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2019-06-18 Tue

#3704. 「音変化は地震のようなもの」 [sound_change][grimms_law][gvs]

 音変化 (sound_change) を説明するのは難しい.言語の歴史においては最もありふれた変化の種類であるにもかかわらず,あまりに緩慢に進行するために,生きている話者にとってほとんど気付かないからである.しかし,英語史においても日本語史においても,音変化の事例をリスト化すれば,おそらく数百件は挙がるだろう.さらに,印欧語比較言語学に関していえば,この数千年のあいだに起こったとされる理論的な音変化を列挙すれば,それこそ数え切れないほどの数になるだろう.音変化は,その原因こそ解明されていないものの,言語においては日常茶飯の現象である.
 英語史においては,グリムの法則 (grimms_law) や大母音推移 (gvs) といった著名な音変化が格別の存在感を示しており,音変化の何たるかについて導入してくれることになっているが,このような際立った音変化のみを紹介するというのは,実はミスリーディングである.日常的には,そこまで綺麗ではなく,規模も大きくなく,格別の名前も付けられていない音変化のほうが圧倒的に多いからである.「グリムの法則」や「大母音推移」は,ある意味で音変化のエリート中のエリートというべきであり,それだけに注目してしまうと音変化の卑近性や多様性が必ずしもうまく伝わらないことになってしまうのだ.ほとんどの音変化は,もっとつましく,目立たないものである.
 この辺りの事情をうまく伝える方法はないかと思っていたところ,私が今期開講している理論言語学講座「史的言語学」に参加している英語の先生より「音変化は地震のようなもの」でしょうかと,大きなヒントをいただいた.地球上では今も常に大小の地震が生じている.過去にも無数の大小の地震があちらこちらで起こってきたわけだが,名前をつけられ,広く知られるようになったものは「東日本大震災」「スマトラ沖地震」「サンフランシスコ地震」などの極めて甚大な被害をもたらした少数のものに限られ,無数の小規模地震には名前すらつけられない.地震は古今東西いつでもどこでも頻繁に起こっているにもかかわらず,歴史的あるいは現代的な意義の認められるもの,とりわけ重要なものだけに名前がつけられているのである.
 音変化も同様である.古今東西,どの言語にも音変化は頻繁に起こっている.しかし,その各々があまりに卑近であり,取るに足りないものに思われるので,あえて一つひとつに名前をつけることはしない.多くは,せいぜい「摩擦音化」とか「短化」などという説明的なラベルを貼られておしまいである.インパクトのとりわけ強いエリートのみが,固有の名前を獲得するに至る.地震と音変化は,この点で似ている.すぐれた比喩だと思う.

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2019-06-17 Mon

#3703.『英語教育』の連載第4回「なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」 [notice][hel_education][elt][sobokunagimon][adjective][adverb][comparison][rensai][latin][french][synthesis_to_analysis]

 6月14日に,『英語教育』(大修館書店)の7月号が発売されました.英語史連載記事「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第4回目として拙論「なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」が掲載されています.是非ご覧ください

『英語教育』2019年7月号


 形容詞・副詞の比較表現については,本ブログでも (comparison) の各記事で扱ってきました.以下に,今回の連載記事にとりわけ関連の深いブログ記事のリンクを張っておきますので,あわせて読んでいただければ,-ermore に関する棲み分けの謎について理解が深まると思います.

 ・ 「#3617. -er/-estmore/most か? --- 比較級・最上級の作り方」 ([2019-03-23-1])
 ・ 「#3032. 屈折比較と句比較の競合の略史」 ([2017-08-15-1])
 ・ 「#456. 比較の -er, -est は屈折か否か」 ([2010-07-27-1])
 ・ 「#2346. more, most を用いた句比較の発達」 ([2015-09-29-1])
 ・ 「#403. 流れに逆らっている比較級形成の歴史」 ([2010-06-04-1])
 ・ 「#2347. 句比較の発達におけるフランス語,ラテン語の影響について」 ([2015-09-30-1])
 ・ 「#3349. 後期近代英語期における形容詞比較の屈折形 vs 迂言形の決定要因」 ([2018-06-28-1])
 ・ 「#3619. Lowth がダメ出しした2重比較級と過剰最上級」 ([2019-03-25-1])
 ・ 「#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則」 ([2019-03-24-1])
 ・ 「#3615. 初期近代英語の2重比較級・最上級は大言壮語にすぎない?」 ([2019-03-21-1])

 ・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第4回 なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」『英語教育』2019年7月号,大修館書店,2019年6月14日.62--63頁.

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2019-06-16 Sun

#3702. 中英語の3人称複数対格代名詞 es はオランダ語からの借用か? (2) [personal_pronoun][laeme][lalme][me_dialect][clitic][map]

 昨日の記事 ([2019-06-15-1]) に引き続き,中英語の them の代わりに用いられる es という人称代名詞形態について.Bennett and Smithers の注を引用して,およそ "SE or EMidl" に使用が偏っていると述べたが,LAEMEeLALME を用いて,初期・後期中英語における状況を確認しておこう.
LAEME では Map No. 00064420 として "THEM dir obj: 's' forms (sometimes cliticised), e.g. as, es, is, ys, hes, his." が挙げられており(下左図),eLALME では Item 8 として "THEM: 'his' type (incl as, es, is and enclitic -(e)s)." が挙げられている(下右図).ここでは縮小して掲げているので,詳しくはクリックして拡大を.

LAEME_and_eLALME_es_for_them_small.png


 全体として例が多いわけではないが,中英語期を通じて East Midland と Southeastern を中心として,部分的には内陸の West Midland にも散見されるといった分布を示していることが分かる.
 オランダ語との関連を議論するためには,当時のオランダ語話者集団のイングランドへの移民状況などの歴史社会言語学的な背景を調べる必要がある.一般的にいえば,「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1]) でみたように,14世紀辺りには毛織物貿易の発展によりフランドルと東イングランドの関係は緊密になったことから,East Midland における es や類似形態の分布に関しては,オランダ語影響説を論じ始めることができるかもしれない.しかし,West Midland の散発的な事例については,別に考えなければならないだろう.

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.

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2019-06-15 Sat

#3701. 中英語の3人称複数対格代名詞 es はオランダ語からの借用か? (1) [personal_pronoun][me_dialect][dutch][borrowing][havelok][clitic]

 Bennett and Smithers 版で14世紀初頭の作品といわれる Havelok を読んでいる.East Midland 方言で書かれており,古ノルド語からの借用語を多く含んでいることが知られているが,East Midland はオランダ語からの影響も取り沙汰される地域である.
 Havelok より ll. 45--52 のくだりを引用しよう.

