hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     1 2 3 4 5 次ページ / page 1 (5)

historiography - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-10-26 08:42

2021-07-09 Fri

#4456. 黒人英語 (= AAVE) を巡る6つの立場 [aave][creole][ame][sociolinguistics][variety][historiography]

 African American Vernacular English (= AAVE),いわゆる黒人英語の話題について aave の各記事で取り上げてきた.AAVE の起源と発達を巡っては激しい論争が繰り広げられてきたし,現在も続いている.つまり決定的な解答は与えられていないといってよい.
 よく知られているのは,クレオール語起源説 (creolist hypothesis) かイギリス変種起源説 (Anglicist hypothesis) かを巡る対立である.これについては「#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題」 ([2014-06-25-1]),「#2739. AAVE の Creolist Hypothesis と Anglicist Hypothesis 再訪」 ([2016-10-26-1]) などで紹介した.
 しかし,AAVE を巡る学史は,この2つの派閥の間の論争の歴史として単純にくくることはできない.ほかにもいくつかの立場があるのだ.Lanehart (1826--27) が,ハンドブックにて6つの立場を端的に解説してくれている.箇条書きで引用しよう(なお,Lanehart は African American Language (= AAL) という呼称を用いている).

(1) Anglicist (aka Dialectologist), which purports that Africans in American (sic) learned regional varieties of British English dialects from British overseers with little to no influence from their own native African languages and cultures;

(2) Creolist, which purports that AAL developed from a prior US creole developed by slaves that was widespread across the colonies and slave-holding areas (though Neo-Creolists acknowledge there likely was not a widespread creole but one that emerged in conditions favorable to creole development);

(3) Substratist, which purports that distinctive patterns of AAL are those that occur in Niger-Congo languages such as Kikongo, Mande, and Kwa;

(4) Ecological and Restructuralist, which is a perspective within the Anglicist position that acknowledges the difficulty of knowing the origins of AAL but proposes that we can say something useful about Earlier AAL (not nascent AAL) given settlement and migration patterns as well as socio-ecological issues;

(5) Divergence/Convergence, which purports that AAL diverges and converges to white varieties over the course of its history with respect to changes in and degrees of racism, segregation, inequalities, and inequities that fluctuate across time and differs (sic) regionally; and

(6) Deficit, which purports that AAL is based on the assumption that Africans in America and their culture are inferior to whites and their language learning as a result was imperfect and bastardized.


 各々の仮説には,純粋に言語学的な知見が反映されている部分もあれば,提唱者や支持者のイデオロギーや認識論的な立場が色濃く反映されている部分もある.後者が入り込むからこそ議論がややこしくなる,というのがこの問題の抱える深い悩みである.

 ・ Lanehart, Sonja L. "Varieties of English: Re-viewing the Origins and History of African American Language." Chapter 117 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1826--39.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-07-03 Sat

#4450. 中英語期は,英語とフランス語が共存・接触した時代 [french][contact][anglo-norman][bilingualism][reestablishment_of_english][historiography][language_myth][linguistic_ideology]

 伝統的な英語史記述では,中英語期は英語が(アングロ)フランス語のくびきの下にあった時代として描かれる.1066年のノルマン征服の結果,英語はイングランド社会において自律性を失い,代わってフランス語が「公用語」となった.しかし,12世紀以降,英語の復権はゆっくりではあるが着実に進み,14世紀後半には自律性を回復するに至った.このように,中英語期に関しては,浮かんでいた英語がいったん沈み,再び浮かび上がる物語として叙述されるのが常である.
 しかし,Trotter (1782) は,このような中英語期の描き方は神話に近いものだと考えている.当時の英語と(アングロ)フランス語の関係は,浮き沈みの関係,あるいは時間軸に沿って交替した関係ではなく,むしろ共存・接触の関係とみるべきだと主張する.この時代にフランス語が英語に与えた言語的影響を考察する上でも,共存・接触関係を前提とすることが肝要だと説く.

In much which is still being written on the history of medieval English, the specialist scholarship from the Anglo-French perspective has not been taken into account. Even in quite recent publications, Middle English scholarship continues to recycle a history of Anglo-French to which Anglo-French specialists would no longer subscribe. A particular example in the persistence of the traditional "serial monolingualism" model . . ., according to which Anglo-Saxon gives way to Anglo-French, pending the revival of Middle English, with each language succeeding the other. Born out of the 19th-century nationalist ideology which accompanied and prompted the emergence of philology in England and elsewhere . . ., this model ignores the reality of the long-term coexistence of languages, and of language contact . . . . Prominent amongst the areas in which language contact, going far beyond the limited "cultural borrowing" model, is evident, are (a) wholesale lexical transfer, (b) language mixing, (c) morphosyntactic hybridization, and (d) syntactic/idiomatic influences.


 確かに中英語期にフランス語が英語に与えた言語的影響の話題を導入する場合,まずもって文化語の借用から話しを始めるのが定番だろう.典型的には「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]) や「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) などを提示するということだ.しかし,そこで止まってしまうと,両言語の接触に関して表面的な理解しか得られずに終わることになる.一歩進んで,引用の (a), (b), (c), (d) のような,より深い言語的影響があったことまで踏み込みたいし,さらに一歩進んで両言語の関係が長期にわたる共存・接触の関係だったことに言及したい.

 ・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-06-28 Mon

#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか? [historiography][dutch][flemish][low_german][contact][loan_word][borrowing][purism][register][oed]

 昨日の記事「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1]) でも触れたように,英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきたきらいがある (cf. 「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1])).これは英語史記述に関する小さからぬ問題と考えているが,なぜそうだったのだろうか.
 Hendriks (1660) によれば,過小評価されてきた理由の1つとして,オランダ語を代表とする低地諸語がいずれも英語と近縁言語であり,個々の単語の語源確定が困難である点を指摘している.積極的にオランダ語由来であると判定できない限り,英語本来語であるという保守的な判断が優先されるのも無理からぬことだ.英語史はまずもって英語の存在を前提とする学問である以上,この点において強気の議論を展開することは難しい.明らかに英語とは異質の語源であると判明しやすいフランス語(そして,ある程度そうである古ノルド語)と比べれば,この点は確かに理解できる.

[C]ontributions from the Scandinavian and French languages to the lexicon of English, for example, are discussed in terms of certainty, whereas contributions from the closely related varieties of "Low Dutch" or "Low German" are couched in terms of "probably" or "possibly" or are simply not discussed.


 しかし,それ以上に Hendriks が強調しているのは,従来の英語史の標準的参考書の背景に横たわる "purist language ideologies" (1659) である.Hendriks はさほど過激な物腰で論じていてるわけではないのだが,効果としては伝統的な英語史記述に対する強烈で辛辣な批判となっているといってよい.非常に注目すべき論考だと思う.
 Hendriks は議論を2点に絞っている.1つめは,OED の文学テキスト偏重への批判である.OED は伝統的に,中英語における複数言語の混交した "macaronic" なテキストをソースとして除外してきた.実際には,このような実用的で現実的なテキストこそが,まさにオランダ語などからの新語導入の契機を提供していたかもしれないという視点が,OED には認められなかったということである(ただし,目下編纂中の第3版においてはこの点で改善が見られるということは Hendriks (1669) 自身も言及している).
 もう1つは上記とも関連するが,OED は現代の標準英語に連なる英語変種にしか焦点を当ててこなかったという指摘だ.オランダ語からの借用語は,むしろ標準英語から逸脱したレジスター,例えば商業分野や通商分野の "macaronic" なレジスターでこそ活躍していたと想定されるが,OED なり英語史の標準的参考書では,そのような非標準的なレジスターはまともに扱われてこなかった.Hendriks (1662) 曰く,

Non-literary sources such as macaronic business writings, however, may be more likely to reflect the vernacular of London than the more pure literary texts selected to compile the atlas. Given the literary emphasis in the OED and the LALME, the range of topics which appear in these sources may be considerably restricted. The consequence of this is that entire semantic fields --- such as those pertaining to industrial or commercial relations, that is, fields where the significant contribution of Low Dutch to the English lexicon would be observed --- remain undocumented.


