昨日の記事「#5682. Low Dutch という略称」 ([2024-11-16-1]) で,オランダ語やそれと関連する言語変種からの語彙借用の話題に触れた.過去の記事でも,同じ関心から「#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか?」 ([2021-06-28-1]) などで議論してきた.
英語とオランダ語はともに西ゲルマン語派の低地ドイツ語群に属しており,単語もよく似ている.したがって,ある英単語が歴史的に英語本来語なのかオランダ借用語なのかを確信をもって判定するのは,しばしば困難である.この困難の背景について,Durkin (356) がもう少し丁寧に解説しているので,引用したい.
Normally such certainty is only available in cases where the absence of an English sound change or the presence of a Dutch or Low German one demonstrates borrowing: the situation is similar to that explored with reference to early Scandinavian borrowings . . . , with the added complication that there are fewer sound changes distinguishing English from Dutch and Low German. The same problem even affects some words first attested much later than the Middle English period, especially those found in regional varieties for which earlier evidence is in very short supply.
英語本来語かオランダ借用語か否かの判定において,音変化の有無の対比といった言語内的な証拠に訴えかけられるチャンスが低いという点が悩ましい.この点で古ノルド借用語の判定にかかわる困難とも比較されるが,古ノルド語の場合には,北ゲルマン語派に属する言語なので,もう少し言語内的な差異に頼ることができるのだろう.
また,現存する歴史的証拠が乏しい地域変種における語彙となると,さらに判定が困難になるというのもうなずける.個々の単語について,言語内的な証拠だけでなく言語外的な証拠をも収集し,厳密に考慮していかなければならない所以である.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]) で,英語史におけるオランダ借用語をめぐって Durkin を参照した.そこで Dutch でも Low German でもなく,中間的な Low Dutch という用語が使われていた.これが何を指すのかといえば,Durkin 自身が丁寧に解説してくれていた.その1節 (354) を読んでみよう.
Loanwords into English from Dutch (including Flemish) and Low German are normally considered together, because it is so difficult to tell them apart. This is partly because word forms in both languages were, and to some extent still are, so similar, and partly because the social and cultural circumstances of borrowing into English are also often hard to tell apart. 'Low Dutch' is sometimes used as a collective cover term for borrowings from either or both languages into English, although it is important to note that Low Dutch is not itself a language name, but simply a terminological shorthand for referring to a complex situation.
Dutch と Low German は各々区別される言語変種ではあるが,単語の形態が互いによく似ており,借用元同定の文脈においては,実際上区別がつかないことも多いために,便宜上2変種を合わせた用語として Low Dutch を設定しておく,ということだ.ある意味で Low Dutch はフィクションということになる.フランス借用語かラテン借用語か判別がつきにくいときに,便宜上「フランス・ラテン系借用語」などと一括して呼ぶのに似ている.
しかし,こうした用語のフィクション性それ自体も程度の問題ともいえるかもしれない.というのは,上記の Dutch にしても Low German にしても,「区別される言語変種」と一応のところ述べはしたが,やはり何らかの程度においてフィクションでもあるからだ.この点については「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) を参照.
便利に使えるのであれば Low Dutch というタームは悪くない.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
・ 日時:9月28日(土) 17:30--19:00
・ 場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
・ 形式:対面・オンラインのハイブリッド形式(見逃し配信あり)
・ お申し込み:朝日カルチャーセンターウェブサイトより
2週間後の9月28日(土)17:30--19:00に朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「語源辞典でたどる英語史」の第6回となる「英語,ヴァイキングの言語と交わる」を開講します.
前回8月24日の第5回では「英語,ラテン語と出会う」と題して,古英語期(あるいはそれ以前の時代)におけるラテン語の語彙的影響に注目しました.今回は8世紀後半から11世紀前半にかけてのヴァイキング時代に焦点を当て,古ノルド語 (old_norse) と古英語の言語接触について解説します.
ヴァイキングとは上記の時期に活動したスカンジナビア出身の海賊を指します.彼らはブリテン島にも襲来し,やがてイングランド東部・北部に定住するようになりました.その結果,古ノルド語を母語とするヴァイキングと古英語を話すアングロサクソン人との間で言語接触が起こりました.
古ノルド語からの借用語は,現代英語に900語ほど残っています.この絶対数はさほど大きいわけではありませんが,基本語や機能語など高頻度で使用される語が多く含まれているのが注目すべき特徴です.講座では具体的な古ノルド語からの借用語を取り上げ,その語源を読み解いていきます.
古ノルド語と英語の接触は非常に濃密なものでした.これは両言語がゲルマン語族に属しており,近い関係にあったことや,両民族の社会的な交流の深さを反映していると考えられます.ヴァイキングの活動を通じた古ノルド語との接触は,英語の語彙に(そして実は文法にも)多大な影響を与えました.現代英語の姿を理解する上で,この歴史的な言語接触の重要性は看過できません.
