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methodology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-19 09:34

2024-04-18 Thu

#5470. 中英語における職業を表わす by-name の取り扱い [onomastics][personal_name][name_project][methodology][emode][by-name][latin][french][med][evidence][loan_word]

 「#5452. 英語人名史における by-namefamily name の違い」 ([2024-03-31-1]) などで取り上げてきた,英語人名を構成する by-name の歴史研究について.初期中英語期に by-name を付ける慣習が徐々に発達していたとき,典型的な名付けのパターンの1つが職業名 (occupational terms) を利用するものだった.この方面の研究は,尽くされてはいないものの,それなりに知見の蓄積がある.Clark (294--95) は,カンタベリーにおける by-name を調査した論文のなかで,文証された by-name の解釈にまつわる難題に触れている.証拠をそのまま信じることは必ずしもできない理由が多々あるという.

The simplest of these Canterbury surnames offer supplementary records, mainly antedatings, of straightforward occupational terms. Yet all is not wholly straightforward. To begin with, we cannot be sure whether the occupational terms used in administrative documents were in fact all current as surnames, that is, in daily use among neighbours, or whether some were supplied by the scribes as formal specifiers, just as occupations and addresses are in legal documents of the present day. Nor can we be sure in what form neighbours would have used such terms as they did. With those examples that are latinized --- a proportion varying in the present material from three-quarters to nine-tenths --- scribal intervention is patent, although sometimes reconstruction of the vernacular base seems easy (such forms, and other speculative cases, are cited in square brackets). With those given in a French form matters are more complex. On the one hand, scribes had a general bias away from English and towards French, as though the latter were, as has been said, 'a sort of ignoble substitute for Latin'; therefore, use of a French occupational term guarantees neither its currency in the English speech of the time nor, alternatively, any currency of French outside the scriptorium: in so far as such terms appear neither in literary sources nor as modern surnames MED is justified in excluding them. On the other hand, many 'French' terms were adopted into English very early; use of these would by no means imply currency of French as such, either in the community at large or in the scriptorium itself.


 証拠解釈が難題である背景は多様だが,とりわけラテン語やフランス語が関わってくる状況が厄介である.この時代の税金名簿などに記されている人名はラテン語化されているものが多く,英語名はその陰に隠されてしまっている.また,フランス語で書かれていることも多く,問題の職業名そのものがフランス語由来の場合,それがすでに英語に同化している単語なのか,それともフランス単語のままなのかの判断も難しい.
 職業を表わす by-name は,そもそも文献学的に扱いにくい素材なのである.そして,これは職業を表わす by-name に限らず,中英語の固有名全般に関わる厄介な事情でもある.

 ・ Clark, Cecily. "Some Early Canterbury Surnames." English Studies 57.4 (1976): 204--309.

Referrer (Inside): [2024-04-19-1]

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2023-12-04 Mon

#5334. 英語名前学を志す学徒に Cecily Clark より悲報!? [onomastics][oe][name_project][toponymy][personal_name][evidence][philology][methodology]

 今年の夏に立ち上げた「名前プロジェクト」 (name_project) の一環として,名前学 (onomastic) の文献を読む機会が多くなっている.ここ数日の hellog 記事でも,Clark を参照して古英語の名前学に関する話題をお届けしてきた.
 この Clark の論文の最後の段落が強烈である.英語名前学を研究しようと思ったら,これだけの知識と覚悟がいる,という本当のこと(=厳しいこと)を畳みかけてくるのだ.せっかくここまで読んできて英語名前学への関心を焚きつけられた読者が,この最後のくだりを目にして「やーめた」とならないかと,こちらがヒヤヒヤするほどである.

Because lack of context makes name-etymology especially speculative, any opinion proffered in a survey or a name-dictionary must be considered critically, as basis for further investigation rather than as definitive statement. Anyone wishing to pursue historical name-studies of either sort seriously must, in addition to becoming conversant with the philology of the relevant medieval languages, be able to read Medieval Latin as well as modern French and German. Assessing and interpreting the administrative records that form the main course-material is the essential first step in any onomastic study, and requires understanding of palaeographical and diplomatic techniques; competence in numismatics may on occasion also be needed. Onomastic analysis itself involves not only political, social and cultural history but also, when place-names are concerned, a grasp of cartography, geology, archaeology and agrarian development. Any student suitably trained and equipped will find great scope for making original contributions to this field of study.


 博覧強記のスーパーマンでないと英語名前学の研究は務まらない!?

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

Referrer (Inside): [2023-12-17-1]

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2023-10-11 Wed

#5280. 本年度も大学院生とデジタル資料を用いた研究の功罪について議論しました [methodology][corpus]

 年に一度,人文系研究のためのデジタル資料の扱い方について大学院生と議論する機会があります.昨年度の議論の経緯は,以下の記事で報告しました.

 ・ 「#4915. 英語史のデジタル資料 --- 大学院のデジタル・ヒューマニティーズ入門講義より」 ([2022-10-11-1])
 ・ 「#4916. デジタル資料を用いた研究の功罪について議論しました」 ([2022-10-12-1])

 先日,今年度も改めて同じ趣旨で議論する機会を得ました.参加者の大学院生は昨年度とは異なるメンバーで,それぞれ人文系の様々な分野に所属しています.まず私自身が英語史を専攻していることもあり英語史分野におけるデジタル資料の利用とその課題について概要をお話しました.その上で,各大学院生に,自身の分野に引きつけてデジタル資料の利用法について顧みてもらい,その功罪を箇条書きで挙げてもらいました.おもしろい見解がたくさん出てきましたので,以下に列挙し,本ブログ読者の皆さんと共有したいと思います.



