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construction_grammar - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-21 12:40

2024-01-28 Sun

#5389. 語用論的な if you like 「こう言ってよければ」の発展 (2) [pragmatics][discourse_marker][lmode][construction_grammar][politeness][comment_clause][syntax][constructionalisation][corpus][speed_of_change]

 先日 Voicy heldio にて「#961. 評言節 if you like 「そう呼びたければ」と題して,口語の頻出フレーズ if you like の話題をお届けした.



 実は私自身も忘れていたのだが,この問題については hellog で「#4593. 語用論的な if you like 「こう言ってよければ」の発展」 ([2021-11-23-1]) として取り上げていた.その過去の記事でも参照・引用した Brinton の論文を改めて読み直し,if you like および類義表現について興味深い歴史的事実を知ったので,ここに記しておきたい.
 Brinton は挿入的に用いられる if you choose/like/prefer/want/wish の類いを "if-ellipitical clauses" (= "if-ECs") と名付けている (273) .意味論・語用論の観点から,2種類の if-ECs が区別される.1つめは省略されている目的語が前後のテキストから統語的に補えるタイプである ("elliptical form") .2つめは目的語を前後のテキストから補うことはできず,もっぱらメタ言語的な挿入説として用いられるタイプである ("metalinguistic parenthetical") .各タイプについて,Brinton (281) が歴史コーパスから拾った例を1つずつ挙げてみよう.

 1. I said no, they are copper, but if you choose, you shall have them (1763 John Routh, Violent Theft; OBP)
 2. I ought to occupy the foreground of the picture; that being the hero of the piece, or (if you choose) the criminal at the bar, my body should be had into court. (1822 De Quincy, Confessions of an English Opium Eater; CLMETEV)

 いずれも choose という動詞を用いた例である.前者は if you choose to have them のようにテキストに基づいて目的語を補うことができるが,後者はそのようには補えない.あくまでメタ言語的に if you choose to say so ほどが含意されている用法だ.
 歴史的には,前者のタイプの用例が,動詞を取り替えつつ18--19世紀に初出している.そして,おもしろいことに,後者のタイプの用例がその後数十年から100年ほど遅れて初出している.全体としては,類義の動詞が束になって,ゆっくりと似たような用法の拡張を遂げていることになる.Brinton (282) の "Dating of if-ECs" と題する表を掲げよう.近代英語期の様々なコーパスを用いた初出年調査の結果である.

 Earliest elliptical formEarliest metalinguistic parenthetical
if you choose17631822
if you like17231823
if you wish18191902/PDE
if you prefer18481900
if you want1677/18241934



 さらにおもしろいのは,メタ言語的な用法の初例を誇る if you choose は,現在までに人気を失っていることだ.一方,最も新しい if you want もメタ言語的な用法としての頻度は目立たない.安定感のあるのはその他の3種,like, wish, prefer 辺りのである.類義の動詞が束になって当該表現と用法を発展させてきたとしても,後の安定感に差が出たのはなぜなのだろうか.とても興味深い.

 ・ Brinton, Laurel J. "If you choose/like/prefer/want/wish: The Origin of Metalinguistic and Politeness Functions." Late Modern English Syntax. Ed. Marianne Hundt. Cambridge: CUP, 2014.

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2022-08-08 Mon

#4851. tautology [tautology][rhetoric][logic][semantics][pragmatics][construction_grammar]

 tautology (類語反復,トートロジー)は,まずもって修辞学 (rhetoric) の用語として発展してきた.ギリシア語の tautó (the same) + lógos (word) に起源をもち,ラテン語を経て,16世紀半ばに英語に借用された.以下『新英語学辞典』の tautology の項目に従って概説を与える.
 修辞学では冗語法 (pleonasm) や重言と同義に用いられる (cf. 「#2191. レトリックのまとめ」 ([2015-04-27-1])).例えば a philatelist who collects stamps, These words come out successively one after another., Will you repeat that again? の類いの表現だ.「#3907. 英語の重言」 ([2020-01-07-1]) に類例がたくさん挙げられているが,それほど日常的で慣用的な語法ということでもある.
 tautology の構文の典型は "A is A." という形式である.意味論にいえば,主語概念のなかにすでに述語概念が含まれてしまっているために,新情報が付されないことになり,その限りにおいて文は「無意味」となる.別の角度からいえば,この構文は意味論的に常に真となる."A is A." のほかに Philatelists collect stamps., The man who won won., Lynda loves the boy she loves. のような構文もある.これらは分析文 (analytic sentence) と呼ばれることがある.
 tautology は意味論的にいえば上記の通り「無意味」だが,語用論的には必ずしも無意味ではなく,むしろ豊かな含意が生み出されるといわれる.Philatelists collect stamps. の場合,philatelist (切手収集家)は比較的難しい単語であり,その単語の意味を説明するために,この文が発せられている可能性がある.また,The man who won won. については,相手をはぐらかす意図で発せられているのかもしれない.
 語用論では,tautology は Grice の協調の原理 (cooperative_principle) のもとで論じられることが多い.tautology の発話者が協調の原理をあえて違反しようとしているわけではないと判断されるのであれば,聞き手はその tautology に隠された意味や意図を見出そうとするだろう.こうして何らかの含意が生み出されるのである.
 tautology は意味論的には無意味であっても語用論的にはしばしば有意味となる.この不思議さこそが,tautology が語用論や認知言語学で注目される所以だろう.
 関連して「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]),「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1]),「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]) を参照.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

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2021-11-23 Tue

#4593. 語用論的な if you like 「こう言ってよければ」の発展 [pragmatics][discourse_marker][lmode][construction_grammar][politeness][comment_clause][syntax][constructionalisation]

 if you like/choose/prefer/want/wish/will という表現は,if you wish it to be so called 「こう言ってよければ」ほどの意味で,挿入句として口語でよく用いられる.形式的には if を用いた条件節だが,論理的に帰結節の内容と結びつくわけではなく,あくまでメタ言語的に用いられる.3つほど例文を挙げてみよう.

