hellog〜英語史ブログ     前の月     次の月     最新     検索ページへ     ランダム表示    

hellog〜英語史ブログ / 2009-12

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

2009-12-31 Thu

#248. 「ウィメンズ」と「レディース」 [assimilation][dissimilation][language_change]

 [2009-12-29-1]の記事で,女性着は「レディース」か「ウィメンズ」かという問題に触れた.頻度としては「レディース」のほうが圧倒的だが,「ウィメンズ」を用いることの効用として,(1) 「メンズ」と韻を踏むので対比が強調されること,(2) 珍しいので広告的価値があること,が考えられる.特に (1) は,あえて「メンズ」と類似する形態を用いることがポイントであり,一種の同化作用 ( assimilation ) が働いているといえる.「ウィ」の有無という一点により女性着か男性着かの区別が付けられるようになり,言語表現の産出 ( production ) という観点からは,負担が少なくすむ.
 だが,言語表現の知覚 ( perception ) という観点からは,「ウィ」の有無のみに依存する差異というのは心許ない.「ウィ」の発音が弱かったり,周囲の雑音にかき消されたりする場合,そこだけに依存しているがゆえに,「メンズ」との区別が明確になされない,あるいは「メンズ」として誤解される危険がつきまとう.産出する側は「ウィ」の有無を意識的に制御するだけで区別がつけられるので利点は大きいが,知覚する側にとってはむしろ聞き間違えるというリスクが大きい.知覚の観点からは,「メンズ」と音声的・形態的に一致するところのない「レディース」を使ってもらった方が,聞き間違える心配がないのである.この場合,あえて異なる形態を用いて差異を明確にする異化作用 ( dissimilation ) が働いていることになる.
 言語表現を楽に産出しようとすれば,脳や口の回転の少ない,互いに似通った形態が好まれる.ここでは,いきおい assimilation の作用が優勢となる.一方,言語表現を知覚する立場からすると,あまり似通った形態ばかりだと,意味上の区別がつけられない,コミュニケーションが阻害される,といった弊害が生じることになる.効果的な知覚のためには,言語表現は互いにできるだけ異なっていたほうがよい.ここでは,いきおい dissimilation の作用が優勢となる.しかし,言語コミュニケーションにおいて産出と知覚は常にペアであり,一方を他方より優先させるわけにはいかない.
 assimilationdissimilation は互いに緊張関係にあり,綱引きをしあっている.この二つの作用が綱引きをしているという比喩は,言語変化についても言える.釣り合いを保とうとする天秤がシーソーのように上下して,なかなか静止しないのと同様に,言語変化においても二つの力が常に作用しているために,なかなか静止しない.言語が変化せずにいられないのは,一つには assimilationdissimilation が永遠の綱引きを競っているからである.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-30 Wed

#247. 「ウィメンズ」と female [etymology]

 昨日の記事[2009-12-29-1]で,women's /wɪmɪnz/ が日本語の発音としては「ウィメンズ」になってしまうことに触れた.日本語版のほうが,発音上「メンズ」と韻を踏むだけでなく,綴字上も韻を踏む ( eye rhyme ) ことになり,むしろ「メンズ」との対比が効果的とすらいえるかもしれない.
 「メンズ」に対して「ウィンズ」では,対比の効果が薄れるばかりか,[2009-12-06-1], [2009-12-07-1]で解説した母音変化の歴史など,共時的視点からすると規則性を乱しているにすぎないとも考えられるわけであり,こと外国語として英語を学ぶ日本語母語話者には受けないのかもしれない.日本語において「ウィミンズ」ではなく「ウィメンズ」が採用されていることは,(1) 押韻の保持,(2) 形態的平行性の保持,という二つの観点から説明できるように思われる.
 興味深いことに,この二つの観点は,female という英単語の語形を説明するのにも有効である.male に対して female というペアは,(1) 発音でも綴字でも韻を踏んでおり,(2) -male 部分に形態的平行性がみられるために規則的な印象を与えている.
 しかし,語源を探ると malefemale はまったく無関係である.male は,ラテン語 masculum が古フランス語において縮まり,14世紀に英語に入ってきた形態である.予想されるとおり,masculine と語源的なつながりがある.一方,female は,ラテン語 fēmellam が古フランス語において縮まり,同じく14世紀に英語に入ってきた形態である.malefemale で,<l> こそ指小辞の一部として形態的に関連があるが,語幹の <m> には語源的・形態的なつながりはない.その証拠に,英語へ借用された初期には femel(e), femelle など,male と異なる語幹母音字をもつ綴字がおこなわれていた.
 だが,male と連想づけたいと思うのが人情である.14世紀後半という早い段階で,male と韻を踏む female の例が確認されている.本来の語源的形態を曲げてでも,意味的に対照関係にある male と形態をそろえたいという人々の思いが実ったかのようである.
 male に対する female という語形の成り立ちは,「メンズ」に対する「ウィメンズ」という語形の成り立ちとまったく同じである.「ウィメンズ」ではなく「ウィミンズ」が正しい形態であり譲れないと主張する人は,同時に female ではなく femele が正しい形態であり譲れないと主張しなければ,自家撞着ということになる.

Referrer (Inside): [2017-01-29-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-29 Tue

#246. 男性着は「メンズ」だが,女性着は? [japanese_english][link][corpus]

 「レディース」と答える人が圧倒的ではないだろうか.英語でも,men's wear に対して ladies' wear というのが一般的である.ところが,先日,ユニクロの日替わりセールの広告で「ウィメンズ 3Dスキニージーンズ 1,490円」なる文言を見つけた.
 確かに,英語でも women's wear という表現はないではないし,むしろ mens' wear との対比が綴字上の eye rhyme として効果的に示されるという利点はあるかもしれない.ただ,[2009-12-06-1], [2009-12-07-1]で見たように,発音上は /mɛnz/ と /wɪmɪnz/ とでは韻を踏まない.
 一方,日本語では,綴字上も発音上も見事に韻を踏む.「メンズ」に対して,「ウィメンズ」と発音が日本語化するからである.無標の ( unmarked ) 「レディース」ではなく,あえて有標の ( marked ) 「ウィメンズ」を使うというのは,ユニクロの差別化戦略だろうか?
 英語の話しに戻るが,ladies' wearwomen's wear のように二つ(以上)の variants があり,どちらの使用頻度がより高いかの見当をつけたい場合に便利なウェブツールがある.英文校正サイト [NativeChecker]は「Web上に蓄積されている膨大な英文テキストを基盤とした,英語のネイティブチェックシステム」で,自然な英語表現のチェックに威力を発揮する.入力された英語表現のヒット数によって,その頻度や自然度も計れるので,今回のような問題に活用できる.
 これによると,ladies' wear のヒットは2,780,000件,women's wear のヒットは1,520,000件だった.前者のほうが,およそ倍近くの頻度を誇るようだ.およその見当付けとして活用したい.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-28 Mon

#245. 西暦2000年紀の英語流行語大賞 [lexicology][loan_word][ads][she]

 10年遅れの話題だが,年末ということで思い出したのでメモ.American Dialect Society では毎年,協会誌 American Speech にて英語の流行語大賞が発表されている.2000年には豪華なことに "1999 words of the year", "words of the decade", "words of the century", "words of the millennium" が一気に公表された.
 その年の流行語大賞がその一年の社会の変化を振り返るのにうってつけであるのと同様に,10年,100年,1000年というスパンでの「流行語」を顧みることは,社会の歴史を振り返るのにうってつけである.以下は,大賞にノミネートされた語句である.受賞語句には * を付してある.

・Words of the Decade

 e-
 ethnic cleansing
 * Web
 Franken --- Genetically modified, as in Frankenfood
 senior moment
 way --- very

・Words of the Century

 teenager
 * jazz
 T-shirt
 modern
 DNA
 media
 acronym
 teddy bear
 World War
 cool
 melting pot

・Words of the Millennium

 science
 freedom
 news
 justice
 truth
 nature
 history
 human
 book
 language
 go
 the
 government
 OK
 * she

 millennium の単位になると,ノミネートの基準も分かるような分からないような,である.語彙史的には,特に go, the, そして受賞した she が気になるところである.いずれもゲルマン系の超基本語であり,この形態・機能に落ち着くまでにある程度の時間のかかった語である.確かに歴史を背負った語といってよい.
 ちなみに "Words of the Millennium" にノミネートされた15語のうち,間違いなく英語の本来語といえるものは freedom, truth, book, go, the の5語のみであり,他は借用語である.このことは,1500年余の英語の語彙史を象徴しているように思える.

