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old_norse - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2023-11-27 11:52

2023-11-27 Mon

#5327. York でみる地名と民間語源 [name_project][etymology][folk_etymology][onomastics][toponymy][oe][roman_britain][celtic][diphthong][old_norse][sound_change]

 「#5203. 地名と民間語源」 ([2023-07-26-1]) でみたように,地名には民間語源 (folk_etymology) が関わりやすい.おそらくこれは,地名を含む固有名には,指示対象こそあれ「意味はない」からだろう(ただし,この論点についてはこちらの記事群を参照).地名の語源的研究にとっては頭の痛い問題となり得る.
 Clark (28--29) に,York という地名に関する民間語源説が紹介されている.

. . . 'folk-etymology' --- that is, replacement of alien elements by similar-sounding and more or less apt familiar ones --- can be a trap. The RB [= Romano-British] name for the city now called York was Ebŏrācum/Ebŭrācum, probably, but not certainly, meaning 'yew-grove' . . . . To an early English ear, the spoken Celtic equivalent apparently suggested two terms: OE eofor 'boar' --- apt enough either as symbolic patron for a settlement or as nickname for its founder or overlord --- and the loan-element -wīc [= "harbour"] . . ., hence OE Eoforwīc . . . . (The later shift from Eoforwīc > York involved further cross-cultural influence . . . .) Had no record survived of the RB form, OE Eoforwīc could have been taken as the settlers' own coinage; doubt therefore sometimes hangs over OE place-names for which no corresponding RB forms are known. The widespread, seemingly transparent form Churchill, for instance, applies to some sites never settled and thus unlikely ever to have boasted a church; because some show a tumulus, others an unusual 'tumulus-like' outline, Church- might here, it is suggested, have replaced British *crǖg 'mound' . . . .


 もし York の地名についてローマンブリテン時代の文献上の証拠がなかったとしたら,それが民間語源である可能性を見抜くこともできなかっただろう.とすると,地名語源研究は文献資料の有無という偶然に揺さぶられるほかない,ということになる.
 ちなみに古英語 Eoforwīc から後の York への語形変化については,Clark (483) に追加的な解説があるので,それも引用しておこう.

OE Eoforwīc was reshaped, with a Scand. rising diphthong replacing the OE falling one, assibilation of the final consonant inhibited, and medial [v] elided before the rounded vowel: thus, Iorvik > York . . . .


 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-11-04 Sat

#5304. 地名 Grimston は古ノルド語と古英語の混成語ではない!? [language_myth][name_project][onomastics][toponymy][old_norse]

 イングランド北部・東部には古ノルド語の要素を含む地名が多い.特に興味深いのは古ノルド語要素と英語要素が混在した "hybrid" な地名である.これについては「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) などで紹介してきた.
 その代表例の1つがイングランドに多く見られる Grimston だ.古ノルド語人名に由来する Grim に,属格の s が続き,さらに古英語由来の -ton (town) が付属する形だ.私も典型的な hybrid とみなしてきたが,名前学の知見によると,これはむしろ典型的な誤解なのだという.Clark (468--69) を引用する.

An especially unhappy case of misinterpretation has been that of the widespread place-name form Grimston, long and perhaps irrevocably established as the type of a hybrid in which an OE generic, here -tūn 'estate', is coupled with a Scandinavian specific . . . . Certainly a Scandinavian personal name Grímr existed, and certainly it became current in England . . . . But observation that places so named more often than not occupy unpromising sites suggests that in this particular compound Grim- might better be taken, not as this Scandinavian name, but as the OE Grīm employed as a by-name for Woden and so in Christian parlance for the Devil . . . .


 今年の夏から「名前プロジェクト」 (name_project) の一環として名前学 (onomastic) の深みを覗き込んでいるところだが,いろいろな落とし穴が潜んでいそうだ.「定説」に対抗する類似した話題としては「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1]) も参照.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

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2023-07-13 Thu

#5190. 小河舜さんとの heldio 対談と YouTube 共演 [ogawashun][voicy][heldio][youtube][wulfstan][oe][old_norse][history][anglo-saxon][literature][toponymy][onomastics]

 昨日「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回がアップされました.「#144. イギリスの地名にヴァイキングの足跡 --- ゲスト・小河舜さん」です.小河舜さんを招いての全4回シリーズの第1弾となります.



 小河さんの研究テーマは後期古英語期の説教師・政治家 Wulfstan とその言語です.立教大学の博士論文として "Wulfstan as an Evolving Stylist: A Chronological Study on His Vocabulary and Style." を提出し,学位授与されています.Wulfstan については本ブログより「#5176. 後期古英語の聖職者 Wulfstan とは何者か? --- 小河舜さんとの heldio 対談」 ([2023-06-29-1]) をご覧ください.また,小河さんは今回の YouTube の話題のように,イギリスの地名(特に古ノルド語要素を含む地名)にも関心をお持ちです.
 小河さんとは,今回の YouTube 共演以前にも,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で複数回にわたり対談し,その様子を配信してきました.実際,今朝の heldio 最新回でも小河さんとの対談を配信しています.これまでの対談回を一覧にまとめましたので,ぜひお時間のあるときにお聴きいただければ.

 ・ 「#759. Wulfstan て誰? --- 小河舜さんとの対談【第1弾】」(6月29日配信)
 ・ 「#761. Wulfstan の生きたヴァイキング時代のイングランド --- 小河舜さんとの対談【第2弾】」(7月1日配信)
 ・ 「#763. Wulfstan がもたらした超重要単語 "law" --- 小河舜さんとの対談【第3弾】」(7月3日配信)
 ・ 「#765. Wulfstan のキャリアとレトリックの変化 --- 小河舜さんとの対談【第4弾】」(7月5日配信)
 ・ 「#767. Wulfstan と小河さんのキャリアをご紹介 --- 小河舜さんとの対談【第5弾】」(7月7日配信)
 ・ 「#770. 大学での英語史講義を語る --- 小河舜さんとの対談【第6弾】」(7月10日配信)
 ・ 「#773. 小河舜さんとの新シリーズの立ち上げなるか!?」(本日7月13日配信)

 小河さんの今後の英語史活動(hel活)にも期待しています!

(以下は,2023/08/02(Wed) 付で加えた後記です)

 ・ YouTube 小河舜さんシリーズ第1弾:「#144. イギリスの地名にヴァイキングの足跡 --- ゲスト・小河舜さん」です
 ・ YouTube 小河舜さんシリーズ第2弾:「#146. イングランド人説教師 Wulfstan のバイキングたちへの説教は歴史的異言語接触!」
 ・ YouTube 小河舜さんシリーズ第3弾:「#148. 天才説教師司教は詩的にヴァイキングに訴えかける!?」
 ・ YouTube 小河舜さんシリーズ第4弾:「#150. 宮崎県西米良村が生んだ英語学者(philologist)でピアニスト小河舜さん第4回」

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2023-06-29 Thu

#5176. 後期古英語の聖職者 Wulfstan とは何者か? --- 小河舜さんとの heldio 対談 [ogawashun][voicy][heldio][wulfstan][oe][old_norse][history][anglo-saxon][literature]

 今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で,「#759. Wulfstan て誰? --- 小河舜さんとの対談【第1弾】」を配信しました.対談相手の小河舜さんは,この Wulfstan とその著作の言語(古英語)を研究し,博士号(立教大学)を取得されています.対談の第1弾と銘打っている通り,今後,第2弾以降も順次お届けしていく予定です.