本シリーズ講座は各回の独立性が高いので,第6回からの途中参加でもまったく問題なく受講できます.新宿教室での対面参加のほかオンライン参加も可能ですし,その後1週間の「見逃し配信」もご利用できます.奮ってご参加ください.お申し込みはこちらよりどうぞ.
なお,本シリーズ講座は「語源辞典でたどる英語史」と題しているとおり,とりわけ『英語語源辞典』(研究社)を頻繁に参照します.同辞典をお持ちの方は,講座に持参されると,より楽しく受講できるかと思います(もちろん手元になくとも問題ありません).
(以下,後記:2024/09/21(Sat))
・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.
古英語の語彙は相当程度にピュアなゲルマン系の語彙といってよく,借用語は限られている.しかも,その限られた借用語の大部分がラテン語 (latin) からのものである.ほかには古ノルド語 (old_norse),ケルト語 (celtic),ゲルマン諸語 (germanic), フランス語 (french) からの借用語もないではないが,あくまで影は薄い.
これらの言語から古英語への借用語は,むしろ例外的だからこそ気になるのだろう.数が少ないので,古英語を読んでいるときに出くわすとやけに目立つのである.英語史研究でもかえってよく注目されている.Hogg は,古英語期の語彙と語彙借用について次のように評している.
. . . there are words of non-native origin in Old English, the vast majority of which are from Latin. It has been estimated only about 3 per cent of Old English vocabulary is taken from non-native sources and it is clear that the strong preference in Old English was to use its native resources in order to create new vocabulary. In this respect, therefore, and as elsewhere, Old English is typically Germanic. (102--03)
. . . there was in Old English only a very limited use of words taken from other language, i.e. borrowed or loan words, and those words were primarily from Latin. Apart from Latin, Old English borrowed words from the Scandinavian languages after the Viking invasions, from the celtic languages mostly at a very early date, and there was also a scattering of forms from the other Germanic languages. At the very end of the period we begin to see the first loan words from Norman French. (109)
古英語期の各言語からの語彙借用については,以下の記事を参照.
・ 「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1])
・ 「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1])
・ 「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1])
・ 「#1945. 古英語期以前のラテン語借用の時代別分類」 ([2014-08-24-1])
・ 「#2578. ケルト語を通じて英語へ借用された一握りのラテン単語」 ([2016-05-18-1])
・ 「#3787. 650年辺りを境とする,その前後のラテン借用語の特質」 ([2019-09-09-1])
・ 「#3788. 古英語期以前のラテン借用語の意外な日常性」 ([2019-09-10-1])
・ 「#3789. 古英語語彙におけるラテン借用語比率は1.75%」 ([2019-09-11-1])
・ 「#3790. 650年以前のラテン借用語の一覧」 ([2019-09-12-1])
・ 「#3829. 650年以後のラテン借用語の一覧」 ([2019-10-21-1])
・ 「#3830. 古英語のラテン借用語は現代まで地続きか否か」 ([2019-10-22-1])
・ 「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1])
・ 「#3821. Old Saxon からの借用語」 ([2019-10-13-1])
・ 「#302. 古英語のフランス借用語」 ([2010-02-23-1])
・ Hogg, Richard. An Introduction to Old English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002.
「#2560. 古英語の形容詞強変化屈折は名詞と代名詞の混合パラダイム」 ([2016-04-30-1]) でみたように,古英語の形容詞の屈折には統語意味的条件に応じて弱変化 (weak declension) と強変化 (strong declension) が区別される.
それぞれの形態的な起源は,先の記事で述べた通りで,名詞の弱変化と強変化にストレートに対応するわけではなく,やや込み入っている.形容詞の弱変化は,確かに名詞の弱変化と対応する.n-stem や子音幹とも言及される通り,屈折語尾に n 音が目立つ.Fertig (38) によると,弱変化の屈折語尾は,もともとは個別化機能 (= "individualizing function") を有する派生接尾辞に端を発するという.個別化して「定」を表わすからこそ,ゲルマン語派では "definiteness" と結びつくようになったのだろう.
一方,形容詞の強変化の屈折語尾は,必ずしも名詞の強変化のそれに似ていない.むしろ,形態的には代名詞のそれに類する.いかにして代名詞的な屈折語尾が形容詞に侵入し,それを強変化となしたのかはよく分からない.しかし,これによって形容詞が形態的には名詞と一線を画する語類へと発展していったことは確かだろう.
Fertig (39--40) より,関連する説明を引いておこう.
Originally, the function of this new distinction in Germanic involved definiteness (recall the original 'individualizing' function of the -en suffix in Indo-European): strong = indefinite, blinds guma 'a blind man'; weak = definite, blinda guma 'the blind man').
