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plural - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2023-05-27 11:36

2022-04-15 Fri

#4736. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第14回「なぜ child の複数形は children になるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][number][plural][double_plural][oe][vowel][homorganic_lengthening]

 昨日『中高生の基礎英語 in English』の5月号が発売となりました.テキストで英語史に関する連載を担当していますが,今回の第14回の話題は,不規則複数形の定番の1つ children について.-ren という語尾はいったい何なのだ,という素朴な疑問に詳しく,しかし易しく答えています.

『中高生の基礎英語 in English』2022年5月号



 children は不規則複数のなかでも相当な変わり者の類いですが,連載記事を読めば,千年ほど前の古英語の時代からすでになかなかの変わり者だったことが分かります.時を経ても性格は変わりませんね.child -- children と似ている brother -- brethren の話題にも触れていますし,さらには単数形が「チャイルド」なのに複数形では「チルドレン」と発音が変わる件についても解説しています.children の謎解きには,英語の先生も英語の学習者の皆さんも,オオッとうなること間違いなしです!
 英語学習には暗記すべき不規則形がつきものですが,どんな不規則形にも歴史的な理由があります.ひとまず暗記してしまった後は,ぜひ英語史の観点から振り返り,「伏線回収」の知的快感を味わってみてください.英語史の魅力にとりつかれると思います.
 関連する話題として「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]),「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1]),「#4181. なぜ child の複数形は children なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-07-1]) もご覧ください.

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2022-03-03 Thu

#4693. YouTube 第2弾,複数形→3単現→英方言→米方言→Ebonics [youtube][notice][plural][3sp][aave][sociolinguistics][dialect][ame_bre][link][hellog_entry_set]

 2月27日に開設した「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第2弾が公開されました.「標準英語」がイギリスの○○方言だったら,日本人,楽だったのにー!!・英語学への入り口(堀田編)です.



 堀田が英語学・英語史に関心を持ったきっかけが「英語の複数形とは何ぞや?」であったことから始まり,同じ -s つながりで動詞の3単現の話しに移り,3単現でも -s のつかないイギリス方言があるぞという話題に及びました.さらに,今度はアメリカ方言にまで飛び火し,最後には黒人英語の話題,とりわけ Ebonics 論争に到達しました.10分間の英語学のお散歩を楽しんでいただければ.
 今回の話題と関連する本ブログからの記事を以下に紹介しておきます.一括して読みたい方はこちらからどうぞ.

 ・ 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1])
 ・ 「#2112. なぜ3単現の -s がつくのか?」 ([2015-02-07-1])
 ・ 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])
 ・ 「#2566. 「3単現の -s の問題とは何か」」 ([2016-05-06-1])
 ・ 「#4255. なぜ名詞の複数形も動詞の3単現も同じ s なのですか?」 ([2020-12-20-1])
 ・ 「#591. アメリカ英語が一様である理由」 ([2010-12-09-1])
 ・ 「#3653. Ebonics 論争」 ([2019-04-28-1])
 ・ 「#2672. イギリス英語は発音に,アメリカ英語は文法に社会言語学的な価値を置く?」 ([2016-08-20-1])

Referrer (Inside): [2022-08-09-1]

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2021-11-18 Thu

#4588. OED による複数形の Englishes の初例 [world_englishes][variety][oed][countability][number][plural]

 普通,言語名というものは不可算名詞であり English, French, Japanese のように無冠詞で用いる.一方,日常言語生活においても言語学においても,各言語のなかに様々な変種(方言)があるということは常識的に知られており,形容詞を冠して American English, Old French, written Japanese などという表現があることは暗黙の了解事項となっている.これらは丁寧にパラフレーズするならば an American variety of English, an ancient variety of French, a written variety of Japanese などとなるだろうか.この丁寧なフレーズから,冠詞と variety of を省略したのが American English, Old French, written Japanese などの表現となっていると考えられる.
 このように,あくまで表現上のショートカットととらえるのであれば,それ以上議論する余地もないかもしれない.便宜上の省略表現にすぎないからだ.しかし,Englishes のような表現は,あえてこうした発想を形式の上にも反映させようとしたところに,新しさを感じさせる.実は Englishes という複数形だけがポイントなのではなく,an English という明示的な単数形も重要なポイントなのである.要するに English の可算名詞化こそが新しいのだ.
 American EnglishBritish English を合わせて two Englishes と表現できるようになった背景には,人々の英語観の転換がある.それまでも two varieties of English という言い方はできたわけで,ここから varieties of を省いて two Englishes という新しい表現を作った,ということだが,単に形式上の変化として済まされる問題ではない.認識の変化が関わっているのだ.英語を可算名詞と解釈しなおしたことのインパクトは大きい.
 OED の English, adj. (and adv.) and n. の II. 2. d によると,English の可算名詞としての初例は1910年の H. L. Mencken である.この項を再現しよう.

d. As a count noun: a variety of English used in a particular context or (now esp.) a certain region of the world; (in plural) regional varieties of English considered together, often in contradistinction to the concept of English as a language with a single standard or correct form.

1910 H. L. Mencken in Evening Sun (Baltimore) 10 Oct. 6/8 (heading) The two Englishes.
1941 W. Barkley (title) Two Englishes; being some account of the differences between the spoken and the written English languages.
1964 Eng. Stud. 45 21 Many people side-step the recognition of a plurality of Englishes by such judgments as: 'Oh, that's not English, that's American.'
1978 J. Pride Communicative Needs in Learning & Use of Eng. 1 The role of literature in non-native Englishes may be focal.
1984 Eng. World-wide 5 248 An overview of some aspects of various Englishes suggesting areas of possible research.
2000 Independent (Nexis) 28 June 11 It was one of the first places to be settled in the Plantations; there's an English spoken there that's unique.