 さらに,近代英語期以降に限れば,OED は "Standard English" 以外のソースを軽視してきたという事実も指摘せざるを得ない.
 要するに,オランダ借用語が存在感を示してきたはずのレジスターが,OED を筆頭とする標準的レファレンスのソースには含まれてこなかったということなのだ.これは,英語史の historiography における本質的な問題と言わざるを得ない.

 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

Referrer (Inside): [2021-06-29-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-01-12 Tue

#4278. クブラーの『時のかたち』からのインスピレーション [historiography][periodisation][speed_of_change][language_change][teleology]

 ある言語の体系や正書法を「本来非同期的な複数の時のかたちが一瞬出会った断面」ととらえる見解について,美学者・考古学者のクブラー (George Kubler [1912--96]) を引用・参照しながら「#3911. 言語体系は,本来非同期的な複数の時のかたちが一瞬出会った断面である」 ([2020-01-11-1]) の記事で論じた.また,クブラー流の歴史観・時間観に触発されて,他にも「#3083. 「英語のスペリングは大聖堂のようである」」 ([2017-10-05-1]),「#3874. 「英語の正書法はパリのような大都会である」」 ([2019-12-05-1]),「#3912. (偽の)語源的綴字を肯定的に評価する (1)」 ([2020-01-12-1]),「#3913. (偽の)語源的綴字を肯定的に評価する (2)」 ([2020-01-13-1]) の記事を書いてきた.
 今回,クブラーの『時のかたち』を読了し,言語がそのなかで変化していく「時間」について,改めて考えを巡らせた.言語変化の速度 (speed_of_change) や言語史における時代区分 (periodisation) に関してインスピレーションを得た部分が大きいので,関連する部分を備忘録的に引用しておきたい.

 物質の空間の占め方がそうであるように,事物の時間の占め方は無限にあるわけではない.時間の占め方の種類を分類することが難しいのは,持続する期間に見合った記述方法を見つけ出すことが難しかったからである.持続を記述しようとしても,出来事を,あらかじめ定められた尺度で計測しているうちに,その記述は出来事の推移とともに変化してしまう.歴史学には定められた周期表もなく,型や種の分類もない.ただ太陽時と,出来事を区分けする旧来の方法が二,三あるのみで,時間の構造についての理論は一切なかったのである.
 出来事はすべて独自なのだから分類は不可能だとするような非現実的な考え方をとらず,出来事にはその分類を可能とする原理があると考えれば,そこで分類された出来事は,疎密に変化する秩序を持った時間の一部として群生していることがわかる.この集合体のなかには,後続する個々の出来事によってその要件が変化していくような諸問題に対して,漸進的な解決として結びつく出来事が含まれている.その際,出来事が急速に連続すればそれは密な配列となり,多くの中断を伴う緩慢な連続であれば配列は疎となる.美術史ではときおり,一世代,ときには一個人が,ひとつのシークエンスにとどまらず,一連のシークエンス全体のなかで,多くの新しい地位を獲得することがある.その対極として,目前の課題が,解決されないまま数世代,ときには何世紀にもわたって存続することもある.(189--90)


時代とその長さ
こうして,あらゆる事物はそれぞれに異なった系統年代に起因する特徴を持つだけでなく,事物の置かれた時代がもたらす特徴や外観としてのまとまりをも持った複合体となる.それは生物組織も同様である.哺乳類の場合であれば,その血液と神経は生物史(絶対年代)的な見地での歴史が異なっているし,眼と皮膚というそれぞれの組織はその系統年代と異なっている.
 事物の持続期間は絶対年代と系統年代というふたつの基準で計測が可能である.そのために歴史的時間は未来から現在を通過して過去へと続く単純な絶対年代の流れに加えて,系統年代という多数の包皮から構成されているとみなすことができる.この包皮は,いずれも,それが包んでいるその内容によって持続時間が決定されるために,その輪郭は多様なものとなるが,大小の異なった形状の系に容易に分類することができる.誰しも自身の生活のなかの同じ行為の初期のやり方と後期のやり方からなるこのようなパターンの存在を見出すことができるが,ここで,個人の時間における微細な形式にまで立ち入るつもりはない.それらは,ほんの数秒の持続から生涯にわたるものまで,個人のあらゆる経験に見出すことができる.しかし,私たちがここで注目したいのは,人の一生より長く,集合的に持続して複数の人数分の時間を生きている形や形式についてである.そのなかで最小の系は入念につくり上げられた毎年の服装の流行である.それは,現代の商業化された生活では服飾産業によるものであり,産業革命以前には宮廷の儀礼によるものであった.そこではこの流行を着こなすことが外見的に最も確かな上流階級の証しだったのである.一方,全宇宙のような大規模な形のまとめ方はごくわずかである.それらは人類の時間を巨視的にとらえた場合にかすかに思い浮かぶ程度のものである.すなわち,西洋文明,アジア文化,あるいは先史,未開,原始の社会などである.そして最大と最小の中間には,太陽暦や十進法にもとづく慣習的な時間がある.世紀という単位の本当の優位性は,おそらく自然現象にも,またそれが何であれ,人為的な出来事のリズムにも対応していないことになるのかもしれない.その例外は,西暦千年紀が近づいたときに終末論的な雰囲気が人々を襲ったことや,フランス革命中に恐怖政治が行われた一七九〇年代との単なる数値の類似が一八九〇年以降に世紀末の無気力感を引き起こしたことぐらいである.(193--95)


私たちは,〔中略〕時間の流れを繊維の束と想定することができる.それぞれの繊維は,活動のための特定の場として必要に応え,繊維の長さは必要とその問題に対する解決の持続に応じてさまざまである.したがって,文化の束は,出来事という繊維状のさまざまな長さの期間で構成される.その長さはたいてい長いのだが,短いものも多数ある.それらはほとんど偶然によって並べられ,意識的な将来への展望や緻密な計画によって並べられることはめったにないのである.(228)


 最後の引用にある比喩を言語に当てはめれば,言語体系とは異なる長さからなる繊維の束の断面であるという見方になる.「言語体系」を,その部分集合である「正書法」「音韻体系」「語彙体系」などと置き換えてもよい.これと関連する最も理解しやすい卑近な例として,数語からなる短い1つの英文を考えてみるとよい.その構成要素である各語の語源(由来や初出年代)は互いに異なっており,体現される音形・綴字や,それらを結びつけている文法規則も,各々歴史的に発展してきたものである.この短文は,異なる長さの時間を歩んできた個々の部品から成り立っており,偶然にこの瞬間に組み合わされて,ある一定の意味を創出しているのである.