The other Germanic innovation which may not be entirely separable from the first one, is that many of the endings on the strong forms of adjectives do not correspond to strong noun forms, as they had in Indo-European. Instead, they correspond largely to pronominal forms . . . .
古英語の名詞,形容詞,そして動詞でいうところの「弱変化」と「強変化」は,それぞれ意味合いが異なることに改めて注意したい.
・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.
昨日の記事「#5544. 古英語の具格の機能,3種」 ([2024-07-01-1]) に引き続き,具格 (instrumental) について.古英語の定冠詞(あるいは決定詞) (definite article or determiner) の屈折表を「#154. 古英語の決定詞 se の屈折」 ([2009-09-28-1]) で示した.それによると,þȳ, þon といった独自の形態をとる具格形があったことがわかる.同様に疑問(代名)詞 (interrogative_pronoun) についても,その屈折表を「#51. 「5W1H」ならぬ「6H」」 ([2009-06-18-1]) に示した.そこには hwȳ という具格形が見られる.
Lass (144) によると,これらの具格形は比較言語学的にも,直系でより古い形に遡るのが難しいという.純粋な語源形が突きとめにくいようだ.この辺りの事情を,直接 Lass に語ってもらおう.
There are remains of what is usually called an 'instrumental' in the masculine and neuter sg; this term as Campbell remarks 'is traditional, but reflects neither their origin nor their prevailing use' (1959: §708n). The two forms are þon, þȳ, neither of which is historically transparent. In use they are most frequent in comparatives, e.g. þȳ mā 'the more' (cf. ModE the more, the merrier), and as alternatives to the dative in expressions like þȳ gēare '(in) this year'. There is probably some relation to the 'instrumental' interrogative hwȳ 'why?', which in sense is a real one (= 'through/by what?'), but the /y:/ is a problem; hwȳ has an alternative form hwī, which is 'legitimate' in that it can be traced back to the interrogative base */kw-/ + deictic */ei/.
比較言語学の手に掛かっても,すべての語源を追いかけて明らかにすることは至難の業のようだ.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
長らく名詞複数形の歴史を研究してきた身だが,古英語で見られる「不規則」な複数形を作る屈折接尾辞 -ru や -n がそれぞれ印欧祖語の段階では派生接尾辞だったとは知らなかった.前者は ċildru "children" などにみられるが,動作名詞を作る派生接尾辞だったという.後者は ēagan "eyes" などにみられるが,個別化の意味を担う派生接尾辞だったようだ.
この点について,Fertig (38) がゲルマン諸語の複数接辞の略史を交えながら興味深く語っている.
There are a couple of cases in Germanic where an originally derivational suffix acquired a new inflectional function after regular phonetic attrition at the ends of words resulted in a situation where the suffix only remained in certain forms in the paradigm. The derivational suffix *-es-/-os- was used in proto-Indo-European to form action nouns . . . . In West Germanic languages, this suffix was regularly lost in some forms of the inflectional paradigm, and where it survived it eventually took on the form -er (s > r is a regular conditioned sound change known as rhotacism). The only relic of this suffix in Modern English can be seen in the doubly-marked plural form children. It played a more important role in noun inflection in Old English, as it still does in modern German, where it functions as the plural ending for a fairly large class of nouns, e.g. Kind--Kinder 'child(ren)'; Rind--Rinder 'cattle'; Mann--Männer 'man--men'; Lamm--Lämmer 'labm(s)', etc. The evolution of this morpheme from a derivational suffix to a plural marker involved a complex interaction of sound change, reanalysis (exaptation) and overt analogical changes (partial paradigm leveling and extension to new lexical items). A similar story can be told about the -en suffix, which survives in modern standard English only in oxen and children, but is one of the most important plural endings in modern German and Dutch and also marks a case distinction (nominative vs. non-nominative) in one class of German nouns. It was originally a derivational suffix with an individualizing function . . . .
child(ren), eye(s), ox(en) に関する話題は,これまでも様々に取り上げてきた.以下のコンテンツ等を参照.
・ hellog 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1])
・ hellog 「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1])
・ hellog 「#145. child と children の母音の長さ」 ([2009-09-19-1])
・ hellog 「#218. 二重複数」 ([2009-12-01-1])
・ hellog 「#219. eyes を表す172通りの綴字」 ([2009-12-02-1])
・ hellog 「#2284. eye の発音の歴史」 ([2015-07-29-1])
・ hellog-radio (← heldio の前身) 「#31. なぜ child の複数形は children なのですか?」
・ heldio 「#202. child と children の母音の長さ」
・ heldio 「#291. 雄牛 ox の複数形は oxen」
・ heldio 「#396. なぜ I と eye が同じ発音になるの?」
・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.
Hogg and Fulk (202--203) を参照して,ゲルマン祖語 (Proto-Germanic) と古英語 (Old English) の1人称単数代名詞の格屈折を並べて示す.
PGmc | OE | |
---|---|---|
Nom. | *ik | iċ |
Acc. | *mek | mē |
Gen. | *mīnō | mīn |
Dat. | *miz | mē |
表の左側の PGmc の各屈折が,いかにして右側の OE の形態へ変化したか.ここにはきわめて複雑な類推 (analogy や音変化 (sound_change) やその他の過程が働いているという.Hogg and Fulk (203) の解説をそのまま引用しよう.
nom.sg.: *ik must have been the unstressed form, with analogical introduction of its vowel into the stressed form, with only ON ek showing retention of the original stressed vowel amongst the Gmc languages (cf. Lat egō/ǒ).
acc.sg.: *mek is the stressed form; all the other Gmc languages show generalization of unstressed *mik. The root is *me-, with the addition of *-k borrowed from the nom. The form mē could be due to loss of *-k when *mek was extended to unstressed positions, with lengthening of the final vowel when it was re-stressed . . . . More likely it represents replacement of the acc. by the dat. . . . as happened widely in Gmc and IE . . . .
gen.sg.: To the root *me- was added the adj. suffix *-īn- (cf. stǣnen 'made of stone' < *stain-īn-a-z . . .), presumably producing *mein- > *mīn- . . . . To this was added an adj. ending, perhaps nom.acc.pl. neut. *-ō, as assumed here.
dat.sg.: Unstressed *miz developed in the same way as *hiz . . . .
最後のところの PGmc *miz が,いかにして OE mē になったのかについて,Hogg and Fulk (198) を参照して補足しておこう.これはちょうど3人称男性単数主格の PGmc *hiz が OE *hē へ発達したのと平行的な発達だという.*hiz の z による下げの効果で *hez となり,次に語末子音が rhotacism を経て *her となった後に消失して *he となり,最後に強形として長母音化した hē に至ったとされる.
人称代名詞は高頻度の機能語として強形と弱形の交替が激しいともいわれるし,次々に新しい強形と弱形が生まれ続けるともされる.上記の解説を事情を概観するだけでも,比較言語学の難しさが分かる.関連して,以下の記事も参照.
・ 「#1198. ic → I」 ([2012-08-07-1])
・ 「#2076. us の発音の歴史」 ([2015-01-02-1])
・ 「#2077. you の発音の歴史」 ([2015-01-03-1])
・ 「#3713. 機能語の強音と弱音」 ([2019-06-27-1])
・ 「#3776. 機能語の強音と弱音 (2)」 ([2019-08-29-1])
・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
英語の3人称代名詞 he, she, it, they (各々は主格の形)の屈折体系は現代でも複雑なほうだが,歴史的にも相当にかき混ぜられてきた経緯がある.対応する古英語の主格形を挙げれば,それぞれ hē, hēo, hit, hīe となるが,見た目だけでも現代との差が大きいことが分かる (cf. 「#155. 古英語の人称代名詞の屈折」 ([2009-09-29-1])).
ゲルマン諸語の人称代名詞体系を比べると,全体として類似しているとはいえ,とりわけ3人称の個々の格形については,必ずしも同一の語源に遡るわけではない.ましてや印欧祖語まで遡らせることもできない.つまり,1つの共通基語を再建することができないということになる.3人称代名詞は,この点で1,2人称代名詞や,指示詞,疑問詞などとは事情が異なる.Lass (139) より関連する説明を引用しよう.
Proto-Germanic did not inherit a fully coherent pronoun or determiner system; nothing quite like this reconstructs even for Proto-IE. Rather the collections labelled 'pronouns' or 'articles' or 'demonstratives' in the handbooks represent dialect-specific selections out of a mass of inherited forms and systems. There are clear IE first-, second-person pronoun systems: we can easily identify a first-person nom sg root */H1egh-/ (l eg-o, Go ik, OE ic 'I') and a second-person root in */t-/ (L tu, OCS ty, OE þū). There is also an interrogative in */kw-/ (L qu-is, OE hw-ā 'who?') and a deictic in */to-/ (Go to 'def art, masc nom sg', OE þæ-s 'def art m/n gen sg'). There is no reconstructable third-person pronoun, however. The personal pronouns may be heterogeneous even across Germanic: Go is, OE hē 'he' are not cognate. But overall the main systems are related, at least in outline.
これは何を意味するのだろうか? 3人称代名詞が他よりも後発であることを示唆するのだろうか? 冒頭に述べたように,英語史では歴史時代に限っても同語類は大きくかき混ぜられてきたという経緯がある.ということは,言語間・方言間の借用や体系内組み替えが頻繁な語類であるということなのだろうか?
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
「#5388. YouTube 「いのほたチャンネル」で200回記念として初めてのライヴ配信を行ないました」 ([2024-01-27-1]) で紹介したように,記念すべき200回をライヴ配信でお届けしました.その後,300回に向けての新たな一歩として,一昨日の18時に第201回を配信しました.オープニングやエンディングを含め,いろいろとリニューアルしています(←すべて井上逸兵さんにお任せ)ので,ぜひご覧ください.
言語学の古典・基本シリーズのつもりで,堀田がグリムの法則 (grimms_law) で有名なドイツの比較言語学者 Jacob Grimm (1785--1863) を紹介しています.「リニューアルしました!言語学者グリム兄弟の偉業とは?ーなぜ童話を収集?」です(14分ほどの動画).
「グリムの法則」の入門というよりもグリム(兄弟)の入門という内容でしたが,今後は法則自体にも注目していきたいと思います.この hellog でも,すでに grimms_law の各記事で取り上げていますので,予習や復習に役立てていただければ.
グリムの法則は,比較言語学的にも謎の多い音変化です.現代の比較言語学者 Ringe (93--94) の評を挙げておきましょう.
It remains unclear whether Grimm's Law was, in any sense, a unitary natural sound change, or a series of changes that need not have occurred together. It is true that no sound change can be shown to have occurred between any of the components of Grimm's Law; but since Grimm's Law was among the earliest Germanic sound changes, and since the other early changes that involved single non-laryngeal obstruents affected only the place of articulation and rounding of dorsals, that could be an accident. In any case, Grimm's Law is most naturally presented as a sequence of changes that counterfed each other.
・ Ringe, Don. From Proto-Indo-European to Proto-Germanic. Oxford: Clarendon, 2006.
どの学問分野でもよくあることだが,印欧語比較言語学においても専門家にしか通じない類いの術語は多い.標題に掲げた形態論上の用語がその典型だろう.関連する話題は「#700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体」 ([2011-03-28-1]) で取り上げたが,そこで挙げたもの以上に特化した学術用語という感がある.
それぞれ word 「語」, root 「語根」, stem 「語幹」, theme 「語幹形成素」, ending 「語尾」と訳せるが,訳が与えられただけで理解が深まるわけでもない.これらは印欧祖語における以下の形態論的分析が前提となっている.
┌─ ROOT ┌─ STEM ─┤ │ └─ THEME WORD ─┤ │ └─────── ENDING
ROOT は語彙的意味を担う部分である.THEME はもとは何らかの文法的機能を担っていた可能性があるが,すでに印欧祖語の段階において,意味を担わない純粋な語幹形成要素として機能していた.直後の屈折語尾を形成する ENDING への「つなぎ」と考えておけばよい.ROOT + THEME が STEM となり,それに ENDING が付加されて,具体的な WORD の語形となる.
例えば「馬」を意味するラテン語の単数主格形 equus は equ (ROOT) + u (THEME) + s (ENDING) と分析され,同じくギリシア語の hippos は hipp (ROOT) + o (THEME) + s (ENDING) と分析される.
古英語以降の比較的新しい段階にあっては,印欧祖語における上記の形態的区分はすでに透明性を欠き,ROOT, THEME, ENDING が互いに融合してしまっていることも多い.したがって,上記の前提は厳密にいえば共時的な分析には不向きだ.しかし,通時的・歴史的には有意味であるし,比較言語学の分野における慣習的な前提となっているために,古英語文法の文脈でも(ほとんど説明がなされないままに)前提とされていることが多い.
なお,THEME には母音幹と子音幹があり,ゲルマン祖語や古英語の名詞論において,前者は「強変化名詞」,後者は「弱変化名詞」と通称される.THEME を欠く "athematic" なる語類も存在するので注意を要する.
以上,Lass (123--26) を参照して執筆した.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
昨日の記事 ([2023-12-18-1]) の続編で,green-eyed のタイプの併置総合 (parasynthesis) による合成語について.今回は OED を参照して問題の接尾辞 -ed そのものに迫る.
OED では動詞の過去分詞の接尾辞としての -ed, suffix1 と,今回のような名詞につく接尾辞としての -ed, suffix2 を別見出しで立てている.後者の語源欄を引用する.
Cognate with Old Saxon -ôdi (not represented elsewhere in Germanic, though Old Norse had adjectives similarly < nouns, with participial form and i-umlaut, as eygðr eyed, hynrdr horned); appended to nouns in order to form adjectives connoting the possession or the presence of the attribute or thing expressed by the noun. The function of the suffix is thus identical with that of the Latin past participial suffix -tus as used in caudātus tailed, aurītus eared, etc.; and it is possible that the Germanic base may originally have been related to that of -ed, suffix1, the suffix of past participles of verbs formed upon nouns.
この記述によると,ゲルマン語派内部でも(狭い分布ではあるが)対応する接尾辞があり,さらに同語派外のラテン語などにも対応する要素があるということになる.共通の祖形はどこまで遡れるのか,あるいは各言語(派)での独立平行発達なのか,あるいは一方から他方への借用が考えられるのかなど,たやすく解決しそうにない問題のようだ.
もう1つ考慮すべき点として,この接尾辞 -ed が単純な名詞に付く場合 (ex. dogged) と複合名詞に付く場合 (ex. green-eyed) とを,語形成の形態論の観点から同じものとみてよいのか,あるいは異なるものと捉えるべきなのか.歴史的にも形態理論的にも,確かに興味深い話題である.
一昨日12月8日(金)の夜に,帝京科学大学の金田拓さんとともに,Baugh and Cable の英語史書の「対談精読実況生中継」を Voicy heldio/helwa で配信しました.前半と後半を合わせて2時間弱の濃密なおしゃべり読書会となりました.ライヴでお聴きいただいた多くのリスナーの方々に感謝いたします.ありがとうございました.
精読対象となったのはの同書の第32節 The Germanic Conquest (ゲルマン征服)です.伝統的に英語史の開始とされる449年とその前後の出来事にフォーカスしました.対談相手を務めていただいた Taku さんとともに,著者の英文に唸りつつ,内容についてもなるべく深く掘り下げて議論しました.当該の英文テキストは,先日の予告記事「#5335. 「ゲルマン征服」 --- Baugh and Cable の英語史より」([2023-12-05-1])に掲載しています.
(1) 「#922. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (32) The Germanic Conquest --- Taku さんとの実況中継(前半)」
(2) 「【英語史の輪 #65】英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (32) The Germanic Conquest --- Taku さんとの実況中継(後半)」(12月分のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) に含まれる有料配信です)
今回の対談精読実況生中継をお聴きになって,このオンライン精読シリーズに関心を持った方は,ぜひ本書を入手し,シリーズ初回からゆっくりと追いかけていただければと思います.間違いなく良書です.配信のバックナンバーは「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) よりご確認ください.今後も週1,2回のペースでシリーズを継続していきます!
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
古英語の人名の愛称 (hypocorism) の特徴は何か,という好奇心をくするぐる問いに対して,Clark (459--60) が先行研究を参考にしつつ,おもしろいヒントを与えてくれている.主に音形に関する指摘だが,重子音 (geminate) が目立つのだという.
Clearly documented hypocoristics often show modified consonant-patterns . . . . Thus, the familiar form Saba (variant: Sæba) by which the sons of the early-seventh-century King Sǣbeorht (Saberctus) of Essex called their father showed the first element of the full name extended by the initial consonant of the second, in a way perhaps implying that medial consonants following a stressed syllable may have been ambisyllabic . . . . In the Germanic languages generally, a consonant-cluster formed at the element-junction of a compound name was often simplified in the hypocoristic form to a geminate, Old English examples including the masc. Totta < Torhthelm, the fem. Cille < Cēolswīð, and also the masc. Beoffa apparently derived from Beornfrið . . . .
重子音化や子音群の単純化といえば,日本語の「さっちゃん」「よっちゃん」「もっくん」「まっさん」等々を想起させる.日本語の音韻論では重子音(促音)そのものの生起が比較的限定されているといってよいが,名前やその愛称などにはとりわけ多く用いられているような印象がある.音象徴 (sound_symbolism) の観点から,何らかの普遍的な説明は可能なのだろうか.
・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.
「#5212. 地名学者はなぜフィールドワークをするのか?」 ([2023-08-04-1]) で言及した Taylor の論文の後半で,スコットランド地名の強勢位置に関する驚くべき見解に出くわした (82--83) .語源を提供した言語が話されなくなって数世紀の時間を経たとしても,地名の強勢位置は保たれる傾向があるということだ.規則ではなく傾向ということのようだが,逆にいえば強勢位置の確認によって語源提供言語がある程度の確率で特定できるということにもつながる.
It is very important to record how a place-name is pronounced, since this can yield vital clues for its correct analysis. For example it is a general, though by no means universal, rule that place-names which are stressed on the first element are in languages of Germanic origin, such as Scots or Norse, while place-names which are stressed on the second or third element are of Celtic origin, such as Pictish or Gaelic. It would be more accurate to say that in both language groups it is the specific element which bears the stress, but that in Scots and Norse names the specific usually comes first, the generic second, while in names of Celtic origin it is usually the other way round. It is a remarkable fact that the original stress pattern of a name tends to survive, even when the original language of coining has not been spoken locally for many hundreds of years.
これはおもしろい.いろいろな疑問が頭に湧き上がってくる.
・ 通言語的に specific/generic の区別と統語位置や強勢位置は相関関係にあるものなのか
・ 地名と一般語とでは,歴史的な強勢位置の保持されやすさに差があるのかないのか
・ 同じ地名でも現地話者と外部話者との間で強勢位置や発音が異なることがあるが,これは通常語の地域方言による差違の問題と同一ととらえてよいのか
・ Taylor, Simon. "Methodologies in Place-name Research." Chapter 5 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 69--86.
「ゆる言語学ラジオ」からこちらの「hellog~英語史ブログ」に飛んでこられた皆さん,ぜひ
(1) 本ブログのアクセス・ランキングのトップ500記事,および
(2) note 記事,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の人気放送回50選
(3) note 記事,「ゆる言井堀コラボ ー 「ゆる言語学ラジオ」×「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」×「Voicy 英語の語源が身につくラジオ (heldio)」」
(4) 「ゆる言語学ラジオ」に関係するこちらの記事群
をご覧ください.
昨日7月18日(火)に,YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の最新回がアップされました.これまで3回ゲストとして出演させていただきまして,今回は第4回目となります.「英単語帳の語源を全部知るために,研究者を呼びました【ターゲット1900 with 堀田先生】#247」です.どうぞご覧ください.
最後のほうでも力説しているように,「英語史」は決して狭い学問領域ではなく,英語を学ぶ皆が英語に抱く疑問のほとんどについて,何か言うべきことをもっている頼もしい存在です.ぜひこの機会に英語史の存在を(再)認識していただければ.
過去の3回の出演回も合わせてご視聴ください.
・ 第1弾 「#227. 歴史言語学者が語源について語ったら,喜怒哀楽が爆発した【喜怒哀楽単語1】」(5月6日)
・ 第2弾 「#228. 「英語史の専門家が through の綴りを数えたら515通りあった話【喜怒哀楽単語2】」(5月9日)
・ 第3弾:「#234. 英語史の専門家と辞書を読んだらすべての疑問が一瞬で解決した」(5月30日)
現代英語の動詞の命令法の形態は,原形に一致する.一方,古英語に遡ると,命令法では原形(不定詞)とは異なる形態を取り,さらに2人称単数と複数とで原則として異なる屈折語尾を取った.
しかし,さらに歴史を巻き戻してゲルマン祖語にまで遡ると,再建形ではあるにせよ,数・人称に応じて,より多くの異なる屈折語尾を取っていたとされる.以下に,ゲルマン祖語の大多数の強変化動詞について再建されている屈折語尾を示す (Ringe 237) .
indicative | subjunctive | imperative | ||
active | infinitive -a-ną | |||
sg. | 1 -ō | -a-ų | --- | participle -a-nd- |
2 -i-zi | -ai-z | ø | ||
3 -i-di | -ai-ø | -a-dau | ||
du. | 1 -ōz(?) | -ai-w | --- | |
2 -a-diz(?) | -a-diz(?) | -a-diz(?) | ||
pl. | 1 -a-maz | -ai-m | --- | |
2 -i-d | -ai-d | -i-d | ||
3 a-ndi | -ai-n | -a-ndau |
昨日の記事「#5003. 聖書で英語史 --- 寺澤盾先生の著書と講座のご案内」 ([2023-01-07-1]) で,聖書が英語の通時的な比較に適したテキストであることを述べました.内容が原則として古今東西同一だからです.ということは,聖書は通言語的な比較にも適しているということになります.ギリシア語,ラテン語,英語,フランス語,ドイツ語,中国語,日本語などの間で手軽に言語比較できてしまいます.つまり,聖書は対照言語学 (contrastive_linguistics),比較言語学 (comparative_linguistics),そして対照言語史 (contrastive_language_history) の観点からも有用なテキストとなります.
年末に,khelf(慶應英語史フォーラム)の会長のまさにゃんが,自身の note にて「ゼロから始めるフリジア語(シリーズ企画)」を開始しました.フリジア語は年末から始めたにわか趣味とのことです(笑).1日目,2日目,3日目,4日目と,4日分の記事が掲載されています.「創世記」より英語訳 In the beginning God created the heaven and the earth. とフリジア語訳 Yn it begjin hat God de himel en de ierde skepen. を主に比べながら,軽妙な口調でフリジア語超入門を展開しています.
フリジア語 (Frisian) は,比較言語学的に英語と最も近親の言語とされています.この言語について hellog でも以下の記事で触れてきましたので,ぜひご覧ください.
・ 「#787. Frisian」 ([2011-06-23-1])
・ 「#2950. 西ゲルマン語(から最初期古英語にかけての)時代の音変化」 ([2017-05-25-1])
・ 「#3169. 古英語期,オランダ内外におけるフリジア人の活躍」 ([2017-12-30-1])
・ 「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1])
・ 「#4670. アジェージュによる「フリジア語の再征服」」 ([2022-02-08-1])
Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも「#40. 英語に最も近い言語は「フリジア語」」にて解説しています.ぜひお聴きください.
『中高生の基礎英語 in English』の1月号が発売されました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第22回として「なぜヨーロッパの人は英語が上手なの?」に答えています.
この素朴な疑問は,大雑把でナイーヴな問いに響くかもしれません.ヨーロッパ人がみな英語が上手なわけではありませんし,アジアやアフリカを含めた世界の各地に英語が上手な人はたくさんいます.このことは承知の上で,今回の記事をなるべく多くの中高生に届けたいという思いから,あえてこのような表題を掲げた次第です.
中高生に英語学習の早い段階でぜひとも知ってもらいたい重要なことがあります.それは,英語とヨーロッパの主要言語との関係です.将来大学などに進学して英語以外の言語を学ぶことになったとき,あるいは独学で他言語に挑んでみようと思い立ったとき,もしヨーロッパの諸言語を念頭においているのであれば,ぜひ英語,ドイツ語,オランダ語,フランス語,スペイン語,イタリア語などの相互関係について言語学・言語史的な観点から理解しておいてください.学習言語を選択する上で,とても大事な知識だからです.
大学教員である私は日常的に大学生と付き合っていますが,彼らのなかには,英語史の授業などで英語とヨーロッパの諸言語との関係を初めて知ると,第2外国語として○○語ではなくフランス語/ドイツ語を選択しておけばよかった,などと口にする学生がいます.もう1年か2年早く諸言語間の関係を知っていたら△△語を選んでいたのに,と後悔しているようなのです.
中高生の皆さんは,いずれ英語以外の言語を学ぶ可能性があるのであれば,英語と他の言語との関係について知っていたほうが得です.主体的に学習言語を選択できることになるからです.最終的にどの言語を選ぶにせよ,事前に多くの情報をもっておくに越したことはありません.
英語やヨーロッパの主要言語は,いずれもインドヨーロッパ語族と呼ばれる言語家族の一員です.おおまかにいえば言語が互いに似ているのです.しかし,英語と比較してどの点でどのくらい似ているのか,あるいは似ていないのかは,言語ごとに異なります.
ドイツ語とオランダ語は,英語とともにインドヨーロッパ語族のなかでもゲルマン語派という派閥に属しており,文法や発音において互いに似ているところがあります.しかし,実際にドイツ語やオランダ語に触れてみると,英語と同じ派閥に属しているわりには,それほど似ていないという印象を受けるかもしれません.似ているけれども似ていない,似ていないけれども似ている,といった妙な距離感です.
一方,フランス語,スペイン語,イタリア語などは,長らくヨーロッパの共通語だったラテン語とともにインドヨーロッパ語族のなかでもイタリック語派という派閥に属しています.英語とは大きく異なる派閥なのですが,英語は歴史を通じてフランス語やラテン語から多くの単語を借りてきた経緯があるため,語彙に関しては実は共通しているものが非常に多いのです.したがって,これらの言語を学んでみると,表面的には英語とよく似ているという印象を受けます.
英語は,ゲルマン語派にルーツをもつけれどもイタリック語派の影響を大きく受けながら発展してきた言語なのです.単純化していえば,英語はヨーロッパのいくつかの言語を混ぜ合わせたような混合言語といってよいでしょう.皆さんが英語の次に学ぶ言語を選択する際には,ぜひこのことを参考にしてみてください.
今回の話題と関連する Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の放送回としては「#486. 英語と他の主要なヨーロッパ言語との関係 ー 仏西伊葡独語」がお勧めです.ぜひお聴きください.
今朝の朝日新聞「天声人語」で音位転換 (metathesis) が話題とされていた.日本語からの例がいくつか挙げられていたので挙げてみよう.
・ サンザカ(山茶花)→サザンカ
・ アラタシ→アタラシ
・ しだらがない→だらしがない
・ シタツヅミ(舌鼓)→シタヅツミ
芥川龍之介が友人の「フトロコ」「コシャマクレル」という音位転換した発音にいらついたという逸話にも触れられていた.
英語も音位転換の例には事欠かない.「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) や「#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」 ([2017-01-04-1]) を含む metathesis の多くの記事で事例を紹介してきたが,全体として /r/ と母音の転換例が比較的多いのが特徴的である.
今回はこれまで /r/ と母音の関わる音位転換の例として取り上げてこなかったけれども,頻度の高い重要な語として bright (明るい)を紹介しよう.印欧語根 *bherəg- "to shine; bright, white" に遡り,ゲルマン祖語では *berχtaz の形が再建されている.古英語では beorht の形で,ここまでは一貫して「母音 + /r/」の順序であることがわかる.しかし,すでに古英語でも音位転換を経た breoht などの形も文証され,中英語期以降は「/r/ + 母音」型が一般化していく.
音位転換を経ていないオリジナルの「母音 + /r/」は,いくつかの人名に化石的に残っている.Albert (nobly bright), Bertha (the bright one), Bertrand (bright raven), Herbert (army-bright) など.
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