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hellog〜英語史ブログ / 2022-01

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2022-01-31 Mon

#4662. 都立高入試の英語スピーキングテストを巡る問題 [elt][khelf][world_englishes][rp][walker][pronunciation]

 昨年末,12月27日のことになりますが,朝日新聞 Edua「どうなる中学・高校入試 都立高入試の英語スピーキングテスト 教員らが「導入反対」の記者会見」と題する記事が掲載されました.ゼミ生の1人がこの問題を紹介してくれまして,少々遅ればせながらもここ数日で内輪のフォーラム khelf で議論が活発化してきています.
 いろいろと論点はあるのですが,とりわけ注目すべきは以下の点です(同記事より引用).

評価の信頼性については,どのような間違いがどれだけ減点されるか不透明だとし,特に都教委が示している採点基準にある「音声」の項目(3点満点)について疑問を呈した.この項目は,「母語の影響を非常に強く受けている」だと1点,「母語の影響を強く受けている」だと2点,「母語の影響を受けている場合があるが,概(おおむ)ね正しい」だと3点としている.法政大講師で新英語教育研究会長の池田真澄さんは「厳密な区別がつくとは思えない.日本語話者は日本語の影響は必ず受けており,気にしていたらまともに話なんてできない.世界には多様な英語があるのに,入試は別というのはおかしいのではないか」と話す.


 ツッコミだしたらキリがないというのは,まさにこのことです.だからこそフォーラム内で盛り上がっているというわけで,ある意味でとてもよい論題となっています.(ただし,こちらのページより令和3年度のプレテスト採点基準では「母語の影響」に関する項目は削除されています.)
 英語史研究者の立場から言えることは,発音を中心とする話し言葉に関する強い規範化は,いまだかつて例がないということです.18世紀の規範主義の時代の発音辞書についても,19世紀後半からの RP についても,あくまで目指すべき発音を示したものであり,今回の「公的な試験での点数化」という強さの規範化には遠く及びません(cf. 「#768. 変化しつつある RP の地位」 ([2011-06-04-1]),「#1456. John Walker の A Critical Pronouncing Dictionary (1791)」 ([2013-04-22-1]),「#3356. 標準発音の整備は18世紀後半から」 ([2018-07-05-1])).話し言葉について標準化・規範化し得る水準は,せいぜい "focused" にとどまり "fixed" を目指すことは現実には不可能です (cf. 「#3207. 標準英語と言語の標準化に関するいくつかの術語」 ([2018-02-06-1])) .そのような目標を,せめて試験では何とか実現したいということなのでしょうか.
 また,現代世界の "World Englishes" では,多様な英語の発音が行なわれているという事実があります.教育上,参照すべき英語変種や発音を定めることは必要です.しかし,一方で他の変種や発音の存在を認めることも必要です.両方の必要性に目配りすべき状況において,上記の採点基準のような,一方にのみ振り切った方針を取るのは適切ではないと考えます.
 本ブログの読者の皆さんも,この問題について考えてみてはいかがでしょうか.

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2022-01-30 Sun

#4661. 2021年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか? [hel_education]

 毎年度末1年間の「英語史」講義を終えた後に,履修者に標題の問いを投げかけています.今年度も回答してもらいましたが,その中から印象に残ったものをピックアップしました.英語史のおもしろさを読み取ってもらえればと思います.英語史の学びの開始・継続のモチベーションとしてどうぞ.

 ・ 「書き言葉」と「話し言葉」がそれほど強く結びついていないということではないかと思う.これまでは書き言葉の方が多少堅いくらいかな程度にしか考えていなかったが,その成立過程をみたときに,それぞれの特性がいかに違うのかということを知ることが出来た.
 ・ 英語史の授業を通して英語をただの点としてではなく,歴史的な繋がりを内面史と外面史の両方の側面から学ぶことで,英語の見方が大きく変わりました.それはこれまでは文法や語彙が多い等の英語の内面的な部分しか考えたことがなかったですが,英語には外面史が大きく内面史に影響を与えていたことがわかったからです,
 ・ 英語の地位が復活した13世紀,14世紀には,権威を得たいという理由からフランス語やラテン語を借用している点という点から,言語は単に会話をするだけではなく,そこに人間の見栄も含まれているのだと思いました.
 ・ 私が英語史を学ぶ前は,英語が世界言語たり得た理由は,英語は構造が単純で,多くの人にわかりやすいからだと思っていた.しかしそれは違っていたことに気がついた.
 ・ 私が英語史の授業で学んだ事柄の中で,最も価値があると考えるのは,英語が初めから今日の世界の共通語としての英語のように,権威高い言語では決して無かったということを学べたことである.
 ・ 以前から○○史とつくものがあまり好きではなかったが,それは一つのきれいなストーリーを知るという姿勢でしか勉強していなかったからだと授業を受けて気がついた.例えば大母音推移について,そういう事象があったと知るだけではなく,なぜそれが起きたか考えたり,体系的にみえる変化の例外をみつけたり,あるいはラテン語の英語への借用を現代の英語の日本語への借用を重ねて比較したり,ただ歴史を知るのではなく,知ったうえで様々な視点から考えてこそ歴史を学ぶことがおもしろくなるのだと知ることができた.
 ・ 英語史を見る際,グリムの法則や大母音推移といった華やかとさえいえる大きな出来事ばかりに注目してしまいそうである.しかし,実は細かいちょっとした変化の方が大半であり,そういった小さな変化の積み重ねで英語史ができ上がっている.
 ・ 私の学んだ最も価値のあることは,言語を「話すために学ぶ」のではなく「人々のあり様の表象として学ぶ」姿勢だ.
 ・ 私が中学・高校で英語の先生に正しいと教えられた英語の形は昔に起きた様々な出来事や家庭を乗り越えてきたものであるということを知り,普段気付かないことを深掘りする楽しさを学ぶことができました.〔中略〕自分から全てを疑って物事を見ることは難しくなかなかできませんでしたが,学習する上において大事なことであると思い,疑って物事を見るということを学んだことは最も価値があると感じました.
 ・ よく「言語を知れば文化が分かる」等といわれるが,この英語史の授業を通してその意味を理解することができた.
 ・ 現代にいたるまで,まだ音変化の過程にある単語もあり,今まさに,その変化に立ち会えているという感動があった.
 ・ 日常生活の解像度が格段に上がったということです.英語は,グローバル社会である現代に生きている私たちにとってかなり身近なものですがその背景で起こったことに目を向ける機会はなかなかありません.英語の歴史,スペリングの謎,発音の謎など,「思い返せばずっと疑問だったな」ということが,この授業で一気に明らかになりました.
 ・ 「素朴な疑問をもち,その疑問を深掘りすることの楽しさ,大切さ」への気づき.
 ・ 「先入観を捨てると,ちがう世界をみることができるかもしれない」ということです.〔中略〕この授業では,今まで自分がどれほどこりかたまった思考をしていたのか,どれほどの先入観による判断をして生きてきたのかを思い知ることができたと同時に,学ぶ意味を再確認しました.

 ということで,今年度の「英語史」講義はこれにて終了.
 過年度の同趣旨の質問への回答は,以下をご覧ください.

 ・ 「#2470. 2015年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2016-01-31-1])
 ・ 「#3566. 2018年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2019-01-31-1])
 ・ 「#3922. 2019年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2020-01-22-1])

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2022-01-29 Sat

#4660. 言語の「世代変化」と「共同変化」 [language_change][schedule_of_language_change][sociolinguistics][do-periphrasis][methodology][progressive][speed_of_change]

 通常,言語共同体には様々な世代が一緒に住んでいる.言語変化はそのなかで生じ,広がり,定着する.新しい言語項は時間とともに使用頻度を増していくが,その頻度増加のパターンは世代間で異なっているのか,同じなのか.
 理論的にも実際的にも,相反する2つのパターンが認められるようである.1つは「世代変化」 (generational change),もう1つは「共同変化」 (communal change) だ.Nevalainen (573) が,Janda を参考にして次のような図式を示している.


(a) Generational change
┌──────────────────┐
│                                    │
│  frequency                         │
│  ↑                  ________ G6   │
│                  ________ G5       │
│              ________ G4           │
│          ________ G3               │
│      ________ G2                   │
│  ________ G1             time →   │
│                                    │
└──────────────────┘
                                        
(b) Communal change
┌──────────────────┐
│                                    │
│  frequency                  |      │
│  ↑                    |    | G6   │
│                   |    | G5        │
│              |    | G4             │
│         |    | G3                  │
│    |    | G2                       │
│    | G1                    time → │
│                                    │
└──────────────────┘


 世代変化の図式の基盤にあるのは,各世代は生涯を通じて新言語項の使用頻度を一定に保つという仮説である.古い世代の使用頻度はいつまでたっても低いままであり,新しい世代の使用頻度はいつまでたっても高いまま,ということだ.一方,共同変化の図式が仮定しているのは,全世代が同じタイミングで新言語項の使用頻度を上げるということだ(ただし,どこまで上がるかは世代間で異なる).2つが対立する図式であることは理解しやすいだろう.
 音変化や形態変化は世代変化のパターンに当てはまり,語彙変化や統語変化は共同変化に当てはまる,という傾向が指摘されることもあるが,実際には必ずしもそのようにきれいにはいかない.Nevalainen (573--74) で触れられている統語変化の事例を見渡してみると,16世紀における do 迂言法 (do-periphrasis) の肯定・否定平叙文での発達は,予想されるとおりの世代変化だったものの,17世紀の肯定文での衰退は世代変化と共同変化の両パターンで進んだとされる.また,19世紀の進行形 (progressive) の増加も統語変化の1つではあるが,むしろ共同変化のパターンに沿っているという.
 具体的な事例に照らすと難しい問題は多々ありそうだが,理論上2つのパターンを区別しておくことは有用だろう.

 ・ Nevalainen, Terttu. "Historical Sociolinguistics and Language Change." Chapter 22 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 558--88.
 ・ Janda, R. D. "Beyond 'Pathways' and 'Unidirectionality': On the Discontinuity of Language Transmission and the Counterability of Grammaticalization''. Language Sciences 23.2--3 (2001): 265--340.

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2022-01-28 Fri

#4659. ソシュールによる言語学の3つの目標 [linguistics][history_of_linguistics][saussure]

 壮大なタイトルの記事を掲げてしまったが,これはあくまで壮大な言語学者である Saussure (1857--1913) の言葉 (6) .昨日も引用した The Routledge Linguistics Encyclopedia (3rd ed.) からの孫引き,しかも英訳で失礼するが,次の通り (xxxvii) .

1. to describe all known languages and record their history (this involves tracing the history of language families and, as far as possible, reconstructing the parent languages of each family);
2. to determine the forces operating permanently and universally in all languages, and to formulate general laws which account for all particular linguistic phenomena historically attested;
3. to delimit and define linguistic itself.


