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substratum_theory - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-03-19 07:57

2023-10-07 Sat

#5276. 世界英語における子音と母音の変容 --- 大石晴美(編)『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年)の序章より [world_englishes][vowel][diphthong][consonant][contact][substratum_theory][phonetics][phonology][variety][th][we_nyumon]

 「#5268. 大石晴美(編)『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年)」 ([2023-09-29-1]) で紹介したこちらの本の序章において,標準英語で用いられる子音や母音の音素が,世界英語の諸変種では母語からの影響を受けて異なる発音で代用される例が挙げられている.
 まず「子音が母語からの影響を受ける例」を挙げてみよう (12) .

子音の変容英語変種
[θ] [ð] を [t] [d] で代用(歯摩擦音が歯茎閉鎖音になる)インド英語 [th],ガーナ英語,フィリピン英語,シンガポール英語,マレーシア英語,日本の英語,モンゴルの英語,ミャンマーの英語
[θ] [ð] を [s] [z] で代用(歯摩擦音が歯茎摩擦音になる)ドイツの英語,スロベニアの英語,韓国の英語 [s],日本の英語,モンゴルの英語
[f] を [p] で代用(唇歯摩擦音が両唇閉鎖音になる)フィリピン英語,韓国の英語 [ph],モンゴルの英語,ミャンマーの英語
[v] と [w] の区別をしないドイツの英語,フィンランドの英語,インド英語,中国語母語話者の英語,モンゴルの英語


 /θ, ð/ の異なる実現については「#4666. 世界英語で扱いにくい th-sound」 ([2022-02-04-1]) も参照.
 次に「母音が母語からの影響を受ける例」を挙げる (12) .

母音の変容・添加英語変種
二重母音が長母音になるジャマイカ英語,インド英語
二重母音が短い単母音になるガーナ英語,フィリピン英語,シンガポール英語,マレーシア英語
子音の後に母音が入る韓国の英語,日本の英語,モンゴルの〔英〕語
長母音と短母音の区別をしないフィリピン英語,シンガポール英語,マレーシア英語,韓国の英語,スロベニアの英語


 日本語母語話者による英語発音の癖もいくつか含まれているが,いずれも日本語母語話者に限られているわけではないことがわかり興味深い.サンプルとはいえ,このような一覧を掲げてくれるのはたいへんありがたいですね.


大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.



 ・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.

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2023-05-28 Sun

#5144. 英語史における内的所有構造の発展と「ケルト語仮説」 [celtic_hypothesis][celtic][borrowing][substratum_theory][syntax][construction][linguistic_area][welsh][cornish]

 「#5139. 英語史において「ケルト語仮説」が取り沙汰されてきた言語項」 ([2023-05-23-1]) で紹介した項目の1つに "Lack of external possessor construction" がある.現代英語には「外的所有構造」が欠けており,原則として「内的所有構造」 (internal possessor construction) のみがあるとされる.そして,後者の特徴はケルト諸語との言語接触によって誘引されたものではないかという仮説が唱えられている.
 内的所有構造とは my head のように,属格(所有格)により直接名詞を修飾して所有関係を示す構造のことである.一方,外的所有構造とは,*the head to me のような表現にみられるように,典型的には与格により間接的に名詞を修飾し,名詞句の外側から所有関係を示す構造のことである.
 現代英語では内的所有構造が原則だが,古英語ではむしろ外的所有構造がみられた.例えば,Hickey (499) は古英詩 Poem of Judith より以下の例を挙げている.

þæt him þæt heafod wand forð on ða flore
lit.: that him-DATIVE that head ...
'that his head rolled forth on the floor'


 古英語に限らず大多数のヨーロッパの諸言語では,外的所有構造が好まれてきた.バスク語,ハンガリー語,マルタ語などの非印欧諸語でも外的所有構造が用いられていることから,汎ヨーロッパ的な言語特徴とみなすことができる.
 その稀な例外が,現代英語であり,ウェールズ語であり,コーンウォール語だという.これらのイギリス諸島に分布する(した)少数の言語では,内的所有構造が好まれる.他に内的所有構造が現われるのは,遠く離れたヨーロッパの東の外縁であり,トルコ語やレズギン語(カフカス諸語の1つ)にみられるが,これとイギリス諸島の諸言語が関係しているとは考えにくい.つまり,英語,ウェールズ語,コーンウォール語は内的所有構造を示す言語として地理的に孤立しているのである.
 さて,英語史においては上記で示したとおり,古英語では外的所有構造を用いていたが,後に内的所有構造へと鞍替えした経緯がある.ここにウェールズ語やコーンウォール語などケルト諸語にみられた内的所有構造が,英語の所有構造に影響を及ぼした可能性が浮上する.
 Hickey (500) は,この仮説の解説を次のように締めくくっている.

This transfer did not affect the existence of a possessor construction, but it changed the exponence of the category, a frequent effect of language contact, especially in language shift situations.


 「#5134. 言語項移動の主な種類を図示」 ([2023-05-18-1]) の類型論でいえば,この場合の "transfer" は "Rearrangement" に該当するのだろうか.興味深い仮説ではある.

 ・ Hickey, Raymond. "Early English and the Celtic Hypothesis." Chapter 38 of The Oxford Handbook of the History of English. Ed. Terttu Nevalainen and Elizabeth Closs Traugott. New York: OUP, 2012. 497--507.

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2023-05-23 Tue

#5139. 英語史において「ケルト語仮説」が取り沙汰されてきた言語項 [celtic_hypothesis][contact][borrowing][substratum_theory][syntax][be][progressive][do-periphrasis][nptr][th][vowel][voicy][heldio]

 英語史における「ケルト語仮説」 (celtic_hypothesis) について,これまでいくつかの記事で取り上げてきた.

 ・ 「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1])
 ・ 「#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか?」 ([2012-10-02-1])
 ・ 「#1342. 基層言語影響説への批判」 ([2012-12-29-1])
 ・ 「#1851. 再帰代名詞 oneself の由来についての諸説」 ([2014-05-22-1])
 ・ 「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1])
 ・ 「#3755. 「ケルト語仮説」の問題点と解決案」 ([2019-08-08-1])
 ・ 「#3969. ラテン語,古ノルド語,ケルト語,フランス語が英語に及ぼした影響を比較する」 ([2020-03-09-1])
 ・ 「#4528. イギリス諸島の周辺地域に残る3つの発音」 ([2021-09-19-1])
 ・ 「#4595. 強調構文に関する「ケルト語仮説」」 ([2021-11-25-1])
 ・ 「#5129. 進行形に関する「ケルト語仮説」」 ([2023-05-13-1])

 近年の「ケルト語仮説」では,(主に語彙以外の)特定の言語項がケルト諸語から英語へ移動した可能性について検討が進められてきた.Hickey (505) によりケルト語の影響が取り沙汰されてきた言語項を一覧してみよう.ただし,各項目について,注目されている地域・変種や文献に現われるタイミングなどはバラバラであること,また言語接触によらず言語内的な要因のみで説明もし得るものがあることなど,一覧の読み方には注意が必要である.

Table 3. Possible transfer features from Celtic (Brythonic) to English

1.Lack of external possessor constructionMorphosyntactic
2Twofold paradigm of to be 
3.Progressive verb forms 
4.Periphrastic do 
5.Northern subject rule 
6.Retention of dental fricativesPhonological
7.Unrounding of front vowels 



 1 は,英語で My head is sore. のように体の部位などに関して所有格で表現し,The head is sore. のように冠詞を用いない用法を指す.
 2 は,古英語(主にウェストサクソン方言)において be 動詞が,母音あるいは s- で始まる系列と,b- で始まる系列の2種類の系列が併存していた状況を指す.
 3 は,「#5129. 進行形に関する「ケルト語仮説」」 ([2023-05-13-1]) を参照.
 4 は,「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]),「#3755. 「ケルト語仮説」の問題点と解決案」 ([2019-08-08-1]) を参照.
 5 は,「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]) を参照.
 6 は,th = [θ] という比較的稀な子音が現代まで残っている事実を指す.
 7 は,古英語に円唇前舌母音 [y, ø] があったことを指す.

 今回の Hickey の一覧と類似するリストについては「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]) も参照.
 関連して,Voicy heldio より「#715. ケルト語仮説」もどうぞ.



 ・ Hickey, Raymond. "Early English and the Celtic Hypothesis." Chapter 38 of The Oxford Handbook of the History of English. Ed. Terttu Nevalainen and Elizabeth Closs Traugott. New York: OUP, 2012. 497--507.

