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最終更新時間: 2019-03-22 05:49

2018-05-01 Tue

#3291. 11の公用語をもつ南アフリカ共和国 [south_africa][official_language][afrikaans][language_planning][linguistic_right]

 「#407. 南アフリカ共和国と Afrikaans」 ([2010-06-08-1]) で触れたように,南アには11の公用語が存在する.ヨーロッパ人植民者の伝統を引く English, Afrikaans のほか Sepedi, Sesotho, Setswana, siSwati, Tshivenda, Xitsonga, isiNdebele, isiXhosa, isiZulu といったアフリカ土着系諸言語が含まれる.これは1994年にマンデラ政権により制定された新憲法の第6条で規定されている.通常,憲法で公用語を定める場合には,1つか2つに限られることが多いが,11の言語名が列挙されるというのは尋常ではない.諸言語,諸民族の尊重という大義として理解することもできるが,実際にはいずれかに定められない南ア社会の現実を反映した苦しい選択ととらえるべきだろう.
 南ア社会の厳しい現実の背景には,2つの要素がある.1つは,歴史的に影響力を保ってきた保守的な勢力としての Afrikaans の地位が,諸民族の橋渡し役としての英語に押され,追い越されてきたという勢力図の変化である.旧憲法では英語と Afrikaans の平等使用原則が謳われていたが,これが撤廃されたことにより,2言語間である種の自由競争が生まれ,結果として英語が抜きんでてきた.つまり,国内の言語として伝統的に優勢だった Afrikaans が「使用保障を失った」(山本,p. 233)ことによる,社会言語学的序列の再編成の帰結である.結果として誕生したヒエラルキーは,英語がトップに立ち,その下に Afrikaans が続き,その下に他の9言語が立ち並ぶという構図である.新憲法による公用語制定では11言語がフラットに列挙されており,ヒエラルキーが感じられないが,逆にいえば,まさにその点に南アの言語事情をめぐる苦悩がある.
 もう1つの要素は,新憲法で11言語をフラットに並べていることからも示唆される通り,強制的な言語政策が放棄されたことである.結果,国民一人一人の自主的な言語選択が尊重されるようになってきた.山本 (235) 曰く,

政府による言語政策の強制がなくなったために,政府は基本方針を示すだけで,地域や学校,そして父母に教育言語に関する判断がゆだねられている.そのため,初等教育で家庭語 (home language) を使用するかどうか,使うなら何年間使用するか,家庭語から英語(もしくはアフリカーンス語)への切り替え時期は何年目にするか,などについて,極端に言えば,学校毎にやり方が異なっており,「南アの学校は〜」というふうにひとくくりで論じることができない.また,伝統的アフリカーンス語系の学校にも黒人が入学するようになり,英語による教育を求めて,文化的伝統にこだわるアフリカーナーとトラブルになることもある.これも多言語・多文化社会の一つの姿である.


 「11の公用語」は国民の言語権を守るものでもあるが,一方で南ア社会の複雑さを象徴するものでもある.その是非を論じるためには,歴史的な背景も含めて,状況をよく理解しておく必要がある.
 南アフリカ共和国の英語事情については,「#343. 南アフリカ共和国の英語使用」 ([2010-04-05-1]) と「#1703. 南アフリカの植民史と国旗」 ([2013-12-25-1]) も参照.

 ・ 山本 忠行 「第10章 アフリカーンス語と英語のせめぎ合い」 河原俊昭(編著)『世界の言語政策 他言語社会と日本』 くろしお出版,2002年.225--45頁.