 ・ クブラー,ジョージ(著),中谷 礼仁・田中 伸幸(訳) 『時のかたち 事物の歴史をめぐって』 鹿島出版会,2018年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-09-22 Tue

#4166. 英語史の各時代のコーパスを比較すれば英語史がわかる(かも) [academic_conference][corpus][eebo][glowbe][laeme][lalme][historiography][standardisation]

 一昨日の9月20日(日),2020年度駒場英語史研究会にて,特別企画「電子コーパスやオンライン・リソースを使った英語史研究 ― その実践と可能性」に発表者として参加しました.Zoom でのオンライン大会でしたが,円滑に会が進行しました.(企画のご提案から会の主催までお世話になりました寺澤盾先生(東京大学),発表者の家入葉子先生(京都大学)と菊地翔太先生(明海大学),および参加者すべての方々には,貴重な機会とインスピレーションをいただきました.お礼申し上げます.)
 トップバッターの私自身の発表では「LAEME & LALME を用いた英語史研究入門」と題して,中英語を代表する2つの姉妹コーパス LAEMEeLALME を紹介しました.続いて,家入先生の「データベースの利用によるコーパス言語学 --- Early English Books Onlineを中心に」と題する発表では,初期近代英語期を代表するコーパス EEBO Online corpus が紹介されました.最後に,菊地先生による「Corpus of Global Web-Based English(GloWbE)を用いた World Englishes 研究の可能性」という発表により,21世紀の World Englishes 時代を象徴する GloWbE が導入されました(←私にとって未知だったので驚きの連続でした).
 各々の発表はコーパスの紹介とデモにとどまらず,その可能性や「利用上の注意」にまで触れた内容であり,発表後のディスカッションタイムでは,英語史研究においてコーパス利用はどのような意義をもつのかという方法論上の肝心な議論にまで踏み込めたように思います(時間が許せば,もっと議論したいところでした!).
 中英語,近代英語,21世紀英語という3つの異なる時代の英語を対象としたコーパスを並べてみたわけですが,研究会が終わってからいろいろと考えが浮かんできました.同じ英語のコーパスとはいえ,対象とする時代が異なるだけで,なぜ検索の仕方も検索の結果もインターフェースもここまで異なるのだろうかということです.その答えは「各々の時代における英語の(社会)言語学的事情が大きく異なっているから,それと連動して(現代の研究者が編纂する)コーパスのあり方も大きく異ならざるを得ない」ということではないかと思い至りました.
 逆からみれば,各時代のコーパスがどのように編纂され,どのように使用されているかを観察することにより,その時代の英語の(社会)言語学的事情が浮き彫りになってくるのではないか,ということです.そうして時代ごとの特徴がきれいに浮き彫りになってくるようであれば,それを並べてみれば,ある種の英語史記述となるにちがいない.換言すれば,各時代のコーパス検索に伴うクセや限界みたいなものを指摘していけば,その時代の背後にある言語事情が透けて見えてくるのではないかと.ここから「コーパスのあり方からみる英語史」のような試みが可能となってきそうです.
 時代順にみていきます.中英語期は標準形が不在なので,ある単語を検索しようとしても,そもそもどの綴字で検索すればよいのかという出発点からして問題となります (cf. 「#1450. 中英語の綴字の多様性はやはり不便である」 ([2013-04-16-1])).実際,中英語辞書 MED である単語を引くにしても,そこそこ苦労することがあります.LAEME や LALME でも検索インターフェースには様々な工夫はなされていますが,やはり事前の知識や見当づけが必要ですので,検索が簡単であるとは口が裂けても言えません.現実に標準形がないわけですから,致し方がありません.
 次に初期近代英語期ですが,EEBO は検索インターフェースが格段にとっつきやすく,一見すると検索そのものに問題があるようには見えません.しかし,英語史的にはあくまで標準化を模索している時代にとどまり,標準化が達成された現代とは事情が異なります.つまり,標準形とおぼしきものを検索欄に入れてクリックしたとしても,実は拾い漏れが多く生じてしまうのです.公式には実装されているとされる lemma 検索も,実際には思うほど精度は高くありません.落とし穴がいっぱいです.
 最後に,21世紀英語の諸変種を対象とする GloWbE については,(ポスト)現代英語が相手ですから,当然ながら標準形を入力して検索できます.しかし,BNC や COCA のような「普通の」コーパスと異なるのは,返される検索結果が諸変種に由来する多様な例だということです.
 大雑把にまとめると次のようになります.

 代表コーパス検索法などに反映される「コーパスのあり方」(社会)言語学的事情
中英語LAEME, LALME検索法が難しい標準形がない
初期近代英語EEBO検索法が一見すると易しい標準形が中途半端にしかない
21世紀英語GloWbE検索法が易しい標準形はあるが,その機能は変種によって多様


 異なる時代のコーパスを比べてみると,英語史がみえてくるということがよく分かりました.駒場英語史研究会での発表の機会をいただき,改めて感謝します.

Referrer (Inside): [2021-05-10-1] [2020-09-25-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-08-30 Sun

#4143. 英語史のキーワードを10個挙げなさいといわれたら? [historiography][hel_education][terminology]

 前期に大学院の授業で標題について議論したことがある.まずは個人に好き好きに英語史のキーワード,キーフレーズ,用語を複数挙げてもらい,後に皆で投票し,最も人気のあるキーワードを決めるという単純な遊びである.お互いの関心の所在もわかっておもしろいし,英語史の本質を突くキーワードリストができあがるかもしれない.英語史概説の講義を計画したり,通史を書こうとする場合にも,数個の核心的なキーワードがあると便利だろう.
 MURAL というオンラインの視覚ツールを利用して実際に行なってみたら,とてもおもしろいキーワードリストができあがった.上位から順番に10個まで挙げてみよう.

 ・ Norman Conquest
 ・ semantic change
 ・ spelling-pronunciation gap
 ・ Great Vowel Shift
 ・ standardisation
 ・ World Englishes
 ・ Grimm's Law
 ・ Old Norse
 ・ loss of grammatical gender
 ・ inkhorn terms

 なるほど,英語史を大づかみにしようと思ったら,この10のキーワードを中心に据えるだけでも,そこそこうまく行きそうな気がしてきた.1人の頭で10個出していたならば,それはそれである種の一貫した別のリストができあがっていたものと思われるが,おそらく皆で出した今回のリストのほうが優れているしおもしろいのではないか.多様な視点が加味された上での選ばれしキーワードだからだ.
 簡単,有益,かつおもしろい実験だった.関連して「#4084. 英語史のために必要なミニマルな言語学的知識」 ([2020-07-02-1]) も参照.

Ten HEL Keywords by MURAL

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-08-20 Thu

#4133. OED による英語史概説 [oed][lexicology][lexicography][historiography][toc][hel][hel_education]

 OED のサイトには当然ながら英語史に関する情報が満載である.じっくりと読んだことはなかったのだが,掘れば掘るほど出てくる英語史のコンテンツの宝庫だ.OED が運営しているブログがあり,そこから英語史概説というべき記事を以下に挙げておきたい.
 OED らしく語彙史が中心となっているのはもちろん,辞書編纂の関心が存分に反映されたユニークな英語史となっており,実に読み応えがある.とりわけ古い時代の英語の evidence や manuscript dating の問題に関する議論などは秀逸というほかない(例えば Middle English: an overview の "Our surviving documents" などを参照).また,終着点となる20世紀の英語の評論などは,今後の英語を考える上で必読ではないか.
 是非,以下をじっくり読んでもらえればと思います.

 ・ Old English --- an overview
    - Historical background
    - Some distinguishing features of Old English
    - The beginning of Old English
    - The end of Old English
    - Old English dialects
    - Old English verbs
    - Derivational relationships and sound changes
       - cf. Old English in the OED
 ・ Middle English: an overview
    - Historical period
    - The most important linguistic developments
    - A multilingual context
    - Borrowing from early Scandinavian
    - Borrowing from Latin and/or French
    - Pronunciation
    - A period characterized by variation
    - Our surviving documents
 ・ Early modern English --- an overview
    - Boundaries of time and place
    - Variations in English
    - Attitudes to English
    - Vocabulary expansion
    - 'Inkhorn' versus purism
    - Archaism and rhetoric
    - Regulation and spelling reform
    - Fresh perspectives: Old English and new science
 ・ Nineteenth century English: an overview
    - Communications and contact
    - Local and global English
    - Recording the language
    - A changing language: grammar and new words
    - The science of language
 ・ Twentieth century English: an overview
    - Circles of English
    - Convergence: the birth of cool
    - Restrictions on language
    - Lexis: dreadnought and PEP talk
    - Modern English usages

Referrer (Inside): [2020-08-31-1] [2020-08-24-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-07-02 Thu

#4084. 英語史のために必要なミニマルな言語学的知識 [historiography][hel_education][terminology]

 英語史は教養的な科目であり,英語学や言語学を専攻とする学生にも広く開かれている.とはいっても,英語史のおもしろさを理解するためには,ある程度の言語学の知識があったほうがよいことは間違いない.では,どのくらい言語学を知っていればよいのか.この問題について Blockley (18) が論じており,"the minimal amount of linguistics needed to convey change in English over at least the last thousand years" について考える必要性を説いている.論考の冒頭部分を,省略しながら引用する.

