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recipe - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-03-28 10:57

2017-07-10 Mon

#2996. 近代英語期の英文法書とレシピ本の共通点 [prescriptive_grammar][recipe][genre][lmode]

 Tieken-Boon van Ostade (138) による後期近代英語の概説書を読んでいて,英文法書とレシピ本に見られる思いも寄らない共通点を教えられた.

Between 1500 and 1850, the number of such books [= cooking recipes] increased dramatically, which, interestingly, shows a parallel with the steep rise in the publication of English grammars since the 1760s . . . . Their reading public was also similar: people who desired access to the 'polite' middle classes, and who needed tools for this, even cookery books. Another similarity is that writers of cookery books often 'copy from existing collections so that such compilations tend to be "improvements" of earlier cookery books' (Görlach 1992: 750).


 まず,両テキストタイプともに,近代期を通じて出版が伸び続けており,とりわけ18世紀後半に増加したという.また,その需要はいずれも上昇志向の強い中流階級に支えられていたという点が指摘されている.いずれも,気品ある紳士淑女にとって「たしなみ」と捉えられていたのである.さらに,著者たちが「改善」と称して,既刊書からのコピペを当たり前のように行なっていたということも共通点だ.現在であれば明らかに剽窃として罰せられるところだが,当時は珍しいことではなかったのだろう.とはいえ,18世紀後半には,顰蹙を買うに足る行為と認識されるようになっていたようである.
 昨今の日本では,結婚相手として男女ともに料理のたしなみが求められるようになってきているようだが,特に日本語文法の知識は求められていない.これはある意味でほっとするところである.18世紀のイギリス社会は, "social climbers" にとって生きるのも楽ではなかったのだなあと考えさせる意外な共通点だった.

 ・ Tieken-Boon van Ostade, Ingrid. An Introduction to Late Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2009.

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2017-02-15 Wed

#2851. almond [recipe][history][pronunciation]

 「#2849. macadamia nut」 ([2017-02-13-1]),「#2850. walnut」 ([2017-02-14-1]) に引き続き,もう1つの人気あるナッツである almond (アーモンド)について.almond の語源はギリシア語にまで遡ることができるが,それ以前については不詳である.英語へは1300年頃にフランス語経由で入った.MEDalma(u)nde (n.) に挙げられているように,alma(u)ndealmo(u)nde などの綴字で現われている.
 MED の例文を眺めていると分かるように,使用例は料理のレシピに多い.実際,アーモンドは中世とルネサンス期を通じて,レシピに最もよく現われたナッツの1つである.レシピでは特にアーモンドミルクやアーモンドバターとしての使用が目立ち,1399年頃の料理本とされる The Form of Cury には,多くの例が確認される.MED でも引用されている4例を挙げると,

 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 32: Make gode thik Almaund mylke as tofore.
 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 44: Creme of Almandes: Take Almandes blanched, grynde hem and drawe hem up thykke..boile hem..spryng hem with Vynegar, cast hem abrode uppon a cloth and cast uppon hem sugar.
 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 45: Grewel of Almandes: Take Almandes blanched, bray hem with oot meel, and draw hem up with water.
 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 56: Take the secunde mylk of Almandes.


 この料理本は,政治的にはぱっとしないが,その宮廷と厨房の壮麗さではよく知られている Richard II のお抱え料理人が編纂したもので,後に Elizabeth I にも献呈されたというから,一流のレシピである.40もの異なる版が現存しており,1780年に出版された版がオンラインの The Form of Cury で閲覧できるので,参照してみた.例えば,その p. 44 には,上の MED からの引用の2つめにも挙げた "Creme of Almānd" と題するレシピが掲載されている.

Take Almānd blan~ched, grynde hem and drawe hem up thykke, set hem oūe the fyre & boile hem. set hem adoū and spryng hem with Vyneg~, cast hem abrode uppon a cloth and cast uppon hem sug. whan it is colde gadre it togydre and leshe it in dyssh.


 一度,味わってみたい気がする.
 「#1967. 料理に関するフランス借用語」 ([2014-09-15-1]) の記事で引用した15世紀のレシピにも,almondes が現われている.アーモンドは,14世紀半ばの黒死病の猛威と関連して,外来の香辛料とナッツの需要が拡大したなかで,とりわけ愛された食材だったのである.
 なお,LPD によると,almond の現在の発音は,イギリス英語では原則として /ˈɑːmənd/ と <l> を発音しないが,アメリカ英語では75%の割合で <l> を発音し,/ˈɑːlmənd/ となるという.この発音については,「#2099. faultl」 ([2015-01-25-1]) も参照.

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2014-09-15 Mon

#1967. 料理に関するフランス借用語 [loan_word][french][lexicology][norman_conquest][semantic_field][recipe]

 昨日の記事「#1966. 段々おいしくなってきた英語の飲食物メニュー」 ([2014-09-14-1]) で,英語の料理や飲食物に関する語彙には,歴史的にフランス借用語が幅を利かせてきたことを確認した.その背景にあるのは,疑いなく1066年のノルマン・コンクェエストである.それ以降,「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) で典型的に知られているように,アングロサクソン系の大多数の庶民は家畜の世話に追われ,フランス系の上流階級はフランスの料理に舌鼓を打った.イングランドにおいてフランス料理は,単においしいだけでなく,権威や洗練の象徴として社会的な含意をもっていた.
 動物とその肉料理に関する sheep / mutton; ox / beef; pig / pork, bacon, gammon; calf / veal; boar / brawn; fowl / poultry の英仏語彙の対立はよく知られているが,ほかにもフランス借用語が料理に関する意味場を広く占めている証拠はたくさんある.昨日の記事で引用した Hughes は,"The sociology of food" (117--20) と題する節で,興味深い事例を列挙している.
 まず,動物の可食部位で上質な部位と下等な部位とで呼び名が異なるという事実がある.haunch, joint, cutlet はフランス語だが,brains, tongue, shank は英語だ.ある程度豪華な食事を表わす dinner, supper, banquet はフランス語だが,質素な breakfast は英語だ(なお,lunch は16世紀末に初出し,昼食の意では19世紀から).火を通す調理法は「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1]) の COOK の配下に挙げた boil, broil, roast, grill, fry など多くの動詞がフランス語だ.スープ,デザート,調味料など風味の素材も然り (ex. soup, potage, sauce, desert, mustard, cream, ginger, liquorice, flan, pasty, claret, biscuit) .アングロ・サクソンの食文化のひもじさが悲しいほどだ.
 中世のご馳走を用意する係の名前にもフランス語が目立つ.steward (給仕長)こそ英語だが(sty + ward で「豚小屋世話人」というのが皮肉),marshal (接待係),sewer (配膳方),pantler (食料貯蔵室管理人),butler (執事)はフランス語である.下働きの scullion (皿洗い男),blackguard (召使い),pot-boy (ボーイ)はいずれも英語である.
 最後に,15世紀のレシピの英文を覗いてみよう.Hughes (118) からの再引用だが,イタリック体の語がフランス借用語である.いかに料理の意味場がフランス語かぶれしているかが分かるだろう.

Oystres in grauey

Take almondes, and blanche hem, and grinde hem and drawe þorgh a streynour with wyne, and with goode fressh broth into gode mylke, and sette hit on þe fire and lete boyle; and cast therto Maces, clowes, Sugur, pouder of Ginger, and faire parboyled oynons mynced; And þen take faire oystres, and parboile hem togidre in faire water; And then caste hem ther-to, And let hem boyle togidre til þey ben ynowe; and serve hem forth for gode potage.


 いかにもフランス語かぶれしている.しかし,かぶれていなかったら,今でさえ評価されることの少ないイングランドの食事情は,さらに貧しいものとなったに違いない.人たるもの,食の分野において purism の議論はあり得ない.

 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.

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