 ・ It was, if you like, an error of judgment.
 ・ He, or She, if you prefer, could do better than that.
 ・ Music, if you will, is medicine.

 このような語用論的な使い方の「if you + 選択動詞」構文を,Brinton (273) は "if-EC" (= if-elliptical clause) と呼んでいる.この構文の発生は比較的新しく,後期近代英語のことらしい.その原型として Call it cruelty if you like, not mercy. のような "call it X" 構文があったのではないかと提案している.構文化 (constructionalisation) を念頭に置いた議論だが,Brinton (290) の論考の結論部を引用しよう.

In conclusion, elliptical if-ECs --- if you choose/like/prefer/want/wish --- all serve metalinguistic and politeness functions in PDE; like and prefer are particularly common in these functions. The clauses make their appearance in the LModE period. Semantically the metalinguistic meanings of if-ECs can be seen as developing from the concrete propositional meaning 'if you choose to do X'. The syntactic derivation of these clauses is problematic, however, because it is impossible to trace their origin back to bipartite (protasis-apodosis) structures where the valency of the verbs is complete. Reconstruction of the complement of the verb in the if-clause proves difficult because of the varied complement structures found historically and the rarity of such structures with metalinguistic meaning. While if-ECs in their propositional meaning typically occur with an explicit apodosis (if you want, open the window), apodoses never occur when the if-ECs function metalinguistically (it's large, even gargantuan, if you wish [*you may say so]). Despite its rather late attestation, a more plausible source for the if-EC is the 'call it X' pattern, which is inherently metalinguistic. Metalinguistic if-ECs may result from constructionalisation of the 'call it X' pattern in conjunction with explicitly metalinguistic if you V- clauses.


 語用論と統語論の接点に関する問題の好例というべき話題である.

 ・ Brinton, Laurel. "If you choose/like/prefer/want/wish: The Origin of Metalinguistic and Politeness Functions." Late Modern English Syntax. Ed. Marianne Hundt. Cambridge: CUP, 2014. 271--90.

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2021-06-26 Sat

#4443. 法助動詞の発達と構文文法 [auxiliary_verb][grammaticalisation][construction_grammar][preterite-present_verb][language_change][generative_grammar]

 英語史や言語変化の研究において,法助動詞 (modal verb) の発達の問題は,とりわけ生成文法 (generative_grammar) や文法化 (grammaticalisation) などの理論的な観点から注目されてきた.古英語期やそれ以前から存在した過去現在動詞 (preterite-present_verb) に端を発し,中英語期には文法化を通じて各種の法助動詞が生まれ,そして近現代英語期に至っても準助動詞と称される仲間たちが続々と誕生している.主として注目される時期は文法化が進行していた後期中英語から初期近代英語にかけてだが,その前後を含めれば相当に息の長い言語変化である.本ブログでは以下の記事などで取り上げてきた.

 ・ 「#1670. 法助動詞の発達と V-to-I movement」 ([2013-11-22-1])
 ・ 「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1])
 ・ 「#3528. 法助動詞を重ねられた時代」 ([2018-12-24-1])
 ・ 「#64. 法助動詞の代用品が続々と」 ([2009-07-01-1])

 最初の2つの記事で触れたように,Lightfoot によると,多くの法助動詞は短期間に生じ,その過程は16世紀初期までに完了していたという.しかし,この見方には異論がある.Bergs (1640--41) によれば,むしろ各法助動詞は時期的にバラバラに発達しているし,法助動詞的な諸特徴が一斉に獲得されたわけでもなかった,というのだ.
 時期的にバラバラに発達した件について,Bergs は次のように述べる.法助動詞化の嚆矢となったのは,おそらく motan, magan である.両者ともにすでに古英語期に法助動詞的な特徴を示していた.次に,初期中英語で cunnan が,後期中英語で willan が発達した.過去形の should, would, could, might も各々バラバラの時期に法助動詞化しており,対応する現在形より早かったケースもある.さらに,法助動詞化の過程において新旧の形態が共存していた "layering" の事実も確認されている.つまり,すべてが徐々にゆっくり進行していたというわけだ.
 また,法助動詞的な諸特徴が一斉に獲得されたわけではないという件についても,Bergs は次のように述べる.直接目的語を取らないという法助動詞の特徴は,あるとき一夜にして生じたものではなく,あくまで徐々に獲得されてきたものである.また,形態的無屈折という特徴についても同様.
 Bergs は,法助動詞化の問題を,構文文法 (construction_grammar) の枠組みでとらえようとしている.構文文法は,言語体系を構文間のネットワークととらえ,言語変化をそのネットワークの変化ととらえる.したがって,法助動詞化という言語変化は,問題の動詞の形式・機能的特徴が,それまでの他の構文との関わり方を変化させ,ネットワークの組み替えを行なったということにほかならない.そして,そのネットワークの組み替えは,あくまで徐々にゆっくりと起こったものであると説く.
 法助動詞の発達は,文法化の典型例として紹介されることが多いが,構文文法の枠組みにあっては上記のように構文化 (constructionalization) の典型例として解釈されるのである.

