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substratum_theory - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-02-17 07:05

2016-06-19 Sun

#2610. ラテンアメリカ系英語変種 [world_englishes][new_englishes][variety][demography][substratum_theory][aave]

 近年,英語諸変種への関心が高く,本ブログでも world_englishesnew_englishes というタグのもとで, 世界中の様々な変種の話題に触れてきた.今回は,Bayley による "Latino Varieties of English" と題する論文(というよりは紹介記事)に従って,アメリカにおけるラテンアメリカ系移民とその子孫たちの用いる英語変種 "Latino English" を巡る状況について,簡単に述べよう.
 最新の統計ではないが,2004年の時点で,米国のラテンアメリカ系人口は40,424,000人ほどであり,割合にして全体の14%を占める.その過半数は家庭でスペイン語を用い続けているというが,家庭でも英語のみを話す人口は直近20年ほどの間に着実に増えてきているという.Bayley (522) に引用されている Brodie et al. の2002年の統計によれば,移民世代(第1世代)の成人では主としてスペイン語のみを話す割合が72%で圧倒しているが,第2世代では47%が英語・スペイン語のバイリンガルであり,さらにほぼ同数が主として英語を話すという.第3世代以降になると,第1世代と状況が逆転し,78%が主として英語を用いるとされる.つまり,ラテンアメリカ系アメリカ人の第2世代以降は母語として英語を習得するようになっており,彼らの話す母語変種の英語が "Latino English(es)" と呼ばれるのである.この変種は,スペイン語を母語とする人が英語を習得する過程で示す interlanguage とは異なることに注意したい.
 Latino English にも複数の変種が区別されるが,Bayley によれば,この方面の体系的研究はさほど進んでいないという.当面,2つの主たる変種である "Chicano English" と "Puerto Rican English" が参照されている.Chicano English は,主としてカリフォルニアや南西諸州の barrio (ラテンアメリカ系居住区)で聞かれる変種である.Puerto Rican English は主として New York City を含む東海岸で聞かれる.しかし,いずれの変種も,近年ラテンアメリカ系人口がアメリカ中で拡大しているため,上記の地域以外でも聞かれるようになってきている.例えば,Chicago, Georgia, North Carolina などでは,ラテンアメリカ系人口の増加が顕著である.
 これらの変種の言語学的特徴としては,基層言語としてのスペイン語の効果が関与していると考えられるものがあるが,一方で非ラテンアメリカ系英語変種と平行的な特徴も見られ,基層言語からの影響の評価は慎重になされなければならないだろう.むしろ,Puerto Rican English では,習慣的 be の用法,連結詞 (copula) の欠如,3単現の -s の欠如に関して,AAVE からの影響が強いと言われている.
 今後,多種多様なラテンアメリカ系人口が拡大し,移動と接触の機会も増えてくると予想されるが,これらラテンアメリカ系英語諸変種の各々はどのような発展をたどることになるのだろうか.個々バラバラに発達するのか,あるいは1つの "pan-Latino English" と呼べるような統一変種が発達することになるのか.今後の動向を見守りたい.
 関連する話題として「#256. 米国の Hispanification」 ([2010-01-08-1]),「#1657. アメリカの英語公用語化運動」 ([2013-11-09-1]) を参照.

 ・ Bayley, Robert. "Latino Varieties of English." Chapter 51 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 521--30.

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2016-02-21 Sun

#2491. フランス語にみられる20進法の起源説 [french][latin][celtic][old_norse][numeral][contact][substratum_theory]

 「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]),「#2474. 数字における「底の原理」」 ([2016-02-04-1]),「#2477. 英語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-07-1]) で,フランス語と英語などの記数法について考えた.今回は,先の記事でも少し触れたフランス語の20進法の起源(説)に関する話題である.
 フランス語では,10 (dix), 20 (vingt), 30 (trente), 40 (quarante), 50 (cinquante), 60 (soixante) までは各々ある程度独立した形態を示すが,70は soixante-dix (60+10),80は quatre-vingts (4x20),90は quatre-vingt-dix (4x20+10) というややこしい作りである.また,61から79までの端数,81から99までの端数は,例えば79の soixante-dix-neuf (60+10+9) や99の quatre-vingt-dix-neuf (80+10+9) のように,一層ややこしい.端数の足し算にせよ,80を表わす表現にせよ,背後に20を単位とした考え方,すなわち20進法が潜んでいるということになる.フランス語の数詞体系は,10進法と20進法の混在とみなすことができそうだ.
 しかし,上記はあくまで現代標準フランス語における数詞体系の記述であって,歴史的に固定していたわけではないし,現在でもフランス語諸変種を見渡せば異なる記数法が見いだされる.まず歴史を振り返ると,842年の『ストラスブールの誓約書』に始まる最初期のフランス語から数世紀の間,すでに20進法に基づく記数法が用いられていたようだ.12世紀には,quatre-vins (80) が見られたし,中世の北フランスのオイール語では dis huit vins (360) などの大きな数にも20進法が利用されている.一方で,ラテン語に由来する10進法を用いた setante, septante (70); oitante, uitante, octante (80); nonante (90) も併用されていたことに注意が必要である.この併用状態は,1539年の「ヴィレール=コトレの勅令」以降少しずつ整理されていったが,その整理の仕方は必ずしも一貫したものではなかった.識者の間で議論はあったようだが,17世紀には常識的には自然なものと思われそうな septante, octante, nonante は捨てられ,現行のものにほぼ落ち着いた.
 一方,南仏のオック語,ベルギーのフランス語,スイスのフランス語など周辺の変種では,伝統のある quatre-vingts こそ採用されたものの,10進法に基づく septantenonante が,soixante-dixquatre-vingt-dix に対して勝利し,標準的な記数法として定着している.これらの変種での septante, octante, nonante の使用について,松田 (28) は Douzat の興味深い発言として次の文を引いている.「これらの数字はフランスの南部,東部,スイスのフランス語地域,ベルギーのような,もっともラテン語化され,ゴール語の基層浸透の最も少ない地域にしか定着していない.」
 さて,フランス語に見られる20進法の記数法のそもそもの起源についてはどうだろうか.フランス語史のほぼ初めから例証されるものであるから,さらに前の時代に遡らなければならないだろう.松田 (27) は,バスク語,ブルトン語,デンマーク語に20進法の記数法が観察されることを述べた後で,次のように議論している.

このようにみてくると,20進法はフランス語に特有のものではなく,ヨーロッパの西部に今でも残る現象であることがわかる。ところでこうした環境の中にあって,祖語のラテン語にはない20進法を,フランス語はどこからとり入れたのだろうか。quatre-vingts や soixante-dix は,ヴァルトブルクやニュロップが12世紀に初出としているのであるが,実際にはそれよりかなり前から人口にのぼっていたはずである。その起源について,学者たちの意見はほぼ一致している。ローマ人がガリアの地に侵入する以前の住先民族ケルト人がもたらしたものとする説である。いくつかの部族に分かれていたケルト民族の中には,確かに20進法を採用していた部族もいた。特にウェールズのケルト人については,非常に古い写木によって確認されているという。しかしその昔ガリア地方にいたケルト人に関する資料は残っていない。それゆえ,フランス人の祖先であるガロ=ロマン人にケルト人から数詞が伝わったことを換証することは今のところ不可能なのである。ケルト起源説以外には,ロマンス語文献学者として知られているロールフス G. Rohlfs によるノルマン起源説がある。ヴァイキングと呼ばれたノルマン人は,紀元800年頃英仏海峡に出没しはじめたが,彼らの原住地はスカンディナヴィアとデンマークであった。彼らは,911年にシャルル3世との間で交わした取り決めによって,現在ノルマンディー地方と呼ばれている地域に定住した。Marcel Cohen によれば,ノルマンディー地方のカルヴァドス県の町 Bayeux には,12世紀までデンマーク語が残っていたという。定住後のノルマン人は,1066年にイギリスに攻め込むのであるが,同じ頃その一部はイタリア南部とシチリア島に向かい,サラセン人を駆遂してここにもノルマン王国を建設した。現在の南部イタリアやシチリアの方言に20進法がみられることを文法家たちは指摘している。フランス語の20進法がどこから来たかについて,ケルト説,ノルマン説のどちらをとるにせよ,問題はフランス語の誕生以前にさかのぼることであり,検証は困難なようである。


 ・ 松田 孝江 「フランス語の数詞について」『大妻女子大学紀要(文系)』27巻,1995年.19--32頁.