 初例がアメリカ英語に関する名著 The American Language を著わしたジャーナリスト・批評家の H. L. Mencken だとは知らなかった.アメリカ英語とイギリス英語を別ものと見ていた Mencken の英語観に照らせば,彼が The two Englishes と表現したことはまったく不思議ではないが,初耳だった.
 OED の例文選びのクセはあるかもしれないが,学術雑誌や新聞という堅めのメディアからの引用が多いように見受けられる.English の可算名詞としての用法が,英語研究という学術的な文脈で使い始められ,それが少しずつ一般にも広がってきたという傾向を読み取ることができそうだ.
 Englishes のように複数形で用いられ得る,という英語観の変化の種が蒔かれてから,たかだか100余年.多少なりとも広く知られてきたものの,いまだ主として学術の分野で用いられるにすぎない特殊な用法とみることもできる.今後どれだけ人口に膾炙していくのか.見守っていきたい.

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2021-11-09 Tue

#4579. 複数形になると意味が変わる名詞 [plural][number][noun][semantics][homonymy][polysemy]

 『英語便利辞典』をペラペラとめくっていたら「単数と複数で意味の異なる名詞」のページ (p. 473) を発見.知らないものも多かったので,改めて英語の名詞の単複というのは難しいなと思った次第.例えば glass は「ガラス」だけれど,glasses は「眼鏡」というタイプ.

(1) 名詞の複数形が単数形の意味に加えて別の意味をもつもの

appearance出現appearances状況
armarms武器,兵器
bonebones骨格
brainbrains知力
chainchains束縛
colorcolors軍旗
compass羅針盤compassコンパス
custom習慣customs関税,税関
future未来futures(商品・為替)先物
letter文字,手紙letters文学
line行,線lines詩句
manner方法manners作法
mountainmountains山脈
numbernumbers韻文
oiloils油絵
part部分parts才能
quarter四分の一quarters宿舎
spectacle光景spectacles眼鏡
teartears悲嘆
term期間,学期terms条件


(2) 名詞の複数形が単数形の意味とは全く別の意味しかもたないもの

accomplishment成就accomplishments芸能
advice忠告advices報告
air空気airs気取り
arrangement配列,整頓arrangements手配,準備
attention注意attentions求愛
authority権威authorities当局
charge管理,世話charges料金
clothcloths衣服
coppercoppers小銭
damage損害damages損害賠償(額・金)
direction指導,指揮directions指図
forceforces軍勢
glassガラスglasses眼鏡
good????????????goods??????
ground地面grounds構内
height蕭????heights蕭????
humanity人間性humanities人文科学
instruction教えることinstructions指図
look見ることlooks容貌
need必要性needs必要品
pain苦痛pains骨折
physic医薬physics物理学
powerpowers列強,体[知]力
sale販売sales売上高
sandsands砂州
saving拙訳savings預貯金
security安全securities証券
spirit精神spirits火酒
timetimes時代
waterwaters領海,水域
wood木材woods
work仕事works工場


 これらの例において複数形は事実上語彙化しているのだろう.多義語というよりも同音異義語に近いということだ.
 関連して「#4214. 強意複数 (1)」 ([2020-11-09-1]),「#4215. 強意複数 (2)」 ([2020-11-10-1]),「#1169. 抽象名詞としての news」 ([2012-07-09-1]) を参照.

 ・ 小学館外国語辞典編集部(編) 『英語便利辞典』 小学館,2006年.

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2021-05-28 Fri

#4414. なぜ複数形語尾に -es を取る名詞があるのですか? [plural][number][suffix][khelf_hel_intro_2021][sobokunagimon][noun][consonant][assimilation]

 英語の名詞複数形に関する素朴な疑問といえば,foot -- feet, child -- children など不規則な複数形にまつわる話題がまず最初に思い浮かびます.foot -- feet についていえば,私自身も本ブログ内でこれでもかというほど繰り返し取り上げてきました(こちらの記事セットを参照).
 ところが,中学1年生に英語を教える教育現場より意外な情報が入ってきました.複数形に関する生徒からの質問で最も多かったのは「なぜ -o, -s, -z, -x, -ch, -sh で終わるとき,語尾に -es をつけるのか?」だったというのです.なぜ -s ではなくて -es なのか,という疑問ですね.この情報を寄せてくれたのは英語教員をしている私のゼミ卒業生なのですが,今回の「英語史導入企画2021」のために「複数形は全部 -s をつけるだけなら良いのに!」を作成してくれました.生の教育現場からの問題意識と英語史・英語学研究のコラボといってよいコンテンツです.
 名詞の語末音が歯擦音 (sibilant) の場合,具体的には [s, z, ʃ, ʒ, ʧ, ʤ] である場合には,複数形の語尾として -es [-ɪz] を付けるのが原則です.歴史的背景は上記コンテンツで説明されている通りです.もともとの複数形語尾は -s ではなく -es だったのです.したがって「なぜ名詞の語末音が非歯擦音の場合には,もともとの -es が -s になってしまったのか?」という問いを立てるほうが適切ということになります.この新しい問いに対しては,ひとまず「そのような音変化が生じたから」と答えておきます.では,なぜそのような音変化が歯擦音の後位置では生じなかったのでしょうか.これに対して,コンテンツでは次のように回答が与えられています.

中学生への回答として考えられるのは、「発音しにくいから」というものである。 -s、-x、-ch、-sh で終わる語の発音は [s], [z], [ʃ], [ʒ], [ʧ], [ʤ] であり,[s] や [z] と同じ摩擦音である。また、[s] や [z] は歯茎音である一方,[ʃ] や [ʒ] は後部歯茎音で、調音位置も非常に近い。これらのよく似た子音を連続して発音するよりも、母音を挟んだ方が発音しやすいため、綴りの e が残ったと考えられる。


 「発音の便」説ですね.私自身も基本的にはこれまでこのように答えてきました.確かに英語史を通じて音素配列上避けられてきた子音連鎖であり,説明として分かりやすいからです.ただ,今回改めてこの問題を考える機会を得たので,慎重に考察してみました.