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2018-04-30 Mon

#3290. アフリカの公用語事情 [africa][official_language][language_planning][map]

 昨日の記事「#3289. SwazilandeSwatini に国名変更」 ([2018-04-29-1]) で,日本人にとって馴染みの薄いと思われるアフリカの1国を取り上げたが,話題をアフリカ全体に広げてみても,やはり馴染みが薄いというところではないか.本ブログでも,「#2472. アフリカの英語圏」 ([2016-02-02-1]) などを書いてきたが,アフリカの扱いは全体的に弱かったと思い,今回はアフリカの公用語事情について紹介することにした.
 Ethnologue による2000年時点での調査によれば,アフリカには2058言語が使用されているという.これは,世界中の言語総数6,809の約30%割に相当する数である(ちなみにアジアが32%で1位であり,3位以下は太平洋地域の19%,南北アメリカの15%,ヨーロッパの3%と続く).アフリカ諸国はヨーロッパの植民地支配を被ってきた歴史をもち,その結果としてとりわけフランス語や英語が広く通じるという印象をもって見られるが,その公用語事情は非常に複雑である.公用語が単一が複数か.複数の場合,土着の言語はいかなる立場にあるか.言語政策の内実も国によって様々である.そもそも公用語の定義が国によって揺れている場合もある.以下は,1998年のデータに基づいた2002年の三好 (218--19) による各国・地域の公用語の一覧である.情報が古い可能性もあるので(例えば2011年に独立した南スーダンが入っていないなど),当面は概略として理解されたい.  *

 [ アラビア語公用語国・地域 ]

  ・ アルジェリア (Algeria)
  ・ エジプト (Egypt)
  ・ リビア (Libya)
  ・ モーリタニア (Mauritania)
  ・ モロッコ (Morocco)
  ・ スーダン (Sudan)
  ・ チュニジア (Tunisia)

 [ ポルトガル語公用語国・地域 ]

  ・ アンゴラ (Angola)
  ・ カボベルデ (Capo Verde)
  ・ ギニア・ビサウ (Guinea-Bissau)
  ・ モザンビーク (Mozambique)
  ・ サントーメ・プリンシペ (São Tom Príncipe)

 [ スペイン語公用語国・地域 ]

  ・ カナリヤ諸島 (Canary Islands)
  ・ 赤道ギニア (Equatorial Guinea)

 [ フランス語公用語国・地域 ]

  ・ ベニン (Benin)
  ・ ブルキナファソ (Burkina Faso)
  ・ コンゴ共和国 (Republic of Congo)
  ・ ガボン (Gabon)
  ・ ギニア (Guinea)
  ・ コートジボワール (Côte d'Ivoire)
  ・ マリ (Mali)
  ・ マヨット (Mayotte)
  ・ ニジェール (Niger)
  ・ レユニオン (Reunion)
  ・ トーゴ (Togo)
  ・ コンゴ民主共和国 (Democratic Republic of Congo)
  ・ セネガル (Senegal)

 [ 英語公用語国・地域 ]

  ・ ガンビア (Gambia)
  ・ ガーナ (Ghana)
  ・ リベリア (Liberia)
  ・ モーリシャス (Mauritius)
  ・ ナミビア (Namibia)
  ・ ナイジェリア (Nigeria)
  ・ シェラレオネ (Sierra Leone)
  ・ ウガンダ (Uganda)
  ・ ザンビア (Zambia)
  ・ ジンバブエ (Zimbabwe)

 [ アフリカ土着語公用語国・地域 ]

  ・ セイシェル (Seychelles):セイシェル・クレオール・フレンチ (Seychelles Creole French)

 [ 複数公用語公用語国・地域(アラビア語+土着語) ]

  ・ ソマリア (Somalia):アラビア語+ソマリ語 (Somali)
  ・ エリトリア (Eritrea):アラビア語+英語+ティグリニア語 (Tigrinya)

 [ 複数公用語国・地域(フランス語+土着語) ]

  ・ ブルンジ (Burundi):フランス語+ルンジ語 (Rundi)
  ・ 中央アフリカ (Central African Republic):フランス語+サンゴ語 (Sango)
  ・ マダガスカル (Madagascar):フランス語+マラガシー語 (Malagasy)
  ・ ルワンダ (Rwanda):フランス語+英語+ルワンダ語 (Rwanda)

 [ 複数公用語国・地域(英語+土着語) ]

  ・ ボツワナ (Botswana):英語+ツワナ語 (Tswana)
  ・ エチオピア (Ethiopia):英語+アムハラ語 (Amharic)+14の土着語
  ・ ケニア (Kenya):英語+スワヒリ語 (Swahili)
  ・ レソト (Lesotho):英語+レソト語 (Sotho)
  ・ マラウィ (Malawi):英語+チェワ語 (Chewa)
  ・ 南アフリカ共和国 (South Africa):英語+アフリカーンス語 (Afrikaans)+9つの土着語
  ・ スワジランド (Swaziland):英語+スワティ語 (Swati)
  ・ タンザニア (Tanzania):英語+スワヒリ語

