01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
英語の接尾辞 (suffix) には,派生語と語幹との強勢位置の異動という観点から,大きく3種類が区別される.(1) 語幹の強勢位置が保持される強勢中立接尾辞 (stress-neutral suffix),(2) 語幹の強勢位置が移動する強勢移動接尾辞 (stress-shifting suffix, stress-affecting suffix),(3) 接尾辞自体が強勢をもつ強勢請負接尾辞 (stress-bearing suffix) あるいは強勢誘因接辞 (stress-attracting suffix) の3種である.以下,福島 (88--89) より,各種の接尾辞の例を示そう.
[ 強勢中立接尾辞 ]
・ -dom: ˈfreedom, ˈkingdom
・ -en: ˈthicken, ˈwiden
・ -ful: ˈcheerful, ˈpocketful
・ -ish: ˈchildish, ˈfoolish
[ 強勢移動接尾辞 ]
A. 主強勢が接尾辞の直前の音節におかれるもの
・ -fic: scienˈtific, speˈcific
・ -ic: alˈlergic, eˈlectric
・ -ics: matheˈmatics, phoˈnetics
・ -ion: diˈversion, exˈpansion
・ -ity: faˈtality, hospiˈtality
B. 主強勢が接尾辞の2つ前の音節におかれるもの
・ -cide: ˈgenocide, ˈhomicide
・ -fy: ˈmodify, ˈsatisfy
・ -gon: ˈhexagon, ˈpentagon
・ -tude: ˈattitude, ˈsolitude
C. 主強勢が接尾辞の1つ前または2つ前の音節におかれるもの
・ -al: uniˈversal, geoˈlogical
・ -ar: faˈmiliar, ˈsingular
・ -ide: diˈoxide, ˈfluoride
・ -is: syˈnopsis, ˈemphasis
・ -ive: exˈpensive, comˈpetitive
・ -ous: treˈmendous, harˈmonious
[ 強勢請負接尾辞 ]
・ -ade: blockˈade, gingeˈrade
・ -eer: engiˈneer, volunˈteer
・ -ese: officiaˈlese, Japaˈnese
・ -esque: gardeˈnesque, pictuˈresque
・ 福島 彰利 「第5章 強勢・アクセント・リズム」服部 義弘(編)『音声学』朝倉日英対照言語学シリーズ 2 朝倉書店,2012年.84--103頁.
「#1563. 音節構造」 ([2013-08-07-1]) で論じたように,音韻論的には英語の音節構造として「右枝分かれ構造」 (right-branching structure) を想定することが多い.図式的に表現すれば,以下のようにまず音節 (syllable = σ) が頭子音 (onset) と韻 (rhyme) に分かれ,後者がさらに核 (nucleus) と尾子音 (coda) に分かれる構造である.
ところで,なぜこのような構造を想定するのが理論的に好都合なのだろうか.先の記事でも多少論じたが,今回は服部 (66) に従って,音声学・音韻論の観点からもう少し具体的に根拠を示そう.
英語の母音には,音節末に生起可能な開放母音と不可能な抑止母音の2種類が区別される.原則として,他の条件が同じであれば,抑止母音よりも開放母音のほうが長く発音される.また,開放母音に関しては,尾子音が後続しない場合に最も長く,次に有声尾子音が続くとき,そして無声尾子音が続くときという順序で母音の長さが短くなっていく.具体的な単語例で示せば,母音の短い順に bit < bid, beet < bead < bee と並べられることになる.
この事実を尾子音の種類に着目して言い換えれば,無声子音は有声子音よりも長く発音されるということになる.つまり,無声子音は比較的長い発音をもっているから,先行する母音はその分短く発音され,逆に有声子音は比較的短い発音をもっているから,先行する母音はその分長く発音されると解釈することができる.
このように考えると,核の母音と尾子音は長さに関して相補的・代償的な関係にあるといえる.同様の関係は頭子音と核の間には確認されないことから,上のような構造を想定するのが妥当だという結論に至るのである.
主として英語の韻文における伝統的な技巧として脚韻 (rhyme) が存在することは,それ自体では上の構造を想定する強力な根拠とはならないが,同構造が妥当であることの傍証にはなるだろう.
・ 服部 義弘 「第4章 音節・音連鎖・連続音制過程」服部 義弘(編)『音声学』朝倉日英対照言語学シリーズ 2 朝倉書店,2012年.64--83頁.
日本の英語教育では長らく,アルファベットの活字体に加えて筆記体が指導されてきた.英語でいうと活字体(あるいはブロック体とも)は print script, manuscript, ball and stick などと呼ばれ,筆記体は copperplate と呼ばれる.
近年は筆記体の指導が行なわれなくなってきているようだが,背景には筆記体が実用的な書体とはみなされなくなってきたという事実がある.イギリスの小学校でも,非教育的な書体として放棄されて久しい.ところが,日本の『中学校学習指導要領』の「3 指導計画の作成と内容の取扱い」の (2) のウには「文字指導に当たっては,生徒の学習負担にも配慮しながら筆記体を指導することもできることに留意すること」とあり,公式には筆記体の存続がいまだに許容されている.アナクロな規定が生きながらえているようだ.
英語母語話者の手書きの手紙やカードなどで筆記体を読む機会はあるではないかと思う向きがあるかもしれないが,多くの場合,あの流れるような手書き書体はいわゆる筆記体ではない.多くの書き手が書いているのは,筆記体とは異なる(しばしば独自の)草書体である.筆記体とはあくまで様々な手書き書体の1つにすぎず,現在それを使っている人は実はごく稀なのである.
「#3674. Harris のカリグラフィ本の目次」 ([2019-05-19-1]) で見たように,歴史的にも現代においてもアルファベットの書体は多数ある.そのなかで特に実用に供しているわけでもない書体である筆記体を選んで指導するというのも,確かに妙なものかもしれない.私自身は筆記体を習った世代なので,スペリングを板書する際などに出てしまうのだが,何割かの学生は判読できない(少なくとも判読しにくい)のだろうなと反省する.見ている側にとっては,ある種のカリグラフィの趣味を押しつけられているように感じてしまうかもしれない.ただし,英語アルファベットにもいろいろな書体があるという事実に気付いてもらう機会として,ポジティヴに評価することもできなくはないが.
以上は手島 (25--28) の「『筆記体』に関する「学習指導要領」の認識について」というコラムに拠ったが,その手島 (26) には脱筆記体論についての説得力のある議論がある.引用しておこう.
英米人から受け取った手紙やカードの文字が読みづらいことは,現実にはあるでしょう.けれども,そうした文字が読めない,あるいは,非常に読みにくいのは,筆記体を知らないせいなのでしょうか.相当の高齢者でない限りは,その絵はがきを書いた人も,学校時代に筆記体は習っていないのです.とすれば,その人の書いた文字は,自己流の続け字か,場合によっては,(失礼ながら)悪筆かのどちらかです.ひょっとしたらその文字は,英語を母語とする人にさえも読みにくいかもしれません.筆記体を習っていないせいで読めないと早合点しないように指導することが大切です.大学時代の英米の先生の手書き文字を思い出したり,現在一緒に仕事をしているALTの手書き文字を眺めたりしてみてください.筆記体で書く人はまずいないはずです.
・ 手島 良 『これからの英語の文字指導』 研究社,2019年.
英語の語彙を統語・形態・音韻・意味・語用など様々な側面を考慮に入れて2分する方法に,内容語 (content word) と機能語 (function word) への分類がある.意味的な基準にもとづいて大雑把にいえば,内容語は意味内容や情報量が十分な語であり,機能語はそれが不十分な語である.品詞との関わりでいえば,それぞれ次のような分布となる(福島,p. 92).
・ 内容語:名詞,動詞,形容詞,副詞,指示代名詞,感嘆詞,否定詞
・ 機能語:冠詞,助動詞,be 動詞,前置詞,人称代名詞,接続詞,関係代名詞/副詞
機能語の音韻的特徴を1つ挙げておこう.それは,特に1音節の機能語に関して,文中での音韻的役割に応じて,強形と弱形の2つの音形が認められることである.以下,福島 (93--94) より代表例を挙げよう.
機能語 | 強形 | 弱形 |
冠詞 | ||
a | /eɪ/ | /ə/ |
an | /æn/ | /ən, n/ |
the | /ðiː/ | /ði, ðə/ |
助動詞 | ||
can | /kæn/ | /kən/ |
could | /kʊd/ | /kəd/ |
must | /mʌst/ | /məst/ |
shall | /ʃæl/ | /ʃəl, ʃl/ |
should | /ʃʊd/ | /ʃəd/ |
will | /wɪl/ | /wəl, əl/ |
would | /wʊd/ | /wəd, əd/ |
be 動詞 | ||
am | /æm/ | /əm, m/ |
are | /ɑːr/ | /ər/ |
is | /ɪz/ | /z, s/ |
was | /wɑːz/ | /wəz/ |
were | /wɜːr/ | /wər/ |
been | /biːn/ | /bɪn/ |
前置詞 | ||
at | /æt/ | /ət/ |
for | /fɔːr/ | /fər/ |
from | /frʌm, frɑːm/ | /frəm/ |
to | /tuː/ | /tə/ |
upon | /əˈpɑːn, əˈpɔːn/ | /əpən/ |
人称代名詞 | ||
my | /maɪ/ | /mi, mə/ |
me | /miː/ | /mi, mɪ/ |
you | /juː/ | /jʊ, ju/ |
your | /jʊər/ | /jər/ |
he | /hiː/ | /hi, hɪ, i, ɪ/ |
his | /hɪz/ | /ɪz/ |
him | /hɪm/ | /ɪm/ |
she | /ʃiː/ | /ʃi/ |
her | /hɜːr/ | /hər, əːr/ |
we | /wiː/ | /wi/ |
our | /ˈaʊər/ | /ɑːr/ |
us | /ʌs/ | /əs/ |
they | /ðeɪ/ | /ðe/ |
their | /ðeər/ | /ðer/ |
them | /ðem/ | /ðəm, əm, m/ |
接続詞 | ||
and | /ænd/ | /ənd, nd, ən, n/ |
as | /æz/ | /əz/ |
but | /bʌt/ | /bət/ |
or | /ɔːr/ | /ər/ |
than | /ðæn/ | /ðən, ðn/ |
that | /ðæt/ | /ðət/ |
関係代名詞/副詞 | ||
who | /huː/ | /hu, u/ |
whose | /huːz/ | /huz, uz/ |
whom | /huːm/ | /hum, um/ |
that | /ðæt/ | /ðət/ |
「#3689. 英語の間投詞」 ([2019-06-03-1]) に引き続いての話題.The Oxford Dictionary of Word Histories の p. 554 に,"Natural exclamations" と題するボキャビル欄がある.主要な英語の間投詞 (interjection) が初出時代や起源の記述とともに列挙されているものだが,現代も含め各時代に次々と新しい間投詞が生まれているものなのだなあと発見でき,なかなかおもしろい.