 要するに,共時態も通時態も含め言語のあらゆる側面について「記述」「理論」「メタ」の3点から攻めよ,ということと理解した.
 3つめの点などは本当に鋭い.どこからどこまでが言語学の範疇なのか,という問いである.言語学の自立性という問題にも通じるが,約1世紀後の議論を先取りするようなことを指摘している(というよりも最重要課題の1つとして挙げているのだから驚く).ソシュールが記号論的な視野をもって言語を眺めていたことがよく分かる.

 ・ Saussure, F. de. Course in General Linguistics. Trans. W. Baskin. London: Fontana/Collins, 1983. (First edition published 1916).
 ・ Malmkjær, Kirsten, ed. The Routledge Linguistics Encyclopedia. 3rd ed. London and New York: Routledge, 2010.

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2022-01-27 Thu

#4658. 20世紀の言語学の3段階 [linguistics][history_of_linguistics]

 The Routledge Linguistics Encyclopedia の序章 (xxv) に,20世紀以降,この約100年間の欧米における言語学の発展の図式が記されていた.3つの段階に分けられている.その区分を示そう.

Phase 1: The emergence of modern linguistics (1911--33)
1911 Saussure's third (final) lecture series in Geneva
       Boas's 'Introduction' to Handbook of American Indian Languages
1912 Daniel Jones becomes Head of Department of Phonetics, University of London
1913 Death of Saussure (1857--1913)
1914 Bloomfield's Introduction to the Study of Language
1916 Saussure's Cours de linguistique géenerale
1921 Sapir's Language
1924 Linguistic Society of America founded
1925 First volume of the journal, Language
1928 First International Congress of Linguists (The Hague)
1932 First International Congress of Phonetic Sciences (Amsterdam)
1933 Bloomfield's Language

Phrase 2: A time of transition (c. 19025--60)
1923 Malinowski's 'The problem of meaning in primitive languages'
1926 Linguistic Circle of Prague founded
1938 Death of Trubezkoy (1890--1938)
1939 Trubetzkoy's Grndzüge der Phonologie
       Death of Sapir (1884--1939)
1941 Death of Whorf (1897--1941)
1942 Death of Boas (1858--1942)
1944 J.R. Firth becomes Professor of General Linguistics, University of London
1949 Death of Bloomfield (1887--1949)
1951 Harris's Methods in Structural Linguistics
1953 Weinreich's Languages in Contact
1956 Jacobson and Halle's Fundamentals of Language
1957 Chomsky's Syntactic Structures

Phrase 3: The expansion and diversification of linguistics (since 1960)
1961 Halliday's 'Categories of the theory of grammar'
1963 Greenberg's Universals of Language
1964 Chomsky's Aspects of the Theory of syntax
1966 Labov's The Social Stratification of English in New York City
1973 Halliday's Explorations in the Functions of Language
1981 Chomsky's Lectures on Government and Binding
1985 Halliday's Introduction to functional Grammar
1986 Chomsky's Knowledge of Language
1995 Chomsky's The Minimalist Program


 第1期は,ソシュールの影響力のもとに,欧米が曲がりなりにも歩調を揃えながら共時的・構造主義的言語学を確立させた時代.第2期は,欧米の間で異なる方向に言語学が発展していった時代.第3期は,言語学の観点が多様化を遂げた時代と要約できるだろう.

 ・ Malmkjær, Kirsten, ed. The Routledge Linguistics Encyclopedia. 3rd ed. London and New York: Routledge, 2010.

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2022-01-26 Wed

#4657. 翻訳の不確定性 [philosophy_of_language][translation][semantics][terminology]

 意味は存在するのか,という言語哲学 (philosophy_of_language) 上の問題がある.素人考えでは,もちろん存在していると思うわけだが,犬や石が存在するのと同じように存在しているのかと問われると自信がなくなってくる.(普通の感覚では)犬や石は確かに客観的に存在しているように思われる.しかし,意味も同じような客観性をもって存在しているといえるのだろうか.意味とは,存在するにしても,あくまで主観的にのみ存在しているものなのではないか.もしそうだとすると,つまり客観的な意味というものが存在しないとすると,驚くべき結論が導かれることになる.ここからは,服部 (94--95) を引用しよう.

もし客観的対象としての意味が存在しないとしてみよう.すると,「正しい翻訳が唯一定まる」ということが意味をなさなくなるのである.この点を以下で説明しよう.
 翻訳とは,異なる言語の間で意味が同じ表現同士を対応させることである.私たちは通常,客観的対象としての意味が存在すると考えていて,一方の言語に属する表現 A がある場合,それが表す意味 m があって,その m を表すもう一方の言語に属する表現 B (があればそれ)を A に対応させると,A は正しく(B に)翻訳された,と考えてはいないだろうか.もし m を表さない表現 C を A に対応させれば,その翻訳は誤りとされるのである〔後略〕.
 ところが,〔中略〕m や n に相当するものが存在しないとすれば,どのようにして B が A の正しい翻訳であり,C はそうでないと主張したらよいのだろうか.さまざまな会話状況において円滑なやりとりが可能となるかどうか,といったことを目安に「翻訳の正しさ」を決めるということはありうるが,そのような基準をとったときに正しい翻訳が唯一定まる保証はどこにもない.かくして,翻訳の不確定性が生じることになる.


 これは,アメリカの哲学者 Willard van Orman Quine (1908--2000) が Word and Object (1960) で主張した翻訳の不確定性 (indeterminacy of translation) と呼ばれる現象を,かみ砕いて説明したものである.翻訳の不確定性を巡っては,生成文法を唱えた Noam Chomsky (1928--) との間で後に論争が繰り広げられたこともよく知られている.
 関連して「#920. The Gavagai problem」 ([2011-11-03-1]) を参照.

 ・ 服部 裕幸 『言語哲学入門』 勁草書房,2003年.

Referrer (Inside): [2022-02-01-1]

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2022-01-25 Tue

#4656. 英語に関するチグハグ12本 [chiguhagu_channel][khelf][sobokunagimon][hel_education]

 内輪の話しで恐縮ですが,慶應義塾大学文学部英米文学専攻の私の英語史ゼミを中心とするフォーラム khelf (= Keio History of the English Language Forum) では,オンライン授業期となったこの1年半ほど,チャットツールを用いて「ちぐはぐチャンネル」 (chiguhagu_channel) なる遊び(いえいえ,重要な学術的交流です)を実践しています.
 メンバーの皆に「英語の素朴な疑問を教えてください」と投稿を呼びかけても,すでにネタが尽きており,なかなか新しいものが出てきません.しかし「日々の英語の学びなどで気づいた様々なチグハグ案件を教えてください」と呼びかけ方を変えると,少しは出てきます.日英語のチグハグでも,英語内部でのチグハグでもよいですし,何なら全然チグハグでなくても可,という自由な発言の機会です.
 いろいろとおもしろいものが出てきているのですが,皆から寄せられた大事な「チグハグ案件」をここで直接公開するわけにもいきませんので,私自身がこの1ヶ月ほどで書きためてきたチグハグをいくつか披露したいと思います.たいしたものではありませんが,こんなノリでネタが少しずつ集まってきているということです.
 このような素朴な疑問の蓄積が,しばしば本ブログや Voicy の「英語の語源が身につくラジオ」で取り上げる話題のソースとなっています.

child は2重母音なのに,children は短母音.同じく,wild は2重母音なのに,wilderness は短母音.ちぐはぐチャンネル!


規範文法では,2重比較級の worser はダメ.しかし同じく2重比較級の lesser は OK.ちぐはぐチャンネル.


sometimes の -s は属格(所有格)語尾に由来する.some times の -s は複数語尾に由来する.ちぐはぐチャンネル!


・ well written: (本が)うまく書かれている
・ well read: (人が)本をよく読んでいて博学である
同じ過去分詞形容詞なのに.ちぐはぐチャンネル!


・ 普通の英語の先生:英語では r と l は明確に区別されますので気をつけましょうね.rice/lice, right/light など間違えたら大変ですよ.
・ 英語史を知っている英語の先生:ネイティヴだって混乱していたようですよ.coriander は古くは coliandre だったし,marble も同じように marbre だったので.
ちぐはぐチャンネル!


調子に乗ってもう1つ.
・ 普通の英語の先生:英語では v と b は明確に区別されますので気をつけましょうね.very/berry, vest/best など間違えたら大変ですよ.
・ 英語史を知っている英語の先生:ネイティヴだって混乱していたようですよ.have, live の古英語の原形は habban, libban だったので.
ちぐはぐチャンネル!


目下,話題のにっくき「オミクロン」.ご存じの通り,ギリシア・アルファベットの第15文字 ο は "o-miron" (オ・ミクロン)と呼ばれ「小さい o」(=短母音の o)の意.一方,最後の第24文字 ω は "o-mega" (オ・メガ)は「大きい o」(=長母音の o)の意.
 では,これを前提に英語の話しに移ります.英語では長母音の「オー」は,歴史的に <oo> で綴られ [o:] と発音されてきました.大母音推移により [o:] > [u:] となったために food, moon, pool では [u:] と発音されます.英語版の「オメガ発音」と呼んでおきましょう.
 ところが,中には [o:] > [u:] となった後に,発音が短母音化、いわば「ミクロ化」して [ʊ] となったものがあります.それが、good, look, took のタイプです.英語版の「オミクロン発音」と呼んでおきましょうか.
 ということで、まとめると.
・ オメガ発音: food, moon, pool, etc.
・ オミクロン発音: good, look, took, etc.
 新型コロナウィルスが「オメガ」まで行かないことを願って、ちぐはぐチャンネル!


16--17世紀の英語:
・ 発音は大母音推移 (Great Vowel Shift) により大変化を遂げようとしていた
・ 綴字は標準化の機運に乗り,古い発音に忠実なままに固定化しようとしていた
これが現代の spelling-pronunciation gap の不幸な起源.発音と綴字がたどったチグハグな運命.


皆さん both と either は反意語だと思いますか? 確かに both A and B は「AとBと両方」で,either A or B は「AかBかどちらか」と学んだはずです.いかにも反意ですよね.しかし,
・ Unfortunately I was sitting at the table with smokers on both sides of me.
・ Unfortunately I was sitting at the table with smokers on either side of me.
という2つの文は同義なのです.ちぐはぐチャンネル!


形容詞 free に対応する副詞としては単純副詞の free と,-ly 副詞の freely がありますね.
・ to travel free: 無料の旅行,ただ乗り
・ to travel freely: 時間も場所も自由で,制限なしの旅行
どちらも好きですけどね.チグハグ!


こういうの困りますねぇ.
・ conceive - conceit - concept - conception
・ deceive - deceit - decept - deception
・ receive - receit - receipt - reception
・ perceive - perceit - percept - perception
異なる時代にラテン語から借りたり,フランス語から借りたり,個々別々の動きをしてきたから,後から整理してみると,こんな風になっちゃうわけです.