 ・American Speech 75.3 (2000): 323--24 (in "Among the New Words").

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-27 Sun

#244. 綴字の英米差のリスト [ame_bre][spelling]

 [2009-12-23-1]で綴字の英米差に触れたが,今回はもっと豊富に例を挙げ,後に再利用が可能となるようにリストの形でまとめておきたい.以下の対照表は,Davies (84--90) が The Shorter Oxford English DictionaryThe American Heritage Dictionary of the English Language のそれぞれから,英米での典型的な綴りをえり抜いたものである.語尾に+マークのあるものは,他方の綴字も比較的低い頻度ではあるが用いられうることを示す.

USUK
abridgmentabridgement
accoutermentaccoutrement
acknowledgmentacknowledgement
adapter +adaptor
agingageing
aluminumaluminium
amebaamoeba +
analyzeanalyse
anestheticanaesthetic
apologize +apologise
appallappal
appetizer +appetiser
arborarbour
ardorardour
armorarmour
armorerarmourer
armoryarmoury
artifactartefact
authorize +authorise
behaviorbehaviour
behoovebehove
calipercalliper
calisthenicscallisthenics
canceledcancelled +
candorcandour
capitalize +capitalise
catalogcatalogue
centercentre
chamomilecamomile
check (bank)cheque
checkerboardchequer-board
chilichilli
civilization +civilisation
civilize +civilise
clamorclamour
clangorclangour
clarinetistclarinettist
colorcolour
counselorcounsellor
cozycosy
curb (on a street)kerb
czartsar
defensedefence
demeanordemeanour
dependent (noun)dependant
dialingdialling
diarrheadiarrhoea
diskdisc
distilldistil
dolordolour
draftdraught
economize +economise
enamorenamour
endeavorendeavour
enrollenrol
enthrallenthral
equalize +equalise
favorfavour
favoritefavourite
favoritismfavouritism
fervorfervour
fiberfibre
flavorflavour
fulfillfulfil
furorfurore
gagegauge +
gemologygemmology
graygrey +
harborharbour
harmonize +harmonise
honorhonour
honorablehonourable
humorhumour
initialize +initialise
inquiry +enquiry
installmentinstalment
instillinstil
jailjail/gaol
jewelerjeweller
jewelryjewellery
judgmentjudgement
laborlabour
licenselicence
literlitre
maneuvermanoeuvre
marvelousmarvellous
memorize +memorise
misdemeanormisdemeanour
mobilize +mobilise
moldmould
moldingmoulding
mommum
mustachemoustache
naughtnought
neighborneighbour
neighborhoodneighbourhood
normalize +normalise
odorodour
organize +organise
pajamaspyjamas
paralyzeparalyse
parlorparlour
pasteurize +pasteurise
peddler +pedlar
percentper cent
persnicketypernickety
plowplough
polarize +polarise +
practice (verb)practise
pretensepretence
programprogramme
pulverize +pulverise
rancorrancour
realize +realise
recognize +recognise
rigorrigour
rumorrumour
savorsavour
savorysavoury
skepticsceptic
skillfulskilful
specterspectre
spilledspilt
splendorsplendour
story (of a building)storey
succorsuccour
sulfursulphur
symbolize +symbolise
sympathize +sympathise
theatertheatre +
tiretyre
travelertraveller
tumortumour
utilize +utilise
valorvalour
vaporvapour
vaporize +vaporise
vigorvigour
vise (tool)vice
willfulwilful
worshiperworshipper


 ・Davies, Christopher. Divided by a Common Language: A Guide to British and American English. Mayflower, 1997. Boston: Houghton Mifflin, 2007.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-26 Sat

#243. phonaesthesia と 現在・過去 [sound_symbolism][phonaesthesia][phonetics][conjugation]

 昨日の記事[2009-12-25-1]で,前舌・高母音が「近い,小さい」を,後舌・低母音が「遠い,大きい」を示唆するという英語の phonaesthesia を話題にした.
 認知科学では,空間的な「遠近」と時間的な「遠近」が関係していることは広く認められている.前舌・高母音は "here-me-now" を,後舌・低母音は "there-you-then" を象徴するという.時間の遠近の phonaesthesia についても,Smith 先生のお気に入りの例があるので紹介したい.
 その例というのは Prokosch からの引用にもとづいたものであり,以下は孫引きとなるが,Smith 先生の論文より再掲する.

American nursery talk offers an amusing illustration. A little steam train tries to climb a hill and says cheerfully, 'I think I can, I think I can.' But the hill is too steep, the poor little engine slides back and says sadly, 'I thought I could, I thought I could.' The front vowels [ɪ æ] aptly characterize the active interest in the successful performance, the back vowels [ɔ ʊ] the melancholy retrospect to what might have been. (Prokosch 122 qtd in Smith 13)


 不規則変化動詞の母音交替 ( Ablaut or gradation ) を観察してみると,現在形と過去形に現れる母音が前舌母音と後舌母音の対応を示している例が少なからずある ( Smith 14 ).特に,大母音推移以前の発音を想定すると,この傾向がよりよくわかるだろう.

現在形過去形
writewrote
bindbound
bearbore
treadtrod
shakeshook


 phonaesthesia は音と意味の関係の傾向にすぎない.例外を探せばいくらでも挙げられるだろう.だが,複数の variants が競合している環境で,ある variant が選ばれることになった場合,その選択を左右するパラメータの一つになりうるということは議論できるのではないだろうか.

 ・Prokosch, Eduard. A Comprehensive Germanic Grammar. Philadelphia: Linguistic Society of America, 1939.
 ・Smith, Jeremy J. "Phonaesthesia, Ablaut and the History of the English Demonstratives." Medieval English and its Heritage. Ed. Nikolaus Ritt, Herbert Schendl, Christiane Dalton-Puffer, and Dieter Kastovsky. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2006.

Referrer (Inside): [2015-05-28-1] [2010-01-10-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-25 Fri

#242. phonaesthesia と 遠近大小 [sound_symbolism][onomatopoeia][phonaesthesia][phonetics]

 Glasgow 大学の恩師 Jeremy J. Smith 先生のお気に入りの話題の一つに sound symbolism がある.sound symbolism には onomatopoeiaphonaesthesia があり,後者については[2009-11-20-1]で触れた.
 本来,音それ自身は意味をもたないが,ある音や音の連鎖が特定の概念,あるいはより抽象度の高い印象,と結びつくことがある.この結びつきのことを phonaesthesia と呼ぶ.これは言語ごとに異なるが,言語間で共通することも多い.英語では,前舌母音や高母音は「近い,小さい」印象を,後舌母音や低い母音は「遠い,大きい」印象と結びつくことが多い.例えば,遠近の対立は以下のペアにみられる.

近い遠い
meyou (sg.)
weyou (pl.)
herethere
thisthat
thesethose


 大小の対立については,Pinker (162--63) から説明とともに例を引こう.

When the tongue is high and at the front of the mouth, it makes a small resonant cavity there that amplifies some higher frequencies, and the resulting vowels like ee and i (as in bit) remind people of little things. When the tongue is low and to the back, it makes a large resonant cavity that amplifies some lower frequencies, and the resulting vowels like a in father and o in core and in cot remind people of large things. Thus mice are teeny and squeak, but elephants are humongous and roar. Audio speakers have small tweeters for the high sounds and large woofers for the low ones.