 Wulfstan は,996--1002年にロンドン司教,1002--1023年にヨーク大司教,そして1002--1016年にウースター司教を務めた聖職者で,Lupus (狼)の仮名で古英語の説教,論文,法典を多く著わしました.ベネディクト改革を受けて現われた,当時の宗教界・政治界の重要人物です.司教になる前の経歴は不明です.
 Wulfstan の文体は独特なものとして知られており,作品の正典はおおよそ確立されています.1008年から Æthelred と Canute の2人の王の顧問を務め,法律を起草しました.Wulfstan は,Canute にキリスト教の王として統治するよう促し,アングロサクソン文化を破壊から救った人物としても評価されています.Wulfstan は政治や社会のあり方に関心をもち,Institutes of Polity を著わしています.そこでは,王を含むすべての階級の責任を記述し,教会と国家の関係について論じています.
 Wulfstan は教会改革にも深く関わっており,教会法の文献を研究しました.また,Ælfric に2通の牧会書簡を書くように依頼し,自身も The Canons of Edgar として知られるテキストを書いています.
 Wulfstan の最も有名な作品は,Æthelred がデンマークの Sweyn 王に追放された後に,同胞に改悛と改革を呼びかけた情熱的な Sermo Lupi ad Anglos (1014) です.
 Wulfstan は,アングロサクソン人にとってきわめて多難な時代に,政治の舵取りを任された人物でした.彼にとって,レトリックはこの難局を克服するための重要な手段だったはずです.悩める Wulfstan の活躍した時代背景やそのレトリックについて,小河さんとの今後の対談にご期待ください.

Referrer (Inside): [2023-07-13-1]

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2023-02-28 Tue

#5055. 英語史における言語接触 --- 厳選8点(+3点) [contact][loan_word][borrowing][latin][celtic][old_norse][french][dutch][greek][japanese][link]

 英語が歴史を通じて多くの言語と接触 (contact) してきたことは,英語史の基本的な知識である.各接触の痕跡は,歴史の途中で消えてしまったものもあるが,現在まで残っているものも多い.痕跡のなかで注目されやすいのは借用語彙だが,文法,発音,書記など語彙以外の部門でも言語接触のインパクトがあり得ることは念頭に置いておきたい.
 英語の言語接触の歴史を短く要約するのは至難の業だが,Schneider (334) による厳選8点(時代順に並べられている)が参考になる.

 ・ continental contacts with Latin, even before the settlement of the British Isles (i.e., roughly between the second and fourth centuries AD);
 ・ contact with Celts who were the resident population when the Germanic tribes crossed the channel (in the fifth century and thereafter);
 ・ the impact of Latin through Christianization (beginning in the late sixth and seventh centuries);
 ・ contact with Scandinavian raiders and later settlers (between the seventh and tenth centuries);
 ・ the strong exposure to French as the language of political power after 1066;
 ・ the massive exposure to written Latin during the Renaissance;
 ・ influences from other European languages beginning in the Early Modern English period; and
 ・ the impact of colonial contacts and borrowings.


 よく選ばれている8点だと思うが,私としてはここに3点ほど付け加えたい.1つは,伝統的な英語史では大きく取り上げられないものの,中英語期以降に長期にわたって継続したオランダ語との接触である.これについては「#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか?」 ([2021-06-28-1]) やその関連記事を参照されたい.
 2つ目は,上記ではルネサンス期の言語接触としてラテン語(書き言葉)のみが挙げられているが,古典ギリシア語(書き言葉)も考慮したい.ラテン語ほど目立たないのは事実だが,ルネサンス期以降,ギリシア語の英語へのインパクトは大きい.「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1]) および「#4449. ギリシア語の英語語形成へのインパクト」 ([2021-07-02-1]) を参照.
 最後に日本語母語話者としてのひいき目であることを認めつつも,主に19世紀後半以降,英語が日本語と意外と濃厚に接触してきた事実を考慮に入れたい.これについては「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#2165. 20世紀後半の借用語ソース」 ([2015-04-01-1]),「#3872. 英語に借用された主な日本語の借用年代」 ([2019-12-03-1]),「#4140. 英語に借用された日本語の「いつ」と「どのくらい」」 ([2020-08-27-1]) を参照.
 Schneider の8点に,この3点を加え,私家版の厳選11点の完成!

 ・ Schneider, Edgar W. "Perspectives on Language Contact." Chapter 13 of English Historical Linguistics: Approaches and Perspectives. Ed. Laurel J. Brinton. Cambridge: CUP, 332--59.

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2022-07-08 Fri

#4820. 古ノルド語は英語史上もっとも重要な言語 [youtube][notice][old_norse][contact][loan_word][borrowing][voicy][heldio][link]

 一昨日,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第38弾が公開されました.「え?それも外来語? 英語ネイティヴたちも(たぶん)知らない借用語たち」です.



 今回は古ノルド語 (Old Norse) という言語に注目しましたが,一般にはあまり知られていないかと思います.知っている方は,おそらく英語史を通じて知ったというケースが多いのではないでしょうか.英語史において古ノルド語は実は重要キャラです.歴史上,英語に多大な影響を及ぼしてきた言語であり,私見では英語史上もっとも重要な言語です.
 そもそも古ノルド語という言語は何なのでしょうか.現在の北欧諸語(デンマーク語,スウェーデン語,ノルウェー語,アイスランド語など)の祖先です.今から千年ほど前に北欧のヴァイキングたちが話していた言語とイメージしてください.北ゲルマン語派に属し,西ゲルマン語派に属する英語とは,それなりに近い関係にあります.
 古ノルド語を母語とする北欧のヴァイキングたちは,8世紀半ばから11世紀にかけてブリテン島を侵略しました.彼らはやがてイングランド北東部に定住し,先住の英語話者と深く交わりました.そのとき,言語的にも深く交わることになりました.結果として,英語に古ノルド語の要素が大量に流入することになったのです.
 YouTube では,take, get, give, want, die, egg, bread, though, boththey など,英語語彙の核心に入り込んだ古ノルド語由来の単語に注目しました.しかし,古ノルド語の言語的影響の範囲は,語彙にとどまらず,語法や文法にまで及んでいるのです.英語史上きわめて希有なことです.
 この hellog では,古ノルド語と英語の言語接触に関する話題は頻繁に取り上げてきました.関心をもった方は old_norse の記事群をお読みください.また,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも様々に話してきました.以下,とりわけ重要な記事・放送にリンクを張っておきますので,ぜひご訪問ください.