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2015-07-17 Fri

#2272. 歴史的な and の従属接続詞的(独立分詞構文的)用法 [conjunction][participle][syntax][contact][celtic][hc][substratum_theory]

 一言で言い表しにくい歴史的な統語構造がある.伝統英文法の用語でいえば,「独立分詞構文の直前に and が挿入される構造」と説明すればよいだろうか.中英語から近代英語にかけて用いられ,現在でもアイルランド英語やスコットランド英語に見られる独特な統語構造だ.Kremola and Filppula が Helsinki Corpus を用いてこの構造の歴史について論じているのだが,比較的理解しやすい例文を以下に再掲することにしよう.

 ・ And thei herynge these thingis, wenten awei oon aftir anothir, and thei bigunnen fro the eldre men; and Jhesus dwelte aloone, and the womman stondynge in the myddil. (Wyclif, John 8, 9, circa 1380)
 ・ For we have dwelt ay with hir still And was neuer fro hir day nor nyght. Hir kepars haue we bene And sho ay in oure sight. (York Plays, 120, circa 1459)
 ・ & ȝif it is founde þat he be of good name & able þat þe companye may be worscheped by him, he schal be resceyued, & elles nouȝht; & he to make an oþ with his gode wil to fulfille þe poyntes in þe paper, þer whiles god ȝiueþ hym grace of estat & of power (Book of London English, 54, 1389)
 ・ . . . and presently fixing mine eyes vpon a Gentleman-like object, I looked on him, as if I would suruay something through him, and make him my perspectiue: and hee much musing at my gazing, and I much gazing at his musing, at las he crost the way . . . (All the Workes of John Taylor the Water Poet, 1630)
 ・ . . . and I say, of seventy or eighty Carps, [I] only found five or six in the said pond, and those very sick and lean, and . . . (The Compleat Angler, 1653--1676)
 ・ Which would be hard on us, and me a widow. (Mar. Edgeworth, Absentee, xi, 1812) (←感嘆的用法)


 これらの and の導く節には定動詞が欠けており,代わりに不定詞,現在分詞,過去分詞,形容詞,名詞,前置詞句などが現われるのが特徴である.統語的には主節の前にも後にも出現することができ,機能的には独立分詞構文と同様に同時性や付帯状況を表わす.この構文の頻度は中英語では稀で,近代英語で少し増えたとはいえ,常に周辺的な統語構造であったには違いない.Kremola and Filppula (311, 315) は,統語的に独立分詞構文と酷似しているが,それとは直接には関係しない発達であり,したがってラテン語の絶対奪格構文ともなおさら関係しないと考えている.
 それでは,この構造の起源はどこにあるのか.Kremola and Filppula (315) は,不定詞が用いられているケースについては,ラテン語の対格付き不定詞構文の関与もあるかもしれないと譲歩しているものの,それ以外のケースについてはケルト諸語の対応する構造からの影響を示唆している.

The infinitival type, which at least in its non-exclamatory use is closer to coordination than the other types, may well derive from the Latin accusative with the infinitive . . . But the non-infinitival constructions (and the exclamatory infinitival patterns), although they too are often considered to have their origins in the Latin absolute constructions, could also stem from another source, viz. Celtic languages. Whereas the Latin models typically lack the overt subordinator, subordinating and-structures closely equivalent to the ones met in Middle English and Early Modern English are a well-attested feature of the neighbouring Celtic languages from their earliest stages on.


 私自身はケルト系言語を理解しないので,Kremola and Filppula (315--16) に挙げられている古アイルランド語,中ウェールズ語,現代アイルランド語からの類似した文例を適切に評価できない.しかし,彼らは,先にも述べたように,現代でもこの構造がアイルランド英語やスコットランド英語に普通に見られることを指摘している.
 なお,Filppula は,英語の統語論にケルト諸語の基層的影響 (substratum_theory) を認めようとする論客である.「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1]) の議論も参照されたい.

 ・ Kremola, Juhani and Markku Filppula. "Subordinating Uses of and in the History of English." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 762--71.

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2015-01-05 Mon

#2079. fusion と mixture [contact][borrowing][loan_word][loan_translation][bilingualism][substratum_theory][typology][register][lexical_stratification]

 「#2061. 発話における干渉と言語における干渉」 ([2014-12-18-1]) で念を押したように,語の借用 (borrowing) は過程であり,借用語 (loanword) は結果である.Weinreich は明示的にこの区別をつける論者は少なかったと述べているが,Roberts という研究者がより早くこの区別について論じている.Roberts (31--32) は,言語接触の過程を "fusion" と呼び,結果としての状態を "mixture" と呼び分けた.また,Roberts は "fusion" と "mixture" をそれぞれ細分化するとともに,そのような過程や結果の前段階にある2言語使用状況のタイプを2つに分け,全体として言語接触の類型論というべきものを提起している.以下,Roberts (32) の図式を再現しよう.

Roberts' Typography of Bilingualism and Contact


 だが,正直いうと論文を読みながら非常に理解しにくい図式だと感じた.多くの用語が立ち並んでいるが,それぞれの歴史的な事例とそれらの間の相互の関係がとらえにくいのだ.BILINGUALISM → FUSION → MIXTURE という時間的な相の提示と後者2過程の峻別は評価できるとしても,それ以外については用語が先走っている印象であり,内容どうしの関係が不明瞭だ.Roberts (31--32) にそのまま語ってもらおう.

   When a bilingual situation ends, the surviving language (that is, the language whose grammar prevails) is colored in greater or less degree by the perishing language (that is, the language whose grammar succumbs). The extent of this coloring depends upon the relationship of the two languages during the antecedent bilingualism. Subordinative bilingualism results in admixture; a portion of the weaker language is added to the stronger, which still retains both its grammatical and its lexical integrity. Co-ordinative bilingualism results in intermixture; virtually the entire vocabulary of the weaker language is swallowed up by the stronger, which thereby loses its lexical, though not its grammatical, integrity.
   The words admixture and intermixture, as here used, denote accomplished situations, the results of processes. To designate the generative processes, the terms affusion and interfusion, corresponding respectively to admixture and intermixture, are proposed. Affusion has three modalities: infusion, suffusion, and superfusion. Interfusion has three stages or temporalities: diffusion, circumfusion, and retrofusion.


