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morphology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2024-12-23 Mon

#5719. ギリシア語が英語に影響を与えた3つの型 [greek][latin][borrowing][loan_word][lexicology][word_formation][derivation][compounding][oe][prestige][combining_form][morphology][scientific_name][scientific_english][link]

 ギリシア語が英語に与えた語彙的影響は,ラテン語やフランス語のそれに比べると見劣りするように思われるかもしれないが,実際にはきわめて大きい.語彙そのものというより,むしろ語形成 (word_formation) に与えた影響が大きい,といったほうが適切かもしれない.とりわけ連結形 (combining_form) を用いた科学系の複合語の形成は,ギリシア語の偉大な貢献である.
 Durkin (231) は,英語史におけるギリシア語の影響について,広い視野から次のように述べている.

Between C5 and C8-9, the Greek liberal arts education was revived, first by the Ostrogoths, later by the Carolingians, and Greek gained special prestige. Writers liberally sprinkled their woks with Greek words, many of which found their way into other languages of Europe, including Old English. Articulately noteworthy are the glossarial poems from Canterbury with words like apoplexis, liturgia, spasmus. Since then, Greek medical doctrine and the terms associated with it became the major part of English medical lexis . . . . More general scientific vocabulary from Greek has mushroomed since C18 . . . .
. . . .
   Greek influence on English, then, is restricted to the lexicon, (limited) derivation, and compounding. Words entered English initially through Roman borrowings, then through direct borrowing from Ancient Greek writers, more recently through word formation (combining roots and affixes) in English.


 ギリシア語の英語への影響には,3パターンあるいは3段階があったとまとめてよいだろう.

 (1) ラテン語を経由して(中世から)
 (2) 直接ギリシア語から(近代以降)
 (3) ギリシア語「要素」を用いた英語内での造語(近代以降,特に18世紀以降;「科学用語新古典主義的複合語」 (neo-classical compounds) あるいは「英製希語」と呼んでもよい?)

 いずれのパターンについても,ギリシア語に付された威信 (prestige) を反映して科学用語の造語が圧倒的である.関連する話題として,以下の hellog 記事も参照.

 ・ 「#516. 直接のギリシア語借用は15世紀から」 ([2010-09-25-1])
 ・ 「#552. combining form」 ([2010-10-31-1])
 ・ 「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1])
 ・ 「#617. 近代英語期以前の専門5分野の語彙の通時分布」 ([2011-01-04-1])
 ・ 「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1])
 ・ 「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1])
 ・ 「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1])
 ・ 「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1])
 ・ 「#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か」 ([2018-01-09-1])
 ・ 「#3368. 「ラテン語系」語彙借用の時代と経路」 ([2018-07-17-1])
 ・ 「#4191. 科学用語の意味の諸言語への伝播について」 ([2020-10-17-1])
 ・ 「#4449. ギリシア語の英語語形成へのインパクト」 ([2021-07-02-1])
 ・ 「#5718. ギリシア語由来の主な接尾辞,接頭辞,連結形」 ([2024-12-22-1])

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2024-12-22 Sun

#5718. ギリシア語由来の主な接尾辞,接頭辞,連結形 [greek][suffix][prefix][lexicology][word_formation][combining_form][morphology][latin][french][loan_word][borrowing]

 Durkin (216--19) にかけて,英語に入ったギリシア語由来の要素が列挙されている.接尾辞 (suffix),接頭辞 (prefix),連結形 (combining_form) に分けて,主たるものを列挙しよう.ラテン語やフランス語からの借用語のなかに混じっている要素もあり,究極的にはギリシア語由来であることが気づかれていないものも含まれているのではないか.

[ 接尾辞 ]

 -on (plural -a), -ter, -terion, -ma/-mat- (adj. -matic), the family of -ize/-ise (-ist/-ast, -ism, -asm), -ite, -ess, -oid, -isk, -(t)ic, -istic(al), -astic(al)

[ 接頭辞 ]

 a(n)-, amph(i)-, an(a)-, anti-, ap(o)-, cat(a)-/kat(a)-, di(a)-, dys-, a(n)-, end(o)-, exo-, ep(i)-, hyper-, hyp(o)-, met(a)-, par(a)-, peri-, pro-, pros-, syn-/sys-

[ 連結形 ]

 acro- "high; of the extremities", agath(o)- "good", all(o)- "other, alternate, distinct", arch- "chief; original", argyr(o)- "silver", aut(o)- "self(-induced); spontaneous", bary-/bar(o)- "heavy; low; internal", brachy- "short", brady- "slow", cac(o)- "bad", chlor(o)- "green; chlorine", chrys(o)- "gold; golden-yellow", cry(o)- "freezing; low-temperature", crypt(o)- "secret; concealed", cyan(o)- "blue", dipl(o)- "twofold, double", dolich(o)- "long", erythr(o)- "red", eu- "good, well", glauc(o)- "bluish-green, grey", gluc(o)- "glucose"/glyc(o)- "sugar; glycerol"/glycy- "sweet", gymn(o)- "naked, bare", heter(o)- "other, different", hol(o)- "whole, entire", homeo- "similar; equal", hom(o)- "same", leuc/k(o)- "white", macro- "(abnormally) large", mega- "huge; very large", megal(o)- "large; grandiose" and -megaly "abnormal enlargement", melan(o)- "black; dark-colored; pigmented", mes(o)- "middle", micr(o)- "(very) small", nano- "one thousand-millionth; extremely small", necr(o)- "dead; death", ne(o)- "new; modified; follower", olig(o)- "few; diminished; retardation", orth(o)- "upright; straight; correct", oxy- "sharp, pointed; keen", pachy- "thick", pan(to)- "all", picr(o)- "bitter", platy- "broad, flat", poikil(o)- "variegated; variable", poly- "much, many", proto- "first", pseud(o)- "false", scler(o)- "hard", soph(o)- and -sophy "skilled; wise", tachy- "swift", tel(e)- "(operating) at a distance", tele(o)- "complete; completely developed", therm(o)- "warm, hot", trachy- "rough"

 英語ボキャビルのおともにどうぞ.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2024-11-11 Mon

#5677. 『語根で覚えるコンパスローズ英単語』の接辞リスト(129種) [etymology][prefix][suffix][vocabulary][hel_education][lexicology][word_formation][derivation][derivative][morphology][latin][greek][review]


池田 和夫 『語根で覚えるコンパスローズ英単語』 研究社,2019年.



 昨日の記事「#5676. 『語根で覚えるコンパスローズ英単語』の300語根」 ([2024-11-10-1]) に引き続き,同書の付録 (344--52) に掲載されている主要な接辞のリストを挙げたいと思います.接頭辞 (prefix) と接尾辞 (suffix) を合わせて129種の接辞が紹介されています.

