先日,五所万実さん(目白大学)に,同大学で開講されている社会言語学入門の授業にお招きいただきました.ありがとうございます! 事前に受講学生の皆さんより質問を募るなどの準備を整えた上で,授業本番で千本ノック (senbonknock) を敢行しました.五所さんと2人でのライヴのような千本ノックとなりましたが,数々の良問が飛び出し,80分ほどのエキサイティングなセッションとなりました.
この授業の一部始終を Voicy heldio で収録しました.全体を前半と後半に分け,各々を配信しました.以下に各質問および対応するチャプター分秒を示します.
【前半(約48分) 「#1284. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック at 目白大学 --- Part 1」】
(1) Chapter 2, 03:55 --- 発音上のアクセントが苦手なのですが,何かコツはありますか? (言語におけるアクセントの存在意義は?)
(2) Chapter 3, 04:58 --- なぜ日本語には「私」「僕」「俺」など1人称に多くの言い方があるのですか?
(3) Chapter 4, 00:03 --- 日本語にあるような役割語は英語には存在するのですか? (「周辺部」の話題へ)
(4) Chapter 4, 04:40 --- なぜ you には「あなた」と「あなた方」の両方の意味があるのですか?
(5) Chapter 5, 02:57 --- なぜ3単現の -s をつけるのですか?
(6) Chapter 5, 01:26 --- 違う語族なのに似ている言語はありますか? (言語と方言の区別,世界の言語の数の問題へ)
【後半(約35分) 「#1287. 目白大学で千本ノック with 五所先生 (2)」】
(7) Chapter 2, 00:05 --- 人類で初めて2つの言語を習得した人間は誰ですか?
(8) Chapter 2, 02:57 --- 世界の共通語を作ることは実現可能ですか?
(9) Chapter 3, 03:35 --- 最初に英語が日本に入ってきたとき,どのように翻訳できたのですか?
(10) Chapter 3, 02:51 --- 和製英語のようなものは他言語にもあるのですか?
(11) Chapter 4, 00:46 --- 日本語のバイト敬語のようなものは英語にもありますか?
(12) Chapter 5, 00:00 --- なぜ英語には say, speak, tell など「言う」を意味する単語が多いのですか?
授業というよりも,五所さんとの heldio 生配信イベントとなりました.ありがとうございました.
*
白水社の月刊誌『ふらんす』にて連載記事「英語史で眺めるフランス語」を書いています.先日23日に『ふらんす』9月号が刊行されました.連載の第6回が掲載されています.
今回の記事のタイトルは「フランス語慣れしてきた英語」です.過去数回の記事では,英語がフランス借用語を大量かつ広範に受け入れてきた経緯を紹介してきました.この衝撃を通じ,やがてフランス語慣れした英語は自らの語彙体系を大きく変容させるに至りました.今回は以下の4つの小見出しのもとに記事を執筆しています.
1. 英仏単語の「2項イディオム」
中英語期には,英語本来語とフランス借用語を並べる「2項イディオム」が多く見られました.これにはフランス語を英語に導入しやすくする役割がありましたし,表現を豊かにしリズム感を出す効果もありました.
2. 英語語彙の「2重構造」
英語本来語とフランス借用語が共存する場合,多くは微妙に異なる意味や用法を発達させています.一般に,英語本来語は純朴な響きを,フランス借用語は威厳ある響きを伴う傾向があります.
3. 「動物」と「肉」
英語では動物とその肉を表す単語が異なりますが,これはノルマン征服後の階級社会を反映しています.下層階級の英語話者が動物を育て,上層階級のフランス語話者がその肉を食べるという構図が,きれいに語彙に反映されているのです.
4. 「英製仏語」
英語がフランス語を取り入れる過程で,フランス語風の要素を使って独自に作り出した単語があります.「和製英語」ならぬ「英製仏語」です.
ぜひ『ふらんす』9月号を手に取って,数々の具体例をご確認ください.また,過去5回の連載記事も hellog で紹介してきましたので,以下よりご参照ください.
・ 「#5449. 月刊『ふらんす』で英語史連載が始まりました」 ([2024-03-28-1])
・ 「#5477. なぜ仏英語には似ている単語があるの? --- 月刊『ふらんす』の連載記事第2弾」 ([2024-04-25-1])
・ 「#5509. 英語に借用された最初期の仏単語 --- 月刊『ふらんす』の連載記事第3弾」 ([2024-05-27-1])
・ 「#5538. フランス借用語の大流入 --- 月刊『ふらんす』の連載記事第4弾」 ([2024-06-25-1])
・ 「#5566. 中英語期のフランス借用語が英語語彙に与えた衝撃 --- 月刊『ふらんす』の連載記事第5弾」 ([2024-07-23-1])
・ 堀田 隆一 「英語史で眺めるフランス語 第6回 フランス語慣れしてきた英語」『ふらんす』2024年9月号,白水社,2024年8月23日.52--53頁.
seduce (誘惑する)の語源はラテン語の動詞 sēdūcere に遡る.接頭辞 sē- は "away; without" ほどを意味し,基体の dūcere は "to lead" の意味である.合わせて「外へ導く」となり,「悪の道に導く;罪に導く;そそのかす;誘惑する」などの語義を発達させた.
現代英語では「(性的に)誘惑する」の語義が基本だが,15世紀に初めて英語に入ってきたときには「自らの義務を放棄するように説得する」という道徳的な語義が基本だった.OED によると,初出は Caxton からの次の文である.
1477 Zethephius seduysed [French seduisoit] the peple ayenst him by tyrannye al euydente. (W. Caxton, translation of R. Le Fèvre, History of Jason (1913) 104)
この初出での語形は seduysed となっており,当時のフランス語の seduisoit に引きつけられた綴字となっている.
しかし,以下に挙げるもう1つの最初期の例文では,同じ Caxton からではあるが,語形は seduce となっている.
a1492 He [sc. the deuyll] procureth to a persone that he haue all the eases of his bodye, and may not begyle and seduce [Fr. seduire] hym by delectacyons and worldly pleasaunces. (W. Caxton, translation of Vitas Patrum (1495) ii. f. cclv/1
これ以降の例文ではすべて現代的な seduce が用いられている.つまり最初例のみフランス語形を取り,それ以後はすべてラテン語形をとっていることになる.
英語に借用されてきたのが,中英語期の最末期,あるいは初期近代英語期への入り口に当たる時期であることを考えると,英単語としての seduce の綴字は,ラテン語形を参照した語源的綴字 (etymological_respelling) の1例と見ることもできるかもしれない.当初はフランス語形を模していたものが,後からモデルをラテン語形に乗り換えた,という見方だ.あるいは,すでに英語に借用されていた adduce, conduce, deduce, educe, introduce, produce, reduce, subduce などの -duce 語からの類推作用が働いたのかもしれない.その場合には,英語内部で作り出された英製羅語の1例とみなせないこともない.
フランス語風 seduyse からラテン語風 seduce への乗り換えはあくまで小さな変化にすぎないが,英語史的には深掘りすべき側面が多々ある.
昨日18:00に YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第23弾が公開されました.タイトルは「カタカナ語を利用して日本人の英語力+情報収集力を上げる!!【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 23 】」です.