Þanne he com þenne he were bliþe,
For hom he brouthe fele siþe
Wastels, simenels with þe horn,
Hise pokes fulle of mele an korn,
Netes flesh, shepes, and swines,
And hemp to maken of gode lines,
And stronge ropes to hise netes
(In þe se-weres he ofte setes).


 最後の行は he often set them in the sea-weir を意味し,setes の -es は前行の hise netes (= "his nets") を指示する接語化された3人称複数対格の代名詞と解釈できる.要するに "them" として用いられる -es というわけだが,この形態について Bennett and Smithers (293) は注で次のように解説している.

setes: i.e. sette es 'placed them'. Es, is (ys in Hav. 1174), hes, his, hise are first recorded in England c. 1200, as the acc.pl. or fem. sg. of the pronoun of the third person, and (apart from 'Robt. of Gloucester's' Chronicle are restricted to SE or EMidl texts. This pronoun is best explained as an adoption of the comparable MDu pronoun se, which is likewise used enclitically in the reduced form -s; for a pronoun (as an essential and prominent element in the grammatical machinery of a language) would hardly have escaped record till 1200 if it had been a native word.


 つまり,問題の -es は中期オランダ語の対応する形態を借用したものだということである.この説を評価するに当たっては関連する事項を慎重に調査していく必要があるが,英語史においてオランダ語の影響が過小評価されてきたことを考えると,魅力的な問題ではある.
 英語史とオランダ語の関わりについては,「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1]),「#3436. イングランドと低地帯との接触の歴史」 ([2018-09-23-1]),「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1]),「#2645. オランダ語から借用された馴染みのある英単語」 ([2016-07-24-1]),「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]),「#140. オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」 ([2009-09-14-1]) を含め dutch の記事を参照

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.

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2019-06-14 Fri

#3700. 「アルファベットと鉄による文明の大衆化」論 [history][alphabet][writing][language_myth]

 紀元前2千年紀半ば以降に人類が獲得した2つの技術的発明の意義について,マクニール (128--29) が次のように述べている.

 アルファベット表記の発明の重要性は,ほぼ同じころおこった鉄の採用のそれと比べられよう.鉄の器具や武器は,貧富の差を和らげて,戦争や社会を大衆化した.また,上に述べたように,それは,はじめて農村の農民と都会の工人に互恵的な交換関係を結ばせて,文明というものを真に地域的特色を持つものにした.同じように,アルファベット文字は,普通人にも文字の初歩をなんとか学ばせるようにして,学問を大衆化したのである.アルファベットによって,それまでは特殊な神官団の中に保持されていた文明社会の高度の知的伝統が,かつてないほどに,俗人や一般人に解放された.さらに重要なのは,アルファベット文字のおかげで,俗人,一般人が,文明共同社会の文字による世襲財産に貢献することがひじょうに容易になり,結果としてその財産の種類の幅と量が大いにひろげられたことである.例えば,アルファベット文字がなかったら,アモスのような無学な牛飼いとか,その他だれにせよヘブライの預言者の言ったことなどが記しとめられて,後世今日にいたるまで人の思想と行動に影響を与えるようなことはなかっただろう.
 したがって,鉄とアルファベットの影響は,全人口のうちの以前より大きな部分が,文明生活の経済的,知的営みにもっと参加できるような状態をつくり出し,それまでにないほどしっかりと文明的な生活スタイルを確立させることになったのである.


 ここでマクニールは,アルファベットの発明と製鉄技術を,人類史における大衆的で民主的な革新ととらえて,その歴史的な意義を強調している.アルファベットより前の文字は一般庶民が容易に学べる類いの文字ではなく,その使用は閉鎖的な特権集団の内部に限られていた.ところが,数十個以下の文字数であらゆる言語を表記できるアルファベットが発明されたことにより,それを学習し使用する機会が一般社会に解放され,文明生活の拡大に寄与したというわけだ.
 これはもっともな理屈のように思われるし,実際にそのような側面もあり得たことは私も否定しない.しかし,アルファベットの単純さと学びやすさという要因のみで,文明生活の拡大という現象を説明することはできないだろうと考えている.「#2429. アルファベットの卓越性という言説」 ([2015-12-21-1]) の記事で,今回のマクニールの唱えるようなアルファベットの大衆性仮説に対する反論を展開したが,むしろ同仮説は神話的といってすらよい代物かもしれないのだ.
 この問題と関連して,「#2577. 文字体系の盛衰に関わる社会的要因」 ([2016-05-17-1]),「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1]),「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」 ([2011-08-25-1]),「#3568. literacy は認知上の決定的な差異をもたらすか? (1)」 ([2019-02-02-1]),「#3569. literacy は認知上の決定的な差異をもたらすか? (2)」 ([2019-02-03-1]),「#3545. 文化の受容の3条件と文字の受容」 ([2019-01-10-1]) の記事も参照.
 なお,鉄のもつ大衆的な性格についてもアルファベットと比較し検討したいところだが,門外漢なので控えておく.

 ・ マクニール,ウィリアム・H(著),増田 義郎・佐々木 昭夫(訳) 『世界史(上)』 中央公論新社,2008年.

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2019-06-13 Thu

#3699. なぜ careless の反対は *caremore ではなくcareful なのですか? [sobokunagimon][suffix][comparison]

 英語史の授業で寄せられた大変おもしろい質問です.carefulcareless のような対義の形容詞において,しばしば接尾辞として -ful と -less が対置されていますが,なぜ -ful に対して -less なのでしょうか.-less は -more の逆ではなかったのではないでしょうか.
 確かに,とうならされました.考えたこともなかった質問です.この質問をさらに一歩進めることもできそうです.接頭辞 -ful は形容詞 full に由来することは分かりますが,その形態はあくまで原級ですね.ところが,対義の接尾辞 -less は形容詞の比較級の形態を取っています.この辺りの非平行性も不可解です.
 種明かしをすると,比較級の less と接尾辞の -less とは同じものではなく,まったくの別語源なのです.現在では綴字が同じなのでだまされてしまいますが,古英語では前者は lǣs(sa),後者は -lēas のように異なる形態を示していました.後に起こった音変化の結果,両者が偶然にも同じ形態に収斂してしまったというわけなのです.
 比較級の less は「小さい」を意味する印欧語根 *leis- にさかのぼります.一方,接尾辞 -less はゲルマン祖語 *lausaz に由来します.後者は loose, lose, loss などと関連し「〜がない,欠如している」を意味します.「〜が十分にある,満ちている」を意味する full, -ful と正に対義の関係にあることが分かるかと思います.
 ということで,言語学用語を用いて堅めに答えますと「自由形態素 less と拘束形態素 -less は互いに無関係の別語源に由来するから」となります.