 ・Pinker Steven. The Language Instinct. New York: HarperCollins, 1994. Harper Perennial Modern Classics. 2007.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-24 Thu

#241. Caxton の英語印刷は1475年 [caxton][printing]

 昨日の記事[2009-12-22-1]で取りあげた二つの英語史まとめサイトの記述で,Caxton の印刷術導入に関する年号が,一方では1475年,他方では1476年となっていた.今回は,この点についてコメント.
 英語史上のみならずイングランド文化史上に名を残した William Caxton は,1422年頃に England は Kent で生を受けた.[2009-09-02-1]でも触れたとおり,彼は現在のベルギーの Brugge に30年以上滞在し,Flanders と Holland を含む一帯の商人の棟梁として長らく影響力を誇っていた.
 その間に文学への関心を深め,1769年から1771年にかけて Raoul Le Fèvre の Recueil des histoires de Troye を英訳した.ちょうどこの時期に彼は Cologne で印刷術を学んでおり,Brugge に戻ると印刷所を設立し,1475年に英訳 The Recuyell of the Historyes of Troye を印刷した.史上初の英語の印刷物である.
 翌1476年には,もう一つのフランス語からの英訳書である The Game and Playe of the Chesse を Brugge で出版したが,その年の末に England へ戻り,Westminster に印刷所を設立した.England 初の印刷所である.
 Caxton は後に,Chaucer の Canterbury Tales (1478? and 1484?), John Gower の Confessio amantis (1483), Sir Thomas Malory の Le Morte d'Arthur (1485) など,著名な英文学作品を数多く印刷し,自らの翻訳書も印刷した.1491年に London で亡くなるまでに,Caxton は約100本の印刷物を世に出した.
 以上より,次のことが分かるだろう.

 ・1475年 = 英語の印刷物が初めて現れた年
 ・1476年 = England に印刷所が初めて現れた年

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-23 Wed

#240. 綴字の英米差は大きいか小さいか? [ame_bre][spelling][webster]

 英語の英米差,とくに綴字の英米差は,授業で自由レポートなどを課すと人気のある話題である.以下のような対照表が示されることが多い.

アメリカ英語イギリス英語
color, humorcolour, humour
center, litercentre, litre
defense, offensedefence, offence
traveler, traveledtraveller, travelled
ameba, anestheticamoeba, anaesthetic


 そして,辞書編纂者 Noah Webster (1758-1843) を引き合いに出してアメリカ英語の綴字改革の話をするのが,この話題の定番である.
 もちろん上の表は綴字の英米差の一部を示したに過ぎないとはいうものの,比較的短い表の形でまとめられるということは,そもそも差が少ないことの証拠である.むしろ,地理的にもおおいに離れており,枝分かれして400年近くもの歳月が流れているにもかかわらず,これだけしか差がないということは驚きである.
 英米差はとかく強調されがちだが,実際には差は僅少であるという見方は,[2009-12-21-1]で触れた Krapp に顕著である.Krapp はアメリカ英語の歴史をイギリス英語の歴史から独立させて記述することをよしとしない態度を一貫してとっている.綴字の差についても「みんな騒ぎすぎだ」という意見のようである.

On the whole, Americans, like the British, have been conservative in their treatment of spelling, and the notion that American spelling is radical and revolutionary seems indeed to be mainly a survival from eighteenth and early nineteenth century political feeling. (Vol. 1, 328)


 ・Krapp, George Philip. English Language in America. 2 vols. New York: Century, 1925.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-22 Tue

#239. オーストラリア発,英語史のアンチョコ集 [link][periodisation]

 Wovreはオーストラリア発の大学生コミュニティサイト.大学の授業の講義ノートのまとめサイトというか,試験直前のアンチョコ集というか,そのようなコンテンツを収集している.オーストラリアやニュージーランドの大学生が加盟(?)しているようで,英語史に関するものも二つ見つかった.

 ・Language Acquisition and Change --- History of English: 英語史を5分で総復習といった風.
 ・Language Change --- Timeline: 表の形式で英語史をざっくりと一望.

 時代区分(periodisation)の観点からは,偶然にも上記二つの「英語史」はともに8区分である.ただし,英語がブリテン島に持ち込まれた5世紀以降だけを考えると,前者が7区分,後者が6区分である.前者では,16世紀以降はおよそ1世紀刻みの区分となっている.多かれ少なかれ時代区分は恣意的である以上,1世紀刻みというのは,むしろわかりやすい区分かもしれない.
 いずれも試験前の大学生のために要点をまとめたという感じがよく出ている.授業を受けた学生なら「へぇ,便利」と思うに違いない.だが,当然ながらまとめアンチョコなので情報は断片的であり,決して体系的ではない.
 良質なアンチョコを作るには,通史を記述するのと同じくらいのセンスが必要ではないだろうか.「英語史のアンチョコ」にはいつかトライしてみたい.

Referrer (Inside): [2009-12-24-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-21 Mon

#238. 英語史における causation の追究 [ame][historiography][causation]

 古典的なアメリカ英語史を著した Krapp は,アメリカ英語の発音の性質がアメリカ人の気質に帰せられるとする種々の俗説をばっさりと切り捨てている.アメリカ英語の特質を生み出した要因は最終的にはどこかに求められるはずだとは認めつつも,茫洋として判明できないのだから,前段階からの継承 ( inheritance ),すなわちイギリス英語からの遺産とみなすのが歴史家として賢明な態度ではないかという.歴史における「なぜ」を追究する causation の議論において,最終的な原因を突き止めることは難しいが,知りうる限りの文献学的証拠からもっともありそうな継承の仮説を立てて記述しようとする科学的な態度が透徹している.

Especially in speech covering short chronological periods, as is the case in comparing British and American speech, one may more hopefully look to inheritance than to ultimate causes in seeking to account for the traits which present themselves. Inheritance obviously will not explain everything, since what is inherited must ultimately have had a determining cause, must have had an origin; but if one cannot discover ultimate origins, the historia, at least, can content himself with transmissions. (Vol. 2, 22--23)


If one did not fear to affirm a universal positive, one might say that in every case the distinctive features of American pronunciation have been but survivals from older usages with were, and in some instances still are, to be found in some dialect or other of the speech of England. (Vol. 2, 28)


The student who would explain American speech as derived from British speech has an inexhaustible store of variations to draw upon, and it is only when the probabilities in all directions have been exhausted that one may turn to the theory of independent and original development of speech sounds in America. (Vol. 2, 29)


 全体として Krapp は,アメリカ英語をイギリス英語の延長線上に位置づけており,アメリカ語 ( the American language ) を認めない立場である.この点,もう一つのアメリカ英語史の古典 The American Language を著した Mencken とは態度が異なる.

 ・Krapp, George Philip. English Language in America. 2 vols. New York: Century, 1925.
 ・Mencken, H. L. The American Language. Abridged ed. New York: Knopf, 1963. 194.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-20 Sun

#237. 英語史の時代区分の歴史 (6) [periodisation]

 [2009-12-19-1]で見たように,Sweet の Old English, Middle English, Modern English の三区分は,現在に至るまで英語史に強い影響を及ぼしている.Sweet はこの三区分をさらに細分化した八区分のバージョンをも唱えている.後者は,各時代を代表する作家名あるいは作品名を添えているのが特徴である.

Period Prototype Range
Early Old English Alfred 700--900
Late Old English Ælfric 900--1100
Transition Old English Laȝamon 1100--1200
Early Middle English Ancrene Riwle 1200--1300
Late Middle English Chaucer 1300--1400
Transition Middle English Caxton 1400--1500
Early Modern English Shakespeare 1500--1650
Late Modern English no prototype 1650--


 この八区分の特徴は,Old English の最後期,Middle English の最後期として,"Transition" という時期を設定していることである.これは,言語変化は連続体であり,ある段階の言語を明確に一つの時代区分へと落とし込むことは本質的に不可能であるとの Sweet の認識を示唆している.
 とはいえ,この八区分がもとの三区分を基礎にしていることは明らかであり,事実上 "triadomany" の伝統に沿っているとみなして差し支えないだろう.下位レベルで Early, Late, Transition とさらに三分割していることは,むしろ "triadomany" を強化しているとすら言えるかもしれない.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Page 16.

Referrer (Inside): [2012-06-13-1] [2011-04-19-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-19 Sat

#236. 英語史の時代区分の歴史 (5) [periodisation]

 Morris の英語史の六区分[2009-12-18-1]は一般には広まらなかった.英語史の時代区分について後世に強い影響力を及ぼしたのは,Sweet だった.Sweet は1871年,従来の Anglo-Saxon に代えて Old English という呼称を導入した.

