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hellog〜英語史ブログ / 2017-02

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2017-02-28 Tue

#2864. 分類学における系統段階 [family_tree][anthropology][homo_sapiens][diachrony][terminology][linguistic_area][typology][methodology][world_languages][evolution]

 世界の言語を分類する際の2つの基準である「系統」と「影響」は,言語どうしの関係の仕方を決定づける基準でもある.この話題については,本ブログでも以下の記事を始めとして,あちらこちらで論じてきた (see 「#369. 言語における系統影響」 ([2010-05-01-1]),「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]),「#371. 系統影響は必ずしも峻別できない」 ([2010-05-03-1]),「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」 ([2012-06-06-1]),「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]),「#1930. 系統と影響を考慮に入れた西インドヨーロッパ語族の関係図」 ([2014-08-09-1])) .
 系統と影響は,それぞれ通時態と共時態の関係にも通じるところがある.系統とは時間軸に沿った歴史の縦軸を指し,影響とは主に地理的な隣接関係にある横軸を指す.言語における「系統」と「影響」という視点の対立は,生物分類学でいうところの「系統」と「段階」の対立に相似する.
 分岐分類学 (cladistics) では,時間軸に沿った種分化の歴史を基盤とする「系統」の視点から,種どうしの関係づけがなされる.系統としての関係が互いに近ければ,形態特徴もそれだけ似ているのは自然だろう.だが,形態特徴が似ていれば即ち系統関係が近いかといえば,必ずしもそうならない.系統としては異なるが,環境の類似性などに応じて似たような形態が発達すること(収斂進化)があり得る.このような系統とは無関係の類似を,成因的相同 (homoplasy) という.系統的な近さではなく,成因的相同に基づいて集団をくくる分類の仕方は,「段階」 (grade) による区分と呼ばれる.
 ウッド (70) を参考にして,現生高等霊長類を分類する方法を取り上げよう.「系統」の視点によれば,以下のように分類される.

ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族
  \      /      /      /
   \    /      /      /
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     \/      /      /
      \     /      /
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            \/
             \
              \
               \

 一方,「段階」の視点によれば,以下のように「ヒト科」と「オランウータン科」の2つに分類される.

                           
ヒト科          オランウータン科
                │
      ┌─────────┼───────┐
      │                │              │
ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族

 「段階」の区分法は,言語学でいえば,類型論 (typology) や言語圏 (linguistic_area) に基づく分類と似ているといえる.ただし,生物においても言語においても「段階」という用語とその含意には十分に気をつけておく必要がありそうだ.というのは,それは現時点における歴史的発達の「段階」によって区分するという考え方を喚起しやすいからだ.つまり,「段階」の上下や優劣という概念を生み出しやすい.「段階」の区分法は,あくまで共時的類似性あるいは成因的相同に基づく分類である,という点に留意しておきたい.

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

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2017-02-27 Mon

#2863. 種分化における「断続平衡説」と「系統漸進説」 [evolution][punctuated_equilibrium][origin_of_language][language_change][speed_of_change]

 言語進化論や言語起源論は,しばしば進化生物学の仮説を参照する.言語の分化を説明するモデルとして生物の種分化に関するモデルが参考とされるが,後者では2種類の対立する仮説が立てられている.断続平衡説 (punctuated_equilibrium) と系統漸進説 (phyletic gradualism) である.バーナード・ウッドの人類進化の概説書より,種分化に関する解説を引用する (60--61).

ある研究者は,新しい種の誕生は集団全体がゆっくり変化することと考える.この解釈は「系統漸進説 (phyletic gradualism)」とよばれ,種分化は「アナゲネシス,漸進進化 (anagenesis)」によって起こると見なされる.ほかの研究者は,新しい種の誕生は地理的に隔離された一部の集団が急速に変化することと考える.この解釈は「断続平衡説 (punctuated equilibrium)」とよばれ,急速な変化と変化の間の期間には,特定の方向への変化は起こらず,無方向的な散歩(ふらつき (random walk))しか起こらないと見なされる.断続平衡説における種形成は「分岐進化 (cladogenesis)」とよばれ,種形成と種形成との間の形態的に安定した期間は停滞期 (stasis) と考える.ほぼすべての研究者は,進化における形態変化は種分化のときに起こると認識している.


 これを図示すると,以下のようになる(ウッド,p. 61 を参考に).

Phyletic Gradualism and Punctuated Equilibrium

 いずれのモデルにおいても,種の誕生や分化がとりわけ盛んな時期があると想定されている.これは適応放散 (adaptative radiation) と呼ばれ,新環境が生じたときに起こることが多いとされる.
 生物進化の比喩がどこまで言語進化に通用するものなのか,議論の余地はあるが,比較対照すると興味深い.関連して,「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]) も参照.とりわけ,言語の起源,進化,変化速度に関する断続平衡説の応用については,「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]),「#2641. 言語変化の速度について再考」 ([2016-07-20-1]) を参照されたい.

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

Referrer (Inside): [2017-03-09-1]

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2017-02-26 Sun

#2862. wilderness [etymology][suffix][homorganic_lengthening]

 「荒野」を意味する wilderness の語源が「野生動物の住処」であると聞くと,興味を引かれないだろうか.
 この語の英語での初出は,1200年頃の説教集においてである.OED によれば,次が初例である.

c1200 Trin. Coll. Hom. 161 Weste is cleped þat londe, þat is longe tilðe atleien, and wildernesse, ȝef þare manie rotes onne wacseð.


 この語は古英語では文証されないのだが,実際には *wild(d)éornes などとして存在していた可能性はある.Middle Low German や Middle Dutch において wildernisse として確認されている(cf. 現代ドイツ語 wildernis,現代オランダ語 wildernis).
 語形成としては,"wild" + "deer" + "ness" の3要素からなる."deer" は,「#127. deer, beast, and animal」 ([2009-09-01-1]),「#128. deer の「動物」の意味はいつまで残っていたか」 ([2009-09-02-1]) で見たように,古英語から中英語にかけて「動物」を意味したから,"wild deer" とは要するに「野生動物」である.-ness は抽象名詞を作る接尾辞だが,ここでは「住処,場所」ほどの具体的な意味を表わすものとして使われている.-ness が具体名詞を作る例は確かに稀ではあるが,héahnes (highness) で「頂上」を表わしたり,sméþnes (smoothness) で「平地」を表わしたりする事例があるなど,皆無ではない.全体として,wilderness の意味は「野生動物の住処」となり,人の住んでいない荒野のイメージが喚起される.
 -ness は,通常,形容詞の基体に接続して名詞を作るので,wild deer という名詞に接続していることは異例のように思われるかもしれない.これについては,wild deer に形容詞接尾辞 -en が付いてできた wildern (野生の)が基体となり,そこへ -ness が接続したと考えることもできる.実際,wildern は,後期古英語に mid wilddeorenum toþum として初出しており,中英語でも多くはないが文証されているので,こちらの語源説のほうが説得力が高いように思われる.
 なお,語幹に2重母音をもつ wild /waɪld/ に対して, wilderness /ˈwɪldənəs/ では単母音を示すのは,「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]) で述べたのと同じ理屈により説明できる.

Referrer (Inside): [2020-02-28-1]

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2017-02-25 Sat

#2861. Cursor Mundi の著者が英語で書いた理由 [popular_passage][norman_conquest][norman_french][reestablishment_of_english][language_shift][eme][me_text]

 ノルマン征服 (norman_conquest) の後,イングランドに定住することになったノルマン人とその子孫たちは,しばらくの間,自分たちの母語である norman_french を話し続けた.イングランド社会の頂点に立つノルマン人の王侯貴族とその末裔たちは,特に公的な文脈において,フランス語使用をずっと長く続けていたことは事実である.この話題については,以下の記事を始めとして,いろいろと取り上げてきた.

 ・ 「#131. 英語の復権」 ([2009-09-05-1])
 ・ 「#661. 12世紀後期イングランド人の話し言葉と書き言葉」 ([2011-02-17-1])
 ・ 「#1204. 12世紀のイングランド王たちの「英語力」」 ([2012-08-13-1])
 ・ 「#1461. William's writ」 ([2013-04-27-1])
 ・ 「#2567. 13世紀のイングランド人と英語の結びつき」 ([2016-05-07-1])
 ・ 「#2604. 13世紀のフランス語の文化的,国際的な地位」 ([2016-06-13-1])

 特に,1300年頃に Robert of Gloucester の著わした Chronicle では,ノルマン人がフランス語を使用し続けている現状について,著者がぼやいている箇所があるほどだ(「#2148. 中英語期の diglossia 描写と bilingualism 擁護」 ([2015-03-15-1]) の引用を参照).
 しかし,考えなければいけないことは,上に述べた状況は,およそノルマン人の王侯貴族にのみ当てはまったということだ.比較的身分の低いノルマン人たちは,周囲にいる大多数の英語母語話者たるイングランド人の圧力のもとで,早くにフランス語から離れ,英語へ乗り換えていた.
 このような言語事情ゆえに,すでに1300年頃には,英語母語話者のなかには,英語でものを書こうという「個人的な」動機づけは十分にあったはずだ.ただ,英語で書くことは社会的慣習の外にあったので,「社会的に」ためらわれるという事情があっただけである.だが,その躊躇を振り切って,英語でものする書き手も現れ始めていた.1300年頃に北部方言で書かれた長詩 Cursor Mundi の著者も,その1人である.なぜ英語で書くのかという理由をあえて書き記している箇所 (Prologue, II, ll. 232--50) を,Gramley (72--73) 経由で引用しよう.