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2019-06-12 Wed

#3698. 語源学習法のすゝめ [etymology][lexicology][academic_word_list][asacul][notice]

 過去2日間の記事で,語源を活用した学習法を紹介してきた(「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) と「#3697. 印欧語根 *spek- に由来する英単語を探る」 ([2019-06-11-1]) ).中田氏による近著『英単語学習の科学』の第11章「語源で覚える英単語」でも「語源学習法」の効用が説かれている.

英単語は出現頻度によって,(1) 高頻度語,(2) 中頻度語,(3) 低頻度語の3つのグループに分類できます.中頻度語と低頻度語は,リーディングやリスニングにおける出現頻度があまり高くないため,文脈から自然に習得することは困難であり,意図的に学習することが欠かせません.中頻度語と低頻度語を覚えるには,その多く(約3分の2)がラテン語・ギリシア語起源であるため「語源学習法」が有効です.また,学術分野で頻度が高い英単語を集めた Academic Word List (Coxhead, 2000) の約90%もラテン語・ギリシア語起源なので,語源学習法が役に立ちます.(73)


 特に中級以上の英語学習者にとって,語源学習法が有効である理由が説得力をもって示されている.中田は,章末において語源学習法のポイントを次のようにまとめている.

・ 英単語をパーツに分解し,パーツの意味を組み立ててその単語の意味を理解する学習法を「語源学習法」と呼ぶ.語源学習法は特に,中頻度語・低頻度語および学術的な英単語の学習に効果的である.
・ 語源学習法には,(1) 単語の長期的な記憶保持が可能になる,(2) 未知語の意味を推測するヒントになる,(3) 単語の体系的・効率的な学習が可能になる,といった利点がある.
・ 既知語やカタカナ語を手がかりにして,数多くの語のパーツを効率的に学習できる.特に,「最も役に立つ25の語のパーツ」は重要.


 中田はさらに別の箇所で「無味乾燥になりがちな単語学習を,興味深い発見の連続に変えてくれる」 (75--76) とも述べている.
 さらにもう2点ほど地味な利点を付け加えておきたい.1つは,語種の判別ができるようになることだ.主としてラテン語・ギリシア語からなる「パーツ」を多数学ぶことによって,初見の単語でも,ラテン語・ギリシア語のみならずフランス語,スペイン語,イタリア語などを含めたロマンス系諸語からの借用語であるのか,あるいはゲルマン系の本来語であるのか,ある程度判別できるようになる.借用語か本来語かという違いは,語感の形式・略式の差異ともおよそ連動するし,強勢位置に関する規則とも関係してくるので,語種を大雑把にでも判別できることには実用的な意味がある.
 もう1つは,借用元の言語も当然ながら学びやすくなるということだ.とりわけ第2外国語としてフランス語なりスペイン語なりのロマンス系諸語を学んでいるのであれば,英語学習と合わせて一石二鳥の成果を得られる.
 最近では,語源学習法に基づいた英単語集として,清水健二・すずきひろし(著)『英単語の語源図鑑』(かんき出版,2018年)が広く読まれているようだ.なお,私もこの7月より朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源」と題するシリーズ講座を開始する予定(cf. 「#3687. 講座「英語の歴史と語源」が始まります」 ([2019-06-01-1])).こちらはボキャビルそのものを主たる目標としているわけではないものの,その知識は当然ながらボキャビルのためにも役立つはずである.
 なお,上の第1引用にある Academic Word List については,「#612. Academic Word List」 ([2010-12-30-1]) と「#613. Academic Word List に含まれる本来語の割合」 ([2010-12-31-1]) も参照.

 ・ 中田 達也 『英単語学習の科学』 研究社,2019年.

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2019-06-11 Tue

#3697. 印欧語根 *spek- に由来する英単語を探る [etymology][indo-european][latin][greek][metathesis][word_family][lexicology]

 昨日の記事「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) で取り上げたなかでも最上位に挙げられている spec(t) という連結形 (combining_form) について,今回はさらに詳しくみてみよう.
 この連結形は印欧語根 *spek- にさかのぼる.『英語語源辞典』の巻末にある「印欧語根表」より,この項を引用しよう.

spek- to observe. 《Gmc》[その他] espionage, spy. 《L》 aspect, auspice, conspicuous, despicable, despise, especial, expect, frontispiece, haruspex, inspect, perspective, prospect, respect, respite, species, specimen, specious, spectacle, speculate, suspect. 《Gk》 (-penia).


 また,語源の取り扱いの詳しい The American Heritage Dictionary of the English Language の巻末には,"Indo-European Roots" なる小辞典が付随している.この小辞典から spek- の項目を再現すると,次のようになる.

spek- To observe. Oldest form *spek̂-, becoming *spek- in centum languages.
▲ Derivatives include espionage, spectrum, despise, suspect, despicable, bishop, and telescope.
   I. Basic form *spek-. 1a. ESPY, SPY, from Old French espier, to watch; b. ESPIONAGE, from Old Italian spione, spy, from Germanic derivative *speh-ōn-, watcher. Both a and b from Germanic *spehōn. 2. Suffixed form *spek-yo-, SPECIMEN, SPECTACLE, SPECTRUM, SPECULATE, SPECULUM, SPICE; ASPECT, CIRCUMSPECT, CONSPICUOUS, DESPISE, EXPECT, FRONTISPIECE, INSPECT, INTROSPECT, PERSPECTIVE, PERSPICACIOUS, PROSPECT, RESPECT, RESPITE, RETROSPECT, SPIEGELEISEN, SUSPECT, TRANSPICUOUS, from Latin specere, to look at. 3. SPECIES, SPECIOUS; ESPECIAL, from Latin speciēs, a seeing, sight, form. 4. Suffixed form *spek-s, "he who sees," in Latin compounds. a. Latin haruspex . . . ; b. Latin auspex . . . . 5. Suffixed form *spek-ā-. DESPICABLE, from Latin (denominative) dēspicārī, to despise, look down on (dē-), down . . .). 6. Suffixed metathetical form *skep-yo-. SKEPTIC, from Greek skeptesthai, to examine, consider.
   II. Extended o-grade form *spoko-. SCOPE, -SCOPE, -SCOPY; BISHOP, EPISCOPAL, HOROSCOPE, TELESCOPE, from metathesized Greek skopos, on who watches, also object of attention, goal, and its denominative skopein (< *skop-eyo-), to see. . . .


 2つの辞典を紹介したが,語源を活用した(超)上級者向け英語ボキャビルのためのレファレンスとしてどうぞ.

 ・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ The American Heritage Dictionary of the English Language. 4th ed. Boston: Houghton Mifflin, 2006.

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2019-06-10 Mon

#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」 [elt][latin][greek][etymology][prefix][combining_form][lexicology]

 中田(著)『英単語学習の科学』に,先行研究に基づいた「最も役に立つ25の語のパーツ」が提示されている (76--77) .これは,3000〜1万語レベルの英単語を分析した結果,とりわけ多くの語に含まれるパーツを取り出したものである.パーツのほとんどが,ラテン語やギリシア語の接頭字 (prefix) や連結形 (combining_form) である.

語のパーツとその意味具体例
spec(t) = 見るspectacle(見せ物),spectator(観客),inspect(検査する),perspective(視点),retrospect(回顧)
posit, pos = 置くimpose(負わせる,課す),opposite(反対の),dispose(配置する,処分する),compose(校正する,作る),expose(さらす)
vers, vert = 回すversus(対),adverse(反対の,不利な),diverse(多様な),divert(転換する),extrovert(外交的な)
ven(t) = 来るconvention(大会,しきたり,慣習),prevent(妨げる,予防する),avenue(通り),revenue(歳入),venue(場所)
ceive/ceipt, cept = とる(こと)accept(受け入れる,容認する),exception(例外),concept(概念),perceive(知覚する),receipt(レシート,受け取ること)
super- = 越えてsuperb(すばらしい),supervise(感得する),superior(上級の),superintendent(監督者),supernatural(超自然の,神秘的な)
nam, nom, nym = 名前surname(苗字),nominate(指名する),denomination(命名,単位),anonymous(匿名の),synonym(同義語)
sens, sent = 感じるsensible(分別のある),sensitive(敏感な),sensor(センサー),sensation(感覚),consent(同意,同意する)
sta(n), stat = 立つstable(安定した),status(地位),distant(離れた),circumstance(状況),obstacle(障害)
mis, mit = 送るpermit(許可する),transmit(送る),submit(提出する),emit(放射する),missile(ミサイル)
med(i), mid(i) = 真ん中intermediate(中級の),Mediterranean(地中海),mediocre(並みの),mediate(仲裁する),middle(中央,中間の)
pre, pris = つかむprison(刑務所),enterprise(事業),comprise(構成する),apprehend(捕らえる,理解する),predatory(捕食性の,食い物にする)
dictate, dict = 言うdictate(書き取らせる,命じる),dedicate(捧げる),predict(予言する),contradict(否定する,矛盾する),verdict(評決)
ces(s) = 行くaccess(アクセス,接近),excess(超過),recess(休憩),ancestor(先祖),predecessor(前任者)
form = 形formal(形式的な),transform(変形する),uniform(同形の,制服),format(形式),conform(一致する)
tract = 引くextract(抜粋,抜粋する),distract(気をそらす),abstract(要約,抽象的な),subtract(引く),tractor(トラクター,牽引車)
graph = 書くtelegraph(電報),biography(伝記),autograph(サイン),graph(グラフ),geography(地理)
gen = 生むgenuine(本物の),gene(遺伝子),genius(天才),indigenous(土着の,固有の),ingenuity(工夫)
duce, duct = 導くconduct(導く),produce(生み出す),reduce(減らす),induce(引き起こす,誘発する),seduce(誘惑する)
voca, vok = 声advocate(主張する,唱道者),vocabulary(語彙),vocal(声の,ボーカル),invoke(祈る),equivocal(あいまいな)
cis, cid = 切るprecise(正確な),excise(削除する),scissors(はさみ),suicide(自殺),pesticide(殺虫剤)
pla = 平らなplain(明白な,平原),plane(平面,平らな),plate(皿),plateau(高原,高原状態)
sec, sequ = 後に続くconsequence(結果),sequence(連続),subsequent(その次の),consecutive(連続した),sequel(続編)
for(t) = 強いfortress(要塞),effort(努力),enforce(実施する,強いる),reinforce(強化する),forte(長所)
vis = 見るvisible(目に見える),envisage(心に描く),revise(改訂する),visual(視覚の,映像),vision(視力,ビジョン)


 本ブログでも,必ずしもボキャビルを目的とした記事ではないが,接頭辞,接尾辞,連結形について多々取り上げてきた.prefix, suffix, combining_form などの記事をご覧ください.

 ・ 中田 達也 『英単語学習の科学』 研究社,2019年.

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2019-06-09 Sun

#3695. 日本における英語関係史の略年表 [timeline][hel_education]

 小学館の『英語便利辞典』に,日本における英語受容史の主要な事項を年代順に列挙した略年表がある (460--61) .1600年から第2次世界大戦直後までの3世紀半に渡る日本と英語との接触の足跡を辿ろう.

年号事項解説
1600(慶長5)年ウィリアム・アダムズ(William Adams;三浦按針)豊後海岸に漂着.ウィリアム・アダムズは日本に最初に来た英国人とされる.家康に重用された.
1808(文化5)年フェートン号事件 (Phaeton Incident) .イギリスの軍艦フェートン号が長崎港に乱入.この事件をきっかけに,蘭学から英学へ移行.
1814(文化11)年『暗厄利亜語林大成(あんげりあごりんたいせい)』出版.蘭英字書をもとに編まれた日本最初の英和辞書.
1841(天保12)年中浜万次郎(通称:ジョン万),米捕鯨船に保護される.中浜万次郎は出漁中に太平洋上の孤島で遭難.その後米捕鯨船に救助され,アメリカで教育を受け,1851年帰国.
1855(安政2)年洋学所設立,翌年蕃書調所となる.洋学所は幕府の設置する洋学研究所.
1858(安政5)年日米修好通商条約締結.日本が外国と結んだ最初の条約.
1859(安政6)年ヘボン博士来日.ヘボン (James Curtis Hepburn) 博士はヘボン式ローマ字で有名.辞書編纂,聖書の日本語訳その他日本文化に多大の寄与をした.
1860(万延1)年咸臨丸アメリカに向け出航.日本の軍艦咸臨丸は,日米修好通商条約批准のための遣米使節団を乗せたポウハタン号に随行したが,同船には福沢諭吉,勝海舟なども乗船していた.
1862(文久2)年『英和對譯袖珍(しゅうちん)辞書』出版.堀達乃助他編.日本最初の本格的英和辞書.
1866(慶応2)年『西洋事情』ベストセラーとなる.福沢諭吉が著し,明治開化期の文明に大きな影響を与えた.
1867(慶応3)年『和英語林集成』出版.ヘボンによる最初の和英辞典.その後改訂増補された.
1871(明治4)年津田梅子渡米.津田梅子は日本初の女子留学生.1900年女子英学塾(現在の津田塾大の前身)を創設.
1876(明治9)年クラーク博士,札幌農学校に赴任.クラーク (William Smith Clark) 博士は札幌農学校(現北海道大学)初代教頭を務める.諸説あるが,Boys, be ambitious! で有名.同校は新渡戸稲造(にとべいなぞう),内村鑑三など優秀な人材を輩出する.
1890(明治23)年ラフカディオ・ハーン来日.ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn;日本名:小泉八雲)は作家,英文学者.松江中学,東京帝国大学などで教鞭をとる.主著『怪談』『心』など.
1914(大正4)年『熟語本意英和中辞典』出版.斎藤秀三郎著.独創的な内容は,その後の英和辞書に大きな影響を与える.
1918(大正7)年『武信和英大辞典』出版.日本初の本格的和英辞典で,現行の研究社『新和英大辞典』の前身.武信(たけのぶ)由太郎編.
1922(大正11)年パーマー (Harold E. Palmer) 来日.オーラル・メソッド(Oral Method;口頭教授法)を唱え,以後の英語教育に大きな影響を与えた.
1927(昭和2)年研究社『新英和大辞典』出版.日本初の本格的英和大辞典.現在は第6版が出されているが,初版の著者は岡倉由三郎.
1945(昭和20)年『日米会話手帳』ベストセラーとなる.戦後2か月を経ない出版で,360万部の爆発的売れ行きを示した.
1946(昭和21)年平川唯一,英語会話放送開始.平川唯一はNHK放送のいわゆる「カムカム英語」の担当者.第二次世界大戦後の英語ブームの元祖となる.


 ・ 小学館外国語辞典編集部(編) 『英語便利辞典』 小学館,2006年.

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2019-06-08 Sat

#3694. 朝尾 幸次郎(著)『英語の歴史から考える英文法の「なぜ」』 [sobokunagimon][review][toc][hel_education]

 今年3月に出版された朝尾 幸次郎(著)『英語の歴史から考える英文法の「なぜ」』が広く読まれているようだ.拙著の『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)や『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社,2016年)と同趣旨の本ということもあり関心をもって手に取ってみたが,実に読みやすく,分かりやすい.
 内容をどこまで掘り下げているかという観点からいえば,この新刊書は浅掘りである.しかし,「まえがき」 (iv) にあるように,著者は英語史の事前知識を想定しないという立場をとっており,その趣旨からすると,むしろ詳しすぎない程度に記述を抑えているセンスは素晴らしいと言ってよいだろう.本書が手に取ってもらいやすい理由である.
 著者が実例を挙げることを重視したと述べているとおり,本文にも〈英文法こぼれ話〉にも,読者の興味を引く例が掲載されている.ところどころに,見事なキャッチフレーズやセンスの光る解説がみられる.「英語は歴史的かなづかい」のような言い方もその1つだ.
 以下に目次を付そう.章節のタイトルがそのまま素朴な疑問になっているものが多い.本ブログでも扱ってきた話題が多く取り上げられているので,ブログ内をキーワード検索などして記事も眺めていただければと思うが,同じ問題でも,人が変われば眺め方も変わるものである.本書の解説を読んでみて,私自身の手持ちの解説とは異なり,ナルホドと思ったケースも多々あった.是非ご一読を.



 1 英語の始まり
  1.1 ブリテン島の攻防
  1.2 現代英語
  1.3 近代英語
  1.4 中英語
  1.5 古英語
  〈英文法こぼれ話〉 日比谷公園のルーン文字
 2 「てにをは」はどこにある
  2.1 「は」はどこにある
  2.2 屈折の話
  2.3 英語は聞き取りにくい
  〈英文法こぼれ話〉 アポストロフィー大論争
 3 代名詞にだけ主格・目的格があるのはなぜ
  3.1 古い姿を残す1人称代名詞
  3.2 単数にも複数にも you を使うのはなぜ
  3.3 文法性を捨てた3人称代名詞
  3.4 同じ起源だった who, what, why
  3.5 主格と目的格のせめぎあい
  〈英文法こぼれ話〉 who と whom,どちらを使う
 4 屈折はなぜ消えた
  4.1 英語消滅の危機
  4.2 消えた屈折
  4.3 代名詞の they はどこから来た
  〈英文法こぼれ話〉 ポアロはことばの名探偵
 5 格はどこへ行った
  5.1 主語・目的語は何でわかる
  5.2 なぜ It's me. と言うのか
  5.3 なぜ There is/are と言うのか
  5.3 なぜ go home と言うのか
 6 〈3単現〉だけでない動詞の謎
  6.1 不規則動詞は例外か
  6.2 〈3単現〉に -(e)s をつけるのはなぜ
  6.3 be 動詞が無秩序なのはなぜ
  〈英文法こぼれ話〉 『トム・ソーヤーの冒険』に現れる古英語の〈3単現〉
 7 未来形はどこにある
  7.1 「未来形」の謎
  7.2 will が未来を表すのはなぜ
  7.3 shall が未来を表すのはなぜ
 8 仮定法は仮定を表すのか
  8.1 なじみの薄い「法」
  8.2 ものの見方・とらえ方
  8.3 従節に現れる仮定法現在
  8.4 影の薄い仮定法
  8.5 過去形で現在を表すのはなぜ
  8.6 命令文に動詞の原形を使うのはなぜ
 8 仮定法は仮定を表すのか
  9.1 can に〈3単現〉の -s をつけないのはなぜ
  9.2 仮定法の意味を担うようになった may
  9.3 なぜ must には過去形がないのか
  9.4 could, might の将来
 10 覚えきれない単語の謎
  10.1 英語史上最大の危機
  10.2 こんなに語彙が多いのはなぜ
  10.3 不思議な綴り字の謎
  〈英文法こぼれ話〉 U・V・W の謎
 11 前置詞 of の意味はなぜ混乱している
  11.1 「の」では理解できない
  11.2 前置詞 of が所有格の意味を表すのはなぜ
  11.3 所有格と of のどちらを使う
 12 英語は歴史的かなづかい
  12.1 母音を目で見る
  12.2 姿を変えた英語の母音
  12.3 規則的に不規則な英語の綴り字
  〈英文法こぼれ話〉 ghoti の謎
 13 A の謎:可算・不可算はどうして決まる
  13.1 数詞から生まれた不定冠詞
  13.2 可算・不可算はだれが決めた
  13.3 形あるもの・ないもの
  13.4 なぜ a few と言うのか
  〈英文法こぼれ話〉 歴史に残った不定冠詞のつけ忘れ
 14 定冠詞の謎:the はつけるの,つけないの
  14.1 指示代名詞から生まれた定冠詞
  14.2 認識の共有
  14.3 輪郭をつくる
  14.4 とりたて
  〈英文法こぼれ話〉 ハックルベリー・フィンとトム・ソーヤー
 15 関係代名詞に that と wh- があるのはなぜ
  15.1 that を接続詞に使うのはなぜ
  15.2 that, who, which, what を関係代名詞に使うのはなぜ
  15.3 関係代名詞は省略されたのか
  〈英文法こぼれ話〉 二重否定は肯定か
 16 that で程度・結果を表すのはなぜ
  16.1 なぜ so/such ... that と言うのか
  16.2 なぜ so that ... で結果・目的を表すのか
  16.3 なぜ that が「そんなに」と言う意味になるのか
 17 不定詞に to がつくのはなぜ
  17.1 なぜ「不定詞」と言うのか
  17.2 不定詞に to がつくのはなぜ
  17.3 疑問文・否定文に do/does/did が現れるのはなぜ
  〈英文法こぼれ話〉 明治時代の助動詞 do
 18 不定詞は何を表す:to 不定詞と原形不定詞
  18.1 to 不定詞の意味はどこから生まれる
  18.2 動名詞と to 不定詞,何が違う
  18.3 知覚動詞と使役動詞:原形不定詞を使うのはなぜ
 19 現在完了形に have を使うのはなぜ
  19.1 現在完了はなぜ〈have+過去分詞〉なのか
  19.2 完了・結果・経験・継続の意味になるのはなぜ
  19.3 なぜ have to という言い方をするのか
 20 進行形は進行を表すのか
  20.1 進行形はなぜ〈be+...ing〉なのか
  20.2 クローズアップで見せる進行形
  20.3 なぜ be going to という言い方をするのか

 あとがきに替えて――『オックスフォード英語辞典』を使う



 ・ 朝尾 幸次郎 『英語の歴史から考える英文法の「なぜ」』 大修館,2019年.

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2019-06-07 Fri

#3693. 言語における時制とは何か? [tense][category][preterite][future][verb][conjugation][historic_present][historic_present][sobokunagimon]

 昨日の記事「#3692. 英語には過去時制と非過去時制の2つしかない!?」 ([2019-06-06-1]) を受けて,今回は言語における時制 (tense) という文法範疇 (grammatical category) について考えてみる.
 『新英語学辞典』の定義によれば,tense とは「動詞における時間的関係を示す文法範疇をいう.一般的には,時の関係は話者が話している時を中心とする時間領域を現在として,過去と未来に分けられる」とある.
 言語における時制を考える際に1つ注意しておきたいのは,昨日の記事でも述べたように,現実における「時」と言語の範疇としての「時制」とは,必ずしもきれいに対応するわけではないということだ.形態的には「過去形」を用いておきながら,意味的には「現在」を指し示している What was your name? などの例があるし,その逆の関係が成り立つ歴史的現在 (historic_present) なる用法も知られている.このようなチグハグにみえる時と時制との対応関係は,ちょうど古英語の stān (= stone) が,現実的には男性でも女性でもなく中性というべきだが,文法上は男性名詞ということになっている,文法性 (grammatical gender) の現象に似ている.現実世界と言語範疇は,必ずしも対応するわけではないのである.また,言語表現上,範疇を構成する各成員間の境目,たとえば現在と過去,現在と未来との境目が,必ずしもはっきりと区別されているわけではないことにも注意を要する.
 時制の分類法には様々なものがあるが,英語の時制に関していえば,形態的な観点に立ち,過去時制 (preterite tense) と現在時制(present tense) (あるいは非過去時制)(non-preterite tense) の2種とみる見解が古くからある.これは他のゲルマン諸語も然りなのだが,動詞の形態変化によって標示できるのは,たとえば sing (現在形あるいは非過去形)に対して sang (過去形)しかないからだ.一見すると「未来形」であるかのようにみえる will/shall sing は動詞の形態変化によるものではないから,未来時制は認めないという立場だ.
 一方,意味的な観点に立つのであれば,sing, sang に対して will/shall sing は独自の時を指し示しているのだから,時制の1つとして認めるべきだという考え方もある.つまり,英語の時制は,立場によって2種とも3種とも言い得ることになる.
 英語の時制について厄介なのは,動詞のとる時制形は,しばしば純粋に時制を標示するわけではなく,相 (aspect) や法 (mood) といった他の文法範疇の機能も合わせて標示することだ.各々の機能が互いに絡み合っており,時制だけをきれいに選り分けることができないという事情がある.
 英語の時制の問題は,生成文法などで理論的な分析も提案されてきたが,今なお未解決といってよいだろう.今ひとつ重要な理論的貢献として「#2747. Reichenbach の時制・相の理論」 ([2016-11-03-1]) も参照されたい.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

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2019-06-06 Thu

#3692. 英語には過去時制と非過去時制の2つしかない!? [tense][category][preterite][future][verb]conjugation]

 英語史の授業などで,古英語の動詞の時制 (tense) には,過去時制 (preterite tense)と現在(あるいは非過去)時制 (non-preterite tense) の2種類しかないと述べると,学生から必ずといってよいほど「では,未来のことはどうやって表わしたのか」と質問がなされる.現代英語でも,形態的な観点からいえば相変わらず過去時制と現在時制の2つしかないにもかかわらずである.もっといえば,日本語にも過去時制(タ形)と非過去時制(非タ形)の2つしかないわけで,古英語とも現代英語とも異なるところがない.英語を含めたゲルマン語派の諸言語と日本語とはその点ではよく似ているのである.
 形態的にみれば,英語は歴史的に過去時制 (preterite tense) と現在時制(present tense) (あるいは非過去時制 (non-preterite tense) の2種類の時制しかもってこなかったのは事実である.英語では未来のことは主として現在形で表わしてきたのであり,現在時制や過去時制と区別して特別な未来時制というものは存在しなかった.これはゲルマン諸語に共通する特徴であり,その歴史的背景は「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]),「#3331. 印欧祖語からゲルマン祖語への動詞の文法範疇の再編成」 ([2018-06-10-1]) で解説した通りである.
 しかし,上記は「形態的にみれば」という但し書きの解説である.「#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか?」 ([2015-05-14-1]),「#2317. 英語における未来時制の発達」 ([2015-08-31-1]) でみたように,古英語以来,willshall などの助動詞を用いた「統語的(迂言的)な未来形」が現われてきたのは事実であり,その確立の時期については議論があるものの,歴史のある段階から「未来時制」が英語の時制範疇に加わったと論じることはできるかもしれない.
 英語の時制は2つなのか,3つなのかという議論は文法家のあいだでも長らく続けられており,決定的な答えは出されていない.しかし,それよりももっと重要な点は,現実世界の「時」と言語世界における「時制」とを区別して理解しておなければならないということだ.言語によっては,両者が一致していることもあるし,必ずしもそうでないこともある.現実世界(の認識)においては現在・過去・未来の3者が区別されるからといって,言語の文法範疇 (grammatical category) においても同じように3者が区別されるとは限らないのである.古英語も現代英語も日本語も,現実世界で3つの時が区別されているのに対し,言語世界では2つの時制に区別されているにすぎないのである.
 そもそも,言語における時制とは何なのか,明日の記事で考えたい.

Referrer (Inside): [2019-06-07-1]

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2019-06-05 Wed

#3691. ローマ字でも日本人名は姓→名の順序で [romaji][syntax][onomastics][personal_name][japanese]

 私の名前は「堀田隆一」だが,英語を習い始めたときからローマ字書きでは Ryuichi Hotta と書き続けてきた.英語の教科書でも日本人名はそのような書き方だったし,英語圏では「名→姓」という順序が原則だとなれば,特に疑問を抱くこともなかった.だが,後年になってよく考えてみると,私の名前は「隆一堀田」ではなくあくまで「堀田隆一」である.ローマ字で書くにせよ,並び順も含めた Hotta Ryuichi という全体が自らの名前なのではないかという,しごく当たり前のことに気づいた.もちろん人名には正式な名前を崩したニックネームなどの別名があってもよいし,その点でいえば姓・名の順序を入れ替えたヴァリアントがあってもよい.しかし,正式な名前となれば,やはり Hotta Ryuichi なのだろうなと,今では思っている.
 先週,文化庁が日本人名のローマ字表記を姓→名の順で書くようにと官公庁や報道機関などに通知を出したという新聞記事をいくつか読んだ.実は,かつても似たようなお触れが出されたことがあった.2000年に当時の文部省・国語審議会が,人類の言語の多様性を意識し生かしていくべきだという方針のもとに,姓→名のローマ字表記が望ましいと答申したのである.しかし,2000年に示されたこの方向性は定着しなかった.この問題の最近の再燃は,河野太郎外相の持論に端を発するようだ.中国の習近平 (Xi Jinping) や韓国の文在寅 (Moon Jae-in) などは英語でも姓→名と表記しているのに,日本人だけ欧米式に合わせているのは妙ではないか,というわけだ.外相自身は,名刺などでは持論通りの姓→名にしているが,一人で頑張っていても無意味だとして,検討を進めることにしたという.
 日本人名のローマ字表記の名→姓の慣行は,予想通り,明治時代の欧化主義の一環だったらしい.幕末の日米和親条約 (1854) では姓→名でサインされていたが,明治に入ると岩倉具視宛ての英語の手紙に Tomomi Iwakura が確認されるなど,名→姓も現われるようになった.それでも1870年代まではまだ姓→名が多かったようで,名→姓が増えてきたのは,続く80年代,90年代になってからという.
 近年の動向としては,2001年度以前の中学英語教科書では名→姓で自己紹介するような英文が普通だったが,2002年度以後は先の2000年の答申を受けて姓→名となっているという.また,団体によっても慣行は異なるようだ.たとえば日本サッカー協会では2012年に姓→名にすることを発表したが,クレジットカードなどでは名→姓がいまだ一般的である.楽天やトヨタ自動車のような国際企業も名→姓だという.
 2000年の答申では定着しなかったが,今回の文化庁の再挑戦は奏功するのだろうか.ちなみに,私自身は姓であることを示すために大文字書きして HOTTA Ryuichi などとすることが多いが,正直なところをいえば中学時代に刷り込まれた慣習からは脱しがたく,ついつい Ryuichi Hotta と書いていることもしばしばである.
 そもそも英語と日本語とでなぜ姓と名の順序が異なるのかという問題は,ある意味で統語論の話題といえる.これについては「#2366. なぜ英語人名の順序は「名+姓」なのか」 ([2015-10-19-1]) をどうぞ.

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2019-06-04 Tue

#3690. 「ヴ」の根強い人気 [katakana][romaji][japanese][writing][grapheme][grammatology]

 「ヴ」表記については「#3325. 「ヴ」は日本語版の語源的綴字といえるかも?」 ([2018-06-04-1]),「#3667. 消えゆく「ヴ」」 ([2019-05-12-1]),「#3628. 外国名表記「ヴ」消える」 ([2019-04-03-1]) で取り上げてきたが,先日5月23日の朝日新聞朝刊に,専門家による「ヴ」の表記の略史が記述されており興味深く読んだ.要約すると次の通りである.
 早い例では,江戸時代の儒学者・新井白石が,語源研究書「東雅」 (1717) で「呉」の中国語音を表わすのに用いたものがあるという (cf. 「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1]),「#2550. 宣教師シドッチの墓が発見された?」 ([2016-04-20-1])) .しかし,英語の /v/ に対応する文字として「ヴ」が用いられ始めたのは,幕末からである.明治後期,旧文部省は人名・地名などで「ブ」表記の指針を示したが,新聞などでは「ヴ」の使用が続いた.戦後,同省は「ヴ」も容認する方向へ転じたが,59年には方針を元に戻す.さらに91年の内閣告示では一般的には「ブ」表記としながらも「ヴ」も容認する方向へとシフトした.明治以降,原音尊重の原理と使用実態に即した慣用保持の原理の間で,日本語社会のなかで「ヴ」表記が揺れ続けてきたということだろう.近年は国際化も進み,若年層ほど「ヴ」を用いる傾向が強いとされる.
 書籍のデータベースで「ヴ」表記を調査した立正大学の真田治子教授(日本語学)によると,1980年代後半から「ヴ」の使用が急増しているという.考えられる理由として「オシャレで本格的な雰囲気を出し,特別な感じを演出する効果を狙い,見るためだけの視覚的表現として使われている.今はカタカナ表現があふれるからこそ,より際立たせる狙いで『ヴ』が活用されているのでは」とのこと.
 「ヴ」を「見るためだけの視覚的表現」と評価している点がおもしろい.これについては「#2432. Bolinger の視覚的形態素」 ([2015-12-24-1]) も参照されたい.

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2019-06-03 Mon

#3689. 英語の間投詞 [interjection]

 昨日の記事で間投詞(感動詞; interjection)を取り上げたが,考えてみれば妙な語類である.通常,文中の他の要素と統語的な関係をなさないので,そもそも外れ者である.また,完全に閉じた語類というわけではないが,慣習的に用いられるものは比較的少数の語句に限られており,やはり日陰者といってよい.さらに,その言語の体系的な音素体系から外れた音素を用いるものがあるという点でも,変態的である.主流派の言語学において,周辺的な品詞とみられてきたのも容易にうなずける.
 実際,英語の間投詞については,Quirk et al. の大部の文法書ですら扱いが薄い.Interjections と題された§11.55 (p. 853) をまるまる引用しても,以下の程度である.

Interjections are purely emotive words which do not enter into syntactic relations. Some of them have phonological features which lie outside the regular system of the language. Whew, for instance, contains a bilabial fricative [ɸɪu], [ɸː]; tut-tut consists of a series of alveolar clicks, []. What we produce below are the spelling conventions for a wide range of sounds. Secondary pronunciations are derived from the spelling conventions (cf Note [c] below). In addition, many interjections may be associated with nonsystematic features such as extra lengthening and wide pitch range.

Ah (satisfaction, recognition, etc); Aha (jubilant satisfaction, recognition); Ahem, [əʔəm] (mild call for attention); Boo (disapproval, usually for a speaker at gathering; also surprise noise); Eh? [eɪ] (impolite request for repetition . . .); Hey (call for attention); Mm (casual 'yes'); Oh (surprise); Oho (jubilant surprise); Ooh (pleasure or pain); Oops (mild apology, shock, or dismay), Ouch [aʊʧ], Ow [aʊ] (pain); Pooh (mild disapproval or impatience); Sh [ʃ] (request for silence or moderation of noise); Tut-tut [] (mild regret, disapproval); Ugh [ʌx] (disgust); Uh-huh, also Uh-uh (agreement or disagreement); Wow (great surprise)


Note [a] The above is not intended as a complete list. Some interjections are less frequent, eg: Yippee (excitement, delight), Psst [ps] (call for attention, with request for silence). The archaic interjection Alas (sorrow) may be encountered in literature.
       [b] Interjections are sometimes used to initiate utterances: Oh, what a nuisance; Ah, that's perfect.
       [c] There are also some spelling pronunciations: [ʌɡ] for ugh; [tʌt tʌt] for tut-tut, often with an ironic tone; [həʊ həʊ] and [hɑː hɑː], both representing laughter, are always ironic.


 間投詞で何か追究しようとしたら,どんなテーマが可能だろうか.これ自体,お題としておもしろい.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2019-06-02 Sun

#3688. 日本語の感動詞の分類 [interjection][speech_act][pragmatics]

 『図解日本語』 (107) に,日本語の感動詞(あるいは間投詞)の分類例が示されていた.機能に着目した分類である.

                               ┌── 第一種〈あいさつ〉───── 「こんにちわ」「ごめんなさい」
┌── 第 I 類〔行為相当〕──┤
│                             └── 第二種〈呪文・まじない〉── 「アーメン」「ちちんぷいぷい」
│
├── 第 II類〔行為添加〕───── 〈かけ声・はやし声〉──── 「どっこいしょ」「ハァコリャコリャ」
│
├── 第III類〔発始記号〕──┬── 第一種〈呼びかけ〉───── 「やあ」「おい」「こら」
│                             │
│                             ├── 第二種〈起動〉─────── 「さあ」「ほら」
│                             │
│                             ├── 第三種〈持ちかけ〉───── 「ねえ」「なあ」
│                             │
│                             ├── 第四種〈応答〉─────── 「はい」「うん」「ええ」「いいえ」
│                             │
│                             └── 第五種〈反応〉─────── 「あっ」「ほう」「おっと」
│
└── 第 IV類〔遊びことば〕─────────────────── 「えーと」「あー,うー」「そのー」

 ほぼそのまま英語にも応用できると思われるので,参考になる.英語の間投詞については「#2041. 談話標識,間投詞,挿入詞」 ([2014-11-28-1]) も参照.近年は語用論や発話行為というトピックへの関心が高まっておきており,それに伴って感動詞の注目度も上がってきているように思われる.

 ・ 沖森 卓也,木村 義之,陳 力衛,山本 真吾 『図解日本語』 三省堂,2006年.

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2019-06-01 Sat

#3687. 講座「英語の歴史と語源」が始まります [asacul][notice][etymology]

 この夏,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源」と題するシリーズ講座が始まります.全12回ほどの予定となるシリーズで,1年ほどかけてゆっくりペースで進めていく企画です.完全なスケジュールは決まっていませんが,最初の3回分については確定しており,受付も開始しています.以下をご覧ください

 ・ 7月13日(土)15:15〜18:30 「英語の歴史と語源・1 インドヨーロッパ祖語の故郷」
 ・ 7月27日(土)15:15〜18:30 「英語の歴史と語源・2 ケルトの島々」
 ・ 9月7日(土)15:15〜18:30 「英語の歴史と語源・3 ローマ帝国の植民地」

 まずは初回の7月13日の案内を,以下に掲載しておきます.

 シリーズ「英語の歴史と語源」では、英語という言語がたどってきた波乱に富んだ紆余曲折の歴史を、世界史的な大事件と関連づけながら追っていきます。言語の歴史には文法や発音の歴史も含まれますが、本シリーズでとりわけ注目するのは語源、つまり単語の起源です。著名な事件と単語の起源とを結びつけながら、主にイギリスを舞台とする英語の歴史物語を、全12 回にわたり、つむいでいきます。

1 インドヨーロッパ祖語の故郷(7月13日)
 シリーズの初回では、英語の究極の祖先というべきインドヨーロッパ祖語に焦点を当てます。英語はもとよりフランス語,スペイン語,ドイツ語,ロシア語,ヒンディー語などを含む巨大なインドヨーロッパ語族は、紀元前4千年頃の南ロシアのステップ地方に起源をもつとされます。実際、私たちの知る多くの英単語の語源が、この太古の時代にまでさかのぼります。6千年という時間を超えて受け継がれてきた数々の単語について、その由来をひもといて行きましょう。


 これまでも英語史関連の講座をいくつか開いてきましたが,今回はとりわけ単語・語源に注目して,英語の歴史を辿っていく予定です.「シリーズ」とはいえ,単発での参加ももちろん可能ですので,ご関心のある方は是非どうぞ.シリーズの全体像につていは,こちらのチラシもご覧ください.

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最終更新時間: 2019-06-17 08:29

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