Interjection | First Attestation | Usage |
---|---|---|
aw | mid 19th century in American English | expressing mild protest |
faugh | mid 16th century | expressing disgust |
hey | Middle English | said in attracting attention |
hi | late Middle English | said in greeting |
ho | Middle English | expressing surprise or derision |
hoots | early 19th century, but mid 16th century as hoot | expressing impatience |
hoy | late Middle English | said to attract attention |
lo | Old English as lā | said to indicate an amazing event. |
oh | Middle English | expressing entreaty or mild surprise |
oof | mid 19th century | expressing alarm or annoyance |
ooh | early 20th century | expressing delight or pain |
oops | 1930s | said on making an error |
ouch | mid 17th century | expressing pain |
ow | mid 19th century | expressing pain |
pooh | late 16th century | expressing disgust |
pshaw | late 17th century | expressing impatience or contempt |
shoo | late Middle English | said to frighten off the hearer |
whee | 1920s | expressing delight |
whisht | mid 16th century | said to hush the hearer |
whoo | early 17th century | expressing surprise or delight |
wow | early 16th century | expressing admiration |
yah | early 17th century | expressing derision |
yahoo | 1970s | expressing excitement |
yeehaw | 1970s in American English | expressing exuberance |
yeow | 1920s in American English | expressing shock |
yippee | 1920s in American English | expressing wild excitement |
yo | late Middle English | said in greeting |
yoo-hoo | 1920s | said to attract attention |
zowie | early 20th century in American English | expressing astonishment |
『英語語源辞典』によると,印欧語比較言語学の成果により,1,000から2,000ほどの印欧語根が想定されている.そのおよそ半数が現代英語の語彙にも反映されているといわれるが,主に基本語彙として受け継がれているものを列挙しよう(寺澤,p. 1656;カッコは借用語を表わす).
身体 | arm, brow, ear, eye, foot, heart, knee, lip, nail, navel, tooth |
家族 | father, mother, brother, sister, son, daughter, nephew, widow |
?????? | beaver, cow, ewe, goat, goose, hare, hart, hound, mouse, sow, wolf; bee, wasp; louse, nit; crane, ern(e), raven, starling; fish, (lax) |
罎???? | alder, ash, asp(en), beech, birch, fir, hazel, tree, withy |
飲食物 | bean, mead, salt, water, (wine) |
天体・自然現象 | moon, star, sun; snow |
数詞 | one, two, ..., ten, hundred |
代名詞 | I, me, thou, ye, it, that, who, what |
動詞 | be, bear, come, do, eat, know, lie, murmur, ride, seek, sew, sing, stand, weave |
形容詞 | full, light, middle, naked, new, sweet, young |
その他 | acre, ax(e), furrow, month, name, night, summer, wheel, word, work, year, yoke |
身体 | bone, hand, toe |
穀物・食物 | berry, broth, knead, loaf, wheat |
動物 | bear, lamb, sheep, †hengest (G Hangst), roe, seal, weasel |
鳥類 | dove, hawk, hen, rave, stork |
海洋 | cliff, east, west, north, south, ebb, sail, sea, ship, steer, keel, haven, sound, strand, swim, net, tackle, stem |
戦争 | bow, helm, shield, sword, weapon |
絎???? | god, ghost, heaven, hell, holy, soul, weird, werewolf |
住居 | bed, bench, hall |
社会 | atheling, earl, king, knight, lord, lady, knave, wife, borough |
経済 | buy, ware, worth |
その他 | winter, rain, ground steel, tin |
英語のボキャビルのために「グリムの法則」 (grimms_law) を学んでおくことが役に立つということを,「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」などで論じてきたが,それと関連して時折質問される事項について解説しておきたい.印欧祖語の帯気有声閉鎖音は,英語とラテン語・フランス語では各々どのような音へ発展したかという問題である.
印欧祖語の帯気有声閉鎖音 *bh, *dh, *gh, *gwh は,ゲルマン語派に属する英語においては,「グリムの法則」の効果により,各々原則として b, d, g, g/w に対応する.
一方,イタリック語派に属するラテン語は,問題の帯気有声閉鎖音は,各々 f, f, h, f に対応する(cf. 「#1147. 印欧諸語の音韻対応表」 ([2012-06-17-1])).一見すると妙な対応だが,要するにイタリック語派では原則として帯気有声閉鎖音は調音点にかかわらず f に近い子音へと収斂してしまったと考えればよい.
実はイタリック語派のなかでもラテン語は,共時的にややイレギュラーな対応を示す.語頭以外の位置では上の対応を示さず,むしろ「グリムの法則」の音変化をくぐったような *bh > b, *dh > d, *gh > g を示すのである.ちなみにギリシア語派のギリシア語では,各々無声化した ph, th, kh となることに注意.
結果として,印欧祖語,ギリシア語,(ゲルマン祖語),英語における帯気有声閉鎖音3音の音対応は次のようになる(寺澤,p. 1660--61).
IE | Gk | L | Gmc | E |
---|---|---|---|---|
bh | phāgós | fāgus | ƀ, b | book |
dh | thúrā | forēs (pl.) | ð, d | door |
gh | khḗn | anser (< *hanser) | ʒ, g | goose |
The characteristic look of the Italic languages is due partly to the widespread presence of the voiceless fricative f, which developed from the voiced aspirate[ stops]. Broadly speaking, f is the outcome of all the voiced aspirated except in Latin; there, f is just the word-initial outcome, and several other reflexes are found word-internally. (248)
The main hallmark of Latin consonantism that sets it apart from its sister Italic languages, including the closely related Faliscan, is the outcome of the PIE voiced aspirated in word-internal position. In the other Italic dialects, these simply show up written as f. In Latin, that is the usually outcome word-initially, but word-internally the outcome is typically a voiced stop, as in nebula 'cloud' < *nebh-oleh2, medius 'middle' < *medh(i)i̯o-, angustus 'narrow' < *anĝhos, and ninguit < *sni-n-gwh-eti)
・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.
アラム文字 (Aramaic) は,アルファベット史のなかでも大変重要な位置を占めている.「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1]) で示したアルファベット系統図より,関連する箇所を抜き出して拡大すると次の通り.
アラム文字は北セム文字から派生しており,文字史上きわめて重要なフェニキア文字 (Phoenician) とも密接な関係にある.これらを含めた種々のアルファベット間の派生関係は研究者間でも意見が分かれているが,『世界の文字の図典 普及版』に基づいた上の系統図に依拠するならば,アラム文字は,ウィグル文字,モンゴル文字,満州文字,シリア文字,アラビア文字,ヘブライ文字,そしてブラーフミー文字などの共通の母となっている.文明史上,きわめて重要な位置づけにあることが分かるだろう.
アラム文字は,紀元前11--8世紀にシリアで栄えたアラム人が,その母語アラム語を表記するために北セム文字を改良したものである.アラム語自体は,アフロ=アジア語族のセム語派に属する言語である.紀元前5世紀にはペルシア帝国の共通語であったばかりか, 旧約聖書の原典のいくつかはアラム語で書かれている.その一方言であるガリラヤ方言は,イエスの母語であったともされる.このような言語を書き記すための文字だったため,アラム文字は古代オリエント世界における共通文字という地位を獲得した.アラム語は日常語としては8世紀以降にアラビア語に取って代わられたが,現在でもシリアのアンチ・レバノン山脈の山村などで現代アラム語として話されている.
『世界の文字の物語』 (34) より「アラム文字の成立と発展」の記述を引用しよう.
アラム文字は古代オリエント世界で最も多くの人々に利用されたアルファベットであろう.前1000年頃からシリアを中心に活発な活動を始めたアラム人が用いていた文字である.北西セム文字の一種で,前8世紀以降,字形が実用化・簡略化をたどりながら,フェニキア文字から次第に成立していったと考えられている.子音中心のアルファベット,文字数は22であり,右から左に書かれる.これらの特徴は,アラム文字がさまざまに分化して生じたアラム系の各文字にも基本的に受け継がれている.アラム人の母語アラム語は,アッシリア語やフェニキア語,ヘブライ語,アラビア語などと同じセム語派に属する.
アラム人は政治的にはアッシリア帝国に敗れるが,その領内ではアラム語・アラム文字は広まり,アッシリア語に次ぐ第二の行政言語となった.アラム文字の使用はイラン西部にまで及んだ.その後,前6世紀末,アカイメネス朝ペルシアのダレイオス1世によってアラム語が第一行政言語となり,古代オリエント全域でアラム文字が使用されるようになった.年度版に刻まれる楔形文字と違い,アラム文字は主にインクで羊皮紙やパピルスに記される.
アラム文字は,紀元前1千年紀のオリエント世界に時めいた scriptura franca だったといってよい.
アルファベット史と関連して,以下の記事も参照.