[ hellog 記事 ]

 ・ 「#3988. 講座「英語の歴史と語源」の第6回「ヴァイキングの侵攻」を終えました」 ([2020-03-28-1])

 ・ 「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1])
 ・ 「#340. 古ノルド語が英語に与えた影響の Jespersen 評」 ([2010-04-02-1])
 ・ 「#2693. 古ノルド語借用語の統計」 ([2016-09-10-1])
 ・ 「#3982. 古ノルド語借用語の音韻的特徴」 ([2020-03-22-1])

 ・ 「#170. guesthost」 ([2009-10-14-1])
 ・ 「#827. she の語源説」 ([2011-08-02-1])
 ・ 「#3999. want の英語史 --- 語源と意味変化」 ([2020-04-08-1])
 ・ 「#4000. want の英語史 --- 意味変化と語義蓄積」 ([2020-04-09-1])
 ・ 「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1])
 ・ 「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1])
 ・ 「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1])

 ・ 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1])
 ・ 「#3987. 古ノルド語の影響があり得る言語項目 (2)」 ([2020-03-27-1])
 ・ 「#1167. 言語接触は平時ではなく戦時にこそ激しい」 ([2012-07-07-1])
 ・ 「#1170. 古ノルド語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-10-1])
 ・ 「#1179. 古ノルド語との接触と「弱い絆」」 ([2012-07-19-1])
 ・ 「#1182. 古ノルド語との言語接触はたいした事件ではない?」 ([2012-07-22-1])
 ・ 「#1183. 古ノルド語の影響の正当な評価を目指して」 ([2012-07-23-1])
 ・ 「#3986. 古英語と古ノルド語の接触の状況は多様で複雑だった」 ([2020-03-26-1])

 ・ 「#4454. 英語とイングランドはヴァイキングに2度襲われた」 ([2021-07-07-1])
 ・ 「#1149. The Aldbrough Sundial」 ([2012-06-19-1])
 ・ 「#3001. なぜ古英語は古ノルド語に置換されなかったのか?」 ([2017-07-15-1])
 ・ 「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1])
 ・ 「#2591. 古ノルド語はいつまでイングランドで使われていたか」 ([2016-05-31-1])
 ・ 「#3969. ラテン語,古ノルド語,ケルト語,フランス語が英語に及ぼした影響を比較する」 ([2020-03-09-1])
 ・ 「#4577. 英語と古ノルド語,ローマンケルト語とフランク語」 ([2021-11-07-1])

 ・ 「#3979. 古英語期に文証される古ノルド語からの借用語のサンプル」 ([2020-03-19-1])
 ・ 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1])
 ・ 「#3263. なぜ古ノルド語からの借用語の多くが中英語期に初出するのか?」 ([2018-04-03-1])

 ・ 「#59. 英語史における古ノルド語の意義を教わった!」 ([2009-06-26-1])

[ heldio 放送 ]

 ・ 「#179. 和田忍先生との対談:ヴァイキングの活動と英語文献作成の関係」 (2021/11/26)
 ・ 「#180. 和田忍先生との対談2:ヴァイキングと英語史」 (2021/11/27)
 ・ 「#181. 古ノルド語からの借用語がなかったら英語は話せない!?」 (2021/11/28)
 ・ 「#182. egg 「卵」は古ノルド語からの借用語!」 (2021/11/29)
 ・ 「#105. want の原義は「欠けている」」 (2021/09/14)
 ・ 「#317. dream, bloom, dwell ー 意味を借りた「意味借用」」 (2022/04/13)
 ・ 「#155. ノルド人とノルマン人は違います」 (2021/11/02)

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2022-03-22 Tue

#4712. 英語地名研究の意義 [onomastics][geography][toponymy][anglo-saxon][oe][old_norse][history][personal_name]

 地名に関する言語研究は toponymy (地名学)の各記事で取り上げてきた.地名は人名と合わせて固有名詞の双璧をなすが,これらは言語学的には特異な振る舞いを示す(cf. 「#4249. 固有名詞(学)とその特徴」 ([2020-12-14-1]),「#4538. 固有名の地位」 ([2021-09-29-1])).
 英語地名はそれだけで独自の研究領域を構成するが,その研究上の意義は思いのほか広く,予想される通り英語史にも大きなインパクトを与え得る.もちろん英語史の領域にとどまるわけでもない.Ekwall (xxix-xxxiv) より,地名研究の意義6点を指摘しよう.

 1. Place-names embody important material for the history of England. (例えば,イングランドのスカンディナヴィア系の地名は,スカンディナヴィア系植民地に関する重要な情報を与えてくれる.)
 2. Place names have something to tell us about Anglo-Saxon religion and belief before the conversion to Christianity. (例えば,Wedenesbury という地名は Wōden 信仰についてなにがしかを物語っている.)
 3. Some place-names indicate familiarity with old heroic sagas in various parts of England. (例えば,『ベオウルフ』にちなむ Grendels mere 参照.)
 4. Place-names give important information on antiquities. (例えば,Stratford という地名はローマン・ブリテン時代の道 stræt を表わす.)
 5. Place-names give information on early institutions, social conditions, and the like. (例えば,Kingston という地名は,王領地であったことを示唆する.)
 6. Place-names are of great value for linguistic study.
   (a) They frequently contain personal names, and are therefore a source of first-rate importance for our knowledge of the Anglo-Saxon personal nomenclature. (例えば,Godalming という地名の背後には Godhelm という人名が想定される.)
   (b) Place-names contain many old words not otherwise recorded. They show that Old Englsih preserved several words found in other Germanic languages, but not found in Old English literature. (例えば,Doiley という地名は,古英語では一般的に文証されていない diger "thick" の存在を示唆する.)
   (c) Place-names often afford far earlier references for words than those found in literature. (例えば,dimple という語は OED によると1400年頃に初出するとされるが「くぼ地」を意味する地名要素としては1205年頃に現われる.)
   (d) the value of place-names for the history of English sounds. (例えば,StratfordStretford の母音の違いにより,サクソン系かアングル系かが区別される.)

 英語地名は独立した研究領域を構成しており,なかなか入り込みにくいところがあるが,以上のように英語史にとっても重要な分野であることが分かるだろう.

・ Ekwall, Bror Oscar Eilert. The Concise Oxford Dictionary of English Place-Names. 4th ed. Oxford: Clarendon, 1960. 1st ed. 1936.

