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i-mutation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-16 11:05

2018-08-08 Wed

#3390. 日本語の i-mutation というべき母音交替 [i-mutation][vowel][japanese][reconstruction][assimilation]

 日本語の動詞には「活用」と呼ばれるものがあるが,名詞にもそれに相当するものがある.「風」は単独では「かぜ」と発音されるが,「風上」などの複合語では「かざかみ」となる.この「かぜ」と「かざ」は,それぞれ独立形と非独立形,あるいは露出形と被覆形と呼ばれる.同じ関係は,「船」(ふね)と「船乗り」(ふなのり),「雨」(あめ)と「雨ごもり」(あまごもり),「木」(き)と「木陰」(こかげ),「月」(つき)と「月夜」(〔古語〕つくよ)にも見られる.これらは名詞の「活用」とみなすこともできる.
 これらのペアの関係は「露出形=被覆形+ *i」として措定される.*i は,正確には上代特殊仮名遣でいうところの *i のことである.これは,単語を独立化させる接辞と考えられる.上の例で具体的にいえば,

 ・ ama + *i → ame
 ・ ko + *i → ki
 ・ tuku + *i → tuki


となる.母音ごとにいえば,a → e, o → i, u → i となっており,甲音・乙音の音価は定かではないものの,英語を含むゲルマン諸語において広く生じた i-mutation の効果にかなりの程度似ている.もちろん古今東西の諸言語に普通にみられる母音調和 (vowel harmony) の一種であり,たまたま日本語と英語に似たような現象が確認されるからといって,まったく驚くには当たらないわけではあるが.
 以上,沖森 (45) を参照して執筆した.

 ・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.

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2018-07-09 Mon

#3360. 印欧祖語は語根ベース,ゲルマン祖語は語幹ベース,古英語以降は語ベース (3) [gradation][i-mutation][indo-european][oe][morphology][vowel][word_formation]

 2日間の記事 ([2018-07-07-1], [2018-07-08-1]) に引き続き,root-based morphology (印欧祖語)→ stem-based morphology (ゲルマン祖語)→ word-based morphology (古英語以降)という英語形態論の大きな潮流について.
 古英語はこの類型的シフトにおいて stem-based morphology から word-based morphology へと移り変わろうとする最初期段階といえるが,いまなお stem-based morphology は濃厚に残っていた.Lass (191) は古英語の語形成法の種類が豊富なことについて,Kastovsky を引用しつつ次のように述べている.

One of the most striking features of the OE lexicon is the extensive involvement in WF, not only of transparent affixation, compounding, and conversion, but of other devices of varying ages: ancient ones like ablaut, and newer ones like i-umlaut. This results in what Kastovsky (1992: 294) calls 'large morphologically related word-families'; considerable portions of the lexicon 'cohere' in a rather special way, characteristic of older IE and to some extent more archaic modern languages like German, but quite alien to Modern English.


 1例として,印欧祖語の語根 *bhVr- "carry, bear" が,古英語の単語にどのように反映されているかを考えてみよう (Lass 191--92) .この印欧語根には ablaut シリーズとして,*bher- (e-grade), *bhor- (o-grade), *bhe:r- (lengthened e-grade), *bhr̥- (zero-grade) の4つの音形があった.
 まず,e-grade の *bher- に関しては,*bher- > *βer- > ber- と経て,古英語の ber-an (不定詞), ber-ende (現在分詞), ber-end "bearer",ber-end-nes "fertility" に至っている.
 次に,o-grade の *bhor- については,*bhor > *βαr- > bær- を経て古英語の bær (第1過去)に終着したほか,さらに bær- から割れ (breaking) の過程を経て bear-we "barrow, basket", bear-m "lap, bosom" に至ったものもある.
 続けて lengthened e-grade の *bhe:r- については,*bhe:r- > *βe:r- > bǣr を経て古英語 bǣr-on (第2過去), bǣr "bier", bǣr-e "manner, behaviour" などが帰結した.
 最後に zero-grade の *bhr̥- からは,*βur- へと変化した後,a-umlaut により bor- と *bur- が出力されたが,前者からは古英語 bor-en (過去分詞), bor-a "carrier" が,後者からはさらに i-umlaut を経て古英語 byrðenn "burden", byr-ele "cup-bearer" などgが生み出された.
 古英語では /bVr-/ という抽象的な語幹 (root) から具現化した数種類の母音を示す複数の語幹 (stems) が基準となり,共時的な屈折形態論と派生形態論が展開しているとみることができ,これを指して "stem-based morphology" あるいは "variable-stem morphology" と呼ぶことができるだろう (Lass 192) .
 ただし,古英語期にも,新たな時代の到来,すなわち word-based morphology あるいは invariable-stem morphology の到来を予感させる要素が,すでに部分的に現われ出していたことにも注意しておきたい.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
 ・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.

Referrer (Inside): [2018-07-10-1]

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2018-01-22 Mon

#3192. 西,北,東ゲルマン語群の間にみられる音韻・形態・統語上の主要な差違 [germanic][comparative_linguistics][verners_law][inflection][article][rhotacism][i-mutation][oe][gothic][old_norse]

 ゲルマン祖語が紀元前3世紀頃に西,北,東のグループへ分裂していく際に,それぞれ独自の言語変化が生じた.結果として,起源を同じくする言語項の間に,ある種の対応関係が見いだされることになった.Algeo and Pyles (82--83) にしたがって,主要な変化と対応関係を6点挙げよう.

 (1) ゲルマン祖語ではいくつかの名詞の主格単数形は *-az で終わっていた (ex. *wulfaz 「狼」) .この語尾は西ゲルマン語群では失われ (Old English wulf),北ゲルマン語群では -r となり (Old Icelandic ulfr),東ゲルマン語群では -s となった (Gothic wolfs) .
 (2) ゲルマン祖語では動詞の2・3単現形がそれぞれ区別されていた.西・東ゲルマン語群では区別され続け,OE では bindest (you bind), bindeþ (he/she/it binds) となり,Go では bindis, bindiþ のごどくだったが,北ゲルマン語群では2単現形の -r が3単現形をも呑み込み,ともに bindr となった.
 (3) 北ゲルマン語群では定冠詞が名詞に後続するようになった (ex. ulfrinn (the wolf)) が,西・東ゲルマン語ではそのような変化は起こらなかった.
 (4) Verner's Law の出力としての *z は,西・北ゲルマン語群では r となった (= rhotacism) が,東ゲルマン語群では s となった.例として,OE ēare (ear), OIc eyra, Go auso
 (5) 西・北ゲルマン語群では i-mutation が生じて,例えば OE mann (man) に対してその複数形 menn (men) となったが,Go では単数形 mannan に対して複数形 mannans となり母音変化を反映していない.
 (6) 西ゲルマン語群では Verner's Law の出力としての *ðd となったが,北・東ゲルマン語群では摩擦音にとどまった.例として,OE fæder (father) に対して,OIc faðir, Go faðar (ただし綴字は fadar).