 ・ Lightfoot, David W. "Cuing a New Grammar." Chapter 2 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 24--44.
 ・ Bergs, Alexander. "New Perspectives, Theories and Methods: Construction Grammar." Chapter 103 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1631--46.

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2020-06-06 Sat

#4058. what with 罕???? [construction_grammar][syntax][participle][gerund][interrogative_pronoun][preposition]

 what with 構文に関する論文を読んだ.タイトルの "the what with construction" から,てっきり「#806. what with A and what with B」 ([2011-07-12-1]) の構文のことかと思い込んでいたのだが,読んでみたらそうではなかった.いや,その構文とも無関係ではないのだが,独特な語用的含意をもって発達してきた構文ということである.分詞構文や付帯状況の with の構文の延長線上にある,比較的新しいマイナーな構文だ.この論文は,それについて構文文法 (construction_grammar) や構文化 (constructionalization) の観点から考察している.
 まず,該当する例文を挙げてみよう.Trousdale (579--80) から再現する.

(8)
a. What with the gown, the limos, and all the rest, you're probably looking at about a hundred grand.
                                        (2009 Diane Mott Davidson, Fatally Flaky; COCA)
b. In retrospect I realize I should have known that was a bad sign, what with the Raven Mockers being set loose and all.
                                        (2009 Kristin Cast, Hunted; COCA)
c. But of course, to be fair to the girl, she wasn't herself at the Deanery, what with thinking of how Lord Hawtry's good eye had darkened when she refused his hand in marriage.
                                        (2009 Dorothy Cannell, She Shoots to Conquer; COCA)
d. The bed was big and lonesome what with Dimmert gone.
                                        (2009 Jan Watson, Sweetwater Run; COCA)
e. The Deloche woman was going to have one heck of a time getting rid of the place, what with the economy the way it was in Florida.
                                        (2009 Eimilie Richards, Happiness Key; COCA)


 (b)--(d) の例文については,問題の what with の後に,意味上の主語があったりなかったりするが ing 節や en 節が続くという点で,いわゆる分詞構文や付帯状況の with の構文と類似する.表面的にいえば,分詞構文の先頭に with ではなく what with という,より明示的な標識がついたような構文だ.
 Trousdale (580) によれば,what with 構文には次のような意味的・語用的特性があると先行研究で指摘されている (Trousdale 580) .

- the 'causality' function of what with is not restricted to absolutes; what with also occurs in prepositional phrases (e.g. (8a) above) and gerundive clauses (e.g. (8c) above).
- what with patterns occur in a particular pragmatic context, namely "if the matrix proposition denotes some non-event or negative state, or, more generally, some proposition which has certain negative implications (at least from the view of the speaker)".
- what with patterns typically appear with coordinated lists of 'reasons', or with general extenders such as and all in (8b) above.


 この構文はマイナーながらも,それなりの歴史があるというから驚きだ.初期の例は後期中英語に見られるといい,Trousdale (587) には Gower の Confessio Amantis からの例が挙げられている.さらに水源を目指せば,この what の用法は前置詞 forwith ではないものの)と組む形で12世紀の Lambeth Homilies に見られるという.forwith だけでなく because of, between, by, from, in case (of), of, though などともペアを組んでいたようで,なんとも不思議な what の用法である.
 このように歴史は古いが,what with の後に名詞句以外の様々なパターンを従えるようになってきたのは,後期近代英語期になってからだ.その点では比較的新しい構文と言うこともできる.

 ・ Trousdale, G. "Theory and Data in Diachronic Construction Grammar: The Case of the what with Construction." Studies in Language 36 (2012): 576--602.

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2020-03-10 Tue

#3970. 言語学理論の2つの学派 --- 言語運用と言語能力のいずれを軸におくか [generative_grammar][cognitive_linguistics][grammaticalisation][construction_grammar][linguistics][language_change]

 現代の言語学理論を大きく2つに分けるとすれば,言語運用 (linguistic performance) を重視する学派と言語能力 (linguistic competence) を重視する学派の2つとなろう.言語運用と言語能力の対立は,パロール (parole) とラング (langue) の対立といってもよいし,E-Language と I-Language の対立といってもよい.学派に応じて用語使いが異なるが,およそ似たようなものである.
 言語運用を重視する学派は,文法化理論 (grammaticalisation theory) や構文文法 (construction_grammar) に代表される認知言語学 (cognitive_linguistics) である.一方,言語能力に重きをおく側の代表は生成文法 (generative_grammar) である.両学派の言語観は様々な側面で180度異なり,鋭く対立しているといってよい.Fischer et al. (32) の表を引用し,対立項を浮かび上がらせてみよう.