 1. 歯擦音+ [s, z] の連鎖が「発音しにくい」といっても,同連鎖は音節をまたぐ環境であれば普通に存在します (ex. this style, these zoos, dish soap, garagesale, watchstrap, page zero) .したがって,調音的な観点から絶対的に「発音しにくい」ということは主張しにくいように思われます.音素配列上,同一音節内で同連鎖が避けられることは事実なので,ある環境において相対的に「発音しにくい」ということは,まだ主張できるかもしれません.ですが,それを言うのであれば,英語として「発音し慣れていない」と表現するほうが適切のように思われます.

 2. むしろ聞き手の立場に立ち,問題の子音連鎖が「聴解しにくい」と考えたらどうでしょうか.複数語尾は,英語史を通じて名詞の数 (number) に関する情報を担う重要な形態素でした.同じ名詞のカテゴリーのなかでも,性 (gender) や格 (case) は形態的に衰退しましたが,数に関しては現在まで頑強に生き延びてきました.英語において数は何らかの意味で「重要」のようです.
 話し手の立場からすれば,数がいくら重要だと意識していても,問題の子音連鎖は放っておけば調音の同化 (assimilation) の格好の舞台となり,[s, z] が先行する歯擦音に呑み込まれて消えていくのは自然の成り行きです.結果として,数カテゴリーも存続の危機に立たされるでしょう.しかし,聞き手の立場からすれば,複数性をマークする [s, z] に関してはしっかり聴解できるよう,話し手にはしっかり発音してもらいたいということになります.
 話し手が同化を指向するのに対して,聞き手は異化 (dissimilation) を指向する,そして言語体系や言語変化は両者の綱引きの上に成り立っている,ということです.この議論でいけば,今回のケースでは,聞き手の異化の効きのほうが歴史的に強かったということになります.昨今,聞き手の役割を重視した言語変化論が存在感を増していることも指摘しておきたいと思います.こちらの記事セットもご覧ください.

 さて,今回の「複数形語尾 -es の謎」のなかで,どうひっくり返っても「発音の便」説を適用できないのは,上記コンテンツでも詳しく扱われている通り,-o で終わる名詞のケースです.名詞に応じて -s を取ったり -es を取ったり,さらに両者の間で揺れを示したりと様々です.緩い傾向として,英語への同化度の観点から,同化が進んでいればいるほど -es を取る,という指摘がなされてはことは注目に値します.関連する話題は本ブログでも「#3588. -o で終わる名詞の複数形語尾 --- pianospotatoes か?」 ([2019-02-22-1]) にて扱っていますので,そちらもどうぞ.
 いずれにせよ,実に奥の深い問題ですね.恐るべし中一生.

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2021-04-19 Mon

#4375. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第2回「なぜ foot の複数形は feet になるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][plural][number][i-mutation][vowel][phonetics]

 一ヶ月ほど前に「#4340. NHK『中高生の基礎英語 in English』の新連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」がスタートします」 ([2021-03-15-1]) で紹介した通り,新年度に向けて開講された新講座「中高生の基礎英語 in English」のテキストのなかで,英語のソボクな疑問に関する連載を始めています.中高生向けに「ミステリー仕立ての謎解き」というモチーフで執筆しており,英語史の超入門というべきものとなっていますので,関心のある方は是非どうぞ.先日5月号のテキストが発刊されましたので,ご案内します.

『中高生の基礎英語 in English』2021年5月号



 5月号の連載第2回で取り上げた話題は,不規則な複数形の代表例といえる feet についてです.なぜ *foots ではなく feet になるのでしょうか.
 本ブログでも「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]),「#2017. foot の複数はなぜ feet か (2)」 ([2014-11-04-1]),「#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-02-07-1]),「#4320. 古英語にはもっとあった foot -- feet タイプの複数形」 ([2021-02-23-1]) で扱ってきた問題ですが,この語が歴史的にたどってきた複雑な変化を,「磁石」の比喩を用いて,これまで以上に分かりやすく解説しました.どうぞご一読ください.

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2021-03-18 Thu

#4343. 接辞の補充法 [suppletion][prefix][suffix][plural]

 英語における補充法 (suppletion) の話題については,様々な記事で扱ってきた.go -- went, good -- better -- best, am -- was -- be, I -- my -- me など,系列変化において語幹の異なる成員がみられるケースである.
 通常,補充法といえば上記のように単語の語形全体に関していわれるものと理解していたが,いくつかの英語学辞典に当たってみると,語の一部を構成する接辞 (affix) に関していわれる例が挙げられていた.
 例えば,ox -- oxen という「不規則複数」について考えてみよう.規則的な複数形成であれば -es という接尾辞を付して *oxes となるはずである.ところが,実際にはこの一般的で規則的な -es は採用されず,異なる起源と形式をもつ -en が採用されている.つまり,単数接辞と複数接辞からなる名詞の数に関する規則的な系列変化を -ø -- -(e)s とすると,名詞 ox について対応する系列変化は -ø -- -en となり,規則的な系列変化から逸脱していることになる.このようなケースを指して,接辞の補充法とみることが可能だというわけだ.child -- children, datum -- data などの不規則複数も同様に考えられる.
 英語に様々に存在する「不規則形」について,その語形自体が不規則であるという見方が一般的だが,なるほど,接辞における補充法ととらえる見方もあるということに気づかされた.

 ・ 寺澤 芳雄(編) 『英語学要語辞典』 研究社,2002年.
 ・ 石橋 幸太郎(編) 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.

