hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     1 2 3 4 次ページ / page 1 (4)

lexical_diffusion - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-09-18 07:51

2019-03-24 Sun

#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則 [johnson][dictionary][prescriptive_grammar][comparison][superlative][adjective][suffix][lexical_diffusion]

 1755年の Johnson の辞書の序文に "Grammar of the English Tongue" と題する英文法記述の章がある.そこで形容詞の比較についてもスペースが割かれているが,-er/-est 比較か more/most 比較かという使い分けの問題は,当時も規則に落とし込むのが難しい問題だったようだ.Johnson なりの整理の仕方を見てみよう.
 

          The Comparison of Adjectives.

   The comparative degree of adjectives is formed by adding er, the superlative by adding est, to the positive; as, fair, fairer, fairest; lovely, lovelier, loveliest; sweet, sweeter, sweetest; low, lower, lowest; high, higher, highest.
   Some words are irregularly compared; as good, better, best; bad, worse, worst; little, less,, least; near, nearer, next; much, more, most; many (or moe), more for moer), most (for moest); late, latter, latest or last.
   Some comparatives form a superlative by adding most, as nether, nethermost; outer, outmost; under, undermost; up, upper, uppermost; fore, former, foremost.
   Many adjectives do not admit of comparison by terminations, and are only compared by more and most, as benevolent, more benevolent, most benevolent.
   All adjectives may be compared by more and most, even when they have comparatives and superlatives regularly formed; as fair; fairer, or more fair; fairest, or most fair.
   In adjectives that admit a regular comparison, the comparative more is oftener used than the superlative most, as more fair is oftener written for fairer, than most fair for fairest.
   The comparison of adjectives is very uncertain; and being much regulated by commodiousness of utterance, or agreeableness of sound, is not easily reduced to rules.
   Monosyllables are commonly compared.
   Polysyllables, or words of more than two syllables, are seldom compared otherwise than by more and most, as deplorable, more deplorable, most deplorable.
   Disyllables are seldom compared if they terminate in some, as fulsome, toilsome; in ful, as careful, spleenful, dreadful; in ing, as trifling, charming; in ous, as porous; in less, as careless, harmless; in ed, as wretched; in id, as candid; in al, as mortal; in ent, as recent, fervent; in ain, as certain; in ive, as missive; in dy, as woody; in fy, as puffy; in ky, as rocky, except lucky; in my, as roomy; in ny, as skinny; in py, as ropy, except happy; in ry, as hoary.


 Johnson はこのように整理した上で,なおこれらの規則に沿わない例も散見されるとして,Milton や Ben Jonson からの実例を挙げている.
 それでも上に引用した記述には,興味深い点が多々含まれている.たとえば,位置・方角を表わす語では most が接尾辞として付加されるというのは語源的におもしろい (ex. nethermost, outmost, undermost, uppermost, foremost) .outer については「#3616. 語幹母音短化タイプの比較級に由来する latter, last, utter」 ([2019-03-22-1]) を参照.また,foremost については「#1307. mostmest」 ([2012-11-24-1]) を参照.
 加えて,句比較を許す形容詞について most を用いる最上級よりも more を用いる比較級のほうが高頻度だというのも興味深い指摘だ.比較級と最上級ではそもそも傾向が異なるかもしれないという視点は,示唆に富む.
 Milton の時代には許された virtuousest, famousest, pow'rfullest などが Johnson (の時代)では許容されなくなっているという点も見逃せない.Johnson がすでに現代的な感覚をもっていたことになるからだ.使い分けの細部を除けば,Johnson の時代までに現代の分布の大枠はできあがっていたと考えてよさそうだ.
 一方,そのような「細部」の1点について,Lass が指摘していることも示唆的である.Lass (157) は,Johnson では許容されていない woody, puffy, rocky, roomy などの屈折比較が現在では許容されている事実を考えると,当時から現代までに屈折比較の適用範囲が拡大してきた可能性があると述べている.もしそうならば,一種の語彙拡散 (lexical_diffusion) の例としてみることもできるだろう.
 18世紀の規範文法の読み直しは,後期近代英語から現代英語にかけての言語変化の「発見」を促してくれる.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.

Referrer (Inside): [2019-06-17-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2019-03-14 Thu

#3608. 中英語における <u> の <o> による代用 (4) [spelling][orthography][minim][vowel][spelling_pronunciation_gap][eme][me_dialect][lexical_diffusion]

 昨日の記事 ([2019-03-13-1]) に引き続いての話題.中英語における <u> と <o> の分布を111のテキストにより調査した Wełna (317) は,結論として以下のように述べている.

. . . the examination of the above corpus data has shown a lack of any consistent universal rule replacing <u> with <o> in the graphically obscure contexts of the postvocalic graphemes <m, n>. Even words with identical roots, like the forms of the lemmas SUN (OE sunne), SUMMER (OE sumor) and SON (OE sunu), SOME (OE sum) which showed a similar distribution of <u/o> spellings in most Middle English dialects, eventually (and unpredictably) have retained either the original spelling <u> (sun) or the modified spelling <o> (son). In brief, each word under discussion modified its spelling at a different time and in different regions in a development which closely resembles the circumstances of lexical diffusion.


 このように奥歯に物が挟まったような結論なのだが,Wełna は時代と方言の観点から次の傾向を指摘している.

. . . o-spellings first emerged in the latter half of the 12th century in the (South-)West (honi "honey" . . .). Later, a tendency to use the new spelling <o> is best documented in London and in the North.


 Wełna 本人も述べているように,調査の対象としたレンマは HUNDRED, HUNGER, HONEY, NUN, SOME, SUMMER, SUN, SON の8つにすぎず,ここから一般的な結論を引き出すのは難しいのかもしれない.さらなる研究が必要のようだ.

 ・ Wełna, Jerzy. "<U> or <O>: A Dilemma of the Middle English Scribal Practice." Contact, Variation, and Change in the History of English. Ed. Simone E. Pfenninger, Olga Timofeeva, Anne-Christine Gardner, Alpo Honkapohja, Marianne Hundt and Daniel Schreier. Amsterdam/Philadelphia: Benjamins, 2014. 305--23.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-06-03 Sun

#3324. 言語変化は霧のなかを這うようにして進んでいく [language_change][syntax][teleology][invisible_hand][lexical_diffusion]

 言語変化,とりわけ統語変化の進行の仕方について,言語学を分かりやすく紹介してくれることで定評のある Aitchison (100) が次のように要約している.

Syntactic change typically creeps into a language via optional stylistic variants. Particular lexical items provide a toehold. The change tends to become widely used via ambiguous structures. One or some of these get increasingly preferred, and in the long run the dispreferred options fade away through disuse. Mostly, speakers are unaware that such changes are taking place. Overall, all changes, whether phonetic/phonological, morphological, or syntactic, take place gradually, and also spread gradually. There is always fluctuation between the old and the new. Then the changes tend to move onward and outward, becoming the norm among one group of speakers before moving on to the next.


 言語変化は,非常にゆっくりと進行するために,それが生じている世代の話者にとってすら案外気づかないものである.新旧両形が共存する期間には,「#3318. 言語変化の最中にある新旧変異形を巡って」 ([2018-05-28-1]) で述べたように,両者のあいだに何らかの含蓄的意味や使用域の違いが意識されることもあるが,さほど意識されずに,事実上ただの「揺れ」 (fluctuation) として現われることも多い.言語変化は語彙を縫って進むかのように体系内で伝播していく一方で,言語共同体の内部でもある話者から別の話者へと伝播していく (lexical_diffusion) .言語変化は creep (這う)ように進むという比喩は,言い得て妙である.
 また,別の箇所で Aitchison (107) は,Joseph (140) を引用しながら,言語変化のローカル性,あるいは近視眼性に言及している.

[S]peakers in the process of using --- and thus of changing --- their language often act as if they were in a fog, by which is meant not that they are befuddled but that they see clearly only immediately around them, so to speak, and only in a clouded manner farther afield. They thus generalize only 'locally' . . . and not globally over vast expanses of data, and they exercise their linguistic insights only through a small 'window of opportunity' over a necessarily small range of data.


 個々の話者は,大きな流れのなかにある言語変化の目的や結果は見えておらず,近視眼的に行動しているだけである.言語変化の「見えざる手」 (invisible_hand) の理論や目的論 (teleology) の話題にも直結する見解である.
 標記のように,「言語変化は霧のなかを這うようにして進んでいく」ものなのだろう.

