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shortening - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-22 09:06

2019-06-22 Sat

#3708. 省略・短縮は形態上のみならず機能上の問題解決法である [abbreviation][shortening][slang]

 授業でディスカッションなどをしていると,ときに学生から驚くような発想が飛び出し,感じ入ることがある.先日,造語法としての省略 (abbreviation) や短縮 (shortening) という話題を取り上げ,話者は何のために語を切り詰めたがるのだろうかということを議論した.
 授業では,話者には頻用する表現を短く楽に発音したいといった実際的な欲求があり,省略・短縮という形態的手段を通じて,その欲求を満たすのだろうという議論をしようと思っていた.つまり,話者は純粋に形態的な簡便さを目指して言語行動を行なうことがしばしばある,ということを論じようと考えていた.
 ところが,ある学生が思ってもみない方面からコメントをくれた.省略・短縮はそのような形態的な問題であるばかりではなく,それ自体が独自の機能をもっているのではないかというのだ.たとえば,「コンビニ」は「コンビニエンスストア」を簡単に短く言うために作られた省略語であるという議論は確かに受け入れられるが,一方でそれが単なるコンビニエンスストア(=便利店)にとどまらず,独自の店舗形態と個性をもった「コンビニ」という固有の存在であることを明示するために,あえて「コンビニエンスストア」とは異なる形態,この場合には縮約された形態を取っているのではないかと.つまり,省略・短縮には機能的な役割があるという指摘だ.
 確かに元の表現をベースにしながらも,それとは異なる表現を作り出すことは,機能的独立を目指す造語行為といえる.そのような造語法には借用,派生,合成,転換を含めて様々な形態的手段があり得るが,最も手近で実用的な方法の1つに省略・短縮があるだろう.発音も楽になるし,元の表現とは似ていながらも一応異なる形態になるという点では,省略・短縮は複合的なニーズを満たしてくれる語形成上の優等生といえそうだ.
 俗語,隠語などの生成動機の問題にもつながる重要な視点である.素晴らしい.

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2019-04-15 Mon

#3640. 語頭音(節)省略による2重語 [doublet][aphaeresis][shortening][abbreviation]

 英語史には,語頭音(節)省略 (aphaeresis) と呼ばれる音韻形態過程を示すの事例は少なくない.it is'tis, beneath'neath, advantagevantage, racooncoon, acutecute などである.さらに「#548. example, ensample, sample は3重語」 ([2010-10-27-1]) のような例もある.
 しばしば,このような過程のビフォーとアフターの両形が互いに意味を違えつつ併存することがあり,その場合には語源を同じくする2重語 (doublet) が生じたことになる.すでに挙げた (ad)vantage(a)cute がその例だが,他にもいくつか挙げてみよう.

 ・ complot (共謀)/ plot (陰謀)
 ・ defence (防衛)/ fence (囲い)
 ・ disport (気晴らし;楽しませる)/ sport (運動,スポーツ)
 ・ distrain (差し押さえる)/ strain (引っ張る,緊張させる)

 私たちにもなじみ深い sport =「スポーツ」の語義は,比較的新しい発達である.原形 disport は14世紀後半の Chaucer の時代に Anglo-French から借用した単語で,当初は「娯楽;気晴らし」の語義で用いられた.語頭音節省略形 sport もすぐに発達したが,語義が「運動ゲーム」へ変化するのは16世紀前半からであり.しかもこの語義の本格的な使用は19世紀後半になってからである.
 この種の2重語はボキャビルにも活用できる.「#1723. シップリーによる2重語一覧」 ([2014-01-14-1]) や「#1724. Skeat による2重語一覧」 ([2014-01-15-1]) も活用されたい.

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2019-03-28 Thu

#3622. latter の形態を説明する古英語・中英語の "Pre-Cluster Shortening" [consonant][vowel][shortening][adjective][comparison][sound_change][etymology]

 「#3616. 語幹母音短化タイプの比較級に由来する latter, last, utter」 ([2019-03-22-1]) で取り上げたように,中英語では,形容詞の比較級において原級では長い語幹母音が短化するケースがあった.これを詳しく理解するには,古英語および中英語で生じた "Pre-Cluster Shortening" なる音変化の理解が欠かせない.
 "Pre-Cluster Shortening" とは,特定の子音群の前で,本来の長母音が短母音へと短化する過程である.音韻論的には,音節が「重く」なりすぎるのを避けるための一般的な方略と解釈される.原理としては,feed, keep, meet, sleep などの長い語幹母音をもつ動詞に歯音を含む過去(分詞)接辞を加えると fed, kept, met, slept と短母音化するのと同一である.あらためて形容詞についていえば,語幹に長母音をもつ原級に対して,子音で始まる古英語の比較級接尾辞 -ra (中英語では -er へ発展)を付した比較級の形態が,短母音を示すようになった例のことを話題にしている.Lass (102) によれば,

Originally long-stemmed adjectives with gemination in the comparative and superlative showing Pre-Cluster Shortening: great 'great'/gretter, similarly reed 'red', whit 'white', hoot 'hot', late. (The old short-vowel comparative of late has been lexicalised as a separate form, later, with new analogical later/latest.)


 長母音に子音群が後続すると短母音化する "Pre-Cluster Shortening" は,ありふれた音変化の1種と考えられ,実際に英語音韻史では異なる時代に異なる環境で生じている.Lass (71) によれば,古英語で生じたものは以下の通り(gospel については「#2173. gospel から d が脱落した時期」 ([2015-04-09-1]) を参照).

About the seventh century . . . long vowels shortened before /CC/ if another consonant followed, either in the coda or the onset of the next syllable, as in bræ̆mblas 'branbles' < */bræːmblɑs/, gŏdspel 'gospel' < */goːdspel/. This removes one class of superheavy syllables.


 この古英語の音変化は3子音連続の前位置で生じたものだが,初期中英語で生じたバージョンでは2子音連続の前位置で生じている.今回取り上げている形容詞語幹の長短の交替に関与するのは,この初期中英語期のものである (Lass 72--73) .

Long vowels shortened before sequences of only two consonants . . . , and --- variably--- certain ones like /st/ that were typically ambisyllabic . . . . So shortening in kĕpte 'kept' < cēpte (inf. cēpan), mĕtte met < mētte'' (inf. mētan), brēst 'breast' < breŏst 'breast' < brēost. Shortening failed in the same environment in priest < prēost; in words like this it may well be the reflex of an inflected form like prēostas (nom./acc.pl.) that has survived, i.e. one where the /st/ could be interpreted as onset of the second syllable; the same holds for beast, feast from French. This shortening accounts for the 'dissociation' between present and past vowels in a large class of weak verbs, like those mentioned earlier and dream/dreamt, leave/left, lose/lost, etc. (The modern forms are even more different from each other due to later changes in both long and short vowels that added qualitative dissociation to that in length: ME /keːpən/ 〜 /keptə/, now /kiːp/ 〜 /kɛpt/, etc.)


 latter (および last) は,この初期中英語の音変化による出力が,しぶとく現代まで生き残った事例として銘記されるべきものである.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.