ちなみに,先週の水曜日に公開された1つ前の第22弾は「ニッポンのカタカナ語を英語史から斬る!【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 22 】」でした.2回かけて「カタカナ語」についておしゃべりしてきたわけです.ぜひ2つ合わせてご覧ください.
本ブログでもカタカナ語について様々に取り上げてきました.こちらの記事セットをご覧いただければと思います.
第22弾で話題にした「和製英語」ならぬ「英製羅語」や「英製仏語」についても,本ブログで議論してきました.こちらについては「和製英語を含む○製△語」の記事セットをどうぞ.
井上逸兵氏も様々な媒体で「カタカナ語」の議論を展開しています.最近のものとしては以下がおもしろいです.
・ 2021年11月20日,ABEMA Prime での:【横文字】「カタカナ語の輸入は止められない」「日本語で表せない表現も」意識高い系うざい?共有言語でアグリー?賛成派と反対派が議論
・ 2022年4月21日,SBSラジオ「IPPO」での:コンプライアンス?アジェンダ?今さら聞けない!カタカナ語
本ブログでは和製英語 (waseieigo) について様々な角度から論じてきた.世界中で英語が第2言語として用いられ,英語要素が各言語に取り込まれている状況下で,和製英語のほかに「○製英語」なるものが観察されたとしても不思議はない.実際,ざっと4世紀にわたって英語と付きあってきたインドで用いられるインド英語 (Indian English) をのぞいてみると「印製英語」というべき表現を多く見つけることができる.Sharma (2087) より,いくつか挙げてみよう.
まず,インドの土着言語の表現を英語要素に移し替えた,翻訳借用 (loan_translation) やなぞり (calquing) による印製英語がある.結っていない髪の毛を指して open hair と呼んだり,「じっと監視・監督する」の意味で to stand on someone's hand という句を用いたりするケースだ.
もととなる表現が土着言語になく,純粋に英語要素を用いて造語したものもある.eve-teasing (セクハラ),prepone (早める,繰り上げる),revert back (メッセージに返信する)などは,いかにも英語らしくみえるが,少なくとも英米標準英語では用いられない.prepone などは傑作というべきで,標準英語の postpone (延期する,繰り下げる)をモデルとして反意の接頭辞で置き換えた語である.標準英語ではなぜ用いられないのだろうかと逆に不思議に思ってしまうほど,形態的にも意味的にも分かりやすい.
インド英語に限らず ESL (English as a Second Language) においては,多かれ少なかれこの種の「○製英語」というべき表現はありふれているに違いない.また,本ブログで繰り返し取り上げてきたように,英語史においても「英製羅語」「英製希語」「英製仏語」の表現が普通に生み出され,使用されてきた(cf. 「#4101. 「和製英語を含む○製△語」の記事セット」 ([2020-07-19-1])).古今東西,言語接触があるところでは「○製△語」の現象は日常茶飯だったのではないか.
なお,「○製英語」を表わす英語の用語は特に存在しない.試しに作ってみると "indigenised English expressions" といったところだろうか.和製英語なら "indigenised English expressions in Japan(ese)",印製英語なら "indiginised English expressions in India(n English)" 辺りはいかがだろう.
・ Sharma, Devyani. "Second-Language Varieties: English in India." Chapter 132 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2077--91.
「#4145. 借用語要素どうしによる混種語」 ([2020-09-01-1]) で,混種語 (hybrid) の1タイプについてみた.このタイプに限らず混種語は一般に語形成が文字通り混種なため,「不純」な語であるとのレッテルを貼られやすい.とはいっても,フランス語・ラテン語要素と英語要素が結合した古くから存在するタイプ (ex. bemuse, besiege, genuineness, nobleness, readable, breakage, fishery, disbelieve) は十分に英語語彙に同化しているため,非難を受けにくい.
不純視されやすいのは,19,20世紀に形成された現代的な混種語である.たとえば amoral, automation, bi-weekly, bureaucracy, coastal, coloration, dandiacal, flotation, funniment, gullible, impedance, pacifist, speedometer などが,言語純粋主義者によって槍玉に挙げられることがある.この種の語形成はとりわけ20世紀に拡大し,genocide, hydrofoil, hypermarket, megastar, microwave, photo-journalism, Rototiller, Strip-a-gram, volcanology など枚挙にいとまがない (McArthur 490) .
Fowler の hybrid formations の項 (369) では,槍玉に挙げられることの多い混種語がいくつか列挙されているが,その後に続く議論の調子ははすこぶる寛容であり,なかなか読ませる評論となっている.
If such words had been submitted for approval to an absolute monarch of etymology, some perhaps would not have been admitted to the language. But our language is governed not by an absolute monarch, nor by an academy, far less by a European Court of Human Rights, but by a stern reception committee, the users of the language themselves. Homogeneity of language origin comes low in their ranking of priorities; euphony, analogy, a sense of appropriateness, an instinctive belief that a word will settle in if there is a need for it and will disappear if there is not---these are the factors that operate when hybrids (like any other new words) are brought into the language. If the coupling of mixed-language elements seems too gross, some standard speakers write (now fax) severe letters to the newspapers. Attitudes are struck. This is all as it should be in a democratic country. But amoral, bureaucracy, and the other mixed-blood formations persist, and the language has suffered only invisible dents.
なお,混種語は,借用要素を「節操もなく」組み合わせるという点では「和製英語」 (waseieigo) を始めとする「○製△語」に近いと考えられる.不純視される語形成の代表格である点でも,両者は似ている.そして,比較的長い言語接触の歴史をもつ言語においては,極めて自然で普通な語形成である点でも,やはり両者は似ていると思う.最後の点については「#3858. 「和製○語」も「英製△語」も言語として普通の現象」 ([2019-11-19-1]) を参照.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: Oxford University Press, 1992.
・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.
「#4145. 借用語要素どうしによる混種語」 ([2020-09-01-1]) で,混種語 (hybrid) の1タイプについてみた.このタイプに限らず混種語は一般に語形成が文字通り混種なため,「不純」な語であるとのレッテルを貼られやすい.とはいっても,フランス語・ラテン語要素と英語要素が結合した古くから存在するタイプ (ex. bemuse, besiege, genuineness, nobleness, readable, breakage, fishery, disbelieve) は十分に英語語彙に同化しているため,非難を受けにくい.
不純視されやすいのは,19,20世紀に形成された現代的な混種語である.たとえば amoral, automation, bi-weekly, bureaucracy, coastal, coloration, dandiacal, flotation, funniment, gullible, impedance, pacifist, speedometer などが,言語純粋主義者によって槍玉に挙げられることがある.この種の語形成はとりわけ20世紀に拡大し,genocide, hydrofoil, hypermarket, megastar, microwave, photo-journalism, Rototiller, Strip-a-gram, volcanology など枚挙にいとまがない (McArthur 490) .
Fowler の hybrid formations の項 (369) では,槍玉に挙げられることの多い混種語がいくつか列挙されているが,その後に続く議論の調子ははすこぶる寛容であり,なかなか読ませる評論となっている.
If such words had been submitted for approval to an absolute monarch of etymology, some perhaps would not have been admitted to the language. But our language is governed not by an absolute monarch, nor by an academy, far less by a European Court of Human Rights, but by a stern reception committee, the users of the language themselves. Homogeneity of language origin comes low in their ranking of priorities; euphony, analogy, a sense of appropriateness, an instinctive belief that a word will settle in if there is a need for it and will disappear if there is not---these are the factors that operate when hybrids (like any other new words) are brought into the language. If the coupling of mixed-language elements seems too gross, some standard speakers write (now fax) severe letters to the newspapers. Attitudes are struck. This is all as it should be in a democratic country. But amoral, bureaucracy, and the other mixed-blood formations persist, and the language has suffered only invisible dents.