【 主な接頭辞 】
a-, an- ない (without)
ab-, abs- 離れて,話して (away)
ad-, a-, ac-, af-, ag-, al-, an-, ap-, ar-, as-, at- …に (to)
ambi- 周りに (around)
anti-, ant- 反… (against)
bene- よい (good)
bi- 2つ (two)
co- 共に (together)
com-, con-, col-, cor- 共に (together);完全に (wholly)
contra-, counter- 反対の (against)
de- 下に (down);離れて (away);完全に (wholly)
di- 2つ (two)
dia- 横切って (across)
dis-, di-, dif- ない (not);離れて,別々に (apart)
dou-, du- 2つ (two)
en-, em- …の中に (into);…にする (make)
ex-, e-, ec-, ef- 外に (out)
extra- …の外に (outside)
fore- 前もって (before)
in-, im-, il-, ir-, i- ない,不,無,非 (not)
in-, im- 中に,…に (in);…の上に (on)
inter- …の間に (between)
intro- 中に (in)
mega- 巨大な (large)
micro- 小さい (small)
mil- 1000 (thousand)
mis- 誤って (wrongly);悪く (badly)
mono- 1つ (one)
multi- 多くの (many)
ne-, neg- しない (not)
non- 無,非 (not)
ob-, oc-, of-, op- …に対して,…に向かって (against)
out- 外に (out)
over- 越えて (over)
para- わきに (beside)
per- …を通して (through);完全に (wholly)
post- 後の (after)
pre- 前に (before)
pro- 前に (forward)
re- 元に (back);再び (again);強く (strongly)
se- 別々に (apart)
semi- 半分 (half)
sub-, suc-, suf-, sum-, sug-, sup-, sus- 下に (down),下で (under)
super-, sur- 上に,越えて (over)
syn-, sym- 共に (together)
tele- 遠い (distant)
trans- 越えて (over)
tri- 3つ (three)
un- ない (not);元に戻して (back)
under- 下に (down)
uni- 1つ (one)

【 名詞をつくる接尾辞 】
 
-age 状態,こと,もの
-al こと
-ance こと
-ancy 状態,もの
-ant 人,もの
-ar 人
-ary こと,もの
-ation すること,こと
-cle もの,小さいもの
-cracy 統治
-ee される人
-eer 人
-ence 状態,こと
-ency 状態,もの
-ent 人,もの
-er, -ier 人,もの
-ery 状態,こと,もの;類,術;所
-ess 女性
-hood 状態,性質,期間
-ian 人
-ics 学,術
-ion, -sion, -tion こと,状態,もの
-ism 主義
-ist 人
-ity, -ty 状態,こと,もの
-le もの,小さいもの
-let もの,小さいもの
-logy 学,論
-ment 状態,こと,もの
-meter 計
-ness 状態,こと
-nomy 法,学
-on, -oon 大きなもの
-or 人,もの
-ory 所
-scope 見るもの
-ship 状態
-ster 人
-tude 状態
-ure こと,もの
-y こと,集団

【 形容詞をつくる接尾辞 】
-able できる,しやすい
-al …の,…に関する
-an …の,…に関する
-ant …の,…の性質の
-ary …の,…に関する
-ate …の,…のある
-ative …的な
-ed …にした,した
-ent している
-ful …に満ちた
-ible できる,しがちな
-ic …の,…のような
-ical …の,…に関する
-id …状態の,している
-ile できる,しがちな
-ine …の,…に関する
-ior もっと…
-ish ・・・のような
-ive ・・・の,・・・の性質の
-less ・・・のない
-like ・・・のような
-ly ・・・のような;・・・ごとの
-ory ・・・のような
-ous ・・・に満ちた
-some ・・・に適した,しがちな
-wide ・・・にわたる

【 動詞をつくる接尾辞 】
-ate ・・・にする,させる
-en ・・・にする
-er 繰り返し・・・する
-fy, -ify ・・・にする
-ish ・・・にする
-ize ・・・にする
-le 繰り返し・・・する

【 副詞をつくる接尾辞 】
-ly ・・・ように
-ward ・・・の方へ
-wise ・・・ように


 ・ 池田 和夫 『語根で覚えるコンパスローズ英単語』 研究社,2019年.

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2024-11-10 Sun

#5676. 『語根で覚えるコンパスローズ英単語』の300語根 [etymology][prefix][suffix][vocabulary][hel_education][lexicology][word_formation][derivation][derivative][morphology][latin][greek][review]


池田 和夫 『語根で覚えるコンパスローズ英単語』 研究社,2019年.



 英語ボキャビルのための本を紹介します.研究社から出版されている『語根で覚えるコンパスローズ英単語』です.300の語根を取り上げ,語根と意味ベースで派生語2500語を学習できるように構成されています.研究社の伝統ある『ライトハウス英和辞典』『カレッジライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』『コンパスローズ英和辞典』の辞書シリーズを通じて引き継がれてきた語根コラムがもとになっています.
 選ばれた300個の語根は,ボキャビル以外にも,英語史研究において何かと役に立つリストとなっています.目次に従って,以下に一覧します.

