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punctuation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-18 15:41

2022-05-15 Sun

#4766. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第15回「なぜ I は大文字で書くの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][minim][spelling][orthography][punctuation][capitalisation][alphabet][hel_contents_50_2022][hellog_entry_set]

 『中高生の基礎英語 in English』の6月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第15回は,英語史上の定番ともいえる素朴な疑問を取り上げています.なぜ1人称単数代名詞 I は常に大文字で書くのか,というアノ問題です.

『中高生の基礎英語 in English』2022年6月号



 関連する話題は,本ブログでもをはじめ様々な形で取り上げてきましたが,背景には中世の小文字の <i> の字体に関する不都合な事実がありました.上の点がなく <ı> のように縦棒 (minim) 1本で書かれたのです.これが数々の「問題」を引き起こすことになりました.連載記事では,このややこしい事情をなるべく分かりやすく解説しましたので,どうぞご一読ください.
 実は目下進行中の khelf イベント「英語史コンテンツ50」において,4月15日に大学院生により公開されたコンテンツが,まさにこの縦棒問題を扱っています.「||||||||||←読めますか?」というコンテンツで,これまでで最も人気のあるコンテンツの1つともなっています.連載記事と合わせて,こちらも覗いてみてください.
 連載記事では,そもそもなぜアルファベットには大文字と小文字があるのかという,もう1つの素朴な問題にも触れています.これについては以下をご参照ください.

 ・ hellog-radio: #1. 「なぜ大文字と小文字があるのですか?」
 ・ heldio: 「#50. なぜ文頭や固有名詞は大文字で始めるの?」
 ・ heldio: 「#136. 名詞を大文字書きで始めていた17-18世紀」
 ・ 関連する記事セット

 ほぼ1年ほど前のことになりますが,2021年5月14日(金)に NHK のテレビ番組「チコちゃんに叱られる!」にて「大文字と小文字の謎」と題してこの話題が取り上げられ,私も監修者・解説者として出演しました(懐かしいですねぇ).  *

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2022-05-04 Wed

#4755. アポストロフィはいずれ使われなくなる? [apostrophe][punctuation][orthography][netspeak][speed_of_change]

 英語史の授業の受講生からのおもしろい質問を紹介させていただきます.

 アポストロフィー (apostrophe) は将来的に使われなくなる可能性はあると思いますか?
 ネイティブでも誤用が多いようで,なければタイピングも楽になると思います.
 "I'm" は "Im" となると見た目なんとなく気持ちが悪いですが,"dont", "Whats", "Whos" などはなくてもよいかなと思ってしまいます.所有格 's はないと紛らわしい場合があるかもしれませんが.
 * 参考記事:"Have we murdered the apostrophe?" By Hélène Schumacher, 24th February 2020


 私は英語の歴史を研究していますが,将来の英語がどうなっていくかに答える英語の予言者ではありませんので(笑),アポストロフィ (apostrophe) の行く末は分かりません.しかし,この数世紀間の英語の句読法 (punctuation) の流れを踏まえつつ,近年の Netspeak における動向を眺めていると,これからは次のようなことが起こるのかもしれないなぁと感じることはあります.

 興味深い記事の紹介,ありがとうございます.アポストロフィ問題については,私もいろいろと考えてきましたが,記事中程で Laurel MacKenzie が述べている通り,"the apostrophe is subject to whims of fashion, just like other things in culture and society are" だと考えています.現在の規範的な用法は歴史的には半ばアドホックに定まってきたもので,私も英語を書くときには原則としてそれに従って書いています.しかし,今後も英語の書き手の慣用は時代とともに変わっていきますし,それに応じて規範も変わっていくものだということを,英語史研究を通じて繰り返しみてきました.言語に対しては,ある種の無常観を抱いています.
 中世から現代までの英語の句読法 (punctuation) の歴史を眺めると,句読記号の種類は整理されて減ってきているという流れがあります.近代から現代にかけても,句読記号の使用は確かに減ってきています.20世紀後半からデジタル時代に入り,この流れは続くばかりか,多少なりとも加速しているという可能性は十分にあります.ただし,SNS を始めとする比較的「インフォーマル」なメディアと,新聞や本などの比較的「フォーマル」なメディアとでは,変化のスピードに差があります.前者の影響を受けながら,後者はあくまでゆっくりと変化していくということになるだろうと予想しています.
 アポストロフィについてはいろいろと hellog 記事を書いてきました.アポストロフィの各種の用法が,ある種のカオスとして生まれてきた経緯と結果については,とりわけ「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1])を読んでみてください.
 関心があれば,サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.もどうぞ.アポストロフィについても突っ込んだ議論があります.


 質問者の予想通り,アポストロフィは,おそらくゆっくりとしたペースだとは思いますが,だんだん失われてはいくのかなと思っています.

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2022-04-30 Sat

#4751. なぜすべてを大文字書きする人がいるの? [sobokunagimon][punctuation][alphabet][capitalisation][hellog_entry_set]

 英語史の授業の履修者から興味深い疑問が寄せられました.

 以前より気になっていたことがあり,お聞きします.
 これまで,英会話や大学の英語の講義にて,ネイティブの先生で,板書をする際に,アルファベット表記を全て大文字にして書く方がいらっしゃいました.
 ネイティブが非ネイティブに教育する際に,そのような習慣があるのでしょうか.
 もし何かご存じであれば,ご教示願います.


 この疑問に対して,ひとまず次のように回答しました.

 確かに黒板などにすべてを大文字書きするシーンというのは,よくありますね.
 規範的にいえば,私たちが英語教育で習うように,大文字と小文字の使い分けはしっかり決まっています.しかし,この規範が定まったのも近代以降のことで,比較的新しいものです.
 また,今でも必ずしも規範にとらわれないレジスター(使用域)は日常的に多々あります.漫画の台詞は大文字書きが普通ですし,キーワードの強調のための黒板書き大文字もまさにそのようなケースですね.強調のための大文字使用の歴史は千年以上の長きにわたりますので,それが受け継がれていると解釈することもできます.
 そもそもなぜ大文字と小文字があるのかを考えてみるとおもしろいと思います.音声解説「なぜ文頭や固有名詞は大文字で始めるの?」および関連する記事セットをどうぞ.