 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 4th ed. Cambridge: CUP, 2013.
 ・ Joseph, B. D. "Diachronic Explanation: Putting Speakers Back into the Picture." Explanation in Historical Linguistics. Ed. G. W. Davis and G. K. Iverson. Amsterdam: Benjamins, 1992. 123--44.

Referrer (Inside): [2018-06-07-1] [2018-06-06-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-01-01 Mon

#3171. 1/f ゆらぎ [language_change][variation][chaos_theory][invisible_hand][complex_system][lexical_diffusion][speed_of_change][1/f][dynamic_equilibrium]

 2018年となりました.本年も hellog を続けていきます.よろしくお願い致します.
 新年最初の話題は「ゆらぎ」について.自然界に存在するゆらぎには規則的といえるものもあれば,まったく予想不可能なものもあるが,多くの現象においては,完全とはいえずとももある程度予測できるゆらぎが確認される.なかでも「1/f ゆらぎ」として知られているものは,身の回りにも数多く確認され,とりわけ人間が快を感じるもののなかにしばしば含まれていると言われる.そよ風,小川のせせらぎ,木漏れ日,木目や年輪,虫の羽音,岩塩の旨み,電車の揺れ,古い町並み,日本庭園,畳の目,手拍子,太鼓のリズム,噺家の声,バッハやモーツァルトの楽曲などにみられるほか,宇宙線強度,細胞構造,心拍周期にも認められるという.「1/f ゆらぎ」という呼称は,対象のゆらぎの周波数 (frequency) を成分分析し,各成分の強さを数学的操作を加えてグラフ化すると,右下がりの相関直線が得られることによる.1/f2 や 1/f-1 でもなく 1/f であるところが,どうやら人間にとっての快のポイントらしい(武者,pp. 24--39).
 1/f ゆらぎが人間の生活に密接なところに多いというのは,言語(体系)にもみられる可能性があることを示唆する.ここで言語にとってゆらぎとは何かが問題になる.形式的な variation を想定することもできそうだし,言語変化 (language_change) の頻度 (frequency) や速度 (speed_of_language_change) などにも見られるかもしれない.例えば,1/f ゆらぎが語彙拡散 (lexical_diffusion) と関わっていたらおもしろそうだ.
 1/f ゆらぎは,複雑系 (complex_system) やカオス理論 (chaos_theory) とも深く関係する.言語体系が複雑系であり,言語変化がカオス理論の適用の対象となりうることは,「#3112. カオス理論と言語変化 (2)」 ([2017-11-03-1]),「#3122. 言語体系は「カオスの辺縁」にある」 ([2017-11-13-1]),「#3142. ホメオカオス (1)」 ([2017-12-03-1]),「#3143. ホメオカオス (2)」 ([2017-12-04-1]) などで触れてきた.そうだとすれば,1/f ゆらぎもまた言語に関与している可能性が高い.いずれの考え方にも共通しているのは,常に動いていて不安定なシステムこそ,周囲の予期できない変動に適応しやすいという点だ.不安定から安定が,混沌から秩序が生まれるようなシステムである.逆説的な言い方だが,そこには「動的な安定感」があるといってよい.あるいは最近の科学のキーワードでいえば「動的平衡」 (dynamic_equilibrium) である.「遊び」にも通じるものがある.
 この点と関連して,武者 (127--28) は 1/f ゆらぎを示す,目の焦点についての興味深い事例を紹介している.

目は物体の後ろ側に焦点を合わせています.そして焦点は,ピタッと一定のところに止まっているのではなく,いつも前後にふらふらと動いているのだそうです.
 この動きが,1/f ゆらぎに非常に近いのです.
 焦点が前にいったり後ろにいったり,ちょこちょこと絶えず動いているのは,動いているほうが,ものの位置が変わったときにすぐ焦点を合わせ直しやすいからです.テニスの選手がサーブを受けるときに,足を少し開いて上体を左右に揺すっていますが,あれは止まっていると,ボールが飛んできたときに体がすぐに動かないからでしょう.目の焦点も同じことです.
 また焦点は,見ようとするものよりも遠方に合わせられているのが普通のようです.見ているものが動くと,焦点がズレて画像がぼやけますが,もし焦点が物体に合っていると,ものが手前に来ても遠方に行っても,像がぼやけるという点では同じことになります.しかし,これでは焦点を合わせ直すのに,前後どちらに焦点を移動させればよいのか,とっさの判断ができません.見ているものよりも,少し遠方に焦点が定まっていれば,ものが焦点からズレて遠方に動くとものの像がはっきりしてきますし,その逆に手前に動けば,ぼやけかたが激しくなります.それと同時に,焦点は少し遠くに合わせられているのではないでしょうか.だから焦点が前後にゆらいでいるほうが,ものごとの変化に対応しやすいということでしょう.


 言語体系も常にゆらいでいるからこそ,人間のコミュニケーション欲求の絶えざる変化に即応できる柔軟なシステムとなっているのかもしれない.1/f ゆらぎの言語への応用は未知数だが,今後関心を寄せていきたい.

 ・ 武者 利光 『ゆらぎの発想 1/f ゆらぎの謎にせまる』 日本放送出版協会,1994年.

Referrer (Inside): [2018-01-16-1] [2018-01-06-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-11-14 Tue

#3123. カオスとフラクタル [chaos_theory][variation][lexical_diffusion][complex_system]

 「#3111. カオス理論と言語変化 (1)」 ([2017-11-02-1]) の記事で,初期条件の僅かな異なりが後に甚大な差異をもたらし得ることを,簡単な数式(ロジスティック方程式)により示した.このようなカオスは,ポーランド生まれの数学者 Benoît Mandelbrot (1924--2010) により幾何学と結びつけられ,自己相似的な図形「フラクタル」 (fractal) と関連づけられるようになった.
 数列がある数値に収斂していく様子を幾何学的に表現すれば,ある1点へすべてが集まっていく図形が想像されるだろう.これをアトラクタという.アトラクタには,このようにきわめて単純なものもあるが,もう少し複雑なものとして閉じた輪の形状を示すものもある.ここでは収斂してゆく先が1点ではなくループ状ではあるものの,まだ十分に規則的と呼びうるアトラクタである.しかし,1点でもループ状でもなく,より複雑な図形がアトラクタとなるケースがある.これがまさにカオスの示すアトラクタであり,その本質が解明されていないことから,ストレンジ・アトラクタと呼ばれる(先の記事で示したローレンツ・アトラクタがその1例).このようなアトラクタを,別の幾何学的な演算を加えた上で描きなおすと,非常に複雑だが,美しい自己相似的な図形,つまりフラクタルとなるものがある.その最も有名な例が,「マンデルブロー集合」 (Mandelbrot set) である.その形状から "gingerbread man" とも呼ばれる.以下をクリックして,次々に拡大していくGIFアニメーションもどうぞ.

Mandelbrot Set

 この図形のある部分を拡大していくと,もとの図形と相似な図形が次々と現われる.この再帰性が永遠に続いていくのである.
 言語変化がカオス現象の1例だとすれば,それに対応する幾何学図形であるフラクタルとその自己相似性という特徴は,言語変化のいかなる側面を表わしていると考えられるのだろうか.
 フラクタルの自己相似性は,とりわけカオスの辺縁においてみられる.例えば,言語変化における variation に関して,あらゆる側面・次元で似たようなことが生じている,というようなことが考えられようか.語彙拡散のS字曲線が複数のより小さなS字曲線から成っているという事実も,フラクタル的である.
 カオスとフラクタルの不思議な関係については,スチュアート (268--301) が読みやすい.

 ・ スチュアート,イアン(著),須田 不二夫・三村 和男(訳) 『カオス的世界像 非定形の理論から複雑系の科学へ』 白揚社,1998年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-04-02 Sun

#2897. 渋沢栄一の述べる「言語動作の感染性と伝播力」 [language_change][lexical_diffusion]

 渋沢栄一と言語(学)はあまり結びつかないと思われるが,『論語と算盤』のなかの「習慣の感染性と伝播力」と題する節で,善事の習慣も悪事の習慣も人々に感染するものだから,よく気をつけなければならない,と説くくだりがある.そこで,「言語動作」も例外ではないとして,言語の伝播について,そして実質的には言語の変化について触れている (pp. 101--02) .