なお,混種語は,借用要素を「節操もなく」組み合わせるという点では「和製英語」 (waseieigo) を始めとする「○製△語」に近いと考えられる.不純視される語形成の代表格である点でも,両者は似ている.そして,比較的長い言語接触の歴史をもつ言語においては,極めて自然で普通な語形成である点でも,やはり両者は似ていると思う.最後の点については「#3858. 「和製○語」も「英製△語」も言語として普通の現象」 ([2019-11-19-1]) を参照.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: Oxford University Press, 1992.
・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.
語源の異なる要素が組み合わさって形成された複合語や派生語などは混種語 (hybrid) と呼ばれる.その代表例として英語については「#96. 英語とフランス語の素材を活かした混種語 (hybrid)」 ([2009-08-01-1]) で,日本語については「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]) などで挙げてきた.他言語との接触の歴史が濃く長いと,単なる語の借用に飽き足りず,借用要素を用いて自由に造語する慣習が発達するというのは自然である.和製英語を含めた「○製△語」もしかり,今回話題の「混種語」もしかりだ.
混種語を話題にするときには,およそ借用要素と本来要素の組み合わせの例を考えることが多い.例えば,commonly や murderous では赤字斜体部分がフランス語要素,それ以外が英語本来語要素である.日本語の「を(男)餓鬼」においては「餓鬼」が漢語要素,「を」が日本語本来語要素である.
しかし,様々な言語からの借用を繰り返してきた言語にあっては,言語Aからの借用語要素と言語Bからの借用語要素が組み合わさった混種語,つまり本来語要素が含まれないタイプの混種語というのもあり得る.英単語でいえば,television はギリシア語要素の tele- とラテン語要素の vision が組み合わさった,本来語要素が含まれないタイプの混種語である.いずれの要素も借用語要素には違いなく,語源学者でない限りソース言語の違いなど通常は識別できないという事情もあるからだろうか,このタイプの混種語は相対的に注目度が低いように思われる.しかし,このタイプは実際には英語語彙のなかに相当数あるのではないか.ギリシア語やラテン語に由来する連結形 (combining_form)を用いた学術用語や専門用語の例がとりわけ多そうで,これが認知度を低めている要因かもしれない.
そんなことを思ったのは,先日,大学院生が -philia (?愛好症)と -phobia (?恐怖症)というギリシア語に由来する連結形を含む英単語を集め,前置されている第1要素の語種を調べて報告してくれたからだ.いずれの場合も,第1要素の大半は予想されるとおりギリシア語要素だったが,1/3ほどがラテン語要素だったという.「ラテン語要素+ギリシア語要素」となる例をいくつか挙げれば,Anglophilia (イングランド贔屓),canophilia (犬好き),claustrophobia (閉所恐怖症),verbophobia (単語恐怖症)などである.見過ごされやすいタイプの混種語に光が当てられ,とても勉強になった.
なお,『新英語学辞典』 (313) に,このタイプの混種語について次のように記述があったが,やはり扱いは素っ気なく,この程度にとどまっていた.
混種語は本来語と外来語の結合のみとは限らない.外来の語基・接辞についてもみられる: hypercorrect (= overly correct; Gk + L), visualize (< LL visuālis + Gk -ize) .
・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
戦争,飢餓,疫病など苦難の時代には,言語も荒波に揉まれてきた.目下のコロナ禍では言語の何が変わるのだろうか.すでにいくつか候補が挙げられるようにも思う.
たとえば,英語でいえば,「#4105. 銅像破壊・撤去,新PC,博物館」 ([2020-07-23-1]) でみたように,BLM運動との関連で人種差別を喚起させる特定の語句や表現が槍玉にあげられたり,自主的に置換されるという事態が生じている.これは厳密にいえばコロナ禍の直接的な影響によるものではないが,既存の社会問題がコロナ下の不安と憤懣のなかで増幅して爆発した結果とみなすならば,間接的には関与しているといえる.
日本語では,様々なコロナ関連表現が,きわめて短期間のうちに生まれ定着してきたことは,肌身に感じられるだろう.7月25日(土)の読売新聞朝刊の特別面(11面)に「コロナ時代の言葉たち」と題する特集が掲載されていた.出現順に挙げるとおもしろそうだが,順番は意識せずに一覧を掲げてみる.
3密,8割削減,10万円給付,Go To トラベル,PCR,Skype,WHO,Zoom,あつ森,アクリル板,アビガン,アベノマスク,アマビエ・アマビコ,ウーバーイーツ,ウィズコロナ,ウェブ面接,エクモ,エッセンシャルワーカー,オーバーシュート,オンライン授業,クラスター,クルーズ船,コロナ (COVID-18),ステイホーム,スペイン風邪,チャーター便,テレワーク,ドライブスルー,ニューノーマル,パンデミック,フェースシールド,ライブハウス,リモートマッチ,ロックダウン,医療崩壊,一世休校,院内感染,屋形船,感染経路不明,緩み,休業要請,緊急事態宣言,県をまたぐ移動,抗原検査,抗体検査,行動変容,再生産数,持ちこたえている,自粛警察,社会的距離(ソーシャル・ディスタンス),手作りマスク,手指消毒,手洗い,収束/終息,出口戦略,新しい生活様式,瀬戸際,正念場,接触確認アプリ,接触感染,専門家会議,巣ごもり,大阪モデル,第2波,置き配,昼カラオケ,転売ヤー,東京アラート,濃厚接触,買い占め,飛沫感染,不要不急の外出自粛,武漢,分散登校,無観客,夜の街,臨時休講
新語(句)の形成法としては,和製英語あり,借用あり,漢熟語あり,省略ありと,なかなかに新旧の方法が入り交じった賑やかな様相を呈している.新語(句)というよりは,既存の語(句)に新たな語義が付け加えられたり,ニュアンスが変化したりという,意味変化の事例も多い.この一覧を用いて語形成や意味論の基本を論じる講義を準備できるのではないかとすら感じた.
先日,大学の英語学の授業で議論が盛り上がった標題について,hellog 記事セットを公開しておきたい.
・ 「和製英語を含む○製△語」の記事セット
しばしば話題として取り上げられる現代日本語の「和製英語」は,歴史的にも通言語的にもまったく珍しい現象ではない.豊かな語彙借用の歴史をもつ日本語や英語などにおいては,むしろきわめて普通の過程なのではないか.日本語には明治期に「和製漢語」があった.英語史を振り返っても,近代英語期には「英製羅語」「英製希語」「英製仏語」などがあった.
このように時代も言語も異なれど似たような過程が起こっており,しかもその過程の周辺には比較できる点が認められる.1つは,受け入れ言語が,ソース言語に威信を認めており,かつ十分に馴染んでいること(逆に,ある程度馴染んでいなければ「○製△語」の造語は起こらないだろう).もう1つは,「○製△語」が後にソース言語に逆輸入しているケースがあること.