 回答後に1つ思い出したことがあります.主に電子テキストにみられる「怒号と敵意の大文字書き」というべき慣習です.すべて大文字書きすることは,話し言葉でいえば大声で(怒号して)発声していることに相当します.これにより,威圧的なメッセージを作り出すことができるわけです.Horobin (129) がおもしろい例を紹介しています.

While exclamation marks, smileys, and emojis offer methods of defusing situations and apologizing, what happens when you want to deliberatively provoke or insult someone? Here traditional punctuation offers little help, since there are no marks that explicitly indicate anger or aggression. In electronic discourse, however, the use of capitals has become an established means of shouting, or expressing hostility towards your addressee. To write an email entirely in upper-case is seen as an act of deliberate aggression; a New Zealand woman was dismissed from her job for sending emails exclusively in capitals, which were deemed to be the cause of disharmony in the office. The US Navy was forced to change its policy of requiring all communications to be in upper-case, since sailors accustomed to reading text messages and emails considered the default use of capitals at the equivalent of being constantly shouted at.


 大文字書きの問題1つをとっても,立派な言語学の話題になります.

 ・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.

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2021-12-22 Wed

#4622. 書き言葉における語境界の表わし方 [writing][distinctiones][word][syntax][grammatology][alphabet][kanji][hiragana][katakana][punctuation]

 単語を分かち書き (distinctiones) するか続け書き (scriptura continua) するかは,文字文化ごとに異なっているし,同じ文字文化でも時代や用途によって変わることがあった.英語では分かち書きするのが当然と思われているが,古英語や中英語では単語間にスペースがほとんど見られない文章がザラにあった(cf 「#3798. 古英語の緩い分かち書き」 ([2019-09-20-1])).逆に日本語では続け書きするのが当然と思われているが,幼児や初級学習者用に書かれた平仮名のみの文章では,読みやすくするために意図的に分かち書きされることもある(cf. 「#1112. 分かち書き (1)」 ([2012-05-13-1])).
 一般的にいえば,漢字のような表語文字や仮名のような音節(モーラ)文字は続け書きされることが多いのに対し,単音文字(アルファベット)は分かち書きされることが多い.しかし,これはあくまで類型論上の傾向にすぎない.書き言葉において大事なことは,何らかの方法で語と語の境界が示されることである.単語間にスペースをおくというやり方は,それを実現する数々の方法の1つにすぎない.
 語境界を明示するためであれば,何もスペースにこだわる必要はない.世界の文字文化を見渡すと,例えば北セム諸語の碑文においては中点や縦線などで語を区切るという方法が実践されていたし,エジプト象形文字で人名を枠で囲むカルトゥーシュ (cartouche) のような方法もあった(中点については「#3044. 古英語の中点による分かち書き」 ([2017-08-27-1]) も参照).
 また,語末が常に(あるいはしばしば)特定の文字や字形で終わるという規則があれば,その文字や字形が語境界を示すことになり,分かち書きなどの他の方法は特に必要とならない.実際,ギリシア語では語末に少数の特定の文字しか現われないため,分かち書きは必須ではなかった.ヘブライ語やアラビア語などでは,同一文字素であっても語末に用いられるか,それ以外に用いられるかにより異なる字形をもつ文字体系もある.
 日本語の漢字かな交じり文では,漢字で書かれることの多い自立語と平仮名で書かれることの多い付属語が交互に繰り返されるという特徴をもつ.そのために典型的には平仮名から漢字に切り替わるところが語境界と一致する.部分的にではあれ,語境界の見分け方が確かにあるということだ.
 最後に「#1114. 草仮名の連綿と墨継ぎ」 ([2012-05-15-1]) で見たように,書き手が特定の言語単位(例えば語)を書き終えたところでいったん筆を上げるなどの慣習を発達させることがある.すると,その途切れの跡がそのまま語境界を示すことにもなる.
 このように古今東西の文字文化を眺めてみると,語境界を表わす方法は多種多様である.英語で見慣れている分かち書きが唯一絶対の方法ではないことを銘記しておきたい.そもそも英語や西洋言語の書記における分かち書きの習慣自体が,歴史的には後の発展なのだから(cf . 「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1])).

 ・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.

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2021-12-18 Sat

#4618. 際立ちのためのイタリック体の起源と発達 [writing][printing][alphabet][grammatology][pragmatics][punctuation][bible][pragmatics]

 ローマン・アルファベットを用いる言語では,引用箇所や強調部分など,ある部分を特別に際立たせるためにしばしばイタリック体 (italics) が用いられる.通常のローマン体で書かれた文字列のなかで細身のイタリック体はよく目立つからである.書体の語用論的使用法といってよいだろう(cf. 「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1])).
 イタリック体は,1501年に当時の写本書体に基づく新書体としてベネチアで現われた.紙が高価だった当時,細身で経済的な書体として生み出されたのである.しかし,イタリック体は当初から際立ちを与えるために用いられたわけではない.際立ちのために使用は,16世紀後半のフランスでの新機軸という.それがイングランドにも伝わり,1611年の欽定訳聖書 (Authorised Version) において挿入文の書体として用いられるに及び,広く受け入れられるに至った.後期近代にはイタリック体の使いすぎに不満を漏らす者も現われたようで,それほどまでに使用が一般化していたということになる.
 上記は Daniels (68--69) を読んで初めて知ったことである.欽定訳聖書が英語書記におけるイタリック体使用の慣習確立に一役買っていたいう事実には,特に驚かされた.同聖書の英語史上の意義の大きさを改めて確認した次第である.

 ・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.

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2021-11-14 Sun

#4584. or が表わす3種の意味 [pragmatics][semantics][speech_act][cognitive_linguistics][performative_hypothesis][conjunction][conceptual_metaphor][punctuation]

 「#4569. because が表わす3種の理由」 ([2021-10-30-1]) と「#4575. and が表わす3種の意味」 ([2021-11-05-1]) に引き続き,接続詞 (conjunction) の意外な多義性 (polysemy) に関する第3弾.or という基本的な接続詞にも「現実世界の読み」「認識世界の読み」「発話行為世界の読み」の3種の用法が確認される (Sweetser (93--95)) .

 (1) Every Sunday, John eats pancakes or fried eggs.
 (2) John will be home for Christmas, or I'm much mistaken in his character.
 (3) Have an apple turnover, or would you like a strawberry tart?