 Affusion から見ていくと,Infusion は通常の語の借用に相当する.Suffusion は,基層言語影響説 (substratum_theory) の唱える基層言語からの言語的影響に相当する.Superfusion は翻訳借用 (loan_translation) に相当する.importation と substitution という対立軸と,意識的な干渉と無意識的な干渉という対立軸がごたまぜになったような分類だ.
 次に Interfusion に目を向けると,Diffusion は本来語彙と借用語彙が使用域に関して分化する過程を指している.英語語彙における語種別の三層構造などの生成にみられる過程を想像すればよいだろう.その Interfusion の段階からさらに進むと,Circumfusion の段階となる.ここでは例えば内容語はすべてフランス・ラテン借用語であっても,それらを取り巻く機能語は本来語となるような状況が生み出される.次に,Retrofusion はソース言語からの一種の「復讐」の過程であり,フランス語の語法の影響を受けて house beautiful, knights templars, sufficient likelihood, nocturnal darkness などの表現を生み出す過程に相当する.
 Roberts は2言語使用 (bilingualism) の基礎理論を打ち立てようという目的でこの論文を書いたようだが,残念ながらうまくいっているようには思えない.より説得力のある言語接触の類型論としては,「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) と「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) で紹介した Thomason and Kaufman によるモデルが近年ではよく知られている.
 借用に関する過程と結果の区別については「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#904. 借用語を共時的に同定することはできるか」 ([2011-10-18-1]),「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]),「#2009. 言語学における接触干渉2言語使用借用」 ([2014-10-27-1]) も参照.また,関連して「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) の記事とそこに張ったリンクも参照されたい.

 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.
 ・ Roberts, Murat H. "The Problem of the Hybrid Language". Journal of English and Germanic Philology 38 (1939): 23--41.

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2014-11-01 Sat

#2014. イタリア新言語学 (2) [history_of_linguistics][neolinguistics][neogrammarian][wave_theory][substratum_theory][historiography][loan_translation][language_death][origin_of_language]

 昨日の記事「#2013. イタリア新言語学 (1)」 ([2014-10-31-1]) に引き続き,この学派の紹介.新言語学が1910年に登場してから30余年も経過した後のことだが,学術雑誌 Language に,青年文法学派 (neogrammarian) を擁護する Hall による新言語学への猛烈な批判論文が掲載された.これに対して,翌年,3倍もの分量の文章により,新言語学派の論客 Bonfante が応酬した.言語学史的にはやや時代錯誤のタイミングでの論争だったが,言語の本質をどうとらえるえるかという問題に関する一級の論戦となっており,一読に値する.この対立は,19世紀の Schleicher と Schmidt の対立を彷彿とさせるし,現在の言語学と社会言語学の対立にもなぞらえることができる.
 それにしても,Hall はなぜそこまで強く批判するのかと思わざるを得ないくらい猛烈に新言語学をこき下ろしている.批判論文の最終段落では,"We have, in short, missed nothing by not knowing or heeding Bàrtoli's principles, theories, or conclusions to date, and we shall miss nothing if we disregard them in the future." (283) とにべもない.
 しかし,新言語学が拠って立つ基盤とその言語観の本質は,むしろ批判者である Hall (277) こそが適切に指摘している.昨日の記事の内容と合わせて味読されたい.

In a reaction against 19th-century positivism, Croce and his followers consider 'spirit' and 'spiritual activity' (assumed axiomatically, without objective definition) as separate from and superior to other elements of human behavior. Human thought is held to be a direct expression of spiritual activity; language is considered identical with thought; and hence linguistic activity derives directly from spiritual activity. As a corollary of this assumption, when linguistic change takes place, it is held to reflect change in spiritual activity, which must be the reflection of 'spiritual needs', 'creativity', and 'advance of the human spirit'. The most 'spiritual' part of language is syntax and style, and the least spiritual is phonology. Hence phonetic change must not be allowed to have any weight as a determining factor in linguistic change as a whole; it must be considered subordinate to and dependent on other, more 'spiritual' types of linguistic change.


 Bonfante による応酬も,同じくらいに徹底的である.Bonfante は,新言語学の立場を(英語で)詳述しており,とりわけ青年文法学派との違いを逐一指摘しながらその特徴を解説してくれているので,結果的におそらく最もアクセスしやすい新言語学の概説の1つとなっているのではないか.Hall の主張を要領よくまとめることは難しいので,いくつかの引用をもってそれに代えたい.(「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]) の記述も参照されたい.)

The neolinguists claim . . . that every linguistic change---not only phonetic change---is a spiritual human process, not a physiological process. Physiology cannot EXPLAIN anything in linguistics; it can present only the conditions of a given phenomenon, never the causes. (346)

It is man who creates language, every moment, by his will and with his imagination; language is not imposed upon man like an exterior, ready-made product of mysterious origin. (346)

Every linguistic change, the neolinguists claim, is . . . of individual origin: in its beginnings it is the free creation of one man, which is imitated, assimilated (not copied!) by another man, and then by another, until it spreads over a more-or-less vast area. This creation will be more or less powerful, will have more or less chance of surviving and spreading, according to the creative power of the individual, his social influence, his literary reputation, and so on. (347)

For the neolinguists, who follow Vico's and Croce's philosophy, language is essentially expression---esthetic creation; the creation and the spread of linguistic innovations are quite comparable to the creation and the spread of feminine fashions, of art, of literature: they are based on esthetic choice. (347)

The neolinguists, tho stressing the esthetic nature of language, know that language, like every human phenomenon, is produced under certain special historical conditions, and that therefore the history of the French language cannot be written without taking into account the whole history of France---Christianity, the Germanic invasions, Feudalism, the Italian influence, the Court, the Academy, the French Revolution, Romanticism, and so on---nay, that the French language is an expression, an essential part of French culture and French spirit. (348)

The neolinguists think, like Leonardo, Humboldt, and Àscoli, that languages change in most cases because of ethnic mixture, by which they understand, of course, not racial mixture but cultural, i.e. spiritual. In this spiritual sense, and only in this sense, the terms 'substratum', 'adstratum', and 'superstratum' can be admitted. (352)

Without a deep understanding of English mentality, politics, religion, and folklore, all of which the English language expresses, a real history of English cannot be written---only a shadow or a caricature thereof. (354)
 
The neogrammarians have shown, of course, even greater aversion to so-called loan-translations, which the neolinguists freely admit. For the neogrammarians, a word like German Gewissen or Barmherzigkeit is a perfectly good German formation, because all the phonetic and morphological elements are German---even tho the spirit is Latin. (356)

. . . even after the death of that 'last speaker', each of these languages [Prussian, Cornish, Dalmatian, etc.]---allegedly dead, like rabbits---goes on living in a hundred devious, hidden, and subtle ways in other languages now living . . . . (357)

It follows logically that because of their isolationistic conception of language, the neogrammarians, when they are confronted with two similar innovations in two different languages, will be inclined to the theory of polygenesis---even if the languages are contiguous and historically related, like German and French, or Greek and Latin. The neolinguists, on the other hand, without making a dogma of it, incline strongly toward monogenesis. (361)


 最後の引用にあるように,青年文法学派と新言語学派の対立は言語起源論にまで及んでおり,言語思想のあらゆる面で徹底的に反目していたことがわかる.

 ・ Hall, Robert A. "Bartoli's 'Neolinguistica'." Language 22 (1946): 273--83.
 ・ Bonfante, Giuliano. "The Neolinguistic Position (A Reply to Hall's Criticism of Neolinguistics)." Language 23 (1947): 344--75.

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2014-10-03 Fri

#1985. 借用と接触による干渉の狭間 [contact][loan_word][borrowing][sociolinguistics][language_change][causation][substratum_theory][code-switching][pidgin][creole][koine]

 「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) と「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) でそれぞれ見たように,言語接触の類別の1つとして contact-induced language change がある.これはさらに借用 (borrowing) と接触による干渉 (shift-induced interference) に分けられる.前者は L2 の言語的特性が L1 へ移動する現象,後者は L1 の言語的特性が L2 へ移動する現象である.shift-induced interference は,第2言語習得,World Englishes,基層言語影響説 (substratum_theory) などに関係する言語接触の過程といえば想像しやすいかもしれない.
 この2つは方向性が異なるので概念上区別することは容易だが,現実の言語接触の事例においていずれの方向かを断定するのが難しいケースが多々あることは知っておく必要がある.Meeuwis and Östman (41) より,箇条書きで記そう.

 (1) code-switching では,どちらの言語からどちらの言語へ言語項が移動しているとみなせばよいのか判然としないことが多い.「#1661. 借用と code-switching の狭間」 ([2013-11-13-1]) で論じたように,borrowing と shift-induced interference の二分法の間にはグレーゾーンが拡がっている.
 (2) 混成語 (mixed language) においては,関与する両方の言語がおよそ同じ程度に与える側でもあり,受ける側でもある.典型的には「#1717. dual-source の混成語」 ([2014-01-08-1]) で紹介した Russenorsk や Michif などの pidgincreole/creoloid が該当する.ただし,Thomason は,この種の言語接触を contact-induced language change という項目ではなく,extreme language mixture という項目のもとで扱っており,特殊なものとして区別している (cf. [2014-03-13-1]) .
 (3) 互いに理解し合えるほどに類似した言語や変種が接触するときにも,言語項の移動の方向を断定することは難しい.ここで典型的に生じるのは,方言どうしの混成,すなわち koineization である.「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1]) と「#1690. pidgin とその関連語を巡る定義の問題」 ([2013-12-12-1]) を参照.
 (4) "false friends" (Fr. "faux amis") の問題.L2 で学んだ特徴を,L1 にではなく,別に習得しようとしている言語 L3 に応用してしまうことがある.例えば,日本語母語話者が L2 としての英語の magazine (雑誌)を習得した後に,L3 としてのフランス語の magasin (商店)を「雑誌」の意味で覚えてしまうような例だ.これは第3の方向性というべきであり,従来の二分法では扱うことができない.
 (5) そもそも,個人にとって何が L1 で何が L2 かが判然としないケースがある.バイリンガルの個人によっては,2つの言語がほぼ同等に第1言語であるとみなせる場合がある.関連して,「#1537. 「母語」にまつわる3つの問題」 ([2013-07-12-1]) も参照.

 borrowing と shift-induced interference の二分法は,理論上の区分であること,そしてあくまでその限りにおいて有効であることを押えておきたい.

 ・ Meeuwis, Michael and Jan-Ola Östman. "Contact Linguistics." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 36--45.

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2014-07-08 Tue

#1898. ラテン語にもあった h-dropping への非難 [latin][etymological_respelling][h][spelling][orthography][prescriptive_grammar][hypercorrection][substratum_theory][etruscan]

 英語史における子音 /h/ の不安定性について,「#214. 不安定な子音 /h/」 ([2009-11-27-1]) ,「#459. 不安定な子音 /h/ (2)」 ([2010-07-30-1]) ,「#494. hypercorrection による h の挿入」 ([2010-09-03-1]),「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]),「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]),「#1677. 語頭の <h> の歴史についての諸説」 ([2013-11-29-1]) ほか,hh-dropping などの記事で多く取り上げてきた.
 近代英語以後,社会言語学的な関心の的となっている英語諸変種の h-dropping の起源については諸説あるが,中英語期に,<h> の綴字を示すものの決して /h/ とは発音されないフランス借用語が,大量に英語へ流れ込んできたことが直接・間接の影響を与えてきたということは,認めてよいだろう.一方,フランス語のみならずスペイン語やイタリア語などのロマンス諸語で /h/ が発音されないのは,後期ラテン語の段階で同音が脱落したからである.したがって,英語の h-dropping を巡る話題の淵源は,時空と言語を超えて,最終的にはラテン語の1つの音韻変化に求められることになる.
 おもしろいことに,ラテン語でも /h/ の脱落が見られるようになってくると,ローマの教養人たちは,その脱落を通俗的な発音習慣として非難するようになった.このことは,正書法として <h> が綴られるべきではないところに <h> が挿入されていることを嘲笑する詩が残っていることから知られる.この詩は h-dropping に対する過剰修正 (hypercorrection) を皮肉ったものであり,それほどまでに h-dropping が一般的だったことを示す証拠とみなすことができる.この問題の詩は,古代ローマの抒情詩人 Gaius Valerius Catullus (84?--54? B.C.) によるものである.以下,Catullus Poem 84 より和英対訳を掲げる.

1CHOMMODA dicebat, si quando commoda uelletARRIUS, if he wanted to say "winnings " used to say "whinnings",
2dicere, et insidias Arrius hinsidias,and for "ambush" "hambush";
3et tum mirifice sperabat se esse locutum,and thought he had spoken marvellous well,
4cum quantum poterat dixerat hinsidias.whenever he said "hambush" with as much emphasis as possible.
5credo, sic mater, sic liber auunculus eius.So, no doubt, his mother had said, so his uncle the freedman,
6sic maternus auus dixerat atque auia.so his grandfather and grandmother on the mother's side.
7hoc misso in Syriam requierant omnibus auresWhen he was sent into Syria, all our ears had a holiday;
8audibant eadem haec leniter et leuiter,they heard the same syllables pronounced quietly and lightly,
9nec sibi postilla metuebant talia uerba,and had no fear of such words for the future:
10cum subito affertur nuntius horribilis,when on a sudden a dreadful message arrives,
11Ionios fluctus, postquam illuc Arrius isset,that the Ionian waves, ever since Arrius went there,
12iam non Ionios esse sed Hioniosare henceforth not "Ionian," but "Hionian."


 問題となる箇所は,1行目の <commoda> vs <chommoda>,2行目の <insidias> vs <hinsidias>, 12行目の <Ionios> vs <Hionios> である.<h> の必要のないところに <h> が綴られている点を,過剰修正の例として嘲っている.皮肉の効いた詩であるからには,オチが肝心である.この詩に関する Harrison の批評によれば,12行目で <Inoios> を <Hionios> と(規範主義的な観点から見て)誤った綴字で書いたことにより,ここにおかしみが表出しているという.Harrison は ". . . the last word of the poem should be χιoνέoυς. When Arrius crossed, his aspirates blew up a blizzard, and the sea has been snow-swept ever since." (198--99) と述べており,誤った <Hionios> がギリシア語の χιoνέoυς (snowy) と引っかけられているのだと解釈している.そして,10行目の nuntius horribilis がそれを予告しているともいう.Arrius の過剰修正による /h/ が,7行目の nuntius horribilis に予告されているように,恐るべき嵐を巻き起こすというジョークだ.
 Harrison (199) は,さらに想像力をたくましくして,Catullus のようなローマの教養人による当時の h に関する非難の根源は,気音の多い Venetic 訛りに対する偏見,すなわち基層言語の影響 (substratum_theory) による耳障りなラテン語変種に対する否定的な評価にあるのでないかという.同様に Etruscan 訛りに対する偏見という説を唱える論者もいるようだ.これらの見解はいずれにせよ speculation の域を出るものではないが,近現代英語の h-dropping への stigmatisation と重ね合わせて考えると興味深い.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
 ・ Harrison, E. "Catullus, LXXXIV." The Classical Review 29.7 (1915): 198--99.

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2013-09-07 Sat

#1594. ノルマン・コンクェストは英語をロマンス化しただけか? [norman_conquest][romancisation][old_norse][substratum_theory]

 英語史では,ノルマン・コンクェスト (the Norman Conquest) が契機となり,以降,英語が少なくとも語彙の面で大きくロマンス化 (romancisation) したということが定説となっている.(Norman) French が英語に及ぼした言語学的および社会言語学的な影響は甚大であり,この説自体に異議を唱える材料はほとんどないように思われる.この征服によるイギリスのロマンス化の効果は,言語のみならず文学や歴史にも反映されており,ますます同説は強固な基盤をもつに至っている.
 だが,ここであえてノルマン・コンクェストによるゲルマン化 (germanicisation) の効果の可能性を考察することは,少なくとも実験的には無駄ではないだろう.というのは,「#1568. Norman, Normandy, Norse」 ([2013-08-12-1]) でも確認したように,征服王朝を打ち立てた William 率いるノルマン人は,ルーツは北ゲルマン語群の Old Norse を話していた北欧人だからである.Normandy の北欧人が,England のアングロ・サクソン人(および先に定住していた北欧人)を征服したとしても,全体的な北西ゲルマン色は薄まるはずはなく,むしろ濃くなると予想されるのではないか.
 定説によれば,この予想は外れということになる.確かにノルマン人はルーツとしては北欧である.911年にフランスを襲ったデーン人の首領 Rollo (860?--932?) は,蛮行をやめることと引き替えに,フランス王 Charles III よりノルマンディを勝ち取った.以降,Rollo は,イングランドにおける征服者 Cnut と同様に,破壊者ならぬ再建者となり,人々から崇敬の念をもって迎えられた.だが,Rollo の子孫たちは,数世代という短い期間に,急速にフランス化した.フランス語を習得し,キリスト教に改宗し,フランス法を採用し,石造建築を受け入れ,騎馬戦の技術を獲得した.最後の戦術はノルマン・コンクェストの大きな勝因となったのだから,この征服はノルマン人がフランス化したからこそ可能になったものとみることができる.以上の経緯を踏まえると,ノルマン・コンクェストに至る150年ほどの間に,ノルマン人は文化的には本来のゲルマン色あるいはヴァイキング色をすっかり失い,ほぼ完璧にフランス化したかのようにみえる.ノルマン・コンクェストの英語への影響は,やはりロマンス化と評価すべきであり,ゲルマン化あるいはゲルマン的な要素の強化とは評価できない,という結論になりそうだ.
 しかし,荒 (95--96) は,この定説に若干の異論を唱えている.

……フランスを通じて、地中海系の南方的な風俗、習慣、信仰などが大幅に流入した。その結果、アングロ・サクソン民族には、北方的要素と南方的要素の二つが流れこみ、混合し、融和し、調和したといわれる。以上は、言語学者、文学研究家、歴史家のほぼ一致した意見である。
 けれども、少し掘り下げて考えるならば、この通説は成立の根拠が少し揺らいでくる。
 (1) ノルマン人は、デーン人の系統をひいている。二、三代、居ついている間に、母国語を忘れ、フランス化したことは否定できぬ。だが、かれらは、完全なフランス人からみれば、異端者であり、ヴァイキングの子孫である。だからこそ、ある日突然、平穏な生活を棄て、祖先の血潮の燃え立つのをかんじながら、騎馬民族として、イギリスに渡ったのである。
 (2) アングロ・サクソン人は、ゲルマン民族の大移動の際、北海を渡り、先住民族を駆逐して、楽土を求めたのである。かれらも、先祖は北方人である。その後、デーン人は、新来者として、数度にわたり侵略を繰り返したが、北方人の血を一段と濃くしたである。
 (3) ノルマンディーのフランク型封建制度が、イギリスの封建制度の急激な発達を促進したのは事実だが、しかし、両者は、前提として、デンマークの制度を踏まえていたように思う。
 民族的性格という点になると、アングロ・サクソンは、北方的要素がいちじるしく濃厚である。北と南を足して二で割るといった調子では、まったく説明がつかぬ。


 この見解にヴァイキングに対するロマンチックな評価が含まれていること,また民族的性格と言語的性格は別ものであることには注意しなければならないが,定説の唱える通りに,ノルマン人による征服は英語に南方(ロマンス)的要素を導入したのみであると結論づけて終わってよいのかという疑問は残る.言語的にいえば,フランス化したノルマン人が,ルーツとして保っていた北ゲルマン的な言語項目を直接英語に伝えたという例はないように思われる.しかし,そもそも Norman French が Old Norse 訛りのフランス語であるし,その基層言語たる Old Norse の言語的な特徴が,Norman French 借用語などを通じて間接的に英語へも滲み出ている例があったとしても,それほど驚くべきことではないだろう.

 ・ 荒 正人 『ヴァイキング 世界史を変えた海の戦士』 中央公論新社〈中公新書〉,1968年.

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2012-12-29 Sat

#1342. 基層言語影響説への批判 [substratum_theory][causation][celtic][contact]

 言語変化を説明する仮説の一つに,基層言語影響説 (substratum_theory) がある.被征服者が征服者の言語を受け入れる際に,もとの言語の特徴(特に発音上の特徴)を引き連れてゆくことで,征服した側の言語に言語変化が生じるという考え方である.英語史と間接的に関連するところでは,グリムの法則を含む First Germanic Consonant Shift や,Second Germanic Consonant Shift などを説明するのに,この仮説が持ち出されることが多い.「#416. Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」 ([2010-06-17-1]) ,「#650. アルメニア語とグリムの法則」 ([2011-02-06-1]) ,「#1121. Grimm's Law はなぜ生じたか?」 ([2012-05-22-1]) などで触れた通りである.
 この仮説の最大の弱みは,多くの場合,基層をなしている言語についての知識が不足していることにある.特に古代の言語変化を相手にする場合には,この弱みが顕著に現われる.例えば,グリムの法則を例に取れば,影響を与えているとされる基層言語が何なのかという点ですら完全な一致を見ているわけではないし,もし仮にそれがケルト語だったと了解されても,その言語変化に直接に責任のある当時のケルト語変種の言語体系を完全に復元することは難しい.要するに,ある言語変化を及ぼしうると考えられる「基層言語」を,議論に都合の良いように仕立て上げることがいつでも可能なのである.母語の言語特徴が第二言語へ転移するという現象自体は言語習得の分野でも広く知られているが,これを過去の具体的な言語変化に直接当てはめることは難しい.
 Jespersen と Bloomfield も,同仮説に懐疑的な立場を取っている.彼らの批判の基調は,問題とされている言語変化と,そこへの関与が想定されている民族の征服とが,時間的あるいは地理的に必ずしも符合していないのではないかという疑念である.民族の征服が起こり,結果として言語交替が進行しているまさにその時間と場所において,ある種の言語変化が起こったということであれば,基層言語影響説は少なくとも検証に値するだろう.しかし,言語変化が生じた時期が征服や言語交替の時期から隔たっていたり,言語変化を遂げた地理的分布が征服の地理的分布と一致しないのであれば,その分だけ基層言語影響説に訴えるメリットは少なくなる.むしろ,別の原因を探った方がよいのではないかということだ.
 だが,基層言語影響説の論者には,アナクロニズムの可能性をものともせず,基層言語(例えばケルト語)の影響は様々な時代に顔を出して来うると主張する者もいる.Jespersen はこのような考え方に反論する.

I must content myself with taking exception to the principle that the effect of the ethnic substratum may show itself several generations after the speech substitution took place. If Keltic ever had 'a finger in the pie,' it must have been immediately on the taking over of the new language. An influence exerted in such a time of transition may have far-reaching after-effects, like anything else in history, but this is not the same thing as asserting that a similar modification of the language may take place after the lapse of some centuries as an effect of the same cause. (200)


 Jespersen の主張は,基層言語影響説には隔世遺伝 (atavism) はあり得ないという主張だ (201) .同趣旨の批判が,Bloomfield でも繰り広げられている.

The substratum theory attributes sound-change to transference of language: a community which adopts a new language will speak it imperfectly and with the phonetics of its mother-tongue. . . . [I]t is important to see that the substratum theory can account for changes only during the time when the language is spoken by persons who have acquired it as a second language. There is no sense in the mystical version of the substratum theory, which attributes changes, say, in modern Germanic languages, to a "Celtic substratum" --- that is, to the fact that many centuries ago, some adult Celtic-speakers acquired Germanic speech. Moreover, the Celtic speech which preceded Germanic in southern Germany, the Netherlands, and England, was itself an invading language: the theory directs us back into time, from "race" to "race," to account for vague "tendencies" that manifest themselves in the actual historical occurrence of sound-change. (386)


 近年,英語史で盛り上がってきているケルト語の英文法への影響という議論も,基層言語影響説の一形態と捉えられるかもしれない.そうであるとすれば,少なくとも間接的には,上記の批判が当てはまるだろう.「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]) や「#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか?」 ([2012-10-02-1]) を参照.
 基層言語影響説が唱えられている言語変化の例としては,Jespersen (192--98) を参照.

 ・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.
 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2012-05-22 Tue

#1121. Grimm's Law はなぜ生じたか? [grimms_law][consonant][phonetics][germanic][sgcs][substratum_theory][causation]

 標題の問題は,[2011-02-06-1]の記事「#650. アルメニア語とグリムの法則」で取り上げたが,そこで解説した基層言語影響説 (substratum theory) に対しては異論もある.今回は Grimm's Law の原因,より一般的にはゲルマン諸語に見られる子音推移の原因についての他説を紹介したい.
 substratum theory に先だって提案されていた古典的な説によれば,ゲルマン語派に特徴的な子音推移は,主として山がちの地帯で生じており,山地の気候が強い帯気の調音を促すものとされた.この説は1901年に Meyer-Benfey によって主張されたものであり (Collitz 180) ,問題の推移が本質的に aspiration の程度の変化であると考えていた Grimm にとっても親しみやすかったかもしれない.
 その後,1910年代に,Feist や Kauffmann などにより,"ethnological grounds" の仮説,すなわち現在でいう基層言語影響説が唱えられ出した (Collitz 181) .[2011-09-01-1]の記事「#857. ゲルマン語族の最大の特徴」で触れた通り,Meillet もその名著のなかで同仮説を支持している.
 一方,Collitz は2つの説を批判している.まず,基層言語影響説を採らない理由としては,基層言語に,ゲルマン子音推移後の対応する子音がすべて先に揃っていたと仮定するのは難があることを挙げている.そうでないとすれば,基層言語が aspiration の程度についてある種の循環傾向をもっていたと考える必要があり,その循環傾向はなぜあるのかという問題に舞い戻ってくることになる.基層言語影響説は,問題の本質に触れていないというわけである (181--82) .
 Collitz はどちらかといえば山地帯気説を支持している.というのは,Second Germanic Consonant Shift ([2010-06-06-1]) の地理的な分布を観察すると,アルプス,南ドイツ,中央ドイツ,北ドイツと北進するにつれて推移の完遂度が低くなっているという事実があるからだ.また,Meyer-Benfey が述べているように,同様の子音推移を経た Armenian やアフリカ Bantu 諸語でも,その舞台は山地に限定されていたという共通点もある.
 しかし,Collitz は山地の帯気傾向のみが原因であるとは考えていない.第3の説とでもいうべきものとして,aspiration を減じる方向への一般的な調音傾向を土台としながらも,様々な方向への変化を可能ならしめる言語における "fashion" の働きが関与しているという説を提案している (183) .調音を緩めて "increased refinement" を得ようとするのが通常の発達だが,"fashion" の働きが関与すれば,その限りではなく,調音を強める方向の発達もあり得る,とするものだ.

. . . the phenomena generally designated by the term of Grimm's Law are plainly the outcome of a tendency towards vigorous articulation, the impression of vigor being effected partly by using an abundant amount of breath, partly by adding to the muscular effort. . . . It will readily be seen that, while the mountain climate may favor the tendency toward energetic articulation, it cannot be maintained that either one of the two modes of articulation is dependent exclusively on climatic conditions. (183)


 しかし,fashion 説を認めとにしても,ある fashion がなぜその時その場所で生じたのかを探るのが,原因論ではないか.言語変化の原因を fashion や気まぐれに求める議論は古くよりあるが,これを採用すると常に議論はそこで止まってしまう.もう一歩先に進めないものか.

 ・ Collitz, Hermann. "A Century of Grimm's Law." Language 2 (1926): 174--83.

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2012-03-31 Sat

#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観 [dialect][geography][wave_theory][history_of_linguistics][substratum_theory][neolinguistics]

 [2012-03-07-1]の記事「#1045. 柳田国男の方言周圏論」を始め,wave_theory の各記事で波状説 (the wave theory; Wellentheorie) の話題を取り上げてきた.柳田の『蝸牛考』を読みながら,その言語思想が,20世紀に入って西欧で興った美的観念論の言語学と類似していることに気づいた.一言でいえば,それは話者個人の心理を重んじる言語観である.(以下,言語学史にかかわる記述にはイヴィッチ (62--68) を参照する.)
 19世紀にも先駆者はいた.Hugo Schuchardt (1842--1928) は,言語変化の発端における個人の役割を重視し,個人の革新が隣人に模倣されることによって言語変化が社会のものとなるということを初めて指摘した.20世紀に入り,Bergson の直観論や Benedetto Croce の美学が提唱されると,Schuchardt の影響と相俟って,個人の心理を重んじる言語学が現われた.彼らは,言語は本質的に個人心理の発現であるから,文体的現象としてとらえなければならないという立場を取った.その具体的な主導者は Karl Vossler (1872--1947) を始めとするフォスラー学派の面々で,人間は言語に関して能動的であり,選択者であると考えた.この点で,[2012-03-18-1]の記事「#1056. 言語変化は人間による積極的な採用である」で引用した柳田の思想と異なるところがない.
 一方,イタリアでは,フォスラー学派の美的観念論の流れを継承し,かつ方言地理学にも影響を受けた新言語学 (Neolinguistics) が生じた.Matteo Giulio Bartoli (1873--1946) を筆頭とする新言語学派の面々は,言語に関して実在するのは「話す個人」だけであり,言語の改新は「話す個人」が口火を切ると考えた.また,言語は美的感覚の表現として,芸術,文学,衣服などの他の文化的な事象と同様に,うつろいやすく流行の変化にさらされるとした.[2012-03-18-1]の記事の引用では,柳田は「流行」説に反発しているが,「流行」という用語の定義が定まらないがゆえの反発であり,言語変化が「話す個人」の採用であり選択であるという点では,新言語学派の立場と一致している.新言語学派は方言における歴史・社会・地理の要因を重視し,後に言語周圏論,地域言語学 (areal linguistics) ,基層理論 (substratum theory) と呼ばれることになる重要な概念を導入したという功績もある.柳田がフォスラー学派や新言語学派から直接に影響を受けたかどうかは未調査だが,これらの学派と柳田の間に多くの際立った類似点が見られることは確かである.
 個人の心理の重視は,個々の方言語の生長の重視にもつながる.というのは,繊細な個人の心理は,個々の語の選択にもその繊細さを発揮するはずだからである.柳田が方言における語の変異を論じた次の一節 (37--38) は,事実上,言語変化における個人の美的感覚の重要性を指摘していると解釈してよい.

単語の符号化ということは、在来の使用者のみには何でもないことのようであるが、それを一の土地から他の土地に移そうとする場合には、かなり大きな障碍となって現われる。新語の動機のまだ明らかに知られているものには、根を引いて植えかえるような味得があるに反して、此方はただ枝を折って手に持つだけの模倣しかないからであろうと思う。個々の事物によって方言量に多少があり、個々の方言に領域の広狭があるということは、恐らくはこの符号化の遅速、もしくはこれを防止すべき外部の力の、有無強弱によるものであって、言語を一種の社会資料として利用せんとする者には、殊にこの関係を明確にして置く必要があるのである。/私の仮定がもし当っているならば、現在一つの方言の活躍を支持し、殊にその流伝を容易ならしめている力は、同時にまたその語の新生を促した力であった。だから一方の原因が不明になる頃には、他の一方の効果も弱って、後にはただかつて是を育てた人の群れに、符合と化して残る以外には、至って僅少なる模倣者を得るに止まり、何かの機会あるごとに、新しいものに代らるる運命をもつのである。是を単語の生老病死と名づくることは、必ずしも不倫とは言うことが出来ぬ。もとよりその間には寿命の長短があって、古語にも往々にして今も活き、成長しまた征服しつつあるものもあることは事実だが、大体からいうと古いものは失せやすく、後に生まれたものの迎えられるのは常の法則である故に、我々は若干の例外のあるべきことを心に置いて、ほぼ現在の方言の分野から、それぞれの語の年齢長幼を推知することを許されるのである。


 上に触れた一群の言語学者たちの共通項をくくり出せば,個人心理の重視,観念的,繊細,方言資料の尊重というところだろう.

 ・ 柳田 国男 『蝸牛考』 岩波書店,1980年.
 ・ ミルカ・イヴィッチ 著,早田 輝洋・井上 史雄 訳 『言語学の流れ』 みすず書房,1974年.

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2011-09-01 Thu

#857. ゲルマン語族の最大の特徴 [germanic][inflection][substratum_theory][stress]

 ゲルマン諸語の文法変化を支配してきた重要な2つの要因について,[2011-02-11-1]の記事「屈折の衰退=語根の焦点化」で Meillet を引用した.1つは「語頭の強勢が語根に新たな重要性を与えた」ことであり,もう1つは「語尾の衰退が屈折を崩壊させがち」であることだ.この2つの要因は,さらに抽象化すれば1つの根源的な特徴へと還元される.強勢(強さアクセント)が第1音節に落ちるという特徴である.
 「語幹の第1音節に強勢がおかれる」というゲルマン諸語の特徴については「ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]), 「第1音節にアクセントのない古英語の単語」 ([2009-10-31-1]) などで触れてきたことだが,Meillet は,ゲルマン諸語の特徴と称されるいくつかの点のなかでも最も重要な特徴であると断言する.そして,この特徴が印欧祖語には見られなかったことから,ゲルマン語族におけるその発現は革命的だったと力説するのである.拙訳つきで引用する.

   L'introduction de l'accent d'intensité à une place fixe, l'initiale, a été une révolution, et rien ne caractérise davantage le germanique. (72)
   語頭という固定した位置への強さアクセントの導入は革命だったのであり,それ以上にゲルマン語を特徴づけるものはない.


 もちろん,強さアクセントをもつ言語は印欧語族内外にも存在する.印欧語族内では,例えばロシア語やアイルランド語などがある.しかし,語族全体としてこの特徴を有するのはゲルマン語族のみであり,この点が顕著なのだと Meillet はいう.

En germanique,... l'accent sur l'initiale est une propriété du groupe tout entier, et il a une force singulière qui a manifesté ses effets durant tout le développement historique de ce groupe. (73)
ゲルマン語においては,語頭アクセントは語族全体としての特徴であり,語族の全歴史的発達を通じて効果を現わしてきた特異な力をもっているのである.


 では,この革命的な特徴はどのようにゲルマン語族にもたらされたのか.Meillet は基層言語影響説 ( substratum theory ) を唱えている (75) .後にゲルマン語となる方言を習得した先住民の言語特徴だろうという.この学説については[2010-06-17-1]の記事「Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」や[2011-02-06-1]の記事「アルメニア語とグリムの法則」でも触れたが,反証不能だからこそ魅力的な説に響く.ゲルマン語族を支配する最大の特徴ということは,英語史全体を支配してきた最大の特徴とも言い得るわけであり,さらには英語の未来をも支配し得る最大の特徴ということにもなるのだろうか!!!

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

Referrer (Inside): [2015-06-14-1] [2012-05-22-1]

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2011-02-06 Sun

#650. アルメニア語とグリムの法則 [grimms_law][substratum_theory][armenian][gender]

 昨日の記事[2011-02-05-1]で比較的影の薄い印欧語であるアルメニア語 ( Armenian ) を取り上げたが,この言語は英語史(ゲルマン語史)研究にある重要な示唆を与えてくれる.それは,ゲルマン語史上に名高いグリムの法則 ( Grimm's Law ) という音韻変化に関する問題である ( see [2009-08-08-1], grimms_law ) .
 グリムの法則は,印欧祖語の3系列の閉鎖音がゲルマン諸語でそれぞれ無気音化,無声音化,摩擦音化した一連の音韻変化を指す.これは,[2009-10-26-1]の記事の (5) で見たように,ゲルマン諸語にみられる顕著な特徴の1つである.この音韻変化は歴史時代以前に生じたため,なぜ,どのように生じたかについては文献の証拠に基づいて考察することはできない.ゲルマン諸語の最も重要な特徴について憶測しかできないというこの状況は非常にもどかしいものだが,この問題に一条の光を投げかける意外な言語がある.それがアルメニア語だ.
 アルメニア語では,ゲルマン語派に生じたグリムの法則とほぼ同じ音韻変化が歴史時代に生じた.例えば,印欧祖語の閉鎖音を保存している Sanskrit や Latin の語形と比べると Arm. berem / Skr. bhárāmi "I bear", Arm. kin / Skr. gna "woman", Arm. khan / Latin quam "what" などである.時間的にも空間的にも両方の音韻変化のあいだに因果関係はなく,あくまで独立して生じたと考えなければならないが,アルメニア語の変化はゲルマン語の変化よりも状況証拠が揃っているので,後者の解明にもヒントを与えてくれるのではないかと期待されるのである.
 アルメニア語の周囲の言語を観察すると,閉鎖音の系列が,印欧祖語の系列ではなく,音韻変化後に得られる系列に似通っている.つまり,アルメニア語はコーカサス地方の諸言語から音韻的な影響を受け,印欧風の音韻体系からコーカサス風の音韻体系へと推移したのではないか.より具体的には,アルメニア語話者によって征服されたコーカサス先住民がもとの言語の音韻体系を引きずったままアルメニア語に乗り換えたのではないか.これは,[2010-06-17-1][2011-01-24-1]の記事でも触れた基層言語影響説 ( substratum theory ) と呼ばれる仮説である.これ自体は推測でしかないものの,仮定されている基層言語が当時だけでなく現在でもコーカサス地方に確認できるという点が重要である.
 一方,ゲルマン語派に生じたグリムの法則についても substratum theory は提案されているものの,こちらは基層言語と仮定される言語が現在は周囲に存在しない.あくまで弱い仮説である.しかし,比較される音韻変化が時間も空間も隔たったアルメニア語で生じており,そこでの仮説はもう少し基盤の強い仮説だということになれば,グリムの法則についての基層言語影響説にも勢いがつくというものである.Meillet は次のように述べている.

Quant à l'Arménie, l'introduction d'un parler indo-européen s'y est produite à date historique; et, d'autre part, le système des occlusives arméniennes, qui est tout à fait particulier, est identique à celui d'un groupe de langues voisines, de famille autre, le groupe caucasique du Sud, dont le représentant le plus connu est le géorgien. L'action étrangère, que la théorie seule fait supposer pour le germanique, est donc indiquée par des faits positifs pour l'arménien. On conclura de là que la mutation consonantique du germanique est due au maintien de leurs habitudes d'articulation par les populations qui ont reçu et adopté le dialecte indo-européen appelé à devenir le germanique. (40--41)

アルメニアについていえば,印欧語の一方言がもたらされたのは歴史時代のことである.その上,アルメニア語の閉鎖音の体系は,完全に独自ではあるが,別の語族に属する近隣語群の体系,最もよく知られた代表言語としてグルジア語を挙げることができる南コーカサス諸語の体系と同一である.したがって,ゲルマン語については理論的な仮定にとどまらざるを得ない外国語の影響が,アルメニア語については積極的な事実によって示唆されるのである.ここから次のように結論づけることができる.ゲルマン語の子音推移は,ゲルマン語と呼ばれることになる印欧語一方言を受け入れて取り込んだ人々が自らの発音習慣を保持したことに起因するのだ,と.


 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2011-01-24 Mon

#637. クルガン文化印欧祖語 [indo-european][archeology][kurgan][substratum_theory][tocharian][map][reconstruction]

 [2011-01-20-1]の記事で触れたように,印欧祖語 ( Proto-Indo-European ) の起源に関しては諸説が提案されてきた.現在では,ウクライナ,ロシア南部,カザフスタンのステップ地帯に栄えたクルガン文化 ( the Kurgan culture ) の担い手が印欧祖語の話者だったとする説が比較的優勢である.最初にこの学説を唱えたのは考古学者 Gimbutas で,彼女は1963年の論文で従来の印欧語ヨーロッパ起源説に異を唱え,黒海からカスピ海を経てアラル海に渡るステップ地帯が印欧語の故郷ではないかと提起した.考古学についてはまるで門外漢だが,問題の論文を読んでみた.要旨は以下の通りである.

 (1) 比較言語学上の前提として,印欧祖語の故郷は Finno-Ugric, Caucasian, Semitic 語族の近隣にあったに違いない.
 (2) 印欧諸語のなかで強い類似を示す語派の分布を考慮すると,印欧祖語の故郷は比較的限られた地域に同定される.
 (3) ヨーロッパを故郷と仮定した場合,遠く東に分布する Indic 語派や Tocharian ( see [2009-08-06-1], [2009-08-14-1] ) を説明するのに東への大移動が前提となるが,それを示す考古学的な証拠はない.
 (4) それに対して,紀元前3千年紀前半のユーラシアステップ地帯には活発な東西文化交流のあったことが考古学的に確証されている.
 (5) ここにユーラシアステップ地帯に栄えたクルガン文化の存在が浮かび上がってくる.Kurgan とはロシア語で「塚,古墳」 "barrow" を意味する.この文化の考古学上の最大の特徴は,死者を土を盛った塚に埋葬した点であり,これは西に隣接する北黒海文化 ( the North Pontic culture ) とは著しい対照をなす.

Steppes

 (6) クルガン文化の担い手は長頭で背丈が高くきゃしゃだったとされる.紀元前3千年紀には,すでにいくつかの変種に分かれており,小規模な集団で丘の上で半遊牧的な生活を営んでいたと考えられる.強力な王・貴族によって統治される組織的な集団で,牛車をもっており,紀元前3千年紀後半にはヨーロッパ各地を征服しては自言語を押しつけていった.  *  

That the Kurgan people succeeded in conquering almost two-thirds of the European continent was probably largely due to their social organization and to the possession of vehicles. (827)

 (7) しかし,ヨーロッパ征服のあいだに諸文化の融合が起こり,各地で様々な文化が分化していった.

For about two or three centuries after the Kurgan appearance in Europe, archeology shows a coexistence of different cultural elements, a process of hybridization, a degeneration and a gradual disappearance of local elements. The old cultural patterns tapered off, but the influence of the substratum cultures remained as a strong undercurrent which led to an increased differentiation of the culture and to the formation of a variety of separate groups. (827)

 (8) このクルガン分化の担い手こそが,印欧祖語の共通の祖先なのではないか.

I would like to see in the expanding Kurgan people the common ancestors of all Indo-European groups that formed in the successive centuries in Europe and the Near East. (829)


 特に重要な点は,クルガン文化は早い段階から分化を起こしていたと推定されていることである.ヨーロッパ征服以前にも北黒海文化やカフカス文化と融合しており,征服以降はますます諸文化と融合してきた.初期から必ずしも一様な集団ではなかったということは,比較言語学上の語の再建形をどのように解釈すべきかという問題にも大きく関わってくる.
 常に移動する一様でない文化集団---これは過去だけでなく現在の印欧語族にもあてはまる表現である.

There never was a period of "definitive development and of a final linguistic crystallization"---either in prehistoric, or in historic times. All was fluid, all was and still is changing. (833)


 ・ Gimbutas, Marija. "Indo-Europeans: Archeological Problems." American Anthropologist 65 (1963): 815--36.

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2010-06-17 Thu

#416. Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか [substratum_theory][consonant][grimms_law][sgcs][germanic][german]

 言語変化,特に音声変化の原因を突き止めることは一般に難しい.[2010-06-07-1]の記事でみた New York City の /r/ の例は現代に起こっている変化であり,観察し得たがゆえに,社会言語学的な原因を突き止めることができた.しかし,古代に生じた音声変化については社会言語学的な文脈が判然としないことがほとんどで,まったくもってお手上げに近い.
 とはいっても何らかの仮説を立てようとするのが研究者である.[2010-06-06-1]で紹介した Second Germanic Consonant Shift の原因に関して,Fennell (39) が substratum theory を引き合いに出している.substratum theory とは,征服などによってある地域に入り込んだ言語が,もともとその地に居住していた人々の言語(=基層言語 [ substratum ] )による影響を受けて変容するという仮説である.SGCS の例でいうと,もともと the Main, Rhine, Danube の地域に居住していたケルト民族が高地ゲルマン民族による征服を受けて高地ゲルマン語を習得したときに,基層言語であるケルト語の音声特徴を反映させたのではないかという.高地ゲルマン語の側からみれば,基層のケルト語の影響を受けて SGCS が始まったということになる.
 SGCS に substratum の仮説を適用するというのは speculation 以外の何ものでもなく,検証することは不可能に近い.しかし,一般論としては substratum theory は強力であり,仮説としてであれば多くの古代の音声変化に適用されうるだろう.印欧祖語では後方にあったアクセントがゲルマン祖語で第一音節へと前方移動した変化や,グリムの法則を含む First Germanic Consonant Shift ([2009-08-08-1]) なども,基層言語からの影響ということは考えられうる.
 古代の音声変化の原因は謎に包まれたままである.

 ・Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.

(後記 2010/06/26(Sat): Wikipedia に詳しい解説あり.)

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