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phonetics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-04-11 07:53

2021-03-19 Fri

#4344. -in' は -ing の省略形ではない [consonant][phonetics][suffix][apostrophe][punctuation][participle][orthography][spelling][gerund][infinitive]

 洋楽の歌詞を含め英語の詩を読んでいると,現在分詞語尾 -ing の代わりに -in' を見かけることがある.口語的,俗語的な発音を表記する際にも,しばしば -in' に出会う.アポストロフィ (apostrophe) が用いられていることもあり,直感的にいえばインフォーマルな発音で -ing から g が脱落した一種の省略形のように思われるかもしれない.しかし,このとらえ方は2つの点で誤りである.
 第1に,発音上は脱落も省略も起こっていないからである.-ing の発音は /-ɪŋ/ で,-in' の発音は /-ɪn/ である.最後の子音を比べてみれば明らかなように,前者は有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ で,後者は有声歯茎鼻音 /n/ である.両者は脱落や省略の関係ではなく,交代あるいは置換の関係であることがわかる.
 後者を表記する際にアポストロフィの用いられるのが勘違いのもとなわけだが,ここには正書法上やむを得ない事情がある.有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ は1音でありながらも典型的に <ng> と2文字で綴られる一方,有声歯茎鼻音 /n/ は単純に <n> 1文字で綴られるのが通例だからだ.両綴字を比べれば,-ing から <g> が脱落・省略して -in' が生じたようにみえる.「堕落」した発音では語形の一部の「脱落」が起こりやすいという直感も働き,-in' が省略形として解釈されやすいのだろう.表記上は確かに脱落や省略が起こっているようにみえるが,発音上はそのようなことは起こっていない.
 第2に,歴史的にいっても -in' は -ing から派生したというよりは,おそらく現在分詞の異形態である -inde の語尾が弱まって成立したと考えるほうが自然である.もっとも,この辺りの音声的類似の問題は込み入っており,簡単に結論づけられないことは記しておく.
 現在分詞語尾 -ing の歴史は実に複雑である.古英語から中英語を通じて,現在分詞語尾は本来的に -inde, -ende, -ande などの形態をとっていた.これらの異形態の分布は「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) で示したとおり,およそ方言区分と連動していた.一方,中英語期に,純粋な名詞語尾から動名詞語尾へと発達していた -ing が,音韻上の類似から -inde などの現在分詞語尾とも結びつけられるようになった(cf. 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])).さらに,これらと不定詞語尾 -en も音韻上類似していたために三つ巴の混同が生じ,事態は複雑化した(cf. 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])).
 いずれにせよ,「-in' は -inde の省略形である」という言い方は歴史的に許容されるかもしれないが,「-in' は -ing の省略形である」とは言いにくい.
 関連して,「#1764. -ing と -in' の社会的価値の逆転」 ([2014-02-24-1]) も参照されたい.

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2021-01-30 Sat

#4296. 音素とは何か? --- Crystal の用語辞典より [sobokunagimon][phoneme][phonetics][phonology][terminology][history_of_linguistics][linguistics]

 音素 (phoneme) は,言語学の入門書でも必ず取り上げられる言語の基本的単位であるといわれながら,実は定義が様々にあり,言語学上もっとも問題含みの概念・用語の1つである.学史上も論争が絶えず,軽々に立ち入ることのできないタームである.言語学では,往々にしてこのような問題含みの議論がある.例えば,語 (word) という基本的な単位すら,言語学ではいまだ盤石な定義が与えられていない (cf. 「語の定義がなぜ難しいか」の記事セット) .
 音素の定義というのっぴきならない問題にいきなり迫るわけにもいかないので,まずは用語辞典の記述に頼ってみよう.ただ,いくつか当たってみたのだが,問題のややこしさを反映してか,どれも記述がストレートでない.そのなかでも分かりやすい方だったのが Crystal の用語辞典だったので,取っ掛かりとして長々と引用したい.ただし,これとて絶対的に分かりやすいかといえば疑問.それくらい,初心者には(実は専門家にも)取っつきにくい用語・概念.