 上記 (1) は「現実世界の読み」の例である.or の基本義といってよい論理的な二者択一の例となる.毎日曜日にジョンがパンケーキ,あるいは目玉焼きを食べるという命題だが,現実にはたまたまある日曜日にパンケーキと目玉焼きをともに食べたとしても,特に矛盾しているとは感じられないだろう.ただし,毎日曜日に必ず両者を食べるという場合には,or の使用は不適切である.
 (2) は「認識世界の読み」となる.話者はジョンがクリスマスに帰ってくることを確実であると「認識」している.もしそうでなかったら,話者はジョンの性格を大きく誤解していることになるだろう.文の主旨は,ジョンの帰宅それ自体というよりも,それに関する話者の確信の表明にある.
 (3) は「発話行為世界の読み」の例となる.話者はアップルパイかイチゴタルトを勧めるという発話行為を行なっている.いずれかを選ぶように迫っている点で,一見すると論理的な二者択一のようにもみえるかもしれないが,そもそも or で結ばれた2つの節は何らかの命題を述べているわけではない.形式としては命令文,疑問文で表現されていることから分かるとおり,勧誘という発話行為(=勧誘)が行なわれているのである.
 or の多義性について上記のような観点から考えたことはなかったので,とても興味深い.

 ・ Sweetser, E. From Etymology to Pragmatics. Cambridge: CUP, 1990.

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2021-11-05 Fri

#4575. and が表わす3種の意味 [pragmatics][semantics][speech_act][cognitive_linguistics][performative_hypothesis][conjunction][conceptual_metaphor][iconicity][punctuation]

 「#4569. because が表わす3種の理由」 ([2021-10-30-1]) でみたように,because という1つの接続詞に「現実世界の読み」「認識世界の読み」「発話行為世界の読み」の3種があり,英語話者はそれらを半ば無意識に使い分けていることをみた.3つの世界の間を自由自在に行き来しながら,同一の接続詞を使いこなしているのである.
 まったく同じことが,さらに基本的な接続詞である and についてもいえるという.Sweetser (87--89) より,3つの世界の読みを表わす例文を引用しよう.

 (1a) John eats apples and pears.
 (1b) John took off his shoes and jumped in the pool.
 (2) Why don't you want me to take basketweaving again this quarter?
  Answer: Well, Mary got an MA in basketweaving, and she joined a religious cult. (...so you might go the same way if you take basketweaving).
 (3) Thank you, Mr Lloyd, and please just close the door as you go out.

 (1a) と (1b) は,and の最も普通の解釈である「現実世界の読み」となる例文である.(1a) と (1b) の違いは,前者はリンゴと梨を単純に接続しており,通常の読みでは順序を反転させても現実の命題に影響を与えないのに対して,後者は and で結ばれている2つの節の順序が重要となる点だ.(1b) においては,ジョンは靴を脱いだ後にプールに飛び込んだのであり,プールに飛び込んだ後に靴を脱いだのではない.この and は,時間・順序の観点から現実と言語の間の図像性 (iconicity) を体言しているといえる.だが,現実世界における何らかの接続が and によって示されている点は,両例文に共通している.
 (2) では,答えの文においてコンマに続く and が現われている.メアリーは楽ちん分野の修士号を取り,(私が考えるところでは,それが原因となって)カルト宗教団体に入団した,という読みとなる.メアリーは楽ちん分野の修士号を取り,その後でカルト宗教団体に入団した,という時間的順序は,確かに (1b) と同様に含意されるが,ここでは時間的順序に焦点が当てられているわけではない.むしろ,話者が2つの節の間に因果関係をみていることが焦点化されている.話者は(コンマ付き) and により認識上のロジックを表現しているのだ.
 (3) では,感謝と依頼という2つの発話行為 (speech_act) が and (やはりコンマ付き)で結びつけられている.ここでは現実世界や認識世界における何らかの接続が言語化されているわけではなく,あくまで発話行為の接続が表わされている.

 前回の because のケースに比べると,and の「3つの世界の読み」の区別は少々分かりにくいところがあるように思われるが,それぞれ and の「意味」が異なっていることは感じられるのではないか.Sweetser の狙いは,1つの接続詞で「3つの世界の読み」をまかなえることを because だけではなく and でも例証することによって,この分析の有効性を高めたいというところにあるのだろう.

 ・ Sweetser, E. From Etymology to Pragmatics. Cambridge: CUP, 1990.

Referrer (Inside): [2021-11-14-1]

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2021-07-13 Tue

#4460. 古英語の母音字の上につける長音記号は写本にはないので要注意 [manuscript][oe][punctuation][vowel][spelling][palatalisation][alphabet]

 昨日の記事「#4459. なぜ drive の過去分詞 driven はドライヴンではなくドリヴンなの?」 ([2021-07-12-1]) をはじめとして,本ブログでは古英語の語句を引用することが多いが,その際に長母音を示すのに母音字の上に macron と呼ばれる横棒(長音記号)を付すことが多い.ā, ē, ī, ō, ū, ȳ 如くである.昨日の例であれば,現代英語の drove に対応する古英語の形態が drāf だったことに触れたが,ここでは長母音であることを示すのに ā の表記を用いている.
 注意すべきは,この macron 付き表記は,あくまで現代の古英語学習者の便宜のために現代の編者が付した教育用の符号にすぎず,実際の古英語の写本にはまったくなかったということである.macron に限らず,現代の古英語読本などに印刷されている種々の句読点 (punctuation) は,古英語初学者のために編者が現代英語ぽく補ってくれているものであることが多く,実際の写本に立ち戻ってみると,そのような符号はない,ということが少なくない.つまり,ありたがいような,おせっかいのような話しなのである.このことは明示的に述べておかないと,多くの古英語学習者が誤解してしまう.
 一般的にいえば,古英語は現代英語に比べて,綴字と発音の関係がストレートである.現代英語の knight, through, climb を /naɪt/, /θruː/, /claɪm/ を読むことは学習しない限り難しいが,対応する古英語の cniht, þurh, climban を /kniçt/, /θurx/, /clɪmban/ と読むことは比較的たやすいだろう.古英語は,現代英語における発音と綴字の乖離 (spelling_pronunciation_gap) の問題からおよそ免れていたと一般的に言われる.
 しかし,古英語における「発音と綴字の一致」を過大評価してはいけない.確かに「ローマ字通りに読めばよい」という原則でおよそうまくいくものの,「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1]) で述べたように,発音と綴字が必ずしも1対1にならないものもある.<f, s, þ, ð> は,音声的にはそれぞれ無声と有声 (/f, v, s, z, θ, ð/) があり得るし,<c> と <g> にも軟音(口蓋化音)と硬音があり得る.後者については,現代の入門書では軟音の /ʧ/, /j/ は各々 <ċ>, <ġ> と表記することが多い.古英語でも,発音と綴字がきれいに1対1になっていないケースは,そこそこあるのである.
 その最たるものが母音の長短である.英語史においては,古英語から現代英語に至るまで,母音の長短は常に重要な区別であり続けてきた.例えば昨日取り上げた drive (OE drīfan) でいえば,短い母音をもつ drifen であれば過去分詞であり,長い母音をもつ drīfen であれば接続法複数現在として "we/you/they may drive" ほどを表わしたので,母音の長短が意味・機能を大きく違えたのである.しかし,現存する写本においては macron などなく,いずれも <drifen> と綴られていたことに気をつけたい.
 この限りにおいて,古英語も現代英語と同様に綴字と発音はさして一致していなかったともいえるのである.程度の問題として論じるならば,確かに古英語は現代英語よりはマシだったろう.しかし,古英語期にも発音と綴字の問題は,とりわけ母音の長短に関していえば,相当のものだったのである.この点は,英語史においてしばしば見逃されてきた非常に重要な事実だと考えている.
 関連して「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1]),「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1]),「#2887. 連載第3回「なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」」 ([2017-03-23-1]),「#3954. 母音の長短を書き分けようとした中英語の新機軸」 ([2020-02-23-1]) を参照.