ある言語が他言語(文化)と接触し大きな刺激を受けたときに,大規模な語彙拡充が起こることがあります.その際に,そのまま他言語から語を借用する「オープン借用」と,翻訳して取り込む「むっつり借用」という2つの方法があり得ます.言語や時代によって,この方針がおよそきれいに分かれます.
・ 「オープン借用」の方針:フランス語より影響を受けた中英語,ラテン語より影響を受けた初期近代英語,漢語より影響を受けた上代以降の日本語
・ 「むっつり借用」の方針:ラテン語より影響を受けた古英語,ラテン語の影響を受けた近代期のドイツ語,西洋語より影響を受けた明治期の日本語
2つの方針を巡って,各々の言語・時代で何がどう異なっていたのか? ちぐはぐチャンネル.


 以上12件につき,お粗末様でした.

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2022-01-24 Mon

#4655. 動詞の「相」って何ですか? [aspect][tense][category][sobokunagimon][verb][terminology][perfect][progressive]

 多くの言語には,時間 (time) に関連する概念を標示する機能があります.まず,日本語にも英語にもあって分かりやすいのは時制 (tense) という範疇 (category) ですね.過去,現在,未来という時間軸上のポイントを示すアレです.
 もう1つ,よく聞くのが (aspect) です.aspect という英単語は「局面,側面,様態,視座,相」ほどを意味し,いずれで訳してもよさそうですが,最も分かりにくい「相」が定訳となっているので困ります.難しそうなほうが学術用語としてありがたがられるという目論見だったのでしょうかね.あまり感心できませんが,定着してしまったものを無視するわけにもいきませんので,今回は「相」で通します.
 さて,aspect や「相」について参考書を調べてみると,様々な定義や解説が挙げられていますが,互いに主旨は大きく異なりません.

動詞に関する文法範疇の一つで,動詞の表わす動作・状態の様相のとらえ方およびそれを示す文法形式をいう.(『新英語学辞典』, p. 96)


The grammatical category (expressed in verb forms) that refers to a way of looking at the time of a situation: for example, its duration, repetition, completion. Aspect contrasts with tense, the category that refers to the time of the situation with respect to some other time: for example, the moment of speaking or writing. There are two aspects in English: the progressive aspect ('We are eating lunch') and the perfect aspect ('We have eaten lunch'). (McArthur 86)


A grammatical category concerned with the relationship between the action, state or process denoted by a verb, and various temporal meanings, such as duration and level of completion. There are two aspects in English: the progressive and the perfect. (Pearce 18)


 半年ほど前のことですが,オンライン授業の最中に,学生よりズバリ「相」って何ですかという質問がチャットで寄せられました.そのときに次の即席の回答をしたことを思い出しましたので,こちらに再現します.授業中ということもあり,その場での分かりやすさを重視し,カジュアルで私的な解説にはなっていますが,かえって分かりやすいかもしれません.

相が時制とどう違うか,という内容の問題でしょうかね? そうするとけっこう難しいのですが,よく言われるのは「相」は動詞の表わす動作の内部時間の問題,「時制」は動詞の表わす動作の外部時間の問題とか言われます.
 例えば jump 「跳ぶ」の外部時間は分かりやすくて「跳んだ」「跳ぶ」「跳ぶだろう」ですね.内部時間というのは,「跳ぶ」と一言でいっても,脚の筋肉を緊張させて跳び始めようかなという段階(=相)もあれば,実際跳び始めてるよという段階(=相)もあるし,跳んでいて空中にいる最中の段階(=相)もあれば,跳び終わって着時寸前の段階(=相)もあれば,跳び終わっちゃった段階(=相)もあるというように,今の例では少なくとも5段階くらいあるわけです.スローモーションの画像のどこで止めようかという話しです.この細かい段階を表わすのが「相」です.時間が関わってくる点では共通していますが,「時制」とは別次元の時間の捉え方ですよね.


 言語における「相」の概念の一部のみをつかんだ取り急ぎの解説にすぎませんが,参考になれば.
 もう少し本格的には「#2747. Reichenbach の時制・相の理論」 ([2016-11-03-1]) も参照.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
 ・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.

Referrer (Inside): [2022-08-19-1]

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2022-01-23 Sun

#4654. either は片方なのか両方なのか問題 [sobokunagimon][pronoun][adjective][dual][logic][semantics][contronym][khelf]

 一昨日の記事「#4652. any が「どんな?でも」を表わせるように either は「いずれの?でも」を表わせる」 ([2022-01-21-1]) でもすでに取り上げましたが,標記は目下私のゼミを中心とする khelf (= Keio History of the English Language Forum) メンバーの間で熱い議論の対象となっている問題です.
 either は,2者のうちのいずれかを選ぶ「片方」の意味を表わすというイメージが強いと思いますが,実は「両方」の意味を表わすケースもあるという問題です.一種の contronym の例といえます.
 『コンパスローズ英和辞典』の either より,それぞれに対応する語義1と語義2を引用しましょう.

--- (形)[単数形の名詞につけて]
(1) (2つ[2人]のうち)どちらか(一方)の;どちらの…でも,どちらでも任意の
   Take either apple.|どちらかのりんごを取りなさい
   You may invite either boy.|どちらの少年を招待しても結構です.
. . . .
(3) どちらの…も,両方の
   There was a chair at either end of the long table.|長いテーブルの両端にそれぞれいすが置かれていた.

(語法)3の意味では特に side, end, hand など対を表わす名詞と用いるが, 次の例のように both(+複数名詞)や each(+単数名詞)を用いることも多い.both は「両方」を同時にまとめて,either, each は「片方」 ずつそれぞれを個別に捉える感じとなる
   There were chairs at both ends of the long table.
   There was a chair at each end of the long table.


 either A or B という高頻度の相関表現がありますし,一般には (1) こそが either の原義だと捉えられていると思いますが,歴史的にみれば驚くことに (3) のほうが古いのです.OED によれば,(3) は古英語から普通に見られる語義ですが,(1) は中英語後期になってようやく現われる新参語義です.
 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか.よく似た形態の outher という語とややこしい関係に陥ってしまったという事情があるようです.関連して「#945. either の2つの発音」 ([2011-11-28-1]) もご参照ください.

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2022-01-22 Sat

#4653. 可算名詞と不可算名詞の区別は近代英語期にかけて生じた [noun][countability][semantics][sobokunagimon][article][hc][category]

 先日「#4649. 可算名詞と不可算名詞の区別はいつ生まれたのか?」 ([2022-01-18-1]) の記事を投稿したところ,読者の方より関連する論文がある,ということで教えていただきました.私の寡聞にして存じあげなかった Toyota 論文です.たいへんありがたいことです.早速読んでみました.
 論文の主旨は非常に明快です.Toyota (118) の冒頭より,論文を要約している文章を引用します.

Our main question is about how the distinction between mass and count nouns evolved. Earlier English surprisingly has a relatively poor counting system, the distinction between count and mass nouns not being clear. This poor distinction in earlier English has developed into a new systems of considering certain referents as mass nouns, and these referents came to be counted differently from those considered as count nouns. There are various changes involved in this development, and it is possible that factors like language contact caused the change. This view is challenged, asking whether other possibilities, such as a change in human cognition and the world-view of speakers, also affected this development.


 同論文によれば,古英語から初期中英語までは,可算性 (countability) に関する区別は明確にはなかったということです(その種のようなものはあったのですが).これは,可算性の区別をつけていなかったと考えられる印欧祖語の特徴の継承・残存と考えてよさそうです.
 ところが,後期中英語から,とりわけ初期近代英語期にかけて,突如として現代に通じる可算性の区別がつけられるようになってきました.背景には,すでに可算性の区別を獲得していたラテン語やフランス語からの影響が考えられますが,それだけでは比較的短い期間内に明確な区別が生じた事実を十分には説明できません.そこで,言語接触により触発された可能性は認めつつも,内発的に英語における「世界観」(弱めにいえば「名詞の分節基準」ほどでしょうか)が変化したのではないか,と Toyota は提言しています.
 Helsinki Corpus による経験的な調査として注目に値します.仮説として立てられた「世界観」の変化を実証するにはクリアしなければならない問題がまだ多くあるように思いましたが,それでも,たいへん理解しやすい野心的な試みとして読むことができました.私も,俄然この問題に関心が湧いてきました.

 ・ Toyota, Junichi. "When the Mass Was Counted: English as Classifier and Non-Classifier Language." SKASE Journal of Theoretical Linguistics 6.1 (2009): 118--30. Available online at http://www.skase.sk/Volumes/JTL13/pdf_doc/07.pdf .

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2022-01-21 Fri

#4652. any が「どんな?でも」を表わせるように either は「いずれの?でも」を表わせる [pronoun][adjective][assertion][dual][logic][semantics][contronym]

 Any child can do that. という文は「どんな子供でもそれができる」の意を表わします.力点の置き方は異なりますが,基本的な意味としては All children can do that. とおよそ同等です.
 平行的な例を挙げます.Either way will do. という文は「いずれのやり方でもうまく行きます」の意を表わします.力点の置き方は異なりますが,基本的な意味としては Both ways will do . とおよそ同等です.
 特に2つめの eitherboth を用いた例文ペアが同義で用いられ得るというのは,なかなかの驚きではないでしょうか.というのは,私たちは either (A or B) と both (A and B) は対義表現であると信じ込まされてきたからです.しかし,この2つは文脈によってはむしろ類義表現というべきものになり得るのです.
 either は,一般には2つあるものの「いずれか」「片一方」を意味すると理解されていますが,実は「いずれの○○でも(よい)」という関連する語義からは「○○の両方であっても(よい)」の解釈が生じ得ます.論理学の喩えでいえば,or には「排他的選言」 (exclusive disjunction) と「非排他的選言」 (inclusive disjunction) の両義があることに相当するでしょうか.
 ということで,多少のニュアンスの違いはありながらも,eitherboth でパラフレーズできてしまうケースがあるのです.例えば,次の例を参照.

 ・ Unfortunately I was sitting at the table with smokers on either side of me.
 ・ Unfortunately I was sitting at the table with smokers on both sides of me.

 この either vs both の意味論的緊張関係は,any vs all の緊張関係とパラレルです.前者は2つのものについて,後者は3つ以上のものについて,という違いがあるだけです (cf. Quirk et al. §6.61).言い換えれば,前者は意味論的に両数あるいは双数 (dual) の性質をもっているということです.
 印欧語の数カテゴリーの重要なメンバーだった両数は,英語にも化石的な形ではありますが,所々に痕跡を残しています.both, either, neither, other, whether など -er をもつものが多いですね (cf. 「#3005. or の語源」 ([2017-07-19-1])) .