phoneme (n.) The minimal unit in the sound SYSTEM of a LANGUAGE, according to traditional PHONOLOGICAL theories. The original motivation for the concept stemmed from the concern to establish patterns of organization within the indefinitely large range of sounds heard in languages. The PHONETIC specifications of the sounds (or PHONES) heard in speech, it was realized, contain far more detail than is needed to identify the way languages make CONTRASTS in MEANINGS. The notion of the phoneme allowed linguists to group together sets of phonetically similar phones as VARIANTS, or 'members', of the same underlying unit. The phones were said to be REALIZATIONS of the phonemes, and the variants were referred to as allophones of the phonemes . . . . Each language can be shown to operate with a relatively small number of phonemes; some languages have as few as fifteen phonemes; othes as many as eighty. An analysis in these terms will display a language's phonemic inventory/structure/system. No two languages have the same phonemic system.
   Sounds are considered to be members of the same phoneme if they are phonetically similar, and do not occur in the same ENVIRONMENT (i.e. they are in COMPLEMENTARY DISTRIBUTION) --- or, if they do, the substitution of one sound for the other does not cause a change in meaning (i.e. they are in FREE VARIATION). A sound is considered 'phonemic', on the other hand, if its substitution in a word does cause a change in meaning. In a phonemic transcription, only the phonemes are given symbols (compared with phonetic TRANSCRIPTIONS, where different degrees of allophonic detail are introduced, depending on one's purpose). Phonemic symbols are written between oblique brackets, compared with square brackets used for phonetic transcriptions; e.g. the phoneme /d/ has the allophones [d] (i.e. an ALVEOLAR VOICED variant), [d̥] (i.e. an alveolar devoiced variant), [d̪] (i.e. a DENTAL variant) in various complementary positions in English words. Putting this another way, it is not possible to find a pair of words in English which contrast in meaning solely on account of the difference between these features (though such contrasts may exist in other languages). The emphasis on transcription found in early phonemic studies is summarized in the subtitle of one book on the subject: 'a technique for reducing languages to writing'. The extent to which the relationship between the phonemes and the GRAPHEMES of a language is regular is called the 'phoneme-grapheme correspondence'.
   On this general basis, several approaches to phonemic analysis, or phonemics, have developed. The PRAGUE SCHOOL defined the phoneme as a BUNDLE of abstract DISTINCTIVE FEATURES, or OPPOSITIONS between sounds (such as VOICING, NASALITY), and approach which was developed later by Jakobson and Halle . . . , and GENERATIVE phonology. The approach of the British phonetician Daniel Jones (1881--1967) viewed the phoneme as a 'family' of related sounds, and not as oppositions. American linguists in the 1940s also emphasized the phonetic reality of phonemes, in their concern to devise PROCEDURES of analysis, paying particular attention to the DISTRIBUTION of sounds in an UTTERANCE. Apart from the question of definition, if the view is taken that all aspects of the sound system of a language can be analysed in terms of phonemes --- that is, the SUPRASEGMENTAL as well as the SEGMENTAL features --- then phonemics becomes equivalent to phonology (= phonemic phonology). This view was particularly common in later developments of the American STRUCTURALIST tradition of linguistic analysis, where linguists adopting this 'phonemic principle' were called phonemicists. Many phonologists, however (particularly in the British tradition), prefer not to analyse suprasegmental features in terms of phonemes, and have developed approaches which do without the phoneme altogether ('non-phonemic phonology', as in PROSODIC and DISTINCTIVE FEATURE theories).


 最後の段落に諸派の見解が略述されているが,いや,実に厄介.
 音声 (phone) と音素 (phoneme) との違いについて,これまでに次のような記事を書いてきたので,そちらも参照.

 ・ 「#669. 発音表記と英語史」 ([2011-02-25-1])
 ・ 「#3717. 音声学と音韻論はどう違うのですか?」 ([2019-07-01-1])
 ・ 「#4232. 音声学と音韻論は,車の構造とスタイル」 ([2020-11-27-1])

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

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2021-01-10 Sun

#4276. なぜ say の過去形,3単現形は「セイド」「セイズ」ではなく「セッド」「セズ」と発音されるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][diphthong][monophthong][vowel][phonetics][spelling][spelling_pronunciation_gap][pronunciation][sound_change][assimilation]

 動詞 say /seɪ/ は超高頻度の語で,初学者もすぐに覚えることになる基本語です.この動詞の過去形 said もきわめて高頻度なわけですが,綴字として不規則であるばかりか,実は発音においても不規則です.予想される2重母音をもつ /seɪd/ とはならず,短母音の /sɛd/ となるのです.同じような不規則性は3単現の -s を付けた形についてもいえます.綴字こそ says と規則的に見えますが,発音はやはり2重母音をもつ /seɪz/ とはならず,短母音の /sɛz/ となってしまいます.なぜ said, says はこのような発音なのでしょうか.これには歴史的な経緯があります.音声解説をどうぞ.



 実は,英語母語話者の発音を調査してみますと,先にダメ出しはしたものの,予想される通りの2重母音をもつ発音 /seɪd/, /seɪz/ も行なわれているのです.ただ,あくまで非標準的でマイナーな発音としてですので,私たちとしては不規則ながらもやはり短母音をもつ /sɛd/, /sɛz/ を確実に習得しておくのが無難でしょう.
 歴史的な音変化の経緯を要約すれば次のようになります.もともと動詞 say は,近代英語期の入り口までは,綴字が示す通り /saɪ/ でした.それに従って,過去形は /saɪ(ə)d/,3単現形は /saɪ(ə)z/ と規則的な発音を示していました.ところが,17世紀までに2重母音 /aɪ/ は長母音 /ɛː/ へと変化したのです.ちょうど日本語の「ヤバイ」が,ぞんざいな素早い発音で「ヤベー」となるのに似た,どの言語にもよく見られる音変化です.別の変化が起こらず,およそこの段階にとどまったまま現代に至っていたのであれば,めでたく規則的に say /seɪ/, said /seɪd/, says /seɪz/ となっていたでしょう(実のところ,後者2つもマイナーな発音としてあり得ることは上述しました).
 ところが,過去形と3単現形については,その後もう1つ別の音変化が生じました.長母音 /ɛː/ が短化して短母音 /ɛ/ となったのです.こうして say /seɪ/ に対して不規則にみえる /sɛd/, /sɛz/ が生じてしまったのです.同じ音変化に巻き込まれた別の単語として,againagainst を挙げておきましょう.短母音をもつ /əˈgɛn(st)/ が優勢ですが,2重母音をもつ /əˈgeɪn(st)/ も並行して聞かれるという状況になっています.
 なぜ過去形と3単現形でのみ母音が短化したのかというのは,必ずしも解明されていない謎です.said ˈhe, says ˈshe のような用いられ方が多く,主語代名詞に対して相対的に動詞が弱く発音されるので短化したという説明が提案されていますが,これも1つの仮説にすぎません.
 関連する話題と議論について,##541,543,2130の記事セットもお読みください.

