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discourse_analysis - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-21 08:03

2023-10-25 Wed

#5294. 情報構造旧情報, 新情報 [information_structure][pragmatics][discourse_analysis][khelf][syntax][article][khelf-conference-2023][seminar][hel_education][voicy][heldio][notice]

 昨日の Voicy heldio にて「#873. ゼミ合宿収録シリーズ (7) --- 情報構造入門」を配信しました.khelf (慶應英語史フォーラム)のメンバー3名による収録で,ご好評いただいています(ありがとうございます).「桃太郎」を題材に,情報構造 (information_structure) という用語・概念の基本が丁寧に解説されています.



 情報構造に関する基本的事項の1つに,「旧情報」 (given information) と「新情報」 (new information) の対立があります.談話は原則として,話し手と聞き手にとって既知の旧情報の提示に始まり,その上に未知の新情報を加えることで,段階的に共有知識が蓄積されていきます.つまり,旧情報→新情報と進み,次にこの蓄積全体が旧情報となって,その上に新情報が積み上げられ,さらにこれまでの蓄積全体が旧情報となって次の新情報が加えられる,等々ということです.
 Cruse の用語辞典より "given vs new information" (74--75) の項目を引用します.

given vs new information These notions are concerned with what is called the 'information structure' of utterances. In virtually all utterances, some items are assumed by the speaker to be already present in the consciousness of the hearer, mostly as a result of previous discourse, and these constitute a platform for the presentation of new information. As the discourse proceeds, the new information of one utterance can become the given information for subsequent utterances, and so on. The distinction between given and new information can be marked linguistically in various ways. The indefinite article typically marks new information, and the definite article, given information: A man and a woman entered the room. The man was smoking a pipe. A pronoun used anaphorically indicates given information: A man entered the room. He looked around for a vacant seat. The stress pattern of an utterance can indicate new and given information (in the following example capitals indicate stress):

   PETE washed the dishes. (in answer to Who washed the dishes?)
   Pete washed the DISHES. (in answer to What did Pete do?)

Givenness is a matter of degree. Sometimes the degree of givenness is so great that the given item(s) can be omitted altogether (ellipsis):

   A: What did you get for Christmas?
   B: A computer. (The full form would be I got a computer for Christmas.)


 談話は旧情報の上に新情報を付け加えることで流れていく,という情報構造の基本事項を導入しました.

 ・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2018-02-10 Sat

#3211. 統語と談話構造 [syntax][discourse_analysis][oe][information_structure][pragmatics][tense][aspect][word_order][historical_pragmatics]

 近年,統語と談話構造の関係を探る研究が増えてきている.一般的にいって,統語論と語用論のインターフェースが注目されてきているようだ.英語史でいえば,例えば古英語に関して,時制・相と談話構造の関係を探ったり,語順と情報構造の相関を追求する研究が現われている.
 もう少し具体的に述べよう.古英語で,時制 (tense) と相 (aspect) は形態統語的に標示され,従来はもっぱら文法的な問題として扱われてきた.しかし,テキストの語りの中でそれらの表現が用いられる分布を調べてみると,完了相は情報の前景化を担い,未完了相は情報の背景化を担うという傾向が明らかになる.換言すれば,単一,動的,瞬時,有界の性質をもつ出来事は完了相で表わされ,持続,反復,習慣,無界の性質をもつ出来事は未完了相で表わされるという.以上は,Hopper による Anglo-Saxon Chronicle を対象とした分析結果であり,古英語一般に当てはまるかどうかは別問題だが,形態統語的な形式が談話構造の操作に利用される可能性を示すものとして興味深い.
 同じように,比較的自由とされる古英語の語順も情報構造の操作に一役買っていたとみなせる事例が指摘されている.現代英語の "then" に相当する副詞 þa, þonne は,談話のつなぎとして作用することが知られている.同時に,これらの副詞が置かれることにより,その他の文要素の統語的位置が影響を受けることもよく知られている.どうやら問題の副詞の出現,語順の変異,談話構造の3者は,複雑かつ密接に関連し合っているようなのだ.例えば,これらの副詞で文が始まり,その直後に onginnan (to begin) の定動詞形が置かれると,談話の継続が含意されることが多いという.一方,副詞が欠如していれば,談話の非継続が含意されるという.
 また,þa, þonne はときに "focus particles" とも称されるように,情報の焦点化にも関わっているとされる.文中に現われるとき,それより前の部分が話題 (topic) となり,後ろの部分が焦点 (focus) となる.
 通時的な視点から興味深いのは,古英語から中英語にかけて,形態的統語なヴァリエーションが減少し,語順も固定化していくにつれて,それらが担っていた談話構造を操作する機能も衰退していったはずであるということだ.では,談話構造を操作する機能は,他のいかなる手段によって補われたのか,あるいは補われなかったのか.統語論と語用論のインターフェースそのものに,ダイナミックな変化が生じた可能性がある.

 ・ Lenker, Ursula. "Old English: Pragmatics and Discourse" Chapter 21 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 325--340.

Referrer (Inside): [2019-10-23-1] [2018-02-18-1]

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2018-02-01 Thu

#3202. 英語歴史語用論における有望な分野 [pragmatics][historical_pragmatics][speech_act][discourse_analysis][corpus]

 英語歴史語用論の第1人者である Jucker が,ハンドブックの1節で,この分野において前途が明るいと考える話題を3つ挙げている.発話行為 (speech_act) の歴史的変化,対話 (dialogue) の形式の発展,談話の領域の発展である.研究課題を選ぶ際の参考となるよう,関連する箇所を引用しておきたい.

At present, three areas of research appear to be particularly promising. First, the research on the history of speech act has only just started to attract more than just occasional research efforts. . . .
   Second, the research of the evolution of forms of dialogue is still in its infancy. . . . Culpeper and Kytö (2010: 2) [= Culpeper, Jonathan and Merja Kytö:. Early Modern English Dialogues: Spoken Interaction as Writing. Cambridge: CUP, 2010.] ask: "what was the spoken face-to-face interaction of past periods like?" in a systematic way and approach this question from various angles. In particular they look at the structure of conversations, at what they call "pragmatic noise", i.e. pragmatic interjections or discourse markers, and social roles and gender in interaction.
   And third, the evolution of domains of discourse appears to be a very promising field of research. The existing work on courtroom discourse, the discourse of science and news discourse needs to be continued, and other domains should be tackled.


 特に今世紀に入ってから,英語歴史語用論の研究を念頭においた,あるいはその目的で利用できるコーパスの編纂も多く行なわれるようになってきた.例えば,Corpora of Early English Correspondence (CEEC), Corpus of Early English Medical Writing (CEEM), Corpus of English Dialogues 1560-1760 (CED), Corpus of English Religious Prose (COERP), Old Bailey Corpus (OBC), The Corpus of Early English Recipes (CoER) などを挙げておこう.ほかにも Corpus Resource Database (CoRD) を探索されたい.

 ・ Jucker, Andreas H. "Linguistic Levels: Pragmatics and Discourse." Chapter 13 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 197--212.

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2017-01-20 Fri

#2825. 「トランプ話法」 [discourse_analysis][rhetoric][implicature]

 本日,いよいよ Donald John Trump が第45代アメリカ大統領に就任する(cf. 「#2656. 歴代アメリカ大統領と任期の一覧」 ([2016-08-04-1])).
 トランプ氏の話す英語については,選挙戦を通じて様々な評価がなされてきた.2日前の1月18日の読売新聞朝刊6面にも「トランプ話法」に関する記事があった.昨年3月の大統領候補者の話法研究によると,トランプ氏の文法は6年生レベルで,ヒラリー・クリントン氏は7年生レベルだったという.最近は plain spoken の英語が有権者に受けるということで,リンカーンやケネディの格調高い演説はすでに過去のものとなったかのようだ.
 認知言語学の大家 George Lakoff によると,トランプ大統領のツイッター上の発言を分析すると,誇張やすり替えを効果的に利用しつつ保守層を取り込んでいることが分かるという.論法という側面で言うと,(1) はなから決めつける,(2) 極端な物言い,(3) 論点のすり替え,(4) 観測気球を揚げる,という特徴が見られるという.これらのレトリックはもちろん意図的であり,国民もマスコミもその手に乗ってしまっていると分析する.(1) は,根拠のないことを前提として提示し,話を進める傾向があることを指す.(2) については,直接いわずとも,保守層には理解できる言い方をすることで示唆する,いわゆる implicature の戦略的利用に長けているという.(4) は,世論の反応を見極めるために「メキシコとの国境の壁を作った後にメキシコに弁済させる」などとぶち上げることなどが相当する.
 このようなトランプ話法は,リベラル層から見れば馬鹿げたレトリックということになるが,保守層には効果覿面のようだ.
 演説,討論,ツイッターでは registerstyle も異なり,それに応じてレトリックを含む言語戦略が異なってくるのは当然だが,ときにメディアを嫌う姿勢を示しながらも実はおおいに利用してきたトランプ氏の談話分析は,大統領就任以降も,ますます注目されていくことになるかもしれない.
 少々前のことになるが,2013年2月12日の The Guardian より,アメリカ大統領のスピーチレベルの変化に関して,The state of our union is . . . dumber: How the linguistic standard of the presidential address has declined のデータも参照.

Referrer (Inside): [2017-01-23-1]

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2017-01-12 Thu

#2817. 名詞構文と形式性 [noun][hypostasis][style][register][rhetoric][discourse_analysis]

 ヒトラーが演説の天才だったことはよく知られている.陰でオペラ歌手による発声法の指導まで受けていたというから,完全に演説の政治的価値を見て取っていたことがわかる.ヒトラーの演説を,その政治家としてのキャリアの各段階について,言語学的およびパラ言語学的に分析した著書に,高田著『ヒトラー演説』がある.言語学的分析に関しては,ヒトラー演説150万語からなる自作コーパスを用いた語彙調査が基本となっており,各時代について興味深い分析結果が示されている.
 とりわけ私が関心をもったのは,ナチ政権期前半に特徴的に見られる名詞 Ausdruck (表現),Bekenntnis (公言),Verständnis (理解)と関連した名詞構文の多用に関する分析である(高田,p. 161--62).いずれも動詞から派生した名詞であり,「名詞的文体(名詞構文)」に貢献しているという.名詞構文とは,「列車が恐ろしく遅れたこと」を「列車の恐ろしい遅延」と名詞を中心として表現するもので,英語でいえば (the fact) that the train was terribly delayedthe terrible delay of the train の違いである.
 思いつくところで名詞構文の特徴を挙げれば,(1) 密度が濃い(あるいはコンパクト),(2) 形式的で書き言葉らしい性格が付される,(3) 実体化 (hypostasis) の作用により意味内容が事実として前提されやすい,ということがある(「#1300. hypostasis」 ([2012-11-17-1]) も参照).これは,ドイツ語,英語,日本語などにも共通する特徴と思われる.
 名詞構文においては,対応する動詞構文ではたいてい明示される人称,時制,相,態,法などの文法範疇が標示されないことが多く,その分情報量が少ない.ということは,細かいニュアンスが捨象されたり曖昧のままに置かれるということだが,形式としては高密度でコンパクト,かつ格式張った響きを有するので,内容と形式の間に不安定なギャップが生まれる.外見はしっかりしていそうで中身は曖昧,というつかみ所のないカプセルと化す.それを使用者は「悪用」することができるというわけだ.政治家や役人が名詞構文をレトリックとして好んで使う所以である.
 高田の分析によれば,ヒトラーの場合には「このような形式性,書きことばらしさは,ナチ政権期前半においてさまざまな国家的行事における演説に荘厳な印象を与えるためのものであった」 (161--63) という.

 ・ 高田 博行 『ヒトラー演説』 中央公論新社〈中公新書〉,2014年.

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2015-12-05 Sat

#2413. ethnomethodology [sociolinguistics][ethnography_of_speaking][anthropology][conversation_analysis][pragmatics][discourse_analysis][terminology][function_of_language][philology]

 標題の ethnomethodology (エスノメソドロジー)は,1967年にアメリカの社会学者 Harold Garfinkel の作り出した用語であり,言語コミュニケーションに関する社会学的なアプローチを指す.日常会話の基礎となる規範,しきたり,常識を探ることを目的とする.人類言語学 (anthropological linguistics),社会言語学 (sociolinguistics),会話分析 (conversation analysis),おしゃべりの民族誌学 (ethnography_of_speaking) などの領域と重なる部分があり,学際的な分野である.Trudgill の社会言語学用語辞典より,関連する4つの用語の解説を与えたい.

ethnomethodology A branch of sociology which has links with certain sorts of sociolinguistics such as conversation analysis because of its use of recorded conversational material as data. Most ethnomethodologists, however, are generally not interested in the language of conversation as such but rather in the content of what is said. They study not language or speech, but talk. In particular, they are interested in what is not said. They focus on the shared common-sense knowledge speakers have of their society which they can leave unstated in conversation because it is taken for granted by all participants.

ethnography of speaking A branch of sociolinguistics or anthropological linguistics particularly associated with the American scholar Dell Hymes. The ethnography of speaking studies the norms and rules for using language in social situations in different cultures and is thus clearly important for cross-cultural communication. The concept of communicative competence is a central one in the ethnography of speaking. Crucial topics include the study of who is allowed to speak to who --- and when; what types of language are to be used in different contexts; how to do things with language, such as make requests or tell jokes; how much indirectness it is normal to employ; how often it is usual to speak, and how much one should say; how long it is permitted to remain silent; and the use of formulaic language such as expressions used for greeting, leave-taking and thanking.

ethnography of communication A term identical in reference to ethnography of speaking, except that nonverbal communication is also included. For example, proxemics --- the study of factors such as how physically close to each other speakers may be, in different cultures, when communicating with one another --- could be discussed under this heading.

conversation analysis An area of sociolinguistics with links to ethnomethodology which analyses the structure and norms of conversation in face-to-face interaction. Conversation analysts look at aspects of conversation such as the relationship between questions and answers, or summonses and responses. They are also concerned with rules for conversational discourse, such as those involving turn-taking; with conversational devices such as discourse markers; and with norms for participating in conversation, such as the rules for interruption, for changing topic, for overlapping between one speaker and another, for remaining silent, for closing a conversation, and so on. In so far as norms for conversational interaction may vary from society to society, conversation analysis may also have links with cross-cultural communication and the ethnography of speaking. By some writers it is opposed to discourse analysis.


 ethnomethodology は,言語の機能 (function_of_language) という深遠な問題にも疑問を投げかける.というのは,ethnomethodology は,言語をコミュニケーションの道具としてだけではなく,世界を秩序づける道具としてもとらえるからだ.Wardhaugh (272) 曰く,"people use language not only to communicate in a variety of ways, but also to create a sense of order in everyday life."

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2015-10-01 Thu

#2348. 英語史における code-switching 研究 [code-switching][me][emode][bilingualism][contact][latin][french][literature][borrowing][genre][historical_pragmatics][discourse_analysis]

 本ブログでは code-switching (CS) に関していくつかの記事を書いてきた.とりわけ英語史の視点からは,「#1470. macaronic lyric」 ([2013-05-06-1]),「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]),「#1941. macaronic code-switching としての語源的綴字?」 ([2014-08-20-1]),「#2271. 後期中英語の macaronic な会計文書」 ([2015-07-16-1]) で論じてきた.現代語の CS に関わる研究の発展に後押しされる形で,また歴史語用論 (historical_pragmatics) の流行にも支えられる形で,歴史的資料における CS の研究も少しずつ伸びてきているようであり,英語史においてもいくつか論文集が出されるようになった.
 しかし,歴史英語における CS の実態は,まだまだ解明されていないことが多い.そもそも,CS が観察される歴史テキストはどの程度残っているのだろうか.Schendl は,中英語から初期近代英語にかけて,複数言語が混在するテキストは決して少なくないと述べている.

There is a considerable number of mixed-language texts from the ME and the EModE periods, many of which show CS in mid-sentence. The phenomenon occurs across genres and text types, both literary and non-literary, verse and prose; and the languages involved mirror the above-mentioned multilingual situation. In most cases Latin as the 'High' language is one of the languages, with one or both of the vernaculars English and French as the second partner, though switching between the two vernaculars is also attested. (79)

CS in written texts was clearly not an exception but a widespread specific mode of discourse over much of the attested history of English. It occurs across domains, genres and text types --- business, religious, legal and scientific texts, as well as literary ones. (92)


 ジャンルを問わず,様々なテキストに CS が見られるようだ.文学テキストとしては,具体的には "(i) sermons; (ii) other religious prose texts; (iii) letters; (iv) business accounts; (v) legal texts; (vi) medical texts" が挙げられており,非文学テキストとしては "(i) mixed or 'macaronic' poems; (ii) longer verse pieces; (iii) drama; (iv) various prose texts" などがあるとされる (Schendl 80) .
 英語史あるいは歴史言語学において CS (を含むテキスト)を研究する意義は少なくとも3点ある.1つは,過去の2言語使用と言語接触の状況の解明に資する点だ.2つめは,CS と借用の境目を巡る問題に関係する.語彙借用の多い英語の歴史にとって,借用の過程を明らかにすることは,理論的にも実際的にも極めて重要である (see 「#1661. 借用と code-switching の狭間」 ([2013-11-13-1]),「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1]),「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]),「#2009. 言語学における接触干渉2言語使用借用」 ([2014-10-27-1])) .3つめに,共時的な CS 研究に通時的な次元を与えることにより,理論を深化させることである.

 ・ Schendl, Herbert. "Linguistic Aspects of Code-Switching in Medieval English Texts." Multilingualism in Later Medieval Britain. Ed. D. A. Trotter. Cambridge: D. S. Brewer, 2000. 77--92.

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2015-04-05 Sun

#2169. 日本語における「女性語」 (3) [gender_difference][gender][japanese][discourse_analysis][historical_pragmatics][sociolinguistics][linguistic_ideology]

 「#1905. 日本語における「女性語」」 ([2014-07-15-1]),「#1915. 日本語における「女性語」 (2)」 ([2014-07-25-1]) に引き続いての話題.先の2つの記事では,日本語の女ことばの起源と発展について,日本語史で伝統的に言われてきたことに基づいて記述した.しかし,中村はジェンダー論,歴史談話分析,歴史社会言語学の立場から,従来行われてきた女ことばの歴史記述に異議を唱え,女ことばは各時代に特有の言語イデオロギー(「#2163. 言語イデオロギー」 ([2015-03-30-1]))により形成されてきたと主張する.
 例えば,室町時代の女房詞を女ことばの起源とする伝統的な見解について,中村は疑念を表明している.「女性たちが使ってきた言葉づかいは多様なので,多様な言葉づかいが自然にひとつの「女ことば」を形成することは考えにくい」 (50) とあるように,女房詞は後世の女ことばの数多くあるルーツの候補の1つではあるが,それが単独かつ直接に女ことばへ発展していったわけではないという.そもそも,女房詞の属性には,女性に使用されるということだけでなく,宮中で使用されるという社会階級に関する側面も含まれている.むしろ,後者に力点を置けば,女房詞は女ことばというよりは階級方言と呼ぶほうがふさわしい.もともと階級方言に近かった言葉遣いのいくつかを,後に女性一般の規範的な言葉遣いのなかへ意図的に取り込むことによって,徐々に女ことばが形成されてきたと考えられる.
 中村は,時代ごとの女ことばの発展の背景にはいつも政治的・倫理的な側面があったと主張し,それに支えられ,それを支えている言語イデオロギーの正体を次々と暴いていく.明治期の標準語策定における女ことばの排除,言文一致運動と翻訳文学に駆動された女ことばの創出,女子教育の高まりとともに却って女ことばに付加されるようになったセクシュアリティの含蓄,戦中の礼賛されるべき美しき日本語の伝統としての女ことば,戦後の自然な女らしさを発露するものとして捉えられた女ことば,等々.
 中村の提起する数々の言語イデオロギーを要領よくまとめることができないので,中村自身の結論を引用したい (227--29) .

 本書では,女ことばという理念が,西洋やアジアとのグローバルな関係や,都市と地方,中流階級と労働者階級,近代と伝統,未来と過去などのさまざまに対立する社会過程の中で,「女らしさの規範」「西洋近代との親和性」「セクシュアリティ」「天皇制国家の伝統」「家父長制の家族制度」「日本文化の優位性」「日本語の伝統」などの意味づけを与えられることで形成されてきたことを見てきました.
 鎌倉時代から続く規範の言説によって女性の発言を支配する傾向が,江戸時代の女訓書に列挙された女房詞という具体的な語彙によって強化され,「つつしみ」や「品」となって現代のマナー本にも見られるような女らしさとの結びつきが強調されるようになったこと.
 明治の開国後,近代国家建設の過程で必要となった国語理念を,男性国民の言葉として純化させるために,そして,女子学生を西洋近代と日本を媒介する性的他者とするためにも,「てよ・だわ」など具体的な語と結びついた女学生ことばが広く普及したこと.
 戦中期には,アジアの植民地の人々に日本語を教えることで皇国臣民にする同化政策や家父長的な家族的国家観に基づいて女性も戦争に動員する総動員体制を背景に,女ことばが天皇制国家の伝統とされ,家父長制の象徴である「性別のある国語」が強調されたこと.
 戦後には,占領軍によって男女平等政策が推進され,天皇制や家父長制が否定される中で,女ことばを自然な女らしさの発露として再定義する言説が普及し,女ことばには,日本の伝統を象徴することが期待されるようになったこと.
 その過程で,「女の言葉」は,近代国語を純化させる否定項として,帝国日本語の伝統として,常に「日本語」や「日本」との関係で語られ続けてきました.日本語に「女ことばがある」と信じられているのは,いつの時代にも女の言語行為について語る言説が可能になり,意味を持ち,普及するような政治経済状況があったからです.この意味で,女ことばの歴史を知ることは,女だけにかかわる事象というよりも,日本語がなぜ今ある形をしているのかを理解する上で,欠くことのできない作業だと言えるのです.


 非常に手応えのある新書だった.

 ・ 中村 桃子 『女ことばと日本語』 岩波書店〈岩波新書〉,2012年.

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