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2022-03-09 Wed

#4699. 英語のスペリング史と言語接触 [spelling][orthography][contact][loan_word][old_norse][latin][french][dutch][greek][lexicology][historiography]

 英語が各時代に接触してきた言語との関係を通じて英語の語彙史を描くことは,英語史のスタンダードの1つである.本ブログでも「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#2615. 英語語彙の世界性」 ([2016-06-24-1]),「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1]),「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]),「#4130. 英語語彙の多様化と拡大の歴史を視覚化した "The OED in two minutes"」 ([2020-08-17-1]) などで繰り返し紹介してきた.
 これとおよそ連動はするのだが独立した試みとして,英語が各時代に接触してきた言語との関係を通じて英語のスペリング史を描くこともできる.そして,この試みは必ずしもスタンダードではなく,英語史のなかでの扱いは小さかったといってよい.
 英語のスペリング史と言語接触 について Horobin (113) が次のように述べている.

English spelling is a concoction of written forms drawn from a variety of languages through processes of inheritance and borrowing. At every period in its history, the English lexicon contains words inherited from earlier stages, as well as new words introduced from foreign languages. But this distinction should not be applied too straightforwardly, since inherited words have frequently been subjected to changes in their spelling over time. Similarly, while words drawn from foreign language may preserve their native spellings intact, they frequently undergo changes in order to accommodate to native English spelling patterns.


 語彙史とスペリング史は,しばしば連動するが,原則とした独立した歴史である,という捉え方だ.これはとても正しい見方だと思う.Horobin は同論考のなかで,英語史の各時代ごとにスペリングに影響を及ぼした言語・方言について次のような見取り図を示している.論考のセクション・タイトルを抜き出す形でまとめてみよう.



[ Old English (650--1066) ]

 ・ Germanic
 ・ Old Norse

[ Middle English (1066--1500) ]

 ・ English dialects beyond London
 ・ French
 ・ Dutch

[ Early Modern English (1500--1800) ]

 ・ Latin
 ・ Greek
 ・ Celtic
 ・ Native American languages

[ Modern English ]

 ・ Continued developments



 スペリング史の見取り図としておもしろい.語彙史とおよそ連動していながらも,やはり視点が若干異なっているのだ.このような英語史の見方は実に新鮮だなと思った次第.

 ・ Horobin, Simon. "The Etymological Inputs into English Spelling." The Routledge Handbook of the English Writing System. Ed. Vivian Cook and Des Ryan. London: Routledge, 2016. 113--24.

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2021-11-07 Sun

#4577. 英語と古ノルド語,ローマンケルト語とフランク語 [old_norse][french][latin][celtic][frankish][contact][hfl]

 英語史では,ヴァイキング時代(8世紀半ばから11世紀まで)における英語と古ノルド語 (old_norse) の濃密な言語接触 (contact) がしばしば話題となる.本ブログでも関連する多くの記事を書いてきたが,そこで前提としてきたのは両言語(話者)がおよそ対等の関係にあったということだ.
 2言語の関わる言語接触の多くのケースでは,社会言語学的な上下の区別が明確である.アングロサクソンのブリテン島侵略時の英語とケルト語の言語接触では,英語が上位 (superstratum) でケルト語が下位 (substratum) だった.また,ノルマン征服以後の英語とフランス語の言語接触では,英語が下位 (substratum) でフランス語が上位 (superstratum) だった.
 しかし,社会言語学的な上下が明確ではなく,2つの言語が横並び (adstratum) となるケースもある.上記の英語と古ノルド語の言語接触は,その典型例として挙げられることが多い.
 このような例をもう1つ挙げるとすると,ローマンケルト語とフランク語の言語接触が候補となる.一見すると支配者たちの母語であるフランク語が上位で,被支配者たちの母語であるローマンケルト語が下位という社会言語学的な関係が成立していただろうと考えられるかもしれないが,Millar (4--5) によると横並びと考えるのが最も適切だという.

In post-Roman Gaul, for instance, the relationship between the military dominant Franks and the Romano-Celtic population whom they ruled was not one of a genuinely superstratal versus substratal type. Instead, the relationship between the two groupings are best described as adstratal. While the military power of the Franks was considerable, their administration for Roman tradition and lifestyle was perpetually present; they were often bilingual. By the same token, the Gallo-Roman elite appear to have been happy to take on aspects of Frankish culture --- in particularly, names --- from an early period. No doubt they were more than aware of the centre towards which power, influence and capital of various sorts was now flowing. The Frankish influence upon the ancestor of modern French are visible, therefore, but they tend to be concentrated in particular semantic fields, such as the technology and practice of warfare and fortification, where the Franks' primary expertise and power base lay. A good example of this is Modern French maréchal 'supreme war leader', but originally 'leader of the cavalry', borrowed early on from Frankish.


 英語史とフランス語史に関わる "adstratal relationship" を示す2例として銘記しておきたい.

 ・ Millar, Robert McColl. Contact: The Interaction of Closely Related Linguistic Varieties and the History of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2016.

Referrer (Inside): [2022-07-08-1]

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2021-09-25 Sat

#4534. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (3) [old_norse][contact][koine][koineisation][borrowing][language_shift][simplification][inflection][substratum_theory]

 8世紀後半から11世紀にかけてイングランド北部の英語は古ノルド語と濃厚に接触した.この言語接触 (contact) は後の英語の形成に深遠な影響を及ぼし,英語史上の意義も大きいために,非常に多くの研究がなされ,蓄積されてきた.本ブログでも,古ノルド語に関する話題は old_norse の多くの記事で取り上げてきた.
 この言語接触の著しい特徴は,単なる語彙借用にとどまらず,形態論レベルにも影響が及んでいる点にある.主に屈折語尾の単純化 (simplification) や水平化 (levelling) に関して,言語接触からの貢献があったことが指摘されている.しかし,この言語接触が,言語接触のタイポロジーのなかでどのような位置づけにあるのか,様々な議論がある.
 この分野に影響力のある Thomason and Kaufman (97, 281) の見立てでは,当該の言語接触の水準は,借用 (borrowing) か,あるいは言語交替 (language_shift) による影響といった水準にあるだろうという.これは,両方の言語の話者ではなく一方の言語の話者が主役であるという見方だ.
 一方,両言語の話者ともに主役を演じているタイプの言語接触であるという見解がある.類似する2言語(あるいは2方言)の話者が互いの妥協点を見つけ,形態を水平化させていくコイネー化 (koineisation) の過程ではないかという説だ.この立場については,すでに「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1]) と「#3980. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (2)」 ([2020-03-20-1]) でも紹介してきたが,今回は Winford (82--83) が Dawson に依拠しつつ解説している部分を引用したい.

Hope Dawson (2001) suggests that the variety of Northern English that emerged from the contact between Viking Norse and Northern Old English was in fact a koiné --- a blend of elements from the two languages. The formation of this compromise variety involved selections from both varieties, with gradual elimination of competition between variants through leveling (selection of one option). This suggestion is attractive, since it explains the retention of Norse grammatical features more satisfactorily than a borrowing scenario does. We saw . . . that the direct borrowing of structural features (under RL [= recipient language] agentivity) is rather rare. The massive diffusion of Norse grammatical features into Northern Old English is therefore not what we would expect if the agents of change were speakers of Old English importing Norse features into their speech. A more feasible explanation is that both Norse and English speakers continued to use their own varieties to each other, and that later generations of bilingual or bidialectal speakers (especially children) forged a compromise language, as tends to happen in so many situations of contact.