þis ilk bok es translate
Into Inglis tong to rede
For the loue of Inglis lede,
Inglish lede of Ingland,
For the commun at understand.
Frankis rimes here I redd,
Comunlik in ilk[a] sted;
Mast es it wroght for frankis man,
Quat is for him na Frankis can?
In Ingland the nacion,
Es Inglis man þar in commun;
þe speche þat man wit mast may spede;
Mast þarwit to speke war nede.
Selden was for ani chance
Praised Inglis tong in France;
Give we ilkan þare langage,
Me think we do þam non outrage.
To laud and Inglish man I spell
þat understandes þat I tell.


 英語で書く理由をあえて書き記しているということから,逆にそれが社会的にはまだ普通の行いではなかったことが示唆される.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.

Referrer (Inside): [2017-07-02-1]

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2017-02-24 Fri

#2860. 文字の形の相称性の有無 [grammatology][alphabet][kanji][hiragana][katakana][writing][linguistic_relativism]

 文字論では,文字の機能といった抽象的な議論が多くなされるが,文字の形という具体的な議論,すなわち字形の議論は二の次となりがちだ.各文字の字形の発達にはそれ自体の歴史があり,それをたどるのは確かに興味深いが,単発的な話題になりやすい.しかし,このような卑近なところにこそ面白い話題がある.なぜローマン・アルファベットの字形はおよそ左右相称的であるのに対して,漢字や仮名の字形は非相称であるのか.アルファベットの字形には幾何学的な端正さがあるが,漢字やそこから派生した仮名の字形にはあえて幾何学的な端正さから逸脱するようなところがある.これは,なぜなのか.
 もちろん世界の文字種には様々なものがあり,アルファベットと日本語の文字のみを取り出して比較するだけでは視野の狭さは免れないだろう.また,字体の問題は,書写材料や書写道具の歴史とも深く関係すると思われ,その方面からの議論も必要だろう(「#2456. 書写材料と書写道具 (1)」 ([2016-01-17-1]),「#2457. 書写材料と書写道具 (2)」 ([2016-01-18-1]) を参照).しかし,あえて対象を絞ってアルファベットと日本語の文字の対比ということで考えることが許されるならば,以下に示す牧野の「言語と空間」と題する日米比較文化論も興味深く読める (p. 10) .

人工的な空間構成においてアメリカ人は日本人よりも整合性と均衡を考え,多くの場合,相称的空間構成を創る.庭園などはよくひかれる例である.言うまでもなく,日本の庭園は自然の表層の美の人工的再現である.深層の自然は整合的であろうが,表層の自然にはさまざまなデフォルメがあって,およそ均斉のない代物なのである.言語の表記法にも,この基本的な空間構成の原理が出ている.アルファベットはその約半数が,A,H,M,O,T,U,V,W,X,Y のように左右相称である.日本の仮名文字は漢字の模写が出発点で,元が原則として非相称であるから出て来た仮名も一つとして左右相称な文字はない.この点お隣の韓国語の表記法はかなり相称性が強く出ていて興味深い.


 ここに述べられているように,字形と空間の認識方法の間に,ひいては言語と空間との間に「ほとんど密謀的とも言える平行関係」(牧野,p. 11)があるとするならば,これは言語相対論を支持する1つの材料となるだろう.

 ・ 牧野 成一 「言語と空間」 『『言語』セレクション』第2巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.2--11頁.(1980年9月号より再録.)

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2017-02-23 Thu

#2859. "quolia role" [generative_lexicon][semantics]

 語彙意味論のアプローチの1つに,Pustejovsky の生成語彙論 (Generative Lexicon) がある.この理論では,語の意味を分析するのに "quolia role" という考え方が導入される.Cruse (149--50) の用語解説に基づいて要約すると,以下の通りである.
 語の概念の特性には "quolia roles" と呼ばれるいくつかのタイプが区別され,文脈によって活性化されるタイプが異なる,という前提に立つ.Pustejovsky によれば,名詞で考えると4つの quolia roles が区別されるという."formal", "constitutive", "telic", "agentive" である(これは,アリストテレスの4原因説を思い起こさせる).

formal: This includes information about an item's position in a taxonomy, what it is a type of, and what sub-types it includes.
constitutive: This includes information about an item's part-whole structure, its physical attributes like size, weight, and what it is made of, and sensory attributes like colour and smell.
telic: This includes information about how an item characteristically interacts with other entities, whether as agent or instrument, in purposeful activities.
agentive: This includes information about an item's 'life-history', how it came into being, and how it will end its existence.


 "formal" は語彙・概念上のタイプ,"constitutive" は物理的・認知的なタイプ,"telic" は目的・存在理由に関わるタイプ,"agentive" は出自・来歴に関わるタイプと概略的に示されるだろうか.
 Pustejovsky によると,名詞の意味は,これら各々の quolia role に対して詳細が与えられることによって定義づけられる.このように語の意味が独立した quolia roles から構成されると考えることにより,両義性の問題がきれいに説明されるというのが,この理論のセールスポイントだ.
 例えば,Pete finished the book yesterday. という文は,本を「読み終えた」のか「書き終えた」のかという2つの解釈が可能である.この両義性は,名詞 book を構成するどの quolia role が活性化されるかに基づくものとして説明される.「読み終えた」という解釈においては,名詞 book の telic role,すなわち「人に読まれるものとしての本」という目的・存在理由に関わる役割が活性化されるが,「書き終えた」という解釈においては,agentive role,すなわち「人に書かれたことによって存在している本」という出自・来歴に関わる特性が活性化されると考えることができる.

 ・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2017-02-22 Wed

#2858. 1492年,スペインの栄光 [history_of_linguistics][latin]

 スペインに関係する歴史で,1492年は輝かしい.まず,年初にイベリア半島の最後のイスラム王朝であるグラナダのナスル朝を滅亡させ,ついにイスラム勢力を半島から追い払った.レコンキスタ(国土回復運動)の完了である.さらに,それと関連して得た経済的余裕により,スペイン王室はコロンブスの航海を支援することが可能となり,結果的に新大陸「発見」(同年10月)の威光を獲得することができた.そして,スペインは,その間の同年8月に言語史上にも名を残すことになった.Elio Antonio de Nebrija (1441--1522) による『カスティリャ文法』の出版である.
 イベリア半島では,8世紀半ばに北アフリカからイスラム教徒が北上して後ウマイヤ朝を建てた.11世紀以降,キリスト教徒は失地回復に乗り出し,それとともに分立していた諸王国が統合されていった.12世紀,アラゴンがナヴァラとカタロニヤを併合すると,カスティリャも版図を広げ,上述のように,イスラム教徒の勢力はグラナダに限られるまでになった.そして,カスティリャの女王イサベルとアラゴンの王子フェルディナンド2世が結婚して両王国が合併し,半島に強大な国家が出現することになった.このような状況下で,1492年8月,ネブリーハによる『カスティリャ文法』 (Gramática de la lengua castellana) が上梓された.カスティリャ語は,当時のイベリア半島で最も威信のある俗語であり,今日のスペイン語の書き言葉の基となった言語である.
 近現代言語史においてこの俗語文法書が出版された意義は,果てしなく大きい.国家と国語の緊密な結びつきの歴史が,まさにここに始まったからである.田中 (59--60) の解説を引用しよう.

 ネブリーハはこの「文法」の序文の冒頭のところで,国家の興亡と言語の興亡とがいかに深い関係にあるかを述べ,そのことを,「言語はつねに帝国の伴侶 (compañera del imperio) である」と表現した。この「伴侶」は「つれあい」「朋友」などさまざまに訳すことができるが,注意しておかねばならないのは,帝国(インペリオ)が男性の名詞であるのに対し,伴侶(コンパニェーラ)は女性の形にしてある。それは,ともであるところの言語(レングア)が女性名詞であるからだ。つまりネブリーハは,ここで国家と言語とのきりはなしがたいむすびつきを,一組の男と女の運命的な婚姻にたとえたのである。
 ではいったいかれは,何を目的にしてこの俗語文法を書いたのか。

女王様が,さまざまな異なる言語を話す多数の野蛮の諸族や諸民族を支配下に置かれ,その征服によって,かれらが,征服者が被征服者に課する法律を,またそれにともなって我々のことばを受け入れる必要が起きたとき,その時かれらは,ちょう私どもが今日,ラテン語を学ぶためにラテン文法の術を学ぶのと同じ様に,この私の術 (Arte) =文法によって,私たちのことばを理解するようになるでしょう。また,カスティリャ語 (lenguaje castellano) を知る必要のある私たちの信仰の敵のみならず,バスク人,ナヴァラ人,フランス人,イタリア人やそのほか,スペインにおいて,何か交渉や話をせねばならないとか,我々のことばを必要とするすべての人々が,子供のときから,習慣によってそれを学ぶほどにならないまでも,私のこの書物によってそれを知ることができるでありましょう。


 この期においてもまたその後においても,俗語が文法を持つことの意味を,これほど明快に説明した例は他にない。「ちょうど私どもがラテン語を学ぶためにラテン文法の術を学ぶのと同じ様に」と述べられているとおり,このカスティリャ文法は,カスティリャ語を母語にしない人たちのために編まれている。それは「女王様の支配下に入って」その法律を書くことばを理解するためであり,また,カスティリャ周辺のヨーロッパ諸民族に使わせることを予定している。そして事実その通り,コロンブスに発見されたアメリカ大陸の諸族と,イベリア半島のカスティリャ外の諸地域が,やがてこの文法の支配をうけることになるのである。


 実際,この書を献じられたイサベル女王は,これが何の役に立つのかと問うたとき,ネブリーハの意を汲んでアビラの司教が「言語は帝国の武器です」という趣旨の回答をしたという(中丸,p. 140).
 この文法書は俗語文法書としては初のものであり,それ以降の近代期における俗語の発展と台頭を予言するものであった.これ以降,中世の長きにわたって言語的王者として君臨したラテン語の権威は,すぐにではないにせよ徐々に衰えていく.そして,このあと初めてのポルトガル語文法が1536年に,英文法が1586年に著わされることになる.後者については「#2579. 最初の英文法書 William Bullokar, Pamphlet for Grammar (1586)」 ([2016-05-19-1]) を参照.
 ちなみに,ネブリーハは改宗ユダヤ人だったという.コロンブスも改宗ユダヤ人だったのではないかという説があり,この辺りの話題は興味深い.