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2022-01-23-1]

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2022-01-20 Thu

#4651. なぜ fire から派生した形容詞 fiery はこの綴字なのですか? [sobokunagimon][spelling][pronunciation][adjective][gvs][vowel][syllable][analogy][suffix]

 この素朴な疑問は私も長らくナゾだったのですが,最近ゼミの学生に指摘してもらう機会があり,改めて考え出した次第です.fire に派生接尾辞 -y を付すのであれば,そのまま *firy でよさそうなものですが,なぜ fiery となるのでしょうか.expireexpiry, miremiry, spirespiry, wirewiry などの例はあるのですが,firefiery のタイプは他に例がないようなので,ますます不思議です.
 暫定的な答え,あるいはヒントとしては,近代英語期に fire が1音節ではなく2音節で,fiery が2音節ではなく3音節で発音されたことが関係するのではないかと睨んでいます.
 教科書的にいえば,中英語の [fiːr], [ˈfiː ri] は大母音推移 (gvs) を経て各々 [fəɪr], [ˈfəɪ ri] へ変化しました.長母音が2重母音に変化しただけで,音変化の前後でそれぞれ音節数に変化はありませんでした.
 しかし,語幹末の r の影響で,その直前に渡り音として曖昧母音 [ə] が挿入され,それが独立した音節の核となるような発音が,初期近代英語期には変異形として存在したようなのです.要するに fi-er, fi-e-ry のようなプラス1音節の異形態があったということです.似たような音構成をもつ語について,その旨の報告が同時代からあります.Jespersen (§11.11)の記述を見てみましょう.

The glide before /r/ was even before that time [= 1588 or †1639] felt as a distinct vowel-sound [ə], especially after the new diphthongs that took the place of /iˑ, uˑ/. This is shown by the spelling in some cases after ow: shower < OE scūr bower < OE būr . cower < Scn kūra . lower by the side of lour < Scn lūra 'look gloomy'. tower < F tour; cf. on flower and flour 3.49. Thus also after i in brier, briar, frier, friar, ME brere, frere; fiery, fierie, fyeri (from the 16th c.) for earlier fyry, firy. The glide-vowel [ə] is also indicated by Hart's phonetic spellings 1569: [feiër/ fire (as /heiër/) higher) . /meier/ mire /oˑer/ oar . [piuër] pure . /diër/ dear . [hier/ here (hie r, which also occurs, many be a misprint).


 要するに,fire の形容詞形に関する限り,もともとは発音上2音節であり,綴字上も2音節にみえる由緒正しい firy もあったけれども,初期近代英語期辺りには発音上渡り音が挿入されて3音節となり,綴字上もその3音節発音を反映した fiery が併用されたということのようです.そして,もとの名詞でも同じことが起こっていたと.
 ところが,現代英語の観点から振り返ってみると,名詞では渡り音を反映していないかのような fire の綴字が標準として採用され,形容詞では渡り音を反映したかのような fiery の綴字が標準として採用されてしまったように見えます.どうやら,英語史では典型的な(というよりも,お得意の)「ちぐはぐ」が,ここでも起こってしまったということではないでしょうか.
 あるいは,意味上の「激しさ」つながりで連想される形容詞 fierce との綴字上の類推 (analogy) もあったかもしれないと疑っています.いかがでしょうか.
 上の引用でも触れられていますが,flowerflour が,同語源かつ同じ発音でありながらも,異なる綴字に分化した事情と,今回の話題は近いように思われます.「#183. flowerflour」 ([2009-10-27-1]),「#2440. flower と flour (2)」 ([2016-01-01-1]),および 「flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」 (heldio) も参照ください.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. London: Allen and Unwin, 1909.

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2022-01-19 Wed

#4650. 抽象名詞は形容詞に修飾されると可算名詞になりやすい? [noun][countability][adjective][article][sobokunagimon]

 昨日の記事「#4649. 可算名詞と不可算名詞の区別はいつ生まれたのか?」 ([2022-01-18-1]) と関連して,ゼミ大学院生が興味深い疑問を振ってくれたので,ここで考えてみたい.
 通常,抽象名詞は不可算名詞として不定冠詞 a(n) を取らないが,形容詞で修飾される場合には具体性を帯び,不定冠詞を伴うことがあるといわれる.例を挙げれば,"Ours was a very happy marriage." "The book was a great success." のようなケースである.
 一方,形容詞を伴っても原則として不定冠詞を取らない「頑固な抽象名詞」もある.院生が言及してくれた『ロイヤル英文法』 (93) を参照していみると,次の語が列挙されていた.確かに good advice, remarkable progress, bitter weather などと不定冠詞は取らない.

advice, applause, behavior, conduct, damage, fun, harm, homework, information, luck, music, news, nonsense, progress, weather, wisdom, work


 この辺りの問題には合理的な説明を施すことは難しいようだ.Quirk et al. (§5.59)によると,不定冠詞が付き得る例文が3つ挙げられている.

Mavis had a good education.
My son suffers from a strange dislike of mathematics. <ironic>
She played the oboe with (a) remarkable sensitivity.


 このようなケースで不定冠詞が付き得る条件ははっきりしておらず,あくまで次のような場合には付きやすいという緩い傾向が指摘できるにとどまる.

(i) the noun refers to a quality or other abstraction which is attributed to a person;
(ii) the noun is premodified and/or postmodified; and, generally speaking, the greater the amount of modification, the greater the acceptability of a/an.


 標題が相当に難しそうな問題であることが分かってきた.

 ・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2022-01-18 Tue

#4649. 可算名詞と不可算名詞の区別はいつ生まれたのか? [noun][countability][semantics][sobokunagimon][article][category]

 名詞の可算性 (countability) は現代英語における重要な問題だが,本ブログでまともに扱ったことがなかったことに気づいた.「#4335. 名詞の下位分類」 ([2021-03-10-1]),「#4214. 強意複数 (1)」 ([2020-11-09-1]),「#4215. 強意複数 (2)」 ([2020-11-10-1]),「#2808. Jackendoff の概念意味論」 ([2017-01-03-1]) 辺りで間接的に触れてきた程度である.私自身,この問題について歴史的に向き合ったことがなかったということもある.
 日本語母語話者として英語を学んできて,なぜこの単語は不可算名詞なのか,と疑問を抱いたことは一度や二度ではない.次に挙げる単語は,そのまま数えられそうでいて英語では数えられということになっており,強引に数えたい場合にはいちいち単位を表わす可算名詞を用いた表現にパラフレーズしなければならない.例えば Quirk et al. (§5.9)によると次の通り.

NONCOUNT NOUNCOUNT EQUIVALENT
This is important informationa piece/bit/word of information
Have you any news?a piece/a bit/an item of good news
a lot of abusea term/word of abuse
some good advicea piece/word of good advice
warm applausea round of applause
How's business?a piece/bit of business
There is evidence that . . .a piece of evidence
expensive furniturea piece/an article/a suite of furniture
The interest is only 5 percent.a (low) rate of interest
What (bad/good) luck!a piece of (bad/good) luck


 英語史の観点からの興味は,可算名詞と不可算名詞の区別がいつ頃生まれたのかということである.意味論的には,名詞の可算性の区別そのものは古英語期にもあったのだろうか.あくまで形式的にいえば,名詞の可算性が顕在化するのは,主として不定冠詞の用法が発達してからのことだろう.不定冠詞が厳密にいつ確立したかは議論のあるところだが,「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) で見たように中英語期以降であることは認めてよいだろう.それ以降は,不定冠詞が付くことができれば可算名詞であり,付くことができなければ不可算名詞であると判定し得るので,調査のしようがあるように思われる.では,上記の単語はその当初から不可算名詞だったのだろうか.そして,単位(可算)名詞を伴う表現もその当初からあったのだろうか.あるいは,可算・不可算の区別自体が,それ以降,徐々に発達してきたものなのだろうか.
 名詞の可算性の顕在化は,主に付随する不定冠詞の有無によって判定し得ると述べたが,それ以外の形式的な判定基準もあるかもしれない.例えば「#2697. fewa few の意味の差」 ([2016-09-14-1]),「#3051. 「less + 複数名詞」はダメ?」 ([2017-09-03-1]),「#3052. そのような用法は昔からあった,だから何?」 ([2017-09-04-1]),「#2035. 可算名詞は he,不可算名詞は it で受けるイングランド南西方言」 ([2014-11-22-1]) で取り上げたような議論も関連してくるのではないか.
 本格的に調べたことがないので,現時点で私に言えることはないが,少しずつ追いかけてみようと思う.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2022-01-22-1] [2022-01-19-1]

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2022-01-17 Mon

#4648. 言語とジェンダーを巡る研究の3タイプ [gender][gender_difference][sociolinguistics][linguistic_ideology]

 昨日の記事「#4647. 言語とジェンダーを巡る研究の動向」 ([2022-01-16-1]) に引き続き,昨今の言語とジェンダーを巡る研究について.『日本語学大辞典』より「ジェンダー」の項を執筆している,この分野の第一人者である中村桃子氏によれば,同分野の研究には3つのタイプがあるという.

ジェンダー 社会文化的性差.1960年代にフェミニズムによって提案された.一般には「女らしさ,男らしさ」と呼ばれる.セックス(生物学的性別)と別にジェンダーを設定することにより,「女/男らしさ」は社会によってつくられ,ゆえに,変えられることを示した.多くの近代社会のジェンダーには,(1) 両極に2分されている,(2) 補い合う対をなす,(3) 非対称的な権力関係である(男が「主体」で,女は「他者」),(4) 人種・民族・階級・宗教・年齢など他の権力関係と交差している,などの特徴が認められる.しかし,セックスは生物学的事実でジェンダーは文化的構築物だとして両者を区別する考え方は,1980年代のポスト構造主義によって否定された.スコット (Joan Scott) は,ジェンダーとは「身体的差異に意味を付与する知」だと述べ,バトラー (Judith Butler) も,ジェンダーはセックスをあたかもその起源であるかのように遡及的に構築すると主張している.さらに,異性愛を規範とみなすセクシュアリティもジェンダーの2分法によって構築されていることが指摘され,セックスもセクシュアリティもジェンダーによって規定されていることが明らかになった.現在ジェンダーは人文社会科学に不可欠な重要概念である.言語とジェンダーの研究は,大きく3つに分けられる.第1は,ジェンダーに関する常識や知識(ジェンダー・イデオロギー)はどのように構築されたのかを明らかにする言説分析である.これは,常識や知識は言説によって作られるというフーコー (Michel Foucault) 等の指摘に基づいている.性差別表現や言葉によるセクハラなど,性差別を構成する言語の是正が提案された.また,女性語や男性語も,女性や男性が実際に使ってきた言葉使いではなく,言語に関わるジェンダー・イデオロギーとして捉え直され,言説による歴史的構築が研究されている.第2は,会話分析,談話分析,語用論などにより,ジェンダー・アイデンティティの構築過程を明らかにする分野である.初期の研究においては,ジェンダーを話し手の属性とみなす本質主義に基づいて,男女の話し方の違いを明らかにする性差研究が行われていた.しかし,人は,あらかじめ持っているアイデンティティを表現するためにことばを使っているのではなく,さまざまな話し方を使い分けることで多様なアイデンティティを表現していることが明らかになった.そこで,アイデンティティを言語行為の原因ではなく結果とみなす構築主義が提案された.ジェンダーは,言語行為によって作り上げるアイデンティティ,「ジェンダーする」行為の結果である.構築主義によれば,女性語のように特定のアイデンティティと結びついた言語要素は,女性に限らずだれもがアイデンティティ構築に利用できる言語資源として捉え直される.いつ,どのような言語資源をアイデンティティ構築に利用するのか,話し手の主体性が強調される.第3は,この主体的な言語行為が既存のジェンダー秩序を変革する方策を明らかにすることである.聞き手に理解してもらうためには,社会で共有されている言語資源を使うしかない.しかし社会には,限られたアイデンティティと結びついた言語資源しか用意されていない.その結果,話し手は,さまざまな言語資源を組み合わせたりずらしたりしながら,多様なアイデンティティを表現することになる.このような「ずれた言語行為」には,ジェンダーの支配関係を変化させる可能性がある.