 EMPHASIS ON PERFORMANCE/LANGUAGE OUTPUTEMPHASIS ON COMPETENCE/LANGUAGE SYSTEM
(a)product-orientedprocess-oriented
(b)emphasis on function (in CxG also form)emphasis on form
(c)locus of change: language uselocus of change: language acquisition
(d)equality of levelscentrality (autonomy) of syntax
(e)gradual changeradical change
(f)heuristic tendenciesfixed principles
(g)fuzzy categories/schemasdiscrete categories/rules
(h)contiguity with cognitioninnateness of grammar


 言語変化 (language_change) に直接的に関わる側面 (c), (e) のみに注目しても,両学派の間に明確な対立があることがわかる.
 印象的にいえば言語運用学派は動的,言語能力学派は静的ということになり,言語変化という動態を扱うには前者のほうが相性がよさそうにはみえる.

 ・ Fischer, Olga, Hendrik De Smet, and Wim van der Wurff. A Brief History of English Syntax. Cambridge: CUP, 2017.

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2018-12-21 Fri

#3525. 二重目的語構文の多義性 [construction_grammar][polysemy][prototype]

 構文文法では構文的多義性 (constructional polysemy) という考え方がある.同一の構文形式が,異なるけれども関係する複数の意味と結びついている状況を指す.中心的な意味から体系的に派生した意味が,いわば群をなして多義 (polysemy) を構成しているという捉え方だ.構文文法におけるプロトタイプ (prototype) 理論にほかならない.
 S V O1 O2 をとる二重目的語構文の多義性を例にとろう.その中心的意味は,give の構文に代表されるように,S (= agent) が O1 (= recipient) に O2 (= patient) を能動的に首尾よく移動させることである.この中心的意味としては,patient に具体的な物が想定されているが,抽象的な方向へ拡がれば teach のような動詞がここに加えられるだろう.以下,中心的意味からの派生を Goldberg (38) の図により示す.

Constructional Polysemy of Double Object Construction

 中心的意味に多少の制限をかけ,移動が成立するのに話者の義務が関与する方向で派生したのが,「保証」「約束」などを意味する左下のB群である.一方,むしろ移動を成立させないという否定の方向へ派生すると,「拒否」を意味する右下のC群となる.移動が未来の時点で起こることが前提とされる場合には,右上のD群が派生する.また,移動を「起こさせる」のではなく「可能にさせる」と若干弱めると,「許可」を表わす上部のE群が派生する.最後に,移動の意図が含意される場合には,左側のF群のような動詞も当該の構文を取ることができるようになる.
 このように語の意味だけでなく構文の意味も,プロトタイプ理論にしたがって中心的なものから周辺的なものへと派生していき,結果として共時的に多義性を帯びるようになるというのが,constructional polysemy のポイントである.

 ・ Goldberg, Adele E. Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure. Chicago: U of Chicago P, 1995.

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2018-12-20 Thu

#3524. 構文文法の3つの特徴 [construction_grammar][semantics][pragmatics][linguistics]

 昨日の記事「#3523. 構文文法における構文とは?」 ([2018-12-19-1]) で,構文文法の特徴を1つ挙げた.構文文法は,語彙と文法を明確に異なるものとしてとらえないという言語観に立つ.語の構造と統語の構造では確かに内部の複雑さは異なるものの,形式と機能をペアリングさせた単位である点で違いはない,と考えるのである.
 構文文法の言語観として,ほかにも特徴的なことがある.1つは,意味論と語用論のあいだに明確な区分を設けないということだ.意味論的な情報は,焦点,話題,使用域といった語用論的な情報とともに表現されているという立場をとる.
 構文文法の今ひとつの特徴は,一見すると意外なことに,生成文法風に「生成的」 (generative) な立場をとっていることだ.「生成的」とは,文法的に許容される無限の表現を説明しようとする一方で,許容されない無限の表現を排除しようとしていることを指す.ただし,生成文法のように「変形的」 (transformational) ではないことに注意が必要である.基底の統語・意味的な形式から,何らかの変形を経て表層の形式が生み出されるという過程は想定していない.
 明らかに,構文文法は生成文法寄りではなく認知文法寄りの立場のように見えるが,「#3511. 20世紀からの各言語学派を軸上にプロットする」 ([2018-12-07-1]) の図でみたように,形式にも十分なこだわりを示している点では中間的な文法ともいえそうだ.昨今注目されている文法だが,バランサー的な位置取りにいることが魅力的なのかもしれない.

 ・ Goldberg, Adele E. Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure. Chicago: U of Chicago P, 1995.

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2018-12-19 Wed

#3523. 構文文法における構文とは? [construction_grammar][terminology][grammar][lexicon]

 構文文法 (Construction Grammar) における構文 (construction) とは,その他の学派や一般でいわれる構文とは異なる独特の概念・用語である.Goldberg (4) によれば,次のように定義される.

C is a CONSTRUCTION iffdef C is a form-meaning pair <Fi, Si> such that some aspect of Fi or some aspect of Si is not strictly predictable from C's component parts or from other previously established constructions.


 Goldberg (4) は次のように続ける.

Constructions are taken to be the basic units of language. Phrasal patterns are considered constructions if something about their form or meaning is not strictly predictable from the properties of their component parts or from other constructions. That is, a construction is posited in the grammar if it can be shown that its meaning and/or its form is not compositionally derived from other constructions existing in the language . . . .


 要するに,形式と機能において,その言語の既存の諸要素から合成的に派生されているとみなせなければ,すべて構文であるということになる.ということは,Goldberg (4) が続けるように,次のような結論に帰着する.