 ・ 田中 克彦 『ことばと国家』 岩波書店,1981年.
 ・ 中丸 明 『海の世界史』 講談社,1999年.

Referrer (Inside): [2017-11-10-1]

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2017-02-21 Tue

#2857. 連載第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」 [link][notice][3sp][3pp][conjugation][verb][inflection][variety][rensai][sobokunagimon]

 昨日2月20日に,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第2回となる「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」が研究社のサイトにアップロードされました.3単現の -s に関しては,本ブログでも 3sp の各記事で書きためてきましたが,今回のものは「素朴な疑問」に答えるという趣旨でまとめたダイジェストとなっています.どうぞご覧ください.
 連載記事のなかでは触れませんでしたが,3単現の -s の問題に歴史的に迫るには,(3人称)複数現在に付く語尾,つまり「複現」の屈折の問題も平行的に考える必要があります.その趣旨から,本ブログでは「複現」についても 3pp というカテゴリーのもとで様々に論じてきました.合わせてご参照ください.
 また,今回の連載記事でも,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』でも,詳しく取り上げませんでしたが,本来 -th をもっていた3単現語尾が初期近代英語期にかけて -s に置き換えられた経緯に関する問題があります.この問題も,英語史上,議論百出の興味深い問題です.議論を覗いてみたい方は,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]),「#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要」 ([2015-03-08-1]),「#2156. C16b--C17a の3単現の -th → -s の変化」 ([2015-03-23-1]) などをご覧ください.

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2017-02-20 Mon

#2856. 世界の諸言語における冠詞の分布 (2) [article][typology][indo-european][linguistic_area][world_languages][grammaticalisation][information_structure][demonstrative][contact][geolinguistics]

 昨日の記事で,冠詞をもつ言語はそれほど多くないことを見た.だが,興味深いのは,地理的な分布がある程度偏りを示すことである.ヨーロッパ,アフリカ,南西太平洋に冠詞をもつ言語が多い.今回の記事では,山本の論文を参照しつつ,冠詞言語の地理的な偏在に焦点を当てたい.
 英語における冠詞の発達は,「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) で取り上げたように,指示詞や数詞からの言語内的な文法化 (grammaticalisation) の結果と論じられている.冠詞をもつ他の言語でも同様の内的な発達としてとらることは可能である.しかし,上述のように地理的なまとまりが見られることから,山本 (139) は「地理的に言語連合を成して発達しやすいという側面の方が強いように思われる」と述べている.つまり,長期にわたる言語接触により形成される言語圏 (linguistic_area) の考え方が背景にある.
 ある言語圏内で共有される言語項の可能性は,発音様式から統語構造に至るまで様々だが,基本語順もその可能性の1つである.昨日の記事でも触れたように,冠詞は動詞初頭語順をもつ言語にしばしば見受けられるが,この語順は世界の諸言語のなかでは1割ほどしかみられず,しかも分布がやはり偏っているのである.例えば,島嶼ケルト語派,ヘブル語,アラビア語,オーストロネシア諸語などが動詞初頭語順をもち,かつ冠詞をもつ言語群である.
 では,この2つの言語的特徴に何らかの接点はあるのだろうか.山本 (139) は次のように論じている.

スラブ諸語や中国語等に典型的に見られるように,一般に,文頭というのは,しばしば題目ないし定の情報が占め,情報の提示において最も基本的な位置と考えられる。しかし,動詞初頭言語の場合は,この位置を名詞的要素でなく動詞が占めて,名詞の定・不定を表現するのに文頭位置を利用し難いために,名詞的要素に冠詞を付して定・不定の区別等を示す必要性が,比較的高くなっていると考えられる。


 これと関連して,動詞初頭語順をもつ言語ならずとも,語順が厳しく定まっている言語では一般的に名詞的要素の置き場所を利用して定・不定を標示するのが難しいために,冠詞という手段が採用されやすいという事情があるかもしれない.
 さらに,「象は鼻が長い」のような「題目――評言」型の「題目卓越型言語」と,「象の鼻が長い」のような「主語――述部」型の「主語卓越型言語」との類型的な区別を考えるならば,前者では定の情報は題目において表わされるので,冠詞のような,それ以外に特別な定標示の手段は不要であるが,後者では冠詞のような明示的な手段が要求されやすい,という事情もありそうだ.こうした観点から評価すると,英語は確かに (1) 主語卓越型であり,(2) 厳しい語順の制約をもつ言語であるから,冠詞という言語形式とは相性がよいことになる.
 上で述べてきたことは,冠詞をもつ言語内的な動機づけでもあり,かつ言語圏という考え方に基づいた言語外的な動機づけでもある.冠詞の分布は,おそらくこれらの言語内外の要因が互いに絡み合って,ある程度の偏りを示すのだろう.

 ・ 山本 秀樹 「言語にとって冠詞とは何か」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.136--41頁.(2003年10月号より再録.)

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2017-02-19 Sun

#2855. 世界の諸言語における冠詞の分布 (1) [article][typology][indo-european][linguistic_area][world_languages][word_order]

 英語学習において冠詞ほど習得の難しい項目はないと言われる.確かに,どのような場合に冠詞が必要あるいは不要かを的確に判断することは困難である.母語たる日本語に冠詞という語類がないだけに,類推が利かないという事情もある.冠詞とは何なのかという問題は英語学で盛んに考察されてきたし,冠詞の発達についても英語史でしばしば論じられてきたが,いまだに問題は残っている(「#154. 古英語の決定詞 se の屈折」 ([2009-09-28-1]),「#156. 古英語の se の品詞は何か」 ([2009-09-30-1]),「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) などの記事を参照).
 山本 (136--39) によれば,世界の諸言語を見渡すと,冠詞という言語形式はそれほど広く見られるわけでもない.まずは印欧語族を覗いてみよう.もともと印欧祖語には冠詞は見られず,紀元前の印欧諸語にも,古典ギリシア語で定冠詞が発達したのを除けば,冠詞は存在しなかった.紀元5世紀以降になるとアルメニア語やアイルランド語に冠詞が現われ,さらに後にロマンス語派,ゲルマン語派,島嶼ケルト語派,バルカン言語連合でも冠詞が発達した(バルカン言語連合では後置定冠詞が発達したことについては「#1314. 言語圏」 ([2012-12-01-1]) を参照).アジアの印欧諸語では,ベンガル語,アッサム語,オリヤ語,シンハラ語などで接尾辞化した冠詞が見られる程度である.
 印欧語族の外を見渡すと,ユーラシア大陸において,セム系のヘブル語,アラビア語,アラム語や,その他ハンガリー語,モルドビン語,バスク語,一部のコーカサス諸語にもみられるが,地理的には限定されている.一方,アフリカ大陸では,定冠詞をもつ言語ともたない言語が入り交じっているが,全体としては冠詞がよく現われる地域といえる.オセアニア地域では,オーストラリア諸語やパプア諸語には冠詞がないが,オーストロネシア諸語には,冠詞をもつ言語群が,主として動詞初頭語順が支配的な地域において確認される.台湾,フィリピン,ミクロネシア,ソロモン諸島,ニューカレドニア島,フィジー諸島,ポリネシアなどの言語だ.ほかに,やはり動詞初頭語順をもつマダガスカル島のマラガシ語にも冠詞がある.アメリカ大陸に目を向けると,冠詞をもつ言語は比較的少ないが,北太平洋沿岸のセイリッシュ諸語,中米のシエラ・ポポルカ語,マヤ諸語やオトミ諸語の一部などに見られる.
 以上のように言語名を挙げていくと,冠詞をもつ言語が多いように錯覚するかもしれないが,数千ある言語のなかでは小さな部分集合をなすにすぎない.英語や主要なヨーロッパ諸語にあるからといって,決して普遍的な言語形式ではないということ銘記しておきたい.

 ・ 山本 秀樹 「言語にとって冠詞とは何か」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.136--41頁.(2003年10月号より再録.)