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

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2017-12-05 Tue

#3144. 英語音韻史における long ash 1 と long ash 2 [vowel][diphthong][oe][germanic][phonetics][i-mutation][oe_dialect][pronunciation][phoneme]

 英語音韻史では慣例として,古英語の West-Saxon 方言において <æ> で綴られる長母音は,その起源に応じて2種類に区別される.それぞれ伝統的に ǣ1 と ǣ2 として言及されることが多い(ただし,厄介なことに研究者によっては 1 と 2 の添え字を逆転させた言及もみられる).この2種類は,中英語以降の歴史においても方言によってしばしば区別されることから,方言同定に用いられるなど,英語史研究上,重要な役割を担っている.
 中尾 (75--76) によれば,ゲルマン語比較言語学上,ǣ1 と ǣ2 の起源は異なっている.ǣ1 は西ゲルマン語の段階での *[aː]- が鼻音の前位置を除き West-Saxon 方言において前舌化したもので,non-West-Saxon 方言ではさらに上げを経て [eː] となった (ex. dǣd "deed", lǣtan "let", þǣr "there") .一方,ǣ2 は西ゲルマン語の *[aɪ] が古英語までに [ɑː] へ変化したものが,さらに i-mutation を経た出力である (ex. lǣran "teach", dǣlan "deal") .これは,West-Saxon のみならず Anglian でも保たれたが,Kentish では上げにより [eː] となった.したがって,ǣ1 と ǣ2 の音韻上の関係は,West-Saxon では [æː] : [æː],Anglian では [eː] : [eː],Kentish では [eː] : [eː] となる.まとめれば,以下の通り.

PGmcaː > OEWS æː
  NWS æː > eː
WGmcaɪ > OE ɑː > (i-mutation)WS, Angl æː
  K æː > eː


 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2017-05-17 Wed

#2942. ゲルマン語時代の音変化 [sound_change][germanic][oe][vowel][i-mutation]

 英語の音韻史を学ぼうとすると,古英語以前から現代英語にかけて,あまりに多数の音変化が起こってきたので目がクラクラするほどだ.本ブログでも,これまで個々には多数の音変化を扱ってきたが,より体系的に主要なものだけでも少しずつ提示していき,蓄積していければと思っている.
 今回は,Hamer (14--15) の古英語音変化入門書より,古英語に先立つゲルマン語時代の3種の注目すべき母音変化を紹介する.

Sound changeDescriptionExamples
Au > o unless followed by a nasal consonant, or by u or i/j in the following syllable. (By this is meant if the vowel element of the following syllable consisted of any u sound, or of any i sound or of any combination beginning with j.)bunden, holpen are both OE p.p. of Class III Strong Verbs, the u of bunden having been retained, because of the following n. god, gyden = 'god', goddess. gyden had earlier had i instead of e in its ending, and this i first caused the u to survive, then later caused it to change to y by i-mutation (see I below). Thus both the o and y in these forms derive from Gmc. u.
Be > i if followed by a nasal consonant, or by i/j in the following syllable.bindan, helpan are both OE infin. of Class III Strong Verbs. helpan has 3 sg. pres indic. hilpþ < Gmc. *hilpiþi.
Ceu > iu before i/j in the following syllable. 


 A については,「#1471. golden を生み出した音韻・形態変化」 ([2013-05-07-1]) も参照.A, B に共通する bindan の語形については,「#2084. drink--drank--drunkwin--won--won」 ([2015-01-10-1]) をどうぞ.また,いずれの音変化にも i-mutation が関与していることに注意.

 ・ Hamer, R. F. S. Old English Sound Changes for Beginners. Oxford: Blackwell, 1967.

Referrer (Inside): [2017-05-25-1]

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2015-10-20 Tue

#2367. 古英語の <c> から中英語の <k> へ [grapheme][graphemics][spelling][palatalisation][i-mutation][phonemicisation][anglo-norman][vowel][consonant][causation][language_change]

 古英語で典型的に <cyning> あるいは <cyng> と綴られていた語が,中英語では典型的に <king> と綴られるようになっている.音素 /k/ を表わす文字が <c> から <k> へと置き換えられたということだが,ここにはいかなる動機づけがあったのだろうか.
 /k/ に対応する文字が <c> から <k> へ置換された経緯について,Scragg (45) は機能主義的な立場から次のように述べている.

. . . Old English orthography continued to represent the two sounds [= [k] and [ʧ]] by <c> (i.e. both of these words in late Old English were spelt cinn or cynn). Although <c> could still unambiguously represent /k/ before back vowels and consonants (as it still does in cat, cot, cut, climb, crumb), there was no agreed way of distinguishing the sounds graphically before front vowels. The use of <k> for the plosive appeared sporadically from the ninth century but it was not until the thirteenth that it was fully established in words like king and keen, by which time <ch> had been adopted for the affricate.


 <c> から <k> への変化は,/y/ の非円唇化という母音の変化が関与していることがわかる.古英語では口蓋化 (palatalisation) の効果により,前母音に先行する /k/ は [ʧ] として実現されるようになっていた.しかし,後母音に先行する /k/ は [k] として実現され続けており,互いに相補分布をなしたため,両音はあくまで同一音素の異なる実現であるにすぎなかった.したがって,それを表わす文字も <c> 1つで事足りた.
 ところが,後母音 /u/ が i-mutation により前母音 /y/ となり,さらに非円唇化して /i/ へと変化すると,cinn [ʧin]と cynn [kin] の対立が生まれ,相補分布が崩れる.こうして /ʧ/ が /k/ とは異なる音素として区別されるようになった.音素化 (phonemicisation) の過程である.
 この段階において,異なる音素は異なる文字で表現するのがふさわしいという機能主義的な発想が生じることになる.考えられる解決法はいくつかあり得たが,数世紀の実験と実用の期間を経て落ち着いたのは,/k/ に対して <k> を,/ʧ/ に対して <ch> をあてがう方法だった.従来の <c> そのものが残っていないことに注意されたい.
 初期中英語にかけて <k> と <ch> が採用された背景には,これらの綴字を用いるアングロ・ノルマン写字生の習慣も関与していただろう.Scragg の見解が音素と文字素の対応に関する機能主義的な説明に終始しているのに対し,OED の K, n. の記述は,アングロ・ノルマンの綴字習慣にも言い及んでおり,よりバランスの取れた説明といえる.

Yet, in the Old English use of the Roman alphabet, both the guttural and the palatal sound were represented by C, although in the practice of individual scribes K was by no means infrequent for the guttural, especially in positions where C would have been liable to be taken as palatal, or would at least have been ambiguous, as in such words as Kent, kéne, kennan, akenned, kynn, kyning, kyðed, folkes, céak, þicke. But, even in these cases, C was much more usual down to the 11th century; and K can be regarded only as a supplemental symbol occasionally used instead of C for the guttural sound. After the Conquest, however, the Norman usage gradually prevailed, in accordance with which C was retained for the original guttural only before a, o, u, l, r, and K was substituted for the same sound before e, i, y, and (later) n; while the palatalized Old English c, now advanced to /ʧ/, was written Ch. Hence, in native words, initial K now appears only before e, i, y (y being moreover usually merged in i), and before n ( < Old English cn-), where it is no longer pronounced in Standard English, though retained in some dialects.


 ただし,古英語でもすでに <k> が用いられていたことには注意すべきである.文字素や綴字の変化も含め,言語変化には,常に複数の条件や要因が関与しているということ (multiple causation of language change) を忘れてはならない.
 関連して,/k/ に対応する文字の歴史的問題について「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1]) を参照.