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2021-03-19 Fri

#4344. -in' は -ing の省略形ではない [consonant][phonetics][suffix][apostrophe][punctuation][participle][orthography][spelling][gerund][infinitive]

 洋楽の歌詞を含め英語の詩を読んでいると,現在分詞語尾 -ing の代わりに -in' を見かけることがある.口語的,俗語的な発音を表記する際にも,しばしば -in' に出会う.アポストロフィ (apostrophe) が用いられていることもあり,直感的にいえばインフォーマルな発音で -ing から g が脱落した一種の省略形のように思われるかもしれない.しかし,このとらえ方は2つの点で誤りである.
 第1に,発音上は脱落も省略も起こっていないからである.-ing の発音は /-ɪŋ/ で,-in' の発音は /-ɪn/ である.最後の子音を比べてみれば明らかなように,前者は有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ で,後者は有声歯茎鼻音 /n/ である.両者は脱落や省略の関係ではなく,交代あるいは置換の関係であることがわかる.
 後者を表記する際にアポストロフィの用いられるのが勘違いのもとなわけだが,ここには正書法上やむを得ない事情がある.有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ は1音でありながらも典型的に <ng> と2文字で綴られる一方,有声歯茎鼻音 /n/ は単純に <n> 1文字で綴られるのが通例だからだ.両綴字を比べれば,-ing から <g> が脱落・省略して -in' が生じたようにみえる.「堕落」した発音では語形の一部の「脱落」が起こりやすいという直感も働き,-in' が省略形として解釈されやすいのだろう.表記上は確かに脱落や省略が起こっているようにみえるが,発音上はそのようなことは起こっていない.
 第2に,歴史的にいっても -in' は -ing から派生したというよりは,おそらく現在分詞の異形態である -inde の語尾が弱まって成立したと考えるほうが自然である.もっとも,この辺りの音声的類似の問題は込み入っており,簡単に結論づけられないことは記しておく.
 現在分詞語尾 -ing の歴史は実に複雑である.古英語から中英語を通じて,現在分詞語尾は本来的に -inde, -ende, -ande などの形態をとっていた.これらの異形態の分布は「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) で示したとおり,およそ方言区分と連動していた.一方,中英語期に,純粋な名詞語尾から動名詞語尾へと発達していた -ing が,音韻上の類似から -inde などの現在分詞語尾とも結びつけられるようになった(cf. 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])).さらに,これらと不定詞語尾 -en も音韻上類似していたために三つ巴の混同が生じ,事態は複雑化した(cf. 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])).
 いずれにせよ,「-in' は -inde の省略形である」という言い方は歴史的に許容されるかもしれないが,「-in' は -ing の省略形である」とは言いにくい.
 関連して,「#1764. -ing と -in' の社会的価値の逆転」 ([2014-02-24-1]) も参照されたい.

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2020-02-04 Tue

#3935. アルファベット頭字語の浮き沈みの歴史 [initialism][abbreviation][shortening][punctuation]

 「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1]) などの記事で,現代語において隆盛を極めるアルファベット頭字語 (initialism) という略語法の話題を取り上げてきた.英語の例でいえば CEO, GDP, EU などがすぐに挙がるし,aka (= "also known as"), asap (= "as soon as possible"), imho (= "in my humble opinion") などもよく知られている.
 英語に関していえば,このような略語法 (abbreviation) の氾濫は確かに20世紀以降に顕著であり,すぐれて現代的な現象といってよいだろう(cf. 「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]),「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」 ([2011-09-22-1])).しかし,それ以前にも見られなかったわけではない.アルファベット文化圏を全体的に調べたわけではなが,少なくともヨーロッパ世界においては,アルファベット頭字語の使用そのものはローマ時代にも確認される.よく知られているのは,ラテン語で「ローマの元老院と人民」を意味する Senatus Populusque Romanus を頭字語化した SPQR である.ラテン語原文では各文字の後に点が打たれ,それによっても略語法であることが分かるが,これは後の英語における Prof., Dr. などの省略を表わすピリオドに連なるものといえる.
 アルファベット頭字語には,1文字で1語を表わせるという便利さがある.とりわけ漢字の利点をよく知っている私たちにとって,この表語文字特有の便利さは,たやすく理解できるだろう.古代ローマでも,この便利さが昂じて法律文書で多用されるようになったようだが,皮肉なことに,厳密さが要求される法律文書で,ときに複数の解釈を許すアルファベット頭字語はふさわしくないと判断され,結局は帝国により使用が禁止されることになった.この影響が持続したのか,その後10世紀までアルファベット頭字語は冬の時代を迎えることになった.
 しかし,10世紀になると復活の兆しを示しだした.とりわけ11--12世紀には,頭文字を用いた記憶術の発展に伴い,聖書に関係する用語や固有人名などがアルファベット頭字語で表現されるようになった.この慣習は,中世後期を通じて続いたが,初期刊本時代の終わりに至って再び衰退していった.そしてその後,先に述べた通り,20世紀に再び復活・拡大してきたというのが歴史の流れである.このように,アルファベット頭字語は何度も浮き沈みの歴史を経てきたのだ.
 以上は,Saenger (64--65) の解説に依拠した.なお,Saenger はアルファベット頭字語のことを "suspension abbreviation" と呼んでいる.

