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最終更新時間: 2023-06-09 09:14

2023-04-06 Thu

#5092. 商標言語学と英語史・歴史言語学の接点 [trademark][goshosan][youtube][voicy][heldio][link][semantics][semantic_change][metaphor][metonymy][synecdoche][rhetoric][onomastics][personal_name][toponymy][eponym][sound_symbolism][phonaesthesia][capitalisation][linguistic_right][language_planning][semiotics][punctuation]

 昨日までに,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」や YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を通じて,複数回にわたり五所万実さん(目白大学)と商標言語学 (trademark linguistics) について対談してきました.

[ Voicy ]

 ・ 「#667. 五所万実さんとの対談 --- 商標言語学とは何か?」(3月29日公開)
 ・ 「#671. 五所万実さんとの対談 --- 商標の記号論的考察」(4月2日公開)
 ・ 「#674. 五所万実さんとの対談 --- 商標の比喩的用法」(4月5日公開)

[ YouTube ]

 ・ 「#112. 商標の言語学 --- 五所万実さん登場」(3月22日公開)
 ・ 「#114. マスクしていること・していないこと・してきたことは何を意味するか --- マスクの社会的意味 --- 五所万実さんの授業」(3月29日公開)
 ・ 「#116. 一筋縄ではいかない商標の問題を五所万実さんが言語学の切り口でアプローチ」(4月5日公開)
 ・ 次回 #118 (4月12日公開予定)に続く・・・(後記 2023/04/12(Wed):「#118. 五所万実さんが深掘りする法言語学・商標言語学 --- コーパス法言語学へ」

 商標の言語学というのは私にとっても馴染みが薄かったのですが,実は日常的な話題を扱っていることもあり,関連分野も多く,隣接領域が広そうだということがよく分かりました.私自身の関心は英語史・歴史言語学ですが,その観点から考えても接点は多々あります.思いついたものを箇条書きで挙げてみます.

 ・ 語の意味変化とそのメカニズム.特に , metonymy, synecdoche など.すると rhetoric とも相性が良い?
 ・ 固有名詞学 (onomastics) 全般.人名 (personal_name),地名,eponym など.これらがいかにして一般名称化するのかという問題.
 ・ 言語の意味作用・進化論・獲得に関する仮説としての "Onymic Reference Default Principle" (ORDP) .これについては「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]) を参照.
 ・ 記号論 (semiotics) 一般の諸問題.
 ・ 音象徴 (sound_symbolism) と音感覚性 (phonaesthesia)
 ・ 書き言葉における大文字化/小文字化,ローマン体/イタリック体の問題 (cf. capitalisation)
 ・ 言語は誰がコントロールするのかという言語と支配と権利の社会言語学的諸問題.言語権 (linguistic_right) や言語計画 (language_planning) のテーマ.

 細かく挙げていくとキリがなさそうですが,これを機に商標の言語学の存在を念頭に置いていきたいと思います.

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2023-04-04 Tue

#5090. 人名ベースの造語は eponym だが,では地名ベースの造語は何と呼ぶ? [eponym][toponymy][onomastics][personal_name][etymology][metonymy][semantic_change][word_formation][lexicology][terminology]

 昨日の記事「#5089. eponym」 ([2023-04-03-1]) で,etymon が人名 (personal_name) であるような語について考察した(etymon という用語については「#3847. etymon」 ([2019-11-08-1]) を参照).ところで,人名とともに固有名詞学 (onomastics) の重要な考察対象となるのが地名 (place-name, toponym) である.とすれば,当然予想されるのは,etymon が地名であるような語の存在である.実際,国名というレベルで考えるだけでも japan (漆器),china (磁器),turkey (七面鳥)などがすぐに思い浮かぶ(cf. heldio 「#626. 陶磁器の china と漆器の japan --- 産地で製品を表わす単語たち」「#625. Turkey --- トルコと七面鳥の関係」).
 このような地名に基づいて作られた語も多くあるわけだが,これを何と呼ぶべきか.eponym はあくまで人名ベースの造語に与えられた名前である.toponymplace-name に対応する術語であり,やはり「地名」に限定して用いておくほうが混乱が少ないだろう.Crystal (165) は,このように少々厄介な事情を受けて,"eponymous places" と呼ぶことにしているようだ(これでも少々分かりくいところはあることは認めざるを得ない).Crystal が列挙している "eponymous places" の例を再掲しよう.

alsatian: Alsace, France.
balaclava: Balaclava, Crimea.
bikini: Bikini Atoll, Marshall Islands.
bourbon: Bourbon County, Kentucky.
Brussels sprouts: Brussels, Belgium.
champagne: Champagne, France.
conga: Congo, Africa.
copper: Cyprus.
currant: Corinth, Greece.
denim: Nîmes, France (originally, serge de Nîm).
dollar: St Joachimsthal, Bohemia (which minted silver coins called joachimstalers, shortened to thalers, hence dollars).
duffle coat: Duffel, Antwerp.
gauze: Gaza, Israel.
gypsy: Egypt.
hamburger: Hamburg, Germany.
jeans: Genoa, Italy.
jersey: Jersey, Channel Islands.
kaolin: Kao-ling, China.
labrador: Labrador, Canada.
lesbian: Lesbos, Aegean island.
marathon: Marathon, Greece.
mayonnaise: Mahó, Minorca.
mazurka: Mazowia, Poland.
muslin: Mosul, Iraq.
pheasant: Phasis, Georgia.
pistol: Pistoia, Italy.
rugby: Rugby (School), UK.
sardine: Sardinia.
sherry: Jerez, Spain.
suede: Sweden.
tangerine: Tangier.
turquoise: Turkey.
tuxedo: Tuxedo Park Country Club, New York.
Venetian blind: Venice, Italy.


 いくらでもリストを長くしていけそうだが,全体として飲食料,衣料,工芸品などのジャンルが多い印象である.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

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2023-04-03 Mon

#5089. eponym [eponym][personal_name][onomastics][etymology][metonymy][semantic_change][word_formation][lexicology]

 eponym とは人名に基づいて造られた語のことである.英語の具体例については「#2842. 固有名詞から生まれた語」 ([2017-02-06-1]),「#2849. macadamia nut」 ([2017-02-13-1]),「#3460. 紅茶ブランド Earl Grey」 ([2018-10-17-1]),「#3461. 警官 bobby」 ([2018-10-18-1]) で挙げてきた.また,eponym は「#5079. 商標 (trademark) の言語学的な扱いは難しい」 ([2023-03-24-1]) とも関係の深い話題である.McArthur の英語学用語辞典によれば,次の通り.

