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punctuation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-01-25 08:11

2020-01-26 Sun

#3926. 分かち書き,表語性,黙読習慣 [silent_reading][distinctiones][punctuation][grammatology][reading][writing]

 西洋中世の読み書きに関する標記の3つのキーワードは,互いに関連している.語と語の間に空白を入れる分かち書き (distinctiones) の発達により,読者はアルファベットのつながりを表音的 (phonographic) に読み解くのではなく,より表語的 (logographic) に読み解く習慣を育むことができるようになった.結果として,声に出して理解する音読ではなく,頭のなかで語の意味を取る黙読および速読の文化が芽生え,私的に思考したり,大量の情報を処理することが可能になったのである.「#3881. 文字読解の「2経路モデル」」 ([2019-12-12-1]),「#3884. 文字解読の「2経路」の対比」 ([2019-12-15-1]) で挙げた用語に従えば,読解に用いられる神経回路の比重が「音韻ルート」から「語ルート」へとシフトしてきたといってもよいだろう.
 西洋における黙読習慣の発達の時期については,権威あるラテン語に対して土着語 (vernacular) への気付きがきっかけとなったタイミングとして,8世紀頃を指摘する見解がある.この見解に基づいて,Cook (152--53) が上述の解説を次のようにうまくまとめている.

Punctuation marks started as an aid for reading Latin aloud, in the form of various dots and other marks. These were necessary because Latin was written without word spaces, making texts difficult to read aloud on sight. Around the eighth century AD, it became usual to put a space between words. According to Saenger (1997), this transformed reading from reading aloud to reading in silence. Without spaces, the reader had to test out loud what the text meant; with spaces, the reader could interpret the text without saying it aloud and they could read and write with greater privacy since their activity was not audible to other people; indeed Galileo saw the advantages of 'communicating one's most secret thoughts to any other person' (cited in Chomsky 2002: 45). Hence, once the lexical route became possible for reading European languages, authors became more daring individuals; and the speed of reading could be increased beyond the speed of articulation. As Harris (1986) put it, 'One is tempted to compare the introduction of the space as a word boundary to the invention of the zero in mathematics . . .'.


 それにしても「分かち書きの発見は数学におけるゼロの発見に比較できる」というのは並一通りではない評価だ.
 本記事と関連して,ぜひ以下の記事にも目を通していただきたい.

 ・ 「#2058. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (1)」 ([2014-12-15-1])
 ・ 「#2059. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (2)」 ([2014-12-16-1])
 ・ 「#2696. 分かち書き,黙読習慣,キリスト教のテキスト解釈へのこだわり」 ([2016-09-13-1])
 ・ 「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1])

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.
 ・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP.
 ・ Chomsky, N. On Nature and Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ Harris, R. The Origin of Writing. London: Duckworth, 1986.

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2020-01-25 Sat

#3925. 電子メールの返信で用いる引用の ">" は,実は中世の句読記号 [punctuation][netspeak]

 受け取った電子メールの文章を,返信メールなどで引用する際に,各行頭に不等号記号の「大なり」 ">" ("right angle bracket" or "greater than") を付す慣行が定着している.この慣行は各種のマークアップ言語でも応用されており,ネット時代において新しい句読点の用法が発達してきたことを物語るものである.
 しかし,驚くなかれ,テキスト引用のための ">" の用法は,実は中世に起源をもつのである.当時,">" に近い形の "diple" と呼ばれる記号があった.これは引用されるテキストの開始を示す記号として用いられたが,後に現代的な引用符 (quotation mark) へと発達した.diple そのものは廃用となり,忘れ去られたかと思いきや,現代のネット時代に新たな生命を吹き込まれたというわけだ(cf. 関連して「#1097. quotation marks」 ([2012-04-28-1]) も参照).
 記号として復活したというだけでも驚きだが,専ら「開き」のみに用い「閉じ」に対応する記号が存在しないというのも,中世の句読法に忠実であり,おもしろい.現代の感覚だと,括弧にせよ引用符にせよ,「開き」があったら必ずペアで「閉じ」も存在していないと気持ちが悪い.しかし,この現代的な慣習が一般化するのは「#2969. 閉じない quotation marks」 ([2017-06-13-1]) でも見たとおり,割と遅く18世紀のことである.中世では「開きっぱなし」だったのである.実用上はどこで「閉じ」るのか分かりにくいという難点はあり得たが,そこはコンピュータ言語ではない.おおらかだったのだ.
 現代の電子メールの慣習でも,各行の頭に ">" を付すが,末尾にはわざわざたとえば "<" を付すという面倒なことはしない.その意味では,コンピュータ上の言語行動でありながら,現代でもおおらかといえばおおらかだ.
 メールで引用の引用として ">" を2重にしたりするというのは,さすがに現代的な発展用法だと思われるが,それにしても歴史の断続と連続はおもしろい.

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2019-12-24 Tue

#3893. grammatical punctuation と correspondence punctuation [punctuation][hyphen]

 英語の句読法 (punctuation) は機能の観点から大きく2つに分けることができる.書き言葉の文法に関する句読法 (grammatical punctuation) と,書き言葉を話し言葉に対応付ける句読法 (correspondence punctuation) である.前者は形態素,語,句,節,文などの形式的な単位において文法的な機能を(補助的に)標示するものであり,後者は音読の便などのために韻律的な情報を(補助的に)標示するものである.現代は前者の文法的機能のほうが圧倒的に優勢で,重要とされているが,歴史的にいえば句読法は主として韻律的機能を果たすために発達してきた (cf. 「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1])) .17世紀以降,韻律重視から文法重視へ重心がシフトしてきたという経緯があるが,現在でも韻律的機能が無となったわけではない.
 もう1つ,両機能にまたがるともいえる第3の区分として,hyphen を用いた "line-breaks" の機能(分綴)を加えることもできるだろう.これら3種の機能を整理してくれているのが,Cook (107) の "English punctuation" と題する表である.そちらを再掲しよう.