 功:地理的に閲覧が難しい史料を扱えるようになった
 罪:デジタル化されている史資料のみを扱う傾向が加速する
 罪:デジタル化が進んでいる地域の言語のみで研究が発達し,言語帝国主義が加速する
 罪:物質的に書いてある文字を画像にスキャンする際に失われてしまう情報がある(インクの染みなのか句読点なのかがわかりにくい,透かしのデザインに気が付かないなど)
 功:デジタル化される際に何らかのフォーマットで統一されるため,データ同士の参照がしやすくなった
 功:1人の手作業では絶対にできなかった研究が容易にできるようになった
 罪:逆引き辞典により,古典語の実際の学習効率が落ちている(自分で覚えようという気にならない).また,逆引きの間違いに気づかない.
 罪:地域によっては,資料のデジタル化のばらつきが激しい
 功:言語哲学においてコーパスの使用により実証的な概念分析ができるようになった
 罪:デジタル化されている資料とそうでない資料の間の参照される度合いに格差が生じてしまった
 罪:研究に要求される調査範囲が,デジタル化で際限なく拡大してしまった
 罪:データを収集する際に,サービス提供側のルールが急に変わったりすることがある(例:X(旧Twitter)ツイートの収集)
 功:特定の言葉について長い期間で意味の変化を追うことができるようになった
 罪:実物資料から読み解けることに対する理解が乏しくなる可能性がある
 罪:あまり質の良くない論文(査読無し)も見つかる
 罪:提供されているデータの範囲や性質について考えずに使っても,一見それなりの結果を出せてしまうので,研究の目的から見たときのデータの妥当性について考えない場合も出てきてしまう(研究する側の問題ですが)
 罪:データ閲覧に端末の種類,スペックに制限がある
 功:量的分析に取り組みやすくなる
 罪:質的分析の方が適切な場合でも,量的分析を選びがちになってしまうおそれがある
 功:書籍の中の語句を検索できることにより,参照したい箇所をすぐに見つけられるようになった
 功:時期やテーマと言った研究範囲を指定しやすくなった
 罪:デジタル化される際に行われた編集作業を把握するのが難しいため,本来の資料と編集者の意図が一体化してしまう
 罪:参照すべきと思わせる文献が増えた
 功:情報がリンク化されていれば,素早くアクセスできる.
 罪:出てくるデータ量が大きすぎて事後処理に時間がかかるようになってしまった
 功:API を用いて大規模なデータの取得ができるようになった
 功:逆引き辞典により,古典語学習初期段階から読める一次史料が増える
 功:臨床群等の貴重なデータを使用することができる
 功:3Dスキャンによって,実物資料にアクセスしなくても資料閲覧ができるようになった.
 功:作品における一つの言葉について注目し研究したい場合,検索をかけることで簡単に調べられる(一作品において特定の単語が何回使用されたか等)
 罪:用例や言葉が多すぎて,調べた結果をまとめるだけでも,時間がかかる
 功:提供されるデジタル化された文献に関連する文献を探しやすくなった
 功:ファンダム研究において,ブログなどのSNSにより,ファンの声が記録でき,貴重なデータベースである
 功:デジタル化により資料の共有・二時配布が容易になった(著作権侵害も容易になりこれは罪でもある)
 功:一般人でも一次史料にアクセスできるようになった
 罪:コーパスで調べても,当時の具体的な意味については同時代の史料を読む必要があり,便利になったとは言い切れない
 罪:捏造,やらせ,デマを飛ばすような信ぴょう性の低い内容もデータになってしまう
 罪:アーカイブ調査では,資料同士の物理的な距離感を知ることから得られる情報もあるため,個々人がデジタル化されたもののうち必要な箇所だけを見ることで「資料間の距離感」が失われるのではないか




 全38件中,功18件に対して罪20件となりました.思いのほか罪がよく挙がるのは昨年も同様でした.私自身も思い当たるところがありますが,このお題を示されると,問題意識が呼び覚まされるのかもしれません.非常に気づきの多いブレストでした.

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2023-09-10 Sun

#5249. 川端朋広先生と現代英語の言語変化をいかに研究するかについて対談しました [voicy][heldio][review][corpus][pde][syntax][philology][methodology][link]


秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.



 『近代英語における文法的・構文的変化』が,6月に開拓社より出版されています.15--20世紀の英文法およびその変化が実証的に記述されています.本書のユニークな点は,6名の研究者の各々が各世紀の言語事情を定点観測的に調査していることです.個々の章を読むのもよいですし,ある項目に注目して章をまたいで読むのもよいと思います.
 本書については,本ブログ,Voicy heldio,YouTube で様々にご紹介してきました.昨日の heldio では川端朋広先生(愛知大学)との対談回の第2弾「#831. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (2)」を配信しました.今回は,現代英語の言語変化を研究する際の難しさ,悩み,魅力などに注目し,最終的には研究法をめぐる談義に発展しました.35分ほどの音声となります.お時間のあるときにどうぞ.



 こちらの回をもって,本書紹介シリーズが出そろったことになります.改めてこれまでの関連コンテンツへのリンクを張っておきます.著者の先生方の声を聴きつつ本書を読んでいくというのも,一つの味わい方かと思います.



 ・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」

 ・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
 ・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
 ・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
 ・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
 ・ hellog 「#5208. 田辺春美先生と17世紀の英文法について対談しました」 ([2023-07-31-1])
 ・ hellog 「#5224. 中山匡美先生と19世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-16-1])
 ・ hellog 「#5235. 片見彰夫先生と15世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-27-1])
 ・ hellog 「#5242. 川端朋広先生と20世紀の英文法について対談しました」 ([2023-09-03-1])
 ・ hellog 「#5249. 川端朋広先生と現代英語の言語変化をいかに研究するかについて対談しました」 ([2023-09-09-1])

 ・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
 ・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
 ・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
 ・ heldio 「#806. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 中山匡美先生との対談」
 ・ heldio 「#824. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (1)」
 ・ heldio 「#831. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (2)」
 ・ heldio 「#837. 18世紀の英語の文法変化 --- 秋元実治先生との対談」(←こちらは 2023/09/15(Fri) の後記)




 ・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.

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2023-08-19 Sat

#5227. 古英語の名前研究のための原資料 [oe][anglo-saxon][onomastics][evidence][philology][methodology][name_project][domesday_book]

 連日の記事「#5225. アングロサクソン人名の構成要素 (2)」 ([2023-08-17-1]),「#5226. アングロサクソン人名の名付けの背景にある2つの動機づけ」 ([2023-08-18-1]) で引用・参照してきた Clark (453) より,そもそも古英語の名前研究 (onomastics) の原資料 (source-materials) にはどのようなものがあるのかを確認しておきたい.

The sources for early name-forms, of people and of places alike, are, in terms of the conventional disciplines, ones more often associated with 'History' than with 'English Studies': they range from chronicles through Latinised administrative records to inscriptions, monumental and other. Not only that: the aims and therefore also the findings of name-study are at least as often oriented towards socio-cultural or politico-economic history as towards linguistics. This all goes to emphasise how artificial the conventional distinctions are between the various fields of study.
   Thus, onomastic sources for the OE period include: chronicles, Latin and vernacular; libri vitae; inscriptions and coin-legends; charters, wills, writs and other business-records; and above all Domesday Book. Not only each type of source but each individual piece demands separate evaluation.


 伝統的な古英語の文献学的研究とは少々異なる視点が認められ,興味深い.とはいえ,文献学的研究から大きく外れているわけでもない.文献学でも引用内で列挙されている原資料はいずれも重要なものだし,引用の最後にあるように "each individual piece" の価値を探るという点も共通する.ただし,固有名は一般の単語よりも同定が難しいため,余計に慎重を要するという事情はありそうだ.
 原資料をめぐる問題については以下の記事を参照.