 接触言語学の界隈では,コイネー化の立場を取る論者が増えてきているように思われる.

 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
 ・ Dawson, Hope. "The Linguistic Effects of the Norse Invasion of England." Unpublished ms, Dept of Linguistics, Ohio State U, 2001.
 ・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.

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2021-07-07 Wed

#4454. 英語とイングランドはヴァイキングに2度襲われた [old_norse][norman_conquest][terminology]

 英語史概説の講義などの経験から,英語史上,混同や誤解が生じやすい事項というものがいくつかある.ヴァイキングとノルマン人の関係も,そのうちの1つである.今回は,この分かりにくさを解消したい.まず,英語史上重要な2つの事件について基本事項を整理する.

 (1) 英語史では,8世紀後半から11世紀にかけて北欧出身のヴァイキング (Vikings) あるいはノルド人 (the Norse) がイングランド(とりわけ北部)に侵攻・定住したという出来事について,必須の話題として取り上げられる.このときヴァイキングの母語である古ノルド語 (Old Norse) が英語に多大な影響を及ぼしたからだ.

 (2) 一方,その直後の時期に当たる1066年に,有名なノルマン征服 (Norman Conquest) が起こった.イギリス海峡の南側,フランス北部のノルマンディ (Normandy) に居住していたノルマン人 (Normans) が,アングロサクソン王朝を征服し滅亡させたという大事件である.そのノルマン人のリーダーがノルマンディ公ギヨーム (Guillaume) であり,英語風にいうとウィリアム (William) である.この人物が同年クリスマスにイングランド王として戴冠して,後にウィリアム1世 (William I) と呼ばれるようになった.英語史上重要なのは,ウィリアムを含めたノルマン人がフランス語(正確にはノルマン方言のフランス語)を母語としており,その後の3世紀にわたってイングランドをフランス語支配の下に置いた点にある.この期間に,英語はフランス語からの影響を大きく被ることになった.

 この英語史上重要な2つの事件は,一般には別々の事件としてとらえられているが,それは誤解である.時期的に隣り合わせであることからも示唆される通り,実際にはおおいに関係しているのであり,関連づけて理解しておくことが重要である.各々の事件で「ノルド」と「ノルマン」という似た名前が出てくるが,これも混同されやすい.それも当然で,語源はいずれも "north" に関係するのだ (cf. 「#1568. Norman, Normandy, Norse」 ([2013-08-12-1])).やはり2つの事件を関連づけて理解しておかないと混乱が増す.
 まず重要なポイントは,2つの事件の両方において,イングランドを侵攻・征服したのは北欧出身のヴァイキングだったということだ.つまり,イングランドは歴史上ヴァイキングに2度襲われたと理解しておいてよい.ただし,1度目と2度目のヴァイキングのタイプは,かなり異なっている.1度目のヴァイキングは,北欧から直接やってきたヴァイキング,つまり正真正銘のヴァイキングである.彼らの母語は,英語と同じゲルマン語派に属する古ノルド語だ.英語は西ゲルマン語群,古ノルド語は北ゲルマン語群に属し,少し派閥が異なるが,緩くいえば兄弟のような関係である.
 ところが,2度目のヴァイキングは様子が異なっていた.彼らは,ヴァイキングの末裔ではあったが,長らくフランス北部に住み着き,1066年の征服の頃までにはすっかり古ノルド語を忘れてしまっていたのだ.彼らの母語はすでにフランス語となっており,生活習慣もフランス化していた(フランス語はイタリック語派の言語なので,英語とは大きく異なる).この歴史的背景を略述すると以下の通りである.
 数世代遡った彼らの祖先は確かに正真正銘のヴァイキングだった.この祖先たちは正真正銘のヴァイキングとして,イングランドを襲ったのと同じタイミングでフランス北部も襲っていたのである.フランス北部を攻略したヴァイキングは,その地を獲得し,その代わりにフランス王に臣従を誓った.新しい土地の名は北欧由来であることを示す「ノル」マンディ (Normandy) となり,そこに住み着くことになった人々も北欧由来なので「ノル」マン人 (Normans) と呼ばれるようになった.しかし,その後数世代でノルマン人はすっかり言語も習慣もフランス化してしまった.ウィリアムは血統としてはヴァイキングであるが,事実上フランス人と化していたのである.
 以上をまとめると次のようになる.

事件ファイル事件名時期侵攻者侵攻者の居住地侵攻者の母語
事件 (1)「ヴァイキングの侵攻・定住」8世紀後半から11世紀にかけて正真正銘のヴァイキング北欧(主にデンマーク)古ノルド語
事件 (2)「ノルマン征服」1066年ノルマン人というフランス化したヴァイキングの末裔(リーダーはウィリアム)フランス北部(ノルマンディ)フランス語(ノルマン方言)

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2020-08-29 Sat

#4142. guest と host は,なんと同語源 --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][grimms_law][indo-european][palatalisation][old_norse][loan_word][semantic_change][doublet][antonym][french][latin][old_norse]

 hellog ラジオ版も第20回となりました.今回は素朴な疑問というよりも,ちょっと驚くおもしろ語源の話題です.「客人」を意味する guest と「主人」を意味する host は,完全なる反意語 (antonym) ですが,なんと同語源なのです(2重語 (doublet) といいます).この不思議について,紀元前4千年紀という,英語の究極のご先祖様である印欧祖語 (Proto-Indo-European) の時代にまで遡って解説します.以下の音声をどうぞ.



 たかだか2つの英単語を取り上げたにすぎませんが,その背後にはおよそ5千年にわたる壮大な歴史があったのです.登場する言語も,印欧祖語に始まり,ラテン語,フランス語,ゲルマン祖語,古ノルド語(北欧諸語の祖先),そして英語と多彩です.
 語源学や歴史言語学の魅力は,このように何でもないようにみえる単語の背後に壮大な歴史が隠れていることです.同一語源語から,長期にわたる音変化や意味変化を通じて,一見すると関係のなさそうな多くの単語が芋づる式に派生してきたという事実も,なんとも興味深いことです.今回の話題について,詳しくは##170,171,1723,1724の記事セットをご覧ください.

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2020-08-29 Sat

#4142. guest と host は,なんと同語源 --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][grimms_law][indo-european][palatalisation][old_norse][loan_word][semantic_change][doublet][antonym][french][latin][old_norse]

 hellog ラジオ版も第20回となりました.今回は素朴な疑問というよりも,ちょっと驚くおもしろ語源の話題です.「客人」を意味する guest と「主人」を意味する host は,完全なる反意語 (antonym) ですが,なんと同語源なのです(2重語 (doublet) といいます).この不思議について,紀元前4千年紀という,英語の究極のご先祖様である印欧祖語 (Proto-Indo-European) の時代にまで遡って解説します.以下の音声をどうぞ.