EPONYM [19c: from Greek epṓonumos named on]. (1) A personal name from which a word has been derived: John B. Stetson, the 19c US hatter after whom the stetson hat was named. (2) The person whose name is so used: The Roman emperor Constantine, who gave his name to Constantinople. (3) The word so derived: stetson, Constantinople. The process of eponymy results in many forms: (1) Such simple eponyms as atlas, which became popular after the 16c Flemish cartographer Gerardus Mercator put the figure of the titan Atlas on the cover of a book of maps. (2) Compounds and attributive constructions such as loganberry after the 19c US lawyer James H. Logan, and Turing machine after the 20c British mathematician Alan Turing. (3) Possessives such as Parkinson's Law after the 20c British economist C. Northcote Parkinson, and the Islets of Langerhans after the 19c German pathologist Paul Langerhans. (4) Derivatives such as Bowdlerize and gardenia, after the 18c English expurgator of Shakespeare, Thomas Bowdler, and the 19c Scottish-American physician Alexander Garden. (5) Clippings, such as dunce from the middle name and the first element of the last name of the learned 13c Scottish friar and theologian John Duns Scotus, whose rivals called him a fool. (6) Blends such as gerrymander, after the US politician Elbridge Gerry (b. 1744), whose redrawn map of the voting districts of Massachusetts in 1812 was said to look like a salamander, and was then declared a gerrymander. The word became a verb soon after. Works on eponymy include: Rosie Boycott's Batty, Bloomers and Boycott: A Little Etymology of Eponymous Words (Hutchinson, 1982) and Cyril L. Beeching's A Dictionary of Eponyms (Oxford University Press, 1988).


 ここで eponym は語源的に(一部であれ)人名に基づいている語,etymon が人名であるような語として,あくまで語源的な観点から定義されていることに注意したい.つまり後にさらに別の語形成を経たり,意味変化を経たりした語も含まれ,今となっては形態や意味においてオリジナルの人(名)からは想像できないほど遠く離れてしまっているケースもあるということだ.語源的に定義づけられているという特殊性を除けば,eponym はその他の一般の語とさほど変わらない振る舞いをしているといえるのではないか.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

Referrer (Inside): [2023-04-04-1]

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2022-11-24 Thu

#4959. bright の音位転換 [metathesis][personal_name][indo-european][germanic][etymology]

 今朝の朝日新聞「天声人語」音位転換 (metathesis) が話題とされていた.日本語からの例がいくつか挙げられていたので挙げてみよう.

 ・ サンザカ(山茶花)→サザンカ
 ・ アラタシ→アタラシ
 ・ しだらがない→だらしがない
 ・ シタツヅミ(舌鼓)→シタヅツミ

 芥川龍之介が友人の「フトロコ」「コシャマクレル」という音位転換した発音にいらついたという逸話にも触れられていた.
 英語も音位転換の例には事欠かない.「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1]) や「#2809. 英語の音位転換は直接隣り合う2音に限られる」 ([2017-01-04-1]) を含む metathesis の多くの記事で事例を紹介してきたが,全体として /r/ と母音の転換例が比較的多いのが特徴的である.
 今回はこれまで /r/ と母音の関わる音位転換の例として取り上げてこなかったけれども,頻度の高い重要な語として bright (明るい)を紹介しよう.印欧語根 *bherəg- "to shine; bright, white" に遡り,ゲルマン祖語では *berχtaz の形が再建されている.古英語では beorht の形で,ここまでは一貫して「母音 + /r/」の順序であることがわかる.しかし,すでに古英語でも音位転換を経た breoht などの形も文証され,中英語期以降は「/r/ + 母音」型が一般化していく.
 音位転換を経ていないオリジナルの「母音 + /r/」は,いくつかの人名に化石的に残っている.Albert (nobly bright), Bertha (the bright one), Bertrand (bright raven), Herbert (army-bright) など.

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2022-03-22 Tue

#4712. 英語地名研究の意義 [onomastics][geography][toponymy][anglo-saxon][oe][old_norse][history][personal_name]

 地名に関する言語研究は toponymy (地名学)の各記事で取り上げてきた.地名は人名と合わせて固有名詞の双璧をなすが,これらは言語学的には特異な振る舞いを示す(cf. 「#4249. 固有名詞(学)とその特徴」 ([2020-12-14-1]),「#4538. 固有名の地位」 ([2021-09-29-1])).
 英語地名はそれだけで独自の研究領域を構成するが,その研究上の意義は思いのほか広く,予想される通り英語史にも大きなインパクトを与え得る.もちろん英語史の領域にとどまるわけでもない.Ekwall (xxix-xxxiv) より,地名研究の意義6点を指摘しよう.

 1. Place-names embody important material for the history of England. (例えば,イングランドのスカンディナヴィア系の地名は,スカンディナヴィア系植民地に関する重要な情報を与えてくれる.)
 2. Place names have something to tell us about Anglo-Saxon religion and belief before the conversion to Christianity. (例えば,Wedenesbury という地名は Wōden 信仰についてなにがしかを物語っている.)
 3. Some place-names indicate familiarity with old heroic sagas in various parts of England. (例えば,『ベオウルフ』にちなむ Grendels mere 参照.)
 4. Place-names give important information on antiquities. (例えば,Stratford という地名はローマン・ブリテン時代の道 stræt を表わす.)
 5. Place-names give information on early institutions, social conditions, and the like. (例えば,Kingston という地名は,王領地であったことを示唆する.)
 6. Place-names are of great value for linguistic study.
   (a) They frequently contain personal names, and are therefore a source of first-rate importance for our knowledge of the Anglo-Saxon personal nomenclature. (例えば,Godalming という地名の背後には Godhelm という人名が想定される.)
   (b) Place-names contain many old words not otherwise recorded. They show that Old Englsih preserved several words found in other Germanic languages, but not found in Old English literature. (例えば,Doiley という地名は,古英語では一般的に文証されていない diger "thick" の存在を示唆する.)
   (c) Place-names often afford far earlier references for words than those found in literature. (例えば,dimple という語は OED によると1400年頃に初出するとされるが「くぼ地」を意味する地名要素としては1205年頃に現われる.)
   (d) the value of place-names for the history of English sounds. (例えば,StratfordStretford の母音の違いにより,サクソン系かアングル系かが区別される.)

 英語地名は独立した研究領域を構成しており,なかなか入り込みにくいところがあるが,以上のように英語史にとっても重要な分野であることが分かるだろう.

・ Ekwall, Bror Oscar Eilert. The Concise Oxford Dictionary of English Place-Names. 4th ed. Oxford: Clarendon, 1960. 1st ed. 1936.

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2021-10-03 Sun

#4542. 中英語の人名のトレンド [onomastics][personal_name][me][norman_conquest]

 「#4539. アングロサクソン人名の構成要素」 ([2021-09-30-1]) で古英語の人名の傾向をみたので,続いて中英語の人名のトレンドも覗いてみたい (Coates 320--21) .すでに以下の記事などで述べてきたとおりだが,基本的にはノルマン征服を境に,古英語の人名の大多数が受け継がれずに消え,新たにフランス語かぶれの人名が流入し人気を博したといってよい.

 ・ 「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1])
 ・ 「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1])
 ・ 「#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ」 ([2015-10-17-1])
 ・ 「#2365. ノルマン征服後の英語人名の姓の採用」 ([2015-10-18-1])
 ・ 「#3902. 純アングロサクソン名の Edward, Edgar, Edmond, Edwin」 ([2020-01-02-1])

 フランス語かぶれの人名という言い方をしたが,厳密にいえばフランス語を経由して入ってきた人名ということであり,起源を探ればフランス語ではなく別の言語に起源をもつ名前がほとんどである.おおまかに2種類に分けられる.
 1つは,もともとは英語自身が属している西ゲルマン語に由来する人名で,それがフランス語を経由して再び英語に戻ってきたとでもいうべき人名である.William, Robert, Richard, Gilbert, Alice, Eleanor, Rose/Rohais, Maud などが挙げられる.いずれもフランス語ぽい香りがするが,実はもとはゲルマン系の人名である.
 もう1つは聖書に現われる人物や,人気のある聖人にちなむ名前で,Adam, Matthew, Bartholomew, James, Thomas, Andrew, Stephen, Nicholas, Peter/Piers, John; Joan, Anne, Margaret/Margery などが挙げられる.12世紀後半からは Mary が,14世紀からは Christopher なども入ってきている.
 その他,アーサー王伝説の有名な登場人物の名前として Arthur, Guenevere, Launcelot や,ブルトン語からの Alan などもあったが,さほど目立たない.
 現代でも世代によって人気のある名付けというのは異なるものだが,中英語期も同じで,はやりすたりがあったようである.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2021-09-30 Thu

#4539. アングロサクソン人名の構成要素 [onomastics][personal_name][anglo-saxon][oe]

 古英語のアングロサクソン人名の構成原理は,西ゲルマン語群の遺産を受け継いだものである.古英語の通常の単語が人名要素としても用いられるが,1要素からなるもの (monothematic) と,2要素からなるもの (dithematic) がある.前者は Hengest (stallion), Frōd (wise), Hild (battle), Bēage (ring) などに代表されるが,圧倒的に多いのは後者である.2要素を組み合わせることにより異なる名前を量産できるからだ.
 要素の種類に関する限り,第1要素 (prototheme) のほうが第2要素 (deuterotheme) よりも多い.名詞か形容詞が要素となり得るが,そこには意味的な傾向が認められる.主要なタイプを挙げよう (Coates (319--20)) .

 ・ 所属集団や忠誠を表わすもの: Swæf- (Swabian), þēod- (nation)
 ・ 肉体的・道徳的な「力」に関わるもの: Beald-/-beald (brave), Weald-/-weald (power), Beorht-/-beorht (bright), Æðel- (noble), Cūð- (famous), -mǣr (famous)
 ・ 戦士の生活に関わるもの: Hild-/-hild (battle), Wīg-/-wīg (battle), -brord (spear), -gār (pear), Beorn- (warrior), Wulf-/-wulf (wolf; warrior), Here-/-here (army), Sige-/-sige (victory), Ēad- (prosperity, treasure); Rǣd-/-rǣd (counsel), Burg-/-burg (pledge), Mund-/-mund (hand; protection), -helm (protection; helmet)
 ・ 平和に関わるもの: Friðu-/-frið (peace), Lēof- (dear), Wine-/-wine (friend)
 ・ 宗教的なもの(非キリスト教): Ōs- (deity), Ælf- (elf), Rūn-/-rūn (secret, mystery)
 ・ その他: -stān (stone), Eorp- (red), Ēast- (east)

 これらの要素はアングロサクソン文化のキーワードとしてみることもできるだろう.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2021-09-29 Wed

#4538. 固有名の地位 [onomastics][toponymy][personal_name][semantics][noun][category][linguistics][semiotics][sign]

 あまりにおもしろそうで,手を出してしまったら身を滅ぼすことになるかもしれないという分野がありますね.私にとって,それは固有名詞学 (onomastics) です.端的にいえば人名や地名の話題です.泥沼にはまり込むことが必至なので必死で避けているのですが,数年に一度,必ずゼミ生がテーマに選ぶのです.たいへん困ります.困ってしまうほど,私にとって磁力が強いのです.
 固有名詞の問題,要するに「名前」の問題ほど,言語学において周辺的な素振りをしていながら,実は本質的な問題はありません.言葉は名前に始まり名前に終わる可能性があるからです (cf. 「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) で触れた "Onymic Reference Default Principle" (ORDP)).
 そもそも固有名詞というのは,言語の一部なのかそうでないのか,というところからして問題になるのが悩ましいですね.タモリさんではありませんが,私が「パリ,リヨン,マルセーユ,ブルゴーニュ」と上手なフランス語の発音で言えたとしても,フランス語がよく話せるということになりません.そもそも地名はフランス語なのかどうなのかという問題があるからです (cf. 「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1])).
 英語史のハンドブックに,Coates による固有名詞学に関する章がありました.その冒頭の「固有名の地位」と題する1節より,最初の段落を引用します (312) .

The status of proper names
   Names is a technical term for a subset of the nominal expressions of a language which are used for referring ('identifying or selecting in context') and, in some cases, for addressing a partner in communication. Nominal expressions are in general headed by nouns. According to one of the most ancient distinctions in linguistics, nouns may be common or proper, which has something to do with whether they denote a class or an individual (e.g. queen vs Victoria), where individual means a single-member set of any sort, not just a person. Much discussion has taken place about how this distinction should be refined to be both accurate and useful, for instance by addressing the obvious difficulty that a typical proper noun denoting persons may denote many separate individuals who bear it, and that common nouns may refer to individuals by being constructed into phrases (the queen). I will leave the concept [賊proper], applied to nouns, for intuitive or educated recognition before returning to discussion of the inclusive concept of proper names directly. Proper nouns have no inherent semantic content, even when they are homonymous with lexical words (Daisy, Wells), and many, perhaps all, cultures recognise nouns whose sole function is to be proper (Sarah, Ipswich). Typically they have a unique intended referent in a context of utterance. Proper names are the class of such proper nouns included in the class of all expressions which have the properties of being devoid of sense and being used with the intention of achieving unique reference in context. Onomastics is the study of proper names, and concentrates on proper nouns; I shall confine the main subject-matter of this chapter to the institutionalised proper nouns associated with English and, in accordance with ordinary usage, I shall call them proper names or just names. Readers should note that strictly speaking these are a subset of proper names, and from time to time other members of the larger set will be discussed. There is some evidence from aphasiology and cognitive neuropsychology that institutionalised proper nouns --- especially personal names --- form a psychologically real class . . . .


 これだけでおもしろそうと感じた方は,仲間かもしれません.ぜひ章全体を読んでみてください.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

Referrer (Inside): [2022-03-22-1]

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2021-07-05 Mon

#4452. Olivia, Emma, Ava --- 昨今アメリカで人気の女の子の命名ベスト3 [personal_name][onomastics][etymology]

 Top 1,000 Baby Girl Names in the U.S. 2021 によると,新しく生まれた女児につける名前として人気のベスト3は,標題の通り Olivia, Emma, Ava だったという.-a 語尾は伝統的に女性名と関連づけられており納得できるのだが,人名としては4音節となかなか長い Olivia が1位とは驚いた.
 ベスト3の名前について,The Wordsworth Dictionary of First Names より記述を引用する.

Olivia (f)
Originally the Italian form of Olive but long considered as a name in its own right with romantic and aristocratic associations. Olivia is one of the heroines in Shakespeare's Twelfth Night and in Goldsmith's The Vicar of Wakefield (1766). Olivia Newton-John is an Australian actress-singer.
Familiar form: Livy.


Emma (f)
From Germanic meaning 'whole' or 'universal'. Popular throughout the ages from the 11th century, when Ethelred's Queen bore it, to today when it is often twinned with other names, as in: Emma Jane. Famous bearers include Nelson's mistress, Lady Emma Hamilton and the heroine of Jane Austen's novel Emma (1815).
Familiar forms: Em, Emmie.


Ava (f) [ay-va, ah-va]
In addition to being a familiar form of Gustava, this can be another form of Eva, reflecting the way Eva is pronounced in many European countries. Ava Gardner, film star in the 1940s, popularized the name, though her name tended to be pronounced to rhyme with Java.


 語源としては,たまたまだろうが各々ラテン・イタリア語,ゲルマン語,ヘブライ語とバラバラなのが英語(人名)の一般的な雑種性を物語っているようでおもしろい.宗教絡みのものも,そうでないものもあり,その点でも多様である.
 いつの時代にも,子の名づけには親の希望が込められている.だからこそ,どの言語においても人名 (personal_name),とりわけ first name の話題は普遍的に関心をもたれるのだろう.参考までに,英語の人名については以下の記事などが導入となるはずである.

 ・ 「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1])
 ・ 「#2557. 英語のキラキラネーム,あるいはキラキラスペリング」 ([2016-04-27-1])
 ・ 「#4367. 「英語の人名」の記事セット」 ([2021-04-11-1])

 ・ The Wordsworth Dictionary of First Names. Ware: Wordsworth Editions, 1995.

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2021-07-04 Sun

#4451. フランス借用語のピークは本当に14世紀か? [french][loan_word][borrowing][statistics][lexicology][hybrid][personal_name][onomastics][link]

 中英語期にフランス語からの借用語が大量に流入したことは,英語史ではよく知られている.とりわけ中期から後期にかけて,およそ1250--1400年の時期に,数としてピークに達したことも,英語史概説書では広く記述されてきた.本ブログでも以下の記事などで,幾度となく取り上げてきた話題である.

 ・ 「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1])
 ・ 「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1])
 ・ 「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1])
 ・ 「#1638. フランス語とラテン語からの大量語彙借用のタイミングの共通点」 ([2013-10-21-1])
 ・ 「#2349. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか (2)」 ([2015-10-02-1])
 ・ 「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1])
 ・ 「#2357. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計」 ([2015-10-10-1])
 ・ 「#2385. OED による古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1])
 ・ 「#4138. フランス借用語のうち中英語期に借りられたものは4割強でかつ重要語」 ([2020-08-25-1]),

 フランス借用語の数についていえば,OED などを用いた客観的な調査に裏づけられた事実であり,上記の「定説」に異論はない.しかし,当然ながらすべて書き言葉に基づく調査結果であることに注意が必要である.もし話し言葉におけるフランス借用語のピークを推し量ろうとするならば,ピークはもっと早かった可能性が高い.Trotter (1789) が次のように論じている.

In charting the chronology of the process, we are again at the mercy of the documentary evidence. The key period of lexical transfer appears to be the 14th century; but that may be, as much as anything else, because of the explosion of available documentation in both Anglo-French and, more particularly, Middle English at that time. In other words, the real dates of the transfers may not be the dates at which they are documented. Some evidence that this is not so is available in the form of English surnames, of Anglo-French origin . . . , and indeed in the capacity of some early Middle English texts to generate hybrids from Anglo-French and Middle English (forpreiseð; propreliche; priveiliche from Ancrene Wisse . . .).


 1つは,一般的にピークとされてきた14世紀は,たまたま書き言葉の記録が多く残された時代であり,そのためにフランス借用語の規模も大きく見えがちになるということだ.
 もう1つは,書き言葉に初出した年代をもって,そのまま英語に初出した年代と理解することはできないということだ(cf. 「#2375. Anglo-French という補助線 (2)」 ([2015-10-28-1])).普通の語ではなく姓(人名)として借用されたフランス語要素を考え合わせるならば,より早い時期に入っていた証拠がある.また,初期中英語期に文証される混種語の存在は,通常のフランス借用語が当時までにそれだけ多く流通していたことを示唆する(cf. 「#96. 英語とフランス語の素材を活かした 混種語 ( hybrid )」 ([2009-08-01-1])).
 英語史におけるフランス借用語のピークは,書き言葉の証拠から量的に調査した限りにおいては,従来通りに14世紀といってよいが,話し言葉を含めた実態としては,それより早い時期にあったものと推測されるのである.

 ・ Trotter, David. "English in Contact: Middle English Creolization." Chapter 114 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1781--93.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1]

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2021-06-24 Thu

#4441. 人名の綴字にみられる埋め草 [spelling][personal_name][onomastics][silent_letter][three-letter_rule][orthography]

 標題の意味するところは,AnnAnne か,SmithSmythe か,KidKidd か等の例を挙げれば一目瞭然だろう.通常の英単語の綴字規則に照らせば余分とみなされる文字が,人名の綴字にしばしば現われるという現象だ.人名 (personal_name) は,その人物のアイデンティティや存在感を示すための言語要素であり,とりわけ視覚に訴える綴字において,しばしば「盛る」ということがあっても不思議はない.Carney (454) は,これについて次のように考察している.

Personal names gain advantage by having a certain written bulk since a totem impresses partly by its size. Consequently, names which are phonetically quite short are often padded out with empty letters. The name /leg/ never seems to appear as *Leg --- the usual spelling is Legge. Here we see the two most common types of padding: <C>-doubling and a superfluous <-e> in a context where neither is warranted by modern spelling conventions. Such spellings were common in both names and non-names before conventions settled down in the eighteenth century, but archaism is not the only reason for their continued use in names. Since such spellings are most frequently found in monosyllables and since the unpadded spellings are much less common, their written bulk is obviously seen as an advantage. They also reinforce the initial capital letter as a marker of names and help them to stand out from the non-names in written text. In some cases the padding may help to distance the name from an unfortunate homophone, as in Thynne.


 綴字上の埋め草には,(1) 人名を印象づける,(2) 特に1音節語の人名を際立たせる,(3) 非人名の同音語と区別する,といった機能があるということだ.埋め草の主な方法としては,子音字の2重化と -e の付加が指摘されている.以下に <t> の2重化と <-e> の付加について,埋め草の有無の揺れを示す例をいくつか挙げてみよう (Carney (454--57)) .

Abbot(t), Arnot(t), Barnet(t), Barrat(t), Basset(t), Becket(t), Bennet(t), Calcot(t), Elliot(t), Garnet(t), Garret(t), Nesbit(t), Plunket(t), Prescot(t), Wilmot(t), Wyat(t)


Ann(e), Ask(e), Beck(e), Bewick(e), Brook(e), Cook(e), Crook(e), Cross(e), Dunn(e), Esmond(e), Fagg(e), Fisk(e), Foot(e), Glynn(e), Goff(e), Good(e), Gwynn(e), Harding(e), Hardwick(e), Holbrook(e), Hook(e), Keating(e), Lock(e), Plumb(e), Webb(e), Wolf(e), Wynn(e)


 Carney (457) は,この現象を人名における事実上の「4文字規則」 ("a minimum four-letter rule") と述べており興味深い.もちろんこれは一般語の正書法における「#2235. 3文字規則」 ([2015-06-10-1]) をもじったものである.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

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2021-04-11 Sun

#4367. 「英語の人名」の記事セット [personal_name][onomastics][christianity][hellog_entry_set][khelf_hel_intro_2021]

 英語の人名に関するテーマは幅広く関心をもたれる.英語史の授業などで自由レポート課題を出すと,必ず複数の学生が人名に関するトピックを選ぶ.身近で具体的な名前だし,たいてい何らかの歴史的・語源的背景が隠されているので調査する甲斐がある,ということだろう.
 本ブログでも(英語の)人名について様々な記事で書いてきた.個別の具体的な名前に関する記事もあれば,もう少し抽象的に人名学や人名史の観点から書いた記事もある.以下の記事セットで少々整理してみた.

 ・ 「英語の人名」の記事セット

 記事セットのなかに「#2557. 英語のキラキラネーム,あるいはキラキラスペリング」 ([2016-04-27-1]) という記事があるが,これと関連して,「英語史導入企画2021」の一環として昨日学部生よりアップされた「キラキラネームのパイオニア?」のコンテンツもぜひ読まれたい.
 人名学 (anthroponymy) は地名学 (toponymy) とともに固有名詞学 (onomastics) を構成する分野である.人名について研究したいと思えば固有名詞そのものの特徴を理解する必要がある.一般名詞と比べて何が同じで何が異なるのか,という視点が重要だろう.本質的な差異の1つは,一般名詞は言語体系の内側にあるが,固有名詞はむしろ外側にある(あるいは外側を指向する)という点にあるといってよい.すると,固有名詞の特徴は,言語体系(内部)の特徴に照らして,浮き彫りにされるべき対象ということになる.つまり,人名学に深く分け入るに当たっては,同時に言語体系の何たるかをよく理解しておくこと(=まさに言語学の目標)が肝心である.
 英語の人名というテーマは,一見楽しく研究できそうに思われるかもしれないが,本格的に分け入ろうとするとなかなかの難物である.

Referrer (Inside): [2021-07-05-1]

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2021-03-23 Tue

#4348. 人を呼ぶということ [address_term][politeness][pragmatics][historical_pragmatics][anthropology][personal_pronoun][personal_name][onomastics][t/v_distinction][taboo][title][honorific][face]

 言語学では「人を呼ぶ」という言語行為は,人類言語学,社会言語学,語用論,人名学など様々な観点から注目されてきた.本ブログの関心領域である英語史の分野でも,人名 (anthroponym),呼称 (address_term),2人称代名詞の t/v_distinction の話題など,「人を呼ぶ」ことに関する考察は多くなされてきた.身近で日常的な行為であるから,誰もが興味を抱くタイプの話題といってよい.
 しかし,そもそも「人を呼ぶ」とはどういうことなのか.滝浦 (78--79) より,示唆に富む解説を引用する.

 すこし回り道になるが,“人を呼ぶ”ことの根本的な意味を確認しておきたい.文化人類学的に見れば,人を呼ぶことは声で相手に“触れる”ことであり,基本的なタブーに抵触する側面を持つ.そのため,多くの言語文化において,呼ぶことの禁止,あるいはそれに起因する敬避的呼称が発達した.日本語もこのタブーの影響が強く,敬避的呼称の例は,たとえば「僕(=しもべ)」「あなた(=彼方)」「御前(=人物の“前”の場所)」「○○殿(=建物名)」「陛下(=階段の下)」等々,いくらでも挙げることができる.相手を上げ自分を下げ,また,相手の“人”を呼ぶ代わりに方向や場所を呼ぶこうした方式は,呼ぶことで自分と相手が触れてしまうのを避けるために,“なるべく呼ばないようにして呼ぶ”ことが動機づけになっている遠隔化的呼称である.
 一方,相手ととくに親しい関係にある場合には,こうしたタブー的な動機づけは反転し,むしろ相手の“人”をじかに呼び,相手の内面に踏み込んでゆくような呼称となる.これは,相手の領域に踏み込んでも人間関係は損なわれない――そのくらい2人の間には隔てがない――という含みの,共感的呼称である.固有名(とくに姓の呼び捨てや下の名で呼ぶこと)による呼称,限られた人しか知らない愛称による呼称が典型だが,代名詞による呼称もその傾きを持つ.


 人を呼ぶのは一種のタブー (taboo) であるということ,しかしそれはしばしば破られるべきタブーであり,そのための呼称が多かれ少なかれオープンにされているということが重要である.人を呼んではいけない,しかし呼ばざるをえない,という矛盾のなかで,私たちはその矛盾による問題を最小限に抑えようとしながら,日々言語行為を行なっているのである.

 ・ 滝浦 真人 『ポライトネス入門』 研究社,2008年.

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2020-12-16 Wed

#4251. 英語の人名 Johnson, Jackson, Dickson などに現われる -son とは何ですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][personal_name][patronymy][onomastics]

 英語の姓 (last name) には,標題のように -son のつくものが多いですね.この -son を取り除いても,名 (first name) として通用するものが多いので,この -son には何かありそうです.皆さんすでにお気づきのように,この -son は「息子」の son と同語源です.これはどういうことかといえば,例えばいまだ姓をもたない身分だった John 氏が,あるとき,独自の姓を設けて新しい家系を築こうと思ったとき,自分の息子や孫息子へと男系で継いでいくべき家柄の名前をつけるにあたって,自分の名前を冠して Johnson などとすることは,ありそうなことです.このような名付けを父称 (patronymy) といいます.
 しかし,驚くことに -son による父称は英語本来のものではありませんでした.また,英語以外でも父称は中世ヨーロッパ社会(そしてそれ以外でも)の諸言語で広く行なわれていました.では,音声解説をお聴きください.



 父称の話題については,##1673,1937の記事セットをどうぞ.人名 (personal_name) の言語学は,その言語文化の歴史をみごとに映し出します.実におもしろい話題です.

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2020-12-14 Mon

#4249. 固有名詞(学)とその特徴 [onomastics][toponymy][toponym][personal_name][patronymy]

 固有名詞学 (onomastics) と関連して,本ブログでは地名 (toponym) や人名 (personal_name) の話題を様々に取り上げてきた.一般語と異なり,固有名詞には特有の性質があり,言語体系においても言語研究においてもその位置づけは特殊である.
 特徴のいくつかについて「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]) や「#2397. 固有名詞の性質と人名・地名」 ([2015-11-19-1]) で論じた.そこで指摘したとりわけ重要な特徴は,固有名詞は意味をもたないということだ.指示対象 (referent) はもつが,意味はもたない.シニフィエなきシニフィアンと述べた所以だ.言語の内部にありながら外部性を体現しているという特徴も,言語学で扱う際に注意を要する.
 ほかに固有名詞には,一般語にはみられない音変化や形態変化をしばしばたどるという性質がある.逆もまた然りで,一般語において生じた形式上の変化から免れていることも多い.この辺りの話題については,「#1184. 固有名詞化 (1)」 ([2012-07-24-1]),「#1185. 固有名詞化 (2)」 ([2012-07-25-1]) を参照されたい.
 固有名詞学の分野をわかりやすく導入してくれているのが,Hough である.とりわけそのイントロが固有名詞(学)の諸特徴をみごとに要約していてすばらしい (213) .

Onomastics is the study of names, its two main branches being toponymy (the study of place-names) and anthroponymy (the study of people's names). Traditionally regarded as a sub-class of nouns having reference but no sense, names occupy a special position within language in that they can be used without understanding of semantic content. Partly for this reason, they tend to have a high survival rate, outlasting changes and developments in the lexicon, and easily being taken over by new groups of speakers in situations of language contact. Since most names originate as descriptive phrases, they preserve evidence for early lexis, often within areas of vocabulary sparsely represented in other sources. Many place-names, and some surnames, are still associated with their place of origin, so the data also contribute to the identification of dialectal isoglosses. Moreover, since names are generally coined in speech rather than in writing, they testify to a colloquial register of language as opposed to the more formal registers characteristic of documentary records and literary texts. Much research has been directed towards establishing the etymologies of names whose origins are no longer transparent, using a standard methodology whereby a comprehensive collection of early spellings is assembled for each name in order to trace its historical development. These spellings themselves can then be used to reveal morphological and phonological changes over the course of time, often illustrating trends in non-onomastic as well as onomastic language. The relationship between the two is not always straightforward, however, since the factors pertaining to the formation and transmission of names are in some respects unique.


 固有名詞は,書き言葉ではなく話し言葉(特に口語)の要素を多分に含んでいるという指摘は,なるほどと思った.一方,幾層もの言語接触や言語変化の歴史をくぐりぬけ,古形を残存させていることがあるというのも,固有名詞の一筋縄ではいかない性質を物語っている.方言区分に貢献することがあるとも述べられているが,これについては「#3453. ノルマン征服がイングランドの地名に与えた影響」 ([2018-10-10-1]) で取り上げたケースが具体例となろう.

 ・ Hough, Carole. "Linguistic Levels: Onomastics." Chapter 14 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 212--23.

Referrer (Inside): [2022-03-22-1]

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2020-10-26 Mon

#4200. Hoosier --- インディアナ州民のニックネーム [onomastics][personal_name][ame][slang][etymology][oed][etymology][pc][coha]

 本年度の後期もオンライン授業が続いているが,先月のゼミ合宿で行なった即興英語史コンテンツ作成のイベント(cf. 「#4162. taboo --- 南太平洋発、人類史上最強のパスワード」 ([2020-09-18-1]))が苦しくも楽しかったので,学生と一緒にもう一度やってみた.その場で英単語を1つランダムに割り当てられ,それについて OED を用いて90分間で「何か」を書くという苦行.今回は,標題の未知の単語を振られ,見た瞬間に茫然自失.死にものぐるいの90分だった.その成果を,こちらに掲載.