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2023-05-13 Sat

#5129. 進行形に関する「ケルト語仮説」 [celtic][borrowing][syntax][contact][substratum_theory][celtic_hypothesis][progressive][verb][irish_english][aspect]

 「#4595. 強調構文に関する「ケルト語仮説」」 ([2021-11-25-1]) で参照した Filppula and Klemola の論文を再読している.同論文では,英語における be + -ing の「進行形」 (progressive form) の発達(その時期は中英語期とされる)も基層のケルト語の影響によるものではないかという「ケルト語仮説」 (celtic_hypothesis) が唱えられている.
 まず興味深い事実として,現代のケルト圏で行なわれている英語諸変種では,標準英語よりも広範に進行形が用いられるという.具体的には Irish English, Welsh English, Hebridean English, Manx English において,標準的には進行形を取りにくいとされる状態動詞がしばしば進行形で用いられること,動作動詞を進行形にすることにより習慣相が示されること,wouldused (to) に進行形が後続し,習慣的行動が表わされること,dowill に進行形が後続する用法がみられることが報告されている.Filppula and Klemola (212--14) より,それぞれの例文を示そう.

 ・ There was a lot about fairies long ago [...] but I'm thinkin' that most of 'em are vanished.
 ・ I remember my granfather and old people that lived down the road here, they be all walking over to the chapel of a Sunday afternoon and they be going again at night.
 ・ But they, I heard my father and uncle saying they used be dancing there long ago, like, you know.
 ・ Yeah, that's, that's the camp. Military camp they call it [...] They do be shooting there couple of times a week or so.


 これらは現代のケルト変種の英語に見られる進行形の多用という現象を示すものであり,事実として受け入れられる.しかし,ケルト語仮説の要点は,中英語における進行形の発達そのものが基層のケルト語の影響によるものだということだ.前者と後者は注目している時代も側面も異なっていることに注意したい.それでも,Filppula and Klemola (218--19) は,次の5つの論点を挙げながら,ケルト語仮説を支持する(引用中の PF は "progressive forms" を指す).

(i) Of all the suggested parallels to the English PF, the Celtic (Brythonic) ones are clearly the closest, and hence, the most plausible ones, whether one think of the OE periphrastic constructions or those established in the ME and modern periods, involving the -ing form of verbs. This fact has not been given due weight in some of the earlier work on this subject.
(ii) The chronological precedence of the Celtic constructions is beyond any reasonable doubt, which also enhances the probability of contact influence from Celtic on English.
(iii) The socio-historical circumstances of the Celtic-English interface cannot have constituted an obstacle to Celtic substratum influences in the area of grammar, as has traditionally been argued especially on the basis of the research (and some of the earlier, too) has shown that the language shift situation in the centuries following the settlement of the Germanic tribes in Britain was most conductive to such influences. Again, this aspect has been ignored or not properly understood in some of the research which has tried to play down the role of Celtic influence in the history of English.
(iv) The Celtic-English contacts in the modern period have resulted in a similar tendency for some regional varieties of English to make extensive use of the PF, which lends indirect support to the Celtic hypothesis with regard to early English.
(v) Continuous tenses tend to be used more in bilingual or formerly Celtic-speaking areas than in other parts of the country . . . .


 ケルト語仮説はここ数十年の間に提起され論争の的となってきた.いまだ少数派の仮説にとどまるといってよいが,伝統的な英語史記述に一石を投じ,言語接触の重要性に注目させてくれた点では,学界に貢献していると評価できる.

 ・ Filppula, Markku and Juhani Klemola. "English in Contact: Celtic and Celtic Englishes." Chapter 107 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1687--1703.

Referrer (Inside): [2023-05-23-1]

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2022-02-07 Mon

#4669. heshe を区別しない世界英語の変種 [world_englishes][new_englishes][gender][category][variety][personal_pronoun][substratum_theory]

 現代の世界英語 (world_englishes) の多様性を前提とすれば,標題のような特性をもつ英語変種があったとしても驚かないだろう.3人称単数代名詞の使用において形態的に男女の区別をつけない変種,つまり標準英語のように heshe (および it)の区別を明確につけない変種があるのである.
 例えば,東アフリカ英語やマレーシア英語では,しばしば指示対象にかかわらず,いずれの3人称単数代名詞も用いられ得るという.Mesthrie and Bhatt (55--56) より,関係する箇所を引用する.

Gender has proved --- despite its minor role in English --- susceptible to variation in New Englishes. Some varieties use gender in pronouns differently. Platt, Weber and Ho . . . report that in some New Englishes where the background languages do not make a distinction between he, she and it, pronouns 'are often used indiscriminately'. They offer the following examples:

   41. My husband who was in England, she was by then my fiancé. (East Africa)
   42. My mother, he live in kampong. (Malaysia)

Since Bantu languages do not make sex-based distinction with pronouns, and the spoken forms of the Chinese languages of Singapore and Malaysia do not differentiate gender in 3rd person pronouns . . . , substrate influences may well be at work here.


 標準英語のみを知っている者にとって,これは驚くべき現象のように思われるかもしれない.しかし,英語史を研究している者にとっては,まったく驚くべきことではない.中英語では,方言にもよるが,しばしば he という3人称単数の代名詞形態が男性をも女性をも指示し得るからである.さらにひどい(!)場合には,(性を問わない)複数人称代名詞も同じ he で表わされたりする.中英語の場合には,意味論的な性の区別の消失ではなく,あくまで形態的な合一という原因により区別がつかなくなったということであり,上記の東アフリカ英語やマレーシア英語のケースとは事情が異なるのだが,「現代の World Englishes は広し」と叫ぶ前に「歴史的な英語諸変種もまた広し」と叫んでおきたい.

 ・ Mesthrie, Rajend and Rakesh M. Bhatt. World Englishes: The Study of New Linguistic Varieties. Cambridge: CUP, 2008.

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2021-11-25 Thu

#4595. 強調構文に関する「ケルト語仮説」 [celtic][borrowing][syntax][contact][substratum_theory][celtic_hypothesis][cleft_sentence][irish_english]

 「#2442. 強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ」 ([2016-01-03-1]),「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]) で取り上げてきたように,「強調構文」として知られている構文の起源と発達については様々な見解がある(ちなみに英語学では「分裂文」 (cleft_sentence) と呼ぶことが多い).
 比較的最近の新しい説によると,英語における強調構文の成長は,少なくとも部分的にはケルト語との言語接触に帰せられるのではないかという「ケルト語仮説」 (celtic_hypothesis) が提唱されている.伝統的には,ケルト語との接触による英語の言語変化は一般に微々たるものであり,あったとしても語彙借用程度にとどまるという見方が受け入れられてきた.しかし,近年勃興してきたケルト語仮説によれば,英語の統語論や音韻論などへの影響の可能性も指摘されるようになってきている.英語の強調構文の発達も,そのような事例の1候補として挙げられている.
 先行研究によれば,古英語での強調構文の事例は少ないながらも見つかっている.例えば以下のような文である (Filppula and Klemola 1695 より引用).

þa cwædon þa geleafullan, 'Nis hit na Petrus þæt þær cnucað, ac is his ængel.' (Then the faithful said: It isn't Peter who is knocking there, but his angel.)


 Filppula and Klemola (1695--96) の調査によれば,この構文の頻度は中英語期にかけて上がってきたという.そして,この発達の背景には,ケルト語における対応表現の存在があったのではないかとの仮説を提起している.論拠の1つは,アイルランド語を含むケルト諸語に,英語よりも古い時期から対応表現が存在していたという点だ.実はフランス語にも同様の強調構文が存在し,むしろフランス語からの影響と考えるほうが妥当ではないかという議論もあるが,ケルト諸語での使用のほうが古いということがケルト語仮説にとっての追い風となっている.
 もう1つの論拠は,現代アイルランド英語 (irish_english) で,英語の強調構文よりも統語的自由度の高い強調構文が広く使われているという事実だ.例えば,次のような自由さで用いられる (Filppula and Klemola 1698 より引用).

 ・ It is looking for more land they are.
 ・ Tis joking you are, I suppose.
 ・ Tis well you looked.


 このようなアイルランド英語における,統語的制限の少ない強調構文の使用は,そのような特徴をもつケルト語の基層の上に英語が乗っかっているためと解釈することができる.いわゆる「基層言語仮説」 (substratum_theory) に訴える説明だ.
 今回の強調構文の事例だけではなく,一般にケルト語仮説に対しては異論も多い.しかし,古英語期(以前)から現代英語期に及ぶ長大な時間を舞台とする英語とケルト語の言語接触論は,確かにエキサイティングではある.

 ・ Filppula, Markku and Juhani Klemola. "English in Contact: Celtic and Celtic Englishes." Chapter 107 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1687--1703.