 たかだか2つの英単語を取り上げたにすぎませんが,その背後にはおよそ5千年にわたる壮大な歴史があったのです.登場する言語も,印欧祖語に始まり,ラテン語,フランス語,ゲルマン祖語,古ノルド語(北欧諸語の祖先),そして英語と多彩です.
 語源学や歴史言語学の魅力は,このように何でもないようにみえる単語の背後に壮大な歴史が隠れていることです.同一語源語から,長期にわたる音変化や意味変化を通じて,一見すると関係のなさそうな多くの単語が芋づる式に派生してきたという事実も,なんとも興味深いことです.今回の話題について,詳しくは##170,171,1723,1724の記事セットをご覧ください.

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2020-04-11 Sat

#4002. want の英語史 --- かつては非人称構文もあった [impersonal_verb][syntax][old_norse][inflection][syncretism]

 連日,きわめて日常的な動詞 want を取り上げ,何らかの角度から英語史している (cf. [2020-04-08-1], [2020-04-09-1], [2020-04-10-1]) .今回は want が非人称動詞として用いられていた過去について触れたい.(非人称動詞・構文のおさらいには「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) を参照.)
 現在では欲する人が主語に,欲しいものが目的語に立ち,I want refreshment. のように用いる.しかし,want が主として「欠いている」を意味した古い英語では,いわば Want (to) me of refreshment. のように,欠乏を感じている人が与格(あるいは to 句)に,欠けているものが属格(あるいは of 句)に典型的におかれるという非人称構文が併用されていた.非人称構文の起源は,want という語自体の起源と同様に古ノルド語にある.OED の want, v. の語源欄の記述をみてみよう.

The early Scandinavian verb was originally impersonal (personal uses in the individual Scandinavian languages reflect later developments); in English this is reflected by sense 2. Levelling of cases in Middle English made it possible for the object of the impersonal construction (often in initial position) to take over the function of the subject of a new personal construction, allowing further sense developments. For a detailed discussion see M. Bertschinger To Want: an Essay in Semantics (1941).


 この記述によれば,古ノルド語ではむしろ非人称構文としての用法がオリジナルであり,人称構文は後に発達したということになる.英語での動詞 want の初出は1175年頃の Ormulum で,そこでの用法こそ人称構文だが,そこから間もない1200年頃の Sawles Warde に非人称構文としての使用がみられる.この事実から,英語に受容された当初より,オリジナルの非人称構文と,そこから人称化した新たな構文とが併用されていたと考えるのが妥当だろう.
 上の語源欄の引用に解説されている want の人称化の過程は,他の非人称動詞の人称化にも当てはまり,標準的な説明として広く受け入れられているものである.もともと与格形で表わされていた「人」が,しばしば動詞の前位置に立ったこと,また屈折の衰退と格の融合を経たこと等により,主格形に置き換えられ,動詞が意味的・統語的に人称化したという流れだ.一方,「もの」は典型的に属格(あるいは of 句)で表現されたが,こちらも屈折の衰退と格の融合の結果,意味的・統語的に動詞の直接目的語として再解釈されるに至った.
 OED より「欠いている」の語義での非人称構文の初例群を挙げよう.

c1225 (?c1200) Sawles Warde (Bodl.) (1938) 16 (MED) Of al þet eauer wa is ne schal ham neauer wontin.
?c1225 (?a1200) Ancrene Riwle (Cleo. C.vi) (1972) 298 Ne þunche hire neauer wunder ȝef hire wonti þe haligastes froure.
?c1225 (?a1200) Ancrene Riwle (Cleo. C.vi) (1972) 145 Hwenne ow ne wonteð nan þing þefaȝeneð wið ow.
a1325 (c1250) Gen. & Exod. (1968) l. 2155 Ðan coren wantede in oðer lond, Ðo ynug [was] vnder his hond.
a1400 (a1325) Cursor Mundi (Vesp.) l. 3053 þam wanted brede, þeir water es gan, Hope o lijf ne had þai nan.


 OED によると,want の非人称構文の最終例は "1830 T. P. Thompson in Westm. Rev. Jan. 262 There wants a collection of dying speeches of nefarious governments." とあり,現代では廃用となっている.

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2020-04-10 Fri

#4001. want の英語史 --- 語末の t [old_norse][loan_word][borrowing][inflection][adjective][gender][impersonal_verb]

 連日 want という語を英語史的に掘り下げる記事を書いている(過去記事は [2020-04-08-1][2020-04-09-1]).今回は語末の t について考えてみたい.
 英語史の教科書などでは,want のような日常的な単語が古ノルド語からの借用語であるというのは驚くべきこととしてしばしば言及される.また,語末の t が古ノルド語の形容詞の中性語尾であることも指摘される(cf. 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1])).しかし,この t を巡っては意外と込み入った事情がある.
 「#3999. want の英語史 --- 語源と意味変化」 ([2020-04-08-1]) で触れたように,英語の名詞 want と動詞 want とは語幹こそ確かに同一だが,入ってきた経路は異なる.名詞 want は,古ノルド語の形容詞 vanr (欠いた)が中性に屈折した vant という形態が名詞的に用いられるようになったものである.一方,動詞 want は古ノルド語の動詞 vanta (欠く,欠いている)に由来する.つまり,語根に対応する wan の部分こそ共通とみてよいが,語末の t に関しては,名詞の場合には形容詞の中性語尾に由来するといわなければならず,動詞の場合には(未調査だが)また別に由来があるということになる.したがって,wantt は形容詞の中性語尾であるという教科書的な指摘は,名詞としての want にのみ当てはまるということだ.
 動詞の t については別途調べることにし,ここでは教科書で言及される,名詞の t が形容詞の中性語尾に由来する件について掘り下げたい.すでに述べたように,古ノルド語 vanr は形容詞で「?を欠いている」 (lacking) を意味した(古英語の形容詞 wana と同根語).古ノルド語では,これが be 動詞と組み合わさって非人称構文を構成した.OED の want, adj. and n.2 の語源欄に,次のように記述がある.

Old Icelandic vant (neuter singular adjective) is used predicatively in expressions of the type vera vant to be lacking, typically with the person lacking something in the dative and the thing that is lacking in the genitive and with vant thus behaving similarly to a noun (compare e.g. var þeim vettugis vant they were lacking nothing, they had want of nothing, or var vant kýr a cow was missing, there was want of a cow).