I use 'Old English' throughout this work to denote the unmixed, inflectional stage of the English language, commonly known by the barbarous and unmeaning title of 'Anglo-Saxon' (v, n. 1)


 Old English という呼称の確立によって,Old English, Middle English, Modern English という三区分が不動のものとなった(Sweet, Grammar §594) .これが現在にまで伝わる "canonical" な英語史の時代区分である.その特徴は以下の如くである.

 Old English: "period of full endings" (e.g. mōna, sunne, sunu, stānas).
 Middle English: "period of levelled endings" (e.g. mōne, sunne, sune, stōnes).
 Modern English: "period of lost endings" (moon, sun, son, stones).

 こうして,英語史の時代区分は再び "triadomany" の伝統へと回帰したのである.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Pages 14--16.
 ・Sweet, Henry. King Alfred's West-Saxon Version of Gregory's Pastoral Care. EETS os 45. London: OUP, 1871.
 ・Sweet, Henry. A New English Grammar, Logical and Historical. Vol. 1. Introduction, Phonology, and Accidence. Oxford: Clarendon, 1891.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-18 Fri

#235. 英語史の時代区分の歴史 (4) [periodisation]

 19世紀後半には,英語史の新しい時代区分が何度か試みられた.そのうちの一つが,Morris (48--56) の五区分(実質的には六区分)案である.ここでは Grimm 以来の "triadomany" の呪縛から解き放たれている.Morris は各区分に呼称をあてがうのを避け,数字で順番付けた.Morris の提案で注目すべきは,言語的な基準による区分を試みたことである.以下は,Morris の区分を Lass (15) が要約したものである.

Period Range Defining Characters
1st Period 450--1100 "Synthetic" rather than analytic, gender, noun declension, infinitive in -an, past participle prefix ge-, etc.
2nd Period 1100--1250 Final -a, -o, -u levelled in -e, article > þe, -es plurals begin to substitute for weak -en; "confusion" in gender leading to some merger, loss of infinitive -n.
3rd Period 1250--1350 Still some article inflexions, increasing gender confusion, -en/-es often "indiscriminately" in noun plurals, loss of dual, present participle in -inge.
4th Period 1350--1460 Ic(h) > I, dative and accusative pronouns merge in old dative (him/hine > him, etc.), loss of infinitive marker, rise of they, their, them
5th Period (1) 1460--1520 None are given.
5th Period (2) 1520--Present None are given.


 従来の3区分よりもきめ細かな区分を必要としたことは,言語変化が連続体であることをより強く認識したがゆえだろう.また,"Defining Characters" の欄に示されている言語的基準は決して体系的ではないものの,客観的な基準を立てようとした点は評価すべきだろう.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Page 15.
 ・Morris, Richard. Historical Outlines of English Accidence. London: Macmillan, 1882.

Referrer (Inside): [2012-08-01-1] [2009-12-19-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-17 Thu

#234. 英語史の時代区分の歴史 (3) [periodisation]

 [2009-12-15-1], [2009-12-16-1]で見たように,Grimm によってドイツ語史に当てはめられた三区分の原則は,英語史にも波及することになった.だが,それ以前にも,英語の古い段階を指す呼称は存在していた.16,17世紀に古い英語に対する関心が喚起されたとき,人々は今でいう古英語を指して Anglo-Saxon 「アングロサクソン語」と呼んだ.この呼称は現代でもときどき聞かれる.次に Anglo-Saxon と言い切るにはあまりに言語的に異なっており,かといって近代期の英語とも異なっている段階の英語を指す,範囲の曖昧な呼称として Semi-Saxon が用いられた.
 16,17世紀以来,Anglo-Saxon と Semi-Saxon という時代区分の呼称が長らく使われてきたが,1839年に Wright が Middle English という用語を新たに導入した.Wright のいう Middle English は,現在 Middle English として理解されている時代の後期を指していたようである.

The form of our language during the twelfth and the first half of the thirteenth century is generall termed Semi-Saxon; from that period to the time of the Reformation it has received from modern philologists the name of Middle English (Wright 107 cited in OED, s.v. English B. sb. 1a).


 こうして Anglo-Saxon, Semi-Saxon, Middle English という時代区分の呼び名が用いられたが,早くも19世紀後半には別の時代区分が次々と提案されることとなった.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Page 14.
 ・Wright, Thomas. Literature and language under the Anglo-Saxons. 1839.

Referrer (Inside): [2016-12-07-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-16 Wed

#233. 英語史の時代区分の歴史 (2) [periodisation][germanic][unidirectionality][speed_of_change]

 昨日の記事[2009-12-15-1]で,Grimm が言語史の時代区分における "triadomany" の嚆矢だったことに言及した.彼によりドイツ語史が Old High German, Middle High German, New High German へ三区分される伝統が確立したが,ここには,単に三つの時代が時系列に沿って並列されたということ以上に,重要な言語変化に関する含みがあった.それは,言語変化は方向性 ( directionality ) をもっており,その変化の速度は時代が進むにつれて遅くなってきているという主張である.Grimm の弟子の一人である Förstemann は次のように述べている.

die Veränderung der deutschen Sprache zwischen dem 9. und 13. Jarhundert durchschnittlich eine etwa dreimal so große Schnelligkeit besessen hat als zwischen dem 13. und 19. Jahrhundert, daß also das Sprachleben in jener Zeit etwa dreimal so stark war als in dieser. (84)


 平均すると 9 -- 13 世紀の言語変化は 13 -- 19 世紀の言語変化よりも3倍速く,後者は現代の言語変化よりも3倍速いということになる.ここにも「三倍」が現れており,"triadomany" の気味が濃厚である.そもそも言語変化のどの側面を比べて三倍なのか,言語変化の速度を数値化できるのか,いろいろと疑問が生じる.だが,ここで何よりも重要なのは,Grimm にせよ Förstemann にせよ,言語変化の方向性を前提としていることである.言語変化の速度を考慮している以上,ある方向に動いているということが前提にあるはずである.
 だが,言語変化はある一定の方向に進む ( unidirectional ) ものなのだろうか? ここには,言語変化論の大きな問題が含まれている.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Page 13.
 ・Förstemann, Ernst. "Über die numerischen Lautverhältnisse im Deutschen." Germania: Neues Jahrbuch der Berlinischen Gesellschaft für deutsche Sprache und Alterthumskunde 7 (1846): 83--90.

Referrer (Inside): [2009-12-17-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-15 Tue

#232. 英語史の時代区分の歴史 (1) [periodisation][germanic]

 [2009-10-02-1]の記事でアメリカ英語の歴史の三区分を紹介したときに,「言語史家を含め,歴史家は三区分するのが好きなようで」あり,三区分は「言語の進化を強く意識した19世紀のモダニズム的発想」であると述べた.(イギリス)英語史も慣習的に Old English, Middle English, Modern English ( Present-day English を含めて )と三区分されるし,三区分の背景には何かがありそうである.Lass が "triadism" 「三区分主義」あるいは "triadomany" 「三区分病」と呼んでいる考え方が,どのように言語の時代区分の議論に入り込んできたかを考えてみたい.今後数回の記事は Lass の論文に沿った要約ノートの体裁になると思われるので,先に断っておく.
 "triadomany" の開始は,ゲルマン比較言語学の大家 Jacob Grimm に帰せられる.グリムの法則(grimms_law)で有名なこのドイツのロマン主義者は,Gesetz der Trilogie 「三部作の法則」の信奉者であり,ドイツ語の歴史を Althochdeutsch "Old High German" , Mittelhochdeutsch "Middle High German", Neuhochdeutsch "New High German" と三区分した.この考え方が,英語を含む他のゲルマン諸語にも適用された.
 Grimm (274) は,言語史の時代区分のみならず,言語そのものに「三つ組」が満ちていると考えた.