cess (行く)
ceed (行く)
cede (行く)
gress (進む)
vent (来る)
verse (向く)
vert (向ける)
cur (走る)
pass (通る)
sta (立つ)
sist (立つ)
sti (立つ)
stitute (立てた)
stant (立っている)
stance (立っていること)
struct (築く)
fact (作る,なす)
fic (作る)
fect (作った)
gen (生まれ)
nat (生まれる)
crease (成長する)
tain (保つ)
ward (守る)
serve (仕える)
ceive (取る)
cept (取る)
sume (取る)
cap (つかむ)
mote (動かす)
move (動く)
gest (運ぶ)
fer (運ぶ)
port (運ぶ)
mit (送る)
mis (送られる)
duce (導く)
duct (導く)
secute (追う)
press (押す)
tract (引く)
ject (投げる)
pose (置く)
pend (ぶら下がる)
tend (広げる)
ple (満たす)
cide (切る)
cise (切る)
vary (変わる)
alter (他の)
gno (知る)
sent (感じる)
sense (感じる)
cure (注意)
path (苦しむ)
spect (見る)
vis (見る)
view (見る)
pear (見える)
speci (見える)
pha (現われる)
sent (存在する)
viv (生きる)
act (行動する)
lect (選ぶ)
pet (求める)
quest (求める)
quire (求める)
use (使用する)
exper (試みる)
dict (言う)
log (話す)
spond (応じる)
scribe (書く)
graph (書くこと)
gram (書いたもの)
test (証言する)
prove (証明する)
count (数える)
qua (どのような)
mini (小さい)
plain (平らな)
liber (自由な)
vac (空の)
rupt (破れた)
equ (等しい)
ident (同じ)
term (限界)
fin (終わり,限界)
neg (ない)
rect (真っすぐな)
prin (1位)
grade (段階)
part (部分)
found (基礎)
cap (頭)
medi (中間)
popul (人々)
ment (心)
cord (心)
hand (手)
manu (手)
mand (命じる)
fort (強い)
form (形,形作る)
mode (型)
sign (印)
voc (声)
litera (文字)
ju (法)
labor (労働)
tempo (時)
uni (1つ)
dou (2つ)
cent (100)
fare (行く)
it (行く)
vade (行く)
migrate (移動する)
sess (座る)
sid (座る)
man (とどまる)
anim (息をする)
spire (息をする)
fa (話す)
fess (話す)
cite (呼ぶ)
claim (叫ぶ)
plore (叫ぶ)
doc (教える)
nounce (報じる)
mon (警告する)
audi (聴く)
pute (考える)
tempt (試みる)
opt (選ぶ)
cri (決定する)
don (与える)
trad (引き渡す)
pare (用意する)
imper (命令する)
rat (数える)
numer (数)
solve (解く)
sci (知る)
wit (知っている)
memor (記憶)
fid (信じる)
cred (信じる)
mir (驚く)
pel (追い立てる)
venge (復讐する)
pone (置く)
ten (保持する)
tin (保つ)
hibit (持つ)
habit (持っている)
auc (増す)
ori (昇る)
divid (分ける)
cret (分ける)
dur (続く)
cline (傾く)
flu (流れる)
cas (落ちる)
cid (落ちる)
cease (やめる)
close (閉じる)
clude (閉じる)
draw (引く)
trai (引っ張る)
bat (打つ)
fend (打つ)
puls (打つ)
cast (投げる)
guard (守る)
medic (治す)
nur (養う)
cult (耕す)
ly (結びつける)
nect (結びつける)
pac (縛る)
strain (縛る)
strict (縛られた)
here (くっつく)
ple (折りたたむ)
plic (折りたたむ)
ploy (折りたたむ)
ply (折りたたむ)
tribute (割り当てる)
tail (切る)
sect (切る)
sting (刺す)
tort (ねじる)
frag (壊れる)
fuse (注ぐ)
mens (測る)
pens (重さを量る)
merge (浸す)
velop (包む)
veil (覆い)
cover (覆う;覆い)
gli (輝く)
prise (つかむ)
cert (確かな)
sure (確かな)
firm (確実な)
clar (明白な)
apt (適した)
due (支払うべき)
par (等しい)
human (人間の)
common (共有の)
commun (共有の)
semble (一緒に)
simil (同じ)
auto (自ら)
proper (自分自身の)
potent (できる)
maj (大きい)
nov (新しい)
lev (軽い)
hum (低い)
cand (白い)
plat (平らな)
minent (突き出た)
sane (健康な)
soph (賢い)
sacr (神聖な)
vict (征服した)
text (織られた)
soci (仲間)
demo (民衆)
civ (市民)
polic (都市)
host (客)
femin (女性)
patr (父)
arch (長)
bio (命,生活,生物)
psycho (精神)
corp (体)
face (顔)
head (頭)
chief (頭)
ped (足)
valu (価値)
delic (魅力)
grat (喜び)
hor (恐怖)
terr (恐れさせる)
fortune (運)
hap (偶然)
mort (死)
art (技術)
custom (習慣)
centr (中心)
eco (環境)
circ (円,環)
sphere (球)
rol (回転;巻いたもの)
tour (回る)
volve (回る)
base (基礎)
norm (標準)
ord (順序)
range (列)
int (内部の)
front (前面)
mark (境界)
limin (敷居)
point (点)
punct (突き刺す)
phys (自然)
di (日)
hydro (水)
riv (川)
mari (海)
sal (塩)
aster (星)
camp (野原)
mount (山)
insula (島)
vi (道)
loc (場所)
geo (土地)
terr (土地)
dom (家)
court (宮廷)
cave (穴)
bar (棒)
board (板)
cart (紙)
arm (武装,武装する)
car (車)
leg (法律)
reg (支配する)
her (相続)
gage (抵当)
merc (取引)


 ・ 池田 和夫 『語根で覚えるコンパスローズ英単語』 研究社,2019年.

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2024-10-30 Wed

#5665. 言語類型論研究の系譜と現代の潮流 [typology][history_of_linguistics][morphology]

 Jankowsky が "The Rise of Language Typology" と題する節 (651--54) で言語類型論 (typology) の系譜を略述している.
 その淵源は,意外にも比較言語学や歴史言語学に携わっていた Friedrich von Schlegel (1772--1829) だった.彼は非歴史的な観点からの言語比較にも関心を寄せ,類型論研究への道を開いた.その流れを,兄の August von Schlegel (1767--1845) が強力に推進した.後に広く知られることになる「孤立語」「膠着語」「屈折語」という形態論に基づく言語類型論を提唱したのも,この兄の Schlegel である.
 この区分に「複総合語」を加えて改訂したのが,Wilhelm von Humboldt (1767--1835) である.さらに,19世紀から20世紀前半にかけても,この系統は根強く継承されていく.その第一人者が Edward Sapir (1884--1939) だった.
 20世紀半ば以降は,Joseph Greenberg (1915--2001) による現代的な類型論が現われ,学史上新たな段階に入った.この新しい系統は,Winfred P. Lehmann (1916--2007), Elizabeth C. Traugott (b. 1939), Bernd Heine (b. 1939), Bernard Comrie (b. 1947) らによって継承・発展され,現代に至る.この現代の潮流について,Jankowsky (653--64) の解説を追ってみよう.

   The typological work of Joseph Greenberg (1915--2001) constituted a remarkable turning point. He initially dwelled on the 'classical' morphological approach, and started out with a diachronic framework in which language genealogy and historical language development captured his interest. Early in his career he was engaged in fieldwork in Africa, which led him to experiment with classifying the languages he encountered that seemed to him to possess particularly striking and unusual typological features. In later years his attention was directed to Native American languages and, last but not least, also to the Indo-European language family. Greenberg was on the whole appreciative of the early nineteenth-century approach to language typology, which had mainly focused on the individual nature of languages and progressed from there to search for common characteristics. His extensive acquaintance with a great variety of vastly different languages was a determining factor for him to go one decisive step further. Since the large number of existing languages makes it virtually impossible to devise an evaluative system with characteristics that uniformly pertain to all natural languages, he embraced as a way out a 'general' typology, in which he discards the emphasis on holistic grammatical description in favor of a selective characterization process. As a result he succeeded in documenting the fact that there is not, and cannot be, a set of descriptive values which could be meaningfully employed as a measuring rod of all languages.
   Utilizing typology confirms the existence of language types; it cannot establish proof for the existence of one single type that would adequately describe key features shared by all languages. In choosing his strategy, Greenberg had implicitly raised the question of language universals, a topic which became a prominent item on his agenda as early as 1961 . . . .


 Greenberg は歴史言語学への関心も抱きながら,従来の形態論的類型論から抜け出して一般類型論へと進み,さらに言語普遍性への関心を深めたというわけだ.言語普遍性への関心は,一見すると歴史言語学のもつ言語の個別性への眼差しとは正反対のようにも思われるが,Greenberg のなかでは両立していたということだろう.
 今回の話題と関連する hellog 記事を挙げておく.

 ・ 「#522. 形態論による言語類型」 ([2010-10-01-1])
 ・ 「#2125. エルゴン,エネルゲイア,内部言語形式」 ([2015-02-20-1])
 ・ 「#4692. 類型論の3つの問題,および類型論と言語変化の関係について」 ([2022-03-02-1])

 ・ Jankowsky, Kurt R. "Comparative, Historical, and Typological Linguistics since the Eighteenth Century." Chapter 28 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 635--54.

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2024-07-07 Sun

#5550. Fertig による Sturtevant's Paradox への批判 [sound_change][analogy][neogrammarian][phonetics][phonology][morphology][language_change][phonotactics][prosody]

 昨日の記事「#5549. Sturtevant's Paradox --- 音変化は規則的だが不規則性を生み出し,類推は不規則だが規則性を生み出す」 ([2024-07-06-1]) の最後で,Fertig が "Sturtevant's Paradox" に批判的な立場であることを示唆した.Fertig (97--98) の議論が見事なので,まるまる引用したい.

   Like a lot of memorable sayings, Sturtevant's Paradox is really more of a clever play on words than a paradox, kind of like 'Isn't it funny how you drive on a parkway and park on a driveway.' There is nothing paradoxical about the fact that phonetically regular change gives rise to morphological irregularities. Similarly, it is no surprise that morphologically motivated change tends to result in increased morphological regularity. 'Analogic creation' would be even more effective in this regard if it were regular, i.e. if it always applied across the board in all candidate forms, but even the most sporadic morphologically motivated change is bound to eliminate a few morphological idiosyncrasies from the system.
   If we consider analogical change from the perspective of its effects on phonotactic patterns, it is sometimes disruptive in just the way that one would expect . . . . At one point in the history of Latin, for example, it was completely predictable that s would not occur between vowels. Analogical change destroyed this phonological regularity, as it has countless others. Carstairs-McCarthy (2010: 52--5) points out that analogical change in English has been known to restore 'bad' prosodic structures, such as syllable codas consisting of a long vowel followed by two voiced obstruents. Although Carstairs-McCarthy's examples are all flawed, there are real instances, such as believed < beleft, of the kind of development he is talking about (§5.3.1).
   What the continuing popularity of Sturtevant's formulation really reveals is that one old Neogrammarian bias is still very much with us: When Sturtevant talks about changes resulting in 'regularity' and 'irregularities', present-day historical linguists still share his tacit assumption that these terms can only refer to morphology. If we were to revise the 'paradox' to accurately reflect the interaction between sound change and analogy, we would wind up with something not very paradoxical at all:
   
   
Sound change, being phonetically/phonologically motivated, tends to maintain phonological regularity and produce morphological irregularity. Analogic creation, being morphologically motivated, tends to produce phonological irregularity and morphological regularity. Incidentally, the former tends to proceed 'regularly' (i.e. across the board with no lexical exceptions) while the latter is more likely to proceed 'irregularly' (word-by-word).

   
I realize that this version is not likely to go viral.


 一言でいえば,言語学者は,言語体系の規則性を論じるに当たって,音韻論の規則性よりも形態論の規則性を重視してきたのではないか,要するに形態論偏重の前提があったのではないか,という指摘だ.これまで "Sturtevant's Paradox" の金言を無批判に受け入れてきた私にとって,これは目が覚めるような指摘だった.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.
 ・ Carstairs-McCarthy, Andrew. The Evolution of Morphology. Oxford: OUP, 2010.

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2024-07-06 Sat

#5549. Sturtevant's Paradox --- 音変化は規則的だが不規則性を生み出し,類推は不規則だが規則性を生み出す [sound_change][analogy][neogrammarian][phonetics][phonology][morphology][language_change]

 標題は,さまざまに言い換えることができる.「音法則は規則的だが不規則性を生み出し,類推による創造は不規則だが規則性を生み出す」ともいえるし,「形態論において規則的な音声変化はエントロピーを増大させ,不規則的な類推作用はエントロピーを減少させる」ともいえる.音変化 (sound_change) と類推 (analogy) の各々の特徴をうまく言い表したものである(昨日の記事「#5548. 音変化類推の峻別を改めて考える」 ([2024-07-05-1]) を参照).この謂いについては,以下の関連する記事を書いてきた.

 ・ 「#1693. 規則的な音韻変化と不規則的な形態変化」 ([2013-12-15-1])
 ・ 「#838. 言語体系とエントロピー」 ([2011-08-13-1])
 ・ 「#1674. 音韻変化と屈折語尾の水平化についての理論的考察」 ([2013-11-26-1])

 この金言を最初に述べたのは誰だったかを思い出そうとしていたが,Fertig を読んでいて,それは Sturtevant であると教えられた.Fertig (96) より,関連する部分を引用する.

Long before there was a Philosoraptor, historical linguists had 'Sturtevant's Paradox': 'Phonetic laws are regular but produce irregularities. Analogic creation is irregular but produces regularity' (Sturtevant 1947: 109). It is catchy and memorable. It has undoubtedly helped generations of linguistics students remember the battle between sound change and analogy, and, on the tiny scale of our subdiscipline, it is no exaggeration to say that it has 'gone viral', making appearances in numerous textbooks . . . and other works . . . .


 確かにキャッチーな金言である.しかし,Fertig はこのキャッチーさゆえに見えなくなっている部分があるのではないかと警鐘を鳴らしている.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.
 ・ Sturtevant, Edgar H. An Introduction to Linguistic Science. New Haven: Yale UP, 1947.

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2024-07-05 Fri

#5548. 音変化類推の峻別を改めて考える [sound_change][analogy][neogrammarian][phonetics][phonology][morphology][language_change][history_of_linguistics][comparative_linguistics][lexical_diffusion][terminology]

 比較言語学 (comparative_linguistics) の金字塔というべき,青年文法学派 (neogrammarian) による「音韻変化に例外なし」の原則 (Ausnahmslose Lautgesetze) は,音変化 (sound_change) と類推 (analogy) を峻別したところに成立した.以来,この言語変化の2つの原理は,相容れないもの,交わらないものとして解釈されてきた.この2種類を一緒にしたり,ごっちゃにしたら伝統的な言語変化論の根幹が崩れてしまう,というほどの厳しい区別である.
 しかし,この伝統的なテーゼに対する反論も,断続的に提出されてきた.例外なしとされる音変化も,視点を変えれば一律に適用された類推として解釈できるのではないか,という意見だ.実のところ,私自身も語彙拡散 (lexical_diffusion) をめぐる議論のなかで,この2種類の言語変化の原理は,互いに接近し得るのではないかと考えたことがあった.
 この重要な問題について,Fertig (99--100) が議論を展開している.Fertig は2種類を峻別すべきだという伝統的な見解に立ってはいるが,その議論はエキサイティングだ.今回は,Fertig がそのような立場に立つ根拠を述べている1節を引用する (95) .単語の発音には強形や弱形など数々の異形 (variants) があるという事例紹介の後にくる段落である.

The restriction of the term 'analogical' to processes based on morpho(phono)logical and syntactic patterns has long since outlived its original rationale, but the distinction between changes motivated by grammatical relations among different wordforms and those motivated by phonetic relations among different realizations of the same wordform remains a valid and important one. The essence of the Neogrammarian 'regularity' hypothesis is that these two systems are separate and that they interface only through the mental representation of a single, citation pronunciation of each wordform. The representations of non-citation realizations are invisible to the morphological and morphophonological systems, and relations among different wordforms are invisible to the phonetic system. If we keep in mind that this is really what we are talking about when we distinguish analogical change from sound change, these traditional terms can continue to serve us well.


 言語変化を論じる際には,一度じっくりこの問題に向き合う必要があると考えている.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2024-06-17 Mon

#5530. -(i)tude [word_formation][etymology][latin][french][suffix][noun][adjective][morphology][kdee]



 一昨日の heldio で「#1111. latitude と longitude,どっちがどっち? --- コトバのマイ盲点」を配信した.latitude (緯度)と longitude (経度)の区別が付きにくいこと,それでいえば日本語の「緯度」と「経度」だって区別しにくいことなどを話題にした.コメント欄では数々の暗記法がリスナーさんから寄せられてきているので,混乱している方は必読である.
 今回は両語に現われる接尾辞に注目したい.『英語語源辞典』(寺澤芳雄(編集主幹),研究社,1997年)によると,接尾辞 -tude の語源は次の通り.

-tude suf. ラテン語形形容詞・過去分詞について性質・状態を表わす抽象名詞を造る;通例 -i- を伴って -itude となる:gratittude, solitude. ◆□F -tude // L -tūdin-, -tūdō


 この接尾辞をもつ英単語は,基本的にはフランス語経由で,あるいはフランス語的な形態として取り込まれている.比較的よくお目にかかるものとしては altitude (高度),amplitude (広さ;振幅),aptitude (適正),attitude (態度),certitude (確信)などが挙げられる.,fortitude (不屈の精神),gratitude (感謝),ineptitude (不適当),magnitude (大きさ),multitude (多数),servitude (隷属),solicitude (気遣い),solitude (孤独)などが挙げられる.いずれも連結母音を含んで -itude となり,この語尾だけで2音節を要するため,単語全体もいきおい長くなり,寄せ付けがたい雰囲気を醸すことになる.この堅苦しさは,フランス語のそれというよりはラテン語のそれに相当するといってよい.
 OED の -tude SUFFIX の意味・用法欄も見ておこう.

Occurring in many words derived from Latin either directly, as altitude, hebetude, latitude, longitude, magnitude, or through French, as amplitude, aptitude, attitude, consuetude, fortitude, habitude, plenitude, solitude, etc., or formed (in French or English) on Latin analogies, as debilitude, decrepitude, exactitude, or occasionally irregularly, as dispiritude, torpitude.


 それぞれの(もっと短い)類義語と比較して,-(i)tude 語の寄せ付けがたい語感を味わうのもおもしろいかもしれない.

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2024-05-20 Mon

#5502. 注意すべき古英語の比較級・最上級 [superlative][comparison][adjective][adverb][suppletion][morphology][inflection][oe][i-mutation]

 現代英語の形容詞・副詞の比較級・最上級には不規則なものがいくつかある.good -- better -- bestbad -- worse --worst などの補充法 (suppletion) を示すものが知られているが,これらは古英語にも存在した.むしろ古英語では現代よりも多くの不規則な比較級・最上級があった.Sweet's Anglo-Saxon Primer (19--20) より,注意すべきものを列挙する.

[ i-mutation を含む形容詞の比較級・最上級 ]

MeaningPositiveComparativeSuperlative
"old"ealdieldraieldest
"young"ġeongġingraġingest
"long"langlengralengest
"strong"strangstrengrastrengest
"high"hēahhīerrahīehst


[ suppletion を含む形容詞の比較級・最上級 ]

MeaningPositiveComparativeSuperlative
"good"gōdbetera, betrabetst
  sēlrasēlest
"bad"yfelwiersawier(re)st
"great"miċelmāramǣst
"little"lȳtellǣssalǣst


[ 原級が副詞である形容詞の比較級・最上級 ]

MeaningPositiveComparativeSuperlative
"formerly"(ǣr)ǣrraǣrest
"far"(feorr)fierrafierrest
"before"(fore) forma, fyrmest, fyr(e)st
"near"(nēah)nēarranīehst
"outside"(ūte)ūterraūt(e)mest
  ȳterraȳt(e)mest


[ suppletion を含む副詞の比較級・最上級 ]

MeaningPositiveComparativeSuperlative
"well"welbetbet(e)st
  sēlsēlest
"badly"yflewierswier(re)st
"much"miclemǣst
"little"lȳtlǣslǣst


 ・ Davis, Norman. Sweet's Anglo-Saxon Primer. 9th ed. Oxford: Clarendon, 1953.

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2024-05-12 Sun

#5494. 中英語期には同じ職業を表わすにも様々な名前があった [onomastics][personal_name][name_project][by-name][occupational_term][morphology][word_formation][compound][compounding][derivation][suffix]

 中英語期の職業名を帯びた姓 (by-name) について調べている.Fransson や Thuresson の一覧を眺めていると,同一の職業とおぼしきものに,様々な呼称があったことがよく分かってくる.とりわけ呼び方の種類の多いものを,ピックアップしてみた.確認された初出年代と当時の語形を一覧してみよう.

 ・ チーズを作る(売る)人 (Fransson 66--67): Cheseman (1263), Cheser (1332), Chesemakere (1275), Chesewright (1293), Chesemonger (1186), Furmager (1198), Chesewryngere (1281), Wringer (1327)
 ・ 織り手,織工 (Fransson 87--88): Webbe (1243), Webbester (1275), Webbere (1340), Weuere (1296)
 ・ 小袋を作る人 (Fransson 95--96): Pouchemaker (1349), Poucher (1317), Pocheler, Poker (1314)
 ・ 金細工職人 (Fransson 133--34): Goldsmyth/Gildsmith (125), Gilder/Golder (1281), Goldbeter (1252), Goldehoper (1327)
 ・ 車(輪)大工 (Fransson 161--62): Whelere (1249), Whelster (1327), Whelwright (1274), Whelsmyth (1319), Whelemonger (1332)
 ・ ブタ飼い (Thuresson 65--67): Swynherde (1327), Swyneman (1275), Swyner (1257), Swyndriuere (1317), Swon (c1240)
 ・ 猟師 (Thuresson 75--76): Hunte (1203), Hunter (1301), Hunteman (1235)

 このような異形態は,とりわけ語彙論,意味論,形態論の観点から興味をそそられる.しかしそれ以上に,当時の職業の多様性や,人々の自称・他称へのこだわりが感じられ,何かしら感動すら覚える.

 ・ Fransson, G. Middle English Surnames of Occupation 1100--1350, with an Excursus on Toponymical Surnames. Lund Studies in English 3. Lund: Gleerup, 1935.
 ・ Thuresson, Bertil. Middle English Occupational Terms. Lund Studies in English 19. Lund: Gleerup, 1968.

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2024-03-22 Fri

#5443. blow - blew - blown --- 古英語強変化動詞第7類 [oe][verb][conjugation][preterite][morphology][phonetics][paradigm][yod-dropping][sound_change][spelling_pronunciation_gap][voicy][heldio]

 昨日の記事「#5442. 『ライトハウス英和辞典 第7版』の付録「つづり字と発音解説」」 ([2024-03-21-1]) で,「吹く」を意味する動詞 blow の現代英語での活用とその発音に触れた.とりわけ blew と綴って /bluː/ と発音する件に注意を促した.この問題をめぐって,ここ数日間の Voicy heldio でも取り上げてきたので,ぜひ聴取していただければ.