言語動作のごときは,甲の習慣が乙に伝わり,乙の習慣が丙に伝わるような例は,決して珍しくない.著しい例証を挙ぐれば,近来新聞紙上に折々新文字が見える.一日甲の新聞にその文字が登載されたかと思うと,それがたちまち乙丙丁の新聞に伝載され,遂には社会一般の言語として,誰しも怪しまぬことになる.かの「ハイカラ」とか「成金」とかいう言葉は,すなわちその一例である.婦女子の言葉などもやはり左様で,近頃の女学生が頻りに「よくッてよ」とか「そうだわ」とかいう類の言語を用いるのも,ある種の習慣が伝播したものといって差し支えない.また昔日は無かった「実業」という文字のごときも,今日は最早習慣となり,実業といえばただちに,商工業のことを思わせるようになって来た.かの「壮士」という文字なども,字面から見れば壮年の人でなければならぬ筈であるのに,今日では老人を指しても壮士といい,誰一人それを怪しむものなきに至っている.もって習慣が,如何に感染性と伝播力を持っているかを察知するに足るであろう.しかして,この事実より推測する時は,一人の習慣は終に天下の習慣となりかねまじき勢いであるから,習慣に対しては深い注意を払うとともに,また自重してもらわねばならぬのである.


 当時の新語や言葉遣いの様子が分かっておもしろい.渋沢がこれらの新語に対して必ずしも好意的ではなかったように読めるが,いずれにせよ,それほど言葉も強い感染力と伝播力をもっているのだ,ということが説かれている.
 また,言語が伝播するというよりは,言語動作が伝播するという言い方をしているのもおもしろい.言語そのものよりも,その話者に一歩近い立場から言語変化を見ていることになるだろうか.
 「感染性」と「伝播力」と関連して,語彙拡散の諸問題について「#5. 豚インフルエンザの二次感染と語彙拡散の"take-off"」 ([2009-05-04-1]),「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]),「#2299. 拡散の駆動力3点」 ([2015-08-13-1]) を含む lexical_diffusion の各記事を参照されたい.

 ・ 渋沢 栄一 『論語と算盤』 忠誠堂,1927年.KADOKAWA,2008年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-09-30 Fri

#2713. 「言語変化のスケジュール」に関する書誌情報 [schedule_of_language_change][lexical_diffusion][speed_of_change]

 数年来,「言語変化のスケジュール」 (schedule_of_language_change) と自分で名付けた問題に関心をもち続けている.「スケジュール」には,言語変化の速度,経路,拡散の順序,始まるタイミング,終わるタイミングなどの諸相が含まれており,時間軸に沿って観察される言語変化の種々のパターンを広くとらえようとする意図がこめられている.
 語彙拡散 (lexical_diffusion) にまつわる理論的な問題を考え出したことが,言語変化のスケジュールへの関心の出発点だったが,その後,少しずつ文献を集めるなどして理解を深めてきたので,この辺りでいったん書誌情報をまとめておきたい.今後も,これに付け加えていく予定.

 ・ Aitchison, Jean. The Seeds of Speech: Language Origin and Evolution. Cambridge: CUP, 1996.
 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.
 ・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.
 ・ Briscoe, Ted. "Evolutionary Perspectives on Diachronic Syntax." Diachronic Syntax: Models and Mechanisms. Ed. Susan Pintzuk, George Tsoulas, and Anthony Warner. Oxford: OUP, 2000. 75--105.
 ・ Britain, Dave. "Geolinguistics and Linguistic Diffusion." Sociolinguistics: International Handbook of the Science of Language and Society. Ed. U. Ammon et al. Berlin: Mouton de Gruyter, 2004.
 ・ Croft, William. Explaining Language Change: An Evolutionary Approach. Harlow: Pearson Education, 2000.
 ・ Denison, David. "Slow, Slow, Quick, Quick, Slow: The Dance of Language Change?" Woonderous Æ#nglissce: SELIM Studies in Medieval English Language. Ed. Ana Bringas López et al. Vigo: Universidade de Vigo (Servicio de Publicacións), 1999. 51--64.
 ・ Denison, David. "Log(ist)ic and Simplistic S-Curves." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 54--70.
 ・ Ellegård, A. The Auxiliary Do. Stockholm: Almqvist and Wiksell, 1953.
 ・ Fries, Charles C. "On the Development of the Structural Use of Word-Order in Modern English." Language 16 (1940): 199--208.
 ・ Görlach, Manfred. Introduction to Early Modern English. Cambridge: CUP, 1991.
 ・ Hooper, Joan. "Word Frequency in Lexical Diffusion and the Source of Morphophonological Change." Current Progress in Historical Linguistics. Ed. William M. Christie Jr. Amsterdam: North-Holland, 1976. 95--105.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Leaders and Laggers of Language Change: Nominal Plural Forms in -s in Early Middle English." Journal of the Institute of Cultural Science (The 30th Anniversary Issue II) 68 (2010): 1--17.
 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.
 ・ Kroch, Anthony S. "Function and Grammar in the History of English: Periphrastic Do." Language Change and Variation. Ed. Ralph Fasold and Deborah Schiffrin. Current Issues in Linguistic Theory 52. John Benjamins, 1989. 132--72.
 ・ Kroch, Anthony S. "Reflexes of Grammar in Patterns of Language Change." Language Variation and Change 1 (1989): 199--244.
 ・ Labov, William. Principles of Linguistic Change: Internal Factors. Cambridge, Mass.: Blackwell, 1994.
 ・ Lass, Roger. Phonology. Cambridge: CUP, 1983.
 ・ Lass, Roger. Historical Linguistics and Language Change. Cambridge: CUP, 1997.
 ・ Lieberman, Erez, Jean-Baptiste Michel, Joe Jackson, Tina Tang, and Martin A. Nowak. "Quantifying the Evolutionary Dynamics of Language." Nature 449 (2007): 713--16.
 ・ Lightfoot, David W. Principles of Diachronic Syntax. Cambridge: CUP, 1979.
 ・ Lightfoot, David W. "Cuing a New Grammar." Chapter 2 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 24--44.
 ・ Matsuda, K. "Dissecting Analogical Leveling Quantitatively: The Case of the Innovative Potential Suffix in Tokyo Japanese." Language Variation and Change 5 (1993): 1--34.
 ・ McMahon, April M. S. Understanding Language Change. Cambridge: CUP, 1994.
 ・ Nevalainen, T. and H. Raumolin-Brunberg. Historical Sociolinguistics. Harlow: Longman, 2003.
 ・ Niyogi, Partha and Robert C. Berwick. "A Dynamical Systems Model of Language Change." Linguistics and Philosophy 20 (1997): 697--719.
 ・ Ogura, Mieko. "The Development of Periphrastic Do in English: A Case of Lexical Diffusion in Syntax." Diachronica 10 (1993): 51--85.
 ・ Ogura, Mieko and William S-Y. Wang. "Snowball Effect in Lexical Diffusion: The Development of -s in the Third Person Singular Present Indicative in English." English Historical Linguistics 1994. Papers from the 8th International Conference on English Historical Linguistics. Ed. Derek Britton. Amsterdam: John Benjamins, 1994. 119--41.
 ・ Ogura, Mieko and William S-Y. Wang. "Evolution Theory and Lexical Diffusion." Advances in English Historical Linguistics. Ed. Jacek Fisiak and Marcin Krygier. Berlin: Mouton de Gruyter, 1998. 315--43.
 ・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and the Actuation of Sound Change." Language 60 (1984): 320--42.
 ・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and Lexical Diffusion in English Stress Shifts." Germanic Linguistics. Ed. Richard Hogg and Linda van Bergen. Amsterdam: John Benjamins, 1998. 223--32.
 ・ Ritt, Nikolaus. "How to Weaken one's Consonants, Strengthen one's Vowels and Remain English at the Same Time." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 213--31.
 ・ Rogers, Everett M. Diffusion of Innovations. 5th ed. New York: Free Press, 1995.
 ・ 真田 治子 「言語変化のS字カーブの計量的研究――解析手法と分析事例の比較」 日本言語学会第137回大会公開シンポジウム「言語変化のモデル」ハンドアウト 金沢大学,2008年11月30日.
 ・ Sapir, Edward. Language: An Introduction to the Study of Speech. New York: Harcourt, Brace and Company, 1921.
 ・ Schlüter, Julia. "Weak Segments and Syllable Structure in ME." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 199--236.
 ・ Schuchardt, Hugo. Über die Lautgesetze: Gegen die Junggrammatiker. 1885. Trans. in Shuchardt, the Neogrammarians, and the Transformational Theory of Phonological Change. Ed. Theo Vennemann and Terence Wilbur. Frankfurt: Altenäum, 1972. 39--72.
 ・ Sherman, D. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of the Lexical Diffusion of Sound Change in English." Linguistics 159 (1975): 43--71.
 ・ 園田 勝英 「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」『The Northern Review (北海道大学)』,第12巻,1984年,47--57頁.
 ・ Swadesh, Morris. "Lexico-Statistic Dating of Prehistoric Ethnic Contacts: With Special Reference to North American Indians and Eskimos." Proceedings of the American Philosophical Society 96 (1952): 452--63.
 ・ Wang, William S-Y. "Competing Changes as a Cause of Residue." Language 45 (1969): 9--25. Rpt. in Readings in Historical Phonology: Chapters in the Theory of Sound Change. Ed. Philip Baldi and Ronald N. Werth. Pennsylvania: Pennsylvania State UP, 1977. 236--57.
 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-07-20 Wed

