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最終更新時間: 2019-05-20 08:12

2019-01-09 Wed

#3544. 英語辞書史の略年表 [dictionary][lexicography][timeline][cawdrey][webster][johnson][mulcaster][oed]

 Dixon (242--44) より,英語に関する辞書史の略年表を掲げる.あくまで主要な辞書 (dictionary) や用語集 (glossary) に絞ってあるので注意.とりわけ18世紀以降には,ここで挙げられていない多数の辞書が出版されたことに留意されたい.それぞれのエントリーは特に記載のないかぎり単言語辞書を指しており,出版年は初版の年を表わす.

c725Corpus Glossary. Latin to Latin, Old English, and Old French.
c1000Aelfric's glossary. Latin to Old English.
1499Anonymous. Promptorium Parvalorum [ms version in 1430]. English to Latin.
1500Anonymous. Hortus Vocabularum [ms version in 1440]. Latin to English.
1535Ambrogio Calepino. Dictionarium Latinae Linguae. Monolingual Latin.
1538Thomas Elyot. Dictionary. Latin to English.
1552Richard Huloet. Abecedarium Anglo-Latinum. English to Latin.
1565Thomas Cooper. Thesaurus Linguae Romanae & Britannicae. Latin to English.
1573John Baret. An Alvearie or Triple Dictionarie. English, Latin, and French.
1582Richard Mulcaster. Elementarie. [List of English words with no definitions.]
1587Thomas Thomas. Dictionarium. Latin to English.
1596Edmund Coote. The English Schoole-maister.
1604Robert Cawdrey. A Table Alphabeticall.
1613Academia della Crusca. Vocabulario. Monolingual Italian.
1616John Bullokar. An English Expositor.
1623Henry Cockeram. The English Dictionarie.
1656Thomas Blount. Glossographia.
1658Edward Phillips. The New World of English Words.
1676Elisha Coles. An English Dictionary.
1694Académie française. Dictionnaire. Monolingual French.
1702John Kersey. A New English Dictionary.
1721Nathan Bailey. A Universal Etymological English Dictionary.
1730Nathan Bailey. Dictionarium Britannicum.
1749Benjamin Martin. Lingua Britannica Reformata.
1753John Wesley. The Complete English Dictionary.
1755Samuel Johnson. Dictionary.
1765John Baskerville. A Vocabulary, or Pocket Dictionary.
1773William Kenrick. A New Dictionary of English.
1775John Ash. The New and Complete Dictionary.
1798Samuel Johnson, Junr. A School Dictionary.
1828Noah Webster. American Dictionary.
1830Joseph Emerson Worcester. Comprehensive Dictionary.
1835--7Charles Richardson. A New Dictionary of the English Language.
1847--50John Ogilvie. The Imperial Dictionary.
1872Chambers's English Dictionary. Robert Chambers and William Chambers.
1888--1928Oxford English Dictionary. James A. H. Murray et al.
1889--91The Century Dictionary and Cyclopedia. William Dwight Whitney.
1893--5A Standard Dictionary. Isaac K. Funk. [Later known as Funk and Wagnalls.]
1898Webster's Collegiate Dictionary. [No editor stated.]
1898Austral English. Edward E. Morris.
1909Webster's New International Dictionary. William Torey Harris and F. Sturgis Allen.
1911The Concise Oxford English Dictionary of Current English. H. W. Fowler and F. G. Fowler.
1927The New Century Dictionary. H. G. Emery and K. G. Brewster.
1933The Shorter Oxford English Dictionary. C. T. Onions.
1935The New Method English Dictionary. Michael West and James Endicott.
1938--44A Dictionary of American English. William A. Craigie and James R. Hulbert.
1947The American College Dictionary. Clarence Barnhart.
1948The Oxford Advanced Learner's Dictionary. As. S. Hornby.
1951A Dictionary of Americanisms. Mitford M. Mathews.
1965The Penguin English Dictionary. George N. Garmonsway.
1966The Random House Dictionary Unabridged. Jess Stein.
1969The American Heritage Dictionary. Anne H. Soukhanov.
1971Encyclopedic World Dictionary. Patrick Hanks.
1978Longman Dictionary of Contemporary English. Paul Proctor.
1979Collins English Dictionary. Patrick Hanks.
1981The Macquarie Dictionary. Arthur Delbridge
1987COBUILD English Dictionary. John Sinclair.
1988The Australian National Dictionary. W. S. Ramson.
1995The Oxford English Reference Dictionary. Judy Pearsall and Bill Trumble.
1999The Australian Oxford Dictionary. Bruce Moore.


 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

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2018-10-29 Mon

#3472. 慶友会講演 (1) --- 「歴史上の大事件と英語」 [keiyukai][hel_education][slide][christianity][runic][latin][loan_word][bible][norman_conquest][french][ame_bre][spelling][webster][history]

 一昨日,昨日と「#3464. 大阪慶友会で講演します --- 「歴史上の大事件と英語」と「英語のスペリングの不思議」」 ([2018-10-21-1]) で案内した大阪慶友会での講演が終了しました.参加者のみなさん,そして何よりも運営関係者の方々に御礼申し上げます.懇親会も含めて,とても楽しい会でした.
 1つめの講演「歴史上の大事件と英語」では「キリスト教伝来と英語」「ノルマン征服と英語」「アメリカ独立戦争と英語」の3点に注目し「英語は,それを話す人々とその社会によって形作られてきた歴史的な産物である」ことを主張しました.休憩を挟んで180分にわたる長丁場でしたが,熱心に聞いていただきました.通時的な視点からみることで,英語が立体的に立ち上がり,今までとは異なった見え方になったのではないかと思います.
 この講演で用いたスライドを,以下にページごとに挙げておきます.

   1. 「歴史上の大事件と英語」
   2. はじめに
   3. 英語史の魅力
   4. 取り上げる話題
   5. I. キリスト教伝来と英語
   6. 「キリスト教伝来と英語」の要点
   7. ブリテン諸島へのキリスト教伝来
   8. 1. ローマン・アルファベットの導入
   9. ルーン文字とは?
   10. ルーン文字の起源
   11. 知られざる真実 現存する最古の英文はルーン文字で書かれていた!
   12. 古英語アルファベットは27文字
   13. 2. ラテン語の英語語彙への影響
   14. ラテン語からの借用語の種類と謎
   15. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響の比較
   16. 3. 聖書翻訳の伝統の開始
   17. 各時代の英語での「主の祈り」の冒頭
   18. 聖書に由来する表現
   19. 「キリスト教伝来と英語」のまとめ
   20. II. ノルマン征服と英語
   21. 「ノルマン征服と英語」の要点
   22. 1. ノルマン征服とは?
   23. ノルマン人の起源
   24. ノルマン人の流入とイングランドの言語状況
   25. 2. 英語への言語的影響は?
   26. 語彙への影響
   27. 英語語彙におけるフランス借用語の位置づけ
   28. 語形成への影響
   29. 綴字への影響
   30. 3. 英語への社会的影響は?
   31. 堀田,『英語史』 p. 74 より
   32. 「ノルマン征服と英語」のまとめ
   33. III. アメリカ独立戦争と英語
   34. 「アメリカ独立戦争と英語」の要点
   35. 1. アメリカ英語の特徴
   36. 綴字発音 (spelling pronunciation)
   37. アメリカ綴字
   38. アメリカ英語の社会言語学的特徴
   39. 2. アメリカ独立戦争(あるいは「アメリカ革命」 "American Revolution")
   40. アメリカ英語の時代区分
   41. 独立戦争とアメリカ英語
   42. 3. ノア・ウェブスターの綴字改革
   43. ウェブスター語録 (1)
   44. ウェブスター語録 (2)
   45. ウェブスターの綴字改革の本当の動機
   46. 「アメリカ独立戦争と英語」のまとめ
   47. おわりに
   48. 参考文献

Referrer (Inside): [2018-10-31-1] [2018-10-30-1]

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2018-03-18 Sun

#3247. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第5回「color か colour か? --- アメリカのスペリング」 [slide][ame][ame_bre][webster][spelling][spelling_pronunciation_gap][orthography][hel_education][link][asacul]

 朝日カルチャーセンター新宿教室の講座「スペリングでたどる英語の歴史」(全5回)の第5回を,昨日3月17日(土)に開きました.最終回となる今回は「color か colour か? --- アメリカのスペリング」と題して,スペリングの英米差を中心に論じました.講座で用いたスライド資料をこちらからどうぞ.
 今回の要点は以下の3つです.