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2021-02-23 Tue

#4320. 古英語にはもっとあった foot -- feet タイプの複数形 [plural][number][i-mutation][double_plural]

 単数形 foot に対する複数形 feet のような不規則な複数形の形成法について「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]),「#2017. foot の複数はなぜ feet か (2)」 ([2014-11-04-1]),「#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-02-07-1]) で取り上げてきた.ドイツ語などでは現在でもお馴染みの複数形の形成法で「ウムラウト複数」などと呼ばれているが,ゲルマン祖語からゲルマン諸語が派生する前夜に生じた (i-mutation) という音韻変化の出力とされる.
 現代の標準英語においては feet, geese, lice, men, mice, teeth, women の7語にしか,かつての音韻変化の痕跡は残っていないが,古英語の段階ではこのタイプの名詞が他にもいくつか存在した.Lass (128) によると,āc (oak), bōc (book), brōc (trousers), burg (city), (cow), gāt, turf (turf), furh (furrow), hnutu (nut) などがこのタイプだった.いずれも後の歴史を通じて -s 複数に呑み込まれていったが,もしそうでなければ今頃 *each/ache, *beech, *breech, *birry, *ki(e), *gate, *tirf, *firry, *nit などのウムラウト複数が受け継がれていたはずである(ここに挙げた架空の綴字は,こんな綴字になっていたかもしれないという程の例示につき,あしからず).
 おもしろいのは,book の複数形としての *beech こそ生き残っていないが,語源的に関連する beech (ブナ)は存在することだ (cf. 「#632. bookbeech」 ([2011-01-19-1])) .また,「ズボン」を意味した複数形 *breech は今では存在しないが,ここから新たに作られた2重複数形 (double_plural) というべき breeches (半ズボン)は現役である (cf. 「#218. 二重複数」 ([2009-12-01-1])).さらに,*ki(e) も死語となっているが,ここに n 語尾を付したやはり2重複数の kine は,古風ながらもいまだに用いられている.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2021-04-19-1]

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2021-02-07 Sun

#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][plural][number][i-mutation]

 名詞の複数形は通常は -(e)s をつければよいだけですが,なかには不規則複数形といわれるものがあります.不規則複数形にも実は多種類あるのですが,1つのタイプとして foot --feet, goose -- geese, louse -- lice, man -- men, mouse -- mice, tooth -- teeth, woman -- women が挙げられます.語幹の母音が変異するタイプですね.英語史的にいえば,これらの複数形は同一の原理によるものとして説明できます.foot -- feet を例に,音変化の機微をご覧に入れましょう.音声解説をお聴きください.



 /i/ という母音は,音声学的にいえば極端でどぎつい音です.周囲の音を自分自身の近くに引きつけ,しばしば自他ともに変質させてしまう強力なマグネットとして作用します.例えば,この効果による /ai/ → /eː/ はよくある音変化で,「やばい」 /yabai/ も口語ではしばしば「やべー」 /yabeː/ となりますね.英語でも,day はもともとは綴字が示す通りに /dai/ に近い発音でしたが,近代までに /deː/ へと変化しました.
 これと似たようなことが,英語成立に先立つゲルマン語の時代に foot の当時の発音である /foːt/ に起こったのです.複数語尾である -iz が付加された /foːtiz/ は,どぎつい /i/ の音声的影響のもとに,やがて /feːtiz/ となりました.その後,強勢のおかれない語尾に位置する /z/ や,変化を引き起こした元凶である /i/ 自体が弱まって消失していき,最終的に /feːt/ に帰着したのです.この複数形態こそが,古英語の fēt であり,現代英語の feet なのです.
 この話題については##157,2017の記事セットで本格的に扱っていますので,関心のある方は是非そちらもご覧ください.

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2020-12-20 Sun

#4255. なぜ名詞の複数形も動詞の3単現も同じ s なのですか? [hellog-radio][sobokunagimon][number][plural][3sp]

 これは私も初学者のときに疑問に思っていたような気がします.中高生に英語を教えている関係者にきいてみますと,よく出される「あるある」疑問だということで,今回の話題に取り上げようと思った次第です.s は名詞だと複数マーカーなのに,動詞だとむしろ単数マーカー.これは一体どうなっているのか,という質問は無理もありません.答えとしては,通時的に英語をみる英語史の立場からいえば完全なる偶然です.音声解説をお聴きください.



 古英語にさかのぼると,名詞の複数形の s の起源として -as という語尾があったことが分かります.確かに s と複数性は結びついていたようにも見えますが,あくまで名詞全体の1/3程度の「男性強変化名詞」に限定しての結びつきです.その他の2/3の名詞は,実は複数形で s など取らなかったのです.つまり「s = 名詞複数」の発想は,現代英語ほど強くはありませんでした.しかし,中英語以降に,この2/3を占めていた非 s 複数名詞が,次々に s 複数へと乗り換えていったのです.結果として,現在では99%の名詞が s 複数を作るに至り,「s = 名詞複数」の関係が定着しました.この s 複数の歴史的拡大にはいろいろな原因があり本格的に論じたいのもやまやまですが(←私の博士論文のテーマなのです!),半分くらいは歴史的偶然であるということで議論を止めておきたいと思います.
 一方,動詞の3単現の s についてですが,古英語や中英語ではそもそも s という語尾は一般的でなく,むしろ似て非なる子音 th をもつ -eth などが普通でした.この th が近代英語期にかけて s に置き換えられていきました.両音が音声的に近いからマージしたということでは決してなく,あくまで「置き換え」です.この変化の原因についても諸説ありますが,いずれにせよ,もともと th だったものが歴史の過程で半ば偶然に s に置換されたのです.それが現在の3単現の s となります.
 ということで,名詞の複数形語尾の s も,動詞の3単現在語尾の s も,たまたま現代では一致しているだけで,歴史的にみれば起源が異なりますし,各々の事情で変化してきた結果にすぎません.顔は似ているけれども実は血縁関係にはない,という「あるある」なのです.
 しかし,まったくの偶然ではないかもしれないという別の見方もあり得ます.「#1576. 初期近代英語の3複現の -s (3)」 ([2013-08-20-1]) の記事をどうぞ.これはこれで,なかなか鋭い視点です.

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2020-11-10 Tue

#4215. 強意複数 (2) [plural][intensive_plural][semantics][number][category][noun][terminology][countability][poetry][latin][rhetoric]

 昨日の記事 ([2020-11-09-1]) に引き続き強意複数 (intensive_plural) の話題について.この用語は Quirk et al. などには取り上げられておらず,どうやら日本の学校文法で格別に言及されるもののようで,たいていその典拠は Kruisinga 辺りのようだ.それを参照している荒木・安井(編)の辞典より,同項を引用する (739--40) .昨日の記事の趣旨を繰り返すことになるが,あしからず.

intensive plural (強意複数(形)) 意味を強調するために用いられる複数形のこと.質量語 (mass word) に見られる複数形で,複数形の個物という意味は含まず,散文よりも詩に多く見られる.抽象物を表す名詞の場合は程度の強いことを表し,具象物を表す名詞の場合は広がり・集積・連続などを表す: the sands of Sahara---[Kruisinga, Handbook] / the waters of the Nile---[Ibid.] / The moon was already in the heavens.---[Zandvoort, 19757] (月はすでに空で輝いていた) / I have my doubts.---[Ibid.] (私は疑念を抱いている) / I have fears that I may cease to be Before my pen has glean'd my teeming brain---J. Keats (私のペンがあふれんばかりの思いを拾い集めてしまう前に死んでしまうのではないかと恐れている) / pure and clear As are the frosty skies---A Tennyson (凍てついた空のように清澄な) / Mrs. Payson's face broke into smiles of pleasure.---M. Schorer (ペイソン夫人は急に喜色満面となった) / To think is to be full of sorrow And leaden-eyed despairs---J. Keats (考えることは悲しみと活気のない目をした絶望で満たされること) / His hopes to see his own And pace the sacred old familiar fields, Not yet had perished---A. Tennyson (家族に会い,なつかしい故郷の神聖な土地を踏もうという彼の望みはまだ消え去っていなかった) / All the air is blind With rosy foam and pelting blossom and mists of driving vermeil-rain.---G. M. Hopkins (一面の大気が,ばら色の泡と激しく舞い落ちる花と篠つく朱色の雨のもやで眼もくらむほどになる) / The cry that streams out into the indifferent spaces, And never stops or slackens---W. H. Auden (冷淡な空間に流れ出ていって,絶えもしないゆるみもしない泣き声).


 同様に,石橋(編)の辞典より,Latinism の項から関連する部分 (477) を引用する.

 (3) 抽象名詞を複数形で用いる表現法
 いわゆる強意複数 (Intensive Plural) の一種であるが,とくにラテン語の表現法を模倣した16世紀後半の作家の文章に多く見られ,その影響で後代でも文語的ないし詩的用法として維持されている.たとえば,つぎの例に見られるような hopes, fears は,Virgil (70--19 B.C.) や Ovid (43 B.C.--A.D. 17?) に見られるラテン語の amōrēs [L amor love の複数形], metūs [L metus fear の複数形] にならったものとみなされる.Like a young Squire, in loues and lusty-hed His wanton dayes that ever loosely led, . . . (恋と戯れに浮き身をやつし放蕩に夜も日もない若い従者のような…)---E. Spenser, Faerie Qveene I. ii. 3 / I will go further then I meant, to plucke all feares out of you. (予定以上のことをして,あなたの心配をきれいにぬぐい去って上げよう)---Sh, Meas. for M. IV. ii. 206--7 / My hopes do shape him for the Governor. (どうやらその人はおん大将と見える)---Id, Oth. II. i. 55.


 ほほう,ラテン語のレトリックとは! それがルネサンス・イングランドで流行し,その余韻が近現代英語に伝わるという流れ.急に呑み込めた気がする.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Kruisinga, E A Handbook of Present-Day English. 4 vols. Groningen, Noordhoff, 1909--11.
 ・ 荒木 一雄,安井 稔(編) 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.
 ・ 石橋 幸太郎(編) 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.

Referrer (Inside): [2022-01-18-1] [2021-11-09-1]

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2020-11-09 Mon

#4214. 強意複数 (1) [plural][intensive_plural][semantics][number][category][noun][terminology][countability]

 英語(やその他の言語)における名詞の複数形 (plural) とは何か,さらに一般的に言語における数 (number) という文法カテゴリー (category) とは何か,というのが私の研究におけるライフワークの1つである.その観点から,不思議でおもしろいなと思っているのが標題の強意複数 (intensive_plural) という現象だ.以下,『徹底例解ロイヤル英文法』より.
 まず,通常は -s 複数形をとらないはずの抽象概念を表わす名詞(=デフォルトで不可算名詞)が,強意を伴って強引に複数形を取るというケースがある.この場合,意味的には「程度」の強さを表わすといってよい.

 ・ It is a thousand pities that you don't know it.
 ・ She was rooted to the spot with terrors.

 このような例は,本来の不可算名詞が臨時的に可算名詞化し,それを複数化して強意を示すという事態が,ある程度慣習化したものと考えられる.可算/不可算の区別や単複の区別をもたない日本語の言語観からは想像もできない,ある種の修辞的な「技」である.心理状態を表わす名詞の類例として despairs, doubts, ecstasies, fears, hopes, rages などがある.
 一方,上記とは異なり,多かれ少なかれ具体的なモノを指示する名詞ではあるが,通常は不可算名詞として扱われるものが,「連続」「広がり」「集積」という広義における強意を示すために -s を取るというケースがある.

 ・ We had gray skies throughout our vacation.
 ・ They walked on across the burning sands of the desert.
 ・ Where are the snows of last year?

 ほかにも,気象現象に関連するものが多く,clouds, fogs, heavens, mists, rains, waters などの例がみられる.
 「強意複数」 (intensive plural) というもったいぶった名称がつけられているが,thanks (ありがとう),acknowledgements (謝辞),millions of people (何百万もの人々)など,身近な英語表現にもいくらでもありそうだ.英語における名詞の可算/不可算の区別というのも,絶対的なものではないと考えさせる事例である.

 ・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.

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2020-10-14 Wed

#4188. なぜ sheep の複数形は sheep なのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][number][plural][oe][sound_change][analogy][high_vowel_deletion][analogy]

 sheep, deer のような普通名詞の複数形は,どういうわけか無変化で sheep, deer のままです.英語には,このような「単複同形」と呼ばれる名詞が少ないながらもいくつか存在しますが,いったいどのような背景があるのでしょうか.ラジオの解説をお聴きください.