#2641. 言語変化の速度について再考 [speed_of_change][schedule_of_language_change][language_change][lexical_diffusion][evolution][punctuated_equilibrium]

 昨日の記事「#2640. 英語史の時代区分が招く誤解」 ([2016-07-19-1]) で,言語変化は常におよそ一定の速度で変化し続けるという Hockett の前提を見た.言語変化の速度という問題については長らく関心を抱いており,本ブログでも speed_of_change, , lexical_diffusion などの多くの記事で一般的,個別的に取り上げてきた.
 多くの英語史研究者は,しばしば言語変化の速度には相対的に激しい時期と緩やかな時期があることを前提としてきた.例えば,「#795. インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」 ([2011-07-01-1]),「#386. 現代英語に起こっている変化は大きいか小さいか」 ([2010-05-18-1]) の記事で紹介したように,現代は変化速度の著しい時期とみなされることが多い.また,言語変化の単位や言語項の種類によって変化速度が一般的に速かったり遅かったりするということも,「#621. 文法変化の進行の円滑さと速度」 ([2011-01-08-1]),「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) などで前提とされている.さらに,語彙拡散の理論では,変化の段階に応じて拡散の緩急が切り替わることが前提とされている.このように見てくると,言語変化の研究においては,言語変化の速度は,原則として一定ではなく,むしろ変化するものだという理解が広く行き渡っているように思われる.この点では,Hockett のような立場は分が悪い.Hockett (63) の言い分は次の通りである.

Since we find it almost impossible to measure the rate of linguistic change with any accuracy, obviously we cannot flatly assert that it is constant; if, in fact, it is variable, then one can identify relatively slow change with stability, and relatively rapid change with transition. I think we can with confidence assert that the variation in rate cannot be very large. For this belief there is descriptive evidence. Currently we are obtaining dozens of reports of language all over the world, based on direct observation. If there were any really sharp dichotomy between 'stability' and 'transition', then our field reports would reveal the fact: they would fall into two fairly distinct types. Such is not the case, so that contrapositively the assumption is shown to be false.


 Hockett (58) は別の箇所でも,言語変化の速度を測ることについて懐疑的な態度を表明している.

Can we speak, with any precision at all, about the rate of linguistic change? I think that precision and significance of judgments or measurements in this connection are related as inverse functions. We can be precise by being superficial, say in measuring the rate of replacement in basic vocabulary; but when we turn to deeper aspects of language design, the most we can at present hope for is to attain some rough 'feel' for rate of change.


 Hockett の言い分をまとめれば,こうだろう.語彙や音声や文法などに関する個別の言語変化については,ある単位を基準に具体的に変化の速度を計測する手段が用意されており,実際に計測してみれば相対的に急な時期,緩やかな時期を区別することができるかもしれない.しかし,言語体系が全体として変化する速度という一般的な問題になると,正確にそれを計測する手段はないといってよく,結局のところ不可知というほかない.何となれば,反対の証拠がない以上,変化速度はおよそ一定であるという仮説を受け入れておくのが無難だろう.
 確かに,個別の言語変化という局所的な問題について考える場合と,言語体系としての変化という全体的な問題の場合には,同じ「速度」の話題とはいえ,異なる扱いが必要になってくるだろう.関連して「#1551. 語彙拡散のS字曲線への批判」 ([2013-07-26-1]),「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) も参照されたい.
 上に述べた言語体系としての変化という一般的な問題よりも,さらに一般的なレベルにある言語進化の速度については,さらに異なる議論が必要となるかもしれない.この話題については,「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]) を参照.

 ・ Hockett, Charles F. "The Terminology of Historical Linguistics." Studies in Linguistics 12.3--4 (1957): 57--73.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-06-07 Tue

#2598. 古ノルド語の影響力と伝播を探る研究において留意すべき中英語コーパスの抱える問題点 [old_norse][loan_word][me_dialect][representativeness][geography][lexical_diffusion][lexicology][methodology][laeme][corpus]

 「#1917. numb」 ([2014-07-27-1]) の記事で,中英語における本来語 nimen と古ノルド語借用語 taken の競合について調査した Rynell の研究に触れた.一般に古ノルド語借用語が中英語期中いかにして英語諸方言に浸透していったかを論じる際には,時期の観点と地域方言の観点から考慮される.当然のことながら,言語項の浸透にはある程度の時間がかかるので,初期よりも後期のほうが浸透の度合いは顕著となるだろう.また,古ノルド語の影響は the Danelaw と呼ばれるイングランド北部・東部において最も強烈であり,イングランド南部・西部へは,その衝撃がいくぶん弱まりながら伝播していったと考えるのが自然である.
 このように古ノルド語の言語的影響の強さについては,時期と地域方言の間に密接な相互関係があり,その分布は明確であるとされる.実際に「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) や「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1]) に示した語の分布図は,きわめて明確な分布を示す.古英語本来語と古ノルド語借用語が競合するケースでは,一般に上記の分布が確認されることが多いようだ.Rynell (359) 曰く,"The Scn words so far dealt with have this in common that they prevail in the East Midlands, the North, and the North West Midlands, or in one or two of these districts, while their native synonyms hold the field in the South West Midlands and the South."
 しかし,事情は一見するほど単純ではないことにも留意する必要がある.Rynell (359--60) は上の文に続けて,次のように但し書きを付け加えている.

This is obviously not tantamount to saying that the native words are wanting in the former parts of the country and, inversely, that the Scn words are all absent from the latter. Instead, the native words are by no means infrequent in the East Midlands, the North, and the North West Midlands, or at least in parts of these districts, and not a few Scn loan-words turn up in the South West Midlands and the South, particularly near the East Midland border in Essex, once the southernmost country of the Danelaw. Moreover, some Scn words seem to have been more generally accepted down there at a surprisingly early stage, in some cases even at the expense of their native equivalents.


 加えて注意すべきは,現存する中英語テキストの分布が偏っている点である.言い方をかえれば,中英語コーパスが,時期と地域方言に関して代表性 (representativeness) を欠いているという問題だ.Rynell (358) によれば,

A survey of the entire material above collected, which suffers from the weakness that the texts from the North and the North (and Central) West Midlands are all comparatively late and those from the South West Midlands nearly all early, while the East Midland and Southern texts, particularly the former, represent various periods, shows that in a number of cases the Scn words do prevail in the East Midlands, the North, and the North (and sometimes Central) West Midlands and the South, exclusive of Chaucer's London . . . .


 古ノルド語の言語的影響は,中英語の早い時期に北部・東部方言で,遅い時期には南部・西部方言で観察される,ということは概論として述べることはできるものの,それが中英語コーパスの時期・方言の分布と見事に一致している事実を見逃してはならない.つまり,上記の概論的分布は,たまたま現存するテキストの時間・空間的な分布と平行しているために,ことによると不当に強調されているかもしれないのだ.見えやすいものがますます見えやすくなり,見えにくいものが隠れたままにされる構造的な問題が,ここにある.
 この問題は,古ノルド語の言語的影響にとどまらず,中英語期に北・東部から南・西部へ伝播した言語変化一般を観察する際にも関与する問題である (see 「#941. 中英語の言語変化はなぜ北から南へ伝播したのか」 ([2011-11-24-1]),「#1843. conservative radicalism」 ([2014-05-14-1])) .
 関連して,初期中英語コーパス A Linguistic Atlas of Early Middle English (LAEME) の代表性について「#1262. The LAEME Corpus の代表性 (1)」 ([2012-10-10-1]),「#1263. The LAEME Corpus の代表性 (2)」 ([2012-10-11-1]) も参照.