   My approach in this overview is rather to direct attention to a few disparate linguistic objects of various sizes, from the phoneme to the sentence, and a few terms for the linguistic descriptions that are claimed to affect such objects. . . .
   These topics are therefore "essential" not so much in representing core concepts of linguistics as a science, but rather in the paramedic sense of indispensable --- whether or not these perceived units and processes turn out to be central to the history of English, you cannot describe the set of language changes that encompass English without knowledge of and reference to them. . . . The selection here is therefore relentlessly practical . . . . I hope that even those who find this cross-training teasingly minimalist may consider these and other combinations that raise questions of definition. Such questions lead us across disciplines, theoretical orientations, and sub-periods of English. (Blockley 18--19)


 Blockley が自身の提案として以下の10のキーフレーズ・概念を示している.

 ・ Palatalization
 ・ Allophones
 ・ Regularized DO
 ・ Stress Shift
 ・ Grammaticalization
 ・ Phonemic Length
 ・ Complementation
 ・ Diphthongization
 ・ "You was" Declared Ungrammatical Though Not Plural
 ・ Raising and Fronting


 いずれも英語史の異なる時代の異なる現象を説明する際に,繰り返し使わざるを得ない重要な語句あるいは概念であるとして,Blockley が自らの「英語史」の背骨として設定したベスト10というわけだ.
 やや音声学的知識にウェイトがかかっているリストだが,私自身も英語史のおもしろさの半分以上は音声(とその周辺)にあると考えているので,共感はできる.もちろん,英語史を教える(学ぶ)者が10人いれば10通りのベスト10のキーフレーズがあがってくるだろうし,各々考えてみることが重要であり,おもしろいのだと思う.英語史の通史を書く場合や,講義を準備する場合にも,多かれ少なかれこのような少数の要点をくくり出すことがどうしても必要となってくるはずだろう.

 ・ Blockley, Mary. "Essential Linguistics." Chapter 3 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 19--24.

Referrer (Inside): [2020-08-30-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-06-21 Sun

#4073. 地獄の英語史からホテルの英語史へ [hel_education][historiography]

 Adams の英語史教育に関する論考を読んだ.標題は Adams (1171) の第5節のタイトル "From HEL to HOTEL" にちなむ.HEL, HOTEL とはそれぞれ "The History of English" と "History of the English Language" の頭字語で,「英語史」を指すことには変わらないが,イメージとして責め苦 (punishment) の「地獄」なのか,おもてなし (hospitality) の「ホテル」なのかという大きな違いがある.伝統的で文献学的な苦しい「英語史」から一皮むけて,21世紀的かつ関連諸分野に目配りした入りやすい「英語史」へと変貌する必要があるという主張である.
 私は Adams の主張に基本的に賛同する.地獄とホテルという比喩が良いかどうかは別として,student-friendly な,言い方を換えれば,現実的な観点をもって,学ぶ意義がもっとよく分かるような英語史が是非とも必要だと考えている.Adams の論考中に,英語史の通史記述という呪縛から解き放たれてもよいのではないかという指摘が何度もみつかるが,これについては私も薄々感じていたところだった.英語史の通史が紡ぎ出してくれる物語は,確かに重要だし,おもしろくもあるので,講義などから完全に外すわけにもいかない.しかし,各学生が現代英語について抱いている問題意識を,歴史的な観点をもって自ら掘り下げていくという主体的なコミットメントを促すことも同じくらい重要ではないかと.この両方を実現できればベストだが,限られた時間やリソースのなかで達成するのは至難の業である.
 本ブログの各所で,英語史という学問の意義や教え方・学び方について論じてきた.例えば以下の記事である(これを一括した記事セットからもどうぞ.)

 ・ 「#4021. なぜ英語史を学ぶか --- 私的回答」 ([2020-04-30-1])
 ・ 「#3641. 英語史のすゝめ (1) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-16-1])
 ・ 「#3642. 英語史のすゝめ (2) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-17-1])
 ・ 「#24. なぜ英語史を学ぶか」 ([2009-05-22-1])
 ・ 「#1199. なぜ英語史を学ぶか (2)」 ([2012-08-08-1])
 ・ 「#1200. なぜ英語史を学ぶか (3)」 ([2012-08-09-1])
 ・ 「#1367. なぜ英語史を学ぶか (4)」 ([2013-01-23-1])
 ・ 「#2984. なぜ英語史を学ぶか (5)」 ([2017-06-28-1])
 ・ 「#4019. ぜひ英語史学習・教育のために hellog の活用を!」 ([2020-04-28-1])
 ・ 「#3922. 2019年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2020-01-22-1])
 ・ 「#4045. 英語に関する素朴な疑問を1385件集めました」 ([2020-05-24-1])

 上のいくつかの記事でも指摘しているように,英語史は教養的で学際的な分野である.Adams (1164) もこの点を強調している.

The history of English is a naturally interdisciplinary subject, one in which many elements of a liberal education converge --- if professors and students (and administrators) keep that in mind, it can be the most significant intellectual experience of an undergraduate's career.


 目下,コロナ禍でオンライン学期となっているが,この教育・学習環境の大きな変化を受け,否が応でも英語史教育・学習の意義という本質的な問題に改めて向き合わざるを得なくなっている.

 ・ Adams, Michael. "Resources: Teaching Perspectives." Chapter 74 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1163--78.

Referrer (Inside): [2021-03-04-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-09-26 Thu

#3804. 英語史のパターン [hel_education][historiography]

 昨日も引用した近藤和彦(著)の新書のイギリス史に,「イギリス史のパターン」と題するセクションがある (16) .俯瞰的かつ示唆に富む文章として引用しておきたい.

 氷期が終わるとともに,ブリテン諸島は海によってヨーロッパ大陸から隔てられ,グレートブリテン島とアイルランド島も分離した.だが,これは孤立の始まりではない.海は人や文化を隔てるだけでなく,結びつけもする.イギリス史はけっしてブリテン諸島だけで完結することなく,広い世界との関係において展開する.農耕・牧畜民やローマやヴァイキングをはじめとして,海の向こうからくる力強く新しい要素と,これを迎える諸島人の抵抗と受容,そして文化変容.これこそ先史時代から現代まで,何度となくくりかえすパターンであった.
 こうしたことをくりかえすうちに,やがてイギリス人が外の世界へ進出し,他を支配し従属させようとする.その摩擦と収穫をはじめとして,さまざまの経験を重ねつつ,競合し共存し,それぞれに学びあい,新しい秩序が形成される.二一世紀のイギリスと世界は,そうした歴史の所産である.


 この文章中の「イギリス史」を「英語史」と置き換えても,そのまま当てはまることに驚く.この文章は,ほぼそのままで「英語史のパターン」の文章として読み替えることができるのだ.鍵となる概念をつなげれば,接触・競合・混合・共存・変容・支配・従属・消失・獲得・秩序といったところだろうか.これに沿ってイギリス史も英語史も展開してきたといえる.

 ・ 近藤 和彦 『イギリス史10講』 岩波書店〈岩波新書〉,2013年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-03-31 Sun

#3625. 地球史から学ぶ4つの視点 [historiography][methodology][complex_system]

 時間をかけて鎌田(著)『地球の歴史』の3巻本を読み終えた.人類史,世界史,日本史などをズームアウトした巨視的な視点でとらえるビッグ・ヒストリーがはやっているが,この地球史からみると,人類の歴史なり言語の歴史なりがいかに小さな話題かがわかる(「#751. 地球46億年のあゆみのなかでの人類と言語」 ([2011-05-18-1]) を参照).ただし時間的に小さな話題ではあるが,その重要性を矮小化するわけではない.大きな視点に立つと見方が変わってくるということだ.
 著者は,第3巻の「長めのあとがき」で「地球科学特有のものの考え方,視座がある」 (255) として4点を挙げている.