 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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2015-08-05 Wed

#2291. 名動転換の歴史と形態音韻論 [diatone][conversion][i-mutation][derivation][affixation][prosody][germanic]

 英語史およびゲルマン語史において,名詞と動詞の相互転換の方法はいろいろあった.まず,接辞添加 (affixation) により他品詞を派生する方法があった.古英語でいえば,名詞 lufu (love) に動詞語尾を付して lufian (to love) とするタイプである.現代英語にも light (n.) と lighten (v.) のようなペアが見られ,その生産性の程度は別として,この方法それ自体は確認される (cf. 「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1])) .
 次に,上のように添加された接辞が音韻的に弱化し,ついには消失してしまったものがある.これは,共時的にみれば,品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生 (zero-derivation) と呼ばれるものである.中英語以降の love が1例であり,名詞と動詞は形態音韻上まったく区別がない.
 次に,添加された接辞が音韻的に摩耗したという点ではゼロ派生と同じだが,その接辞の痕跡が語幹の一部に亡霊のように残っているというケースがある.典型的なタイプの1つは,house /haʊs/ (n.) vs house /haʊz/ (v.) のように語幹末子音が無声・有声を示すものである.語幹母音の長短も加わって,breath /brɛθ/ (n.) vs breathe /briːð/ (v.) のような対立を示すものも少なくない (cf. 「#2223. 派生語対における子音の無声と有声」 ([2015-05-29-1]), 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])) .
 「かつての接辞の痕跡」のもう1つの典型的なタイプは,i-mutation である.i-mutation とは,接辞に i/j などの前舌高母音要素があるときに,先行する語幹母音がつられて前寄りあるいは高い位置へ寄せられる歴史的な音韻過程である (cf. 「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1])) .接辞が後に消失してしまうと,手がかりは語幹母音の変異のみということになる.food (n.) vs feed (v.), tooth (n.) vs teethe (v.) などの例だ.
 純粋なゼロ派生により名詞と動詞の音韻形態がほぼ完全に一致したケースでも,多音節語の場合に,強勢位置の変異により品詞が区別がされるものがある.diatone の各記事で扱ってきた「名前動後」がその例であり,récord (n.) vs recórd (v.), íncrease (n.) vs incréase (v.) など数多く存在する (cf. 「#804. 名前動後の単語一覧」 ([2011-07-10-1])) .
 上で見てきたように,英語史およびゲルマン語史において,接辞転化,ゼロ派生,語幹末子音の無声・有声の対立,i-mutation,名前動後は,それぞれ形式的には区別される現象だが,機能的にみれば品詞を転換させるという共通の役割を共有してきたといえる.形式的には関連のないようにみえる i-mutation とゼロ派生と名前動後が,歴史上,補完的に機能してきたということは興味深い.非常に間接的な因果関係ではあろうが,古英語以前に i-mutation の生産性が衰退したことと,近代英語でゼロ派生や名前動後が出現し,生産的となったこととはリンクしているのだ.
 以上の洞察を与えてくれたのは,Biese (250--51) である.以下に引用しておこう.

[W]e must mention another feature in the development of English sound-changes that was to become important to the process of conversion. In Old English there existed a great number of denominative verbs derived from the corresponding nouns by a suffix causing an i-umlaut, i.e. word-pairs of the following character were very common: scrȳdanscrūd, hiertanheorte, rȳmanrūm.
   We may regard this differentiation of nouns and verbs in OE. as a phenomenon on the same lines as the stress-distinction . . . . Now, while in the other Germanic languages the umlaut remained a living featuring principle in the field of word-formation, it soon ceased to be an integral principle of English word-formation. Even in early Middle English the umlaut as a living feature of the language, e.g. as used in forming denominatives from new substantives, had disappeared. Moreover, during the development of English a lot of levelling took place in word-pairs that had originally been distinguished by umlaut. In other cases one of the two words, the subst. or adjective on the other hand or the verb on the other, became obsolete. This feature in the development of the structure of the English language was necessarily very favourable to the spread of the process of forming new words by the method of direct conversion.


 ・ Biese, Y. M. Origin and Development of conversions in English. Helsinki: Annales Academiae Scientiarum Fennicae, B XLV, 1941.

Referrer (Inside): [2015-08-14-1]

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2015-08-01 Sat

#2287. chicken, kitten, maiden [suffix][norman_french][etymology][i-mutation][germanic]

 表記の3語は,いずれも -en という指小辞 (diminutive) を示す.この指小辞は,ゲルマン祖語の中性接尾辞 *-īnam (neut.) に遡る.したがって,古英語の文証される cicenmægden は中性名詞である.
 chicken の音韻形態の発達は完全には明らかにされていないが,ゲルマン祖語 *kiukīno に遡るとされる.語幹の *kiuk- は,*kuk- が,接尾辞に生じる前舌高母音の影響下で i-mutation を経たもので,この語根からは cock も生じた.古英語では cicen などとして文証される (cf. Du. kuiken, G Küken, ON kjúklingr) .問題の接尾辞が脱落した chike (> PDE chick) は「ひよこ;ひな」の意味で,後期中英語に初出する.
 kitten は,古フランス語 chitoun, cheton (cf. 現代フランス語 chaton) のアングロ・ノルマン形 *kitoun, *ketun を後期中英語期に借用したものとされる.本来的には -o(u)n という語尾を示し,今回話題にしている接尾辞とは無関係だったが,17世紀頃に形態的にも機能的にも指小辞 -en と同化した.
 maiden (乙女)は,古英語で mægden などとして文証される.mægden が初期中英語までに語尾を脱落させて生じたのが mæide であり,これが現代の maid に連なる.つまり,古英語に先立つ時代において maid への接辞添加により maiden が生じたと考えられるが,実際に英語史上の文証される順序は,maiden が先であり,そこから語尾消失で maid が生じたということである.両形は現在に至るまで「少女,乙女」の意味をもって共存している.いずれもゲルマン祖語 *maȝaðiz (少女,乙女)に遡り,ここからは関連する古英語 magð (少女,女性)も生じている.さらに,「少女,乙女」を表わす現代英語 may (< OE mǣġ (kinswoman)) も同根と考えられ,関連語の形態と意味を巡る状況は複雑である.なお,maid は中英語では「未婚の男子」を表わすこともあった.
 接尾辞 -en には他にも起源を異にする様々なタイプがある.「#1471. golden を生み出した音韻・形態変化」 ([2013-05-07-1]),「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1]),「#2221. vixen の女性語尾」 ([2015-05-27-1]) を参照.