 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP, 1997.

Referrer (Inside): [2020-08-11-1]

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2020-02-02 Sun

#3933. コンマやコロンの前後のスペース [emode][punctuation][printing][typography]

 現代英語の句読法 (punctuation) の慣用によると,コンマ(comma; <,>),コロン(colon; <:>),セミコロン (semicolon; <;>)などの前にはスペースを入れず,後ろにはスペースを入れることになっている.しかし,このような慣用も時代とともに変化してきた.これらの句読点の使用が一般化してきたのは「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1]) でもみたとおり初期近代英語期にかけての時期だが,当時から使用の細部については必ずしも安定的ではなかった(cf. 「#2666. 初期近代英語の不安定な句読法」 ([2016-08-14-1])).
 Cook (170) によると,初期近代英語ではコンマやコロンの前後のスペースについて揺れがみられた.コンマに関しては前後ともにスペースなしという例が普通だったが,コロンに関してはむしろ前後ともにスペースを入れることが行なわれていた.これはフランス語の慣用の影響だという.

A word space following punctuation marks was not necessary 'in a Fixion,in a dreame', though there is a space both before and after the colon, following a French convention.
   A comparison of the Folio and Quarto editions shows considerable variation:
   
   Folio: Ham. I ʃo,God buy,ye : Now I am alone.
   Quarto: Ham. I ʃo,God buy to you,now I am alone,


 初期近代以降,句読法の慣用は,印刷,植字,レイアウトに関する技術の発展と平行的に変化してきた.また,ヨーロッパの他言語の句読法を横目で見て倣うこともあれば,独自の慣用を発達させてきたこともあった.その点では句読法も,綴字やその他の言語項と異ならず,常に通時的な変化と共時的な変異にさらされてきたということだ.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2020-01-30 Thu

#3930. なぜギリシアとローマは続け書きを採用したか? (2) [alphabet][distinctiones][punctuation][reading][writing][latin][greek][literacy][word]

 昨日の記事 ([2020-01-29-1]) に引き続き,なぜギリシアとローマが,それ以前の地中海世界で普通に行なわれていた分かち書き (distinctiones) を捨て,代わりに続け書き (scriptura continua) を作用したかという問題について.
 Saenger によれば,この問題に迫るには,読むという行為に対する現代的な発想を脇に置き,古代の読書習慣とその社会的文脈を理解する必要があるという.端的にいえば,現代人はみな黙読や速読に慣れており,何よりも「読みやすさ」を重視するが,古代ギリシアやローマの限られた人口の読み手にとって,読む行為とは口頭の音読のことであり,現代的な「読みやすさ」を追求する姿勢はなかったのだという.以下,Saenger の解説を聞いてみよう (11--12) .

. . . the ancient world did not possess the desire, characteristic of the modern age, to make reading easier and swifter because the advantages that modern readers perceive as accruing from ease of reading were seldom viewed as advantages by the ancients. These include the effective retrieval of information in reference consultation, the ability to read with minimum difficulty a great many technical logical, and scientific texts, and the greater diffusion of literacy throughout all social strata of the population. We know that the reading habits of the ancient world, which were profoundly oral and rhetorical by physiological necessity as well as by taste, were focused on a limited and intensely scrutinized canon of literature. Because those who read relished the mellifluous metrical and accentual patterns of pronounced text and were not interested in the swift intrusive consultation of books, the absence of interword space in Greek and Latin was not perceived to be an impediment to effective reading, as it would be to the modern reader, who strives to read swiftly. Moreover, oralization, which the ancients savored aesthetically, provided mnemonic compensation (through enhanced short-term aural recall) for the difficulty in gaining access to the meaning of unseparated text. Long-term memory of texts frequently read aloud also compensated for the inherent graphic and grammatical ambiguities of the languages of late antiquity.
   Finally, the notion that the greater portion of the population should be autonomous and self-motivated readers was entirely foreign to the elitist literate mentality of the ancient world. For the literate, the reaction to the difficulties of lexical access arising from scriptura continua did not spark the desire to make script easier to decipher, but resulted instead in the delegation of much of the labor of reading and writing to skilled slaves, who acted as professional readers and scribes. It is in the context of a society with an abundant supply of cheap, intellectually skilled labor that ancient attitudes toward reading must be comprehended and the ready and pervasive acceptance of the suppression of word separation throughout the Roman Empire understood.


 引用の最後に示唆されているように,古代人は続け書きにシフトすることで,読みにくさをあえて高めようとした,という言い方さえできるのかもしれない.この観点は,中世後期に再び分かち書きへと回帰していく過程を理解する上でも示唆的である.関連して「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1]) も参照.

 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP, 1997.

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2020-01-29 Wed

#3929. なぜギリシアとローマは続け書きを採用したか? (1) [alphabet][distinctiones][punctuation][reading][writing][latin][greek][indo-european][word]

 アルファベットの分かち書き (distinctiones) と続け書き (scriptura continua) の問題については,最近では「#3926. 分かち書き,表語性,黙読習慣」 ([2020-01-26-1]) で,それ以前にも distinctiones の各記事で取り上げてきた.
 Saenger (9) によると,アルファベットに母音表記の慣習が持ち込まれる以前の地中海世界では,スペースによるか点によるかの違いこそあれ,分かち書きが普通に行なわれていた.ところが,ギリシア語において母音表記が可能となるに及び,続け書きが生まれたという.これを時系列で整理すると次のようになる.
 まず,アルファベット使用の初期から分かち書きは普通にあった.ところが,ギリシア・ローマ時代にそれが廃用となり,代わって続け書きが一般化した.ローマ帝国が崩壊し,中世後期の8世紀頃になると分かち書きが改めて導入され,その後徐々に一般化して現代に至る.
 分かち書きは現在では当然視されているが,母音表記を享受し始めた古典時代の間に,その慣習が一度廃れた経緯があるということだ.では,なぜ母音表記の導入により,私たちにとって明らかに便利に思われる分かち書きが廃用となり,むしろ読みにくいと思われる続け書きが発達したのだろうか.Saenger (9--10) によれば,母音表記と続け書きの間には密接な関係があるという.

The uninterrupted writing of ancient scriptura continua was possible only in the context of a writing system that had a complete set of signs for the unambiguous transcription of pronounced speech. This occurred for the first time in Indo-European languages when the Greeks adapted the Phoenician alphabet by adding symbols for vowels. The Greco-Latin alphabetical scripts, which employed vowels with varying degrees of modification, were used for the transcription of the old forms of the Romance, Germanic, Slavic, and Hindu tongues, all members of the Indo-European language group, in which words were polysyllabic and inflected. For an oral reading of these Indo-European languages, the reader's immediate identification of words was not essential, but a reasonably swift identification and parsing of syllables was fundamental. Vowels as necessary and sufficient codes for sounds permitted the reader to identify syllables swiftly within rows of uninterrupted letters. Before the introduction of vowels to the Phoenician alphabet, all the ancient languages of the Mediterranean world---syllabic or alphabetical, Semitic or Indo-European---were written with word separation by either space, points, or both in conjunction. After the introduction of vowels, word separation was no longer necessary to eliminate an unacceptable level of ambiguity.
     Throughout the antique Mediterranean world, the adoption of vowels and of scriptura continua went hand in hand. The ancient writings of Mesopotamia, Phoenicia, and Israel did not employ vowels, so separation between words was retained. Had the space between words been deleted and the signs been written in scriptura continua, the resulting visual presentation of the text would have been analogous to a modern lexogrammatic puzzle. Such written languages might have been decipherable, given their clearly defined conventions for word order and contextual clues, but only after protracted cognitive activity that would have made fluent reading as we know it impractical. While the very earliest Greek inscriptions were written with separation by interpuncts, points placed at midlevel between words, Greece soon thereafter became the first ancient civilization to employ scriptura continua. The Romans, who borrowed their letter forms and vowels from the Greeks, maintained the earlier Mediterranean tradition of separating words by points far longer than the Greeks, but they, too, after a scantily documented period of six centuries, discarded word separation as superfluous and substituted scriptura continua for interpunct-separated script in the second century A.D.


 ここで展開されている議論について,私はよく理解できていない.母音表記の導入の結果,音節が同定しやすくなったという理屈がよくわからない.また,仮にそれが本当だったとして,文字の読み手が従来の分かち書きではなく続け書きにシフトしたとしても何とか解読できる,という点までは理解できるが,なぜ続け書きに積極的にシフトしたのかは不明である.上の議論は,消極的な説明づけにすぎないように思われる.
 母音文字を発明してアルファベットを便利にしたギリシア人が,読みにくい続け書きにシフトしたというのは,何か矛盾しているように感じられる.実際,この問題は多くの論者を悩ませ続けてきたようだ (Saenger 10)
 ギリシア人による母音文字の導入という文字史上の画期的な出来事については,「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1]) や「#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」 ([2015-01-18-1]) を参照.

 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP, 1997.

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2020-01-26 Sun

#3926. 分かち書き,表語性,黙読習慣 [silent_reading][distinctiones][punctuation][grammatology][reading][writing]

 西洋中世の読み書きに関する標記の3つのキーワードは,互いに関連している.語と語の間に空白を入れる分かち書き (distinctiones) の発達により,読者はアルファベットのつながりを表音的 (phonographic) に読み解くのではなく,より表語的 (logographic) に読み解く習慣を育むことができるようになった.結果として,声に出して理解する音読ではなく,頭のなかで語の意味を取る黙読および速読の文化が芽生え,私的に思考したり,大量の情報を処理することが可能になったのである.「#3881. 文字読解の「2経路モデル」」 ([2019-12-12-1]),「#3884. 文字解読の「2経路」の対比」 ([2019-12-15-1]) で挙げた用語に従えば,読解に用いられる神経回路の比重が「音韻ルート」から「語ルート」へとシフトしてきたといってもよいだろう.
 西洋における黙読習慣の発達の時期については,権威あるラテン語に対して土着語 (vernacular) への気付きがきっかけとなったタイミングとして,8世紀頃を指摘する見解がある.この見解に基づいて,Cook (152--53) が上述の解説を次のようにうまくまとめている.

Punctuation marks started as an aid for reading Latin aloud, in the form of various dots and other marks. These were necessary because Latin was written without word spaces, making texts difficult to read aloud on sight. Around the eighth century AD, it became usual to put a space between words. According to Saenger (1997), this transformed reading from reading aloud to reading in silence. Without spaces, the reader had to test out loud what the text meant; with spaces, the reader could interpret the text without saying it aloud and they could read and write with greater privacy since their activity was not audible to other people; indeed Galileo saw the advantages of 'communicating one's most secret thoughts to any other person' (cited in Chomsky 2002: 45). Hence, once the lexical route became possible for reading European languages, authors became more daring individuals; and the speed of reading could be increased beyond the speed of articulation. As Harris (1986) put it, 'One is tempted to compare the introduction of the space as a word boundary to the invention of the zero in mathematics . . .'.


 それにしても「分かち書きの発見は数学におけるゼロの発見に比較できる」というのは並一通りではない評価だ.
 本記事と関連して,ぜひ以下の記事にも目を通していただきたい.

 ・ 「#2058. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (1)」 ([2014-12-15-1])
 ・ 「#2059. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (2)」 ([2014-12-16-1])
 ・ 「#2696. 分かち書き,黙読習慣,キリスト教のテキスト解釈へのこだわり」 ([2016-09-13-1])
 ・ 「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1])

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.
 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP.
 ・ Chomsky, N. On Nature and Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ Harris, R. The Origin of Writing. London: Duckworth, 1986.

Referrer (Inside): [2020-01-29-1]

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2020-01-25 Sat

#3925. 電子メールの返信で用いる引用の ">" は,実は中世の句読記号 [punctuation][netspeak]

 受け取った電子メールの文章を,返信メールなどで引用する際に,各行頭に不等号記号の「大なり」 ">" ("right angle bracket" or "greater than") を付す慣行が定着している.この慣行は各種のマークアップ言語でも応用されており,ネット時代において新しい句読点の用法が発達してきたことを物語るものである.
 しかし,驚くなかれ,テキスト引用のための ">" の用法は,実は中世に起源をもつのである.当時,">" に近い形の "diple" と呼ばれる記号があった.これは引用されるテキストの開始を示す記号として用いられたが,後に現代的な引用符 (quotation mark) へと発達した.diple そのものは廃用となり,忘れ去られたかと思いきや,現代のネット時代に新たな生命を吹き込まれたというわけだ(cf. 関連して「#1097. quotation marks」 ([2012-04-28-1]) も参照).
 記号として復活したというだけでも驚きだが,専ら「開き」のみに用い「閉じ」に対応する記号が存在しないというのも,中世の句読法に忠実であり,おもしろい.現代の感覚だと,括弧にせよ引用符にせよ,「開き」があったら必ずペアで「閉じ」も存在していないと気持ちが悪い.しかし,この現代的な慣習が一般化するのは「#2969. 閉じない quotation marks」 ([2017-06-13-1]) でも見たとおり,割と遅く18世紀のことである.中世では「開きっぱなし」だったのである.実用上はどこで「閉じ」るのか分かりにくいという難点はあり得たが,そこはコンピュータ言語ではない.おおらかだったのだ.
 現代の電子メールの慣習でも,各行の頭に ">" を付すが,末尾にはわざわざたとえば "<" を付すという面倒なことはしない.その意味では,コンピュータ上の言語行動でありながら,現代でもおおらかといえばおおらかだ.
 メールで引用の引用として ">" を2重にしたりするというのは,さすがに現代的な発展用法だと思われるが,それにしても歴史の断続と連続はおもしろい.

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2019-12-24 Tue

#3893. grammatical punctuation と correspondence punctuation [punctuation][hyphen]

 英語の句読法 (punctuation) は機能の観点から大きく2つに分けることができる.書き言葉の文法に関する句読法 (grammatical punctuation) と,書き言葉を話し言葉に対応付ける句読法 (correspondence punctuation) である.前者は形態素,語,句,節,文などの形式的な単位において文法的な機能を(補助的に)標示するものであり,後者は音読の便などのために韻律的な情報を(補助的に)標示するものである.現代は前者の文法的機能のほうが圧倒的に優勢で,重要とされているが,歴史的にいえば句読法は主として韻律的機能を果たすために発達してきた (cf. 「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1])) .17世紀以降,韻律重視から文法重視へ重心がシフトしてきたという経緯があるが,現在でも韻律的機能が無となったわけではない.
 もう1つ,両機能にまたがるともいえる第3の区分として,hyphen を用いた "line-breaks" の機能(分綴)を加えることもできるだろう.これら3種の機能を整理してくれているのが,Cook (107) の "English punctuation" と題する表である.そちらを再掲しよう.

Grammatical punctuation
   morphemes<'> 'Milton's paradise lost'
<-> 'sensori-motor'
wordsspaces: 'God bless the child that's got its own'/'Godblessthechildthat'sgotitsown'
phrases<,> 'Policemen, like red squirrels, must be protected.'
clauses<,> 'An Englishman, even if he is alone, forms an orderly queue of one'.
<–> 'Federal work teams – split by race – finish ratchetting together a grandstand.'
<:> 'Man proposes: God disposes.'
text-sentencesCapitals plus <.> 'War is peace. Freedom is slavery. Ignorance is strength.'
Correspondence punctuation
length of pauses (according to Lowth 1775)comma: single pause
semi-colon: 2 x pause
colon: 4 x pause
full stop: 8 x pause
tone-groupsclause-separating punctuation may conform to spoken tone-groups: 'Friends, Romans, countrymen, lend me your ears.'
inner voicePunctuation may show the 'prosody of the inner voice' (Chafe 1988)
'contraction'<'> sometimes corresponds to a weak spoken form: 'he's', 'can't', ''em'
'line-breaks'
words are broken by hyphens at line-breaks according to morphemes 'trans-port' or syllables 'tran-sport'


 Cook はこのように句読法の3種の機能を区別したが,Crystal はその他の機能にも注目している.そちらについては「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1]),「#3045. punctuation の機能の多様性」 ([2017-08-28-1]) の記事を参照されたい.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-12-23 Mon

#3892. greengrocer's apostrophe (2) [punctuation][apostrophe][spelling][orthography]

 「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1]) の続編.-s として綴るべきところで apostrophe を付して -'s と綴る非標準的な事例が跡を絶たない.典型的に八百屋の値札にみられる(誤)用法なので,冗談交じりに "greengrocer's apostrophe" と称される.
 その実例を収集した The Golden Apostrophe Awards なるサイトがある.トップページに掲げられているのは,"Trump's First Campaign Event Had It's 4th Anniversary" と書き込まれた写真である.所有格代名詞の its を,apostrophe を入れて it's と綴ってしまう非常によくある事例の1つだ (cf. 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1])) .
 時節柄クリスマス絡みの例を挙げるのがふさわしいだろう.こちらのページ に掲載されている諸礼を眺めてみると,apostrophe がないべきところにあったり,逆にあるべきところになかったりと様々に楽しめる.

 ・ To our Valued Gowings Customer's Merry Christmas & Happy New Year
 ・ Camera's follow Vatican insiders to reveal the intrigue and manoeuvring behind the election of a new pope.
 ・ Your invited to join us for our Family Service each Sunday at 9.30am.
 ・ 16 DELUXE CHRISTMAS CARDS IN ASSORTED DESIGN'S

 現代英語の正書法としては確かに「誤用」とされるのだが,歴史的にみれば apostrophe がいつ付き,いつ付かないかについては長い混用の時代があった.以下の記事で関連する話題を取り上げているので,ご一読あれ.

 ・ 「#3661. 複数所有格のアポストロフィの後に何かが省略されているかのように感じるのは自然」 ([2019-05-06-1])
 ・ 「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1])

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2019-12-22 Sun

#3891. 現代英語の様々な句読記号の使用頻度 [punctuation][alphabet][diacritical_mark][net_speak][brown][corpus][frequency][statistics]

 英語は同じローマン・アルファベットを用いる文字圏のなかでも,句読法 (punctuation) に関しては比較的単純な部類に入る.現代的な句読記号が出そろったのは500年前くらいであり,その数も多くない (cf. 「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1])) .また,文字そのものが26文字しかない上に,フランス語やドイツ語などにみられる,文字の周辺に付す特殊な発音区別符(号) (diacritical mark; cf. 「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1])) も原則として用いられない.さらに,現代の印刷文化では句読記号が控えめに使われるようになってきているとも言われる.一方,net_speak などでは,新たな句読記号の使用法が生み出されていることも確かであり,句読法の発展が止まってしまったわけではないようだ (cf. 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])) .
 さて,約100万語のアメリカ英語の書き言葉コーパス Brown Corpus を用いた調査によると,英語の主要な句読記号の使用頻度 (%) は次の通りだという (Cook 92) .

Commas47
Full stops45
Dashes2
Parentheses2
Semi-colons2
Question marks1
Colons1
Exclamation marks1


 用いられている句読記号の9割以上が <,> か <.> であるというのは,英語の読み手・書き手の直感としてうなづける.英語の読み書き学習の観点からいえば,まずはこの2つの句読記号に習熟することに努めればよいことになる.
 ローマン・アルファベット文字圏の句読記号の変異について関心のある方は,Character design standards - Punctuation for Latin 1 などを参照されたい.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-12-17 Tue

#3886. 話しことばと書きことば (6) [writing][medium][punctuation][link]

 話しことばと書きことばの比較・対照について,以下の記事で取り上げてきた.

 ・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
 ・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
 ・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
 ・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
 ・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
 ・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])
 ・ 「#3274. 話し言葉と書き言葉 (5)」 ([2018-04-14-1])
 ・ 「#3411. 話し言葉,書き言葉,口語(体),文語(体)」 ([2018-08-29-1])
 ・ 「#3799. 話し言葉,書き言葉,口語(体),文語(体) (2)」 ([2019-09-21-1])
 ・ 「#2535. 記号 (sign) の種類 --- 伝える手段による分類」 ([2016-04-05-1])

 この問題を論じる際に重要なのは,両者が言語の媒体 (medium) として「物理的に」異なるものであるという基本的な認識である.話しことばは聴覚に訴えかける音を利用し,書きことばは視覚に訴えかける記号を利用する.この基本的な違いから,ほぼすべての重要な違いが生み出されるということだ.つまり,一見言語学的な問題にみえるが,実のところ物理学や生理学の問題に帰着するといえる (cf. 「#1063. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (1)」 ([2012-03-25-1]),「#1064. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (2)」 ([2012-03-26-1]),「#1065. 第三者的な客体としての音声言語の特徴」 ([2012-03-27-1])).
 Cook (38) は両媒体の特徴を,次のように簡潔にまとめている.

Speech is spoken soundsWriting is written symbols
Speech is fleetingWriting is permanent
Speech is linear in timeWriting can be consulted, regardless of time
Speech is processed 'on-line'Writing is stored 'off-line'
Speech can be produced and comprehended at around 150 words per minuteWriting can be read at up to 350 words per minutes
Speech is spontaneous first-draftWriting is carefully worked, final-draft
Speech is linked to a definite shared contextWriting has an indefinite non-shared context
Speech attributes definite roles to the listenerWriting attributes indefinite roles to the reader
Speech can use sound features such as intonationWiring can use written features such as punctuation


 このような違いがあるので,当然ながら話しことばでしか表現できないこと,逆に書きことばでしか表現できないことがある.後者の例としては,inn (名詞)と in (前置詞)の区別,art (普通名詞)と Art (固有名詞)の区別,各種の句読記号 (punctuation) や {;-) のような emoticon も,話し言葉には対応するものがない(cf. 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])).

 最近では,書き言葉は話し言葉の写しにすぎないという従来の見方から脱した,書き言葉の自立性を主張する議論もちらほらと見聞きするようになってきた.以下の記事を参照されたい.

 ・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
 ・ 「#2339. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (1)」 ([2015-09-22-1])
 ・ 「#2340. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (2)」 ([2015-09-23-1])
 ・ 「#2431. 書き言葉の自立性に関する Bolinger の議論」 ([2015-12-23-1])
 ・ 「#2508. 書き言葉の自立性に関する Samuels の議論」 ([2016-03-09-1])
 ・ 「#2819. 話し言葉中心主義から脱しつつある言語学」 ([2017-01-14-1])

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

Referrer (Inside): [2022-04-27-1] [2020-06-22-1]

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2019-11-30 Sat

#3869. ヨーロッパ諸言語が初期近代英語の書き言葉に及ぼした影響 [spelling][j][v][punctuation][standardisation][apostrophe][capitalisation][punctuation]

 ラテン語が初期近代英語(ひいては後の現代英語)の書き言葉に及ぼした影響については,語源的綴字 (etymological_respelling) がよく知られている.ラテン語は,威信のある言語としてルネサンス期に英語の標準化の第一のお手本になったことは確かだろう.しかし,同時代のヨーロッパの土着語であるフランス語,スペイン語,イタリア語も,英語の書き言葉に少なからぬ影響を与えてきた.英語史でもあまり強調されることはないが,地味に重要な事実である.
 Scholfield (158) によれば,次の点が指摘されている.

 ・ <i> と <j>,<u> と <v> の区別は,ラテン語ではなくスペイン語やイタリア語にあった区別により促された(cf. 「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]), 「#2415. 急進的表音主義の綴字改革者 John Hart による重要な提案」 ([2015-12-07-1]))
 ・ long <s> の衰退は,おそらく大陸からの影響である(cf. 「#584. long <s> と graphemics」 ([2010-12-02-1]),「#2997. 1800年を境に印刷から消えた long <s>」 ([2017-07-11-1]))
 ・ アポストロフィ (apostrophe) の導入も大陸から
 ・ 大文字化 (capitalisation) が広く行なわれるようになった習慣も大陸から
 ・ 大陸の言語から語を借用したときに,借用元言語での綴字を英語化せずに取り入れる傾向も,上記の諸傾向と同じ方向性を示す
 ・ 初期の印刷字体もイタリアやフランスなど大陸から来たものだった

 Scholfield (158) の以下の指摘は,「ラテン語が英語に及ぼした影響」以上に「ヨーロッパ諸言語が英語に及ぼした影響」へと目を向けさせてくれる.

. . . those with influence over how English writing developed were at least in the sixteenth/seventeenth centuries motivated to locate English as a modern European national language perhaps rather more than as another classical language.


 初期近代英語は,理想のモデルとしてこそラテン語を念頭においていたが,現実的な敵対者かつ協力者として注視していたのは,同時代のヨーロッパの諸言語だったということになりそうだ.

 ・ Scholfield, Phil. "Modernization and Standardization since the Seventeenth Century." Chapter 9 of The Routledge Handbook of the English Writing System. Ed. Vivian Cook and Des Ryan. Abingdon: Routledge, 2016. 143--61.

Referrer (Inside): [2021-03-06-1] [2019-12-06-1]

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