一方,現代日本語の「和製英語」に特有とおぼしき点もある.たとえば,他の「○製△語」は作り出した主体はソース言語に精通した同時代の知識人といってよいが,「和製英語」については作り出した主体は必ずしも英語を駆使する知識人ではなく,英語を完全には習得していない普通の人々のように思われる.むしろ,英語を操る知識人は,そのように造語された「和製英語」を否定的に見ているケースも少なくなさそうだ.実は,これは授業での議論を通じて学生から指摘を受けた点である.現代日本語事情についての鋭い批評になっていると思う.授業というのは本当に勉強になる.
今ひとつ付け加えておくべきは,そもそも英語には「英製羅語」のような的確な表現がないことだ.せいぜい「新古典主義的複合語」 (neo-classical compounds) のように,専門的かつ説明的に表現される程度である.それに比べると日本語の「和製英語」とは非常によくできた熟語だと感心する.一方,なぜ日本語には「和製英語」のような熟語がずばり存在し,人口に膾炙しているのかという別の興味深い疑問が湧いてくる.
「和製英語」の話題について,本ブログで waseieigo の各記事で取り上げてきた.関連して「和製漢語」,さらに「英製羅語」や「英製仏語」についても話題を提供してきた.以下の記事を参照.
・ 「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1])
・ 「#3793. 注意すべきカタカナ語・和製英語の一覧」 ([2019-09-15-1])
・ 「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1])
・ 「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1])
・ 「#1927. 英製仏語」 ([2014-08-06-1])
一般に現代の日本では「和製英語」はいくぶん胡散臭い響きをもって受け取られているが,日本語と英語の比較的長い言語接触の結果として,極めて自然な語形成上の現象だと私は考えている.同じ見方は,ずっと長い歴史のある「和製漢語」にも当てはまる.「和製漢語」のほとんどはすっかり日本語語彙に定着しているために違和感を感じさせないだけであり,語形成論や語彙論という観点からみれば「和製英語」も何ら異なるところがない.佐藤 (115--16) も,このことを示唆している.
漢語・外来語は,本来,借用語であるが,中には,借用した要素を日本語で組み合わせ,本来の漢語・外来語に似せて作ったものもある.これを,それぞれ,「和製漢語」「和製外来語」という.和製漢語は,古くから見られるが(「火事」「大根」「尾籠」「物騒」など),特に,江戸末期から明治にかけて西洋の近代的な事物や概念の訳語として多く作られた(「引力」「映画」「汽車」「酸素」「波動」「野球」など).「イメージ・アップ」「サラリー・マン」「ノー・カット」「ワンマン・バス」などの和製外来語は,本来の外来語が単語の要素として用いられているわけで,漢語の日本語化に共通するものがある.
英語史の観点からいえば,上と同じことが「英製羅語」「英製仏語」にも当てはまる.ある言語との接触がそれなりに長く濃く続けば,「◇製☆語」という新語は自然と現われるものである.そして,他種の新語と異ならず,それらが導入された当初こそ,多少なりとも白い目で見られたとしても,一般的に用いられるようになれば自言語に同化していくし,流行らなければ廃れていくのである.他の語形成による新語のたどるパターンと比べて,特に異なるところはない.
・ 佐藤 武義(編著) 『展望 現代の日本語』 白帝社,1996年.
和製英語の話題については「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1]) を始めとして (waseieigo) の各記事で取り上げてきた.英語史上も「英製羅語」「英製仏語」「英製希語」などが確認されており,「和製英語」は決して日本語のみのローカルな話しではない.ひとかたならぬ語彙借用の歴史をたどってきた言語には,しばしば見られる現象である.
すでに先の記事で和製英語の一覧を示したが,小学館の『英語便利辞典』に別途「注意すべきカタカナ語・和製英語」 (pp. 450--53) と題する該当語一覧があったので,それを再現しておこう.日本語としてもやや古いもの(というよりも死語?)が少なくないような・・・.
アース | (米)ground; (英)earth |
アットマーク | at sign |
アドバルイン | advertising balloon |
アニメ | animation |
アパート | (米)apartment house; (英)block of flats |
アフターサービス | after-sales service |
アルミホイル | tinfoil; aluminum foil |
アンカー | anchor(man/woman) |
アンプ | amplifier |
イージーオーダー | semi-tailored |
イエスマン | yes-man |
イメチェン(イメージチェンジ) | makeover |
イラスト | illustration |
インクエットプリンター | ink-jet printer |
インターホン | intercom |
インフォマーシャル(情報コマーシャル) | info(r)mercial |
インフラ | infrastructure |
ウィンカー | (米)turn signal; (英)indicator |
ウーマンリブ | women's liberation |
エアコン | air conditioner |
エキス | extract |
エネルギッシュな | energetic |
エンゲージリング | engagement ring |
エンジンキー | ignition key |
エンスト | engine stall; engine failure |
エンタメ | entertainment |
オーダーメード | custom-made; tailor-made; made to order |
オートバイ | motorcycle |
オープンカー | convertible |
オールラウンドの(網羅的) | (米)all-around; (英)all-round |
オキシフル | hydrogen peroxide |
送りバント | sacrifice bunt |
ガーター | (米)suspender; (英)garter |
ガードマン | (security) guard |
カーナビ | car navigation system |
(カー)レーサー | racing driver |
ガソリンスタンド | (米)gas station; (英)petrol station |
カタログ | (米)catalog; (英)catalogue |
ガッツボーズ | victory pose |
カメラマン(写真家) | photographer |
カメラマン(映画などの) | cameraman |
カンニング | cheating |
缶ビール | canned beer |
キータッチ | keyboarding |
キーホルダー | key chain; key ring |
キスマーク | hickey; kiss mark |
ギフトカード(ギフト券) | gift certificate |
キャスター(総合司会者) | newscaster |
キャッチボールをする | play catch |
キャッチホン | telephone with call waiting |
クーラー(冷房装置) | air conditioner |
クラクション | (car) horn |
クリスマス (X'mas) | Xmas; Christmas |
ゲームセンター | (米)(penny) arcade; amusement arcade |
コインロッカー | coin-operated locker |
ゴーカート | go-kart |
コークハイ | coke highball |
ゴーグル | goggle |
ゴーサイン | all-clear; green light |
ゴーストップ | traffic signal |
コーヒーsたんど | coffee bar |
コーポラス | condominium |
ゴールデンアワー | prime time |
コールドマーマ | cold wave |
ゴムバンド | rubber band; (英)elastic band |
ゴロ(野球) | grounder |
コンセント | (米)(electrical) outlet; (英)(wall) socket |
コンパ | party; get-together |
コンパニオン(案内係) | escort; guide |
コンビ | combination |
コンビニ | convenience store |
サイダー | soda |
サイドビジネス(アルバイト) | sideline |
サイドミラー | (米)side(view) mirror; (英)wing mirror, door mirror |
サイン(署名) | signature |
サイン(有名人などの) | autograph |
サントラ | sound track |
シーズンオフ | off season |
ジーバン | jeans |
ジェットコースター | roller coaster |
シスアド | system administrator |
システムキッチン | built-in kitchen unit |
シャー(プ)ペン | (米)mechanical pencil; (英)propelling pencil |
ジャージ | jersey |
シュークリーム | cream puff |
シルバー(お年寄り) | senior citizen |
シルバーシート | priority seat |
シンパ(支持者) | sympathizer |
スカッシュ | squash |
スキンシップ | physical contact |
スタンドプレー | grandstand play |
ステッキ | (walking) stick |
ステン(レス) | stainless steel |
ストーブ | heater |
スパイクタイヤ | (米)studded tire; (英)studded tyre |
スピードダウン | slowdown |
スピードメーター | speedometer |
スペルミス | spelling error; misspelling |
スマートな | stylish; dashing |
スリッパ | mules; scuffs |
セーフティーバント | drag bunt |
セクハラ | sexual harassment |
セレブ | celeb(rity) |
セロテープ | adhesive tape; Scotch tape |
ソフト(コンピュータ) | software |
タイプミス | typo; typographical error |
タイムリミット | deadline |
タイムレコーダー | time clock |
タキシード | (米)dinner suit; (英)tuxedo |
タレント | personality; star |
ダンプカー | (米)dump truck; (英)dumper truck |
?????c????? | fastener; 鐚?膠鰹??zipper; 鐚???縁??zip (fastener) |
チョーク(車の) | choke |
テーブルスピーチ | after-dinner speech |
テールランプ | (米)tail light; (英)tail lamp |
デジカメ | digital camera |
デモ(示威運動) | demonstration |
テレホンサービス | telephone information service |
電子レンジ | microwave oven |
ドアボーイ | doorman |
ドクターヘリ | medi-copter |
ドットプリンター | dot matrix printer |
トップバッター | lead-off batter; lead-off man |
トランク(車の) | (米)trunk; (英)boot |
トランプ | (playing) card |
??????????? | 鐚?膠鰹??sweat pants; 鐚???縁??track-suit trousers |
ナイター | night game |
ナンバープレート | (米)license plate; (英)number plate |
ニュースキャスター | anchor(man/woman) |
ニューフェース | newcomer |
ネームBリュー | recognition value |
?????? | negative |
ノースリーブ(の) | sleeveless |
ノート(帳面) | notebook |
ノルマ | quota |
ノンステップバス | kneeling bus |
バイキング | buffet; buffet-style dinner; smorgasbord |
バイク | motorcycle; motorbike |
ハイティーン | late teens |
?????ゃ????? | high tech(nology) |
ハイビジョン | high-definition TV system |
ハウスマヌカン | sales clerk |
バスローブ | (米)bathrobe; (英)dressing gown |
パソコン | personal computer |
バックアップ(支援) | backing; support |
バックネット | backstop |
バックマージン | kickback |
バックミュージック | background music |
バックミラー | rear-view mirror |
バックライト | (米)backup light; (英)reversing light |
バッターボックス | batter's box |
ハッピーエンド | happy ending |
パネラー | panelist |
バリカン | hair clippers |
ハローワーク | (米)employment agency; employment bureau |
パンク | (米)flat tire; (英)puncture |
ハンスト | hunger strike |
パンスト | (米)pantyhose; (英)tights |
ハンドマイク | (米)bullhorn; (英)loudhailer |
ハンドル(車の) | steering wheel |
?????若????? | green pepper |
ピッチ(速度) | pace |
ビニール袋 | plastic bag |
?????? | flyer; flier |
ビル(建物) | building |
フォアボール | base on balls |
プッシュホン | push-button phone; touch-tone phone |
ブラインドタッチ | touch typing |
プラモデル | plastic model |
ブランド物 | brand-name goods |
フリーサイズ | one size fits all |
フリーター | job-hopping part-timer worker |
フリーダイヤル | (米)toll-free; (英)freephone; freefone |
プリン | pudding |
プレイガイド | ticket agency |
ブレーキランプ | brake light |
ブレスレット | bracelet |
プレゼン | presentation |
フレックスタイム | flexible working hours; flextime; flexible time |
??????????? | prefabricated house |
ブロックサイン(野球) | block signal |
プロレス | professional wrestling |
フロント | (米)front desk; (英)reception |
フロントガラス | (米)windsheeld; (英)windscreen |
ペイオフ | deposit insurance cap; deposit payoff |
ベースアップ | (米)(pay) raise; (英)(pay) rise |
ペーパーテスト | written test |
ペーパードライバー | driver in name only; driver on paper only |
ベッドシーン | bedroom scene |
ベッドタウン | bedroom suburb |
ペットボトル | plastic bottle; PET(ピーイーティー)bottle |
ヘッドライト | (米)headlight; (英)headlamp |
ベテラン | expert |
ベビーカー | (米)stroller; (英)pushchair |
ベビーベッド | baby crib |
ヘルスメーター | bathroom scales |
ペンション | resort inn |
ホイールキャップ | hub cap |
ボーイ(ホテルなどの) | page; bellboy; bellhop |
ホーム(駅の) | platform |
ホームドクター | family doctor |
ホームヘルパー | (米)caregiver; (英)carer |
ボールペン | (米)ball-point pen; (英)biro |
?????? | positive |
ホッチキス | stapler |
ボディーチェック | body search |
ホテルマン | hotel employee |
ボンネット | (米)hood; (英)bonnet |
マークシート | computerized answer sheet |
マイカー | owned car; private car |
マグカップ | mug |
マザコン | mother complex |
マジックインキ | marker, marking pen, felt-tip (pen) |
マスコミ | mass communication(s), (mass) media, |
マルチ商法(ねずみ講式) | pyramid selling |
マンション | condominium |
ミシン | sewing machine |
ミスタイプ | type; typographical error |
ミルクティー | tea with milk |
メーター(機器) | (米)(英)とも meter |
メートル(距離) | (米)meter; (英)metre |
メロドラマ | soap opera |
モーニングコール | wake-up call |
モーニングサービス | breakfast special |
ユビキタス | ubiquitous |
ラケット(ピンポンの) | (米)paddle; (英)bat |
ラフな(スタイル) | casual; informal |
リハビリ | rehabilitation |
リビングキッチン | living room with a kitchenette |
リフォームする(家など) | remodel |
リムジンバス | limousine |
リモコン | remote control |
レトルト | retort |
レモンティー | tea with lemon |
ローティーン | early teens |
ワープロ | word processor |
ワイシャツ | (dress) shirt |
ワイドショー | variety program |
ワンボックスカー | van |
ワンマン | autocrat |
ワンルームマンション | studio apartment; one-room apartment |
新古典主義的複合語 (neoclassical compounds) とは,aerobiosis, biomorphism, cryogen, nematocide, ophthalmopathy, plasmocyte, proctoscope, rheophyte, technocracy のような語(しばしば科学用語)を指す.Durkin (346--37) によれば,この類いの語彙は早くは1600年前後から確認され,例えば polycracy (1581), pantometer (1597), multinomial (1608) がみられる.しかし,爆発的に量産されるようになったのは,科学が急速に発展した後期近代英語期,とりわけ19世紀になってからのことである(「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]),「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) を参照).
新古典主義的複合語について強調しておくべきは,それが借用語ではなく,あくまで英語(を始めとするヨーロッパの諸言語)において形成された語であるという点だ.確かにラテン語やギリシア語などの古典語をモデルとしてはいるが,決してそこから借用されたわけではない.その意味では英単語ぽい体裁をしていながらも英単語ではない「和製英語」と比較することができる.新古典主義的複合語の舞台は英語であるから,つまり「英製羅語」といってよい.しかし,英製羅語と和製英語とのきわだった相違点は,前者が主として国際的で科学的な文脈で用いられるが,後者はそうではないという事実にある.すなわち,両者のあいだには使用域において著しい偏向がみられる.Durkin は,新古典主義的複合語について次のように述べている.