 ・ 「#1023. new は「ニュー」か「ヌー」か? --- 音変化と語彙拡散」
 ・ 「#1025. blow - blew 「ブルー」 - blown」
 ・ 「#1026. なぜ now と know は発音が違うの?」

 blow は古英語においては強変化動詞第7類に属する動詞だった.同じ第7類に属し比較されるべき動詞として know, grow, throw が挙げられる.各々,現代英語で know - knew - known; grow - grew - grown; throw - threw - thrown のように blow とよく似た活用を示す.この4動詞について,古英語での4主要形をまとめておこう(4主要形など古英語強変化動詞の詳細については「#2217. 古英語強変化動詞の類型のまとめ」 ([2015-05-23-1]) や「#42. 古英語には過去形の語幹が二種類あった」 ([2009-06-09-1]) を参照).

 不定詞第1過去第2過去過去分詞
"blow"blāwanblēowblēowonblāwen
"know"cnā_wancnēowcnēowoncnāwen
"grow"grōwangrēowgrēowongrōwen
"throw"þrāwanþrēowþrēowonþrōwen


 第1過去あるいは第2過去の語幹母音に注目すると,もともとの古英語では /eːɔw/ ほどだった.これが千年の時を経て,/eːɔw/ > /eːʊ/ > /eʊ/ > /ˈɪʊ/ > /ɪˈʊ/ > /juː/ > /uː/ のように変化してきたのである.
 現代英語で似た活用をするさらに他の動詞として,fly - flew - flown; draw - drew - drawn; slay - slew - slain がある.ただし,古英語では fly は第2類,drawslay は第6類であり,blow とは所属が異なった.これらはおそらく blow タイプとの類推 (analogy) により,活用が似たものになってきたのだろう.各動詞はそれぞれ独自の歴史を背負っており,変化の記述も一筋縄では行かないものである.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2024-03-16 Sat

#5437. phonotacitcs 「音素配列論」 [phonotactics][graphotactics][terminology][linguistics][phonology][morphology][linearity]

 一昨日の heldio で「#1018. sch- よもやま話」をお届けした.英語では sch- の綴字が比較的珍しいことなどを話題にしたが,これは文字素配列論 (graphotactics) の問題である.
 この文字素配列論の背後にあるのが音素配列論 (phonotactics) である.各言語における音素の並び順に注目する音韻論の1分野だ.2つの用語辞典より,phonotactics について関連する別の用語とともに紹介したい.まずは,Crystal より.

phonotactics (n.)  A term used in PHONOLOGY to refer to the sequential ARRANGEMENTS (or tactic behaviour) of phonological UNITS which occur in a language --- what counts as a phonologically well-formed word. In English, for example, CONSONANT sequences such as /fs/ and /spm/ do not occur INITIALLY in a word, and there are many restrictions on the possible consonant+VOWEL combinations which may occur, e.g. /ŋ/ occurs only after some short vowels /ɪ, æ, ʌ, ɒ/. These 'sequential constraints' can be stated in terms of phonotactic rules. Generative phonotactics is the view that no phonological principles can refer to morphological structure; any phonological patterns which are sensitive to morphology (e.g. affixation) are represented only in the morphological component of the grammar, not in the phonology. See also TAXIS.


taxis (n.)  A general term used in PHONETICS and LINGUISTICS to refer to the systematic arrangements of UNITS in LINEAR SEQUENCE at any linguistic LEVEL. The commonest terms based on this notion are: phonotactics, dealing with the sequential arrangements of sounds; morphotactics with MORPHEMES; and syntactics with higher grammatical units than the morpheme. Some linguistic theories give this dimension of analysis particular importance (e.g. STRATIFICATIONAL grammar, where several levels of tactic organization are recognized, corresponding to the strata set up by the theory, viz. 'hypophonotactics', 'phonotactics', 'morphotactics', 'lexicotactics', 'semotactics' and 'hypersemotactics'). See also HARMONIC PHONOLOGY.


 次に Bussmann より.

phonotactics  Study of the sound and phoneme combinations allowed in a given language. Every language has specific phonotactic rules that describe the way in which phonemes can be combined in different positions (initial, medial, and final). For example, in English the stop + fricative cluster /ɡz/ can only occur in medial (exhaust) or final (legs), but not in initial position, and /h/ can only occur before, never after, a vowel. The restrictions are partly language-specific and partly universal.


 言語は,その線状性 (linearity) ゆえに要素の並び順,組み合わせ方を重視せざるを得ない.その点では,音素配列論に限らず -tactics は必然的に言語学的な意義をもつ領域だろう.また,--tactics が通時的に変化し得ることも歴史言語学では重要な点である.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2024-03-11 Mon

#5432. 複数形の -(r)en はもともと派生接尾辞で屈折接尾辞ではなかった [exaptation][language_change][plural][morphology][derivation][inflection][indo-european][suffix][rhotacism][sound_change][germanic][german][reanalysis]

 長らく名詞複数形の歴史を研究してきた身だが,古英語で見られる「不規則」な複数形を作る屈折接尾辞 -ru や -n がそれぞれ印欧祖語の段階では派生接尾辞だったとは知らなかった.前者は ċildru "children" などにみられるが,動作名詞を作る派生接尾辞だったという.後者は ēagan "eyes" などにみられるが,個別化の意味を担う派生接尾辞だったようだ.
 この点について,Fertig (38) がゲルマン諸語の複数接辞の略史を交えながら興味深く語っている.

There are a couple of cases in Germanic where an originally derivational suffix acquired a new inflectional function after regular phonetic attrition at the ends of words resulted in a situation where the suffix only remained in certain forms in the paradigm. The derivational suffix *-es-/-os- was used in proto-Indo-European to form action nouns . . . . In West Germanic languages, this suffix was regularly lost in some forms of the inflectional paradigm, and where it survived it eventually took on the form -er (s > r is a regular conditioned sound change known as rhotacism). The only relic of this suffix in Modern English can be seen in the doubly-marked plural form children. It played a more important role in noun inflection in Old English, as it still does in modern German, where it functions as the plural ending for a fairly large class of nouns, e.g. Kind--Kinder 'child(ren)'; Rind--Rinder 'cattle'; Mann--Männer 'man--men'; Lamm--Lämmer 'labm(s)', etc. The evolution of this morpheme from a derivational suffix to a plural marker involved a complex interaction of sound change, reanalysis (exaptation) and overt analogical changes (partial paradigm leveling and extension to new lexical items). A similar story can be told about the -en suffix, which survives in modern standard English only in oxen and children, but is one of the most important plural endings in modern German and Dutch and also marks a case distinction (nominative vs. non-nominative) in one class of German nouns. It was originally a derivational suffix with an individualizing function . . . .


 child(ren), eye(s), ox(en) に関する話題は,これまでも様々に取り上げてきた.以下のコンテンツ等を参照.

 ・ hellog 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1])
 ・ hellog 「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1])
 ・ hellog 「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1])
 ・ hellog 「#218. 二重複数」 ([2009-12-01-1])
 ・ hellog 「#219. eyes を表す172通りの綴字」 ([2009-12-02-1])
 ・ hellog 「#2284. eye の発音の歴史」 ([2015-07-29-1])

 ・ hellog-radio (← heldio の前身) 「#31. なぜ child の複数形は children なのですか?」

 ・ heldio 「#202. child と children の母音の長さ」
 ・ heldio 「#291. 雄牛 ox の複数形は oxen」
 ・ heldio 「#396. なぜ I と eye が同じ発音になるの?」

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2024-03-09 Sat

#5430. 行為者接尾辞 -er は本来は動詞ではなく名詞の基体についた [analogy][reanalysis][agentive_suffix][suffix][morphology][word_formation][dutch][german]

 -er は典型的な行為者接尾辞 (agentive_suffix) の1つである.一般に動詞の基体に付加することで,対応する行為者の名詞を作る接尾辞としてとらえられている.
 しかし,この接尾辞は,本来は名詞の基体について「~に関係する人」ほどを意味する行為者名詞を作るものだった.例えば fisher (漁師)は,動詞 fish に -er がついたものと思われるかもしれないが,語源的には名詞 fish に -er がついたものなのである.
 『英語語源辞典』の -er1 によると,もともとは名詞にのみ付加された接尾辞が,まず弱変化動詞にもつくようになり,さらに強変化動詞にもつくようになったという.なぜ接尾辞の適用範囲が動詞にも拡がったかといえば,まさに上に挙げた fish のような名詞と動詞を兼ねた基体が橋渡しとなり,再分析 (reanalysis) を促したのだろうと考えられる.
 Fertig (35) が,この種の再分析の例として,まさに -er を取り上げている.

An even more striking example is the English/German/Dutch agentive suffix -er (< proto-Germanic *-ārjo-z). Originally, this suffix could only be attached to nouns to produce new nouns with the meaning 'person having something to do with X' (where X is the meaning of the base noun). This use can still be seen in Modern English words such as hatter and is highly productive with place names, e.g. English New Yorker; Dutch Amsterdammer; German Pariser, etc. In the older languages, we see this original use clearly in examples such as Gothic bôkareis/Old English bócere 'scribe', derived from the noun corresponding to Modern English book. As this example suggests, the construction was used especially to designate professions and occupations, and there was very often also a related denominal verb. In Gothic, for example, we find the basic noun dôm- 'judgment', the derived verb dômjan 'to judge' and the noun dômareis 'judge (i.e. person who judges)'. Nouns like dômareis were then reanalyzed as being derived from the verbs rather than directly from the basic nouns.


 この接尾辞については,hellog でも多く取り上げてきた.以下の記事などを参照.

 ・ 「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1])
 ・ 「#3791. 行為者接尾辞 -er, -ster はラテン語に由来する?」 ([2019-09-13-1])
 ・ 「#5392. 中英語の姓と職業名」 ([2024-01-31-1])

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2024-02-27 Tue

#5419. blendingcontamination [blend][contamination][morphology][word_formation][terminology]

 smokefog を掛け合わせた smog は,混成 (blending) と呼ばれる語形成によって生まれた混成語 (blend) の典型である.
 一方,これと似た語形成のタイプとして混交 (contamination) がある.ラテン語 gravis (重い)が対義語の levis (軽い)の語形に影響されて,俗ラテン語で grevis へ変化したという例が挙げられる.また,混交には形態的な例だけでなく統語的な例も含まれる.例えば different fromother than が混じり合って different than が出力される事例がある.類例は「#630. blend(ing) あるいは portmanteau word の呼称」 ([2011-01-17-1]) や「#737. 構文の contamination」 ([2011-05-04-1]) で取り上げたので,そちらも参照されたい.
 blending と contamination は,2つの要素の混じり合いに基づく過程としてよく似ている.実際,両者を特に区別しない研究者もいる.上記で私自身も2つの用語の和訳を「混成」と「混交」と異ならせてはみたが,各々の慣用的な訳語というわけではなく,あくまで英語での異なる用語遣いに沿わせてみたにすぎない.
 では,両者を区別する研究者は,どこで区別しているのだろうか.この点について Fertig (62) を引用する.

The terms contamination and blending were introduced by different scholars (Hermann Paul and Henry Sweet, respectively) in the late nineteenth century to refer to roughly the same range of phenomena. Many historical linguists, if they use both terms at all, have continued to use them more or less interchangeably . . . , whereas most morphologists use blend(ing) to refer only to the type of deliberate creation of new lexical items illustrated by smog.


 Fertig 自身は blend(ing) は contamination の1種とみなしており,次のように説明している.

I classify blends as a subtype of contamination. Exactly where to draw the line is tricky, but a prototypical blend has the following properties: (1) it is lexical, i.e. both the input forms and the product are words (rather than phrases or bound morphemes); (2) it is a deliberate creation; (3) the input words both (or all) contribute to the meaning of the blend.


 このように解釈してもなおグレーゾーンの事例はあるようだが,一応のところ両者を区別して理解しておきたいと思う.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

Referrer (Inside): [2024-06-30-1]

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2024-01-31 Wed

#5392. 中英語の姓と職業名 [name_project][me][onomastics][personal_name][occupational_term][etymology][oe][morphology][lexicology][word_formation][agentive_suffix][by-name]

 「名前プロジェクト」 (name_project) との関連で,中英語期の人名 (personal_name),とりわけ現代の姓 (last name) に相当する "by-name" あるいは "family name" に関心を抱いている.古英語や中英語にみられる by-name の起源は,Clark (567) によれば4種類ある(ただし,古中英語に限らず,おおよそ普遍的な分類だと想像される).

 (a) familial ones, viz. those defining an individual by parentage, marriage or other tie of kinship
 (b) honorific and occupational ones (categories that in practice overlap)
 (c) locative ones, viz. those referring to present or former domicile
 (d) characteristic ones, often called 'nicknames'

 このうち (b) は名誉職名・職業名ととらえられるが,中英語におけるこれらの普通名詞としての使用,そして by-name として転用された事例に注目している.中英語の職業名は多々あるが,Clark (570--71) を参照しつつ,語源的・形態論的に分類すると以下のようになるだろうか.

 1. フランス語(あるいはラテン語?)からの借用語 (French loanword)
   barber, butcher, carpenter, cordwainer/cordiner, draper, farrier, mason, mercer, tailor; fourbisseur, pestour
 2. 本来語 (native word)
   A. 単一語 (simplex)
     cok, herde, smith, webbe, wrighte
   B. 複素語 (complex),すなわち派生語や複合語
     a. 動詞ベース
       bruere/breuster, heuere, hoppere/hoppestre; bokebynder, bowestrengere, cappmaker, lanternemaker, lymbrenner, medmowere, rentgaderer, sylkthrowster, waterladestre
     b. 名詞ベース
       bureller, glovere, glasier, madrer, nailere, ropere, skinnere; burelman, candelwif, horseknave, maderman, plougrom, sylkewymman; couherde, swynherde, madermongere, stocfisshmongere, ripreve, bulleward, wodeward, wheelewrighte

 古中英語の人名をめぐる話題については,以下の hellog 記事でも取り上げてきたので要参照.

 ・ 「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1])
 ・ 「#2365. ノルマン征服後の英語人名の姓の採用」 ([2015-10-18-1])
 ・ 「#5231. 古英語の人名には家系を表わす姓 (family name) はなかったけれど」 ([2023-08-23-1])
 ・ 「#5297. 古英語人名学の用語体系」 ([2023-10-28-1])
 ・ 「#5338. 中英語期に人名にもたらされた2つの新機軸とその時期」 ([2023-12-08-1])
 ・ 「#5346. 中英語期に英語人名へ姓が導入された背景」 ([2023-12-16-1])
 ・ 「#5299. 中英語人名学の用語体系」 ([2023-10-30-1])

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

Referrer (Inside): [2024-03-09-1]

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2024-01-29 Mon

#5390. 印欧語における word, root, stem, theme, ending [morphology][indo-european][germanic][comparative_linguistics][reconstruction][terminology][inflection][oe]

 どの学問分野でもよくあることだが,印欧語比較言語学においても専門家にしか通じない類いの術語は多い.標題に掲げた形態論上の用語がその典型だろう.関連する話題は「#700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体」 ([2011-03-28-1]) で取り上げたが,そこで挙げたもの以上に特化した学術用語という感がある.
 それぞれ word 「語」, root 「語根」, stem 「語幹」, theme 「語幹形成素」, ending 「語尾」と訳せるが,訳が与えられただけで理解が深まるわけでもない.これらは印欧祖語における以下の形態論的分析が前提となっている.

                  ┌─ ROOT
       ┌─ STEM ─┤
       │          └─ THEME
WORD ─┤
       │
       └─────── ENDING



 ROOT は語彙的意味を担う部分である.THEME はもとは何らかの文法的機能を担っていた可能性があるが,すでに印欧祖語の段階において,意味を担わない純粋な語幹形成要素として機能していた.直後の屈折語尾を形成する ENDING への「つなぎ」と考えておけばよい.ROOT + THEME が STEM となり,それに ENDING が付加されて,具体的な WORD の語形となる.
 例えば「馬」を意味するラテン語の単数主格形 equusequ (ROOT) + u (THEME) + s (ENDING) と分析され,同じくギリシア語の hipposhipp (ROOT) + o (THEME) + s (ENDING) と分析される.
 古英語以降の比較的新しい段階にあっては,印欧祖語における上記の形態的区分はすでに透明性を欠き,ROOT, THEME, ENDING が互いに融合してしまっていることも多い.したがって,上記の前提は厳密にいえば共時的な分析には不向きだ.しかし,通時的・歴史的には有意味であるし,比較言語学の分野における慣習的な前提となっているために,古英語文法の文脈でも(ほとんど説明がなされないままに)前提とされていることが多い.
 なお,THEME には母音幹と子音幹があり,ゲルマン祖語や古英語の名詞論において,前者は「強変化名詞」,後者は「弱変化名詞」と通称される.THEME を欠く "athematic" なる語類も存在するので注意を要する.
 以上,Lass (123--26) を参照して執筆した.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2024-01-20 Sat

#5381. 文法化の道筋と文法化の程度を図るパラメータ [grammaticalisation][language_change][syntax][morphology][phonology][unidirectionality]

 言語変化のメカニズムとして研究が深まってきている文法化 (grammaticalisation) については「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]) をはじめ多くの記事で取り上げてきた.今回は,多くの先行研究を参照した Wischer 論文の冒頭部分を参考に,文法化の典型的な道筋と文法化の程度を図るパラメータを紹介する.
 まず Wischer (356) は Givón (1979: 209) を参照しつつ,文法化の1つの典型的な経路として以下のパターンを導入する.

discourse → syntax → morphology → morphophonemics → zero


文法化の理論では,ここの矢印に示される言語変化の一方向性 (unidirectionality) がしばしば問題となる.
 続けて Wischer (356) は,Lehmann (1985: 307--08) を参照しつつ,文法化の程度を図るパラメータを示す.

1. "attrition": the gradual loss of semantic and phonological substance;
2. "paradigmaticization": the increasing integration of a syntactic element into a morphological paradigm;
3. "obligatorification": the choice of the linguistic item becomes rule-governed;
4. "condensation": the shrinking of scope;
5. "coalescence": once a syntactic unit has become morphological, it gains in bondedness and may even fuse with the constituent it governs;
6. "fixation": the item loses its syntagmatic variability and becomes a slot filler.


 要約していえば,文法化とは,拘束されない統語的単位が高度に制限された文法的形態素へ変容していく過程ととらえることができる.

 ・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.
 ・ Givón, Talmy. On Understanding Grammar. New York: Academic P, 1979.
 ・ Lehmann, Chr. "Grammaticalisation: Synchronic Variation and Diachronic Change." Lingua e stile 20 (1985): 303--18.

Referrer (Inside): [2024-01-21-1]

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2024-01-18 Thu

#5379. blend は形態理論や韻律理論にとっても有意義な現象である [blend][morphology][frequency][word_formation][prosody][analogy]

 近年,英語語彙に blend (混成語)が激増している事実については,すでに hellog でも繰り返し取り上げてきた.

 ・ 「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1])
 ・ 「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」 ([2011-09-20-1])
 ・ 「#4369. Brexit --- 現代の病理と遊びの語形成」 ([2021-04-13-1])

 一見すると blend は人目を引く言葉遊びにすぎず,形態論上あくまで周辺的な現象にとどまると思われるかもしれない.しかし,近年の英語語形成におけるその生産性の高さは,従来の見方を変えつつある.例えば,Fertig (70) は,混成という語形成が理論的な意義をもつことを次のように力説している.

   Blends are often treated as a marginal phenomenon (Haspelmath and Sims 2010:40). Aronoff discusses them under the heading 'oddities' and considers them 'words which have no recognizable internal structure or constituents'; they are 'opaque, and hence uncommon' (1976: 20). Recent developments suggest that Aronoff may have had the relationship between opacity and frequency backwards here. Blends may have been rather opaque in 1976 precisely because they were still relatively uncommon. Today, at least in English, blends (of certain types) can hardly be called uncommon, and we generally seem to have little trouble parsing and processing them. As we will see in §7.3.8, this issue of the relationship between the frequency of a morphological pattern and its transparency/opacity has implications for some fundamental theoretical issues of great relevance to morphological change.
   To the extent that some types of blending have become productive and predictable morphological operations in present-day English, it is no longer accurate to classify them as non-proportional. They amount to a kind of compounding with the two elements overlapping in accordance with well defined constraints. Within Paul's proportional theory, they could thus be handled by an extension of the (syntagmatic) proportional equations that he proposes for syntax (see §6.2 below). Blending as a type of word formation would fit even more easily into certain other theories of morphology. Insights and analytical tools from Prosodic Morphology (McCarthy and Prince 1995) have made it clear that (most) blends absolutely do have 'recognizable internal structure'. They are a type of non-concatenative morphology. Instead of combining two words into a linear string as in compounding, blends superimpose one word onto the prosodic structure of another (Piñeros 1998, 2004).


 従来,混成語は形態論的には内部構造が不透明とみなされてきた.しかし,それは混成による語形成の生産性がまだ低かったために十分に解明されておらず,「不透明」とのレッテルを貼られてきただけなのではないか.混成語が横溢している現在,使用者もすっかり慣れ,むしろ透明性が高くなってきたといえるのではないか.そして,遅ればせながら,形態理論や音韻理論による解明のメスが入り始めたのではないか,とそのような議論である.
 韻律形態論 (Prosodic Morphology) という分野が提唱されているようであり,さらに「#3722. 混成語は右側主要部の音節数と一致する」 ([2019-07-06-1]) でみた通り,混成語に特徴的な韻律上の制限も確かにあるようだ.今後の混成語言語学の展開に期待したい.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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