 (1) 科学的ホーリズム (Holism)
 (2) 長尺の目
 (3) 歴史の不可逆性
 (4) 現場主義,または「百聞は一見に如かず」

 これらの点は,同じ歴史を扱う学問としての英語史にとっても示唆的である.(1) は,様々な現象が複雑に絡み合う複雑系の地球を理解するためには,その複雑な全体を1つのシステムとして理解する発想が不可欠だということだ.地球とは,生物学,数学はもとより歴史学,経済学などあらゆる学問を動員しなければ理解できない代物である,ということを述べている.
 (2) について,著者は「要素還元主義で未来予測を行うと,近視眼的な結論しか出ない事が多い.それに対して何万年,何千万年というスケールで捉えることにより,長期的な予測が可能となる.『過去は未来を解く鍵』というキーフレーズの拠りどころは,こうした長尺の目にある」 (257) とコメントしている.時代を前後に大きく飛び越えた視点が大切なのだ.
 (3) について,著者の言を以下に引用しよう (258) .英語史にもほぼそのまま当てはまる.

そもそも不可逆な現象を多数扱うものだから,理論の通りに進行することが少ない.言い換えれば地球科学は「例外にあふれている」という特徴を持つ.地球の歴史には思わぬ事件が多数登場するが,われわれ地球科学者は起きた現象をできるだけ正確に記述しようとする.十九世紀以来の地質学の蓄積によって,記述と体系化はかなりできるようになった.しかし,それがなぜ起きたのかという根源的な質問に答えられる場合は,実に少ない.


 このような特徴ゆえに,地球科学は「例外や想定外に出会ってもうろたえない」「知的な強靱さ」 (259) を持ち合わせているという.これは嬉しい言葉だ.
 (4) は,五感に近いところで研究を進めるべしという原則である.
 歴史科学全般について,この4点から学べることは多い.

 ・ 鎌田 浩毅 『地球の歴史(上・中・下巻)』 中央公論新社〈中公新書〉,2016年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-02-28 Thu

#3594. Oppenheimer によれば英語の起源は紀元前に遡る!? [history][germanic][anglo-saxon][historiography]

 昨日の記事「#3593. アングロサクソンは本当にケルトを征服したのか?」 ([2019-02-27-1]) でみたように,Oppenheimer によると,紀元前のイングランド(とりわけ東部)に北西ヨーロッパ人の遺伝子を引き継ぐ人々が居住していた証拠があるという.一方,イングランド西部には南西ヨーロッパ人の遺伝子を引き継ぐ「ケルト系」住民がいたらしい.前者がゲルマン系の言語を話す人々だったかどうかの確証はないが,その可能性は否定できないというのが著者の立場だ.
 もしその言語が英語(あるいは少なくとも英語に連なる言語)だったら,英語史はもとよりゲルマン語や印欧語の歴史記述も大きく書き換えられることになるだろう.また,ゲルマン語派の内部での英語の位置づけも,否応なしに変更を迫られるだろう.英語の起源と位置づけに関する Oppenheimer の仮説を聞いてみることにしよう (481--82) .

What about the possibility that English was spoken as some form closer to Norse or even a separate Germanic branch in one or both of these two Englands before the Anglo-Saxons arrived? I am sure this will be the most contentious aspect of my argument, but that does not deter me from suggesting it. The various academics I have quoted or cited on this issue are united on one aspect of the oldest recorded English, whether written in runes or Roman script. This is the strong, unexplained Norse influence, both culturally and linguistically, before the Vikings came on the scene. But the evidence against a Dark Ages root of English goes deeper than that. In terms of vocabulary, English is nowhere near any of the West Germanic languages it has traditionally been associated with. It actually roots closer to Scandinavian than to Beowulf, the earliest 'Old English' poem and probably written in the elite court of the Swedish Wuffing dynasty of East Anglia. One study suggests that, on this lexical evidence, English forms a fourth Germanic branch dating 'to before AD 350 and probably after 3600 BC'.


 ・ Oppenheimer, Stephen. The Origins of the British. 2006. London: Robinson, 2007.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-02-27 Wed

#3593. アングロサクソンは本当にケルトを一掃したのか? [history][celtic][anglo-saxon][celtic][historiography][demography][genetics]

 昨日の記事「#3592. 文化の拡散を巡る migrationism と diffusionism」 ([2019-02-26-1]) の終わりで述べたように,アングロサクソンの文化や言語の定着は,伝統的にいわれるようにアングロサクソンによる移住・征服によるものだったのか (migrationism) ,あるいは大きな人口の置き換えを伴わない平和的な伝播によるものだったのか (diffusionism) という論争を取り上げよう.
 伝統的な migrationism の仮説に対して,主として遺伝学の立場から異論を唱え,diffusionism を掲げた論客として Oppenheimer を紹介しよう.Oppenheimer は,5世紀のアングロサクソンの渡来によって先住のケルト人が一掃されたとする "wipe-out theory" を支持する遺伝学的な証拠はないという.むしろ,驚くべきことに,おそらく新石器時代から現代までの数千年間,ブリテン島の人口構成は,遺伝学的にみる限り,大きく変動していないという.
 具体的にいえば,イングランド人の2/3は,最初に農業がもたらされるよりもずっと昔の段階で渡来した南西ヨーロッパ人の遺伝子を引き継いでいるという.一方,残りの1/3の大多数は,紀元前3000--1000年ほどの間に主にスカンディナヴィアからやってきた北西ヨーロッパ人に由来する.そして,おそらく前者がケルト系,後者がゲルマン系の文化と言語をもった人々に対応するだろうという.そして,この比率は,5世紀のアングロサクソン,8世紀のヴァイキング,11世紀のノルマンの渡来によって特に大きく変動することはなく,現代に連なっている(アングロサクソンの征服がイングランド人口にもたらした遺伝上の貢献は5%程度).
 このことが意味するのは,アングロサクソンが渡来してきた5世紀はもとより,ローマ人が遠征してきた紀元前後よりも前に,場合にってはそこから3千年以上も遡った時代に,すでに「ケルトの素」と「ゲルマンの素」となる人々が,それぞれ大陸の南西部と北西部からブリテン(諸)島に入ってきていたのではないかということだ.そして,後者の話していた言語は,後の英語に発展するゲルマン系(とりわけ北ゲルマン系)の言語だったのではないかと.
 この仮説を信じるならば,この島におけるケルトとゲルマンの共存の歴史は,5世紀のアングロサクソンの渡来に始まるのではなく,もっと古いということになる.5世紀のアングロサクソンの渡来は,すでに両者が共存生活に慣れていたところへ,新世代のアングロサクソンが加わった程度の出来事であり,そこに「征服」というような社会的な大変動があったわけではないということになる.
 この仮説は,当然ながら英語史に関しても根本的な再考を促すことになろう.そもそも紀元前よりブリテン島の先住の言語の1つだったということになるからだ.
 関連して「#2353. なぜアングロサクソン人はイングランドをかくも素早く征服し得たのか」 ([2015-10-06-1]),「#3094. 449年以前にもゲルマン人はイングランドに存在した」 ([2017-10-16-1]),「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) などの記事も参照.

 ・ Oppenheimer, Stephen. The Origins of the British. 2006. London: Robinson, 2007.