. . . these formations typically belong to the international language of science and move freely, often with little or no morphological adaptation, between English, French, German, and other languages of scientific discourse. They are often treated in very different ways in different traditions of lexicography and lexicology; however, those terms that are coined in modern vernacular languages are certainly not loanwords from Latin or Greek, even though they may be formed from elements that originated in such loanwords. (347)
. . . Latin words and word elements have become ubiquitous in modern technical discourse, but frequently in new compound or derivative formations or with new meanings that have seldom if ever been employed in contextual use in actual Latin sentences. (349)
これらの造語を指して「新古典主義的複合語」と呼ぶか「英製羅語」と呼ぶかは,たいした問題ではない.しかし,和製英語の場合には「英語主義的複合語」と呼ばないのはなぜだろうか.この違いは何に起因するのだろうか.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
昨日の記事「#3165. 英製羅語としての conspicuous と external」 ([2017-12-26-1]) と関連して,再び「英製羅語」の周辺の話題.後期近代英語期には,科学の発展に伴いおびただしい科学用語が生まれたが,そのほとんどがギリシア語やラテン語に由来する要素 (combining_form) を利用した合成 (compounding) による造語である(「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]),「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) を参照).
Kay and Allan (20--21) が,次のようにコメントしている.
While borrowing continues to reflect contact with other cultures, many scientific words are not strictly speaking loanwords. Rather, they are constructed from roots adopted from the classical languages. This has the advantage of a degree of semantic transparency: if you know that tele, graph and phone come from Greek roots meaning respectively 'afar', 'writing' and 'sound', and vision from a Latin root meaning 'see, look', you can begin to understand telegraph, telephone and television. You can also coin other words using similar patterns, and possibly elements from other sources, as in telebanking.
"neo-Hellenic compounds" や "neo-Latin compounds" とも呼ばれる上記のような語彙は,ある意味ではラテン語やギリシア語からの借用語ともみなしうるかもしれないが,より適切に「英製希語」あるいは「英製羅語」とみなすのがよいのではないか.ただし,いくつかの単語が単発で造語されたわけではなく,造語に体系的に利用された方法であるから「パターン化された英製希羅語」と呼ぶのがさらに適切かもしれない.
・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.
標題と関連する話題は,「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]),「#1927. 英製仏語」 ([2014-08-06-1]),「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1]) や,waseieigo の各記事で取り上げてきた.
Baugh and Cable (222) で,初期近代期に英語がラテン単語を取り込む際に施した適応 (adaptation) が論じられているが,次のような1文があった.
. . . the Latin ending -us in adjectives was changed to -ous (conspicu-us > conspicuous) or was replaced by -al as in external (L. externus).
これらの英単語は,ある意味では借用された語ともいえるが,ある意味では英語が自ら形成した語ともいえる.「英製羅語」と呼ぶのがふさわしい例ではないだろうか.
OED によれば,conspicuous は,ラテン語 conspicuus に基づき,英語側でやはりラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -ous を付すことによって新たに形成した語である.16世紀半ばに初出している.
1545 T. Raynald tr. E. Roesslin Byrth of Mankynde Hh vij These vaynes doo appeare more conspicuous and notable to the eyes.
実はこの接尾辞を基体(主としてラテン語由来だが,その他の言語の場合もある)に付加して自由に新たな形容詞を作るパターンはロマンス諸語に広く見られたもので,フランス語で -eus を付したものが,14--15世紀を中心として英語にも -ous の形で大量に入ってきた.つまり,まずもって仏製羅語というべきものが作られ,それが英語にも流れ込んできたというわけだ.例として,dangerous, orgulous, adventurous, courageous, grievous, hideous, joyous, riotous, melodious, pompous, rageous, advantageous, gelatinous などが挙げられる(OED の -ous, suffix より).
また,英語でもフランス語に習う形でこのパターンを積極的に利用し,自前で conspicuous のような英製羅語を作るようになってきた.同種の例として,guilous, noyous, beauteous, slumberous, timeous, tyrannous, blusterous, burdenous, murderous, poisonous, thunderous, adiaphorous, leguminous, delirious, felicitous, complicitous, glamorous, pulchritudinous, serendipitous などがある(OED の -ous, suffix より).
標題のもう1つの単語 external も conspicuous とよく似たパターンを示す.この単語は,ラテン語 externus に基づき,英語側でラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -al を付すことによって形成した英製羅語である.初出は Shakespeare.
a1616 Shakespeare Henry VI, Pt. 1 (1623) v. vii. 3 Her vertues graced with externall gifts.
a1616 Shakespeare Antony & Cleopatra (1623) v. ii. 340 If they had swallow'd poyson, 'twould appeare By externall swelling.
反意語の internal も同様の事情かと思いきや,こちらは一応のところ post-classical Latin として internalis が確認されるという.しかし,この語のラテン語としての使用も "14th cent. in a British source" ということなので,やはり英製の匂いはぷんぷんする.英語での初例は,15世紀の Polychronicon.
?a1475 (?a1425) tr. R. Higden Polychron. (Harl. 2261) (1865) I. 53 The begynnenge of the grete see is..at the pyllers of Hercules..; after that hit is diffusede in to sees internalle [a1387 J. Trevisa tr. þe ynnere sees; L. maria interna].
「○製△語」は決して珍しくない.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
6月7日,国立極致研究所や茨城大学などの研究チームが,約77万?12万6千年前の時代を代表する千葉県市原市の地層を国際的な基準地にするよう国際組織に申請した.来年にかけて,地球の磁気が反転した証拠をとどめる同時代の地層として,イタリアの強力なライバルと競い合うことになるという.申請された時代名は「チバニアン」 (Chibanian) であり,もし認められれば,日本由来の地質時代の名前としては初めてのものになるという.
「チバニアン」を「ラテン語で「千葉の時代」」と注釈をつけている新聞記事があった.この注釈に少なからぬ違和感を感じたので,その違和感の所在をここに記しておきたい.
「チバ」 (Chiba) の部分と「ニアン」 (-nian) の部分に分けて論じよう.まず,最初に第2要素「ニアン」 (-nian) から.-nian は,確かに起源としてはラテン語の形容詞語尾に遡るとは言える(厳密には,最初の n は先行する語幹に属するものと考える必要があるが).しかし,本当のラテン語であれば -nian で終わることはありえず,性・数・格に応じた何らかの屈折語尾が付加して,-nianus や -niana などとして現われるはずである.しかし,そのような語尾がないということは,-nian で終わる語形は,ラテン語としての語形ではないということになる.それは現代ヨーロッパ語の語形であり,諸事情から国際語としての英語の語形と考えるのが妥当だろう.-nian は,歴史的にはラテン語に由来するということができても,新語が作られた現代の共時的観点からは,ラテン語に属しているとは言えず,おそらく英語に属しているというべきだろう.「ラテン語で「千葉の時代」」という注釈は,歴史(語源・由来)と共時態の事実(現在の所属)を混同していることになる.
「チバニアン」をラテン単語とみなすことの違和感は,「シーチキン」などの和製英語を英単語とみなす違和感と同一のものである(「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1]) を参照).「シー」 (sea) も「チキン」 (chicken) も,歴史的には明らかに英語由来の単語である.しかし,それを組み合わせた「シーチキン」 (sea chicken) は,いかに英単語風の体裁をしているにせよ,(英語へ逆輸入されない限り)英語の語彙には存在しない以上は日本語の単語と言わざるを得ない.起源は英語であっても,現在の共時的な所属は日本語なのである.
次に,第1要素の「チバ」 (Chiba) について.こちらは,-nian と異なり,歴史的にも現在の共時態としてれっきとした日本語の単語であると言い切ってよさそうだが,必ずしもそうではないと議論することは不可能ではない.歴史的に日本語であるということに異論はないが,今回の造語の背景,すなわち国際的な地質学に供するという目的をもった文脈を考慮すれば,それは世界の一角を占める地名としての「チバ」を指すに違いない.命名者の日本人研究者や(私を含めて)多くの日本人は,日本の地名としての「千葉(県市原市)」を意識するに違いないが,世界に受け入れられたあかつきには,むしろ受け入れられたというその理由により,「チバ」は世界の地名となるだろう.地名は,世界に開かれたものとしてとらえるとき,たとえその語源や語形成が明らかに○○語のものだったとしても,共時的には○○語のものではないと論じることができそうである.では,○○語ではなく何語の単語なのかといえば,よく分からないのだが,ある種の普遍語の単語と述べるにとどめておきたい.固有名詞は特定の言語に属さないのではないかという問題については,「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]),「#2397. 固有名詞の性質と人名・地名」 ([2015-11-19-1]) を参照されたい.
以上より,「チバニアン」 を構成すると考えられる2つの要素のいずれについても,共時的な観点からは,「ラテン語である」とは決して言えない.なお,この新聞記者に目くじらを立てているというよりは,違和感を説明しようとして考えたことを文章にしてみただけである.卑近な話題で言語学してみたということで,あしからず.
結局のところ,「チバニアン」は英語なのだろうか,そうでなければ何語なのだろうか・・・.
ヨミウリ・オンライン(読売新聞)内に,中央大学が発信するニュースサイト Chuo Online がある.そのなかの 教育×Chuo Online へ寄稿した「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」と題する私の記事が,昨日(2014年10月16日)付で公開されたので,関心のある方はご参照ください.ちょうど今期の英語史概説の授業で,この問題の英語版ともいえる初期近代英語期のインク壺語 (inkhorn_term) を巡る論争について取り上げる矢先だったので,とてもタイムリー.数週間後に記事の英語版も公開される予定. *
上の投稿記事に関連する内容は本ブログでも何度か取り上げてきたものなので,関係する外部リンクと合わせて,この機会にリンクを張っておきたい.
・ 文化庁による平成25年度「国語に関する世論調査」
・ 「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1])
・ 「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1])
・ 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1])
・ 「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1])
・ 「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1])
・ 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1])
・ 「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1])
・ 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1])
・ 「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1])
・ 「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1])
・ 「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1])
・ 「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1])
・ 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1])
・ 「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1])
・ 「#1615. インク壺語を統合する試み,2種」 ([2013-09-28-1])
・ 「#1616. カタカナ語を統合する試み,2種」 ([2013-09-29-1])
・ 「#1617. 日本語における外来語の氾濫」 ([2013-09-30-1])
・ 「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1])
・ 「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1])
・ 「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1])
・ 「#1645. 現代日本語の語種分布」 ([2013-10-28-1]) とそこに張ったリンク集
・ 「#1869. 日本語における仏教語彙」 ([2014-06-09-1])
・ 「#1896. 日本語に入った西洋語」 ([2014-07-06-1])
・ 「#1927. 英製仏語」 ([2014-08-06-1])
(後記 2014/10/30(Thu):英語版の記事はこちら. *)
和製英語について「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) や「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1]) で取り上げ,和製漢語について「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1]) で触れ,英製羅語について「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]) で言及してきた.関連して,今回は「英製仏語」の例を覗いてみよう.Jespersen (101--02) は,「英製仏語」に相当する呼称こそ使っていないが,まさにこの現象について議論している.
Fitzedward Hall in speaking about the recent word aggressive says, 'It is not at all certain whether the French agressif suggested aggressive, or was suggested by it. They may have appeared independently of each other'. The same remark applies to a great many other formations on a French or Latin basis; even if the several components of a word are Romanic, it by no means follows that the word was first used by a Frenchman. On the contrary, the greater facility and the greater boldness in forming new words and turns of expression which characterizes English generally in contradistinction to French, would in many cases speak in favour of the assumption that an innovation is due to an English mind. This I take to be true with regard to dalliance, which is so frequent in ME. (dalyaunce, etc.), while it has not been recorded in French at all. The wide chasm between the most typical English meaning of sensible (a sensible man, a sensible proposal) and those meanings which it shares with French sensible and Lat. sensibilis, probably shows that in the former meaning the word was an independent English formation. Duration as used by Chaucer may be a French word; it then went out of the language, and when it reappeared after the time of Shakespeare it may just as well have been reformed in England as borrowed; duratio does not seem to have existed in Latin. Intensitas is not a Latin word, and intensity is older than intensité.
この一節で Jespersen が「英製仏語」とみなしているものは,aggressive, dalliance, duration, intensity などである.対応する語がフランス語にあったとしても,英単語としてはおそらくイングランドで独立に発生したものだとみている.場合によっては,英製仏語がフランス語へ逆輸入された例もあっただろう.Jespersen は,上記の引用に続く節でも,mutinous, mutiny; cliquery; duty, duteous, dutiable などを英製仏語の候補として挙げている.この種の英製仏語は実際に調べ出せばいくつも出てくるのではないだろうか.
「○製△語」という現象を定義することの難しさについては「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) で見たとおりだが,そのような現象が生じる語史的な背景はおよそ指摘できる.「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1]) で論じたとおり,○言語が△言語からの語彙借用に十分になじんでくると,今度は△言語の語形成をモデルとして自家製の語彙を生み出そうとするのだ.より高次の借用段階に進むといえばよいだろうか.これは,英製仏語のみならず英製羅語,和製英語,和製漢語にも共通に見られる歴史的な過程である.「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]) や「#1878. 国訓,そして記号のリサイクル」 ([2014-06-18-1]) の記事の最後に述べた趣旨を改めて繰り返せば,「○製△語は,興味をそそるトピックとしてしばしば取り上げられるが,通言語的には決して特異な現象ではない」のである.
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
初期近代英語期,主としてラテン語に由来するインク壺語 (inkhorn_term) と呼ばれる学者語が大量に借用されたとき,外来語の氾濫に対する大議論が巻き起こったことは,「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]) や「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1]) などの記事で触れた.Bragg (116) の評価によれば,"This controversy was the first and probably the greatest formal dispute about the English language." ということだった.
現代日本語において似たような問題が,カタカナ語の氾濫という形で生じている.インク壺語とカタカナ語の問題の類似点については,「#1615. インク壺語を統合する試み,2種」 ([2013-09-28-1]) と「#1616. カタカナ語を統合する試み,2種」 ([2013-09-29-1]) で取り上げたが,借用語彙の受容を巡る議論は,およそ似たような性質を帯びるものらしい.そこへもう1つ新語彙の受容を巡る問題を加えるとすれば,近代期の日本の新漢語問題が思い浮かぶ.昨日の記事「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1]) でも話題にした,和製漢語を種とする新漢語の大量生産である.
幕末以降,特に明治初期以来,英語をはじめとする大量の西洋語を受け入れるのに,それを漢訳して受容した.当時の知識人に漢学の素養があったからである.漢訳に当たっては,古来の漢語を利用したり,W. Lobscheid の『英華字典』を参照したり(例えば,文学,教育,内閣,国会,階級,伝記など)して対処したものもあったが,和製漢語を作り出す場合が多かった.この大量の新漢語は「漢語の氾濫」問題を惹起し,一般庶民にまで影響を及ぼすことになった.
例えば,『日本語百科大事典』 (453--54) によれば,『都鄙新聞』第1号(慶應4・明治1)に「此は頃鴨東ノの芸妓,少女ニ至ルマデ,専ラ漢語ヲツカフコトヲ好ミ,霖雨ニ盆地ノ金魚ガ脱走シ,火鉢ガ因循シテヰルナド,何ノワキマヘモナクイヒ合フコトコレナリ」という皮肉が聞かれたし,『漢語字類』(明治2)には「方今奎運盛ニ開ケ,文化日ニ新タナリ.上ミハ朝廷ノ政令,方伯ノ啓奏ヨリ,下モ市井閭閻ノ言談論議ニ至ルマデ,皆多ク雑ユルニ漢語ヲ以テス」とある.『我楽多珍報』(明治14. 9. 30)では「生意気な猫ハ漢語で無心いひ」とまである.このように新漢語が流行していたようだが,庶民がどの程度理解していたかは疑問で,「チンプン漢語」とまで呼ばれていたほどである."inkhorn terms" や「カタカナ語」という呼称と比較されよう.そして,漢語を統合する試みの1つとして,漢語字引が次々と出版されたことも,他の2例と驚くほどよく似ている.
現代日本語のカタカナ語問題を議論するのに,16世紀後半のイングランドや19世紀後半の日本の言語事情を参照することは,意味のあることだろう.
・ Bragg, Melvyn. The Adventure of English. New York: Arcade, 2003.
・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.
「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1]) で和製英語の一覧を掲げたが,今回は和製漢語の例を列挙したい.英単語の借用に慣れた日本語が大正期に和製英語を作り出し始めたように,それにもまして長らく日本語になじんできた漢語がモデルとなって,数々の和製漢語が生み出されてきたことは,まったく自然なことである.和製英語の場合と同様に,ある漢語が和製であるか否かを定めるには日本語および中国語の双方における文献学的な考証が必要となり,たやすい問題ではないが,現代中国の専門家によれば,次の漢語は和製漢語である可能性が高いという(以下の例はすべて『日本語百科大事典』 pp. 1029--30 より).
備品,参看,参照,成因,寵児,単純,等外,敵視,読本,番号,方針,風位,服務,復式,副食,公立,公判,公認,公営,国立,集中,集結,記号,尖兵,堅持,簡単,金額,巨匠,巨星,克服,労作,落選,明確,内勤,農作物,権限,権益,人選,肉弾,実績,実権,私立,訴権,台車,特長,外勤,校訓,興信所,学会,学歴,訓話,訓令,銀翼,印鑑,原動力,原意,原作,陣容,支部,重点,手動,組成,座談
日本の文物を表す漢語も,和製と考えてよいだろう.例としては,和服,和文,人力車,浄瑠璃,能楽,三味線,茶道,弓道,柔道などがある.
また,以下の漢語も和製漢語の可能性をもつが,近代日本と中国の間での移入・移出の関係は複雑であり,一応のリストとして理解しておきたい.これらの多くは,近代期に,英語などを取り入れる際に漢訳して取り入れたことに由来する.
暗示,白金,半径,飽和,保険,悲劇,背景,本質,比重,必要,標語,表決,波長,不動産,財閥,挿話,成分,乗客,抽象,出版,触媒,大気,代議士,単元,蛋白質,道具,登記,低調,抵抗,地質,電波,電車,電話,電流,電子,動産,独占,隊商,対象,対照,法人,反動,反感,反射,反応,範疇,方程式,方式,雰囲気,否定,附着,複製,改編,改訂,概括,概略,概念,感性,幹部,幹線,高潮,高炉,歌劇,工業,公報,公称,公民,公僕,公訴,共産主義,共鳴,関係,観測,観念,光年,光線,広告,広義,帰納,国際,国庫,国税,寒帯,寒流,航空母艦,号外,化膿,化石,化学,化粧品,画廊,幻灯,幻想曲,回収,会話,会社,会談,活躍,火成岩,積極,基調,基準,集団,計画,技師,仮定,尖端,間接,建築,鑑定,講壇,交際,交響楽,膠着語,脚本,教科書,教養,酵素,接吻,結核,解放,解剖,介入,金剛石,金婚式,金牌,金融,緊張,進度,進化,進化論,進展,経験,景気,警察,警官,浄化,静脈,競技,就任,巨頭,決算,絶対,看護婦,看守,抗議,科学,可決,客観,客体,肯定,空間,会計,拡散,類型,冷蔵,冷蔵庫,理論,理念,理想,理智,力学,立憲,例会,了解,領海,領空,領主,領土,論理学,漫画,盲従,媒質,美感,密度,免許,民法,敏感,命題,黙示,母体,母校,目標,目的,内容,内在,能動,能率,擬人法,年度,暖流,派遣,判決,陪審,配給,批評,平面,評価,企業,気分,気体,気質,汽船,汽笛,契機,前線,強制,軽工業,清教徒,清算,情報,権威,熱帯,人格,人権,任命,溶体,入場券,入超,商法,商業,社交,審判,昇華,生理学,生態学,失恋,施工,施行,時間,実感,実業,使徒,士官,世界観,市場,市長,事態,手工業,受難,水素,思潮,死角,素材,素描,速度,速記,随員,索引,談判,探険,特権,体育,鉄血,統計,投影,投資,図案,外在,温床,温度,文庫,文学,無産者,物質,喜劇,系列,係数,細胞,狭義,繊維,現実,現象,現役,憲兵,相対,想像,象徴,消防,消費,消極,小夜曲,効果,協定,協会,心理学,信号,信託,性能,序幕,序曲,宣戦,旋盤,学位,血栓,血吸虫,巡洋艦,圧延,亜鉛,演出,演奏,燕尾服,陽極,要素,業務,液体,議会,議員,議院,意訳,因子,陰極,銀行,銀婚式,栄養,影像,優生学,油槽車,遊離,予後,元素,園芸,原理,原則,原子,原罪,遠足,運動,運動場,雑誌,債権,債務,展覧会,戦線,哲学,証券,政策,政党,支線,直観,直接,直径,直流,止揚,指標,指導,指数,制裁,制限,制約,質量,終点,仲裁,重工業,主筆,主観,資料,紫外線,宗教,総合,総動員,総理,作品
和製英語にせよ和製漢語にせよ,相手の言語からの直接の語彙借用に十分なじんでくると,今度はそれをモデルとして自家製の語彙を生み出そうとしてきた点が似ている.相手の言語に呑まれていると考えれば語彙借用反対論となるし,相手の言語を手なずけていると考えれば賛成論となる.私は,和製○語の存在は日本語が借用元言語の手なずけに成功し,高次に進んだ借用段階にあることを示すものとして解釈している.
・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.
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