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2017-02-18 Sat

#2854. 紀元前3000年以降の寒冷化と民族移動 [indo-european][anthropology]

 印欧祖語の分裂の時期は不詳だが,一説によると紀元前4000?3000年以降のことと考えられている(「#637. クルガン文化印欧祖語」 ([2011-01-24-1]),「#1117. 印欧祖語の故地は Anatolia か?」 ([2012-05-18-1]),「#1129. 印欧祖語の分岐は紀元前5800--7800年?」 ([2012-05-30-1]) を参照).ある言語が分裂するということは,民族が分裂して地理的に四散することと考えてよい.すると,言語の分裂の背景には民族移動があるということであり,民族移動の動機づけが問題となってくる.
 だが,たいてい民族移動というものは,その動機づけが何だったかについて考古学的にも歴史学的にも諸説紛々たるもので,例えば比較的新しい時代に起こったゲルマン民族の大移動にしても,様々な議論がある.では,印欧祖語を話していた民族(=クルガン文化の担い手?)が,いかなる理由で故地とされる場所から移動していったのか.これについても諸説あるが,気候の変化という観点から迫る考察がある.現在を含む完新世は1万2千年ほど前に始まり,後氷期に相当する.先立つ氷期に比べれば温かいということになるが,細かく見れば後氷期の内部でも平均気温の上下はあり,数百年単位で温暖な時期と寒冷な時期が繰り返されてきた.紀元前3千年頃に数百年続く温暖期があり,その後乾燥・寒冷化して紀元500年頃まで続く.さらにその後,紀元9--11世紀にやや温暖な時期を経るが,全体としては寒冷化しつつ現在に至る.
 一般的には,温暖期には人々は涼を求めて高緯度地帯に移動し,寒冷期には暖を求めて低緯度地帯へ向かうもののようである.印欧語系の人々の移動でみると,紀元前3千年以降に気候が寒冷化するにしたがって,南下が始まったと考えられる.これは世界的な傾向であり,ヨーロッパのみならず,北アメリカや東アジアでも見られる(この一環として大陸から日本への流入もあった).また,同じ頃,サハラ,中央アジア,オーストラリアでは乾燥化が起こり,より湿潤な周辺地域への移動が確認される.  *
 もっとも,気候変化は民族移動の動機づけの1要因にすぎない.例えば,紀元前1千年紀のポリネシア人やマダガスカル人の海上移動は,気候変化との関連が薄い.だが,上に述べたように,紀元9--11世紀に短期間の温暖期のピークがあり,これは北ヨーロッパでヴァイキングの移動が活発化した時期と一致することを付言しておこう.
 以上,『クロニック世界全史』の pp. 34--35 の「気候・文明・人口」と題する記事を参考にした.

 ・ 樺山 紘一,木村靖二,窪添 慶文,湯川 武(編) 『クロニック世界全史』 講談社,1994年.

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2017-02-17 Fri

#2853. 言語における性と人間の分類フェチ [gender][linguistics][category][fetishism]

 言語における性 (gender) の存在と起源について,本ブログでは,英語をはじめとする印欧語を中心として,話題にしてきた(本記事の末尾に掲げたリンク先を参照).
 言語の性の起源は,人類学者,神話学者,言語学者がそれぞれの立場から諸説を唱えてきた.男女の生理的区別を標示するもの,未開人のアニミズムに根ざすもの,人間の想像力の産物,音象徴・類推によるもの,感情的価値を示すものなど様々だ.いずれも満足のゆく説とはされておらず,この問題は未解決と言わざるを得ない.
 このように性の起源については不詳だが,現在の共時的な文法範疇としての性をどのようにとらえるかは,また別の問題である.多くの場合,共時的には「意味のない」分類とみなされているのではないか.宮本 (116) がこの立場を,次のように説明している.

結局のところ,性は古代人の思惟にとっては,あるいは合理的なものであったかもしれないが,いまでは文法範疇のなかで最も不合理なもの,化石化してしまった文法体系の圧力にすぎないと考えられることが多い。その結果,現代英語やペルシア語に見られるように,性の喪失を言語史上の最も有利な変化であると考える立場が生まれる。性はいかなる言語にあっても,名詞の分類にはまったく利益をもたらさず,なんら思想上の区別を表明しないとされるのである。文法性は自然的性の区分に対応しない以上,贅沢品であり,したがって,性は消滅したとしてもおかしくないというのである。


 宮本 (116--17) は,広く信じられている見解をこのように要約する一方で,人間の言語における性(せい)を人間の性(さが)とも見ているようだ.

すべての名詞には何らかの価値がまとわりついていそうである。この価値に基づいて,名詞に類別の観念を持ち込むことは人間的思惟にとって普遍的であるかに思われる。人間は,事物に名称を与える命名主義者(ノミナリスト)だといわれるが,同時に,事物を分類しないではおれない分類主義者(タクソノミスト)でもあるといえよう。要は,分類の価値が言語形式の上に映発されるか否かの違いである。


 人間には,森羅万象を分類せざるを得ない性(さが)がある.要するに,人間は分類フェチである.言語の性(せい)も,この分類フェチの産物である.

 ・ 「#1135. 印欧祖語の文法性の起源」 ([2012-06-05-1])
 ・ 「#1517. 擬人性」 ([2013-06-22-1])
 ・ 「#1449. 言語における「範疇」」 ([2013-04-15-1])
 ・ 「#1534. Dyirbal 語における文法性」 ([2013-07-09-1])
 ・ 「#1883. 言語における性,その問題点の概観」 ([2014-06-23-1])
 ・ 「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1])

 ・ 宮本 正興 「名詞のクラス」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.115--22頁.(1993年10月号より再録.)

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2017-02-16 Thu

#2852. ことばの分析における「説明」とは? [linguistics][methodology][generative_grammar][cognitive_linguistics]

 標記の言語学の方法論上の問題について,大堀 (58) が,ことばの分析における「説明」は複合的であってよいという趣旨のことを述べている.以下は,しばしば対置させられる生成文法と認知言語学という2つの言語理論を念頭に置きつつ述べられている見解である.

言わずもがなではあるが,ことばの分析における「説明」の何たるかについて,少しく述べる。私の見解は,「何が説明的理論か」という問いに画一的な答えを与えることは不毛であるというものである。在来のパラダイムについて比較検討をすることは分量的に無理なので(かつまた宗教戦争をいざなうつもりもない),一点だけおさえておく。ある現象について一般化が得られた場合,内的な解釈と外的な解釈とが可能と思われるが,両者が排他的である必要は全くない。大切なのは両者が共存できる準備があるということである。例えば「文法規則の適用は構造依存である」との一般化に対し,それは文法についての生得的な制約である,とすることに異存はないが,同時に,認知機構は対象を構造的に把握して操作する,という一般化もOKなのである。要は認知論的な角度から言語が説明されることをこばまず,言語構造はさまざまの面で動機づけられているという事実を自然に受けいれればよいのではあるまいか。


 ここで語られている「内的・外的な解釈」の非排他性は言語理論についての謂いだが,これは言語変化の原因論について語る場合にも当てはまりそうだ.例えば,内的な原因論と外的な原因論は互いに排他的なものではない.また,同じことは,言語を観察する2つの態度,共時態と通時態について語る場合にも当てはまるのではないか.共時態も通時態も互いに排他的とみる必要は必ずしもない.
 私も基本的に上記と同じ立場で言語の「説明」というものを理解している.言語という複雑怪奇な対象を1つの理論で完璧に説明しきれるはずもない.むしろあれこれと異なる角度から考察することによって,少しずつ謎が解かれていくというくらいの難物なのではないか.さらに,その様々な角度が最終的に1つの原理に集約されるという可能性もないではないが,それすらも望みは薄いのではないかと疑っている.その意味では,言語学とは,ことばをどのように見るか,その様々な角度の集成にほかならないと考えている.

 ・ 大堀 壽夫 「イメージの言語学――ことばの構成原理をもとめて」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.51--58頁.(1992年11月号より再録.)

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2017-02-15 Wed

#2851. almond [recipe][history][pronunciation]

 「#2849. macadamia nut」 ([2017-02-13-1]),「#2850. walnut」 ([2017-02-14-1]) に引き続き,もう1つの人気あるナッツである almond (アーモンド)について.almond の語源はギリシア語にまで遡ることができるが,それ以前については不詳である.英語へは1300年頃にフランス語経由で入った.MEDalma(u)nde (n.) に挙げられているように,alma(u)ndealmo(u)nde などの綴字で現われている.
 MED の例文を眺めていると分かるように,使用例は料理のレシピに多い.実際,アーモンドは中世とルネサンス期を通じて,レシピに最もよく現われたナッツの1つである.レシピでは特にアーモンドミルクやアーモンドバターとしての使用が目立ち,1399年頃の料理本とされる The Form of Cury には,多くの例が確認される.MED でも引用されている4例を挙げると,

 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 32: Make gode thik Almaund mylke as tofore.
 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 44: Creme of Almandes: Take Almandes blanched, grynde hem and drawe hem up thykke..boile hem..spryng hem with Vynegar, cast hem abrode uppon a cloth and cast uppon hem sugar.
 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 45: Grewel of Almandes: Take Almandes blanched, bray hem with oot meel, and draw hem up with water.
 ・ (a1399) Form Cury (Add 5016) 56: Take the secunde mylk of Almandes.


 この料理本は,政治的にはぱっとしないが,その宮廷と厨房の壮麗さではよく知られている Richard II のお抱え料理人が編纂したもので,後に Elizabeth I にも献呈されたというから,一流のレシピである.40もの異なる版が現存しており,1780年に出版された版がオンラインの The Form of Cury で閲覧できるので,参照してみた.例えば,その p. 44 には,上の MED からの引用の2つめにも挙げた "Creme of Almānd" と題するレシピが掲載されている.

Take Almānd blan~ched, grynde hem and drawe hem up thykke, set hem oūe the fyre & boile hem. set hem adoū and spryng hem with Vyneg~, cast hem abrode uppon a cloth and cast uppon hem sug. whan it is colde gadre it togydre and leshe it in dyssh.


 一度,味わってみたい気がする.
 「#1967. 料理に関するフランス借用語」 ([2014-09-15-1]) の記事で引用した15世紀のレシピにも,almondes が現われている.アーモンドは,14世紀半ばの黒死病の猛威と関連して,外来の香辛料とナッツの需要が拡大したなかで,とりわけ愛された食材だったのである.
 なお,LPD によると,almond の現在の発音は,イギリス英語では原則として /ˈɑːmənd/ と <l> を発音しないが,アメリカ英語では75%の割合で <l> を発音し,/ˈɑːlmənd/ となるという.この発音については,「#2099. faultl」 ([2015-01-25-1]) も参照.