Referrer (Inside): [2019-02-28-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-01-11 Fri

#3546. 英語史や語源から英単語を学びたいなら,これが基本知識 [hel_education][etymology][toc][lexicology][historiography]

 英語史や英語語源学が英語学習に貢献できる最大のものは,語源を利用した英単語の暗記である.ラテン系の接頭辞や接尾辞など,語源的な知識を用いて英語語彙を増やす方法は昔から試みられている.最近では『英単語の語源図鑑』が注目されているようだ.
 この学習用の効果は私も疑わないが,この方向でさらにステップを目指すのであれば,ぜひ英語史概説の修得を視野に入れたい.そんなときに役立つのが,下宮ほか編の『スタンダード英語語源辞典』の付録である.語彙学習にカスタマイズされた簡易的な英語史の概説として,おおいに奨められる.pp. 611--41 という40頁ほどの(内容の割には)コンパクトな解説だが,よく書けており,これを読んでおくのとおかないのとではスタートラインが違うと思う.以下に,章節の見出しを再現し,雰囲気をつかんでもらおう.語彙の観点に立った英語史入門と理解して差支えない.

1. 英語の語源
   1.1. 英語の語源を知るための予備知識
      英語の歴史と同系の諸言語
   1.2 歴史言語学 (historical linguistics) のキーワード
      二重語
      ウムラウトとアプラウト
   1.3 単語の構造
      派生語,複合語
      混種語
   1.4 音韻変化 (phonetic change)
      同化
      異化
      音位転換
   1.5 同源であるかどうかの見分け方
      形が似ていて語源が異なる場合
      形が異なっても同源の場合
   1.6 印欧語根の例
   1.7 英語・ドイツ語・フランス語の関係
      ドイツ語とは文法・基本単語が共通
      フランス語とは語彙が共通
2. 印欧祖語からゲルマン語へ
   2.1 サンスクリットの発見と印欧祖語
      比較言語学の成立
      印欧語族の発見
   2.2 印欧祖語と印欧語族
      祖語の再建
      印欧語族の系統
   2.3 ゲルマン民族とゲルマン語
      ゲルマン祖語
      イギリス人の祖先
      ゲルマン祖語の分化
   2.4 印欧祖語からゲルマン語へ
      グリムの法則
      ヴェルナーの法則
      ゲルマン語のアクセントの特徴
      ゲルマン語の分化の進展
3. 英語の歴史 --- 古英語・中英語を中心にして ---
   3.1 Stratford-upon-Avon について
      英語の歴史の原点を見る
      ブリテン島の原住民
      ケルト語起源の語
      ラテン語起源の語
      本来の英語 --- ゲルマン起源の語 ---
   3.2 英語の歴史の時代区分
      3つの時代区分
      古英語と中英語
      古英語の時代
      中英語の時代
   3.3 外来語について
      ラテン語からの借用
      古ノルド語からの借用
      フランス語からの借用
   3.4 古英語ミニ解説
      聖書の古英語訳
      ドイツ語と似た文法上の性
      名詞・形容詞・動詞の変化
      屈折の実例
4. ラテン語・ギリシア語ミニマム
   4.1 ヨーロッパの二大文明語
      語彙の60%はギリシア・ラテン起源
   4.2 ラテン語
      名詞
      動詞
      文例
   4.3 ギリシア語
      豊富な変化形
      名詞
      動詞
      用例


 なお,筆者も別の観点から「語彙学習のための英語史」を試みたことがある(「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]) を参照).

 ・ 下宮 忠雄・金子 貞雄・家村 睦夫(編) 『スタンダード英語語源辞典』 大修館,1989年.

Referrer (Inside): [2021-04-04-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-11-20 Tue

#3494. 英語史における書き言葉と話言葉の標準化を視覚化 [standardisation][historiography][speech][writing][world_englishes]

 英語の書き言葉の標準化を荒っぽくグラフ化すると,「#3237. 標準化サイクル」 ([2018-03-08-1]) で示したようなものになる.今回は「#3458. 標準口語英語の確立」 ([2018-10-15-1]) に基づいて,英語の話し言葉の標準化にも注意を払いながら,両メディアにおける標準化を視覚化してみた.要は前のグラフの改訂増補版.

Standardisation Cycle of English, Vers. 2

 この図では,話し言葉の標準化の様相を点線で示してある.ちなみに,これは標準化のグラフというよりは,むしろ非標準化のグラフというべきだろう.正確にいえば,いかに標準的でないかを時間軸に沿ってプロットしたグラフといってよい.唯一の標準のない,多様性を謳歌した時代はY軸の高いところにプロットされ,唯一の標準が整備されて,一様性が確保される時代はY軸の低いところにプロットされる.
 話し言葉は,英語史を通じて常に多様であった.しかし,一方で「#3458. 標準口語英語の確立」 ([2018-10-15-1]) でみたように,標準的な話し言葉を指向する動きが16世紀から現われてきたのも事実であり,これは下向きに折れて分かれていく点線で表現してみた(グラフの「標準化を目指す話し言葉」).しかし,後期近代にかけて英語が世界展開していくにつれて,この「標準的な話し言葉」すらも "World Englishes" とされる幾多の○○英語へと分化してきている事実があり,それを表現するのに,上昇する点線を派生させてみた(グラフの「脱標準化する話し言葉」).
 細かくいえば,このグラフにもいろいろと細工を入れたいところだが,要するに英語の歴史が標準化 (standardisation) と脱標準化 (destandardisation) の狭間で「標準化サイクル」を繰り返してきたという点が重要である.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-10-02 Tue

#3445. 日本語史も英語史も,時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為 [japanese][historiography][variety][philology][writing][medium]

 昨日の記事「#3444. 英語史は,英語の時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為」 ([2018-10-01-1]) の内容は,そのまま日本語史にも当てはまるし,さらにいえば他の多くの個別言語の歴史にも当てはまるだろう.日本語史について,清水 (4) は次のように述べている.

文献にみえる日本語がどのような日本語を反映しているのか,そのことは日本語の歴史を考える際に最も重要なことである.文献資料は幸いに古代から現代まで残っているものの,そこにはそれぞれの時代の文献に反映されている言葉の方処的な問題とその言葉の担い手の問題とがいつも絡んでいることに留意しなければならない.
 方処的な問題というのは,奈良時代にあっては大和地方の言葉,平安時代以降約千年弱は京都地方の言葉,江戸時代後半以降にあっては江戸・東京の言葉というように,政治・文化の中心地に即して移動していることである.したがって,ここに中央語の歴史という言い方をするならば,その流れは地域に連続性を欠くために,連綿としたときの流れの中に中央語の歴史を扱うのはなかなか厄介である.
 一方,言葉の担い手に関しても奈良〜平安時代には貴族や僧侶の言葉,鎌倉時代には武士の言葉,室町時代には上層町人の言葉,江戸時代後期には下層町人の言葉が加わることとなり,ひと口に中央語といってもその内実は等質的なものではないのである.


 一方,時の試練を経て長く保たれた京都の都言葉は,新興勢力の言葉によって大きく変更することはなかったのも事実である.とはいえ,上の事情は日本語史を記述する上で非常に重要な点である.
 英語史でも近年では The Stories of EnglishAlternative Histories of English などの諸変種の歴史を盛り込んだ記述が見られるようになってきたが,一般的に英語史といえば「中央語」の歴史記述が期待されるという状況は大きく変わっていない.英語史においても「中央語」は空間的にも位相的にも連続性を欠いているということは厳然たる事実であり,銘記しておく必要があるだろう.
 改めて,個別言語史は時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為なのである.