 ・ スペリングの英米差は多くあるとはいえマイナー
 ・ ノア・ウェブスターのスペリング改革の成功は多分に愛国心ゆえ
 ・ スペリングの「正しさ」は言語学的合理性の問題というよりは歴史・社会・政治的な権力のあり方の問題ではないか

 以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.各スライドは,ブログ記事へのリンク集としても使えます.

   1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第5回 color か colour か?--- アメリカのスペリング
   2. 要点
   3. (1) スペリングの英米差
   4. アメリカのスペリングの特徴
   5. -<ize> と -<ise>
   6. その他の例
   7. (2) ノア・ウェブスターのスペリング改革
   8. ノア・ウェブスター
   9. ウェブスター語録
   10. colour の衰退と color の拡大の過程
   11. なぜウェブスターのスペリング改革は成功したのか?
   12. (3) スペリングの「正しさ」とは?
   13. まとめ
   14. 本講座を振り返って
   15. 参考文献

 また,今回で講座終了なので,全5回のスライドへのリンクも以下にまとめて張っておきます.

   第1回 英語のスペリングの不規則性
   第2回 英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング
   第3回 515通りの through--- 中英語のスペリング
   第4回 doubt の <b>--- 近代英語のスペリング
   第5回 color か colour か? --- アメリカのスペリング

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2018-01-12 Fri

#3182. ARCHER で colourcolor の通時的英米差を調査 [ame_bre][spelling][archer][corpus][mode][webster]

 意外と簡単にできる調査として,標題の例を紹介したい.近代英米語コーパス「#1802. ARCHER 3.2」 ([2014-04-03-1]) を用いて,綴字の英米差の通時的な調査を手軽に行える.例として,最も知られている <colour> と <color> の英米差を調べてみよう.
 ARCHER Untagged にアクセスし,検索欄に "colour*" と "color*" 入れ,それぞれの結果を取り出す.それを「#1808. ARCHER 検索結果の時代×ジャンル仕分けツール (ARCHER Period-Genre Sorter)」 ([2014-04-09-1]) にかけて,自動的に4つの図表を作成させる.この図表により,両綴字の英米差について,1600--1999年を8区分した時代別に,そして12のジャンル別に比較することが可能となる.時代区分とジャンルは以下の通り.

 ・ P1 = 1600--49, P2 = 1650--99, P3 = 1700--49, P4 = 1750--99, P5 = 1800--49, P6 = 1850--99, P7 = 1900--49, P8 = 1950--99
 ・ a = advertising, d = drama, f = fiction, h = sermons, j = journals, l = legal, m = medicine, n = news, p = early prose, s = science, x = letters, y = diaries

 では,まずイギリス英語からみていこう.上の図表が伝統的なイギリス式の <colour> の数値を示し,下が典型的にアメリカ式スペリングといわれる <color> の数値である.期待を裏切らず,イギリス英語では時代にかかわらず,ほぼ <colour> 一辺倒といってよい.

<colour> in BrE in ARCHER
<color> in BrE in ARCHER

 次にアメリカ英語の結果だが,こちらも英語史の期待を裏切らない.P4(1750--99年)までは伝統を受け継ぐ <colour> の綴字が圧倒的だが,P5 以降は著しく衰退し,代わりに <color> が伸びていく.P5 といえば,Noah Webster が An American Dictionary of the English Language を出版した1828年を含む半世紀の時代区分であり,米国式スペリングがその後数十年の時間をかけつつ定着していく様をよく表わしている.

<colour> in AmE in ARCHER
<color> in AmE in ARCHER

 現在は超巨大な Google Books Ngram Viewer に簡単にアクセスできるため,ARCHER よりもさらに簡便に同じような調査を行えるようになっている.しかし,ARCHER ではコンコーダンス・ラインを引き出せるために文の中身を吟味することもできるし,ヒット件数が手作業でまかなえるほどに抑えられるというのも,考えようによっては利点といえる.要は使い方次第だ.ARCHER を使用した他の調査例として,「#1806. ARCHER で shew と show」 ([2014-04-07-1]),「#1807. ARCHER で between と betwixt」 ([2014-04-08-1]),「#1752. interpretorinterpreter (2)」 ([2014-02-12-1]) も参照.

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2017-10-09 Mon

#3087. Noah Webster [biography][webster][ame][spelling_reform][american_revolution][history][lexicography][dictionary]

 象徴的な意味でアメリカ英語を作った Noah Webster (1758--1843) について,主として『英語学人名辞典』 (376--77) に拠り,伝記的に紹介する.  *
 Noah Webster は,1758年,Connecticut 州は West Hartford で生まれた.学校時代に学業で頭角を表わし,1778年,Yale 大学へ進学する.在学中に独立戦争が勃発し,新生国家への愛国精神を育んだ.
 大学卒業後,教員そして弁護士となったが,教員として務めていたときに,従来の Dilworth による英語綴字教本に物足りなさを感じ,自ら教本を執筆するに至った.A Grammatical Institute of the English Language と題された教本は,第1部が綴字,第2部が文法,第3部が読本からなるもので,この種の教材としては合衆国初のものだった.全体として愛国的な内容となっており,国内のほぼすべての学校で採用された.第1部の綴字教本は,後に The American Spelling Book として独立し,100年間で8000万部売れたというから大ベストセラーである.表紙が青かったので "Blue-Backed Speller" と俗称された.この本からの収入だけで,Webster は一生の生計を支えられたという.
 Webster は,言論を通じて政治にも関与した.1793年,New York で日刊新聞 American Minerva (後の Commercial Advertiser)および半週刊誌 Herald (後の New York Spectator)を発刊し,Washington 大統領の政策を支えた.後半生は,Connecticut 州の New Haven と Massachusetts 州の Amherst で過ごした.
 言語方面では,1806年に A Compendious Dictionary of the English Language を著わし,1807年に A Philosophical and Practical Grammar of the English Language を著わした.Compendious Dictionary では,すでに綴字の簡易化が実践されており,favor, honor, savior; logic, music, physic; cat-cal, etiquet, farewel, foretel; ax, disciplin, examin, libertin; benum, crum, thum (v.) / ake, checker, kalender, skreen; croop, soop, troop; fether, lether, wether; cloke, mold, wo; spunge, tun, tung などが見出しとして立てられている.
 1807年からは大辞典の編纂に着手し,途中,作業のはかどらない時期はあったものの,1828年についに約7万項目からなる2巻ものの大辞典 An American Dictionary of the English Language が出版された.これは,Johnson の辞書の1818年の改訂版よりも約1万2千項目も多いものだった.Compendious Dictionary に採用されていた簡易化綴字の多くは,今回は不採用となったが,いくつかは残っており,それらは現代にまで続くアメリカ綴字となった.語源記述に関しては,Webster は当時ヨーロッパで勃興していた比較言語学にインスピレーションを受け,多くの単語に独自の語源説を与えたが,実際には比較言語学をよく理解しておらず,同辞典を無価値な記述で満たすことになった.
 性格としては傲岸不遜な一面があり,人々に慕われる人物ではなかったようだが,アメリカ合衆国の独立を支えるべく「アメリカ語」の独立に一生を捧げた人生であった.
 以下,Webster の主要な英語関係の著作を挙げておく.

 ・ A Grammatical Institute of the English Language: Part I (1783) [and its later editions: The American Spelling Book (1788) aka "Blue-Backed Speller"; The Elementary Spelling Book (1843)]: 綴字教本
 ・ A Grammatical Institute of the English Language: Part II (1784): 文法教本
 ・ A Grammatical Institute of the English Language: Part III (1785): 読本
 ・ Dissertations on the English Language, with Notes Historical and Critical (1789): 綴字改革の実行可能性と必要性を説く
 ・ A Collection of Essays and Fugitive Writings (1790): 独自の新綴字法で書かれた
 ・ A Compendious Dictionary of the English Language (1806): 独自の新綴字法で書かれた
 ・ A Philosophical and Practical Grammar of the English Language (1807)
 ・ An American Dictionary of the English Language, 2 vols. (1828)
 ・ An Improved Grammar of the English Language (1831)
 ・ Mistakes and Corrections (1837)

 その他,Webster については webster の各記事,とりわけ「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1]) と「#3086. アメリカの独立とアメリカ英語への思い」 ([2017-10-08-1]) を参照されたい.