・ 「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1])
・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
・ 「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1])
・ 「#1822. 文字の系統」 ([2014-04-23-1])
・ 「#1853. 文字の系統 (2)」 ([2014-05-24-1])
・ 「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1])
・ 「#2416. 文字の系統 (4)」 ([2015-12-08-1])
・ 「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1])
・ 「#2390. 文字体系の起源と発達 (2)」 ([2015-11-12-1])
・ 「#2399. 象形文字の年表」 ([2015-11-21-1])
・ 「#2414. 文字史年表(ロビンソン版)」 ([2015-12-06-1])
・ 「#2888. 文字史におけるフェニキア文字の重要性」 ([2017-03-24-1])
・ 「#2448. 書字方向 (1)」 ([2016-01-09-1])
・ 「#2449. 書字方向 (2)」 ([2016-01-10-1])
・ 「#2482. 書字方向 (3)」 ([2016-02-12-1])
・ 「#2483. 書字方向 (4)」 ([2016-02-13-1])
・ 『世界の文字の図典 普及版』 世界の文字研究会(編),吉川弘文館,2009年.
・ 古代オリエント博物館(編)『世界の文字の物語 ―ユーラシア 文字のかたち――』古代オリエント博物館,2016年.
授業でディスカッションなどをしていると,ときに学生から驚くような発想が飛び出し,感じ入ることがある.先日,造語法としての省略 (abbreviation) や短縮 (shortening) という話題を取り上げ,話者は何のために語を切り詰めたがるのだろうかということを議論した.
授業では,話者には頻用する表現を短く楽に発音したいといった実際的な欲求があり,省略・短縮という形態的手段を通じて,その欲求を満たすのだろうという議論をしようと思っていた.つまり,話者は純粋に形態的な簡便さを目指して言語行動を行なうことがしばしばある,ということを論じようと考えていた.
ところが,ある学生が思ってもみない方面からコメントをくれた.省略・短縮はそのような形態的な問題であるばかりではなく,それ自体が独自の機能をもっているのではないかというのだ.たとえば,「コンビニ」は「コンビニエンスストア」を簡単に短く言うために作られた省略語であるという議論は確かに受け入れられるが,一方でそれが単なるコンビニエンスストア(=便利店)にとどまらず,独自の店舗形態と個性をもった「コンビニ」という固有の存在であることを明示するために,あえて「コンビニエンスストア」とは異なる形態,この場合には縮約された形態を取っているのではないかと.つまり,省略・短縮には機能的な役割があるという指摘だ.
確かに元の表現をベースにしながらも,それとは異なる表現を作り出すことは,機能的独立を目指す造語行為といえる.そのような造語法には借用,派生,合成,転換を含めて様々な形態的手段があり得るが,最も手近で実用的な方法の1つに省略・短縮があるだろう.発音も楽になるし,元の表現とは似ていながらも一応異なる形態になるという点では,省略・短縮は複合的なニーズを満たしてくれる語形成上の優等生といえそうだ.
俗語,隠語などの生成動機の問題にもつながる重要な視点である.素晴らしい.
古代より世界各地で,星と星を想像力豊かに結んだ「星座」 (constellation) が作り出されてきた.近代の科学的かつ国際的な時代になると,特に19世紀初めにかけて様々な新星座が新設され,20世紀にはそれを整理する必要が生じた.第1次世界大戦後,1920年に国際天文学連合が結成され,1922年に88の星座を設ける原案が作成された.その内訳は,黄道12,北天28,南天48の星座である.1939年の総会で,星座の学名はラテン語とし,ある星座に属する特定の星を指し示すのには星座名の属格を用いることが決定された(あわせて3文字の略語も策定された).こうして現在にまで続く「星座の科学的区画法」が確定した.
たいていの参考図書では,88星座はあいうえお順かアルファベット順で並べられているのだが,意味をもたせるために,以下『星と星座』と『理科年表 平成28年』を参照しつつ,春の星座,夏の星座,秋の星座,冬の星座,そして(日本から見えない)南半球の星座の順に整理しなおした.ラテン名の下線部を括弧内の形態で置き換えると属格形になる(下線のないものは単純に括弧内の形態を語末に加える).参照用にどうぞ.
[春の星座] | 45 | みずがめ座 | Aquarius (i); Aqr | |||
1 | おおぐま座 | Ursa (e) Major (is); UMa | 46 | うお座 | Pisces (ium); Psc | |
2 | こぐま座 | Ursa (e) Minor (is); UMi | 47 | みなみのうお座 | Piscis Austrinus (i); PsA | |
3 | うしかい座 | Boötes (is); Boo | 48 | つる座 | Grus (is); Gru | |
4 | かんむり座 | Corona (e) Borealis; CrB | 49 | ちょうこくしつ座 | Sculptor (is); Scl | |
5 | りょうけん座 | Canes (um) Venatici (orum); CVn | 50 | けんびきょう座 | Microscopium (i); Mic | |
6 | おとめ座 | Virgo (inis); Vir | ||||
7 | てんびん座 | Libra (e); Lib | [冬の星座] | |||
8 | かみのけ座 | Coma (e) Berenices; Com | ||||
9 | しし座 | Leo (nis); Leo | 51 | オリオン座 | Orion (is); Ori | |
10 | かに座 | Cancer (ris); Cnc | 52 | おおいぬ座 | Canis Major (is); CMa | |
11 | こじし座 | Leo (nis) Minor (is); LMi | 53 | こいぬ座 | Canis Minor (is); CMi | |
12 | やまねこ座 | Lynx (is); Lyn | 54 | いっかくじゅう座 | Monoceros (tis); Mon | |
13 | からす座 | Corvus (i); Crv | 55 | ふたご座 | Gemini (orum); Gem | |
14 | うみへび座 | Hydra (e); Hya | 56 | ぎょしゃ座 | Auriga (e); Aur | |
15 | コップ座 | Crater (is); Crt | 57 | おうし座 | Taurus (i); Tau | |
16 | ろくぶんぎ座 | Sextans (tis); Sex | 58 | うさぎ座 | Lepus (oris); Lep | |
17 | ケンタウルス座 | Centaurus (i); Cen | 59 | はと座 | Columba (e); Col | |
18 | おおかみ座 | Lupus (i); Lup | 60 | エリダヌス座 | Eridanus (i); Eri | |
61 | ろ座 | Fornax (cis); For | ||||
[夏の星座] | 62 | ちょうこくぐ座 | Caelum; (i); Cae | |||
63 | とも座 | Puppis; Pup | ||||
19 | こと座 | Lyra (e); Lyr | 64 | らしんばん座 | Pyxis (dis); Pyx | |
20 | わし座 | Aquila (e); Aql | 65 | ポンプ座 | Antlia (e); Ant | |
21 | はくちょう座 | Cygnus (i); Cyg | ||||
22 | いるか座 | Delphinus (i); Del | [南半球の星座] | |||
23 | や座 | Sagitta (e); Sge | ||||
24 | こぎつね座 | Vulpecula (e); Vul | 66 | コンパス座 | Circinus (i); Cir | |
25 | りゅう座 | Draco (nis); Dra | 67 | さいだん座 | Ara (e); Ara | |
26 | ヘルクレス座 | Hercules (is); Her | 68 | じょうぎ座 | Norma (e); Nor | |
27 | へびつかい座 | Ophiuchus (i); Oph | 69 | ふうちょう座 | Apus (odis); Aps | |
28 | へび座 | Serpens (tis); Ser | 70 | ぼうえんきょう座 | Telescopium (i); Tel | |
29 | さそり座 | Scorpius (i); Sco | 71 | みなみのさんかく座 | Triangulum (i) Australe (is); TrA | |
30 | いて座 | Sagittarius (i); Sgr | 72 | インディアン座 | Indus (i); Ind | |
31 | たて座 | Scutum (i); Sct | 73 | きょしちょう座 | Tucana (e); Tuc | |
32 | みなみのかんむり座 | Corona (e) Australis; CrA | 74 | くじゃく座 | Pavo (nis); Pav | |
75 | はちぶんぎ座 | Octans (tis); Oct | ||||
[秋の星座] | 76 | ほうおう座 | Phoenix (cis); Phe | |||
77 | みずへび座 | Hydrus (i); Hyi | ||||
33 | カシオペヤ座 | Cassiopeia (e); Cas | 78 | カメレオン座 | Chamaeleon (tis); Cha | |
34 | ケフェウス座 | Cepheus (i); Cep | 79 | とびうお座 | Volans (tis); Vol | |
35 | とかげ座 | Lacerta (e); Lac | 80 | はえ座 | Musca (e); Mus | |
36 | ペガスス座 | Pegasus (i); Peg | 81 | ほ座 | Vela (orum); Vel | |
37 | こうま座 | Equuleus (i); Equ | 82 | みなみじゅうじ座 | Crux (is); Cru | |
38 | ペルセウス座 | Perseus (i); Per | 83 | りゅうこつ座 | Carina (e); Car | |
39 | アンドロメダ座 | Andromeda (e); And | 84 | がか座 | Pictor (is); Pic | |
40 | くじら座 | Cetus; Cet | 85 | かじき座 | Dorado (us); Dor | |
41 | おひつじ座 | Aries (tis); Ari | 86 | テーブルさん座 | Mensa (e); Men | |
42 | さんかく座 | Triangulum (i); Tri | 87 | とけい座 | Horologium (i); Hor | |
43 | きりん座 | Camelopardalis; (Cam) | 88 | レチクル座 | Reticulum (i); Ret | |
44 | やぎ座 | Capricornus (i); Cap |
筆者は学生時代に言語学に関心をもち,そこから歴史言語学,そして社会言語学へと関心を広げてきたが,まさか「民族」と「人種」といった抜き差しならない社会的な問題を扱うことになろうとは夢にも思わなかった.初心に戻って「民族」 (ethnic_group) と「人種」 (race) について整理してみたい.伝統的には前者は文化的なもの,後者は形質的なものととらえてきたが,昨今では必ずしもそのようにとらえられているわけではない.まずは「民族性」 (ethnicity) について見ておこう.A Dictionary of Sociolinguistics の ethnicity の項 (100--01) より.
ethnicity An aspect of an individual's social IDENTITY which is closely associated with language. Ethnicity is usually assigned on the basis of descent. In addition, the subjective experience of belonging to a culturally and historically distinct social group is often included in definitions of ethnicity. Thus, DEAF people usually consider themselves to be part of the Deaf community, which is defined by specific cultural and linguistic practices, although they may not have been born into the community (they may have become Deaf only later in life, or they may have grown up among hearing people). Questions of identity and ethnicity are also problematical in the context of migration. Second-generation migrants may not wish to identify with their traditional ethnic group but with the new society (e.g. second-generation German migrants in the USA may see themselves not as German but as American; such shifts in identity are often accompanied by symbolic actions such as name changes --- Karl Müller to Chuck Miller). To assign individuals unambiguously to distinct ethnic groups can be difficult in such contexts. Sometimes RELIGION is also considered to form part of ethnicity.