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2017-02-14 Tue

#2850. walnut [etymology][compounding]

 昨日の記事「#2849. macadamia nut」 ([2017-02-13-1]) に引き続き,ナッツの話題.walnut (クルミ)は,ナッツの代表格として愛されている.英語での語源を探ると,古英語に walh-hnutu という複合語して1度だけ確認される.後半部分は nut そのものだが,前半部分 walh は「外国の」を意味する.WalesWelsh の元となっている wealh と同一語である(発音については「#1157. Welsh にみる音韻変化の豊富さ」 ([2012-06-27-1]) を参照).
 クルミは「外国のナッツ」というわけだが,これは西フリジア語 walnút,オランダ語 walnoot,低地ドイツ語 walnut,ドイツ語 walnuss,古ノルド語 valhnot と同根語がゲルマン諸語に観察されるところから,ゲルマン民族にとっての「外国」,おそらくはガリア,イタリア,ケルトなどが念頭にあったのだろう.彼らにとって,対する「自国のナッツ」は hazelnut (ハシバミの実)だった.
 中英語にみられた walshnote という語形は,古英語形からの発達や類推とは考えられず,おそらく大陸の親戚語を借用したものだろう.なお,この語は古フランス語でもゲルマン語的な語形成がなぞられて noix gauge (ガリアのナッツ)と称された.
 nutcracker (クルミ割り器)の nut とはクルミである(マカダミアナッツを割ろうとすると歯が壊れるかもしれない).ここから,クルミがナッツの無標の代表として好まれてきたことが示唆される.悪玉コレステロールを下げる効果があるというので,私も常食しています.

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2017-02-13 Mon

#2849. macadamia nut [eponym][etymology][patronymy]

 「#2842. 固有名詞から生まれた語」 ([2017-02-06-1]) で挙げたリストのなかに macadamize /məˈkædəˌmaɪz/ という単語がある.「〈道路〉をマカダム工法で(砕石で)舗装する」ほどの意味で,この工法を発明したスコットランドの技師 J. L. McAdam (1756--1836) に由来する eponym である.OED によると,1823年に初出している(父称 Mc については,「#1673. 人名の多様性と人名学」 ([2013-11-25-1]) を参照).
 ここで想起されるのは macadamia nut (マカダミアナッツ)である.案の定,こちらも,別人ではあるが,やはりスコットランド出身の Macadam 氏に由来するようだ.この人物は John Macadam (1827--65) というスコットランド生まれの化学者・医師で,当時 Secretary of the Philosophical Institute of Victoria という地位に就いていた.では,彼がマカダミアナッツを発見したのかというと,そういうわけではない.何でもオーストラリアに移住していた F. von Mueller という植物学者が,同協会の有能な秘書であり,友人でもあった Macadam 氏の名前をとって,この樹木に macadamia /ˌmækəˈdeɪmiə/ という属名をつけたということらしい(アルバーラ,p. 125).樹木名として,1858年に Mueller が次のように初出させている.

1858 F. von Mueller in Trans. Philos. Inst. Victoria 2 72 Macadamia ... A tree of oriental subtropical Australia, with leaves three in a whorl or rarely opposite.


 マカダミアナッツはハワイでよく生産されているので思い違いされやすいが,上の引用にあるとおり,原産地はオーストラリアである.別名 Queensland nut とも言われるように,Queensland 南部を原産地とする.なお,この植物を発見した人物は,上に挙げた Mueller ではなく,アラン・カニンガムなる別の植物学者だということだ.「発見」とはいっても,西洋人による発見のことであり,先住民アボリジニはオーストラリアに渡ってきた4万年ほど前から食していたことだろう.
 カリカリ感と香ばしさに優れた酒のつまみである.

 ・ ケン・アルバーラ(著),田口 未和(訳) 『ナッツの歴史』 原書房,2016年.

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2017-02-12 Sun

#2848. 「若者は1字下げない」 [writing][punctuation][japanese]

 2月1日の読売新聞夕刊11面に「若者は1字下げない」と題する記事が掲載されていた.筆者も大学で学生が書く長めの日本語文章を読む機会が多いが,この「1字下げない」現象には戸惑っている.課題レポート,試験の記述解答,入試の願書に至るまで,段落を1字下げずに書くということが,普通になってきている.
 専門家によると,若者が1字下げを行なわなくなってきているのは,普段書き慣れている SNS でそのような慣習がなく,まとまった文章を書く際にも段落という単位を意識する機会が減っているからだろうという.
 これを問題として指摘するにあたって,いくつかの角度がありそうだ.思いつくのは,(1) 1字下げしないという慣習を無視している(あるいは知らない)ということ,(2) 友人相手の SNS の文章と,ある程度の正式さとまとまりが必要とされる種類の文章の区別ができていないこと,(3) 文章を構成するという感覚がなさそうであること,辺りだろうか.
 (1) は「小学校の作文でしっかり習っていたはずなのに,それをすっかり忘れている,けしからん」という批判である.個人的にはこの批判に加担するし,1字下げは日本社会の常識の1つだと思っている.しかし,規則なのだからとにかく守れ,と述べて済ませるだけでは,言語を論じる者として大人げない気もする.実際,段落の最初の1字下げがどこまで日本語の文章における公式な「規則」なのかは,イマイチよく分からない.学習指導要領では,改行については小学3,4年生の国語で学ぶことになっているが,1字下げについては,指導実態としては教えているものの,「必要性の評価が学術的に定まっていない」ために明示はされていないという.国語教科書の歴史でみると,戦前に1字下げされていない例もあったようだ.そもそも日本語書記における1字下げは,西洋の文章の翻訳に伴って発展し,その慣習が教科書の文章などにも取り込まれて一般化したもののようで,金科玉条の規則というよりは,あくまで慣習やマナーといった位置づけと見ておくのがよさそうだ.とすると,「守らざれば即ち非」と断じるのも難しくなる.
 (2) と (3) は繋がっていると思われるが,慣習を守る守らないだけの問題ではなく,長いまとまった種類の文章を書く機会がないという,一種の書記経験の貧困さの問題のことである.1字下げをしない→その必要性や意義を認識していない→段落構成のある文章を普段書いていない→そのような文章を書く機会がそもそもない,という疑いが生じる.
 SNS の1字下げをしない文章の書き方が悪いというよりは,1字下げすべき類いの文章を書く機会が激減しているという状況がある,と認識すると,問題は別次元のものになっていきそうだ.
 畢竟,句読法 (punctuation) も時間とともに変化するものである.しかし,その変化も,実際的意義と歴史的慣習とのせめぎ合いを通じて進行していくはずのものであって,それゆえに最も大事なことは,保守派にせよ革新派にせよこのような話題に関心をもち,議論していくことだろう.

Referrer (Inside): [2023-08-26-1] [2017-08-10-1]

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2017-02-11 Sat

#2847. statestatistics [etymology][semantic_change][polysemy]

 state には,原義としての「状態」のほか「国家」という語義がある.この語は,古フランス語 estat が初期中英語に入ったものであり,それ自体はラテン語 status からの借用語である.これはラテン語の動詞 stāre "to stand" の名詞形なので,本来的な意味は「立場,姿勢」ほどである.
 その後,ラテン語でもフランス語でも様々な意味変化を経て多義語となったが,英語もその経路をなぞるようにして語義を発展させていった.「状態,形勢」から「地位,身分」へと発展し,さらに「威厳」や「階級」へも展開した.意味を限定して「支配階級」となると,その後「為政者集団」,そして集合的に「国家」にたどり着くまでの道のりは遠くなかった.このようにして,英語における state =「国家」の語義は,まさに近代国家の現われる16世紀前半に初出する.
 さて,「国家」の語義を発展させた state と,「統計学」を意味する statistics の関わりは思いのほか深い.statistics の英語での初出は1787年と案外遅く,ドイツ語で造語された Statistik を借りたものだが,当時の意味は「国家の政治的事実の研究」ほどだった.つまり,statistics とは政治学の1分野として発展してきたものなのである.「国家の政治的事実」の最たるものは人口統計であり,国家,政治,人口,統計というキーワードは互いに結び付きが強かったのである.
 日本語では,英語の population census を単なる「人口調査」ではなく,ものものしく「国勢調査」と訳している.これは,幕末から明治にかけての日本人が,西洋の思想と学問に触れ,statistics の訳語を検討した際に,現在に続く「統計学」のほか「国勢学」「形勢学」「政表」などの訳語を試用したことと無縁ではない.
 最近は,言語学でも少し数字を駆使すれば "stats" として提示できるような,ある種の「軽さ」も禁じ得ない雰囲気があるが,本来 statistics は「国家」の影のちらつく,ものものしく重々しい語感を備えていたもののようだ.
 1月9日の読売新聞朝刊の「翻訳語事情」に,population census = 「国勢調査」に関する記事があったので参考まで.