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2020-12-27 Sun

#4262. なぜ have, has, had はこのような発音と綴字なのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][gvs][sound_change][vowel][spelling_pronunciation_gap][pronunciation][spelling][have][conjugation][3sp][verb][consonant][phonetics]

 動詞としても助動詞としても超高頻度語である have .超高頻度語であれば不規則なことが起こりやすいということは,皆さんもよく知っていることと思います.ですが,have の周辺にはあまりに不規則なことが多いですね.
 まず,<have> と綴って /hæv/ と読むことからして妙です.gave /geɪv/, save /seɪv/, cave /keɪv/ と似たような綴字ですから */heɪv/ となりそうなものですが,そうはなりません.have の仲間で接頭辞 be- をつけただけの behave が予想通り /biˈheɪv/ となることを考えると,ますます不思議です.
 次に,3単現形が *haves ではなく has となるのも妙です.さらに,過去(分詞)形が *haved ではなく had となるのも,同様に理解できません.なぜ普通に *haves や *haved となってくれないのでしょうか.では,この3つの疑問について,英語史の立場から答えてみましょう.音声解説をどうぞ.



 そうです,実は中英語期には /hɑːvə/ など長い母音をもつ have の発音も普通にあったのです.これが続いていれば,大母音推移 (gvs) を経由して現代までに */heɪv/ となっていたはずです.しかし,あまりに頻度が高い語であるために,途中で短母音化してしまったというわけです.
 同様に,3単現形や過去(分詞)形としても,中英語期には今ではダメな haveshaved も用いられていました.しかし,13世紀以降に語中の /v/ は消失する傾向を示し,とりわけ超高頻度語ということもあってこの傾向が顕著に表われ,結果として hashad になってしまったのです./v/ の消失は,head, lord, lady, lark, poor 等の語形にも関わっています(逆にいえば,これらの語には本来 /v/ が含まれていたわけです).
 一見不規則にみえる形の背景には,高頻度語であること,そして音変化という過程が存在したのです.ちゃんと歴史的な理由があるわけですね.この問題に関心をもった方は,##4065,2200,1348の記事セットにて詳しい解説をお読みください.

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2020-11-27 Fri

#4232. 音声学と音韻論は,車の構造とスタイル [phonetics][phonology][sobokunagimon]

 昨日の記事「#4331. 英語史のための音声学・音韻論の入門書」 ([2020-11-26-1]) で,音声学 (phonetics) と音韻論 (phonology) の両分野の入門的参考文献を紹介したが,同じ言語音を扱う分野ながら両者がいかに異なるのかという難しい問題について,改めて考え出した.この問題については,カジュアルながらも「#3717. 音声学と音韻論はどう違うのですか?」 ([2019-07-01-1]) の記事で紹介したが,両者の区別について,もっと専門的な立場からの文章を引用したい.島岡ほか(編)の専門的文献解題の冒頭 (5) からの言である.

 音声学 (phonetics) と音韻論 (phonology) はどちらも音声を研究する学問であるが,その研究方法は質的に異なっている.すなわち,音声学は,音声の正確な観察とその記述および音声が生じる過程や機構の解明をねらいとしているのに対し,音韻論は,言語体系に占める音声の位置づけおよびその役割や機能を解明することをねらいとしている.
 音声学と音韻論の各研究は車の構造とスタイルにたとえることができよう.つまり,どんなにスタイルをかっこよくしても車の構造に欠陥があればその車は安全とはいえない.車の構造にあたるのが音声学で,スタイルにたとえられるのが音韻論と考えることができる.音声学は音実質 (phonetic substance) と,正確な音声記述を提供し,音韻論はその上に体系づけなければならない.この両者がうまく噛み合うことで,学問としての進展がみられると考えられる.このことは科学一般についてもいえることであるが,観察 (observation)---記述 (description)---比較 (comparison)---説明 (explanation) の各面およびそれらの背景理論は不可欠であろう.
 背景となる理論がとくに必要となるのは,研究対象とする実態がすべて観察できるとはかぎらない場合である.その際あるモデルを仮定し,それに従って考察を進め,最終的に記述上すぐれているか否かを判断することになる.音声学は,幸い,対象とする音実質があり,仮説の設定は必ずしも必要ではない.しかし,音韻論については統語部門,意味論との関係でモデル設定の必要性があると考えられる.


 これでもやっぱり難しいという感想も十分にありそうだが,それくらい言語音に関する研究を一言で紹介するのは困難である.しかし,言語学(史)を学べば学ぶほど,それは言語の本質に最も近いところの問題だとも感じる.言語音というものを自然側の実体に引きつけて考えるか,人間側の認識に引きつけて考えるかという問題は,結局のところ言語というのは何なのかという問題に行き着かざるを得ないのだ.

 ・ 島岡 丘・枡矢 好弘・原口 庄輔(編) 『音声学・音韻論』 研究社,1999年.

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2020-11-26 Thu

#4231. 英語史のための音声学・音韻論の入門書 [phonetics][phonology][bibliography][hel_education][sound_change]

 作ろうと思いながら,なかなか作れずにいた「英語史のための音声学・音韻論の入門書」をお届けします.個人的な英語史観に基づく見解ですが,英語史を理解するためには音声学,音韻論,音の変化に関する基本的な知識が欠かせません.英語史のおもしろさを堪能するには,言語音に対する理解が是非とも必要です.英語史の魅力の半分は音にあると言ってしまってよいでしょう.
 なかなか難しいのは音声学・音韻論というのは,高度に専門的な分野だということです.英語学の学生は典型的には文系肌の人間だと思いますが,音声学・音韻論という分野には理系的な要素が多分に含まれています.苦手意識があるのも無理からぬことかもしれません.なので,むしろ英語史に関心をもった方は,その関心をベースとして,必要とされるだけの音声学・音韻論の知識を学ぶところから始めるのがよいと思います.先に音声学を学び,次に音韻論へ進むのが正攻法です.
 まずは,英語史への関心を前提とした,和書・洋書を含めた音声学・音韻論の書誌を以下に示します.英語と日本語の音声・音韻を比較するという学び方を基本にするとよいと思います(なので日本語音声学の本も混じっています).独断と偏見ですが,お薦めに ◎,○を付しました.本によっては,必ずしも最新版ではないかもしれません.取り急ぎの書籍案内ということであしからず.

 ・ 川上 秦 『日本語音声概説』 おうふう,1977年.
 ・ 川越 いつえ 『英語の音声を科学する』 大修館,2007年.
 ・ 窪園 晴夫 『音声学・音韻論』 くろしお出版,1989年.
 ○ 窪園 晴夫・溝越 彰 『英語の発音と英詩の韻律』(英語学入門講座第7巻).英潮社,1991年.
 ・ 桑原 輝男・高橋 幸雄・小野塚 裕視・溝越 彰・大石 強 『音韻論』 現代の英文法第3巻 研究社,1985年.
 ・ 小泉 保 『改訂 音声学入門』 大学書林,2003年.
 ・ 斉藤 純男 『日本語音声学入門』改訂版 三省堂,2013年.
 ◎ 菅原 真理子(編)『音韻論』 朝倉日英対照言語学シリーズ 3 朝倉書店,2014年.
 ・ 竹林 滋 『英語音声学』 研究社,1996年.
 ◎ 竹林 滋・斎藤 弘子 『英語音声学入門』 大修館,2008年.
 ◎ 服部 義弘(編) 『音声学』 朝倉日英対照言語学シリーズ 2 朝倉書店,2012年.
 ○ 服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』 朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.
 ・ 原口 庄輔 『音韻論』 現代の英語学シリーズ第3巻 開拓社,1994年.
 ・ 枡矢 好弘 『英語音声学』 こびあん書房,1976年.
 ・ 松坂 ヒロシ 『英語音声学入門』 英語・英米文学入門シリーズ 研究社,1986.
 ・ Abercrombie, David. Elements of General Phonetics. Edinburgh: Edinburgh UP, 1967.
 ・ Carr, Philip and Jean-Pierre Montreuil. Phonology. 2nd ed. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2013.
 ○ Cruttenden, Alan. Gimson's Pronunciation of English. 8th ed. Abingdon: Routledge, 2014.
 ・ Davenport, Mike and S. J. Hannahs. Introducing English Phonetics and Phonology. 3rd ed. Oxon: Routledge, 2010.
 ・ Hayes, Bruce. Introducing Phonology. West Sussex: Wiley-Blackwell, 2009.
 ・ International Phonetic Association. Handobook of the International Phonetic Association: A Guide to the Use of the Internatonal Phoneti Alphabet. Cambridge: Cambridge UP, 1999.
 ○ Jones, Daniel. Cambridge English Pronouncing Dictionary. 18th ed. Ed. Peter Roach, Jane Setter and John Esling. Cambridge: Cambridge UP, 2011.
 ・ Ladefoged, P. A Course in Phonetics. 3rd ed Orlando: Harcourt Brace, 1993.
 ・ Laver, John Principles of Phonetics. Cambridge: Cambridge UP, 1994.
 ・ Roach, Peter. English Phonetics and Phonology: A Practical Course. 4th ed. Cambridge: Cambridge UP, 2009.
 ○ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.

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2020-11-25 Wed

#4230. なぜ father, mother, brother では -th- があるのに sister にはないのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][phonetics][consonant][sound_change][grimms_law][verners_law][analogy][etymology][relationship_noun][fricativisation]

 標題の親族名称 (relationship_noun) は,英語を学び始めて最初に学ぶ単語の代表格です.いったん暗記して習得してしまうと「そういうものだ」という捉え方になり,疑うことすらしません.しかし,英語を学び始めたばかりの生徒の視点は異なります.標記のようなドキッとする質問が寄せられるのです.father, mother, brother, sister という親族名詞の基本4単語を眺めると,問題の子音について確かに sister だけが浮いていますね.これはどういうわけでしょうか.音声の解説をお聴きください.



 千年前の古英語期,上記の4単語は fæder, mōdor, brōþor, sweostor という形態でした(<þ> は <th> に相当する古英語の文字です).つまり,<th> に相当するものをもっていたのは,実は brother だけだったのです.第5の親族名称である daughter (OE dohtor) も合わせて考慮すると,2単語で d が用いられ,さらに別の2単語で t が用いられ,そして1単語でのみ th が用いられたということになります.つまり,当時は brōþorþ (= th) こそが浮いていた,ということすら可能なのです.これは,現代人からみると驚くべき事実ですね.
 ここで疑問となるのは,なぜ古英語で d をもっていた fædermōdor が,現代までに当該の子音を th に変化させたかということです.これは中英語後期以降の音変化なのですが,母音に挟まれた d はいくつかの単語で摩擦音化 (fricativisation) を経ました.類例として furder > further, gader > gather, hider > hither, togeder > together, weder > weather, wheder > whether, whider > whither を挙げておきましょう.
 議論をまとめます.現代英語の観点からみると確かに sister が浮いているようにみえます.しかし,親族名称の形態の歴史をひもといていくと,実は brother こそが浮いていたと結論づけることができるのです.英語史ではしばしば出くわす「逆転の発想」の好例です.
 上の音声解説と比べるとぐんと専門的になりますが,音変化の詳細に関心のある方は,ぜひ##698,699,480,481,703の記事セットの議論もお読みください.

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2020-10-22 Thu

#4196. なぜ英語でいびきは zzz なのですか? [sobokunagimon][phonetics][onomatopoeia]

 日本語において擬音語「グーグー」で表現される典型的な「高いびき」は,調音音声学的には「無声/有声」「軟口蓋/口蓋垂」「顫動音/摩擦音」(呼気と吸気による両方がある)辺りでしょうか.これは持続音の一種ですから「グーグー」の表記から示唆される非持続音(破裂音) [ɡ] は調音様式の観点からはふさわしくない感じもしますが,調音点の観点からは,なるほど軟口蓋音 [ɡ] は,そこそこ適当ともいえます.
 一方,静かな眠りでは「スースー」寝息を立てるという言い方もします.この場合には「無声」「歯(茎)」「摩擦音」の [s] が想定されていることになります.上記の両極端の音の間くらいが,普通のいびきに相当するでしょうか.
 すると,英語の <z> の表記と [z] の音は,日本語における高いびき「グーグー」の [ɡ] と静かな寝息「スースー」の [s] との中間的な特徴を示すように見えてきました.やや大袈裟にうるさい感じを表わす「有声音」,寝息を示唆する「歯茎音」,持続音を体現する「摩擦音」を合わせて [z] という解釈です(←後付けの理屈といえばそうかもしれませんが).
 歴史的にみると,擬音としての <z> や <zzz> の表記は19世紀半ば以後の慣習です.OED より最初期の用例を挙げておきましょう.

1852 H. D. Thoreau Jrnl. 15 June (1997) V. 96 The dry z-ing of the locust is heard.
1884 R. W. Buchanan New Abelard i The bats were seen flitting with thin z-like cry high up over the waterside.
1893 R. Kipling Many Inventions 103 The oars rip out and go z-zzp all along the line.
1902 S. E. White Blazed Trail ii. 11 The rhythmical z-z-z! z-z-z! [of the saw].
1909 H. G. Wells Tono-Bungay (U.K. ed.) i. ii. 67 He had a way of drawing air in at times through his teeth that gave a whispering zest to his speech. It's a sound I can only represent as a soft Zzzz.
1909 H. G. Wells Tono-Bungay (U.K. ed.) iii. ii. 326 He meditated for a time and Zzzzed softly.
1924 Dial. Notes 5 259 Z-z-z (buzzing, or snoring).


 OED の定義では "a buzzing sound" とあり,最初期の例には確かにいびきの音というよりも虫のブンブンいう羽音やノコギリをひく音などに用いられているものが多いようです(この buzz という語からして <z> を含んでいますね).現在では z-z-z がいびきの表記として完全に定着した感がありますが,歴史的にはそれほど古いわけではないのですね.現代における定着には,マンガの影響も大きかったのではないでしょうか.

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2020-09-27 Sun

#4171. なぜ英語では vb が区別されるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][consonant][v][phonetics]

 前回の hellog ラジオ版 ([2020-09-23-1]) では「#4167. なぜ英語では lr が区別されるのですか? --- hellog ラジオ版」を取り上げました.今回も関連する話題として,英語の vb の区別について考えてみます.
 音声学的には [v] は有声唇歯摩擦音,[b] は有声両唇破裂音と呼ばれ,明確に区別されることは確かです.しかし,内実をよくみると,両音とも「声帯を震わせ」「唇を用いる」という点では共通しています.大きく異なるのは,[v] が唇と歯の隙間から呼気が抜けていくのに対して,[b] は上下の唇をいったんきっちり締めて呼気をせき止めるということです.しかし,これも唇の締めの程度問題と考えれば,小さい違いにすぎません.音声学的には [v] と [b] は,やはり似ているのです.
 それでは,以下の音声の解説をお聴きください.



 havelive のように,現在 [v] を示す語ですら,古英語では活用形によっては [b] を示したのです.ということで結論としては,[v] と [b] は英語でもやっぱり似てたんじゃん,ということになります.
 英語の [v] の子音を,日本語表記で「ヴ」とするか「ブ」とするかは,また別の興味深い問題となります.
 今回の話題に関心をもった方は,ぜひ##74,1813,3325,3628,3690の記事セットをどうぞ.

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2020-09-20 Sun

#4164. なぜ know の綴字には発音されない k があるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][consonant][silent_letter][phonetics][sound_change]

 標題は非常によく質問を受ける素朴な疑問です.英語には know, knife, knight, knee, knob など,<kn-> で綴られるものの /k/ が発音されない単語がいくつも存在します.いわゆる黙字 (silent_letter) の k です.書かれているのに読まれない,この不思議に歴史的に迫ってみましょう.以下の音声の解説を聴いてください.



 本来,問題の単語における k はしっかり発音されていました.しかし,今から300年ほど前,17世紀末から18世紀にかけての時期に,語頭の kn- における k が,かすれるようにして発音から消えていきました.一方,綴字 kn- のほうはその数十年前に標準的なものとして定着しつつあり,発音変化に連動して k の文字が失われるということはありませんでした.綴字は,自然モノの発音と異なり一種の社会制度といってもよいものなので,いったん定まってしまうと,そう簡単には変化に適応できないのですね.
 今回の話題,および黙字一般の話題については##122,3675,1095,1902,1290,3386の記事セットをどうぞ.

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2020-09-16 Wed

#4160. なぜ th には「ス」の「ズ」の2つの発音があるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][consonant][voice][th][verners_law][stress][assimilation][phonetics]

 前回の hellog ラジオ版では「#4156. なぜ英語には s と微妙に異なる th のような発音しにくい音があるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-09-12-1]) という素朴な疑問を取り上げました.今回も引き続き th-sound に関する話題です.th の綴字に対応する発音には,清んだ /θ/ と濁った /ð/ の2種類があり得ます(音声学では各々を無声音と有声音と呼んでいます).では,どのようなときに無声音となり,有声音となるのでしょうか.単語ごとに1つひとつ暗記しなければならないのでしょうか.
 残念ながら,無声音と有声音の分布を完全に予測させる「規則」というものは存在しませんが,かなり有効な「傾向」は指摘できます.今回は歴史的な観点から2つの傾向を紹介したいと思います.では,以下の音声をどうぞ.



 以上,2つの傾向を紹介しました.ある単語に現われる th が無声音か有声音かは,その意味,語形,綴字から,ある程度は推し量ることができるということが分かったでしょうか.そして,各々の傾向には数百年から千年以上の歴史があるということも重要なポイントです.昔の発音の「クセ」が現代の発音のなかに残っていると思うと不思議な感じがしますね.
 今回の素朴な疑問とその周辺の話題について,ぜひ##842,858,3713,1365,702,3298,4069の記事セットをお読みください.

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2020-09-12 Sat

#4156. なぜ英語には s と微妙に異なる th のような発音しにくい音があるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][consonant][voice][th][digraph][phonetics]

 英語には th-sound と呼ばれる変な発音があります.日本語にはない発音なので,私たちはこれを比較的近い /s/ や /z/ と聞き取り,サ行音,ザ行音で音訳する慣習に従っています.「変な発音」というのは日本語母語話者にとってだけでなく,世界の多くの非英語母語話者にとっても同様で,あまり慣れない音であることは事実です.ある意味で,th-sound は世界語としての英語の「玉に瑕」といってもよいかもしれません.では,音声の解説をお聴きください.



 th-sound は世界の言語のなかでも比較的まれな音ということですが,たまたま昔からこの音を持ち続けてきた英語の内部で考えると,とりわけ有声音の /ð/ は,the, this, that, then, there, though, with など,きわめて頻度の高い語に現われるために,実はメジャーな音といってよいのです.是非とも /θ/, /ð/ を /s/, /z/ と区別して習得しておかなければならない所以です.
 今回の素朴な疑問と関連して,##842,1022,1329の記事セットをご覧ください.

Referrer (Inside): [2020-09-16-1]

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2020-09-06 Sun

#4150. なぜ will の否定形は won't になるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][phonetics][me_dialect][auxiliary_verb]

 hellog ラジオ版の第22回は,「未来形」を学んだ多くの英語学習者が首をかしげるはずの素朴な疑問です.助動詞に not の省略形 n't を付した否定形は,たいていストレートな発音と綴字を示します.can/can't, could/couldn't, should/shouldn't, is/isn't, are/aren't, have/haven't, does/doesn't, did/didn't など,なんら問題は生じません.しかし,未来・意志の助動詞として頻度の高い will については,なぜか母音の大きく異なる won't となっているのです.おまけに l も消えてしまっています.これはいったいなぜなのでしょうか.解説の音声をどうぞ.



 hellog ラジオ版のリスナーであれば,第18回にお届けした「#4135. なぜ数詞 one は「ワン」と発音するのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-08-22-1]) で解説したのと同じ理由だなと思い当たるかもしれません.現代のように標準英語が定まっていなかった中英語期には,多数の方言が林立しており,同じ単語でも様々な「訛り」の発音が行なわれていました.「訛り」は特に母音に現われることが多く,問題の助動詞についても,方言によって will, well, wall, woll など様々な母音が聞かれました.その後,近代英語期にかけて英語が標準化していく過程で,肯定形はある方言からの will が,否定形は別の方言からの woll に基づいた won't が,標準形として選ばれてしまったというわけです.このチグハグな選択が,現在の不幸なマッチングの原因なのです.
 実は今回取り上げた中英語の方言に由来するという説のほかに,音声学的な観点からの異説もあります.異説も含めまして,##89,1298の記事セットをご覧ください.

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2020-09-02 Wed

#4146. なぜ often は「オフトゥン」と発音されることがあるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][spelling_pronunciation][phonetics]

 hellog ラジオ版の第21回は,「しばしば」を意味する基本語 often の発音に関する疑問です.この単語は一般には「オフン」と発音されるものと習いますが,実際の英語では「オフトゥン」の発音も聞かれます.いったいどちらの発音が正しいのでしょうか.そして,なぜこのように発音の揺れがみられるのでしょうか.以下の音声解説をどうぞ.



 often の /t/ を含んだ発音は,綴字に <t> があるから /t/ を発音しようという動機づけによる「綴字発音」 (spelling_pronunciation) と呼ばれる現象ということになります.ここには綴字と発音のズレを埋めたいという英語話者の心理が作用しています (cf. forehead, ate) .
 しかし,だとすると,標題の問いよりももっと重要な問いが浮かんでくるはずです.そもそもなぜ古くから <t> の文字を含んでいた often が /t/ なしで発音されるようになってしまったのかという問いです.その背景には,3子音連続の中音脱落という音変化がありました (cf. listen, castle, soften, Christmas) .
 これらの話題については,ぜひ##379,211,380,381の記事セットをお読みください.

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2020-08-26 Wed

#4139. なぜ数詞 two は「トゥー」と発音するのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][numeral][phonetics][spelling_pronunciation_gap]

 hellog ラジオ版の第19回は,前回の「#4135. なぜ数詞 one は「ワン」と発音するのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-08-22-1]) に続いて数詞 (numeral) の話題です.前回は one は綴字のどこにも <w> がないのに発音には /w/ が現われる,けしからん,という趣旨でしたが,今回はさらに不審な点を指摘したいと思います.two は綴字に <w> が現われるのに発音には /w/ が出てこないのです.英語がいかに妙ちくりんな言語であるかが,よくわかるかと思います.
 しかし,ここにもちゃんと歴史的背景があります.では,音声の解説をどうぞ.

   Two

 two の関連語で /w/ の後に前舌母音が続く twelve, twenty, twin, twain 等ではしっかり /w/ が発音されるのですが,たまたま後舌母音が続いた two については,母音と /w/ との音声学的な特徴が似ているために,歴史の過程で /w/ が脱落してしまったということです.この脱落は中英語期にはすでに始まっていたようです.
 このように発音はどんどん変わっていくものですが,綴字はその変化のスピードに付いていけず,古い発音を表わした状態に据え置かれることが多いのです.英語における綴字と発音の乖離の問題の大半は「発音は変わったけれども,綴字は昔の状態に取り残されてきた」過程の結果として説明できます.
 この話題について,詳しくは##184,1324,51,3630の記事セットをご覧ください.

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2020-08-22 Sat

#4135. なぜ数詞 one は「ワン」と発音するのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][pronunciation][numeral][etymology][phonetics][me_dialect][article][spelling_pronunciation_gap]

 hellog ラジオ版の第18回は,なぜ <w> の綴りのない one が /wʌn/ と発音されるのですか,という素朴な疑問です.英語の綴字と発音の関係はメチャクチャと言われますが,one ほどの基本語でそれが観察されるということは,やはりただ事ではありません.しかも,古今東西 <w> の文字なくして /w/ で発音される単語など他に思いつきません.ちょっとひどすぎる単語ということになります.では,その歴史的背景を覗いてみましょう.



 <one> = /wʌn/ は,いくら現代的な観点から共時的に迫っても解決しません.中英語の方言発音とその後のスペリングの標準化の過程に由来する,すぐれて歴史的な問題だからです.言語はこのように,まずもって歴史的な存在なのです.
 言語は確かに体系としての側面があります.だからこそ,現代の理論言語学が成り立っているのです.しかし,それがすべてではありません.言語特徴のなかには,前世代から受け継がれ,必ずしも現代的に再編された体系には適応せず,旧来のまま残っているものもあります.一方,現代の言語には,次の世代を見据えて先取りした新しい言語特徴も部分的に反映されています.言語は,世代ごとにゆっくりとバトンリレーを繰り返していく通時的な存在なのです.
 本来の /aːn/ が,one とその関連語において歴史の過程で環境に応じて /oʊn/, /wʌn/, /ən/, /ə/ などに発展し,それらが現在も姉妹形として共存しているのです.
 そこには半分音声学的な理屈がありますが,もう半分は歴史の戯れです.理屈で説明できるところはしっかり説明し,そうでないところは歴史の戯れとして受け入れる.言語はそれくらいの緩さを示すものなのだと思います.
 この問題と関連して,##86,89,3573,831,2723,3551の記事セットをご覧ください

Referrer (Inside): [2020-09-06-1] [2020-08-26-1]

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2020-08-13 Thu

#4126. NURSE Merger の諸相 [sound_change][phonetics][centralisation][vowel][merger][assimilation][rhotic][r][walker]

 「#3507. NURSE Merger」 ([2018-12-03-1]),「#4068. 初期近代英語の -ir, -er, -ur の融合の音声学的メカニズム」 ([2020-06-16-1]) の記事で,r の前位置の母音が歴史的に融合してきた過程に注目した.初期近代英語の音変化の大家である Dobson (724) も "No consonant exercises greater or more varied influence on the development of the words in ME and ModE than r." と述べている通り,近代英語史上きわめて影響力の大きな音変化である.
 この音変化について Hickey の論文を読む機会があった.要点がまとめられていて有益なので,その箇所を引用しよう (99--100) .

The BIRD-TERM-NURSE merger

For his discussion of short vowel centralisation before /r/ Dobson discusses /ɛ/, /ɪ/ and /ʌ/ separately and in that order. However, he sees the development of all three vowels as similar and as having taken place in the early seventeenth century, in "Standard English", though earlier "in the dialects" (Dobson 1968, 746). The centralisation took place "because of the influence of the following r to the central vowel [ə]". He continues to state that "[t]he reason for the retraction was to anticipate the pronunciation of the r, for [ə] is a vowel closely allied to the ModE [r]". Lass (2006, 91) sees the centralisation for all three ME vowels as having taken place somewhat later and mentions Nares (1794) as the first writer to say that "vergin, virgin and vurgin would be pronounced alike".
   Dobson (1968, 746) states that the schwa vowel "must have been of approximately the same quality as PresE [ə] which later develops from it when the r is vocalized to [ə]". There is an important conclusion from these remarks, namely that centralisation presupposes the existence of a following /r/ so that the loss of rhoticity must be dated after the centralisation. Confirmation of this is found from prescriptive authors of the eighteenth century. For instance, John Walker in his Critical Pronouncing Dictionary of 1791 has 'bu2rd' for bird, his u2 represents schwa (in his principle 172 he states that the vowel value is the same as that in done, son). Walker also transcribes bird with "r" but we know that he favoured the retention of non-prevocalic /r/ even though he recognised that it was rapidly losing ground during his lifetime.


 ここから NURSE Merger のクロノロジーについて改めてポイントを抜き出すと,次のようになる.

 (1) 融合が生じた時期は,17世紀初期から18世紀末までと諸説間に幅がある
 (2) 標準英語では非標準英語よりも遅かった
 (3) まず前舌母音どうしが中舌化して融合し,その後に後舌母音が融合した
 (4) 問題の母音の融合は /r/ の消失の前に生じた

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 1st ed. Oxford: Clarendon, 1957. 2 vols.
 ・ Hickey, Raymond. "Vowels before /r/ in the History of English." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 95--110.
 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 43--108.
 ・ Nares, Robert. Elements of Orthoepy. 1794. Reprint. Menston: Scolar P, 1968.

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2020-08-12 Wed

#4125. なぜ women は「ウィミン」と発音するのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][spelling_pronunciation_gap][plural][etymology][disguised_compound][phonetics]

 hellog ラジオ版の第15回は,スペリングと発音の不一致しない事例の1つを取り上げます.women = /ˈwɪmɪn/ は,どうひっくり返っても理解できないスペリングと発音の関係です.単数形は woman = /ˈwʊmən/ となり,まだ理解できるのですが,複数形の women = /ˈwɪmɪn/ は,いったい何なのかという疑問です.以下をお聴きください.



 最後のところで英語史の教訓として述べたように,現在不規則にみえるものが歴史的には規則的であり,説明を要しないということは多々あります.むしろ,現在規則的にみえるもののほうが歴史的には問題となってくるパターンが多いのです.
 また,今回の話題のように,英語史と音声学の知識はしばしば関わり合います.本格的に英語史を学んでみたいという方は,是非とも音声学もいっしょに学んでください.英語史のおもしろさのかなりの部分は発音の変化にあります.今回取り上げた問題とその周辺については,##223,224の記事セットをどうぞ.

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2020-07-24 Fri

#4106. gaunt, aunt, lamp, danger --- 歴史的な /a(u)NC/ がたどった4つのルート [sound_change][vowel][diphthong][gvs][phonology][phonetics][anglo-norman][french][loan_word]

 歴史的に /a(u)NC/ の音連鎖をもっていた借用語は,標題に例示した通り,現代英語において4種類の発音(と揺れ)を示し得る.[ɔː 〜 ɑː], [ɑː 〜 æ(ː)], [æ(ː)], [eɪ] である.4種類間の区別は,音環境により,そしてある程度までは借用のソース方言により説明される.歴史的な /a(u)NC/ 語がたどってきた4つのルートをまとめた Minkova (241) による図表を,多少改変した形で以下に挙げよう.

SourceOutputExamples
/aNC/ (AN <-aunC>)[ɔː 〜 ɑː]gaunt, haunt, laundry, saunter
/aNC/ (OFr <-anC>)[ɑː 〜 æ(ː)]aunt, grant, slander, sample, dance
/aNC#/[æ(ː)]lamp, champ, blank, flank, bland
/aNC (palat. obstr.)/[eɪ]danger, change, range, chamber


 gaunt タイプはおよそアングロ・ノルマン語に由来し,aunt タイプは古(中央)フランス語に由来する.lamp タイプは,問題の音連鎖が語末に来る場合に観察される.danger タイプは,典型的には [ʤ] の子音が関わる語にみられ,大母音変化 (gvs) を経て長母音が2重母音変化した結果を示している(中西部から北部にかけての中英語方言の [aː] がベースとなったようだ).
 いずれのタイプについても,中英語のスペリングとしては母音部分が <a> のみならず <au> を示すことも多く,当時より母音四辺形の下部において音声実現上の揺れが様々にあったことが窺われる.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-06-16 Tue

#4068. 初期近代英語の -ir, -er, -ur の融合の音声学的メカニズム [rhotic][r][vowel][sound_change][emode][phonetics][centralisation][merger][assimilation]

 標記の音変化は,本ブログでもすでに扱ったように「#3507. NURSE Merger」 ([2018-12-03-1]) と呼ばれている.その音声学的メカニズムについて Minkova (277--78) の解説を聞いてみよう.

A coda /-r/ is a neutralising environment. For the short vowels neutralisation of [ɪ], [ʊ], [ɛ] results in merger into the featurally neutral schwa outcome. The phonetic rationale behind this is the coarticulation of the short vowel + /-r/ which affects both segments: it lowers and centralises the vowel, while the adjacent sonorant coda becomes more schwa-like; its further weakening can eliminate the consonantal cues, leading to complete loss of the consonantal properties of /r/. The difficulty of perceiving the distinctive features of pre-/r/ vowels is attributed to the acoustic similarity of the first two formants of [ɹ], [ɻ], and [ə 〜 ɨ] . . . .


 音節末 (coda) の /r/ は,直前の母音を中舌化(いわゆる曖昧母音化)させ,それにより /r/ 自身も子音的性質を減じて中舌母音に近づく.結果として,/r/ は子音性を完全に失うことになり,直前の短母音と合流して対応する長母音となる,という顛末だ.本来は固有の音声的性質を保持していた2音が,相互に同化 (assimilation) し,ついには弛緩しきった [əː] へと終結したという,何だか哀れなような,だらしないような結果だが,これが英単語の語末には溢れているのだから仕方ない.
 関連して,「#2274. heart の綴字と発音」 ([2015-07-19-1]) の記事もどうぞ.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

Referrer (Inside): [2020-08-13-1]

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