Language forms a central aspect and symbol of ethnic identity (see e.g. Smolicz (1981) on language as a 'core value' of an ethnic group). Sociolinguists who study multicultural societies have often included ethnicity as a SOCIAL VARIABLE. Horvath (1985), for example, included speakers from different ethnic groups (Australians of English, Italian and Greek background) in her study of English in Sydney.
民族性に言語が大きく関わるのは事実だが,言語のみで決定されるカテゴリーというわけでもない.そこには,言語以外の文化・歴史・社会的なカテゴリーもしばしば関与する.それは複合的な要因によって形成されるアイデンティティというべきものである.
次に「人種」はどうだろうか.こちらも単純に生物学的な区分とみる伝統的な見解もあるが,それ自体がすでに社会化された構造物であるという見方もある.上と同じ用語辞典より引用する.
race Highly contested term. Whilst it has no basis in biological or scientific fact, 'race' is in widespread everyday usage to refer to particular groups or 'races' of people, usually on the basis of physical appearance or geographical location, who are presumed to share a set of definable characteristics. The term ETHNICITY is sometimes used to refer to the identity of different groups on the basis of their assumed or presumed genealogical descent. 'Race' in social studies of language is viewed as a social construct rather than a fact (hence the use of inverted commas around 'race'): that is, 'race' or 'racial groups' only exist because particular physical characteristics (such as skin colour, facial features) are attributed a special kind of significance in society. This attribution usually involves differentiation between 'races' in terms of status and power, resulting from a particular IDEOLOGY. It is acknowledged that 'race' has considerable force in continuing to inform policies, behaviour and attitudes, including those relating to language and behaviour (see discussions in Omi and Winant, 1994). For this reason, 'race', usually within the context of RACISM, has been a focus of study in sociolinguistic research (e.g. Reisgl and Wodak, 2000).
民族,人種,言語はそれぞれ独立したカテゴリーでありながらも,非常に複雑な仕方で相互関係を保っている.それゆえに各カテゴリーの定義は,部分的に相互参照しながらなされなければならない運命なのだろう.
関連して,「#1871. 言語と人種」 ([2014-06-11-1]),「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1]) も参照.
・ Swann, Joan, Ana Deumert, Theresa Lillis, and Rajend Mesthrie, eds. A Dictionary of Sociolinguistics. Tuscaloosa: U of Alabama P, 2004.
Sir William Jones (1746--94) は,言語学の世界ではいわずとしれた存在である.比較言語学の端緒を開いたのみならず,近代言語学の祖ともされる.彼のキャリアを振り返ろう.
Jones はウェールズ系の家系のもとにロンドンに生まれた.生まれながらの語学の天才というべきで,ヨーロッパの近代諸語はもちろん,オックスフォード大学に入ってからは東洋の諸言語にも親しんだ.大学でアラビア語やベルシア語を学ぶと,1771年にはペルシア語文法書 Grammar of the Persian Language を著わしたほどである.
経済的理由から法律家を志し,1783年に法律家としてインドに赴任.カルカッタの上級裁判官となった.インドでは現地の学者についてサンスクリット語を学ぶなど東洋学を究めようとし,マヌ法典をはじめとする多くの文学作品を翻訳するなど,ヨーロッパにおけるインド学の礎を築いた.『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』の二大叙事詩の翻訳やサンスクリット語文法書の執筆などの構想も抱いていたようで,その学術的な野望たるや,実に遠大だった.
このように個人的に学術研究に没頭する一方,Jones はアジア協会 (Asiatic Society of Bengal) を設立し,自ら会長ともなった.Jones は1786年2月に協会設立3周年記念の際に "On the Hindu's" と題する講演を行なったが,これこそ言語学史上に残る,インスピレーションの塊というべき名講演となった.「#282. Sir William Jones,三点の鋭い指摘」 ([2010-02-03-1]) でその一部を引用したが,伝説的というべき講演である.そこで,Jones は,ギリシア語やラテン語のような西洋諸語とサンスクリット語という東洋語が同起源であること,そしてそこにゴート語,ケルト語,古代ペルシア語も加えてよいだろうと指摘すらしたのである.本人は,これが後の比較言語学という新分野の誕生と発展につながるだろうということは思ってもみなかった.実際,Jones はこの8年後に他界するまで,この仮説を実証しようとした形跡はない.
Jones より前の1767年に,フランスのインド宣教師 G. L. Coeurdoux が同主旨の私信をパリのアカデミーに送っていた.しかし,Coeurdoux の仮説は言語学的な発想から出されたというよりは,キリスト教的な一元論に基づいたものであり,言語学の発展にとって本質的な提案ではなかった.
以上,『英語学人名辞典』と The Oxford Companion to the English Language に依拠して執筆した.活動期の一部重なるもう1人の影響力のある英語史上の人物として「#3087. Noah Webster」 ([2017-10-09-1]) も参照.
・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
音変化 (sound_change) を説明するのは難しい.言語の歴史においては最もありふれた変化の種類であるにもかかわらず,あまりに緩慢に進行するために,生きている話者にとってほとんど気付かないからである.しかし,英語史においても日本語史においても,音変化の事例をリスト化すれば,おそらく数百件は挙がるだろう.さらに,印欧語比較言語学に関していえば,この数千年のあいだに起こったとされる理論的な音変化を列挙すれば,それこそ数え切れないほどの数になるだろう.音変化は,その原因こそ解明されていないものの,言語においては日常茶飯の現象である.
英語史においては,グリムの法則 (grimms_law) や大母音推移 (gvs) といった著名な音変化が格別の存在感を示しており,音変化の何たるかについて導入してくれることになっているが,このような際立った音変化のみを紹介するというのは,実はミスリーディングである.日常的には,そこまで綺麗ではなく,規模も大きくなく,格別の名前も付けられていない音変化のほうが圧倒的に多いからである.「グリムの法則」や「大母音推移」は,ある意味で音変化のエリート中のエリートというべきであり,それだけに注目してしまうと音変化の卑近性や多様性が必ずしもうまく伝わらないことになってしまうのだ.ほとんどの音変化は,もっとつましく,目立たないものである.
この辺りの事情をうまく伝える方法はないかと思っていたところ,私が今期開講している理論言語学講座「史的言語学」に参加している英語の先生より「音変化は地震のようなもの」でしょうかと,大きなヒントをいただいた.地球上では今も常に大小の地震が生じている.過去にも無数の大小の地震があちらこちらで起こってきたわけだが,名前をつけられ,広く知られるようになったものは「東日本大震災」「スマトラ沖地震」「サンフランシスコ地震」などの極めて甚大な被害をもたらした少数のものに限られ,無数の小規模地震には名前すらつけられない.地震は古今東西いつでもどこでも頻繁に起こっているにもかかわらず,歴史的あるいは現代的な意義の認められるもの,とりわけ重要なものだけに名前がつけられているのである.
音変化も同様である.古今東西,どの言語にも音変化は頻繁に起こっている.しかし,その各々があまりに卑近であり,取るに足りないものに思われるので,あえて一つひとつに名前をつけることはしない.多くは,せいぜい「摩擦音化」とか「短化」などという説明的なラベルを貼られておしまいである.インパクトのとりわけ強いエリートのみが,固有の名前を獲得するに至る.地震と音変化は,この点で似ている.すぐれた比喩だと思う.
6月14日に,『英語教育』(大修館書店)の7月号が発売されました.英語史連載記事「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第4回目として拙論「なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」が掲載されています.是非ご覧ください.
形容詞・副詞の比較表現については,本ブログでも (comparison) の各記事で扱ってきました.以下に,今回の連載記事にとりわけ関連の深いブログ記事のリンクを張っておきますので,あわせて読んでいただければ,-er と more に関する棲み分けの謎について理解が深まると思います.
・ 「#3617. -er/-est か more/most か? --- 比較級・最上級の作り方」 ([2019-03-23-1])
・ 「#3032. 屈折比較と句比較の競合の略史」 ([2017-08-15-1])
・ 「#456. 比較の -er, -est は屈折か否か」 ([2010-07-27-1])
・ 「#2346. more, most を用いた句比較の発達」 ([2015-09-29-1])
・ 「#403. 流れに逆らっている比較級形成の歴史」 ([2010-06-04-1])
・ 「#2347. 句比較の発達におけるフランス語,ラテン語の影響について」 ([2015-09-30-1])
・ 「#3349. 後期近代英語期における形容詞比較の屈折形 vs 迂言形の決定要因」 ([2018-06-28-1])
・ 「#3619. Lowth がダメ出しした2重比較級と過剰最上級」 ([2019-03-25-1])
・ 「#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則」 ([2019-03-24-1])
・ 「#3615. 初期近代英語の2重比較級・最上級は大言壮語にすぎない?」 ([2019-03-21-1])
・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第4回 なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」『英語教育』2019年7月号,大修館書店,2019年6月14日.62--63頁.