 ・ 清水 史 「第1章 日本語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.1--21頁.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-10-01 Mon

#3444. 英語史は,英語の時空間内の無数の点をそれらしく結んでいこうとする行為 [historiography][register][dialect][variety][philology][writing][medium]

 英語史研究において,しばしば見過ごされるが,きわめて基本的な事実として,現存する文献資料のムラの問題がある.時代によって文献資料の量や種類に大きな差があるという事実だ.
 種類の差といっても,それ自体にも様々なタイプがある.時代によって,文献が書かれている方言が異なる場合もあれば,主立った書き手たちの階級や性など,社会的属性が異なる場合もある.時代によって,媒体も発展してきたし,文章のジャンルも広がってきた.書き表される位相の種類にも,時代によって違いがみられる.
 現存する文献資料の言語が,時代によって多種多様であるということは,その言語の歴史を通じての「定点観測」が難しいということである.地域方言に限定して考えても,主たる方言,すなわち「中央語」の方処は,後期古英語期ではウェストサクソンであり,初期中英語期では存在せず,後期中英語期以降はロンドンである.つまり,1つの方処に立脚して一貫した英語史を描くことはできない.
 時代ごとに書き言葉の担い手も変わってきた.中世ではものを書くのは,ほぼ聖職者や王侯貴族に限られていたが,中世後期からは,より広く世俗の人々にものを書き記す機会が訪れるようになり,近現代にかけては教育の発展とともに書き言葉は庶民に開かれていった.書き言葉の担い手という側面においても,定点観測の英語史を描くことは難しい.
 では,普段当たり前のように使う「英語の歴史」とは何を指すのだろうか.「英語」そのものと同じように「英語の歴史」も,かなりの程度,フィクションなのだろうと思う.英語史は,単なる英語という言語に関する事実の時系列的な記述ではなく,本来は互いに結びつけるには無理のある時空間内の無数の点を,ある程度の見栄えのする図形へと何とか結びつける営為なのではないか.ただし,ポイントはそれらの点をランダムに結ぶわけではないということだ.そこには,自然に見えるための工夫がほしい.自然に見えるということは,おそらく真実の何某かを反映しているはずだ,という希望をもちながら.

Referrer (Inside): [2018-10-02-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-09-22 Sat

#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた [dutch][flemish][frisian][contact][borrowing][loan_word][historiography]

 オランダ語や低地ドイツ語などの,いわゆる低地帯 (the Low Countries) の諸言語が英語に与えた影響について,従来の英語史では,記述が皮相なものにとどまっていた.念頭にあるのは主として語彙的な影響のことだが,これが過小評価されてきたことは「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#149. フラマン語と英語史」 ([2009-09-23-1]),「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]) などの記事でも示唆してきた通りである.
 この問題を取り上げた Chamson の論考に目がとまった.なぜ低地諸語の影響が過小評価されてきたのかについて,次のように述べている (281) .

While historical records attest to continual and intense migrations to Britain from the Low Countries over a period of roughly a thousand years, our knowledge of the linguistic consequences of this contact --- i.e. the impact of Dutch, Frisian, and the Low German dialects on English --- remains sketchy. One main reason is inherent, i.e. due [to] the similarities of the languages involved. Another is extrinsic: the nature of the contact, at once commonplace and elusive, has meant that discussions of the history of English frequently pass over this area, favoring the big players and the exotics.


 まず,過小評価の背景には,英語と低地諸語が言語的に類似しているという本質的な理由があると Chamson は述べている.同じ西ゲルマン語群の低地ゲルマン諸語として,語彙,音韻,形態が似通っており,外見的には貸し借りの関係が把握しにくいという事情がある.つまり,本来語なのか借用語なのか見極めづらいのだ.
 しかし,語源が見極めづらいのは,なにも英語と低地諸語に限ったことではない.英語と古ノルド語も同様だし,比較される問題として,フランス語借用語かラテン語借用語かが判明しないケースなども思い浮かぶ.だが,古ノルド語,フランス語,ラテン語は,Chamson に言わせれば,英語史上知名度の高い "the big players and the exotics" なのである.この3言語は英語(社会)に様々な形で関与しており,英語史にクライマックスを設定し,ドラマチックに仕立て上げてくれる立役者なのだ.それに対して,低地諸語はいかんせん影が薄い.
 イギリスと低地帯の社会的な関係(移民,定住,交易活動)は,古英語期から近代英語期に至るまで,大雑把にいって700年から1700年までの千年間という長きにわたってずっと保たれてきたのであり,潜在的には,相互の言語的な影響もそれに従って大きかったはずである.しかし,この腐れ縁的なダラダラな関係こそが,英語史のドラマに緊張感を生み出し得ない要因なのだ.

 ・ Chamson, Emil. "Revisiting a Millennium of Migrations: Contextualizing Dutch/Low-German Influence on English Dialect Lexis." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 281--303.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-08-07 Tue

#3389. 沖森卓也『日本語史大全』の目次 [toc][japanese][periodisation][historiography]

 目次シリーズの一環として,昨年出版された包括的な日本語史概説書,沖森卓也(著)『日本語史大全』を取り上げたい.文庫でありながら教科書的という印象で,記述は淡々としている.時代別に章立てされているが,各章の内部では分野別の記述がなされており,各章の該当節を拾っていけば,分野ごとの縦の流れも押さえられるように構成されている.したがって,目次を追っていくだけで日本語史の全体像が理解できる仕組みとなっている.以下に目次を再現しよう.
 ちなみに英語史概説書の目次は「#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次」 ([2015-01-15-1]),「#2050. Knowles の英語史概説書の目次」 ([2014-12-07-1]),「#2038. Fennell の英語史概説書の目次」 ([2014-11-25-1]),「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1]) を参照.