 英語の歴史においては,もともとは sheep にせよ deer にせよ,単数形と複数形は形態的に区別されていました.古英語より前の時代には,単数形 scēap に対して *scēapu,同様に単数形 dēor に対して *dēoru のように,語尾によって単複が区別されていたのです.しかし,古英語期までに,専門的には「高母音削除」(high_vowel_deletion) と呼ばれる音変化が生じて語尾の -u が消失し,単複同形となってしまっていたのです.
 さて,このタイプの単語に,動物や単位を表わす名詞が少なからず含まれていたことが,続く中英語期の展開においてポイントとなってきます.主として狩猟対象となる動物(群れ)や数の単位を表わす名詞は,単数よりも複数で用いられることが多いのは自然に理解できるでしょう.これらの名詞は,複数形で使われるのがデフォルトなのです.すると,あえて -s などをつけて複数形であることを明示する必要もなく,そのまま裸の形で実質的に複数を表わすという慣習が拡がりました.もともと古英語期には複数形に -s 語尾をとっていた fish ですら,この慣習に巻き込まれて単複同形となりました.結果として,狭い意味領域ではありますが,動物の群れや数の単位を表わすいくつかの名詞が,英語では特殊な「単複同形」を取ることになったのです.具体的には,sheep, deer, fish, carphundred, thousand, million, billion などの名詞です.
 sheepdeer は,このような傾向のモデルとなった,古英語から続く老舗の名詞なのです.しかし,改めて強調しておきますが,sheepdeer とて,古英語より前の時代には,きちんと形態的に異なる複数形を示していたということです.音変化とその後の語彙・意味的な類推作用 (analogy) の結果,現代のような単複同形になっているのだということを銘記しておきたいと思います.
 この問題と関連して,##12,1512,2232の記事セットを参照していただければと思います.

Referrer (Inside): [2023-01-01-1] [2022-01-01-1]

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2020-10-07 Wed

#4181. なぜ child の複数形は children なのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][number][plural][double_plural][oe]

 不規則な名詞複数形の「なぜ?」は素朴な疑問の定番といってよいでしょう.しかも,英語史による説明が威力を発揮する疑問の定番とも言えます.(私自身,ある意味ではこの疑問を追い続けて英語史のの研究者になったといっても過言ではありません.)
 ほとんどの名詞が -(e)s をつけて複数形を作るわけですが,少数の名詞は feet, sheep, phenomena, oxen など,予想もできない(つまり暗記するよりほかにない)複数形を作ります.そのような不規則な名詞複数形の最たるものが children です.なぜ単数形 child に -ren をつけると複数形になるのか,わけが分かりません.厳密な類例もないのです(先の oxen とちょっと似た匂いは感じさせますが).
 この不可解な名詞複数形の謎を解くべく,歴史をひもといてみましょう.音声解説をお聴きください.



 古英語には,名詞複数形の作り方が数種類ありました.そのうちの1つに -ru という語尾がありました.これが無事に残っていれば child の複数形は childru を経由して childer ほどの形態になっていたはずです.しかし,大多数の名詞が,古英語期より優勢であった -(e)s 語尾を付加する方法(あるいは,それに次いで優勢だった -(e)n 語尾による方法)に靡いていき,高頻度語であるがゆえに大勢から取り残されてしまった当該語 child の複数形 childru/childer は,周囲から浮いてしまう結果となりました.-ru/-er 複数の仲間が周りにいなくなってしまい,その語尾だけでは複数形であることを明示するのに頼りないと感じられたのでしょうか,中英語期にもう1つの有力な語尾である -(e)n を付して,新たなる複数形 children を作り出すに至ったのです.その後 -(e)s 複数がますます伸張するにつれて -(e)n 複数は衰えていき,oxen に痕跡を残す程度になってしまいましたが,children もある意味ではその仲間といえます.本来は r のみで複数を表わせたのですが,さらに -en も加えたという意味で,語源的な観点からは2重複数 (double_plural) の事例といわれます.
 -(e)s 複数形への一本化の潮流は,ざっと千年ほど続いてきました.この潮流を考えれば,遠くない未来に children も *childs に置き換えられる運命なのかもしれません.children は,古英語の伝統と中英語期の革新を合わせて示す,英語史上銘記すべき稀な複数形なのです.
 この問題と関連して,##146,218,145,337,2826の記事セットをご覧ください.とりわけ「「ことばを通時的にみる」とは?」をお薦めします.

Referrer (Inside): [2022-04-15-1]

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2020-08-12 Wed

#4125. なぜ women は「ウィミン」と発音するのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][spelling_pronunciation_gap][plural][etymology][disguised_compound][phonetics]

 hellog ラジオ版の第15回は,スペリングと発音の不一致しない事例の1つを取り上げます.women = /ˈwɪmɪn/ は,どうひっくり返っても理解できないスペリングと発音の関係です.単数形は woman = /ˈwʊmən/ となり,まだ理解できるのですが,複数形の women = /ˈwɪmɪn/ は,いったい何なのかという疑問です.以下をお聴きください.



 最後のところで英語史の教訓として述べたように,現在不規則にみえるものが歴史的には規則的であり,説明を要しないということは多々あります.むしろ,現在規則的にみえるもののほうが歴史的には問題となってくるパターンが多いのです.
 また,今回の話題のように,英語史と音声学の知識はしばしば関わり合います.本格的に英語史を学んでみたいという方は,是非とも音声学もいっしょに学んでください.英語史のおもしろさのかなりの部分は発音の変化にあります.今回取り上げた問題とその周辺については,##223,224の記事セットをどうぞ.

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2020-05-05 Tue

#4026. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (3) [plural][number][adjective][etymology][suffix][metanalysis][sobokunagimon]

 標記の素朴な疑問について2日間の記事 ([2020-05-03-1], [2020-05-04-1]) で論じてきました.今日もその続きです.
 JapaneseChinese は本来形容詞であるから名詞として用いる場合でも複数形の -s がつかないのだという説に対して,いや初期近代英語期には JapanesesChineses のような通常の -s を示す複数形が普通に使われていたのだから,そのような形容詞起源に帰する説は受け入れられない,というところまで議論をみてきました.ここで問うべきは,なぜ JapanesesChineses という複数形が現代までに廃用になってしまったのかです.
 考えられる答えの1つは,これまでの論旨と矛盾するようではありますが,やはり起源的に形容詞であるという意識が根底にあり続け,最終的にはそれが効いた,という見方です.例えば Those students over there are Japanese. と聞いたとき,この Japanese は複数名詞として「日本人たち」とも解釈できますが,形容詞として「日本(人)の」とも解釈できます.つまり両義的です.起源的にも形容詞であり,使用頻度としても形容詞として用いられることが多いとすれば,たとえ話し手が名詞のつもりでこの文を発したとしても,聞き手は形容詞として理解するかもしれません.歴とした名詞として Japaneses が聞かれた時期もあったとはいえ,長い時間の末に,やはり本来の Japanese の形容詞性が勝利した,とみなすことは不可能ではありません.
 もう1つの観点は,やはり上の議論と関わってきますが,the English, the French, the Scottish, the Welsh, など,接尾辞 -ish (やその異形)をもつ形容詞に由来する「?人」が -(e)s を取らず,集合的に用いられることとの平行性があるのではないかとも疑われます(cf. 「#165. 民族形容詞と i-mutation」 ([2009-10-09-1])).
 さらにもう1つの観点を示すならば,発音に関する事情もあるかもしれません.JapanesesChineses では語末が歯摩擦音続きの /-zɪz/ となり,発音が不可能とはいわずとも困難になります.これを避けるために複数形語尾の -s を切り落としたという可能性があります.関連して所有格の -s の事情を参照してみますと,/s/ や /z/ で終わる固有名詞の所有格は Socrates' death, Moses' prophecy, Columbus's discovery などと綴りますが,発音としては所有格に相当する部分の /-ɪz/ は実現されないのが普通です.歯摩擦音が続いて発音しにくくなるためと考えられます.Japanese, Chineses にも同じような発音上の要因が作用したのかもしれません.
 音韻的な要因をもう1つ加えるならば,JapaneseChinese の語末音 /z/ 自体が複数形の語尾を体現するものとして勘違いされたケースが,歴史的に観察されたという点も指摘しておきましょう.OED では,勘違いの結果としての単数形としての ChineePortugee の事例が報告されています.もちろんこのような勘違い(専門的には「異分析」 (metanalysis) といいます)が一般化したという歴史的事実はありませんが,少なくとも Japaneses のような歯摩擦音の連続が不自然であるという上記の説に間接的に関わっていく可能性を匂わす事例ではあります.
 以上,仮説レベルの議論であり解決には至っていませんが,英語史・英語学の観点から標題の素朴な疑問に迫ってみました.英語史のポテンシャルと魅力に気づいてもらえれば幸いです.

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2020-05-04 Mon

#4025. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (2) [plural][number][adjective][etymology][suffix][sobokunagimon]

 昨日の記事 ([2020-05-03-1]) に引き続き,英語史の授業で寄せられた標題の素朴な疑問について.
 昨日の議論では,-ese 語は起源的に形容詞であり,だからこそ名詞という品詞に特有の「複数形」などはとらないのだという説明を見ました.しかし,英語には形容詞起源の名詞はごまんとあり,それらは通例しっかり複数形の -s をとっているのです (ex. Americans, blacks, females, gays, natives) .この説明だけでは満足がいきません.
 さらにこの説明にとって都合の悪いことに,初期近代英語には,なんと Japaneses という名詞複数形が用いられていたのです.OED の Japanese, adj. and n. より,該当する語義の項目と例文を挙げてみましょう.

B. n
1. A native of Japan.
   Formerly as true noun with plural in -es; now only as an adjective used absolute and unchanged for plural: a Japanese, two Japanese, the Japanese.
   . . . .
   1655 E. Terry Voy. E.-India 129 I have taken speciall notice of divers Chinesaas, and Japanesaas there.
   1693 T. P. Blount Nat. Hist. 105 The Iapponeses prepare [tea]..quite otherwise than is done in Europe.
   . . . .


 スペリングこそまだ現代風ではありませんが JapanesaasIapponeses という語形がみえます.つまり,名詞としての複数形 Americans, blacks, females, gays, natives が当たり前に用いられるのと同じように,Japaneses も当たり前のように用いられていたのです.上の1655年の例文には Chinesaas も用いられており,17世紀にはこれが一般的だったのです.実際,ピューリタン詩人ミルトンも名作『失楽園』にて "1667 J. Milton Paradise Lost iii. 438 Sericana, where Chineses drive With Sails and Wind thir canie Waggons light." のように Chineses を用いています.問題は,なぜ名詞複数形の Japaneses, Chineses が後に廃用となり,単複同形となったのかです.
 引き続き,明日の記事で考えていきたいと思います.

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2020-05-03 Sun

#4024. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (1) [plural][number][adjective][etymology][suffix][latin][french][sobokunagimon]

 英語史の授業で寄せられた素朴な疑問です.-ese の接尾辞 (suffix) をもつ「?人」を意味する国民名は,複数形でも -s を付けず,単複同形となります.There are one/three Japanese in the class. のように使います.なぜ複数形なのに -s を付けないのでしょうか.これは,なかなか難しいですが良問だと思います.
 現代英語には sheep, hundred, fish など,少数ながらも単複同形の名詞があります.その多くは「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1]) でみたように古英語の屈折事情にさかのぼり,その古い慣習が現代英語まで化石的に残ったものとして歴史的には容易に説明できます.しかし,-ese は事情が異なります.この接尾辞はフランス語からの借用であり,早くとも中英語期,主として近代英語期以降に現われてくる新顔です.古英語の文法にさかのぼって単複同形を説明づけることはできないのです.
 -ese の語源から考えていきましょう.-ese という接尾辞は,まずもって固有名からその形容詞を作る接尾辞です.ラテン語の形容詞を作る接尾辞 -ensis に由来し,その古フランス語における反映形 -eis が中英語に -ese として取り込まれました.つまり,起源的に Japanese, Chinese は第一義的に形容詞として「日本の」「中国の」を意味したのです.
 一方,形容詞が名詞として用いられるようになるのは英語に限らず言語の日常茶飯です.Japanese が単独で「日本の言語」 "the Japanese language" や「日本の人(々)」 "(the) Japanese person/people" ほどを意味する名詞となるのも自然の成り行きでした.しかし,現在に至るまで,原点は名詞ではなく形容詞であるという意識が強いのがポイントです.複数名詞「日本人たち」として用いられるときですら原点としての形容詞の意識が強く残っており,形容詞には(単数形と区別される)複数形がないという事実も相俟って,Japanese という形態のままなのだと考えられます.要するに,Japanese が起源的には形容詞だから,名詞だけにみられる複数形の -s が付かないのだ,という説明です.
 しかし,この説明には少々問題があります.起源的には形容詞でありながらも後に名詞化した単語は,英語にごまんとあります.そして,その多くは名詞化した以上,名詞としてのルールに従って複数形では -s をとるのが通例です.例えば American, black, female, gay, native は起源的には形容詞ですが,名詞としても頻用されており,その場合,複数形に -s をとります.だとすれば Japanese もこれらと同じ立ち位置にあるはずですが,なぜか -s を取らないのです.起源的な説明だけでは Japanese の単複同形の問題は満足に解決できません.
 この問題については,明日の記事で続けて論じていきます.

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2020-03-27 Fri

#3987. 古ノルド語の影響があり得る言語項目 (2) [old_norse][contact][syntax][word_order][phrasal_verb][plural][link]

 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1]) で挙げたリストに,Dance (1735) を参照し,いくつか項目を追加しておきたい.いずれも実証が待たれる仮説というレベルである.

 (1) the marked increase in productivity of the derivational verbal affixes -n- (as in harden, deepen) and -l- (e.g. crackle, sparkle)
 (2) the rise of the "phrasal verb" (verb plus adverb/preposition) at the expense of the verbal prefix, most persuasively the development of up in an aspectual (completive) function
 (3) certain aspects of v2 syntax (including the development of 'CP-v2' syntax in northern Middle English)
 (4) the general shift to VO order

 上記 (1) については,「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1]) で関連する話題に触れているので,そちらも参照.
 (2) については,関連して「#2396. フランス語からの句の借用に対する慎重論」 ([2015-11-18-1]) を参照.
 (3), (4) は統語現象だが,とりわけ (4) は大きな仮説である.これについては拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)の第5章第4節でも論じている.さらに以下の記事やリンク先の話題も合わせてどうぞ.

 ・ 「#1170. 古ノルド語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-10-1])
 ・ 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら
 ・ 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら
 ・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])

 最後にリストに加えるのを忘れていたもう1つの項目があった.

 (5) the spread of the s-plural

 これは,私自身が詳細に論じている説である.詳しくは Hotta をご覧ください.

 ・ Dance, Richard. "English in Contact: Norse." Chapter 110 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1724--37.
 ・ 堀田 隆一 『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』 中央大学出版部,2011年.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.

Referrer (Inside): [2022-07-08-1] [2022-05-30-1]

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2019-07-21 Sun

#3737. 「今日の不規則は昨日の規則」 --- 歴史形態論の原則 [morphology][language_change][reconstruction][comparative_linguistics][indo-european][sobokunagimon][3ps][plural][conjugation]

 標題は,英語の歴史形態論においても基本的な考え方である.現代英語で「不規則」と称される形態的な現象の多くは,かつては「規則」の1種だったということである.しばしば逆もまた真なりで,「今日の規則は昨日の不規則」ということも多い.規則 (regular) か不規則 (irregular) かという問題は,共時的には互いの分布により明らかに区別できることが多いので絶対的とはいえるが,歴史的にいえばポジションが入れ替わることも多いという点で相対的な区別である.
 この原則を裏から述べているのが,次の Fortson (69--70) の引用である.比較言語学 (comparative_linguistics) の再建 (reconstruction) の手法との関連で,教訓的な謂いとなっている.

A guiding principle in historical morphology is that one should reconstruct morphology based on the irregular and exceptional forms, for these are most likely to be archaic and to preserve older patterns. Regular or predictable forms (like the Eng. 3rd singular present takes or the past tense thawed) are generated using the productive morphological rules of the language, and have no claim to being old; but irregular forms (like Eng. is, sang) must be memorized, generation after generation, and have a much greater chance of harking back to an earlier stage of a language's history. (The forms is and sang, in fact, directly continue forms in PIE itself.


 英語において不規則な現象を認識したら「かつてはむしろ規則的だったのかもしれない」と問うてみるとよい.たいてい歴史的にはその通りである.逆に,普段は何の疑問も湧かない規則的な現象に思いを馳せてみてほしい.場合によっては,それはかつての不規則な現象が,どういうわけか歴史の過程で一般化し,広く受け入れられるようになっただけかもしれないと.ここに歴史言語学的発想の極意がある.もちろん,この原則は英語にも,日本語にも,他のどの言語にもよく当てはまる.
 「今日の不規則は昨日の規則」の例は,枚挙にいとまがない.上でも触れた例について,英語の歴史から次の話題を参照.

 ・ 「不規則」な名詞の複数形 (ex. feet, geese, lice, men, mice, teeth, women) (cf. 「#3638.『英語教育』の連載第2回「なぜ不規則な複数形があるのか」」 ([2019-04-13-1]))
 ・ 「不規則」な動詞の活用 (ex. sing -- sang -- sung) (cf. 「#3670.『英語教育』の連載第3回「なぜ不規則な動詞活用があるのか」」 ([2019-05-15-1]))
 ・ 3単現の -s (cf. 英語史連載第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか?」)

 ・ Fortson IV, Benjamin W. "An Approach to Semantic Change." Chapter 21 of The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Blackwell, 2003. 648--66.

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