 ・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
 ・ Kendall, Joshua. The Forgotten Founding Father. New York: Berkeley, 2012.

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2017-10-08 Sun

#3086. アメリカの独立とアメリカ英語への思い [ame][witherspoon][academy][webster][american_revolution][history]

 アメリカの独立前後から,アメリカ人による「アメリカ語」の国語意識が現われてきた.自分たちの英語はイギリスの英語とは異なるものであり,独自の標準をもつべき理由がある,という多分に愛国的な意見である.昨日の記事でも引用した John Witherspoon は,アメリカ独立期に次のように述べている.

Being entirely separated from Britain, we shall find some centre or standard of our own, and not be subject to the inhabitants of that island, either in receiving new ways of speaking or rejecting the old. (qtd. in Baugh and Cable 354)


 次の例として,1774年1月の Royal American Magazine に掲載された,匿名の「アメリカ人」によるアメリカ英語アカデミー設立の提案を取り挙げよう.

   I beg leave to propose a plan for perfecting the English language in America, thro' every future period of its existence; viz. That a society, for this purpose should be formed, consisting of members in each university and seminary, who shall be stiled, Fellows of the American Society of Language: That the society, when established, from time to time elect new members, & thereby be made perpetual. And that the society annually publish some observations upon the language and from year to year, correct, enrich and refine it, until perfection stops their progress and ends their labour.
   I conceive that such a society might easily be established, and that great advantages would thereby accrue to science, and consequently America would make swifter advances to the summit of learning. It is perhaps impossible for us to form an idea of the perfection, the beauty, the grandeur, & sublimity, to which our language may arrive in the progress of time, passing through the improving tongues of our rising posterity; whose aspiring minds, fired by our example, and ardour for glory, may far surpass all the sons of science who have shone in past ages, & may light up the world with new ideas bright as the sun. (qtd. in Baugh and Cable 354)


 「#2791. John Adams のアメリカ英語にかけた並々ならぬ期待」 ([2016-12-17-1]) でみたように,後のアメリカ第2代大統領 John Adams が1780年にアカデミー設立を提案していることから,上の文章も Adams のものではないかと疑われる.
 そして,愛国意識といえば Noah Webster を挙げないわけにはいかない.「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1]) で有名な1節を引いたが,今回は別の箇所をいくつか引用しよう.

The author wishes to promote the honour and prosperity of the confederated republics of America; and cheerfully throws his mite into the common treasure of patriotic exertions. This country must in some future time, be as distinguished by the superiority of her literary improvements, as she is already by the liberality of her civil and ecclesiastical constitutions. Europe is grown old in folly, corruption and tyranny....For America in her infancy to adopt the present maxims of the old world, would be to stamp the wrinkles of decrepid age upon the bloom of youth and to plant the seeds of decay in a vigorous constitution. (Webster, Preface to A Grammatical Institute of the English Language: Part I (1783) as qtd. in Baugh and Cable 357)


As an independent nation, our honor requires us to have a system of our own, in language as well as government. Great Britain, whose children we are, should no longer be our standard; for the taste of her writers is already corrupted, and her language on the decline. But if it were not so, she is at too great a distance to be our model, and to instruct us in the principles of our own tongue. (Webster, Dissertations on the English Language, with Notes Historical and Critical (1789) as qtd. in Baugh and Cable 357)


It is not only important, but, in a degree necessary, that the people of this country, should have an American Dictionary of the English Language; for, although the body of the language is the same as in England, and it is desirable to perpetuate that sameness, yet some difference must exist. Language is the expression of ideas; and if the people of our country cannot preserve an identity of ideas, they cannot retain an identity of language. Now an identity of ideas depends materially upon a sameness of things or objects with which the people of the two countries are conversant. But in no two portions of the earth, remote from each other, can such identity be found. Even physical objects must be different. But the principal differences between the people of this country and of all others, arise from different forms of government, different laws, institutions and customs...the institutions in this country which are new and peculiar, give rise to new terms, unknown to the people of England...No person in this country will be satisfied with the English definitions of the words congress, senate and assembly, court, &c. for although these are words used in England, yet they are applied in this country to express ideas which they do not express in that country. (Webster, Preface to An American Dictionary of the English Language (1828) as qtd. in Baugh and Cable 358)


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2019-03-03-1] [2017-10-09-1]

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2017-10-04 Wed

#3082. "spelling bee" の起源と発達 [spelling][ame][history][webster][word_play]

 Simon Horobin 著 Does Spelling Matter? (堀田による邦訳『スペリングの英語史』も参照)で,いろいろな形で取り上げられているが,アメリカでは伝統的にスペリング競技会 "spelling bee" が人気である.
 スペリング競技会の起こりはエリザベス朝のイングランドにあるが,注目される行事へと発展したのは,独立後のアメリカにおいてであった.Webster のスペリング教本 "Blue-Backed Speller" のヒットに支えられ,アメリカの国民的イベントへと成長した.Webster の伝記を著した Kendall (106--07) が,スペリング競技会の歴史について次のように述べている.

   Webster's speller also gave rise to America's first national pastime, the spelling bee. Before there was baseball or college football or even horse racing, there was the spectator sport that Webster put on the map. Though "the spelling match" first became a popular community event shortly after Webster's textbook became a runaway best seller, its origins date back to the classroom in Elizabethan England. In his speller, The English Schoole-Maister, published in 1596, the British pedagogue Edmund Coote described a method of "how the teacher shall direct his schollers to oppose one another" in spelling competitions. A century and a half later, in his essay, "Idea of the English School," Benjamin Franklin wrote of putting "two of those [scholars] nearest equal in their spelling" and "let[ting] these strive for victory each propounding ten words every day to the other to be spelt." Webster's speller transformed these "wars of words" from classroom skirmishes into community events. By 1800, evening "spelldowns" in New England were common. As one early twentieth-century historian has observed:

The spelling-bee was not a mere drill to impress certain facts upon the plastic memory of youth. It was also one of the recreations of adult life, if recreation be the right word for what was taken so seriously by every one. [We had t]he spectacle of a school trustee standing with a blue-backed Webster open in his hand while gray-haired men and women, one row being captained by the schoolmaster and the other team by the minister, spelled each other down.


 綴字と発音の乖離がみられる英単語のスペリング競技会で勝つためには,並外れた暗記力と語源的な知識が試される.ある意味で,英語らしいイベントといえるだろう.

 ・ Kendall, Joshua. The Forgotten Founding Father. New York: Berkeley, 2012.
 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
 ・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.

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Referrer (Inside): [2017-10-07-1]

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2017-09-16 Sat

#3064. Sir John Cheke のギリシア語の発音論争 [greek][bible][orthography][spelling_reform][reformation][webster][pronunciation]

 昨日の記事「#3063. Sir John Cheke の英語贔屓」 ([2017-09-15-1]) で Cheke の言語的純粋主義に焦点を当てた.英語史上,Cheke はこのほか正書法と綴字問題にも関わっていることで知られている(cf. 「#1940. 16世紀の綴字論者の系譜」 ([2014-08-19-1]),「#1939. 16世紀の正書法をめぐる議論」 ([2014-08-18-1])).そしてもう1つ,Cheke はギリシア語の発音について,社会的な意義をもつ論争を引き起こしたことで有名である.
 ギリシア語の発音を巡っては,オランダの人文主義者 Desiderius Erasmus (1466?--1536) が先駆けて議論を提示していた.従来のギリシア語の音読では,異なる母音字で綴られていても同じように発音するという慣習があった.しかし,Erasmus はそれがかつては異なる母音を表わしていたに違いないと推測し,本来の発音がいかなるものだったかを Dialogus de recta latini graecique sermonis pronuntiatione (1528) で提示した.
 Cheke も徹底的に古典ギリシア語の発音を研究していた.Cheke は,1540年にケンブリッジ大学のギリシア語教授となってから,慣習的なギリシア語の発音は誤りであるとして改革の必要性を説いたが,ケンブリッジ大学総長の Stephen Gardiner がそれを遮った.1542年に改革発音を禁じたのである.パリでも Erasmus の改革発音が「文法上の異端」として禁止された.従来の発音を維持することで権威を守りたい体制側のカトリックが,原語に忠実な発音へ改革しようとする反体制的なプロテスタントを押さえつけるという構図である.
 Gardiner は何を恐れていたのだろうか.Knowles (68) より引用する.

   It is difficult to believe that Gardiner was threatened by sounds and the study of pronunciation. What did present a threat, and a serious one, was the precise study of texts. This point had been understood by the Lollard translators. The Bible was at this time increasingly proclaimed by reformers as the ultimate authority, and, the more scholarly and accurate the written text, the more effectively it could be used to challenge the traditional oral authority of the church.
   Gardiner was extremely conservative not only in language but also in politics and religion. When, after 1553, Queen Mary sought to return the English church to Rome, Gardiner was her lord chancellor; and in this capacity he played a role in the burning of heretics, and one of his potential victims --- had he not recanted --- was Sir John Cheke. After Gardiner's death in 1555, Cheke published the correspondence between himself and Gardiner under the title Disputationes de pronuntiatione graecae linguae. What is important and perhaps surprising in this story is that the study of pronunciation could be regarded as a political issue.


 引用の最後で指摘されているとおり,この事件でおもしろいのは,外国語の発音の仕方という些細な問題が政治と宗教の論争にまで発展したことだ.言語においては,1音あるいは1字のうえに命が懸かっているという状況が,実際にありうる.非常におもしろいが,非常におそろしい.
 colour から1文字だけ削除して color とすることを訴えて綴字改革に邁進した Noah Webster も,独立したアメリカへの愛国心に駆られて,ある意味で命を懸けていたのではなかったか.

 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

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2017-04-10 Mon

#2905. Benjamin Franklin に影響を受けた Noah Webster [spelling_reform][spelling_pronunciation_gap][webster][franklin][ame][orthography]

 昨日の記事「#2904. 英語史における Benjamin Franklin の役割」 ([2017-04-09-1]) に引き続き,Benjamin Franklin の話題.Franklin が綴字改革運動に関連して Noah Webster に影響を及ぼした旨にを述べたが,これについては Baugh and Cable (359--60) の記述が優れている.

Spelling reform was one of the innumerable things that Franklin took an interest in. In 1768, he devised A Scheme for a New Alphabet and a Reformed Mode of Spelling and went so far as to have a special font of type cut for the purpose of putting it into effect. Years later, he tried to interest Webster in his plan but without success. According to the latter, "Dr. Franklin never pretended to be a man of erudition---he was self-educated; and he wished to reform the orthography of our language, by introducing new characters. He invited me to Philadelphia to aid in the work; but I differed from him in opinion. I think the introduction of new characters neither practicable, necessary nor expedient." Indeed, Webster was not in the beginning sympathetic to spelling reform. . . . But, by 1789, Franklin's influence had begun to have its effect. In the Dissertations on the English Language, published in that year, Webster admitted: "I once believed that a reformation of our orthography would be unnecessary and impracticable. This opinion was hasty; being the result of a slight examination of the subject. I now believe with Dr. Franklin that such a reformation is practicable and highly necessary."


 結果としてみれば,Webster の心変わりは,英語史上非常に稀な綴字改革の成功をもたらした.成功とはいっても,綴字体系が大きく変化したわけではなく,せいぜいマイナーチェンジと呼ぶべきものだったわけだが,その水準での改革ですら,それまではほとんど達成されたことがなかったのである.こうして,Webster は(英語教育史上のみならず)英語史上にも名前を残すことになった.Franklin の「親父の小言」が,冷酒のように後から利いてきたという経緯に,当時の若きアメリカとそこに生きた Webster のエネルギーを感じざるを得ない.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2017-04-09 Sun

#2904. 英語史における Benjamin Franklin の役割 [spelling_reform][spelling_pronunciation_gap][webster][franklin][ame][orthography]

 昨日の記事「#2903. Benjamin Franklin の13徳における drink not to elevation の解釈」 ([2017-04-08-1]) で取り上げたついでに,Benjamin Franklin (1706--90) の英語史上の貢献について紹介する.Franklin はアメリカの啓蒙思想家として数々の偉業を成し遂げてきた人物だが,英語史においても重要な役割を果たしている.2点を指摘しておきたい.
 1つは綴字改革者としての顔である.Franklin は若い頃印刷屋に奉公しており,英語の綴字と発音の問題には並々ならぬ関心を寄せていた.綴字改革を志し,1768年には A Scheme for a New Alphabet and a Reformed Mode of Spelling を書いた.これは新文字の導入を含めた表音主義の原理に則った改革案だったが,イギリスにおける16世紀の William Bullokar や17世紀の Charles Butler の試みが,18世紀にアメリカの地で繰り返されたかのような代物であり,前例にならって失敗する運命だった(「#1939. 16世紀の正書法をめぐる議論」 ([2014-08-18-1]) を参照).渡部 (271) は「手にかけたことは大抵成功した Franklin が失敗した珍しい例であるが,英語の綴字の体質には合理主義を拒絶する何かがあるのである」と評している.Franklin は Webster を誘って綴字改革への支援を求めたが,そのとき Webster は真に受けなかった.ところが,歴史が示しているように,後に Webster は綴字改革に多大な関心を示し,穏やかながらも綴字改革案のいくつかの項目を実現させることに成功した.このように,Franklin はアメリカ英語の綴字の形成に,間接的ながらも重要な役割を果たしたのである.
 もう1つは,Franklin がアメリカにおける英文法教育の事実上の創始者となったことである.Franklin は1750年に Pennsylvania に English Academy (後の University of Pennsylvania)を設立し,そこで古典語文法と同列に英文法の教育を授けることを主張した.そこでの試みは必ずしも期待通りに成功しなかったが,国語教育の指導理念は他校や他州にも拡がっていき,やがてアメリカに定着するようになる.1756年の入学生に Lindley Murray がいるが,彼の1795年の著書 English Grammar がアメリカのみならず英語圏の統一的文法書になってゆくという後の歴史も興味深い(「#2592. Lindley Murray, English Grammar」 ([2016-06-01-1])).ここにも Franklin から流れる系譜があったのだ(渡部,pp. 491--92).
 ちなみに,若い頃の Franklin は文法,修辞学,論理学を独習するのに James Greenwood の An Essay Towards a Practical English Grammar, Describing the Genius and Nature of the English Tongue. Giving Rational and Plain Account of GRAMMAR in General, with a familiar Explanation of its Terms (1711) を用いていたことが,自伝に書かれている(同文法書の1753年版はこちら).そのほか,Franklin は,上記と同年に出版されている John Brightland の A Grammar of the English Tongue, with Notes, Giving the Grounds and Reason of Grammar in General. To which is added, A New Prosodia; Or, The Art of English Numbers. All adapted to the Use of Gentlemen and Ladies, as well as of the Schools of Great Britain も英文法の推薦図書として挙げている.
 このように,Franklin は啓蒙的な教育家として英語(学)史に名前を残しているのである.

 ・ 渡部 昇一 『英語学史』 英語学大系第13巻,大修館書店,1975年.

Referrer (Inside): [2017-04-10-1]

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2016-12-28 Wed

#2802. John Witherspoon --- Americanism の生みの親 [ame][americanism][terminology][webster][lexicography][witherspoon]

 「アメリカ語法」を表わす Americanism という語を初めて用いたのは,初期のプリンストン大学の学長 John Witherspoon (1723--94) である.Witherspoon はスコットランド出身で,アメリカにて聖職者・教育者として活躍しただけでなく,独立宣言の署名者の1人でもある.
 この語が造られた経緯について Baugh and Cable (380--81) に詳しいが,Witherspoon は1781年に Pennsylvania Journal 9 May 1/2 において Americanism という語を初めて用いたという.彼がこの表現に与えた定義は "an use of phrases or terms, or a construction of sentences, even among persons of rank and education, different from the use of the same terms or phrases, or the construction of similar sentences in Great-Britain." である.定義に続けて,Witherspoon は,"The word Americanism, which I have coined for the purpose, is exactly similar in its formation and signification to the word Scotticism." と述べている.実際,Scotticism という語は,OED によると時代的には1世紀半近く遡った1648年の Mercurius Censorius No. 1. 4 に,"It seemes you are resolved to..entertain those things which..ye have all this while fought against, the Scotticismes, of the Presbyteriall government and the Covenant." として初出している.
 Witherspoon は Americanism という語を最初に用いたとき,そこに結びつけられがちな「卑しいアメリカ語法」という含意を込めてはいなかった.彼曰く,"It does not follow, from a man's using these, that he is ignorant, or his discourse upon the whole inelegant; nay, it does not follow in every case, that the terms or phrases used are worse in themselves, but merely that they are of American and not of English growth." ここには,イギリス(英語)に対して決して卑下しない,独立宣言の署名者らしい独立心を読み取ることができる.
 タイトルに Americanism の語こそ含まれていなかったが,最初のアメリカ語法辞書が著わされたのは,造語から35年後の1816年のことである.John Pickering による A Vocabulary, or Collection of Words and Phrases which have been supposed to be Peculiar to the United States of America である.しかし,この辞書はむしろイギリス(英語)寄りの立場を取っており,アメリカ語法が正統なイギリス英語から逸脱していることを示すために用意されたとも思えるものである.同じアメリカ人ではあるが愛国主義者だった Noah Webster が,Pickering の態度に業を煮やしたことはいうまでもない.この Pickering と Webster の立場の違いは,後世に続く Americanism を巡る議論の対立を予感させるものだったといえる.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2016-12-22 Thu