 ・ Rynell, Alarik. The Rivalry of Scandinavian and Native Synonyms in Middle English Especially taken and nimen. Lund: Håkan Ohlssons, 1948.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-05-04 Wed

#2564. varietylect [variety][terminology][style][register][dialect][sociolinguistics][lexical_diffusion][speed_of_change][schedule_of_language_change]

 社会言語学では variety (変種)という用語をよく用いるが,ときに似たような使い方で lect という用語も聞かれる.これは dialect や sociolectlect を取り出したものだが,用語上の使い分けがあるのか疑問に思い,Trudgill の用語集を繰ってみた.それぞれの項目を引用する.

variety A neutral term used to refer to any kind of language --- a dialect, accent, sociolect, style or register --- that a linguist happens to want to discuss as a separate entity for some particular purpose. Such a variety can be very general, such as 'American English', or very specific, such as 'the lower working-class dialect of the Lower East Side of New York City'. See also lect

lect Another term for variety or 'kind of language' which is neutral with respect to whether the variety is a sociolect or a (geographical) dialect. The term was coined by the American linguist Charles-James Bailey who, as part of his work in variation theory, has been particularly interested in the arrangement of lects in implicational tables, and the diffusion of linguistic changes from one linguistic environment to another and one lect to another. He has also been particularly concerned to define lects in terms of their linguistic characteristics rather than their geographical or social origins.


 案の定,両語とも "a kind of language" ほどでほぼ同義のようだが,variety のほうが一般的に用いられるとはいってよいだろう.ただし,lect は言語変化においてある言語項が lect A から lect B へと分布を広げていく過程などを論じる際に使われることが多いようだ.つまり,lect は語彙拡散 (lexical_diffusion) の理論と相性がよいということになる.
 なお,上の lect の項で参照されている Charles-James Bailey は,「#1906. 言語変化のスケジュールは言語学的環境ごとに異なるか」 ([2014-07-16-1]) で引用したように,確かに語彙拡散や言語変化のスケジュール (schedule_of_language_change) の問題について理論的に扱っている社会言語学者である.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2016-03-10 Thu

#2509. Intralinguistic, Extralinguistic, Intrasystemic, Extrasystemic [terminology][language_change][causation][plural][lexical_diffusion][contact]

 「#1600. Samuels の言語変化モデル」 ([2013-09-13-1]) で少し触れたが,Samuels は言語変化とそれを引き起こす諸要因を考える上での基本的な対立として,Intralinguistic と Extralinguistic を考えており,前者はさらに Intrasystemic と Extrasystemic に分けられる.Samuels (7) による関係図を少々改変して示すと,以下の通りである.

Intralinguistic ─────┬───── Intrasystemic
                          │
                          └───── Extrasystemic 1 (linguistic sense only)

Extralinguistic ─────────── Extrasystemic 2 (non-linguistic sense, here not used)

 やや混乱を招く用語使いではあるが,ほとんどの言語変化がこれらの用語で記述されうるために,よく理解しておくことが重要である.Intrasystemic な要因とは,単一の言語体系の内部に働く要因である.この場合の言語体系とは,英語や日本語などの言語レベルのものを指すこともあれば,その下位区分の方言やさらに小さなレベルを指すこともある.Extrasystemic は要因とは,ある言語体系に対して,他の言語体系との接触の結果として影響を及ぼす外から働く要因である.この2つは直接的に言語体系に関わる要因であるから,上位レベルで Intralinguistic な要因とまとめ上げることができる.一方,言語体系に直接関わるものではないが,言語変化に間接的に関与するという意味で,言語を取り巻くその他諸々の環境について検討する必要もある.この諸要因のことを,Extralinguistic な要因と呼ぶ.厳密に論理的に考えれば,Extrasystemic は Extralinguistic を包含するものであり,したがって図の Extrasystemic 1 と Extrasystemic 2 を足した部分を覆うことになるが,Extrasystemic 2 は,すなわち Extralinguistic に等しいのであるから,その部分を指示するには用語の節約のために後者を専ら用いることにするのがよい.通常の用語としては,"Extrasystemic" とは Extrasystemic 1 を指すものと理解しておけばよいだろう.
 例えば,英語史における名詞複数の -s 語尾がイングランド南部方言において拡大した事例を,上の用語で記述してみよう (see 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1])) .本来複数形に -s 語尾を取らなかった名詞が -s 語尾を取るようになってゆく過程は,類推作用 (analogy) などの Intrasystemic な過程としてとらえられる.しかし,より早い段階に -s 複数を一般化していたイングランド北部方言からの影響があったのではないかという観点からこの問題を眺めると,2種類の方言体系間の接触について考察する必要があり,これは Extrasystemic な話題だろう.また,当該の言語項の北部から南部への伝播を社会言語学的に考えるならば,両方の方言話者集団の移動や接触といった Extralinguistic な側面にも注意を払う必要がある.
 このように考えると,あらゆる言語変化の研究は,以上の用語を参照して総合的に行うことができることがわかる.標題は,視野を限定するための用語群ではなく,むしろ視野を広げるための用語群である.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-17 Mon

#2303. 言語変化のスケジュールに関する諸問題 [schedule_of_language_change][language_change][lexical_diffusion][speed_of_change][unidirectionality][methodology][linguistics]

 歴史言語学や通時言語学など言語変化を扱う領域においても,意外なことにその時間的側面を扱う研究はそれほど発展していない.言語変化は紛れもなく時間軸上に継起する出来事ではあるが,むしろそれゆえに時間という次元は前提として背景化され,それ自体への関心が育たなかったのではないか,と考えている.もちろん,語彙拡散 (lexical_diffusion) のような時間軸をも重視する議論は活発だし,それが対抗している青年文法学派 (neogrammarian) の言語変化論にも長い伝統がある.また「#1872. Constant Rate Hypothesis」 ([2014-06-12-1]) なども,言語変化を時間軸において考察している.それでも,言語変化の時間的側面についての理論化は,いまだ十分に進んでいるとは言えない.
 今後の重要な研究テーマとしての言語変化の時間的側面の一切を「言語変化のスケジュール」 (schedule_of_language_change) と呼ぶことにしたい.そこには,actuation, implementation, diffusion に関する諸問題 (see 「#1466. Smith による言語変化の3段階と3機構」 ([2013-05-02-1])) や,言語変化の順序,速度 (speed_of_change),方向,経路,持続時間,完了に関する課題,特にそれらがどのような要因により決定されるのかという問いなどが含まれている.
 昨日も引用した De Smet (6) は,言語変化の拡散について理論的に考察し,上に示した「言語変化のスケジュール」の諸問題に関心を寄せている.

. . . it is important to see that the problem of diachronic diffusion has two sides. On the one hand, we have to explain the phasedness of diffusional change---that is, to explain why diffusional change happens in stages with different environments being affected at different times, and what determines the order in which environments are affected. On the other hand, there is the more intractable question of what drives diffusion---that is, why does diffusion seem to go on and on, and what gives it its unidirectionality?


 De Smet の指摘する第1の問題は,なぜ言語変化の拡散は段階的に進行し,その段階の順序を決めているものは何なのかというものだ.順序の問題とまとめてもよい.2つめは,そもそも言語変化の拡散を駆動しているものは何なのか,それを一方向に進ませる推進力は何なのかというものだ.駆動力と方向の問題といってよいだろう (see 「#2299. 拡散の駆動力3点」 ([2015-08-13-1]),「#2302. 拡散的変化の一方向性?」 ([2015-08-16-1])) .
 De Smet は,段階の順序とも密接に関連する経路の問題にも触れている."diffusion follows a path of least resistance" (6) と述べていることから示唆されるように,言語変化の経路を決める要因の1つとして,共時的体系における抵抗(の多少)を念頭においていることは疑いない.言語変化のスケジュールの諸問題に迫るには,共時態と通時態の対立を乗り越える努力,コセリウのいうような "integrated synchrony" が必要なのではないか.この点については「#2295. 言語変化研究は言語の状態の力学である」 ([2015-08-09-1]) と,そこに張ったリンク先の記事を合わせて参照されたい.