 3つのタイプにラベルを貼りつければ,次のようになるだろうか.

 (1) 社会のジェンダー・イデオロギーの構築に関する研究
 (2) 個人のジェンダー・アイデンティティの構築に関する研究
 (3) 既存のジェンダー秩序の変革に関する研究

 なお,英語史研究においては,古い時代の文献を主に扱うからだろうか,いまだに言語使用の男女差という「古典的」というべき話題が多いように思われる.

 ・ 日本語学会(編) 『日本語学大辞典』 東京堂,2018年.

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2022-01-16 Sun

#4647. 言語とジェンダーを巡る研究の動向 [gender][gender_difference][sociolinguistics][history_of_linguistics][hellog_entry_set][variation][anthropology]

 本ブログでは主に社会言語学の観点から言語とジェンダーの問題を様々に取り上げてきた.gendergender_difference の各記事,とりわけ私が厳選した「言語と性」に関する記事セットを参照されたい.
 言語とジェンダーを巡る研究は,言語使用の男女差という問題にとどまらない.むしろ,男女差の問題は昨今は流行らなくなってきている.言語におけるジェンダーは,初期の研究で前提とされてきたように固定的な属性ではなく,むしろ動的な属性であるととらえられるようになってきたことが背景にある.Swann et al. からの引用 (165--66) により,現代の研究の動向をつかんでおきたい.

language and gender The relationship between language and gender has long been of interest within SOCIOLINGUISTICS and related disciplines. Early twentieth-century studies in LINGUISTIC ANTHROPOLOGY looked at differences between women's and men's speech across a range of languages, in many cases identifying distinct female and male language forms (although at this point language and gender did not exist as a distinct research area). GENDER has also been a SOCIAL VARIABLE in studies of LANGUAGE VARIATION carried out since the 1960s, a frequent finding in this case being that, among speakers from similar social class backgrounds, women tend to use more standard or prestige language features and men more vernacular language features. There has been an interest, within INTERACTIONAL SOCIOLINGUISTICS, in female and male interactional styles. Some studies have suggested that women tend to use more supportive or co-operative styles and men more competitive styles, leading to male DOMINANCE of mixed-gender talk. Feminist researchers, in particular, have also been interested in SEXISM, or sexist bias, in language.
   Studies that focus simply on gender differences have been criticised by feminist researchers for emphasising difference (rather than similarity); seeing male speech as the norm and female speech as deviant; providing inadequate and often stereotypical interpretations of WOMEN'S LANGUAGE; and ignoring difference in POWER between female and male speakers.
   More recently (and particularly in studies carried out since the late 1980s and 1990s) gender has been reconceptualised to a significant extent. It is seen as a less 'fixed' and unitary phenomenon than hitherto, with studies emphasising, or at least acknowledging, considerable diversity among female and male speakers, as well as the importance of CONTEXT in determining how people use language. Within this approach, gender is also seen less as an attribute that affects language use and more as something that is performed (or negotiated and perhaps contested) in interactions . . . .


 前世紀末以降,ジェンダーによる言語使用の差異というよりも,言語によるジェンダーの生成過程のほうに研究の関心が移ってきた,と要約できるだろう.構造主義からポスト構造主義への流れ,とも表現できる.

 ・ Swann, Joan, Ana Deumert, Theresa Lillis, and Rajend Mesthrie, eds. A Dictionary of Sociolinguistics. Tuscaloosa: U of Alabama P, 2004.

Referrer (Inside): [2022-01-17-1]

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2022-01-15 Sat

#4646. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第11回「なぜ eleven, twelve というの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][numeral][metathesis]

 NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」の2月号のテキストが発売されました.本年度連載中の「英語のソボクな疑問」の第11回の話題は「なぜ eleven, twelve というの?」です.13から19までは X-teen という語形成で「X + 10」という構成原理がわかりやすいのですが,11と12については期待される *oneteen, *twoteen とはなりません.これはなぜなのでしょうか.

『中高生の基礎英語 in English』2022年2月号



 本ブログでは「#3279. 年度初めの「素朴な疑問」を3点」 ([2018-04-19-1]) にて,この問題に簡単に触れました.わからないことも多々あるのですが,そこでの説明を膨らませたのが今回の連載記事です.記事では,その他 thirteenfifteen についての謎にも迫っています.なぜ素直に *threeteen や *fiveteen とならないのか,という素朴な疑問です.ぜひテキストを手に取っていただければと思います.
 数詞というのは非常に身近な語彙ですが,eleven, twelve の問題に関わらず謎が多い語群でもあります.むしろ日常的で頻度が高すぎるからこそ,イレギュラーなことが多いのだろうと思われます.数詞の不思議については,本ブログでも numeral の各記事で取り上げてきましたので,そちらもご覧ください.

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2022-01-14 Fri

#4645. 『三田評論』1月号の「“新書”で英語を学ぶ」の記事 [review][inoueippei]

 『三田評論』2022年1月号 (no. 1262) に「時の話題」の企画として「“新書”で英語を学ぶ」 (pp. 36--41) が掲載されています.2020年から2021年にかけて英語新書ブームを巻き起こした3名の著者による3本の記事です(オンライン版ではまだ閲覧できないようです).

 ・ 北村 一真(杏林大学外国語学部) 「英語の読解で拡がる世界」 (pp. 36--37)
 ・ 井上 逸兵(慶應義塾大学文学部) 「タテマエから知る英語のわかり方」 (pp. 38--39)
 ・ 今井 むつみ(慶應義塾大学環境情報学部) 「英語を自由に使うための“スキーマ”の習得」 (pp. 40--41)

 ブームとなった新書は各々以下の通りです.

 ・ 北村 一真 『英語の読み方 ー ニュース,SNS から小説まで』 中央公論新社〈中公新書〉,2021年.
 ・ 井上 逸兵 『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2021年.
 ・ 今井 むつみ 『英語独習法』 岩波書店〈岩波新書〉,2020年.

 これまでも日本人の英語学習熱は常に高かったといってよいですが,英語を学ぶための新書ブームがこのタイミングで来たというのはおもしろいことだと思っています.なぜなのでしょうか,たまたまなのでしょうか.この点について私も関心をもち,昨秋,井上先生とおしゃべりしました.Voicy の私のチャンネル「英語の語源が身につくラジオ」にて収録・配信しましたので,関心のある方はぜひどうぞ.

 ・ 「『英語の思考法』(ちくま新書)の著者、井上逸兵先生との対談」(9月17日放送)
 ・ 「対談 井上逸兵先生と「英語新書ブーム」を語る」(10月22日放送)

 『三田評論』の記事のなかで,井上先生は「コロナで「おうち時間」が増え,コロナ前のインバウンド歓待のムードも遠い昔に思え,「英会話」よりもじっくり腰をすえて本を読むという人が広い世代で増えたのかもしれない」 (p. 38) と述べています.
 英語の勉強と合わせて英語史の学習についても,じっくり腰をすえてみてはいかがでしょうか.

(後記 2022/03/03(Thu):上記の『三田評論』の記事がオンラインで自由に閲覧できるようになったようです.こちらからどうぞ.)

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2022-01-13 Thu

#4644. Punch が生み出した単語 [punch][lexicology][neologism][lmode]

 昨日の記事「#4643. 19--20世紀の時事風刺漫画雑誌といえば Punch」 ([2022-01-12-1]) で,19--20世紀を代表する自自風刺画雑誌 Punch を紹介した.この雑誌は数々の新語を生み出した(あるいは既存のインパクトのある語を流行らせた)ことでも有名で,英語史上,無視することができない影響力を示してきた.
 OEDPunch を初例とする単語を粗々に検索してみると227語がヒットした.例えば,bi-monthly (adj., n,. adv.), brunch (v.), Chunnel (n.), gushy (adj.), hanky-panky (n.), punmanship (n.), snobbism (n.), thought control (n.), trendy (adj., n.), washerette (n.) など,馴染みのあるものも含めて数々の語が挙げられている.
 Punch におけるやりとりが語句の発祥となった例,つまり故事成語というべき例もある.curate's egg (玉石混淆,良いところも悪いところもあるもの)は,1895年11月9日の Punch より,次の会話から生まれたものとされる.(ただし OED によれば,この故事成語は実際のところ同年5月22日の Judy 誌が初例と判明しているようだ.Punch が後にその名誉をさらっていったという辺りも,影響力の大きさをうかがわせる.)

Right Reverend Host: I'm afraid you've got a bad Egg, Mr. Jones!
The Curate: Oh no, my Lord, I assure you! Parts of it are excellent!


 時代と新語を作り出してきた雑誌である.

 ・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.

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2022-01-12 Wed

#4643. 19--20世紀の時事風刺画雑誌といえば Punch [punch][lmode]

 19世紀には英米でユーモアと風刺たっぷりの定期刊行物がはやった.そのなかでも飛び抜けて人気だったのが Punch である.創設者は Henry Mayhew, Mark Lemon, Joseph Stirling Coyne および版画家の Ebeneze Landells である.当時フランスで Charivari (語源不詳)という風刺雑誌が成功を収めており,これにあやかって副題を The London Charivari としたが,本題のほうは「ポンチのような混合物」となることを意図して Punch と定められた(cf. 「#35. finger の語源」 ([2009-06-02-1])).1841年の創刊から1992年まで休むことなく発行された.1996年から2002年まで復刊したが,時代の流れと財政難により,ついに廃刊となった.
 この雑誌は英語史的にも価値が高い.というのも,後期近代英語期から現代英語期にかけて,人々の英語(あるいは言語)に対する社会的態度がいかなるものであったかを,風刺を通じて教えてくれる貴重な資料だからだ.要するに,時代の言語習慣を写し出す鏡だったのである (Crystal 93) .
 Punch の記事を読むのは,実はとても難しい.風刺を理解するには,その時代の時事的な知識が必要だからだ.並の英語力では読み解けないことも多く,文字通り "philological" な知識が必要とされる.したがって,後期近代英語期(の英語史)の教材としてはうってつけということになる.
 以下は,1841年7月1日(木)の創刊号の表紙ページ第1ページ

Punch Title Page Punch First Page


 Punch の造語趣味は,第1ページの最初にある gaffawgraph だけからも感じられる.「しょーもないダジャレ;オヤジギャグ」ほどだろうか,普通の辞書にも OED にも載っていない!