Grammatical punctuation
   morphemes<'> 'Milton's paradise lost'
<-> 'sensori-motor'
wordsspaces: 'God bless the child that's got its own'/'Godblessthechildthat'sgotitsown'
phrases<,> 'Policemen, like red squirrels, must be protected.'
clauses<,> 'An Englishman, even if he is alone, forms an orderly queue of one'.
<–> 'Federal work teams – split by race – finish ratchetting together a grandstand.'
<:> 'Man proposes: God disposes.'
text-sentencesCapitals plus <.> 'War is peace. Freedom is slavery. Ignorance is strength.'
Correspondence punctuation
length of pauses (according to Lowth 1775)comma: single pause
semi-colon: 2 x pause
colon: 4 x pause
full stop: 8 x pause
tone-groupsclause-separating punctuation may conform to spoken tone-groups: 'Friends, Romans, countrymen, lend me your ears.'
inner voicePunctuation may show the 'prosody of the inner voice' (Chafe 1988)
'contraction'<'> sometimes corresponds to a weak spoken form: 'he's', 'can't', ''em'
'line-breaks'
words are broken by hyphens at line-breaks according to morphemes 'trans-port' or syllables 'tran-sport'


 Cook はこのように句読法の3種の機能を区別したが,Crystal はその他の機能にも注目している.そちらについては「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1]),「#3045. punctuation の機能の多様性」 ([2017-08-28-1]) の記事を参照されたい.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-12-23 Mon

#3892. greengrocer's apostrophe (2) [punctuation][apostrophe][spelling][orthography]

 「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1]) の続編.-s として綴るべきところで apostrophe を付して -'s と綴る非標準的な事例が跡を絶たない.典型的に八百屋の値札にみられる(誤)用法なので,冗談交じりに "greengrocer's apostrophe" と称される.
 その実例を収集した The Golden Apostrophe Awards なるサイトがある.トップページに掲げられているのは,"Trump's First Campaign Event Had It's 4th Anniversary" と書き込まれた写真である.所有格代名詞の its を,apostrophe を入れて it's と綴ってしまう非常によくある事例の1つだ (cf. 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1])) .
 時節柄クリスマス絡みの例を挙げるのがふさわしいだろう.こちらのページ に掲載されている諸礼を眺めてみると,apostrophe がないべきところにあったり,逆にあるべきところになかったりと様々に楽しめる.

 ・ To our Valued Gowings Customer's Merry Christmas & Happy New Year
 ・ Camera's follow Vatican insiders to reveal the intrigue and manoeuvring behind the election of a new pope.
 ・ Your invited to join us for our Family Service each Sunday at 9.30am.
 ・ 16 DELUXE CHRISTMAS CARDS IN ASSORTED DESIGN'S

 現代英語の正書法としては確かに「誤用」とされるのだが,歴史的にみれば apostrophe がいつ付き,いつ付かないかについては長い混用の時代があった.以下の記事で関連する話題を取り上げているので,ご一読あれ.

 ・ 「#3661. 複数所有格のアポストロフィの後に何かが省略されているかのように感じるのは自然」 ([2019-05-06-1])
 ・ 「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1])

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2019-12-22 Sun

#3891. 現代英語の様々な句読記号の使用頻度 [punctuation][alphabet][diacritical_mark][net_speak][brown][corpus][frequency][statistics]

 英語は同じローマン・アルファベットを用いる文字圏のなかでも,句読法 (punctuation) に関しては比較的単純な部類に入る.現代的な句読記号が出そろったのは500年前くらいであり,その数も多くない (cf. 「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1])) .また,文字そのものが26文字しかない上に,フランス語やドイツ語などにみられる,文字の周辺に付す特殊な発音区別符(号) (diacritical mark; cf. 「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1])) も原則として用いられない.さらに,現代の印刷文化では句読記号が控えめに使われるようになってきているとも言われる.一方,net_speak などでは,新たな句読記号の使用法が生み出されていることも確かであり,句読法の発展が止まってしまったわけではないようだ (cf. 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])) .
 さて,約100万語のアメリカ英語の書き言葉コーパス Brown Corpus を用いた調査によると,英語の主要な句読記号の使用頻度 (%) は次の通りだという (Cook 92) .

Commas47
Full stops45
Dashes2
Parentheses2
Semi-colons2
Question marks1
Colons1
Exclamation marks1


 用いられている句読記号の9割以上が <,> か <.> であるというのは,英語の読み手・書き手の直感としてうなづける.英語の読み書き学習の観点からいえば,まずはこの2つの句読記号に習熟することに努めればよいことになる.
 ローマン・アルファベット文字圏の句読記号の変異について関心のある方は,Character design standards - Punctuation for Latin 1 などを参照されたい.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-12-17 Tue

#3886. 話しことばと書きことば (6) [writing][medium][punctuation][link]

 話しことばと書きことばの比較・対照について,以下の記事で取り上げてきた.

 ・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
 ・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
 ・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
 ・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
 ・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
 ・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])
 ・ 「#3274. 話し言葉と書き言葉 (5)」 ([2018-04-14-1])
 ・ 「#3411. 話し言葉,書き言葉,口語(体),文語(体)」 ([2018-08-29-1])
 ・ 「#3799. 話し言葉,書き言葉,口語(体),文語(体) (2)」 ([2019-09-21-1])
 ・ 「#2535. 記号 (sign) の種類 --- 伝える手段による分類」 ([2016-04-05-1])

 この問題を論じる際に重要なのは,両者が言語の媒体 (medium) として「物理的に」異なるものであるという基本的な認識である.話しことばは聴覚に訴えかける音を利用し,書きことばは視覚に訴えかける記号を利用する.この基本的な違いから,ほぼすべての重要な違いが生み出されるということだ.つまり,一見言語学的な問題にみえるが,実のところ物理学や生理学の問題に帰着するといえる (cf. 「#1063. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (1)」 ([2012-03-25-1]),「#1064. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (2)」 ([2012-03-26-1]),「#1065. 第三者的な客体としての音声言語の特徴」 ([2012-03-27-1])).
 Cook (38) は両媒体の特徴を,次のように簡潔にまとめている.