 古今東西,ある国や地域の住民に軽蔑(ときに愛情)をこめたニックネームを付けるということは,広く行なわれてきた.とりわけ付き合いの多い近隣の者たちが,茶化して名前を付けるケースが多い.しかし,たとえ当初は侮蔑的なニュアンスを伴うネーミングだったとしても,言われた側も反骨と寛容とユーモアの精神でそれを受け入れ,自他ともに用いる呼称として定着することも少なくない.
 最も有名なのはアメリカ人を指す Yankee だろう.語源は諸説あるが,John に相当するオランダ語に指小辞を付した Janke が起源ではではないかといわれている.ニューヨーク(かつてオランダ植民地で「ニューアムステルダム」と称された)のオランダ移民たちが,コネチカットのイギリス移民を「ジョン坊主」と呼んで嘲ったことにちなむという説だ.
 Yankee ほど有名でもなく,由来もはっきりしない類例の1つとして,米国インディアナ州の住民につけられたニックネームがある.標題の Hoosier だ.OED によると,Hoosier, n. /huːʒiə/ と見出しが立てられており,(予想される通り)アメリカ英語で使用される名詞である.語義が2つみつかる.いくつかの例文とともに示そう.

1. A nickname for: a native or inhabitant of the state of Indiana.

 ・ 1826 in Chicago Tribune (1949) 2 June 20/3 The Indiana hoosiers that came out last fall is settled from 2 to 4 milds of us.
 ・ 1834 Knickerbocker 3 441 They smiled at my inquiry, and said it was among the 'hoosiers' of Indiana.
 ・ . . . .

2. An inexperienced, awkward, or unsophisticated person.

 ・ 1846 J. Gregg Diary 22 Aug. (1941) I. 212 Old King is one of the most perfect samples of a Hoosier Texan I have met with. Fat, chubby, ignorant, and loquacious as Sancho Panza..we could believe nothing he said.
 ・ 1857 E. L. Godkin in R. Ogden Life & Lett. E. L. Godkin (1907) I. 157 The mere 'cracker' or 'hoosier', as the poor [southern] whites are termed.
 ・ . . . .


 第1語義は「インディアナ州の住民」,第2語義は「世間知らずの垢抜けない田舎者」ほどである.上述の通り,軽蔑の色彩のこもった小馬鹿にするような呼称であることが感じられるだろう.初出は19世紀の前半とみられる.
 語源に関しては OED に "Origin unknown" (語源不詳)とあり,残念な限りなのだが,ここで諦めるわけにはいかない.米国のことであれば,OED よりも情報量の豊富なはずの,百科辞典的な特色を備える The American Heritage Dictionary of the English Language に頼ればよい.早速当たってみると,しめしめ,1つの説が紹介されていた.その概要を解説しよう.
 語源は闇に包まれているが,イングランドのカンバーランド方言で19世紀に「とてつもなく大きいもの」を意味する hoozer という訛語が文証される.これが変形した形で米国に持ち込まれたのが Hoosier ではないかという説だ.一方,後者の初出年である1826年よりも後のことではあるが,Dictionary of Americanisms には "a big, burly, uncouth specimen or individual; a frontiersman, countryman, rustic",要するに「田舎者の大男」の語義で現われていることが確認され,OED の第2語義にぴったり通じる.
 実際,19世紀前半は Hoosier を含め米国各州の住民に次々と侮蔑的なニックネームがつけられた時代である.インディアナ州についても,おそらく近隣州の住民などが名付けの奇想を練っていたのだろう.詳しいルートこそ分からないが,そこへ Hoosier (田舎者の大男)がスルッと入り込んだようだ.テキサス州民の Beetheads (ビート頭),アラバマ州民の Lizards (トカゲ),ネブラスカ州民の Bugeaters (虫食い野郎),そしてミズーリ州民の Pukes (へど)などの名(迷)悪言が生まれたが,これらに比べれば Hoosier はひどい方ではない.
 昨今は PC (= political correctness) の時代である.特定の国であれ地域であれ,そこの住民を侮蔑的なニュアンスを帯びた名前で呼ぶ慣習は,下火になりつつある.地域のスポーツチームのニックネームとして,ノースカロライナ州の Tarheels (ヤニの踵)やオハイオ州の Buckeyes (トチノキ)などに残る以外には用いられなくなってきている.
 試しに Corpus of Historical American English により "[Hoosier]" として検索してみると,1870年代から1920年代にかけて浮き沈みはありつつも相対的に多く用いられていたようだが,20世紀後半にかけては低調である.

Hoosier by COHA

 ただし,国民・地域住民への侮蔑的なあだ名が忌避されるようになってきているとはいえ,「公には」という限定つきである.実際には,そこいらの街角で,日々のおしゃべりのなかで,からかいの言葉は使われ続けるものである.憎まれっ子が世にはばかるように,憎まれ語も実はアンダーグラウンドで世にはばかっているのである.

 ・ The American Heritage Dictionary of the English Language. 4th ed. Boston: Houghton Mifflin, 2006.
 ・ Corpus of Historical American English. Available online at https://www.english-corpora.org/coha/. Accessed 20 October 2020.
 ・ The Oxford English Dictionary Online. Oxford: Oxford University Press, 2020. Available online at http://www.oed.com/. Accessed 20 October 2020.