In addition, expanding the pretheoretical notion of construction somewhat, morphemes are clear instances of constructions in that they are pairings of meaning and form that are not predictable from anything else . . . . It is a consequence of this definition that the lexicon is not neatly differentiated from the rest of grammar.


 この定義によれば,形態素も,形態素の合成からなる語の多くも,確かに各構成要素からその形式や機能を予測できないのだから,構文ということになる.このように構文文法の特徴の1つは,生成文法などと異なり,語彙 (lexicon) と文法 (grammar) を明確に分けない点にある.

 ・ Goldberg, Adele E. Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure. Chicago: U of Chicago P, 1995.

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2018-12-15 Sat

#3519. ???????????????????????????? [optative][interrogative][exclamation][tag_question][syntax][word_order][construction_grammar][inversion]

 この2日間の記事「#3517. if を使わずに V + S とする条件節」 ([2018-12-13-1]),「#3518. 条件節と疑問文の近さ」 ([2018-12-14-1]) で,統語的・意味論的な観点から「疑問」「接続法」「願望」「条件」の接点を探ってきた.この仲間に,もう1つ「感嘆」というキーワードも参加させたい.
 感嘆文では,疑問文で典型的に起こる V + S の語順がしばしば採用される.Jespersen (499) から例文を挙げよう.

 ・ Sh Merch II. 2. 106 Lord, how art thou chang'd
 ・ Sh Merch II. 3.16 Alacke, what heinous sinne is it in me To be ashamed to be my Fathers childe
 ・ BJo 3.133 what a vile wretch was I
 ・ Farquhar B 321 What a rogue is my father!
 ・ Defoe G 44 what fool must he be now that they have given him a place!
 ・ Goldsm 658 What a fool was I, to think a young man could learn modesty by travelling
 ・ Macaulay H 2.209 What a generation of vipers do we live among!
 ・ Thack N 180 What a festival is that day to her | What (how great) was my surprise when they were engaged!
 ・ Bennett C 2.12 What a night, isn't it?


 最後の例文では付加疑問がついているが,これなどはまさに感嘆文と疑問文の融合ともいうべき例だろう.感嘆と疑問が合わさった「#2258. 感嘆疑問文」 ([2015-07-03-1]) も例が豊富である.
 また,感嘆と願望が互いに近しいことは説明を要しないだろう.may 祈願文が V + S 語順を示すのも,感嘆の V + S 語順と何らかの関係があるからかもしれない.
 may 祈願文と関連して,Jespersen (502) に,Dickinson, European Anarchy 74 からの興味深い例文があったので挙げておこう.

"The war may come", says one party. "Yes", says the other; and secretly mutters, "May the war come!"


 may 祈願は,疑問文に典型的な V + S 語順を,願望や感嘆のためにリクルートした例と考えてみるのもおもしろそうだ.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 5. Copenhagen: Munksgaard, 1954.

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2018-12-14 Fri

#3518. 条件節と疑問文の近さ [conditional][word_order][syntax][assertion][construction_grammar]

 昨日の記事「#3517. if を使わずに V + S とする条件節」 ([2018-12-13-1]) で,V + S の条件節(動詞は典型的に接続法)の発達について取りあげた.現代英語で最も普通に V + S の語順をとるのは疑問文である.とすると,条件節と疑問文の間に何らかの接点があるのかないのかという疑問が湧くだろう.これについて考えてみよう.
 条件節と疑問文は,確かに近い関係にある.まず,間接疑問を導く接続詞に if が用いられることを思い起こしたい.He asked if I liked Chinese food. (彼は私に中華料理が好きかと尋ねた」や Let me know if she is coming 「彼女が来るか知らせてください」など.後者では if が「?かどうか」の名詞節を導くのか,「?ならば」の副詞節を導くのかは文脈に応じて異なり得るという点で両義的だが,まさにこの両義性こそが「条件」と「疑問」の接点となるのである.日本語訳に現われる係助詞「か」も,典型的に疑問を表わすことに注意.
 意味論的あるいは論理的にいえば,条件節も疑問文も "nonassertive" であるという点で共通している.つまり,ある命題について断定していないということである.命題とは別の可能性も含意するという点で,"alternative possible worlds" を前提としていると言い換えてもよいだろう.両者が異なるのは,条件節はそれだけでは何の発話行為にもならないが,疑問文ではそれだけで「疑問・質問」という発話行為となることだ.ついでにいえば,「願望」も命題の表わす事態がまだ起こっていないことを前提とするので nonassertion のもう1つの典型である.may 祈願文などは単独で「願望」の発話行為となる点で疑問文と共通する.
 このように考えてくると,なぜ条件節が疑問文と同様に V + S の語順をとるのか,おぼろげながら両者の接点が見えてくるのではないか.昨日の記事でも示唆した通り,「疑問」「接続法」「願望」「条件」というキーワードは互いにリンクしているようだ.
 (non)assertion については,「#679. assertion and nonassertion (1)」 ([2011-03-07-1]),「#680. assertion and nonassertion (2)」 ([2011-03-08-1]),「#950. Be it never so humble, there's no place like home. (3)」 ([2011-12-03-1]) の記事を参照されたい.

 ・ Leuschner, Torsten and Daan Van den Nest. "Asynchronous Grammaticalization: V1-Conditionals in Present-Day English and German." Languages in Contrast 15 (2015): 34--63.

Referrer (Inside): [2018-12-15-1]

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2018-12-13 Thu

#3517. if を使わずに V + S とする条件節 [syntax][word_order][conjunction][construction_grammar][conditional][subjunctive][inversion]

 現代英語には,条件節を表わすのに if を用いずに,主語と動詞の倒置で代用する構文がある.例文を挙げよう.

 ・ Were I to take over my father's business, I would make a drastic reform.
 ・ Had World War II ended two years earlier, how many lives would have been saved!
 ・ Should anything happen to him, call me at once.


 現代英語では,were, should, had で始まるものに限定されており,意味的にも反事実的条件に強く傾いているが,かつては疑問文の形成と同様に一般の動詞が前置されることもあったし,中立的条件にも用いられた.Leuschner and Nest (2) より,古英語や中英語からの例を挙げよう.

 ・ Fulga nu se mete ðære wambe willan, & sio wamb ðæs metes, ðonne towyrpð God ægðer. (YCOE: Cura Pastoralis, late 9th cent.)
   "If the food now follow.SUBJ the will of the belly and the belly that of the food, God annihilates both."
 ・ Do þu hit eanes awei; ne schalt tu neauer nan oðer swuch acourin. (PPCME2: Hali Meidhad, c. 1225)
   "If you get rid of it once, you will never (re)gain anything like it."
 ・ Deceyueth me the foxe / so haue I ylle lerned my casus (PPCME2: Caxton's History of Reynard the Fox, 1481)
   "If the fox deceives me, I have learned my lesson badly."


 最初の2つの例文において,前置されている動詞は接続法の形式である.
 なぜ条件節を表わすのに倒置が起こるのかという問題については,Jespersen (373--74) が「疑問文からの派生」説を紹介している.

A condition is very often denoted by a clause without any conjunction, but containing a verb placed before its subject. This construction, which is found in all the Gothonic language, is often explained from a question with implied positive answer: Will you come? [Yes, then] we can start at once.---A clear instance of this is AV 1. Cor. 7.27 Art thou bound vnto a wife? seeke not to bee loosed. Art thou loosed from a wife? seeke not a wife.


 しかし,Jespersen (374) は,「疑問文からの派生」説だけでは説明しきれないとも考えており,続けて「接続法としての用法」説の可能性にも言及している.

But interrogative sentences, though undoubtedly explaining much, are not the only sources of our construction. Pretty frequently we find a subjunctive used in such a way that it cannot have arisen from a question, but must be due to a main sentence expressing a desire, permission, or the like: AR 164 uor beo hit enes tobroken, ibet ne bið hit neuer | Towneley 171 Gett I those land lepars, I breke ilka bone | Sh Merch III. 2.61 Liue thou, I liue with much more dismay | Cymb IV. 3.30 come more, for more you're ready | John III. 3.31 and creep the time nere so slow, Yet it shall come, for me to doe these good.


 「疑問」「接続法」「願望」「条件」というキーワードが,何らかの形で互いに結びついていそうだという感覚がある.VS 条件節の発達は,最近取り上げてきた may 祈願の発達の問題にも光を投げかけてくれるかもしれない (cf. 「#3515. 現代英語の祈願文,2種」 [2018-12-11-1],「#3516. 仮定法祈願と may 祈願の同居」 ([2018-12-12-1])) .

 ・ Leuschner, Torsten and Daan Van den Nest. "Asynchronous Grammaticalization: V1-Conditionals in Present-Day English and German." Languages in Contrast 15 (2015): 34--63.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 5. Copenhagen: Munksgaard, 1954.

Referrer (Inside): [2018-12-15-1] [2018-12-14-1]

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2018-12-12 Wed

#3516. 仮定法祈願と may 祈願の同居 [optative][subjunctive][auxiliary_verb][construction_grammar][may]

 昨日の記事「#3515. 現代英語の祈願文,2種」 ([2018-12-11-1]) でみたように,現代英語の祈願構文には,仮定法を利用するものと may を用いるものの2種が存在する.歴史的には前者のほうが古いが,いずれも文語的で定型的という特徴を有しており,同じ文脈でともに生じることもある.たとえば,May they get home safely, Heaven help us! のような事例がある.ほかに両祈願構文の同居している例が,細江 (159fn) に挙げられている.

 ・ God help her; May God help her!---Trollope;
 ・ Long life to them both! May Edward the Atheling reign, but Harold the Earl rule!--Lord Lytton.


 2つめの例で,細江は,後半の Harold the Earl rule! を仮定法祈願と解釈しているようだが,may の繰り返しを避けたという統語的解釈も可能だろうか.もしそうであれば同居の事例として挙げるのはふさわしくないことになるが,この "May SV, but SV!" という構造を別の角度からみれば,等位接続された2つの仮定法祈願の先頭に may が立っていると解釈することもできる.つまり,may は,歴史的に衰退してきた仮定法の機能・形式を補強するために先頭に付された祈願標識 (optative marker) であると捉えることができるだろう.これは,構文化の1例とみることもできる.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

Referrer (Inside): [2018-12-13-1]

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2016-01-03 Sun

#2442. 強調構文の発達 --- 統語的現象から語用的機能へ [syntax][agreement][pragmatics][construction_grammar][discourse_marker][relative_pronoun][expletive][cleft_sentence]

 先日,掲示板にて "It is . . . that . . . ." の型をもつ分裂文 (cleft sentence),いわゆる強調構文の歴史について質問が寄せられた.これについて,以下のように粗々に回答した.

分裂文(いわゆる強調構文)の発展や,要素間の統語的一致の推移については,複雑な経緯と種々の説があり,一言では説明できません.相当するものは古英語からあり,主語には it のみならず that やゼロ形が用いられていました.現代英語における分裂文という現象を,共時的な観点にこだわらず,あえて通時的な観点から分析するのであれば,that は関係詞であり,it はその先行詞であると述べておきたいと思います.つまり,"It is father that did it." という例文でいえば,「それを為したところのもの,それは父です.」ということになります.人でありながら中性の it を用いるのも妙な感じはしますが,"Who is it?" の it などからも理解できると思います(古英語でも同じでした).ところが,後に "It is I that am wrong." にみられるように,that の先行詞は文頭の It ではなく直前の I であるかのような一致を示すに至りました.以上,取り急ぎ,かつ粗々の回答です.


 この問題について,細江 (245--46) が次のように論じている.

注意を引くために用いられた It is... の次に来る関係代名詞が主格であるとき,その従文における動詞は It is I that am wrong. のようにこれに対する補語と人称数で一致する.たとえば,

   It is you who make dress pretty, and not dress that makes you pretty.---Eliot
   But it's backwaters that make the main stream. ---Galsworthy.
   It is not I that bleed---Binyon.

 これは今日どんな文法家でも,おそらく反対するものはないであろう.しかも that の先行詞は明らかに It である.それではなぜこの一致法が行なわれるかといえば,〔中略〕It は文法の形式上 that の先行詞ではあるけれども,一度言者の脳裏にはいってみれば,それは決して次に来る叙述中に含まれる動作もしくは状態などの主たり得る性質のものではない.すなわち,換言すれば It is I that am wrong. と言うとき,言者の脳裏にある事実は I am wrong. にほかならないからである.


 細江は p. 246 の注で,フランス語の "Nous, nous n'avons pas dit cela." と "Ce n'est pas nous qui avons dit cela." の2つの強調の型においても,上記と同じことが言えるとしている.関連して,「#1252. Bailey and Maroldt による「フランス語の影響があり得る言語項目」」 ([2012-09-30-1]) を参照.
 私の回答の最後に述べたことは,歴史の過程で統語的一致の様式が変化してきたということである.これを別の観点からみれば,元来,統語的な型として出発したものが,強調や対比という語用的・談話的な役割を担う手段として発達し,その結果として,統語的一致の様式も変化にさらされたのだ,と解釈できるかもしれない.細江の主張を,回答内の例文において繰り返せば,話者の頭の中には did it (それを為した)のは明らかに father (父)という観念があるし,wrong (間違っている)のは明らかに I という観念があるはずである.それゆえに,この観念に即した統語的一致が求められるようになったのだろう.そして,現代英語までに,この一致の様式をもつ統語的な型そのものが,語用的な機能を果たす構造として確立してきたのである.

 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

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2014-09-22 Mon

#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1) [grammaticalisation][unidirectionality][productivity][construction_grammar][analogy][reanalysis][ot][contact][history_of_linguistics][teleology][discourse_marker][invited_inference]

 「#1971. 文法化は歴史の付帯現象か?」 ([2014-09-19-1]) の最後で何気なく提起したつもりだった問題に,「文法化を歴史的な流れ,drift の一種としてではなく,言語変化を駆動する共時的な力としてみることはできないのだろうか」というものがあった.少し調べてみると,文法化は付帯現象なのか,あるいはそれ自身が動力源なのかというこの問題は,実際,文法化の研究者の間でよく論じられている話題であることがわかった.今回は関連して文法化の研究を巡る動き,特にその扱う領域の発展と拡大について,Traugott の記述に依拠して概説したい.
 文法化は,この30余年ほどをかけて言語学の大きなキーワードとして成長してきた.大きく考え方は2つある.1つは "reduction and increased dependency" とみる見方であり,もう1つはむしろ "the expansion of various kinds" とみる見方である.両者ともに,意味と音の変化が文法の変化と独立しつつも何らかの形で関わっているとみている,特に形態統語的な変化との関係をどうとらえるかによって立場が分かれている.
 伝統的には,文法化は "reduction and increased dependency" とみられてきた.意味の漂白 (semantic bleaching) と音の減少 (reduction) がセットになって生じるという見方で,"unidirectionality from more to less complex structure, from more to less lexical, contentful status" (Traugott 273) という一方向性の原理を主張する.一方向性の原理は Givón の "Today's morphology is yesterday's syntax." の謂いに典型的に縮約されているが,さらに一般化した形で,次のような一方向性のモデルも提案されている.ここでは,自律性 (autonomy) を失い,他の要素への従属 (dependency) の度合いを増しながら,ついには消えてしまうという文法化のライフサイクルが表現されている.

discourse > syntax > morphology > morphphonemics > zero


 ただし,一方向性の原理は,1990年代半ば以降,多くの批判にさらされることになった.原理ではなくあくまで付帯現象だとみる見方や確率論的な傾向にすぎないとする見方が提出され,それとともに「脱文法化」 (degrammaticalisation) や「語彙化」 (lexicalisation) などの対立概念も指摘されるようになった.しかし,再反論の一環として脱文法化とは何か,語彙化とは何かという問題も追究されるようになり,文法化をとりまく研究のフィールドは拡大していった.
 文法化のもう1つの見方は,reduction ではなくむしろ expansion であるというものだ.初期の文法化研究で注目された事例は,たいてい屈折によって表現された時制,相,法性,格,数などに関するものだった.しかし,そこから目を移し,接続語や談話標識などに注目すると,文法化とはむしろ構造的な拡張であり適用範囲の拡大ではないかとも思われてくる.例えば,指示詞が定冠詞へと文法化することにより,固有名詞にも接続するようになり,適用範囲も増す結果となった.文法化が意味の一般化・抽象化であることを考えれば,その適用範囲が増すことは自然である.生産性 (productivity) の拡大と言い換えてもよいだろう.日本語の「ところで」の場所表現から談話標識への発達なども "reduction and increased dependency" とは捉えられず,むしろ autonomy を有しているとすら考えられる.ここにおいて,文法化は語用化 (pragmaticalisation) の過程とも結びつけられるようになった.
 文法化の2つの見方を紹介したが,近年では文法化研究は新しい視点を加えて,さらなる発展と拡大を遂げている.例えば,1990年代の構文文法 (construction_grammar) の登場により,文法化の研究でも意味と形態のペアリングを意識した分析が施されるようになった.例えば,単数一致の A lot of fans is for sale. が複数一致の A lot of fans are for sale. へと変化し,さらに A lot of our problems are psychological. のような表現が現われてきたのをみると,文法化とともに統語上の異分析が生じたことがわかる.ほかに,give an answermake a promise などの「軽い動詞+不定冠詞+行為名詞」の複合述部も,構文文法と文法化の観点から迫ることができるだろう.
 文法化の引き金についても議論が盛んになってきた.語用論の方面からは,引き金として誘導推論 (invited inference) が指摘されている.また,類推 (analogy) や再分析 (reanalysis) のような古い概念に対しても,文法化の引き金,動機づけ,メカニズムという観点から,再解釈の試みがなされてきている.というのは,文法化とは異分析であるとも考えられ,異分析とは既存の構造との類推という支えなくしては生じ得ないものと考えられるからだ.ここで,類推のモデルとして普遍文法制約を仮定すると,最適性理論 (Optimality Theory) による分析とも親和性が生じてくる.言語接触の分野からは,文法化の借用という話題も扱われるようになってきた.
 文法化の扱う問題の幅は限りなく拡がってきている.

 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "Grammaticalization." Chapter 15 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum, 2010. 271--85.

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2014-09-11 Thu

#1963. 構文文法 [bnc][construction_grammar][syntax][cognitive_linguistics][prototype][web_service][speech_act][generative_grammar]

 構文文法 (construction grammar) は,この四半世紀の間で発展してきた認知言語学に基づく文法理論である.Lakoff, Fillmore, Goldberg, Kay などによって洗練されてきた.
 構文という捉え方そのものは,統語論において長い伝統がある.構造言語学では当然視されていたし,その流れを汲んだ「文型」の考え方も,語学教育を通じて広く知られている.しかし,生成文法の登場により,従来の構文や文型は相対化され,二次的な付帯現象として扱われるようになった.
 しかし,1970年代後半の認知言語学の誕生により,構文は単に形式的な観点からだけではなく,機能的・意味的な観点からアプローチされるようになった.特定の構文は,深層構造から生成されるのではなく,それ自身の資格において特定の意味に直接貢献する単位であるという考え方だ.例えば,Me write a novel?! という一見すると破格的な構文は,それ自体が独自の韻律(主部と述部が上昇調のイントネーションを帯びる)を伴い,「あざけり」を含意する.また,There's the bell! のような構文は,人差し指を上げる動作とともに用いられることが多く,「知覚の直示性」を表わす,といった具合だ.構文文法では,構文そのものが意味,語用,韻律などを規定していると捉える.
 ただし,構文が意味などを規定しているといっても,その規定の強さは変異する.例えば,Is A B? の構文は典型的に質問の発話行為を表わすが,Is that a fact? は,通常,質問ではなく話者の驚きを表わす(いわゆる間接的発話行為 (indirect speech_act)) .このように,構文文法は,構文とその意味の関係もプロトタイプ的に考える必要があると主張する.また,定型構文となると,そのなかの語句を他のものに交換できなくなるなど,意味的,統語的に融通のきかなくなるケースもある.例えば,Thanks a lot, Thanks a million からの発展で Thanks a billion は可能だが,*Thanks a hundred は不可能となる.day in day out, month in month out は可だが,minute in minute outcentury in century out は不可である,等々 (Taylor 225--28) .
 構文文法は上記のように生成文法へのリアクションとして生じてきたが,近年では生成文法の側でも構文文法と親和性のある反語彙論や分散形態論などの理論が発展してきている.構文復権の徴候が顕著になってきたといえるだろう.
 構文文法の枠組みで BNC の例文に構文情報を付したデータベースが,http://framenet.icsi.berkeley.edu/ で公開されており,こちらのインターフェースよりアクセスできる.数十の注目すべき英語構文が登録されている.

 ・ Taylor, John R. Linguistic Categorization. 3rd ed. Oxford: OUP, 2003.

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