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2021-09-25 Sat

#4534. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (3) [old_norse][contact][koine][koineisation][borrowing][language_shift][simplification][inflection][substratum_theory]

 8世紀後半から11世紀にかけてイングランド北部の英語は古ノルド語と濃厚に接触した.この言語接触 (contact) は後の英語の形成に深遠な影響を及ぼし,英語史上の意義も大きいために,非常に多くの研究がなされ,蓄積されてきた.本ブログでも,古ノルド語に関する話題は old_norse の多くの記事で取り上げてきた.
 この言語接触の著しい特徴は,単なる語彙借用にとどまらず,形態論レベルにも影響が及んでいる点にある.主に屈折語尾の単純化 (simplification) や水平化 (levelling) に関して,言語接触からの貢献があったことが指摘されている.しかし,この言語接触が,言語接触のタイポロジーのなかでどのような位置づけにあるのか,様々な議論がある.
 この分野に影響力のある Thomason and Kaufman (97, 281) の見立てでは,当該の言語接触の水準は,借用 (borrowing) か,あるいは言語交替 (language_shift) による影響といった水準にあるだろうという.これは,両方の言語の話者ではなく一方の言語の話者が主役であるという見方だ.
 一方,両言語の話者ともに主役を演じているタイプの言語接触であるという見解がある.類似する2言語(あるいは2方言)の話者が互いの妥協点を見つけ,形態を水平化させていくコイネー化 (koineisation) の過程ではないかという説だ.この立場については,すでに「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1]) と「#3980. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (2)」 ([2020-03-20-1]) でも紹介してきたが,今回は Winford (82--83) が Dawson に依拠しつつ解説している部分を引用したい.

Hope Dawson (2001) suggests that the variety of Northern English that emerged from the contact between Viking Norse and Northern Old English was in fact a koiné --- a blend of elements from the two languages. The formation of this compromise variety involved selections from both varieties, with gradual elimination of competition between variants through leveling (selection of one option). This suggestion is attractive, since it explains the retention of Norse grammatical features more satisfactorily than a borrowing scenario does. We saw . . . that the direct borrowing of structural features (under RL [= recipient language] agentivity) is rather rare. The massive diffusion of Norse grammatical features into Northern Old English is therefore not what we would expect if the agents of change were speakers of Old English importing Norse features into their speech. A more feasible explanation is that both Norse and English speakers continued to use their own varieties to each other, and that later generations of bilingual or bidialectal speakers (especially children) forged a compromise language, as tends to happen in so many situations of contact.


 接触言語学の界隈では,コイネー化の立場を取る論者が増えてきているように思われる.

 ・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
 ・ Dawson, Hope. "The Linguistic Effects of the Norse Invasion of England." Unpublished ms, Dept of Linguistics, Ohio State U, 2001.
 ・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.

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2021-09-19 Sun

#4528. イギリス諸島の周辺地域に残る3つの発音 [pronunciation][h][r][rhotic][vowel][centralisation][phonology][phonetics][phoneme][substratum_theory][celtic_hypothesis][cockney]

 イギリス諸島全体のなかで中心的な英語といえば,ブリテン島のイングランドのロンドンを中心とするイングランド南部標準英語のことを指すのが普通である.これ以外のイングランドの南西部・中部・北部や,ウェールズ,スコットランド,アイルランド,その他の島嶼部などをまとめて周辺地域と呼ぶことにすると,この周辺地域の英語変種にはしばしば古い言語特徴 (relic features) が観察される.音韻論的な特徴として,Corrigan (355) より3つの有名な事例を挙げておこう.

(1) "FOOT/STRUT split"
 歴史的な /ʊ/ が,中心地域で /ʊ/ と /ʌ/ に分裂した音韻変化をさす.17世紀に生じた中舌化 (centralisation) と呼ばれる過程で,これにより母音音素が1つ増えたことになる.一方,周辺地域では分裂は起こっていないために footstrut は相変わらず /ʊt/ で脚韻を踏む.「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]) で方言地図を示したように,分裂の有無の方言分布は明確である.

(2) "non-prevocalic /r/"
 この話題は本ブログでも rhotic の多くの記事で話題にしてきた.「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1]) に方言地図を掲載しているが,周辺部では母音前位置に来ない歴史的な r が実現され続けているが,中心部では実現されない.スコットランドやアイルランドも rhotic である(ただしウェールズでは一部を除き non-rhotic である).

(3) "h-dropping"
 Cockney 発音としてよく知られている h が脱落する現象.実は Cockney に限らず,初期近代英語期以降,中心地域で広く行なわれてきた.h-dropping は地域変種としての特徴ではなく社会変種としての特徴とみられることが多いが,周辺地域の変種ではあまり見られないという事実もあり,ことは単純ではない.ケルト系の基層をもつ英語変種では一般的に語頭の h が保持されている.

 このように周辺地域は古い特徴を保持していることが多いが,純粋に地理的な観点から分布を説明するだけで十分なのだろうか.これらの地域は,地理的な意味で周辺であるだけでなく,ケルト系言語・方言を基層にもつ英語変種が行なわれている地域として民族的な意味でも周辺である.Corrigan は上記の特徴がケルト語基層仮説によるものだと強く主張しているわけではないが,それを示唆する書き方で紹介している.

 ・ Corrigan, Karen P. "The Atlantic Archipelago of the British Isles." Chapter 17 of The Oxford Handbook of World Englishes. Ed. by Markku Filppula, Juhani Klemola, and Devyani Sharma. New York: OUP, 2017. 335--70.

Referrer (Inside): [2023-05-23-1]

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2019-08-08 Thu

#3755. 「ケルト語仮説」の問題点と解決案 [do-periphrasis][substratum_theory][celtic_hypothesis][contact]

 昨日の記事「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1]) で,ケルト語からの影響が取り沙汰される英語の言語項を挙げた.個々の事案について様々な問題点が指摘されており賛否の議論が戦わされている.
 具体的な事案の1つに,do 迂言法 (do-periphrasis) の発達にケルト語の類似構造が関わっているのではないかという議論がある.英語ではこの構造がイングランド南西部で初めて現われたとされ,地理的にはケルト語仮説と不調和ではないようにみえる.しかし,ここに時期の問題が大きく立ちはだかる.英語のこの構文の発達は13世紀以降のこととされるが,基層言語たるケルト語からの影響があるとすれば,それは数百年(場合によっては800年)も前に起こっていてしかるべき話しではないか.それほど長いあいだ,基層言語の影響の効果が「潜伏」していたというのは,おかしいのではないか.要するに,ケルト語の影響を想定するには時代があまりにずれすぎているのだ.実はこの反論は,do 迂言法の問題に限らず,中英語から近代英語にかけて発達した,ケルト語からの影響が取り沙汰されている他の構造の問題にも同様に当てはまる.
 これに対するケルト語仮説擁護論者からの説明は,たいてい次の通りである.

The explanation normally given for this feature [= do-periphrasis] appearing so late in English is that it was in sociolinguistic terms a change from below, affecting first the speech of those people of low social status whose speech was least likely to be reflected in literary usage, and only spreading slowly into the sorts of high-prestige varieties reflected in written sources: the conservatism of the written language in the Old English period is often also cited as a factor. (Durkin 89)


 つまり,数百年の潜伏の理由は,それが "change from below" であり,書き言葉に付されにくい口語レベルでの変化だから,ということだ.そのような低い言語変種は,古英語の書き言葉という高い言語変種には反映されないのも当然であると.
 実は似たような議論は,英語史上の別の問題についてもなされてきた.古ノルド語からの借用語が古英語文献にはあまり現われず,本格的な文献上の登場は中英語を待たなければならなかったことはよく知られている.その理由は,上記とおよそ同じである.実際の影響は古英語期にあったが,その効果が文献に現われるまでにはある程度の時間が必要だったという議論だ(cf. 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1])).
 しかし,ケルト語からの構造的借用と古ノルド語の語彙的借用という異なる2種類の事案について,そもそも同じように議論することができるのかという問題がある.また,時間上のギャップも,ケルト語仮説のほうが遥かに大きい.
 私はケルト語仮説にはかなり無理があると思う.しかし,影響が取り沙汰される個々の事案については独立して検討する必要があり,「ケルト語仮説」の集合体を一括して退けるには慎重でなければならないとも考えている.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2023-05-23-1] [2022-06-14-1]

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2019-08-07 Wed

#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について [celtic][borrowing][syntax][contact][substratum_theory][celtic_hypothesis][do-periphrasis][reflexive_pronoun][be][nptr][fricative_voicing][cleft_sentence]

 この20数年ほどの間に,「ケルト語仮説」 ("the Celtic hypothesis") に関する研究が著しく増えてきた.英語は語彙以外の部門においても,従来考えられていた以上に,ブリテン諸島の基層言語であるケルト諸語から強い影響を受けてきたという仮説だ.1種の基層言語影響説といってよい(cf. 「#1342. 基層言語影響説への批判」 ([2012-12-29-1])).非常に論争の的になっている話題だが,具体的にどのような構造的な言語項がケルト語からの影響とみなされているのか,挙げてみよう.以下,Durkin (87--90) による言及を一覧にするが,Durkin 自身もケルト語仮説に対してはやんわりと懐疑的な態度を示していることを述べておこう.

 ・ 古英語における be 動詞の bēon 系列を未来時制,反復相,継続相を示すために用いる用法.ウェールズ語に類似の be 動詞が存在する.
 ・ -self 形の再帰代名詞の発達(cf. 「#1851. 再帰代名詞 oneself の由来についての諸説」 ([2014-05-22-1]))
 ・ be + -ing の進行形構造の発達
 ・ do を用いた迂言的構造 (do-periphrasis) の発達
 ・ 外的所有者構造から内的所有者構造への移行 (ex. he as a pimple on the nosehe has a pimple on his nose)
 ・ "Northern Subject Rule" の発達(cf. 「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]))
 ・ ゼロ関係詞あるいは接触節の頻度の増加
 ・ it を用いた分裂文 (cleft sentence) の発達 (ex. It was a bike that he bought (not a car).) .なお,フランス語の対応する分裂文もケルト語の影響とする議論があるという (Durkin 87) .
 ・ /f/ と /v/, /θ/ と /ð/ の音韻的対立の発達と保持(cf. 「#3386. 英語史上の主要な子音変化」 ([2018-08-04-1]) の2点目)

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2019-07-08 Mon

#3724. 日本語語彙を作り上げてきた歴史的な言語層 [japanese][lexicology][substratum_theory][contact][borrowing]

 沖森(編著)『日本語史概説』の4章「語彙史」に,日本語のルーツの問題に踏み込んだ「日本語語彙の層」に関する話題が提供されている.安本美典と大野晋の各々による「基礎語彙四階層」の説が紹介されており,表の形式でまとめられているので,そちらを掲げよう.

┌───┬────────────────┬──────┐
│      │            安本美典            │  大野 晋   │
├───┼────────────────┼──────┤
│第一層│古極東アジア語の層              │タミル語    │
│      │                                │            │
│      │(朝鮮語・アイヌ語・日本語)    │(南まわり)│
│      │                                │            │
│      │文法的・音韻的骨格              │縄文時代    │
├───┼────────────────┼──────┤
│第二層│インドネシア・カンボジア語の層  │タミル語    │
│      │                                │            │
│      │(基礎語彙)                    │(北回り)  │
├───┼────────────────┼──────┤
│第三層│ビルマ系江南語の層              │            │
│      │                                │            │
│      │(身体語・数詞・代名詞・植物名)│漢語の層    │
│      │                                │            │
│      │列島語の統一                    │            │
├───┼────────────────┤            │
│第四層│中国語の層                      │            │
│      │                                ├………………┤
│      │(文化的語彙)                  │印欧語の層  │
└───┴────────────────┴──────┘

 安本は第一層を「北方由来説」に立脚して古極東アジア語の層とみている.続いて,第二層を「南方由来」に従って基礎語彙の層ととらえている.第三層にはビルマ系江南語の層を据え,これにより列島日本語が完成したとみなしている.そして,第四層が中国語から借用された文化語彙の層であるという立場だ.
 一方,大野は論争の的になったタミル語説を提唱しながら,第一層は南まわり,第二層は北まわりでタミル語彙が供給されたと論じている(安本説と北方・南方の順序が異なることに注意).その後,第三層として文化語彙を構成する漢語の層を認め,さらに近世以降の西洋諸語からの借用語を念頭に,印欧語の層を設定している.
 日本語語彙を作り上げてきた歴史的な言語層に関する二つの説を眺めていて,英語の場合はどうだろうかと関心が湧いた.およそ古い層から順に,印欧祖語,ゲルマン語,ラテン語,ケルト語,古ノルド語,フランス語,ギリシア語,その他の諸言語といったところだろうか.曲がりなりにも日本語と英語の語彙史を比較できてしまう点がおもしろい.語彙史に関しては,両言語はある程度似ているといえるのだ.関連して「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) も参照.

 ・ 沖森 卓也(編著),陳 力衛・肥爪 周二・山本 真吾(著) 『日本語史概説』 朝倉書店,2010年.

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2016-06-19 Sun

#2610. ラテンアメリカ系英語変種 [world_englishes][new_englishes][variety][demography][substratum_theory][aave]

 近年,英語諸変種への関心が高く,本ブログでも world_englishesnew_englishes というタグのもとで, 世界中の様々な変種の話題に触れてきた.今回は,Bayley による "Latino Varieties of English" と題する論文(というよりは紹介記事)に従って,アメリカにおけるラテンアメリカ系移民とその子孫たちの用いる英語変種 "Latino English" を巡る状況について,簡単に述べよう.
 最新の統計ではないが,2004年の時点で,米国のラテンアメリカ系人口は40,424,000人ほどであり,割合にして全体の14%を占める.その過半数は家庭でスペイン語を用い続けているというが,家庭でも英語のみを話す人口は直近20年ほどの間に着実に増えてきているという.Bayley (522) に引用されている Brodie et al. の2002年の統計によれば,移民世代(第1世代)の成人では主としてスペイン語のみを話す割合が72%で圧倒しているが,第2世代では47%が英語・スペイン語のバイリンガルであり,さらにほぼ同数が主として英語を話すという.第3世代以降になると,第1世代と状況が逆転し,78%が主として英語を用いるとされる.つまり,ラテンアメリカ系アメリカ人の第2世代以降は母語として英語を習得するようになっており,彼らの話す母語変種の英語が "Latino English(es)" と呼ばれるのである.この変種は,スペイン語を母語とする人が英語を習得する過程で示す interlanguage とは異なることに注意したい.
 Latino English にも複数の変種が区別されるが,Bayley によれば,この方面の体系的研究はさほど進んでいないという.当面,2つの主たる変種である "Chicano English" と "Puerto Rican English" が参照されている.Chicano English は,主としてカリフォルニアや南西諸州の barrio (ラテンアメリカ系居住区)で聞かれる変種である.Puerto Rican English は主として New York City を含む東海岸で聞かれる.しかし,いずれの変種も,近年ラテンアメリカ系人口がアメリカ中で拡大しているため,上記の地域以外でも聞かれるようになってきている.例えば,Chicago, Georgia, North Carolina などでは,ラテンアメリカ系人口の増加が顕著である.
 これらの変種の言語学的特徴としては,基層言語としてのスペイン語の効果が関与していると考えられるものがあるが,一方で非ラテンアメリカ系英語変種と平行的な特徴も見られ,基層言語からの影響の評価は慎重になされなければならないだろう.むしろ,Puerto Rican English では,習慣的 be の用法,連結詞 (copula) の欠如,3単現の -s の欠如に関して,AAVE からの影響が強いと言われている.
 今後,多種多様なラテンアメリカ系人口が拡大し,移動と接触の機会も増えてくると予想されるが,これらラテンアメリカ系英語諸変種の各々はどのような発展をたどることになるのだろうか.個々バラバラに発達するのか,あるいは1つの "pan-Latino English" と呼べるような統一変種が発達することになるのか.今後の動向を見守りたい.
 関連する話題として「#256. 米国の Hispanification」 ([2010-01-08-1]),「#1657. アメリカの英語公用語化運動」 ([2013-11-09-1]) を参照.

 ・ Bayley, Robert. "Latino Varieties of English." Chapter 51 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 521--30.

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2016-02-21 Sun

#2491. フランス語にみられる20進法の起源説 [french][latin][celtic][old_norse][numeral][contact][substratum_theory][hfl]

 「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]),「#2474. 数字における「底の原理」」 ([2016-02-04-1]),「#2477. 英語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-07-1]) で,フランス語と英語などの記数法について考えた.今回は,先の記事でも少し触れたフランス語の20進法の起源(説)に関する話題である.
 フランス語では,10 (dix), 20 (vingt), 30 (trente), 40 (quarante), 50 (cinquante), 60 (soixante) までは各々ある程度独立した形態を示すが,70は soixante-dix (60+10),80は quatre-vingts (4x20),90は quatre-vingt-dix (4x20+10) というややこしい作りである.また,61から79までの端数,81から99までの端数は,例えば79の soixante-dix-neuf (60+10+9) や99の quatre-vingt-dix-neuf (80+10+9) のように,一層ややこしい.端数の足し算にせよ,80を表わす表現にせよ,背後に20を単位とした考え方,すなわち20進法が潜んでいるということになる.フランス語の数詞体系は,10進法と20進法の混在とみなすことができそうだ.
 しかし,上記はあくまで現代標準フランス語における数詞体系の記述であって,歴史的に固定していたわけではないし,現在でもフランス語諸変種を見渡せば異なる記数法が見いだされる.まず歴史を振り返ると,842年の『ストラスブールの誓約書』に始まる最初期のフランス語から数世紀の間,すでに20進法に基づく記数法が用いられていたようだ.12世紀には,quatre-vins (80) が見られたし,中世の北フランスのオイール語では dis huit vins (360) などの大きな数にも20進法が利用されている.一方で,ラテン語に由来する10進法を用いた setante, septante (70); oitante, uitante, octante (80); nonante (90) も併用されていたことに注意が必要である.この併用状態は,1539年の「ヴィレール=コトレの勅令」以降少しずつ整理されていったが,その整理の仕方は必ずしも一貫したものではなかった.識者の間で議論はあったようだが,17世紀には常識的には自然なものと思われそうな septante, octante, nonante は捨てられ,現行のものにほぼ落ち着いた.
 一方,南仏のオック語,ベルギーのフランス語,スイスのフランス語など周辺の変種では,伝統のある quatre-vingts こそ採用されたものの,10進法に基づく septantenonante が,soixante-dixquatre-vingt-dix に対して勝利し,標準的な記数法として定着している.これらの変種での septante, octante, nonante の使用について,松田 (28) は Douzat の興味深い発言として次の文を引いている.「これらの数字はフランスの南部,東部,スイスのフランス語地域,ベルギーのような,もっともラテン語化され,ゴール語の基層浸透の最も少ない地域にしか定着していない.」
 さて,フランス語に見られる20進法の記数法のそもそもの起源についてはどうだろうか.フランス語史のほぼ初めから例証されるものであるから,さらに前の時代に遡らなければならないだろう.松田 (27) は,バスク語,ブルトン語,デンマーク語に20進法の記数法が観察されることを述べた後で,次のように議論している.

このようにみてくると,20進法はフランス語に特有のものではなく,ヨーロッパの西部に今でも残る現象であることがわかる。ところでこうした環境の中にあって,祖語のラテン語にはない20進法を,フランス語はどこからとり入れたのだろうか。quatre-vingts や soixante-dix は,ヴァルトブルクやニュロップが12世紀に初出としているのであるが,実際にはそれよりかなり前から人口にのぼっていたはずである。その起源について,学者たちの意見はほぼ一致している。ローマ人がガリアの地に侵入する以前の住先民族ケルト人がもたらしたものとする説である。いくつかの部族に分かれていたケルト民族の中には,確かに20進法を採用していた部族もいた。特にウェールズのケルト人については,非常に古い写木によって確認されているという。しかしその昔ガリア地方にいたケルト人に関する資料は残っていない。それゆえ,フランス人の祖先であるガロ=ロマン人にケルト人から数詞が伝わったことを換証することは今のところ不可能なのである。ケルト起源説以外には,ロマンス語文献学者として知られているロールフス G. Rohlfs によるノルマン起源説がある。ヴァイキングと呼ばれたノルマン人は,紀元800年頃英仏海峡に出没しはじめたが,彼らの原住地はスカンディナヴィアとデンマークであった。彼らは,911年にシャルル3世との間で交わした取り決めによって,現在ノルマンディー地方と呼ばれている地域に定住した。Marcel Cohen によれば,ノルマンディー地方のカルヴァドス県の町 Bayeux には,12世紀までデンマーク語が残っていたという。定住後のノルマン人は,1066年にイギリスに攻め込むのであるが,同じ頃その一部はイタリア南部とシチリア島に向かい,サラセン人を駆遂してここにもノルマン王国を建設した。現在の南部イタリアやシチリアの方言に20進法がみられることを文法家たちは指摘している。フランス語の20進法がどこから来たかについて,ケルト説,ノルマン説のどちらをとるにせよ,問題はフランス語の誕生以前にさかのぼることであり,検証は困難なようである。


 ・ 松田 孝江 「フランス語の数詞について」『大妻女子大学紀要(文系)』27巻,1995年.19--32頁.

Referrer (Inside): [2018-04-19-1]

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2015-07-17 Fri

#2272. 歴史的な and の従属接続詞的(独立分詞構文的)用法 [conjunction][participle][syntax][contact][celtic][hc][substratum_theory]

 一言で言い表しにくい歴史的な統語構造がある.伝統英文法の用語でいえば,「独立分詞構文の直前に and が挿入される構造」と説明すればよいだろうか.中英語から近代英語にかけて用いられ,現在でもアイルランド英語やスコットランド英語に見られる独特な統語構造だ.Kremola and Filppula が Helsinki Corpus を用いてこの構造の歴史について論じているのだが,比較的理解しやすい例文を以下に再掲することにしよう.

 ・ And thei herynge these thingis, wenten awei oon aftir anothir, and thei bigunnen fro the eldre men; and Jhesus dwelte aloone, and the womman stondynge in the myddil. (Wyclif, John 8, 9, circa 1380)
 ・ For we have dwelt ay with hir still And was neuer fro hir day nor nyght. Hir kepars haue we bene And sho ay in oure sight. (York Plays, 120, circa 1459)
 ・ & ȝif it is founde þat he be of good name & able þat þe companye may be worscheped by him, he schal be resceyued, & elles nouȝht; & he to make an oþ with his gode wil to fulfille þe poyntes in þe paper, þer whiles god ȝiueþ hym grace of estat & of power (Book of London English, 54, 1389)
 ・ . . . and presently fixing mine eyes vpon a Gentleman-like object, I looked on him, as if I would suruay something through him, and make him my perspectiue: and hee much musing at my gazing, and I much gazing at his musing, at las he crost the way . . . (All the Workes of John Taylor the Water Poet, 1630)
 ・ . . . and I say, of seventy or eighty Carps, [I] only found five or six in the said pond, and those very sick and lean, and . . . (The Compleat Angler, 1653--1676)
 ・ Which would be hard on us, and me a widow. (Mar. Edgeworth, Absentee, xi, 1812) (←感嘆的用法)


 これらの and の導く節には定動詞が欠けており,代わりに不定詞,現在分詞,過去分詞,形容詞,名詞,前置詞句などが現われるのが特徴である.統語的には主節の前にも後にも出現することができ,機能的には独立分詞構文と同様に同時性や付帯状況を表わす.この構文の頻度は中英語では稀で,近代英語で少し増えたとはいえ,常に周辺的な統語構造であったには違いない.Kremola and Filppula (311, 315) は,統語的に独立分詞構文と酷似しているが,それとは直接には関係しない発達であり,したがってラテン語の絶対奪格構文ともなおさら関係しないと考えている.
 それでは,この構造の起源はどこにあるのか.Kremola and Filppula (315) は,不定詞が用いられているケースについては,ラテン語の対格付き不定詞構文の関与もあるかもしれないと譲歩しているものの,それ以外のケースについてはケルト諸語の対応する構造からの影響を示唆している.

The infinitival type, which at least in its non-exclamatory use is closer to coordination than the other types, may well derive from the Latin accusative with the infinitive . . . But the non-infinitival constructions (and the exclamatory infinitival patterns), although they too are often considered to have their origins in the Latin absolute constructions, could also stem from another source, viz. Celtic languages. Whereas the Latin models typically lack the overt subordinator, subordinating and-structures closely equivalent to the ones met in Middle English and Early Modern English are a well-attested feature of the neighbouring Celtic languages from their earliest stages on.


 私自身はケルト系言語を理解しないので,Kremola and Filppula (315--16) に挙げられている古アイルランド語,中ウェールズ語,現代アイルランド語からの類似した文例を適切に評価できない.しかし,彼らは,先にも述べたように,現代でもこの構造がアイルランド英語やスコットランド英語に普通に見られることを指摘している.
 なお,Filppula は,英語の統語論にケルト諸語の基層的影響 (substratum_theory) を認めようとする論客である.「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1]) の議論も参照されたい.

 ・ Kremola, Juhani and Markku Filppula. "Subordinating Uses of and in the History of English." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 762--71.

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2015-01-05 Mon

#2079. fusion と mixture [contact][borrowing][loan_word][loan_translation][bilingualism][substratum_theory][typology][register][lexical_stratification]

 「#2061. 発話における干渉と言語における干渉」 ([2014-12-18-1]) で念を押したように,語の借用 (borrowing) は過程であり,借用語 (loanword) は結果である.Weinreich は明示的にこの区別をつける論者は少なかったと述べているが,Roberts という研究者がより早くこの区別について論じている.Roberts (31--32) は,言語接触の過程を "fusion" と呼び,結果としての状態を "mixture" と呼び分けた.また,Roberts は "fusion" と "mixture" をそれぞれ細分化するとともに,そのような過程や結果の前段階にある2言語使用状況のタイプを2つに分け,全体として言語接触の類型論というべきものを提起している.以下,Roberts (32) の図式を再現しよう.

Roberts' Typography of Bilingualism and Contact


 だが,正直いうと論文を読みながら非常に理解しにくい図式だと感じた.多くの用語が立ち並んでいるが,それぞれの歴史的な事例とそれらの間の相互の関係がとらえにくいのだ.BILINGUALISM → FUSION → MIXTURE という時間的な相の提示と後者2過程の峻別は評価できるとしても,それ以外については用語が先走っている印象であり,内容どうしの関係が不明瞭だ.Roberts (31--32) にそのまま語ってもらおう.

   When a bilingual situation ends, the surviving language (that is, the language whose grammar prevails) is colored in greater or less degree by the perishing language (that is, the language whose grammar succumbs). The extent of this coloring depends upon the relationship of the two languages during the antecedent bilingualism. Subordinative bilingualism results in admixture; a portion of the weaker language is added to the stronger, which still retains both its grammatical and its lexical integrity. Co-ordinative bilingualism results in intermixture; virtually the entire vocabulary of the weaker language is swallowed up by the stronger, which thereby loses its lexical, though not its grammatical, integrity.
   The words admixture and intermixture, as here used, denote accomplished situations, the results of processes. To designate the generative processes, the terms affusion and interfusion, corresponding respectively to admixture and intermixture, are proposed. Affusion has three modalities: infusion, suffusion, and superfusion. Interfusion has three stages or temporalities: diffusion, circumfusion, and retrofusion.


 Affusion から見ていくと,Infusion は通常の語の借用に相当する.Suffusion は,基層言語影響説 (substratum_theory) の唱える基層言語からの言語的影響に相当する.Superfusion は翻訳借用 (loan_translation) に相当する.importation と substitution という対立軸と,意識的な干渉と無意識的な干渉という対立軸がごたまぜになったような分類だ.
 次に Interfusion に目を向けると,Diffusion は本来語彙と借用語彙が使用域に関して分化する過程を指している.英語語彙における語種別の三層構造などの生成にみられる過程を想像すればよいだろう.その Interfusion の段階からさらに進むと,Circumfusion の段階となる.ここでは例えば内容語はすべてフランス・ラテン借用語であっても,それらを取り巻く機能語は本来語となるような状況が生み出される.次に,Retrofusion はソース言語からの一種の「復讐」の過程であり,フランス語の語法の影響を受けて house beautiful, knights templars, sufficient likelihood, nocturnal darkness などの表現を生み出す過程に相当する.
 Roberts は2言語使用 (bilingualism) の基礎理論を打ち立てようという目的でこの論文を書いたようだが,残念ながらうまくいっているようには思えない.より説得力のある言語接触の類型論としては,「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) と「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) で紹介した Thomason and Kaufman によるモデルが近年ではよく知られている.
 借用に関する過程と結果の区別については「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#904. 借用語を共時的に同定することはできるか」 ([2011-10-18-1]),「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]),「#2009. 言語学における接触干渉2言語使用借用」 ([2014-10-27-1]) も参照.また,関連して「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) の記事とそこに張ったリンクも参照されたい.

 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.
 ・ Roberts, Murat H. "The Problem of the Hybrid Language". Journal of English and Germanic Philology 38 (1939): 23--41.

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2014-11-01 Sat

#2014. イタリア新言語学 (2) [history_of_linguistics][neolinguistics][neogrammarian][wave_theory][substratum_theory][historiography][loan_translation][language_death][origin_of_language]

 昨日の記事「#2013. イタリア新言語学 (1)」 ([2014-10-31-1]) に引き続き,この学派の紹介.新言語学が1910年に登場してから30余年も経過した後のことだが,学術雑誌 Language に,青年文法学派 (neogrammarian) を擁護する Hall による新言語学への猛烈な批判論文が掲載された.これに対して,翌年,3倍もの分量の文章により,新言語学派の論客 Bonfante が応酬した.言語学史的にはやや時代錯誤のタイミングでの論争だったが,言語の本質をどうとらえるえるかという問題に関する一級の論戦となっており,一読に値する.この対立は,19世紀の Schleicher と Schmidt の対立を彷彿とさせるし,現在の言語学と社会言語学の対立にもなぞらえることができる.
 それにしても,Hall はなぜそこまで強く批判するのかと思わざるを得ないくらい猛烈に新言語学をこき下ろしている.批判論文の最終段落では,"We have, in short, missed nothing by not knowing or heeding Bàrtoli's principles, theories, or conclusions to date, and we shall miss nothing if we disregard them in the future." (283) とにべもない.
 しかし,新言語学が拠って立つ基盤とその言語観の本質は,むしろ批判者である Hall (277) こそが適切に指摘している.昨日の記事の内容と合わせて味読されたい.

In a reaction against 19th-century positivism, Croce and his followers consider 'spirit' and 'spiritual activity' (assumed axiomatically, without objective definition) as separate from and superior to other elements of human behavior. Human thought is held to be a direct expression of spiritual activity; language is considered identical with thought; and hence linguistic activity derives directly from spiritual activity. As a corollary of this assumption, when linguistic change takes place, it is held to reflect change in spiritual activity, which must be the reflection of 'spiritual needs', 'creativity', and 'advance of the human spirit'. The most 'spiritual' part of language is syntax and style, and the least spiritual is phonology. Hence phonetic change must not be allowed to have any weight as a determining factor in linguistic change as a whole; it must be considered subordinate to and dependent on other, more 'spiritual' types of linguistic change.


 Bonfante による応酬も,同じくらいに徹底的である.Bonfante は,新言語学の立場を(英語で)詳述しており,とりわけ青年文法学派との違いを逐一指摘しながらその特徴を解説してくれているので,結果的におそらく最もアクセスしやすい新言語学の概説の1つとなっているのではないか.Hall の主張を要領よくまとめることは難しいので,いくつかの引用をもってそれに代えたい.(「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]) の記述も参照されたい.)

The neolinguists claim . . . that every linguistic change---not only phonetic change---is a spiritual human process, not a physiological process. Physiology cannot EXPLAIN anything in linguistics; it can present only the conditions of a given phenomenon, never the causes. (346)

It is man who creates language, every moment, by his will and with his imagination; language is not imposed upon man like an exterior, ready-made product of mysterious origin. (346)

Every linguistic change, the neolinguists claim, is . . . of individual origin: in its beginnings it is the free creation of one man, which is imitated, assimilated (not copied!) by another man, and then by another, until it spreads over a more-or-less vast area. This creation will be more or less powerful, will have more or less chance of surviving and spreading, according to the creative power of the individual, his social influence, his literary reputation, and so on. (347)

For the neolinguists, who follow Vico's and Croce's philosophy, language is essentially expression---esthetic creation; the creation and the spread of linguistic innovations are quite comparable to the creation and the spread of feminine fashions, of art, of literature: they are based on esthetic choice. (347)

The neolinguists, tho stressing the esthetic nature of language, know that language, like every human phenomenon, is produced under certain special historical conditions, and that therefore the history of the French language cannot be written without taking into account the whole history of France---Christianity, the Germanic invasions, Feudalism, the Italian influence, the Court, the Academy, the French Revolution, Romanticism, and so on---nay, that the French language is an expression, an essential part of French culture and French spirit. (348)

The neolinguists think, like Leonardo, Humboldt, and Àscoli, that languages change in most cases because of ethnic mixture, by which they understand, of course, not racial mixture but cultural, i.e. spiritual. In this spiritual sense, and only in this sense, the terms 'substratum', 'adstratum', and 'superstratum' can be admitted. (352)

Without a deep understanding of English mentality, politics, religion, and folklore, all of which the English language expresses, a real history of English cannot be written---only a shadow or a caricature thereof. (354)
 
The neogrammarians have shown, of course, even greater aversion to so-called loan-translations, which the neolinguists freely admit. For the neogrammarians, a word like German Gewissen or Barmherzigkeit is a perfectly good German formation, because all the phonetic and morphological elements are German---even tho the spirit is Latin. (356)

. . . even after the death of that 'last speaker', each of these languages [Prussian, Cornish, Dalmatian, etc.]---allegedly dead, like rabbits---goes on living in a hundred devious, hidden, and subtle ways in other languages now living . . . . (357)

It follows logically that because of their isolationistic conception of language, the neogrammarians, when they are confronted with two similar innovations in two different languages, will be inclined to the theory of polygenesis---even if the languages are contiguous and historically related, like German and French, or Greek and Latin. The neolinguists, on the other hand, without making a dogma of it, incline strongly toward monogenesis. (361)


 最後の引用にあるように,青年文法学派と新言語学派の対立は言語起源論にまで及んでおり,言語思想のあらゆる面で徹底的に反目していたことがわかる.

 ・ Hall, Robert A. "Bartoli's 'Neolinguistica'." Language 22 (1946): 273--83.
 ・ Bonfante, Giuliano. "The Neolinguistic Position (A Reply to Hall's Criticism of Neolinguistics)." Language 23 (1947): 344--75.

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2014-10-03 Fri

#1985. 借用と接触による干渉の狭間 [contact][loan_word][borrowing][sociolinguistics][language_change][causation][substratum_theory][code-switching][pidgin][creole][koine][koineisation]

 「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) と「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) でそれぞれ見たように,言語接触の類別の1つとして contact-induced language change がある.これはさらに借用 (borrowing) と接触による干渉 (shift-induced interference) に分けられる.前者は L2 の言語的特性が L1 へ移動する現象,後者は L1 の言語的特性が L2 へ移動する現象である.shift-induced interference は,第2言語習得,World Englishes,基層言語影響説 (substratum_theory) などに関係する言語接触の過程といえば想像しやすいかもしれない.
 この2つは方向性が異なるので概念上区別することは容易だが,現実の言語接触の事例においていずれの方向かを断定するのが難しいケースが多々あることは知っておく必要がある.Meeuwis and Östman (41) より,箇条書きで記そう.

 (1) code-switching では,どちらの言語からどちらの言語へ言語項が移動しているとみなせばよいのか判然としないことが多い.「#1661. 借用と code-switching の狭間」 ([2013-11-13-1]) で論じたように,borrowing と shift-induced interference の二分法の間にはグレーゾーンが拡がっている.
 (2) 混成語 (mixed language) においては,関与する両方の言語がおよそ同じ程度に与える側でもあり,受ける側でもある.典型的には「#1717. dual-source の混成語」 ([2014-01-08-1]) で紹介した Russenorsk や Michif などの pidgincreole/creoloid が該当する.ただし,Thomason は,この種の言語接触を contact-induced language change という項目ではなく,extreme language mixture という項目のもとで扱っており,特殊なものとして区別している (cf. [2014-03-13-1]) .
 (3) 互いに理解し合えるほどに類似した言語や変種が接触するときにも,言語項の移動の方向を断定することは難しい.ここで典型的に生じるのは,方言どうしの混成,すなわち koineization である.「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1]) と「#1690. pidgin とその関連語を巡る定義の問題」 ([2013-12-12-1]) を参照.
 (4) "false friends" (Fr. "faux amis") の問題.L2 で学んだ特徴を,L1 にではなく,別に習得しようとしている言語 L3 に応用してしまうことがある.例えば,日本語母語話者が L2 としての英語の magazine (雑誌)を習得した後に,L3 としてのフランス語の magasin (商店)を「雑誌」の意味で覚えてしまうような例だ.これは第3の方向性というべきであり,従来の二分法では扱うことができない.
 (5) そもそも,個人にとって何が L1 で何が L2 かが判然としないケースがある.バイリンガルの個人によっては,2つの言語がほぼ同等に第1言語であるとみなせる場合がある.関連して,「#1537. 「母語」にまつわる3つの問題」 ([2013-07-12-1]) も参照.

 borrowing と shift-induced interference の二分法は,理論上の区分であること,そしてあくまでその限りにおいて有効であることを押えておきたい.

 ・ Meeuwis, Michael and Jan-Ola Östman. "Contact Linguistics." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 36--45.

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2014-07-08 Tue

#1898. ラテン語にもあった h-dropping への非難 [latin][etymological_respelling][h][spelling][orthography][prescriptive_grammar][hypercorrection][substratum_theory][etruscan][stigma]

 英語史における子音 /h/ の不安定性について,「#214. 不安定な子音 /h/」 ([2009-11-27-1]) ,「#459. 不安定な子音 /h/ (2)」 ([2010-07-30-1]) ,「#494. hypercorrection による h の挿入」 ([2010-09-03-1]),「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]),「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1]) ほか,hh-dropping などの記事で多く取り上げてきた.
 近代英語以後,社会言語学的な関心の的となっている英語諸変種の h-dropping の起源については諸説あるが,中英語期に,<h> の綴字を示すものの決して /h/ とは発音されないフランス借用語が,大量に英語へ流れ込んできたことが直接・間接の影響を与えてきたということは,認めてよいだろう.一方,フランス語のみならずスペイン語やイタリア語などのロマンス諸語で /h/ が発音されないのは,後期ラテン語の段階で同音が脱落したからである.したがって,英語の h-dropping を巡る話題の淵源は,時空と言語を超えて,最終的にはラテン語の1つの音韻変化に求められることになる.
 おもしろいことに,ラテン語でも /h/ の脱落が見られるようになってくると,ローマの教養人たちは,その脱落を通俗的な発音習慣として非難するようになった.このことは,正書法として <h> が綴られるべきではないところに <h> が挿入されていることを嘲笑する詩が残っていることから知られる.この詩は h-dropping に対する過剰修正 (hypercorrection) を皮肉ったものであり,それほどまでに h-dropping が一般的だったことを示す証拠とみなすことができる.この問題の詩は,古代ローマの抒情詩人 Gaius Valerius Catullus (84?--54? B.C.) によるものである.以下,Catullus Poem 84 より和英対訳を掲げる.

1CHOMMODA dicebat, si quando commoda uelletARRIUS, if he wanted to say "winnings " used to say "whinnings",
2dicere, et insidias Arrius hinsidias,and for "ambush" "hambush";
3et tum mirifice sperabat se esse locutum,and thought he had spoken marvellous well,
4cum quantum poterat dixerat hinsidias.whenever he said "hambush" with as much emphasis as possible.
5credo, sic mater, sic liber auunculus eius.So, no doubt, his mother had said, so his uncle the freedman,
6sic maternus auus dixerat atque auia.so his grandfather and grandmother on the mother's side.
7hoc misso in Syriam requierant omnibus auresWhen he was sent into Syria, all our ears had a holiday;
8audibant eadem haec leniter et leuiter,they heard the same syllables pronounced quietly and lightly,
9nec sibi postilla metuebant talia uerba,and had no fear of such words for the future:
10cum subito affertur nuntius horribilis,when on a sudden a dreadful message arrives,
11Ionios fluctus, postquam illuc Arrius isset,that the Ionian waves, ever since Arrius went there,
12iam non Ionios esse sed Hioniosare henceforth not "Ionian," but "Hionian."


 問題となる箇所は,1行目の <commoda> vs <chommoda>,2行目の <insidias> vs <hinsidias>, 12行目の <Ionios> vs <Hionios> である.<h> の必要のないところに <h> が綴られている点を,過剰修正の例として嘲っている.皮肉の効いた詩であるからには,オチが肝心である.この詩に関する Harrison の批評によれば,12行目で <Inoios> を <Hionios> と(規範主義的な観点から見て)誤った綴字で書いたことにより,ここにおかしみが表出しているという.Harrison は ". . . the last word of the poem should be χιoνέoυς. When Arrius crossed, his aspirates blew up a blizzard, and the sea has been snow-swept ever since." (198--99) と述べており,誤った <Hionios> がギリシア語の χιoνέoυς (snowy) と引っかけられているのだと解釈している.そして,10行目の nuntius horribilis がそれを予告しているともいう.Arrius の過剰修正による /h/ が,7行目の nuntius horribilis に予告されているように,恐るべき嵐を巻き起こすというジョークだ.
 Harrison (199) は,さらに想像力をたくましくして,Catullus のようなローマの教養人による当時の h に関する非難の根源は,気音の多い Venetic 訛りに対する偏見,すなわち基層言語の影響 (substratum_theory) による耳障りなラテン語変種に対する否定的な評価にあるのでないかという.同様に Etruscan 訛りに対する偏見という説を唱える論者もいるようだ.これらの見解はいずれにせよ speculation の域を出るものではないが,近現代英語の h-dropping への stigmatisation と重ね合わせて考えると興味深い.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
 ・ Harrison, E. "Catullus, LXXXIV." The Classical Review 29.7 (1915): 198--99.

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2013-09-07 Sat

#1594. ノルマン・コンクェストは英語をロマンス化しただけか? [norman_conquest][romancisation][old_norse][substratum_theory]

 英語史では,ノルマン・コンクェスト (the Norman Conquest) が契機となり,以降,英語が少なくとも語彙の面で大きくロマンス化 (romancisation) したということが定説となっている.(Norman) French が英語に及ぼした言語学的および社会言語学的な影響は甚大であり,この説自体に異議を唱える材料はほとんどないように思われる.この征服によるイギリスのロマンス化の効果は,言語のみならず文学や歴史にも反映されており,ますます同説は強固な基盤をもつに至っている.
 だが,ここであえてノルマン・コンクェストによるゲルマン化 (germanicisation) の効果の可能性を考察することは,少なくとも実験的には無駄ではないだろう.というのは,「#1568. Norman, Normandy, Norse」 ([2013-08-12-1]) でも確認したように,征服王朝を打ち立てた William 率いるノルマン人は,ルーツは北ゲルマン語群の Old Norse を話していた北欧人だからである.Normandy の北欧人が,England のアングロ・サクソン人(および先に定住していた北欧人)を征服したとしても,全体的な北西ゲルマン色は薄まるはずはなく,むしろ濃くなると予想されるのではないか.
 定説によれば,この予想は外れということになる.確かにノルマン人はルーツとしては北欧である.911年にフランスを襲ったデーン人の首領 Rollo (860?--932?) は,蛮行をやめることと引き替えに,フランス王 Charles III よりノルマンディを勝ち取った.以降,Rollo は,イングランドにおける征服者 Cnut と同様に,破壊者ならぬ再建者となり,人々から崇敬の念をもって迎えられた.だが,Rollo の子孫たちは,数世代という短い期間に,急速にフランス化した.フランス語を習得し,キリスト教に改宗し,フランス法を採用し,石造建築を受け入れ,騎馬戦の技術を獲得した.最後の戦術はノルマン・コンクェストの大きな勝因となったのだから,この征服はノルマン人がフランス化したからこそ可能になったものとみることができる.以上の経緯を踏まえると,ノルマン・コンクェストに至る150年ほどの間に,ノルマン人は文化的には本来のゲルマン色あるいはヴァイキング色をすっかり失い,ほぼ完璧にフランス化したかのようにみえる.ノルマン・コンクェストの英語への影響は,やはりロマンス化と評価すべきであり,ゲルマン化あるいはゲルマン的な要素の強化とは評価できない,という結論になりそうだ.
 しかし,荒 (95--96) は,この定説に若干の異論を唱えている.

……フランスを通じて、地中海系の南方的な風俗、習慣、信仰などが大幅に流入した。その結果、アングロ・サクソン民族には、北方的要素と南方的要素の二つが流れこみ、混合し、融和し、調和したといわれる。以上は、言語学者、文学研究家、歴史家のほぼ一致した意見である。
 けれども、少し掘り下げて考えるならば、この通説は成立の根拠が少し揺らいでくる。
 (1) ノルマン人は、デーン人の系統をひいている。二、三代、居ついている間に、母国語を忘れ、フランス化したことは否定できぬ。だが、かれらは、完全なフランス人からみれば、異端者であり、ヴァイキングの子孫である。だからこそ、ある日突然、平穏な生活を棄て、祖先の血潮の燃え立つのをかんじながら、騎馬民族として、イギリスに渡ったのである。
 (2) アングロ・サクソン人は、ゲルマン民族の大移動の際、北海を渡り、先住民族を駆逐して、楽土を求めたのである。かれらも、先祖は北方人である。その後、デーン人は、新来者として、数度にわたり侵略を繰り返したが、北方人の血を一段と濃くしたである。
 (3) ノルマンディーのフランク型封建制度が、イギリスの封建制度の急激な発達を促進したのは事実だが、しかし、両者は、前提として、デンマークの制度を踏まえていたように思う。
 民族的性格という点になると、アングロ・サクソンは、北方的要素がいちじるしく濃厚である。北と南を足して二で割るといった調子では、まったく説明がつかぬ。


 この見解にヴァイキングに対するロマンチックな評価が含まれていること,また民族的性格と言語的性格は別ものであることには注意しなければならないが,定説の唱える通りに,ノルマン人による征服は英語に南方(ロマンス)的要素を導入したのみであると結論づけて終わってよいのかという疑問は残る.言語的にいえば,フランス化したノルマン人が,ルーツとして保っていた北ゲルマン的な言語項目を直接英語に伝えたという例はないように思われる.しかし,そもそも Norman French が Old Norse 訛りのフランス語であるし,その基層言語たる Old Norse の言語的な特徴が,Norman French 借用語などを通じて間接的に英語へも滲み出ている例があったとしても,それほど驚くべきことではないだろう.

 ・ 荒 正人 『ヴァイキング 世界史を変えた海の戦士』 中央公論新社〈中公新書〉,1968年.

Referrer (Inside): [2014-10-31-1]

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2012-12-29 Sat

#1342. 基層言語影響説への批判 [substratum_theory][causation][celtic][contact][race][ethnic_group][celtic_hypothesis]

 言語変化を説明する仮説の一つに,基層言語影響説 (substratum_theory) がある.被征服者が征服者の言語を受け入れる際に,もとの言語の特徴(特に発音上の特徴)を引き連れてゆくことで,征服した側の言語に言語変化が生じるという考え方である.英語史と間接的に関連するところでは,グリムの法則を含む First Germanic Consonant Shift や,Second Germanic Consonant Shift などを説明するのに,この仮説が持ち出されることが多い.「#416. Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」 ([2010-06-17-1]) ,「#650. アルメニア語とグリムの法則」 ([2011-02-06-1]) ,「#1121. Grimm's Law はなぜ生じたか?」 ([2012-05-22-1]) などで触れた通りである.
 この仮説の最大の弱みは,多くの場合,基層をなしている言語についての知識が不足していることにある.特に古代の言語変化を相手にする場合には,この弱みが顕著に現われる.例えば,グリムの法則を例に取れば,影響を与えているとされる基層言語が何なのかという点ですら完全な一致を見ているわけではないし,もし仮にそれがケルト語だったと了解されても,その言語変化に直接に責任のある当時のケルト語変種の言語体系を完全に復元することは難しい.要するに,ある言語変化を及ぼしうると考えられる「基層言語」を,議論に都合の良いように仕立て上げることがいつでも可能なのである.母語の言語特徴が第二言語へ転移するという現象自体は言語習得の分野でも広く知られているが,これを過去の具体的な言語変化に直接当てはめることは難しい.
 Jespersen と Bloomfield も,同仮説に懐疑的な立場を取っている.彼らの批判の基調は,問題とされている言語変化と,そこへの関与が想定されている民族の征服とが,時間的あるいは地理的に必ずしも符合していないのではないかという疑念である.民族の征服が起こり,結果として言語交替が進行しているまさにその時間と場所において,ある種の言語変化が起こったということであれば,基層言語影響説は少なくとも検証に値するだろう.しかし,言語変化が生じた時期が征服や言語交替の時期から隔たっていたり,言語変化を遂げた地理的分布が征服の地理的分布と一致しないのであれば,その分だけ基層言語影響説に訴えるメリットは少なくなる.むしろ,別の原因を探った方がよいのではないかということだ.
 だが,基層言語影響説の論者には,アナクロニズムの可能性をものともせず,基層言語(例えばケルト語)の影響は様々な時代に顔を出して来うると主張する者もいる.Jespersen はこのような考え方に反論する.

I must content myself with taking exception to the principle that the effect of the ethnic substratum may show itself several generations after the speech substitution took place. If Keltic ever had 'a finger in the pie,' it must have been immediately on the taking over of the new language. An influence exerted in such a time of transition may have far-reaching after-effects, like anything else in history, but this is not the same thing as asserting that a similar modification of the language may take place after the lapse of some centuries as an effect of the same cause. (200)


 Jespersen の主張は,基層言語影響説には隔世遺伝 (atavism) はあり得ないという主張だ (201) .同趣旨の批判が,Bloomfield でも繰り広げられている.

The substratum theory attributes sound-change to transference of language: a community which adopts a new language will speak it imperfectly and with the phonetics of its mother-tongue. . . . [I]t is important to see that the substratum theory can account for changes only during the time when the language is spoken by persons who have acquired it as a second language. There is no sense in the mystical version of the substratum theory, which attributes changes, say, in modern Germanic languages, to a "Celtic substratum" --- that is, to the fact that many centuries ago, some adult Celtic-speakers acquired Germanic speech. Moreover, the Celtic speech which preceded Germanic in southern Germany, the Netherlands, and England, was itself an invading language: the theory directs us back into time, from "race" to "race," to account for vague "tendencies" that manifest themselves in the actual historical occurrence of sound-change. (386)


 近年,英語史で盛り上がってきているケルト語の英文法への影響という議論も,基層言語影響説の一形態と捉えられるかもしれない.そうであるとすれば,少なくとも間接的には,上記の批判が当てはまるだろう.「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]) や「#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか?」 ([2012-10-02-1]) を参照.
 基層言語影響説が唱えられている言語変化の例としては,Jespersen (192--98) を参照.

 ・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.
 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

Referrer (Inside): [2023-05-23-1] [2019-08-07-1]

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