はじめに
  歴史を知る意義
  日本語史の対象と方法
  話しことばの歴史
  日本語史の時代区分
  分野別の記述
  日本語史へのいざない
第一章 古代前期――奈良時代まで
  1 総説――古代語が確立する
      古代前期とその言語
      「万葉仮名文書」に口語の一端を見る
  2 文字表記――日本語が漢字で書かれる
      漢字の伝来
      稲荷山古墳鉄剣銘
      万葉仮名
      漢字の音
      字音の構造
      音仮名の用法
      訓の成立
      訓と和化漢文
      仮名文の原形
  3 音韻――区別される音節の数が多い
      上代特殊仮名遣
      母音と子音
      母音調和
      頭音法則
      母音交替
      イ段乙類音とエ段音
      連濁
      音節構造とアクセント
  4 語彙――固有語が用いられる
      和語とは固有語か
      和語と音節数
      代名詞の語彙
      動詞の語構成
      形容詞の語構成
      漢語
      待遇表現の語彙
      雅俗・男女差
      方言
      忌詞
  5 文法――古代語法が形成される
      動詞の活用
      活用タイプの所属語
      動詞活用の起源
      命令形の由来
      未然形と連用形の機能
      連用形の由来
      未然形の由来
      終止形の由来
      連体形の由来
      連体形と已然形の類似点
      已然形の用法
      已然形の由来
      上一段活用の由来
      形容詞の活用
      形容詞の活用の由来
      ク語法
      ミ語法
      態の助動詞
      推量の助動詞
      過去・完了・継続の助動詞
      断定・否定の助動詞
      尊敬の助動詞
      格助詞
      接続助詞
      副助詞
      係助詞
      終助詞
      間投助詞
第二章 古代後期――平安時代
  1 総説――古代語が完成する
      古代後期とその言語
      漢文と仮名文
      『源氏物語』に古典語を見る
      階級と地域
  2 文字表記――仮名が成立する
      漢文の訓読
      訓点の方法
      片仮名の成立
      草仮名
      平仮名の成立
      仮名の起源
      句読点と濁点
  3 音韻――音節が複雑に発達する
      上代特殊仮名遣の崩壊
      母音と子音
      音韻の混同
      「あめつち」と「たゐに」
      いろは歌
      五十音図
      漢字音
      声点とアクセント
      名詞のアクセント
      動詞のアクセント
      形容詞その他のアクセント
  4 語彙――漢語の使用が漸増する
      代名詞の語彙
      多彩な形容動詞語彙
      和語と漢語
      漢語の日本語化
      混種語
      和文語と漢文訓読語
      待遇表現の語彙
      丁寧語の発生
      漢和字書の誕生
  5 文法――古典文法が完成する
      動詞の活用
      形容詞・形容動詞の活用
      音便
      音便発生の理由
      態の助動詞
      推量の助動詞
      その他の助動詞
      格助詞
      接続助詞
      副助詞・係助詞
      終助詞
      間投助詞
第三章 中世前期――院政鎌倉時代
  1 総説――古代語が瓦解する
      中世前期とその言語
      口語の変化に着目する
      『徒然草』に当時の口語を垣間見る
  2 文字表記――仮名の使用が促される
      東鑑体
      真名本が生まれる
      漢字の字体と書風
      仮名で和語を書く
      仮名使用の広がり
      片仮名の使用者層
      片仮名の字体
      促音・撥音の表記
      定家仮名遣
  3 音韻――音韻が整理されていく
      イとヰ、エとヱ
      直音と拗音
      鼻濁音
      連濁と連声
      開合
      促音と撥音
      漢字音の日本語化
      東国方言の音韻
  4 語彙――漢語が一般化する
      代名詞の語彙
      和語と漢語
      和漢の混淆
      唐音とその漢語
      武家詞
      待遇表現の語彙
      国語辞典の出現
  5 文法――古代語法が衰退する
      連体形の終止法
      係り結びの消滅
      二段活用の一段化
      ラ変活用の消滅
      形容詞活用の一本化
      連体形活用語尾「る」の脱落
      形容動詞の活用
      接続詞
      態の助動詞
      「しむ」をめぐる混乱
      推量の助動詞
      過去・完了の助動詞
      断定・否定の助動詞
      願望・希望の助動詞
      格助詞
      接続助詞
      副助詞
      係助詞
      終助詞・間投助詞
第四章 中世後期――室町時代
  1 総説――近代語が胎動する
      中世後期とその言語
      外国語との交流
      『天草本伊曽保物語』に口語の全容を見る
  2 文字表記――文字の使用が広がる
      キリシタン資料のローマ字つづり
      印刷技術のもう一つの伝来
      漢字
      仮名
      濁点・半濁点
  3 音韻――現代語の発音に近づく
      母音
      子音
      四つ仮名
      連濁と連声
      漢字音
  4 語彙――外来語が登場する
      代名詞の語彙
      副詞の語彙
      感動詞の語彙
      現代語と異なる語形
      漢語
      ポルトガル語からの外来語
      女房詞と武家詞
      待遇表現の語彙
      尊敬語
      謙譲語
      丁寧語
  5 文法――近代語法が芽生える
      二段活用の一段化の進行
      動詞活用のヤ行化
      動詞の命令形
      可能動詞
      テ形の発達
      授受表現
      形容詞
      形容動詞
      音便
      形式名詞の「の」
      態の助動詞
      推量の助動詞
      過去の助動詞とアスペクト
      断定の助動詞
      その他の助動詞
      格助詞
      接続助詞
      副助詞・係助詞
      終助詞・間投助詞
      複合辞の増加
第五章 近世――江戸時代
  1 総説――近代語が発達する
      近世とその言語
      上方語と江戸語
      『浮世風呂』に江戸語の位相差を見る
  2 文字表記――文字が庶民に普及する
      文字の学習
      近世の文体
      漢字と仮名
      契沖仮名遣
      濁点・半濁点と句読点
  3 音韻――現代語の音韻が確立する
      母音
      子音
      合拗音の消滅
      開合と四つの仮名の混同
      江戸語の音韻的特色
  4 語彙――漢語で訳語が造られる
      代名詞の語彙
      感動詞の語彙
      階層によって異なる使用語彙
      尊敬語
      丁寧語
      あそばせ詞
      謙譲語ほか
      女性語の発展
      漢語の尊重
      漢語による翻訳語
      オランダ語からの外来語
  5 文法――近代語法が整備される
      動詞の活用
      可能動詞
      形容動詞
      推量の助動詞
      断定の助動詞
      否定の助動詞
      態の助動詞とアスペクト
      格助詞
      順接の接続助詞
      逆接の接続助詞
      その他の接続助詞
      副助詞
      終助詞
      間投助詞
      複合辞の発達
第六章 近代――明治時代
  1 総説――共通語が普及する
      近代とその言語
      『あひゞき』に口語体の創出を見る
  2 文字表記――文字施策が浸透する
      漢字と訓
      言文一致体
      出版の大衆化
      漢字の廃止論と制限論
      国語施策と漢字制限
      当用漢字と常用漢字
      外来語の表記
      ヘボン式と日本式のローマ字つづり
      戦後のローマ字つづり
  3 音韻――外来語が影響を与える
      現代日本語の音韻
      外来語の音韻
      二拍名詞のアクセント
      アクセントの型の対応
      方言アクセントの系譜
      三拍名詞のアクセント
      東京アクセントの形成
  4 語彙――漢語・外来語が急増する
      新漢語の出現
      『浮雲』の漢語
      漢語の増加
      『浮雲』の外来語
      外来語の急増
      現代語の語種
      待遇表現の語彙
  5 文法――現代語法が展開する
      動詞の活用
      形容詞・形容動詞
      ラ抜きことば
      助動詞
      格助詞
      接続助詞
      副助詞
      終助詞・間投助詞
      東京語の文末表現
あとがき
参考文献
索引



 ・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-07-20 Fri

#3371. 初期近代英語の社会変化は英語の語彙と文法にどのような影響を及ぼしたか? [emode][renaissance][printing][speed_of_change][lexicology][grammar][reading][historiography]

 近代英語期の始まる16世紀には,その後の英語の歴史に影響を与える数々の社会変化が生じた.「#1407. 初期近代英語期の3つの問題」 ([2013-03-04-1]) で紹介したとおり,Baugh and Cable (§156)は以下の5点を挙げている.

 1. the printing press
 2. the rapid spread of popular education
 3. the increased communication and means of communication
 4. the growth of specialized knowledge
 5. the emergence of various forms of self-consciousness about language

 これらの要因は,しばしば相重なって,英語の文法と語彙に間接的ながらも遠大な影響を及ぼすことになった.Baugh and Cable (§157, pp. 200--01) によれば,この影響力は急進的でもあり,同時に保守的でもあったという.どういうことかといえば,語彙については急進的であり,文法については保守的であったということだ.

A radical force is defined as anything that promotes change in language; conservative forces tend to preserve the existing status. Now it is obvious that the printing press, the reading habit, the advances of learning and science, and all forms of communication are favorable to the spread of ideas and stimulating to the growth of the vocabulary, while these same agencies, together with social consciousness . . . work actively toward the promotion and maintenance of a standard, especially in grammar and usage. . . . We shall accordingly be prepared to find that in modern times, changes in grammar have been relatively slight and changes in vocabulary extensive. This is just the reverse of what was true in the Middle English period. Then the changes in grammar were revolutionary, but, apart from the special effects of the Norman Conquest, those in vocabulary were not so great.


 なるほど,近代的な社会条件は,開かれた部門である語彙に対しては,むしろ増加を促すものだろうし,閉じた部門である文法に対しては規範的な圧力を加える方向に作用するだろう(「近代的な」を「現代的な」と読み替えてもそのまま当てはまりそうなので,私たちには分かりやすい).
 この引用でおもしろいのは,最後に近代英語期を中英語期と対比しているところだ.中英語では,上記のような諸条件がなかったために,むしろ語彙に関して保守的であり,文法に関して急進的だったと述べられている.「ノルマン征服によるフランス語の特別な影響を除いては」というところが鋭い.中英語の語彙事情としては,すぐにフランス語からの大量の借用語が思い浮かび,決して「保守的」とはいえないはずだが,それはあまりに特殊な事情であるとして脇に置いておけば,確かに上記の観察はおよそ当たっているように思われる.Baugh and Cable は,具体的・個別的な歴史記述・分析に定評があるが,ところどろこに今回のように説明の一般化を試みるケースもあり,何度読んでも発見がある.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow