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celtic_hypothesis - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-11-15 10:34

2019-08-08 Thu

#3755. 「ケルト語仮説」の問題点と解決案 [do-periphrasis][substratum_theory][celtic_hypothesis][contact]

 昨日の記事「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]) で,ケルト語からの影響が取り沙汰される英語の言語項を挙げた.個々の事案について様々な問題点が指摘されており賛否の議論が戦わされている.
 具体的な事案の1つに,do 迂言法 (do-periphrasis) の発達にケルト語の類似構造が関わっているのではないかという議論がある.英語ではこの構造がイングランド南西部で初めて現われたとされ,地理的にはケルト語仮説と不調和ではないようにみえる.しかし,ここに時期の問題が大きく立ちはだかる.英語のこの構文の発達は13世紀以降のこととされるが,基層言語たるケルト語からの影響があるとすれば,それは数百年(場合によっては800年)も前に起こっていてしかるべき話しではないか.それほど長いあいだ,基層言語の影響の効果が「潜伏」していたというのは,おかしいのではないか.要するに,ケルト語の影響を想定するには時代があまりにずれすぎているのだ.実はこの反論は,do 迂言法の問題に限らず,中英語から近代英語にかけて発達した,ケルト語からの影響が取り沙汰されている他の構造の問題にも同様に当てはまる.
 これに対するケルト語仮説擁護論者からの説明は,たいてい次の通りである.

The explanation normally given for this feature [= do-periphrasis] appearing so late in English is that it was in sociolinguistic terms a change from below, affecting first the speech of those people of low social status whose speech was least likely to be reflected in literary usage, and only spreading slowly into the sorts of high-prestige varieties reflected in written sources: the conservatism of the written language in the Old English period is often also cited as a factor. (Durkin 89)


 つまり,数百年の潜伏の理由は,それが "change from below" であり,書き言葉に付されにくい口語レベルでの変化だから,ということだ.そのような低い言語変種は,古英語の書き言葉という高い言語変種には反映されないのも当然であると.
 実は似たような議論は,英語史上の別の問題についてもなされてきた.古ノルド語からの借用語が古英語文献にはあまり現われず,本格的な文献上の登場は中英語を待たなければならなかったことはよく知られている.その理由は,上記とおよそ同じである.実際の影響は古英語期にあったが,その効果が文献に現われるまでにはある程度の時間が必要だったという議論だ(cf. 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1])).
 しかし,ケルト語からの構造的借用と古ノルド語の語彙的借用という異なる2種類の事案について,そもそも同じように議論することができるのかという問題がある.また,時間上のギャップも,ケルト語仮説のほうが遥かに大きい.
 私はケルト語仮説にはかなり無理があると思う.しかし,影響が取り沙汰される個々の事案については独立して検討する必要があり,「ケルト語仮説」の集合体を一括して退けるには慎重でなければならないとも考えている.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2019-08-07 Wed

#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について [celtic][borrowing][syntax][contact][substratum_theory][celtic_hypothesis][substratum_theory][do-periphrasis][reflexive_pronoun][be][nptr][fricative_voicing]

 この20数年ほどの間に,「ケルト語仮説」 ("the Celtic hypothesis") に関する研究が著しく増えてきた.英語は語彙以外の部門においても,従来考えられていた以上に,ブリテン諸島の基層言語であるケルト諸語から強い影響を受けてきたという仮説だ.1種の基層言語影響説といってよい(cf. 「#1342. 基層言語影響説への批判」 ([2012-12-29-1])).非常に論争の的になっている話題だが,具体的にどのような構造的な言語項がケルト語からの影響とみなされているのか,挙げてみよう.以下,Durkin (87--90) による言及を一覧にするが,Durkin 自身もケルト語仮説に対してはやんわりと懐疑的な態度を示していることを述べておこう.

 ・ 古英語における be 動詞の bēon 系列を未来時制,反復相,継続相を示すために用いる用法.ウェールズ語に類似の be 動詞が存在する.
 ・ -self 形の再帰代名詞の発達(cf. 「#1851. 再帰代名詞 oneself の由来についての諸説」 ([2014-05-22-1]))
 ・ be + -ing の進行形構造の発達
 ・ do を用いた迂言的構造 (do-periphrasis) の発達
 ・ 外的所有者構造から内的所有者構造への移行 (ex. he as a pimple on the nosehe has a pimple on his nose)
 ・ "Northern Subject Rule" の発達(cf. 「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]))
 ・ ゼロ関係詞あるいは接触節の頻度の増加
 ・ it を用いた分裂文 (cleft sentence) の発達 (ex. It was a bike that he bought (not a car).) .なお,フランス語の対応する分裂文もケルト語の影響とする議論があるという (Durkin 87) .
 ・ /f/ と /v/, /θ/ と /ð/ の音韻的対立の発達と保持(cf. 「#3386. 英語史上の主要な子音変化」 ([2018-08-04-1]) の2点目)

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2014-05-22 Thu

#1851. 再帰代名詞 oneself の由来についての諸説 [reflexive_pronoun][personal_pronoun][genitive][celtic][celtic_hypothesis]

 「#47. 所有格か目的格か:myselfhimself」 ([2009-06-14-1]) で再帰代名詞 -self の諸形態の起源を探ったが,その記事で論じたのとは異なる説もいくつかある.少し調べたところ,やや古い文献で現在はどのように評価されているのかわからないが,ケルト語の対応表現が関与しているのではないかという説があった.ケルト語の英語への影響を論じている Preusler (187) からの一節を引用する.

Im Altenglischen und noch überwiegend bei Shakespeare und in den heutigen Mundarten dient das einfache Personalpronomen als Reflexiv. Daneben kommt schon altenglisch Versärkung mit self vor, doch erst seit der ersten Hälfte des 13. Jh.s das Possessiv mit self. --- Das Kymrische kennt seit alters beides, my hun ich selbst neben fy hun mein selbst. Die Neigung zum Possessiv ist hier so stark, daß es sich in allen Personen durchgesetzt hat. --- Die Pluralformen zeigen auch den Plural von hun: ein hunain wir selbst usw.; im Englischen treten die Pluralformen erst seit der Mitte des 16. Jh.s auf.


 この説では,1, 2人称の myself, yourself などの属格形の由来は説明されるかもしれないが,himself などで与格形が優勢となった経緯は説明されない.また,最後の部分で述べられているように,英語の複数形において -(e)s をもつ yourselvesthemselves が初出するのは16世紀にかけてだが,ここにケルト語の関与があったと仮定するのであれば,なぜこの時期まで影響が遅延したのだろうかという疑問が生じる.この疑問は,ケルト語影響説の取りざたされる多くの項目に共通して投げかけられている疑問である.
 言語接触という言語外的な要因ではなく,言語内的に説明する代表的な説としては,mē selfum -> mī self -> myself の音韻形態弱化説が挙げられる.『英語語源辞典』の self の項の説明を引用しよう.

OE self は代名詞的形容詞として名詞や代名詞に添えてこれを強める,形容詞変化をする語であった.とくに与格(対格を吸収)の人称代名詞が再帰的に用いられるとき添えられて,him selfum のような結合を見せることが多かった.12Cになると self- の語尾は,おそらく副詞と感じられるようになった結果,次第に脱落の傾向を見せ,やがて HIMSELF のように一語になり,もと God self といったところも God himself というようになった.一方 mē selfum, þē selfum は発音が弱まって mī self, þī self となり,さらに self が名詞と感じられて mi self, þi self (MYSELF, THYSELF) が生じたと考えられる.複数形が -selves (cf. OE wē selfe we ourselves) となるのも,self を普通の名詞のように変化させるようになった結果である.


 ・ Preusler, Walther. "Keltischer Einfluß im Englischen." Indogermanische Forschungen 56 (1938): 178--91.
 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.

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2012-12-29 Sat

#1342. 基層言語影響説への批判 [substratum_theory][causation][celtic][contact][race][ethnic_group][celtic_hypothesis]

 言語変化を説明する仮説の一つに,基層言語影響説 (substratum_theory) がある.被征服者が征服者の言語を受け入れる際に,もとの言語の特徴(特に発音上の特徴)を引き連れてゆくことで,征服した側の言語に言語変化が生じるという考え方である.英語史と間接的に関連するところでは,グリムの法則を含む First Germanic Consonant Shift や,Second Germanic Consonant Shift などを説明するのに,この仮説が持ち出されることが多い.「#416. Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」 ([2010-06-17-1]) ,「#650. アルメニア語とグリムの法則」 ([2011-02-06-1]) ,「#1121. Grimm's Law はなぜ生じたか?」 ([2012-05-22-1]) などで触れた通りである.
 この仮説の最大の弱みは,多くの場合,基層をなしている言語についての知識が不足していることにある.特に古代の言語変化を相手にする場合には,この弱みが顕著に現われる.例えば,グリムの法則を例に取れば,影響を与えているとされる基層言語が何なのかという点ですら完全な一致を見ているわけではないし,もし仮にそれがケルト語だったと了解されても,その言語変化に直接に責任のある当時のケルト語変種の言語体系を完全に復元することは難しい.要するに,ある言語変化を及ぼしうると考えられる「基層言語」を,議論に都合の良いように仕立て上げることがいつでも可能なのである.母語の言語特徴が第二言語へ転移するという現象自体は言語習得の分野でも広く知られているが,これを過去の具体的な言語変化に直接当てはめることは難しい.
 Jespersen と Bloomfield も,同仮説に懐疑的な立場を取っている.彼らの批判の基調は,問題とされている言語変化と,そこへの関与が想定されている民族の征服とが,時間的あるいは地理的に必ずしも符合していないのではないかという疑念である.民族の征服が起こり,結果として言語交替が進行しているまさにその時間と場所において,ある種の言語変化が起こったということであれば,基層言語影響説は少なくとも検証に値するだろう.しかし,言語変化が生じた時期が征服や言語交替の時期から隔たっていたり,言語変化を遂げた地理的分布が征服の地理的分布と一致しないのであれば,その分だけ基層言語影響説に訴えるメリットは少なくなる.むしろ,別の原因を探った方がよいのではないかということだ.
 だが,基層言語影響説の論者には,アナクロニズムの可能性をものともせず,基層言語(例えばケルト語)の影響は様々な時代に顔を出して来うると主張する者もいる.Jespersen はこのような考え方に反論する.

I must content myself with taking exception to the principle that the effect of the ethnic substratum may show itself several generations after the speech substitution took place. If Keltic ever had 'a finger in the pie,' it must have been immediately on the taking over of the new language. An influence exerted in such a time of transition may have far-reaching after-effects, like anything else in history, but this is not the same thing as asserting that a similar modification of the language may take place after the lapse of some centuries as an effect of the same cause. (200)


 Jespersen の主張は,基層言語影響説には隔世遺伝 (atavism) はあり得ないという主張だ (201) .同趣旨の批判が,Bloomfield でも繰り広げられている.

The substratum theory attributes sound-change to transference of language: a community which adopts a new language will speak it imperfectly and with the phonetics of its mother-tongue. . . . [I]t is important to see that the substratum theory can account for changes only during the time when the language is spoken by persons who have acquired it as a second language. There is no sense in the mystical version of the substratum theory, which attributes changes, say, in modern Germanic languages, to a "Celtic substratum" --- that is, to the fact that many centuries ago, some adult Celtic-speakers acquired Germanic speech. Moreover, the Celtic speech which preceded Germanic in southern Germany, the Netherlands, and England, was itself an invading language: the theory directs us back into time, from "race" to "race," to account for vague "tendencies" that manifest themselves in the actual historical occurrence of sound-change. (386)


 近年,英語史で盛り上がってきているケルト語の英文法への影響という議論も,基層言語影響説の一形態と捉えられるかもしれない.そうであるとすれば,少なくとも間接的には,上記の批判が当てはまるだろう.「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]) や「#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか?」 ([2012-10-02-1]) を参照.
 基層言語影響説が唱えられている言語変化の例としては,Jespersen (192--98) を参照.

 ・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.
 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2011-03-17 Thu

#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響 [me_dialect][personal_pronoun][verb][celtic][contact][nptr][do-periphrasis][celtic_hypothesis]

 The Northern Personal Pronoun Rule (NPPR) は,中英語期に Scotland との国境付近からイングランド南部へ広がったとされる統語形態規則である.これは,Laing and Lass (26--27) により The Northern Present Tense Rule と呼ばれているものと同一である.3人称複数代名詞 "they" に隣接する現在形の動詞語尾(方言によって異なるが通常は -s や -eth )が抑制され,代わりに -en, -e, -ø の語尾が現われるという規則である.この規則は,中英語後期には The Wash 以北のイングランド方言でおよそ確立しており,同時期の終わりまでには,義務的な規則ではないものの選択肢の1つとしてロンドンへも到達していた ( Wright 147 ) .
 Wright には,14世紀の後期の Rosarium theologie からの例として次の例が挙げられている.

whiche is giffen to al sentis or holy men, þat cleueþ togeder in charite, weyþer þei knowe þam bodily or noȝt (qtd in Wright 147 as from Rosarium theologie)


 赤字で示した最初の cleueþ は通常の3人称複数形を示すが,次の knoweþei のすぐ次に続いているために NPPR が適用され -e 語尾をとっている.
 さて,現代のイングランド北部方言で動詞の現在形はどのように屈折するかといえば,主語の数・人称にかかわらず -s 語尾を取るのが規則である ( ex. I walks, you walks, Betty walks, we walks, Betty and Shirley walks ) .しかし,3人称複数形については,代名詞 they が用いられるときにのみ they walk と無語尾になるのが特徴だ.まさに中英語期の NPPR の遺産である.
 NPPR に関して興味深いのは,この統語形態規則がケルト語との接触に起因するものと疑われていることである.ケルト語影響説を強く主張する著名人に McWhorter がいる.McWhorter (48--51) は,北部方言の NPPR (彼の呼称では Northern Subject Rule )は,Welsh や Cornish といったケルト諸語の動詞屈折規則と平行的な関係にあると指摘する.Welsh では,"she learned" と "Betty and Shirley learned" はそれぞれ dysgodd hi, dysgodd Betty a Shirley となり共通の -odd 語尾をとるが,"they learned" は dysgon nhw のように異なる語尾 -on をとるという.(1) 広くゲルマン諸語を見渡してもイングランド北部の NPPR のように奇妙な規則をもっている言語や方言は他に見あたらないこと,(2) イングランドの基層にあるケルト諸語に平行的な統語形態規則が認められること.この2点を考え合わせると NPPR は偶然の産物とは考えられず,ケルト語との言語接触による結果と認めざるを得ない,という議論である.McWhorter は他にも英語史における do-periphrasis や進行形構文の発達をケルト語の影響と見ている.
 私はケルト語を知らないので具体的に論じることはできないが,英語では現在形に関する規則であるにもかかわらず,McWhorter が Welsh から過去形の例をもってきて比較しているのが引っかかった.また,一読すれば著者の書き方が一般向けでトンデモ本的な調子であることはすぐに分かるが,それをどこまで学術的に評価できるかは疑問である.ただし,現代英文法のいくつかの特徴の背景には,一般に英語史研究者が論じている以上に周辺諸言語との接触が関与しているに違いないという一貫した信念は,私自身の考えと一致しており,おもしろく読むことはできた.著者の言語変化の "why" にこだわる姿勢も最初はややうるさく聞こえたが,これは "why" を控えめにしか論じない英語史研究の現状への批判なのだろうと捉えたら,かえって痛快に読めた.
 [2009-08-31-1]の記事で少し触れたように,基層言語としてのケルト語が英文法に与えた影響については,近年,少しずつ議論されるようになってきたようである.

 ・ Wright, Laura. "The Languages of Medieval Britain." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 143--58.
 ・ McWhorter, John. Our Magnificent Bastard Tongue: The Untold History of English. New York: Penguin, 2008.

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