昨日の記事 ([2019-06-15-1]) に引き続き,中英語の them の代わりに用いられる es という人称代名詞形態について.Bennett and Smithers の注を引用して,およそ "SE or EMidl" に使用が偏っていると述べたが,LAEME と eLALME を用いて,初期・後期中英語における状況を確認しておこう.
LAEME では Map No. 00064420 として "THEM dir obj: 's' forms (sometimes cliticised), e.g. as, es, is, ys, hes, his." が挙げられており(下左図),eLALME では Item 8 として "THEM: 'his' type (incl as, es, is and enclitic -(e)s)." が挙げられている(下右図).ここでは縮小して掲げているので,詳しくはクリックして拡大を.
全体として例が多いわけではないが,中英語期を通じて East Midland と Southeastern を中心として,部分的には内陸の West Midland にも散見されるといった分布を示していることが分かる.
オランダ語との関連を議論するためには,当時のオランダ語話者集団のイングランドへの移民状況などの歴史社会言語学的な背景を調べる必要がある.一般的にいえば,「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1]) でみたように,14世紀辺りには毛織物貿易の発展によりフランドルと東イングランドの関係は緊密になったことから,East Midland における es や類似形態の分布に関しては,オランダ語影響説を論じ始めることができるかもしれない.しかし,West Midland の散発的な事例については,別に考えなければならないだろう.
・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
Bennett and Smithers 版で14世紀初頭の作品といわれる Havelok を読んでいる.East Midland 方言で書かれており,古ノルド語からの借用語を多く含んでいることが知られているが,East Midland はオランダ語からの影響も取り沙汰される地域である.
Havelok より ll. 45--52 のくだりを引用しよう.
Þanne he com þenne he were bliþe,
For hom he brouthe fele siþe
Wastels, simenels with þe horn,
Hise pokes fulle of mele an korn,
Netes flesh, shepes, and swines,
And hemp to maken of gode lines,
And stronge ropes to hise netes
(In þe se-weres he ofte setes).
最後の行は he often set them in the sea-weir を意味し,setes の -es は前行の hise netes (= "his nets") を指示する接語化された3人称複数対格の代名詞と解釈できる.要するに "them" として用いられる -es というわけだが,この形態について Bennett and Smithers (293) は注で次のように解説している.
setes: i.e. sette es 'placed them'. Es, is (ys in Hav. 1174), hes, his, hise are first recorded in England c. 1200, as the acc.pl. or fem. sg. of the pronoun of the third person, and (apart from 'Robt. of Gloucester's' Chronicle are restricted to SE or EMidl texts. This pronoun is best explained as an adoption of the comparable MDu pronoun se, which is likewise used enclitically in the reduced form -s; for a pronoun (as an essential and prominent element in the grammatical machinery of a language) would hardly have escaped record till 1200 if it had been a native word.
つまり,問題の -es は中期オランダ語の対応する形態を借用したものだということである.この説を評価するに当たっては関連する事項を慎重に調査していく必要があるが,英語史においてオランダ語の影響が過小評価されてきたことを考えると,魅力的な問題ではある.
英語史とオランダ語の関わりについては,「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1]),「#3436. イングランドと低地帯との接触の歴史」 ([2018-09-23-1]),「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#2645. オランダ語から借用された馴染みのある英単語」 ([2016-07-24-1]),「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]),「#140. オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」 ([2009-09-14-1]) を含め dutch の記事を参照
・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
紀元前2千年紀半ば以降に人類が獲得した2つの技術的発明の意義について,マクニール (128--29) が次のように述べている.
アルファベット表記の発明の重要性は,ほぼ同じころおこった鉄の採用のそれと比べられよう.鉄の器具や武器は,貧富の差を和らげて,戦争や社会を大衆化した.また,上に述べたように,それは,はじめて農村の農民と都会の工人に互恵的な交換関係を結ばせて,文明というものを真に地域的特色を持つものにした.同じように,アルファベット文字は,普通人にも文字の初歩をなんとか学ばせるようにして,学問を大衆化したのである.アルファベットによって,それまでは特殊な神官団の中に保持されていた文明社会の高度の知的伝統が,かつてないほどに,俗人や一般人に解放された.さらに重要なのは,アルファベット文字のおかげで,俗人,一般人が,文明共同社会の文字による世襲財産に貢献することがひじょうに容易になり,結果としてその財産の種類の幅と量が大いにひろげられたことである.例えば,アルファベット文字がなかったら,アモスのような無学な牛飼いとか,その他だれにせよヘブライの預言者の言ったことなどが記しとめられて,後世今日にいたるまで人の思想と行動に影響を与えるようなことはなかっただろう.
したがって,鉄とアルファベットの影響は,全人口のうちの以前より大きな部分が,文明生活の経済的,知的営みにもっと参加できるような状態をつくり出し,それまでにないほどしっかりと文明的な生活スタイルを確立させることになったのである.
ここでマクニールは,アルファベットの発明と製鉄技術を,人類史における大衆的で民主的な革新ととらえて,その歴史的な意義を強調している.アルファベットより前の文字は一般庶民が容易に学べる類いの文字ではなく,その使用は閉鎖的な特権集団の内部に限られていた.ところが,数十個以下の文字数であらゆる言語を表記できるアルファベットが発明されたことにより,それを学習し使用する機会が一般社会に解放され,文明生活の拡大に寄与したというわけだ.
これはもっともな理屈のように思われるし,実際にそのような側面もあり得たことは私も否定しない.しかし,アルファベットの単純さと学びやすさという要因のみで,文明生活の拡大という現象を説明することはできないだろうと考えている.「#2429. アルファベットの卓越性という言説」 ([2015-12-21-1]) の記事で,今回のマクニールの唱えるようなアルファベットの大衆性仮説に対する反論を展開したが,むしろ同仮説は神話的といってすらよい代物かもしれないのだ.
この問題と関連して,「#2577. 文字体系の盛衰に関わる社会的要因」 ([2016-05-17-1]),「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1]),「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」 ([2011-08-25-1]),「#3568. literacy は認知上の決定的な差異をもたらすか? (1)」 ([2019-02-02-1]),「#3569. literacy は認知上の決定的な差異をもたらすか? (2)」 ([2019-02-03-1]),「#3545. 文化の受容の3条件と文字の受容」 ([2019-01-10-1]) の記事も参照.
なお,鉄のもつ大衆的な性格についてもアルファベットと比較し検討したいところだが,門外漢なので控えておく.
・ マクニール,ウィリアム・H(著),増田 義郎・佐々木 昭夫(訳) 『世界史(上)』 中央公論新社,2008年.
英語史の授業で寄せられた大変おもしろい質問です.careful と careless のような対義の形容詞において,しばしば接尾辞として -ful と -less が対置されていますが,なぜ -ful に対して -less なのでしょうか.-less は -more の逆だったのではないでしょうか.
確かに,とうならされました.考えたこともなかった質問です.この質問をさらに一歩進めることもできそうです.接頭辞 -ful は形容詞 full に由来することは分かりますが,その形態はあくまで原級ですね.ところが,対義の接尾辞 -less は形容詞の比較級の形態を取っています.この辺りの非平行性も不可解です.
種明かしをすると,比較級の less と接尾辞の -less とは同じものではなく,まったくの別語源なのです.現在では綴字が同じなのでだまされてしまいますが,古英語では前者は lǣs(sa),後者は -lēas のように異なる形態を示していました.後に起こった音変化の結果,両者が偶然にも同じ形態に収斂してしまったというわけなのです.
比較級の less は「小さい」を意味する印欧語根 *leis- にさかのぼります.一方,接尾辞 -less はゲルマン祖語 *lausaz に由来します.後者は loose, lose, loss などと関連し「?がない,欠如している」を意味します.「?が十分にある,満ちている」を意味する full, -ful と正に対義の関係にあることが分かるかと思います.
ということで,言語学用語を用いて堅めに答えますと「自由形態素 less と拘束形態素 -less は互いに無関係の別語源に由来するから」となります.
過去2日間の記事で,語源を活用した学習法を紹介してきた(「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) と「#3697. 印欧語根 *spek- に由来する英単語を探る」 ([2019-06-11-1]) ).中田氏による近著『英単語学習の科学』の第11章「語源で覚える英単語」でも「語源学習法」の効用が説かれている.
英単語は出現頻度によって,(1) 高頻度語,(2) 中頻度語,(3) 低頻度語の3つのグループに分類できます.中頻度語と低頻度語は,リーディングやリスニングにおける出現頻度があまり高くないため,文脈から自然に習得することは困難であり,意図的に学習することが欠かせません.中頻度語と低頻度語を覚えるには,その多く(約3分の2)がラテン語・ギリシア語起源であるため「語源学習法」が有効です.また,学術分野で頻度が高い英単語を集めた Academic Word List (Coxhead, 2000) の約90%もラテン語・ギリシア語起源なので,語源学習法が役に立ちます.(73)
特に中級以上の英語学習者にとって,語源学習法が有効である理由が説得力をもって示されている.中田は,章末において語源学習法のポイントを次のようにまとめている.
・ 英単語をパーツに分解し,パーツの意味を組み立ててその単語の意味を理解する学習法を「語源学習法」と呼ぶ.語源学習法は特に,中頻度語・低頻度語および学術的な英単語の学習に効果的である.
・ 語源学習法には,(1) 単語の長期的な記憶保持が可能になる,(2) 未知語の意味を推測するヒントになる,(3) 単語の体系的・効率的な学習が可能になる,といった利点がある.
・ 既知語やカタカナ語を手がかりにして,数多くの語のパーツを効率的に学習できる.特に,「最も役に立つ25の語のパーツ」は重要.
中田はさらに別の箇所で「無味乾燥になりがちな単語学習を,興味深い発見の連続に変えてくれる」 (75--76) とも述べている.
さらにもう2点ほど地味な利点を付け加えておきたい.1つは,語種の判別ができるようになることだ.主としてラテン語・ギリシア語からなる「パーツ」を多数学ぶことによって,初見の単語でも,ラテン語・ギリシア語のみならずフランス語,スペイン語,イタリア語などを含めたロマンス系諸語からの借用語であるのか,あるいはゲルマン系の本来語であるのか,ある程度判別できるようになる.借用語か本来語かという違いは,語感の形式・略式の差異ともおよそ連動するし,強勢位置に関する規則とも関係してくるので,語種を大雑把にでも判別できることには実用的な意味がある.
もう1つは,借用元の言語も当然ながら学びやすくなるということだ.とりわけ第2外国語としてフランス語なりスペイン語なりのロマンス系諸語を学んでいるのであれば,英語学習と合わせて一石二鳥の成果を得られる.
最近では,語源学習法に基づいた英単語集として,清水健二・すずきひろし(著)『英単語の語源図鑑』(かんき出版,2018年)が広く読まれているようだ.なお,私もこの7月より朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源」と題するシリーズ講座を開始する予定(cf. 「#3687. 講座「英語の歴史と語源」が始まります」 ([2019-06-01-1])).こちらはボキャビルそのものを主たる目標としているわけではないものの,その知識は当然ながらボキャビルのためにも役立つはずである.
なお,上の第1引用にある Academic Word List については,「#612. Academic Word List」 ([2010-12-30-1]) と「#613. Academic Word List に含まれる本来語の割合」 ([2010-12-31-1]) も参照.
・ 中田 達也 『英単語学習の科学』 研究社,2019年.
昨日の記事「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) で取り上げたなかでも最上位に挙げられている spec(t) という連結形 (combining_form) について,今回はさらに詳しくみてみよう.
この連結形は印欧語根 *spek- にさかのぼる.『英語語源辞典』の巻末にある「印欧語根表」より,この項を引用しよう.
spek- to observe. 《Gmc》[その他] espionage, spy. 《L》 aspect, auspice, conspicuous, despicable, despise, especial, expect, frontispiece, haruspex, inspect, perspective, prospect, respect, respite, species, specimen, specious, spectacle, speculate, suspect. 《Gk》 bishop, episcopal, horoscope, sceptic, scope, -scope, -scopy, telescope.
また,語源の取り扱いの詳しい The American Heritage Dictionary of the English Language の巻末には,"Indo-European Roots" なる小辞典が付随している.この小辞典から spek- の項目を再現すると,次のようになる.
spek- To observe. Oldest form *spek̂-, becoming *spek- in centum languages.
▲ Derivatives include espionage, spectrum, despise, suspect, despicable, bishop, and telescope.
I. Basic form *spek-. 1a. ESPY, SPY, from Old French espier, to watch; b. ESPIONAGE, from Old Italian spione, spy, from Germanic derivative *speh-ōn-, watcher. Both a and b from Germanic *spehōn. 2. Suffixed form *spek-yo-, SPECIMEN, SPECTACLE, SPECTRUM, SPECULATE, SPECULUM, SPICE; ASPECT, CIRCUMSPECT, CONSPICUOUS, DESPISE, EXPECT, FRONTISPIECE, INSPECT, INTROSPECT, PERSPECTIVE, PERSPICACIOUS, PROSPECT, RESPECT, RESPITE, RETROSPECT, SPIEGELEISEN, SUSPECT, TRANSPICUOUS, from Latin specere, to look at. 3. SPECIES, SPECIOUS; ESPECIAL, from Latin speciēs, a seeing, sight, form. 4. Suffixed form *spek-s, "he who sees," in Latin compounds. a. Latin haruspex . . . ; b. Latin auspex . . . . 5. Suffixed form *spek-ā-. DESPICABLE, from Latin (denominative) dēspicārī, to despise, look down on (dē-), down . . .). 6. Suffixed metathetical form *skep-yo-. SKEPTIC, from Greek skeptesthai, to examine, consider.
II. Extended o-grade form *spoko-. SCOPE, -SCOPE, -SCOPY; BISHOP, EPISCOPAL, HOROSCOPE, TELESCOPE, from metathesized Greek skopos, on who watches, also object of attention, goal, and its denominative skopein (< *skop-eyo-), to see. . . .
2つの辞典を紹介したが,語源を活用した(超)上級者向け英語ボキャビルのためのレファレンスとしてどうぞ.
・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
・ The American Heritage Dictionary of the English Language. 4th ed. Boston: Houghton Mifflin, 2006.
中田(著)『英単語学習の科学』に,先行研究に基づいた「最も役に立つ25の語のパーツ」が提示されている (76--77) .これは,3000?1万語レベルの英単語を分析した結果,とりわけ多くの語に含まれるパーツを取り出したものである.パーツのほとんどが,ラテン語やギリシア語の接頭字 (prefix) や連結形 (combining_form) である.
語のパーツとその意味 | 具体例 |
spec(t) = 見る | spectacle(見せ物),spectator(観客),inspect(検査する),perspective(視点),retrospect(回顧) |
posit, pos = 置く | impose(負わせる,課す),opposite(反対の),dispose(配置する,処分する),compose(校正する,作る),expose(さらす) |
vers, vert = 回す | versus(対),adverse(反対の,不利な),diverse(多様な),divert(転換する),extrovert(外交的な) |
ven(t) = 来る | convention(大会,しきたり,慣習),prevent(妨げる,予防する),avenue(通り),revenue(歳入),venue(場所) |
ceive/ceipt, cept = とる(こと) | accept(受け入れる,容認する),exception(例外),concept(概念),perceive(知覚する),receipt(レシート,受け取ること) |
super- = 越えて | superb(すばらしい),supervise(感得する),superior(上級の),superintendent(監督者),supernatural(超自然の,神秘的な) |
nam, nom, nym = 名前 | surname(苗字),nominate(指名する),denomination(命名,単位),anonymous(匿名の),synonym(同義語) |
sens, sent = 感じる | sensible(分別のある),sensitive(敏感な),sensor(センサー),sensation(感覚),consent(同意,同意する) |
sta(n), stat = 立つ | stable(安定した),status(地位),distant(離れた),circumstance(状況),obstacle(障害) |
mis, mit = 送る | permit(許可する),transmit(送る),submit(提出する),emit(放射する),missile(ミサイル) |
med(i), mid(i) = 真ん中 | intermediate(中級の),Mediterranean(地中海),mediocre(並みの),mediate(仲裁する),middle(中央,中間の) |
pre, pris = つかむ | prison(刑務所),enterprise(事業),comprise(構成する),apprehend(捕らえる,理解する),predatory(捕食性の,食い物にする) |
dictate, dict = 言う | dictate(書き取らせる,命じる),dedicate(捧げる),predict(予言する),contradict(否定する,矛盾する),verdict(評決) |
ces(s) = 行く | access(アクセス,接近),excess(超過),recess(休憩),ancestor(先祖),predecessor(前任者) |
form = 形 | formal(形式的な),transform(変形する),uniform(同形の,制服),format(形式),conform(一致する) |
tract = 引く | extract(抜粋,抜粋する),distract(気をそらす),abstract(要約,抽象的な),subtract(引く),tractor(トラクター,牽引車) |
graph = 書く | telegraph(電報),biography(伝記),autograph(サイン),graph(グラフ),geography(地理) |
gen = 生む | genuine(本物の),gene(遺伝子),genius(天才),indigenous(土着の,固有の),ingenuity(工夫) |
duce, duct = 導く | conduct(導く),produce(生み出す),reduce(減らす),induce(引き起こす,誘発する),seduce(誘惑する) |
voca, vok = 声 | advocate(主張する,唱道者),vocabulary(語彙),vocal(声の,ボーカル),invoke(祈る),equivocal(あいまいな) |
cis, cid = 切る | precise(正確な),excise(削除する),scissors(はさみ),suicide(自殺),pesticide(殺虫剤) |
pla = 平らな | plain(明白な,平原),plane(平面,平らな),plate(皿),plateau(高原,高原状態) |
sec, sequ = 後に続く | consequence(結果),sequence(連続),subsequent(その次の),consecutive(連続した),sequel(続編) |
for(t) = 強い | fortress(要塞),effort(努力),enforce(実施する,強いる),reinforce(強化する),forte(長所) |
vis = 見る | visible(目に見える),envisage(心に描く),revise(改訂する),visual(視覚の,映像),vision(視力,ビジョン) |
小学館の『英語便利辞典』に,日本における英語受容史の主要な事項を年代順に列挙した略年表がある (460--61) .1600年から第2次世界大戦直後までの3世紀半に渡る日本と英語との接触の足跡を辿ろう.