Speech is spoken soundsWriting is written symbols
Speech is fleetingWriting is permanent
Speech is linear in timeWriting can be consulted, regardless of time
Speech is processed 'on-line'Writing is stored 'off-line'
Speech can be produced and comprehended at around 150 words per minuteWriting can be read at up to 350 words per minutes
Speech is spontaneous first-draftWriting is carefully worked, final-draft
Speech is linked to a definite shared contextWriting has an indefinite non-shared context
Speech attributes definite roles to the listenerWriting attributes indefinite roles to the reader
Speech can use sound features such as intonationWiring can use written features such as punctuation


 このような違いがあるので,当然ながら話しことばでしか表現できないこと,逆に書きことばでしか表現できないことがある.後者の例としては,inn (名詞)と in (前置詞)の区別,art (普通名詞)と Art (固有名詞)の区別,各種の句読記号 (punctuation) や {;-) のような emoticon も,話し言葉には対応するものがない(cf. 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])).

 最近では,書き言葉は話し言葉の写しにすぎないという従来の見方から脱した,書き言葉の自立性を主張する議論もちらほらと見聞きするようになってきた.以下の記事を参照されたい.

 ・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
 ・ 「#2339. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (1)」 ([2015-09-22-1])
 ・ 「#2340. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (2)」 ([2015-09-23-1])
 ・ 「#2431. 書き言葉の自立性に関する Bolinger の議論」 ([2015-12-23-1])
 ・ 「#2508. 書き言葉の自立性に関する Samuels の議論」 ([2016-03-09-1])
 ・ 「#2819. 話し言葉中心主義から脱しつつある言語学」 ([2017-01-14-1])

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-11-30 Sat

#3869. ヨーロッパ諸言語が初期近代英語の書き言葉に及ぼした影響 [spelling][j][v][punctuation][standardisation][apostrophe][capitalisation][punctuation]

 ラテン語が初期近代英語(ひいては後の現代英語)の書き言葉に及ぼした影響については,語源的綴字 (etymological_respelling) がよく知られている.ラテン語は,威信のある言語としてルネサンス期に英語の標準化の第一のお手本になったことは確かだろう.しかし,同時代のヨーロッパの土着語であるフランス語,スペイン語,イタリア語も,英語の書き言葉に少なからぬ影響を与えてきた.英語史でもあまり強調されることはないが,地味に重要な事実である.
 Scholfield (158) によれば,次の点が指摘されている.

 ・ <i> と <j>,<u> と <v> の区別は,ラテン語ではなくスペイン語やイタリア語にあった区別により促された(cf. 「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]), 「#2415. 急進的表音主義の綴字改革者 John Hart による重要な提案」 ([2015-12-07-1]))
 ・ long <s> の衰退は,おそらく大陸からの影響である(cf. 「#584. long <s> と graphemics」 ([2010-12-02-1]),「#2997. 1800年を境に印刷から消えた long <s>」 ([2017-07-11-1]))
 ・ アポストロフィ (apostrophe) の導入も大陸から
 ・ 大文字化 (capitalisation) が広く行なわれるようになった習慣も大陸から
 ・ 大陸の言語から語を借用したときに,借用元言語での綴字を英語化せずに取り入れる傾向も,上記の諸傾向と同じ方向性を示す
 ・ 初期の印刷字体もイタリアやフランスなど大陸から来たものだった

 Scholfield (158) の以下の指摘は,「ラテン語が英語に及ぼした影響」以上に「ヨーロッパ諸言語が英語に及ぼした影響」へと目を向けさせてくれる.

. . . those with influence over how English writing developed were at least in the sixteenth/seventeenth centuries motivated to locate English as a modern European national language perhaps rather more than as another classical language.


 初期近代英語は,理想のモデルとしてこそラテン語を念頭においていたが,現実的な敵対者かつ協力者として注視していたのは,同時代のヨーロッパの諸言語だったということになりそうだ.

 ・ Scholfield, Phil. "Modernization and Standardization since the Seventeenth Century." Chapter 9 of The Routledge Handbook of the English Writing System. Ed. Vivian Cook and Des Ryan. Abingdon: Routledge, 2016. 143--61.

Referrer (Inside): [2019-12-06-1]

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2019-11-30 Sat

#3869. ヨーロッパ諸言語が初期近代英語の書き言葉に及ぼした影響 [spelling][j][v][punctuation][standardisation][apostrophe][capitalisation][punctuation]

 ラテン語が初期近代英語(ひいては後の現代英語)の書き言葉に及ぼした影響については,語源的綴字 (etymological_respelling) がよく知られている.ラテン語は,威信のある言語としてルネサンス期に英語の標準化の第一のお手本になったことは確かだろう.しかし,同時代のヨーロッパの土着語であるフランス語,スペイン語,イタリア語も,英語の書き言葉に少なからぬ影響を与えてきた.英語史でもあまり強調されることはないが,地味に重要な事実である.
 Scholfield (158) によれば,次の点が指摘されている.

 ・ <i> と <j>,<u> と <v> の区別は,ラテン語ではなくスペイン語やイタリア語にあった区別により促された(cf. 「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]), 「#2415. 急進的表音主義の綴字改革者 John Hart による重要な提案」 ([2015-12-07-1]))
 ・ long <s> の衰退は,おそらく大陸からの影響である(cf. 「#584. long <s> と graphemics」 ([2010-12-02-1]),「#2997. 1800年を境に印刷から消えた long <s>」 ([2017-07-11-1]))
 ・ アポストロフィ (apostrophe) の導入も大陸から
 ・ 大文字化 (capitalisation) が広く行なわれるようになった習慣も大陸から
 ・ 大陸の言語から語を借用したときに,借用元言語での綴字を英語化せずに取り入れる傾向も,上記の諸傾向と同じ方向性を示す
 ・ 初期の印刷字体もイタリアやフランスなど大陸から来たものだった

 Scholfield (158) の以下の指摘は,「ラテン語が英語に及ぼした影響」以上に「ヨーロッパ諸言語が英語に及ぼした影響」へと目を向けさせてくれる.

. . . those with influence over how English writing developed were at least in the sixteenth/seventeenth centuries motivated to locate English as a modern European national language perhaps rather more than as another classical language.


 初期近代英語は,理想のモデルとしてこそラテン語を念頭においていたが,現実的な敵対者かつ協力者として注視していたのは,同時代のヨーロッパの諸言語だったということになりそうだ.

 ・ Scholfield, Phil. "Modernization and Standardization since the Seventeenth Century." Chapter 9 of The Routledge Handbook of the English Writing System. Ed. Vivian Cook and Des Ryan. Abingdon: Routledge, 2016. 143--61.

Referrer (Inside): [2019-12-06-1]

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2019-09-20 Fri

#3798. 古英語の緩い分かち書き [punctuation][writing][scribe][manuscript][distinctiones][anglo-saxon][orthography][hyphen]

 英語表記において単語と単語の間に空白を入れる分かち書きの習慣については,「#1112. 分かち書き (1)」 ([2012-05-13-1]),「#1113. 分かち書き (2)」 ([2012-05-14-1]),「#1903. 分かち書きの歴史」 ([2014-07-13-1]) を始めとする distinctiones の各記事で取り上げてきた.この習慣は確かに古英語期にも見られたが,現代のそれに比べれば未発達であり,あくまで過渡期の段階にあった.実のところ,続く中英語期でも規範として完成はしなかったので,古英語の分かち書きの緩さを概観しておけば,中世英語全体の緩さが知れるというものである.
 Baker は,古英語入門書において単語の分かち書き,および単語の途中での行跨ぎに関して "Word- and line-division" (159--60) と題する一節を設けている.以下,分かち書きについての解説.

Word-division is far less consistent in Old English than in Modern English; it is, in fact, less consistent in Old English manuscripts than in Latin written by Anglo-Saxon scribes. You may expect to see the following peculiarities.

・ spaces between the elements of compounds, e.g. aldor mon;
・ spaces between words and their prefixes and suffixes, e.g. be æftan, gewit nesse;
・ spaces at syllable divisions, e.g. len gest;
・ prepositions, adverbs and pronouns attached to the following words, e.g. uuiþbret walū, hehæfde;
・ many words, especially short ones, run together, e.g. þær þeherice hæfde.

The width of the spaces between words and word-elements is quite variable in most Old English manuscripts, and it is often difficult to decide whether a scribe intended a space. 'Diplomatic' editions, which sometimes attempt to reproduce the word-division of manuscripts, cannot represent in print the variability of the spacing on a hand-written page.


 続けて,単語の途中での行跨ぎの扱いについて.

Most scribes broke words freely at the ends of lines. Usually the break takes place at a syllabic boundary, e.g. ofsle-gen (= ofslægen), sū-ne (= sumne), heo-fonum. Occasionally, however, a scribe broke a word elsewhere, e.g. forhæf-dnesse. Some scribes marked word-breaks with a hyphen, but many did not mark them in any way.


 古英語期にもハイフンを使っていた写字生がいたということだが,この句読記号が一般化するのは「#2698. hyphen」 ([2016-09-15-1]) で述べたように16世紀後半のことである.
 以上より,古英語の分かち書きの緩さ,ひいては正書法の緩さが分かるだろう.

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 2nd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2007.

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2019-05-06 Mon

#3661. 複数所有格のアポストロフィの後に何かが省略されているかのように感じるのは自然 [apostrophe][genitive][plural][punctuation][haplology][folk_etymology][sobokunagimon]

 先日「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1]) と題する素朴な疑問を取り上げた.歴史的な観点からの回答として,端的に「何も省略されていない」と答えた.共時的に想像を膨らませれば,kings という複数形に,さらに所有格の 's を付したが,綴字上,末尾が s's とうるさくなりそうなので,簡略表記したのではないか,とみることもできそうだ (cf. haplology) .実際,そのような発想のもとで近代英語期に現行の句読法 (punctuation) が定まっていた可能性は高いのではないかと思われる.もしそうだったとしたら,歴史的な事実に基づくというよりは,共時的な想像に基づく正書法の確立だったということになる.これを非難するつもりもないし,先の記事で述べたように複数形 kings,単数所有格形 king's,複数所有格形 kings' の3つが,せめて表記上は区別されることになったわけだから,結果として便利になったと考えている.ただし,歴史的にはそういうわけではなかった,ということをここでは主張しておきたい.
 この辺りの問題については,Jespersen (272) がまさに取り上げている.それを引用するのが手っ取り早いだろう.

   16.86. These forms [genitive plurals with -es] (in which e was still pronounced) show that the origin of the ModE gen pl is the old gen pl in -a (which in ME became e) + the ending s from the gen sg, which was added analogically for the sake of greater distinctiveness. The s' in kings' thus is not to be considered a haplological pronunciation of -ses, though some of the early grammarians look upon it as an abbreviation: Bullokar Æsop 225 writes the gen pl ravenzz and crowzz with his two z-letters, which do not denote two different sounds, but are purely grammatical signs, one for the plural and the other for the genitive.---Wallis 1653 writes "the Lord's [sic] House, the House of Lords . . pro the Lords's House", with the remark "duo s in unum coincident." Lane, Key to the Art of Lettters 1700 p. 27: "Es Possessive is often omitted for easiness of pronunciation as . . . the Horses bridles, for the Horsesses bridles."
   In dialects and in vg speech the ending -ses is found: Franklin 152 (vg) before gentle folkses doors | GE M 1.10 other folks's children; thus also 1.293, 1.325, 2.7 | id A 251 gentlefolks's servants; ib 403; all in dialect | London schoolboy, in Orig. English 25: I wish my head was same as other boyses. Cf Murray D 164 the bairns's cleose, the færmers's kye, the doags's lugs; Elworthy, Somers. 155 voaksez (not other words, cf GE)


 このような解説を読んでいると,標準語の「正史」としては -s's がうるさいから -s' にしたという理屈は採用できないものの,非標準語の歴史という観点からみると,それもあながち間違っているとは言い切れないのかなと思い直したりする.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

Referrer (Inside): [2019-12-23-1] [2019-05-22-1]

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2019-05-01 Wed

#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか? [sobokunagimon][apostrophe][genitive][plural][punctuation]

 令和時代の第1号の記事は,素朴な疑問シリーズより.鋭くも素朴な疑問です.
 現代英語では表記上 kings (王たち), king's (王の),kings' (王たちの)と,意味に応じて3種類の書き方が区別されます.発音上はすべて /kɪŋz/ で同じなのですが,綴字・句読法上はしっかりと区別することになっているのです.この表記上の区別は何に由来するのでしょうか.
 アポストロフィ (apostrophe) は,典型的に省略を表わすために用いられます.it'sit is の省略ですし,I'mI am の省略,you'reyou are の省略です.しかし,アポストロフィは省略のために用いられるとは限りません.「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1]),「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1]) でみたように,第一義的には省略を表わすために用いられますが,その他の目的にも使われます.標題の疑問も,この観点からみる必要がありそうです.kings, king's, kings' の各々の成り立ちを紹介していきましょう.
 古英語で「王たち」を表わす「王」の複数形(主格・対格)は cyningas でした.これが後の複数形 kings になるわけですが,これは古英語 cyningas → 中英語 kinges → 近代英語 kings という音変化の過程を経た結果です.語尾に注目すると,-as や -es という古い複数語尾が母音を消失させ,-s となったわけです.このように通時的には複数語尾の曖昧母音 /ə/ が「消失」したととらえますが,共時的には母音が「省略」されたようにもみえます.複数形の綴字 kings は実はこのように「省略」が絡んでいるにもかかわらず,それを示唆するアポストロフィは用いずに済ませているというわけです.
 次に,「王の」を表わす単数所有格形の綴字 king's について考えましょう.古英語では,単数属格(所有格のことを古英語ではこう呼びます)形は cyninges と綴られ,これが中英語にそのまま kinges として受け継がれました.近代英語期にかけて,先の複数形の場合とパラレルに語尾の曖昧母音が消えたため,同じく kings と綴られていました.そのままでもよさそうなものでしたが,後にせめて綴字上は区別しようということなのか,単数所有格形のほうは king's と表記することになりました.今回は曖昧母音 /ə/ が「省略」されているのだから,それを標示するために king's というアポストロフィ付きの書き方になったのだ,と理屈をつけることができます.
 最後に「王たちの」を表わす複数属格形の kings' ですが,これにはやや詳しい歴史的な説明が必要です.古英語では複数属格形は cyninga のように -a 語尾をもっていました.しかし,中英語にかけてこの -a が脱落し,代わって単数属格語尾 -es (後に母音消失を経て -s)が複数属格語尾としても用いられるようになったのです.つまり,king(e)s という形態で「王の」と「王たちの」(と「王たち」)を同時に表わしうる状況が出現したのです.そして,近代以降,いずれにせよ発音上は区別できないのですが,せめて書き言葉においては区別しようと,単数所有格形は king's,複数所有格は kings' という書き分けが発達したのでした.
 以上をまとめれば次のようになります.複数(主格)の kings は中英語の kinges に由来し,屈折語尾の e が「省略」されたとみることができますが,その省略を表わすのにアポストロフィを付けることをしませんでした.これは理に適っていないようにみえます.一方,単数所有格形の king's は,先の複数形と同じく中英語の kinges に由来し,屈折語尾の e が「省略」された結果の形態ですので,アポストロフィを付けた綴字は理に適っているといえそうです.最後に複数所有格形の kings' は,単数所有格形と合一した形態にすぎず,その意味では問題のアポストロフィの後に何かが省略されているわけではありません.

 (1) 何かが省略されているのにアポストロフィが付いていない複数形 kings
 (2) 何かが省略されているから(という理由で)アポストロフィが付いている(と解せる)単数所有格形 king's
 (3) 何も省略されていないのにアポストロフィが付いている複数所有格形 kings'

 何だかメチャクチャという感じなのですが,せめて表記上は3者を区別したいという方針だったのでしょう,その意図は理解できます.いずれにせよ,これが英語の正書法なのです.

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2018-12-11 Tue

#3515. 現代英語の祈願文,2種 [optative][subjunctive][auxiliary_verb][syntax][word_order][punctuation][may]

 細江 (158--59) によれば,現代英語には,現在または未来の「ひたすらな願い」を表わす祈願法 (optative) の形式として,2種が認められる.1つは仮定法(歴史的な接続法 (subjunctive))を用いる方法(以下の (a)),もう1つは語頭に may を立てて「主語+動詞」を続ける方法である(以下の (b)).それぞれを示そう.

(a) 通常主語を文頭に立て,叙想法現在の動詞を述語とする.ただし,この際強勢のため形容詞・副詞などを先に立て主語と述語とを転置することも多い.たとえば,
   Thy kingdom come. Thy will be done.---Matthew, vi. 10.
   God bless and reward you for all your kindness.---Stowe.
   God forgive me!---Miss Mulock.
   Long live the Duke!---Charles Reade.
   Mine be a cot beside the hill!---Rogers.
   So be it, O Queen!---H. Hoggard.
   So help me God!---Hardy.
 このようなものは昔は常に用いられた形ではあるが,現今では詩および少数の固定した言い方のほかはあまり多く用いられない.しかし,ここに一つ特に注意すべきは,次のような呪罵の語では今なお普通に用いられるということである.
   Murrain take thee!---Scott.
   Devil take me!---Lamb.
   Generosity be hanged!---Thackeray.
   Dauphin be damned!---Shaw.
(b) 前記の場合,叙想法代用として may+不定詞を用いる.この場合に may はいつも主語より前に立つものである.たとえば,
   May no evil dream disturb my rest!---Evening Hymn.
   May he rest in peace!---Irving.
   So may it be for ages!---William Morris.


 仮定法の利用にせよ法助動詞 may の利用にせよ,法 (mood) が強く関わっていることがわかる.しばしば,祈願「法」 (optative mood) と呼ばれる所以である.また,(a) の場合は随意だが,(b) の場合は必ず語順の倒置が起こるという点も特徴的だ.これは,通常の叙述ではなく祈願という有標の発話行為であることを示すマーカーとして機能しているものではないかと思われる.書き言葉では,通常感嘆符 (exclamation mark) を伴うという特徴もある.
 なお,may に対応するドイツ語の mögen の接続法第1式も,may と同様の統語的振る舞いを示す.たとえば,Möge das neue Jahr viel Glück bringen! (新しい年が多幸でありますように!」,Möge er glücklich werden! (彼に幸あれ!)など.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

Referrer (Inside): [2018-12-13-1] [2018-12-12-1]

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2018-10-24 Wed

#3467. 文献学における校訂の信頼性の問題 [philology][methodology][manuscript][punctuation][editing][corpus]

 英語史・英語文献学に携わる者にとって,標題は本質的な問題,もっといえば死活問題でもある.この問題について,児馬 (31) が古英語資料との関係でポイントを要領よくまとめている.

OE資料を使う際に,校訂の信頼性という問題は避けて通れない.歴史言語学で引用されているデータ(例文)の多くは写本研究,すなわち写本から校訂・編集を経て活字となった版 (edition) か,ないしは,特に最近はその版に基づいた電子コーパスに基づくことが多い.そうした文献学研究の多大な恩恵を受けて,歴史言語学研究が成り立っていることも忘れてはならないが,と同時に,校訂者 (editor) の介入がオリジナル写本を歪めることもありうるのである.一つの作品にいくつか複数の写本があって,異なる写本に基づいた複数の版が刊行されていることもあるので,その点は注意しなければならない.現代と同じように,構成素の切れ目をわかりやすくしたり,大・小文字の区別をする punctuation の明確な慣習はOE写本にはない.行の区切り,文単位の区切りなどが校訂者の判断でなされており,その判断は絶対ではないということを忘れてはならない.ここでは深入りしないが,それらの校訂本に基づいて作成された電子コーパスの信頼性もさらに問題となろう.少なくとも,歴史言語学で使用するデータに関しては,原典(本来は写本ということになるが,せいぜい校訂本)に当たることが不可欠である.


 上で述べられていることは,古英語のみならず中英語にも,そしてある程度は近代英語以降の研究にも当てはまる.文献学における「証拠」を巡るメタな議論は非常に重要である.
 関連して,「#681. 刊本でなく写本を参照すべき6つの理由」 ([2011-03-09-1]) ,「#682. ファクシミリでなく写本を参照すべき5つの理由」 ([2011-03-10-1]),「#2514. Chaucer と Gawain 詩人に対する現代校訂者のスタンスの違い」 ([2016-03-15-1]),「#1052. 英語史研究の対象となる資料 (2)」 ([2012-03-14-1]),「#2546. テキストの校訂に伴うジレンマ」 ([2016-04-16-1]) .

 ・ 児馬 修 「第2章 英語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.22--46頁.

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2018-05-15 Tue

#3305. なぜ can の否定形は cannot と1語で綴られるのか? [sobokunagimon][negative][spelling][auxiliary_verb][clitic][punctuation][pronunciation]

 標題の疑問が寄せられた.実際には,助動詞 can の否定形としては標題の cannot のほか,can'tcan not の3種類がある.一般には1語であるかのように綴られる can'tcannot が圧倒的に多いが,分かち書きされた can not もあるにはある.ただし,後者が用いられるのは,形式的な文章か,あるいは強調・対照・修辞が意図されている場合のみである.
 まず,主に Fowler's を参照し,can'tcannot について現代英語での事実を確認しておこう.can't の発音は,イギリス英語で /kɑːnt/, アメリカ英語で /kænt/ となるが,特に子音の前ではしばしば語末の t が落ちて,/kɑːn/, /kæn/ のようになる.肯定形の can とは異なり,否定形では弱形は存在しない.一方,cannot は英米音でそれぞれ /ˈkæn ɒt/, /ˈkæn ɑːt/ となるが,実際には can't として発音される場合もある.
 can'tcannot の使い分けは特になく,いずれかを用いるかは個人の習慣によるところが大きいとされる.ただし,原則として cannot が使われるケースとして,「〜せざるを得ない」を意味する cannot but do や cannot help doing の構文がある.逆に,口語で「努力してはみたが〜することができないようだ」を意味する can't seem to do では,もっぱら can't が用いられる.
 歴史的には cannot のほうが古く,後期中英語から使用例がある(OED では a1425 が初出).can't も後期中英語で使われていた可能性は残るが,まともに出現してくるのは17世紀からのようだ.can't は Shakespeare でも使われていない.
 さて,標題の疑問に戻ろう.実際のところよく分からないのだが,1つ考えられそうなところを述べておく.can't は子音の前で t が落ちる傾向があると上述したが,とりわけ後続音が t, d, n のような歯茎音の場合には,その傾向が強いと推測される.すると,肯定形と否定形が同形となってしまい,アクセントによる弁別こそまだ利用可能かもしれないが,誤解を招きやすい.その点では,cannot の2音節発音は,少なくとも2音節目の母音の存在が否定形であることを保証しているために,有利である.また,完全形 can not とは形式的にも機能的にも区別されるべき省略形には違いないため,綴字上も省略形にふさわしく1語であるかのように書かれる,ということではないか.他の助動詞の否定形の音韻・形態とその歴史も比較してみる必要がありそうだ.

 ・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.

Referrer (Inside): [2019-05-22-1]

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2018-04-14 Sat

#3274. 話し言葉と書き言葉 (5) [media][writing][punctuation][prosody][linguistics][paralinguistics][link]

 話し言葉と書き言葉は言語の2大メディアだが,それぞれに特有の,情報を整序し意味を伝える形式的なデバイスが存在する.英語に関するものとして,Stubbs (117) がいくつか列挙しているので,Milroy and Milroy (117--18) 経由で示そう.

Speech (conversation): intonation, pitch, stress, rhythm, speed of utterance, pausing, silences, variation in loudness; other paralinguistic features, including aspiration, laughter, voice quality; timing, including simultaneous speech; co-occurrence with proxemic and kinesic signals; availability of physical context.

Writing (printed material): spacing between words; punctuation, including parentheses; typography, including style of typeface italicization, underlining, upper and lower case; capitalization to indicate sentence beginnings and propoer nouns; inverted commas, for instance to indicate that a term is being used critically (Chimpanzees' 'language' is. . . .); graphics, including lines, shapes, borders, diagrams, tables; abbreviations; logograms, for example, &; layout, including paragraphing, spacing, margination, pagination, footnotes, headings and sub-headings; permanence and therefore availability of the co-text.


 このようなデバイスのリストは,両メディアを比較対照して論じる際にたいへん有用である.本ブログでも,この種の比較対照は多くの記事で取り上げてきた話題なので,主たるものを参考のため,以下に示しておこう.

 ・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
 ・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
 ・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
 ・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
 ・ 「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1])
 ・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
 ・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
 ・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])

 ・ Milroy, Lesley and James Milroy. Authority in Language: Investigating Language Prescription and Standardisation. 4th ed. London and New York: Routledge, 2012.
 ・ Stubbs, M. Language and Literacy: The Sociolinguistics of Reading and Writing. London: Routledge & Kegan Paul, 1980.

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2018-01-29 Mon

#3199. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第2回「英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング」 [slide][spelling][spelling_pronunciation_gap][oe_text][standardisation][runic][alphabet][grapheme][grammatology][punctuation][hel_education][link][asacul]

 「#3139. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」のお知らせ」 ([2017-11-30-1]) でお知らせしたように,朝日カルチャーセンター新宿教室で,5回にわたる講座「スペリングでたどる英語の歴史」が始まっています.1月27日(土)に開かれた第2回「英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング」で用いたスライド資料を,こちらに上げておきます.
 今回は,アルファベットの系譜を確認しつつ,古英語がどのように表記され綴られいたかを紹介する内容でした.ポイントは以下の3点です.

 ・ 英語の書記はアルファベットの長い歴史の1支流としてある
 ・ 最古の英文はルーン文字で書かれていた
 ・ 発音とスペリングの間には当初から乖離がありつつも,後期古英語には緩い標準化が達成された

 以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.多くのページに,本ブログ内へのさらなるリンクが貼られていますので,リンク集として使えると思います.

   1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第2回 英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング
   2. 要点
   3. (1) アルファベットの起源と発達 (#423)
   4. アルファベットの系統図 (#1849)
   5. アルファベットが子音文字として始まったことの余波
   6. (2) 古英語のルーン文字
   7. 分かち書きの成立
   8. (3) 古英語のローマン・アルファベット使用の特徴
   9. Cædmon's Hymn を読む (#2898)
   10. 当初から存在した発音とスペリングの乖離
   11. 後期古英語の「標準化」
   12. 古英語スペリングの後世への影響
   13. まとめ
   14. 参考文献

Referrer (Inside): [2019-10-25-1]

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2018-01-21 Sun

#3191. period, semicolon, colon の効果の違い [punctuation]

 Crystal (220--21) が,標題の3つの句読点の使い分けを示すのに精妙な例を挙げている.以下の3つの違いがわかるだろうか.

(a) I looked around the room. Mike was winking. Jane was smiling.
(b) I looked around the room. Mike was winking; Jane was smiling.
(c) I looked around the room. Mike was winking: Jane was smiling.


 (a) では,Mike のウィンクと Jane のニッコリの間に特別な関係が積極的には認められない.2つの別々の出来事が継起している,ただそれだけという構図である.
 (b) では,Mike のウィンクと Jane のニッコリが1つのシーンとして同じ構図に納まっている.セミコロンにより,2つの出来事が何らかの関係をもって同時に起こっていることが含意される.
 (c) では,Mike のウィンクと Jane のニッコリの間に密接な関係があることが含意される.同じ構図に納まっているのみならず,おそらくは因果関係がある.つまり,Mike がウィンクしたから,Jane が微笑んだのだろう.

 それぞれの直後に新たな文脈を補うと,含意がわかりやすくなる.

(a) I looked around the room. Mike was winking. Jane was smiling. Graham was grinning widely. Everyone could see what had happened ...
(b) I looked around the room. Mike was winking; Jane was smiling. Graham, their next-door neighbour, was ignoring them, as he always did at parties. ...
(c) I looked around the room. Mike was winking: Jane was smiling. It was great to see that my plan to bring them together had worked.


 非常に微妙なニュアンスの差だが,句読法に精通したプロの書き手はこのような差を利用する.精読において注意しておくべき「ポイント」(←文字通り)である.

 ・ Crystal, David. Making a Point: The Pernickety Story of English Punctuation. London: Profile Books, 2015.

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2017-08-28 Mon

#3045. punctuation の機能の多様性 [punctuation][writing]

 「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1]) で,Crystal の英語百科事典から句読法 (punctuation) の4つの機能を紹介した.同じ Crystal が,句読法を徹底的に論じた著書 Making a Point の最後に近いところで,別の切り口から句読法の機能の多様性を力説している.

For a long time, . . . people thought there were only two functions to punctuation: a guide to pronunciation and a guide to grammar. There are far more . . . . There is a ludic function, seen in poetry, informal letters, and many online settings where people are playing with punctuation. There is a psycholinguistic function, facilitating easy processing by writer and reader. There is a sociolinguistic function, contributing to rapport between users. There is a stylistic function, providing genres with some of their orthographic identity. (346)


 句読点の働きは,発音や文法のガイド以外にもあるという.例えば,遊びとしての句読点がある.携帯メールなどで用いられる「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1]) の一部にみられるような,ジョークとしての句読点使用などがこれに当たるだろう.
 心理言語学的な機能としては,例えば節と節を分ける際に,ルールとしては必ずしもカンマを挿入する必要がない場合でも,長さによっては読み手の解析のしやすさに配慮してカンマを挿入するほうがよいケースがあるだろう.
 社会言語学的な機能,あるいは社会語用論的な機能といってもよいかもしれないが,例えば携帯メールなどで感情を表わす smileys を文末に添えることによって,相手との関係調整を行なうようなケースがある.
 文体的な機能とは,例えば携帯メールのテキストに特有の句読法を用いることにより,それが携帯メールのテキストというジャンルに属することを標示するというようなケースを指す.
 考えてみれば,これらは句読法の機能であるばかりか,およそ綴字の機能でもあるといってよい.句読法,綴字,文字などの書き言葉の要素は,それぞれ実に多種多様な機能を果たしているのである.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
 ・ Crystal, David. Making a Point: The Pernickety Story of English Punctuation. London: Profile Books, 2015.

Referrer (Inside): [2019-12-24-1]

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2017-08-27 Sun

#3044. 古英語の中点による分かち書き [punctuation][writing][manuscript][oe][distinctiones]

 英語の分かち書きについて,以下の記事で話題にしてきた.「#1112. 分かち書き (1)」 ([2012-05-13-1]),「#1113. 分かち書き (2)」 ([2012-05-14-1]),「#2695. 中世英語における分かち書きの空白の量」 ([2016-09-12-1]),「#2696. 分かち書き,黙読習慣,キリスト教のテキスト解釈へのこだわり」 ([2016-09-13-1]),「#2970. 分かち書きの発生と続け書きの復活」 ([2017-06-14-1]),「#2971. 分かち書きは句読法全体の発達を促したか?」 ([2017-06-15-1]) .
 現代的な語と語の分かち書きは,古英語ではまだ完全には発達していなかったが,語の分割する方法は確かに模索されていた.しかし,ある方法をとるにしても,その使い方はたいてい一貫しておらず,いかにも発展途上という段階にみえるのである.1例として,空白とともに中点 <・> を用いている Bede の Historia Ecclesiastica, III, Bodleian Library, Tanner MS 10, 54r. より冒頭の4行を再現しよう(Crystal 19).

Bede,

ÞA・ǷÆS・GE・WORDENYMB

syx hund ƿyntra・7feower7syxtig æft(er) drihtnes
menniscnesse・eclipsis solis・þæt is sunnan・aspru
ngennis・

then was happened about
six hundred winters・and sixty-four after the lord's
incarnation・(in Latin) eclipse of the sun・that is sun eclipse


 まず,空白と中点の2種類の分かち書きが,一見するところ機能の差を示すことなく併用されているという点が目を引く.また,現代の感覚としては,分割すべきところに分割がなく(7 [= "and"] の周辺),逆に分割すべきでないところに分割がある(題名の GE・WORDENYMB にみられる接頭辞と語幹の間)という点も興味深い.
 空白で分かち書きする場合,手書きの場合には語と語の間にどのくらいの空白を挿入するかという問題があり,狭すぎると分割機能が脅かされる可能性があるが,中点は(前後の文字のストロークと融合しない限り)狭い隙間でも打てるといえば打てるので,有用性はあるように思われる.
 中点は,英語に限らず古代の書記にしばしば見られたし,自然な句読法の1つといってよいだろう.現代日本語でも,中点は特殊な用法をもって活躍している.

 ・ Crystal, David. Making a Point: The Pernickety Story of English Punctuation. London: Profile Books, 2015.

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2017-08-24 Thu

#3041. 近現代における semicolon の盛衰 [punctuation][statistics]

 昨日の記事「#3040. 古英語から中英語にかけて用いられた「休止」を表わす句読記号」 ([2017-08-23-1]) に引き続き,句読記号 (punctuation) の話題.<;> (semicolon) は,「#2666. 初期近代英語の不安定な句読法」 ([2016-08-14-1]) で触れたように,16世紀後半になってようやく用いられるようになった新参者である.その後,句読記号を多用する "heavy style" 好みの18世紀にはおおいに活躍したが,現代にかけて衰退してきている.近現代にほける semicolon の盛衰に関して,Crystal (207) の文章が興味深い.

It's often been reported that the semicolon is going out of fashion, and the evidence (from the study of large collections of written material) does support a steady drop in frequency during the twentieth century. (They're much more common in British English than American English.) A typical finding is to see that 90 per cent of all punctuation marks are either periods or commas, and semicolons are just a couple of percent. The figure was much higher once. The semicolon had its peak in the eighteenth century, when long sentences were thought to be a feature of an elegant style, heavy punctuation was in vogue, and punctuation was becoming increasingly grammatical. The rot set in during the nineteenth century, when the colon became popular, and took over some of the semicolon's functions. The economics of the telegraph (the shorter the message, the cheaper) fostered short sentences. And today it has virtually disappeared from styles where sentences tend to be short, such as on the Internet.


 最近の日本でも,Twitter などの影響で,単純な思考を短文で書くことしかできず,まとまった思考を長文で書くことができない人が増えているというコメントが聞かれるが,それと連動して文章を書くスタイルや用いられる句読記号の種類や頻度も変化するというのは確かにありそうである.semicolon という,ある意味で中途半端な句読記号の盛衰を追うことによって,むしろ各々の時代の文章スタイルの特徴が浮き彫りになるというのはおもしろい.今後,semicolon は限定されたテキストタイプでしかお目にかからないレアな句読記号になっていく可能性もありそうだ.

 ・ Crystal, David. Making a Point: The Pernickety Story of English Punctuation. London: Profile Books, 2015.

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