 ・ 「#1264. 歴史言語学の限界と,その克服への道」 ([2012-10-12-1])
 ・ 「#2865. 生き残りやすい言語証拠,消えやすい言語証拠――化石生成学からのヒント」 ([2017-03-01-1])
 ・ 「#1051. 英語史研究の対象となる資料 (1)」 ([2012-03-13-1])
 ・ 「#1052. 英語史研究の対象となる資料 (2)」 ([2012-03-14-1])

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

Referrer (Inside): [2023-08-24-1]

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2023-08-04 Fri

#5212. 地名学者はなぜフィールドワークをするのか? [onomastics][toponymy][methodology]

 地名学者 (toponymist) は机に向かって研究することが多いという.昨今は Google Earth や3次元モデリングの地図ソフトなどを利用するコンピュータ上の作業も多くなっているようだ.一方,フィールドワークという実地検分も欠かせないという.
 スコットランドの地名を研究している Simon Taylor という地名学者が,固有名詞学に関するハンドブックのなかの1節で,フィールドワークについて次のように書いている.地名学者の生態が垣間見える良い話しだなと思ったので引用しておきたい.

There is much in the life and work of the toponymist which involves sitting at a desk, whether at home, in a library, or in an archive. Equally, there are aspects essential to the work which involve 'getting out and about'; for the purposes not just of interrogating those who live in a landscape, as in the collection of oral material, but of interrogating the landscape itself. There are many cases in which the landscape offers the key to the interpretation of a name. Ambiguity and doubt abound especially in the interpretation of names which have been mediated by a language or languages different from the one in which they were originally coined, and it is often only a careful consideration of the physical landscape, past and present, which can offer any chance of certainty. While some of this can be done through maps, and with the recently available online resources such as Google Earth and the 3D modelling of maps in such programs as Fugawi UK, there is, for the foreseeable future at least, no substitute for being in and moving through the actual landscape.

Even in cases in which there is little or no doubt concerning a given element, a detailed engagement with the landscape can shed much light on the precise definition and application of the element involved, bringing us closer to the mindset and motivations of the original name-givers. (Taylor 75)


 なるほど,時間は隔たっているとしても,空間を共有すれば,かつての名付けの動機つけなどについて何かインスピレーションを得られるかもしれないということなのだろう.これは,歴史に関連する分野であれば,地名に限らずどんな対象についても言えることかもしれない.昨今は家にいながらにしてできることが増えてきたのも確かだが,そんなことばかり言っていないで外に繰り出そう!

 ・ Taylor, Simon. "Methodologies in Place-name Research." Chapter 5 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 69--86.

Referrer (Inside): [2023-08-10-1]

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2023-02-11 Sat

#5038. 語用論の学際性 [pragmatics][linguistics][sociolinguistics][philosophy_of_language][psycholinguistics][ethnography_of_speaking][anthropology][politics][history_of_linguistics][methodology][toc]

 「#5036. 語用論の3つの柱 --- 『語用論の基礎を理解する 改訂版』より」 ([2023-02-09-1]) で紹介した Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』(開拓社,2022年)の序章では,語用論 (pragmatics) が学際的な分野であることが強調されている (4--5) .

 このことは,語用論が「社会言語学や何々言語学」だけでなく,言語学のその他の伝統的な下位分野にとって,ヤン=オラ・オーストマン (Jan-Ola Östman) (1988: 28) が言うところの,「包括的な」機能を果たしていることを暗に意味する.Mey (1994: 3268) が述べているように,「語用論の研究課題はもっぱら意味論,統語論,音韻論の分野に限定されるというわけではない.語用論は…厳密に境界が区切られている研究領域というよりは,互いに関係する問題の集まりを定義する」.語用論は,彼らの状況,行動,文化,社会,政治の文脈に埋め込まれた言語使用者の視点から,特定の研究課題や関心に応じて様々な種類の方法論や学際的なアプローチを使い,言語とその有意味な使用について研究する学問である.
 学際性の問題により我々は,1970年代が言語学において「語用論的転回」がなされた10年間であったという主張に戻ることになる.〔中略〕この学問分野の核となる諸領域を考えてみると,言語語用論は哲学,心理学,動物行動学,エスノグラフィー,社会学,政治学などの他の学問分野と関連を持つとともにそれらの学問分野にその先駆的形態があることに気づく.
 本書では,語用論が言語学の中における本質的に学際的な分野であるだけでなく,社会的行動への基本的な関心を共有する人文科学の中にあるかなり広範囲の様々な分野を結びつけ,それらと相互に影響し合う「分野横断的な学問」であることが示されるであろう.この関心が「語用論の根幹は社会的行動としての言語の記述である」 (Clift et al. 2009: 509) という確信を基礎とした本書のライトモチーフの1つを構成する.


 6つの隣接分野の名前が繰り返し挙げられているが,実際のところ各分野が本書の章立てに反映されている.

 ・ 第1章 語用論と哲学 --- われわれは言語を使用するとき,何を行い,実際に何を意味するのか(言語行為論と会話の含みの理論) ---
 ・ 第2章 語用論と心理学 --- 直示指示とジェスチャー ---
 ・ 第3章 語用論と人間行動学 --- コミュニケーション行動の生物学的基盤 ---
 ・ 第4章 語用論とエスノグラフィー --- 言語,文化,認知のインターフェース ---
 ・ 第5章 語用論と社会学 --- 日常における社会的相互行為 ---
 ・ 第6章 語用論と政治 --- 言語,社会階級,人種と教育,言語イデオロギー ---

 言語学的語用論をもっと狭く捉える学派もあるが,著者 Senft が目指すその射程は目が回ってしまうほどに広い.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.

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2023-01-23 Mon

#5019. 辞書比較の前に押さえておきたいこと [dictionary][genius6][lexicography][methodology][voicy][heldio][masanyan][aokikun]

 昨日の記事「#5018. khelf メンバーと4人でジェンダーとコロナ禍周りのキーワードで『ジーニアス英和辞典』の版比較 in Voicy」 ([2023-01-22-1]) で紹介しましたが,6つの版を縦に比較した Voicy 放送「#600. 『ジーニアス英和辞典』の版比較 --- 英語とジェンダーの現代史」が,嬉しいことに多く聴かれています.ちょっとした khelf(慶應英語史フォーラム)企画というつもりでの収録でしたが,辞書比較のおもしろさが伝わったようであれば嬉しいです.



 今回は身近な語句で辞書の版比較を導入しておもしろさを感じていただくという趣旨でしたが,辞書の版違いを用いるという手法は,現代英語の本格的な通時的研究にも利用できます.英和辞書でも英英辞書でも,「売れ筋」系の老舗辞書であれば,おおよそ定期的に新版が出版されています.例えば老舗でポピュラーな The Concise Oxford Dictionary のシリーズ(最新は12版)を利用すれば,優に100年を超える通時的な観察が可能です.Webster 系の辞書などでは,約200年にわたる英語の記述を追いかけることもできます.私自身も複数の辞書の異なる版を比較して英語史研究を行なってきました.例えば以下の論文では,ひたすら辞書を比較しています.

 ・ Hotta, Ryuichi. "Thesauri or Thesauruses? A Diachronic Distribution of Plural Forms for Latin-Derived Nouns Ending in -us." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 106 (2010): 117--36.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of Continuing Lexical Diffusion in Present-Day English." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 110 (2012): 39--63.

 研究手法としてはシンプルで応用が利きやすいように見えますが,注意が必要です.同一シリーズの辞書であっても編纂方針が一貫しているとは限らないからです.辞書作りは,出版社によって,編纂者によって,その時々の言語学の潮流やニーズによって,記述主義と規範主義の間で揺れ動くものだからです.したがって,研究に先立って辞書批評が必要となります.そのために,研究者には辞書学や辞書の歴史に関する素養も必要となってきます.異なるシリーズの辞書を組み合わせて研究する場合には,さらに慎重な事前評価が求められるでしょう.
 今回の『ジーニアス英和辞典』の版比較の heldio 放送は,あくまで導入的なものです.本格的な研究に耐える議論へ発展させようとすれば,同シリーズの辞書の textual criticism が必要となることを強調しておきたいと思います.

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2023-01-22 Sun

#5018. khelf メンバーと4人でジェンダーとコロナ禍周りのキーワードで『ジーニアス英和辞典』の版比較 in Voicy [dictionary][genius6][gender][covid][voicy][heldio][language_change][sociolinguistics][lexicography][methodology]

 昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 では,khelf(慶應英語史フォーラム)の大学院生メンバー3名とともに「#600. 『ジーニアス英和辞典』の版比較 --- 英語とジェンダーの現代史」をお届けしました.ジェンダーとコロナ禍に関するキーワードについて『ジーニアス英和辞典』の初版から最新の第6版までを引き比べ,英語史を専攻する4人があれやこれやとおしゃべりしています.意外な発見が相次いで,盛り上がる回となりました.30分ほどの長さです.ぜい時間のあるときにお聴きいただければと思います.Voicy のコメント機能により,ご感想などもお寄せいただけますと嬉しいです.



 今回比較した『ジーニアス英和辞典』の6つの版の出版年をまとめておきます.5--8年刻みで,おおよそ定期的に出版されており,1つのシリーズ辞典で英語の記述を通時的に追いかけることが可能となっています.

出版年
G11987年
G21993年
G32001年
G42006年
G52014年
G62022年


 昨年11月に発売開始となった最新版の『ジーニアス英和辞典』第6版については,hellog および heldio で何度か取り上げてきました.以下をご参照ください.

 ・ hellog 「#4892. 今秋出版予定の『ジーニアス英和辞典』第6版の新設コラム「英語史Q&A」の紹介」 ([2022-09-18-1])
 ・ hellog 「#4950. 最近の英語の変化のうねり --- 『ジーニアス英和辞典』第6版のまえがきより」 ([2022-11-15-1])
 ・ hellog 「#4975. 2重目的語を取る動詞,取りそうで取らない動詞」 ([2022-12-10-1])
 ・ heldio 「#532. 『ジーニアス英和辞典』第6版の出版記念に「英語史Q&A」コラムより spring の話しをします」
 ・ heldio 「#557. まさにゃん対談:supply A with B の with って要りますか? --- 『ジーニアス英和辞典』新旧版の比較」

Referrer (Inside): [2023-01-23-1]

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2023-01-02 Mon

#4998. 新著『文献学と英語史研究』が今月中旬に出ます [notice][philology][history_of_linguistics][methodology][youtube][gvs][bunkengaku]

 年末の記事「#4985. 新著が出ます --- 家入 葉子・堀田 隆一 『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.」 ([2022-12-20-1]) で公表しましたが,来たる1月12日以降に新著『文献学と英語史研究』が発売となります.A5版,264ページ,税込3,960円です.すでに Amazon 等で予約可能となっています.

家入 葉子・堀田 隆一『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.



 昨日の元日はたまたま日曜日でしたので,毎週水・日の午後6時に配信している YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の新作動画が夕方に公開されました.第89弾「家入葉子・堀田隆一『文献学と英語史研究』(開拓社、2023年)のご紹介 --- 言語学も同期する中心から周辺へ?」です.こちらで新著『文献学と英語史研究』を紹介していますので,ぜひご覧いただければ幸いです.



 英語史の入門書ではなく英語史研究のガイドブックという趣旨の本です.開拓社の「最新英語学・言語学シリーズ」の第21巻として,シリーズの趣旨に沿って,1980年代以降の英語史研究を振り返り,今後の英語史研究の展望を示す内容となっています.
 直近40年ほどの英語史研究を概括するといっても,コーパス言語学や社会語用論研究の興隆など多くの新機軸が続々と生じた世代ですので,厚さ1.5cmほどの今回の本ではなかなかカバーしきれません.本書では原則として伝統的な言語学の区分に従って,音韻論,綴字,形態論,統語論の分野ごとに個々の「問題」を取り上げ,その問題のどの側面が研究されてきており,どの側面が未解決なのかを整理しています.個々の問題について,なるべく多くの参考文献を付すことを心がけました.
 1例を示します.私が執筆を担当した第3章第6節「大母音推移」では,英語史上よく知られたこの問題が,この数十年間の間にどのように扱われてきて,近年はどのような位置づけにあるのかを,3ページほどの紙幅で概説しています.いくつかのポイントを示します.

 ・ 大母音推移 (gvs) は,従来考えられてきたような一枚岩の音変化ではないことが明らかとなってきており,近年の研究では「大母音推移」と括弧付きで呼ばれることが多くなってきたこと
 ・ この音変化の研究史は長いが,それは Krug (2017) によく要約されていること
 ・ 近年の最も重要な研究として Stenbrenden (2016) が挙げられること
 ・ 「大母音推移」はその前後の関連する諸々の母音変化と合わせて,全体として記述される必要があること
 ・ Ritt (2012) が,「大母音研究」にはリズム等時性や主要クラス語の固定強勢といった韻律的な観点からも考察を加える必要があると主張していること

 本書は,このように英語史上の各問題について論点を整理し,さらなる考察や調査につながる情報を提示することを目指しています.長く英語史研究のお供としていただければ嬉しく存じます.
 執筆者としてはなかなか難産の本でしたので,こうして上梓される運びとなり安堵しています.著者による新著紹介は,note のこちらのページ「新著紹介:家入 葉子・堀田 隆一『文献学と英語史研究』(開拓社,2022年)」からも逐次発信していますので,合わせてご覧ください.

 ・ 家入 葉子・堀田 隆一『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.

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2022-12-20 Tue

#4985. 新著が出ます --- 家入 葉子・堀田 隆一 『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年. [notice][philology][history_of_linguistics][methodology][bunkengaku][toc]

 京都大学の家入葉子先生と堀田の共著となる,英語史研究のハンドブック『文献学と英語史研究』が開拓社より出版されます.発売は新年の1月中旬辺りになりますが,Amazon ではすでに予約可能となっています(A5版,264ページ,税込3,960円).

家入 葉子・堀田 隆一『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.



 本書は,開拓社の最新英語学・言語学シリーズ(全22巻の予定)の第21巻としての位置づけで,それ自体が変化と発展を続けるエキサイティングな分野である「英語史」と「英語文献学」の過去40年ほどの研究動向を振り返りつつ,未来への新たな方向を提案するという趣旨となっています.なお,本書の英文タイトルは Current Trends in English Philology and Historical Linguistics です.
 本書で取り上げている話題は,英語史研究の潮流と展望,資料とデータ,音韻論,綴字,形態論,統語論が主です.英語史分野で研究テーマを探すためのレファレンスとして利用できるほか,通読すれば昨今の英語史分野で何が問題とされ注目されているのかの感覚も得られると思います.本の扉にある【本書の内容】は以下の通りです.

文献資料の電子化が進んだ20世紀の終盤以降は,英語史研究においてもコーパスや各種データベースが標準的に利用されるようになり,英語文献研究は飛躍的な展開を遂げた.英語史研究と現代英語研究が合流して英語学の分野間の連携が進んだのも,この時代の特徴である.本書はこの潮流の変化を捉えながら,音韻論・綴字・形態論・統語論を中心に最新の英語史研究を紹介するとともに,研究に有用な電子的資料についても情報提供する.


 章立ては以下の通りです.章ごとに執筆者は分かれていますが,互いに原稿を交換し検討が加えられています.

 第1章 英語史研究の潮流 (執筆者:家入)
 第2章 英語史研究の資料とデータ (堀田,家入)
 第3章 音韻論・綴字 (堀田)
 第4章 形態論 (堀田)
 第5章 統語論 (家入)
 第6章 英語史研究における今後の展望にかえて (家入)


 家入先生がウェブ上ですでに本書の紹介をされていますので,リンクを張っておきます.

 ・ 研究・授業関連の投稿ページ
 ・ 「コトバと文化のフォーラム - Castlecliffe」のブログ記事

 本書については,今後 hellog や Voicy の「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」などの媒体で情報発信していく予定です.長く参照され続ける本になればと思っています.どうぞよろしくお願いいたします.

 ・ 家入 葉子・堀田 隆一 『文献学と英語史研究』 開拓社,2022年.

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2022-10-30 Sun

#4934. 英語綴字の(不)規則性の考え方 [spelling][orthography][writing][spelling_pronunciation_gap][methodology]

 英単語の綴字はしばしば不規則である,あるいは例外が多いなどと言われるが,この言い方には「規則」が存在するという前提がある.「規則」はあるが,そこから逸脱しているものが多いという理由で「不規則」なのだ,とそのような理屈だろう.
 しかし,それだけ逸脱が多いとすれば,そもそも「規則」と呼んでいたものは,実は規則の名に値しなかったのではないか,という議論にもなり得る.不規則を語るためには規則が同定されなければならないのだが,これが難しい.論者によって立てる規則が異なり得るからだ.
 この問題について Crystal (284) が興味深い解説を与えている.

Regularity implies the existence of a rule which can generate large numbers of words correctly. A rule which works for 500 words is plainly regular; one which works for 100 much less so; and for 50, or 20, or 10, or 5 it becomes progressively less plausible to call it a 'rule' at all. Clearly, there is no easy way of deciding when the regularity of a rule begins. It has been estimated that only about 3 per cent of everyday English words are so irregular that they would have to be learned completely by heart, and that over 80 per cent are spelled according to regular patterns. That leaves some 15 per cent of cases where we could argue the status of their regularity. But given such statistics, the chief conclusion must be that we should not exaggerate the size of the problem, as some supporters of reform are prone to do. Nor minimize it either, for a great deal of confusion is caused by that 3--15 per cent, and some 2 per cent of the literate population never manage to resolve it . . . .


 綴字の問題に限らず,言語における「規則」はおおよそ理論上の構築物であり,その理論の数だけ(不)規則の数もあることになる.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

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2022-10-23 Sun

#4927. 言語学上の様々な区分は方法論上の区分にすぎない [methodology][saussure][linguistics][periodisation]

 言語学には,方法論上の様々な区分や2項対立がある.ソシュール (Ferdinand de Saussure; 1857--1913) の導入したラング (langue) とパロール (parole) ,形式 (form) と実体 (substance) ,共時態 (synchrony) と通時態 (diachrony) などは著名である(cf. 「#3508. ソシュールの対立概念,3種」 ([2018-12-04-1])).
 また,音声学 (phonetics),音韻論 (phonology),形態論 (morphology),統語論 (syntax),意味論 (semantics),語用論 (pragmatics) などの部門も,方法論上の重要な区分である(cf. 「#377. 英語史で話題となりうる分野」 ([2010-05-09-1]),「#378. 語用論は言語理論の基本構成部門か否か」 ([2010-05-10-1]),「#4865. 英語学入門の入門 --- 通信スクーリング「英語学」 Day 1」 ([2022-08-22-1])).
 ほかには,個人と社会,話し手と聞き手,話し言葉と書き言葉など,対立項は挙げ始めればキリがないし,歴史言語学でいえば時代区分 (periodisation) も重要な区分である.
 重要なのは,これらの区分は言語学の方法論・理論上,意図的に設けられたものにすぎないということだ.現実の言語実態はあまりに複雑なため,研究者はそのまま観察したり分析したりすることができない.そこで,便宜上小分けに区分し,区分された一画をじっくり観察・分析するという研究上の戦略を立てるわけである.そして,小分けにした各々の区画についておおよそ明らかになった暁には,それらをブロックのように組み合わせて最終的に言語というものの総体を理解したい.そのよう壮大な戦略に基づいて,あくまで作業上,様々に区分しているのだ.
 この戦略的区分について,古典的英語史 A History of English を著わした Strang が序説に相当する "Synchronic variation and diachronic change" にて,次のように述べている (17) .

Language is human behaviour of immeasurable complexity. Because it is so complex we try to subdivide it for purposes of study; but every subdivision breaks down somewhere, because in practice, in actual usage, language is unified. The levels of phonology, lexis and grammar are interrelated, and so are structure and history. There remains a further dichotomy, implicit in much of our discussion, but not yet looked at in its own right. Language is both individual and social. Acquisition of language takes place in the individual, and we have stressed that he (sic) is an active, even a creative, participant in the process. Yet what he learns from is exposure to the social use of language, and although cases are rare there is reason to think that the individual does not master language if he develops through the relevant stages of infancy without such exposure. And if he does have normal experience of language as a baby the speaker's linguistic creativeness is held on a fairly tight rein by the control of social usage --- he cannot be too idiosyncratic if he is to be understood and accepted. The governing conditions come from society, though executive language acts (speaking, writing, etc.) are made by individuals. Here, too, then, we have not so much a dichotomy as an interplay of factors distinguishable for certain purposes.


 なお,私は様々な言語理論も同様に戦略的区分にすぎないと考えている.言語理論Aは,ある言語現象を説明するのには力を発揮するが,すべての言語現象をきれいに説明することはできない.言語理論B,言語理論Cも然りである.後にそれぞれの得意領域を持ち寄り,言語の総体的な理解につなげたい --- それが言語学の戦略なのだろうと考えている.したがって,どの理論をとっても,それが絶対的に正しいとか,間違いということはないと思っている.

 ・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.

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2022-10-12 Wed

#4916. デジタル資料を用いた研究の功罪について議論しました [methodology][corpus]

 昨日の記事「#4915. 英語史のデジタル資料 --- 大学院のデジタル・ヒューマニティーズ入門講義より」 ([2022-10-11-1]) で紹介しましたが,授業で用いたスライドを公開しています.当該授業では,その8枚目「コーパス研究の功罪」を受けて,広くデジタル資料を用いた研究の功罪について皆で意見を出し合いました.受講者は人文系が大半でしたが,社会系を専攻する学生も少数いました.専門分野によって「デジタル資料」の種類や規模も様々ですが,それぞれの観点から学術研究のDX化に伴う良い点,悪い点をブレストしてもらいました.
 もちろんデジタル資料そのものに功罪があるわけではありません.それを人間である研究者がどのように使いこなすのか,使われてしまうのかという点に功罪があるのだと考えます.ただし,デジタル資料には,研究者を良い方向あるいは悪い方向に誘う麻薬的な力があるのも確かです.
 以下,受講生から出された「功」と「罪」の箇条書きを示します.趣旨として重複するものも多いようです.細かくは整理していませんが,およそ多くの共感を得た意見から順に並んでいます.



 功:現地の図書館に赴かずとも,カラー写真によって写本を確認することが出来るようになった
 罪:データが入手しづらいものは,研究対象に選ばれにくくなる
 罪:紙質や細かな色味などの情報が抜け落ちている
 功:研究の場所や時間に関する拘束が少なくなった
 罪:実寸の大きさを掴みづらくなった
 罪:本のデジタル化は資料保存のために行われていることが多いので,デジタル画像にはアクセスできても現物へのアクセスがしにくくなってしまった.
 罪:データ化するものとしないものを選別する際,選択する側の価値判断が入る
 罪:出てくるデータ量が大きすぎて事後処理に時間がかかるようになってしまった
 功:国外の版本を簡単に閲覧できるようになった
 罪:データで資料を確認できることによって実物への関心が薄れる
 罪:ある一定の需要がない限り,データ化されない
 罪:量的データや咀嚼しやすい情報だけが残っていく(かもしれない)
 罪:変数を変える事で論文を量産できてしまうので,個々の論文をじっくり精査している時間がなくなった
 罪:コーパスでの検索では主に生起数を調べることができるが,その一方で生起数以外の側面に注目しづらくなってしまっている.
 罪:理由があって研究にデジタル資料を使わない場合でも,使わないというだけで悪目立ちするケースがある(「え,使わないんですか?」みたいな)
 罪:(というべきでは無いかもしれませんが),デジタル環境によって多くの情報を知り得る現代の研究では,それらを知っていることが求められる.(知らなかった際の言い訳が効きづらい)
 罪:リファレンスが独仏の大陸系のものよりも,どうしても英米分析系のものに偏る.
 功:統計処理などの手法と相性が良く,比較的容易に客観的な分析を行うことができる.
 罪:かつての研究者が行っていた膨大な資料から例文を抽出作業が簡略化されたことは,研究のために必要な言語感覚の育成に悪影響を及ぼしていることもあるように思う
 罪:デジタル化されたものばかり頼ると,研究結果が偏る可能性がある.
 罪:検索した単語を,前後,もしくは書物全体の文脈から切り離して,理解することが増えた
 罪:OCRでの文字化が可能になったが,AIが必ずしも正しく文字を認識してくれるとは限らないため,最終的には目視による判断が必要となる.
 功:1人の手作業では絶対にできなかった研究が容易にできるようになった
 功:膨大な資料の閲覧のために海外等へ行くことなく,時には自宅から簡単にアクセスできる
 罪:便利な分,貴重さや価値の重みが希薄になった.
 功:異体字や通用字などを考慮した検索システムが充実してきており,検索の漏れが減り,調査が圧倒的に効率的になった
 罪:さまざまな情報源があっても標準化されていないと統合的に探せない,処理できない
 罪:デジタル資料は原資料の背が撮影されていない事が多く,装丁や外装の研究には不向き
 罪:資料を所蔵する施設の中に特定の資料のデジタル化を拒否しているところがあり,研究の進行を妨げている
 罪:情報が増えすぎたことによって取捨選択の難易度が上がった
 功:学術世界の人々でなくとも,多くのデータにアクセスできるようになった
 罪:データベースに頼りがちになり,原文を読む力がつきにくい
 罪:画廊の絵がもつような,特定の位置空間に身を置くように要求する存在者の「促し」に,知覚主体は反応しづらくなる.
 罪:(時間が解決するとは思うが)数理的な理解が不十分な文系研究者によって,おざなりなデータ処理が行われる可能性があり注意を要する
 功:専門家でなくても議論に参加できる
 罪:結局デジタル化の方法はその裏側に走っているアルゴリズム(人)に依存するので,その人の意識や意図によって結論の妥当性が変わる
 功:元のデータがデジタルになることで,デジタル解析にかけやすくなった
 功:家にいながら多くのことが詳しく研究できるようになった
 功:さまざまな機関での資料所蔵情報がAPIで公開されるなどして大量に入手しやすくなった
 功:主観評価項目の解釈をある程度一般化できる
 功:写本がデジタル化されることにより,情報が簡単に手に入るようになった.
 功:一次文献利用可能なオンライン辞典によって,専門外の分野についても或る程度信頼できる情報を獲得しやすくなった
 罪:量・数を示すだけで研究した気になってしまうけれど,研究の本番はそこからなのですよね
 罪:デジタル写真では確認し辛い,写本のテクスチャーや厚みといった要素に気を掛けづらくなる
 功:リファレンス数などから影響力がわかるので,読むべき論文やジャーナルが可視化され,それらにアクセスしやすくなった.
 功:OCR化された資料を用いて,自分で簡単なコーパスを作成することが可能になった
 罪:本を手に取る機会が少なくなった.音声でも聴ける.読む行為ではないものの,便利だと感じている.
 功:写本を画面上で見ることができるようになったこと.物語の内容とその周辺のイラストとの関係性を共に考察することで,作品単体ではなく写字生の意図も含めた形で物語作品を解釈することができるようになった.
 功:どこにいても一次資料を確認することができる
 功:質的なデータの傾向を量的に観察・分析することが容易になった.
 功:著者が多用する表現や言葉が可視化された
 罪:オンライン辞典の記事も査読アリとはいえ,参考文献一覧などを見るとだいぶ解釈に偏りがあって気を付けないといけないことも……
 功:メディア資料の場合,ニュースサイトやSNSから特定のデータを大量に抽出することができる.
 功:貴重書や貴重品を一般の人も見ることができるようになった
 功:データで資料を確認することで実物により関心を持つ
 罪:データで確認できるようになり,現地で実物を探さずに済むが,研究者としての何かがなくなる
 罪:様々な資料にアクセスしやすくなった分,最近は図書館などをブラブラして面白そうな本を見つけるといったことをしなくなった気がします.視野が狭まってきているかもなあと
 罪:簡単に情報を手に入れられるため求められる知識量が増える
 罪:データが巨大化しているので,検索結果が(巨大IT企業のサービスと同様に)プログラマーによるアルゴリズムに依存することになる
 罪:新規研究分野が意図する言語の解釈と既存のコーパスから参照した言語の解釈に齟齬が発生する
 罪:古い資料をデジタル化するのは結局人の手であるため,「どの作品を優先的にデジタル化するか」といった資料の選別が為されてしまう
 罪:研究対象そのものに焦点をあてて大量にデータを入手できてしまうため,それだけで満足していると研究対象の周縁の分野との連関を見落としてしまう.
 罪:デジタル化された資料の閲覧にはコストがかかる.研究機関に所属していない研究者にはこれが負担である.
 罪(?):デジタル化の恩恵を受けられる(積極的に受け入れている)研究領域とそうでない研究領域の風土差がわりと如実
 功:データが全世界で共有されることにより議論が活発化する
 功:(資料だけでなく)研究書もインターネット上で少しずつ閲覧できるようになったり,購入前に一部でも見られるようになったことはどの研究分野にとっても有益である
 罪:結局デジタル化の方法はその裏側に走っているアルゴリズム(人)に依存するので,その人の意識や意図によって結論の妥当性が変わる




 功26件に対して罪41件となりました.ブレストの前半は功が多く出されていましたが,およそ出尽くすと焦点が罪に移り,件数も増えてきたという流れです.全体として「現物」に触れる機会が少なくなったことへの懸念や副作用への言及が目立ちました.とてもおもしろいブレストでした.
 英語史研究における「デジタル資料」はコーパス,辞書,方言地図,データベースなど多岐にわたりますが,とりわけコーパス利用に関する功罪については,「#3967. コーパス利用の注意点 (3)」 ([2020-03-07-1]) とそこからリンクを張っている記事を参照してください.

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2022-10-11 Tue

#4915. 英語史のデジタル資料 --- 大学院のデジタル・ヒューマニティーズ入門講義より [hel_education][corpus][dictionary][slide][methodology]

 今学期の大学院のオムニバス講座「人文学の方法論(デジタル・ヒューマニティーズ)」の1講義として,主に人文系の履修者を対象に「言語研究とデジタルコーパス・辞書・方言地図」を話す機会がありました.単発の授業ということで,準備した資料も今後活用されることもなさそうですので,差し障りのない形に加工した上でこちらに公開しました.基本的には,英語史を専門としない人文系大学院生向けの講義のために準備した参考資料です.スライド中からは hellog 記事への参照もたくさんあります.

   1. 「言語研究とデジタルコーパス・辞書・方言地図」
   2. まず,コーパスとは?
   3. 1980年代以降の英語史研究
   4. 英語コーパス発展の3軸
   5. 主な歴史英語コーパス
   6. 主な歴史英語辞書
   7. 主な歴史英語方言地図
   8. コーパス研究の功罪
   9. 参考文献

 私からは英語史研究におけるデジタル資料との付き合い方というような話しをしたわけですが,ほぼ皆が異なる分野を専攻する学生だったので,議論を通じて各々の分野での "DX" の進展について教えてもらう機会も得られ,たいへん勉強になりました.

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2022-06-04 Sat

#4786. 歴史言語学研究における「証拠」の問題 [evidence][methodology][historical_linguistics][mindmap]

 英語史を含む歴史言語学研究において「証拠」 (evidence) を巡る議論は,方法論上の問題としてきわめて重要である.歴史に関わる研究の宿命として,常に「証拠不足」あるいは "bad data problem" と呼ばれる症状がついて回るからだ.
 20世紀以降の録音資料を別とすれば,歴史言語研究のソースは事実上文字資料に限られる.現存する文字資料はかつて存在した文字資料全体の一部にすぎないし,質的にも劣化したものが多い.これは避けて通れない現実である.
 このメタな証拠の問題に関して大学院の授業で話しをする機会があった.講義用のメモとしてマインドマップを作成したので公開しておきたい(まだ整理の途中で Ver. 0.7 くらいのもの).
Evidential Issues


 授業では「証拠」の問題を具体的に掘り下げていくに当たって,関連する hellog 記事群を参照しながら話しをした.こちらの記事セットを参照.

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2022-02-24 Thu

#4686. 比較言語学では音の類似性ではなく対応こそが大事 [comparative_linguistics][reconstruction][methodology][phonetics][sound_change][etymology]

 比較言語学 (comparative_linguistics) では,系統関係にあるかもしれないと疑われる2つの言語をピックアップし,対応するとおぼしき語どうしの音形を比較する.その際に,両語の音形が何らかの点で「似ている」ことに注目するのが自然で直感的ではあるが,比較言語学の「比較」の要諦は類似性 (similarity) ではなく対応 (correspondence) である.これは意外と盲点かもしれない.音形としてまったく似ても似つかないけれども同一語源に遡る例もあれば,逆に見栄えはそっくりだけれども系統的に無関係な例もあるからだ.
 それぞれの例として「#778. P-Celtic と Q-Celtic」 ([2011-06-14-1]),「#1151. 多くの謎を解き明かす軟口蓋唇音」 ([2012-06-21-1]),「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」 ([2012-06-06-1]),「#4683. 異なる言語の間で「偶然」類似した語がある場合」 ([2022-02-21-1]),「#4072. 英語 have とラテン語 habere, フランス語 avoir は別語源」 ([2020-06-20-1]) などを参照されたい.
 この比較言語学の要諦について,Campbell (266--67) は次のように雄弁に指摘している.

. . . it is important to keep in mind that it is correspondences which are crucial, not mere similarities, and that such correspondences do not necessarily involve very similar sounds. It is surprising how the matched sounds in proposals of remote relationship are typically so similar, often identical, while among the daughter languages of well-established, non-controversial, older language families such identities are not as frequent. While some sounds may stay relatively unchanged, many undergo changes which leave phonetically non-identical correspondences. One wonders why correspondences that are not so similar are not more common in such proposals. The sound changes that lead to such non-identical correspondences often change cognate words so much that their cognancy is not apparent. These true but non-obvious cognates are missed by methods such as multilateral comparison which seek inspectional resemblances.


 音声は時とともに予想よりもずっと激しく変わり得る.これが比較言語学の教訓である.関連して「#411. 再建の罠---同根語か借用語か」 ([2010-06-12-1]) も参照.

 ・ Campbell, Lyle. "How to Show Languages are Related: Methods for Distant Genetic Relationship." Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Oxford: Blackwell, 262--82.

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2022-02-23 Wed

#4685. Campbell による glottochronology 批判 [glottochronology][history_of_linguistics][comparative_linguistics][methodology]

 アメリカの言語学者 Swadesh により提唱された glottochronology (言語年代学)については,「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]),「#1729. glottochronology 再訪」 ([2014-01-20-1]),「#2659. glottochronology と lexicostatistics」 ([2016-08-07-1]),「#2660. glottochronology と基本語彙」 ([2016-08-08-1]),「#2661. Swadesh (1952) の選んだ言語年代学用の200語」 ([2016-08-09-1]) をはじめとして glottochronology の各記事で取り上げてきた.
 個別言語の基本語彙はゆっくりではあるが一定の速度で置き換えられていくという仮説に基づく歴史言語研究の方法論だが,言語学の主流派からは手厳しい非難を浴びており,すでに過去の仮説とみなされることも多い.様々な批判があるが,今回は短いながらも的確な Campbell の議論 (264) に耳を傾けてみよう.実に手厳しい.

Glottochronology, which depends on basic, relatively culture-free vocabulary, has been rejected by most linguists, since all its basic assumptions have been challenged . . . . Therefore, it warrants little discussion here; suffice it to say that it does not find or test relationships, but rather it assumes that the languages compared are related and proceeds to attach a date based on the number of core-vocabulary words that are similar between the languages compared. This, then, is no method for determining whether languages are related or not.
   A question about lexical evidence in long-range relationships has to do with the loss or replacement of vocabulary over time. It is commonly believed that "comparable lexemes must inevitably diminish to near the vanishing point the deeper one goes in comparing remotely related languages" . . . , and this does not depend on glottochronology's assumption of a constant rate of basic vocabulary loss through time and across languages. In principle, related languages long separated may undergo so much vocabulary replacement that insufficient shared original vocabulary will remain for an ancient shared kinship to be detected. This constitutes a serious problem for those who believe in deep relationships supported solely by lexical evidence.


 ・ Campbell, Lyle. "How to Show Languages are Related: Methods for Distant Genetic Relationship." Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Oxford: Blackwell, 262--82.

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2022-02-21 Mon

#4683. 異なる言語の間で「偶然」類似した語がある場合 [comparative_linguistics][statistics][lexicology][sound_change][arbitrariness][methodology]

 「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」 ([2012-06-06-1]) の (1) で「偶然の一致」という可能性に言及した.2つの言語の系統的な関係を同定することを目指す比較言語学 (comparative_linguistics) にとって,2言語からそれぞれ取り出された1対の語が,言語の恣意性 (arbitrariness) に基づき,たまたま似ているにすぎないのではないか,という疑念は常に脅威的である.類似性の偶然と必然をどう見分けるのか,これは比較言語学の方法論においても,あるいはそれを論駁しようとする陣営にとっても,等しく困難な問題である.
 この問題について,Campbell (275--76) が "Chance Similarities" と題する1節で Doerfer の先行研究に言及しながら論じている.偶然性には2種類あるという趣旨だ.

Doerfer (1973: 69--72) discusses two kinds of accidental similarity. "Statistical chance" has to do with what sorts of words and how many might be expected to be similar by chance; for example, the 79 names of Latin American Indian languages which begin na- (e.g., Nahuatl, Naolan, Nambicuara, etc.) are similar by sheer happenstance, statistical chance. "Dynamic chance" has to do with forms becoming more similar through convergence, that is, lexical parallels (known originally to have been different) which come about due to sounds converging through sound change. Cases of non-cognate similar forms are well known in historical linguistic handbooks, for example, French feu 'fire' and German Feuer 'fire' . . . (French feu from Latin focus 'hearth, fireplace' [-k- > -g- > -ø; o > ö]; German Feuer from Proto-Indo-European *pūr] [< *puHr-, cf. Greek pür] 'fire,' via Proto-Germanic *fūr-i [cf. Old English fy:r]).


 共時的・通言語的な偶然の一致が "statistical chance" であり,通時的な音変化の結果,形態が似てしまったという偶然が "dynamic chance" である.比較言語学で2言語からそれぞれ取り出された1対の語を比べる際に,だまされてはいけない2つの注意すべき点として銘記しておきたい.
 "dynamic chance" の1例として「#4072. 英語 have とラテン語 habere, フランス語 avoir は別語源」 ([2020-06-20-1]) を参照.

 ・ Campbell, Lyle. "How to Show Languages are Related: Methods for Distant Genetic Relationship." Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Oxford: Blackwell, 262--82.
 ・ Doerfer, Gerhard. Lautgesetz und Zufall: Betrachtungen zum Omnikomparatismus. Innsbruck: Institut für vergleichende Sprachwissenschaft der Universität Innsbruck, 1973.

Referrer (Inside): [2022-02-24-1]

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2022-01-29 Sat

#4660. 言語の「世代変化」と「共同変化」 [language_change][schedule_of_language_change][sociolinguistics][do-periphrasis][methodology][progressive][speed_of_change]

 通常,言語共同体には様々な世代が一緒に住んでいる.言語変化はそのなかで生じ,広がり,定着する.新しい言語項は時間とともに使用頻度を増していくが,その頻度増加のパターンは世代間で異なっているのか,同じなのか.
 理論的にも実際的にも,相反する2つのパターンが認められるようである.1つは「世代変化」 (generational change),もう1つは「共同変化」 (communal change) だ.Nevalainen (573) が,Janda を参考にして次のような図式を示している.


(a) Generational change
┌──────────────────┐
│                                    │
│  frequency                         │
│  ↑                  ________ G6   │
│                  ________ G5       │
│              ________ G4           │
│          ________ G3               │
│      ________ G2                   │
│  ________ G1             time →   │
│                                    │
└──────────────────┘
                                        
(b) Communal change
┌──────────────────┐
│                                    │
│  frequency                  |      │
│  ↑                    |    | G6   │
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 世代変化の図式の基盤にあるのは,各世代は生涯を通じて新言語項の使用頻度を一定に保つという仮説である.古い世代の使用頻度はいつまでたっても低いままであり,新しい世代の使用頻度はいつまでたっても高いまま,ということだ.一方,共同変化の図式が仮定しているのは,全世代が同じタイミングで新言語項の使用頻度を上げるということだ(ただし,どこまで上がるかは世代間で異なる).2つが対立する図式であることは理解しやすいだろう.
 音変化や形態変化は世代変化のパターンに当てはまり,語彙変化や統語変化は共同変化に当てはまる,という傾向が指摘されることもあるが,実際には必ずしもそのようにきれいにはいかない.Nevalainen (573--74) で触れられている統語変化の事例を見渡してみると,16世紀における do 迂言法 (do-periphrasis) の肯定・否定平叙文での発達は,予想されるとおりの世代変化だったものの,17世紀の肯定文での衰退は世代変化と共同変化の両パターンで進んだとされる.また,19世紀の進行形 (progressive) の増加も統語変化の1つではあるが,むしろ共同変化のパターンに沿っているという.
 具体的な事例に照らすと難しい問題は多々ありそうだが,理論上2つのパターンを区別しておくことは有用だろう.

 ・ Nevalainen, Terttu. "Historical Sociolinguistics and Language Change." Chapter 22 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 558--88.
 ・ Janda, R. D. "Beyond 'Pathways' and 'Unidirectionality': On the Discontinuity of Language Transmission and the Counterability of Grammaticalization''. Language Sciences 23.2--3 (2001): 265--340.

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