年号 | 事項 | 解説 |
---|---|---|
1600(慶長5)年 | ウィリアム・アダムズ(William Adams;三浦按針)豊後海岸に漂着. | ウィリアム・アダムズは日本に最初に来た英国人とされる.家康に重用された. |
1808(文化5)年 | フェートン号事件 (Phaeton Incident) . | イギリスの軍艦フェートン号が長崎港に乱入.この事件をきっかけに,蘭学から英学へ移行. |
1814(文化11)年 | 『暗厄利亜語林大成(あんげりあごりんたいせい)』出版. | 蘭英字書をもとに編まれた日本最初の英和辞書. |
1841(天保12)年 | 中浜万次郎(通称:ジョン万),米捕鯨船に保護される. | 中浜万次郎は出漁中に太平洋上の孤島で遭難.その後米捕鯨船に救助され,アメリカで教育を受け,1851年帰国. |
1855(安政2)年 | 洋学所設立,翌年蕃書調所となる. | 洋学所は幕府の設置する洋学研究所. |
1858(安政5)年 | 日米修好通商条約締結. | 日本が外国と結んだ最初の条約. |
1859(安政6)年 | ヘボン博士来日. | ヘボン (James Curtis Hepburn) 博士はヘボン式ローマ字で有名.辞書編纂,聖書の日本語訳その他日本文化に多大の寄与をした. |
1860(万延1)年 | 咸臨丸アメリカに向け出航. | 日本の軍艦咸臨丸は,日米修好通商条約批准のための遣米使節団を乗せたポウハタン号に随行したが,同船には福沢諭吉,勝海舟なども乗船していた. |
1862(文久2)年 | 『英和對譯袖珍(しゅうちん)辞書』出版. | 堀達乃助他編.日本最初の本格的英和辞書. |
1866(慶応2)年 | 『西洋事情』ベストセラーとなる. | 福沢諭吉が著し,明治開化期の文明に大きな影響を与えた. |
1867(慶応3)年 | 『和英語林集成』出版. | ヘボンによる最初の和英辞典.その後改訂増補された. |
1871(明治4)年 | 津田梅子渡米. | 津田梅子は日本初の女子留学生.1900年女子英学塾(現在の津田塾大の前身)を創設. |
1876(明治9)年 | クラーク博士,札幌農学校に赴任. | クラーク (William Smith Clark) 博士は札幌農学校(現北海道大学)初代教頭を務める.諸説あるが,Boys, be ambitious! で有名.同校は新渡戸稲造(にとべいなぞう),内村鑑三など優秀な人材を輩出する. |
1890(明治23)年 | ラフカディオ・ハーン来日. | ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn;日本名:小泉八雲)は作家,英文学者.松江中学,東京帝国大学などで教鞭をとる.主著『怪談』『心』など. |
1914(大正4)年 | 『熟語本意英和中辞典』出版. | 斎藤秀三郎著.独創的な内容は,その後の英和辞書に大きな影響を与える. |
1918(大正7)年 | 『武信和英大辞典』出版. | 日本初の本格的和英辞典で,現行の研究社『新和英大辞典』の前身.武信(たけのぶ)由太郎編. |
1922(大正11)年 | パーマー (Harold E. Palmer) 来日. | オーラル・メソッド(Oral Method;口頭教授法)を唱え,以後の英語教育に大きな影響を与えた. |
1927(昭和2)年 | 研究社『新英和大辞典』出版. | 日本初の本格的英和大辞典.現在は第6版が出されているが,初版の著者は岡倉由三郎. |
1945(昭和20)年 | 『日米会話手帳』ベストセラーとなる. | 戦後2か月を経ない出版で,360万部の爆発的売れ行きを示した. |
1946(昭和21)年 | 平川唯一,英語会話放送開始. | 平川唯一はNHK放送のいわゆる「カムカム英語」の担当者.第二次世界大戦後の英語ブームの元祖となる. |
今年3月に出版された朝尾 幸次郎(著)『英語の歴史から考える英文法の「なぜ」』が広く読まれているようだ.拙著の『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)や『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社,2016年)と同趣旨の本ということもあり関心をもって手に取ってみたが,実に読みやすく,分かりやすい.
内容をどこまで掘り下げているかという観点からいえば,この新刊書は浅掘りである.しかし,「まえがき」 (iv) にあるように,著者は英語史の事前知識を想定しないという立場をとっており,その趣旨からすると,むしろ詳しすぎない程度に記述を抑えているセンスは素晴らしいと言ってよいだろう.本書が手に取ってもらいやすい理由である.
著者が実例を挙げることを重視したと述べているとおり,本文にも〈英文法こぼれ話〉にも,読者の興味を引く例が掲載されている.ところどころに,見事なキャッチフレーズやセンスの光る解説がみられる.「英語は歴史的かなづかい」のような言い方もその1つだ.
以下に目次を付そう.章節のタイトルがそのまま素朴な疑問になっているものが多い.本ブログでも扱ってきた話題が多く取り上げられているので,ブログ内をキーワード検索などして記事も眺めていただければと思うが,同じ問題でも,人が変われば眺め方も変わるものである.本書の解説を読んでみて,私自身の手持ちの解説とは異なり,ナルホドと思ったケースも多々あった.是非ご一読を.
昨日の記事「#3692. 英語には過去時制と非過去時制の2つしかない!?」 ([2019-06-06-1]) を受けて,今回は言語における時制 (tense) という文法範疇 (grammatical category) について考えてみる.
『新英語学辞典』の定義によれば,tense とは「動詞における時間的関係を示す文法範疇をいう.一般的には,時の関係は話者が話している時を中心とする時間領域を現在として,過去と未来に分けられる」とある.
言語における時制を考える際に1つ注意しておきたいのは,昨日の記事でも述べたように,現実における「時」と言語の範疇としての「時制」とは,必ずしもきれいに対応するわけではないということだ.形態的には「過去形」を用いておきながら,意味的には「現在」を指し示している What was your name? などの例があるし,その逆の関係が成り立つ歴史的現在 (historic_present) なる用法も知られている.このようなチグハグにみえる時と時制との対応関係は,ちょうど古英語の stān (= stone) が,現実的には男性でも女性でもなく中性というべきだが,文法上は男性名詞ということになっている,文法性 (grammatical gender) の現象に似ている.現実世界と言語範疇は,必ずしも対応するわけではないのである.また,言語表現上,範疇を構成する各成員間の境目,たとえば現在と過去,現在と未来との境目が,必ずしもはっきりと区別されているわけではないことにも注意を要する.
時制の分類法には様々なものがあるが,英語の時制に関していえば,形態的な観点に立ち,過去時制 (preterite tense) と現在時制(present tense) (あるいは非過去時制)(non-preterite tense) の2種とみる見解が古くからある.これは他のゲルマン諸語も然りなのだが,動詞の形態変化によって標示できるのは,たとえば sing (現在形あるいは非過去形)に対して sang (過去形)しかないからだ.一見すると「未来形」であるかのようにみえる will/shall sing は動詞の形態変化によるものではないから,未来時制は認めないという立場だ.
一方,意味的な観点に立つのであれば,sing, sang に対して will/shall sing は独自の時を指し示しているのだから,時制の1つとして認めるべきだという考え方もある.つまり,英語の時制は,立場によって2種とも3種とも言い得ることになる.
英語の時制について厄介なのは,動詞のとる時制形は,しばしば純粋に時制を標示するわけではなく,相 (aspect) や法 (mood) といった他の文法範疇の機能も合わせて標示することだ.各々の機能が互いに絡み合っており,時制だけをきれいに選り分けることができないという事情がある.
英語の時制の問題は,生成文法などで理論的な分析も提案されてきたが,今なお未解決といってよいだろう.今ひとつ重要な理論的貢献として「#2747. Reichenbach の時制・相の理論」 ([2016-11-03-1]) も参照されたい.
・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
英語史の授業などで,古英語の動詞の時制 (tense) には,過去時制 (preterite tense)と現在(あるいは非過去)時制 (non-preterite tense) の2種類しかないと述べると,学生から必ずといってよいほど「では,未来のことはどうやって表わしたのか」と質問がなされる.現代英語でも,形態的な観点からいえば相変わらず過去時制と現在時制の2つしかないにもかかわらずである.もっといえば,日本語にも過去時制(タ形)と非過去時制(非タ形)の2つしかないわけで,古英語とも現代英語とも異なるところがない.英語を含めたゲルマン語派の諸言語と日本語とはその点ではよく似ているのである.
形態的にみれば,英語は歴史的に過去時制 (preterite tense) と現在時制(present tense) (あるいは非過去時制 (non-preterite tense) の2種類の時制しかもってこなかったのは事実である.英語では未来のことは主として現在形で表わしてきたのであり,現在時制や過去時制と区別して特別な未来時制というものは存在しなかった.これはゲルマン諸語に共通する特徴であり,その歴史的背景は「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]),「#3331. 印欧祖語からゲルマン祖語への動詞の文法範疇の再編成」 ([2018-06-10-1]) で解説した通りである.
しかし,上記は「形態的にみれば」という但し書きの解説である.「#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか?」 ([2015-05-14-1]),「#2317. 英語における未来時制の発達」 ([2015-08-31-1]) でみたように,古英語以来,will や shall などの助動詞を用いた「統語的(迂言的)な未来形」が現われてきたのは事実であり,その確立の時期については議論があるものの,歴史のある段階から「未来時制」が英語の時制範疇に加わったと論じることはできるかもしれない.
英語の時制は2つなのか,3つなのかという議論は文法家のあいだでも長らく続けられており,決定的な答えは出されていない.しかし,それよりももっと重要な点は,現実世界の「時」と言語世界における「時制」とを区別して理解しておなければならないということだ.言語によっては,両者が一致していることもあるし,必ずしもそうでないこともある.現実世界(の認識)においては現在・過去・未来の3者が区別されるからといって,言語の文法範疇 (grammatical category) においても同じように3者が区別されるとは限らないのである.古英語も現代英語も日本語も,現実世界で3つの時が区別されているのに対し,言語世界では2つの時制に区別されているにすぎないのである.
そもそも,言語における時制とは何なのか,明日の記事で考えたい.
私の名前は「堀田隆一」だが,英語を習い始めたときからローマ字書きでは Ryuichi Hotta と書き続けてきた.英語の教科書でも日本人名はそのような書き方だったし,英語圏では「名→姓」という順序が原則だとなれば,特に疑問を抱くこともなかった.だが,後年になってよく考えてみると,私の名前は「隆一堀田」ではなくあくまで「堀田隆一」である.ローマ字で書くにせよ,並び順も含めた Hotta Ryuichi という全体が自らの名前なのではないかという,しごく当たり前のことに気づいた.もちろん人名には正式な名前を崩したニックネームなどの別名があってもよいし,その点でいえば姓・名の順序を入れ替えたヴァリアントがあってもよい.しかし,正式な名前となれば,やはり Hotta Ryuichi なのだろうなと,今では思っている.