 ・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.

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2022-01-11 Tue

#4642. 古英語の副詞句のデフォルトの順序は「いつどこで」 [oe][adverb][syntax][word_order][information_structure]

 昨日の記事「#4641. 副詞句のデフォルトの順序 --- 観点,過程,空間,時間,付随」 ([2022-01-10-1]) で,現代英語の副詞句の並び順について取り上げた.とりわけよく共起すると思われる「空間」と「時間」の並び順は,デフォルトではこの順序,つまり「どこでいつ」である.日本語では「いつどこで」が普通なので,反対の順序ということになる.
 では,古い英語ではどうだったのだろうか.現代英語と異なり,古英語では(副詞句に限らないが)語順が比較的自由だったという事情があったが,このことは副詞句のデフォルトの語順にも影響していたのだろうか.この問題に関して,古英語の分布について York-Toronto-Helsinki Parsed Corpus of Old English Prose を用いて調査した Chrambach の論文を読んでみた.様々なパラメータを設定した上で多因子解析を試みている.
 結論としては,現代英語の「どこでいつ」とは反対の(つまり日本語風の)「いつどこで」ということのようだ.この結論は,古英語内の各時期に関して支持され,翻訳テキストでも非翻訳テキストでも同様に確認され,ジャンルにも関係しないとのことだ (Chrambach 52) .
 では,なぜ古英語では「いつどこで」だったのだろうか.論文では「なぜ」までは踏み込んでいないが,副詞句の分布について明らかになったことはあるようだ.分布には REALIZATION FORM と OBLIGATORINESS の2つの要因が作用しているという.具体的にいえば「副詞句+前置詞句」あるいは「付加詞+補文」というつながりが現われることと,それが「いつどこで」の順序として現われることとが指摘されている (Chrambach 52--53) .
 古英語のコーパスからのデータに基づく統計を駆使した論文で,容易に解釈することはできないのだが,もしこの結論が正しいとすると,英語は古英語的な「いつどこで」タイプから,現代英語的な「どこでいつ」タイプにシフトしてきたことになる.それはなぜなのか.中英語や近代英語での順序はどうだったのか.これについて,通言語的に,あるいは類型論の立場から何か言えるのか.興味をそそられる問いである.

 ・ Chrambach, Susanne. "The Order of Adverbials of Time and Place in Old English." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 39--59.

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2022-01-10 Mon

#4641. 副詞句のデフォルトの順序 --- 観点,過程,空間,時間,付随 [adverb][syntax][word_order][information_structure]

 標題は,現代英語の統語論でしばしば取り上げられる話題である.付加語 (adjunct) と呼ばれる副詞相当語句が連鎖するとき,どのような順序で配置されるのだろうか.Quirk et al. (§8.87) が "Relative positions of adjuncts" にて概説してくれているので,それを丸々引用したい.

In the relevant sections, we have given indications of the norms of position in respect of each class of adjunct. We turn now to consider the positions of adjunct classes in respect of each other. Two general principles can be stated, applying to relative order whether within a class or between classes:

   (i) The relative order, especially of sentence adjuncts, can be changed to suit the demands of information focus . . . .
   (ii) Shorter adjuncts tend to precede longer ones, and in practice this often means that adverbs precede noun phrases, which precede prepositional phrases, which precede nonfinite clauses, which precede finite clauses.

   Subject to these general principles, where adjuncts cluster in E [= end] position, the normal order is:
   
      respect --- process --- space --- time --- contingency

It would be highly unusual to find all such five at E (or indeed all such five in the same clause), but for the purposes of exemplification we might offer the improbable and stylistically objectional (sic). . .:

   John was working on his hobby [respect] with the new shears [process] in the rose garden [place] for the whole of his day off [time] to complete the season's pruning [contingency].

The same point could be made more acceptably (but at greater length) by forming a series of sentences, each with any two of these adjuncts.
   Adjuncts that can occur at I (= initial) are usually those that either have relatively little information value in the context (eg in reflecting what can be taken for granted) or are relatively inclusive or 'scene-setting' in their semantic role (eg an adjunct of time). Thus:

   That whole morning, he devoted himself to his roses.

Not only is the adjunct at I one of time, but the anaphoric that indicates that the period concerned has already been mentioned. It is unusual to have more than one adjunct at I except where one is realized by a pro-form (especially then), but they would tend to be in the reverse order to that observed at E. In practice, this usually means:

   space --- time      or     process --- time

For example:

   In America [A1], after the election [A2], trade began to improve.
   Slowly [A1] during this period [A2] people were becoming more prosperous.


 とりわけ空間と時間については現代英語ではこの順序で,すなわち「どこでいつ」の順に配置されるのが普通であることはよく知られている.日本語では通常「いつどこで」となるので,反対ということになる.
 この問題について英語史の観点からの関心は,昔からこの順序だったのだろうかという疑問である.おもしろいことに,どうやら違ったようなのである.明日の記事で.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2022-08-24-1] [2022-01-11-1]

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2022-01-09 Sun

#4640. of/「の」をもつ名詞的繋辞構文の出現 [syntax][preposition][generative_grammar]

 英語の an angel of a girl 「天使のような少女」のような of を用いた構文について「#2461. an angel of a girl (1)」 ([2016-01-22-1]) や「#2462. an angel of a girl (2)」 ([2016-01-23-1]) で取り上げたことがあるが,日本語にも統語意味論的に類例があるという見解に出会った.小川 (83) によると,日本語と英語の様々なソースから集めた例として次のものが挙げられている.
 
 (1) a. 女性の運転手(=女性である運転手;cf. 女性運転手)
   b. 運転手の女性(=運転手である女性;cf. *運転手女性)
 (2) a. a village like a jewel
   b. a jewel *(of) a village
 (3) a. あの山は高さ(が)3000メートルだ/である。
   b. あの山は3000メートル*(の)高さだ/である。
 (4) a. It rose with great rapidity until it reached the height of 400 feet, ...
   b. Lead-glazed earthenware; height 7 feet, 10 1/2 inches over-all.
   c. Asher smiled quizzically, as he spread his broad brown hands before his face and drew himself up to his full six feet *(of) height.

 小川 (83) は,生成文法の枠組みに依拠し,このような構文を「名詞的繋辞構文」と呼んで分析している.名詞句内で意味的に主語と述語に相当する部分が倒置できる場合があり,その際に繋辞(of や「の」)が生じる構文のことである.(1a), (2a), (3a), (4a, b) では繋辞が生じない(あるいは義務的ではない)が,(1b), (2b), (3b), (4c) では繋辞が義務的となるという特徴がある.また,歴史的に後者グループは前者グループよりも後に生じているという共通点もあるという.小川は後者グループの歴史的な出現は統語構造が複雑化した結果とみており,この複雑化を「統語的構文化」と呼んでいる (92) .
 (3), (4) のように数量や単位に関する名詞句の統語構造(小川は p. 83 で「尺度名詞構文」と呼んでいる)は,日本語でも英語でも確かに複雑だと思っていたが,それと a jewel of a villagean angel of a girl の問題が結びつき得るとは予想もしなかった.統語理論がおもしろいのは,このような予想外の関連を示してくれる点にある.
 of が関わる統語論上の他の問題としては,「#4116. It's very kind of you to come.of の用法は?」 ([2020-08-03-1]),「#4117. It's very kind of you to come. の of の用法は歴史的には「行為者」」 ([2020-08-04-1]) 辺りも参照.

 ・ 小川 芳樹 「日英語の名詞的繋辞構文の通時的変化と共時的変異」『レキシコン研究の新たなアプローチ』岸本 秀樹・影山 太郎(編),くろしお出版,2019年,81--111頁.

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2022-01-08 Sat

#4639. 近代英語期にかけて増えてきた受動文 [passive][syntax][word_order][information_structure][statistics][hc]

 一般に言語において,情報構造 (information_structure) の観点から,主題となる項(主語とは限らない)は文頭,文の前寄りに置くのが望ましいとされる.日本語のような自由な語順をもつ言語であれば,これを実現することはたやすい.実際,日本語と同様に語順が比較的自由だった古英語でも,この情報構造上の要求に応えることは難しくなかった.
 しかし,近現代英語のようなおよそ固定化した語順をもつ言語の場合には,何らかの工夫をこらさなければならない.古英語から中英語期にかけて文の文法としてのV2規則が失われ,語順が固定化していくにつれて,主題となる項を文頭にもってくるための方法が手薄になった.このような状況にあって,重要な手段の1つと目されるようになったのが受動文である.能動文における目的語が主題となる場合,その能動文を受動文に換えることにより,元の目的語が主語となり,問題なく文頭に置けるようになるからだ.
 語順の固定化と受動文の多用化という一見すると独立した2つの統語的現象は,情報構造という語用論的な概念を仲立ちとして関連づけられ得るのである.これは「#4561. 語順問題は統語論と情報構造の交差点」 ([2021-10-22-1]) で論じた通りである.少なくとも仮説としては興味深い.
 この仮説を実証しようとした研究に Seoane がある.Helsinki Corpus の15世紀初期から18世紀初期までの部分(すなわちV2規則が失われた後の時代のサブコーパス)を用いた調査によれば,以下の通り,時代を追って受動文の比率が漸増していることが分かる (Seoane 371) .

 WordsActivesPercent activePassivesPercent passive
M4 (1420--1500)44,0002,92881.964718.0
E1 (1500--1570)50,0002,23678.561221.4
E2 (1570--1640)48,0002,55077.972222.0
E3 (1640--1710)55,0002,89378.52,90321.3
Total197,00010,60778.52,90321.3


 ただし,この表の背景にあるコーパスの扱い方,データの拾い方については注記が必要だろう.Seoane によれば,能動文の収集は受動文化できるタイプのものに限っているという.また,現代英語でもよく知られている通り,受動文の生起頻度はテキストタイプに大きく依存するため,その考慮も必要である.また,受動文で行為者を示す by 句の有無も,考慮すべきパラメータとなる(実際,Seoane 論文ではこれらの観点にも注意が払われている).
 この表はあくまで大雑把な調査結果と解釈すべきであり,上記の仮説を実証したとまではいえないだろう.しかし,コーパスを大きくし,種々のパラメータを検討することによって,実証に近づくことはできるかもしれない.だが,何よりもこの仮説のキモは,語順の固定化と受動文の多用化の関係だったことを思い出したい.両者の因果関係を実証するには,どの時代について何をどの程度明らかにすればよいのだろうか.

 ・ Seoane, Elenna. "Information Structure and Word Order Change: The Passive as an Information-Rearranging Strategy in the History of English." Chapter 15 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 360--91.

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2022-01-07 Fri

#4638. 古英語に標準語はなかった [oe][standardisation][oe_dialect][idiolect]

 古英語に標準語があったかどうかという問題については,すでに「#3260. 古英語における標準化」 ([2018-03-31-1]) や「#4013. 「古英語の標準語」の解釈」 ([2020-04-22-1]) で考察してきた.伝統的には「古英語の標準語」 ("Standard Old English") は,Gneuss の影響力のある論文に基づき,前提として認められてきた経緯がある.しかし,近年の研究では古英語における言語的標準は虚構であると解釈されるようになっている.
 ある言語変種が標準語であると言われるとき,どのような基準でそのように言われるのだろうか.広く参照されるのは Haugen の標準化モデルである.本ブログでも「#2742. Haugen の言語標準化の4段階」 ([2016-10-29-1]) や「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1]) で取り上げてきた.すなわち Selection, Codification, Elaboration of function, Acceptance の4条件を満たした変種こそが,正真正銘の標準語というわけである.
 この Haugen の基準に従う限り,伝統的に「古英語の標準語」と言われてきた後期ウェストサクソン方言,あるいは Ælfric の個人語 (idiolect) は,標準語とは認定できない.標準語ぽいものという言い方は可能かもしれないが,標準語そのものではない.Hogg (401) もこの点を指摘している.

No matter how much we modify Haugen's criteria to accommodate a different age, it is difficult to see how we can describe Ælfrician Old English as a standard language. This is not to deny the validity of Gneuss's remarks in general, but it does seem as if he misunderstood their import. There is a viable alternative. This is to claim, following Smith (1996: 65--7), that we are dealing, in the case of Ælfric, with a focused language, rather than a standard language. the mark of a focused language is that rather than having fixed, codified forms, it contains a small amount of internal variation and as such it attract other varieties which have further variations of their own. But these other varieties then tend to adopt at least some of the forms of the focused and more prestigious language.


 古英語に「標準語」はなかった.あったのは「焦点化された」 (focused) 変種にすぎない,ということである.
 関連して「#4014. 初期ウェストサクソン方言と後期ウェストサクソン方言の関係」 ([2020-04-23-1]) も参照.標準化の議論一般についてはや standardisation もどうぞ.

 ・ Gneuss, H. "The Origin of Standard Old English and Æthelwold's School at Winchester." Anglo-Saxon England 1 (1972): 453--58.
 ・ Hogg, Richard. "Old English Dialectology." Chapter 16 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 395--416.
 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.

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2022-01-06 Thu

#4637. 18世紀の非標準的な発音の復元法 [dialectology][standardisation][prescriptive_grammar][philology][ortheopy][prescriptivism][pronunciation][lexicography][methodology][walker][reconstruction]

 英語史研究では,近代英語期,とりわけ18世紀の非標準的発音の同定は難しいと信じられてきた.18世紀といえば「理性の時代」であり,言語についていえばまさに規範主義 (prescriptivism) の時代である.「#1456. John Walker の A Critical Pronouncing Dictionary (1791)」 ([2013-04-22-1]) を代表例として,標準的で規範的な発音を提示する辞書が次々と出版された時代だった.非標準的な地域方言や社会方言が記録される余地などないと信じられてきた.
 しかし,考えてみれば,規範主義の言語論というものは「○○という発音・語法を用いるべし」というだけではなく「△△という発音・語法は用いるべからず」と説くことも多い.つまり,禁止すべきとされる「△△」は当時の非標準的な言語項を表わしているものと解釈できるのである.何がダメだったのかを理解することは,すなわち当時の一般的な言語慣習を復元することにつながるのである.これは文献学上の証拠 (evidence) を巡るメソドロジーとして一種のどんでん返しといってよい.Beal の論文は,まさにこのどんでん返しを披露してくれている.Beal (345--46) の結論部を引用しよう.

I hope that I have demonstrated that, even though the authors of these works [= prescriptive works] were prescribing what they viewed as 'correct' pronunciation, a proto-RP used by educated, higher-class speakers in London, they were often acute observers of the variants which were proscribed. In telling their readers which pronunciations to avoid, they provide us with a record of precisely those non-standard features that were most salient at the time. Such evidence can fill in the gaps in the histories of dialects, provide answers to puzzles such as those surrounding the reversal of mergers, and, perhaps most importantly, can provide time-depth to the 'apparent-time' studies so prevalent in current variationist work.


 文献学においては証拠の問題が最重要であることを,再考させてくれる.

 ・ Beal, Joan C. "Marks of Disgrace: Attitudes to Non-Standard Pronunciation in 18th-Century English Pronouncing Dictionaries. Methods and Data in English Historical Dialectology. Ed. Marina Dossena and Roger Lass. Bern: Peter Lang,2003. 329--49.

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2022-01-05 Wed

#4636. "complexity principle" 「複雑性の原理」 [complexity_principle][syntax]

 昨日の記事「#4635. "Great Complement Shift" 「大補文推移」」 ([2022-01-04-1]) で引用した Rohdenburg は,認知上の複雑さが増すと文法的に明示的な表現が好まれるようになるという "complexity principle" 「複雑性の原理」についても考察している.Rohdenburg (147) より,原理の定義を見てみよう.

The complexity principle:

In the case of more or less explicit constructional options the more explicit one(s) will tend to be preferred in cognitively more complex environments.


 この原理の効果は,通時的変化としても共時的変異としても,また通言語的にも広く確認されるという.例えば次のようなものである (Rohdenburg 147--48) .

 ・ 関係詞の導入手段を複数もつ言語において,統語的に複雑な環境では,より明示的な導入手段が選択される傾向がある.
 ・ 主節の主語が長くなった場合に,改めて代名詞で受け直す語法が多くのヨーロッパの言語に観察される.
 ・ 否定文は認知的に複雑である.否定補文はしばしば最大限に明示的な文構造を取る.
 ・ 隣接していない要素どうしの統語的一致は,しばしば明示的な形式によって標示される.

 英語からの具体的な例として,昨日の記事で引用した構文に注目しよう."He hesitated about whether he should do it/whether to do it." では補文に whether 節と whether 不定詞句のいずれも現われるが,副詞句が挿入されてより複雑になった構文 "He hesitated for a very long time about whether he should do it." においては,より明示的な whether 節が現われやすいという (Rohdenburg 148) .
 また,"She advised to do it in advance.", "She advised doing it in advance.", "She advised that it (should) be done in advance." の変異について,補文を否定にすると "She advised that it (should) not be done in advance." のように that 節補文が選ばれやすいようだ (Rohdenburg 149--50) .

 ・ Rohdenburg, Günter. "The Role of Functional Constraints in the Evolution of the English Complement System." Syntax, Style and Grammatical Norms: English from 1500--2000. Ed. Christiane Dalton-Puffer, Dieter Kastovsky, Nikolaus Ritt, and Herbert Schendl. Bern: Peter Lang, 2006. 143--66.

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2022-01-04 Tue

#4635. "Great Complement Shift" 「大補文推移」 [gcs][gvs][syntax][verb][complementation][terminology][gerund][infinitive]

 英語史の最重要キーワードの1つである "Great Vowel Shift" (「大母音推移」; gvs)については本ブログでも多く取り上げてきたが,それにちなんで名付けられた統語論上の "Great Complement Shift" (「大補文推移」; gcs)については「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1]) でその名前に言及した程度でほとんど取り上げてきていなかった.これは,英語史上,動詞補分構造 (complementation) が大きく変化してきた現象を指す.この分野の第一人者である Rohdenburg (143) が,重要な論文の冒頭で次のように述べている.

Over the past few centuries, English has experienced a massive restructuring of its system of sentential complementation, which may be referred to as the Great Complement Shift.


 一括りに補文構造の大変化といっても,実際には様々な種類の変化が含まれている.それらが互いにどのような関係をもつのかは明らかにされていないが,Rohdenburg はまとめて GCS と呼んでいる.Rohdenburg (143--45) は,次のような通時的変化(あるいはそれを示唆する共時的変異)の例を挙げている.

 (1) She delighted to do it. → She delighted in doing it.
 (2) She was used/accustomed to do it. → He was used/accustomed to doing it.
 (3) She avoided/dreaded to go there. → She avoided/dreaded going there.
 (4) He helped (to) establish this system.
 (5) They gave us some advice (on/as to) how it should be done.
 (6) a. He hesitated (about) whether he should do it.
   b. He hesitated (about) whether to do it.
 (7) a. She was at a loss (about) what she should do.
   b. She was at a loss (about) what to do.
 (8) a. She advised to do it in advance.
   b. She advised doing it in advance.
   c. She advised that it (should) be done in advance.
 (9) a. He promised his friends to return immediately.
   b. He promised his friends (that) he would return immediately.

 統語論上これらを1つのタイプに落とし込むことは難しいが,動詞の補文として動名詞,不定詞,that 節,前置詞句などのいずれを取るのかに関して通時的変化が生じてきたこと,そして現在でもしばしば共時的変異がみられるということが,GCS の趣旨である.

 ・ Rohdenburg, Günter. "The Role of Functional Constraints in the Evolution of the English Complement System." Syntax, Style and Grammatical Norms: English from 1500--2000. Ed. Christiane Dalton-Puffer, Dieter Kastovsky, Nikolaus Ritt, and Herbert Schendl. Bern: Peter Lang, 2006. 143--66.

Referrer (Inside): [2023-07-05-1] [2022-01-05-1]

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2022-01-03 Mon

#4634. Oxford Bibliographies による英語史研究の歴史 [hel_education][history_of_linguistics][bibliography][oxford_bibliographies]

 分野別に整理された書誌を専門家が定期的にアップデートしつつ紹介してくれる Oxford Bibliographies より,"History of the English Language" の項目を参照してみた(すべてを読むにはサブスクライブが必要).主に英語の統語論の歴史を研究している Ans van Kemenade と Bettelou Los による選で,最新の更新は2019年7月11日となっている.  *
 イントロとして,英語史研究の伝統が簡単に要約されている.19世紀半ば以来,古英語や中英語の音韻論,形態論,テキスト校訂,方言が盛んに研究されてきたが,1970年代を重要な転機として,統語論,語用論,言語変化,コーパス言語学など,現代につながる英語史研究の新たな潮流が生じた.