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2018-08-26 Sun

#3408. Elizabeth の数々の異名 [onomastics][personal_name][shortening][abbreviation][hebrew]

 標題の Elizabeth は,英国史の最も偉大な2人の女性に代表される典型的な英語の女性人名である.旧約聖書に現われるたいへん古い名前であり,語源もよく分かっていないようだが,ヘブライ語で「神の誓い」「神は完全なり」を表わす Elisheba に由来するのではないかと言われる.
 英国では16世紀後半の Elizabeth I の治世が契機となり,後の3世紀間,英語女性名としては絶大な人気を誇ったが,20世紀になると(Elizabeth II の治世にもかかわらず)古めかしい名前と評価されるようになったからか,かつてのような人気は博していないようだ.
 聖書にも現われる古い名前だけに,英国のみならずヨーロッパ諸国で同名,およびそこから派生した名前が人名として広く採用されているが,それらが改めて英語人名として英語社会に入ってくると,Elizabeth ファミリーと呼ぶべき種々の異名が行なわれることになった.あまつさえ,英語内部で省略形,愛称形 (hypocorism),地方方言形も発達してきたので,英語では多種多様な Elizabeth が流通していることになる.以下に,Crystal (148) に拠って,代表的なものを挙げよう.

 ・ Short forms: Bess, Bet, Beth, Eliza, Elsa, Liza, Lisbet, Lisbeth, Liz, Liza
 ・ Pet forms (hypocorism): Bessie, Bessy, Betsy, Bette, Betty, Elsie, Libby, Lilibet, Lizzie, Lizzy, Tetty
 ・ Regional forms: Elspet, Elspeth, Elspie (Scottish)
 ・ Foreign forms: Elizabeth (common European spelling); Babette, Elise, Lise, Lisette (French); Elsa, Else, Ilse, Liesel (German); Bettina, Elizabetta (Italian); Isabel, Isabella, Isbel, Isobel, Izzie, Sabella (Spanish/Portuguese); Elilís (Irish Gaelic); Ealasaid (Scottish Gaelic); Bethan (Welsh)

 歴史的には,これらの異名の各々に対して綴字も様々あり得たわけであり,とりわけ標準的な綴字が普及する18世紀より前には,個人名の「正しい」綴字へのこだわりは稀薄だったので,綴字の多様性は著しい.「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1]) で示唆したとおりである.Elizabeth (および他の多くの名前)について,歴史的にどれだけ多くのヴァリエーションがあったことだろうか.「斉藤」「斎藤」「齋藤」「齊藤」の比ではない!?

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

Referrer (Inside): [2019-03-29-1] [2018-09-20-1]

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2018-06-08 Fri

#3329. なぜ現代は省略(語)が多いのか? [abbreviation][shortening][acronym][blend][lexicology][word_formation][productivity][sociolinguistics][sobokunagimon]

 経験的な事実として,英語でも日本語でも現代は一般に省略(語)の形成および使用が多い.現代のこの潮流については,「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」 ([2011-01-12-1]),「#631. blending の拡大」 ([2011-01-18-1]),「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」 ([2011-09-20-1]),「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」 ([2011-09-22-1]),「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]),「#889. acronym の20世紀」 ([2011-10-03-1]),「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1]) などの記事で触れてきた.現代英語の新語形成として,各種の省略 (abbreviation) を含む短縮 (shortening) は破竹の勢いを示している.
 では,なぜ現代は省略(語)がこのように多用されるのだろうか.これについて大学の授業でブレストしてみたら,いろいろと興味深い意見が集まった.まとめると,以下の3点ほどに絞られる.

 ・ 時間短縮,エネルギー短縮の欲求の高まり.情報の高密度化 (densification) の傾向.
 ・ 省略表現を使っている人は,元の表現やその指示対象について精通しているという感覚,すなわち「使いこなしている感」がある.そのモノや名前を知らない人に対して優越感のようなものがあるのではないか.元の表現を短く崩すという操作は,その表現を熟知しているという前提の上に成り立つため,玄人感を漂わせることができる.
 ・ 省略(語)を用いる動機はいつの時代にもあったはずだが,かつては言語使用における「堕落」という負のレッテルを貼られがちで,使用が抑制される傾向があった.しかし,現代は社会的な縛りが緩んできており,そのような「堕落」がかつてよりも許容される風潮があるため,潜在的な省略欲求が顕在化してきたということではないか.

 2点目の「使いこなしている感」の指摘が鋭いと思う.これは,「#1946. 機能的な観点からみる短化」 ([2014-08-25-1]) で触れた「感情的な効果」 ("emotive effects") の発展版と考えられるし,「#3075. 略語と暗号」 ([2017-09-27-1]) で言及した「秘匿の目的」にも通じる.すなわち,この見解は,あるモノや表現を知っているか否かによって話者(集団)を区別化するという,すぐれて社会言語学的な機能の存在を示唆している.これを社会学的に分析すれば,「時代の流れが速すぎるために,世代差による社会の分断も激しくなってきており,その程度を表わす指標として省略(語)の多用が認められる」ということではないだろうか.

Referrer (Inside): [2019-05-22-1]

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2017-09-27 Wed

#3075. 略語と暗号 [cryptology][abbreviation][shortening][acronym][initialism][writing]

 略語表記は英語でも日本語でも花盛りである.「#889. acronym の20世紀」 ([2011-10-03-1]),「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1]) でみたように,頭字語と呼ばれる acronyminitialism などは新聞や雑誌などに溢れている.確かに略語表記は現代に顕著だが,その存在は古くから確認される.西洋ではギリシア・ローマの時代に遡り,その起こりこそ筆記に要する空間・時間の節約や速記といった実用的な用途にあったかもしれないが,やがて宗教的な目的,秘匿の目的にも用いられるようになった.長田 (43--44) は,暗号との関連から略語について次のように論じている.

 略語は,このように第三者に対する秘匿とは別の目的から使用され,発達してきたが,略語そのものがあまり慣用されていないものであったり,略語の種類が増加してくると,略語表を見ないと元の意味がとれない場合が生じる.また,簡略化によるものや書き止めによる略語(書きかけのまま中途で止めて略語とするもの)には,それが略語であることを示すために単語上や語末に傍線を入れて注意を喚起するようなことが行なわれた.
 じつは,この不便さが一方では秘匿の目的に略語が使用されることにつながるのである.


 AIDSEU であれば多くの人が見慣れており相当に実用的といえるが,最近目につくようになったばかりの EPA(Economic Partnership Agreement; 経済連携協定)や ICBM(Inter-Continental Ballistic Missile; 大陸間弾道弾)では,必ずしも多くの人が何の略語なのか,何を指すのかを認識していないかもしれない.かすかなヒントがあると言い張ることはできるかもしれないが,暗号に近いといえるだろう.
 では,AIDSEU はなぜ認知されやすいのかといえば,繰り返し用いられてきたからである.当初は事実上の暗号に等しかったろうが,それでも構わずに使い続けられていくうちに,多くの人々が慣れ,認知するに到ったということである.これは非暗号化の過程とみることもできるだろう.「これらの略語も繰り返し使用したのでは,秘匿の効果が薄れてしまうことはいうまでもない」(長田,p. 45).

 ・ 長田 順行 『暗号大全 原理とその世界』 講談社,2017年.

Referrer (Inside): [2018-06-08-1]

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2015-06-24 Wed

#2249. 綴字の余剰性 [spelling][orthography][cgi][web_service][redundancy][information_theory][punctuation][shortening][alphabet][q]

 言語の余剰性 (redundancy) や費用の問題について,「#1089. 情報理論と言語の余剰性」 ([2012-04-20-1]),「#1090. 言語の余剰性」 ([2012-04-21-1]),「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1098. 情報理論が言語学に与えてくれる示唆を2点」 ([2012-04-29-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]) などで議論してきた.言語体系を全体としてみた場合の余剰性のほかに,例えば英語の綴字という局所的な体系における余剰性を考えることもできる.「#1599. Qantas の発音」 ([2013-09-12-1]) で少しく論じた通り,例えば <q> の後には <u> が現われることが非常に高い確立で期待されるため,<qu> は余剰性の極めて高い文字連鎖ということができる.
 英語の綴字体系は全体としてみても余剰性が高い.そのため,英語の語彙,形態,統語,語用などに関する理論上,運用上の知識が豊富であれば,必ずしも正書法通りに綴られていなくとも,十分に文章を読解することができる.個々の単語の綴字の規範からの逸脱はもとより,大文字・小文字の区別をなくしたり,分かち書きその他の句読法を省略しても,可読性は多少落ちるものの,およそ解読することは可能だろう.一般に言語の変化や変異において形式上の短縮 (shortening) が日常茶飯事であることを考えれば,非標準的な書き言葉においても,綴字における短縮が頻繁に生じるだろうことは容易に想像される.情報理論の観点からは,可読性の確保と費用の最小化は常に対立しあう関係にあり,両者の力がいずれかに偏りすぎないような形で,綴字体系もバランスを維持しているものと考えられる.
 いずれか一方に力が偏りすぎると体系として機能しなくなるものの,多少の偏りにとどまる限りは,なんとか用を足すものである.主として携帯機器用に提供されている最近の Short Messages Service (SMS) では,使用者は,字数の制約をクリアするために,メッセージを解読可能な範囲内でなるべく圧縮する必要に迫られる.英語のメッセージについていえば,綴字の余剰性を最小にするような文字列処理プログラムにかけることによって,実際に相当の圧縮率を得ることができる.電信文体の現代版といったところか.
 実際に,それを体験してみよう.以下の "Text Squeezer" は,母音削除を主たる方針とするメッセージ圧縮プログラムの1つである(Perl モジュール Lingua::EN::Squeeze を使用).入力するテキストにもよるが,10%以上の圧縮率を得られる.出力テキストは,確かに可読性は落ちるが,慣れてくるとそれなりの用を足すことがわかる.適当な量の正書法で書かれた英文を放り込んで,英語正書法がいかに余剰であるかを確かめてもらいたい.


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2014-08-30 Sat

#1951. 英語の愛称 [shortening][personal_name][suffix][onomastics][metanalysis]

 愛称 (pet name) や新愛語 (term of endearment) は,専門的には hypocorism と呼ばれる.ギリシア語 hupo- "hypo-" + kórisma (cf. kóros (child))) から来ており,子供をあやす表現,小児語ということである.英語の hypocorism の作り方にはいくつかあるが,典型的なものは RobertRob のように語形を短くするものである.昨日の記事「#1950. なぜ BillWilliam の愛称になるのか?」 ([2014-08-29-1]) でみたように,語頭に音の変異を伴うものもあり,EdwardNed (cf. mine Ed), EdwardTed (cf. that Ed?), AnnNan (cf. mine Ann) のように前接要素との異分析として説明されることがある.
 ほかに,愛称接尾辞 (hypocoristic suffix) -y や -ie を付加する Georgie, Charlie, Johnnie などの例があり,とりわけ女性名に好まれる.また,短縮し,かつ接尾辞をつける ElizabethBetty, WilliamBilly, RichardRitchie なども数多い.接尾辞の異形として -sy, -sie もあり,ElizabethBetsy/Bessy, AnneNancy, PatriciaPatsy などにみられる.
 『新英語学辞典』 (542) によれば,歴史的には,接尾辞付加の慣習は15世紀中頃に Charlie などがスコットランドで始まり,それが16世紀以降に各地に広まったものとされる.また,『現代英文法辞典』 (670) によれば,本来は愛称であるから当初は正式名ではなかったが,18世紀から正式名としても公に認められるようになった.
 OALD8 の巻末に "Common first names" という補遺があり,省略名や愛称があるものについては,それも掲載されている.以下,そこから取り出したものを一覧にした(括弧を付したものは,別の参考図書から補足したもの).

1. Female names

AbigailAbbie
AlexandraAlex, Sandy
AmandaMandy
Catherine, Katherine, Katharine, KathrynCathy, Kathy, Kate, Katie, Katy
ChristinaChrissie, Tina
ChristineChris
DeborahDebbie, Deb
Diana, DianeDi
(Dorothy)(Dol)
EleanorEllie
ElizaLiza
Elizabeth, ElizabethBeth, Betsy, Betty, Liz, Lizzie
Ellen, HelenNell
FrancesFran
GeorginaGeorgie
GillianJill, Gill, Jilly
GwendolineGwen
JacquelineJackie
JanetJan
Janice, JanisJan
JenniferJenny, Jen
JessicaJess
JosephineJo, Josie
JudithJudy
KristenKirsty
MargaretMaggie, (Meg, Peg)
(Mary)(Moll, Poll)
NicolaNicky
PamelaPam
PatriciaPat, Patty
PenelopePenny
PhilippaPippa
RebeccaBecky
Rosalind, RosalynRos
SamanthaSam
SandraSandy
SusanSue, Susie, Suzy
Susanna(h), SuzanneSusie, Suzy
Teresa, TheresaTessa, Tess
ValerieVal
VictoriaVicki, Vickie, Vicky, Vikki
WinifredWinnie


2. Male names

AlbertAl, Bert
AlexanderAlex, Sandy
AlfredAlfie
AndrewAndy
(Anthony)(Tony)
BenjaminBen
BernardBernie
(Boswell)(Boz)
BradfordBrad
CharlesCharlie, Chuck
ChristopherChris
CliffordCliff
DanielDan, Danny
DavidDave
DouglasDoug
EdwardEd, Eddie, Eddy, (Ned), Ted
EugeneGene
FrancisFrank
FrederickFred, Freddie, Freddy
Geoffrey, JeffreyGeoff, Jeff
GeraldGerry, Jerry
GregoryGreg
HenryHank, Harry
HerbertBert, Herb
JacobJake
JamesJim, Jimmy, Jamie
JeremyJerry
John
Johnny
JonathanJon
JosephJoe
KennethKen, Kenny
Laurence, LawrenceLarry, Laurie
LeonardLen, Lenny
LeslieLes
LewisLew
LouisLou
(Macaulay)(Mac)
MatthewMatt
MichaelMike, Mick, Micky, Mickey
NathanNat
NathanielNat
NicholasNick, Nicky
PatrickPat, Paddy
(Pendennis)(Pen)
Peter, Pete
PhilipPhil
Randolph, RandolfRandy
RaymondRay
RichardRick, Ricky, Ritchie, Dick
RobertRob, Robbie, Bob, Bobby
RonaldRon, Ronnie
SamuelSam, Sammy
SebastianSeb
Sidney, SydneySid
StanleyStan
Stephen, StevenSteve
TerenceTerry
TheodoreTheo
ThomasTom, Tommy
TimothyTim
VictorVic
VincentVince
WilliamBill, Billy, Will, Willy


 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
 ・ 荒木 一雄,安井 稔 編 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.

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2014-08-29 Fri

#1950. なぜ BillWilliam の愛称になるのか? [shortening][rhyme][personal_name][onomastics][sobokunagimon]

 標記の問題については,WilliamWill と愛称的短化を経た後,一種の rhyming slang (cf. 「#1459. Cockney rhyming slang」 ([2013-04-25-1]))により Bill となったのだろうと思っていた.しかし,なぜ /w/ が /v/ や /f/ や /p/ ではなく /b/ に置換されたのかがはっきりしない.RichardDick, RobertBob についても同様だ.この問題についてもやもやしていたところに,Stern (262) に別の説が提案されていたので紹介する.

I may mention here the phenomenon termed by Sundén pseudo-ellipsis (Sundén, Ell. Words 141 sqq.). Bob has been considered a hypochoristic [sic] shortening of Robert. But why should R- be changed into B-? Sundén points out that there existed in OE the proper names Boba, Bobba, Bobing, and in ME Bobbe, Bobin, Bobbet. Robert was introduced into England through the Norman conquest; a shortening of Robert gave Rob or Robbe, which are also instanced in ME. We have thus Bobbe and Robbe, of different origin, but both of them proper names. It is reasonable to assume that the two names were confused, and Bobbe apprehended as a short form of Robert. Sundén is able to show that a similar process is probable for William --- Bill, Richard --- Dick, Amelia --- Emy, Edward or Edmund --- Ted, Isabella --- Tib, James --- Jem, Jim, and others. We have here a double process: shortening plus phonetic associative interference . . . .


 この説は先の説と矛盾しない.Robert 導入以前に Bob という名前があったとすれば,rhyming slang 経由であれ音声的な関連によるものであれ,RobBob が関連づけられたとしても不思議ではない.
 私の娘は小百合という名前だが,日常的な発音では3モーラでも長く感じられるので,「さゆ」と呼ぶこともあれば「ゆみ」と呼ぶこともある.後者が「ゆり」ではないのは,多分「ゆみ」のほうが一般的な女子の名前として多いために,聞き慣れており,言いやすいから,いつの間にか転じて固定化してしまったものだろう(と自ら分析している).愛称やあだ名は,指示対象を正しく示さなければならないという制限のもとでの一種の言葉遊びと考えられるから,本来,多様性と創造性が豊かなもののはずである.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-08-27 Wed

#1948. Addison の clipping 批判 [clipping][shortening][slang][prescriptive_grammar][shortening][clipping][swift][genitive][clitic]

 昨日の記事では「#1947. Swift の clipping 批判」([2014-08-26-1]) について見たが,Swift の同時代人である Joseph Addison (1672--1719) も,皮肉交じりにほぼ同じ言語論を繰り広げている.

Joseph Addison launched an attack on monosyllables in the Spectator (135, 4 August 1711):

The English Language . . . abound[s] in monosyllables, which gives an Opportunity of delivering our Thoughts in few Sounds. This indeed takes off from the Elegance of our Tongue, but at the same time expresses our Ideas in the readiest manner.


He observes that some past-tense forms --- e.g. drown'd, walk'd, arriv'd --- in which the -ed had formerly been pronounced as a separate syllable (as we still do in the adjectives blessed and aged) had become monosyllables. A similar situation is found in the case of drowns, walks, arrives, 'which in the Pronunciation of our Forefathers were drowneth, walketh, arriveth'. He objects to the genitive 's, which he incorrectly assumes to be a reduction of his and her, and for which he in any case gives no examples. He asserts that the contractions mayn't, can't, sha'n't, wo'n't have 'much untuned our Language, and clogged it with Consonants'. He dismisses abbreviations such as mob., rep., pos., incog. as ridiculous, and complains about the use of short nicknames such as Nick and Jack.


 動詞の -ed 語尾に加えて -es 語尾の非音節化,所有格の 's,否定接辞 n't もやり玉に挙がっている.愛称 NickJack にまで非難の矛先が及んでいるから,これはもはや正気の言語論といえるのかという問題になってくる.
 Addison にとっては不幸なことに,ここで非難されている項目の多くは後に標準英語で確立されることになる.しかし,Addison にせよ Swift にせよ切株や単音節語化をどこまで本気で嫌っていたのかはわからない.むしろ,世にはびこる「英語の堕落」を防ぐべく,アカデミーを設立するための口実として,やり玉に挙げるのに単音節語化やその他の些細な項目を選んだということなのかもしれない.もしそうだとすると,言語上の問題ではあるものの,本質的な動機は政治的だったということになろう.規範主義的な言語論は,たいていあるところまでは理屈で押すが,あるところからその理屈は破綻する運命である.言語論は,論者当人が気づいているか否かは別として,より大きな目的のための手段として利用されることが多いように思われる (cf. 「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1])) .
 なお,所有格の 'shis の省略形であるという Addison の指摘については,英語史の立場からは興味深い.これに関して,「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]),「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1]),「#1479. his 属格の衰退」 ([2013-05-15-1]) を参照されたい.

 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

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2014-08-27 Wed

#1948. Addison の clipping 批判 [clipping][shortening][slang][prescriptive_grammar][shortening][clipping][swift][genitive][clitic]

 昨日の記事では「#1947. Swift の clipping 批判」([2014-08-26-1]) について見たが,Swift の同時代人である Joseph Addison (1672--1719) も,皮肉交じりにほぼ同じ言語論を繰り広げている.

Joseph Addison launched an attack on monosyllables in the Spectator (135, 4 August 1711):

The English Language . . . abound[s] in monosyllables, which gives an Opportunity of delivering our Thoughts in few Sounds. This indeed takes off from the Elegance of our Tongue, but at the same time expresses our Ideas in the readiest manner.


He observes that some past-tense forms --- e.g. drown'd, walk'd, arriv'd --- in which the -ed had formerly been pronounced as a separate syllable (as we still do in the adjectives blessed and aged) had become monosyllables. A similar situation is found in the case of drowns, walks, arrives, 'which in the Pronunciation of our Forefathers were drowneth, walketh, arriveth'. He objects to the genitive 's, which he incorrectly assumes to be a reduction of his and her, and for which he in any case gives no examples. He asserts that the contractions mayn't, can't, sha'n't, wo'n't have 'much untuned our Language, and clogged it with Consonants'. He dismisses abbreviations such as mob., rep., pos., incog. as ridiculous, and complains about the use of short nicknames such as Nick and Jack.


 動詞の -ed 語尾に加えて -es 語尾の非音節化,所有格の 's,否定接辞 n't もやり玉に挙がっている.愛称 NickJack にまで非難の矛先が及んでいるから,これはもはや正気の言語論といえるのかという問題になってくる.
 Addison にとっては不幸なことに,ここで非難されている項目の多くは後に標準英語で確立されることになる.しかし,Addison にせよ Swift にせよ切株や単音節語化をどこまで本気で嫌っていたのかはわからない.むしろ,世にはびこる「英語の堕落」を防ぐべく,アカデミーを設立するための口実として,やり玉に挙げるのに単音節語化やその他の些細な項目を選んだということなのかもしれない.もしそうだとすると,言語上の問題ではあるものの,本質的な動機は政治的だったということになろう.規範主義的な言語論は,たいていあるところまでは理屈で押すが,あるところからその理屈は破綻する運命である.言語論は,論者当人が気づいているか否かは別として,より大きな目的のための手段として利用されることが多いように思われる (cf. 「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1])) .
 なお,所有格の 'shis の省略形であるという Addison の指摘については,英語史の立場からは興味深い.これに関して,「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]),「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1]),「#1479. his 属格の衰退」 ([2013-05-15-1]) を参照されたい.

 ・ Knowles, Gerry. A Cultural History of the English Language. London: Arnold, 1997.

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2014-08-26 Tue

#1947. Swift の clipping 批判 [clipping][shortening][slang][prescriptive_grammar][shortening][clipping][swift]

 昨日の記事「#1946. 機能的な観点からみる短化」 ([2014-08-25-1]) を書きながら,英語史において語形の短化 shortening,とりわけ切株 (clipping) を嫌った強烈な個性を想起した.1712年にアカデミー設立を提案するほどまでに言語問題に入れ込んでいた,時の文豪 Jonathan Swift (1667--1745) である.「#134. 英語が民主的な言語と呼ばれる理由」 ([2009-09-08-1]) や「#141. 18世紀の規範は理性か慣用か」 ([2009-09-15-1]) で少し触れた通り,Swift は,理性の時代の担い手の先駆けとして当時の英語の「堕落」を憂慮し,英語を "refine" し "fix" しようと企図したのだった.
 Swift が憂慮していた項目はいくつかあるが,とりわけ単音節語のもつ軽さが気に入らなかったようだ.しかし,系統的にゲルマン語に属し,「屈折の衰退=語根の焦点化」 ([2011-02-11-1]) で示唆したような単音節の「語根主義」をはからずも持つにいたった近代英語にとって,Swift の単音節語への嫌悪は,まさに自然に反することだった.それでも,Swift は単音節語を,あるいはより正確にいえば単音節語化を,こき下ろした.Swift の言語に関する姿勢は,Baugh and Cable (259) が "Taking his writings as a whole, one may surmise that he would have preferred that the seventeenth century, at least after 1640, with its political, commercial, and scientific revolutions had never happened." と評しているほどに保守的だった.
 だが,逆にいえば,このことは,当時単音節語化が頻繁に起こっていた証拠でもある.Swift がやり玉に挙げたのは,rep (< reputation) や mob (< mobile) などの切株語である.Baugh and Cable (259) より,説明を引用しよう.

The things that specifically troubled the gloomy dean in his reflections on the current speech were chiefly innovations that he says had been growing up in the last twenty years. One of these was the tendency to clip and shorten words that should have retained their full polysyllabic dignity. He would have objected to taxi, phone, bus, ad, and the like, as he did to rep, mob, penult, and others. The practice seems to have been a temporary fad, although not unknown to any period of the language.


 昨日の記事で論じた内容と合わせて考えると,Swift はこれらの切株語形成の背後に感じられる,大衆の "desire for emotive effects" に鼻持ちならなかったのかもしれない.感情は理性によって抑えるべしとする世の中一般に対する Swift の態度が,保守的な言語論へと発展していったものと思われる.
 しかし,Swift の切株への嫌悪は,ある程度は次世代へも引き継がれた.再び Baugh and Cable (259--60) より引用する.

Thus George Campbell in his Philosophy of Rhetoric (1776) says: "I shall just mention another set of barbarisms, which also comes under this class, and arises from the abbreviation of polysyllables, by lopping off all the syllables except the first, or the first and second. Instances of this are hyp for hypochondriac, rep for reputation, ult for ultimate, penult for penultimate, incog for incognito, hyper for hypercritic, extra for extraordinary.


 これらのやり玉に挙げられた切株語はおよそ後世には残らなかったので,Swift や Campbell が生きていたら,安堵していたことだろう.しかし,mob は例外で,現在まで生き残っている.
 関連して,Swift は deudg'd, disturb'd, rebuk'd, fledg'd のような過去・過去分詞語尾の -ed の非音節化も,一種の単音節化であり,同様に忌避すべき省略だと考えていた.しかし,こちらは上記の多くの切株語とは異なり,後にほぼ完全に標準英語において定着することになる.これについては,「#776. 過去分詞形容詞 -ed の非音節化」 ([2011-06-12-1]) を参照されたい.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2014-08-26 Tue

#1947. Swift の clipping 批判 [clipping][shortening][slang][prescriptive_grammar][shortening][clipping][swift]

 昨日の記事「#1946. 機能的な観点からみる短化」 ([2014-08-25-1]) を書きながら,英語史において語形の短化 shortening,とりわけ切株 (clipping) を嫌った強烈な個性を想起した.1712年にアカデミー設立を提案するほどまでに言語問題に入れ込んでいた,時の文豪 Jonathan Swift (1667--1745) である.「#134. 英語が民主的な言語と呼ばれる理由」 ([2009-09-08-1]) や「#141. 18世紀の規範は理性か慣用か」 ([2009-09-15-1]) で少し触れた通り,Swift は,理性の時代の担い手の先駆けとして当時の英語の「堕落」を憂慮し,英語を "refine" し "fix" しようと企図したのだった.
 Swift が憂慮していた項目はいくつかあるが,とりわけ単音節語のもつ軽さが気に入らなかったようだ.しかし,系統的にゲルマン語に属し,「屈折の衰退=語根の焦点化」 ([2011-02-11-1]) で示唆したような単音節の「語根主義」をはからずも持つにいたった近代英語にとって,Swift の単音節語への嫌悪は,まさに自然に反することだった.それでも,Swift は単音節語を,あるいはより正確にいえば単音節語化を,こき下ろした.Swift の言語に関する姿勢は,Baugh and Cable (259) が "Taking his writings as a whole, one may surmise that he would have preferred that the seventeenth century, at least after 1640, with its political, commercial, and scientific revolutions had never happened." と評しているほどに保守的だった.
 だが,逆にいえば,このことは,当時単音節語化が頻繁に起こっていた証拠でもある.Swift がやり玉に挙げたのは,rep (< reputation) や mob (< mobile) などの切株語である.Baugh and Cable (259) より,説明を引用しよう.

The things that specifically troubled the gloomy dean in his reflections on the current speech were chiefly innovations that he says had been growing up in the last twenty years. One of these was the tendency to clip and shorten words that should have retained their full polysyllabic dignity. He would have objected to taxi, phone, bus, ad, and the like, as he did to rep, mob, penult, and others. The practice seems to have been a temporary fad, although not unknown to any period of the language.


 昨日の記事で論じた内容と合わせて考えると,Swift はこれらの切株語形成の背後に感じられる,大衆の "desire for emotive effects" に鼻持ちならなかったのかもしれない.感情は理性によって抑えるべしとする世の中一般に対する Swift の態度が,保守的な言語論へと発展していったものと思われる.
 しかし,Swift の切株への嫌悪は,ある程度は次世代へも引き継がれた.再び Baugh and Cable (259--60) より引用する.

Thus George Campbell in his Philosophy of Rhetoric (1776) says: "I shall just mention another set of barbarisms, which also comes under this class, and arises from the abbreviation of polysyllables, by lopping off all the syllables except the first, or the first and second. Instances of this are hyp for hypochondriac, rep for reputation, ult for ultimate, penult for penultimate, incog for incognito, hyper for hypercritic, extra for extraordinary.


 これらのやり玉に挙げられた切株語はおよそ後世には残らなかったので,Swift や Campbell が生きていたら,安堵していたことだろう.しかし,mob は例外で,現在まで生き残っている.
 関連して,Swift は deudg'd, disturb'd, rebuk'd, fledg'd のような過去・過去分詞語尾の -ed の非音節化も,一種の単音節化であり,同様に忌避すべき省略だと考えていた.しかし,こちらは上記の多くの切株語とは異なり,後にほぼ完全に標準英語において定着することになる.これについては,「#776. 過去分詞形容詞 -ed の非音節化」 ([2011-06-12-1]) を参照されたい.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2014-08-25 Mon

#1946. 機能的な観点からみる短化 [shortening][clipping][word_formation][morphology][function_of_language][style][semantics][semantic_change][euphemism][language_change][slang]

 shortening (短化)という過程は,言語において重要かつ頻繁にみられる語形成法の1つである.英語史でみても,とりわけ現代英語で shortening が盛んになってきていることは,「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]) で確認した.関連して,「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1]),「#894. shortening の分類 (2)」 ([2011-10-08-1]) では短化にも様々な種類があることを確認し,「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]),「#1102. Zipf's law と語の新陳代謝」 ([2012-05-03-1]) では情報伝達の効率という観点から短化を考察した.
 上記のように,短化は主として形態論の話題として,あるいは情報理論との関連で語られるのが普通だが,Stern は機能的・意味的な観点から短化の過程に注目している.Stern は,「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]) で示したように,短化を意味変化の分類のなかに含めている.すべての短化が意味の変化を伴うわけではないかもしれないが,例えば private soldier (兵卒)が private と短化したとき,既存の語(形容詞)である private は新たな(名詞の)語義を獲得したことになり,その観点からみれば意味変化が生じたことになる.
 しかし,private soldier のように,短化した結果の語形が既存の語と同一となるために意味変化が生じるというケースとは別に,rhinocerosrhino, advertisementad などの clipping (切株)の例のように,結果の語形が新語彙項目となるケースがある.ここでは先の意味での「意味変化」はなく意味論的に語るべきものはないようにも思われるが,rhinocerosrhino の意味の差,advertisementad の意味の差がもしあるとすれば,これらの短化は意味論的な含意をもつ話題ということになる.
 Stern (256) は,短化を形態的な過程であるとともに,機能的な観点から重要な過程であるとみている.実際,短化の原因のなかで最重要のものは,機能的な要因であるとまで述べている.Stern (256) の主張を引用する.

Starting with the communicative and symbolic functions, I have already pointed out above . . . that brevity may conduce to a better understanding, and too many words confuse the point at issue; the picking out of a few salient items may give a better idea of the topic than prolonged wallowing in details; the hearer may understand the shortened expression quicker and better.
   The expressive function is partly covered by signals, but a shortened expression by itself may, owing to its unusual and perhaps ungrammatical, form, reflect better the speaker's emotional state and make the hearer aware of it. Clippings are very often intended to make the words express sympathy or endearment towards the persons addressed; nursery speech abounds in nighties, tootsies, etc., and clippings of proper names, transforming them into pet names, are often due to a similar desire for emotive effects . . . . The numerous shortenings (clippings) in slang and cant often aim at a humourous effect.
   Conciseness and brevity increase vivacity, and thus also the effectiveness of speech; brevity is the soul of wit; the purposive function may consequently be better served by shortened phrases.


 形態論や情報理論のいわば機械的な観点から短化をみるにとどまらず,言語使用の目的,表現力,文体といった機能的な側面から短化をとらえる洞察は,Stern の面目躍如たるところである.形態を短化することでむしろ新機能が付加される逆説が興味深い.
 引用の文章で言及されている婉曲表現 nighties と関連して,「#908. bra, panties, nightie」 ([2011-10-22-1]) 及び「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) も参照されたい.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

Referrer (Inside): [2018-06-08-1] [2014-08-26-1]

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2014-08-02 Sat

#1923. only の意味の but [adverb][shortening][negative][negative_cycle][semantic_change][reanalysis][metanalysis][terminology][clipping]

 現代英語で but は多義語の1つである.用法が非常に多く,品詞だけみても接続詞,前置詞,代名詞,副詞,名詞,動詞までと範囲が広い.このなかで副詞としての用法に注目したい.文語において only の意味で用いられる but がある.例文を挙げよう.

 ・ He is but a child.
 ・ There is but one answer to your question.
 ・ There were a lot of famous people there: Tom Hanks and Julia Roberts, to name but two.
 ・ I heard it but now.
 ・ I don't think we'll manage it. Still, we can but try.


 but のこの意味・用法は歴史的にはどこから来たのだろうか.考えてみれば,He is but a child. という文は He is nothing but a child. とも言い換えられる.後者では but は「〜を除いて」の意の前置詞と分析され全体としては否定構造となるが,前者の肯定構造と事実上同義となるのは一見すると不思議である.しかし,歴史的には only の意味の but は,まさに nothing but のような否定構造から否定辞が脱落することによって生じたのである.短縮あるいは省略の事例である.Stern (264) は次のように述べている.

In English, an original ne--butan has been shortened to but: we nabbað her buton fif hlafas and twegen fiscas > we have here but five loafs and two fishes (Horn, Sprachkörper 90), he nis but a child > he is but a child (NED but 6). The immediate cause of the omission of the negation is not quite certain. It is not impossible that influence from other uses of but may have intervened.


 OED の but, prep., adv., conj., n.3, adj., and pron. の語義6aにも同趣旨の記述が見られる.

By the omission of the negative accompanying the preceding verb . . ., but passes into the adverbial sense of: Nought but, no more than, only, merely. (Thus the earlier 'he nis but a child' is now 'he is but a child'; here north. dialects use nobbut prep., conj., and adv. = nought but, not but, 'he is nobbut a child'.)


 なお,OED ではLangland (1393) がこの用法の初例となっているが,MEDbut (conj. (also quasi adj., adv., and prep.)) 2a によれば,13世紀の The Owl and the Nightingale より例が見られる.
 短縮・省略現象としては,ne butan > but の変化は,"negative cycle" として有名なフランス語の ne . . . pas > pas の変化とも類似する.pas は本来「一歩」 (pace) ほどの意味で,直接に否定の意味を担当していた ne と共起して否定を強める働きをしていたが,ne が弱まって失われた結果,pas それ自体が否定の意味を獲得してしまったものである(口語における Ce n'est pas possible. > C'est pas possible. の変化を参照).この pas の経た変化は,本来の意味を失い,否定の意味を獲得したという変化であるから,「#1586. 再分析の下位区分」 ([2013-08-30-1]) で示した Croft の術語でいえば "metanalysis" の例といえそうだ.
 確かに,いずれももともと共起していた否定辞が脱落する過程で,否定の意味を獲得したという点では共通しており,統語的な短縮・省略の例であると当時に,意味の観点からは意味の転送 (meaning transfer) とか感染 (contagion) の例とも呼ぶことができそうだ.しかし,butpas のケースでは,細部において違いがある.前田 (115) から引用しよう(原文の圏点は,ここでは太字にしてある).

ne + pas では,否定辞 ne の意味が pas の本来の意味〈一歩〉と完全に置き換えられたのに対して,この but の発達では,butan の意味はそのまま保持され,そのうえに ne の意味が重畳されている.この例に関して興味深いのは,否定辞 ne は音声的に消えてしまったのに,意味だけがなおも亡霊のように残っている点である.つまり,この but の用法では,省略された要素の意味が重畳されているぶん,but の他の用法に比べて意味が複雑になっている.


 したがって,but の経た変化は,Croft のいう "metanalysis" には厳密に当てはまらないように見える.前田は,but の経た変化を,感染 (contagion) ではなく短縮的感染 (contractive contagion) と表現し,pas の変化とは区別している.なお,Stern はいずれのケースも意味変化の類型のなかの Shortening (より細かくは Clipping)の例として挙げている(「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]) を参照).

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
 ・ 前田 満 「意味変化」『意味論』(中野弘三(編)) 朝倉書店,2012年,106--33頁.

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2012-05-03 Thu

#1102. Zipf's law と語の新陳代謝 [information_theory][frequency][statistics][zipfs_law][shortening][language_change]

 昨日の記事[2012-05-02-1]Zipf's law について概説した.Zipf's law には派生した「法則」が多くあり,その1つに,[2012-04-22-1]の記事「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」でも指摘した「言語要素は,頻度が高ければ音形が短い」というものがある.これを,より動的に,通時的に表現すると「言語要素は,頻度が高くなれば音形が短くなる」となる.ある語の頻度が高くなってゆくと,ある程度の遅延はあるものの,その音形が短くされてゆく傾向のあることは,私たちも経験的によく知っていることである.「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」([2011-09-22-1]) や「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]) で見たとおり,現代英語の新語ソースとして短縮 (shortening) による語形成が増加しており,例には事欠かない.
 この Zipf's law の派生法則のもつ共時的意義と通時的意義を合わせて考えると,語の頻度と長さによって,それが老いゆく語 (senescent word) なのか,生まれつつある語 (nascent word) なのかを区別できるという可能性が生じる.Zipf 著 Human Behaviour and the Principle of Least Effort: An Introduction to Human Ecology の書評を著わした Chao (399) より,関連箇所を引用しよう.

A very interesting application of the tool analogy is that of senescent and nascent tools in connection with the Principle of Economical Specialization. Reasoning from tool efficiency yields the result that 'whenever we find a tool (or word) whose magnitude is smaller than that of its neighbors in the frequency range, we may conclude that the tool (or word) of below-average size is an older tool (or word) whose usage is on the decrease (hereinafter we shall call this a senescent tool)', and 'whenever we find a tool (or word) whose magnitude is above average for its frequency, we may conclude not only that it is a newer tool (or word), but that its usage may well be directed toward an increase (hereinafter we shall call this a nascent tool)' (72). The application to words is verified to a fair degree for English of various periods (111). By regarding all behavior as work and words as tools, the analogy becomes a case and the qualifier 'or word' can be omitted.


 音形の比較的短いある単語 A を考える.Zipf's law によれば,A は比較的頻度の高い語だと予想されるが,実際には同程度の頻度を示す他の多くの語に比べると音形が短すぎたとする.この場合,おそらく A はさかりを過ぎて頻度が徐々に低まってきた senescent word と考えてよいだろう.反対に,音形の比較的長いある単語 B を考える.Zipf's law によれば,B は比較的頻度の低い語だと予想されるが,実際には同程度の頻度を示す他の多くの語に比べると音形が長すぎたとする.この場合,おそらく B はこれから頻度がますます増してゆき,短縮を起こしてゆくと予想される nascent word と考えてよいだろう.これは,Zipf's law に,冒頭に述べた時間的遅延とを掛け合わせた応用法則といってよい.
 通常 Zipf's law は静的で共時的な統計的法則ととらえられているが,動的で通時的な観点から,語の新陳代謝の法則として再解釈してみるとおもしろい.

 ・ Chao, Y. R. "Review of Human Behaviour and the Principle of Least Effort: An Introduction to Human Ecology by George Kingsley Zipf." Language 26 (1950): 394--401.

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2012-05-02 Wed

#1101. Zipf's law [information_theory][frequency][statistics][language_change][zipfs_law][shortening][pragmatics][zipfs_law]

 ##1089,1090,1091,1098 の記事で,情報理論 (information theory) が言語学に与えてくれる知見について,いくつか見てきた.情報理論からの貢献として,最もよく知られているものの1つに,アメリカの言語学者 George Kingsley Zipf (1902--50) が1949年に Human Behaviour and the Principle of Least Effort: An Introduction to Human Ecology において提唱した Zipf's lawジップの法則)がある.語の頻度についての経験的な法則であり,語の頻度を f とし,その頻度の順位を r とすると,その積 C はほぼ定数となるという.

r × f = C


 この法則は,言語,テキストの主題,著者,その他の言語的な変数にかかわらず成り立つとされるが,実際には頻度が最高および最低の語群については誤差の大きいことがわかっており,信頼性は高くないとして批判も多い.また,r (頻度順位)は当然ながら f (頻度)に依存しており,f が増えれば r が減るのは自明であるから,その積が近似値をとるということは驚くべき帰結ではない,一種のトートロジーであるという批判がある.しかし,経験的事実に照らして法則とまではいわずとも傾向をよく表わしているということはでき,これを明示的に指摘した意義は大きい.
 Zipf's law の波及効果は多岐にわたる.例えば,この法則によれば,使用頻度の高い語からその使用頻度の累計を求めて行くと比較的少数の語で延べ語数の大部分を占めることから,学習基本語彙の設定に根拠を与えるものとなる.また,この法則に適合しない頻度分布を示す語彙があるとすれば,他の特殊な要因が関与している可能性が疑われるとされる(少数の語の頻度があまりに高すぎれば語彙の貧弱化が生じていると診断されるし,頻度の低いはずの語が高頻度で用いられている場合には爆発的な新造語彙や精神分裂症が原因と想定される等々).
 Zipf's law は,人間の行動を司るとされるより大きな原則,the Principle of Least Effort (最小努力の原則)の一部であり,その言語への応用は,上記の最もよく知られた頻度と頻度順の関係の公式化のみならず,他の公式の提案にも及んでいる.例えば,語の頻度と語の長さは反比例の関係にある,というものもある.最頻語は単音節であることが多いという事実(音節数の分布調査については ##348,349,355 を参照)や,頻度が高くなると頭字語などのように短縮・省略されることが多いという事実も,この公式で説明される.ほかには,ある頻度範囲とそれに属する語の数の関係を表わす公式,調音の難しい音素は頻度が低いとする原則など,派生した法則は数多い.語用論の cooperative principle (協調の原則)における量の格律「(その状況において)必要とされている(だけの)情報を与えよ」とも関与するだろう."effort" の定義などの難しい問題が残っており,また最小努力が人間の行動を司る唯一の原則であるとは考えることもできないが,真理の一面をついたものとして重要な学説であることは間違いない.
 なお,諸文献では,上記のいずれの原則も Zipf's law として言及されることがあり,また Zipf's laws と複数形でまとめられたり,the Principle of Least Effort と総括されたりすることもあるので注意が必要である.Zipf の著書の書評としては Chao を参照.類似の統計的法則については,Crystal (86--87) を参照.

 ・ Chao, Y. R. "Review of Human Behaviour and the Principle of Least Effort: An Introduction to Human Ecology by George Kingsley Zipf." Language 26 (1950): 394--401.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.

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2012-04-22 Sun

#1091. 言語の余剰性,頻度,費用 [redundancy][information_theory][frequency][shortening][grammaticalisation][idiom][intensifier][language_change]

 本ブログでも度々取り上げている André Martinet (1908--99) は,情報理論の知見を言語学に応用し,独自の地平を開いた構造言語学者である.[2012-04-20-1], [2012-04-21-1]の記事で,言語の余剰性 (redundancy) の問題に触れてきたが,Martinet は余剰性と関連させて確率 (probability) ,情報 (information) ,頻度 (frequency) ,費用 (cost) といった概念をも導入し,これらの関係のなかに言語変化の原因を探ろうとした.以下は,これらの用語を導入した後の一節である(拙訳つきで).

Ce qu'il convient de retenir de tout ceci pour comprendre la dynamique linguistique se ramène aux constatations suivantes : il existe un rapport constant et inverse entre la fréquence d'une unité et l'information qu'elle apporte, c'est-à-dire, en un certain sens, son efficacité ; il tend à s'établir un rapport constant et inverse entre la fréquence d'une unité et son coût, c'est-à-dire que représente d'énergie consommée chaque utilisation de cette unité. Un corollaire de ces deux constatations est que toute modification de la fréquence d'une unité entraîne une variation de son efficacité et laisse prévoir une modification de sa forme. Cette dernière pourra ne se produire qu'à longe échéance, car les condition réelles du fonctionnement des langues tendent à freiner les évolutions. (189--90)

言語の力学を理解するために,このこと全体について理解すべきことは,次の確認事項である.ある単位の頻度とそれがもつ情報(すなわちある意味ではその効果)のあいだには一定にして反比例の関係がある;それは,ある単位の頻度とその費用(すなわちその単位を使用することで消費されるエネルギー)のあいだの一定にして反比例の関係となる傾向がある.この2つの確認事項の当然の帰結として,ある単位の頻度が変わればその効果も変化するし,その形態の変化も予想されることになる.この後者の変化はあくまで長期間をかけて生じるものである.というのは,言語作用の現実の状況は発達を抑制する傾向があるからだ.


 Martinet は,引用した節よりも前の箇所で,余剰性が高いということは予測可能性が高いということであり,それは言語要素の出現確率あるいは頻度とも密接に関連するということを論じている.一般に,言語要素は頻度が高ければ余剰性も高く,情報価値は低い: "plus une unité (mot, monème, phonème) est fréquente, moins elle est informative" (188) .そして,ここに費用という要素を持ち込むことによって,新たな洞察が得られた.話者にとって,頻度が高ければ高いほど,その1回の発音に必要とされるエネルギーの量は少ないほうが都合がよい.多くのエネルギーを要する発音を何度も繰り返すのは不経済だからだ.逆に,頻度の低い表現は,たとえ発音に大きなエネルギーが必要だとしてもあまり困らない.いずれにせよ,発音する機会が稀だからだ.
 このように,「費用」を発音にかかるエネルギー量と解釈する場合,厳密には個々の音の発音がどのくらいの費用を要するかを知る必要があるが,その計測は難しい.しかし,仮にすべての単音の発音が同じ程度の費用を要すると仮定すれば,特定の表現に要する費用はその音形の長さに依存するはずである.費用を単純に音形の長さと同値とすれば,次の関係が想定できる:「言語要素は,頻度が高ければ音形が短い」.これを言語変化に当てはめれば「言語要素は,頻度が高くなれば音形が短くなる」となろう.
 頻度と費用の反比例の関係は,経験的によく理解できる.よく使われる語句は発音においても表記においても短縮・省略される傾向がある.場合によっては,短縮・省略の究極の結末として,無に帰すことすらある.文法的な慣用表現が短縮した上で固定化する例もよく見られ,これは文法化 (grammaticalisation) として扱われる話題にほかならない.また,[2012-01-14-1]の記事で取り上げた「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」も,頻度と費用の関係という観点からとらえなおすことができるだろう.
 ただし,上の引用の最後にある通り,頻度と費用の関係から言語変化を説明しようとする際には,時間差を考慮する必要がある.ある語の頻度が増してきてからその語形が短縮されるまでには,当然,ある程度の時間が必要だからだ.また,頻度と費用の負の相関関係は,あくまで緩やかなものであることにも注意しておく必要がある.上の一節に先行する標題が "Laxité du rapport entre fréquence et coût" (頻度と費用の関係の緩やかさ)であることを付け加えておこう.

 ・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.

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2011-10-22 Sat

#908. bra, panties, nightie [shortening][euphemism][iconicity]

 残念ながら出典は失念したのだが,それを知って以来ずっと気になっていた現象がある.ファッション業界の性癖なのか陰謀なのか,衣服を表わす語には形態的な shortening を経ていたり,指小辞 (diminutive) を付加しているものが多いというものである.標題に挙げた bra (< brassiere), panties (< underpants), nightie (< nightdress) はその一部に過ぎないが,特に女性ものに多いように思われる.衣服を表わす語彙が全体的に女性ものに偏っているということはありそうであり,そのために衣服語の短縮傾向も女性ものに偏っているということなのかもしれない.Web3 の -ie 1b にも次のような記述がある.

--- in names of articles of feminine apparel <nightie> <pantie>


 ファッション業界は金の動く産業である.業界による商売戦略だろうかと勘ぐったが,それが成功するのであれば,他の業界も同じ技を利用するはずである.この謎に対して,最近読んでいた Foster (143) がなかなか説得力のある説明を与えてくれており,感心した.

A curious linguistic --- or psychological --- feature is that so many names of women's garments exist in a diminutive form (philologically, that is) ending in -ie, or -ies in the plural. Thus 'nightie', 'cammie' (a spoken form current up to the nineteen-twenties for 'camisole', enshrined in the compound 'cami-knickers'), and the unlovely 'combies', in addition to those incidentally mentioned above. The underlying and unconscious motive is possibly to lend an air of childish artlessness to words which are felt to have some element of taboo attached to them. Smallness in itself is of course supposed to be highly desirable by women in anything concerning their figures . . . .


 ここで提案されているのは,euphemism の作用と,物理的な小ささを望む欲求と言語的な小ささを望む欲求との iconicity の作用が働いているのではないかということである.前者については,[2010-08-09-1]の記事「#469. euphemism の作り方」の (7) を参照されたい.後者については,[2009-08-18-1]の記事「言語は世界を写し出す --- iconicity」を参照されたい.
 いずれにしても,「かわいらしさ」を追求していることは確かだろう.指小辞として -y ではなく -ie の綴字が用いられていることも,ことさらに「かわいらしさ」を演出しているように思える.ここでは,フランス語ゆずりの -e のもつ女性らしさが効いているのではないか.

 ・ Foster, Brian. The Changing English Language. London: Macmillan, 1968. Harmondsworth: Penguin, 1970.

Referrer (Inside): [2014-08-25-1] [2014-07-19-1]

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2011-10-09 Sun

#895. Miss は何の省略か? [word_formation][spelling_pronunciation][clipping][title][address_term][shortening][sobokunagimon]

 独身女性の姓・姓名の前に用いる Miss という敬称がある.近年では代わりに Ms. あるいは Ms を用いるようになってきており(国連では1973年に正式採用),かつてよりも出番は低くなっている.(敬称については,[2009-10-16-1]の記事「#172. 呼びかけ語としての Mr, *Mrs, Miss」を参照.)
 MrsMr には主に米式で Mrs.Mr. とピリオドがつけられるが,Miss については英米ともにピリオドは不可である.その理由は,Miss が省略形ではないからとされているが,とんでもない,れっきとした省略形である.その etymon は mistress であり,興味深いことにこの語は Mrs の etymon でもある.mistress という同じ語が,既婚か未婚かで形態と綴字を分かち,MrsMiss を生み出したのである.
 17世紀後半,mistress が書記上の短化を経て <Mrs> と綴られるようになったが,この語は名前の前位置でしか使われなくなったために弱強勢が置かれるようになり,発音としては19世紀初頭までに /ˈmɪsɪs/ あるいは /ˈmɪsɪz/ へと短縮された.こうして,現在の綴字と発音の対応が確定した.
 それとは別の経路で,17世紀までに,発音上の切り株で /mɪs/ が生み出されたようだ.その時期の綴字 <Mis> あるいは <Mis.> がその発音を示唆しているように思われるが,実際にはその初期の綴字の例は書記上の短化にすぎなかった可能性もある.つまり,むしろ書記上の短化 <Mis> や <Miss> が先に生じ,それに合わせるかのように /mɪs/ の発音が生まれたと考えられなくもない.この場合,spelling pronunciation が生じたことになる.
 Heller and Macris (206) は後者の可能性を指摘している.昨日の記事で取り上げた AWOL の最初の2段階が,ここにも当てはまると考えているようだ.mistress → <Miss> → /mɪs/ と変化したことになる.書記上の短化が音韻上の短化を誘引した,という説だ.
 いずれの説を採るにせよ,<Miss> で <s> が繰り返されている点が問題となる./mɪs/ の発音に適合するように重子音字化したのか,あるいは Heller and Macris (206) が述べている通り,<Mis(tres)s> もしくは <Mi(stre)ss> の "acrouronym" ([2011-10-07-1]) の例なのか,あるいはその両者の相互作用の結果なのか.
 もう1つ残された問題は,先に取り上げた Miss にピリオドがつかないのはなぜか,という問題だ.Miss は,上記のようにいくつかの考え方はあるものの,Mr.Mrs. とは異なり,発音と綴字が結果的に一致した.このことによって,Miss が本来は略語であるという認識が薄れたのではないか.れっきとした1単語であるという認識が,ピリオドをつけないという書記上の特徴に反映されていると考えることができる.音韻と書記の循環的作用は,侮ることのできない言語変化の一要因なのかもしれない.

 ・ Heller, L. G. and James Macris. "A Typology of Shortening Devices." American Speech 43 (1968): 201--08.

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