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2017-02-10 Fri

#2846. 言語変化における「世代」 [language_change][kanji][semantic_change][generative_grammar][diachrony][semantic_change][polysemy]

 2月6日の読売新聞朝刊のコーナー「翻訳語事情」に,generation の訳語としての「世代」について,解説があった.本来,「世代」という漢語は「年代」「時代」「代々」「世々代々」ほどの意味で使われていたが,明治後半の教科書などで生物学用語として遺伝的な意味での「世代」が広まっていったという.さらに,19--20世紀にドイツ人文学から「歴史的体験を共有する同年齢層の集団」を意味する用法が哲学,社会学,芸術,文学などにおいて広がった.とりわけカール・マンハイム (1893--1947) が社会学的見地から「世代」を考察したことで,その潮流を受けた日本においても,現代的な意味での「世代」が定着するようになった.
 生物学的な「世代」と社会学的な「世代」とでは,形としては同じ単語であっても,大きな意味の差がある.前者は順に交替していくという意味での段階性を表わすのに対して,後者は同年齢層集団としての継続性が含意される.例えば「団塊の世代」の価値観は,時とともに構成員の年齢は上がっていくものの,それ自体は変化しないという点で継続性があるといえる.
 しかし,解説者の斎藤希史氏によれば,両方の意味において共通しているのは,「世代という語には,世の中を輪切りにして,断絶を意識させる傾向がある」ということだ.だが,冒頭に述べた原義にたち帰れば,「世々代々」とは「世を重ねて未来へ続いていくイメージ」があった.つまり,「世代」と聞いて喚起するイメージは,「世代交替」よりは「世代間交流」のほうに近かった可能性がある.
 「世代」に対する2つのイメージの差は,言語変化を考察するに当たっても示唆的である,生成文法の立場からは,言語変化とは文法変化のことであり,そこでは「世代交代」の発想が原則である.しかし,社会言語学的な立場から見れば,言語変化のイメージは「世代間交流」のほうに近いだろう.年上話者層と年下話者層では,確かに言葉遣いの平均値は異なっているだろうが,個々の話者を見れば,年下の言葉遣いの影響を受ける年上の人もいれば,その逆のケースもある.両話者層は,生まれた年代は異なるものの,現在を含むある幅の期間,(言語)生活を共有しているのだから,その共有の程度に応じて,多少なりとも存在している言語上の格差は薄められるだろう.言語変化は,世代交替によりカクカクと進んでいく側面もあるかもしれないが,世代間交流によりあくまで緩やかに進んでいくという部分が大きいのではないか.
 Bloomfield の言語変化における「世代」の認識も,「#1352. コミュニケーション密度と通時態」 ([2013-01-08-1]) で見たように,「世代間交流」の発想に近かったように思われる.

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2017-02-09 Thu

#2845. 言語学の諸分野をイェルムスレウの認識論から見ると [linguistics][diachrony][glossematics][linguistics][history_of_linguistics][semiotics][sign]

 セミル・バディル(著)『ソシュールの最大の後継者 イェルムスレウ』を読んで,難解とされる言理学 (glossematics) を概観した(「#1074. Hjelmslev の言理学」 ([2012-04-05-1]) も参照).
 イェルムスレウの記号学的認識論の中心に,外示記号,共示記号,メタ記号の区別がある.外示記号はいわば通常の記号を指す.共示記号は,表現部それ自体が記号であるような記号を指す.そして,メタ記号は,内容部それ自体が記号であるような記号を指す.この基本的な対立に,範列的 (paradigmatic) と連辞的 (syntagmatic) というソシュール以来よく知られた対立が組み込まれ,1つの認識論が構成される.
 このイェルムスレウの認識論に立って,既存の言語学諸分野の位置づけを整理すると,以下の表のようになるだろう(バディル,p. 205).

Components of Linguistics from Hjelmslev's Viewpoint


 留意すべきは,既存の分野名のもとで研究されてきた内容が,そのままイェルムスレウ的な認識論における同名の分野のもとで扱われるとは限らないことだ.例えば,外示記号の表現の連辞を扱う「形態論」は,およそ伝統的な「形態論」で扱されてきた分野を覆うと考えてよいが,音素の統語的変異などを扱う問題も含むという点で少し守備安易が異なる.
 この表の個別部分について見ると,特に興味深いのは,「通時」あるいは「歴史」が共示記号の範列の変異に関わる次元の1つとしてとらえられている点である.それと同列に別の次元を構成しているのは「地理」「社会」「心理」「象徴」などである.ここでは,「通時」がとりたてて「共時」に対立するものとして立てられているわけではなく,むしろ「地理」「社会」「心理」「象徴」などとの並列性が強調されている.
 バディル (207--08) では,この共時・通時の再解釈について,次のように述べられている.

このように提示された言語分析は,共時的な分析だと見なされる必要はない。通時的分析をも「包含する」からである。この包含関係は,共時態と通時態の対立を定式化し直す必要性を意味する。つまり,通時態とは,共時態の「層」が重なり合って作られるものではない。形式的理論において関与的なのは,むしろその逆である。外示記号の「考古学的」な分析を実行することが可能なのである。したがって,歴史的特徴は,他の個別化をもたらす観点の中で,外示記号の作る一つの次元だということになる。


 共時的言語学が圧倒的に優勢な現在,言語学のなかに通時態を復活させようとすることは簡単な試みではないが,イェルムスレウの認識論は1つのヒントになりそうだ.
 言語学の諸部門の整理という話題については,「#378. 語用論は言語理論の基本構成部門か否か」 ([2010-05-10-1]),「#1110. Guiraud による言語学の構成部門」 ([2012-05-11-1]),「#1726. 「形態」の紛らわしさと Ullmann による言語学の構成部門」 ([2014-01-17-1]) も参照.

 ・ セミル・バディル(著),町田 健(訳) 『ソシュールの最大の後継者 イェルムスレウ』 大修館,2007年.

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2017-02-08 Wed

#2844. 人類の起源と言語の起源の関係 (2) [language_family][world_languages][anthropology][family_tree][evolution][altaic][japanese][indo-european][origin_of_language]

 「#2841. 人類の起源と言語の起源の関係」 ([2017-02-05-1]) 及び「#2843. Ruhlen による世界の語族」 ([2017-02-07-1]) に引き続き,世界の語族分類について.Ruhlen 自身のものではないが,著書のなかで頻繁に参照・引用して支持している Cavalli-Sforza et al. が,遺伝学,考古学,言語学の知見を総合して作り上げた関係図がある.Ruhlen (33) で "Comparison of the Genetic Tree with the Linguistic Phyla" として掲げられている図は,Cavalli-Sforza らによるマッピングから少し改変されているようだが,いずれにせよ驚くべきは,遺伝学的な分類と言語学的な分類が,完全とは言わないまでも相当程度に適合していることだ.  *
 言語学者の多くは,昨日の記事 ([2017-02-07-1]) で触れたように,遺伝学と言語学の成果を直接結びつけることに対して非常に大きな抵抗を感じている.両者のこのような適合は,にわかには信じられないだろう.特に分類上の大きな問題となっているアメリカ先住民の諸言語の位置づけについて,この図によれば,遺伝学と言語学が異口同音に3分類法を支持していることになり,本当だとすればセンセーショナルな結果となる.
 ちなみに,ここでは日本語は朝鮮語とともにアルタイ語族に所属しており,さらにモンゴル語,チベット語,アイヌ語などとも同じアルタイ語族内で関係をもっている.また,印欧語族は,超語族 Nostratic と Eurasiatic に重複所属する語族という位置づけである.この重複所属については,ロシアの言語学者たちや Greenberg が従来から提起してきた分類から導かれる以下の構図も想起される (Ruhlen 20) .

            ?????? Afro-Asiatic
            ?????? Kartvelian
            ?????? Elamo-Dravidian
NOSTRATIC ─┼─ Indo-European      ─┐
            ├─ Uralic-Yukaghir    ─┤
            ├─ Altaic             ─┤
            └─ Korean             ─┤
                 Japanese           ─┼─ EURASIATIC
                 Ainu               ─┤
                 Gilyak             ─┤
                 Chukchi-Kamchatkan ─┤
                 Eskimo-Aleut       ─┘

 Cavalli-Sforza et al. や Ruhlen にとって,遺伝学と言語学の成果が完全に一致しないことは問題ではない.言語には言語交替 (language_shift) があり得るものだし,その影響は十分に軽微であり,全体のマッピングには大きく影響しないからだという.
 素直に驚くべきか,短絡的と評価すべきか.

 ・ Ruhlen, Merritt. The Origin of Language. New York: Wiley, 1994.
 ・ Cavalli-Sforza, L. L, Alberto Piazza, Paolo Menozzi, and Joanna Mountain. "Reconstruction of Human Evolution: Bringing Together Genetic, Archaeological and Linguistic Data." Proceedings of the National Academy of Sciences 85 (1988): 6002--06.

Referrer (Inside): [2022-08-03-1]

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2017-02-07 Tue

#2843. Ruhlen による世界の語族 [language_family][indo-european][nostratic][eurasian][world_languages][reconstruction][comparative_linguistics]

 「#2841. 人類の起源と言語の起源の関係」 ([2017-02-05-1]) の記事で触れた Ruhlen は,言語単一起源を主張し,そこから分岐していったものとして12の超語族を設定している.これまでも,野心的な言語学者が「#1115. Nostratic 大語族」 ([2012-05-16-1]) や「#1116. Nostratic を超えて Eurasian へ」 ([2012-05-17-1]) を提案してきたが,Ruhlen も基本的にその流れを汲んでいる.
 Ruhlen (29) では,系統図そのものは与えられておらず,12の超語族が以下のように列挙されている.

1. Khoisan
2. Niger-Kordofanian:
    a. Kordofanian
    b. Niger-Congo
3. Nilo-Saharan
4. Australian
5. Indo-Pacific
6. Austric:
    a. Austroasiatic
    b. Miao-Yao
    c. Daic
    d. Austronesian
7. Dene-Caucasian:
    a. Basque
    b. (North) Caucasian
    c. Burushaski
    d. Nahali
    e. Sino-Tibetan
    f. Yeniseian
    g. Na-Dene
8. Afro-Asiatic
9. Kartvelian
10. Dravidian
11. Eurasiatic:
    a. Indo-European
    b. Uralic-Yukaghir
    c. Altaic
    d. Korean-Japanese-Ainu
    e. Gilyak
    f. Chukchi-Kamchatkan
    g. Eskimo-Aleut
12. Amerind


 なお,上記では,アメリカ先住民の諸言語を分類するにあたって,Greenberg が提案したように,Amerind, Na-Dene, Eskimo-Aleut の3つの語族の設定に従っている.これを含め,上の分類の多くの箇所について論争があることも留意しつつ,上記の分類が,Ruhlen によるものであることを強調しておきたい.
 Na-Dene 周辺を巡る「デネ・コーカサス仮説」 (the Dene-Caucasian hypothesis) については,「#652. コーカサス諸語」 ([2011-02-08-1]) を参照.また,語族ごとの話者数について,「#1949. 語族ごとの言語数と話者数」 ([2014-08-28-1]) を参照.

 ・ Ruhlen, Merritt. The Origin of Language. New York: Wiley, 1994.

Referrer (Inside): [2017-02-08-1]

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2017-02-06 Mon

#2842. 固有名詞から生まれた語 [eponym][toponym][onomastics][etymology][metonymy][semantic_change][lexicology]

 シップリー (722--39) に「固有名詞から生まれた言葉」の一覧がある.以下では,その一覧を参照用に再現する.各表現の故事来歴について詳しくは直接シップリーに,あるいは各種の辞書に当たっていただきたい.とりあえず,このような表現がたくさんあるものだということを示しておきたい.

Adonis
agaric
agate
Alexandrine
Alice blue
America
ammonia
ampere
Ananias
Annie Oakley
aphrodisiac
areopagus
argosy
Argus-eyed
arras
artesian well
astrachan
Atlantic
atlas
babbitt
bacchanals
bakelite
barlett (pear)
battology
bayonet
begonia
bellarmine
bergamask
bison
blanket
bloomers
bobby
bohemian
bowdlerize
bowie
boycott
braille
brie
Brithg's disease
bronze
brougham
Brownian movement
brummagem
bunsen (burner)
Casarean
camembert
cantaloup
cardigan
caryatid
Cassandra
cereal
chalcedony
cherrystone clams
Chippendale
coach
Colombia, Columbia
cologne
colophony
colt
copper
coulomb
cravat
cupidity
currant
daguerreotype
dauphin
derby
diesel (engine)
diddle
doily
dollar
dumdum bullet
Duncan Phyfe
Dundreary (whiskers)
echo
epicurean
ermine
erotic
euhemerism
euphuism
Fabian
Fahrenheit
faience
Fallopian
farad
Ferris (wheel)
fez
forsythia
frankfurter
frieze
galvanize
gamboges
gardenia
gargantuan
gasconade
gauss
gavotte
gibus
Gilbertian
gladstone (bag)
Gobelin
gongorism
Gordian knot
gothite
greengage
Gregorian (calendar/chant)
guillotine
hamburger
havelock
Heaviside layer
hector
helot
henry
hermetically
hiddenite
Hitlerism
Hobson's choice
hyacinth
indigo
iridium
iris
jacinth
Jack Ketch
Jack Tar
jeremiad
jobation
Jonah
joule
jovial
Julian calendear
laconic
lambert
landau
Laputan, Laputian
lavalier
lazar
leather-stocking
Leninism
Leyden jar
lilliputian
limousine
loganberry
Lothario
lyceum
lynch
macadamize
machiavellian
machinaw
mackintosh
magnet
magnolia
malapropism
Malpighian tubes
manil(l)a
mansard roof
marcel
martinet
Marxist
maudlin
mausoleum
maxim (gun)
mayonnaise
mazurka
McIntosh (apple)
Melba toast
Mendelian
mentor
Mercator projection
mercerize
mercurial
meringue
mesmerism
mho
milliner
mnemonic
morphine
morris chair
morris dance
Morse code
negus
nicotine
Nestor
Occam's razor
odyssey
ogre
ohm
Olympian
panama (hat)
panic
parchment
Parthian glance, Parthian shot
pasteurize
peach
peeler
peony
percheron
philippic
pinchbeck
Platonic
Plimsoll line [mark]
poinsettia
polka
polonaise
pompadour
praline
Prince Albert
procrustean
protean
prussic (acid)
Ptolemaic system
Pullman
pyrrhic victory
pyrrhonism
quisling
quixotic
raglan
rhinestone
rodomontade
Roentgen ray
roquefort
Rosetta Stone
Rosicrucian
Salic (law)
Sally Lunn
Samaritan
sandwich
sardine
sardonic
sardonyx
satire
saxophone
scrooge
Seidlitz
sequoia
shanghai
Sheraton
shrapnel
silhouette
simony
sisyphean
socratic
solecism
spaniel
Spencer
spinach
spruce
Stalinism
stentorian
Steve Brodie
sybarite
tabasco
tangerine
tarantella
tarantula
thrasonical
timothy
titanic
tobacco
Trotskyte
trudgen
Vandyke
vaudeville
venery
Victoria
volcano
volt
vulcanize
watt
Wedgwood ware
Wellington (boot)
Winchester rifle
wulfenite
Xant(h)ippe
Zeppelin

 場所や人の名前をもとに,その来歴や何らかの特徴を反映した普通名詞が生まれるのは,主に metonymy の作用と考えられる.また,本来は固有の指示対象をもっていたものが,一般的に用いられるようになったという点で,意味の拡大の事例ともいえるだろう.
 シップリーの語源に関するリストとしては,ほかに「#1723. シップリーによる2重語一覧」 ([2014-01-14-1]) でも話題にしたので参照を.

 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

Referrer (Inside): [2023-04-03-1] [2017-02-13-1]

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2017-02-05 Sun

#2841. 人類の起源と言語の起源の関係 [evolution][origin_of_language][homo_sapiens][anthropology]

 連日,人類の起源や拡散についての話題を取り上げている ([2017-02-02-1], [2017-02-03-1], [2017-02-04-1]) .それは,この話題が言語の起源と拡散というもう1つの話題と関連する可能性があるからだ.人類の起源に関して単一起源説と多地域進化説が対立しているように,言語の起源についても単一起源説と多起源説が唱えられている.この2つの問題を関係づけて論じたくなるのも自然のように思われるかもしれない.
 しかし,言語学の世界では,この関係づけに対する慎重論がことのほか目立つ.1つには,「#515. パリの言語学会が言語起源論を禁じた条文」 ([2010-09-24-1]) で述べたように,1866年にパリの言語学会で言語起源論が公的に禁止されて以来,この話題に対する「怯え」が学界において定着し,継承されてきたという事情がある.また,人類学や考古学が,ホモ・サピエンスの出現以前にまで遡る数十万年以上のタイムスパンを扱えるのに対して,比較言語学で遡れるのはせいぜい1万年ほどと言われるように,想定している時間の規模が大きく異なっているという事情もあるだろう (cf. 「#1313. どのくらい古い時代まで言語を遡ることができるか」 ([2012-11-30-1])) .このような事情から,人類の起源と言語の起源という2つの話題を結びつけようとすることは早計であり,原則として互いに立ち入るべきではないという学問的「謙虚さ」(あるいは「怯え」)が生じたものと思われる.
 この慎重論は,確かに傾聴に値する.しかし,「#231. 言語起源論の禁止と復活」 ([2009-12-14-1]) でも触れたように,近年,人類や言語の起源を巡る関連諸分野がめざましく発展しており,従来の怯えを引きずっているかのような慎重論に物足りなさを感じる進化言語学者や類型論学者が現われてきた.その急先鋒の学者の1人が,「#1116. Nostratic を超えて Eurasian へ」 ([2012-05-17-1]) で触れた,世界諸言語の系統図をまとめ上げようとしている Ruhlen である.Ruhlen は,著書の "An End to Mythology" と題する節で,他の研究者を引用しながら次のように述べている.

Many linguists still believe that there is little correlation between linguistic and biological traits. According to Campbell (1986: 488), "repetition of the obvious seems required: there is no deterministic connection between language and gene pools or culture." However, recent work by L. L. Cavalli-Sforza et al. (1988) shows that the correlations between biological and linguistic classifications are of a most intimate nature: "Linguistic families correspond to groups of populations with very few, easily understood overlaps, and their origin can be given a time frame. Linguistic superfamilies show remarkable correspondence . . . , indicating considerable parallelism between genetic and linguistic development."


 特に説得力のある説明とはなってはいないが,人類と言語の起源の関連を頭ごなしに否定するのは,その関連を初めから前提とするのと同じくらい不適切である,という主張ならば理解できる.
 また,Ruhlen は,比較言語学が数千年ほどしか遡れないとする従来の常識について,"the widely held notion that the comparative method is limited to the last 5,000--8,000 years can be shown to be little more than a cherished myth of twentieth-century linguistics" (14--15) と述べていることも付け加えておこう.

 ・ Ruhlen, Merritt. The Origin of Language. New York: Wiley, 1994.

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2017-02-04 Sat

#2840. 人類の脳容量の変化 [evolution][origin_of_language][homo_sapiens][anthropology][family_tree]

 「#2838. 新人の登場と出アフリカ」 ([2017-02-02-1]) と「#2839. 新人の出アフリカ後のヨーロッパとアメリカへの進出」 ([2017-02-03-1]) に引き続き,人類学の話題.人類の進化を脳容量の変化という観点からたどると,興味深いことに,類人猿までの進化には相当手間取ったらしい.
 ヒトに最も近いチンパンジーの脳の容量は400cc.霊長類の歴史では,ここから500ccの大台に乗るのまでに400万年という時間を要した.逆に,それ以降の進化は早い.300?200万年前のアウストラロピテクス・アフリカヌスの段階で450ccになった後,230?140万年前のホモ・ハビリスでついに550ccを記録.さらに,150?20万年前のホモ・エレクトスでは1000ccとなり,40?2万年前に生存したホモ・ネアンデルターレンシスでは1500ccにも達した.ちなみに現在まで続く新人たるホモ・サピエンスの脳容量はむしろ若干少なく,1350ccである.この進化の過程で,漸進的に顎が後退し,体毛が喪失した.
 霊長類という観点から進化をたどると,およそ次のような図式となる(谷合. p. 223 を参照).

3500万年前 ─┬──────── マーモセット
             │    
             │    
             │    
             │    
2500万年前   └┬─────── ニホンザル・メガネザル
               │  
               │  
               │  
1800万年前     └┬────── テナガザル
                 │
                 │
1200万年前       └┬───── オランウータン
                   │
                   │
700?500万年前 ──┴┬──── ゴリラ
                     │
                     └─┬── チンパンジー
                         │
               サヘラントロプス・チャデンシス
                         │
                         └── ヒト
 その他,谷合より,脳容量の比較(231)や人類の進化系統樹(240)の図も有用.  *  *

 ・ 谷合 稔 『地球・生命――138億年の進化』 SBクリエイティブ,2014年.

Referrer (Inside): [2017-02-05-1]

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2017-02-03 Fri

#2839. 新人の出アフリカ後のヨーロッパとアメリカへの進出 [evolution][origin_of_language][homo_sapiens][anthropology]

 昨日の記事「#2838. 新人の登場と出アフリカ」 ([2017-02-02-1]) に引き続き,約10万年前にアフリカを出たとされる新人が,その後いかに世界へ拡散したか,という話題.
 昨日の地図を眺めると,アフリカからシナイ半島を渡ってレヴァント地方へ進出した新人のさらなる移動について疑問が生じる.彼らはまもなくアジア方面へは展開していったようだが,距離的には比較的近いはずのヨーロッパ方面への展開は数万年ほど遅れてのことである.この空白の時間は何を意味するのだろうか.ロバーツ (308--09) がある学説を紹介している.

アラビア半島やインド亜大陸から北のヨーロッパへ移動するのは,簡単なように思えるが,スティーヴン・オッペンハイマーによると,過去一〇万年にわたって,アフリカから出る北のルート(シナイ半島とレヴァント地方を通る)を砂漠が阻んでいるのと同様に,インド亜大陸とアラビア半島から地中海沿岸へ至る道もまた,イラン南部のザクロス山脈や,アラビア半島北部のシリア砂漠,ネフド砂漠といった地理的な障害によって閉ざされていた。浜辺の採集者たちが東へ進んでいく一方で,北のヨーロッパへ向かう道は遮断されていたのだ。しかし,およそ五万年前,数千年という短い間だったが,気候が暖かくなった。オッペンハイマーは,この温暖な気候のせいで,ペルシャ湾岸から地中海沿岸まで緑の通路がつながり,ヨーロッパへの扉が開かれたと論じている。


 ヨーロッパへの展開を遅れさせたもう1つの要因として,そこに旧人のホモ・ネアンデルターレンシスがすでに暮らしていたという事実もあったかもしれない.新人のクロマニョン人が約4万年前にヨーロッパに到達したとき,ホモ・ネアンデルターレンシスは栄えていたのだ.このとき両人類が共生・交雑し合ったかどうか,ホモ・ネアンデルターレンシスも言語をもっていたかどうかは,人類学上の最重要問題の1つだが,とにかく彼らが出会ったことは確かなようだ.
 次に,新人が3?1.2万年にアメリカ大陸へ渡ったという画期的な事件について.海面が低くベーリング海峡が地続きだった時代に,シベリアから新世界へと新人の移住が起こった.移住の波が一度だったのか,あるいはいくつかの波で起こったのかについて論争があるようだが,最近の核DNAの研究結果は,一度だったのではないかという説を支持している.これに従うと,人類のアメリカへの移動は次のように解釈される(ロバーツ,p. 431).

ベーリンジアはアジア人が通過した「陸橋」というより,アジアのさまざまな地域からの人々を受け入れた「中継地点」であり,そこで彼らの系統はいったん混ぜ合わされ,それを背負った子孫たちがアメリカ大陸に移住したということだ.そうだとすれば,アジアをアメリカ先住民の故郷と見なすのは,単純すぎるということになる.彼らの祖先はアジアだけでなく,さまざまな地域からベーリンジアにやってきた.言うなればベーリンジアがアメリカ人の故郷なのだ.


 「最初のアメリカ人」は5千人程度だったが,その後アメリカでは2万年前以降に人口が膨張したとされる.こうして,南極大陸以外の地球上の大陸は,新人に満たされることになった.人類の歴史として考えると,遠い昔のことではなく,ごく最近の出来事である.

 ・ アリス・ロバーツ(著),野中 香方子(訳) 『人類20万年 遙かなる旅路』 文芸春秋,2013年.

Referrer (Inside): [2017-02-05-1] [2017-02-04-1]

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2017-02-02 Thu

#2838. 新人の登場と出アフリカ [evolution][origin_of_language][homo_sapiens][anthropology][map]

 新人(ホモ・サピエンス)の起源については,アフリカ単一起源説と多地域進化説がある.後者は,先行して世界に展開していたホモ・ネアンデルターレンシスなどの旧人が,各地で新人へと進化したという仮説である.一方,前者は新人はアフリカに現われたが,その後,旧人や原人が暮らす各地へ進出していったとするものである.
 近年は,ミトコンドリアDNAを利用した遺伝子変異の分布の研究により,約20万年前にアフリカに現われた1人の女性「ミトコンドリア・イブ」の存在を想定したアフリカ単一起源説が優勢となっている.さらに,2003年にはエチオピアで約16万年前のものとされる人骨(ホモ・サピエンス・イダルトゥと名付けられた)が発見されており,現生人類に進化する直前の姿ではないかと言われている.
 ミトコンドリア・イブの年代については諸説あり,上で述べた約20万年前というのは1つの仮説である.ミトコンドリア・イブの子孫たち,すなわち新人がアフリカを出た時期についても諸説あるが,およそ10万年前のことと考えられている.その後の世界展開については,谷合 (241) を参照して作成した以下の地図を参考までに.

Map of Human Exodus

 ホモ・サピエンスがその初期の段階から言語をもっていたと仮定するならば,この移動の地図は,そのまま人類言語の拡散の地図となるだろう.
 関連して,「#160. Ardi はまだ言語を話さないけれど」 ([2009-10-04-1]),「#751. 地球46億年のあゆみのなかでの人類と言語」 ([2011-05-18-1]),「#1544. 言語の起源と進化の年表」 ([2013-07-19-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]) も参照.また,Origins of Modern Humans: Multiregional or Out of Africa? の記事も参考になる.

 ・ 谷合 稔 『地球・生命――138億年の進化』 SBクリエイティブ,2014年.

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2017-02-01 Wed

#2837. 人類史と言語史の非目的論 [historiography][teleology][anthropology][evolution][language_myth]

 近年,環境問題への意識の高まりから,人類史,地球史,宇宙史といった大きな規模での歴史が関心を呼んでいる.そのような広い視野の歴史からみると,人類の言語の歴史など刹那にすぎないことは,「#751. 地球46億年のあゆみのなかでの人類と言語」 ([2011-05-18-1]) や「#1544. 言語の起源と進化の年表」 ([2013-07-19-1]) でも確認した通りである.しかし,言語史も歴史の一種であるから,より大きな人類史などを参照することで,参考となること,学べることも多い.
 解剖学者アリス・ロバーツの『人類20万年 遙かなる旅路』を読んだ.人類が,故郷のアフリカ大陸から世界へ拡散していった過程を「旅路」(原題は The Incredible Human Journey) と呼んでいるが,そこにはある種のロマンチックな響きが乗せられている.しかし,著者の態度は,実際にはロマンチックでもなければ,目的論的でもない.それは,次の文章からも知られる (39) .

 祖先たちは何度もぎりぎりの状況をくぐり抜け,最も過酷な環境へも足を踏み入れて生きながらえてきた.その苦難に思いを馳せれば,畏怖と賞賛を感じずにはいられない.アフリカに生まれ,地球全体に住むようになるまでの人類の歩みは,たしかに畏敬の念を起こさせる物語である.
 しかし,その旅を,逆境に立ち向かう英雄的な戦いのようにとらえたり,祖先たちが世界中に移住するという目的をもって旅立ったと考えたりするのは,軽率と言えるだろう.よく言われる「人類の旅」とは比喩にすぎず,祖先たちはどこかへ行こうとしたわけではなかった.「旅」や「移住」という言葉は,人類の集団が膨大な年月にわたって地球上を移動した様子を表現するのに便利ではあるが,わたしたちの祖先は積極的に新天地に進出していったわけではない.たしかに彼らは狩猟採集民で,季節に応じて移動していたが,ほとんどの期間,ある場所から他の場所へあえて移ることはなかった.人類であれ動物であれ個体数が増えれば周囲に拡散するというただそれだけのことだったのだ.
 数百万年におよぶ人類の拡散を,抽象的な意味において「旅」や「移住」と呼ぶことはできるだろう.しかし,祖先たちはどこかを目指したわけでもなければ,英雄に導かれたわけでもなかった.環境の変化に押されてではあったとしても,人類という種が生きのびてきたことに,わたしたちは畏怖を覚え,祖先たちの発明の才と適応力に驚きを感じるが,彼らがあなたやわたしと同じ,普通の人間だったということを忘れてはならない.


 この文章は,「人類」をおよそ「言語」に置き換えても成り立つ.人類の発展の経路が最初から決まっていたわけではないのと同様に,言語の歴史の経路も既定路線ではなく,一時ひととき,非目的論的な変化を続けてきただけである.言語とて「積極的に新天地に進出していったわけではない」.個々の言語の「適応力に驚きを感じる」のは確かだが,いずれも「普通の」言語だったということを忘れてはならない.

 ・ アリス・ロバーツ(著),野中 香方子(訳) 『人類20万年 遙かなる旅路』 文芸春秋,2013年.

Referrer (Inside): [2018-01-19-1]

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最終更新時間: 2024-02-28 16:15

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