The study of the history of the English language has a long and rich tradition, starting with a range of editions of important Old and Middle English texts in the middle of the 19th century, many of which are still available as reprints from the early English Text Society . . . . The linguistic study of the history of English took off in the 20th century with a range of traditional grammars usually concerned with the phonology and morphology of Old and Middle English and a further range of detailed studies of the language of particular texts and of particular dialects areas. Since the 1970s and in the wake of the development of functionalist and formalist models of language structure, language use, and diachronic change, the various historical stages of English and the diachronic changes in the domains of phonology, morphology, syntax, and pragmatics have also become a favorite playground of historical linguists. The study of these aspects has been greatly enhanced by the recent boost of computerized corpora, including text corpora as well as corpora enriched with various types of linguistic information. The history of English in all its breadth has thus become a field of study that draws both on rich documentation and on linguistic and methodological sophistication.


 新年に英語史を学び始めたい方,あるいはさらに学び続けたい方は,英語史学習・研究のための一般的書誌として,ぜひ「#4358. 英語史概説書等の書誌(2021年度版)」 ([2021-04-02-1]),「#4557. 「英語史への招待:入門書10選」」 ([2021-10-18-1]) をご参照ください.後者については Voicy ラジオ版の「対談 英語史の入門書」も聴いてみてください.意欲がわいてくると思います.


Referrer (Inside): [2023-05-08-1] [2022-04-21-1]

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2022-01-02 Sun

#4633. 2021年によく聴かれた「英語の語源が身につくラジオ」の放送 [link][sobokunagimon][notice][hel_education]

 昨年6月2日に音声配信プラットフォーム Voicy にて「英語の語源が身につくラジオ」と題するチャンネルをオープンしました.以後,毎日更新しています(cf. 「#4421. 「英語の語源が身につくラジオ」をオープンしました」 ([2021-06-04-1])).前身の「hellog ラジオ版」も合わせてどうぞ.



 7ヶ月ほど続けてきましたが,最もよく聴かれている放送20件を以下に示します.たまに対談ものも織り交ぜています.本ブログの追補版として始めたのですが,収録となると毎日そこそこ気は張りますね.
 ちなみに,本日の放送は,この本日のブログ記事と連動させた2021年の放送の振り返りです.以下,正月の余暇にお聴きください.

 1. 「『英語の思考法』(ちくま新書)の著者、井上逸兵先生との対談」,9月17日放送,917回再生
 2. 「なぜ A pen なのに AN apple なの?」,6月2日放送,860回再生
 3. 「flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」,6月3日放送,655回再生
 4. 「なぜ否定語が文頭に来ると VS 語順になるの?」,8月28日放送,621回再生
 5. 「塵も積もれば山となる」に対応する英語の諺」,6月4日放送,548回再生
 6. 「対談 井上逸兵先生と「英語新書ブーム」を語る」,10月22日放送,430回再生
 7. 「なぜ月曜日 Monday はムーンデイではなくマンデイなの?」,6月7日放送,421回再生
 8. 「harassment のアクセントはどこに置けばいいの?」,6月5日放送,407回再生
 9. 「なぜ used to do が「?したものだった」なの?」,11月16日放送,397回再生
 10. 「なぜ one と書いてオネではなくてワンなの?」,6月8日放送,369回再生
 11. 「対談 英語史の入門書」,10月18日放送,353回再生
 12. 「forget, forgive の for- とは何?」,8月27日放送,353回再生
 13. 「one, only, any は同語源って知ってました?」,6月9日放送,334回再生
 14. 「対談 英語史×国際英語」,10月19日放送,333回再生
 15. 「meat のかつての意味は「食物」一般だった!」,6月6日放送,332回再生
 16. 「現在完了は過去を表わす表現と共起したらNG?」,8月23日放送,316回再生
 17. 「first の -st は最上級だった!」,6月10日放送,314回再生
 18. 「Japanese の -ese って何?」,11月12日放送,285回再生
 19. 「前置詞ならぬ後置詞の存在」,10月11日放送,284回再生
 20. 「英語とギリシア語の関係って?」,10月15日放送,277回再生

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2022-01-01 Sat

#4632. 2021年によく読まれた記事 [link][sobokunagimon][notice][hel_education]

 謹賀新年.今年も英語史に関する話題を広く長く提供し続ける「hellog?英語史ブログ」を続けていきます.引き続きよろしくお願いいたします.
 2021年に本ブログのどの記事が最もよく読まれたか,調べてみました.12月30日付のアクセス・ランキング (access ranking) のトップ500記事をご覧ください(昨年版と一昨年版については,それぞれ「#4267. 2020年によく読まれた記事」 ([2021-01-01-1]) と「#3901. 2019年によく読まれた記事」 ([2020-01-01-1]) をどうぞ).
 「素朴な疑問」系の記事 (sobokunagimon) がよく読まれているようなので,その系列で上位に入っている50件ほどを以下に挙げておきます(各行末の数字は年間アクセス数).お正月の読み物(ラジオの場合は聴き物)としてどうぞ.

 ・ 「#4188. なぜ sheep の複数形は sheep なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-14-1]) (8159)
 ・ 「#4044. なぜ活字体とブロック体の小文字 <a> の字形は違うのですか?」 ([2020-05-23-1]) (7541)
 ・ 「#3717. 音声学と音韻論はどう違うのですか?」 ([2019-07-01-1]) (5679)
 ・ 「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1]) (5164)
 ・ 「#1299. 英語で「みかん」のことを satsuma というのはなぜか?」 ([2012-11-16-1]) (4807)
 ・ 「#4017. なぜ前置詞の後では人称代名詞は目的格を取るのですか?」 ([2020-04-26-1]) (3126)
 ・ 「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]) (2937)
 ・ 「#3611. なぜ He is to blame.He is to be blamed. とならないのか?」 ([2019-03-17-1]) (2756)
 ・ 「#4042. anti- は「アンティ」か「アンタイ」か --- 英語史掲示板での質問」 ([2020-05-21-1]) (2696)
 ・ 「#2784. なぜアメリカでは英語が唯一の主たる言語となったのか?」 ([2016-12-10-1]) (2511)
 ・ 「#3747. ケルト人とは何者か」 ([2019-07-31-1) (2304)
 ・ 「#3677. 英語に関する「素朴な疑問」を集めてみました」 ([2019-05-22-1]) (2226)
 ・ 「#4272. 世界に言語はいくつあるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-01-06-1]) (2120)
 ・ 「#2924. 「カステラ」の語源」 ([2017-04-29-1]) (1882)
 ・ 「#4069. なぜ live の発音は動詞では「リヴ」,形容詞だと「ライヴ」なのですか?」 ([2020-06-17-1]) (1845)
 ・ 「#2502. なぜ不定詞には to 不定詞 と原形不定詞の2種類があるのか?」 ([2016-03-03-1]) (1801)
 ・ 「#4060. なぜ「精神」を意味する spirit が「蒸留酒」をも意味するのか?」 ([2020-06-08-1]) (1695)
 ・ 「#4196. なぜ英語でいびきは zzz なのですか?」 ([2020-10-22-1]) (1598)
 ・ 「#2618. 文字をもたない言語の数は? (2)」 ([2016-06-27-1]) (1591)
 ・ 「#2885. なぜ「前置詞+関係代名詞 that」がダメなのか (1)」 ([2017-03-21-1]) (1563)
 ・ 「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1]) (1539)
 ・ 「#4233. なぜ quite a few が「かなりの,相当数の」の意味になるのか?」 ([2020-11-28-1]) (1529)
 ・ 「#4199. なぜ last には「最後の」と「継続する」の意味があるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-25-1]) (1526)
 ・ 「#3648. なんで *He cans swim. のように助動詞には3単現の -s がつかないのですか?」 ([2019-04-23-1]) (1475)
 ・ 「#3017. industry の2つの語義,「産業」と「勤勉」 (1)」 ([2017-07-31-1]) (1447)
 ・ 「#3298. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (1)」 ([2018-05-08-1]) (1446)
 ・ 「#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか?」 ([2021-02-07-1]) (1404)
 ・ 「#11. 「虹」の比較語源学」 ([2009-05-10-1]) (1398)
 ・ 「#3941. なぜ hour, honour, honest, heir では h が発音されないのですか?」 ([2020-02-10-1]) (1395)
 ・ 「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1]) (1360)
 ・ 「#2105. 英語アルファベットの配列」 ([2015-01-31-1]) (1358)
 ・ 「#3852. なぜ「新橋」(しんばし)のローマ字表記 Shimbashi には n ではなく m が用いられるのですか? (1)」 ([2019-11-13-1]) (1350)
 ・ 「#3831. なぜ英語には冠詞があるのですか?」 ([2019-10-23-1]) (1337)
 ・ 「#103. グリムの法則とは何か」 ([2009-08-08-1]) (1280)
 ・ 「#3588. -o で終わる名詞の複数形語尾 --- pianospotatoes か?」 ([2019-02-22-1]) (1270)
 ・ 「#4195. なぜ船や国名は女性代名詞 she で受けられることがあるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-21-1]) (1262)
 ・ 「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]) (1249)
 ・ 「#4389. 英語に関する素朴な疑問を2685件集めました」 ([2021-05-03-1]) (1224)
 ・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1]) (1211)
 ・ 「#4186. なぜ Are you a student? に対して *Yes, I'm. ではダメなのですか?」 ([2020-10-12-1]) (1156)
 ・ 「#4026. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (3)」 ([2020-05-05-1]) (1122)
 ・ 「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) (1062)
 ・ 「#2891. フランス語 bleu に対して英語 blue なのはなぜか」 ([2017-03-27-1]) (1053)
 ・ 「#3983. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (1)」 ([2020-03-23-1]) (1012)
 ・ 「#47. 所有格か目的格か:myselfhimself」 ([2009-06-14-1]) (962)
 ・ 「#4219. なぜ DXdigital transformation の略記となるのか?」 ([2020-11-14-1]) (938)
 ・ 「#2200. なぜ *haves, *haved ではなく has, had なのか」 ([2015-05-06-1]) (936)
 ・ 「#580. island --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-28-1]) (925)
 ・ 「#2189. 時・条件の副詞節における will の不使用」 ([2015-04-25-1]) (920)
 ・ 「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1]) (890)

 新年は学び始めにふさわしい時期でもあります.英語史に関心をもった方,さらに関心をもちたい方は,「#4359. ぜひ英語史学習・教育のために hellog の活用を!(2021年度版)」 ([2021-04-03-1]) および「なぜ英語史を学ぶか」の記事セットをご覧ください.
 また,本ブログとは別に,昨年の6月2日に音声配信プラットフォーム Voicy にて「英語の語源が身につくラジオ」と題するチャンネルをオープンしました.耳で学ぶ英語史として毎日配信していますので,こちらも是非お聴きください(cf. 「#4421. 「英語の語源が身につくラジオ」をオープンしました」 ([2021-06-04-1])).

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最終更新時間: 2024-02-28 16:15

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