 形容詞としての vanr (中性形 vant)は,つまり "was VANT to them of nothing" (彼らにとって何も欠けていなかった)のように主語のない非人称構文において用いられていたということである.この用法がよほど高頻度だったのだろうか,古ノルド語話者と接触した英語話者は,中性に屈折した vant それ自体があたかも語幹であるかのように解釈し,語頭子音を英語化しつつ t 語尾込みの want を「欠乏,不足」を意味する名詞として受容したと考えられる.
 語の借用においては,受け入れ側の話者が相手言語の文法に精通していないかぎり,屈折語尾を含めて語幹と勘違いして,「原形」として取り込んでしまう例はいくらでもあったろう.実際,形容詞の中性語尾に由来する t をもつ他の例として,scant (乏しい), thwart (横切って), wight (勇敢な),†quart (健康な)などが挙げられる.
 関連して,フランス語の不定詞語尾 -er を含んだまま英語に取り込まれた cesser, detainer, dinner, merger, misnomer, remainder, surrender なども,ある意味で類例といえるだろう.これにつていは「#220. supper は不定詞」 ([2009-12-03-1]),「#221. dinner も不定詞」 ([2009-12-04-1]) を参照.

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2020-04-08 Wed

#3999. want の英語史 --- 語源と意味変化 [semantics][semantic_change][etymology][old_norse][metonymy][loan_word]

 もしかすると英会話で最も頻出する表現は I want to . . . かもしれない.少なくともトラベル英会話では,少し丁寧な I'd like to . . . と並んで最重要表現の1つであることは間違いない.これさえ使いこなせれば最低限の用を足せるのではないかと思われるほどの基本表現である.実際「#2096. SUBTLEX-US Word Frequency List」 ([2015-01-22-1]) による語彙の頻度リストによれば,want はなんと62位である.超高頻度の単語といってよい.
 実はこの want という頻出語に注目するだけで,かなり多くのことを論じることができる.少々おおげさではあるが「want の英語史」を展開することが可能なのである.というわけで,今日から何回かにわたって「want の英語史」のシリーズをお届けする.初回となる今回は,want の語源と意味変化 (semantic_change) に注目する.
 want は語源的にいえばそもそも純粋な英単語ではない.これほど高頻度の単語が英語本来語でないというのは驚きだが,事実である.この動詞は古ノルド語 (old_norse) からの借用語だ(「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1]) を参照).古ノルド語の動詞 vanta (?を欠いている)に由来するが,これ自体はゲルマン祖語の *wan-,さらには印欧祖語の * にさかのぼる.月の満ち欠けの「欠け」を意味する wane や,ラテン語 vānus (empty) に由来する vain もこの印欧語根を共有している.原義は「欠けている」である.
 古ノルド語の動詞 vanta が英語では wante(n) として受容されたが,その時期は1200年頃のことである.そこでの語義はやはり「欠いている」であり,ほぼ同時期に名詞として受け入れた際の語義も「欠乏」だった.つまり,当初は「欲する」の語義はなく,中英語期には専ら「欠いている」を意味するにとどまった.
 中英語期も終わりに近づいた15世紀後半に「必要である」の語義が生じた.欠けている大事なものがあれば,当然人はそれを必要とするからだ.この意味変化は,フランス語の il me faut (原義は「私には?が欠けている」だが,「私には?が必要だ」の意味で用いられる)にも類例がみられる.近代英語期に入ると,連動して名詞にも「必要」の語義が加わった.さらに続けて,あるものが必要となれば,人はそれを欲するのが道理だ.そこで「欲する」の語義がさらに付け加わわることになった.欠けていれば,それを必要とし,さらにそれを欲するようになるという連鎖は,きわめて自然な因果関係である.メトニミー (metonymy) による意味変化の例といってよい.
 ところで,この「欲する」という新しい語義での初出は OED によると1621年のことである.want to do に至っては初例が1698年である.さらに確かな例の出現ということでいえば,18世紀を待たなければならなかったといってよい.現在では超がつくほど頻度の高い語句となっているが,その歴史はおそらく300年ほどしかないということになる.何とも驚きの事実だ.

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2020-03-28 Sat

#3988. 講座「英語の歴史と語源」の第6回「ヴァイキングの侵攻」を終えました [asacul][notice][slide][link][old_norse][lexicology][loan_word][borrowing][contact][history]

 「#3977. 講座「英語の歴史と語源」の第6回「ヴァイキングの侵攻」のご案内」 ([2020-03-17-1]) でお知らせしたように,3月21日(土)の15:15?18:30に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・6 ヴァイキングの侵攻」と題する講演を行ないました.新型コロナウィルス禍のなかで何かと心配しましたが,お集まりの方々からは時間を超過するほどたくさんの質問をいただきました.ありがとうございました.
 講座で用いたスライド資料をこちらに置いておきます.以下にスライドの各ページへのリンクも張っておきます.

   1. 英語の歴史と語源・6 「ヴァイキングの侵攻」
   2. 第6回 ヴァイキングの侵攻
   3. 目次
   4. 1. ヴァイキング時代
   5. Viking の語源説
   6. ヴァイキングのブリテン島襲来
   7. 2. 英語と古ノルド語の関係
   8. 3. 古ノルド語から借用された英単語
   9. 古ノルド借用語の日常性
   10. 古ノルド借用語の音韻的特徴
   11. いくつかの日常的な古ノルド借用語について
   12. イングランドの地名の古ノルド語要素
   13. 英語人名の古ノルド語要素
   14. 古ノルド語からの意味借用
   15. 4. 古ノルド語の語彙以外への影響
   16. なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」なのか?
   17. 5. 言語接触の濃密さ
   18. 言語接触の種々のモデル
   19. まとめ
   20. 参考文献

 次回は4月18日(土)の15:30?18:45を予定しています(新型コロナウィルスの影響がますます心配ですが).「ノルマン征服とノルマン王朝」と題して,かの1066年の事件の英語史上の意義を考えます.詳細はこちらよりどうぞ.

Referrer (Inside): [2022-07-08-1] [2022-03-12-1]

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2020-03-27 Fri

#3987. 古ノルド語の影響があり得る言語項目 (2) [old_norse][contact][syntax][word_order][phrasal_verb][plural][link]

 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1]) で挙げたリストに,Dance (1735) を参照し,いくつか項目を追加しておきたい.いずれも実証が待たれる仮説というレベルである.

 (1) the marked increase in productivity of the derivational verbal affixes -n- (as in harden, deepen) and -l- (e.g. crackle, sparkle)
 (2) the rise of the "phrasal verb" (verb plus adverb/preposition) at the expense of the verbal prefix, most persuasively the development of up in an aspectual (completive) function
 (3) certain aspects of v2 syntax (including the development of 'CP-v2' syntax in northern Middle English)
 (4) the general shift to VO order

 上記 (1) については,「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1]) で関連する話題に触れているので,そちらも参照.
 (2) については,関連して「#2396. フランス語からの句の借用に対する慎重論」 ([2015-11-18-1]) を参照.
 (3), (4) は統語現象だが,とりわけ (4) は大きな仮説である.これについては拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)の第5章第4節でも論じている.さらに以下の記事やリンク先の話題も合わせてどうぞ.

