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metathesis - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-21 08:03

2022-11-24 Thu

#4959. bright の音位転換 [metathesis][personal_name][indo-european][germanic][etymology]

 今朝の朝日新聞「天声人語」音位転換 (metathesis) が話題とされていた.日本語からの例がいくつか挙げられていたので挙げてみよう.

 ・ サンザカ(山茶花)→サザンカ
 ・ アラタシ→アタラシ
 ・ しだらがない→だらしがない
 ・ シタツヅミ(舌鼓)→シタヅツミ

 芥川龍之介が友人の「フトロコ」「コシャマクレル」という音位転換した発音にいらついたという逸話にも触れられていた.
 英語も音位転換の例には事欠かない.「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) や「#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」 ([2017-01-04-1]) を含む metathesis の多くの記事で事例を紹介してきたが,全体として /r/ と母音の転換例が比較的多いのが特徴的である.
 今回はこれまで /r/ と母音の関わる音位転換の例として取り上げてこなかったけれども,頻度の高い重要な語として bright (明るい)を紹介しよう.印欧語根 *bherəg- "to shine; bright, white" に遡り,ゲルマン祖語では *berχtaz の形が再建されている.古英語では beorht の形で,ここまでは一貫して「母音 + /r/」の順序であることがわかる.しかし,すでに古英語でも音位転換を経た breoht などの形も文証され,中英語期以降は「/r/ + 母音」型が一般化していく.
 音位転換を経ていないオリジナルの「母音 + /r/」は,いくつかの人名に化石的に残っている.Albert (nobly bright), Bertha (the bright one), Bertrand (bright raven), Herbert (army-bright) など.

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2022-10-22 Sat

#4926. yacht の <ch> [dutch][loan_word][silent_letter][consonant][spelling_pronunciation][metathesis][phoneme][grapheme][spelling_pronunciation_gap][spelling][consonant][phonology][orthography][digraph][eebo]

 学生から <ch> が黙字 (silent_letter) となる珍しい英単語が4つあるということを教えてもらった(貴重な情報をありがとう!).drachm /dræm/, fuchsia /ˈfjuːʃə/, schism /sɪzm/, yacht /jɑt/ である.典拠は「#2518. 子音字の黙字」 ([2016-03-19-1]) で取り上げた磯部 (7) である.
 今回は4語のうち yacht に注目してみたい.この語は16世紀のオランダ語 jaght(e) を借用したもので,OED によると初例は以下の文である(cf. 「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1])).初例で t の子音字がみられないのが気になるところではある.

a1584 S. Borough in R. Hakluyt Princ. Navigations (1589) ii. 330 A barke which was of Dronton, and three or foure Norway yeaghes, belonging to Northbarne.


 英語での初期の綴字(おそらく発音も)は,原語の gh の発音をどのようにして取り込むかに揺れがあったらしく,様々だったようだ.OED の解説によると,

Owing to the presence in the Dutch word of the unfamiliar guttural spirant denoted by g(h), the English spellings have been various and erratic; how far they represent varieties of pronunciation it is difficult to say. That a pronunciation /jɔtʃ/ or /jatʃ/, denoted by yatch, once existed seems to be indicated by the plural yatches; it may have been suggested by catch, ketch.


 <t> と <ch> が反転した yatch とその複数形の綴字を EEBO で検索してみると,1670年代から1690年代までに50例ほど上がってきた.ちなみに,このような綴字の反転は中英語では珍しくなく,とりわけ "guttural spirant" が関わる場合にはよく見られたので,ある意味ではその癖が初期近代英語期にまではみ出してきた,とみることもできるかもしれない.
 yatch の発音と綴字については,Dobson (371) が次のように言及している.

Yawt or yatch 'yacht' are two variant pronunciations which are well evidenced by OED; the former is due to the identification of the Dutch spirant [χ] with ME [χ], of which traces still remained when yacht was adopted in the sixteenth century, so that it was accommodated to the model of, for example, fraught and developed with it, while OED suggests that the latter is due to analogy with catch and ketch---it is certainly due to some sort of corrupt spelling-pronunciation, in the attempt to accommodate the word to native models.


 <t> と <ch> の綴字上の反転と,それに続く綴字発音 (spelling_pronunciation) の結果生み出された yacht の妙な異形ということになる.

 ・ 磯部 薫 「Silent Consonant Letter の分析―特に英語史の観点から見た場合を中心として―」『福岡大学人文論叢』第5巻第1号, 1973年.117--45頁.
 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.

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2022-01-15 Sat

#4646. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第11回「なぜ eleven, twelve というの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][numeral][metathesis]

 NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」の2月号のテキストが発売されました.本年度連載中の「英語のソボクな疑問」の第11回の話題は「なぜ eleven, twelve というの?」です.13から19までは X-teen という語形成で「X + 10」という構成原理がわかりやすいのですが,11と12については期待される *oneteen, *twoteen とはなりません.これはなぜなのでしょうか.

『中高生の基礎英語 in English』2022年2月号



 本ブログでは「#3279. 年度初めの「素朴な疑問」を3点」 ([2018-04-19-1]) にて,この問題に簡単に触れました.わからないことも多々あるのですが,そこでの説明を膨らませたのが今回の連載記事です.記事では,その他 thirteenfifteen についての謎にも迫っています.なぜ素直に *threeteen や *fiveteen とならないのか,という素朴な疑問です.ぜひテキストを手に取っていただければと思います.
 数詞というのは非常に身近な語彙ですが,eleven, twelve の問題に関わらず謎が多い語群でもあります.むしろ日常的で頻度が高すぎるからこそ,イレギュラーなことが多いのだろうと思われます.数詞の不思議については,本ブログでも numeral の各記事で取り上げてきましたので,そちらもご覧ください.

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2021-06-12 Sat

#4429. 序数詞 thirddfourthth の関係 [indo-european][germanic][numeral][grimms_law][verners_law][suffix][metathesis]

 6月2日より,音声配信プラットフォーム Voicy にて「英語の語源が身につくラジオ」と題するチャンネルをオープンしています.日々10分弱の英語史の話題を配信していますが,昨日は「third は three + the の変形なので準規則的」という話題を取り上げました(cf. 「#92. third の音位転換はいつ起こったか」 ([2009-07-28-1]),「#93. third の音位転換はいつ起こったか (2)」 ([2009-07-29-1]),「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1])).この話題について専門的な補足を加えたいと思います.



 third の末尾の -dfourth など4以上の序数詞の末尾に現われる -th と起源的に同一物であり,それが変形したものであるという趣旨で話しました.大雑把にいえば上記の通りに理解しておいてよいのですが,厳密に議論すればそれなりに込み入った事情があります.
 印欧語族の序数詞の語尾にはいくつかの種類があり,英語の -th に連なる語尾が唯一のものではありませんでした.3の序数詞についていえば,再建された形態としては,-th に連なる語尾を含む *tri-to- もあれば,別に *triy-o という形態もありましたし,さらにこれらの複雑な混成形と考えられる *t(e)r(e)tiyo- もありました.この最後のものが,現代英語の third (< OE þridda) を出力することになります.したがって,thirdd は -th の起源である *-to- と直系の関係にはなく,あくまで「混成」を経由しての間接的な関係というのが正確なところです.典拠として,Mallory and Adams (311) を引用しておきます.

The number 'three', *tréyes (neuter: triha), is also marked by different forms for the different genders and was declined as an -i-stem plural (e.g. OIr trī, Lat trēs, NE three, Lith trỹs, OCS trije [m.], tri [f./nt.], Alb tre [m.], tri [f.], Grk treîs, Arm erek ̔, Hit tēri-, Av θrayō [m./f.], θri [nt.], Skr tráyas [m./f.], trī [nt.], Toch B trai [m.], tarya ([f.]). In some languages we have reflections of a very unusual feminine form, *t(r)is(o)res, i.e. OIr teōir, Av tišrō, Skt tisrás. The underlying derivation of *tréyes is generally sought in either *ter 'further', i.e. the number beyond 'two', or from a *ter- 'middle, top, protruding', i.e. the middle finger, assuming one counted on one's fingers in Proto-Indo-European. Again, the probability that either suggestion is correct is very low. The ordinal number is indicated by a variety of forms similar to *triy-o (e.g. Arm eri 'third', Hit teriyan 'third', tariyanalli- '賊 third officer'), or *tri-to- (e.g. Alb tretê, Grk trítos, Skt tritá-, Toch B trite), or finally *t(e)r(e)tiyo- (e.g. NWels tryddyd, Lat teritius, NE third, Lith trẽčias, Rus trétij, Av θritiya-, Skt tr̥tíya-) which is presumably a conflation of sorts, in various ways, of the previous two while *tris supplies the multiplicative (e.g. Lat ter, Grk trís, Av θriš, Skt tríṣ; despite its apparent phonetic similarity, NE thrice is of a different origin.


 上記の通り,現代英語 third そして古英語 tridda の祖形は *t(e)r(e)tiyo- にあったと想定され,問題の語尾の子音は t だったことになります.この子音は順当に発達すればグリムの法則 (grimms_law) により θ に発達していたはずと想定されますが,強勢が後続していたために同発達がブロックされ,ヴェルネルの法則 (verners_law) に従って有声化して ð となり,これが後に脱摩擦音化して d となりました.この一連の流れは,古英語 fæder (> PDE father) に d が確認されるのとまったく同じ流れです(cf. 「#480. father とヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1])).この点については Lass (214) より引用しておきましょう.

3rd. Go þridja, OE þridda, OIc þriþe. This is not entirely suppletive, as it still obviously contains the root for '3'. But the formation is different from that of the other ordinals, involving a suffix */-tjo:-/ (cf. L ter-ti-us). The E, WGmc forms must go back to a variant with an accented suffix, hence the voiced dental from Verner's Law. ModE third is metathesized from þridda (cf. bird < OE bridd, dirt < Osc drit).


 なお,印欧祖語レベルでは,英語の -th 語尾に連なる */-to-/ は4,5,6の序数詞のみに当てはまり,ゲルマン語において7以上の序数詞にも付されるようになったのは,後の類推 (analogy) によるものです (Lass 215) .現代英語では4以上の序数詞は -th できれいに揃っているように見えますが,もともとはそうではなかったことになります.

 ・ Mallory, J. P. and D. Q. Adams. The Oxford Introduction to Proto-Indo-European and the Proto-Indo-European World. Oxford: OUP, 2006.
 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2020-12-13 Sun

#4248. なぜ threethirteen では r の位置が異なるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][metathesis][numeral]

 語源的に明らかに関連していると思われる語なのに,発音や綴字が微妙に異なっているというのは,よくある話しです.three 「3」を基本として,thirteen 「13」,thirty 「30」,third 「第3の」はそこから派生した語であることは間違いなさそうですが,r の位置が異なっています.基本の three では「th + r + 母音」となっていますが,派生語では「th + 母音 + r」となっています.これはどういうわけでしょうか.音声解説をお聴きください.



 古英語では「3」は þrēo,「13」は þrēo-tīene,「30」は þrī-tiġ,「第3の」は þridda という綴字でした(<þ> は古英語の文字で th を表わします).つまり,すべて「th + r + 母音」だったのです.ところが,中英語期から近代英語期にかけて,派生語における「r + 母音」が位置を逆転させて「母音 + r」に変化していったのです.
 これは「ろれつ」が回らず,発音し損ねたという一種の言い間違いから生じたもので,古今東西でしばしば観察される音位転換 (metathesis) という現象です.通常であれば一過性の言い間違いで終わるところですが,どういうわけか間違った発音のほうが正しい発音として定着してしまうこともあるのです.
 英語の場合,とりわけ r と母音の関与する例が圧倒的に多く,ほかにも bird, grass, horse などが挙げられます.これらは古英語では各々 brid, gærs, hros というように,r と母音の位置が逆転した綴字で現われていました.
 日本語からも例は豊富に挙がります.「さんざか」(山茶花)が「さざんか」となったり,「したづつみ」(舌鼓)が「したつづみ」となったり,昨今「ふんいき」(雰囲気)が「ふいんき」と発音されることが多くなってきているのも,音位転換のなせる技です.
 音位転換という興味深い話題については,##60,92,93,2809の記事セットをご覧ください.多くの例が挙げられています.

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2020-04-17 Fri

#4008. <x> ≡ /z/ の対応について (3) [x][grapheme][verners_law][phonotactics][consonant][metathesis]

 この2日間の記事 ([2020-04-15-1], [2020-04-16-1]) で標題について少し調べてきたが,いまだ解決していない.そこで,1つ仮説を立ててみた.
 英語の音節の頭 (onset) に現われる子音連鎖には制約があり,原則として昔から今まで /ks/ も /gz/ も onset に立つことはできない.とはいえ借用語などでは例外的に可能な場合があり,まさに今回の一連の問題で扱ってきた xenon, Xerses などもすべて借用語であるため,/ks/ や /gz/ の発音はあり得るといえばあり得る.しかし,多くの場合,借用語が英語に同化する過程で,外来の不規則な発音も英語の音素配列規則に順応していくものだ.その際,どのように順応していくかにはいくつかのパターンがある.
 1つは,子音連鎖を解消するために第1子音を落とす,語頭音消失 (apheresis) による解決法である.実際,すでに2日間の記事で見てきたように,<x> ≡ /z/ は <x> ≡ /gz/ から apheresis を経た結果として説明されてきた.「#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史」 ([2018-11-08-1]),「#3938. 語頭における母音の前の h ばかりが問題視され,子音の前の h は問題にもされなかった」 ([2020-02-07-1]) でみたように,[kn-], [gn-], [wr-], [wl-], [hr-], [hl-], [hn-], [hw-] 等からの第1子音消失は英語史でもありふれた現象であり,[gz-] も同様に考えることができる.
 もう1つは,子音連鎖の間に母音を挿入すること (anaptyxis) で子音連鎖を解消するという方法だ.Minkova (132--33) によれば,たとえば著名なアメリカ人スタントマン Evel Knievel の姓はドイツ語名として語頭の [k] も発音されるが,/kn-/ は現代英語の音素配列規則に反するので,[kəˈniːvəl] のように曖昧母音を間に挿入することで違反を回避している.同様に,中英語でも knight が <kinicht>, <cinth>,knife が <kinf>,kneeled が <keneleden> と綴られた anaptyxis を示唆する事例がある.xenon, Xerses などの [ks-], [gz-] に(曖昧)母音が挿入されて [kəs-], [gəz-] となった事例があったかどうかは確認できていないが,少なくとも理論上はあり得たと思われる.(ちなみに上記の knight を表わす <cinth> については,anaptyxis というよりは音位転換 (metathesis) の事例とみるべきかもしれない.音位転換も子音連鎖に対するもう1つの解決法である.)
 3つめに,問題の子音連鎖の前に母音を挿入する (prosthesis) ことで,onset の制約を回避するという方法がある.「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) で取り上げたように,フランス借用語では子音連鎖の前に挿入された非語源的な語頭の e の例がよく見られる (ex. especial, escalade) .子音連鎖の例から離れるが,子音音素 /ŋ/ は原則として onset に立つことができないので,ザンビアの貨幣単位である ngwee は語頭に曖昧母音を挿入して [əŋ ˈwiː] と発音されるのが普通である.これによって /ŋ/ は音節頭ではなく音節末に立つことになり,音素配列論的に適格となる.
 やや長い前置きとなったが,私の仮説は第3の解決法に基づくものである.<x> ≡ /ks/ をデフォルトとすると,借用語の語頭の <x> は直前に母音が挿入された [əks-] として実現される機会があったのではないか.これは ngwee の場合のように,綴字にはなかなか現われないと思われ,実証もしにくいだろうが,少なくとも発音の variant としてはあり得たと想定される.そうなると,子音連鎖に続く(新たな第2音節の)母音は相対的に強い強勢をもつことになるので,従来の「英語史における Verner's Law」にしたがって,件の子音連鎖は有声化し,[əgz-] となるだろう.この有声化した発音がもととなり,その上に第1の解決法である語頭音消失の効果も重なったのではないか.これについて非常に示唆的な指摘として,Minkova (139fn) の Xavier の発音に関するコメントを引用しておこう.

The initial <x> in Xavier [ˈzeɪvɪə(r)] is sometimes taken to represent [ks-] as in X-ray, triggering prosthetic [ɛ-/ə]: [ɛgˈzeɪvɪə(r)] . . . .


 私の仮説は,端的にいえば [ks-] → [əks-] → [əgz-] → [gz-] → [z-] という過程である.実際にはこの過程は必ずしも時系列できれいに進んだわけではないだろうし,しばらくは異なる発音が variants として並存していたに違いない.また,語頭音添加 (prosthesis) と語頭音消失 (apheresis) という反対向きの解決法が同一過程に生じているという点についても,もっと説得力のある下支えが必要のように思われる.それでも,onset における特定の子音連鎖を回避するために,複数の解決法が同時に試みられ,その込み入った相互作用の結果,標準発音として /z-/ という1つの結論に終着した,ということは十分にありそうである.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2019-06-11 Tue

#3697. 印欧語根 *spek- に由来する英単語を探る [etymology][indo-european][latin][greek][metathesis][word_family][lexicology]

 昨日の記事「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) で取り上げたなかでも最上位に挙げられている spec(t) という連結形 (combining_form) について,今回はさらに詳しくみてみよう.
 この連結形は印欧語根 *spek- にさかのぼる.『英語語源辞典』の巻末にある「印欧語根表」より,この項を引用しよう.

spek- to observe. 《Gmc》[その他] espionage, spy. 《L》 aspect, auspice, conspicuous, despicable, despise, especial, expect, frontispiece, haruspex, inspect, perspective, prospect, respect, respite, species, specimen, specious, spectacle, speculate, suspect. 《Gk》 bishop, episcopal, horoscope, sceptic, scope, -scope, -scopy, telescope.


 また,語源の取り扱いの詳しい The American Heritage Dictionary of the English Language の巻末には,"Indo-European Roots" なる小辞典が付随している.この小辞典から spek- の項目を再現すると,次のようになる.

spek- To observe. Oldest form *spek̂-, becoming *spek- in centum languages.
▲ Derivatives include espionage, spectrum, despise, suspect, despicable, bishop, and telescope.
   I. Basic form *spek-. 1a. ESPY, SPY, from Old French espier, to watch; b. ESPIONAGE, from Old Italian spione, spy, from Germanic derivative *speh-ōn-, watcher. Both a and b from Germanic *spehōn. 2. Suffixed form *spek-yo-, SPECIMEN, SPECTACLE, SPECTRUM, SPECULATE, SPECULUM, SPICE; ASPECT, CIRCUMSPECT, CONSPICUOUS, DESPISE, EXPECT, FRONTISPIECE, INSPECT, INTROSPECT, PERSPECTIVE, PERSPICACIOUS, PROSPECT, RESPECT, RESPITE, RETROSPECT, SPIEGELEISEN, SUSPECT, TRANSPICUOUS, from Latin specere, to look at. 3. SPECIES, SPECIOUS; ESPECIAL, from Latin speciēs, a seeing, sight, form. 4. Suffixed form *spek-s, "he who sees," in Latin compounds. a. Latin haruspex . . . ; b. Latin auspex . . . . 5. Suffixed form *spek-ā-. DESPICABLE, from Latin (denominative) dēspicārī, to despise, look down on (dē-), down . . .). 6. Suffixed metathetical form *skep-yo-. SKEPTIC, from Greek skeptesthai, to examine, consider.
   II. Extended o-grade form *spoko-. SCOPE, -SCOPE, -SCOPY; BISHOP, EPISCOPAL, HOROSCOPE, TELESCOPE, from metathesized Greek skopos, on who watches, also object of attention, goal, and its denominative skopein (< *skop-eyo-), to see. . . .


 2つの辞典を紹介したが,語源を活用した(超)上級者向け英語ボキャビルのためのレファレンスとしてどうぞ.

 ・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ The American Heritage Dictionary of the English Language. 4th ed. Boston: Houghton Mifflin, 2006.

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2017-01-05 Thu

#2810. 日本語の音位転換も子音の交替だった [metathesis][japanese][phonetics][consonant]

 昨日の記事「#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」 ([2017-01-04-1]) の後半で,日本語の音位転換 (metathesis) では,母音を挟んで2つの子音が交替することに言及した.実は,これは驚くべき事実である.日本語では,仮名書きすると「ぶんぶくちゃがま」と「ぶんぶくちゃまが」のように,「が」と「ま」がひっくり返っているように見えるので,仮名単位あるいはモーラ単位での交替と記述すればスマートのように思われる.「あらた」と「あたら」,「つごもり」と「つもごり」,「したづつみ」と「したつづみ」でも,2モーラの位置が入れ替わっているとみなすのが単純である.
 しかし,幼児の言い間違えの例として「てがみ」と「てまぎ」,「めがね」と「めなげ」,「たまご」と「たがも」,「おまけ」と「おかめ」などの例を考えると,文字やモーラの入れ替えとして説明することはできない.ローマ字書きすれば明らかだが,karada と kadara,tegami と temagi,megane と menage,tamago と tagamo,omake と okame のように,問題の2モーラについて母音は据え置かれるが,子音が入れ替わっていると考えられる.前段落に挙げた「あらた」と「あたら」などの例では,たまたま2モーラの母音が同一なので,生じている音位転換はモーラ単位での入れ替えと見えるが,実際にはここでも子音が入れ替わっているものと考えておくほうが,理論的一貫性が保てる.「さざんか」 (sazaNka) と「さんざか」 (saNzaka) のように,モーラ単位で考える必要がある例も見受けられるものの,概ね上記の記述は有効だろう.
 その他,様々な例を勘案すると,日本語の音位転換は「3音節以上の語で,2音節以降の隣接する音節間で生じる」ものであり,かつ原則として「子音だけが入れ替わる」ものであることが分かる(藤原,p. 6--7, 9).以上のことは,藤原 (9) が論じたことであり,驚きをもって次のように評している.

 日本語はモーラ言語であり,仮名は音節文字である.それゆえ,子音+母音は緊密に結合した単位として,音位転換の場合にも両音が分離することはないと思われるが,実際にはこの結束は破られ,子音だけが入れ替わる.この事実は分析を行った筆者にとっても大きな驚きであった.
 英語と日本語以外のさまざまな言語の音位転換の例を分析して,個々の言語における原則を引き出し,音節構造と音位転換との関係を調べると,興味深い事実が発掘できそうである.


 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

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2017-01-04 Wed

#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる [metathesis][phonetics][phonotactics][rhotic]

 音位転換 (metathesis) について,「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) を始めとしていくつかの記事で取り上げてきた.音位転換は,調音の都合によるある種の言い間違いといってもよいものであり,諸言語に普通にみられる現象である.しかし,音位転換は,各言語の音素配列 (phonotactics) とも密接な関係があるようであり,その型は言語間で一様ではない.例えば,英語の場合,古英語以来生じた音位転換の例をみる限り,標記の原則が貫かれている.
 藤原 (8--9) は,古英語に観察される例を以下の通りに挙げている.

(a) 隣接する r と母音の交替

 ・ bridd > bird "bird"
 ・ drit > dirt "dirt" (汚物)
 ・ frost > forst "frost"
 ・ þridda > þirda "third"

(b) その他の交替

 ・ æspe > æpse "aspen-tree"
 ・ ascian > axian "ask"
 ・ botle > bold "house"
 ・ cosp > cops "fetter"
 ・ frosc > frox "frog"
 ・ sedl > seld "seat"
 ・ spatl > spald "spittle" (唾液)
 ・ tusc > tux "tusk" (牙)
 ・ wlisp > wlips "lisping" (舌足らずで発音すること)

 これらのうち,現代標準英語で音位転換を経た発音が採用されているものは,(a) の bird, dirt, third のみである.このことから,大部分の音位転換が一過性のものだったことがわかる.標準的なイングランド南部の方言では,これらの non-prevocalic r は発音されなくなっているため,現在では(綴字からの影響を無視するならば)音位転換以前の状態に戻る音声的な動機づけはない.
 「英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」という限定をあえて掲げる必要があるのは,例えば日本語ではまったく異なる条件が適用されるからだ.日本語の音位転換の場合,むしろ直接隣り合う子音が交替する例はなく,母音を飛び越えて子音が入れ替わるのが普通である.「よもぎ餅」と「よごみ餅」,「舌づつみ」と「舌つづみ」,「ぶんぶくちゃがま」と「ぶんぶくちゃがま」,「あらた」と「あたら(しい)」,「あきば」と「あきは(ばら)」,「つごもり」と「つもごり」などにおいては,仮名で書くと少しわかりにくいが,最後の例でいえば tsugomori と tsumogori というように,直接隣り合っていない,母音を間に挟んだ gm の2子音が交替している.
 音位転換には,英日それぞれの言語の音素配列の傾向が反映されている可能性が高い.

 ・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.

Referrer (Inside): [2022-11-24-1] [2017-01-05-1]

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2016-10-20 Thu

#2733. hoarser [phonetics][etymology][metathesis][r]

 現代英語の hoarse (しゃがれ声の)には r が含まれているが,古英語での形は hās であり,r はなかった.主要な語源辞典によると,この r は中英語期における挿入であるという.意味的に緩く関連する中英語 harsk (harsh, coarse) などからの類推だろうとされている.
 ただし,この r の起源は,もっと古いところにある可能性もある.ゲルマン祖語では *χais(r)az, *χairsaz が再建されており,もともと rs の前後に想定されている(前後しているのは音位転換 (metathesis) の関与によるものと考えられる).実際に,ゲルマン諸語で文証される形態は,(M)HG heiser, MDu heersch, ON háss (< *hārs < *hairsaR) など,r を含んでいるか,少なくとも前段階で r が存在していたことを示唆している.
 一方,古英語と同様に r を欠く形態を示す言語も少なくない.OFr hās, OS & MLG hēs, OHG heis などである.どうやら,時代にもよるが,英語にかぎらず複数の言語変種において,r の有無は揺れを示していたようだ.とすると,古英語で r を含む形態が文証されず,中英語になって初めて文献上に現われたからといって,古英語で r 形がまったく使われていなかったとは言い切れなくなる.
 中英語では,hoos, hos, hors などが共存しており,実際この3つの綴字は Piers Plowman, B. xvii. 324 の異写本間に現われる.異綴字については,MEDhōs (adj.) も参照.
 r の挿入ではなく r の消失という過程についていえば,英語史上,ときどき観察される.例えば,「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1]),「#2368. 古英語 sprecen からの r の消失」 ([2015-10-21-1]) の事例のほか,arser が19世紀に脱落して ass となったケースもある.しかし,今回のような r の挿入(と見えるような)例は珍しいといってよいだろう(だが,「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]),「#2026. intrusive r (2)」 ([2014-11-13-1]) を参照).

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2016-06-08 Wed

#2599. 人名 Rose は薔薇ならぬ馬? [onomastics][personal_name][etymology][metathesis]

 Rose あるいは Rosa という女性名は薔薇を意味するものと思われるかもしれないが,The Wordsworth Dictionary of Firms Names (200) によると元来は horse と結びつけられていた可能性が高いようだ.

Rose (f)
From the name of the flower. Common long before flower names came into popular use in the 19th century. Probably from Germanic names, based on words meaning 'horse', an important feature of the life of Germanic tribes. However, the English flower name is a more attractive association for most people.
Variant form: Rosa


 近現代の共時的な感覚としては,この名前は間違いなく花の rose と結びつけられているが,本来の語源はゲルマン系の馬を表わす単語,古英語でいうところの hros にあるだろうという.「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) で取り上げたように,古英語 hros は後に音位転換 (metathesis) により hors(e) と形を変えた.ゲルマン民族の生活にとって重要な動物が,人名の種を供給したということは,おおいにありそうである.本来の語形をより忠実に伝える Rose は,後にその語源が忘れ去られ,花の rose として認識されるようになった.花の rose 自体は,印欧語に語源を探るのは難しいようだが,すでにラテン語で rosa として用いられており,これが古英語 rōse を含め,ゲルマン諸語へも借用された.
 現代の薔薇との連想は,結果的な語形の類似によることは言うまでもないが,上の引用にもあるとおり,19世紀に花の名前が一般に人名として用いられるようになった経緯との関連も気に留めておきたい(他例として19世紀末からの Daisy) .さらにいえば,19世紀には一般の名詞を人名として用いる風潮があった.これについては「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]) も参照.

 ・ Macleod, Isabail and Terry Freedman. The Wordsworth Dictionary of Firms Names. Ware: Wordsworth Editions, 1995.

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2016-04-11 Mon

#2541. throughwrought などが音位転換でない可能性 [metathesis][phonetics][spelling]

 口が滑るなどして単音や音節の位置が互いに交換される音位転換 (metathesis) の過程は,音変化のメカニズムの1つとしてよく知られている.「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) を始めとして,metathesis の記事で扱ってきた.英語史からの典型的な例として through の音位転換が挙げられる.「#55. through の語源」 ([2009-06-22-1]) で記した通り,古英語 þurhur が位置をひっくり返したことから,現代の through の原型が生まれたとされている.
 しかし,Samuels (17) は,これは必ずしも純粋な音位転換の例ではない可能性があると指摘する.

. . . the order of /r/ and a vowel may be reversed, as in L. *turbulare > Fr. troubler, OE þridda > third, OE þurh > through, Sc. dial. /mɔdrən/ 'modern'; this may amount to no more than insertion of a glide-vowel and misinterpretation of the stress (OE worhte > worohte > wrohte 'wrought', þurh > þuruh > ME þorouȝ > through).


 なるほど,過程の入出力をみればあたかも音位転換が起こったかのようだが,worohteþuruh のように r の両側に母音字が現われるような綴字が文証されるのであれば,1つではなく複数の過程が連続して生じたとする解釈も捨て去ることはできない.Samuels は,問題の r の後に母音が渡り音として挿入され,その後に強勢位置がその母音へと移ったという可能性を考えているが,これはもっと端的には,r の後に新たな母音が挿入され,続いて前の母音が消失したという2つの連続した過程といえるだろう.
 Samuels は新しい解釈の可能性を示唆しているにすぎず,特に強く主張しているわけではない.また,渡り音の挿入を想定しにくい古英語の ascian > axianfiscas > fixas のような例には,同解釈は適用できないだろう.したがって,音位転換という過程そのものを疑うような意見ではない.それでも,確かに文証される綴字の存在に配慮して,定説とは異なるアイディアを可能性として提示する姿勢には,ただ感心する.
 through の綴字については「#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り」 ([2009-06-20-1]),「#193. 15世紀 Chancery Standard の through の異綴りは14通り」 ([2009-11-06-1]) を参照.wrought については「#2117. playwright」 ([2015-02-12-1]) を参照.three/third に関しては「#92. third の音位転換はいつ起こったか」 ([2009-07-28-1]),「#93. third の音位転換はいつ起こったか (2)」 ([2009-07-29-1]) を参照.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

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2015-02-12 Thu

#2117. playwright [etymology][metathesis][verb][suffix]

 英語の姓に Wright さんは普通にみられるが,これは「職人」の意味である.普通名詞として単体で wright (職人)として用いられることは今はほとんどないが,様々な種類の職人を表すのに複合語の一部として用いられることはある.比較的よくみるのは playwright (劇作家)である.これは戯曲を書く (write) 人ではなく,職人的に作り出す人 (wright) である.もし write (書く)に関係しているのであれば,行為者を表す接尾辞 (agentive suffix) をつけて writer (書き手)となるはずだろう.ほかにも arkwright, boatwright, cartwright, comedywright, housewright, millwright, novelwright, ploughwright, shipwright, timberwright, waggonwright, wainwright, wheelwright, woodwright などがある.
 この wright は起源を遡ると,動詞 work に関係する.この動詞の古英語形 wyrcan は「行う;作る;生み出す」など広い意味で用いられ,その語幹に語尾が付加された wyrhta (< wyrcta) が「職人」として使われた.この語形成は他のゲルマン諸語にも見られ,起源は相応して古いものと思われる.wyrhta からは,第1母音と r とが音位転換 (metathesis) した wryhta が異形として生まれ,後に <a> で表される語末母音が水平化・消失するに及んで,現代につらなる wright の母型ができあがった.音位転換は,work の古い過去・過去分詞形 wrought にも見られる.
 MEDwrigt(e (n.(1)) によると,中英語で,この語が以下のようなあまたの綴字(そしておそらくは発音)で実現されていたことがうかがえる.

wright(e (n.(1)) Also wrigt(e, wrigth(e, wrigh, wriȝt(e, wriȝth(e, wriht(e, writ(e, writh(e, writht, wreth(e, (N) wreght, (SWM) wrouhte, whrouhte & (chiefly early) wricht(e, (early) wirhte, (chiefly SW or SWM) wruhte, wruchte, wurhte, wurhta, wurhtæ, wuruhte & (in names) wrightte, wrighthe, wrig, wri(h)tte, wrihgte, wrichgte, wrich(e, wrict(e, wricth(e, wrick, wristh, wrieth, wreghte, wreȝte, wrehte, wrechte, wrecthe, wreit, wreitche, wreut(t)e, wroghte, wrozte, wrouȝte, wrughte, wrushte, wrh(i)te, wirgh, wirchte, wiche, wergh(t)e, werhte, wereste, worght(t)e, worichte, worithte, wort, worth, whrighte, whrit, whreihte, whergte, right, rith; pl. wrightes, etc. & wriȝttis, writtis, (NEM) whrightes & (early) wrihten, wirhten, (SWM) wrohtes, wurhten, (early gen.) wurhtena, (early dat.) wurhtan & (gen. in place names) wrightin(g)-, wri(c)tin-, wrichting-, wrstinc-, uritting-.


 また,中英語では castlewright, feltwright, glasswright などに相当する現代には見られない職人名や,battlewright (戦士),Latinwright (ラテン語学者)などに相当する変わり種も見られた.複合語の人名も,現代まで伝わっているものもいくつかあるが, Basketwricte, Bordwricht, Bowwrighth, Briggwricht, Cartewrychgte, Chesewricte, Waynwryche, Wycchewrichte など幅広く存在した.
 中英語までは wright は複合語要素として生産性を保っていたようだが,その後は次第に衰えていき,現在では数えるほどしか残っていない.この衰退の原因として,中英語以降にフランス語やラテン語から新たな職業・職人名詞が流入してきたこと,-er や -ist を含む種々の行為者接尾辞による語形成が活発化してきたことが疑われるが,未調査である.

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2013-09-27 Fri

#1614. 英語 title に対してフランス語 titre であるのはなぜか? [etymology][reduplication][consonant][phonetics][dissimilation][doublet][metathesis][french][sobokunagimon]

 9月12日に「素朴な疑問」コーナーで次のような質問をいただいた.「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]) を受けて,同じ [r] と [l] の交替に関する質問である.

uca 2013-09-12 02:50:55
先日のトピックで羅stellaと英starの関係について触れられていましたが,さらに疑問に感じたことがあります.それは,仏titreと英titleの関係です.これにはどういう経緯があったのでしょうか.ラテン語ではtitulusなので,この変化はあくまでフランス語内での変化なのでしょうか.ご教授いただければ幸いです.


 英語の title に対してフランス語は確かに titre である.語源をひもとくと,印欧祖語 *tel- (ground, floor, board) に遡る.この語根の加重形 (reduplication) をもとに印欧祖語 *titel- が再建されており,これが文証されるラテン語 titulus (inscription, label) へ発展したとされる.「平な地面や板に刻んだもの」ほどの原義だろう.ここから「銘(文),説明文,表題」などの語義が,すでにラテン語内で発達していた.このラテン語形は,古フランス語 title として発展し,これが英語へ借用された.初出は14世紀の初め頃である.ただし,古英語期に同じラテン語形を借用した titul が用いられていたことから,中英語の tītle は,この古英語形から発達したものと解釈する OED のような立場もある.いずれにせよ,英語では一貫して語源的な [l] が用いられていたことは確かである.
 すると,現代フランス語 titre の [r] は,フランス語史の内部で説明されなければならないということになる.英語やフランス語の語源辞典などにいくつか当たってみたが,多くは単に [l] > [r] と記述があるのみで,それ以上の説明はなかった.ただし,唯一 Klein は,"OF. title (in French dissimilated into titre)" と異化 (dissimilation) の作用の結果であることを,明示的に述べていた.
 Klein ならずとも,[r] と [l] の交替といえば,思いつく音韻過程は異化である.しかし,「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]) でも説明したとおり,異化は,通常,同音が語の内部で近接している場合に生じるものであり,今回のケースを異化として説明するには抵抗がある.例えば,フランス語でも典型的な異化の例は,couroir > couloir (廊下) や murtrir > multrir (傷つける)のようなものである.しかし,同音の近接とはいわずとも,調音音声学的な動機づけは,あるにはある.[t] と [l] は舌先での調音位置が歯(茎)でほぼ一致しているので,調音位置の繰り返しを嫌ったとも考えられるかもしれない.だが,[r] とて,現代フランス語と異なり当時は調音位置は [t] や [l] とそれほど異ならなかったはずであり,やはり調音音声学的な一般的な説明はつけにくい.異化そのものが不規則で単発の音韻過程だが,title > titre は,そのなかでもとりわけ不規則で単発のケースだったと考えたくなる.
 だが,類例がある.ラテン語で -tulus/-tulum の語尾をもつ語で,[l] が [r] へ交替したもう1つの例に,capitulum > chapitle > chapitre がある.共時的には,フランス語には英語風の -tle は事実上ないので,音素配列上の制約が働いているのだろう.歴史的に -tle が予想されるところに,-tre が対応しているということかもしれない.この辺りの通時的な過程および共時的な分布はフランス語(史)の話題であり,残念ながらこれ以上私には追究できない.
 話題として付け加えれば,英語 title あるいはフランス語 titre の派生語における [l] と [r] の分布をみてみるとおもしろい.フランス語では,派生語 titulaire, titulariser では,ラテン語からの歴史的な [l] を保っている.もちろん,英語 titular も [l] である.化学用語の英語 titrate (滴正する), titration, titrable, titrant は,フランス語の名詞 titre から作った動詞 titrer の借用であり,[r] を表わしている.また,英語で title と同根の tittle (小点;微少)についても触れておこう.この2語は2重語であり,形態上は母音の長短の差異を示すにすぎない.スペイン語の文字 ñ の波形の記号は tilde と呼ばれるが,これはラテン語 titulus より第2子音と第3子音が音位転換 (metathesis) したスペイン語形がもとになっている.したがって,title, tittle, tilde は,形態的にも意味的にも緩やかに結びつけられる3重語といってもよいかもしれない.

 ・ Klein, Ernest. A Comprehensive Etymological Dictionary of the English Language, Dealing with the Origin of Words and Their Sense Development, Thus Illustrating the History of Civilization and Culture. 2 vols. Amsterdam/London/New York: Elsevier, 1966--67. Unabridged, one-volume ed. 1971.

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2013-06-16 Sun

#1511. 古英語期の sc の口蓋化・歯擦化 [phonetics][oe][palatalisation][metathesis]

 昨日の記事「#1510. scale (鱗)の語源と sc-」 ([2013-06-15-1]) で,sc で表わされる子音について触れた.古英語で sc と綴られる子音は,前段階では [sk] の子音群を表わしていたが,9世紀頃から口蓋化 (palatalisation) と歯擦化 (assibilation) の過程が始まり,10世紀前半から1100年頃にかけて [ʃ] へ変化したといわれる(中尾,p. 356).この音韻過程の時期,過程の生じた音韻環境と順序,/ʃ/ の音素化の時期などを巡っては様々な意見が対立しており,明確な答えが出ていないが,1つの見解として Campbell (177--78) を要約すると以下のようになる.
 [sk] の口蓋化・歯擦化は [k] 単体のそれよりも起こりやすく,語頭においては,最初は前舌母音の前位置で,次に少なくとも900年以前に後舌母音の前位置で生じていた.例えば,scip (ship), scōh (shoe), scyldig (guilty), sceadu (shadow), sceal (shall), scilling (shilling) の如くである.さらに後には,r の前位置でも同じ過程が起こり,scrēad (shred), scrēawa (shrewmouse), scrīc (shrike), scrīfan (decree), scrīn (coffer), scrincan (shrink), scrūd (shroud) などで [ʃ] が行なわれた.一方,語中では,wasce (wash), þersce (I thresh), asce (ashes), risce (rush), disches (dish's), fisces (fish's) や blyscan (blush), wȳscan (wish) のように前舌母音が前か後ろにある環境で口蓋化・歯擦化が起こった.また,語末では,æsc (ash), disc (dish), fisc (fish), risc (rush), -isc (-ish), flǣsc (flesh) のように前舌母音の後位置で [ʃ] となった.
 なお,[ʃ] とならず [sk] のまま残ったのは,語中で後舌母音の前位置や,語末で後舌母音の後位置にある場合である.fiscas (fishes), *wascan (wash), þerscan (thresh), þerscold (threshold), āscaþ (asks), tosca (frog) や frosc (frog), husc (insult), tusc (tooth) などが例として挙げられる.これらの語ではしばしば問題の子音が音位転換 (metathesis) を起こし,[ks] として実現される.例えば,āxian, dixas, dox (dusk), fixas, frox, flaxe, rixe, toxa, þerxan, þerxold, waxan の如くである.
 古英語期に上記のような音韻過程が生じたため,現在でも英語の本来語において [sk] の子音は一般的にいって珍しい.語頭においてはとりわけそうである.逆にいえば,語頭に [sk] をもつ語は本来語ではなく,借用語である可能性が高いということになる.まずは古ノルド語の可能性を,それからラテン語,ギリシア語などの可能性を疑いたい.score (ON), ski (ON), skill (ON), skin (ON), skirt (ON), sky (ON), school (L) script (L), skeleton (G) 等々.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
 ・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.

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2012-10-09 Tue

#1261. Wednesday の発音,綴字,語源 [pronunciation][spelling_pronunciation_gap][etymology][metathesis][calendar]

 Wednesday の発音と綴字の関係は悪名高い.最初の <d> は発音されず,/wˈenzdeɪ/ となるのだから英語初学者は必ずつまずく.しかし,多少安心してよいのは,イングランドの北部・北西部方言ではより綴字に忠実な /wˈednzdeɪ/ も行なわれていることだ./d/ の発音されない標準的な発音は15世紀にさかのぼり,子音連続 /-dnz-/ の環境における脱落とされる.だが,c1300 の Layamon の写本に wendesdei という音位転換 (metathesis) の形態が見られ,14--17世紀には Wensday(e) が現われることから,子音連続 /-ndz-/ の環境における脱落と考えるほうが妥当だろう.
 発音についてもう1つ注意すべきは,-day 語一般に当てはまることだが,語尾の母音には /-deɪ/ (強形)と /-di/ (弱形)の2種類の発音があることだ.RP (Received Pronunciation) でも GA (General American) でも,一般に弱形が好まれるといわれるが,実際には See you on Monday. などの文末位置では強形が,Monday morning などの複合表現の1部としては弱形が選ばれることが多い.
 西洋の七曜語の語源はよく知られている.大きく分けて,順番で数える教会方式 (ecclesiastical) と神・惑星の名前を用いる方式 (astronomical) があるが,英語は典型的な後者である.ラテン語の diēs Mercuriī (マーキュリー[水星]の日)のなぞりとして,多くのゲルマン諸語では Woden's day (ウォーディンの日)が当てられた.Woden はアングロサクソン神話の主神であり,北欧神話の主神 Odin に相当する.同根語を挙げれば,古英語 Wōdnesdæġ,古ノルド語 óðinsdagr,オランダ語 woensdag などである.ゲルマン諸語のなかでの例外は,ドイツ語 Mittwoch で,これは教会ラテン語の media hebdomas (週の中日)のなぞりであり,教会方式の一種といえる.
 さて,このように Wednesday の語源はよくわかっているのだが,最大の問題は,現代の第1母音が語源的な o ではなくe として現われていることだ.e をもつ形は古英語では文証されておらず,中英語で初めて Wedenesdei などが現われる.古英語の異形として *Wōðinas を想定し,i-mutation により /o/ > /e/ となったとする説もあるが,決定力を欠く.また,古フリジア語の Wernis-dei と比較される,という提案もある.地名では,Staffordshire の Wednesbury, Wednesfield や Derbyshire の Wensley も参照される.

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2012-02-09 Thu

#1018. par と「あた」 [japanese][etymology][derivation][semantic_change][metathesis]

 昨日の記事「#1017. par の派生語」 ([2012-02-08-1]) の続き.昨日の記事では,ラテン語 par から派生し,英語へ借用された語に通底する原義は,印欧語根 *perə- "to allot" に想定される「割り当てる,あてがう」であるというところまで述べた.
 意味の発展と語の派生という点で par と瓜二つなのが,日本語の「あてる」だ.さらに語根へと還元すれば,「あた(あだ)」となる.大野 (146) の語根表より,"ata" の部分を引用しよう.

ata(敵)
 ata-Fi(値)
 ata-Fë(与)
 ata-kamö(恰)
 ata-ra(惜)
 ata-rasi(惜)
 ata-ri(当・辺)
 ate(当)


 大野 (73--74) のアタルの説明に沿いながら,英語の par 派生語との類似を指摘してゆきたい.語根のアタは敵・仇であり,compare がかつてライバルの意をもっていたことは昨日触れたとおりだ.これにアヘ(合)を後接したのがアタヘ(与) "to allot" である.その連用名詞形アタヒ(価)は,par (平価)を想起させる.語根にルを後接したのが動詞アタルで,アタラシ(惜)は,「対等の立場になりたい」けれどもアタル所にいないので「もったいない,惜しい」ほどの意で,comparable (比べてひけをとらない)の語義の発展と平行しそうだ.そのほか日本語では,アタリをつける,このアタリ,アテが外れるなど,近似を意味する一連の語を派生させた.
 アタラ,アタラシについては,日本語における音位転換 (metathesis) の代表例の1つとして知られている.アタラ(シ)という語の本来の意味は上記の通りだが,一方で "new" の意味のアラタシという語が存在した.ところが,中古初期に,後者に音位転換形アラタシが現われ,前者を滅ぼしてしまったという."new" の意味とかつての語形との関係は,いまなおアラタナ(新たな),アラタメル(改める),アライ(新井)に残っている.ただし,「惜しい」のアラタシが同音衝突に屈したのはなぜか,アラタナやアラタメルとの類似により音位転換が阻止されなかったのはなぜかなど,まだ考慮すべき点は残されている.

 ・ 大野 晋 『日本語をさかのぼる』 岩波書店,1974年.
 ・ 前田 富祺 監修 『日本語源大辞典』 小学館,2005年.

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2011-12-05 Mon

#952. Etymology Search [etymology][dictionary][cgi][web_service][metathesis][blend][dissimilation]

search mode: non-regex regex
search range: word-form definition (in one-line regex only)


 [2010-04-03-1]英語語源情報ぬきだしCGIの上位互換である,[2010-04-23-1]英語語源情報ぬきだしCGI(一括版)のさらに上位互換となる,多機能版「Etymology Search」を作成した.情報源は引き続き Online Etymology Dictionary
 今回の版で新しいのは,通常の語形による検索に加えて正規表現による検索も可能にしたこと,見出し語とは別に定義(語源解説)内の検索を可能にしたことだ.
 初期設定のとおりに "non-regex" かつ "word-form" として検索すると,通常の見出し語検索となる.カンマや改行で区切られた複数の単語を指定すれば,対応する語源記述が得られる.
 search mode として "regex" を指定すると,perl5 相当の正規表現(改行区切りで複数指定可)を用いた検索が可能となる.正規表現を駆使すれば,語形の一部のみにマッチさせて,多数の語を拾い出すことも可能だ.
 さらに,search range に "definition (in one-line regex)" を指定すれば,定義(語源解説)内の文字列を対象として検索できる.この機能では,search mode の値にかかわらず,自動的に正規表現検索(改行区切りにより複数の正規表現を指定することは不可)となるので注意."(?i)" を正規表現の先頭に付加すれば,case-intensive の機能となる.例えば,次のような検索例は有用かもしれない.

 ・ 音位転換を経た(かもしれない)語を一覧
   (?i)\bmetathesis
 ・ かばん語(かもしれない)例を一覧
   (?i)\bblend(s|ed|ing|ings)\b
 ・ 異化を経た(かもしれない)語を一覧
   (?i)\bdissimilat
 ・ 日本語からの借用語(かもしれない)語を一覧
   (?i)\bJapanese\b

Referrer (Inside): [2021-04-04-1] [2014-04-20-1]

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2011-06-15 Wed

#779. Cornish と Manx [cornish][manx][celtic][language_death][metathesis][map][book_of_common_prayer]

 [2011-06-10-1], [2011-06-14-1]の記事でケルト諸語の話題を取りあげた.今回は,ケルト諸語のなかで事実上の死語となっているコーンウォール語 (Cornish) とマン島語 (Manx) を紹介する.
 Cornish は,ミートパイの一種 Cornish pasty でも知られているイングランドの最南西部 Cornwall 地方で話されていた Brythonic (P-Celtic) 系の言語である.Cornish の古い文献は多くは現存していないが,14世紀後半のものとされる8000行を超える韻文が残っている.16世紀,宗教改革の時代に Cornish の衰退と英語の浸透が始まり,1777年に,記録されている最後の話者 Dolly Pentreath が亡くなったことで死語となった.[2011-06-10-1]のケルト語派の系統図で示されるとおり,現在フランスのブルターニュで話されているブルトン語 (Breton) と最も近い言語である.
 しかし,"revived Cornish", "pseudo-Cornish", "Cornic" とも称される復活した Cornish が現代でも聞かれる. これは,20世紀にコーンウォールの郷土愛を共有する人々が Cornish を人為的に復活させたもので,実際的な言語ではなく象徴的な言語というべきだろう.文法書や辞書が発行されており,兄弟言語である Breton や Welsh からの類推で語彙を増強するなどの試みがなされている.Price の評価は手厳しい(McArthur 265 より孫引き).

It is rather as if one were to attempt in our present state of knowledge to create a form of spoken English on the basis of the fifteenth-century York mystery plays and very little else.


 Ethnologue: Cornish によれば,2003年の推計で数百人の話者がいるとされるが,ここでの Cornish はもちろん "revived Cornish" を指している.
 次に,Manx はアイリッシュ海 (the Irish Sea) に浮かぶマン島 (the Isle of Man) で話されていた Goidelic (Q-Celtic) 系の言語である.最古の文献は,1610年頃の祈祷書 (The Book of Common Prayer) の翻訳である.Manx は4世紀にアイルランドからの移住者によって持ち込まれたと考えられ,10--13世紀にはヴァイキングの言語 Old Norse により特に語彙的に影響を受けた.18世紀まではマン島の主要な言語だったが,それ以降は英語の浸透が進んだ.最後の話者 Ned Mandrell が1974年に亡くなり,現在では第1言語としては死語となっている.Cornish の場合と同じように,Manx の人為的な保存・復活の営みはなされているが,象徴的な意味合いを超えるものではない.
 言語名は「マン島の言語」を意味する ON manskr が ME Manisk(e) として入ったもので,その語末子音群が音位転換 ( metathesis ) を起こして Manx となった.Ethnologue: Manx を参照.

Map of Cornwall and the Isle of Man

 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
 ・ Price, Glanville. The Languages of Britain. London: Arnold, 1984.
 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2009-07-29 Wed

#93. third の音位転換はいつ起こったか (2) [metathesis][spelling][lalme][laeme]

 昨日の記事[2009-07-28-1]に引き続き,third の音位転換がいつ起こったか.今回は,後期中英語を守備範囲とする LALME を見てみる.北部方言に限っての異綴りリストなので,全体像はわからないものの,示唆的な分布である.

terd, thed, therd, therdde, therde, third, thirdde, thirde, thrd, thre, thred, thredd, thredde, threde, thrid, thridd, thridde, thride, thryd, thrydd, thrydde, thryde, thryde, thyrde, thyrd, trid, tyrd, þerd, þerde, þird, þirdde, þirde, þred, þred, þredde, þrede, þrid, þrid-, þridde, þride, þryd, þrydd, þrydde, þryde, þyrd, yerdde, yird, yirdde, yirde, yred, yredde, yrede, yrid, yridde, yride, yryd, yryde


初期中英語では音位転換はほとんど起こっていなかったが,後期中英語では音位転換を経た <母音 + r> が,3分の1強の綴りに確認される.特に頻度の高い綴りは,third, thrid, thridde, thryd, thyrd あたりだが,そのうちの二つが音位転換をすでに経ている綴りである.
 参考までに,オンライン版の Middle English Dictionary から thrid をのぞいて,異綴りを確認してみることを勧める.
 上記から,音位転換形は突然に広まったわけではなく,ゆっくりと確実に分布を広がってきたことが分かる.10世紀半ばの古英語の時代に ðirdda という音位転換形が用いられている例もあり,その頃から緩慢に分布を広げてきたのだろう.最終的に third に定着するのは近代英語期になってからだと想定されるが,確実なことは LAEMELALME に引き続き,初期近代英語のコーパスで異綴りの調査を行う必要がある.

 ・Laing, Margaret and Roger Lass, eds. A Linguistic Atlas of Early Middle English, 1150--1325. http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/laeme1.html . Online. Edinburgh: U of Edinburgh, 2007.
 ・McIntosh, Angus, Michael Louis Samuels, Michael Benskin, eds. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.

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