男性女性
単数双数複数
人称一人称二人称三人称
能動態中動態受動態
時制現在過去未来
屈折a-stemi-stemu-stem


 しかし,ここには欺瞞がある.[2009-10-26-1]で見たように,ゲルマン語には形態的に未来時制はない.また,屈折クラスとしては,他にも ō-stem や各種の consonant-stem もある(特に前者は主要なクラスである).それでも,Grimm は「三」の力を強く信じていたのである.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Page 12.
 ・Grimm, Jacob. Geschichte der deutschen Sprache. Leipzig: Hirzel, 1848.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-14 Mon

#231. 言語起源論の禁止と復活 [origin_of_language]

 言語の起源は闇に包まれている.[2009-06-08-1]で触れたように,今から10万年ほど前に発生したとのではないかと言われているが,なぜどのように発生したかについては憶測の域を出ない.憶測は人間の想像力の及ぶかぎりに広がるもので,言語の起源に関しては,過去に幾多の珍説が提唱されてきた.珍説の例を挙げれば,オウムのまねをした説,箱船で知られる Noah の母語が最初の言語であり中国語だったとする説,等々.
 言語起源論はもっとも強く人々を惹きつけてきた論争の一つであるが,そもそも科学的に証明が不可能であることからすべての議論は不毛であるとして,1866年,フランスの言語協会は一切の言語起源論の禁止を宣言した.1893年には,アメリカ人言語学者の William Dwight Whitney も次のように述べている.

No theme in linguistic science is more often and more voluminously treated than this . . . nor any . . . with less profitable result in proportion to the labour expended; the greater part of what is said and written upon it is mere windy talk, the assertion of subjective views which commend themselves to no mind save the one that produces them, and which are apt to be offered with a confidence. This has given the whole question a bad repute among sober-minded philologists. (279)


 このように,言語起源論は言語学の分野ではタブーとされるようになったが,近年,再び議論が復活してきている.Aitchison の考察によれば,これには二つの理由があるという.一つは,宗教的な独断主義が衰退してきていることである.従来は,立派な学者ですら,神がアダムを作り,アダムに言語を与えたとする聖書の教条に真っ向から対立することを避けようとする傾向があった.しかし,現代における宗教観の薄まりとともに,聖書に背反する「後ろめたさ」も減じてきており,進化論に基づくヒトと言語の起源論が取り上げやすくなってきたのだという.
 もう一つの理由は,他の動物との比較におけるヒトの研究が進展してきていることである.19世紀には知り得なかった人類学の最新の知見に基づき,新たな言語起源論の模索が始まりつつあるということだろう(see [2009-10-04-1]).
 珍説度は上記のものより劣るだろうが,言語学の教科書で取り上げられることの多い言語起源説については,The Origin of Languageによくまとめられている.

 ・Aitchison, Jean. The Seeds of Speech: Language Origin and Evolution. Cambridge: CUP, 1996. 4--7.
 ・Whitney, W. D. Oriental and Linguistic Studies. Vol. 1. New York: Charles Scribner's Sons, 1893.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-13 Sun

#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か? [writing][register][medium]

 英語の variety を決めるパラメータの一つに medium媒体」があることは,[2009-12-10-1]の記事で述べた.人間の言語の主要な媒体としては,話しことば ( speech or spoken language ) と書きことば ( writing or written language ) の二種類がありうる.前者は聴覚に,後者は視覚に訴えかけるのを特徴とする.視覚に訴えかけるもう一つの媒体として,[2009-07-16-1]で触れた「手話言語」 ( sign language ) があるが,今回は議論から外す.
 従来,話しことばと書きことばは明確に対置されてきた.このブログで何度か取り上げている発音と綴字の乖離の問題も,話しことばと書きことばが独立した存在であり,ときに相反することすらあることを例証している.また,聴覚依存か視覚依存かという区別は,物理的・生理的に明確な区別であり,この対置は自然のことのように思われる.
 しかし,言語コミュニケーションの送り手と受け手の間の関係が近いか遠いかという「コンセプト」の観点からすると,話しことばと書きことばの境は必ずしも明確でないことに気づく.例えば,講演の言語は口頭でなされるが,書きことばに匹敵する「遠いことば」 ( Sprache der Distanz ) である.逆に,チャットは文字を通じてなされるが,話しことばに匹敵する「近いことば」 ( Sprache der Nähe ) である.Koch and Oesterreicher は mediumconcept を掛け合わせた以下のようなモデルを提唱した.(以下の図は,高田氏の改変を私がさらに改変したものである.)

Koch and Oesterreicher's Medium Model

 このモデルは,(英語)歴史言語学の方法論に示唆を与えてくれる.過去の言語を復元しようとする営みにおいて最大の壁は,話しことばの証拠を直接に得ることが難しいことである.レコーダの出現以前の話しことばを復元するには,現在にまで残っている書きことばの資料を手がかりにして間接的に話しことばを復元するという方法しか残されていない.だが,Koch and Oesterreicher のモデルで明らかなように,書きことばでも話しことば性の高い variety は存在する.そのような書きことば variety に依拠することで,過去の話しことばに接近することが可能ではないか.話しことばと書きことばの対立は,従来いわれてきたほど絶対的なものではないと考えられる.

 ・ 高田 博行 「歴史語用論の可能性 --- 甦るかつての言語的日常」 『月刊言語』386巻12号,2009年,68--75頁.
 ・ Koch, Peter and Wulf Oesterreicher. "Sprache der Nähe -- Sprache der Distanz: Mündlichkeit und Schriftlichkeit im Spannungsfeld von Sprachtheorie und Sprachgeschichte." Romanistisches Jahrbuch 36 (1985): 15--43.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-12 Sat

#229. recognizewomen [pronunciation][spelling][phonetics]

 現代英語において発音と綴字の関係がずれていることは,本ブログでも再三再四とりあげてきた話題だが,その中でも <o> と /ɪ/ のマッチングがいかに珍妙であるかは[2009-05-13-1], [2009-12-06-1], [2009-12-07-1]で語った.
 このマッチングを体現する唯一の例として women /wɪmɪn/ を挙げたが,実は「唯一」ではない.多くの辞書で recognize は /ˈrɛkəgˌnaɪz/ と発音されるとあるが,一部 /ˈrɛkɪgˌnaɪz/ の発音を挙げている辞書がある(ex. Merriam-Webster Online Dictionary).第一音節の母音が前舌母音であるため,続く /k/ が前寄りの調音になり,さらに続く第二音節の問題の母音にも前寄りの影響を与えたということになるのだろう.
 ただ,recognize における <o> と/ɪ/ のマッチングは,(1) 発音の変異の一つにすぎないこと,(2) 弱音節にみられるにすぎないことから,women のケースの明確さには及ばない.やはり,この異常なマッチングの唯一頼れる体現者は women といってしかるべきだろう.

Referrer (Inside): [2010-11-13-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-11 Fri

#228. 英語変種のモデル (2) [variety][idiolect][elf][model_of_englishes]

 昨日の記事[2009-12-10-1]に引き続き,英語変種のモデルを掘り下げる.
 [2009-12-10-1]で示したモデルによれば,英語話者がある状況において用いる変種 ( variety ) は,"the common core" と六つのパラメータの値で記述できる.逆にいえば,"the common core of English" に六つのパラメータの値を掛け合わせると,ある一つの変種が定まる.
 だが,このように定まった変種の内部においても,まだ変種は現れうる.例えば,同じ話者が同じ環境・文脈で,意味的・語用的な差を含めずに,二つ以上の表現を選択肢としてもつ場合がある.Quirk et al. (30) は次のような例を挙げている.

He stayed a week or He stayed for a week
Two fishes or two fish
Had I know or If I had known


一方が他方よりも形式的である,などということが統計的にはあり得るかもしれないが,それほど明確な差ではない.この場合,六つのパラメータによって定められた変種の内部に,ミクロなレベルでの変種が潜んでいること ( varieties within a variety ) を示唆する.このミクロな変種内の構造は,以下のようにモデル化されている.

Varieties within a Variety

 ある一つの変種,例えば,イギリスの標準英語で,英語史の講義を口頭で比較的インフォーマルな言葉遣いおこなっている場合の英語変種を想定しよう.英語史の専門用語を用いる場合には,およそ固定化している用語が多いので,"relatively uniform" なミクロ変種を用いていることになる.しかし,講義は専門用語だけで進めるわけではなく,特にインフォーマルな言葉遣いで進めている場合には,くだけた話しを含めることもあるだろう.強調語を使う必要が生じたときに,very, indeed, not a little, really などの比較的多様な ( "relatively diverse" ) 表現が選択肢として考えられるが,これは講義者個人のもっている選択肢というよりは,講義者を含めた言語共同体で広く共有されている選択肢 ( "variation in community's usage" ) と考えるべきだろう.だが,講義者個人の口癖として very, very, very, very, veryto a gigantic extent といった変わり種の強調語を選択肢としてもっている場合 ( "variation in individual's usage" ) ,このいずれを用いるかは完全に個人的な選択の問題である.
 variety の所在を突き詰めると,結局,個人語 ( idiolect ) に行き着いてしまうようだ.

 ・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Grammar of Contemporary English. London: Longman, 1972. 30--32.

Referrer (Inside): [2013-01-15-1] [2010-06-16-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-10 Thu

#227. 英語変種のモデル [variety][register][elf][model_of_englishes]

 Quirk et al. は,現代世界で用いられている英語の数々の変種 ( varieties ) に最大公約数的な "the common core" があると考えている.そして,個々の英語話者が言語使用の現場で用いている変種は,この抽象化された "the common core" を基礎として,各種の変更や追加が施されたものであるとする.変種 ( varieties ) を分類する際のパラメータとしては,以下の図の通り,六つの variety classes が認められている.

Variety Classes of English

 (1) Region は地域変種を指し, American English, British English, South African English, Australian English, Indian English, Jamaican English など,一般に方言 ( dialect ) と呼ばれる概念と重なる.
 (2) Education and social setting は教育水準による変種,特に社会的な権威があると広く認められている標準英語 ( Standard English ) と呼ばれる変種に関わる.大きく standard と substandard の変種に分けられる.
 (3) Subject matter は主題による変種である.register と呼ばれることもある.例えば,法律に関する英語は専門的な語彙や表現を多く含む変種であるし,料理のレシピの英語は命令文を多用する独特の変種と考えられる.科学論文の英語は受動態が多く,宗教の英語は古風な語彙や文法が好まれるというように,特徴をもった変種が無数に存在する.
 (4) Medium は言語行動の媒体による変種を指し,事実上,話し言葉か書き言葉の区別となる.
 (5) Attitude は話者の相手に対する態度やコミュニケーションの目的に応じて決まる変種である.style と呼ばれることもある.丁寧さや形式ばっている度合い,口語性や俗語性,冷淡さやよそよそしさなど,各種の心理状態に対応する変種がある.大雑把に,rigid -- formal -- normal -- informal -- familiar の連続体として表現できる変種である.
 (6) Interference は,主に外国語として英語を習得した者が,母語の言語的特徴により「干渉」された英語を用いる場合に関係する変種である.例えば,日本語母語話者の話す英語は,発音や文法などの点で互いに似通っていることが多く,この場合,日本語の干渉を受けた英語の変種を問題にしていることになる.

 上の図で,(1) から (5) の順で並んでいるのには絶対的な意味はない.各 variety class は他の variety class といかようにも連係できる.(1) アメリカ英語の,(2) 非標準変種で,(3) スポーツの話題について,(4) 話し言葉で,(5) 比較的丁寧に,語るということは可能だし,(1) スコットランド英語の,(2) 教養ある英語で,(3) 子供向けの絵本を,(4) 書き,(5) 親しみある文体で,表現するということは可能である.
 一方で,(1) から (5) の順で並んでいるのは完全に無意味なわけではない.上位にある variety class が下位にある variety class の前提となっているケースがあるからである.例えば,(2) の Standard English という変種は,(1) の地域変種によって限定される.世界で広く認められている Standard English は現時点では存在せず,あくまでアメリカ英語の Standard English とかイギリス英語の Standard English とかいうように,地域変種を前提としている.通常,(1) と (2) の変種は個人レベルで固定している
 また,(3) で例に挙げた法律英語は,法律英語として習得する以前に,(2) の教養ある英語や標準英語を身につけていないと始まらない.(4) の書き言葉も,(2) の教養ある英語や標準英語が土台となっている.葬式の場面で用いられる英語は,(5) に関連して形式ばっていることが期待されるが,それ以前に (4) の主題による変種の特徴とみなされるべきかもしれない.(3), (4), (5) は個人のなかでも状況によって揺れ動く変種である.
 (6) は,外国語からの英語に対する言語的干渉という話題で,いわば英語の世界の外側から加えられる力であり,他の variety classes とは異質であるため,図では点線の外に位置づけられている.

 無限の広がりがあると考えられる英語に,そもそも the common core を想定することができるのかという反論もあるが,現代英語の変種のモデルとして参考になるモデルである.

 ・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Grammar of Contemporary English. London: Longman, 1972. 13--30.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-09 Wed

#226. 英語は "apolitical" な言語か? [politics][sociolinguistics][elf]

 社会言語学では,言語が社会的な存在であり,しばしば政治的な存在でもあることが前提とされている.特に,世界語としての英語が議論されるとき,議論のなかに政治的な要素がまったく入り込まないということはあり得ないのではないかとすら思われる.例えば,[2009-11-30-1], [2009-12-05-1]でみた英語話者の同心円モデルでいえば,Inner Circle に属するものが「規範」 ( norma ) の中心におり,外側の Circles に属する人々の用いる英語に影響を与えるという見方は,それ自体が政治的 ( political ) 含みをもっている.
 社会言語学でおなじみの「言語」と「方言」の区別に関する議論も,言語が政治的な存在であることを示している.日本で関西地方が政治的に独立して独立国家を形成すれば,その新国民は自分たちの言語を「日本語の関西方言」ではなく「関西語」と称するかもしれない.独立以前と以後で言語的には何ら変化していないにもかかわらずである.
 また,インドなどの多言語社会においては,他の言語に比べて政治的に中立の立場にあるからという理由で,英語が国内コミュニケーションの目的で用いられている.この場合,英語は政治的に中立と見なされているのだから,非政治的 ( unpolitical ) な役割を果たしているとも言えそうであるが,そもそも複雑な言語事情の政治的解決策として英語が持ち出されてきたわけであり,この事態が政治と関係がないとは言えない."political" 「政治的」にせよ "unpolitical" 「非政治的」にせよ,いずれも politics 「政治」の含みがあることを前提とした形容詞である.
 このように,社会言語学では,言語が本質的に政治から自由ではないことを示す事例が多く挙げられる.私だけではないと思うが,社会言語学を学習した者は「言語=政治的」というテーゼをたたき込まれるわけである.ところが,Kachru の次の文章に出くわして驚いた.世界語としての英語に関する議論,すなわち社会言語学の通念からは政治的でないはずのない議論のさなかに,"apolitical" という形容詞が出てくるのだ.そして,その主語は「英語」なのである.やや長いが,引用する.

As an aside, one might add here that all the countries where English is a primary language are functional democracies. The outer circle and the expanding circle do not show any such political preferences. The present diffusion of English seems to tolerate any political system, and the language itself has become rather apolitical. In South Asia, for example, it is used as a tool for propaganda by politically diverse groups: the Marxist Communists, the China-oriented Communists, and what are labelled as the Muslim fundamentalists and the Hindu rightists as well as various factions of the Congress party. Such varied groups seem to oppose the Western systems of education and Western values. In the present world, the use of English certainly has fewer political, cultural, and religious connotations than does the use of any other language of wider communication. (14)


 "unpolitical" 「非政治的」ではなく "apolitical" 「無政治的,政治とは無関係の」であるところがポイントとなる."unpolitical" はマイナス方向に "political" 「政治的」であるという意味で,結局のところ "political" と同じ土俵の上にある用語である.政治を意識しているからこそ,"political" か "unpolitical" かという区別が重要なのである.ところが,"apolitical" は,そもそも政治という土俵の外にあり,政治に対して無関係・無関心であることを表す用語である.なるほど,英語が世界へ拡大してゆく過程においては,各国・地域の政体がどうであるかとかアメリカとの国際関係がどうであるかなどということは,ゼロとは言わないまでもそれほど関与的ではない.
 「言語=政治的」という社会言語学の洗脳を受けた頭には,世界語としての英語が "apolitical" でありうるという発想は新鮮だった.