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2015-06-25 Thu

#2250. English の語頭母音(字) [pronunciation][spelling][spelling_pronunciation_gap][i-mutation][haplology]

 現代英語で強勢音節における <en> という綴字の最初の母音が /ˈ/ に対応するのは,EnglishEngland という単語においてのみである.あまりに見慣れているので違和感を覚えることすらないが,この2語はきわめて不規則な綴字と発音の関係を示している.歴史的背景を追ってみよう.
 「#1145. EnglishEngland の名称」 ([2012-06-15-1]) で説明したように,EnglishEngland は,それぞれ古英語における派生語,複合語である.前者は基体の Engle (or Angle)(アングル人)に形容詞を作る接尾辞 -isc を付した形態であり,後者は同じ基体の複数属格形に land を付した Englaland から la の haplography (重字脱落)を経た形態である.古英語の基体 Engle は,ゲルマン祖語 *anȝli- に遡り,釣針 (angle) の形をした Schleswig の一地方名と関連づけられるが,これがラテン語に借用されて Anglus (nom. sg.) や Angli (nom. pl.) として用いられたものが,古英語へ入ったものである.
 ゲルマン祖語の語頭に示される [ɑ] の母音は,次の音節の i による i-mutation を経て前寄りの [æ] となったが,鼻音の前ではさらに上げを経て [ɛ] に至った.この2つめの上げは,第2の i-mutation ともいうべきもので,Campbell (75) によると後期古英語のテキストにはよく反映されている(ただし,中英語の South-East Midland に相当する地域では生じなかった).同変化を経た語としては,menn (< *manni), ende (< *andja) などがある(中尾,p. 222--24).一方,この一連の音変化を反映せずに現代において定着した語としては,(East) AngliaAnglo-Saxon などがある.
 さて,14世紀になると /eŋ/ > /iŋ/ の変化が例証されるようになる.senge > singe, henge > hinge, streng > string, weng > wing, þenken > þinken, enke > inke などである(中尾,p. 169).音としては,ゲルマン祖語のもともとの低母音 [ɑ] が,上げの過程を何度も経てついに高母音 [ɪ] になってしまったわけである.
 さて,上に挙げた単語群では,この母音の上げに伴い,後の標準的な綴字でも <eng> から <ing> と書き改められて現代に至るが,English, England については,一時期は行なわれていた <Inglish>, <Ingland> などの綴字が標準化することはなく,<Eng>- が存続することになった (cf. 「#1436. EnglishEngland の名称 (2)」 ([2013-04-02-1])) .その理由はよくわからないが,いずれにせよ,この2語については不規則な綴字と発音の関係が定着してしまったという顛末だ.

 ・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

Referrer (Inside): [2015-10-15-1]

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2015-05-31 Sun

#2225. hear -- heard -- heard [verb][conjugation][inflection][high_vowel_deletion][i-mutation][analogy][sobokunagimon]

 標題の活用は現代英語では不規則とされるが,過去・過去分詞形で歯音接尾辞 (dental suffix) が現われることから,不規則性の程度は低いとみてよさそうである.この動詞は古英語では弱変化第1類に属するまさに規則的な動詞であり,不定詞 hīeran,過去(単数)形 hīerde,過去分詞形 (ge)hīered と活用した.
 古英語の動詞の屈折体系という観点から注意すべき点は,弱変化第1類の動詞のなかで hīeran タイプのものは過去形の歯音接尾辞の直前に母音が欠けていることである.同じ第1類に属する fremman (to perform) は fremede と母音を伴うし,nerian (to save) も nerede と母音を伴う.これは,古英語に先立つ時代に hīeran タイプが fremman タイプや nerian タイプとは異なる音韻過程を経てきたからである.現代英語の *heared ならぬ heard の過去・過去分詞の語形を説明するには,古英語に遡るだけでは十分でなく,さらに古い時代まで戻らなければならない.
 弱変化第1類の動詞に共通する歴史的背景は,いずれもかつて過去・過去分詞形を作るのに *-ida のように i をもつ接尾辞を付加したことである.この i が引き金となって,語幹母音は i-mutation を受けることとなった.この i は,詳細は省略するが,不定詞 fremman に対して過去形 fremede のように m が単子音字となっていること,不定詞 nerian に対して過去形 nerede のように i が消失していることとも関係する.
 今回の話題にとって重要なのは,hīeran タイプが fremmannerian タイプと異なり,長い母音に子音が続く語幹音節をもっていたことだ.強勢のある長い音節に無強勢の高母音 (/i/ や /u/) が後続する場合には,この高母音が脱落するという音韻過程 "High Vowel Deletion" (high_vowel_deletion) が,古英語より前の時代に生じていた.すなわち,*hauzida > *hīridæ > hīerde という発達が仮定されている (Hogg, Vol. 1 222--23) .High Vowel Deletion の効果については,「#1674. 音韻変化と屈折語尾の水平化についての理論的考察」 ([2013-11-26-1]),「#2017. foot の複数はなぜ feet か (2)」 ([2014-11-04-1]) でも別の例を挙げながら触れているので,参照されたい.
 こうして古英語の過去形 hīerde が出力されたが,本来,同じ経路をたどるはずだった過去分詞形は,予想される *(ge)hīerd ではなく,文証されるのは母音の挿入された (ge)hīered である.これは,fremmannerian タイプからの類推の結果と考えられる (Hogg, Vol. 2 263) .
 さて,古英語後期から中英語初期にかけて,過去形(そして過去分詞形)においては「長母音+2子音」という重い音節をもっていたことから,「#1751. 派生語や複合語の第1要素の音韻短縮」 ([2014-02-11-1]) でみたように,長母音の短化が生じた.不定詞や主たる現在屈折形では,歯音接尾辞の d が欠けているために音節は重くならず,短化は生じていない.これにより,現在の hearheard の母音の相違が説明される.
 なお,同じ音節構造をもつ hīeran タイプの他の動詞が,古英語以降,hīeran と同じように振る舞ってきたかというと,そうではない.dēman は同じタイプではあるが,現代における過去・過去分詞形は deemed であり,共時的に完全に規則的である.これは,類推作用が働いた結果である.
 弱変化第1類の活用の話題については,「#2210. think -- thought -- thought の活用」 ([2015-05-16-1]) も参照.

 ・ Hogg, Richard M. A Grammar of Old English. Vol. 1. 1992. 2011. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2015-05-27 Wed

#2221. vixen の女性語尾 [suffix][gender][i-mutation][germanic][etymology]

 「#2219. vane, vat, vixen」 ([2015-05-25-1]) と「#2220. 中英語の中部・北部方言で語頭摩擦音有声化が起こらなかった理由」 ([2015-05-26-1]) で,vixen (雌ギツネ)という語に触れた.現代標準英語の語彙のなかで,語頭の有声摩擦音が歴史的に特異であると述べてきたが,この語にはもう1つ歴史的に特異な点がある.それは,古いゲルマン語の女性名詞語尾に由来する -en をとどめている点だ.
 現在,男性名詞から対応する女性名詞を作る主たる接尾辞として -ess がある.これは,ギリシア語 -issa を後期ラテン語が借用した -issa が,フランス語経由で -esse として英語に入ってきたものであり,外来である.ゲルマン系のものとしては「#2188. spinster, youngster などにみられる接尾辞 -ster」 ([2015-04-24-1]) で触れた西ゲルマン語群にみられる -estre があるが,純粋に女性を表わすものとして現代に伝わるのは spinster のみである.今回問題にしている -en もゲルマン語派にみられる女性接尾辞であり,ゲルマン祖語の *-inī, *-injō が古英語の -en, -in へ発展したものである.古英語の類例としては,god (god) に対する gyden (goddess),munuc (monk) に対する mynecen (nun), wulf (wolf) に対する wylfen (she-wolf) がある(いずれも接尾辞に歴史的に含まれていた i による i-mutation の効果に注意).
 vixen に関していえば,雌ギツネを意味する名詞としては,古英語には斜格としての fyxan が1例のみ文証されるにすぎない.MEDfixen (n.) によると,初期中英語では fixen が現われるが,fixen hyd (fox hide) として用いられていることから,この形態は古英語の女性形名詞ではなく形容詞 fyxen (of the fox) に由来するとも考えられるかもしれない.しかし,後期中英語では名詞としての ffixen が確かに文証され,『英語語源辞典』によれば,さらに16世紀末以降には語頭の有声摩擦音を示す現在の vyxen に連なる形態が現われるようになる(OED によれば15世紀にも).
 現代ドイツ語では女性語尾としての -in は現役であり,Fuchs vs Füchsin のみならず,Student vs Studentin, Sänger vs Sängerin など一般的に用いられる.英語では女性語尾の痕跡は vixen に残るのみとなってしまったが,ゲルマン語の語形成の伝統をかろうじて伝える語として,英語史に話題を提供してくれる貴重な例である.語頭の v と合わせて,英語史的に堪能したい.

Referrer (Inside): [2015-08-01-1]

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2015-05-16 Sat

#2210. think -- thought -- thought の活用 [verb][inflection][i-mutation][oe][morphology][phonetics][compensatory_lengthening][sobokunagimon]

 標題の think の活用のみならず,bring, buy, seek, teach などの活用では,過去(分詞)形に原形とは異なる母音が現われる.異なる母音に加えて,綴字の上で ght なる子音字連続が現われ,「不規則」との印象は決定的である.しかし,歴史的には規則的な動詞であり,-ed を付して過去(分詞)形を作る大多数の動詞の仲間である.ただ,大多数のものよりも多くの音変化を歴史的に経験してきたために,結果として,不規則きわまりない見栄えのする活用を示すことになっている.
 Mitchell and Robinson (48--49) に従って,歴史的経緯を解説しよう.まず,think 型の動詞の古英語での形を表に示す.現在までに廃語となったもの,純粋な規則変化へと移行したものも含まれている.

Inf.Pret. Sg.Past Ptc.
brenġan 'bring'brōhtebrōht
bycgan 'buy'bohteboht
cwellan 'kill'cwealdecweald
reċċan 'tell'rōhterōht
sēċan 'seek'sōhtesōht
sellan 'give'sealdeseald
streċċan 'stretch'strōhtestrōht
tǣċan 'teach'tǣhte, tāhtetǣt, tāht
þenċan 'think'þōhteþōht
þynċan 'seem'þūhteþūht
wyrċan 'work'worhteworht


 これらの動詞は,古英語の分類によれば弱変化第1類に属する.このクラスの動詞の特徴は,先立つゲルマン祖語の時代に,接尾辞の前位置に前舌高半母音 j をもっていたことである.これにより語幹母音は i-mutation の作用を被り,一段前寄りあるいは高い母音へと変化した.i-mutation を引き起こした j は,その後,消失したり,母音 i として引き継がれたりした.
 弱変化第1類の大部分の動詞においては,上記 i-mutation の作用が現在,過去,過去分詞を含む屈折パラダイムの全体に見られたが,語幹末に l あるいは歴史的な軟口蓋子音をもつ,上に一覧した一部の動詞においては現在形の屈折にのみ作用した.この一部の動詞では,過去や過去分詞において i-mutation を引き起こす問題の半母音 j が欠けていたのである.結果として,古英語における現在幹と過去(分詞)幹を比較すると,後者は前者よりも一段後ろ寄りあるいは低い母音,少なくともその痕跡を示すことになった.上表で e vs oy vs u の対立を確認されたい.
 cwellann, sellan について,現在と過去(分詞)では e vs ea の対立を示すが,これは本来的には e vs æ の規則的な対立とみてよい.æ が,過去(分詞)形にのみ生じた子音結合 ld の前で割れ (breaking) を起こし,ea と変化したにすぎない.
 また,þenċċan, þynċan, brenġan に関して,過去(分詞)形で ht の子音結合を示すが,これは *nċt の結合が規則的に発達したものである.破擦音的な ċt の前で摩擦音 h へと変化し,n は消失するとともに代償延長 (compensatory_lengthening) により先行する母音を長化させた.
 bycgan, wyrċan については,予想される y vs u の対立を示さず,y vs o となっている.過去(分詞)形に o が現われるのは,本来の u が特定の音環境において下げを経たからだ.下げの生じる前に i-mutation が起こったために,現在形では予想される y が現われているが,過去(分詞)形においては下げの結果である u がみられるというわけだ.
 このように先立つ時代に様々な音変化が生じたために,古英語の共時態としては,あたかも強変化動詞のごとく母音の gradation (Ablaut) を示すようにみえるが,結果としてそのようにみえているにすぎず,起源をたどれば歯音接尾辞 (dental suffix) を付して過去(分詞)形を作る通常の弱変化動詞にすぎないといえる.
 これらの動詞の詳しい歴史については,Hogg and Fulk (273--75) も参照.seek については,「#2015. seekbeseech の語尾子音」 ([2014-11-02-1]) でも触れた.

 ・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 8th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.
 ・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2014-11-04 Tue

#2017. foot の複数はなぜ feet か (2) [plural][i-mutation][verners_law][phonetics][high_vowel_deletion][sobokunagimon]

 「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]) で,不規則複数形 feet の形態について,i-mutation を含む一連の音韻変化の結果として説明した.原則として同じ説明が feet に限らず他の不規則複数形 geese, lice, men, mice, teeth, women にも当てはまるが,復習すると,概略以下のような経緯だったと考えられている.

 (1) ゲルマン祖語: *fōt- (sg.) / *fōt-iz- (pl.)
 (2) 複数形で i-mutation が起こる: *fōt- (sg.) / *fēt-iz- (pl.)
 (3) 古英語期までに *-iz が消失: fōt- (sg.) / fēt- (pl.)

 しかし,この過程をより正確に理解するには,音韻変化の詳細にまで踏み込む必要がある.特に (3) の *-iz が消失するというくだりは,掘り下げる必要がある.というのは,*-iz の消失により,本来は音韻的な意義しかなかった ōē の対立が,形態的な役割を担うようになったからである.
 語尾 *-iz の消失は,2つの音が一気に消失したのではなく,先に *z が,次に *i が消失したと考えられている.ゲルマン祖語では,foot は語幹と屈折語尾の間に母音のないことを特徴とする athematic の屈折タイプに属し,複数主格として *-iz 語尾(無強勢)を取った.末尾の *z は,印欧祖語の *s が強勢を伴わない音節の末尾で有声化した,いわゆる Verner's Law の出力である (Campbell §398.2) .この *z は,同じ弱音節の環境で後に消失した.なお,ゲルマン祖語における a-stem の男性強変化屈折における複数主格語尾は強勢をもつ *-ôs であったため,*s は失われることなく,現在に至るまで複数標示の機能を担い続けている (Campbell §571) .つまり,feet と例えば stones のたどった形態上の歴史は,複数主格語尾に強勢がなかったか,あったかの違い(究極的には,印欧祖語で属していた屈折タイプの違い)に帰せられることになる.
 さて,*z が脱落すると,次は語末の *i も消失にさらされることになった.古英語以前の時期に,語末の弱音節における高母音 *i と *u は,直前に強勢のある長い音節がある環境で脱落した.いわゆる,High Vowel Deletion と呼ばれる音韻変化である.*fēti の *i はこの条件に合致していたために脱落することになった (Campbell §345) .
 (3) では一言で *-iz が脱落したと述べたが,実際には条件づけられた一連の音韻変化の連鎖によって順繰りに脱落していったのである.標題のような現代英語の「素朴な疑問」に対してできる限り満足のいく回答を得るためには,どこまでも歴史を遡らなければならない.

 ・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.

Referrer (Inside): [2015-06-07-1] [2015-05-31-1]

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2014-05-01 Thu

#1830. Y の名称 [y][alphabet][grapheme][i-mutation][pronunciation][gvs][ormulum]

 「#1825. ローマ字 <F> の起源と発展」 ([2014-04-26-1]) の記事で触れたように,ローマ字の <F>, <U>, <V>, <W>, <Y> はすべてセム・アルファベットの wāu に起源をもつ姉妹文字である.ラテン語からローマ字を譲り受けた英語を含めた多くの言語では,<y> はそれが表わす音価ゆえに <i> と結びつけられることが多いが,むしろ歴史的には <u> と縁が深い.<Y> と <U> が近しい姉妹文字であることは,ギリシア・アルファベットの第20字 upsilon の大文字がΥ,小文字がυであることからも見て取ることができるし,初期古英語で <u> = /u/ がウムラウト化した円唇前舌高母音 /y/ を表わすのに <y> をもってしたことからも知られる.後期古英語では,/y/ の円唇性が失われて /i/ となったため,<y> はむしろ <i> と結びつけられるようになった.
 <Y> と <U> の近さを感じさせるもう1つの点は,Y の名称のなかに隠されているかもしれない.英語で Y が [waɪ] と呼ばれる理由について定説はないが,Jespersen によれば,それは <Y> の字形が <U> の下に <I> を加えた字形であるという点と関係する.[uiː] が [wiː] となり,次いで大母音推移により [waɪ] へ変化したという(田中,pp. 183--84).
 OED によると,この文字の発音についての最初の言及は,1200年頃に書かれた Ormulum の l. 4320 にある IESOYS の第5文字目の上に現れる ƿı である.1513年には,G. Douglas の Virgil Æneid vii. Prol. 120 に,"Palamedes byrdis crouping in the sky, Fleand on randoune schapin lik ane Y." という押韻がみられる.また,16世紀後半には,より明確な記述がみられる.

1573 J. Baret Aluearie, Y hath bene taken for a greeke vowel among our latin Grammarians a great while, which me thinke if we marke well we shall finde to be rather a diphthong: for it appeareth to be compounded of u and i, which both spelled togither soundeth as we write Wy.
1580 W. Bullokar Bk. Amendm. Orthogr. 8 The olde name of :y: (which is wy).


 関連して,H の名称については「#488. 発音の揺れを示す語の一覧」 ([2010-08-28-1]) を,J の名称については「#1828. j の文字と音価の対応について再訪」 ([2014-04-29-1]) を,Z の名称については「#964. z の文字の発音 (1)」 ([2011-12-17-1]) および「#965. z の文字の発音 (2)」 ([2011-12-18-1]) を参照.

 ・ 田中 美輝夫 『英語アルファベット発達史 ―文字と音価―』 開文社,1970年.

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2013-12-15 Sun

#1693. 規則的な音韻変化と不規則的な形態変化 [entropy][phonetics][analogy][morphology][i-mutation]

 残念ながら,どの文献で読んだかは失念したが,「音韻変化は規則的に生じるが形態論に不規則性をもたらし,形態変化は不規則に生じるが形態論に規則性をもたらす」という謂いがある.音韻変化と形態変化(典型的には類推作用)の特徴をうまく言い表したものである.「#838. 言語体系とエントロピー」 ([2011-08-13-1]) の記事では,同じことを「形態論において,規則的な音声変化はエントロピーを増大させ,不規則的な類推作用はエントロピーを減少させる」と換言した(関連して,「#1674. 音韻変化と屈折語尾の水平化についての理論的考察」 ([2013-11-26-1]) も参照).
 具体例を1つ挙げよう.「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]) で取り上げたように,foot (sg.) vs feet (pl.) は現代英語では形態的に不規則ととらえられている.大部分の名詞が屈折形態素 {s} を付加するという規則で複数形を作ることに照らせば,確かに不規則といって然るべきである.しかし,この不規則性の由来を探ると,i-mutation と呼ばれる規則的な音韻変化に行き着く.規則的な過程であれば,その結果も規則的になるはずではないかと疑われるかもしれないが,音韻変化でいう規則性とは多くの場合条件つき規則性であるというのがミソである.foot -- feet の場合には,後続音節に前舌高母音 /i/ が含まれることが条件である.しかも,この /i/ が後に消失してしまうという,さらなる音韻変化が作用した結果,件の複数形は予想不可能な形態をもつに至ってしまった.以上をまとめれば,音韻変化の規則性とはあくまで条件つきの規則性であることが多く,さらにそのような音韻変化が複数重なることにより,実際上は予測不可能な形態に至ってしまうものなのである.これで,上記の謂いの前半部分「音韻変化は規則的に生じるが形態論に不規則性をもたらす」が説明される.
 次に,後半部分「形態変化は不規則に生じるが形態論に規則性をもたらす」に移ろう.foot -- feet と同様に,古英語では「本」を表わす bōc の複数(主格・対格)形は i-mutation の効果で bēc という形態だった.そのまま現代英語に伝わっていれば,*beech などとなっていたはずだが,この語に関しては類推 (analogy) の作用により,大多数の -s 複数形に呑み込まれ,中英語以降に books と「規則化」した.ここでは類推という典型的な形態変化の過程が結果として規則性をもたらしたことになるが,bōc には働き,fōt には働かなかったという意味で,単発的である.どの語に働くのか予測不可能なのであるから,その点では不規則である.
 規則的な音韻変化が形態論に不規則性をもたらし,その不規則性を部分的に修復するかのように,形態変化が不規則に作用する.音韻変化はさながら自然的,機械的,無意識的であり,形態変化はさながら人為的,選択的,意識的である,と対比できようか.このような相反する機構がシーソーのように繰り返し作動し,言語変化を駆動しているのだろう.
 音韻変化と形態変化の特性の対比について,タンバ (56) が似たようなことを述べている.時期と時間的長さという点においても,2つの変化の間に明確な対比があるという指摘は重要だろう.

音素は,規則的な音韻法則によって変化するが,その法則はある時期ある一定のあいだだけに適用されるものである.一方,形態素は不規則に変化し,その変化は時期,時間的長さによって限定されない.


 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.

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2013-11-21 Thu

#1669. longestlengest を置き換えたのはいつか? [hc][corpus][adjective][comparison][i-mutation][analogy]

 「#1649. longerleng(er) を置き換えたのはいつか?」 ([2013-11-01-1]) で,歴史的な i-mutation 形の比較級 leng(er) が,いつ類推形 longer に置換されたのかをコーパスによって調査した.今回は,同じ過程を経たと想定される最上級について同様の調査を施した結果を報告する.歴史的な i-mutation 形の最上級 lengest は,英語史のどの段階で類推形 longest に置換されたのだろうか.
 Helsinki Corpus で,語幹母音のヴァリエーションを念頭に置きつつ,両形を検索した.結果を通時的に整理すると以下のようになる.


LONGESTLENGEST
O100
O202
O3013
O403
M101
M200
M301
M401
E130
E240
E320


 比較級よりも例がずっと少ないが,傾向ははっきりしている.比較級の場合と同様に,E1 (1500--1570) が転換期となっている.もちろん,この少数の例のみで結論を急ぐことはできない.例えば,lōng (adj. (1)) の用例を参照すれば,後期中英語の15世紀の Higden's Polychronicon 訳において,"In Armeny..Ytaly and other regiones..the longeste day other ny3hte is but oonly of xv houres equinoccialle." として longest が確かに文証される.それでも,比較級のケースと通時的な分布が似ているということは,今回の結果を評価する上で,重要な点となるだろう.
 前回と同様,初期近代英語期 (1418--1680) の約45万語からなる書簡コーパスのサンプル CEECS (The Corpus of Early English Correspondence でも検索してみたが,2期に区分されたコーパスの第1期分 (1418--1638) から longest が1例ヒットしたのみだったので,ここから意味ある見解を引き出すことはできかった.

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2013-11-01 Fri

#1649. longerleng(er) を置き換えたのはいつか? [hc][corpus][adjective][comparison][i-mutation][analogy]

 現代英語の形容詞・副詞 long の比較級の形態は規則的な longer だが,古英語から中英語にかけては lenger (副詞としては leng も)のように語幹に前母音をもつ諸形態が用いられていた.ゲルマン祖語の比較級を表わす形態素 *-iþo が契機となって直前の語幹母音に i-mutation が生じ,本来の語幹の後母音が前母音へと変化した.その効果は,古英語 leng(ra) や中英語の leng(er) に現れている.
 ところが,原級は古英語でも中英語でも lang, long などと常に後母音を示していたので,やがて類推作用 (analogy) により比較級も原級に -er を付けるだけの規則的な形態を取るようになった.かつての i-mutation という音韻変化の効果が,類推という形態変化の効果により打ち消されたといえる.
 さて,類推により longer につらなる形態が現れたのがいつ頃のことかが気になったので,調べてみた.OED では longer として見出しは立っていないので,long の項で例文を探してみると,a1533 に longer が現れている.MED でも同じ事情だったので lōng (adj. (1)) の例文を探すと,a1400 (a1325) に langer が初出する.しかし,例文検索から得られる初出年の情報だけでは心許ない.
 一方,leng(er) の最終使用年代を調べるという逆方向の調べ方もしてみた.OED によると,副詞 leng の最終は Chaucer で c1386,形容詞・副詞の lenger は,副詞の用法としての Spenser の1590年が最終例だった.以上を総合すると,14--15世紀頃に longer が現れ,16世紀には歴史的な leng(er) を置き換えたという筋書きになりそうだ.
 だが,先に述べたように longer の見出しが立っていない以上,OED の例文に頼るのみで新旧形態の交代過程を結論づけるわけにはいかない.このような目的には,補助的に歴史コーパスが有用である.Helsinki Corpus により,ざっと新旧それぞれの異形態を拾い上げてみた.古英語では第2音節の r は原級の屈折形であることを考慮し,また取りこぼしや雑音混入の可能性にも気をつけたが,完璧ではないかもしれないことを断りつつ,以下に数字を示す.


LONGERLENG(ER)
O101
O2014
O3045
O407
M1014
M2021
M31126
M4325
E1116
E2190
E3460


 M3 (1350--1420) に longer が現れ,E1 (1500--1570) を最後に lenger が姿を消したことがわかる.1500年頃を境に新旧形態の立場が比較的急速に入れ替わったように見えるが,Helsinki Corpus も小規模なコーパスといわざるを得ないので,あくまで近似的な結論ととらえておく必要がある.だが,全体としてこの結果は OED からの証拠が示唆するところとおよそ同じであり,歴史辞書と歴史コーパスが互いに補完し合って結論を強めているといってよいだろう.
 さらに,手元にあった初期近代英語期 (1418--1680) の約45万語からなる書簡コーパスのサンプル CEECS (The Corpus of Early English Correspondence でも同様の検索を施した.約24万6千語を含む第1期分 (1418--1638) と約20万4千語を含む第2期分 (1580--1680) を区別して調べたところ,以下の通りとなり,やはりおよそ16世紀後半には古い lenger が廃れたといえそうだ.


LONGERLENG(ER)
CEECS1316
CEECS2370

Referrer (Inside): [2013-11-21-1]

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2013-08-31 Sat

#1587. 印欧語史は言語のエントロピー増大傾向を裏付けているか? [drift][unidirectionality][synthesis_to_analysis][entropy][i-mutation][origin_of_language]

 英語史のみならずゲルマン語史,さらには印欧語史の全体が,言語の単純化傾向を示しているように見える.ほとんどすべての印欧諸語で,性・数・格を始め種々の文法範疇の区分が時間とともに粗くなってきているし,形態・統語においては総合から分析へと言語類型が変化してきている.印欧語族に見られるこの駆流 (drift) については,「#656. "English is the most drifty Indo-European language."」 ([2011-02-12-1]) ほか drift の各記事で話題にしてきた.
 しかし,この駆流を単純化と同一視してもよいのかという疑問は残る.むしろ印欧祖語は,文法範疇こそ細分化されてはいるが,その内部の体系は奇妙なほどに秩序正しかった.印欧祖語は,現在の印欧諸語と比べて,音韻形態的な不規則性は少ない.言語は時間とともに allomorphy を増してゆくという傾向がある.例えば i-mutation の歴史をみると,当初は音韻過程にすぎなかったものが,やがて音韻過程の脈絡を失い,純粋に形態的な過程となった.結果として,音韻変化を受けていない形態と受けた形態との allomorphy が生まれることになり,体系内の不規則性(エントロピー)が増大した([2011-08-13-1]の記事「#838. 言語体系とエントロピー」を参照).さらに後になって,類推作用 (analogy) その他の過程により allomorphy が解消されるケースもあるが,原則として言語は時間とともにこの種のエントロピーが増大してゆくものと考えることができる.
 だが,印欧語の歴史に明らかに見られると上述したエントロピーの増大傾向は,はたして額面通りに認めてしまってよいのだろうか.というのは,その出発点である印欧祖語はあくまで理論的に再建されたものにすぎないからである.もし再建者の頭のなかに言語はエントロピーの増大傾向を示すものだという仮説が先にあったとしたら,結果として再建される印欧祖語は,当然ながらそのような仮説に都合のよい形態音韻論をもった言語となるだろう.
 実際に Comrie のような学者は,そのような仮説をもって印欧祖語をとらえている.Comrie (253) が想定しているのは,"an earlier stage of language, lacking at least many of the complexities of at least many present-day languages, but providing an explicit account of how these complexities could have arisen, by means of historically well-attested processes applied to this less complex earlier state" である.ここには,言語はもともと単純な体系として始まったが時間とともに複雑さを増してきたという前提がある.Comrie のこの前提は,次の箇所でも明確だ.

[I]t is unlikely that the first human language started off with the complexity of Insular Celtic morphophonemics or West Greenlandic morphology. Rather, such complexities arose as the result of the operation of attested processes --- such as the loss of conditioning of allophonic variation to give morphophonemic alternations or the grammaticalisation of lexical items to give grammatical suffixes --- upon an earlier system lacking such complexities, in which invariable words followed each other in order to build up the form corresponding to the desired semantic content, in an isolating language type lacking morphophonemic alternation. (250)


 再建された祖語を根拠にして言語変化の傾向を追究することには慎重でなければならない.ましてや,先に傾向ありきで再建形を作り出し,かつ前提とすることは,さらに危ういことのように思える.Comrie (247) は印欧祖語再建に関して realist の立場([2011-09-06-1]) を明確にしているから,エントロピーが極小である言語の実在を信じているということになる.controversial な議論だろう.

 ・ Comrie, Barnard. "Reconstruction, Typology and Reality." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 243--57.

Referrer (Inside): [2013-09-01-1]

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2013-05-07 Tue

#1471. golden を生み出した音韻・形態変化 [i-mutation][analogy][phonetics][analogy][suffix][waseieigo]

 今年もゴールデンウィークが終わった.日本語としての「ゴールデンウィーク」は,1951年の連休に上映された映画が正月や盆の興行よりもヒットしたことにちなんだ映画業界発の和製英語である.GW という略記法もすっかり一般化した感がある.
 さて,英語の golden は,名詞 gold の形容詞として認知されている.ただし,gold 自体も形容詞的に用いられ,派生形 golden はどちらかというと比喩的あるいは文語的に用いられることが多い.a gold coin (金貨)に対し,golden opportunity (絶好の機会)の如くである.和製英語ではあるが,上述の Golden Week も比喩的用法だろう.
 現代英語で材質を表わす形容詞接尾辞 -en は,ラテン語 -īnus,ギリシア語 -inos,サンスクリット語 -īna などの古典語にも同根がみられるほどの古い接尾辞だが,16世紀以降,上記のように基体の名詞がそのまま形容詞として用いられることが多くなり,現在では目立たない接尾辞となっている.例えば,earthen, wheaten, woolen などは健在だが,glassen, oaken, silken, silvern, tinnen などは古めかしいか文語的である.
 古英語の gylden (golden), stǣnen (of stone) という形態が示唆する通り,問題の接尾辞はさらに先立つ時代には高母音 i をもっており,直前の音節の母音に i-mutation を引き起こしたことは間違いない.それが,中英語において基体の gold, stone との音韻形態的な類推作用により母音が置換され golden, stonen を生み出した.これは,音韻変化により基体と派生形の差がいったん開いたものの,形態的な類推作用により再び形態が似通ってくるという言語変化に頻繁に観察される過程の好例だろう.なお,類推作用を経ずに伝わった gilden は16世紀に廃語となった.これと関連した別の発展による動詞 gild (金めっきをする)は,現在まで残っている.
 さて,古英語 gylden から i-mutation の作用を逆算すると,基体としての名詞は gulden となるはずだが,古英語では gold である.これは,古英語以前のゲルマン時代に,一般的に uo へと上げの音韻過程を経たためである.ただし,この音韻過程は n や高母音が後続する場合には阻止された.これは,古英語の強変化動詞第III類において,bunden では u が保たれているが,holpen では o へ上げが生じたことなども説明する (Hamer 14--15) .これにより古英語の名詞 gold に対し,形容詞 gylden (< *guldin) も理解されよう.

 ・ Hamer, R. F. S. Old English Sound Changes for Beginners. Oxford: Blackwell, 1967.

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2012-06-27 Wed

#1157. Welsh にみる音韻変化の豊富さ [phonetics][causation][i-mutation][suffix][germanic][dialect][grimms_law][gvs][compensatory_lengthening]

 授業などで,グリムの法則 (Grimm's Law; [2009-08-08-1]) や大母音推移 (Great Vowel Shift; [2009-11-18-1]) などの体系的(とみられる)音韻変化を概説すると,なぜそのような変化が生じたのかという素朴な疑問が多く寄せられる.音韻変化の原因については諸家の意見が対立しており,はっきりしたことは言えないのが現状である.しかし,英語でも日本語でも,その他のあらゆる言語でも,話者の気付かぬところで音韻変化は現在もゆっくりと進行中である.ゲルマン語史や英語史に限っても,多数の音韻変化が理論的あるいは文献的に認められており,グリムの法則や大母音推移は,とりわけ著名ではあるが,多数のうちの2つにすぎない.したがって,グリムの法則についての「なぜ」を問うのであれば,同じように無数の音韻変化の「なぜ」も問わなければならなくなる.音韻変化の原因論はおくとしても,音韻変化がいかに日常的であり,豊富であるかということは気に留めておく必要がある.
 例えば,現代英語 Welsh の発音を,ゲルマン祖語の再建形から歴史的に説明するには複数の音韻変化を前提としなければならない.そればかりか,ゲルマン祖語から古英語の West-Saxon 標準形である Wīelisc にたどり着くまでにも,5つもの音韻変化が関与しているのである (Hamer 34--35) .ゲルマン祖語形としては,語根 *walh に形容詞接尾辞 *-isk を付加した *walhisk が再建されている(対応する英語の接尾辞 -ish については,[2009-09-07-1]の記事「#133. 形容詞をつくる接尾辞 -ish の拡大の経路」を参照).

Proto-Germanic *walhisk to West-Saxon wielsc

 この図でいう "raising", "breaking", "sk > sc", "i-mutation", "loss of h and compensatory lengthening" が,それぞれの音韻変化に付けられた名称である.グリムの法則などと大仰な名前は付いていないが,それぞれが立派な1つの音韻変化である.
 話しはここで終わらない.古英語 West-Saxon 標準形の Wīelisc にたどり着いたが,この語形は中英語以降には伝わらなかった.現在の標準形 Welsh に連なるのは,この West-Saxon 形ではなく,Anglian や Kentish 形である.古英語 Anglia 方言では,breaking が起こらず,むしろ第1母音は æ から a へ回帰した.これが,後に i-mutation により再び æ へ上がり,中英語ではそこから発展した e, a などの異形が並立した.16世紀以降は,e の母音で固まり,現在の Welsh が一般的な語形として定着した.
 第2母音 i の消失については,古英語期に始まったらしいが,i の有無の揺れは中英語期にも激しかったようだ(MEDWelsh (adj.) を参照).なお,French も接頭辞 -ish の母音の省略された形態を伝えている([2009-10-09-1]の記事「#165. 民族形容詞と i-mutation」を参照).また,人名 Wallace, WallisWelsh の歴史的異形である.
 このように,ある語のある時代における発音を歴史的に説明するには,数多くの音韻変化の跡を追うことが必要となる.類例として,近代英語の father が印欧祖語よりどのように音声的に発展してきたかを示した[2010-08-20-1]の記事「#480. fatherヴェルネルの法則」も参照.

 ・ Hamer, R. F. S. Old English Sound Changes for Beginners. Oxford: Blackwell, 1967.

Referrer (Inside): [2017-02-14-1] [2013-08-12-1]

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