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2020-01-03 Fri

#3903. ゲルマン名の atheling, edelweiss, Heidi, Alice [anglo-saxon][oe][onomastics][personal_name][etymology][german][patronymy]

 昨日の記事「#3902. 純アングロサクソン名の Edward, Edgar, Edmond, Edwin」 ([2020-01-02-1]) に引き続き,人名の話題.以下,主として梅田 (13) より.
 標題の単語や人名はいずれも語源素として「高貴な」を意味する WGmc *aþilja にさかのぼる.その古英語の反映形 æþel(e) (高貴な)は重要な語であり,これに父称 (patronymy) を作る接尾辞 -ing を付した æþeling は,現在でも atheling (王子,貴族)として残っている.
 æþel は,アングロサクソン王朝の諸王の名前にも多く確認される.「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) を一瞥するだけでも,Ethelwulf, Ethelbald, Ethelbert, Ethelred, Athelstan などの名前が挙がる.しかし,昨日の記事でも述べたように,ノルマン征服後,これらの名前は衰退していき,現代では見る影もない.
 ところで,ドイツ語で「高貴な」に対応する語は edel であり,「貴族」は Adel である.edelweiss (エーデルワイス)は「高貴なる白」を意味するアルプスの植物だ.形容詞に名詞化語尾をつけた形態が Adelheid であり,古高地ドイツ語の Adalheidis にさかのぼる.これは女性名ともなり,その省略された愛称形が Heidi となる.アニメの名作『アルプスの少女ハイジ』で,厳しい執事のロッテンマイヤーさんは,ハイジのことを省略せずにアーデルハイドと呼んでいる.なお,オーストラリアの South Australia 州の州都 Adelaide は,このドイツ語名がフランス語経由で英語に取り込まれたものである.
 一方,Adalheidis は,フランス語に取り込まれるに及び,短縮・変形したバージョンも現われた.AlalizA(a)liz である.これが中英語に借用されて Alyse や,近現代の Alice となった.もう1つの女性名 Alison は,フランス語で Alice に指小辞が付されたものである.
 「王子」「エーデルワイス」「ハイジ」「アリス」が関係者だったというのは,なかなかおもしろい.

 ・ 梅田 修 『英語の語源事典』 大修館書店,1990年.

Referrer (Inside): [2021-05-12-1]

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2020-01-02 Thu

#3902. 純アングロサクソン名の Edward, Edgar, Edmond, Edwin [anglo-saxon][oe][onomastics][personal_name][etymology][norman_conquest]

 「#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ」 ([2015-10-17-1]) でみたように,古英語期,すなわち1066年のノルマン征服より前の時代には当たり前のようにイングランドで用いられていたアングロサクソン人名の多くが,征服後に一気に衰退した.標題の名前は,生き残った純正アングロサクソン男性名の代表例である(「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) よりアングロサクソン諸王の名前を確認されたい).
 いずれも複合語であり,第1要素に Ed- がみえる.これは古英語の名詞 ēad (riches, prosperity, good, fortune, happiness) を反映したものである(すでに廃語).「裕福」という縁起のよい意味だから人名には多用された.Edwardēad + weard (guardian) ということで「富を守る者」が原義である.Edgarēad + gār (spear) ということで「富裕な槍持ち」といったところか.Edmond/Edmundēad + mund (protection) ということで「富貴の守り手」ほどの意となる(この第2要素は Raymond, Richmond にもみられる).Edwineēad + wine (friend) ということで「富の友」である(この第2要素は Baldwin にもみられる).
 なお Edith は女性名となるが,第1要素はやはり ēad である.これに gūþ (war) が複合(および少し変形)した,勇ましい名前ということになる.
 現代に生き残るこのような純アングロサクソン名(残念ながら多くはない)を利用して,古英語の単語や語源について学ぶのもおもしろい.

Referrer (Inside): [2021-10-03-1] [2020-01-03-1]

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2019-08-11 Sun

#3758. 英語の男性名 John (2) [onomastics][etymology][personal_name][hebrew]

 [2018-09-20-1]の記事に引き続き,絶大な人気を誇る英語の男性名 John について.
 John は,歴史的には最も人気の高い男性名と思われる.1620年に新大陸へ航海したメイフラワー号 (the Mayflower) には102名が乗っており,そのうち73名が男性だったが,そのうちの約2割に相当する15名までもが,この名前をもっていた.先立つ中世には,25%の男性がこの名前を帯びていたという統計すらある.現代でも John F. Kennedy, John Lennon, John Travolta など人気は衰えていない.男性の代表であるから,Honest John (まっ正直な男)という表現もあるほどだ.
 人気の背景には,語源である洗礼者ヨハネにあやかりたいという思いがあるわけだが,ほかにも語形上 Jesus (イエス;ヘブライ語のイェシュア Yeshua‘)や Yahweh/Jehovah (ヤハウエ;エホバ)とも関連してくるというから,文字通りに神的な名前である.Ye- 自体がヤハウエを表わすので,この根源的な語根から無数の名前が派生したことになる (ex. Joseph, Jonathan) .
 英語 John に対応するのは,スコットランド・ゲール語 Sean, アイルランド語 Sean/Shane, フランス語 Jean, イタリア語 Giovanni, スペイン語 Juan, ドイツ語 Johann, Jan, Hans, ハンガリー語 János, ロシア語 Ivan である.女性形も Joanna, Joana, Joanne, Joan, Jeanne, Jeannette, Janet など様々だ.
 以上,梅田 (42--55) を参照して執筆した.

 ・ 梅田 修 『世界人名物語』 講談社〈講談社学術文庫〉,2012年.

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2019-08-04 Sun

#3751. 人名・地名のケルト語要素 [onomastics][toponymy][personal_name][celtic][etymology][caedmon]

 「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1]),「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]),「#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ」 ([2019-08-02-1]),「#3750. ケルト諸語からの借用語 (2)」 ([2019-08-03-1]) などで英語における一般的なケルト借用語に焦点を当ててきたが,人名・地名などの固有名詞におけるケルト語要素についても,Durkin (81--82) にしたがって状況を覗いてみよう.
 まず,人名について.古英語詩で有名な Cædmon の名前が真っ先に挙がる(「#2898. Caedmon's Hymn」 ([2017-04-03-1]) を参照).続いて,ウェストサクソン王国の諸王や貴族の名前で Ċerdiċ, Ċeawlin, Ċeadda, Ċeadwalla, Ċedd, Cumbra が見つかる.残念ながら,これらの意味については定説がない.
 地名については人名よりも豊富な証拠があり,ケルト語要素を同定しやすいが,だからといって問題は簡単ではないようだ.その地理的な分布は,「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1]) でみたように北部や西部に偏っている.Thames, Severn, Trent などの河川名は(前)ケルト語要素として同定しやすいものが多い (see 「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」 ([2012-07-28-1])) .
 Kent がケルト語要素を保っているのは,その位置(ブリテン島の南東部)を考えるとやや奇異に思えるが,これはアングロサクソン人のブリテン島渡来以前から知られていた地名だったからだろう.Chevening, Chattenden, Chatham, Dover, Reculver, Richborough, Sarr, Thanet などもケルト語(あるいは前ケルト語)要素を保持している.
 他の関連する話題として,「#1736. イギリス州名の由来」 ([2014-01-27-1]) と「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) も参照.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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