#2796. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家 (2) [lowth][priestley][webster][prescriptive_grammar][academy]

 「#2778. Joseph Priestley --- 慣用重視を貫いた文法家」 ([2016-12-04-1]) の第2弾.先の記事で述べたように,Rudiments of English Grammar の初版は1761年に出版された.その約1ヶ月後に Lowth の A Short Introduction to English Grammar が出版され,1762年には James Buchanan の The British Grammar が,1763年には John Ash の Grammatical Institutes が,それぞれ立て続けに出版されている.また,多少の時間を経て,1784年には Noah Webster の A Grammatical Institute of the English Language も世に出ている.このように,18世紀後半は主要な規範文法書の出版合戦の時代であった(なお,これらに先立つ1755年には Johnson の Dictionary of the English Language も出版されている).
 Priestley の Rudiments は,この出版合戦の先鋒となった点で重要だが,この文法書についてそれ以上に顕著な特徴は「慣用を言語の主要な基準とする近代的言語観を最も鮮明に打ち出し」た点にこそある(山川,p. 279).Priestley の慣用重視の姿勢は,その後の慣用主義の模範として,しかも乗り越えられない模範として燦然と輝くことになったからだ.
 山川 (287) の評によると,以下の通りである.

Rudiments よりもひと月遅れて A Short Introduction to English Grammar を出版した Robert Lowth や,一般文法の哲学的研究と銘打った Hermes (1751) の著者 James Harris が文法と修辞学の論理派に属するとするならば,Joseph Priestley は18世紀における科学派を代表する学者であった.Priestley は極力英文法をラテン語文法のわくから超脱させ,生きたありのままの英語を忠実に観察して,そこから則るべき規範を割り出そうと努めた.そのため,英語の生態に人為的制約を加えて,それをそと側から規制し固定しようとする公共の機関である学士院 (Academy) の設立には反対している.このような自由で進歩的な態度は,規則としての文法では律し切れない言語の慣用 (Usage) が存在することに注意する態度につながっている.Priestley にとっては,Preface で述べている言葉を借りていうならば,「話し言葉の慣習 (the custom of speaking)」こそ,その言語の本源的で唯一の正しい基準なのである.」実に,Priestley は18世紀において初めて英語の慣用を正しく認識した学者であるといえるが,それは Priestly の科学者的素養とそれに基づく公正な判断力に帰せられるものであった.Priestley の慣用を重視する態度は,のち1776年に The Philosophy of Rhetoric を著わした George Campbell に引き継がれ,彼によって usage が定義づけられた.しかし,その Campbell も,good usage と認められた言語表現も,その地位を保持するために依拠しなければならない規範 (canons) を設定しており,usage に対する見解に一貫性を欠くところがあった.その点,時代も数十年早い Priestley のほうが態度が一貫しており,Priestley こそ最も早く現代的言語研究の道を唱導し,みずからもそれを実践した開拓者であるといえる.Priestley が従来のラテン語式な文法規則にこだわらず,すぐれた作家たちによる実例に照らして慣用性を注目し,公平な解釈を下していることは,Rudiments 中でも,とくに 'Notes and Observations' の部に目立つ特徴である.それは現在に至るまで研究者の論議の対象となり,以降2世紀間における英文法問題考察の端緒となっていることが,読者に気づかれよう.


 近代のイギリスと結びつけられるコモン・センスという概念は,慣用重視の姿勢ともいえる.Priestley は,英語学史上の名前としては Lowth や Murray に比べれば影が薄いかもしれないが,ある意味でイギリスを最もよく代表する英文法家だったといえる.

 ・ Priestley, Joseph. The Rudiments of English Grammar with Explanatory Remarks by Kikuo Yamakawa and A Course of lectures on the Theory of Language, and Universal Grammar with Explanatory Remarks by Kikuo Yamakawa. Reprint. Tokyo: Naun'un-Do, 1971.

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2016-12-18 Sun

#2792. Webster の発音への影響 [pronunciation][ame][webster]

 Noah Webster (1758--1843) が,イギリス綴字とは異なるものとして,いくつかの単語でアメリカ綴字を提案したことはよく知られている.しかし,綴字教本の出版を通じて,間接的にアメリカ英語の発音にも影響を与えた可能性があるということは,あまり注目されない.Baugh and Cable (361) は,"Webster's Influence on American Pronunciation" という節を設けて,この点について議論している.

Though the influence is more difficult to prove, there can be no doubt that to Webster are to be attributed some of the characteristics of American pronunciation, especially its uniformity and the disposition to give fuller value to the unaccented syllables of words. Certainly he was interested in the improvement of American pronunciation and intended that his books should serve that purpose. In the first part of his Grammatical Institute, which became the American Spelling Book, he says that the system "is designed to introduce uniformity and accuracy of pronunciation into common schools."


 Webster の発音への影響とは,具体的には,上の引用文にあるように,多音節語における強勢のない音節の母音を完全な音価で明瞭に発音するというアメリカ発音の傾向に関するものである.例えば necessary, secretary はイギリス英語では典型的に necess'ry, secret'ry のように発音されて音節が縮まるが,アメリカ英語では当該の母音が完全な音価値で明瞭に発音される.関連して,アメリカ英語の centénary, labóratory, advértisement にみられる強勢位置も特徴的である.
 このような傾向は,単語を構成する各々の音節は明確に発音すべきである,というアメリカ的な教育的指導の結果と考えられ,その教育の現場で大きく貢献したのが Webster の The American Spelling Book (1783) だったというわけだ.以下は,18世紀末の当時,何千というアメリカの学校でみられたはずの授業風景の記述である.Baugh and Cable (362) が,Letter to Henry Barnard, December 10, 1860 より引いている文章である.

It was the custom for all such pupils [those who were sufficiently advanced to pronounce distinctly words of more than one syllable] to stand together as one class, and with one voice to read a column or two of the tables for spelling. The master gave the signal to begin, and all united to read, letter by letter, pronouncing each syllable by itself, and adding to it the preceding one till the word was complete. Thus a-d ad, m-i mi, admi, r-a ra, admira, t-i-o-n shun, admiration. This mode of reading was exceedingly exciting, and, in my humble judgment, exceedingly useful; as it required and taught deliberate and distinct articulation. . . . When the lesson had been thus read, the books were closed, and the words given out for spelling. If one was misspelt, it passed on to the next, and the next pupil in order, and so on till it was spelt correctly. Then the pupil who had spelt correctly went up in the class above the one who had misspelt. . . . Another of our customs was to choose sides to spell once or twice a week. . . . [The losing side] had to sweep the room and build the fires the next morning. These customs, prevalent sixty and seventy years ago, excited emulation, and emulation produced improvement.


 この教室風景については,「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) でも関連する話題に触れているので,参考までに.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2016-12-17 Sat

#2791. John Adams のアメリカ英語にかけた並々ならぬ期待 [ame][webster][standardisation][academy][prescriptivism][prescriptive_grammar][elf][popular_passage]

 Noah Webster がアメリカ英語の地位を強烈に推進する役割を担ったことは英語史上よく知られているが,その背後で影が薄かったものの,1人の興味深い登場人物がいたことを忘れてはならない.アメリカ第2代大統領 John Adams (1735--1826) である.Adams は,英語を改善すべくアカデミーを設立することに意欲を示していた.ちょっとした Jonathan Swift のアメリカ版といったところか.大統領職に就く以前の話だが,1780年9月5日にアムステルダムから議会議長に宛てて,アメリカにおける英語という言語の役割の重要さを説く手紙を書いている.Baugh and Cable (355) に引用されている手紙の文章を再現しよう.

   The honor of forming the first public institution for refining, correcting, improving, and ascertaining the English language, I hope is reserved for congress; they have every motive that can possibly influence a public assembly to undertake it. It will have a happy effect upon the union of the States to have a public standard for all persons in every part of the continent to appeal to, both for the signification and pronunciation of the language. The constitutions of all the States in the Union are so democratical that eloquence will become the instrument for recommending men to their fellow-citizens, and the principal means of advancement through the various ranks and offices of society. . . .
   . . . English is destined to be in the next and succeeding centuries more generally the language of the world than Latin was in the last or French is in the present age. The reason of this is obvious, because the increasing population in America, and their universal connection and correspondence with all nations will, aided by the influence of England in the world, whether great or small, force their language into general use, in spite of all the obstacles that may be thrown in their way, if any such there should be.
   It is not necessary to enlarge further, to show the motives which the people of America have to turn their thoughts early to this subject; they will naturally occur to congress in a much greater detail than I have time to hint at. I would therefore submit to the consideration of congress the expediency and policy of erecting by their authority a society under the name of "the American Academy for refining, improving, and ascertaining the English language. . . ."


 最後に "refining, improving, and ascertaining" と表現しているが,これは数十年前にイングランドの知識人が考えていた「#2741. ascertaining, refining, fixing」 ([2016-10-28-1]) をすぐに想起させるし,もっといえば Swift の "Correcting, Improving and Ascertaining" のなぞりである.この意味では,Adams の主張はまったく新しいものではなく,むしろ陳腐ともいえる.また,このような提案にもかかわらず,結局はアメリカにおいてもアカデミーは設立されなかったことからも,Adams の主張はむなしく響く.
 しかし,ここで Adams が,イギリスにおいてイギリス英語に関する主張をしていたのではなく,アメリカにおいてアメリカ英語に関する主張をしていたという点が重要である.Adams は,イギリスでのアカデミー設立の議論の単なる蒸し返しとしではなく,アメリカという新天地での希望ある試みとして,この主張をしていた.アメリカ英語への賛歌といってもよい.同時代人の Webster が行動で示したアメリカ英語への信頼を,Adams は彼なりの方法で示そうとした,と解釈できるだろう.
 なお,上の引用の第2段落にある,英語は次世紀以降,世界の言語となるだろうという Adams の予言は見事に当たった.彼が挙げている人口統計,イングランドの影響力,アメリカの国際関係上の優位などの予言の根拠も,適切というほかない.母国に対する希望と自信に満ちすぎているとも思えるトーンではあるが,Adams の慧眼,侮るべからず,である.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2017-10-08-1]

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2014-09-30 Tue

#1982. -ick or -ic (2) [suffix][johnson][webster][corpus][spelling][clmet][lmode]

 「#872. -ick or -ic」 ([2011-09-16-1]) の記事で,<public> と <publick> の綴字の分布の通時的変化について,Google Books Ngram ViewerGoogle Books: American English を用いて簡易調査した.-ic と -ick の歴史上の変異については,Johnson の A Dictionary of the English Language (1755) では前者が好まれていたが,Webster の The American Dictionary of the English Language (1828) では後者へと舵を切っていたと一般論を述べた.しかし,この一般論は少々訂正が必要のようだ.
 「#1637. CLMET3.0 で betweenbetwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した CLMET3.0 を用いて,後期近代英語の主たる -ic(k) 語の綴字を調査してみた.1710--1920年の期間を3期に分けて,それぞれの綴字で頻度をとっただけだが,結果を以下に掲げよう.

Spelling pairPeriod 1 (1710--1780)Period 2 (1780--1850)Period 3 (1850--1920)
angelick / angelic6 / 500 / 680 / 50
antick / antic4 / 101 / 60 / 3
apoplectick / apoplectic0 / 101 / 190 / 14
aquatick / aquatic1 / 20 / 350 / 56
arabick / arabic2 / 1010 / 450 / 115
archbishoprick / archbishopric4 / 72 / 20 / 8
arctick / arctic1 / 50 / 200 / 93
arithmetick / arithmetic9 / 320 / 770 / 98
aromatick / aromatic4 / 140 / 290 / 36
asiatick / asiatic1 / 1010 / 480 / 76
attick / attic1 / 320 / 340 / 71
authentick / authentic4 / 1600 / 790 / 68
balsamick / balsamic1 / 10 / 50 / 1
baltick / baltic4 / 500 / 330 / 43
bishoprick / bishopric3 / 282 / 90 / 19
bombastick / bombastic1 / 20 / 30 / 4
cathartick / cathartic0 / 11 / 00 / 0
catholick / catholic7 / 2910 / 3420 / 296
caustick / caustic1 / 20 / 110 / 20
characteristick / characteristic8 / 920 / 3540 / 687
cholick / cholic1 / 130 / 20 / 1
comick / comic1 / 680 / 670 / 165
coptick / coptic1 / 110 / 30 / 35
critick / critic12 / 1530 / 1680 / 155
despotick / despotic9 / 660 / 510 / 65
dialectick / dialectic1 / 00 / 00 / 6
didactick / didactic0 / 101 / 200 / 23
domestick / domestic46 / 7330 / 7360 / 488
dominick / dominic4 / 110 / 141 / 3
dramatick / dramatic8 / 2140 / 2060 / 216
elliptick / elliptic1 / 10 / 80 / 2
emetick / emetic4 / 50 / 70 / 5
epick / epic1 / 680 / 831 / 38
ethick / ethic1 / 60 / 00 / 3
exotick / exotic2 / 70 / 200 / 38
fabrick / fabric15 / 1161 / 840 / 111
fantastick / fantastic9 / 450 / 1570 / 198
frantick / frantic5 / 882 / 1630 / 124
frolick / frolic19 / 440 / 460 / 32
gaelick / gaelic1 / 10 / 300 / 64
gallick / gallic1 / 750 / 110 / 10
gothick / gothic2 / 4980 / 1310 / 66
heretick / heretic2 / 310 / 370 / 24
heroick / heroic17 / 2012 / 2240 / 211
hieroglyphick / hieroglyphic2 / 40 / 70 / 8
hysterick / hysteric1 / 90 / 100 / 6
laconick / laconic2 / 130 / 140 / 7
lethargick / lethargic1 / 120 / 80 / 14
logick / logic4 / 620 / 3610 / 367
lunatick / lunatic2 / 320 / 340 / 77
lyrick / lyric3 / 150 / 260 / 37
magick / magic9 / 1100 / 2960 / 292
majestick / majestic4 / 730 / 1491 / 115
mechanick / mechanic6 / 790 / 470 / 58
metallick / metallic1 / 90 / 790 / 137
metaphysick / metaphysic1 / 20 / 110 / 9
mimick / mimic2 / 251 / 460 / 23
musick / music87 / 5493 / 12203 / 1684
mystick / mystic1 / 390 / 920 / 167
obstetrick / obstetric1 / 20 / 10 / 0
panegyrick / panegyric19 / 1210 / 430 / 16
panick / panic14 / 581 / 900 / 314
paralytick / paralytic1 / 150 / 410 / 14
pedantick / pedantic3 / 310 / 280 / 29
philippick / philippic2 / 20 / 30 / 2
philosophick / philosophic1 / 1400 / 800 / 155
physick / physic35 / 1574 / 513 / 38
plastick / plastic1 / 40 / 190 / 32
platonick / platonic5 / 480 / 300 / 22
politick / politic8 / 402 / 370 / 51
prognostick / prognostic2 / 180 / 50 / 1
publick / public767 / 33501 / 31712 / 2606
relick / relic1 / 264 / 560 / 65
republick / republic12 / 5150 / 1850 / 171
rhetorick / rhetoric26 / 1092 / 400 / 65
rheumatick / rheumatic1 / 70 / 330 / 30
romantick / romantic32 / 1910 / 3460 / 322
rustick / rustic3 / 1020 / 1570 / 80
sarcastick / sarcastic1 / 370 / 660 / 60
sceptick / sceptic3 / 260 / 190 / 26
scholastick / scholastic2 / 240 / 420 / 46
sciatick / sciatic1 / 10 / 10 / 3
scientifick / scientific2 / 160 / 4510 / 814
stoick / stoic5 / 341 / 150 / 26
sympathetick / sympathetic3 / 260 / 700 / 248
systematick / systematic1 / 130 / 640 / 104
topick / topic12 / 1280 / 1770 / 176
traffick / traffic80 / 671 / 1640 / 203
tragick / tragic4 / 650 / 650 / 209
tropick / tropic12 / 370 / 70 / 23


 第2期以降 (1780--1920) は,すべての語において事実上 -ic のみとなったとみてよいが,18世紀の大半を含む第1期 (1710--1780) については,ここかしこに保守的な -ick が散見される.語によっては <critick>, <frolick>, <heroick>, <musick>, <panegyrick>, <panick>, <physick>, <publick>, <rhetorick>, <romantick>, <tropick> など そこそこの頻度を示すものもあるし,<traffick> ではむしろ -ic 形よりも優勢だ(なお,屈折語尾としての -ic(k) ではないが,garlick/garlic は,第1期 17 / 7, 第2期 1 / 8, 第3期 0 / 11 を数え,最初期に -ick が優勢だったもう1つの例である).しかし,全体として -ick 形は散見されるにすぎず,すでに18世紀より -ic 形が幅を利かせていたことがわかる.つまり,18世紀半ばの Johnson の辞書では,すでに影の薄くなっていた保守的な -ic が,半ば意識的に採用されたという解釈が成り立ちそうだ.Webster の時代ではなく,Johnson の時代にすでに -ic 形は事実上の市民権を得ていたと考えられる.
 しかし,CLMET で得られた後期近代英語の趨勢を歴史の中に適切に位置づけて解釈するためには,先行する初期近代英語における異綴字の分布(変化)も押えておく必要があるだろう.それについては明日の記事で.

Referrer (Inside): [2014-10-01-1]

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2014-04-28 Mon

#1827. magic <e> とは無関係の <-ve> [final_e][orthography][pronunciation][phonetics][silent_letter][spelling][grapheme][spelling_reform][webster][v]

 昨日の記事「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1]) で言及したが,現代英語の正書法についてよく知られた規則の1つに「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1]) がある.take, mete, side, rose, cube など多くの <-VCe> をもつ英単語において,母音 V が長母音あるいは二重母音で読まれることを間接的に示す <e> の役割を呼んだものである.個々の例外はあるとしても,およそ規則と称して差し支えないだろう.
 しかし,<-ve> で終わる単語に関して,dove, glove, shove, 形容詞接尾辞 -ive をもつ語群など,例外の多さが気になる.しかも,above, give, have, live (v.), love など高頻度語に多い.これらの語では, <ve> に先行する母音は短母音として読まれる.gave, eve, drive, grove など規則的なものも多いことは認めつつも,この目立つ不規則性はどのように説明されるだろうか.
 実は,<-ve> 語において magic <e> の規則があてはまらないケースが多いのは,この <e> がそもそも magic <e> ではないからである.この <e> は,magic <e> とは無関係の別の歴史的経緯により発展してきたものだ.背景には,英語史において /v/ の音素化が遅かった事実,及び <v> の文字素としての独立が遅かった事実がある(この音素と文字素の発展の詳細については,「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1]),「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1]),「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]),「#1230. overoffer は最小対ではない?」 ([2012-09-08-1]) を参照されたい).結論を先取りしていえば,<v> は単独で語尾にくることができず,<e> のサポートを受けた <-ve> としてしか語尾にくることができない.したがって,この <e> はサポートの <e> にすぎず,先行する母音の量を標示する機能を担っているわけではない.以下に,2点の歴史的説明を与える(田中,pp. 166--70 も参照).

 (1) 古英語では,[v] はいまだ独立した音素ではなく,音素 /f/ の異音にすぎなかった.典型的には ofer (over) など前後を母音に挟まれた環境で [v] が現れたが,直後に来る母音は弱化する傾向が強かったこともあり,中英語にかけては <e> で綴られることが多くなった.このようにして,[v] の音と <ve> の綴字が密接に関連づけられるようになった.<e> そのものは無音であり,あくまで寄生字母である.

 (2) 先述のように,中英語期と初期近代英語期を通じて,<u> と <v> の文字としての分化は明瞭ではなかった.だが,母音字としての <u>,子音字としての <v> という役割分担が明確にできていなかった時代でも,不便はあったようである.例えば,完全に未分化の状況であれば,lovelow はともに <lou> という綴字に合一してしまうだろう.そこで,とりあえずの便法として,子音 [v] を示すのに,無音の <e> を添えて <-ue> とした.3つの母音が続くことは少ないため,<loue> と綴られれば,中間の <u> は子音を表わすはずだという理屈になる.ここでも <e> そのものは無音であり,直前の <u> が子音字であることを示す役割を担っているにすぎない.やがて,子音字としての <v> が一般化すると,この位置の <u> そのまま <v> へと転字された.<v> が子音字として確立したのであれば <e> のサポートとしての役割は不要となるが,この <e> は惰性により現在まで残っている.

 かくして,語尾の [v] は <-ve> として綴られる習慣が確立した.<-v> 単体で終わる語は,Asimov, eruv, guv, lav, Slav など,俗語・略語,スラヴ語などからの借用語に限定され,一般的な英語正書法においては浮いている.
 Noah Webster や,Cut Speling の主唱者 Christopher Upward などは,give を <giv> として綴ることを提案したが,これは共時的には合理的だろう.一方で,上記のように歴史的な背景に目を向けることも重要である.

 ・ 田中 美輝夫 『英語アルファベット発達史 ―文字と音価―』 開文社,1970年.

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2011-10-13 Thu

#899. Web3 の permissiveness [lexicography][webster][dictionary][variation][diatone]

 この2日間の記事 ([2011-10-11-1], [2011-10-12-1]) で,米国最大の英語辞書 Web3 の特徴を見てきた.出版当時の評価を一言で表わせば,現代の英語辞書史上,最も descriptive で,最も permissive な辞書だったということになるだろう.
 こと発音記述に関しては,昨日の記事で記した通り「変種を詳しく示し,非標準音も併記(30種を超える場合もある);優先発音を必ずしも明示せず」であり,何でもありという印象を受ける.実際に,最近,問題のある語のアクセント位置を複数の辞書によって調べるという作業を行なっていたのだが,Web3 の variation の豊富さは群を抜いていた.Web3 が規範的な発音を知るという目的に向いていないことを痛切に感じた.
 具体的に述べると,本ブログでも何度か扱ってきた強勢の「名前動後」化が疑われる語について (see diatone) ,この1世紀の間の強勢の変化を辞書によって追おうとした.英米両変種を扱ったが,アメリカ英語からは以下の4つの辞書で強勢の記述を比較した.

 ・ Web1913 = Webster's Revised Unabridged Dictionary. Ed. Noah Porter. Online version published on 9 January 1997 at http://machaut.uchicago.edu/websters . Merriam, 1913.
 ・ PDAE = Kenyon, John Samuel and Thomas Albert Knott, eds. A Pronouncing Dictionary of American English. Springfield, Mass.: Merriam, 1951.
 ・ Web3 = Gove, Philip Babcock, ed. Webster's Third New International Dictionary of the English Language, Unabridged. Springfield, MA: G. & C. Merriam, 1961. (In this survey I used the CD-ROM version [2000] based on the 1961 unabridged edition.)
 ・ AHD4 = The American Heritage Dictionary of the English Language. 4th ed. \ Boston: Houghton Mifflin, 2006.

 以下は,名前動後化の傾向を示唆する14語について,辞書ごとに強勢の記述をまとめたものである."o" は "oxytone"(後の音節に強勢あり),"p" は "paroxytone" (前の音節に強勢あり)を示す.Web3 では,"p, o" や "o, p" が多く,どちらに強勢をおいても可と言わんばかりである.調査の姿勢としては,とりわけ規範的な発音を重視するという方針があったわけではないのだが,正直なところ,ここまで permissive な記述を示されると解釈に差し支えると,困った次第である.結局,論文 (forthcoming) では辞書の規範主義と記述主義について一言述べずにはいられなかった・・・.

WORDPOSWeb1913PDAEWeb3AHD4
declinenounooo, po
declineverboooo
dismountnoun--oop
dismountverboooo
disputenounooo, po
disputeverboooo
employnounooo, po
employverboooo
entailnounooo, po
entailverboooo
rebuffnounooo, po
rebuffverboooo
replaynoun--op, op
replayverb--ooo
reportnounooo, po
reportverboooo
retortnounoooo, p
retortverboooo
retouchnounoop, oo, p
retouchverboooo
revisenounooop, o
reviseverboooo
romancenounoo, po, po, p
romanceverbooo, po
surmisenounoo, po, po
surmiseverboooo
trajectnounopp--
trajectverboooo

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2011-10-12 Wed

#898. OED2Web3 の比較対照表 [lexicography][webster][dictionary][oed]

 昨日の記事「#897. Web3 の出版から50年」 ([2011-10-11-1]) で,アメリカの英語辞書の最高峰である Web3 の評判について言及したが,イギリスにおける最大の英語辞書 OED2 と比較するとどのような特徴があるだろうか.特徴の異同を手近においておくと便利だと思ったので,寺澤 (44--45) に掲載されている対照表を以下に掲載する.このように一覧すると,違いがよく見えてくる.

 OED2Web3
出版年(巻数)19281(12+1巻),(New Suppl. 1986, 4巻),19892(20巻)19091, 19342, 19613
総頁数約22,000頁2,662頁(2002年版では2,806頁)
版型30×22.5cm32.5×24.0cm
収録語数約46万4千語(うち主見出し語約35万)約46万語(2002年版では約47万6千)(Web2: 55万〜66万)
用例用例約240万約20万
編集方針歴史的原理;規範性 (prescriptive) [史的言語学の影響];年代順の語義配列;初出年を語義ごとに明示非歴史的;客観的記述主義[構造言語学の影響];(一応)年代順の語義配列;初出年を明示せず
見出し語1150年以後の語すべて収録と称する1755年以後の語を収録(ただし古語・廃語約2万語を含む)(Web2: 1500年以降,ただし Chaucer を含む);科学技術用語重視(ISVラベル);句動詞を立項
篤志文献閲読(協力)者英800名,米400〜500名,約100万枚(1928年版);約100名(1986年版)なし
引用(用例)文学作品重視(約240万例);Shakes. 33,303;Bible 5,725;Milton 12,485意味を明らかにするのに役立つ文例
用法レベル (register)詳細指示位相づけに消極的(colloq, informal, illit., erron. などは用いず);また《英》《豪》《カナダ》などに対してとくに《米》を用いない
語源編集時期の制約はあるが詳細な情報を与える簡潔記述
発音標準英音(国際音標文字による表記)変種を詳しく示し,非標準音も併記(30種を超える場合もある);優先発音を必ずしも明示せず
語形変化各世紀の異綴り形を示す(方言,廃用の語形明示)非標準形も併記
語義詳細な意味区分(set (v.) 20頁,154区分)百科事典的説明を随時加える (cf. hotel) (set (v.) 1頁未満)
図解なし約3千点(Web2 では約12万),色刷り図解を含む
地名・人名なしgazetteer 約3万6千;biographical 約1万3千


 ・ 寺澤 芳雄(編) 『辞書・世界英語・方言』 研究社英語学文献解題 第8巻.研究社.2006年.

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2011-10-11 Tue

#897. Web3 の出版から50年 [lexicography][webster][dictionary]

 Web3 として知られる,良くも悪くも画期的なアメリカの誇る最大の辞書は,今年で出版50周年を迎えた.50周年の区切りに,20世紀の英語辞書界に大論争を巻き起こしたこの歴史的な辞書について,新たなレビュー記事が New York Times に寄稿された.Geoffrey Numberg 氏によるその記事は, When a Dictionary Could Outrage でオンラインにて閲読できる.
 Web3 をめぐる大論争は,規範主義的 (prescriptive) な辞書として非常に評価の高かった先行版と比べ,記述主義的 (descriptive) な辞書へと様変わりした,その方針転換を巡っての言語文化論争だった.伝統的にアメリカでは辞書に規範を求める風潮が強かったが,Web3 の編集者 Gove は,当時の記述的構造言語学の潮流に乗ることを選んだ.確かに,Web3 の記述には構造言語学の隙のない精密な手法が反映されており,言語学者からの評価は現在に至るまで高い.アメリカ辞書史において初めての「ことばの辞書」だという評も聞かれる.しかし,アメリカ英語を象徴する権威と規範のある辞書の新版を望んでいた当時の一般の消費者にとっては,Gove の寝返りは裏切り行為と映った.アメリカ英語話者の多くが求めていた辞書は,引けば間違いなく正しい語法をすぐに得られる,正用集としての辞書だったが,Web3 は正用も誤用も混ぜ合わせたかのような,非標準的な語法にあまりに寛容な,あまりに記述的な辞書として現われたのである.
 両立場のあいだで激しい議論が繰り広げられた.出版に先立つ前評判が高かったことが大論争の火種に油を注ぐことになったが,出版の翌年1962年には62編の論評が発表されたというから,反響の大きさが知れる.しばしば失敗作とのレッテルを貼られ,Web3 にとっては苦難の時代の始まりとなったが,辞書と規範という悩み深い問題を大々的に提起したこと自体が,アメリカにおける Webster 辞書の威信を物語っているように思われる.
 Web3 論争の歴史的意義について,Numberg 氏は次の2点をもって総括している.

It introduced the words "prescriptivist" and "descriptivist" into the cultural conversation, and fixed the battle lines for the ritualized squabble over standards that persists across media old and new.


[T]he furor over Webster's Third also marked the end of an era. It's a safe bet that no new dictionary will ever incite a similar uproar, whatever it contains. . . . [N]ow all is legitimated under the rubric of pop culture.


 Web3 によって,記述主義がアメリカの英語辞書界のみならず広くアメリカの論壇にも知れ渡ることになった.しかし,英語辞書に限定しても,規範主義が駆逐されたわけではなく,依然として辞書の規範的権威は大きいという事実は変わっていない.記述と規範 --- 極めて扱いの難しいこの言語文化上の問題を提起して50年,目下 Web4 の編纂が始まっているところである.
 オンラインで,2009年の Ain't That the Truth: Webster's Third: The Most Controversial Dictionary in the English Language なるレビュー記事も見つけたので,参照されたい.

 ・ Gove, Philip Babcock, ed. Webster's Third New International Dictionary of the English Language, Unabridged. Springfield, MA: G. & C. Merriam, 1961.
 ・ 寺澤 芳雄(編) 『辞書・世界英語・方言』 研究社英語学文献解題 第8巻.研究社.2006年.43--45頁.

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2011-09-16 Fri

#872. -ick or -ic [suffix][johnson][webster][corpus][google_books][spelling][n-gram]

 現代英語の動詞 panicpicnic は,屈折語尾や派生語尾が付加されると,panicking, panicky, picnicked, picnicker などと <k> が挿入される.また,brick, kick, stick などの接尾辞ではない,語根の一部としての /-ɪk/ にも <k> が現われる.しかし,一般に接尾辞としての /-ɪk/ が語末に現われる場合,対応する綴字は -ick ではなく -ic である (ex. public, music, specific, basic, domestic, traffic, democratic, scientific, characteristic, academic) .
 しかし,Johnson の A Dictionary of the English Language (1755) では,-ic 語はすべて,いまだ -ick として綴られていた.これを現代風の -ic へと改めたのはアメリカの辞書編纂者 Noah Webster だった.彼が The American Dictionary of the English Language (1828) で体現した改革により public の綴字が定着し,そのほかの多くの -ic 語の綴字も定着した.そして,これがアメリカ英語のみならずイギリス英語へも拡大していったのである (Potter 41) .
 もっとも,Webster 以前に -ic の綴字がなかったわけではない.むしろ,ある程度の市民権を得ていたからこそ,Webster の一押しが効いたという側面がある.[2010-12-25-1]の記事で紹介した Google Books Ngram Viewer による publicpublick の頻度の変遷を見れば,この状況が把握できる.AmE の変遷グラフBrE の変遷グラフ を確認されたい.同じデータを Mark Davies による Google Books: American English 経由で10年刻みに見ると,publick は1810--29年までは100万語辺りで20回以上現われていたが,1830年代には4.15回へ激減しているのが分かる.

public or publick by Google Books BYU

 接尾辞 -ic に関連する話題としては,次の記事も参照.

 ・ [2009-08-02-1]: #97. 借用接尾辞「チック」
 ・ [2009-08-03-1]: #98. 「リック」や「ニック」ではなく「チック」で切り出した理由
 ・ [2009-08-10-1]: #105. 日本語に入った「チック」語

 ・ Potter, Simon. Changing English. London: Deutsch, 1969.

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