 ・ De Smet, Hendrik. Spreading Patterns: Diffusional Change in the English System of Complementation. Oxford: OUP, 2013.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-16 Sun

#2302. 拡散的変化の一方向性? [lexical_diffusion][language_change][causation][schedule_of_language_change][unidirectionality][drift]

 「#2299. 拡散の駆動力3点」 ([2015-08-13-1]) で引用した De Smet (3) は,言語変化の拡散に繰り返し見られる2つの特徴に触れている."gradualness" と "unidirectionality" だ.

   . . . diffusional changes do have two recurrent characteristics. First, they are gradual and their gradualness is context bound, which means that different environments are affected by change at different times or in a different pace. This context-bound gradualness has been disputed for some changes . . . ; yet in many cases, . . . context-bound gradualness is immediately apparent from the data. While this suggests that gradualness is perhaps more pronounced for some changes than for others, there is no denying that it is a central aspect of some major grammatical developments.
   Second, diffusional changes are unidirectional, in the sense that once an environment has been conquered by change it is not normally yielded back. Unidirectionality here does not mean that diffusion proceeds indefinitely but simply that there is a time window in which distributions can grow continuously, without any serious fallback or fluctuation. This consistency of change sometimes seems natural. For instance, in actualization it might be thought of as a systematic bearing out of the logical consequences of syntactic reanalysis. In grammaticalization, consistent collocational expansion often follows from semantic bleaching. But in other cases, . . . a single straightforward explanation for directionality seems lacking, making the directionality observed all the more mystifying.


 De Smet の挙げる1つめの特徴,言語変化は環境ごとに徐々に拡散していくという特徴は,確かに受け入れてよいだろう.Aitchison 流にいえば "rule generalisation" (95) によって,少しずつ進んでいくのが典型である.
 しかし,2つめの特徴,言語変化の一方向性 (unidirectionality) については,議論すべき問題がいくつかあるように思われる.まず,De Smet が自ら引用の最後で変化の一方向性の "mystifying" であること指摘しているように,その原因を明らかにするという大きな問題が残されている.これは,Sapir の drift (偏流)に与えた "mystical" との評価を思い起こさせる (see 「#685. なぜ言語変化には drift があるのか (1)」 ([2011-03-13-1])) .
 次に,言語変化の拡散には,途中で頓挫してしまうもの,あるいは一時的ではあれ逆流したり,少なくともブレーキがかかったりするケースがあることである.例えば,私自身の行った初期近代英語期における名詞複数の -s 語尾の拡散という事例では,南西部方言において一時的に対抗馬 -n の隆盛があり,-s の拡散にはむしろブレーキがかかった.その後,-s の拡散は勢いを取り戻したので,最終的には「成功」したといえるかもしれないが,全面的に変化の一方向性を受け入れてよいものなのか,再考を促す事例ではある.
 De Smet も,このような例外にみえる事例の可能性も念頭に置きながら,慎重に "unidirectionality" という概念を持ちだしているようではある.その但し書きの1つが "a time window" だが,実は,これが便利すぎて都合のよすぎる概念装置なのではないかとも思っている.上掲の -s の例でいえば,拡散にブレーキがかかる直前までを1つの時間窓とすれば,確かに一方向に進んでいるようにみえる.また,ブレーキの直後からをもう1つの時間窓とすれば,これもまた一方向に進んでいるようにみえる.一方向性を正当化するためには,時間窓を「都合よく」設定することができるように思われる.

 ・ De Smet, Hendrik. Spreading Patterns: Diffusional Change in the English System of Complementation. Oxford: OUP, 2013.
 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.

Referrer (Inside): [2015-08-17-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-14 Fri

#2300. 句動詞の品詞転換と名前動後 [conversion][phrasal_verb][compound][word_formation][diatone][stress][lexical_diffusion]

 「#1695. 句動詞の品詞転換」 ([2013-12-17-1]) の最後に示唆したが,breakaway, sellout, writeoff などの句動詞から転換 (verb-particle conversion) した名詞と,increase, project, record などの動詞兼用の名詞との間には,注目すべき共通点がある.それは,いわゆる名前動後の強勢パターンをもっていることである.
 名前動後については,「#803. 名前動後の通時的拡大」 ([2011-07-09-1]),「#804. 名前動後の単語一覧」 ([2011-07-10-1]),「#805. 将来,名前動後になるかもしれない語」 ([2011-07-11-1]) をはじめ,diatone の各記事で話題にしてきた(論文としても公表しているので,「#2. 自己紹介」 ([2009-05-01-73]) の書誌を参照).しかし,verb-particle conversion における名前動後の強勢パターンは扱ったことはなかった.品詞転換の研究では,上記の共通点については早くから気づかれていたようで,例えば本格的な品詞転換の研究書を著わした Biese (246) は,次のように指摘している.

It is of interest to note that the structural type so often characteristic of both simple conversion-substantives and verb-adverb combinations converted into nouns is the same, e.g. very often of a form ‿-́ . . .; the simple conv.-subst. showing a light, unstressed first syllable and a heavy, stressed second syllable, while in the adverb groups a (mostly) short verb is followed by an adverb having the main stress of the word-group.


 おもしろいのは,2音節語に関して,íncrease (n.) vs incréase (v.) のような通常の名詞・動詞ペアではロマンス系借用語が多いということもあり,第1音節が意味の軽い接頭辞で,第2音節が意味の重い語根という構成を示すが,brékawày (n.) vs brèak awáy (v.) では構成が逆となっていることだ.もっとも,句動詞に用いられる動詞は軽い意味のものが多いことは事実だが,名前動後という共通の強勢パターンを示すのは注目すべきである.これは,名前動後という韻律上の現象が,語形成という過程の関与する形態論の問題というよりは,むしろ品詞の決定に関わる統語論や語彙論の問題であることを示唆するのではないか.
 名前動後という韻律は,初期近代英語以降に発達した比較的新しい現象だが,句動詞に由来する名前動後の強勢パターンはさらに新しい現象と思われる.
 品詞転換一般と名前動後の関係については,最近の記事「#2291. 名動転換の歴史と形態音韻論」 ([2015-08-05-1]) で触れたので参照されたい.

 ・ Biese, Y. M. Origin and Development of Conversions in English. Helsinki: Annales Academiae Scientiarum Fennicae, B XLV, 1941.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-13 Thu

#2299. 拡散の駆動力3点 [lexical_diffusion][language_change][causation][analogy][schedule_of_language_change]

 言語変化の拡散 (diffusion) のメカニズムについて,合理的な観点から「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]),「#1642. lexical diffusion の3つのS字曲線」 ([2013-10-25-1]),「#1907. 言語変化のスケジュールの数理モデル」 ([2014-07-17-1]),「#2168. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和 (2)」 ([2015-04-04-1]) を中心に,lexical_diffusion の各記事で扱ってきた.
 拡散の駆動力が何であるかという問いに対して,Denison (58) は変異形の選択にかかる圧力という答えを出しているが,De Smet (8) は主たる原動力は類推作用 (analogy) であり,それに2つの補助的な力が加わっていると考えている.まず,主力である類推作用から見てみよう.

Most innovations in diffusion appear to arise through analogy---that is, as a result of the bearing out of synchronic regularities. There are two reasons analogy can lead to unidirectional diffusion of a pattern. If we assume that analogy is sensitive to frequency, in that analogical pressure grows as the analogical model becomes more frequent, it follows that as diffusion proceeds analogy grows stronger and more and more environments will yield to its pressure. In this sense, diffusion is a self-feeding process, keeping itself going once it has been triggered. . . . But analogy can be self-feeding not only in a quantitative but also in a qualitative way. . . . [D]iffusion can proceed along analogical chains, whereby every actual change reshuffles the cards for any potential change. Because language users are tireless at inferring regularities from usage---and may even not mind some degree of inconsistency---each analogical extension changes the generalizations that are likely to be inferred, opening new horizons to further analogical extension.


 ここで提案されている変異形の頻度という要因を含むメカニズムは,Denison の述べる変異形の選択にかかる圧力にも近い.しかし,言語変化の拡散は,類推というメカニズムが機械的に作用することによってのみ駆動されているわけではない.類推が主たる原動力となりつつも,個々の変異に補助的で局所的な力が働き,拡散の経路が「補正」されるという考え方だ.De Smet (8) によれば,その補助的な力は2種類ある.

Nevertheless, it would be simplistic to believe that analogical snowballs and chains operate exclusively on the basis of analogy. I see at least the following two auxiliary factors. First, if linguistic choices are determined by multiple and variable considerations that are weighed against each other, every usage event comes with a unique constellation of factors pulling linguistic choices one way or another. It is therefore inevitable that there are occasional contexts in which language users are strongly compelled to go against the default grammatical regularities of the system. The unusual choices that occasionally arise in this way may help break down resistance to change. Second, the construction from which a new spreading pattern derives usually occurs in a number of different environments. Because of this, the new pattern is present from the very start in a number of different places in the system, having as it were a diffusional headstart that can very quickly lead to the inference of new generalizations.


 補助的な力の1つは,個々の変異の選択に働く諸要因の複雑な絡み合いそのものである.個々の変異をとりまく環境がすでに1つの小体系を成しており,大体系や他の小体系からの独自性をもっている.小体系のもつこの独自性は,ときに大体系のもつ安定性に抵抗し,言語変化の原動力となるだろう.2つめは,刷新形は当初から様々な環境において現われるという事実だ.このことは,初期段階から拡散が進んでいくはずの環境がある程度きまっているということでもあり,拡散を駆動する力につながるだろう.2つの補助的な力は,類推という主たる駆動力を裏で支えているものと考えることができそうだ.

 ・ Danison, David. "Log(ist)ic and Simplistic S-Curves." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 54--70.
 ・ De Smet, Hendrik. Spreading Patterns: Diffusional Change in the English System of Complementation. Oxford: OUP, 2013.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-07 Fri

#2293. 初期近代英語における <oo> で表わされる母音の短化・弛緩化の動機づけ [phonetics][vowel][lexical_diffusion][schedule_of_language_change][isochrony][causation]

 「#2290. 形容詞屈折と長母音の短化」 ([2015-08-04-1]) で,<oo>, <ea> で表わされた長母音が初期近代英語で短化した音韻過程を取り上げた.とりわけ <oo> の問題については「#547. <oo> の綴字に対応する3種類の発音」 ([2010-10-26-1]),「#1353. 後舌高母音の長短」 ([2013-01-09-1]),「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1]),「#1866. putbut の母音」 ([2014-06-06-1]) で扱ってきた.
 <oo> で表わされた [uː] の [ʊ] への短化は,関係するすべての語で生じたわけではない.Phillips (233) の参照した Mieko Ogura (Historical English Phonology: A Lexical Perspective. Tokyo: Kenkyusha, 1987.) によれば,初期近代英語,とりわけ16--17世紀から得られた証拠に基づくと,短化は最初に [d] の前位置で,次いで [v], [t, θ, k] の前位置で生じたという.とりわけ子音+ [l] の後位置では生じやすかったとされる.つまり,語彙拡散の要領で,音環境に従って,変化が徐々に進行していったという.
 この順序に関して,Ogura は音環境,頻度の高さ,音節の isochrony という観点から説明しようとしたが,Phillips は調音音声学的な根拠を提案している.そもそも Phillips は,当該の音変化は,「短化」という量的な変化とみるべきではなく,「弛緩化」という質的な変化とみるべきだと主張する.というのは,もし純粋な音変化としての短化であれば,無声音 [t] の前位置のほうが有声音 [d] の前位置よりも母音は本来的に短く,先に短化すると想定されるが,実際には逆の順序だからだ.質的な弛緩化ととらえれば,それがなぜ [d] の前位置で早く生じたのか,調音音声学的に説明できるという.
 調音音声学によれば,[l] と [d] に挟まれた環境では [u(ː)] は [ʊ] へと弛緩しやすいという.また,歯音の調音に際しては,他の子音の場合と比べて舌の後部が低くなることが多く,やはり弛緩化を引き起こしやすいともされる (Phillips 237) .最後に,[d], [t] という順序に関しては,前者が後者よりもより弛緩的 (lax) であるという根拠もある.全体として,Phillips は,調音音声学的なパラメータを導入することで,この語彙拡散と変化のスケジュールを無理なく説明できると主張している.
 必ずしも精緻な議論とはなっていないようにも思われるが,1つの見方ではあろう.一方,[2015-08-04-1]の記事でみたように,形態的な視点を部分的に含めた Görlach の見解にも注意を払う必要がある.

 ・ Phillips, Betty S. "Lexical Diffusion and Competing Analyses of Sound Change." Studies in the History of the English Language: A Millennial Perspective. Ed. Donka Minkova and Robert Stockwell. Berlin: Mouton de Gruyter, 2002. 231--43.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-04-04 Sat

#2168. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和 (2) [neogrammarian][lexical_diffusion][schedule_of_language_change][speed_of_change]

 青年文法学派 (neogrammarian) による例外なき音韻変化のテーゼと,音韻変化は語彙の間を縫うようにしてS字曲線を描きながら進むとする語彙拡散のテーゼとは,伝統的に真っ向から対立するものとみなされてきた.しかし,Lass は,「#1641. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和」 ([2013-10-24-1]) で紹介したように,この対立は視点の違いによるものにすぎず,本質的な問題ではないと考えている.すなわち,例外なき音韻変化は非歴史的な視点をもち,語彙拡散は歴史的な視点をもつという違いであると.
 しかし,歴史的にみるとしても,両テーゼには矛盾せずに共存できる道がある.語彙曲線の典型的なS字曲線における急勾配の中間部分を青年文法学派流の規則的な音韻変化と解釈し,緩やかな初期及び末期の部分を語彙拡散と解釈する方法である.換言すれば,初期と末期には問題となっている変化に語彙的な関与が著しく,速度は緩やかであるが,半ばでは語彙的な関与が薄く,規則的な音韻変化として一気に進行する.この見解を採用すれば,歴史的な視点をとったとしても,2つのテーゼは共存できる.Wolfram (720) 曰く,

. . . we submit that part of the resolution of the ongoing controversy over regularity in phonological change may be related to the trajectory slope of the change. From this perspective, irregularity and lexical diffusion are maximized at the beginning and the end of the slope and phonological regularity is maximized during the rapid expansion in the application of the rule change during the mid-course of change.


 この説を受け入れるとすると,音韻変化は,比較的語彙の関与の薄い規則的なステージと,比較的語彙の関与の強い不規則なステージとを交互に繰り返すということになる.しかし,なぜそのようなステージの区別が生じると考えられるのだろうか.理論的には「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]) で説明したようなことが考え得るが,未解決の問いといってよいだろう.

 ・ Wolfram, Walt and Natalie Schilling-Estes. "Dialectology and Linguistic Diffusion." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 713--35.

Referrer (Inside): [2015-08-13-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-04-03 Fri

#2167. "orderly heterogeneity" と diffusion [lexical_diffusion][language_change][variation][diachrony]

 「#1997. 言語変化の5つの側面」 ([2014-10-15-1]),「#1998. The Embedding Problem」 ([2014-10-16-1]),「#2012. 言語変化研究で前提とすべき一般原則7点」 ([2014-10-30-1]) で,Weinreich, Labov, and Herzog の言語変化理論を取り上げてきた.Weinreich et al. の中核となる視座に,"orderly heterogeneity" (秩序だった異質性)がある.これは体系的な変異可能性 (systematic variability) と呼んでもよいが,変異が一見ばらばらに存在しているようにみえるが,全体としては構造をなしているという見方だ.言語において "orderly heterogeneity" こそが常態であると同時に,それは言語が常に変化していることの現われである.
 "orderly heterogeneity" は,言語変化が語彙の間を縫うかのように徐々に進行していくと主張する語彙拡散 (lexical_diffusion) の過程にも常に観察される.言語変化はある言語環境から別の言語環境へと体系の中をいわば渡り歩いていくのだが,その時間の各断面をみると,整然と組織だった変異の束が見られる.通時的な変化のパターンと共時的な変異の秩序とが互いに対応しあう様が観察されるのである.もっとも,上に述べたのは理想的な場合であり,実際には現実は混沌として見えることが多いだろう.それでも,理想的なモデルを示唆する証拠は数多くの研究で提出されている.
 Wolfram and Schilling-Estes (716) は,Charles-James N. Bailey (Variation and Linguistic Theory. Washington, DC: Center for Applied Linguistics, 1973.) に依拠し,言語変化の最中において "orderly heterogeneity" がどのように現われるのかを示すモデルを与えている.変化前後の旧形と新形を X, Y とし,Y が拡がっていく2つの言語環境を E1, E2 とすると,変化は次の各段階を経て進行していく.