 ・Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-08 Tue

#225. 「英語史研究」とは? [hel]

 日本における「英語史研究」は,その表現が示すよりもずっと広大な領域を覆っている.たとえて言うならば,日本史研究が,単に日本の過去に起こった出来事を時系列に並べて年表を作る仕事でないのと同じことである.「英語史研究」は国内でも伝統のある学問領域であるし,近年の語学,文学,歴史学などの発展と歩調をそろえて常に進化してきた学問領域でもある.したがって,「英語史研究」の関連分野は広いし,広がる一方である.
 そこで,関連分野のなかでも特に緊密な関係を有しているものに絞って「英語史研究」をマッピングしてみたい.とはいっても,大泉先生 (27) がまとめられている「英語史研究」の関係図を再現したまでである.

Oizumi's View of English Language History



 特に緊密な関連分野ということでいえば,英語の発展に関わってきた国・地域の歴史(政治史,文化史等々)や社会学もこの図に加えたいところである.

 ・大泉 昭夫 「〈英語史研究〉の概念」,秦 宏一 他(編)『英語文献学研究 --- 小野茂博士還暦記念論文集 ---』 南雲堂,1990年,19--30頁.

Referrer (Inside): [2010-05-09-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-07 Mon

#224. women の発音と綴字 (2) [pronunciation][spelling][phonetics][etymology]

 昨日の記事[2009-12-06-1]では,単数形 <woman> /wʊmən/ の謎を歴史的に明らかにしたが,本来の問いは,複数形の発音と綴字の問題だった.なぜ <women> と綴り,/wɪmɪn/ と発音するのか?
 古英語で wīfmann の複数形は wīfmenn だった.mann -- menn から容易に予想される形態である.だが,複数形でも単数形の場合と同様に一連の音声変化が生じた./f/ が /m/ の影響下で /m/ へと同化し,長母音 /i:/ が /ɪ/ へと短化したところは,単数形のケースとパラレルである.ところが,/ɪ/ が /w/ の影響下で /ʊ/ へと円唇化する変化は起こらなかった.ここだけが単数形の場合と異なっていたのである.
 これは,第二音節の -mann と -menn には強勢がおかれずに単複の区別が曖昧になるため,第一音節の母音を対立させることによって区別を保とうとした結果ではないかと考えられる.単数の /ʊ に対して複数は /ɪ/ であるという後者の特徴は,第二音節それ自身にも及び,/mɪn/ と発音されるようになったのではないか.
 一方,綴字は,発音とは独立して,単数形の綴字と歩調をそろえて発展した.その結果,<o> と綴って /ɪ/ と発音するという珍奇な関係が生じ,現在にいたっている.
 以上,昨日の記事と合わせて womanwomen の発音と綴字の謎に迫ったが,上述の一連の音声変化と綴字発達が,このように美しく働いたかどうかは,実のところ疑問である.中英語期を中心として各方言で様々な発音と綴字がおこなわれていたが,近代英語期に今ある形態に落ち着いたというのが現実だろう.英語史における「説明」は,とかく単純化されてなされることが多いので,慎重に理解したい.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-06 Sun

#223. woman の発音と綴字 [pronunciation][spelling][phonetics][assimilation][etymology]

 woman の複数形は <women> と綴り /wɪmɪn/ と発音する.<o> の綴字に /ɪ/ の音が対応するというのは,現代英語広しといえども相当な珍事であり,Bernard Shaw をして <ghoti> "fish" なる綴字を発明させたほどである([2009-05-13-1]).この <o> と /ɪ/ の珍奇なマッチングはいかにして生じたのだろうか.
 この謎を解くには,まずは単数形 <woman> /wʊmən/ から考えなければならない.この語の古英語の形は wīfmann である.これは,wīf "wife" + mann "man" の複合語である.古英語の wīf は「妻」のほかに「女性」一般を意味した(ドイツ語の Weib 「女性」と比較).一方,mann は現代英語と同様に「男」のほかに「人」をも意味した.したがって,複合語 wīfmann は「女性である人」すなわち「女性」を意味した.
 古英語以降,wīfmann はいくつかの音声変化を経ることとなった./f/ が直後の /m/ によって調音様式の同化を受け /m/ へと変化する一方で,長母音 /i:/ が /ɪ/ へ短化した.また,語頭の /w/ が後続する /ɪ/ 音に影響を及ぼし,/ɪ/ は /ʊ/ へと円唇化した.この一連の音声変化によって,現代的な発音 /wʊmən/ が生まれた.
 これで発音は説明できたが,綴字の <o> はまだ説明されていない.音声変化の結果として生じた新発音が発音通りに綴られれば,<wuman> となるはずだった.実際に,歴史的には <wumman> などの綴字が例証される.
 ところが,中英語期に,<m>, <n>, <v>, <w> のように縦棒 ( minim ) で構成される文字の近隣に <u> を置くことが避けられるようになった.<u> 自身も縦棒で構成されるため,これらの文字どうしで判別がつかなくなる恐れがあったためである.そこで,このような環境にある <u> は当時のフランス語の綴字習慣をまねて <o> で代用するという慣習が発達した.
 通常,発音は自然に発達するものだが,綴字は人為的に採用されるものである.かくして,woman は,発音こそ /wʊmən/ として定着したが,綴字は <woman> として定着することとなった.
 では,複数形 women の発音と綴字は? 明日の記事に続く.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-05 Sat

#222. 英語話者の同心円モデル (2) [elf][model_of_englishes]

 [2009-11-30-1]の記事で,英語話者層を Inner Circle, Outer Circle (Expanded Circle), Expanding Circle へと三区分する見方を紹介した.この呼称を提唱した Kachru は,世界英語の規範 ( norm ) という観点から,同じ同心円モデルを説明するもう一組の呼称を与えている.それぞれ,norm-providing, norm-developing, norm-dependent である.

Circle Model of English Speakers from a Normative Viewpoint

 これは Kachru の1985年の論文に基づくが,2009年の現在にもおよそ通用する世界英語のモデルだろう.以下に,現在の視点からのコメントを加えつつ,各区分を概説する.

 (1) norm-providing は Inner Circle に対応し,世界英語へ規範を提供していると伝統的にみなされてきた変種を母語としてもつ集団である.しかし,ここに属する各変種の規範としての容認度はまちまちである.例えば,イギリス英語とアメリカ英語は多くの英語話者が認める代表的な規範変種だが,オーストラリア英語やニュージーランド英語はどの程度,内外から規範として容認されているだろうか.
 (2) norm-developing は Outer Circle に対応する.Inner Circle が提供する規範を遵守しようとする側面と,そこから逸脱しようとする側面を持ち合わせる.この区分に該当する代表地域としてインドやシンガポールが挙げられるが,今後,周辺地域の新しい規範を提供する主体になる可能性がある([2009-10-07-1]).
 (3) norm-dependent は Expanding Circle に対応する.Inner Circle が提供する規範にもっぱら従う話者層である.例えば,この区分に属する日本における英語教育を考えれば,主にアメリカ英語(あるいはイギリス英語)を規範としていることは明らかである.日本には自ら Japanese English という規範を作り出し,それを隣国へ輸出しようという意図はない.

 英語の未来を考えるとき,(2) の ambiguous な立ち位置が意味深長である.伝統的に円の中心から発せられてきた「規範光線」を一方で受け入れつつも,一方では自ら新たな「規範光線」を外側の円に向けて発しているのだから.

 ・ Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-04 Fri

#221. dinner も不定詞 [etymology][french][infinitive][doublet][loan_translation]

 昨日の記事[2009-12-03-1]では supper を取り上げ,フランス語の動詞の不定詞が名詞として英語に入ってきた経緯を述べた.そこで同じような例をいくつかリストアップしたが,今日は supper と意味的にも関連する dinner を取り上げたい.
 dinner はフランス語 dîner からの借用で,英語での初出は1300年頃である.フランス語 dîner は「正餐をとる」という動詞の不定詞であり,この形態では不定詞の名詞的用法により「正餐」という意味の名詞となる.英語へは,この形態と意味で借用された.一方,フランス語の不定詞から -(e)r を取り除いた形で dine も同じ頃に英語に入ってきた.こちらは「正餐をとる」という動詞である.一般に,フランス語の動詞はこのように不定詞語尾 -(e)r を取り除いた形で英語に入ってきており,dine はその典型例である.
 ちなみにフランス語では,「夕食」を dîner,「昼食・朝食」を déjeuner という.後者はそのままの形態と意味で英語にも18世紀に入っており,やはり「昼食・朝食をとる」という動詞の不定詞に由来する.そして,この二語は形態こそ違え,遡れば同じ語源に突き当たる二重語 ( doublet ) の関係にある.語源はラテン語の *disjējūnāre として再建されており,除去を表す接頭辞 dis- と「空っぽの」を意味する jējūnus からなる派生語である.原義は「空腹・断食を解く」であり,英語の breakfast はその翻訳借用 ( loan translation or calque ) ではないかとも言われている.

Referrer (Inside): [2010-01-12-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-03 Thu

#220. supper は不定詞 [etymology][french][infinitive]

 soupsupper は語源的におおいに関係している,と聞くと驚くかもしれない.しかし,形態を比べると,さもありなんという気がしてくるのではないか.
 これらの語は遠く印欧祖語に遡り,seep 「しみ出る」,sip 「すする」,sop 「浸す」,soak 「浸す」,suck 「吸う」,sup 「すする」など,一連の「液体の浸出」を表す語と類縁関係がある.soupsupper はフランス語から英語に入ったが,英語での初例はそれぞれ1653年と1250年頃であり,時間差がある.しかし,フランス語では古くから sopesoper は名詞と動詞の関係であり,語源的・形態的な関係は一目瞭然だった.フランスの農夫たちのあいだでは夕食はスープが普通だったとされ,このコネクションにより「スープ」から「夕食」へと意味が発展したという.
 フランス語では,-(e)r 語尾は動詞の不定詞を表す.不定詞は辞書の見出しにもなり,その動詞を代表する形態であると同時に,英語の不定詞の名詞的用法でもわかるとおり,動詞を名詞化する働きをもつ.したがって,古フランス語の soper は「スープを飲むこと,夕食をとること」すなわち「夕食」を意味した.たとえて言えば,to eat 「食べること」という名詞的用法の不定詞が to 付きで日本語に借用され,「トゥイート」として「食事」を意味するようになったと想像すればよい.
 このように,-(e)r 語尾をもつフランス語の動詞の不定詞が名詞として英語に借用された他の例としては,cesser, detainer, dinner, merger, misnomer, remainder, surrender などがある.

Referrer (Inside): [2009-12-04-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-02 Wed

#219. eyes を表す172通りの綴字 [spelling][double_plural]

 昨日の記事[2009-12-01-1]二重複数について触れた.古英語から初期中英語にかけては,名詞の複数形語尾として -s 以外に -n もそれなりに優勢であり,数多くの名詞の複数形が -n を伴っていた.時代をくだり,近代英語にまで -n 複数形を保ち続けた名詞の代表選手が eye である.現代標準英語では eyes と規則的な -s 語尾を取るが,現代でも方言であれば,いまだに eyen などの形態がおこなわれている.
 以前に,英語で使われた eye の複数形態の異綴りをできる限り多く集めようとしたことがあった.OEDMED, その他,古英語や初期中英語の多くのテキストから拾い出した異綴りをとりまとめた結果,少なくとも172通りの綴りが英語史上でおこなわれてきたことが判明した.時代や方言を問わずにフラットに並べたリストだが,through ([2009-06-20-1]) と同様に壮観である.

æȜan, æȜen, aies, ain, aine, ayes, eaȜæn, eaȜan, eaȜen, eaȜnen, eaȜum, eagen, echnen, een, eene, ees, eeyen, eeyn, eeyne, eȜan, eȜe, eȜen, eȜene, eȜenen, eȜhe, eȜhen, eȜhne, eȜne, eȜo, eȜu, egan, egen, egena, egȜen, egghnen, eghen, eghene, eghien, eghn, eghne, eghnes, eghun, eghyn, eghyne, egthen, egum, egyn, ehene, ehȜan, ehȜen, ehne, ehnen, ehtyn, eien, eiene, eies, eiȜe, eiȜen, eiȜene, eiȜes, eiȜne, eiȜyen, eighen, eighne, eihen, eiine, ein, eine, eithen, en, ene, ene-, enghne, enn, enyn, eon, ewine, exyn, eye, eyeȜe, eyen, eyen-, eyene, eyes, eyeyn, eyȜe, eyȜen, eyȜene, eyȜin, eyȜne, eyȜnen, eyȜyn, eyghen, eyghne, eygnyn, eyhe, eyhen, eyhene, eyhne, eyien, eyiȜen, eyin, eyn, eyne, eynen, eynes, eynin, eynon, eynyn, eynys, eyon, eys, eyyn, ȜeȜen, Ȝen, Ȝene, Ȝien, he, heen, heȜe, heȜhen, hegehen, heghne, heie, heien, heiene, hene, heyghen, heyne, heynen, heynyn, hiȜen, hyes, hynon, ieen, ieghen, ien, ies, iȜe, iȜen, iȜene, ighen, in, ine, iyen, iyes, jes, jyn, nyen, nynon, nyon, uyn, yeen, yees, yeȜe, yeȜen, yeghen, yen, yene, yes, yeyn, yȜe, yȜen, yȜes, ygne, yhen, yien, yne, yon, yyn, yyne, yys


 この172通りをタイプ分けすれば,母音の変異はありありうるが,-e, -en, -ne, -es, -nen, -nes の6種類に落とし込めるだろうか.このうち最後の二つが二重複数を形成することになる.最初の <n> だけで歴史的には複数形を標示するに十分だが,その後さらに <n> や <s> という複数語尾が付加されているので「二重」というわけである.
 詳しくは,拙著論文にて.

 ・Hotta, Ryuichi. "A Historical Study on 'eyes' in English from a Panchronic Point of View." Studies in Medieval English Language and Literature 20 (2005): 75--100.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-12-01 Tue

#218. 二重複数 [oe][double_plural][metanalysis]

 [2009-09-20-1]で,children を引き合いにして 二重複数 ( double plural ) に言及した.古英語では,この語の複数形(より正確には主格・対格の複数形)は cildru だったが,やがて r を含んだ形態が単数形の基体 ( base ) であると異分析 ( metanalysis ) され,そこから -en という複数語尾により新しく複数形が作られたというのが,複数形 children の生成された過程である.
 children のような二重複数の例は,歴史的には結構ある.非標準語法も含めて現代英語に残っているものとしては,bodices, breeches, datas, invoices, truces; brethren, kine などがある.いずれも /s/ や /n/ が複数語尾として付加されているが,歴史的にはそれらの語尾がない形ですでに複数形として機能していた.
 brethren については,brother が宗教的な「同胞」という意味で用いられる場合の複数形であり,通常の brothers と自由変異をなすわけではない.また,brethren との類推 ( analogy ) と思われるが,アメリカ英語では宗教的文脈で sister(e)n も使われるという.
 datas は,いわゆる外国語複数 ( foreign plural ) の例である.ラテン語やギリシャ語などに由来する借用語には,借用元言語での屈折を保ったまま英語に入ってくるものも少なくない.ラテン語から来た data はそれ自体が datum という単数形態に対する複数形態だが,もとのラテン語の屈折を知らない英語話者にとっては不透明な形態規則である.そこで,昨今では data 自体が単数形であると解釈されるようになってきており,新しい規則的な複数形 datas が生まれてきている.
 二重複数をはじめ「二重○○」というのは,英語史ではよく取りあげられる話題である.二重過去形の might ([2009-07-03-1][2009-06-25-1]),二重比較級の lesser ([2009-11-08-1], [2009-11-22-1]) などである.ここで注意すべきは,いずれの場合も,通時的には「二重」であるとみなせるが,共時的な感覚としては「一重」としてとらえられていることである.通時と共時を結ぶ接点に異分析という作用があるとすると,言語変化の力学において異分析の果たす役割は大きいといえる.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

最終更新時間: 2018-09-19 09:22

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow