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kenning - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-06-19 06:45

2017-09-30 Sat

#3078. kenning と枕詞 [kenning][japanese][literature]

 古英語の修辞技法である kenning について,「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]),「#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語」 ([2016-08-25-1]),「#2678. Beowulf から kenning の例を追加」 ([2016-08-26-1]) などでみてきた.今回は,福原 (70) が古英語の kenning と日本語の枕詞とを比較している文章を見つけたので,引用したい.ここでは,「海」を表わすのに whale-road (鯨の道)という隠喩的複合語をもってする例を念頭においている.

此處に whale-road といふ言葉でありますが,吾々の國には枕詞といふものがあつて,例へば「あしびきの山鳥」「たらちねの父母」といふ様に申します.丁度此の枕詞が之に似て居ります.「たらちねの父母」といふ言葉の代りに,お終ひには「たらちね」だけですませ,枕詞の中に父母という意味がある様になつて來ました.それから「いさなとり」,是は海の枕言葉でありますが,「いさな」とは鯨のことらしい,whale-road と「いさなとり」といふ枕詞と大變似て居ります.吾々の國の文學でさういふ枕詞を使つた時代は平安朝で一應お終ひになりました.平安朝といふ非常に爛熟した時代でお終ひになりましたが,文化の爛熟といふことと修飾した言葉を無暗に使つて喜ぶことと関係があるのではないかと思ひます.でセルマの歌なんか頗る感情的な,形容詞的な歌でありますが,實質的なことをいはないで無暗に形容詞でもつて人の心を掻き立てる様な演説がある時代が現はれると,其の國はそろそろお終ひだと思つて良いかも知れない.文學に使はれる言葉とその國の文化との關係といふものは一つの注意すべき問題であると思ふのであります.


 福原は,kenning と枕言葉の語形成や用法が似ているという点を指摘するのみならず,そのような形容詞的,修飾的な言葉遣いは文化の爛熟期に見られることが多いと述べている.爛熟期ということは,次には退廃期が待っているということを示唆しており,つまり件の語法の存在は,それをもつ文化の「お終ひ」を暗示しているのだ,という評価だ.何だかものすごい議論である.
 なお,引用中の「セルマの歌」は,ケルト民族の歌の時代を思い起こさせるスコットランドの古詞である.

 ・ 福原 麟太郎 『英文学入門』 河出書房,1951年.

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2016-08-26 Fri

#2678. Beowulf から kenning の例を追加 [kenning][oe][compounding][metonymy][metaphor]

 昨日の記事「#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語」 ([2016-08-25-1]) で,古英詩の文体的技巧としての kenning に触れた.kenning の具体例は「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) で挙げたが,今回は Beowulf と少なくとももう1つの詩に現われる kenning の例をいくつか追加したい (Baker 136) .伏せ字をクリックすると意味が現われる.

kenningliteral sensemeaning
bāncofa, masc."bone-chamber"body
bānfæt, neut."bone-container"body
bānhūs, neut."bone-house"body
bānloca, neut."locked bone-enclosure"body
brēosthord, neut."breast-hoard"feeling, thought, character
frumgār, masc."first spear"chieftain
hronrād, fem."whale-road"sea
merestrǣt, fem."sea-street"the way over the sea
nihthelm, masc."night-helmet"cover of night
sāwoldrēor, masc. or neut."soul-blood"life-blood
sundwudu, masc."sea-wood"ship
wordhord, neut."word-hoard"capacity for speech


 これらの kenning は現代人にとって新鮮でロマンチックに響くが,古英語ではすでに慣用表現として定着していたものもある.しかし,詩人が独自の kenning を自由に作り出し,用いることができたことも事実であり,Beowulf 詩人も確かに独創的な表現を生み出してきたのである.
 なお,kenning には,メタファー (metaphor) が関与するものと,メトニミー (metonymy) が関与するものがある.例えば,bāncofa ほか bān- の複合語はメタファーであり,sundwudu はメトニミーの例である.また,hronrād ではメタファーとメトニミーの両方が関与しており,意味論的には複雑な kenning の例といえるだろう (cf. 「#472. kenning」 ([2010-08-12-1])) .

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

Referrer (Inside): [2017-09-30-1]

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2016-08-25 Thu

#2677. Beowulf にみられる「王」を表わす数々の類義語 [synonym][oe][lexicology][compounding][kenning][beowulf][metonymy]

 古英語は複合 (compounding) による語形成が非常に得意な言語だった.これは「#1148. 古英語の豊かな語形成力」 ([2012-06-18-1]) でも確認済みだが,複合語はとりわけ韻文において最大限に活用された.実際 Beowulf に代表される古英詩においては「王」「勇士」「戦い」「海」などの頻出する概念に対して,様々な類義語 (synonym) が用いられた.これは,単調さを避けるためでもあったし,昨日の記事「#2676. 古英詩の頭韻」 ([2016-08-24-1]) で取り上げた頭韻の規則に沿うために種々の表現が必要だったからでもあった.
 以下,Baker (137) より,Beowulf (及びその他の詩)に現われる「王,主君」を表わす類義語を列挙しよう(複合語が多いが,単形態素の語も含まれている).

bēagġyfa, masc. ring-giver.
bealdor, masc. lord.
brego, masc. lord.
folcāgend, masc. possessor of the people.
folccyning, masc. king of the people.
folctoga, masc. leader of the people.
frēa, masc. lord.
frēadrihten, masc. lord-lord.
frumgār, masc. first spear.
godlgġyfa, masc. gold-giver.
goldwine, masc. gold-friend.
gūðcyning, masc. war-king.
herewīsa, masc. leader of an army.
hildfruma, masc. battle-first.
hlēo, masc. cover, shelter.
lēodfruma, masc. first of a people.
lēodġebyrġea, masc. protector of a people.
mondryhten, masc. lord of men.
rǣswa, masc. counsellor.
siġedryhten, masc. lord of victory.
sincġifa, masc. treasure giver.
sinfrēa, masc. great lord.
þenġel, masc. prince.
þēodcyning, masc. people-king.
þēoden, masc. chief, lord.
wilġeofa, masc. joy-giver.
wine, masc. friend.
winedryhten, masc. friend-lord.
wīsa, masc. guide.
woroldcyning, masc. worldly king.


 ここには詩にしか現われない複合語も多く含まれており,詩的複合語 (poetic compound) と呼ばれている.第1要素が第2要素を修飾する folccyning (people-king) のような例もあれば,両要素がほぼ同義で冗長な frēadrihten (lord-lord) のような例もある.さらに,メトニミーを用いた謎かけ・言葉遊び風の bēagġyfa (ring-giver) もある.最後に挙げた類いの比喩的複合語は kenning と呼ばれ,古英詩における大きな特徴となっている(「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) を参照).

 ・ Baker, Peter S. Introduction to Old English. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

Referrer (Inside): [2017-09-30-1] [2016-08-26-1]

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2012-06-18 Mon

#1148. 古英語の豊かな語形成力 [oe][lexicology][derivation][compound][compounding][word_formation][productivity][kenning]

 古英語の語形成 (word formation) が,派生 (derivation) や複合 (compounding) により,著しく豊かであることは,古英語の文法書や英語史の概説書を通じてよく知られている.Baugh and Cable (64--65) では,印象的な例として,古英語 mōd "mood, heart, mind, spirit; boldness, courage, pride, haughtiness" という1つの語根から,100以上の語が形成されるという事実が紹介されている.100個とまではいかないが,そこで挙げられている語を,意味とともに列挙してみよう.

 ・ mōdig "spirited, bold, high-minded, arrogant, stiff-necked"
 ・ mōdiglic "magnanimous"
 ・ mōdiglīce "boldly; proudly"
 ・ mōdignes "magnanimity; pride"
 ・ mōdigian "to bear oneself proudly or exultantly; to be indignant, to rage"
 ・ gemōdod "disposed; minded"
 ・ mōdfull "haughty"
 ・ mōdlēas "spiritless"

 ・ mōdsefa "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgeþanc "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgeþoht "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgehygd "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgemynd "mind, thought, understanding"
 ・ mōdhord "mind, thought, understanding"

 ・ mōdcræft "intelligence"
 ・ mōdcræftig "intelligent"

 ・ glædmōdnes "kindness"
 ・ mōdlufu "affection"
 ・ unmōd "despondency"
 ・ mōdcaru "sorrow"
 ・ mōdlēast "want of courage"
 ・ mādmōd "folly"
 ・ ofermōd "pride"
 ・ ofermōdigung "pride"
 ・ ofermōdig "proud"
 ・ hēahmōd "proud; noble"
 ・ mōdhete "hate"

 ・ micelmōd "magnanimous"
 ・ swīþmōd "great of soul"
 ・ stīþmōd "resolute; obstinate"
 ・ gūþmōd "warlike"
 ・ torhtmōd "glorious"
 ・ mōdlēof "beloved"

 Hall の古英語辞書(第2版)で mōdig 周辺をのぞくと,ほかにも関連語のあることがわかる.

MOD in Hall's Dictionary

 確かに古英語の語形成の "resourcefulness" には驚く.複合に関しては,その延長線上に kenning という文飾的技巧のあることを指摘しておこう.
 ただし,この "resourcefulness" が古英語の共時的な生産性を表わすものかどうかという点については熟慮を要する.[2011-05-28-1]の記事「#761. 古英語の derivation は死んでいたか」で考察したように,この "resourcefulness" は,古英語以前からの通時的な派生・複合の結果が累々と蓄積され,豊かな語彙ネットワークとして古英語に共時的に現われているということではないか.synchronic productivity と diachronic productivity とを分けて考える必要があるのではないか.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Hall, John Richard Clark, ed. A Concise Anglo-Saxon Dictionary. 2nd ed. New York: Macmillan, 1916.

Referrer (Inside): [2016-08-25-1]

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2010-08-12 Thu

#472. kenning [kenning][oe][compound][compounding][old_norse]

 古英語の詩には kenning 「ケニング」と呼ばれる隠喩的な婉曲表現がある.その多くが2つの要素からなる複合語 ( compound ) で,奇抜かつ豊かな発想に基づいた要素の組み合わせにより詩的表現を作り出す.hwælweg "whale's way" 「鯨の道」と表現して比喩的に「海」を指し示す例を取り上げよう.この場合,複合語の主要部「道」と指示対象「海」とは慣習的に連想が働かないが,限定部「鯨」と「海」とは慣習的に結びついている.この限定部「鯨」を介して主要部「道」と指示対象「海」とが初めて間接的に結びつけられるという意味で,比喩的あるいは婉曲的な表現と言えるのである.このように意味論的に厳密に kenning を定義すると,kenning と呼べる表現は古英詩でもかなり限られてくる.しかし,広い意味で隠喩的な婉曲表現ととらえるのであれば,それなりの種類が確認されている.
 例題として,次の kenning の指示対象が何かを答えてみてもらいたい.(伏せ字部分をクリックすると答えが現れる.)

kenningliteral sensemeaning
beaduleama"battle-light"sword
famigheals flota"foamy-necked floater"ship
feorhhus"soul-house"body
goldgiefa"gold-giver"prince, lord
hēafodgimm"head-gem"eye
merehengest"sea-horse"ship
sǣwudu"sea-wood"ship
swanrād"swan-road"sea
sweordplega"swordplay"fighting
wælstōwe"place of slaughter"battlefield
woruldcandel"world-candle"sun


 古英語以外では古ノルド語の神話 Edda などで盛んに用いられていることが知られている.古ノルド語での kenning の種類は古英語と比較してもはるかに豊富であり,実際に "kenning" という用語は古ノルド語の「知らせること;シンボル」を意味する語に由来する.しかし,初期の古ノルド語詩には kenning の例がないことから,ゲルマン語の kenning は古英語をもってその嚆矢とするのが適切だろう.
 一般に,kenning は古代ゲルマン詩の特徴であると信じられている.確かにゲルマン語は複合 ( composition ) によって造語するのが得意であり,kenning のような表現が発生する基盤はあったと考えられるかもしれない.しかし,kenning は実際には古代ゲルマン詩に特有のものではなく,究極的にはビザンティンに遡りうる伝統をもつらしい.また,kenning の対象となる概念は限られており,古英詩においてはその頻度も低いことから,実力よりも知名度のほうが高い古英詩の表現法といってよいだろう.

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