Variation model of change

Stage of change E1E2
1Categorical status, before undergoing changeXX
2Early stage begins variably in restricted environmentX/YX
3Change in full progress, greater use of new form in E1 where change first initiatedX/YX/Y
4Change progresses toward completion with movement toward categoricality first in E1 where change initiatedYX/Y
5Completed change, new variantYY


 通時的な拡散と共時的な変異が対応しあっていることについて,Wolfram and Schilling-Estes (716) は "the systematic variability of fluctuating forms will correlate synchronic relations of "more" and "less" to diachronic relations of "earlier" or "later" stages of the change" と述べている.
 上記で扱ってきた問題は,言語変化の transition (移行)と embedding (埋め込み)に関わる問題である.ここでは視点としての通時態と共時態の区別はつけられるかもしれないが,現象としては通時的でも共時的でもなく,それらを融合させた言語変化と変異の力学そのものであることがわかる.この点について,「#2125. エルゴン,エネルゲイア,内部言語形式」 ([2015-02-20-1]),「#2134. 言語変化は矛盾ではない」 ([2015-03-01-1]),「#2159. 共時態と通時態を結びつける diffusion」 ([2015-03-26-1]) も参照されたい.

 ・ Weinreich, Uriel, William Labov, and Marvin I. Herzog. "Empirical Foundations for a Theory of Language Change." Directions for Historical Linguistics. Ed. W. P. Lehmann and Yakov Malkiel. U of Texas P, 1968. 95--188.
 ・ Wolfram, Walt and Natalie Schilling-Estes. "Dialectology and Linguistic Diffusion." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 713--35.

Referrer (Inside): [2015-08-09-1]

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-03-27 Fri

#2160. 音韻法則の2種類の一般化 [lexical_diffusion][neogrammarian][wave_theory]

 青年文法学派 (neogrammarian) による「音韻変化に例外なし」の原則 (Ausnahmslose Lautgesetze) は現代の言語学に甚大な影響を及ぼしているが,一方で,様々な形で批判や修正を受けてきた.特に,音韻変化は語彙の間を縫うようにして進行すると主張する語彙拡散 (lexical_diffusion) の理論は,例外なき音韻変化のテーゼに鋭く対立している.
 コセリウも音韻変化の例外なき一般化について議論しており,この問題を論じるにあたって2種類の一般化を区別する必要があると説く(以下,原文の圏点は太字に置き換えてある).

ある「方言」(個々人からなるグループの言語)における「一般的音変化」には、かっきり区別されるべき、二つの種類の一般性が含まれている。すなわち、そのグループのすべての話し手の話す行為の中にある一般性で、外延的な一般性、あるいは単に「一般性」と呼び得るものが一つ。いま一つは、変化にさらされた音素もしくは音素群を含むすべての語における(あるいは変化にさらされた音素もしくは音素群を、似たような条件のもとに含んでいるすべての語における)一般性であって、それは各々の話し手の言語的知識の中ではじめて考えることができるものであって、内延的な一般性もしくは「規則性」と呼ぶことができる。 (134--35)


 昨日の記事「#2159. 共時態と通時態を結びつける diffusion」 ([2015-03-26-1]) で,言語変化の地理空間における拡散,もっと具体的にいえば隣接する地域方言の話者集団への拡散に触れたが,この意味での拡散(一般化)は,コセリウのいう外延的な一般性にかかわるものである.コセリウ曰く,「外延的一般性とは必然的に「改新の拡散」,すなわち,あいついで行われる採用の結果である」 (136) .採用とは個々の話者の自由意志によるものであるから,外延的な意味での一般化の仕方には,法則はないということになる.

外延的一般性には、いかなる普遍性もないのである。この意味において「音韻法則」は――「生じるできごと」(音的改新の拡散)としてではなく、「起きてしまったことの確認」として、すなわちなまのできごとの歴史 (Geschichte) としてではなく、物語の歴史 (Historie) のことがらとして――実際には、個別的な物語としての歴史の確認、つまり「アポステリオリ」な確認を示すにとどまるのである〔後略〕。 (138)


 一方,話者個人のもつ音韻体系の内部で生じるある音から別の音への変化の一般化は,内延的な一般性にかかわるものである.コセリウは,内延的には「音韻変化に例外なし」が確かに認められるという立場であり,語彙拡散理論が主張するようような語から語への漸次的な拡散は否定する.

内延的一般性の問題は、これとはまったく別のはなしである。この場合には、音の採用の「拡散」を同一の個人の言語的知識のわく内で、一つの語から別の語へおよぶものというように考えることは適切でない。たしかに新しい言語習慣として採用された様式の使用が頻繁なばあいには変化は連続的に現われるため、多様なゆれをともなう。しかしこのゆれは、知識の使用の中に現われるのであって、知識そのものの中に現われるのではない。採用された改新は、必ず、そして出発点から、それを採用する人の言語的知識全体に属している。その結果、音的様式について言えば、この様式は、まさにそのことによって、新しい表現的可能性として、それぞれの個人によって認められている音的様式の体系の中に組みこまれる。 (139)


 まとめれば,「音韻法則とは外延的な意味では拡散であり,内延的意味では選択である」 (152) .この考え方によれば,後者の一般化は法則の名にふさわしいが,前者の一般化は法則とは無縁ということになる.

 ・ E. コセリウ(著),田中 克彦(訳) 『言語変化という問題――共時態,通時態,歴史』 岩波書店,2014年.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-03-26 Thu

#2159. 共時態と通時態を結びつける diffusion [lexical_diffusion][diachrony][dialectology][language_change][geography][geolinguistics][sociolinguistics][isogloss]

 「#2134. 言語変化は矛盾ではない」 ([2015-03-01-1]) で,共時態と通時態が相矛盾するものではないとするコセリウの議論をみた.両者は矛盾しないというよりは,1つの現実の2つの側面にすぎないのであり,むしろ実際には融合しているのである.このことは,方言分布や語彙拡散の研究をしているとよく分かる.時間の流れが空間(地理的空間や社会階層の空間)に痕跡を残すとでも言えばよいだろうか,動と静が同居しているのだ.このような視点をうまく説明することはできないかと日々考えていたところ,Wolfram and Schilling-Estes による方言学と言語的拡散についての文章の冒頭 (713) に,求めていたものをみつけた.言い得て妙.

Dialect variation brings together language synchrony and diachrony in a unique way. Language change is typically initiated by a group of speakers in a particular locale at a given point in time, spreading from that locus outward in successive stages that reflect an apparent time depth in the spatial dispersion of forms. Thus, there is a time dimension that is implied in the layered boundaries, or isoglosses, that represent linguistic diffusion from a known point of origin. Insofar as the synchronic dispersion patterns are reflexes of diachronic change, the examination of synchronic points in a spatial continuum also may open an important observational window into language change in progress.


 引用内で "spatial" というとき,地理空間を指しているように思われるが,同じことは社会空間にも当てはまる.実際,Wolfram and Schilling-Estes (714) は,2つの異なる空間への拡散の同時性について考えている.

Although dialect diffusion is usually associated with linguistic innovations among populations in geographical space, a horizontal dimension, it is essential to recognize that diffusion may take place on the vertical axis of social space as well. In fact, in most cases of diffusion, the vertical and horizontal dimensions operate in tandem. Within a stratified population a change will typically be initiated in a particular social class and spread to other classes in the population from that point, even as the change spreads in geographical space.


 地理空間と社会空間への同時の拡散のほかにも,様々な次元への同時の拡散を考えることができる.語彙拡散 (lexical_diffusion) はそもそも言語空間における拡散であるし,時間は一方向の流れなので「拡散」とは表現しないが,(「時間空間」とすると妙な言い方だが,そこへの)一種の拡散とも考えられる.このような多重的な言語拡散の見方については,「#1550. 波状理論語彙拡散含意尺度 (3)」 ([2013-07-25-1]) で,"double diffusion" や "cumulative diffusion" と呼びながら議論したことでもある.新たに「同時多次元拡散」 (simultaneous multi-dimensional diffusion) と名付けたい思うが,この命名はいかがだろうか.ソシュールによる態の区別の呪縛から解放されるためのキーワードの1つとして・・・.

・ Wolfram, Walt and Natalie Schilling-Estes. "Dialectology and Linguistic Diffusion." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 713--35.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow