英語語源学の第1人者 Durkin である.
 Durkin (77--81) は,古英語期のあいだ(具体的にその時期のいつかについては詳らかにしないが)に借用されたとされる Brythonic 系のケルト借用語をいくつかを挙げている.まず,brock "badger" (OE brocc) は手堅いケルト借用語といってよい.これは,「アナグマ」を表わす語として,初期近代英語期に badger にその主たる地位を奪われるまで,最も普通の語だった.
 「かいばおけ」をはじめめとする容器を指す bin (OE binn) も早い借用とされ,場合によっては大陸時代に借りられたものかもしれない.
 coomb "valley" (OE cumb) も確実なケルト借用語で,古英語からみられるが主として地名に現われた.地名要素としての古いケルト借用語は多く,古英語ではほかに luh "lake", torr "rock, hill", funta "fountain", pen "hill, promontory" なども挙げられる.
 The Downs に残る古英語の dūn "hill" も,しばしばケルト借用語と認められている.「#1395. up and down」 ([2013-02-20-1]) で見たとおり,私たちにもなじみ深い副詞・前置詞 down も同一語なのだが,もしケルト借用語だとすると,ずいぶん日常的な語が借りられてきたものである.他の西ゲルマン諸語にもみられることから,大陸時代の借用と推定される.
 「ごつごつした岩」を意味する crag は初例が中英語期だが,母音の発達について問題は残るものの,ケルト借用語とされている.coble 「平底小型漁船」も同様である.
 hog (OE hogg) はケルト語由来といわれることも多いが,形態的には怪しい語のようだ.
 次に,ケルト起源説が若干疑わしいとされる語をいくつか挙げよう.古英語の形態で bannuc "bit", becca "fork", bratt "cloak", carr "rock", dunn "dun, dull or dingy brown", gafeluc "spear", mattuc "mattock", toroc "bung", assen/assa "ass", stǣr/stær "history", stōr "incense", cæfester "halter" などが挙がる.専門的な見解によると,gafeluc は古アイルランド語起源ではないかとされている.
 古アイルランド語起源といえば,ほかにも drȳ "magician", bratt "cloak", ancra/ancor "anchorite", cursung "cursing", clugge "bell", æstel "bookmark", ċine/ċīne "sheet of parchment folded in four", mind "a type of head ornament" なども指摘されている.この類いとされるもう1つの重要な語 cross "cross" も挙げておこう.
 最近の研究でケルト借用語の可能性が高いと判明したものとしては,wan "pale" (OE wann), jilt, twig がある.古英語の trum "strong", dēor "fierce, bold", syrce/syrc/serce "coat of mail" もここに加えられるかもしれない.
 さらに雑多だが重要な候補語として,rich, baby, gull, trousers, clan も挙げておきたい (Durkin 91) .

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2018-10-11 Thu

#3454. なぜイングランドにラテン語の地名があまり残らなかったのか? [latin][roman_britain][anglo-saxon][toponymy][onomastics]

 昨日の記事「#3453. ノルマン征服がイングランドの地名に与えた影響」 ([2018-10-10-1]) に引き続きイングランド地名の話題.ローマン・ブリテン時代には,当然ながら建設された都市にはラテン名が付けられていた.その代表が「#3440. ローマ軍の残した -chester, -caster, -cester の地名とその分布」 ([2018-09-27-1]) でみたように,-chester を含む都市名だったわけである.しかし,5世紀のアングロサクソンの渡来を受けて,既存のラテン地名の多くが捨て去られ,後世まで残らなかった.これはなぜだろうか.
 デイヴィスとレヴィット (82--83) は,ローマ人とアングロサクソン人では,ブリテン島にやってきた目的が異なっていた点に注目している.

ラテン語の地名は,英語が流入してきた地域では英語の浸透によって消滅した.これまでこれまで述べてきたことに付け加えて,ラテン語の地名が残らなかったもうひとつの重要な原因は,アングロ・サクソン人はローマ人とはかなり異なった文化を持っていたということである.アングロ・サクソン人は,居住するための都市を求めて来たのではなく耕すための土地を求めてきたのである.アングロ・サクソン人は自分たちの作った新しいムラの名前を必要とした.ローマ人の作った砦や都市はアングロ・サクソン人の役には立たなかった.ローマ軍の砦は,ローマ軍の撤回からアングロ・サクソン人の到来に至る間に,北方から来た野蛮人に略奪されたか,アングロ・サクソン人の戦争の仕方に合わなかったため放置されたかである.都市と同様に砦は廃れ,それらの名前までも忘れ去られた.


 例えば,Dee 川のほとりのローマ軍駐屯地 Deva は,ローマン・ブリテン時代の長きにわたって軍団を収容してきた砦だったが,『アングロ・サクソン年代記』では「廃墟のチェスター」と言及されている.ローマの遺産は,砦もろとも名前も捨て去られたのである.

 ・ デイヴィス,C. S.・J. レヴィット(著),三輪 伸春(監訳),福元 広二・松元 浩一(訳) 『英語史でわかるイギリスの地名』 英光社,2005年.

Referrer (Inside): [2019-09-06-1] [2019-09-03-1]

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2018-10-10 Wed

#3453. ノルマン征服がイングランドの地名に与えた影響 [toponymy][onomastics][norman_conquest][me_dialect]

 デイヴィスとレヴィット (168--69) は,ノルマン征服 (norman_conquest) が地名(史)に及ぼしたインパクトについて次のように述べている.

英語圏内にみられる様々な方言への分岐が加速されたことであった.このため,英語は統治のための手段ではなくなり,全国どこでも通じる意志〔ママ〕伝達の均一の手段ではなくなってしまった.また,以前とは違って,教育や文学のための言語でもなくなった.その結果,どんな言語にでも常に息づいている,方言として周囲に拡散する傾向が自由を得て,これまで英語に存在していた保守的な勢力が消滅していった.従って,英語は豊かな方言形式を発達させ,方言は地名に大きな影響を与えた.地名の成立にではなく,時代を経ての地名継承のあり方に大きな影響を及ぼした.


 この点はなるほどと思った.標準語が存在する言語においては,一般語彙に関して,広く通用する「標準形」と各地で行なわれる種々の「方言形」がありうる.しかし,地名語彙には,通常「標準形」と「方言形」という区別はない.地名は広く参照される語なので,機能的には標準的でなければならないが,形式的には標準的とされるものが採用される必要はない.それは,地名が何かを意味している必要はなく,その場所を参照していればよいという記号論的に特殊な性質を持ち合わせていることと関係しているだろう(この点については,「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]),「#2397. 固有名詞の性質と人名・地名」 ([2015-11-19-1]) を参照).
 中英語期の方言分化と地名の関係がよく見える形で表われている例の1つが,hillmill の母音の変異である.「#1812. 6単語の変異で見る中英語方言」 ([2014-04-13-1]) でみたように,この母音は南東部では e として,西部では u として,それ以外では i として実現される.それぞれの分布について,デイヴィッドとレヴィット (216--17) に次のように記述がある.

 e を用いていた地域(主にケント)からはヘルステッド (Helsted),ワームズヒル(Wormshill, 1232年の記録では Wodnesell, 意味はおそらく Woden's Hill 「ウォドンの丘」),ミルトン (Milton, カンタベリーの近く.tun by a mill 「粉引き場の近くの町」の意味で,1242年の記録では Meleton).
 u を用いていた地域からはスタッフォードシャーのペンクハル (Penkhull, ブリトン語の人名 Pencet に英語の hill が付け加えられている),グロスターシャーのラッジ(Rudge, ridge 「山の尾根」),ランカシャーのハルトン (Hulton, tun on a hill 「丘の上にある町」),スタッフォードシャーのミルトン (Milton) は以前 (1227年)は Mulneton だった.
 i を用いていた地域からの例は多数あり,最初期の頃にしばしば u が用いられ,その起源はイースト・ミッドランド及び北部の方言形 i が別個に発展する以前に遡る.


 地名学,方言学,音変化の研究は,ともに手を携えて進むべき仲間である.

 ・ デイヴィス,C. S.・J. レヴィット(著),三輪 伸春(監訳),福元 広二・松元 浩一(訳) 『英語史でわかるイギリスの地名』 英光社,2005年.

Referrer (Inside): [2020-12-14-1] [2018-10-11-1]

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2018-09-29 Sat

#3442. イングランドの河川名にケルト語が多い理由 [toponymy][onomastics][celtic][anglo-saxon]

 「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」 ([2012-07-28-1]),「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1]),「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1]) で見てきたように,イングランドの河川名にはケルト語由来の要素からなるものが多い.
 一般に河川名は,異民族による征服の歴史を経ても,古名が引き継がれる傾向が強いといわれる.その理由は[2012-07-28-1]でも少し論じたが,別の観点から,デイヴィスとレヴィット (62--63) が述べるような以下の事情も関与していただろう.

 ケルト語は川の名前に最も多くみられる.概して,川の名前の約3分の2はケルト語である.その大部分は南部と東部よりも北部と西部にみられる.なぜそれほど多くの川の名前が残ったのであろうか.いくつかの川の場合,特に大きな河川の場合は,川の名前は交易上の通路としてイギリスと大陸の国々との間で広く知られるほど非常に重要であっただろう.大陸からの貿易商たちは紀元前何世紀も前からイングランドに,海を渡って来ていた.海を使う船乗りにとって,大きめの川はそのまま内陸部への侵入通路となるので,様々な民族にその名前は知られていたであろう.アングロ・サクソン人は侵略者であって貿易商ではなかった.しかし,侵略という正にその目的のためにもイングランドへの進入路には大きな関心を寄せていた.
 小さめの河川や支流の場合は,上で述べたようなことは当てはまらない.結局,特別説明すべきものはなにもない.しかしながら,北アメリカではアメリカインディアンの言語がケルト語と似かよった運命を辿っており,大小の多くの河川には北米インディアンの名前が残っているということは注目してよい.その例としてはミシシッピー川,ミズーリ川,その他にも多くみられる.どの河川の名前が残り,どの川の名が残らないかという問題は歴史上の解けないなぞのひとつである.


 別の箇所に「イングランド全体で,アングロ・サクソン語の地名は全体の約3分の2を占めている」(デイヴィスとレヴィット,52頁)という記述があるので,河川名に関してむしろケルト系が約3分の2を占めるというのは,驚くべき差異である.
 河川名は古名を引き継ぎやすい理由としてもう1つ考えられそうなのは,河川(やその他の自然の地形)は,町や村や通りのような人工物ではないということがあるかもしれない.新たに作り出したり,スクラップ・アンド・ビルドできるものではなく,古来から屹然とそこに存在しているものである.自然に手を加えることができないのと同様に,既存の名前にも手を加えないでおくということではないか.地名 (toponym) と一口にいっても,地形の名前と町の名前とで趣が異なるのは当然かもしれない.

 ・ デイヴィス,C. S.・J. レヴィット(著),三輪 伸春(監訳),福元 広二・松元 浩一(訳) 『英語史でわかるイギリスの地名』 英光社,2005年.

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2017-11-04 Sat

#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか? [anglo-saxon][celtic][history][sociolinguistics][toponymy]

 標記は,近年のブリテン島の古代史における論争の的となっている話題である.伝統的な歴史記述によれば,アングロサクソン人は5世紀半ばにイングランドを侵略し,原住民のブリトン人を根絶やしにするか,ブリテン島の周辺部へ追いやるかし,いわばアングロサクソン人の電撃的な圧勝だったという.しかし,近年はこの従来の説に対して修正的な見方が現われており,「電撃的な圧勝」ではなかったという説を見聞きする機会が増えた.
 現実はアングロサクソン人によるもう少し穏やかな移住だったのではないかという見解については,ケルト研究の第1人者である原 (219) も,イングランドの考古学や地名学などの成果を参照するなどして,以下のように支持している.

 従来,アングロサクソン人の侵入は,比較的短期間での大規模な組織的移住と考えられてきたが,現実はそうではなく,かなり長期にわたる,独立の小戦士団による来寇だった.五?六世紀の墳墓や葬制に関する考古学調査でうかがえるのは,小戦士団による主要なローマ街道沿いの,戦略的要地での点在的な定住地の形成であり,ついで河川に沿った内陸への広い拡大である.地名学の研究成果でも,たとえば「ハエスティンガス(ヘイスティングズ)」は,従来考えられてきたように「ハエストの一族,子孫たち」ではなく,「ハエストに従う人々」であり,「レアディンガス(レディング)」も「レアダに従う人々」である.つまり,アングロサクソンの初期集落に特徴的な「インガス語尾」の地名は,部族集団に由来するのではなく,小戦士団にもとづいているのである.
 これも移住と伝播という歴史の基本的問題となるが,ローマに比べるとアングロサクソンの文化的権威は決して高くはなかった.したがってサクソン人の文化,その後の英語がブリテン島の支配的言語となっていくことについては,権威が拮抗的だとすれば,支配関係がキーポイントになる.つまり,サクソン人が支配権を握ることで,文化的にも覇権を獲得していくことになるのである.これはその後の歴史資料,物語でも確認される.


 ここで,「文化的権威」と「支配関係」とを異なる社会言語学的パラメータと考えている点が注目に値する.この例において具体的にいえば,「文化的権威」とは技術,経済,学問,宗教などに関わる威信を指し,「支配関係」といえば政治や軍事などにかかわる優勢を指すとみなせるだろうか.文化軸と政治軸は,ともに社会的なパラメータではあるが,分けて考えることで見えてくることもありそうだ.
 アングロサクソンのブリテン島の侵攻については,「#33. ジュート人の名誉のために」 ([2009-05-31-1]),「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1]),「#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか」 ([2012-02-04-1]),「#2353. なぜアングロサクソン人はイングランドをかくも素早く征服し得たのか」 ([2015-10-06-1]),「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1]),「#2493. アングル人は押し入って,サクソン人は引き寄せられた?」 ([2016-02-23-1]),「#2900. 449年,アングロサクソン人によるブリテン島侵略」 ([2017-04-05-1]),「#3094. 449年以前にもゲルマン人はイングランドに存在した」 ([2017-10-16-1]) を参照.

 ・ 原 聖 『ケルトの水脈』 講談社,2007年.

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2016-01-04 Mon

#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布 [celtic][toponymy][onomastics][geography][anglo-saxon][loan_word][history][map]

 英語国の地名の話題については,toponymy の各記事で取り上げてきた.今回は樋口による「イングランドにおけるケルト語系地名について」 (pp. 191--209) に基づいて,イングランドのケルト語地名の分布について紹介する.
 5世紀前半より,西ゲルマンのアングル人,サクソン人,ジュート人が相次いでブリテン島を襲い,先住のケルト系諸民族を西や北へ追いやり,後にイングランドと呼ばれる領域を占拠した経緯は,よく知られている (「#33. ジュート人の名誉のために」 ([2009-05-31-1]),「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1]),「#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか」 ([2012-02-04-1]),「#2353. なぜアングロサクソン人はイングランドをかくも素早く征服し得たのか」 ([2015-10-06-1])) .また,征服者の英語が被征服者のケルト語からほとんど目立った語彙借用を行わなかったことも,よく知られている.ところが,「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1]) や「#1736. イギリス州名の由来」 ([2014-01-27-1]) でみたように,地名については例外というべきであり,ケルト語要素をとどめるイングランド地名は少なくない.とりわけイングランドの河川については,多くケルト語系の名前が与えられていることが,伝統的に指摘されてきた (cf. 「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」 ([2012-07-28-1])) .
 西ゲルマンの諸民族の征服・定住は,数世紀の時間をかけて,イングランドの東から西へ進行したと考えられるが,これはケルト語系地名の分布ともよく合致する.以下の地図(樋口,p. 199)は,ケルト語系の河川名の分布によりイングランド及びウェールズを4つの領域に区分したものである.東半分を占める Area I から,西半分と北部を含む Area II,そしてさらに西に連接する Area III から,最も周辺的なウェールズやコーンウォールからなる Area IV まで,漸次,ケルト語系の河川名及び地名の密度が濃くなる.

Map of Celtic Placenames

 征服・定住の歴史とケルト語系地名の濃淡を関連づけると,次のようになろう.Area I は,5--6世紀にアングル人やサクソン人がブリテン島に渡来し,本拠地とした領域であり,予想されるようにここには確実にケルト語系といえる地名は極めて少ない.隣接する Area II へは,サクソン人が西方へ6世紀後半に,アングル人が北方へ7世紀に進出した.この領域では,Area I に比べれば川,丘,森林などの名前にケルト語系の地名が多く見られるが,英語系地名とは比較にならないくらい少数である.次に,7--8世紀にかけて,アングロサクソン人は,さらに西側,すなわち Devonshire, Somerset, Dorset; Worcestershire, Shropshire; Lancashire, Westmoreland, Cumberland などの占める Area III へと展開した.この領域では,川,丘,森林のほか,村落,農場,地理的条件を特徴づける語にケルト語系要素がずっと多く観察される.アングロサクソン人の Area III への進出は,Area I に比べれば2世紀ほども遅れたが,この時間の差がケルト語系地名要素の濃淡の差によく現われている.最後に,Cornwall, Wales, Monmouthshire, Herefordshire 南西部からなる Area IV は,ケルト系先住民が最後まで踏みとどまった領域であり,当然ながら,ケルト語系地名が圧倒的に多い.
 このように軍事・政治の歴史が地名要素にきれいに反映している事例は少なくない.もう1つの事例として,「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) を参照されたい.

 ・ 樋口 時弘 『言語学者列伝 ?近代言語学史を飾った天才・異才たちの実像?』 朝日出版社,2010年.

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2015-11-19 Thu

#2397. 固有名詞の性質と人名・地名 [onomastics][toponymy][anthropology][fetishism]

 固有名詞は言語を構成する一部か否かという問題は,言語(哲)学における重要な問題である.固有名詞と,それ以外の語とは,多くの点で性質が異なる.「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]) でも触れたように,まず固有名詞には意味がない.固有名詞がもっているのは意味機能ではなく,あくまで指示機能にとどまっている.固有名詞は,共時的にみると概ね音韻上の制約には従っているが,通時的にみると音韻形態的な縮約に服することが著しい.例えば,英語の地名などの綴字と発音がかけ離れている程度は,一般の語の比ではない (ex. Silverstone /silsn/) .造語された当初には明らかだった音韻形態が,現在では相当に崩れていることが珍しくなく,それゆえに共時的には分析不能で無意味となるのだろう.このように,固有名詞が言語を構成する他の語類が普通にもっている重要な性質を欠いているのは,その役割が「意味」することではなく「指示」することに特化しているからなのだろう.
 では,そのような固有名詞を必要としたり用いたりする言語話者たる人間は,そこまでして何を「指示」したいのだろうか.生活上,人間が指示したいものの代表格は,人間と場所ということのようだ.文化によって,集団によって,それ以外の事物に対してフェチともいえる異常な関心を示して,それを是非とも固有名詞で指示したいということもあるかもしれないが,個々の人間と場所について完全に無関心という文化はなさそうだ.古今東西の言語において人名と地名という固有名詞が普遍的に見られることから,そう認めざるをえないだろう.これは当たり前のようだが,人間が普遍的に何に関心をもっているかを示唆する重要な観察である.Coates (315) 曰く,

Personal names appear to be the prototypical names, as all humans have overwhelming interest (1) in being able to refer conversationally to other humans with the expectation of uniquely identifying them in context, and (2) in catching the attention of other humans individually. Accordingly, personal names typically have both a referential and a vocative function. Their fundamental nature is also seen in the way they are applicable to other categories of individual, for instance animals. Places gain significance because we all move and act in space, so they gain significance through the way(s) in which they fit into human perceptions of landscape, townscape and starscape, which is what governs their naming. Other categories of object may bear proper names, and the more intimately associated with human activity a type of object is, the more readily it seems able to acquire a proper name, though the systematic application of names to other categories is quite rare, and the degree of intimacy with which something is felt to be associated with human activity may vary from culture to culture.


 関連する固有名詞の問題については,onomastics の各記事,とりわけ「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]),「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) を参照されたい.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2015-11-04 Wed

#2382. 英語地名学の難しさ [onomastics][toponymy][philology][etymology]

 固有名詞学 (onomastics) の一部をなす地名学 (toponymy) は,英語の世界でよく研究されてきた.英語地名学は当然ながら英語語源学とも関連が深いが,英語が歴史上様々な言語と接触してきた事実により,英語語源学が複雑であるのと同様に,英語地名学も難解である.同じ場所を指示する名称のはずだが,時代によって異なる言語の音韻形態的特徴を反映するなどし,通時的な同一性を確認する文献学的な作業が厄介なのである.英語のみならず関係する諸言語の語源学,音韻形態論,綴字習慣など,多くの学際的な知識を総動員して初めて同一性が可能となる.
 この英語地名学の難しさについて,Coates (338--39) は次のように表現している.

[E]xplaining many English names is a delicate exercise in philology, as the elements which make them up have to be identified in one of a number of languages. The tradition of writing in England stretches back more than 1,300 years, and phonetic and orthographic evolution have not always been in step with each other. In addition, there is a radical discontinuity in the written record. Before 1066, the record contains many place-names formulated in interpretable OE, the native language of most of those engaged in writing, though Latin was also a language of record. After 1066, a bureaucracy was installed where, irrespective of the writers' native language, Latin and French were the languages of record; the scribal practices adopted were in part those used for Latin, but otherwise those originally applied in the writing of French late in the first millennium. These did not sit easily with the phonology of English, and there was a period where the recorded names may be hard to interpret, i.e. to assign to known places. By the thirteenth century, those who applied the conventions were again producing passable renderings of the phonology of English names, and they often begin to show affinity with the forms current now. Until the fifteenth century, they are often still in French or Latin texts and influenced to some degree by that context, e.g. by being formed and spelt in a way suitable for declension in Latin (normally first-declension feminine --- Exonia for Exeter, for instance, or more mechanically the twelfth-century Stouenesbia for Stonesby (Lei)); administrative writing in English belongs only to the period since Henry V set the tone for the use of English in chancery.


 このような事情で,例えば古英語のある地名が,中英語で大きく異なる綴字で現われているようなケースで,果たしてこれを同一視してよいのか,その確認のために文献学的な作業が必要となる.具体例を挙げれば,早くも695年に記録されている Gislheresuuyrth は,現在の Isleworth (Mx) と同一指示対象と考えられているが,この同一視は一目瞭然というわけではない.
 また,あるアングロサクソン地名が,ほぼ間違いなく古英語期に使用されていたと考えてよいにもかかわらず,文献上は Domesday Book で初めて記録に現われるというケースもある.一般に歴史言語学の宿命ではあるが,地名として実在していた時期と文献上に現われる時期とがおおいに異なっているという事態は,とりわけ地名学の場合には日常茶飯事だろう.ここから,地名学は独自のアプローチをもたざるを得ず,独立した1つの学問分野を形成することになる.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2014-08-17 Sun

#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか? [toponymy][old_norse][onomastics][personal_name][contact]

 昨日の記事「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1]) で扱った人名と同じくらい深く古ノルド語からの影響があるといわれているものに,イングランドの地名がある.この話題については「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) で地図を掲げて紹介した.そのなかでもとりわけ数の多いのが古ノルド語の要素 -by を付加した Derby, Grimsby, Rugby, Thoresby, Whitby などの地名である.600以上の -by 地名が確認されており,しかも分布が the Danelaw に偏っていることから,古ノルド語で "farm; town" を意味する by の影響が明らかなように見える (Baugh and Cable 98) .また,その約6割は特に the Five Boroughs に集中しているといわれる (Miller 103) .
 しかし,先行する諸研究を参照した Miller (102--04) によれば,これらが古ノルド語の連結形 -by を用いた地名であることは確かながらも,その地名形成のパターンは同時代のスカンディナヴィアで一般的なものではなかったという.10--11世紀に作られた the Danelaw の -by の地名には前要素として人名のつくものが多いが,スカンディナヴィアでは「人名+ -by」のパターンは現在に至るまでそれほど多くない.つまり,この地名形成は the Danelaw における Anglo-Scandinavia 独自のものであり,むしろスカンディナヴィアにおける同型の地名は the Danelaw からの逆輸入ではないか,と.Miller (104) は,次のように述べる.

Personal names are rare as satellites of -by names in Sweden, but more common in Norway . . . and in southern Denmark and south Schleswig. Fellows Jensen . . . argues that since most of the -by formations with personal name in Sweden and Norway postdate christianization, and those in south Schleswig postdate the Viking period, the name-type spread back to Denmark from the Danelaw, as suggested by Hald . . . . In any event, the Danelawl type seems not to have been based on a pre-existing Scandinavian type. Moreover, of 207 place names for which an Old Norse cognate existed, the substitution of the cognate for the native English form was close to perfect . . . . Anglo-Scandinavian settlements thus have an identity of their own . . . .


 この仮説をまとめれば,地名連結形 -by 自体は古ノルド語要素だが,「人名+ -by」という地名形成のパターンは the Danelaw で独自に発達したものであり,そのパターンは後にスカンディナヴィア本土へ逆輸入された,ということになろう.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.

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2014-01-28 Tue

#1737. アメリカ州名の由来 [onomastics][toponymy][etymology][map]

 「#1735. カナダ州名の由来」 ([2014-01-26-1]) と「#1736. イギリス州名の由来」 ([2014-01-27-1]) に続いて,今回はアメリカの州 (state) の名前の由来を訪ねる.まずは,州境の入った地図から.
 
Map of USA States

 語源別に50州の内訳をみると,以下のようになっている.過半数がアメリカ先住民の言語に由来する.

NumberOrigin
28American Indian
11English
6Spanish
3French
1Dutch (Rhode Island)
1from America's own history (Washington)


 では,Crystal (145) を参照して50州名の由来をアルファベット順に示そう.

AlabamaChoctaw "I open the thicket" (i.e. clears the land)
AlaskaInuit "great land"
ArizonaPapago "place of the small spring"
ArkansasSioux "land of the south wind people"
CaliforniaSpanish "earthly paradise"
ColoradoSpanish "red" (colour of the earth)
ConnecticutMohican "at the long tidal river"
Delawarenamed after English governor Lord de la Warr
FloridaSpanish "land of flowers"
Georgianamed after George II
HawaiiHawaiian "homeland"
IdahoShoshone "light on the mountain"
IllinoisAlgonquian via French "warriors"
IndianaEnglish "land of the Indians"
IowaDakota "the sleepy one"
KansasSioux "land of the south wind people"
KentuckyIroquois "meadow land"
Louisiananamed after Louis XIV of France
Mainenamed after a French province
Marylandnamed after Henrietta maria, queen of Charles I
MassachusettsAlgonquian "place of the big hill"
MichiganChippewa "big water"
MinnesotaDakota Sioux "sky-coloured water"
MississippiChippewa "big river"
MissouriAlgonquian via French "muddy waters" (?)
MontanaSpanish "mountains"
NebraskaOmaha "river in the flatness"
NevadaSpanish "snowy"
New Hampshirenamed after an English county
New Jerseynamed after Jersey (Channel Islands)
New Mexiconamed after Mexico (Aztec "war god, Mextli")
New Yorknamed after the Duke of York
North Carolinanamed after Charles II
North DakotaSioux "friend"
OhioIroquois "beautiful water"
OklahomaChoctaw "red people"
OregonAlgonquian "beautiful water" or "beaver place" (?)
Pennsylvanianamed after William Penn and Latin "woodland"
Rhode IslandDutch "red clay"
South Carolinanamed after Charles II
South DakotaSioux "friend"
TennesseeCherokee settlement name, unknown origin
TexasSpanish "allies"
UtahNavaho "upper land" or "land of the Ute" (?)
VermontFrench "green mountain"
Virginianamed after Elizabeth I, the "virgin queen"
Washingtonnamed after George Washington
West Virginianamed after Elizabeth I, the "virgin queen"
WisconsinAlgonquian "grassy place" or "beaver place" (?)
WyomingAlgonquian "place of the big flats"


(後記 2014/02/24(Mon):アメリカ州名の学習にはこちらをどうぞ.)

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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