 ・ 「#1170. 古ノルド語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-10-1])
 ・ 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら
 ・ 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら
 ・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])

 最後にリストに加えるのを忘れていたもう1つの項目があった.

 (5) the spread of the s-plural

 これは,私自身が詳細に論じている説である.詳しくは Hotta をご覧ください.

 ・ Dance, Richard. "English in Contact: Norse." Chapter 110 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1724--37.
 ・ 堀田 隆一 『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』 中央大学出版部,2011年.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.

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2020-03-26 Thu

#3986. 古英語と古ノルド語の接触の状況は多様で複雑だった [old_norse][contact][sociolinguistics]

 古英語と古ノルド語の接触については,その接触状況をどのようにモデル化するかという問題が長らく論じられてきた.本ブログから関連する主要な記事を挙げておこう.

 ・ 「#1179. 古ノルド語との接触と「弱い絆」」 ([2012-07-19-1])
 ・ 「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1])
 ・ 「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」 ([2012-09-27-1])
 ・ 「#1250. 中英語はクレオール語か? (3)」 ([2012-09-28-1])
 ・ 「#3001. なぜ古英語は古ノルド語に置換されなかったのか?」 ([2017-07-15-1])
 ・ 「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1])
 ・ 「#3980. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (2)」 ([2020-03-20-1])

 一方,言語接触に関する Thomason and Kaufman の著書が出版されて以来,一般的に言語接触には "contact-induced changes" (or "borrowing") と "shift-induced interference" の2種類のタイプがあるとされており,古英語と古ノルド語の接触についてもその観点から再検討がなされてきた(2種類への分類については「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]),「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1]),「#3968. 言語接触の2タイプ,imitation と adaptation」 ([2020-03-08-1]) を参照).
 このように様々なモデル化の方法があるなかで,どれがいったい当該の言語接触の現実を映し出しているのか.この問題に対して Dance (1727) の指摘に耳を傾けたい.

It is worth stressing that when scholars refer to "the Anglo-Norse contact situation", this must be understood as shorthand for a long period of contacts in diverse local settings. It would have encompassed the widest possible variety of interactions, from the most superficial (trade, negotiation) to the most intimate (mixed communities, intermarriage), and every shade of relative political/cultural "dominance" by one group of speakers or the other. Accordingly, one should be wary of assuming that all the (putative) effects of this contact arose from a single type of encounter (or a series of encounters on a simple chronological cline of intensity), even if historical distance has effectively turned them into one cluster of phenomena.


 両言語の接触状況は時間的にも空間的にも多様だったのであり,そこから1つの平均値を求めることには注意しなければならない,というメッセージだ.当該の言語接触をモデル化しようとするならば「ありとあらゆるモデルの混合」という新しいモデルを想定するのが適切かもしれない.

 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
 ・ Dance, Richard. "English in Contact: Norse." Chapter 110 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2nd vol. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1724--37.

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2020-03-22 Sun

#3982. 古ノルド語借用語の音韻的特徴 [old_norse][loan_word][borrowing][phonology][cognate][doublet][palatalisation][link]

 標題と関連して,Durkin (191--92) が挙げている古ノルド語借用語の例を挙げる.左列が古英語の同根語,中列が古ノルド語の同根語(かつ現代英語に受け継がれた語),右列が参考までに古アイスランド語での語形である.とりわけ左列と中列の音韻形態を比較してもらいたい.

OEScandinavianCf. Old Icelandic
sċyrta (> shirt)skirtskyrta
sċ(e)aða, sċ(e)aðianscatheskaði, skaða 'it hurts'
sċiell, sċell (> shell)(northern) skell 'shell'skel
ċietel, ċetel (> ME chetel)kettleketill
ċiriċe (> church)(northern) kirkkirkja
ċist, ċest (> chest)(northern) kistkista
ċeorl (> churl)(northern) carlkarl
hlenċelinkhlekkr
ġietangetgeta
ġiefangivegeva (OSw. giva)
ġiftgiftgipt (OSw. gipt, gift)
ġeard (> yard)(northern) garthgarðr
ġearwegeargervi
bǣtanbait 'to bait'beita
hāl (> whole)hail 'healthy'heill
lācnorthern laik 'game'leikr
rǣran (> rear)raisereisa
swānswainsveinn
(> no)naynei
blācbleakbleikr
wācweakveikr
þēahthoughþó
lēaslooselouss, lauss
ǣġ (> ME ei)eggegg
sweoster, swustersistersystir
fram, from (> from)frofrá


 古英語形と古ノルド語形について,いくつか特徴的な音韻対応が浮かび上がってくる.これらは,共通祖語から分かれた後に各言語で独自の音韻変化が生じた結果としての音韻対応である.その音韻変化に注目して箇条書きしよう (Durkin 193--98) .

 (1) 古英語では /sk/ > /ʃ/ が起こっているが,古ノルド語では起こっていない
 (2) 古英語では /k/ > /ʃ/ が起こっているが,古ノルド語では起こっていない
 (3) 古英語では /g/ > /j/ と /gg/ > /ddʒ/ が起こっているが,古ノルド語では起こっていない
 (4) 古英語ではゲルマン祖語の *ai > ā が起こったが,古ノルド語では起こっていない
 (5) 古英語ではゲルマン祖語の *au > ēa が起こったが,古ノルド語では起こっていない
 (6) 古ノルド語では *jj > gg が起こっているが,古英語では起こっていない
 (7) 古ノルド語では *ui > y が起こっているが,古英語では起こっていない
 (8) 古ノルド語では語末の鼻音が消失したが,古英語では消失していない

 音韻変化には条件のつくものが多いので,上記ですべてをきれいに説明できるわけではないが,知っておくと現代英語の語形に関する様々な謎が解きやすくなる.関連する記事を挙げておこう.

 ・ 「#2730. palatalisation」 ([2016-10-17-1])
 ・ 「#1511. 古英語期の sc の口蓋化・歯擦化」 ([2013-06-16-1])
 ・ 「#2015. seekbeseech の語尾子音」 ([2014-11-02-1])
 ・ 「#2054. seekbeseech の語尾子音 (2)」 ([2014-12-11-1])
 ・ 「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1])
 ・ 「#170. guesthost」 ([2009-10-14-1])
 ・ 「#169. getgive はなぜ /g/ 音をもっているのか」 ([2009-10-13-1])
 ・ 「#3817. hale の語根ネットワーク」 ([2019-10-09-1])
 ・ 「#3699. なぜ careless の反対は *caremore ではなくcareful なのですか?」 ([2019-06-13-1])
 ・ 「#337. egges or eyren」 ([2010-03-30-1])

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2022-07-08-1] [2021-01-01-1]

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