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syntax - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-12-03 17:15

2021-11-27 Sat

#4597. 古英語の6つの異なる語順:SVO, SOV, OSV, OVS, VSO, VOS [word_order][oe][syntax]

 主語 (S),動詞 (V),目的語 (O) の3つの要素の組み合わせ順を考えるとき,現代英語においては SVO が規則だが,英語の歴史においては他の語順も見られたことについては「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1]),「#4385. 英語が昔から SV の語順だったと思っていませんか?」 ([2021-04-29-1]) などの記事で取り上げてきた(関連する記事へのリンク集としては「#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介」 ([2021-09-18-1]) もご覧ください).
 さて,古英語においては S, V, O の3要素について論理的に考え得るすべての語順が実際に確認される.SVO, SOV, OSV, OVS, VSO, VOS の6つだ.Molencki (295--96) より,各々の例文を1つずつ挙げよう.

 ・ SVO: Mathathias ofsloh hine sona 'Mathathias killed him soon' (ÆLS [Maccabees] 224)
 ・ SOV: Gregorius hine afligde 'Gregory him expelled' (ÆCHom i.22.624)
 ・ OSV: Fela Godes wundra we habbað gehyred 'many God's wonders we have heard' (ÆCHom i.578.28)
 ・ OVS: hiene ofslog an efor 'him killed a wild boar' (ChronA 885)
 ・ VSO: Ða fregn he mec hwæðer ic wiste hwa ðæt wære 'then asked he me whether I knew who that were-SUBJ' (Bede 402.13)
 ・ VOS: ða andswarudon him sume þara bocera 'then answered him some of the scribes' (Lk [WSCp] 20.30)

 今回は S, V, O の3要素の語順に注目しているが,そこにはゲルマン語における "verb second" の語順規則も密接に絡んでおり,語順を巡る規則の実態はもっと複雑である.しかし,古英語が,現代英語のようなガチガチの固定語順をもった言語だったわけではないことは,これらの例文から明らかだろう.

 ・ Molencki, Rafał. "Old English: Syntax." Chapter 19 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 294--313.

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2021-11-25 Thu

#4595. 強調構文に関する「ケルト語仮説」 [celtic][borrowing][syntax][contact][substratum_theory][celtic_hypothesis][cleft_sentence][irish_english]

 「#2442. 強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ」 ([2016-01-03-1]),「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]) で取り上げてきたように,「強調構文」として知られている構文の起源と発達については様々な見解がある(ちなみに英語学では「分裂文」 (cleft_sentence) と呼ぶことが多い).
 比較的最近の新しい説によると,英語における強調構文の成長は,少なくとも部分的にはケルト語との言語接触に帰せられるのではないかという「ケルト語仮説」 (celtic_hypothesis) が提唱されている.伝統的には,ケルト語との接触による英語の言語変化は一般に微々たるものであり,あったとしても語彙借用程度にとどまるという見方が受け入れられてきた.しかし,近年勃興してきたケルト語仮説によれば,英語の統語論や音韻論などへの影響の可能性も指摘されるようになってきている.英語の強調構文の発達も,そのような事例の1候補として挙げられている.
 先行研究によれば,古英語での強調構文の事例は少ないながらも見つかっている.例えば以下のような文である (Filppula and Klemola 1695 より引用).

þa cwædon þa geleafullan, 'Nis hit na Petrus þæt þær cnucað, ac is his ængel.' (Then the faithful said: It isn't Peter who is knocking there, but his angel.)


 Filppula and Klemola (1695--96) の調査によれば,この構文の頻度は中英語期にかけて上がってきたという.そして,この発達の背景には,ケルト語における対応表現の存在があったのではないかとの仮説を提起している.論拠の1つは,アイルランド語を含むケルト諸語に,英語よりも古い時期から対応表現が存在していたという点だ.実はフランス語にも同様の強調構文が存在し,むしろフランス語からの影響と考えるほうが妥当ではないかという議論もあるが,ケルト諸語での使用のほうが古いということがケルト語仮説にとっての追い風となっている.
 もう1つの論拠は,現代アイルランド英語 (irish_english) で,英語の強調構文よりも統語的自由度の高い強調構文が広く使われているという事実だ.例えば,次のような自由さで用いられる (Filppula and Klemola 1698 より引用).

 ・ It is looking for more land they are.
 ・ Tis joking you are, I suppose.
 ・ Tis well you looked.


 このようなアイルランド英語における,統語的制限の少ない強調構文の使用は,そのような特徴をもつケルト語の基層の上に英語が乗っかっているためと解釈することができる.いわゆる「基層言語仮説」 (substratum_theory) に訴える説明だ.
 今回の強調構文の事例だけではなく,一般にケルト語仮説に対しては異論も多い.しかし,古英語期(以前)から現代英語期に及ぶ長大な時間を舞台とする英語とケルト語の言語接触論は,確かにエキサイティングではある.

 ・ Filppula, Markku and Juhani Klemola. "English in Contact: Celtic and Celtic Englishes." Chapter 107 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1687--1703.

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2021-11-23 Tue

#4593. 語用論的な if you like 「こう言ってよければ」の発展 [pragmatics][discourse_marker][lmode][construction_grammar][politeness][comment_clause][syntax][constructionalisation]

 if you like/choose/prefer/want/wish/will という表現は,if you wish it to be so called 「こう言ってよければ」ほどの意味で,挿入句として口語でよく用いられる.形式的には if を用いた条件節だが,論理的に帰結節の内容と結びつくわけではなく,あくまでメタ言語的に用いられる.3つほど例文を挙げてみよう.

 ・ It was, if you like, an error of judgment.
 ・ He, or She, if you prefer, could do better than that.
 ・ Music, if you will, is medicine.

 このような語用論的な使い方の「if you + 選択動詞」構文を,Brinton (273) は "if-EC" (= if-elliptical clause) と呼んでいる.この構文の発生は比較的新しく,後期近代英語のことらしい.その原型として Call it cruelty if you like, not mercy. のような "call it X" 構文があったのではないかと提案している.構文化 (constructionalisation) を念頭に置いた議論だが,Brinton (290) の論考の結論部を引用しよう.

In conclusion, elliptical if-ECs --- if you choose/like/prefer/want/wish --- all serve metalinguistic and politeness functions in PDE; like and prefer are particularly common in these functions. The clauses make their appearance in the LModE period. Semantically the metalinguistic meanings of if-ECs can be seen as developing from the concrete propositional meaning 'if you choose to do X'. The syntactic derivation of these clauses is problematic, however, because it is impossible to trace their origin back to bipartite (protasis-apodosis) structures where the valency of the verbs is complete. Reconstruction of the complement of the verb in the if-clause proves difficult because of the varied complement structures found historically and the rarity of such structures with metalinguistic meaning. While if-ECs in their propositional meaning typically occur with an explicit apodosis (if you want, open the window), apodoses never occur when the if-ECs function metalinguistically (it's large, even gargantuan, if you wish [*you may say so]). Despite its rather late attestation, a more plausible source for the if-EC is the 'call it X' pattern, which is inherently metalinguistic. Metalinguistic if-ECs may result from constructionalisation of the 'call it X' pattern in conjunction with explicitly metalinguistic if you V- clauses.


 語用論と統語論の接点に関する問題の好例というべき話題である.

 ・ Brinton, Laurel. "If you choose/like/prefer/want/wish: The Origin of Metalinguistic and Politeness Functions." Late Modern English Syntax. Ed. Marianne Hundt. Cambridge: CUP, 2014. 271--90.

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2021-11-13 Sat

#4583. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第9回「なぜ英語の語順は SVO なの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][word_order][syntax][japanese]

 NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」の12月号のテキストが発売となりました.連載中の「英語のソボクな疑問」の第9回は「なぜ英語の語順は SVO なの?」について取り上げました.

『中高生の基礎英語 in English』2021年12月号



 6節からなる今回の連載記事の小見出しはそれぞれ以下の通りです.

 1. 「私」「話します」「英語」
 2. 世界の言語の語順
 3. 基本語順とは?
 4. 昔の英語は SVO ばかりではなかった!
 5. 「助詞」に相当するものが消えてしまって
 6. 語順というのは,割とテキトー!?

 英語は語順の言語ですね.日本語についての文法用語は多く知らずとも,英語について「5文型」や「SVO」などの用語を聞いたことのない人はいないのではないでしょうか.英文法といえば語順の文法のことだといって大きな間違いはありません.語の並べ方がしっかり決まっているのが英語という言語の著しい特徴です.
 しかし,です.確かに現代の英語は語順の言語といってよいのですが,歴史を遡って古い英語を覗いてみると,実は語順は比較的自由だったのです.英語のおよそ千年前の姿である古英語 (Old English) でも SVO 語順は確かに優勢ではあったものの,SOV も普通にみられましたし VSO などもありました.現代ほどガチガチに語順が決まっている言語ではなかったのです.
 私も初めてこの事実を知ったときには腰を抜かしそうになりましたね.英語は最初から語順の言語だったわけではなく,歴史を通じて語順の言語へ変化してきたということなのです.
 では,いつ,どのようにして,なぜ語順の言語となったのか.これは英語史における最も重要な問題の1つであり,その周辺の問題と合わせて今なお議論が続いています.
 今回の連載記事では,英語史におけるこの魅力的な問題をなるべく易しく紹介しました.どれくらい成功しているかは分かりませんが,少なくとも p. 132 の古英語の叙事詩『ベーオウルフ』にちなんだ主人公ベーオウルフと怪物グレンデルのイラストは必見!?(←イラストレーターのコバタさん,いつもありがとうございます)

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2021-10-22 Fri

#4561. 語順問題は統語論と情報構造の交差点 [word_order][syntax][information_structure]

 英語の歴史においては,いかにして語順 (word_order) が変化してきたかという問いが,1つの重要な研究課題となっている.古英語ではそもそも SVO などの固定語順ではなく比較的自由だったわけだが,なぜ,どのようにして現代風の固定語順が発達してきたのか,というのが大きな論題となる.
 また,古英語では主語自体が必須ではなく,主語を欠いた文があり得たという点も重要である.では,なぜ後の歴史において主語が必須となったのか,その点が議論の的となるわけだ.
 このように,英語史研究の歴史において語順の変化は統語論 (syntax) における第一級の関心事であり続けてきた.しかし,語順といえば統語論の話題である,という一見すると当たり前のとらえ方も慎重に再検討する必要がある.語順は確かに統語論上の問題ではあるが,同時にすぐれて情報構造 (information_structure) に関わる問題でもあるからだ.Fischer et al. (211) は,語順の歴史的変化を扱った章の最後で,次のように結んでいる.

Word order sits at the cross-roads between syntax and information structure. On the one hand, syntax provides the basic templates that speakers can draw on to manage the information flow in and between clauses. On the other hand, the repertoire of syntactic structures available to speakers is attuned to the demands of information management. Unsurprisingly, then, it is by taking into account information structure that most recent progress in understanding word order and word-order change has been made.


 情報構造の側からみると,古英語のように語順が比較的柔軟であれば,その柔軟さゆえに表現の自由度や選択肢が広がる.一方,語順が固定化すると,情報構造の操作に制約が課され,その制約による不自由を補うために,別の言語的工夫が必要となってくる.
 英語学習者である私たちは英語の語順の歴史的変化や共時的変異の話題を,単に習得しやすい/しにくいという観点からとらえてしまいがちだが,言語にとって語順とは,確かに半分は統語的・形式的な問題ではあるが,もう半分は情報構造・談話に関する問題であることを認識しておきたい.

 ・ Fischer, Olga, Hendrik De Smet, and Wim van der Wurff. A Brief History of English Syntax. Cambridge: CUP, 2017.

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2021-09-18 Sat

#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介 [word_order][syntax][elt][review]

 名古屋外国語大学の高橋佑宜氏より,ひつじ書房から先日出版された,田地野 彰(編)『明日の授業に活かす「意味順」英語指導 理論的背景と授業実践』(ひつじ書房,2021年)をご献本いただきました(ありがとうございます!).
 「意味順」による英語指導法というものについては,不勉強で知識がありませんでしたが,「意味順」の文法観が固定語順をもつ現代英語のような言語にとってしっくりくるものだということが,よく分かりました.
 英語史を専門とする立場からは,高橋氏の執筆した「第4章 英語史からみた『意味順』」をとりわけおもしろく読みました.固定語順をもたない古英語に「意味順」を適用すると,いったいどうなるのか.また,固定語順が芽生え,確立する中英語から近代英語にかけての動的な時代は「意味順」ではどうとらえられるのか.「意味順」を通時軸に乗せてみた理論的実験として読みました.
 この第4章は,趣旨としては「意味順」論考ではありますが,実は英語の語順の歴史を短く分かりやすく概説してくれる「英語語順史入門」になっています.英語統語論の歴史は研究の蓄積も豊富で(というよりも豊富すぎて),なかなか概観を得られないものですが,よく選ばれた先行研究への言及が随所にちりばめられており,このテーマの入門として読むことができると思います.ちょうど別件で語順の歴史について書いていたこともあり,私にとってタイムリーでした.
 語順問題を扱った hellog 記事として,以下を挙げておきます.他にも word_order の各記事をご参照ください.

 ・ 「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1])
 ・ 「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1])
 ・ 「#2975. 屈折の衰退と語順の固定化の協力関係」 ([2017-06-19-1])
 ・ 「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1])
 ・ 「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1])
 ・ 「#3128. 基本語順の類型論 (3)」 ([2017-11-19-1])
 ・ 「#3129. 基本語順の類型論 (4)」 ([2017-11-20-1])
 ・ 「#3127. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移」 ([2017-11-18-1])
 ・ 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1])
 ・ 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1])
 ・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])  ・
 ・ 「#4385. 英語が昔から SV の語順だったと思っていませんか?」 ([2021-04-29-1])

 ・ 田地野 彰(編) 『明日の授業に活かす「意味順」英語指導 理論的背景と授業実践』 ひつじ書房,2021年.
 ・ 高橋 佑宜 「第4章 英語史からみた『意味順』」田地野 彰(編)『明日の授業に活かす「意味順」英語指導 理論的背景と授業実践」 ひつじ書房,2021年.87-113頁.

Referrer (Inside): [2021-11-27-1]

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2021-09-01 Wed

#4510. 原則として他動詞でありながら目的語を省略するケース [verb][syntax][semantics][reflexive_pronoun][ellipsis]

 原則として他動詞として用いられる動詞が,目的語と伴わないケースがままある.文脈から目的語が明らかな場合が多いが,その用法がごく普通になると,もはや「原則として他動詞」というレベルを超えて「自動詞用法もあり」へ移行したととらえるほうが妥当な場合もあるだろう.この辺りは常に流動的である.
 Quirk (§10.4) より,典型的に他動詞として用いられる動詞において目的語が省略される場合の4タイプを挙げよう.

(1) A specific object is recoverable from the preceding linguistic context:

   A: Show me your essay. B: I'll show you later.
   Let's do the dishes. I'll wash and you dry.

In such instances the verb may be analysed as genuinely transitive with ellipsis of the direct object.

(2) A specific object is understood from the situational context:

   Keep off [sign on grass]
   Shake well before use.
   Watch!
   Don't touch.
   The tie doesn't fit.

(3) A specific reflexive object is understood when the verb allows such an object . . . .:

   I'm shaving.
   They're dressing.

Some verbs allow omission of either a reflexive or a nonreflexive object: She's washing (herself or the clothes).

(4) A nonspecific object is semantically entailed . . .:

   Are you eating again?
   Do you drink?
   He teaches.
   I don't want to catch you smoking again.
   They can't spell.
   I can't come now, because I'm cleaning.
   I don't want to read.

The range of understood nonspecific objects is restricted with some verbs when they are used intransitively. For example, Do you drink? refers to the drinking of alcoholic drinks, I'm cleaning refers to domestic cleaning and not (say) to cleaning teeth or cleaning a pipe, and to catch you smoking again normally excludes (say) smoking fish.


 このような振る舞いを示す本来的な他動詞には,きわめて日常的な語が多いことに注意したい.日常的であればこそ,「読む」といったら何を読むのが典型的なのか,「飲む」といったら何を飲むのが典型的なのかという,社会的なフレームやスクリプトが,同じ言語共同体内で自明のものとして共有されているからだろう.逆に言えば,どんな目的語が省略されているかの調査を通じて,当該社会のプロトタイプ的な行動をあぶり出せることになるかもしれない.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2021-07-26 Mon

#4473. 存在文における形式上の主語と意味上の主語 [syntax][word_order][be][generative_grammar][impersonal_verb]

 英語の存在文 (existential sentence) といえば,There is/are . . . . の構文が思い浮かぶ.一般に be 動詞の前に来る There は形式上のダミーの主語ととらえられ,意味上の真の主語は be 動詞の後ろに来る名詞句と理解される.真の主語が動詞の後ろに来るというのは,英語の通常の語順に照らせば例外的というほかない.一方,動詞の前に形式上主語らしきものが来なければならないという英語の一般的な統語規則は,ダミーの there によって遵守されている.いずれにせよ,普通でないタイプの構文であることは明らかだ.
 Moro (149--50) によると,Jespersen (155) は英語を含めた多くの言語を調査し,いわゆる「存在文」における主語(存在者)が,広く動詞の後ろに来ること,そして典型的な主語らしい振る舞いをしないことを指摘した.

Whether or not a word like there is used to introduce [existential sentences], the verb precedes the subject, and the latter is hardly treated grammatically like a real subject.


 例えば,ドイツ語では Es gibt viele Kartoffeln "(lit.) it gives many potatoes; There are many potatoes" のように,真主語は形式的には目的語として表わされる.フランス語でも Il y a beaucoup de livres. "(lit.) it there has lots of books; There are many books" のように表現し,やはり真主語は目的語として表現される.ルーマニア語では Sunt probleme "(lit.) are problems; There are problems" となり,there に相当するものはないが,やはり真主語は動詞の後ろに置かれる.中国語では You gui "(lit.) you have ghosts; There are ghosts" となる.
 Moro は英語の there is/are 存在文にみられる主語後置は,むしろ be 動詞のデフォルトの統語的特徴を保持した結果であるという説を唱えている.一般の be 動詞の文の主語,例えば John is in the garden なり John is a studentJohn は,当然ながら動詞に前置されるわけだが,これは本来的に動詞に後置されていたものが統語操作によって繰り上げ (raising) られた結果であるという立場をとっていることになる.非人称動詞 (impersonal_verb) としての be 動詞という見方に基づく説だ.関心のある向きは,詳しくは Moro の第3章を参照されたい.
 存在文のは「#1565. existential there の起源 (1)」 ([2013-08-09-1]) と「#1566. existential there の起源 (2)」 ([2013-08-10-1]) も参照されたい.

 ・ Moro, Andrea. A Brief History of the Verb To Be. Trans. by Bonnie McClellan-Broussard. Cambridge, Mass.: MIT. P, 2017.
 ・ Jespersen, O. The Philosophy of Grammar. London: Allen and Unwin, 1924.

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2021-07-21 Wed

#4468. 現代英語で主語が省略されるケース [syntax][personal_pronoun]

 昨日の「英語の語源が身につくラジオ」にて,「昔の英語では主語が必須じゃなかった!」を放送しました.古英語や中英語では主語が現われない文があり得たという衝撃の話題を取り上げましたが,実は現代英語でも口語や定型文句においては,文法や文脈から補うことのできる自明な主語が省略されることは,少なくありません.Quirk (§12.47)より,人称別に主語が省略されるパターンを示しておきます.

[1人称主語の省略]

 ・ (I) Beg your pardon.
 ・ (I) Told you so.
 ・ (I) Wonder what they're doing.
 ・ (I) Hope he's there.
 ・ (I) Don't know what to say.
 ・ (I) Think I'll go now.

[2人称主語の省略]

 ・ (You) Got back all right?
 ・ (You) Had a good time, did you?
 ・ (You) Want a drink?
 ・ (You) Want a drink, do you?

[3人称主語の省略]

 ・ (He/She) Doesn't look too well.
 ・ (He/She/They) Can't play at all.
 ・ (It) Serves you right.
 ・ (It) Looks like rain.
 ・ (It) Doesn't matter.
 ・ (It) Must be hot in Panama.
 ・ (It) Seems full.
 ・ (It) Makes too much noise.
 ・ (It) Sounds fine to me.
 ・ (It) Won't be any use.
 ・ (There) Ought to be some coffee in the pot.
 ・ (There) Must be somebody waiting for you.
 ・ (There) May be some children outside.
 ・ (There) Appears to be a big crowd in the hall.
 ・ (There) Won't be anything left for supper.

 思ったより多種多様な主語省略があるなあ,という印象ではないでしょうか.2人称では疑問文が基本であり,3人称では itthere の例が多いなど,一定の傾向も確認されます.
 現代英語では原則として主語が必須である,ということは英語学習・教育でも金科玉条とされています.それでも,このように主語省略の事例は確かにありますし,英語史的にも主語省略は決して稀ではなかったということは,改めてここで述べておきたいと思います.

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2021-06-20 Sun

#4437. 「名詞+分詞」からなる複合形容詞 [adjective][participle][compound][word_formation][syntax][semantics][morphology]

 標題は breath-takingman-made の類いの複合形容詞を指す.第2要素として現在分詞をとる「N + V-ing 型」と過去分詞をとる「N + V-ed 型」の2種類がある.名詞と分詞になっている動詞との統語意味論的関係にはどのようなものがあるのだろうか.大石 (100--01) を参照し,各々の型について例を挙げる.合わせて,OED より初出年を括弧内に付す.

[ N + V-ing 型 ]

 (1) N が V の目的語となる例
   breath-taking (1840), man-eating (1607), fact-finding (1833), habit-forming (1899), time-consuming (1600), English-speaking (1798); self-defeating (1812), self-sacrificing (1654), self-respecting (1597)

 (2) N が表面化していない前置詞の目的語となる例(以下では関与する前置詞を補う)
   ocean-going [across] (1854), fist-fighting [with] (1950), law-abiding [by] (1839)

[ N + V-ed 型 ]

 (3) "V-ed by [at, in, with] N" とパラフレーズできる関係(以下では関与する前置詞を補う)
   moth-eaten [by] (c1400), self-taught [by] (1586), man-made [by] (1845), home-made [at] (1547), country-bred [in] (1620), star-spangled [with] (1600)

 例を眺めてみると,複合形容詞の要素となる名詞と動詞(分詞)の統語的関係は,緩く多様であることが分かる.換言すれば,複合形容詞は,統語的に展開されたフレーズと比べると,要素間の意味関係が明示的でないともいえよう.もちろん,そのような明示性を多少犠牲にしつつ形式としてのコンパクトさを獲得していることこそが,複合形容詞の存在意義なのだろうとは思う.
 今回取り上げたタイプの複合形容詞の歴史的な発生に関しては,上記例の初出年を眺める限り,近代英語のものがほとんどである.より早い中英語期から用いられている類例はどれだけあるのだろうか,探してみたくなった.

 ・ 大石 強 『形態論』 開拓社,1988年.

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2021-06-15 Tue

#4432. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第4回「なぜ疑問文に do が現われるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][auxiliary_verb][do-periphrasis][syntax][word_order]

 NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」のテキストにて「英語のソボクな疑問」を連載しています.7月号のテキストが発刊されました.第4回となる今回の話題は「なぜ疑問文に do が現われるの?」です.

『中高生の基礎英語 in English』2021年7月号



 be 動詞および助動詞を用いる文は,疑問文を作るのに主語とその(助)動詞をひっくり返して Are you Japanese? とか Can you cook? とかすればよいのですが,その他の一般動詞を用いる文の場合には do (あるいは適宜 does, did)が幽霊のごとく急に現われます.英語初学者であれば,これは何なのだと言いたくなるところですね.
 驚くことに,古くは一般動詞も,主語とひっくり返すことにより疑問文を作っていたのです.つまり Do you speak English? ではなく Speak you English? だったわけです.動詞の種類にかかわらず1つのルールで一貫していたので,ある意味で簡単だったことになります.ところが,16世紀以降,初期近代英語期に,一般動詞に関しては do を用いるというややこしい方法が広まっていきます.なぜそのような面倒くさいことが起きたのか,今回の連載記事ではその謎に迫ります.
 本ブログでも関連記事を書いてきました.以下の記事,さらにより専門的には do-periphrasis の記事群をお読みください.

 ・ 「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1])
 ・ 「#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do」 ([2010-08-31-1])

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2021-06-07 Mon

#4424. 英語新聞記事見出しの通時的変化 [newspaper][syntax][genre][pragmatics]

 英語新聞に関する言語学的研究の歴史について,Fries の概説を読んだ.コンパクトながらも要点がまとまっており,この分野に本格的な関心を寄せたことはなかったものの,改めておもしろそうな分野だと認識することができた.特に関心をもったのは見出し (headline) の通時的変化である.以下に,Fries (1070--71) の内容を紹介したい.
 新聞の見出し研究は70年を超える歴史を有する.「見出し」といっても,日々私たちが見慣れているタイプの見出し (headline proper) のほかにもいくつかの種類がある.17世紀から18世紀初頭にかけては,記事の出所と日時 (dateline) をもって見出しとする慣習がごく普通だった.
 また,国名・都市名・話題名などを1, 2語で端的に表現する項見出し (section heading) も一般的だった (ex. "LONDON", "AUSTRIA", "BIRTHS", "SHIP NEWS") .現代の新聞でいえば,ページの上部に1語で印刷されているテーマに相当するものと考えられる.
 20世紀の初めからは,続く段落を際立たせる中見出し (crosshead) も現われてきた.
 私たちが見慣れている通常の見出し (headline proper) は,実は古くから当然のようにあったわけではない.18世紀までは上記のように見出しといえば dateline が原則であり,headline proper が広く使われるようになってきたのは19世紀に入ってからである.その後,着実に分布が広がっていき,平均語数も1,2語程度から7語の長さにまで成長した.
 headline proper は,統語的にいえば名詞的見出しと動詞的見出しに分けられる.名詞的見出しとは The earthquakes, The Russian epidemic, Surrender of General Johnston, Brazil and Portugal, Russian and India のようなタイプを指す.
 一方,動詞的見出しには,To cease fire, Normal life returning to Krefeld, Recall suggested のように非定形動詞を用いるものもあれば,German Cabinet resigns のように定形動詞を用いるものもある.いずれも19世紀まではほとんど現われず,動詞的見出しはすぐれて現代的な特徴といってよい.
 統語的というよりは意味的な観点から見出しを分類すると,Arrival of the La Plata, Destructive Fires, Prices up のような "relational" なタイプと,A Scotch Ghost のような純粋に場所に関する(名詞的な)"regional" なタイプに分けられる.
 新聞は,メディアとしての発展とともに,その言語的特徴をも大きく変化させてきた.近代英語期の重要なジャンルとして,新聞英語の歴史的研究には大きな可能性がありそうだ.

 ・ Fries, Udo. "English and the Media: Newspapers." Chapter 68 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1063--75.

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2021-06-01 Tue

#4418. 併合,Subassembly Strategy,自己家畜化 --- 進化言語学による統語的併合の起源説 [syntax][biology][evolution][exaptation]

 日本歴史言語学会の2019年のシンポジウム「進化言語学への招待」での基調講演に基づいた論文が,『歴史言語学』の最新号に掲載されている.進化言語学という分野について私自身は門外漢だが,藤田論文「階層的シンタクスと(自己)家畜化」を読み,このような議論がなされているのかと興味を覚えた.同論文の狙いは,冒頭 (p. 69) で次のように述べられている.

特に,人間言語の大きな特徴となっている回帰的・階層的シンタクスについて,これが物体の組み合わせ操作からの外適応的進化によるとする「運動制御起源仮説」 (Fujita 2009, 2017, 藤田 2012 他)を振り返り,そこで残されていた問題を「(自己)家畜化) ((self-)-domestication)」の観点から解決する可能性について考察してみたい.


 進化言語学や生成文法において,併合 (merger) は「2つの統語体(語彙項目および語彙項目からなる集合)を組み合わせて1つの無順序集合 (unordered set) を形成する回帰的演算操作」(藤田,p. 71)を指す.定式化すると,Merge(α, β) → {α, β} ということだ.2つの統語体であれば組み合わせ方は単純に1種類しかない(これは "Pairing Strategy" と呼ばれる).しかし,3つの統語体となると「戦略」はもっと複雑になる.
 A (小), B (中), C (大)の3つのカップを想定しよう.3つのカップをすっぽりはめるやり方は2通りある.B を C にはめ,最後に最小の A を合わせてはめるというやり方が1つ ("Pot Strategy") .もう1つは,先に A を B にはめておき,その一体化したものを最大の C にはめるというやり方だ ("Subassembly Strategy") .
 藤田の仮説によれば,戦略の進化は,"Pairing Strategy" → "Pot Strategy" → "Subassembly Strategy" の順で起こってきたのではないかという.このような「行動文法」の進化と連動する形で,言語上の統語体の併合も進化してきたのではないかと.そして,この仮説のことを「運動制御起源仮説」と呼んでいる.
 "Subassembly Strategy" の最大の特徴は「先に形成した集合を記憶に蓄えておき,それ全体を部分部品として再利用する点」(藤田,p. 76)にある.反応を遅延させる能力,将来に備えた準備,平たくいえば今したいことを我慢する力ととらえてもよいかもしれない.これは人間が自らを制御する能力に関わるので,「自己家畜化」という見方が出てくるという理屈だ.
 門外漢として狐につままれた感があるが,進化言語学の議論の雰囲気を知ることができた.

 ・ 藤田 耕司 「階層的シンタクスと(自己)家畜化」『歴史言語学』第9号(日本歴史言語学会編),2020年.69--85頁.

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2021-05-16 Sun

#4402. 進行形の起源と発達 [verb][participle][gerund][syntax][aspect][contact][latin][french][celtic][khelf_hel_intro_2021]

 目下開催中の「英語史導入企画2021」より今日紹介するコンテンツは,昨日学部生より公表された「先生,進行形の ing って現在分詞なの?動名詞なの?」です.動詞の進行形の歴史をひもとき,形式上は現在分詞の構文の流れを汲んでいるが,機能上は動名詞の構文の流れを汲んでいることを指摘したコンテンツです.
 be + -ing として表現される進行形 (progressive form) の起源と発達については,英語史上多くの議論がなされてきました.諸説紛々としており,今なお定説と呼べるものがあるかどうかも怪しい状況です.研究史については Mustanoja (584--90) によくまとまっています.以下,それに依拠して概略を述べましょう.
 古英語には,現代英語の be + -ing の前駆体というべき構文として wesan/beon + -ende がありました.当時の現在分詞は -ende という形態を取っており,後に込み入った事情で -ing に置き換えられたという経緯があります(cf. 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1]),「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])).古英語の wesan/beon + -ende は,確かに継続を含意する文脈で用いられることもありましたが,そうでないことも多く,機能的には後世の進行形に直接つながるものかどうかは不確かです.また,起源としてはラテン語の対応する構文の模倣であるとも言われています.中英語期に入ると,この構文はむしろ目立たなくなります.方言によっても生起頻度に偏りがみられました.しかし,中英語後期にかけて着実に成長し始め,近現代英語の進行形に連なる流れを作り出しました.典型的に継続を表わす現代的な用法が発達し確立したのは,16世紀以降のことです.
 進行形の起源と発達をざっと概観しましたが,その詳細は実に複雑で,英語史研究上,喧喧諤諤の議論が繰り広げられてきました.古英語の対応構文からの地続きの発達であるという説もあれば,後世の「on + 動名詞」の構文からの派生であるという説もあります.この2つの説を組み合わせた穏当な第3の説も提案されており,これが今広く受け入れられている説となっているようです.
 他言語からの影響による発達という議論も多々あります.上述の通り,古英語の wesan/beon + -ende はラテン語の対応構文を模倣したものであるというのが有力な説です.中英語期での使用については,古フランス語の対応構文の影響も疑われています.さらに,ケルト語影響説まで提案されています(cf. 「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1])).
 進行形は,このように英語史研究の魅力的な題材であり続けています.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2021-04-29 Thu

#4385. 英語が昔から SV の語順だったと思っていませんか? [oe][bible][tower_of_babel][popular_passage][word_order][syntax][khelf_hel_intro_2021]

 標題は,少々ハッタリ的であることは認めながらも,英語史的には真剣に考えておきたいテーマです.
 普通の文(平叙文)に関する限り,英語史を通じて主語 (S) +動詞 (V) という SV 語順が優勢だったことは間違いありません.現在,ほぼ完全に SV で固まっているといってよいでしょう.しかし,千年ほど前の古英語期においても同様に SV がほぼ完全なるデフォルト語順だったといえるかというと,必ずしもそうではありません.VS 語順が,まま見られたからです.
 目下「英語史導入企画2021」が進行中ですが,昨日大学院生により公表されたコンテンツはこの辺りの問題を専門的に扱っています.「英語の語順は SV ではなかった?」をご覧ください.
 このコンテンツでは,1週間ほど前の「#4378. 古英語へようこそ --- 「バベルの塔」の古英語版から」 ([2021-04-22-1]) でも取り上げられた,旧約聖書「バベルの塔」の古英語版,中英語版,近代英語版,現代英語版を用いた通時的比較がなされています (cf. 「#2929. 「創世記」11:1--9 (「バベルの塔」)を7ヴァージョンで読み比べ」 ([2017-05-04-1])).各時代版の「バベルの塔」のくだりに関して,各文の語順を丁寧に比較したものです.その結果,古い時代であればあるほど VS 語順が出現していることが確認されました.古い時代とて,平叙文の基本語順が SV だったことは確かなのですが,マイノリティながら VS 語順も可能だったのです.
 この事実は多くの英語学習者にとって衝撃的ではないでしょうか.英語の基本語順は SV であるとたたき込まれてきたはずだからです.しかし,考えてみれば現代英語にも周辺的とはいえ Here comes (V) the train (S).In no other part of the world is (V) more tea (S) consumed than in Britain. のように,副詞句が文頭に現われる平叙文において語順が VS となる例は存在します.
 上記から何が言えるでしょうか.今回のコンテンツにある通り,現代英語の「文型」として8文型や5文型など様々な分類があります.しかし,これらの定式化された語順も歴史を通じて固まってきたものであり,古くはもっと自由度が高かったということです.平叙文ですら SV ならぬ VS が一定程度の存在感を示していた時代があり,しかも後者の余韻は現代英語にも周辺的ながらも残っているという点が重要です.
 言語の歴史においては,語順という基本的な項目ですら,変化することがあり得るということです.私が初めてこの事実を知ったのは大学生のときだったでしょうか,腰を抜かしそうになりました.
 語順の推移の問題は一筋縄ではいかず,相当に奥が深いテーマです.単に形式的な問題にとどまらず,リズムや情報構造など様々な観点から考察すべき総合的な問題なのです.

Referrer (Inside): [2021-11-27-1] [2021-09-18-1]

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2021-03-25 Thu

#4350. 剥奪の of について格の観点から再考 [preposition][case][syntax][word_order][semantic_role]

 いわゆる「剥奪の of」と呼ばれる用法や構文について,「#1775. rob A of B」 ([2014-03-07-1]) の記事で英語史の観点から少し考えてみた.なかなか難しい問題で,英語学的にもきれいには解決していないようである.
 Blake (134) が,格 (case) や意味役割 (semantic_role) の観点からこの問題に迫っている議論をみつけたので,そちらを引用したい.

(39)a.The vandalsstrippedthe branchesoff the tree
agentpatientsource
b.The vandalsstrippedthe treeof its branches
agentsourcepatient


   The roles appropriate for (39a) are noncontroversial. The vandals are clearly the agent, the branches patient and the tree source. Of the two sentences (39a) would appear to be unmarked, since it exhibits a normal association of role and relation: patient with direct object and source with a noncore or peripheral relation. The ascription of roles in (39b) is more problematic. Under a common interpretation of constructions like this the tree in (39b) would still be the source and the branches the patient. But note the different in meaning. (39a) presents the situation from the point of view of the effect of the activity on the branches, whereas (39b) emphasises the fate of the tree. In fact, the phrase of its branches can be omitted from (39b). This makes it problematic for those who claim that every clause has a patient. The problem could be avoided by claiming that the tree in (39b) has been reinterpreted as a patient, but that creates the further problem of finding a different role for the branches.


 剥奪の構文の問題について格の理論的観点から議論したものだが,およそ私たちの直感的な問題意識に通じる議論となっており,結局のところ未解決なのである.最後に触れられているように,(39b) において the tree の意味役割を patient とするのであれば,of its branches の意味役割は何になるのか.そして,その意味役割を担わせる前置詞 of の意味・用法はいかなるものであり,それは of の原義や他の主要語義からどのように派生したものと考えるべきなのか.
 1つ気になるのは,両文で用いられている前置詞が,起源を同じくする offof であることだ(ただし,前者は from でも言い換えられる).両語の同一起源については「#55. through の語源」 ([2009-06-22-1]),「#4095. 2重語の分類」 ([2020-07-13-1]) を参照.

 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

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2021-02-19 Fri

#4316. 日本語型 SOV 言語は形態的格標示をもち,英語型 SVO 言語はもたない [typology][case][syntax][word_order][morphology][japanese]

 標題は,類型論的な傾向として指摘されている.日本語などの SO 語順をもつ言語は,何らかの形態的な格標示をもつ可能性が高いという.実際,日本語には「が」「を」「の」などの格助詞があり,名詞句に後接することで格が標示される仕組みだ.一方,英語を典型とする SV 語順をもつ言語は,そのような形態的格標示を(顕著には)もたないという.英語にも人称代名詞にはそれなりの格変化はあるし,名詞句にも 's という所有格を標示する手段があるが,全般的にいえば形態的な格標示の仕組みは貧弱といってよい.英語も古くは語順が SV に必ずしも固定されておらず,SO などの語順もあり得たのだが,上記の類型論が予測する通り,当時は形態的な格標示の仕組みが現代よりも顕著に機能していた.
 上記の類型論上の指摘は,Blake を読んでいて目にとまったものだが,もともとは Greenberg に基づくもののようだ.Blake (15) より関係する箇所を引用する.

It has frequently been observed that there is a correlation between the presence of case marking on noun phrases for the subject-object distinction and flexible word order and this would appear to hold true. From the work of Greenberg it would also appear that there is a tendency for languages that mark the subject-object distinction on noun phrases to have a basic order of subject-object-verb (SOV), and conversely a tendency for languages lacking such a distinction to have the order subject-verb-object (SVO) . . . . The following figures are based on a sample of 100 languages. They show the relationship between case and marking for the 85 languages in the sample that exhibit one of the more commonly attested basic word orders. The notation [+ case] in this context means having some kind of marking, including appositions, on noun phrases to mark the subject-object distinction . . . .


VSO[+ case]3SVO[+ case]9SOV[+ case]34
[- case]6[- case]26[- case]7



The SVO 'caseless' languages are concentrated in western Europe (e.g. English), southern Africa (e.g. Swahili) and east and southeast Asia (e.g. Chinese and Vietnamese).


 この類型論的傾向が示す言語学的な意義は何なのだろうか.

 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

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2021-02-16 Tue

#4313. 呼格,主格,対格の関係について一考 [greetings][interjection][formula][syntax][exclamation][pragmatics][syncretism][latin][case]

 昨日の記事「#4312. 「呼格」を認めるか否か」 ([2021-02-15-1]) で話題にしたように,呼格 (vocative) は,伝統的な印欧語比較言語学では1つの独立した格として認められてきた.しかし,ラテン語などの古典語ですら,第2活用の -us で終わる単数にのみ独立した呼格形が認められるにすぎず,それ以外では形態的に主格に融合 (syncretism) している.「呼格」というよりも「主格の呼びかけ用法」と考えたほうがスッキリするというのも事実である.
 このように呼格が形態的に主格に融合してきたことを認める一方で,語用的機能の観点から「呼びかけ」と近い関係にあるとおぼしき「感嘆」 (exclamation) においては,むしろ対格に由来する形態を用いることが多いという印欧諸語の特徴に関心を抱いている.Poor me!Lucky you! のような表現である.
 細江 (157--58) より,統語的に何らかの省略が関わる7つの感嘆文の例を挙げたい.各文の名詞句は形式的には通格というべきだが,機能的にしいていうならば,主格だろうか対格だろうか.続けて,細江の解説も引用する.

  How unlike their Belgic sires of old!---Goldsmith.
  Wonderful civility this!---Charlotte Brontë.
  A lively lad that!---Lord Lytton.
  A theatrical people, the French?---Galsworthy.
  Strange institution, the English club.---Albington.
  This wish I have, then ten times happy me!---Shakespeare.

 この最後の me は元来文の主語であるべきものを表わすものであるが,一人称単数の代名詞は感動文では主格の代わりに対格を用いることがあるので,これには種々の理由があるらしい(§130参照)が,ラテン語の語法をまねたことも一原因であったと見られる.たとえば,

  Me miserable!---Milton, Paradise Lost, IV. 73.

は全くラテン語の Me miserum! (Ovid, Heroides, V. 149) と一致する.


 引用最後のラテン語 me miserum と関連して,Blake の格に関する理論解説書より "ungoverned case" と題する1節も引用しておこう (9) .

In case languages one sometimes encounters phrases in an oblique case used as interjections, i.e. apart from sentence constructions. Mel'cuk (1986: 46) gives a Russian example Aristokratov na fonar! 'Aristocrats on the street-lamps!' where Aristokratov is accusative. One would guess that some expressions of this type have developed from governed expressions, but that the governor has been lost. A standard Latin example is mē miserum (1SG.ACC miserable.ACC) 'Oh, unhappy me!' As the translation illustrates, English uses the oblique form of pronouns in exclamations, and outside constructions generally.


 さらに議論を挨拶のような決り文句にも引っかけていきたい.「#4284. 決り文句はほとんど無冠詞」 ([2021-01-18-1]) でみたように,挨拶の多くは,歴史的には主語と動詞が省略され,対格の名詞句からなっているのだ.
 語用的機能の観点で関連するとおぼしき呼びかけ,感嘆,挨拶という類似グループが一方であり,歴史形態的に区別される呼格,主格,対格という相対するグループが他方である.この辺りの関係が複雑にして,おもしろい.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

Referrer (Inside): [2021-02-21-1]

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2021-02-11 Thu

#4308. 現代に残る非人称動詞 methinks [impersonal_verb][verb][syntax][hc]

 methinks --- 『スターウォーズ』のファン,とりわけジェダイ・マスターであるヨーダ (Yoda) のファンであれば,嬉しくてたまらない表現だろう.これは,かつての非人称動詞 (impersonal_verb) の生きた化石である.現代では,ジェダイ・マスター以外の口から発せられることはないかといえばそうでもなく BNCweb では,過去形 methought も合わせて,実に72例がヒットした.いくつか挙げてみよう.

 ・ 'Nay, on the contrary --- it is but the beginning methinks.'
 ・ 'Heaven alone knows --- but --- the lady doth protest too much, methinks.'
 ・ Methinks the lady doth protest, as old Bill put it.'
 ・ 'Methought you knew all about it,' pointed out Joan.
 ・ I was given the news last midnight and methought I would drown in the sorrow of my tears!'

 もっとも,文脈を眺めればいずれも擬古的あるいは戯言的な用法と分かるので,あくまで文体的には有標の表現といってよいだろう.
 methinks は,現代の普通の表現でいえば I think (that)It seems to me (that) に相当する.歴史的には,第1音節の me は1人称単数代名詞の与格であり,thinks は "it seems" を意味する古英語の人称動詞 þynċan にさかのぼる.形態的にも意味的にも現代英語の think (思う,考える)(古英語 þenċan)と酷似しており,古くから深い関係にはあることは間違いないが,OED などの歴史的な辞書では両動詞はたいてい別扱いとなっているので,区別してとらえておくのがよい.
 非人称動詞・構文とその歴史については,「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) や「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) 辺りの記事を読んでいただきたいが,簡単にいえば主語を要求しない動詞・構文のことである.現代英語では,たとえ形式的であれ,とにかく主語を立てなければ文が成り立たないが,古英語や中英語では,主語を立てる必要のない(というよりも,立てることのない)構文がいくらでも存在した.主語が省略されているのではなく,最初から主語の立つことが前提とされていない構文である.そのような構文では,現代英語であれば主語として立つような参与者が与格で表現される(例えば I ではなく me)のが典型的である.なお,主語がないにもかかわらず,動詞は3人称単数主語に対応した屈折形を取る.
 methinks はそのような非人称構文の典型例であり,頻度が高いために,与格 me と動詞 thinks が癒着して methinks と綴られるようになったものである.どこまでいっても論理的主語が現われないので,現代英語の発想から統語分析しようとすると何とも落ち着かないのだが,実際には分析されることもなく,固定したフレーズとして記憶されているにすぎない.
 最近,この非人称動詞の歴史について調べる必要が生じ,まずは Helsinki Corpus にて歴史的な例を集めてみることにした.試行錯誤して "\bm[ie]+c? ?(th|@t|@d)([eiy]ng?[ck]+|[ou]+([gh]|@g)*t)" なる正規表現を組み,XML Helsinki Corpus Browser で case-insensitive で検索した.これにより,ひとまず authentic な例が111件(ゴミもあるかもしれないが)を集めることができた.関心のある方は,ぜひお試しを.

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2021-01-18 Mon

#4284. 決り文句はほとんど無冠詞 [greetings][interjection][formula][syntax][article][exclamation][pragmatics]

 正式な I wish you a merry Christmas! という挨拶を省略すると Merry Christmas! となり,I wish you a good morning. を省略すると Good morning! となる.身近すぎて気に留めることもないかもしれないが,挨拶のような決り文句 (formula) を名詞句へ省略する場合には,冠詞を切り落とすことが多い.前置詞句などを伴うケースで A merry Christmas to you! のように冠詞が残ることもあり,水を漏らさぬルールではないものの,決り文句性が高ければ高いほど冠詞まで含めて省略されるようだ.感嘆句的な Charming couple!, Dirty place!, Excellent meal!, Poor thing!, Good idea!, Lovely evening! とも通じ合うし,その他 Cigarette?, Good flight?, Next slide? などの疑問句にも通じる冠詞の省略といえる.代表的な決り文句を,Quirk et al (§11.54) より一覧しよう.

GREETINGS: Good morning, Good afternoon, Good evening <all formal>; Hello; Hi <familiar>
FAREWELLS: Goodbye, Good night, All the best <informal>, Cheers, Cheerio <BrE, familiar>, See you <familiar>, Bye(-bye) <familiar>, So long <familiar>
INTRODUCTIONS: How do you do? <formal>, How are you?, Glad to meet you, Hi <familiar>
REACTION SIGNALS:
   (a) assent, agreement: Yes, Yeah /je/; All right, OK <informal>, Certainly, Absolutely, Right, Exactly, Quite <BrE>, Sure <esp AmE>
   (b) denial, disagreement: No, Certainly not, Definitely not, Not at all, Not likely
THANKS: Thank you (very much), Thanks (very much), Many thanks, Ta <BrE slang>, Thanks a lot, Cheers <familiar BrE>
TOASTS: Good health <formal>, Your good health <formal>, Cheers <familiar>, Here's to you, Here's to the future, Here's to your new job
SEASONAL GREETINGS: Merry Christmas, Happy New Year, Happy Birthday, Many happy returns (of your birthday), Happy Anniversary
ALARM CALLS: Help! Fire!
WARNINGS: Mind, (Be) careful!, Watch out!, Watch it! <familiar>
APOLOGIES: (I'm) sorry, (I beg your) pardon <formal>, My mistake
RESPONSES TO APOLOGIES: That's OK <informal>, Don't mention it, Not matter <formal>, Never mind, No hard feelings <informal>
CONGRATULATIONS: Congratulations, Well done, Right on <AmE slang>
EXPRESSIONS OF ANGER OR DISMISSAL (familiar; graded in order from expressions of dismissal to taboo curses): Beat it <esp AmE>, Get lost, Blast you <BrE>, Damn you, Go to hell, Bugger off <BrE>, Fuck off, Fuck you
EXPLETIVES (familiar; likewise graded in order of increasing strength): My Gosh, (By) Golly, (Good) Heavens, Doggone (it) <AmE>, Darn (it), Heck, Blast (it) <BrE>, Good Lord, (Good) God, Christ Almighty, Oh hell, Damn (it), Bugger (it) <esp BrE>, Shit, Fuck (it)
MISCELLANEOUS EXCLAMATIONS: Shame <familiar>, Encore, Hear, hear, Over my dead body <familiar>, Nothing doing <informal>, Big deal <familiar, ironic>, Oh dear, Goal, Checkmate


 決り文句の多くは何らかの統語的省略を経たものであり,それだけでも不規則と言い得るが,加えて様々な統語的制約が課されるという特徴もある.例えば,過去形にすることはできない,主語を別の人称に変えることはできない,間接疑問に埋め込むことができない等々の性質をもつものが多い.ただし,決り文句性というのも程度問題で,(A) happy new year! のように,不定冠詞の有無などに関して variation を残すものもあるだろうと考えている.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2021-02-16-1]

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