 [ 公用語として土着語を含まない複数公用語国・地域 ]

  ・ カメルーン (Cameroon):英語+フランス語
  ・ チャド (Chad):フランス語+アラビア語
  ・ コモロ (Comoros):フランス語+アラビア語
  ・ ジブチ (Djibouti):アラビア語+フランス語

 ・ 三好 重仁 「第9章 2000の言語が話される大陸アフリカにおける言語政策概観」 河原俊昭(編著)『世界の言語政策 他言語社会と日本』 くろしお出版,2002年.217--24頁.

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2018-04-29 Sun

#3289. SwazilandeSwatini に国名変更 [map][official_language][history][esl]

 アフリカ南部,南アフリカ共和国とモザンビークに囲まれた内陸国の Swaziland (スワジランド)が,国王 (King Mswati III) の発議により,国名を eSwatini (エスワティニ)に変えることになったという(BBCの記事を参照).
 この国は「アフリカのスイス」とも称される高原国で,人口約130万人を擁する.人口の約90%がバントゥー系のスワジ族で,スワジ語(スワティ語; Swazi, Swati)を話す.公用語はスワジ語とともに英語が採用されている.19世紀より,イギリス領ケープ植民地やボーア人からの圧力を受け,それぞれの保護下・統治下に入ったが,ボーア戦争後の1902年に正式にイギリス高等弁務官領となった.そこでは伝統的な政治体制が据え置かれ,国王も存続した.1960年代のアフリカ諸国の独立に刺激を受け,1968年にスワジランド王国として独立し,ソブフザ2世を頂く立憲君主国となった.1986年,後継者争いを経て,ムスワティ3世が即位し,絶対君主制を敷きつつ現在に至る.英連邦に加盟している(「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1])).歴史的には南アへの依存度が高かったが,独立期以来,経済が発展し,依存度は低くなってきたという.HIV感染率が世界一高いなど深刻な問題を抱えている国でもある.

Map of Swaziland

 英語との関係でいえば,英語が公用語の1つとして採用されているので,ESL国である.「#2472. アフリカの英語圏」 ([2016-02-02-1]) で示したように,英語を用いる人口は5万人ほどいると推計されている.その英語変種は,「#1919. 英語の拡散に関わる4つの crossings」 ([2014-07-29-1]) で触れた通り,「ESL と EFL の中間的な」変種とされる.言語事情については,Ethnologue より Swaziland を参照.
 また,この国家については,BBC より Swaziland country profileSwaziland chronological profile などを参照.
 関連の深い隣国,南アフリカ共和国の英語事情については,「#343. 南アフリカ共和国の英語使用」 ([2010-04-05-1]),「#407. 南アフリカ共和国と Afrikaans」 ([2010-06-08-1]),「#1703. 南アフリカの植民史と国旗」 ([2013-12-25-1]) をどうぞ.

Referrer (Inside): [2018-04-30-1]

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2017-12-22 Fri

#3161. 大阪が国家として独立したら大阪語が公用語となるかも [sociolinguistics][official_language][language_planning][dialect]

 未来の if シリーズ(仮称)の話題.社会言語学では "Language is a dialect with an army and a navy." が金言とされているように,言語と方言の区別はしばしばバックに国家がついているか否かで決まることが多い.古今東西,地方の1方言にすぎなかった変種が,その地方の政治的独立によって1言語へと「昇格」するということがあったし,その逆もまたあった (cf. 「#2006. 近現代ヨーロッパで自律化してきた言語」 ([2014-10-24-1])) .大阪もいつか日本国から独立して大阪国となることがあるとすれば,大阪方言あらため大阪語がその公用語となるだろう.
 このネタは私も社会言語学の講義などでよく取り上げるのだが,大阪国が独立に際して採用すると見込まれる言語計画 (language_planning) や言語政策について,具体的に想像を膨らませたことはなかった.先日,図書館でブラウジングしていたら『大阪がもし日本から独立したら』という本をみつけた.その p. 58 に,大阪国民の誇りを表現する「大阪語」の公用語制定を含む言語政策のシミュレーションが解説されていた.おもしろいので引用しよう.

 大阪国オリジナルの施策として,第一公用語を「大阪語」とする旨が発布されました.しかし大阪語は地域によってはまったく異なる言語となることから,かつての「船場コトバ」を基礎にした(大阪)標準語の制定作業が進められています.天下の台所と称えられた時代から,日本列島の富を左右していた商業エリアで,鎬(しのぎ)を削る商取引を正確かつ円滑に進めながら,「和」を損なうことのないコミュニケーションツールとして機能し続けてきた船場コトバの特徴を大阪国民が受け継ぐことも狙いです.
 第二公用語には日本国標準語を採用.独立前後の社会活動をスムーズに継続させる実利面への配慮も怠りません.一方,国内各州の地元で親しまれてきた,河内語・摂津語・和泉語などは,各州間のコミュニケーションで誤解を招きかねないデメリットを考慮して,公用語に準ずる扱いを容認するレベルにとどめることにしました.


 ちなみに「大阪語」「船場コトバ」「日本国標準語」には注が付されている.

大阪語 日本語族は従来日本語派と琉球語派の2分派に分けられていたが,大阪国内の研究者の多くは,東日本に分布する東国語派,西日本に分布する大和語派,九州に分布する西国語派と沖縄地方の琉球語派の4分派に分ける立場をとっている.「大阪語」は大和語派のなにわ語群諸語を総称していう名称.船場コトバ,泉州語,河内語などがある. (58)

船場コトバ 江戸時代の船場は堺,近江,京の商人たちが集まった日本最大の商都.そこで円滑に商いを行うために,丁寧かつ曖昧な言語として発達したのが「船場コトバ」といわれている.山崎豊子の名作『ぼんち』の題名となった,商売も遊びにも長けたデキる大阪商人を表す「ぼんち」などで知られる.(58)

日本国標準語 日本国標準語は,東京地方の方言と阪神地方の方言が混ざって生まれた東京山手地域の方言が基礎になっている.主にNHK放送により普及した.(59)


 なお,大阪国を構成する7つの州をまとめる初代大統領はハシモト氏ということになっている(2010年の出版という点がポイント).

 ・ 大阪国独立を考える会(編) 『大阪がもし日本から独立したら』 マガジンハウス,2010年.

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2017-09-11 Mon

#3059. ベンガル語の必修化を巡るダージリンのストライキ [india][sociolinguistics][esl][official_language]

 紅茶の名産地であるインド北東部,ヒマラヤ山脈南麓のダージリン地方 (Darjeeling) で大規模なストライキが3ヶ月続いている.すべての茶園が閉まっており,最盛期の6月の生産量は昨年同期の1割ほどにとどまり,損失額は45億ルピー(約76億円)だという.ストに伴う暴動で住民に死亡者も出ている.

Map of Darjeeling

 ストの背景には民族と言語の問題がある.ネパール国境に近いダージリン地方にはネパール語 (Nepal) を母語とするネパール系住民が多く,西ベンガル州から独立して「ゴルカランド州」を建てようとする運動が1980年代から続いている.そこへ今年5月,西ベンガル州政府が州の公用語であるベンガル語 (Bengali) の教育を義務化すると公表した.ダージリンでは主にネパール語や英語が教えられており,住民たちはこのベンガル語の強制に反発し,6月より大規模なストを始めたというわけだ.州政府は必修化を撤回したが,ストは収まっていない.
 このエリアが,民族,言語に関して込み入った事情のある地域であることは明らかである.本ブログより,関連する情報をいくつか提示しよう.

 (1) 「#3009. 母語話者数による世界トップ25言語(2017年版)」 ([2017-07-23-1]) によると,ベンガル語は2億4200万人の話者を擁する世界第6位の大言語である.
 (2) ダージリンの住民と関係の深いネパールでは,ネパール語と並んで英語も広く使われている.「#2469. アジアの英語圏」([2016-01-30-1]) でみたように,ネパール国内では700万人ほどが英語を第2言語 (ESL = English as a Second Language) として話しており,「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1]) の1つである.
 (3) インドの言語多様性はよく知られている.「#401. 言語多様性の最も高い地域」 ([2010-06-02-1]) でみたとおり,445ほどの言語を擁する.言語多様性指数は 0.940 と著しく高い.

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2017-07-18 Tue

#3004. 英語史は英語の成功物語か? [historiography][language_myth][linguistic_imperialism][official_language][complaint_tradition]

 英語史を,1民族言語だった英語が偉大な世界語へと成長していく成功物語であると見る向きは少なくない.中世にはイングランドという一国のなかですらフランス語のもとで卑しい身分の言語にすぎなかったものが,近代以降に一気に世界に躍り出ていったという経緯を知れば,まさにシンデレラ・ストーリーに思えてくるかもしれない.
 しかし,Romaine (54--55) によれば,この物語には3つの大きな皮肉と逆説がある.第1に,英語の母国であるイングランドは,大英帝国を築きあげ,世界中に英語を拡散させたものの,足下にあるともいえるアイルランド,スコットランド,ウェールズで今なお100%の英語化を果たしていないという現実がある.話者人口は少ないとはいえ,そこではケルト系諸語が話されているのだ.灯台下暗し,というべき皮肉だ.
 第2に,英語が公用語として制定されているのは,Outer Circle の地域ばかりであり,Inner Circle の地域ではない(「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]),「#427. 英語話者の泡ぶくモデル」 ([2010-06-28-1])).このことは,英語を母語とする Inner Circle の地域(典型的には英米)において英語は事実上の公用語であり,ことさらに公言する必要もないからと説明されるが,アメリカでは,「#1657. アメリカの英語公用語化運動」 ([2013-11-09-1]) や「#256. 米国の Hispanification」 ([2010-01-08-1]) の記事で見た通り,現実的に英語公用語化という社会問題が持ち上がっている.英語を話す筆頭国において,これまで自明だった言語状況が変化してきているというのは,逆説的である.
 第3に,英米をはじめとする主要な英語母語国において,標準英語を巡る "insecurity" が絶えないことが挙げられる.要するに,正用と誤用を巡る "complaint tradition" や "linguistic complaint literature" が今なお産出され続けていることだ.英語が世界的に「成功」したというのであれば,お膝元の英米などにおいて,言語としての基盤が揺らいでいるというのは,皮肉であり逆説でもある.
 一見するところ華やかな「成功物語」の裏には,大いなる陰がある.

 ・ Romaine, Suzanne. "Introduction." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Cambridge: CUP, 1998. 1--56.

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2017-04-22 Sat

#2917.「英語の第二公用語化」とは妙な表現 [hispanification][official_language][terminology]

 我が国の言語政策の提案として英語の第二公用語化という議論があるが,よく考えるとこの名称はおかしい.日本には,正確な意味での第一公用語はないからだ.鈴木 (23) のことばを引く.

日本人にとっては日本で日本語を使うのはあたりまえのことなのです.したがって法律的にわざわざ日本語を公用語と規定する必要はない.それがないところへもってきて,突然に第二公用語と言い出すのは,軽率というか不勉強だと思います.
 公用語というのは,このように日本やアメリカを見てもわかるように,必要に迫られない場合には決めないものなのです.スイスやシンガポールやインドといった,よく例に出る国の場合は,国の中が複数の言語,場合によっては多言語になっている.そこでいくつもある言語を法的に位置づけることが必要になる.たとえば学校教育だとか,政治,公の文書とか,法律や裁判をどの言語で行うか,というふうな問題が出てくるからです.


 ここで分かりやすく述べられているように,公用語 (official_language) とは社会的な必要に迫られて,国により法的に定められるものである.日本における日本語,イギリスにおける英語などは「公用語」化する必要が感じられないくらい,社会的な地位が安定している.したがって,「公用語」は日本にもイギリスにも必要がなく,存在しないものである.そこへもってきて,日本で英語を「第二」公用語にすべき,あるいはすべきでないと論じることは,それ自体がおかしな話である.
 上の引用にはアメリカの国名も含まれているが,連邦レベルでは英語が公用語とされていないものの,州によっては英語公用語化が進められている.この件については,「#256. 米国の Hispanification」 ([2010-01-08-1]),「#1657. アメリカの英語公用語化運動」 ([2013-11-09-1]),「#2610. ラテンアメリカ系英語変種」 ([2016-06-19-1]) で関連する話題に触れたが,背後にはアメリカ国内で増加するスペイン語話者の存在,hispanification という社会現象がある.最も国際的な言語である英語が,まさにその母語話者数において最大を誇るアメリカという国のなかで,圧力を受けているのである.
 「公用語」とは,何らかのプレッシャーの存在を前提とする概念であり用語である.

 ・ 鈴木 孝夫 『あなたは英語で戦えますか』 冨山房インターナショナル,2011年.

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2016-12-10 Sat

#2784. なぜアメリカでは英語が唯一の主たる言語となったのか? [hispanification][ame][official_language]

 アメリカは移民の国であり,したがって多言語の国である.近年は hispanification によりスペイン語母語話者が増加しており,その他の諸言語もシェアを増してきているという.とはいえ,一般的にいえばアメリカでは英語が「事実上の唯一の主たる言語」として圧倒的な影響力をもって君臨していることは疑いようがない.
 この事実は一見すると自明のようにも思えるが,なぜそうなのか,立ち止まって考えてみる必要がある.移民によって成り立ってきたアメリカの歴史を振り返ってみると,異なる言語を話す様々な人々が時代ごとに入れ替わり立ち替わりにやってきたのだから,そのまま諸言語が並び立つ社会となってもおかしくなかったはずである.なぜ,英語という1つの言語へまとまるということが生じたのだろうか.
 1つには,単純に母語話者の数の影響力がある.18世紀末に初の人口統計が取られたときに,16州において200万人を超える人口がイングランドかウェールズにルーツをもっていた.さらに,非常に多くのスコットランド系アイルランド人 (Scots-Irish) の数もここに加えられるべきだろう.それに対して,ドイツ,オランダ,フランスにルーツをもつ移民はせいぜい20万人ほどだった.移民史の初期から,アメリカは圧倒的に英語の国だったのである.
 そこに,人々の可動性 (mobility) という要因が加わる.各移民集団が社会的に閉じた集団としてある土地に定住し続けるのであれば,独立した言語共同体が複数でき,諸言語が並び立つ国になっていたかもしれない.しかし,実際には移民集団は縦に横によく動いたのであり,そこから異なる母語をもつ話者間に lingua_franca への欲求が生じた.そこで,当初から優勢な英語が lingua franca として採用されることになった.では,その mobility そのものはどこから来たのか.それは,西部を目指すパイオニア精神であり,"American Dream" という希望だったろう.Gooden (134) は次のように述べている.

More important than mobility, perhaps, was the aspirational nature of the new society, later to be formalized and glamourized in phrases like the 'American Dream'. As Leslie Savan suggests in her book on contemporary US language, Slam Dunks and No-Brainers (2005), the pressure was always on the outsider to make adjustments: 'The sweep of American history tilted towards the establishment of a single national popular language, in part to protect its mobile and often foreign-born speakers from the suspicion of being different.' Putting it more positively, one could say that success was achievable not so much as a prize for conformity but for adaptation to challenging new conditions, among which would be acquiring enough of the dominant language to get by --- before getting ahead.


 上に論じたような,アメリカにおける大雑把な意味での「言語的一元性」というべき事情は,実はアメリカ英語の内部における一様性,すなわち「方言的一元性」とも関連するように思われる.後者については,「#591. アメリカ英語が一様である理由」 ([2010-12-09-1]) を参照.

・ Gooden, Philip. The Story of English: How the English Language Conquered the World. London: Quercus, 2009.

Referrer (Inside): [2017-10-10-1]

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2016-11-10 Thu

#2754. 国語の機能 --- 内的団結と外的区別 [sociolinguistics][official_language][standardisation]

 近代国家にとって,国語 (national language) の果たす役割は大きい.国家という単位を自覚した為政者たちは,方言の弾圧,言語の標準化,国語の制定などを通じて政治的統治を実現しようとした.その動機としては,内的団結 (internal cohesion) と外的区別 (external distinction) の2種類があった.Haugen (927--28) の指摘と説明が的を射ている.

[The nation] minimizes internal differences and maximizes external ones. On the individual's personal and local identity it superimposes a national one by identifying his ego with that of all others within the nation and separating it from that of all others outside the nation. In a society that is essentially familial or tribal or regional it stimulates a loyalty beyond the primary groups, but discourages any conflicting loyalty to other nations. The ideal is: internal cohesion---external distinction. / Since the encouragement of such loyalty requires free and rather intense communication within the nation, the national ideal demands that there be a single linguistic code by means of which this communication can take place.


 国家にとって,域内の人々のあいだの円滑なコミュニケーションは,統治する上で必須である.ここから,必然的に言語統一の要求が生じる.「内的団結のための国語」の必要性である.一方,国家にとっては,域内の人々が,域外の人々とも同じように円滑にコミュニケーションを取ることができては困る.それは,人々の忠誠心を自分側の国家に引きつけておくのに不都合だからだ.したがって,そのような対外的なコミュニケーションをなるべく非効率にするために,国家は他の国家の規準からなるべく異なる規準を採用しようとする.「外的区別のための国語」の必要性である.
 ある国家が内的団結と外的区別を求めて国語を制定すると,他の国家も防衛的見地から同じような方針で国語を制定するようになるだろう.こうして,近代において「国家」と「国語」が芋づる式に増加していったのである.
 ちなみに,「#2743. 貨幣と言語」 ([2016-10-30-1]),「#2746. 貨幣と言語 (2)」 ([2016-11-02-1]) で考えてきたように,貨幣もコミュニケーションの道具の一種であると考えると,なぜそれが内的団結と外的区別をという指向性をもっているのかが分かる.上の引用文の最後の文で,"a single linguistic code" を "a single monetary system" と置き換えても,そのまま理解できるだろう.

 ・ Haugen, Einar. "Dialect, Language, Nation." American Anthropologist. 68 (1966): 922--35.

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2010-01-08 Fri

#256. 米国の Hispanification [spanish][hispanification][statistics][official_language]

 昨日の記事[2010-01-07-1]の最後に,米国でスペイン語使用が増加している件 ( Hispanification ) に触れた.今回は,これと関連していくつかの数字を示したい.
 現代世界において,米国が世界語としての英語の最強の推進者であることは論をまたないが,それは米国が英語一辺倒の国であることと同義ではない.米国が多民族国家であり多言語国家であることを忘れてはならない.Ethonologue (297) によると,アメリカ合衆国で現役で使用されている "living languages" は364言語を数える.そのなかで,近年もっとも勢力を伸ばしている言語はスペイン語である.スペイン語話者の数は1970年からみて6割以上も増加しているというから驚きの加速度である.具体的な数字を出せば,1990年の調査では 22,400,000 ほど,2000年の調査では 28,100,000 ほどのスペイン語話者人口が報告されており,その10年間だけで25%増加したことになる.New Mexico ではスペイン語は公的な地位を与えられており,それ以外の諸州においても official Spanish なる表現がよく聞かれるようになってきている.(以上の情報は,書籍版 Ethonologue に加え,Online 版の Ethnologue アメリカ合衆国の項 も参考にした.)
 Graddol (26--27) では,1990年代に発表された米国商務省の統計に基づいた2050年の人口分布予測が紹介されている.それによると,2050年の米国では Hispanic 人口が全人口の約4分の1を占めるという.さらに Black や Native Americans を含む非白人の総計をとると,全人口の約半分を占めることになるという.こうした予測を背景に,1990年代の米国で英語公用語論が湧き出たのも自然なことだったといえよう.
 U.S. English のサイトでは Official English について詳しい解説が与えられている.Crystal (127--40) にも関連する議論がある.参考までに.

 ・Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm
 ・Gordon, Raymond G., Jr. ed. Ethnologue. 15th ed. Dallas: SIL International, 2005.
 ・Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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