先週,文化庁が日本人名のローマ字表記を姓→名の順で書くようにと官公庁や報道機関などに通知を出したという新聞記事をいくつか読んだ.実は,かつても似たようなお触れが出されたことがあった.2000年に当時の文部省・国語審議会が,人類の言語の多様性を意識し生かしていくべきだという方針のもとに,姓→名のローマ字表記が望ましいと答申したのである.しかし,2000年に示されたこの方向性は定着しなかった.この問題の最近の再燃は,河野太郎外相の持論に端を発するようだ.中国の習近平 (Xi Jinping) や韓国の文在寅 (Moon Jae-in) などは英語でも姓→名と表記しているのに,日本人だけ欧米式に合わせているのは妙ではないか,というわけだ.外相自身は,名刺などでは持論通りの姓→名にしているが,一人で頑張っていても無意味だとして,検討を進めることにしたという.
日本人名のローマ字表記の名→姓の慣行は,予想通り,明治時代の欧化主義の一環だったらしい.幕末の日米和親条約 (1854) では姓→名でサインされていたが,明治に入ると岩倉具視宛ての英語の手紙に Tomomi Iwakura が確認されるなど,名→姓も現われるようになった.それでも1870年代まではまだ姓→名が多かったようで,名→姓が増えてきたのは,続く80年代,90年代になってからという.
近年の動向としては,2001年度以前の中学英語教科書では名→姓で自己紹介するような英文が普通だったが,2002年度以後は先の2000年の答申を受けて姓→名となっているという.また,団体によっても慣行は異なるようだ.たとえば日本サッカー協会では2012年に姓→名にすることを発表したが,クレジットカードなどでは名→姓がいまだ一般的である.楽天やトヨタ自動車のような国際企業も名→姓だという.
2000年の答申では定着しなかったが,今回の文化庁の再挑戦は奏功するのだろうか.ちなみに,私自身は姓であることを示すために大文字書きして HOTTA Ryuichi などとすることが多いが,正直なところをいえば中学時代に刷り込まれた慣習からは脱しがたく,ついつい Ryuichi Hotta と書いていることもしばしばである.
そもそも英語と日本語とでなぜ姓と名の順序が異なるのかという問題は,ある意味で統語論の話題といえる.これについては「#2366. なぜ英語人名の順序は「名+姓」なのか」 ([2015-10-19-1]) をどうぞ.
「ヴ」表記については「#3325. 「ヴ」は日本語版の語源的綴字といえるかも?」 ([2018-06-04-1]),「#3667. 消えゆく「ヴ」」 ([2019-05-12-1]),「#3628. 外国名表記「ヴ」消える」 ([2019-04-03-1]) で取り上げてきたが,先日5月23日の朝日新聞朝刊に,専門家による「ヴ」の表記の略史が記述されており興味深く読んだ.要約すると次の通りである.
早い例では,江戸時代の儒学者・新井白石が,語源研究書「東雅」 (1717) で「呉」の中国語音を表わすのに用いたものがあるという (cf. 「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1]),「#2550. 宣教師シドッチの墓が発見された?」 ([2016-04-20-1])) .しかし,英語の /v/ に対応する文字として「ヴ」が用いられ始めたのは,幕末からである.明治後期,旧文部省は人名・地名などで「ブ」表記の指針を示したが,新聞などでは「ヴ」の使用が続いた.戦後,同省は「ヴ」も容認する方向へ転じたが,59年には方針を元に戻す.さらに91年の内閣告示では一般的には「ブ」表記としながらも「ヴ」も容認する方向へとシフトした.明治以降,原音尊重の原理と使用実態に即した慣用保持の原理の間で,日本語社会のなかで「ヴ」表記が揺れ続けてきたということだろう.近年は国際化も進み,若年層ほど「ヴ」を用いる傾向が強いとされる.
書籍のデータベースで「ヴ」表記を調査した立正大学の真田治子教授(日本語学)によると,1980年代後半から「ヴ」の使用が急増しているという.考えられる理由として「オシャレで本格的な雰囲気を出し,特別な感じを演出する効果を狙い,見るためだけの視覚的表現として使われている.今はカタカナ表現があふれるからこそ,より際立たせる狙いで『ヴ』が活用されているのでは」とのこと.
「ヴ」を「見るためだけの視覚的表現」と評価している点がおもしろい.これについては「#2432. Bolinger の視覚的形態素」 ([2015-12-24-1]) も参照されたい.
昨日の記事で間投詞(感動詞; interjection)を取り上げたが,考えてみれば妙な語類である.通常,文中の他の要素と統語的な関係をなさないので,そもそも外れ者である.また,完全に閉じた語類というわけではないが,慣習的に用いられるものは比較的少数の語句に限られており,やはり日陰者といってよい.さらに,その言語の体系的な音素体系から外れた音素を用いるものがあるという点でも,変態的である.主流派の言語学において,周辺的な品詞とみられてきたのも容易にうなずける.
実際,英語の間投詞については,Quirk et al. の大部の文法書ですら扱いが薄い.Interjections と題された§11.55 (p. 853) をまるまる引用しても,以下の程度である.
Interjections are purely emotive words which do not enter into syntactic relations. Some of them have phonological features which lie outside the regular system of the language. Whew, for instance, contains a bilabial fricative [ɸɪu], [ɸː]; tut-tut consists of a series of alveolar clicks, []. What we produce below are the spelling conventions for a wide range of sounds. Secondary pronunciations are derived from the spelling conventions (cf Note [c] below). In addition, many interjections may be associated with nonsystematic features such as extra lengthening and wide pitch range.
Ah (satisfaction, recognition, etc); Aha (jubilant satisfaction, recognition); Ahem, [əʔəm] (mild call for attention); Boo (disapproval, usually for a speaker at gathering; also surprise noise); Eh? [eɪ] (impolite request for repetition . . .); Hey (call for attention); Mm (casual 'yes'); Oh (surprise); Oho (jubilant surprise); Ooh (pleasure or pain); Oops (mild apology, shock, or dismay), Ouch [aʊʧ], Ow [aʊ] (pain); Pooh (mild disapproval or impatience); Sh [ʃ] (request for silence or moderation of noise); Tut-tut [] (mild regret, disapproval); Ugh [ʌx] (disgust); Uh-huh, also Uh-uh (agreement or disagreement); Wow (great surprise)
Note [a] The above is not intended as a complete list. Some interjections are less frequent, eg: Yippee (excitement, delight), Psst [ps] (call for attention, with request for silence). The archaic interjection Alas (sorrow) may be encountered in literature.
[b] Interjections are sometimes used to initiate utterances: Oh, what a nuisance; Ah, that's perfect.
[c] There are also some spelling pronunciations: [ʌɡ] for ugh; [tʌt tʌt] for tut-tut, often with an ironic tone; [həʊ həʊ] and [hɑː hɑː], both representing laughter, are always ironic.
間投詞で何か追究しようとしたら,どんなテーマが可能だろうか.これ自体,お題としておもしろい.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
『図解日本語』 (107) に,日本語の感動詞(あるいは間投詞)の分類例が示されていた.機能に着目した分類である.
┌── 第一種〈あいさつ〉───── 「こんにちわ」「ごめんなさい」 ┌── 第 I 類〔行為相当〕──┤ │ └── 第二種〈呪文・まじない〉── 「アーメン」「ちちんぷいぷい」 │ ├── 第 II類〔行為添加〕───── 〈かけ声・はやし声〉──── 「どっこいしょ」「ハァコリャコリャ」 │ ├── 第III類〔発始記号〕──┬── 第一種〈呼びかけ〉───── 「やあ」「おい」「こら」 │ │ │ ├── 第二種〈起動〉─────── 「さあ」「ほら」 │ │ │ ├── 第三種〈持ちかけ〉───── 「ねえ」「なあ」 │ │ │ ├── 第四種〈応答〉─────── 「はい」「うん」「ええ」「いいえ」 │ │ │ └── 第五種〈反応〉─────── 「あっ」「ほう」「おっと」 │ └── 第 IV類〔遊びことば〕─────────────────── 「えーと」「あー,うー」「そのー」
この夏,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源」と題するシリーズ講座が始まります.全12回ほどの予定となるシリーズで,1年ほどかけてゆっくりペースで進めていく企画です.完全なスケジュールは決まっていませんが,最初の3回分については確定しており,受付も開始しています.以下をご覧ください
・ 7月13日(土)15:15?18:30 「英語の歴史と語源・1 インドヨーロッパ祖語の故郷」
・ 7月27日(土)15:15?18:30 「英語の歴史と語源・2 ケルトの島」
・ 9月7日(土)15:15?18:30 「英語の歴史と語源・3 ローマ帝国の植民地」
まずは初回の7月13日の案内を,以下に掲載しておきます.
シリーズ「英語の歴史と語源」では,英語という言語がたどってきた波乱に富んだ紆余曲折の歴史を,世界史的な大事件と関連づけながら追っていきます.言語の歴史には文法や発音の歴史も含まれますが,本シリーズでとりわけ注目するのは語源,つまり単語の起源です.著名な事件と単語の起源とを結びつけながら,主にイギリスを舞台とする英語の歴史物語を,全12 回にわたり,つむいでいきます.
1 インドヨーロッパ祖語の故郷(7月13日)
シリーズの初回では,英語の究極の祖先というべきインドヨーロッパ祖語に焦点を当てます.英語はもとよりフランス語,スペイン語,ドイツ語,ロシア語,ヒンディー語などを含む巨大なインドヨーロッパ語族は,紀元前4千年頃の南ロシアのステップ地方に起源をもつとされます.実際,私たちの知る多くの英単語の語源が,この太古の時代にまでさかのぼります.6千年という時間を超えて受け継がれてきた数々の単語について,その由来をひもといて行きましょう.
これまでも英語史関連の講座をいくつか開いてきましたが,今回はとりわけ単語・語源に注目して,英語の歴史を辿っていく予定です.「シリーズ」とはいえ,単発での参加ももちろん可能ですので,ご関心のある方は是非どうぞ.シリーズの全体像につていは,こちらのチラシもご覧ください.
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
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最終更新時間: 2024-09-24 08:28
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